光太郎の父・高村光雲と、その高弟・米原雲海による仁王像などが納められている信州善光寺さんでの写真コンテストが開催されます。
地元紙『信濃毎日新聞』さんから。
善光寺・仁王門、初の写真コンテスト 4月1日から作品募集
コンテストの題材は、仁王門や門の中に納められている仁王像、三面大黒天像、三宝荒神像など。1912(明治45)年の御開帳の際に一時的に置かれ、現在は飯山市の広場にある「先代」仁王像も含む。
現在の仁王像の制作に携わった彫刻家高村光雲(1852~1934年)のひ孫で写真家の高村達(とおる)さん(51)=東京=や同寺の小林順彦(じゅんげん)・寺務総長(53)らが審査。特賞3点、入選5点を選び、7月25日?9月15日に境内の善光寺史料館に展示し、仁王門再建100年を記念して9月に予定する特別法要で表彰する。
同寺事務局文教課は「善光寺の身近さが感じられるよう表現してほしい」としている。
コンテストへの応募は、カラーA4サイズで題名、住所、氏名、年齢、連絡先を明記し、6月14日までに善光寺事務局文教課(〒380―0851長野市長野元善町491―イ)に送る。問い合わせは同事務局(電話026・234・3591)へ。
仁王門の昔の写真は資料として保存し、後世に残す考えだ。これまでに門前の大石堂写真館から、仁王像が納まる前の仁王門の写真を入手。正月行事を担う堂童子とみられる僧侶が写っており、18年12月?19年1月の撮影と推測される。他に、現在の仁王門の前に建てられていた「仮の門」の写真なども提供された。寄せられた写真は、展示パネルや刊行物などに掲載する場合がある、としている。
善光寺さんのサイトから。
【仁王門の写真コンテストを開催致します。】
『仁王門再建百年・仁王像開眼百年記念イヤーイベント』の一環としまして、現在の仁王門を題材にした写真コンテストを実施致します。応募方法等は、下記の通りです。応募開始は、4月1日(月)からとなりますのでふるってご応募願います。記
【応募方法】
・カラープリントA4サイズにて応募してください。※応募件数に制限はありません。(写真プリント又はインクジェットで、プリントしたものに限ります。)
・題名・住所・氏名・年齢・連絡先を明記のうえ、善光寺まで送ってください。
★作品の返却は、致しません。(大切な作品は、複製を取って応募ください。)
【賞】
・特賞3点 ・入選5点
【題材】
・(現在の)善光寺仁王門及び仁王像、三宝荒神像、三面大黒天像
・飯山市“寺町シンボル広場”内 仁王門(旧仁王像)
・(現在の)善光寺仁王門及び仁王像、三宝荒神像、三面大黒天像
・飯山市“寺町シンボル広場”内 仁王門(旧仁王像)
【締切】
・2019年6月14日(金)必着
・2019年6月14日(金)必着
【審査員】
・高村達氏(写真家・高村光雲の子孫) ・毛利英俊氏(元信濃毎日新聞社・写真部長)
・長瀬哲氏(飯山市教育委員会・教育長) ・小林順彦師(善光寺寺務総長)
・高村達氏(写真家・高村光雲の子孫) ・毛利英俊氏(元信濃毎日新聞社・写真部長)
・長瀬哲氏(飯山市教育委員会・教育長) ・小林順彦師(善光寺寺務総長)
【その他】
・応募封筒の表に『仁王門写真コンテスト応募』と明記してください
・他人の著作権・肖像権を侵害するような行為が行われた場合、それに関するトラベルの責任は一切負いかねます。
・被写体が人物の場合、必ずご本人(被写体)の承諾をいただいてください。
・入特選作品は、ご通知後に弊局まで原版(画像データ)を提出いただき、善光寺史料館に展示及び善光寺HPに掲載いたします。
◎入特選の方へ、仁王門再建百年記念法要(仮称)時に表彰いたします。
《応募先》
〒380-0851 長野市大字長野元善町491-イ 善光寺事務局 文教課 電話026-234-3591
・応募封筒の表に『仁王門写真コンテスト応募』と明記してください
・他人の著作権・肖像権を侵害するような行為が行われた場合、それに関するトラベルの責任は一切負いかねます。
・被写体が人物の場合、必ずご本人(被写体)の承諾をいただいてください。
・入特選作品は、ご通知後に弊局まで原版(画像データ)を提出いただき、善光寺史料館に展示及び善光寺HPに掲載いたします。
◎入特選の方へ、仁王門再建百年記念法要(仮称)時に表彰いたします。
《応募先》
〒380-0851 長野市大字長野元善町491-イ 善光寺事務局 文教課 電話026-234-3591
仁王像の開眼から100周年ということで、善光寺さんでは昨年からさまざまな取り組みをなさっています。例年開催されている寺域全体でのライトアップに加え、仁王門北側に納められた、やはり光雲らによる「三宝荒神像」と「三面大黒天像」のライトアップ、仁王像に関する市民講座、そして文化財指定に向けた仁王像の本格調査など。この秋には100周年特別法要も予定されています。
そうした流れの中での写真コンテスト。腕に自信のある方、ぜひご応募下さい。
【折々のことば・光太郎】
私は生来の雷ぎらひである。どういふわけといふ理由も何もないが、あの比例外れな、途方もない、不合理極まる大音響が第一困る。これはまるで前世紀の遺物ではないか。イグアノドン、マストドンの夢ではないか。
散文「雷ぎらひ」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳
誰にでも恐怖を伴う苦手なものがあるようで、虫が苦手、犬が苦手、蛇が苦手、高いところが苦手、お化けが苦手、注射が苦手などなど、よく聞きますね。光太郎の場合は、雷だったそうで。
そうでない人から見れば、甚だ滑稽に見えることもあり、光太郎の雷嫌いにもつい笑ってしまいますが、当人はいたって真面目。それがまた笑いを誘ったりもします。ちなみにその様子は以下の通り。
・ 夜間に落雷があることを昼間のうちに予知。
・ 落雷が近づくと、電気のブレーカーを切る。
・ 一切の金属を体から遠ざける。足袋のこはぜも不可。
・ 脚に滑り止めのゴムをはめた籐椅子の上であぐらをかく。
・ 恐怖を紛らわすために『古事記伝』のような木版本を読み、そちらに意識を向ける。
まぁ、落雷も確かに危険ですが……。
ちなみに信濃善光寺さん、平安時代末の治承3年(1179)には落雷による火災に見舞われています。