
他に肖像彫刻としては、海外だとポール・シニャック、タゴール、マハトマ・ガンジー、国内では棟方志功、新渡戸稲造、宮沢賢治、高橋元吉など。
その「高坂彫刻プロムナード」についての講座が開かれます。

同市は高田との結びつきで、毎年秋には「高田博厚展」を開催、それからシニア市民対象で様々な活動を行っているきらめき市民大学さんでの授業の一環で、毎年当方が一回講師を依頼され、光太郎、高田、そして田口氏の結びつきやプロムナード等についてお話をさせていただいています。
そういう関係で鎌倉にあった高田のアトリエ閉鎖に伴い、そちらにあった作品や遺品が同市に寄贈されたりもしました。
また、市内の新宿小学校さんにはこれも田口氏のお骨折りで光太郎筆跡「正直親切」を刻んだ碑も立っています。光太郎の母校・荒川区立第一日暮里小学校さんにも同じ碑が設置されているため、今後、光太郎がらみでの同区との交流なども視野に入れているそうです。
今後とも、彫刻の街として発展して行っていただきたいものです。
『道程』以後 晴れゆく空
非ヨオロツパ的なる 化けもの屋敷 もう一つの自転するもの つゆの夜ふけに
四六判、並製。同じく伊藤信吉によって編まれた新潮文庫版の『高村光太郎詩集』(昭和25年=1950)と似たような編集方針です。































































































































































































































































































































































































」とある。戦中から戦後にかけての文学作品や雑誌、そしてそれをめぐる動きから、東北と、さらに北海道や新潟の地がどのように捉えられてきたのか、自らはなにを発信してきたのかをテーマに検証、スリリングな論集となった。東北文学に関心ある読者には読み逃せない一冊である。
