現在発売中の『週刊朝日』さん。

2ページの短いものですが「文豪たちが聞いた「玉音放送」」という記事が載っています。


写真は載っていませんが、小見出し的に「五体をうたれるショックを受けた高村光太郎」。

8月17日、『朝日新聞』や『岩手日報』に掲載された、詩「一億の号泣」に関し、光太郎の動向。その後の7年間の蟄居生活にも触れられています。

「市内の鳥谷崎神社」とありますが、昭和20年(1945)当時はまだ花巻に市制が施行されていませんので、正しくは「町内」ですが。鳥谷崎(とやがさき)神社、「一億の号泣」についてはこちら。
光太郎以外に取り上げられているのは、永井荷風、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、高見順、武者小路実篤、井伏鱒二、三島由紀夫、川端康成、太宰治、佐藤春夫、吉村昭。
いかにもその人らしい、と思われるエピソードもあれば、意外な感のするそれもあり、興味深く拝読しました。
ぜひお買い求め下さい。
【折々のことば・光太郎】
詩とは不可避なり 短句揮毫 戦後
画像は昭和23年(1948)、詩人の真壁仁に贈った書。
昭和3年(1928)、当会の祖にして光太郎と最も交流の深かった詩人・草野心平の第一詩集『第百階級』の序文に、「詩人とは特権ではない。不可避である。」と書いた光太郎。「不可避」の語は他にも好んで使用していました。会話の中では口ぐせ的に「やみがたい」という語をよく使っていたそうですが、「不可避」と通じる部分が在るように思われます。
「不可避」一語の揮毫も存在しますが、『高村光太郎全集』の「短句」の項では、基本的に一語のみのものは登録されていません。



















酒文化研究所さんという団体が発行の『月刊酒文化』という会員誌に連載中のものの既発表分だそうです。古今東西の文学作品等から、「酒」にまつわる一節を書き出し、そこから広がる酒談義・作家論・人生論といった趣です。


























音楽に合わせて物語や詩の朗読をする金沢市の本田和(かず)さんの公演「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子」(北陸中日新聞後援)が十七日、金沢市民芸術村であり、七十人の来場者が光太郎の詩の世界とチェロの演奏を楽しんだ。































































