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智恵子の故郷、福島二本松でその顕彰活動に取り組む智恵子のまち夢くらぶさんの主催による「高村智恵子没後80年記念事業」。これまでに「智恵子検定 チャレンジ! 智恵子についての50問」、「全国『智恵子抄』朗読大会」などが行われましたが、その最後のイベントです。  

高村智恵子没後80年記念事業 智恵子カフェ

期 日 : 2018年12月16日(日)
会 場 : 二本松市市民交流センター 福島県二本松市本町二丁目3番地1
時 間 : 午後1:00~
料 金 : 一般 1,000円  中高生600円
申 込 : 智恵子のまち夢くらぶ 熊谷 0243-23-6743

内 容 : 
 第一部 紙芝居 「夢を描いた人 ~高村智恵子の生涯」
  読み聞かせ 坂本富江さん(太平洋美術会・高村光太郎研究会)
 第二部 智恵子カフェ
  智恵子スイーツパーティー 智恵子抄しゃべり場

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第一部が紙芝居だそうです。制作、そして演じられるのは坂本富江さん。明治末、智恵子が学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術会に所属され、これまでも智恵子の生涯を描いた紙芝居を二本松で上演なさっている他、『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』というご著書もあり、今年は智恵子生家での個展も開かれました。

第二部は智恵子カフェということで、市内外のメーカーさんが作った智恵子の名を冠したスイーツを食べつつ、智恵子についての思いを語り合うそうです。

「ほんとの空」の下、安達太良山も雪化粧に被われているようです。ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

小生当市美術学校へ入りてより毎日先生と喧嘩腰にて勉強致し居り、面白き事かぎり無く候。小生は俗悪なる一種の亜米利加趣味を嫌ふこと甚だしく候。

散文「紐育より 五」より 明治39年(1906) 光太郎24歳

「美術学校」はアート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク。現存します。入学前に約3ヶ月、助手として雇ってくれたガットソン・ボーグラムが教鞭を執っていました。他の生徒から人種差別的な嫌がらせに遭い、怪しげな柔道技でやっつけたというエピソードも残っています。生徒だけでなく、先生とも丁々発止だったのですね。

神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙『タウンニュース』さんの記事から。

文豪の世界に触れる 永田地区センター 講座でゆかりの和菓子も

 高村光太郎、室生犀星、夏目漱石といった文豪の作品解説と3人の作家が好んだ和菓子を食べて楽しむ講座が1月29日、2月5日、26日に永田地区センターで行われる。時間はいずれも午前10時から11時30分。

 講師に一般財団法人出版文化産業振興財団の読書アドバイザー、城所律子さんを招く。城所さんは図書館での読み聞かせや年齢に応じた本の選び方、読み方のアドバイスをしている。今回は作品の紹介だけではなく、作家たちの人となりや時代背景などが分かりやすく解説される予定。

 参加費は全3回で1人1200円。回ごとに取り上げる作家が変わる。全回に参加できなくても申し込みは可能。対象は成人先着12人。申し込みは1月11日から、費用を添えて直接施設へ。申し込み、問い合わせは同地区センター【電話】045・714・9751。


というわけで、調べてみました。会場の永田地区センターさんのサイトから。 

文豪と和菓子

期   日 : 2018年1月29日(月)、2月5日(月)、2月26日(月)
会   場 : 横浜市永田地区センター 横浜市南区永田台45-1
時   間 : 10:00~11:30
料   金 : 1,200円 (要予約 費用を添えて直接施設へ。)
定   員 : 12名(先着順)

高村光太郎・室生犀星・夏目漱石それぞれのゆかりの和菓子をいただきながら、作品を楽しんでいただきます。

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横浜市南区さんの広報紙『広報みなみ』にも案内が出ていました。

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ところで、どちらも和菓子の具体的な品名が出ていません。

光太郎と和菓子というと、当方、真っ先に思い浮かぶのは光太郎の実家や智恵子と暮らしたアトリエにほど近い、団子坂下の「菊見せんべい」さん。

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光太郎最晩年、昭和29年(1954)の『中央公論』に載った談話筆記「わたしの青銅時代」に、光太郎十代、東京美術学校在学中に、通学路の途中にあるその店の看板娘が気になって、そこを通るたび「胸がドキドキして顔がほてつて困つた」という部分があります。ただ、せんべいそのものについてはうまいともまずいとも発言していませんでしたが(笑)。

それから、昭和20年(1945)に岩手花巻、更に花巻郊外の旧太田村に移り住んでから親しんだ、南部せんべいや豆銀糖。以前にもご紹介しましたが、昭和24年(1949)の対談「朝の訪問」に以下の発言があります。

岩手はね、その、庶民階級がいいんです。それが僕は好きなんです。だから人によく話すけど、八戸煎餅ですね。それと豆銀糖と。ああいうものに実にいい、うまいものがある。で、殿様が食べるようなものは別にない。

詳しく調べれば、まだあるかもしれませんし、今回の講座ではどんな和菓子が取り上げられるのか、気になるところです。また、光太郎と共に取り上げられる犀星や漱石はどんな和菓子が好きだったのか、それも気になるところです。漱石はほっておくとジャムをひと瓶舐めてしまうという甘党だったそうですが(笑)。

こういう部分に着目すると、それぞれの身近に感じられるもので、そういう意味では今回の講座、おもしろい取り組みだと思います。お近くの方、ぜひどうぞ。


【折々のことば・光太郎】

丸いものを唯丸く薄いものを唯薄く現はすだけのところに彫刻は無い。彫刻家であるならば、厚いものを拵へて薄く見せ、四角に作つて丸く見せるといつた様なこつ――造形的感性――を身体の中に持つてゐるわけで、その人が写生をすれば、それは自づと彫刻になるのである。

談話筆記「写生の二面」より 昭和12年(1937) 光太郎55歳

こうした意味では、光太郎、最近流行の「超絶技巧」的な実物そっくりの牙彫などは認めていませんでした。実際、光太郎の木彫「蝉」は、薄いはずの羽を分厚く作っていて、しかし何の違和感もありません。芸術とは難しいものですね。

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