まず、ラジオ。
NHKラジオ(AM) 2026年4月18日(土) 12:15-12:45
詩人の草野心平は、明治36年福島県の生まれ。大正8年に上京し慶應義塾に学びますが中退し、大正10年に中国広州の嶺南大学に入学しました。その後、兄の影響で詩を作り始め、同人誌「銅鑼」を創刊して高村光太郎とも知り合い、親交を深めます。昭和27年10月にラジオ第1で放送した「婦人の時間 智恵子抄について」では、命日を迎えた光太郎の妻・智恵子の思い出や、智恵子が残した「紙絵」の芸術性について語っています。
出演 保阪正康 梯久美子
この番組では、4月4日(土)と18日(土)に「詩人・彫刻家 高村光太郎」として2回にわたり、光太郎の肉声が流されました。
まず自作詩の朗読。4月4日(土)の第1回では「風にのる智恵子」(昭和10年=1935)と「千鳥と遊ぶ智恵子」(昭和12年=1937)。いずれも昭和9年(1934)に智恵子が千葉九十九里浜で療養していた頃を回想して後に書かれた詩です。それから4月18日(土)の第2回で、智恵子没後の詩「梅酒」(昭和15年=1940)も流されました。すべて昭和27年(1952)、NHKのラジオ放送のため、花巻温泉松雲閣で詩人・真壁仁と行った対談後に収録されたものです。
他に対談。「彫刻と人生」と題した美術史家で晩年の光太郎に親炙した奥平英雄との対談で、昭和28年(1953)12月27日の録音、翌年1月7日に文化放送さんでオンエアされたものから、第1回、第2回ともに抜粋で取り上げられました。
第2回の方はNHKさんの聞き逃し配信サイトらじる★らじるで4月18日(土)午後0:45まで聴取可能です。
そして光太郎に続き、やはり2回にわたり当会の祖・草野心平。4月18日(土)の第1回では昭和27年(1952)10月6日にNHKラジオでオンエアされた「婦人の時間 智恵子抄について」から。光太郎とそれほど交流の深くなかった人物ではなく、最も側にいた心平の証言ですので、貴重だと思います。当方、聴いたことがありません。
肉声と言えば、昭和の終わりまで生きた心平の肉声はたくさん残っていると思われます。しかし、光太郎がらみとなるとそう多くはないでしょう。
市販されたものとしては、かつてNHKさんで販売していたCD『昭和の巨星肉声の記録 文学者編 室生犀星 高村光太郎』(平成8年=1996)に光太郎との対談「芸術よもやま話」が収められています。昭和30年(1955)のもので、確認出来ている限り光太郎肉声としては最後の録音です。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」についても語られています。
同じ対談は平成2年(1990)、同じくNHKさんで発行した『NHKカセットブック 肉声できく昭和の証言 作家編6』にも収録されています。
それから、別テイクで『オーディオ詩集 高村光太郎』。株式会社アポロンで発行していた「アポロンカセットライブラリー」のラインナップの一つで、昭和52年(1977)のものです。
27篇の詩朗読を含み、うち25篇は俳優の岡田英次(昭和42年=1967の松竹映画「智恵子抄」で柳敬助をモデルとした椿英介役でした)、そして2篇(「鉄を愛す」「樹下の二人」)が心平の朗読です。また、合間合間の10ヶ所ほどに心平による解説も入っています。「智恵子抄」収録詩篇や光太郎智恵子との思い出などが語られ、「保阪正康が語る……」で流されるのと同一音源なのかな、と思いましたが、こちらは明らかに光太郎没後の内容で、カセットの発行の頃に新たに録音されたもののようでした。
このカセット、デジタルでの復刻が望まれるところです。ちなみに同じシリーズでやはり心平が朗読、解説を担った「宮沢賢治詩集」もあります。
さて、紹介すべき事項が山積しており、テレビ番組についても。
やはり4月18日(土)のオンエア。
BSフジ 2026年4月18日(土) 13:00〜15:00


地上波NHK 総合 2026年4月22日(水) 22:00〜22:45
それぞれぜひご試聴ください。
天平彫刻について 上野直昭
編輯にあたったのは、上記「保阪正康の……」の光太郎の回で対談者として音声が流れた美術史家の奥平英雄。その奥平の回想『忘れ得ぬ人々』(平成5年=1993、瑠璃書房)によれば、
それらは光太郎ら執筆者に届けられたものなのかもしれません。




























































































































































20:00~20:55








「私は泣いています」で知られる歌手で女優のりりィ(本名鎌田小恵子=かまた・さえこ)さんが11日午前、肺がんのため死去した。









わたってラジオ番組のパーソナリティーとして活躍した評論家の秋山ちえ子(あきやま・ちえこ、本名橘川ちゑ〈きっかわ・ちえ〉)さんが6日、呼吸器感染症のため東京都目黒区の自宅で死去した。99歳だった。葬儀は近親者で営んだ。
東京駒込林町の光太郎アトリエが全焼しました。







