カテゴリ:音楽/演劇等 > 朗読

もう少し早くご紹介するべきところでしたが、日付を勘違いしておりました。明日の公演です。

大人のための朗読会『あの空、あの声』-ふるさとの記憶-

期 日 : 2026年1月12日(月・祝)
会 場 : 成増アートギャラリー 東京都板橋区成増3丁目13-1
時 間 : 14:00~15:00 
料 金 : 無料

出 演 : 朗読ワークショップ声流
演 目 : 鹿児島感傷旅行/向田邦子 海酒/田丸雅智 あどけない話/高村光太郎 ほか

遠く離れても、深く心に刻まれた場所…ふるさと  いろいろな想い出、風の匂い、日差し、親しかった人びと…その場所を振り返るとき人は皆、胸を締め付けられる ふるさとを思い起こす朗読会です。
000
主催は板橋区成増図書館さん。朗読ワークショップ声流さんによる「大人のための朗読会」は定期的に開催されているようです。平成31年(2019)には『道一その先』のサブタイトルで行われ、やはり光太郎詩「道程」がプログラムに入っていました。

今回は「『あの空、あの声』-ふるさとの記憶-」だそうで、「空」といえば「智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。」の「あどけない話」(昭和3年=1928)ですね。

それからフライヤーを見て一瞬、「あどけない話」と同じく『智恵子抄』所収の「梅酒」(昭和15年=1940)かと思ったのですが、田丸雅智氏の「海酒」。やはり主人公が不思議なバーでメニューに書かれた「海酒」の文字を「梅酒」と勘違いするストーリーです(笑)。

ご都合つく方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)11 『ロダン』アルス美術叢書 24

昭和2年(1927)4月17日 アルス 高村光太郎著
PXL_20260110_005016167
PXL_20260110_005059861 PXL_20260110_005144701
目次
 一、一個の全球
 二、親ゆづり
 三、善い姉さんと腹の出た家と
 四、始まり
 五、実地修行
 六、修道院
 七、下働きと仕立女工
 八、総決算と新時代
 九、苦境と愉楽と
 十、振出しへ返る事
 十一、自己の道
 十二、「歩む人」と「地獄の門」と
 十三、胸像群
 十四、記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義
 十五、一九〇〇年以後
 十六、晩年、死、死
 十七、「小さい花子」

光太郎が終生敬愛したロダンの書き下ろし評伝です。

最終章「小さい花子」は、ロダン彫刻のモデルを務めた確認出来ている限り唯一の日本人・花子こと太田ひさを岐阜に訪ねたレポートです。ひさは森鷗外の短編小説「花子」にも描かれました。

昨日は神奈川県の北鎌倉に出向いておりました。明月院さん裏手のカフェ兼ギャラリー・笛さんで開催中の「回想「高村光太郎 尾崎喜八」詩と友情 その12」の拝観及び関連行事としての「詩の朗読会」でした。
PXL_20251115_053104869.MP
PXL_20251115_053117834.MP PXL_20251115_053120907
笛さんのオーナーご夫人が光太郎の直ぐ下の妹・しづ(静子)の令孫にあたり、またすぐ近くに光太郎と交流の深かった詩人・尾崎喜八の令孫もお住まいということで、両家に伝わる品々が展示され(12回目)、さらに令和4年からは関連行事としての朗読会も行われています。

14:30頃に着き、まずは展示を拝見。

光太郎の書。色紙類はほとんどが複製ですが、一点のみ真筆。「此珠無価数」、中国の寒山詩の一節を揮毫したものです。
PXL_20251115_053506285 PXL_20251115_053518775
書簡系三通はオーナーご夫人の令祖父母に宛てたもので、こちらも真筆。昭和20年(1945)4月に本郷区駒込林町のアトリエ兼住居が空襲で全焼した直後、焼け跡から出てきた炭化した香木を「茶を点てるのにでも使って下さい」と贈った添え状、それから戦後、花巻郊外旧太田村の陋屋に蟄居してからの近況報告。
PXL_20251115_053534034 PXL_20251115_053530807
尾崎の書も。こちらも一点を除いて複製だそうですが。
PXL_20251115_053719607 PXL_20251115_053724007
PXL_20251115_053733531
PXL_20251115_053701351
大正13年(1924)、尾崎と、光太郎の親友だった水野葉舟の息女・實子の結婚祝いに贈ったミケランジェロ模刻の「聖母子像」。

書籍類。
PXL_20251115_053907873
15:00となり、朗読会開始。
PXL_20251115_063303196.MP
001
まずはオーナーご夫人による「妹に」(大正6年=1917)、「御前彫刻」(昭和22年=1947)。ともに光太郎が家族を謳った詩です。
PXL_20251115_060328641
「妹に」の「妹」はオーナーご夫人のおばあさまではなく、その下の妹・よし(喜子)ですが、オーナーご夫人、喜子にも会われたことがおありだそうで。ちなみに喜子は藤岡光田(こうでん)という木彫家に嫁ぎました。昭和20年(1945)4月の空襲の後、光太郎は約1ヶ月、近くにあって辛くも焼失を免れた藤岡家に世話になった後、花巻の宮沢賢治実家に疎開しました。

続いて、尾崎喜八・實子夫妻の息女、故・榮子さんの肉声による喜八詩の朗読を録音された音源で。榮子さんは当方が会ったことのある生前の智恵子を知る人物お二方のうちのお一人です。

次に、当方がお声がけしたお二人、フリーアナウンサーの早見英里子さんと朗読家の出口佳代さん。
PXL_20251115_061935641
お二人には、今年の第69回連翹忌の集い、さらに7月に開催された「中西アトリエをめぐる文人たちの朗読会」でも光太郎詩の朗読をお願いしました。
PXL_20251115_061307364.MP
続いては、やはり録音された音源から音楽に造詣の深かった尾崎による「The wind from the west」。リコーダー演奏と歌唱でした。

光太郎実弟・豊周の令孫(オーナーご夫人とは「はとこ」)の櫻井美佐さんで、光太郎詩「鉄を愛す」(大正12年=1923)。尾崎夫人實子の父・水野葉舟に贈った詩です。
PXL_20251115_064441272
ここで、当方にもしゃべれというので、光太郎や尾崎、實子や榮子さんなどについてお話しさせていただきました。プログラムにその項が入っていることを、当日の朝まで存じませんでしたが(笑)。

尾崎令孫(母方では葉舟令曾孫)の石黒敦彦氏が尾崎について。
PXL_20251115_065818443
合間にはオーナーの山端夫妻による笛の合奏。ご夫婦でこういうことができるというのはいいですね。
PXL_20251115_063842518 PXL_20251115_063924789
最後にオーナー・山端氏による光太郎詩「山からの贈り物」(昭和24年=1949)。
PXL_20251115_072023447
プログラム的には以上でしたが、この後はNHKさんの「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」で取り上げられたレモンコーヒー、智恵子の故郷・福島二本松の地酒(智恵子実家の銘酒の銘柄「花霞」の名を継いだもの)などが振る舞われました。
PXL_20251115_073830456
それから、これも恒例となりつつある、近くで採れた巨大な冬瓜(とうがん)の解体ショー(笑)。
PXL_20251115_072413138.MP PXL_20251115_072426412.MP
さらに山端氏は店内所狭しと置かれている笛を代わるがわる手に取られて即興演奏。
PXL_20251115_074728372
17:00、終了。肩のこらないアットホームなひとときでした。

来年以降もこの時期に開催されるはずですので、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

真の芸術家は創造の原始的原理に透徹しなければならぬ。美しきものを会得することによつてのみ彼は霊感を得る。決して彼の感受性の出し抜けな目覚めからではなく、のろくさい洞察と理解とにより辛抱強い愛によつて得るのである。心は敏捷であるに及ばぬ。なぜといへばのろい進歩はあらゆる方面に念を押す事になるからである。


光太郎訳 ロダン「ロダン手記 ゴチツクの線と構造」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

特に造型芸術に於いては、気の長い「のろい」取り組みも必要だというわけですね。その実践ともいえるでしょう、ロダンも光太郎も一つの作品に何年もかけることがありました。

朗読のワークショップだそうで。

壤晴彦・演技/朗読短期ワークショップ 11月『「ニュアンス」ってどうやって付けるの? 智恵子抄』

期 日 : 2025年11月21日(金)~11月23日(日)
会 場 : 演劇倶楽部『座』サロン 新宿区新宿5-9-11 アルメリア新宿1F
時 間 : 金・土/18時〜21時、日/13時〜17時 計10時間
料 金 : 20,000円
講 師 : 壤晴彦

あなたは自分の『本当の声』を知っていますか?
「良い声」だと思い込んだ、あるいは教えられた「声」に必死に近づこうとしていませんか?
「自分には遠くまで届く張りのある声は出ないんだ」とあきらめていませんか?

「声真似」ではない、自分の『本当の声』に出会い、「聞く耳に心地良く」「健康効果も抜群」の『省エネ発声法』の他、朗読や台詞・演技のスキルアップに役立つ技術を、テーマ別に指導します。

11月『「ニュアンス」ってどうやって付けるの?』
動詞・形容詞・形容動詞、時には名詞‥‥声の強弱・高低・圧・スピード・温度・湿度‥‥単語ごとの立体化・有機化が「文章の味わい」となります。一つ一つのフレーズを丁寧に扱い、瑞々(みずみず)しい言葉世界を目指します。
教材:智恵子抄(高村光太郎)
002
001
講師の壤晴彦氏は、ご自分でも朗読の公演をなさるかたわら、朗読教育にもご関心が高く、教材としてのCDも出されています。

こちらで把握している限りでは、昨年さいたま市で、今年は都内秋田県で、それぞれ「智恵子抄」朗読を含む公演にご出演。当方は都内での公演を拝聴に伺いました。教材的なCDは平成24年(2012)にリリースされています。

今回の講座は、4月から12月まで3日間ずつ、計27日間。そのうち今月開催分で「智恵子抄」がテキストとして使われます。他の月で取り上げられた/取り上げられる作品は、宮沢賢治「どんぐりと山猫」、アンデルセン「絵のない絵本」、小川未明「野ばら」、夏目漱石「夢十夜」、芥川龍之介「藪の中」など。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

肝腎な点は感動する事、愛する事、望む事、身ぶるひする事、生きる事です。芸術家である前に人である事!


光太郎訳 ロダン「若き芸術家達に(遺稿)」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

当会顧問であらせられた故・北川太一先生は、光太郎が訳したこの一節を好まれ、頼まれて書く揮毫などによくこの一節、それから昨日ご紹介した一節を選ばれていました。
001 002

本日のキーワードは「今週末」。紹介すべき事項があとからあとから出て参りまして、ギリギリの紹介となってしまい、すみません。

まず、都内から朗読公演の情報。

四季の朗読会〜秋の部〜

期 日 : 2025年11月8日(土)
会 場 : 秋葉原ハンドレッド2 東京都台東区浅草橋5-3-2
時 間 : 12:00~
料 金 : ¥6,000

文豪達の四季折々の名作が俳優の紡ぐ言葉によって現代に再び蘇る朗読会。俳優達と一緒に過去の名作を楽しみましょう。


十二時の回 高村光太郎「山の秋」 十五時の回 久米正雄「虎」 十八時の回  泉鏡花「貴婦人」

出演者 谷佳樹 山口渓 町田尚規 灰塚宗史

005
「山の秋」は、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)周辺の思い出を再上京してから書いたもので、雑誌『婦人公論』第37巻第10号(昭和28年=1953 10月)に発表されました。

谷佳樹さんという方、舞台「文豪とアルケミスト 旗手達ノ協奏(デュエット)」で、主人公の志賀直哉役を演じられた方でした。他にも同作でアンサンブルという敵の戦闘員役を演じられた方も。今一つ公演の詳細が分からなかったのですが、なるほど、そういう系かと。

もう1件、智恵子の故郷・福島二本松からコンサート情報です。

トランペット&ピアノ デュオ 駅に響け「ほんとの空」コンサート

期 日 : 2025年11月9日(日)
会 場 : JR東北本線安達駅東西自由通路西口1階コンコース
時 間 : 午後1時15分(約50分)
料 金 : 無料

トランペッター Noby
本宮市出身二本松在住のプロトランペッター。中学時代にイタリア人トランペッターニニ・ロッソに憧れ、趣味で吹き続けてきた事がプロの道へ。国内各地、海外での演奏経験もあり、ジャンルを問わない演奏は好評である。

ピアノ 坂本ひとみ(市内在住)

(当初出演予定でフライヤーに名がある千葉貴利氏は、お身内にご不幸があり、急遽出演できなくなったそうです)
006
光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語を冠したコンサートです。会場は二本松市名誉市民であらせられた彫刻家の故・橋本堅太郎氏の最後の作品にして智恵子像の「今、ここから」が立つ安達駅。トランペットのNobyさんは、これまでも二本松での智恵子関連イベントなどに繰り返し出演なさっています。当方も一度、演奏を拝聴しました。

当初出演予定だった千葉貴利氏という方は存じませんでしたが、プロフィール欄に「生まれつき、右手首より先が無い」とあります。それで鍵盤楽器を弾かれるというのですから、つくづく人間というものは凄いんだな、と改めて思います。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

辛抱です! 神来を頼みにするな。そんなものは存在しません。芸術家の資格は唯智慧と、注意と、意志とだけです。正直な労働者のやうに君達の仕事をやり遂げよ。

光太郎訳 ロダン「若き芸術家達に(遺稿)」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

やはりロダンも光太郎同様、ポジティブですね。光太郎がそれに学んだ、と言うべきかも知れませんが。

この場合の「芸術家」は、造型作家のみと限らないでしょう。

昨日は上京しておりました。

メインの目的はコンサートの拝聴でしたが、早めに出て、まずは久々に国会図書館さんへ。
PXL_20250912_070459602
こちらのデジタルコレクション、自宅兼事務所に居ながらにして見られる資料数が飛躍的に増えているのですが、館まで足を運ばないと見られない「館内限定」データも著しく拡充されており、そのあたりの調査です。

光太郎智恵子がらみで様々なことをやっている当方ですが、ライフワーク的には彼等の書き残したものの集成。筑摩書房さんの増補版『高村光太郎全集』の平成10年(1998)に完結後も、それにもれている作品がかなり多く、高村光太郎研究会さんで年刊刊行の『高村光太郎研究』内の連載「光太郎遺珠」としてそれらを紹介しています。昨日もそれっぽいものを見つけて参りました(詳しく調べないと分かりませんが)。また、『高村光太郎全集』編纂に当たられた、当会顧問であらせられた故・北川太一先生の古い短文なども。

その後、杉並区の荻窪に。古書店を2軒廻り(収穫ゼロでしたが)、杉並公会堂さんへ。
PXL_20250912_084108926
こちらで「 POEM*CONCERTⅣ ほんとうの幸い 宮沢賢治も夢みた世界」という公演があり、それがメインの目的でした。
001
「POEM*CONCERT」と題されているように、毎回1人の詩人を取り上げて、その人物の作詞した歌曲などを演奏したり、作品の朗読を行ったりというコンセプトで、今回は宮沢賢治。直接的には光太郎には関わりませんが、これは聴いておかなけりゃ、というコンサートでした。

第一に、今冬の花巻高村光太郎記念館さんでの企画展示に向けて、現在、宮沢賢治と格闘していますので(実際に殴り合っている訳ではありません(笑))。まだ詳細は発表されていませんが、数回にわたる『宮沢賢治全集』の刊行に光太郎が大きく関わっていまして(当会の祖・草野心平も)、そのあたりに関する展示になります。関連行事として、年明けには花巻で賢治実弟・清六の令孫、宮沢和樹氏らとの公開対談も予定されています。展示の解説パネルはいったん書き上げましたが、まだ完成というわけではありませんし、とにかく賢治の世界観に触れておきたいと考えた次第です。

第二に、出演なさった二期会の黒川京子氏、清水邦子氏とのご縁。今回の招待券も黒川氏から頂きました。
004
お二人とも光太郎詩に曲が付けられた歌曲を歌われていらっしゃり、そしてこのコンサートの関係もあって、賢治の故郷・花巻を訪れてみたいということで、今年の1月31日(金)・2月1日(土)と、1泊2日で花巻をご案内いたしました。そういうわけで、やはり「これは聴いておかなけりゃ」でした。

さて、杉並公会堂さん。正面玄関を入ると、テレビモニターがあって、よくある「本日の催し」的な案内画面。それを見て、噴き出しました。
PXL_20250912_103554442.MP
「ほんとうの幸い」が「ほんとうの辛い」になっていまして(笑)。まぁ「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と賢治は言い切りましたので、「ほんとうの幸い」を実現するためには「辛い」ことも多いでしょうが(笑)。

2部構成で、プログラム的には以下の通りでした。
002
003
独唱あり、4人の歌い手さんによる混声4部合唱あり、仕掛け人のお一人・松野志保氏のレクチャーや朗読あり、最後は観客席を巻き込んでの「星めぐりの歌」大合唱(厳密には斉唱ですが(笑))と、実にバリエーションに富んだ構成で、素晴らしいと思いました。まさに黒川氏、清水氏のお二人をお連れしたイギリス海岸を題材にした「イギリス海岸の歌」も演奏されました。さすがに種山が原まではご案内できませんでしたが。

ちなみにバリトンの馬場眞二氏は、一昨年の「福成紀美子ソプラノリサイタル~作曲家 朝岡真木子とともに~」で、朝岡真木子氏ご作曲の「冬が来た」を歌われた方でした。テノールの鹿内芳仁氏は青森ご出身だそうで、MCでは歌曲の歌詞を賢治が書いた通りの南部弁で読まれたり。

終演後。
PXL_20250912_113754582.MP
この際のトークの中で、次回(来年)の予告。これまでに金子みすゞ、立原道造、中原中也、宮沢賢治と来て、何と、次回は光太郎を取り上げて下さるそうで。帰りがけ、ホワイエで清水氏、黒川氏とお話しさせていただいた中で「来年が光太郎って、聞いてなかったっすよ」と申し上げたところ「さっき決まりました」(笑)。一昨年、清水氏歌唱でリリースされた朝岡真木子氏ご作曲の「清水邦子が歌う 組曲『智惠子抄』」CD(ライナーノートを書かせていただきました)を、清水氏が松野氏らにお渡しなさったところ、「来年は高村光太郎で行こう」となったそうで。

光太郎詩に曲を付けた作品は、独唱歌曲もそれなりにたくさんありますし、今回のように4人のカルテットとすれば、これまたまあまあ数のある混声4部合唱も可能で、こりゃ楽しみだ、と思いました。ただ、光太郎自身が元々歌曲の歌詞として作詞したものはほとんど戦時歌謡系ですので、そのあたりはちょっと……という気がしますが。

そんなこんなでサプライズもあり、充実した上京となりました。関係の皆さまに感謝申し上げると共に、今後のますますのご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

自然を狭義に模写する事は全く芸術の目的ではありません。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

「「自然」に学べ」とか「「写実」が重要」とロダンは繰り返しましたが、ただそのままを写し取ることには否定的でした。自然を模写しつつも、自らの感性というフィルターを通して作品に仕上げなければならい、というわけでしょう。そのためには「誇張」もやぶさかではないと。

光太郎もその考えを自らの血肉としていました。そのため、実物そっくりに作った自在置物などのいわゆる超絶技巧系には芸術としての価値を殆ど認めませんでした。超絶技巧系大好きで少し前に起こったブームの仕掛け人だったエラいセンセイのお一人は、その点をして「光太郎が明治工芸を破壊した」と憤慨していましたが、それはお門違いというものでしょう。

鹿児島から朗読会の情報です。

あなたに届ける朗読会vol.8

期 日 : 2025年9月15日(月・祝)
会 場 : 川内まごころ文学館 鹿児島県薩摩川内市中郷二丁目2-6
時 間 : 13:30~15:30
料 金 : 一般 1,000円・小中高校生 500円  要予約 090-4346-1066

令和3年から開講した、ことの葉日和朗読教室 薩摩川内朗読サロン。「いつか川内クラスだけの発表会をしよう」と約束して、ついに実現!何と!薩摩川内の朗読教室3クラスの受講生全員が出演します!
第一部の発表会は、芥川龍之介、与謝野晶子、島崎藤村、高村光太郎、宮沢賢治、金子みすゞ、八木重吉、新美南吉、太宰治…と、文学作品を個性豊かな生徒さんたちが朗読します。
第二部の朗読コンサートは、三年半ぶりに「雨月物語〜菊花の約〜」を、ゲスト濱田貴志&桐めぐみクラシックギターデュオとともに浜本麗歌の朗読でお届けします!
九月の話でもある江戸文学の名作「雨月物語〜菊花の約〜」。せつないクラシックギターの音色とともにお楽しみください。
司会&お手伝いは、鹿児島県立川内高校放送部のみなさん! 朗読を聴くひとときをぜひどうぞ!
003
ことの葉日和 朗読教室」さんという団体の主催で、2部構成のうちの第1部での教室の生徒さんによる発表に光太郎作品が含まれているようです。ありがたし。
004
ところで朗読と言えば、6月に早稲田奉仕園スコットホールさんで開催された「木村俊介Concert 『鵲(かささぎ)の橋の上で』in 東京 愛のかたち、様々に~日本と韓国の文学作品から~」にゲスト出演なさり、「智恵子抄」から朗読をされた壤晴彦氏が、先週、秋田での「日本と韓国 朗読コンサート ~日本と韓国の文学・物語を朗読と音楽とともに~」という公演で、やはり「智恵子抄」からの朗読をなさったそうです。早稲田で共演なさった和楽器奏者の木村俊介氏、伽耶琴(カヤグム)を奏でるパクスナ氏もご一緒でした。

事前の告知で「高村光太郎」「智恵子抄」といったワードが出ていなかったようで、気づきませんでした。記録のために書き記しておきます。

さて、会場の川内まごころ文学館さんの常設展示では、光太郎とも縁のあった有島武郎や実弟の里見弴などが扱われています。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

私の友達の、造船家が私に話したには、大甲鉄艦を建造するには、唯そのあらゆる部分を数字的に構造し組合せるだけでは駄目で、正しい度合に於て数字を乱し得る趣味の人によつて加減されなければ、船がそれ程よく走らず、器械がうまくゆかないといふ事です。してみれば決定された法規といふものは存在しない。「趣味」が至上の法規です。宇宙羅針盤です。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

昨日のこの項でご紹介した一節同様、ここでロダンが言う「趣味」とは、「感性」「造型的感覚」といった意味だと思われます。

機器の製作に於いてすら、図面通りにやれば良いというものではなく、いわんや彫刻に於いてをや、というわけでしょう。

昭和6年(1931)、光太郎は三陸沿岸各地を約1ヶ月旅し、宮城県牡鹿郡女川町にも逗留しました。それを記念して毎年開催されている女川光太郎祭、今年も開催されます。

地元紙『石巻かほく』さんに予告記事が出ています。

高村光太郎の足跡しのぶ 講演や朗読、献奏も 女川・来月9日

 詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)をしのぶ第34回女川「光太郎祭」(女川・光太郎の会主催)が8月9日午後1時から、女川町まちなか交流館で開かれる。入場無料。
 戦前に女川を訪れ、詩や紀行文を記した光太郎の足跡に触れる。高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表が講演するほか、町内外の12人が自ら選んだ光太郎の作品を朗読する。ギタリスト宮川菊佳さん、オペラ歌手本宮寛子さんによる献奏、献歌もある。
 光太郎は1931年夏、女川や石巻市、気仙沼市など三陸沿岸を巡り、多くの詩文を残した。女川湾に面した海岸広場には文学碑が建立されている。
 光太郎祭は地元の有志らで組織する女川・光太郎の会が92年から開催してきた。事務局のメンバーは「光太郎が残した文化や祭りの存在を次の世代の人たちにつなげていきたい」と話す。
001
詳しい案内文書等が来ていないのですが、例年通りという連絡があり、おおむね以下のような感じのはずです。ただ、式典等の部が昨年までは14:00からでしたが、『石巻かほく』さんには13:00からと予告されていますので、そうなのでしょう。

女川光太郎祭

期 日 : 2025年8月9日(土)
会 場 : 献花 高村光太郎文学碑 宮城県牡鹿郡女川町海岸通り1番地
      式典等 まちなか交流館 宮城県牡鹿郡女川町女川2丁目65番地2
時 間 : 献花 10:00~ 式典等 13:00~
料 金 : 無料

10:00~ 高村光太郎文学碑へ献花
13:00~ 式典等
 黙祷
 記念講演 「高村光太郎の彫刻(その1)」 高村光太郎連翹忌運営委員会代表 小山弘明
 ご挨拶 女川光太郎の会
 献花の模様動画投影
 光太郎紀行文・詩の朗読 町内外の皆さん
 祝辞
 アトラクション演奏 
ギタリスト宮川菊佳さん、オペラ歌手本宮寛子さん
18:00頃~
 懇親会

午前中に行われる、平成3年(1991)に当時の海岸公園に建てられた光太郎文学碑への献花は関係者で。見たい、という方はご覧下さって結構ですが。碑の建立を機に、翌年から光太郎祭が開催されるようになりました。碑は平成23年(2011)の東日本大震災で倒壊しましたが、令和2年(2020)に再建されています。

碑の建立や光太郎祭の運営に奔走された貝(佐々木)廣氏は震災で津波に呑まれて亡くなり、碑文の一部を揮毫されたり、永らく光太郎祭で記念公演を毎年されたりなさっていた、元当会顧問の北川太一先生も鬼籍に入られました。光太郎をはじめ、それらの皆さんへの思いこめての献花です。

午後の部、メインは町内外の方々(今年は12名だそうで)による光太郎詩文の朗読ですが、前座として当方の講演。最初は北川先生との対談形式で行い、その後10年ほど、光太郎と女川との繋がり、連作詩「暗愚小伝」に基づいて光太郎の生涯を紹介し、それも終わって、昨年は智恵子の生涯について語らせていただいています。今年以降、どうしようかと考えましたが、いつも話の枕として「光太郎は色々な分野に足跡を残した総合的な芸術家だった」ということを語っていることに思い至り、それならその「色々な分野」を一個ずつ取り上げていけばまた10年くらい何とかなるかと考えています。そこで今年と来年は「彫刻」。一般の方にもわかりやすいようにかみ砕いて、光太郎彫刻の成り立ちを語ります。

終了後は会場近くの町中華さんで懇親会。年に一度お会いする方々が多く、それが一つの楽しみです。

今年は土曜日の開催ですし、ご都合のつく方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

小生昨年と今年とは療養のため多く臥床、来年はそろそろ又仕事にかかりたいと思つて居ります、

昭和30年(1955)11月28日 野見山朱鳥宛書簡より 光太郎73歳

余命約4ヶ月、もはや病状は彫刻制作にかかることを許さないほど悪化していたのですが、気持としてはやる気に溢れていたようです。あるいは日記等にも書かれているように、彫刻より「書」をイメージしていたのかもしれません。

「智恵子抄」系の公演情報を2件。

まずは福島から独唱歌曲の演奏会です。

欅の会・日本歌曲コンサートー清水脩の世界ー

期 日 : 2025年8月3日(日)
会 場 : キョウワグループ・テルサホール 福島市上町4番25号
時 間 : 開場 13:00 開演 14:00
料 金 : 1,000円(全席自由)

詩人の高村光太郎と福島県出身の妻、智恵子が題材の曲を演奏します。

プログラム
 第1部「わたしたちとドイツ歌曲」(美しき水車小屋の娘:シューベルト)
  Dos Wondern(さすらい) Wohin?(どこへ?) Am Feirrobend(仕事のあとで)
  Der Neugierige(知りたがる者) Uegengruss(朝の散歩)
  Des Müllers Blumen(水車屋の花) Tränenregen(涙の雨)
  Der Müller und der Bach(水車屋と小川) Des Baches Wiegenlied(小川の子守歌)
  山田耕筰・清瀬保二・間宮芳生・猪本隆・原久貴作品とともに
 第2部「清水脩作品集」
  「奥の細道」より(松尾芭蕉句)
   行く春や 風流の初やおくの 世の人の見附ぬ花や 早苗とる手もとや昔
   笈も太刀も五月にかざれ 旅に病んで
  「智恵子抄」より(高村光太郎詩)
   あどけない話 美の監禁に手渡す者 千鳥と遊ぶ智恵子 風にのる智恵子
   値ひがたき智恵子 レモン哀歌 荒涼たる帰宅


出演 ソプラノ 相田美保 佐藤彰子 みのり 佐藤裕子 藁谷志帆
   アルト  佐藤奈緒美 中村すみれ 細田睦子
   テノール 荒井一成  バリトン 竹沢嘉明
   ピアノ  熊田桂子 窪田綾奈 小林悟 吉田圭祐

004
故・清水脩氏の全12曲から成る歌曲集「智恵子抄」から7曲、ピックアップされています。このうち「あどけない話」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」は光太郎生前の昭和30年(1955)の作曲。ソプラノ歌手・小島幸(大3=1914~平19=2007)の独唱会の依嘱作品でした。「風にのる智恵子」「荒涼たる帰宅」は同年、東京交響楽団の依頼により作曲され、同団定期公演でソプラノ歌手・古澤淑子(大5=1916~平13=2001)歌唱、同団伴奏により初演が為されています。「値ひがたき智恵子」は昭和34年(1959)、ソプラノ歌手・内田るり子(大9=1920~平4=1992)の「渡欧記念第五回連続日本歌曲独唱会」への委嘱作品として、「美の監禁に手渡す者」は昭和46年(1971)、テノール歌手・中村健(昭7=1932~)に献呈という形で作曲され、「中村健独唱会」で初演されました。ピアノ伴奏は三浦洋一(昭8=1933~平21=2009)でした。

光太郎があとからあとから「智恵子抄」収録詩篇を作り続けたように、清水氏も4期に分けて作曲しつづけ、完成までに16年かかっています。よほど「智恵子抄」詩篇に思い入れがあったのでしょう。舞楽の楽人であった父の影響もあり、邦楽にも関心を寄せていた氏は、昭和34年(1959)には箏曲、室内楽と朗読のコラボレーションによる「詩のための音楽 智恵子抄より」も作曲しましたし、合唱曲でも「智恵子抄巻末のうた六首」など多くの作品で「智恵子抄」をテキストに使っています。

もう1件、栃木県から朗読の公演。

秋元紀子ひとり語りin宇都宮

期 日 : 2025年8月8日(金)
会 場 : café Mario~休みの国~ 宇都宮市昭和2丁目9-20
時 間 : 開場 9:45 開演 10:00
料 金 : 3,500円+ランチセット1,580円

プログラム
 Opening act 高村光太郎作『智恵子抄』 朗読:篠崎令子
(キビタノ朗読会)
 太宰治作『恥』  安房直子作『青い花』

名古屋、秩父と好評だった太宰治「恥」と安房直子「青い花」を宇都宮でも語らせていただきます。「恥」は、ある一文がとても気に入っています。その箇所に来ると私の表情が変わると思います。「青い花」は、自分への戒めと思って読んでいます。カフェマリオの手加減しないジンジャーエールと共にお待ちしています!お問い合わせは、下記までよろしくお願い致します。
 グッドフェイス宇都宮 goodface_utsunomiya2019@yahoo.co.jp
 080-2018-3485(小林)
005
メインは秋元紀子さんという方の朗読ですが、オープニングアクトとして篠崎令子さんという方による「智恵子抄」朗読がプログラムに入っています。秋元さんが講師を務められている朗読教室の方のようです。

「智恵子抄」系(無論、他の光太郎作品も)、このように音楽や朗読やで、あるいは演劇や映像作品など他のジャンルでも愛され続けて欲しいものです(長くなるので後日改めてご紹介しますが、講談の公演も近々あります)。

それぞれぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

おハガキありがと。写真はまたいつかとつてください。このあいだは暗すぎたのだろうと思います。こんどは日のあたつているところでとればいいでしよう。私の病気がもつとなおつたころ。


昭和30年(1955)11月11日 神保明彦宛書簡より 光太郎73歳

交流のあった詩人・神保光太郎の子息に宛てた書簡です。子供に送る手紙は新仮名遣い(促音や拗音を一回り小さいサイズにすることは除く)というのが光太郎のポリシーでした。

この「写真」、どこかで見た記憶があるのですが、今、パッと出てきません。すみません。

7月23日(水)に開催いたしましたコンサート「花巻で響き合う 光太郎、賢治、声と箏」についてレポートいたします。

ご出演は、「声」が仙台ご在住のヴォイスパフォーマー・荒井真澄さん、「箏」で都内からお越しの箏曲奏者・元井美智子さん。お二人での公演、さらにテルミン奏者の大西ようこさんを加えてのトリオでの公演をこれまでもなさっています。

「東北ツアー」と銘打って、7月22日(火)と7月25日(金)には荒井さんのテリトリーの仙台で2公演。間に挟まる7月23日(水)は光太郎第二の故郷・花巻で。当初、花巻では小さめのホールなどを借りて、とお考えだったそうですが適当な会場が取れず、そんなこんなの中で「高村光太郎連翹忌運営委員会の主催ということにすれば、高村光太郎記念館で開催可能」という話になって、こちらにお鉢が回ってきました(笑)。

こちらも独自に「市街地のカフェ羅須さんも借りられますよ」と情報を流しておいたところ、「じゃあ2公演やってしまいましょう」とパワフルなお二人(特に元井さん)が(笑)。

さて、まずは旧太田村の高村光太郎記念館さん。
PXL_20250723_002234078
リハーサル風景。
PXL_20250723_015331793.MP
PXL_20250723_020058848
PXL_20250723_020044180 PXL_20250723_015348250
右上画像、像の背後のスピーカーと変に重なり、「乙女の像中型試作」がスマホで写メ(死語ですね(笑))を撮っているように写ってしまいました(笑)。

13:00から本番。
002
PXL_20250723_040631213
PXL_20250723_040659254
PXL_20250723_040719908.MP
平日の昼間にもかかわらず、そこそこのお客様がお集まり下さり、感謝に堪えませんでした。
PXL_20250723_041735069 PXL_20250723_041746563
1753243730875
PXL_20250723_041943084
PXL_20250723_041911609.MP
PXL_20250723_044346860
およそ1時間のプログラムを終え、速攻で撤収。2公演目のカフェ羅須さんへ。
PXL_20250723_061607440 PXL_20250723_061616438
急いでセッティングし、リハ。
PXL_20250723_062705755.MP
ちなみにギャラリーも兼ねる羅須さんでは、現在、岩手の花々を撮った地元の方の写真展が開催中です。
PXL_20250722_050922916 PXL_20250722_050945563
PXL_20250722_050848506.MP PXL_20250722_050858833.MP
PXL_20250722_050904164
今朝の『岩手日日』さん。しれっと一般人のような顔をして写っているのは当方で、前日にご挨拶に伺った際にたまたま取材が入り、映り込んだ次第です(笑)。
無題
閑話休題、16:00から2公演目の本番。ここが宮沢賢治の親友だった藤原嘉藤治ゆかりの場所ということで、賢治作品も盛り込みました。光太郎も疎開でお世話になっていた宮沢家も指呼の距離ですし。
001
PXL_20250723_070504563
PXL_20250723_072810704.MP
PXL_20250723_072832380
1753254709464
1753254747057
1753254894189 1753256468906
PXL_20250723_073021591.MP PXL_20250723_080450574.MP
こちらの方が少し長いプログラムで、17:00過ぎに終演。

2公演ともいい感じにまとめられました。開催にご協力下さった地元の皆さん、平日にもかかわらずお越しいただいたお客様方に、厚く御礼申し上げます。

この後、3人で花巻南温泉峡・大沢温泉山水閣さんに宿泊いたしました。

こんな感じで、当会を主催とすれば高村光太郎記念館さん(二本松の智恵子生家も)での公演が可能です。通常は「やらせてくれ」と言ってもそういう使用方法はできません。また、羅須さんなど当方のお世話になっているところには仲介も致します。場合によっては宿の手配も。全国の演者の皆さん、ご検討下さい。ただし、高村光太郎記念館さん(二本松の智恵子生家も)では公演料は取れません。光太郎智恵子の聖地中の聖地でできる、という点だけがメリットです。また、流石に当方の全然存じ上げない方は紹介できないかな、という感じでもありますのでよろしくお願いいたします。

【折々のことば・光太郎】

もう稲刈はすんだでせうか、小屋のあたりの栗が今ごろはさかんに落ちる頃と思ひます、子供達がよろこんでとりにいつてるでせう。何かにつけて山がなつかしく感じられます。


昭和30年(1955)10月8日 浅沼政規宛書簡より 光太郎73歳

浅沼ら、旧太田村の人々への書簡は概して村を懐かしむ内容が主でした。

昨日は同じ千葉県内の野田市に行っておりました。過日ご紹介した「森優子朗読ライブ Teatime Concert in 琥珀茶寮あずき」拝聴のためです。

会場の琥珀茶寮あずきさん。
PXL_20250719_041404697.MP
市の中心部を少し外れた住宅街の一角で、こちらも元々は普通の住宅だったようなたたずまいでした。光太郎の父・光雲の木彫も展示されている茂木本家美術館さん、光雲の師・東雲の彫刻が納められている琴平神社さんや報恩寺さんなども近いと云えば近いあたりです。

こちらではミニコンサートやアート制作のワークショップなど、様々なイベントも行われており、昨日はその一環としての朗読会でした。ご出演は森優子さんという方。ちょっと離れた松戸市にお住まいのようです。元々あずきさんにお客様としていらしていたそうですが、あずきさんのオーナーの方が、昨年松戸で開催された森さんの朗読会を聴かれ、「それならうちでも」とお願いなさって実現したとのこと。

さて、昨日の朗読会。まずは光太郎の「智恵子抄」から。読まれた詩は順に「人に(遊びぢやない)」(大正2年=1913)、「樹下の二人」(大正12年=1923)、「あなたはだんだんきれいになる」(昭和2年=1927)、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「値(あ)ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「梅酒」(昭和15年=1940)。

詩の朗読というと、ゆったりとかみしめるように読まれる方が多い中、森さんは少し早口めのきびきびした読み方で、なるほど、こういうのもありだな、と思いました。さらにいつも思うのですが、光太郎の詩はわざとらしくない踏韻や内在律が素晴らしく、聴いていて心地よいものでした。

後半は、光太郎と軽く交流のあった芥川龍之介の「杜子春」。もちろん知らない話ではありませんでしたが、細かな部分は忘れており、「ああ、そういえばそうだった」「このあとどうなるんだっけ?」「あれ、ここはこうだったんだ」という感じで、ある意味新鮮でした。さらにアンコール的に、これも光太郎とつながりのあった中原中也の「吹く風を心の友と」。これでおおむね一時間ちょっとでした。

10月にはまたタッグを組まれ、福島の会津でやはり「智恵子抄」を含む公演をなさるそうです。これまたありがたいお話です。

それも含め、今後のますますのご活躍を祈念いたします。

以上、野田市レポートでした。

【折々のことば・光太郎】

先日はおてがみでいろいろ御様子をうかがひ、よろこびました、又剣舞の人形もいただきました、これは運送の途中ボール箱がおしつぶされて人形の足などが破損しましたが、修繕して飾りました、

昭和30年(1955)8月11日 高橋正亮宛書簡より 光太郎73歳

「剣舞」は「けんばい」と読み、岩手を代表する郷土芸能です。宮沢賢治が詩にしたことで江刺の「原体剣舞」が有名ですが、光太郎第二の故郷・花巻でも多くの地区に独自の剣舞が伝わっています。

昨年もこの時期でしたが、箏曲奏者の元井美智子さんとヴォイスパフォーマー・荒井真澄さんのお二人がコラボなさる公演が、東北地方で4回開催されます。それぞれに「智恵子抄」が組み込まれています。

時系列順に、まず荒井さんのホームタウン・仙台で。

光太郎、賢治、箏と声 夏の朝

期 日 : 2025年7月22日(火)
会 場 : Antique & Cafe TiTi 宮城県仙台市宮城野区鉄砲町中5-8
時 間 : 開場 10:30 開演 11:00
料 金 : 4,000円(ケーキセット付)

プログラム
 お箏の調べ(みだれ、操、耳なじみのある曲)
 高村光太郎「智恵子抄」より ~レモン哀歌、人類の泉など~
 宮沢賢治「よだかの星」など
001
翌日には、光太郎第二の故郷・花巻で昼と夕方の2公演。

花巻で響き合う 光太郎、賢治、声と箏 第一公演

期 日 : 2025年7月23日(水)
会 場 : 高村光太郎記念館 岩手県花巻市太田3-85-1
時 間 : 13:00~14:00
料 金 : 無料
      (高村光太郎記念館入館料として大人350円 高校生・学生250円 小中学生150円)
主 催 : 高村光太郎連翹忌運営委員会

プログラム
 「智恵子抄」「智恵子抄その後」より 箏:産まれ出づる、さくらさくらなど

花巻で響き合う 光太郎、賢治、声と箏 第二公演

期 日 : 2025年7月23日(水)
会 場 : カフェ羅須 岩手県花巻市豊沢町2-18
時 間 : 16:00~17:00
料 金 : 2,000円 1ドリンク付
主 催 : 高村光太郎連翹忌運営委員会

プログラム
 「智恵子抄」 よだかの星 星めぐりの歌など 箏:産まれ出づる、夜空へなど
002
この花巻での2公演は、当会の「主催」ということになっています。当初は仙台でのそれを含めて全て「後援」のみの予定でしたが、花巻市さんとの交渉の結果、当会「主催」であれば、高村光太郎記念館さんでの公演を許可するということで、そうなると「嫌です」とは言えません(笑)。司会もやることになりました。

高村光太郎記念館さんでの公演のみ、『広報はなまき』で取り上げて下さっています。
004
そしてまた仙台に戻り……

旅するお箏と智恵子抄

期 日 : 2025年7月25日(金)
会 場 : となりのえんがわ 宮城県仙台市宮城野区銀杏町4-29 宮城野納豆製造所敷地内
時 間 : 第1部 10:00~12:00 第2部 14:00~15:30
料 金 : 第1部・第2部通し 5,000円 第1部のみ 4,000円 第2部のみ 3,000円
定 員 : 第1部 8名様 第2部 20名様

プログラム
 第1部 ワークショップ 智恵子抄を朗読する~お箏の調べとともに
  智恵子抄の7篇の詩の中から1つ選択して、お箏の生演奏と共に朗読して頂きます。
  午後開催の第2部の中で、希望される方には発表して頂きます。
  朗読候補作品 樹下の二人/あどけない話/風にのる智恵子/レモン哀歌
         亡き人に/梅酒/荒涼たる帰宅
 第2部 コンサート 箏の調べと智恵子抄
  午前開催のワークショップ参加の方の発表の後、智恵子抄の世界をお箏の調べととも
  に……

  演目 みだれ、操、智恵子抄より
003
一般の方々対象に朗読講座の講師もなさっている荒井さんですので、こちらはワークショップ形式だそうです。プロの箏曲演奏に乗せて朗読が出来る、ということで「気分いい!」ということになるのではないでしょうか。

なかなかパワフルなお二人で、先述の通り、昨年も仙台と花巻で3公演。当方は仙台の最終公演を拝聴に伺いました。花巻公演は地元紙でも紹介されています。

今年に入ってからも、4月末にはテルミン奏者の大西ようこさんを加えた三人娘(笑)で、二本松の智恵子生家座敷を舞台に、高村智恵子生誕祭関連行事として「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」。こちらも地元紙で報じられました

今回、それぞれ平日の開催ということで、どれだけお客様を集められるか少々心配なところもあります。ぜひぜひ、足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

山は今うつくしい事でせう。カツコーももう鳴く頃でせう。小生はお医者さんのすすめに従ひ、今月は入院、療養のため只今静かに病院生活をして居ります。

昭和30年(1955)5月10日 駿河重次郎宛書簡より 光太郎73歳

入院先の赤坂山王病院から送った、かつて暮らしていた花巻郊外旧太田村の長老格・駿河への書簡より。病床にあって思い起こすのは、太田村の豊かな自然だったようです。

千葉県から朗読公演の情報です。

森優子朗読ライブ Teatime Concert in 琥珀茶寮あずき

期 日 : 2025年7月19日(土)
会 場 : 琥珀茶寮あずき 千葉県野田市上花輪1265-2
時 間 : 13:30 開場 14:00 開演
料 金 : 3,000円(ケーキ、ソフトドリンク付)

あずきでは様々なイベントを企画しています。今回ご縁がありまして森優子さんの朗読ライブを開催出来ることになりました(^^) 以前からお客様としていらして頂いてましたが、昨年お誘いを受け馬橋の万満寺様で開催された、小泉八雲の耳なし芳一を聴く機会があり、とても感動いたし、うちの店では無理かなぁと思いつつ言葉にしてみましたら(^^) 今回この様な運びとなりました。なかなか聴く機会のない朗読ライブ、ましてや智恵子抄です。楽しみです(^^) 25名限定です、もう既に半数はご予約頂いております。お早めのご予約お待ちしております。ライブ終了後ケーキとコーヒーで歓談したいと思います(^^)
001
存じ上げない方でしたが、フライヤーに印刷されたプロフィールを見てびっくり。「戦前の大俳優・丸山定夫の姪、女優・丸山由利亜に師事」。

丸山定夫は戦時中にはラジオ放送で光太郎の複数の翼賛詩を朗読していました。国会図書館さんのデジタルデータで「最低にして最高の道」(昭和15年=1940)が公開されていますし、坪井秀人氏著『声の祝祭 日本近代詩と戦争』(平成9年=1997 名古屋大学出版会)の付録CDには、やはり丸山の朗読による光太郎詩「必死の時」(昭和16年=1941、放送は翌年)が収録されています。

光太郎自身も大政翼賛会主催の朗読会などに出演し、自作の詩を朗読することもあって、そうした際に丸山と顔を合わせる機会があったのではないと思われます。室生犀星は、昭和17年(1942)に刊行された『筑紫日記』の中で「この間翼賛会で照井嬰三の朗読詩を聞き、丸山定夫のそれを聞き、また別な日に高村光太郎のそれを聞き、佐藤春夫のそれを聞いたのであつた」と書いています。残念ながら犀星が聞いたのは別の日だったようですが、同じ日に出演したりということも有ったかもしれません。

そして丸山は、国威発揚を目的にした移動演劇隊「桜隊」のリーダーとして、慰問に訪れていた広島で被爆、重傷を負い、終戦の翌日、息を引き取りました。「桜隊」については、故・大林宣彦監督が映画「海辺の映画館―キネマの玉手箱」で描きました。

光太郎、丸山の死については、戦後になって広島出身の小倉豊文あたりから聞かされたのではないかと推測されます。同じ頃、交流のあった高祖保松木喜之七らの戦死の報にも接したでしょう。それらが花巻郊外旧太田村の山小屋での独居生活を「自己流謫(るたく……流罪に同じ)」と位置づける要因の一つとなったことは容易に想像できます。

さて、その丸山の姪・由利亜氏(昭和63年=1988公開の映画「さくら隊散る」などにご出演)に師事なさったという森優子氏による「智恵子抄」。これは聴かざあなるまいと、予約いたしました。

皆様も是非どうぞ。

【折々のことば・光太郎】

談話筆記の方は原稿を見てからでないと御返事できません。

昭和30年(1955)4月30日 浅沼政規宛書簡より 光太郎73歳

002「談話筆記」は、昭和23年(1948)から同27年(1952)までの、浅沼が校長を務めていた山口小学校で行われた各種の行事や会合などでの光太郎のスピーチ、職員室での茶飲み話の際の発言などを浅沼が記録したもの。平成7年(1995)、ひまわり社さん発行の浅沼の回想録『高村光太郎先生を偲ぶ』に全34篇、50ページ以上にわたって掲載されています。高村光太郎研究会さん発行の『高村光太郎研究』中に当方編集の「光太郎遺珠」として連載を持たせていただいている中で、全篇を転載させていただきました。

浅沼は活字にすることを希望し、翌年、光太郎の元に原稿を持ち込みましたが、光太郎は個人的な発言のものであったり、必ずしも光太郎がしゃべった通りになっていなかったりということで難色を示し、結局、光太郎生前には実現しませんでした。

昨日は中野区の産業振興センターさんで「中西アトリエをめぐる文人たちの朗読会」でした。「中西アトリエ」は、昭和23年(1948)に、水彩画家の中西利雄が自分用にと建てたアトリエで、中西は竣工直前に急逝、以後、遺族が戦後の混乱期でアトリエを持てない芸術家のためにと、貸しアトリエとして運用、光太郎も昭和27年(1952)から昭和31年(1956)まで借り、ここで亡くなりました。

そのアトリエが解体の危機に瀕しており、保存運動の一環として、「こんなすごい人達がここを訪れたり、関わったりしたんだよ」ということを広めるため、当方も所属している「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」主催で行いました。
001
002
取り上げた文人は主に6名。光太郎をはじめ、その光太郎に会いに中西アトリエを訪れた人々――当会の祖・草野心平、「連翹忌」名付け親の一人・佐藤春夫、そして光太郎と家族ぐるみのつきあいだった尾崎喜八

それから、中西アトリエには足跡を残していないものの、彼等の兄弟が来ているよ、という宮沢賢治と太宰治。賢治実弟の清六は光太郎と親しく、光太郎が亡くなる前日の昭和31年(1956)4月1日夜、かつて光太郎も疎開していた花巻の自宅に居たところ、玄関から「こんばんは~」という光太郎の声を聞いたそうです。その声は清六の妻・愛子も、台所の修繕工事に来ていた大工さん達も聞いたとのこと。しかし見に行ってみると誰もいません。かねて光太郎の病状が思わしくないと聞いていた清六は胸騒ぎがし、慌てて上京、中西アトリエを訪れます。すると、沈痛な面持ちの中西夫人から「昨夜でした……」。不思議なこともあるものですね。太宰の方は、実兄の青森県知事・津島文治が、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の発注元、相談を受けた佐藤春夫が光太郎を作者として推薦、かつて太宰が佐藤に「芥川賞を私に下さい」的な書簡を送ったなどの縁。津島知事も中西アトリエを訪れています。

さて、朗読(一部、音楽演奏)。100席ほど用意しましたが、ほぼ満席でした。当会人脈の方々も何人か。ありがたし。

第一部は、主に詩人の方々。「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」世話役の曽我貢誠氏が詩人で、そのお仲間の皆さんです。一部、智恵子に関する文章なども書かれ、二本松で光太郎詩朗読などもなさった吹木文音さん、やはり「保存する会」メンバーの原詩夏至さん、「智恵子抄」に関わる朗読公演等を何度もなさったり、詩集で智恵子に触れて下さったりの宮尾壽里子さんなど、こちらの人脈ともかぶりますが。
PXL_20250706_044043582 PXL_20250706_045135757.MP
PXL_20250706_050242860.MP PXL_20250706_051521770.MP
PXL_20250706_051858135 PXL_20250706_052659395
休憩を挟み、第二部。

今年の連翹忌の集いで朗読を披露していただき、絶賛を浴びたフリーアナウンサーの早見英里子さんと、朗読家出口佳代さんのコンビ。ちなみに背後の壁は「保存する会」のメンバーの役者さんがセッティングして無粋な黒板を隠し、美しく。
PXL_20250706_060506863
PXL_20250706_055351196
フルート奏者の吉川久子さん。こちらも「智恵子抄」がらみの公演を複数回なさって下さっていますし、平成26年(2014)にはやはり連翹忌の集いでの演奏もお願いしました。当初、妹さんが朗読なさる予定でしたが、健康を崩されて、朗読も吉川さんがなさいました。ギターは山田大輔さん。
PXL_20250706_061751489
PXL_20250706_061432664
大トリは、女優の一色采子さん。都内や智恵子の故郷・二本松で北條秀司作の舞台を朗読劇化した「智恵子抄」公演で智恵子役をなさったり、お父さまの故・大山忠作画伯は智恵子と同郷で、智恵子を描かれた絵も複数遺されたりしています。大山画伯は5人しかいない福島出身の文化勲章受章者の一人です(心平もですが)。ピアノは田中健さん。パリ在住経験もある光太郎も愛したドビュッシー「月の光」などで、盛り上げて下さいました。
PXL_20250706_063646679
PXL_20250706_063841103
ちなみに当方は司会。合間にアトリエについてや、各文人と光太郎との関わりなどをべしゃくらせていただいました。しかし、とにかく時間が押し、話したいことの半分くらいしか紹介出来ませんでした。上記の清六のエピソード、それから光太郎と戦争との関わり――自作の翼賛詩を戦後になって恥じて蟄居生活に入ったことなど。

さらに、昨日、自宅兼事務所に帰ってから気づいたことが一点。何と、会場だった産業振興センターさんのある場所そのものに、光太郎自身の足跡が残っていました。昭和28年(1953)6月16日、「乙女の像」の原型完成記念報告会が、青森県副知事の横山武夫、佐藤春夫夫妻、心平らを招いて、「千光園ほととぎす」という料亭で開催されました。同店は「黄檗流普茶料理」と掲げていた料亭で、昭和46年(1971)まで存続。他の方の作成されたサイトにこの場所だったんだよ、と詳しく紹介されていましたし、自分のブログでも令和4年(2022)にちらっと書いていました。その頃は産業振興センターさんを存じませんでしたし、今年2月に初めて足を運んだ際にも忘れていました。この話が出来ていれば、地元の皆さんからは「おお!」というリアクションがあっただろうに、と思うと残念至極、反省しきり、穴があったら入りたい、です。

それでも盛会の裡に終えることが出来、胸をなで下ろしました。暑い中お集まりいただいた観客の皆さん、お忙しい中足代程度のギャラしかお支払い出来ないと御承知で、快くご出演を引き受けて下さった出演者の方々に篤く御礼申し上げます。

終演後、控え室で。出演された方々(全員ではありませんが)と。
PXL_20250706_065607185
この催しが、アトリエ保存運動の弾みとなることを願って已みません。

【折々のことば・光太郎】

此間は見事なみかんをたくさん届けて下さつてありがたく存じました、 博物館、図書室の奥平さんといふ方が編輯して小生の選詩集を来年三月岩波文庫から出すといふことです、

昭和29年(1954)12月14日 北川太一宛書簡より 光太郎72歳

昨日の朗読会、晩年の光太郎に親炙し、会場には当会顧問であらせられた故・北川太一先生の御霊(みたま)もいらし、元々細かったお眼をさらに細められていたのではないでしょうか(笑)。

「奥平さん」は、当時、トーハクさん勤務だった美術史家の奥平英雄。一時、中西アトリエ近くに住んでいました。現在も版を重ねている岩波文庫版『高村光太郎詩集』にかかわります。

2度ほどちらっとご紹介しましたが、当方も所属しています「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」主催です。

中西アトリエをめぐる文人たちの朗読会

期 日 : 2025年7月6日(日)
会 場 : 中野区産業振興センター 東京都中野区中野 2-13-14
時 間 : 13:30~16:00
料 金 : 無料

中西アトリエは画家・中西利雄亡き後、高村光太郎が創作のため1952年から1956年まで滞在しました。十和田湖畔の乙女の像の塑像をこのアトリエで制作しここで亡くなりました。詩人でもあった光太郎の滞在時には多くの文人たちが訪れたそうです。光太郎と仲間たちを偲ぶ朗読会のご案内です。

1、吹木文音(詩人) 
   宮沢賢治作
 よだかの星/銀河鉄道の夜
2、田井淑江(書家)
    太宰 治作
 人間失格 /走れメロス
3、 立原一洋(ギター奏者)、 
   佐藤春夫作
 秋刀魚の歌(作曲・立原一洋)
4、宮本苑生(詩人)
    草野心平作 
高村光太郎の死の前夜/高村光太郎死す/秋の夜の会話 他
5、原詩夏至(詩人)
    尾崎喜八作
 友/三国峠/私の詩
6、宮尾壽里子(朗読講師)
  高村光太郎
 レクイエム智恵子(構成・宮尾壽里子)
 ◆休憩◆   (10分)
7、出口佳代(朗読家)・早見英里子(フリーアナウンサー)   
  【光太郎智恵子】2人の声が奏でる静かで深い愛の物語
  高村光太郎作 僕等/道程/あなたはだんだんきれいになる/風にのる智恵子/
  レモン哀歌/元素智恵子
8、吉川久子(フルート奏者)・山田大輔(ギター奏者) 
  演奏曲目ほらねんねんねろ/ふるさと/星めぐりの歌/谷戸の風/小泉八雲の子守歌
  朗読作品 高村光太郎 樹下の二人/宮沢賢治 双子の星 春と修羅/太宰治の格言
9、一色采子(俳優)・田中健(ピアノ)
  詩と音楽のマリアージュ 高村光太郎「智恵子抄」より ドビュッシーの音楽に乗せて
  高村光太郎作 人に/樹下の二人/あどけない話/レモン哀歌

※朗読作品、演奏曲目、順序等、変更になる場合が御座います。ご了承ください。


司会/解説 小山弘明(高村光太郎連翹忌運営委員会代表)

申し込み者募集中、80名(詳細は下記のチラシ)定員になり次第締め切り。
メール・sogakousei@mva.biglobe.ne.jp
☎090-4422-1534(ショートメール可)
朗読会案内①
朗読会案内②
光太郎が生涯最後の大作「乙女の像」を制作し、その終焉の地ともなり、さらに記念すべき第一回連翹忌会場となった、中野の中西利雄アトリエ。現在、保存に向けての活動を展開中ですが、この建物にかくも錚々たる人々が集まった(関わった)ということで、その人々の作品を朗読や音楽に乗せてお届けし、広くアトリエの価値の一つの側面を周知するための取り組みです。

ここで約3年半起居し、亡くなった光太郎をはじめ、光太郎の元を訪れた文人として、「乙女の像」仕掛人の一人・佐藤春夫、当会の祖・草野心平、そして尾崎喜八。それから光太郎が入居する前に亡くなりましたが、「乙女の像」クライアントの津島文治青森県知事実弟で春夫とも縁が深い太宰治、光太郎や心平らの努力で没後にその作品世界が広く世に認められるに至った宮沢賢治の作品も取り上げます。太宰と賢治はこのアトリエを訪れていませんが、それぞれの兄弟、津島知事と宮沢清六は足跡を残しています。

大トリに、女優の一色采子さん。都内や智恵子の故郷・二本松で北條秀司作の舞台を朗読劇化した「智恵子抄」公演で智恵子役をなさったり、お父さまの故・大山忠作画伯は智恵子と同郷で、智恵子を描かれた絵も複数遺されたりしています。

その前に、フルート奏者の吉川久子さん。こちらも「智恵子抄」がらみの公演を複数回なさって下さっています。当初、お仲間の方が朗読なさる予定でしたが、健康を崩されて、朗読も吉川さんがなさいます。

それから今年の連翹忌の集いで朗読を披露していただき、絶賛を浴びたフリーアナウンサーの早見英里子さんと朗読家の出口佳代さんのコンビ。

宮尾壽里子さんはじめ、ご自身で詩作等もなさっている詩人系の方々も。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

“62のソネツト”感謝、小生、まじめな人の詩に接するのは いつでも大きなよろこびであり、又それによつて勇気づけられます、


昭和29年(1954)5月20日 谷川俊太郎宛書簡より 光太郎72歳

昨年亡くなった谷川俊太郎氏宛で、唯一確認出来ているものです。『宮沢賢治全集』編集などで、父君の谷川徹三とは旧知の仲でした。俊太郎氏も複数のご著書を光太郎に贈っています。ただ、それらは郵送で、直接の面識は無かったようです。
001

昨日は上京し、新宿区で「木村俊介Concert 『鵲(かささぎ)の橋の上で』in 東京 愛のかたち、様々に~日本と韓国の文学作品から~」を拝聴して参りました。

会場は早稲田奉仕園スコットホールさん。
PXL_20250615_053857754.MP
同じ早稲田奉仕園さん内の隣接するリバティホールさんでは、令和4年(2022)に講演をさせていただきましたが、スコットホールさんに足を踏み入れるのは初めてでした。ホールと言っても音楽ホールとして建てられたものではなく現役の礼拝堂です。

開演前に会場内で注意事項についての説明があり、携帯の電源は切って下さい的な通常のものプラス、公演中はもちろん開演前や終演後であっても会場内撮影禁止とのこと。建物自体が築100年以上の国指定登録有形文化財ですし、いろいろ大人の事情が、とうわけで。

それから、これも開演前のお話の中にあったのですが、ここで米津玄師さんのヒット曲「lemon」のPVが撮影されたとのこと。しかも「あそこの後にある小窓のあたりです」と、係の方が指さしたのは、自分が座っていたすぐ後の一角でした。

「マジか?」と思い、このブログ内に当該PVを貼ってあることを思い出して、早速見てみると、まさにそうでした。「Lemon」。米津さんご自身、「智恵子抄」収録の「レモン哀歌」(昭和14年=1939)からのインスパイアもあるかもしれないと発言されていまして、奇縁に驚きました。

さて、15:30開演。
6e1da1bf-s ec3b98bc-s
演目は主に3つでした。

まずはパク スナ氏の奏でる伽耶琴(カヤグム)に乗せ、和楽器奏者の木村俊介氏が韓国のいわゆる処女鬼神系の民話を語られました。伽耶琴は見た目は日本の箏とあまり違いませんが、日本で一般的な十三弦より一本少ない十二弦だそうですし、奏法は琴爪を使わず、だからでしょうか、音色的にもやはり違いを感じました。

続いて壤晴彦氏がステージに上がられ「おこんじょうるり」。原作はさねとうあきら氏作の創作民話ですが、映像作家・岡本忠成氏が人形アニメーション化され、高い評価を得た作品です。その際には長岡輝子さんが主演。長岡さんと言えば、戦時中から光太郎とも交流があり、おそらく宮沢賢治について質問があったのでしょう、光太郎が花巻郊外旧太田村での蟄居生活を終えて再上京した中野の貸しアトリエにもいらっしゃいました。昭和30年(1955)、光太郎最晩年でした。そんなところにも奇縁を感じます。

壤氏の落ちついたバリトンの美声での語り、パク氏がやはり伽耶琴、そして木村氏は太棹や横笛など、いろいろ持ち替えての演奏。実にいい感じでした。

休憩を挟んで第2部。第2部はやはりお三方でまるまる「智恵子抄」で60分ほど。詩の朗読が数編ならそうした工夫は必要ありませんが、長いステージでまるまる「智恵子抄」を扱うとなると、時間の経過も数十年に及びますし、どうしても詩の朗読以外のいわばト書きの部分での説明的なパートが必要になります。どのように構成するのかなと興味津々でしたが、昨日は佐藤春夫の『小説智恵子抄』を使われていました。同作は光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、光太郎と親交の深かった佐藤が雑誌『新女苑』に連載したジュブナイルです。連載当時のタイトルは「愛の頌歌(ほめうた) 小説智恵子抄」。昭和32年(1957)に実業之日本社さんで単行本化、のち、角川文庫のラインナップに入り、現在も版を重ねています。また、丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられてもいます。

余談になりますが、朗読家の荒井真澄さんはこうした場合、光太郎本人の随筆「智恵子の半生」(昭和15年=1940)を使われます。今春、二本松の智恵子生家座敷で行った当会プロデュースの
「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」公演でもそうでした。また、令和3年(2021)に文京区の光太郎の実家の隣・旧安田楠雄邸で、やはり朗読家の北原久仁香さんと当方のコンビで行った「語りと講話 高村光太郎作 智恵子抄」では、パワーポイントのスライドショーで効果音を入れたアニメーションを流しつつ、当方が解説を行いました。

閑話休題。昨日のト書き部分以外の詩は、以下の通りのラインナップでした。

 「あどけない話」(昭和3年=1928)
 「案内」(昭和24年=1949)
 「人に(いやなんです……)」(大正元年=1912)
 「カフエにて(おれの魂を……)」(大正2年=1913)
 「人類の泉」(  〃  )
 「あなたはだんだんきれいになる」(昭和2年=1927)
 「樹下の二人」(大正12年=1923)
 「人生遠視」(昭和10年=1935)
 「山麓の二人」(昭和13年=1938)
 「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)
 「レモン哀歌」(昭和14年=1939)
 「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1941)
 「梅酒」(昭和15年=1940)
 「案内」(昭和24年=1949)


すべての詩を全文読まれたわけではなく、長い詩は抜粋で。最初の「あどけない話」と「案内」(一部分だけ)は、全体の予告のような位置づけで。その後の「人に」からは、おおむね時系列に沿っての構成でした。一部年代が前後しているのは、光太郎自身が時間を遡って書いたりしているためです。

元々は、昨日も劇中で演奏されたパク氏のオリジナル曲を聴かれた木村氏が「これは「智恵子抄」の世界観にぴったりだ」と感じ、壤氏を巻き込んで(笑)このステージを作られたとのこと。「なるほど」という感じでした。

当方としては内容が分かっていますし、「次はこの詩だな」とほぼ予想もつくのですが、それでも、というかそれだけに、感動も一入でした。展開がわかっていても楽しめるという意味では、昔の日本人全般にとっての「忠臣蔵」みたいなものでしょうか(笑)。「智恵子抄」系をあまり詳しくご存じない一般のお客さんがどのように感じられたか、興味深いところではあります。

アンコールでは壤氏は退場され、木村氏とパク氏で尹東柱の詩を韓国語と日本語で朗読されながらの演奏。尹東柱も光太郎と同時代を生きた詩人ですが、今のところ直接の繋がりは確認できていません。

というわけで、なかなか充実のコンサートでした。「智恵子抄」の再演を望みますし、お三方の今後のさらなるご活躍を祈念いたします。


【折々のことば・光太郎】

イワテノビ セカイノビ トナレ


昭和29年(1954)3月5日 岩手県立盛岡美術工芸学校宛電報より 光太郎72歳

かつて花巻郊外旧太田村蟄居中には何度も訪れて講演等を行った岩手県立盛岡美術工芸学校の卒業式のための祝電です。

あまり大々的に宣伝は為されていないようなのですが……。

木村俊介Concert『鵲(かささぎ)の橋の上で』in 東京 愛のかたち、様々に~日本と韓国の文学作品から~

期 日 : 2025年6月15日(日)
会 場 : 早稲田奉仕園スコットホール 新宿区西早稲田2丁目3-1
時 間 : 開場 15:00 / 開演 15:30
料 金 : 全席自由 5,500円 要予約
予 約 : 木村俊介 mail:insho@sky.plala.or.jp TEL. 090-8346-5548


パクスナ氏と始めた、日韓定期開催LIVE『鵲の橋の上で』。3年目を迎える今年は、~愛のかたち、様々に~と題して、日韓の文学作品から珠玉の“愛”の物語を取り上げます。愛する人が、愛した時のその人ではなくなってしまったら。愛する人が異界の存在であることを知ってしまったら。それでも、誓った愛を貫くことができるのか。昨年、壤晴彦氏との共演で大好評を頂いた、高村光太郎作『智恵子抄』をはじめ、先人の残した言葉が、時代を超えて問いかけます。会場は築100余年の祈りの空間。溶け合い、響きわたる言葉と音楽に、ゆったりと浸るひと時を。

出 演
 〈横笛・能管・三味線〉木村俊介  〈伽耶琴(カヤグム)〉パク スナ  〈語り〉壤晴彦
002
003
昨年9月、同じく『鵲(かささぎ)の橋の上で』と題されたコンサートがさいたま市で開催されていました。その再演に近いのかな、という感じです。

その際の紹介記事でも書きましたが、朗読を担当される壤晴彦氏、かなり以前から「智恵子抄」朗読に取り組まれている方です。

今回は新宿区で。早稲田奉仕園さんといえば、当方、令和4年(2022)に日本詩人クラブさんの例会で講演をさせていただいた場所です。

ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

東京も寒くなり、山口ではもう雪が降つてゐる事でせう、小生廿五日の朝上野を出発して同夜花巻着、大澤温泉に参ります、山口へは廿六日か廿七日に出かけるでせうが、あの小屋には寝られさうもないので、夜は又大沢温泉に行きます、

昭和28年(1953)11月22日 浅沼政規宛書簡より 光太郎71歳

前年まで7年間の蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村山口地区に約1年ぶりに戻るという連絡です。
005

明後日のイベントですが、昨日になってネット上での情報に気がつきましたので……。

大人のための朗読ライヴ

期 日 : 2025年6月1日(日)
会 場 : 磯部生涯学習センター 三重県志摩市磯部町迫間878−9
時 間 : 13:00開場 13:30開演
料 金 : 無料

プログラム
 『朝のリレー』 谷川俊太郎/朗読:花笑み
 『グチャグチャ飯』 佐藤愛子/朗読:江坂淳子
 『ヤギとライオン』 トリニダード・トバゴの民話/ストーリーテリング 森本時子
 『智恵子抄』 高村光太郎/朗読:牧野範子
 『驟り雨(はしりあめ)』 藤沢周平/朗読:岡野秋子
 「オーシャンボーイズ」演奏会 (男性デュオ・フォークソング・ニューミュージック)
001
「志摩市での朗読会」というのが記憶に残っており、調べたところ、平成25年(2015)にも同じ団体さんの同じ方がやはり「智恵子抄」朗読をなさっていました。ありがたし。

昨日ご紹介したアニメ「花は咲く、修羅の如く」も朗読を題材としたものですし、朗読は大ブームとはいえないものの、根強い人気があるのでしょう。

光太郎自身も自作の詩の朗読をたびたび行いました。戦後の昭和27年(1952)、ラジオ放送のために花巻温泉松雲閣で詩人の真壁仁との対談が録音され、その終了後に光太郎の発案で「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」「梅酒」の三篇を光太郎自身が朗読した音源がNHKさんに残っています。

ただ、光太郎の自作詩朗読は戦時中に行われることが多く、愚にもつかない翼賛詩がほとんどでした。そのあたりも戦後の7年間の蟄居生活を送ることになった要因の一つでしょう。

また、やはりラジオで光太郎詩の朗読を行い、光太郎とも面識のあった盛岡出身の照井瓔三(栄三)の著書『国民詩と朗読法』(昭和17年=1942)に以下の序文を寄せています。

 最近詩の朗読が日本全国のあらゆる青年層の間に歓び迎へられてゐるといふ事を聞く。民族の大いに動く時、まづ詩精神の鬱勃が起り、その発現としての詩が求められ、詩そのものへの共感合体に魂の喜を人人が経験するに至るのは当然である。詩精神の発揚は即ち民族主義の溌剌を意味する。今日人が詩を読んで詩への共感を熱望する実状を見聞して、私は限りなき心強さを感ずる。
 詩を朗読するといふ事は人が詩を熱愛するのあまりに起こる衝動である。われにもあらず声に出るのである。その朗読をきく者は音響といふ要素の力に変形した詩の力に打たれる。詩は朗読といふ音響によつて淘汰され、洗練される。朗読のゆるがせに出来ないわけが此所にある。朗読技法の大切なわけも亦此所にあるのである。その技法の指針を示さうとするのが此書である。

戦時中の馬鹿馬鹿しい(というか、罪深い、というか)翼賛詩ということを考えなければ、特に後半部分「詩を朗読するといふ事は……」以下云々(「でんでん」ではありません、「うんぬん」です)、なるほど、と思わせられる内容ですが。

ちなみに照井は昭和20年(1945)5月の空襲により、東京で亡くなりました。

詩の朗読が妙な方向に利用される、そうした時代が再び来ないことを祈って已みません(「いません」ではありません、「やみません」です)。

【折々のことば・光太郎】

東京の夏には閉口、来年の夏は山で過さうと思ひました、


昭和28年(1953)9月25日 北川太一宛書簡より 光太郎71歳

めっぽう夏の暑さに弱かった光太郎、花巻郊外旧太田村との二重生活を目論みました。結局、それが実現することはなかったのですが……。

光太郎詩を取り上げて下さる朗読イベント、まず来週開催のものを。

朗読のつどい「高村光太郎『智恵子抄』」

期 日 : 2025年5月30日(金)
会 場 : 志津公民館 千葉県佐倉市上志津1672-7
時 間 : 14:00~15:00
料 金 : 無料
出 演 : 朗読サロンこおろぎの輪

017
画像は佐倉市さんの広報誌「こうほう佐倉」から。

「こおろぎの輪」さん、市のボランティアセンターさんに登録されている団体で、公民館等での朗読会等、積極的になさっているようです。
015
メンバーがかぶっているのでしょうか、「姉妹団体」として、広報誌の音訳録音などをなさっている「こおろぎの会」さんという団体も存在します。
016
頭が下がりますね。

で、今回、「智恵子抄」から朗読をなさって下さるそうで、1時間みっしり光太郎。時間が取れれば行って来ようと思っております。お近くの方、ぜひどうぞ。

ついでというと何ですが、当会がらみの朗読イベントも今後、開催されます。

まず7月6日(日)、光太郎終焉の地にして、第一回連翹忌会場となった東京都中野区のアトリエ保存の関係で、「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」主催の朗読イベント。会場は中野区産業文化振興センターです。司会を当方が担当します。

詳細が未定でして、また追ってご案内いたしますが、今のところ、女優の一色采子さん、今年の連翹忌の集いで朗読を披露していただいたフリーアナウンサーの早見英里子さんと朗読家の出口佳代さんのコンビには朗読を、フルート奏者の吉川久子さんにはお仲間の方の朗読に乗せて演奏をお願いしてあります。また、詩人で朗読にも取り組まれている方々もそれとは別に。

それからやはり7月、仙台と花巻で。仮のフライヤーを載せておきます。
018 019 020
昨年もお二人で仙台/花巻公演をやられた、朗読家の荒井真澄さんと箏曲奏者の元井美智子さんのコラボ。計4公演で、花巻のみ会場借り受けの都合で当会主催ということになっています(仙台は「後援」)。花巻高村光太郎記念館さんでも1公演やります。

ここに電子楽器・テルミンの大西ようこさんが加わって、先月、二本松の智恵子生家で「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」公演を行いました。

こちらもまた近くなりましたら詳細を出しますので、よろしくお願いいたします。

【折々のことば・光太郎】

右の七尺像二体の鋳造を貴下にお願いたしました事を心強く存じ居ります。八月末か九月始めまでに御完成願ひたきことはかねて申上げました通りであります故何卒よろしくお取計ひ願上げます。

昭和28年(1953)6月18日 伊藤忠雄宛書簡より 光太郎71歳

七尺像二体」は、生涯最後の大作にして智恵子の顔を持つ「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」。前年10月に7年間の蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋を出、中野の貸しアトリエに入り、11月から制作開始。小型試作、中型試作、原寸大の手の試作と次々完成させ、本体の七尺像は3月5日から作業にかかり、6月1日には終わりました。光太郎にしては驚異的なスピードで、その裏には自らの死がそう遠くないという覚悟があったと思われます。

先週末からの2泊3日の行程を終え、昨日、千葉の自宅兼事務所に帰投しました。2回に分けてレポートいたします。

メインの目的は高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催中の「高村智恵子生誕祭」の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」。4月27日(日)、午前の部と午後の部と、2回公演でした。これまで当方は、毎年4月2日の日比谷松本楼さんでの連翹忌の集いを除いて、各地のイベントに呼ばれて出向くばかりでしたが、今回はこの手のイベントとしては初の当会プロデュース。慣れないプロデューサー業で、各方面に助けられながら、何とか盛会のうちに終わらせることが出来ました。

出演は朗読で仙台ご在住の荒井真澄さん、音楽演奏で電子楽器・テルミンの大西ようこさん(神奈川にお住まい)、そして都内から箏曲の元井美智子さん。
001
006
以前にも書きましたが、それぞれがまず単独、あるいは他の方とのコラボで「智恵子抄」系の公演をなさり、知遇を得させていただきました。で、連翹忌の集いにご参加いただくようになり、そこでお三方が意気投合。これまでもお三方中のお二人が組まれての公演が、光太郎がらみでないものも含め、複数回ありました。「それならいっそ3人でやってみませんか、この時期なら通常立ち入り禁止にしている智恵子生家の座敷でやらせていただけると二本松市教委さんからご返答いただいてますし」とお声がけしたところ、皆さん「ぜひやりたい」とのことで。

ネックは入場無料で行うため、ギャラをお出しできないこと。皆さんにとってのメリットは「智恵子生家の座敷で公演ができる」ということだけで、それぞれ遠方にお住まいですし、いわばハイリスクローリターン。それでもお三方とも「ここでやれるなら夢のようです」とおっしゃってくださり、実現しました。
PXL_20250426_052726078
4月26日(土)、まず荒井さんと大西さんがいらっしゃり、ざっと会場設営と場当たり。
.trashed-1748371719-PXL_20250426_042715807.MP PXL_20250426_041657668
襖を外したり、家具類を移動したり。すると、タンスの裏側にこんな文字が書かれているのを発見しました。
PXL_20250426_042353289 002
「長沼セン」は、智恵子の母です。右上の画像で左端がセン。昭和2年(1927)、光太郎智恵子夫妻と訪れた箱根大湧谷でのショットです。こんなところに記名してあるとはまったく存じませんでした。

そして4月27日(日)、コンサート当日。元井さんも合流し、リハーサル。
PXL_20250427_001548811.MP PXL_20250427_004843346.MP
.trashed-1748306956-PXL_20250427_004738036
ぼんぼり的な丸いのは、地元の上川崎和紙で作られたもので、ここの備品をお借りしました。

満を持して11:00、午前の部の開演。
PXL_20250427_020532319
午前中でお客さんがいらっしゃるかと心配でしたが、蓋を開けてみれば座敷はいっぱいでした。ありがたし。
PXL_20250427_021146187 PXL_20250427_021313048
隣接する智恵子記念館で展示中の智恵子のエプロンを復元して下さった花巻南高校家庭クラブ/文芸部さんの生徒さん、先生方も駆けつけて下さいました。終演後には「エプロン展示中ですのでご覧下さい」と宣伝しつつ、生徒さんたちに立っていただいてご紹介させていただきました。事前打ち合わせ無しの無茶ぶりでしたが(笑)。
PXL_20250427_020550974.MP
荒井さんが「智恵子抄」所収の詩を13篇、さらにエッセイ「智恵子の半生」から抜粋で朗読。大西さんと元井さんが日本古謡「さくら」やドビュッシー「月の光」などを合奏。箏の演奏を間近で見られる機会もそうそうありませんし、ましてや不思議な電子楽器テルミンは見るのも聴くのも初めて、というお客さんがけっこういらっしゃいまして、ビジュアル的にも見ていて飽きない感じになりました。

荒井さんの朗読も、一人何役も演じ分けられたり耳に心地よい美声だったり。しかし、決して幸福一辺倒でなかった光太郎智恵子(特に智恵子)の生涯を追う構成なわけで、聴いていて切なくなるのはどうしようもありませんでした。いつものことですが。
PXL_20250427_021337186
PXL_20250427_021534460.MP PXL_20250427_021503700
そしてやはりこの「場」。かつてここに智恵子やその家族が居て、たまには光太郎も来て、それぞれが生きて呼吸して家族の歴史を刻んだ場所なんだと思うと、感無量でした。
PXL_20250427_021713764.MP PXL_20250427_022135022.MP
PXL_20250427_021743087.MP
PXL_20250427_022239034 PXL_20250427_022314305
PXL_20250427_022340414
PXL_20250427_025051370.MP
PXL_20250427_025124445
約60分で午前の部が終わり、昼食。さらに14:00から午後の部。内容的には同一でした。
PXL_20250427_052723032.MP
PXL_20250427_055129593
PXL_20250427_050846100
PXL_20250427_051904803
PXL_20250427_053911048
意外でしたが、午後の部の方がお客さんが少なく、まぁそれでも盛会裡に終えることが出来ました。

何人か、聴かれた方の感想を伺いましたが、皆さん口を揃えて絶賛して下さいました。中にはこのブログのコメント欄にも書かれていますが、地元の方が「大変素晴らしく過去最高の「智恵子抄」だと思いました。テルミンの音色、古式豊かな雅な琴の音との智恵子抄は初めてでした。ずーと続けて欲しいなと思いました」とのことで。

プロデューサー冥利に尽きます。それを言えば、連翹忌の集いの一つの目標として、光太郎の顕彰以外にこのように人の輪を拡げることがありまして(そしてさらに光太郎顕彰に繋げるということになりますが)、それがまた少し果たせたことを嬉しく存じます。
PXL_20250427_022432602
元井さんが8分余りの動画を上げて下さっています。


地元紙『福島民友』さん、『福島民報』さんが取材に来て下さいました。この手のイベントの記事は速報性が求められないので、数日後に出ることが多く、現時点ではまだ記事が読めていません。出ましたらまたご紹介します。

仙台に本社を置く東北6県をカバーする『河北新報』さんは以下の記事。取材にはいらっしゃいませんでしたが、事前にこちらで流しておいた情報に基づいて、4月26日(土)に掲載して下さいました。

高村智恵子の生涯 作品でたどる 福島・二本松で生誕祭

 詩人、彫刻家の高村光太郎の妻で、洋画家智恵子(1886~1938年)が生まれた5月20日に合わせた催し「高村智恵子 生誕祭」が、福島県二本松市の「市智恵子の生家・記念館」で開かれている。5月25日までの期間中、智恵子がデザインしたエプロンを再現した作品の展示などがある。
 エプロンは、光太郎が戦時中に疎開した岩手県花巻市の花巻南高家庭クラブの生徒が復元した。当時の女性向け雑誌に掲載されるなど注目を集めたという。
 記念館では、智恵子が病に伏していた時に作った「紙絵」10点など、普段は公開されていない資料が5月11日まで特別に展示される。生家では智恵子の居室だった2階が土日祝日を中心に公開する。
 4月27日には生家で、詩集「智恵子抄」の朗読公演がある。午前11時と午後2時の2回で予約不要、参加費無料。光太郎の活動を伝える「高村光太郎連翹忌(れんぎょうき)運営委員会」が企画した。
 午前9時~午後4時半。水曜日休館(祝日の場合は翌日)。入場料は高校生以上410円、小中学生210円。連絡先は記念館0243(22)6151。
003
004
エプロンの展示を含め、「高村智恵子生誕祭」は5月25日(日)まで。他にもさまざまなコンテンツが用意されています。ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

おてがみ感謝、仕事に没頭してゐたため、ハガキを書くのを、おろそかにしてゐて失礼しました。中央公論社の催に異存ございません。御多忙中上京との事恐縮に存じます。

005
昭和28年(1953)1月15日 
真壁仁宛書簡より 光太郎71歳

真壁は山形在住の詩人。戦時中、智恵子紙絵千数百枚の約3分の1を光太郎が真壁の元に疎開させていました。

その中から作品を選び、中央公論社画廊で「高村智恵子紙絵展覧会」が2月2日~12日の日程で開催されました。昭和26年(1951)6月に資生堂ギャラリーで行われて以来、都内では2度目の開催でした。

現在、二本松での「高村智恵子生誕祭」、そして信州安曇野碌山美術館さんでも「特別展示 智恵子の紙絵」ということで、実物が展示されています。

昨日は福島二本松の智恵子生家に於いて、「高村智恵子生誕祭」の一環としてコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」を当会主催で開催しました。
1000004684
午前と午後の2回公演、それぞれ60分ほど。元井美智子さんの奏曲、大西ようこさんのテルミン演奏に乗せて荒井真澄さんの朗読。
1000004710
10000047081000004700
1000004698
地元の方々は勿論、都内や、光太郎第二の故郷・岩手花巻からも聴きにいらしてくださり、ありがたく存じました。

隣接する智恵子記念館で展示中の智恵子のエプロンを復元して下さった花巻南高校家庭クラブ/文芸部さんの生徒さん、先生方も。
1000004695
1000004693
詳しくは帰りましてからレポート致します。

4月に入ってのイベント情報、音楽ライブと朗読会で同じ日に行われる2件をご紹介します。

まずは光太郎詩にオリジナルの曲を付けて歌われているシャンソン系歌手・モンデンモモさんのライブ。このところ島根の方を拠点にされてミュージカル等に携わられることが多かったようですが、久しぶりに「智恵子抄」メインです。

BOOK CAFÉ LIVE モモの智恵子抄

期 日 : 2025年4月4日(金)
会 場 : 狐弾亭 東京都立川市羽衣町1-21-2
時 間 : 18:15~20:00
料 金 : 3,500円

一部 智恵子の瞳  二部 次回予告編 宮沢賢治物語『アウシュビッツの壁』

出演 歌 モンデンモモ ギター たしまみちを


ご予約開始いたします。妖精の身元に!!素晴らしい空間です、席がほんの少しです。すでにご予約いただいていて急がれてください。満席になり次第締め切らせていただきますね。ごめんなさい。妖精さんのお席も用意します🧚
002
もう1件、朗読会は宮崎県から。

劇団ぐるーぷ連 第134回朗読LIVE がんばれどうぶつ

期 日 : 2025年4月4日(金)
会 場 : ぐるーぷ連 劇工房 宮崎県東諸県郡綾町北俣4010-7
時 間 : 14:00~
料 金 : 1,000円

構成 実広健士
出演 劇団ぐるーぷ連 井上貴子・前本俊一 ことばの教室 原口奈々
⁡⁡
新美南吉/ごん狐       和田誠/おさる日記  筒井康隆/狸 高村光太郎/道程・牛
花岡大学/百羽のツル
001
劇団ぐるーぷ連さん、毎月の月初めに朗読ライブをなさっているそうで、その都度テーマというかタイトルというかを決めて作品を選ばれているようです。今月は「弥生3月花の咲く」。そして来月が「どうぶつがんばれ」だそうで、光太郎詩「牛」(大正2年=1913)を取り上げて下さいます。ありがたし。100行越えの長大な詩ですのでなかなか大変とは存じますが、それだけに聴き応えはあるでしょう。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

今度の仕事の事では学校として心配して下さつて忝く存じます、うまくアトリエが借りられて万事好都合でした、


昭和27年(1952)7月19日 石井鶴三宛書簡より 光太郎70歳

石井は新制の東京藝術大学教授を務めていた彫刻家。光太郎が生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作を始めるにあたり、アトリエの心配をしてくれていたようです。もしかすると学校の施設を使ってもよい的な申し出もあったかも知れません。結局、中野の中西利雄アトリエを借りることがこの頃には決まっていました。

都内から朗読会の情報です。

チャリティー朗読会 和・輪・話

期 日 : 2025年1月27日(月)
会 場 : 紀尾井小ホール 東京都千代田区紀尾井町6番5号
時 間 : 13時30分
料 金 : 全席自由 2,500円

会場にお越しいただいた皆様からの募金は、『令和6年能登半島地震災害義援金』として、日本赤十字社東京都支部を通して現地へお送りいたします。皆様のご賛同を心よりお待ち申し上げます。

演目
 佐藤春夫 作 『小説智恵子抄』より 中島悦代
 平岩弓枝 作 『女の休暇』 佐々木冨紀
 北村薫 作 「語り女たち」より『梅の木』 船山則子
 角田光代 作 『口紅のとき』 和田幾子
 海野弘 作 『枕売り』 森実あき子
 芥川龍之介 作 『羅生門』 田島みどり
 西澤實 版 『芝浜』 斉藤由織
001
004
演目のうち、「小説智恵子抄」は、光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、光太郎と親交の深かった佐藤春夫が雑誌『新女苑』に連載したジュブナイルです。連載当時のタイトルは「愛の頌歌(ほめうた) 小説智恵子抄」。昭和32年(1957)に実業之日本社さんで単行本化、のち、角川文庫のラインナップに入り、現在も版を重ねています。また、丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられました。

ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

どうして斯かるものを入手されたか、不思議に思ひます。確におぼえのあるもので、小生十三、四才の頃の作。日清戦争の直後にあたります。まことになつかしく、あの頃のいろいろの事を思ひ出しました。


昭和26年(1951)4月14日 菊岡久利宛書簡より 光太郎69歳

斯かるもの」は光太郎作の手板浮彫。明治29年(1896)、光太郎数え14歳、東京美術学校の予備校的な共立美術学館在学中の作品です。
002 001
光太郎随筆「わたしの青銅時代」(昭和29年=1954)には次の記述があります。

 この間、菊岡久利君が鎌倉の古道具屋で見つけたといつて、板に彫つた彫刻をもつて来た。それには十四歳と記されていた。菊岡君が見つけてくれた時は、わたしはちょうど岩手の山にいた時だつたが、それを送つて来て、本当か嘘かと問い合せてきた。見ると、確に彫つた覚えがある。五十五年ぐらい前のもので、青い葡萄が刻まれていた。

菊岡が昭和28年(1953)に雑誌『芸術新潮』によせた「ぴいぷる」という文章には、次の一節。

 僕はそれを鎌倉の古道具屋で見つけたのだ。人々はまだ塗らない鎌倉彫の生地のままの土瓶敷ぐらゐに思ったらしい。一五センチ四方、厚さ二センチの板にすぎないのだから無理もなく、ながくさらされてゐたものだ。(略)当時まだ岩手の山にゐた高村さんに届けると、『どうしてかゝるものを入手されたか、不思議に思ひます。確かにおぼえのあるもので、小生十三、四の頃の作』と書いて来て、 五十五年 青いぶだうが まだあをい と詩を書いてよこしてくれたものだ。

光太郎実家の髙村家にはこの類の手板が、光雲による手本用のものから、弟子たちの成績品まで数多く残されていましたが、戦後、土蔵を整理した際、誤って流出したものと思われます。他にも紅葉と宝珠を彫った光太郎の手板も鎌倉で平櫛田中が発見し、現在は東京藝術大学に収められています。

後から書き込んだ「五十五年 青いぶだうが まだあをい」は、字余りになるものの、季語もあり、俳句と言っていいのではと思われます。

面目ない話で、第1回放映が終わってから気づきましたが、記録のためにご紹介しておきます。来週以降も放映は続きますし、各種配信もありますし。

花は咲く、 修羅の如く #01 花奈と瑞希

地上波日本テレビ 2025年1月8日(水) 01:35〜02:05
BS日テレ       2025年1月8日(水) 23:30~00:00

<ストーリー>
人口600人の小さな島・十鳴島(となきじま)に住む花奈(はな)は、島の子供たちに向けて朗読会を行うほど朗読が好きだった。花奈の“読み”に人を惹きつける力を感じた瑞希(みずき)は、自身が部長を務める放送部へ誘う。「お前の本当の願いを言え、アタシが叶えてやる」「私、放送部に入りたいです」入部を決意した花奈は、たくさんの“初めて”を放送部のメンバーと共にし、大好きな朗読を深めていく…。
<キャスト>
春山花奈:藤寺美徳/薄頼瑞希:島袋美由利/夏江杏:和泉風花/冬賀萩大:千葉翔也/秋山松雪:山下誠一郎/整井良子:安野希世乃/箱山瀬太郎:坂泰斗
016
原作・武田綾乃氏、むっしゅ氏作画のコミックが原作で、令和4年(2022)に単行本第1巻が集英社さんから発売されています。いきなり第1話で光太郎詩「道程」。
017
018
アニメでは……
006 008 009
010 011 012
013 014 015
それから、宮沢賢治も。
019
020
タイトルの「修羅」は賢治の『春と修羅』から来ているのでしょう。
021
原作は単行本1巻以降読んでいないのですが、その後も光太郎や賢治に触れられたシーンはあったのでしょうか。詳しい方、ご教示いただけると幸いです。最近は新刊書店で立ち読みも出来ませんし、千葉のど田舎ですと漫画喫茶等もありませんし……(笑)。

何はともあれ、若い皆さんが朗読や近現代文学に親しむひとつのきっかけとなってもらえれば、と存じます。

ちなみに4月にはアニメのブルーレイが発売されるようです。またその頃、取り上げさせていただきます。

【折々のことば・光太郎】

五月に又リサイタルをやられるさうですが相変らず小生東京へは行かれないでせう。宮沢さんのものの事は実家へ直接申送られていいでせう。そのうち小生からも其由申上げて置きます。


昭和26年(1951)3月28日 藤間節子宛書簡より 光太郎69歳

藤間節子は舞踊家。昭和24年(1949)に「智恵子抄」を舞踊化し、帝国劇場でのリサイタルで発表しました。その後もたびたび「智恵子抄」を取り上げています。賢治作品の舞踊化にも意欲を示し、光太郎没後の昭和33年(1958)には「原体剣舞連」を発表しました。

NHKカルチャーさんのオンライン講座です。

心に響くオンライン朗読講座~基本スキル編

期 日 : 2024年11月8日(金) 11月22日(金) 12月13日(金)
時 間 : 10:30~12:00
料 金 : 9,900円

講 師 : 朗読家・神戸女学院大学非常勤講師 川邊暁美

ご自宅で安心!マスクを外してのびのび楽しみましょう♪

声の響きや作品の息遣いを楽しみながら、朗読の世界に心を遊ばせてみましょう。
伝わる声づくりから明瞭な発音、声の表現力の磨き方、朗読の基本をオンラインで受講していただけます。声と言葉の豊かさは心の豊かさ。人生をより豊かに、実りあるものにしてくれます。ぜひ、朗読にチャレンジしてみてください。

●1回目:ここちよく声を出すために
 (練習作品)『あどけない話』(高村光太郎)『こだまでしょうか』(金子みすゞ)
 伸びやかな声のためのストレッチ、声を心を安定させる腹式呼吸、明瞭な発音の基本
●2回目:声の可能性にチャレンジ
 (練習作品)『やまなし 五月』(宮沢賢治)
 ベストボイスを探す、苦手な発音を克服、声の5要素を深める
●3回目:声の表現力を広げる  
 (練習作品)『やまなし 十二月』(宮沢賢治)
 朗読の手順、作品の息遣いを伝える表現
 
持ち物
●PC、タブレット(LANケーブルもしくはwi-fiに接続し、通信環境の良い所から参加してください)
●マイク付きイヤホンを使う等、音声のやり取りができる状態でご受講ください。
●事前にビデオ会議ツールZoomアプリをインストールしてください。文化センターホームページ【オンライン講座受講前の準備】参照。

備考
●Zoomミーティングの招待メールは2-3日前にお送りします。必ず事前に登録のうえ、音声テストもお済ませください。
●各回の資料は招待メールに記載のURLからダウンロード願います。可能な方はプリントアウトして当日お手元にご用意ください。
●ミーティング形式で行いますので、参加者のお顔が映ります。
011
講師の川邊暁美氏、今年1月にも光太郎の散文「智恵子の紙絵」(昭和14年=1939)も題材に含んだ講座をなさってくださいましたし、どうしたわけかご紹介するのを失念していました(すみません)が、先月も「智恵子抄」から作品を採っての講座講師を務められました。

常々書いていますが、光太郎文筆作品、詩にしても散文にしても、意外と朗読向きです。字面を目で追っただけではそうも感じられないのですが、実際に声に出してみると、または他の方の朗読を聴いてみると、内在律といいましょうか、自然律といいましょうか、心地よい独特のリズム感にあふれています。ひそかに韻なども多用されており、光太郎がフランス語の習得のために触れたヴェルレーヌやらの詩の影響が見て取れるような気がします。

ご興味おありの方で、Zoom使用環境が整われていれば、ぜひどうぞ。

講座ついでに、講座というより講演、さらにいえば公開対談というかトークショーというかですが、今月10日開幕の「中野を描いた画家たちのアトリエ展Ⅱ」の関連行事としての、渡辺えりさんと当方による「連翹の花咲く窓辺…高村光太郎と中西利雄を語る」(11月10日(日) 14:30~16:30  会場:なかのZERO 無料)。

3日程前の段階で、申し込みがまだ定員に達していないとのこと。
d9a7b639-s
Facebookでは「イベント」を作成してもう一度呼びかけてみましたが、こちらでも改めて宣伝させていただきます。お忙しい折とは存じますが、絶対に面白い内容となるはずですので、ぜひどうぞ。

お申し込みはこちら

【折々のことば・光太郎】

父や母の事なら書きいいのですがどうも自分の細君の事となると気がさしてくだくだと書けなかつたのでした。 そのくせ詩には時々出てくるのですが、変なものです。

昭和25年(1950)3月7日 小田切進宛書簡より 光太郎68歳

光太郎にしては珍しく、執筆の約束をしていながらぶっちぎってしまった(笑)件に関わります。

小田切が勤務していた改造社で発行していた『女性改造』のこの年四月号には、智恵子紙絵の原色版グラビア5点が4ページにわたり掲載され、「想い出 高村光太郎 解説 真壁仁(本文参照)」のキャプションが添えられています。

しかし本文には光太郎の「想い出」という文章はなく、真壁による「高村智恵子遺作切抜絵について」のみが4ページにわたり掲載され、その欄外に「口絵に『想い出・高村光太郎』となっていますが、 筆者の余儀ないご都合により本号に掲載できませんでした、右 おことわりいたします(編集部)」の注記があります。おそらくその注記を書いたのが小田切だったのでしょう。「余儀ないご都合」と言いつつ、後回しにしていたら忘れてしまっただけなのですが(笑)。

もし忘れていなければ、この時点で改めて書かれたはずの智恵子に関する「想い出」。読んでみたかった気がします。

光太郎詩の朗読がプログラムに組み込まれている演奏会情報を2件。

まずは演奏会と言うよりインスタレーションの一部ですが。

余白露光 テルミンと民族楽器のライブ演奏

期 日 : 2024年10月26日(土)
会 場 : 旧逗子高等学校武道場 神奈川県逗子市池子4丁目1025
時 間 : 14:00〜15:00
料 金 : 無料

出 演 : テルミン(大西ようこ) 民族楽器(杵淵三朗)
      朗読(聖和学院中学校・髙等学校 美術部)

 切絵、映像、音楽のインスタレーション展示。
 旧逗子高等学校の武道場という広い空間に、逗子の学校の生徒さんとの共同製作の切り絵を含めて立体的に作品を配置、逗子市の風景をつなげた映像を投影します。切り絵を抜けた光は映像につれて時々刻々と変化し、来場者が光の中を歩いて中央に設置されたテルミンに近づくと、テルミンが発する音が変化します。
 昨年の逗子アートフェスティバルの参加型インスタレーション企画「余白の自然」において、別アーティストによって制作されたオブジェも一部、コラボレーション展示される予定です。
各日14時より日替わりで専門家によるテルミン演奏あり。
 最終日26日には、14時より、テルミンと民族楽器のライブを行います。
008
以前にもちらっとご紹介した「余白露光~境界剪画(切絵)、映像、音楽のインスタレーション」の一環で、展示自体は10月12日(土)から始まっています。電子楽器・テルミンを展示に組み込んだり、テルミン奏者の方々の演奏が為されたりしています。

で、最終10月26日(土)に、切り絵も担当された地元の聖和学院中学校・高等学校美術部の生徒さんによる詩の朗読に乗せ、テルミン奏者・大西ようこさんの演奏。詩は「ウクライナの子守唄 夢は窓辺を過ぎて」、峠三吉「原爆詩集」より、そして「智恵子抄」から「風にのる智恵子」だそうです。

大西さん、10月19日(土)にも演奏をなさったそうですが、その際には箏曲奏者の元井美智子さんとのコラボで、先月、やはり逗子で開催された「テルミンミュージアム4周年記念~人数限定のスペシャルなライブ~」に組み込まれていた「智恵子抄」の演奏もされたとのこと。急遽決まったようで、こちらでは事前に告知できませんでしたが。


今度は中高生の朗読。聖和学院中学校・高等学校美術部の生徒さんたち、期間中にこれまでも他の演奏者の方々と朗読のコラボをなさったそうです。そして26日(土)が千秋楽。

ぜひ足をお運びください。

もう1件、京都から。

文星堂 定期演奏会 秋の音楽会

期 日 : 2024年10月27日(日)
会 場 : 文星堂 京都市伏見区醍醐下山口町1
時 間 : 13:30~
料 金 : 無料

10/27秋の音楽会(入場無料)今回の朗読担当は京ふさこさんです!

朗読  智恵子抄より「樹下の二人」
歌 「サンタルチア」     「荒城の月」     「私の愛の日々」など
演奏  バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043

朗読:京ふさこ  歌:吉岡誠 喜多村澄映  ヴァイオリン:細辻都美子 堀井明子
ピアノ:出野奈穂子 細辻都美子 池田彩乃 吉岡亮
[]
コンサート専用ブースではなく、あくまでも、本屋と古物のお店です。お客様には、お詰め合わせのうえ、お座りいただくことをご了承いただきご参加くださいませ。しかしながら、そのおかげか、お客様と演奏者との距離が近く、間近で迫力ある音をお楽しみいただけますよ^^」だそうです。

きちんとしたホールでの演奏会ももちろんですが、こうしたアットホームなそれもいいものです。

こちらもぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

亡妻智恵子の思出を書きましても、それは「妻」といふやうな一つの典型を成す事は出来ない気がいたします、相互の愛こそありましたが、智恵子は御承知の通りの病疾者でありましたし、又決して普通にいふ妻の資格を備へてゐる女性でもなかつたのでありました。


昭和25年(1950)1月11日 松下英麿宛書簡より 光太郎68歳

松下が務めていた中央公論社で、「母」「妻」といったテーマごとのアンソロジーのシリーズを企画、「妻」の巻に智恵子の思い出を書き下ろして欲しい、というような依頼があったようで、それへの返答です。

戦前には「智恵子の半生」という長い随筆を書き、『智恵子抄』にも収められましたが、その際は自分の中で智恵子との日々を総括するといった意味がありました。今、この時期に改めて、という気にはならなかったのでしょうし、「智恵子の半生」でも語ったように、自分たち夫婦のケースはあまりに特殊で、一般の人々の普遍的な参考にはしがたい、という考えもあったのでしょう。

智恵子のソウルマウンテン、福島二本松の安達太良山腹で朗読会が開催されます。

安達太良山「智恵子抄」朗読会

期 日 : 2024年9月16日(月・祝)
会 場 : 薬師岳パノラマパーク 福島県二本松市永田長坂国有林
時 間 : 10:00~
料 金 : 5,000円(含ロープウェイ料金、昼食代)

ほんとの空がある安達太良山で「智恵子抄」の朗読をしてみませんか? 生涯の思い出に是非ご参加ください。

011
智恵子の故郷・二本松で、智恵子顕彰事業をなさっている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんの主催です。

同会の発会20周年、さらに光太郎智恵子結婚110周年、光太郎の詩集『道程』刊行110周年記念だそうです。

朗読会会場は、安達太良山の奥岳登山口から出ているロープウェイで上がっていった山頂駅付近の薬師岳パノラマパーク。光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来で「この上の空がほんとの空です」と刻まれた標柱が立っています。
013
同会ではたびたびこの場所での朗読会を開催してきました。平成28年(2016)の際の新聞報道がこちら

朗読会自体は10:00~の予定ですが、8:15に智恵子生家/智恵子記念館の駐車場を出発、二本松駅と岳温泉を経由して奥岳登山口まで会員の方の車で。事前に申請しておいて適当なところで乗せていただくということのようです。

終了後また車に分乗して、二本松市に隣接する大玉村の森の民話茶屋さんに移動、そこで昼食兼交流会、すべて終わったところでまた適当なところまで送っていただけるそうです。

紅葉シーズンには未だ早いかと思われますが、当日は、少し前にご紹介した「あだたらイルミネーション」期間中です。今年初めてお目見えした「「あ」のオブジェ」などもご覧頂けるかと存じます。

申込先等、フライヤー画像をご参照の上ぜひご参加ください。

【折々のことば・光太郎】

昨日は小学校の運動会があり、小生も競争に出ましたがビリでした。


昭和24年(1949)5月4日 宮崎稔宛書簡より 光太郎67歳

この年か翌年(日記が失われており、特定できません)の運動会の様子が、元山口小学校校長の浅沼政規の回想に綴られています。

 午後の競争が開始。年長組の《びん釣り競争》となりました。この競技へ先生の参加をお願いすると、快く出場して下さいました。競技が始まりました。
 ひときわ会場が賑やかになり、拡声器の音も、先生への応援も大きくなりました。
 一等、二等とゴールしてきます。先生は少し手間取ったようでしたが、釣れたびんを手に、大股で走ってゴールインしました。一同からすごい拍手です。
 そして、先生もみんなと一緒に会長席に向かい、会長から商品を受け取られました。
 「しばらくぶりで走ってみましたが、にわかに走ったものですから、遅れてしまいました。でも、みんなと走れて愉快でしたよ。」と、おっしゃいました。
 この時の先生の姿に接した部落の人たちは、自分たちと親しく交わって下さろうとするお気持ちに、感謝の念を深くしました。
(浅沼政規『山口と高村光太郎先生』平成7年=1995 高村記念会)

微笑ましいエピソードですが、単にそれだけではありません。戦前には「芸術家あるある」で「俗世間とは交わらない」、戦時中には一転して民衆を戦争に駆り立て、と、いびつな形でしか世の中と関わってこなかった光太郎、この花巻郊外旧太田村に住み始め、ようやく理想的な社会との関係性が構築できたようです。

埼玉から公演情報です。

木村俊介Concert『鵲(かささぎ)の橋の上で』Vol.2〜日本と韓国の文学作品をモチーフに〜

期 日 : 2024年9月8日(日)
会 場 : 柏屋楽器フォーラム ホール 埼玉県さいたま市浦和区岸町7丁目1-9
時 間 : 開場 17:30 / 開演 18:00
料 金 : 【完全予約制】全席自由 5,500円 100名様限定

 豊かな表現力と卓抜なテクニックでオンリーワンの活動を展開するpakusuna氏。その氏との定例公演を日韓で重ねることで、コラボレーションの可能性をより深く追求したく、このプロジェクトを始めました。
 第2弾となる今回は、長年の念願叶って、特別ゲストに俳優の壤晴彦氏を迎えます。師と仰ぐ大先輩に真っ向勝負で挑みます。
 音楽界、演劇界の異才、鬼才が全身全霊でぶつかり合い、響き合う時、そこにどんな情景が広がるのか。美しいまでの切なさ、哀しいほどの愛おしさ。
 会場に足をはこんだ皆様だけが体感できる、心震える瞬間を、是非ご堪能ください。

出 演
 〈笛・三味線・打楽器〉木村俊介  〈伽耶琴(カヤグム)〉パク スナ  〈語り〉壤晴彦

011
013
フライヤーに細かなプログラムの記載がありませんが、語りとしてご出演の壤晴彦氏が「智恵子抄」と他一篇を朗読なさるそうです。当然、ア・カペラではなく木村氏とパク氏の音楽とのコラボでしょう。

壤氏、かなり以前から「智恵子抄」朗読に取り組まれています。このブログでも平成24年(2012)リリースの朗読CDをご紹介しました。
002
久しぶりに聴いてみましたが、やはりいい感じです。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

今朝は早速一三五番クワルテツトをきく事が出来て感謝しました。おかげで山にゐていい音楽がきけ、長い間の音楽飢餓から脱する事ができます。


昭和24年(1949)4月15日 宮沢清六宛書簡より 光太郎67歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋にも村人達が電線を引いてやり、さらに賢治実弟の清六を通してラジオを購入しました。

一三五番クワルテツト」はおそらくベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135」でしょう。

過日、光太郎第二の故郷・花巻と、仙台で開催された箏曲奏者の元井美智子さんと朗読の荒井真澄さんのお二人がコラボなさった公演3件の模様を、元井さんがYouTubeにアップなさいました。

まず花巻の賢治の広場さんで開催された「夏、花巻で奏であう 光太郎、賢治、箏と声」。





こちらに関しては、地元紙『岩手日日』さんが記事にして下さっています。

夏詩の世界観 箏と朗読で 光太郎・賢治作品題材に催し・花巻

004 ボイスパフォーマーの荒井真澄さん(仙台市)と箏曲演奏家の元井美智子さん(東京都)は18日、朗読会「夏、花巻で奏であう 光太郎、賢治、箏と声」を花巻市上町の賢治の広場で開いた。同市ゆかりの詩人の作品を情感豊か朗読と箏の調べで表現し、聴衆を楽しませた。
 荒井さんは、高村光太郎の「レモン哀歌」や「松庵寺」、宮沢賢治の「注文の多い料理店」の序文や「星めぐりの歌」を朗々と読み上げた。元井さんは、あえて音を外すなど作品の世界観や朗読の調子に寄り添いながら即興演奏した。
 会場には約50人が詰めかけ、時には目を閉じて朗読に聴き入っていた。市内から訪れた永田豊さん(83)は「光太郎の文章は朗読に合わないと思っていたが、琴の演奏と合わさって格調高さを感じた」と語った。
 2人は光太郎関連の行事で出会い、今回のイベントを企画した。荒井さんは「想像以上に多くの人が来てくれた。自分が作品から受けとったものを、そのままお客さんに届けられたと思う」、元井さんは「花巻の人の光太郎と賢治への愛を強く感じた。これからも岩手の風景を自分の音に落とし込んでいきたい」と話していた。


続いて、荒井さんの地元・仙台市の「となりのえんがわ」さんでの「旅するお箏 となりのえんがわdeコンサート」。7月19日(金)の開催でした。


さらに7月23日(火)、同じく仙台市での「夏の朝、音を描くコンサート 箏の調べと智恵子抄」。



お二方のさらなるご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

毎年御厄介をお願ひいたしますが、又十月の法要月がまゐりますので松庵寺に都合を問合わせましたところ十月九日が最も都合よろしき旨返事をいただきましたので、八日に花巻にまゐりたく、甚だ恐縮ながら又々お邪魔仕りたく存じ居りますが御都合お悪き時は何卒御遠慮なく御申聞かせ下されますやう願上げます。

昭和23年(1948)9月27日 佐藤雪江宛書簡より 光太郎66歳

10月5日が智恵子の命日、父・光雲のそれは10月10日、そして母・わかは9月10日が命日と云うことで、ほぼ毎年、賢治の広場ハナマルカフェさんの裏手、松庵寺さんで10月に法要を営んでもらっていました。

佐藤雪江は総合花巻病院長にして賢治の主治医、そして昭和20年(1945)、光太郎が花巻郊外旧太田村に移る直前の約1ヶ月、自宅離れに光太郎を住まわせてくれた佐藤隆房夫人でした。

朗読などでヴォイスパフォーマーと自称なさっている荒井真澄さん、箏曲奏者の元井美智子さんのお二人がコラボなさる公演が、東北地方で3件開催されます。

まずは光太郎第二の故郷・岩手花巻。

① 夏、花巻で奏であう 光太郎、賢治、箏と声

期 日 : 2024年7月18日(木)
会 場 : 賢治の広場 ハナマルカフェ 岩手県花巻市上町3-4 岩田ビル 1F
時 間 : 14:00~
料 金 : 無料 (要1ドリンク以上の注文)

プログラム
 高村光太郎「智恵子抄」より
  人類の泉、もしも智恵子が、メトロポオル など
 宮沢賢治作品より
  注文の多い料理店・序、星めぐりの歌 など
 箏曲ソロ演奏
006
翌日には、荒井さんの本拠地・仙台で。

② 旅するお箏 となりのえんがわdeコンサート

期 日 : 2024年7月19日(金)
会 場 : となりのえんがわ 宮城県仙台市宮城野区銀杏町4-29 宮城野納豆製造所敷地内
時 間 : 13:00~ 12:30~(当初予定から変更だそうです)
料 金 : 1,000円

プログラム
 高村光太郎「智恵子抄」より
 箏曲演奏
004
そして翌週、再び仙台で。

③ 夏の朝、音を描くコンサート 箏の調べと智恵子抄

期 日 : 2024年7月23日(火)
会 場 : Antique & Cafe TiTi 宮城県仙台市宮城野区鉄砲町中5-8
時 間 : 11:00~
料 金 : 1,500円

プログラム
 お箏の調べ 春の海、夜空へ など
 高村光太郎「智恵子抄」より レモン哀歌、人類の泉 など

005
以前から賢治作品や「智恵子抄」系の朗読を繰り返しなさっていて、当会主催の連翹忌ご常連の荒井真澄さん。昨年、横浜で開催された「元井美智子自作自演コンサート2023」で、「智恵子抄」から「あどけない話」「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」を、箏の調べに乗せて朗読なさった元井美智子さん。

元井さんが今年の連翹忌に初めてご参加下さり、ご常連の荒井さんと意気投合、コラボ公演開催の運びとなりました。

③→①→②の順で開催が決まったそうです。はじめ、③のみの予定だったのが、リハーサルも兼ねて花巻でもやりたい、ということになり、彼の地で光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCさんのお骨折りで賢治の広場さんを借りられることとなって①が、さらに③があっという間に予約満席だそうで、追加公演として②が、それぞれ実現することに。

ところで元井さん、やはり連翹忌ご常連のテルミン奏者・大西ようこさんにも目をつけられ(ここの助動詞「られ」は「尊敬」ではなく「受身」の用法です(笑))、9月には大西さんの運営されている逗子のテルミンミュージアムさんで、箏曲とテルミンのコラボコンサートもなさるとのこと。ちなみにテルミンミュージアムさんと大西さん、7月6日(土)にテレビ東京さん系でオンエアがあった「モヤモヤさまぁ~ず2 【逗子・葉山】石原裕次郎さん生誕90年記念 一心同体!ろくなもんじゃない90分弱SP」にご出演。笑わせていただきました。
008
さらには大西さん、今月初めには、荒井さんもご参加なさった千葉市川アトリエカフェ赤毛のアンさんでの「赤毛のアンの輪読会」でもテルミン演奏と、ご自身も朗読をなさったそうです。
009
以前にも書きましたが、連翹忌、光太郎を偲ぶというのがメインの開催趣旨ですが、こうして人々の輪を広げていくことも目的の一つと言えるかな、と思っております。

さて、それぞれの公演、ご都合の付くところで足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

岩手の山で見る星の大きさは東京で見る星の二倍ぐらゐに思はれます。金星や、木星の光のつよさにびつくりします。


昭和23年(1948)4月12日 髙村規宛書簡より 光太郎66歳

実際、現代でもそれに近いのでしょうし、夜はほとんど真っ暗だった花巻郊外旧太田村、まさにそうだったのでしょう。また、賢治が「銀河鉄道の夜」などを着想したのも、花巻の美しい夜空あってこそだったはずですね。

6月29日(土)、杉並区阿佐谷の名曲喫茶ヴィオロンさんで開催された 「ノスタルジックな世界 ライブ 朗読&JAZZ演奏」を拝聴して参りました。
PXL_20240629_113745675
阿佐ヶ谷駅近くの路地に佇むヴィオロンさん、「名曲喫茶」と冠されているだけあって、外装、内装ともにレトロな感じでした。まさに「昭和」。
PXL_20240629_100518890
片隅で着流しにハンチングの光太郎とロイド眼鏡の草野心平がコーヒーカップを傾けていても、何の違和感もないような(笑)。

藤澤由二氏のピアノ演奏に乗せて、MIHOE氏が歌われたり朗読されたりという構成でした。以前からお二人で、またはゲストの方が入り、この会場で光太郎詩朗読を含む同様の公演が複数回あったのですが、なかなか都合がつかず、今回初めて拝聴することができました。

手書きコピーのプログラム。これもいい感じです。
003
004
午後7時、開演。
PXL_20240629_100446333.MP
ピアノはYAMAHAさんのアップライトでしたが、おそらくバーチ(樺)の艶出し化粧板タイプ。もしかするとヴィンテージものかも知れません。残響、余韻が美しく、この会場にぴったりでした。
PXL_20240629_101408237
PXL_20240629_101838390
朗読はMIHOE氏オリジナルの詩、寺山修二、中原中也と来て、我らが光太郎。「智恵子抄」から「千鳥と遊ぶ智恵子」と「値ひがたき智恵子」。ともに昭和12年(1937)の『改造』に発表されたもので、連作詩「猛獣篇」中の「よしきり鮫」「マント狒狒」「象」とともに「詩五篇」の総題が付けられていました。心を病んで夢幻界に行ってしまった智恵子もある意味「猛獣」に近い存在だと認識されていたのかも知れません。「千鳥……」では「人間商売さらりとやめて/もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子」、「値ひがたき……」だと「智恵子はもう人間界の切符を持たない」と謳われ、そういう感が見え隠れします。
PXL_20240629_103351889
さらに朗読は太宰治、宮沢賢治、村上春樹、そして再びMIHOE氏オリジナル。合間に「Sentimental Me」「蘇州夜曲」などの歌唱。
PXL_20240629_112744150.MP
プログラムを見つつ、取り上げられている人々、ほとんどみんな光太郎と何らかの関わりがあるなぁなどと思って聴いておりました。

寺山は『さかさま文学史 黒髪篇』という著書の中で、「妻・智恵子」の章を設け「智恵子抄」をかなりアイロニカルに論じました。中也は第一詩集『山羊の歌』の題字揮毫・装幀を光太郎に依頼、太宰の実兄・津島文治は光太郎に「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作を依頼、そして光太郎らが世に広めた賢治。「蘇州夜曲」を歌った李香蘭は光太郎の前に中野の貸しアトリエを借りていたイサム・ノグチの妻……。

終演後、お二人とお話しさせていただき、さらに中野アトリエ保存のための署名もしていただきました。ありがたし。

今後とも、お二人のさらなるご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

霧ヶ浜に遊んだ遠い昔を思ふこと切。あの時怪物のやうに何処までも風にころげてとんでいつた智恵子の日傘は、今思ふと、後年の運命を暗示してゐたやうです。


昭和23年(1948)2月27日 関谷祐規宛書簡より 光太郎66歳

関谷は千葉銚子在住の詩人。光太郎と交流のあった黄瀛(李香蘭の帰国に尽力しました)とも親しい間柄でした。「霧ヶ浜」は現在では「君ヶ浜」と表記されるのが普通ですが、かつては確かに「霧ヶ浜」とも呼ばれていました。銚子犬吠埼の北側に広がる砂浜です。したがって「あの時」は遠く大正元年(1912)晩夏、画を描きに来ていた光太郎を追って智恵子が犬吠に現れ、愛を誓った「あの時」ですね。

ネット上で情報を見つけました。三重県から朗読の公演情報です。

第3回文色草子朗読ライブ 詩人、四人。 高村光太郎×柴田トヨ 茨木のり子×東君平

期 日 : 2024年6月30日(日)
会 場 : 四日市市立図書館 2階視聴覚ホール 三重県四日市市久保田一丁目2-42
時 間 : 午前10時30分から
料 金 : 無料

文色草子朗読組(あいろぞうしろうどくぐみ)による、大人のための朗読会です。
高村光太郎×柴田トヨ 茨木のり子×東君平 この4人の作品の中から21作品を9人で朗読します。
013 014
フライヤーによれば、光太郎詩は「当然事」(昭和3年=1928)、「象」(昭和12年=937)、「牛」(大正3年=1914)、「人類の泉」(大正2年=1913)、「道程」(大正3年=1914)。まだあるかも知れません。

「詩人、四人。」だそうで、光太郎以外には、満101歳まで現役であらせられた故・柴田トヨ氏、女流詩人の草分けの一人・茨木のり子、絵本作家の故・東君平氏。光太郎とこの3人の作品で、どのような化学反応が起こるかな、という感じですね。

お近くの方(遠くの方も(笑))、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ただの来訪なら構はないのですが、こちらに住み込まうといふ意図のあるのがイヤです。他の人の来訪とは性質が違ふので困ります。こんな人に来られてはやりきれず、北海道の奥へでもゆきたくなります。場合によつてはアメリカへ移住するのもいいなどと空想してゐます。

昭和23年(1948)2月16日 宮崎稔宛書簡より 光太郎66歳

光太郎、ストーカー被害に遭っていました。相手は戦前から知っていた老女。趣味で短歌などを詠んでいたようです。光太郎のアトリエがあった駒込林町に近い根津に住んでいて、そのころはどうということもなかったのですが、戦後、光太郎が花巻郊外旧太田村に隠棲をはじめると、「身の回りの世話をしたい」などと手紙を寄越し、実際に太田村まで押しかけてきたことも。

その被害は昭和27年(1952)、「乙女の像」制作のため太田村を後にして再上京したあとも続いたようです。

↑このページのトップヘ