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東京都から演劇の公演情報です。

劇団言葉借り第2回公演 売り言葉

期 日 : 20265年10月22日(木)・23日(金)・25日(日)
会 場 : 桜美林大学東京ひなたやまキャンパスHD103 東京都町田市本町田2600-4
時 間 : 10/22・23 19:00~ 10/25 13:00~/17:30~
料 金 : 一般 2,000円 学生 1,500円

脚 本 : 野田秀樹
演 出 : 小鳥遊ばんり
出 演 : 佐藤優衣(10/22 10/25昼) 中田すぐの(10/23 10/25夜)

詩人・高村光太郎の代表作となった純愛詩集『智恵子抄』。本作品では、そのモデルとなった光太郎の妻、智恵子を1人芝居で描きます。『レモン哀歌』に隠された、美しい死の裏側とは。
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野田秀樹氏作の「売り言葉」。初演は南青山スパイラルホールさんで平成14年(2002)でした。黒子を除いて登場人物は智恵子のみの一人芝居で、初演時は大竹しのぶさんが演じられました。

その後、プロアマ問わずさまざまな団体さんや時には個人の方も取り上げています。それというのも脚本が野田氏の著書『二十一世紀最初の戯曲集』(新潮社)に収められていて取り上げやすいということもあるでしょうし、何より内容の部分でビビビッとくるものがあるのでしょう。

今年だけでも百景社さんという劇団が、宇都宮、津、長崎、そして信州上田を廻るツアーを敢行されましたし、来月は神戸で個人の方が三本立て公演の一つとして取り上げられます(また近くなりましたら詳細をお伝えします)。

今回は「劇団言葉借り」さんの第2回公演とのことですが、昨年行われた同団の第1回公演での演目は「「智恵子抄」より」でした。またしても光太郎智恵子の世界ということで、たまたまなのか、それとも主宰の小鳥遊さんという方の深謀遠慮があるのか、まぁおそらく後者だと思われますが。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 90 『日本名詩選』

昭和31年(1956)3月15日 学生社 小田切秀雄編
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収録作家
 北村透谷 国木田独歩 島崎藤村 横瀬夜雨 児玉花外 伊良子清白 薄田泣菫 蒲原有明
 与謝野晶子 石川啄木 北原白秋 三木露風 高村光太郎 川路柳虹 佐藤春夫 室生犀星
 萩原朔太郎 千家元麿 村山槐多 大手拓次 山村暮鳥 萩原恭次郎 宮澤賢治 中野重治
 窪川鶴次郎 中野鈴子 北川冬彦 林芙美子 草野心平 岡本潤 金子光晴 三好達治
 田中冬二 丸山薫 中原中也 立原道造 山之口貘 小熊秀雄 小野十三郎 壺井繁治
 田辺利宏 西沢隆二 峠三吉 原民喜


光太郎詩は「冬が来た」「雨にうたるるカテドラル」「傷をなめる獅子」。この手の出版物のうち、確認できている限り、光太郎生前最後のものです。

都内での演奏会情報です。

鈴木憲夫作品を歌う合唱団 創団10周年記念演奏会

期 日 : 2026年10月4日(日)
会 場 : 豊洲シビックセンターホール 江東区豊洲2-2-18
時 間 : 14:45~
料 金 : 無料(要予約)

「鈴木憲夫作品を歌う合唱団」初の単独演奏会‼️ 過去から歌いついできた曲、未来へ歌いついでいきたい曲、その歴史の真ん中で、〜言葉は祈りとなり、響きとなる〜

プログラム:
 1st. 鈴木憲夫合唱作品選集
  ・五月の森で(やなせたかし 詩)  ・ふるさとの木の葉の駅(坂村真民 詩)
  ・昼の月(坂村真民 詩)      ・念ずれば花ひらく(坂村真民 詩)
  ・さくらんぼ と 麦わらぼうし(金子静江 詩)
 2st. レモン哀歌(高村光太郎 詩)
 3st. 永訣の朝(宮沢賢治 詩)

指揮 伊澤俊雄  ピアノ 和田蕗子  ゲスト 鈴木憲夫
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鈴木憲夫作品を歌う合唱団さん、鈴木氏が主宰されているわけではなさそうですが、近しい立ち位置で、時には直接ご指導を仰がれているようです。

弟2ステージが「レモン哀歌」。組曲の一つというわけではなく、単体の作品です。それでも演奏時間約8分の比較的長い曲です。はじめ女声三部版が作曲され、平成23年(2011)にカワイ楽譜さんから出版されています。続いて独唱版と混声版が翌年に刊行されました。
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抒情性豊かで清澄なメロディーラインを基調に、奇を衒うことなく素直に光太郎智恵子の世界が表現されています。合唱曲となった「レモン哀歌」は少なからず存在しますが、当方の最も好むものの一つです。

鈴木氏による混声版の自作解説から。

 高村光太郎といえば「智恵子抄」と連想されるほど、氏の代表作として愛され、親しまれている作品です。とくに「レモン哀歌」はその中心ともいえる作品です。
 若い頃この作品に触れた時は、ひとりの詩人の遠い昔の、まるで別世界の物語として、セピア色の「光太郎と智恵子」の写真を眺めたものです。
 作曲する上で私の常とするところですが「詩・言葉」に作曲するのではなく、その作家の思いやその世界に描かれた風景を音楽にしたいと考えています。
 詩はとても平易に書かれています。感情的な起伏を抑え淡々として、詩稿をご覧になれば分かるように「段」を空ける事なく、まるで自身の感情を押し殺すかのような手法で書かれています。私もことさらに感情を煽るような作曲はせずに、行間に潜む光太郎の息づかいを思い作曲しました。
 はじめに取り組んでから完成まで1年半もの時間を要しました。2007年、私は妻・美智子を喪(な)くしています。自身の身の上、さらに様々な思いとが重なり作曲は遅々として進まず、その「鈍」とした仕事ぶりに自身で呆れ果ててはおりますが、しかしそれは私にとり必要な時であったのだと今にして思います。
 作曲を終えた今、合唱作品として新しい生命が吹き込まれたこの作品を、私は光太郎、智恵子、そして亡き妻の魂に捧げたいと思います。


第3ステージは宮沢賢治が最愛の妹・トシの死に際して謳った「永訣の朝」に曲を付けた作品。「永訣の朝」といえば、光太郎の「レモン哀歌」に影響を与えているであろうことが夙に指摘されています。その二つをセットにするというのも心憎い構成ですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 74 『近代絶唱詩集』

昭和22年(1947)12月25日 日本読書組合 神保光太郎/中島健蔵編
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収録作家
 北村透谷 国木田独歩 森鷗外 島崎藤村 上田敏 与謝野寛 土井晩翠 河井酔茗
 薄田泣菫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 岩野泡鳴 野口米次郎 与謝野晶子
 永井荷風 石川啄木 北原白秋 木下杢太郎 三木露風 高村光太郎 武者小路実篤
 山村暮鳥 三富朽葉 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎 佐藤春夫 西條八十 日夏耿之介
 堀口大学 千家元麿 百田宗治 大手拓次 宮澤賢治

光太郎詩は「樹下の二人」「龍」「火星が出てゐる」「ぼろぼろな駝鳥」そして「レモン哀歌」。賢治作品には「永訣の朝」は採られていませんが、同じくトシの死を題材とした「松の針」が収録されています。

カバー画は武者小路実篤の手になるものです。

都内から朗読講座の募集情報です。

『座』朗読塾「現代文学クラス」2026年度後期・受講生募集

期 日 : 2026年10月2日/16日 11月6日/20日 12月4日/18日
      2027年1月8日/22日 2月5日/19日 3月5日/19日
      すべて金曜日(月2回)
会 場 : 演劇倶楽部『座』サロン 新宿区新宿5-9-11 アルメリア新宿1F
時 間 : 11時〜15時
料 金 : 20,000円
定 員 : 高校生以上の男女 16名
講 師 : 壤晴彦

 俳優・声優として長年舞台・映像・アニメーションの分野で活躍してきた壤晴彦 が指導する、年間を通した朗読ワークショップです。
 小説、詩、随筆、戯曲など、日本文学のさまざまな作品を教材に、作品を深く読み解き、それを「声」と「ことば」によって聴き手へ届ける朗読表現を学びます。
 朗読は、単に文章を声に出して読むことではありません。言葉の響きやリズム、人物の心情、物語の流れを読み取り、作品の世界を立体的に立ち上げていく表現です。
 本講座では、日本文学の豊かな言葉に触れながら、作品の理解を深め、その魅力を伝える語りの技術を育むために、壤晴彦の俳優としての長年の経験をもとに、懇切な指導を行います。
 朗読に興味のある方、日本文学を声で味わいたい方、俳優・声優としての言葉の技術力を高めたい方まで、幅広くご参加いただけます。

※発声・発音(滑舌)など朗読の基礎トレーニングについては、別途開催する短期ワークショップにて指導しています。

 大正・昭和以降の近現代文学を中心に扱います。比較的現代に近い言葉の作品を通して、文章の理解を深め、語りの表現力を高めていきます。

教材:佐藤春夫『小説・智恵子抄』ほか
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『座』朗読塾主宰で講師の壤晴彦氏、確認できている限り、さいたま市、新宿区(拝聴しました)、秋田市においてご自身で「智恵子抄」系を含む公演をなさいました。また、朗読の指導にも熱意を持たれ、「智恵子抄」を教材としたCDをリリースされている他、昨年も今回同様の講座で「智恵子抄」を扱って下さいました。

今回は、佐藤春夫の『小説智恵子抄』が取り上げられます。同作は光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、光太郎と親交の深かった佐藤が雑誌『新女苑』に連載したジュブナイルです。連載当時のタイトルは「愛の頌歌(ほめうた) 小説智恵子抄」。昭和32年(1957)に実業之日本社さんから単行本化され、のち、角川文庫のラインナップに入り、現在も販売中のようです。また、丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられてもいます。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 72 『紺青 純情詩集』

昭和22年(1947)1月1日 雄鶏社 西條八十編
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収録作家
 国木田独歩 島崎藤村 土井晩翠 薄田泣菫 横瀬夜雨 伊良子清白 与謝野晶子
 児玉花外 北原白秋 三木露風 川路柳虹 高村光太郎 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎
 佐藤春夫 柳沢健 西條八十 堀口大学 百田宗治 佐藤惣之助 大木惇夫 春山行夫
 三好達治 田中冬二 竹中郁 菱山修三 丸山薫 稲垣恒子 英美子 村野四郎
 ウィルヘルム・アレント/上田敏訳 ヴェルレーヌ/上田敏訳 ドイツ民謡/近藤朔風訳
 リルケ/片山敏彦訳 ストルム/上田敏訳 アリエット・オドラ/堀口大学訳
 イタリア古謡/門馬直衛訳 ポ-ル・フォール/上田敏訳 ティースデール/西條八十訳


雄鶏社で発行していた雑誌『紺青』の新年号附録。12.7㌢×9.0㌢の、文庫本より一回り小さいサイズです。光太郎詩は「画室の夜」が収められています。

昨日ご紹介した『少年少女詩集 草の上』と発行順が前後していました。すみません。

9月13日(日)、恵比寿の東京都写真美術館さんで「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」を拝観後、六本木の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんに移動しました。こちらでは「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」が開催中で、さらにこの日は関連行事としてのトークイベント「『方丈記』巡礼」が行われました。レポートいたします。
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 21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさん、いくつか展示スペースがあり、目的の会場は向かって右のギャラリー1および2でした。
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展示は地下、受付が1階。受付の前はミュージアムショップとなっており、オリジナルグッズの他、今回の展示に関わるコーナーも。すると、新潮文庫版の『高村光太郎詩集』と『智恵子抄』も並べられていました。ありがたし。
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『智恵子抄』は皆川明氏装幀の新装版でした。

地下に降りて展示を拝見。

コンセプトは、鴨長明の『方丈記』を中心に据え、「建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの方丈の庵を構想します」だそうで。

まずギャラリー1。入口にはフライヤーにも使われ、展示全体のイメージアートとして使われている田部井美奈氏の絵画作品。田部井氏は後ほど拝聴したトークにもご出演。
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鴨長明が暮らした京都郊外の「方丈」の再現。
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トークの中で語られましたが、調度品等にもこだわったそうで。緑色の長方形の部分は寝床。干したワラビを敷きつめてあるとのこと。

周囲の壁には、『方丈記』受容史的なパネル展示。
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平成25年(2013)に乃木坂のTOTOギャラリー・間(ま)さんで開催された「中村好文展 小屋においでよ!」展についても触れられていました。

さらに鴨長明同様、「方丈」を構えた人々(良寛、松尾芭蕉、ソロー、猪谷六合雄ら)の紹介などもあって、光太郎も。戦後に7年間の隠遁蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)を中心に据えています。
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鴨長明の名は『高村光太郎全集』に見当たりません。しかし『方丈記』については記述がありました。松尾芭蕉の「古池や」の句を引用した後、

 此の俳句を読んでこの閑寂の美を味ひ得るためには、われわれはこの俳句の背後に千百年の歳月の連綿たるものがある事にも気づかねばならぬ。この俳句が美である為には、そのうしろに宗因があり、西行があり、新古今集があり、更に方丈記があり、平家物語があり、紫式部があり、往生要集があり、水にすむかはづの古今集があり、又杜甫があり、白楽天がある事を要する。さいういふ因子が無ければ此の俳句はただの自然記録であるに過ぎない。

昭和15年(1940)に書かれた「芸術上の良知」という評論の一節です。

光太郎が山小屋暮らしに踏み切った理由の一つに、実際に身近な人々の同様の例があったことも挙げられます。千葉三里塚の光太郎が設計した小屋に住んだ水野葉舟、甲州四尾連湖畔に小屋を建てて暮らした野沢一、蝦夷地で開拓に取り組んだ更科源蔵、「新しき村」の武者小路実篤、常陸牛久沼の小川芋銭、羅須地人協会の宮沢賢治ら。そして鴨長明のことも頭の片隅にはあったのではないでしょうか。

隣接するギャラリー2では、鴨長明の方丈オマージュ作品群。

江戸の町と現代の東京を織り交ぜた絵画で有名な山口晃氏。建築も手がけるとは……。
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神社建築風ですが、海外の方。
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プロレタリア文学者・川崎長太郎オマージュ。
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なんと、モバイルの「方丈」。
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中庭まで使った作品も。やはり後ほどのトークにご出演された正田智樹氏と、竹中工務店さん。
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幼い頃の「秘密基地」が彷彿とさせられ、ワクワクしてしまいました。しかし、令和の子供たちはそういう経験はしていないのでしょうね(笑)。

そうこうしているうちに、トークショーの開始時刻となりました。
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中央が展覧会ディレクターの塚本由晴氏、向かって左に田部井氏、右で正田氏。

ギャラリートーク的に、出品作等の解説、さらに本展のためにロケハンのように「巡礼」なさった場所の紹介。
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京都・糺(ただす)の森に復元された鴨長明の方丈(左)、同じく京都で平家滅亡後に建礼門院徳子が暮らした庵の跡地(右)。

花巻高村山荘も。
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最後の画像は、同じ花巻市内の宮澤賢治記念館さんで、20年ほど前でしたでしょうか、光太郎展的なものを開催した際の説明パネルの一部。廃棄するのももったいないので山荘套屋内部に掲げてあります。光太郎の装幀作品の一例ということでロマン・ロランの『愛と死の戯れ』(片山敏彦訳 大正13年=1924)、『ヘンデル』(高田博厚訳 昭和2年=1927)。無料でいただける文庫サイズの簡易図録が発行されていますが、田部井氏によればその裏表紙はここからのインスパイアだそうでした。
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そちらでの花巻パート。
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高村山荘以外に、賢治命名のイギリス海岸、光太郎と親しくなった僧侶にしてチベット仏教学者の多田等観が暮らした円万寺観音堂、賢治設計の花壇が残る茶寮かだんさんも。

公式サイトには京都、花巻のフォトレポートもアップされています。会場内でこれらをスライドショー的にモニターで上映するのもありかな、と思ったのですが……。

というわけで、なかなかに充実の展示でした。会期は比較的長く、来年1月11日(月・祝)までです。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 59 『岳』

昭和18年(1943)8月15日 山と渓谷社 川崎隆章編
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収録作家
 中村清太郎 安西徹 千家元麿 新村出 今西錦司 藤木九三 田辺和雄 佐藤昌彦
 木村幸一郎 小島三郎 岡田冝一 向井潤吉 金田一京助 館脇操 柳壮一 犬飼哲夫
 嶺一三 清棲幸保 三木露風 伊藤秀五郎 小寺融吉 大町文衛 龍居松之助 阿部庸三
 藤島亥治郎 結城哀草果 相馬御風 山口弥一郎 西川義方 中川善之助 藤澤古実
 会津八一 土屋文明 高村光太郎 半田良平  関口泰 依田秋圃 田中八百八 今村学郎
 田中薫 川崎隆章 本田正次 竹中要 前田夕暮 直良直夫 香取秀真 斎藤茂吉
 尾上柴舟 小島烏水 阿部正直 広瀬潔 藤原咲平 田辺泰 日夏耿之介 太田水穂
 田中冬二 野尻抱影 高田浪吉 釈迢空 茨木猪之吉 加納一郎 佐藤井岐雄 荻原井泉水
 今村巳之助 吉沢庄作 田口龍雄 川田順 中島正文 中西悟堂 八木貞助 富安風生
 中村星湖 吉村信吉 岡麓 鳥山悌成 佐佐木信綱 北田正三 伊東祐一 渡邊万次郎
 竹内亮 橋本伝左衛門 朝倉文夫 大谷東平 石川欽一郎 徳田御稔 逗子八郎
 西沢勇志智 下山重丸 南薫造 浅井治平 荒木俊馬 川崎隆章

戦時中にもかかわらず、ほぼほぼ戦争とは関係ない作品が集められています。口絵は岡田三郎助と牧野富太郎でした。光太郎作品は「浴泉歌」という題で、さまざまな時期の山岳に関わる短歌12首が収められています。

9月13日(日)に上京しまして、2件の展覧会をハシゴ。昨日はそのうち東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展をレポートいたしました。今日はもう1件の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんでの「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」をレポートしようかと思っておりましたが、「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展について書かれた『週刊金曜日』さんが届きまして、そちらからご紹介します。同展が9月21日(月・祝)までの開催なので、まごまごしていると終わってしまいますから。

9月4日号(1583号)と、9月11日号(1584号)の2号で「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展に触れられています。
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まず9月4日号(1583号)。「出光真子 
「私」のフェミニンが社会を動かす■映像作家が映した「おんな」の葛藤」と題し、6ページ。

初めに「半世紀前の映像が暴く2020年代の「見えない檻」 映像作家に聴く 見えない抑圧を予見した「眼」」ということで、出光氏へのインタビュー。

リード文。

自伝的な映像表現を通じ、密室化された家庭や性役割の抑圧を鋭く撃ち続けてきた出光真子氏。半世紀余りの作品を一堂に集めた回顧展には世代を超えた人々が詰めかけている。女性首相の誕生をめぐり社会が分断を深める中、保守回帰や目に見えぬ規範が人々を縛る2020年代の日本社会。86歳を迎えた先駆者は、自らの足跡と「現在」をいかに見つめているのか。

途中途中に附された小見出しが「「時代遅れ」の女性首相」「家父長制の抑圧」「映像は闘うための武器」「現代のデジタル監視社会」「《直前の過去》の恐怖」「世間に遠慮するな」。

「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展出品作にして「彫刻家で詩人の高村光太郎と画家の高村智恵子の関係を参照し構想され、さらに、パリで画家を志すも苦悩の末に急逝した長姉に捧げられている」という映像作品「清子の場合」については……

――《英雄ちゃん、ママよ》(83年)や《清子の場合》(89年)では、家庭という密室における母子の過密な依存関係や、表現への野心を持つ女性が家庭的役割によって潰(つぶ)されてゆく悲劇を描かれました。

 日本の女性は家の中では実質的な主権を握っていて強い側面もあります。台所も財布も任されている。だけど男性の側はそれを知らずに「俺がこの家の主だ」と思い込んでいる。一方、女性の側も「完璧な母・主婦でいなければならない」おいう見えない規範を内面化させられているんです。《清子の場合》は、家庭と芸術の板挟みで倒れた長姉と、私自身の体験を重ねて書いたシナリオですが、主婦という枠組みに押しこめられた女性の能力は、時に自分や子供を脅かす凶器になり得るのです。

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もう一つ、同様のテーマで制作された《加恵、女の子でしょ!》(平成8年=1996)については細かな言及がありませんでしたが、画像が大きく載っていました。
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会場でこのカットを拝見した際、当方はジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」を連想しました。
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同じイメージを抱かれた方も少なくないのでは、と思うのですがどうでしょうか。

さらに同志社大学さんの菅野優香教授による展覧会評「「主婦」の密室から自己監視の時代へ  
「奇妙な新しさ」の正体──出光真子の映像知」1ページも掲載されています。

それから9月11日号(1584号)。こちらでは「編集後記」。

 10年前の初秋、彫刻家・詩人の高村光太郎の妻、智恵子ゆかりの地を訪ねた。故郷・福島の安達太良山で彼女が焦がれた〈ほんとの空〉を仰ぎ、別の年には青森・秋田県境の十和田湖畔で、光太郎が刻んだ乙女像2体と向き合った。
 光太郎の詩集『智恵子抄』は、心を病んで命を落とす智恵子への鎮魂とされる。岩下志麻さんが彼女を演じた映画(1967年)は今も胸を刺す。画家の夢を捨て、夫の創作に献身した果ての心の破綻。「芸術」という美名の下に隠れた性差別が追い詰めたのだろう。
 「智恵子が自身の夢を追っていたら、あんなふうにはならなかった」。先日話を伺った映像作家・出光真子さんの見解だ(本誌9月4日号)。自身もかつて批評の名を借りた差別的言辞に苦しめられたという。米国人画家と別れ、再婚した修平さんの佇まいが清々しい。「僕はそっちのほうはわからないから」と、真子さんの創作に干渉しない。旺盛に自己表現を続けた真子さんの自由な翼は、この「良い意味で無関心な」伴侶に支えられていたと感じる。
 「献身」の果てに犠牲者を出すのはもう終わりにしよう。もし智恵子が自身の夢を追えていたなら、光太郎の詩も違った形になっていたはずだ。

気になるのは「夫の創作に献身した」という一言。たしかに智恵子は光太郎の巨大な才能に圧倒され、刀折れ矢尽きて毀れていった部分はありますが、決して「夫の創作に献身した」わけでもありません。1年に3、4ヶ月は光太郎をほっぽらかして福島の実家に帰っていた事実があるわけで。ただ、この二人の関係性には余人にははかりがたいものがあったことはもちろんで、もしかすると智恵子の意識としては「夫の創作に献身した」だったのかもしれませんが。

以上、『週刊金曜日』さん。

それ以外に、昨日も書きましたが、会場で無料配付のリーフレットにも出光氏へのインタビューが掲載されています。ただし、こちらでは《清子の場合》《加恵、女の子でしょ!》や光太郎智恵子に特化した部分はありませんでしたが。

繰り返しますが、東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展、9月21日(月・祝)までの開催です。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 58 『青年朗唱詩集 御楯われら』

昭和18年(1943)8月15日 旺文社 詩人同志会編
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収録作家
 野口米次郎 河井酔茗 高村光太郎 川路柳虹 正富汪洋 佐藤春夫 服部嘉香 西條八十
 白鳥省吾 奥栄一 前田鉄之助 大木惇夫 井上康文 佐藤一英 瀧口武士 齋藤光次郎
 勝承夫 月原橙一郎 与田準一 高木恭造 乾直恵 巽聖歌 江口隼人 杉本駿彦
 都築益世 木下夕爾 坂野草史 加藤健 鈴樹昌 竹内てるよ 佐川英三 仲村久慈
 笠豊秋 大野良子 南江治郎


光太郎作品は詩「夜を寝ねざりし暁に書く」と、前年に歿した北原白秋の追悼文「童心と叡智の詩人-北原白秋の業績-」。

扉には武人と思われる埴輪の絵。「武人埴輪」=「大王を警護する武人を象(かたど)ったもの」。そこで、「皇軍兵士」へと類推が働き、さまざまな美術作品や工芸品、書籍類の表紙その他に埴輪が「国威発揚」「戦意高揚」といった使命を担わされ、多用されました。一昨年にはそのあたりに的を絞った企画展「ハニワと土偶の近代」が竹橋の東京国立近代美術館(MOMAT)さんで開催され、光太郎にも触れられました。

タイトルの「御楯われら」は、既に敗色濃厚だったこの時期、われら皇国臣民一人一人が鬼畜米英の侵攻から「現人神」をお守りする「楯」たらん、ということでしょう。ついでに言うなら版元の旺文社さんは、元々「欧文社」だったものが、昭和15年(1940)に「欧」の字が敵性語と見なされ、社名を変更させられています。同盟国のドイツやイタリアも欧州なのに、むちゃくちゃですね。

発行日が8月15日です。2年後の同じ日に終戦の玉音放送があるなど、この時点では誰一人予想していなかったでしょう。

昨日は2週連続で上京し、展覧会を2つハシゴして参りました。

まず恵比寿の東京都写真美術館さんで開催されている「出光真子  おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」。映像作品を中心としたもので、6月には始まっていたのですが、先週になって相次いでレビュー等がネットに出て、「え、こんなんやってたんかい?」と、慌てて拝見に伺った次第です。

レビューのうち、『美術手帖』さん掲載のもの。

地域レビュー(東京):齋木優城評「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」(東京都写真美術館)/「山沢栄子 What I Am Doing」(LAG)

自らの人生を取り戻すための表現
 2026年7月17日、参院本会議において皇室典範改正案が可決され、成立した。同典範本則の実質的な改正は、1949年の施行以来初の事例である。改正後、皇族が旧宮家の15歳以上の男性を養子に迎えること、また女性皇族が皇族以外の者と婚姻した場合にも皇族としての身分を維持することが認められるようになる。いっぽうで、女性天皇の即位を認めないという原則は変更されていない。報道によれば、高市早苗首相らは皇位継承を男性に限定することが皇室の正統性を維持するため必要であるとの立場を示している(森、ユー、2026)。
 ここで問われているのは、皇位継承のあり方という限定された問題だけだろうか。実際に浮かび上がってくるのは、血統や性別によって人間の役割をあらかじめ区分し、その区分を制度によって維持する論理そのものかもしれない。今夏、このことを考えるうえで興味深い2つの展覧会があった。本稿では、東京都写真美術館「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」および東京・神宮前のギャラリー、LAG(LIVE ART GALLERY)での「山沢栄子 What I Am Doing」を取り上げる。

「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」(東京都写真美術館)
 1940年、出光興産創業者・出光佐三の四女に生まれる。お茶の水女子大学附属小・中・高から早稲田大学第一文学部に進む。卒業後ニューヨークへ留学。抽象画家サム・フランシスと結婚。二児の母。妻であり母であることを超える創造表現への想いやみがたく、映像作家の道を歩む(会場テキストより)。
 出光真子「おんなのさくひん」展に添えられた華やかな作家略歴を見て、筆者の頭には低俗な羨望の気持ちが首をもたげる。嗚呼。まるで雲の上の人。しかし、展示作品を半分も鑑賞しきらないうちに、もっと別の感情が渦巻き始める。嗚呼。この人は、資本主義と結託した家父長制の過酷さに、誰よりも近い距離で向き合ってきたのだ。
 同展には1970年代から2000年代まで、出光の作品が28点揃っている。それらのなかでも、活動初期にアメリカで撮影されたいくつかの作品においては、物語的な筋書きよりも身体に直接訴えかけるイメージが前景化されている。例えば《Woman’s house》(1972)はカリフォルニア芸術大学において企画された「ウーマンハウス」(*1)という教育プログラムの様子を記録したドキュメンタリー的な映像である。この作品は、当時としては珍しい16ミリカメラで撮影されているが、これは出光が当時「女性はメカに弱い」というステレオタイプに対抗すべく、カメラの扱いを自主的に学んだことが背景にある(*2)。
 また、展覧会タイトルにもなっている《おんなのさくひん》(1973)は出光にとって初のビデオ作品であり、当時は高価で珍しかったという白黒のオープンリール式機材で撮影された。白っぽい画面に靄がかった被写体が浮かび上がり、一見しただけではこれがなんなのか判然としない。じつは、写されているのはトイレに浮かぶ使用済みのタンポンである(*3)。映像に重ねられて聞こえてくるのは、鑑賞者の頭上からは女児を出産した女性に対して訥々と言い聞かせるようなボイスオーバーだ。「男は尊く強く、女は卑しく弱いことが天理なのです」……女児が男児に比べていかに下位の存在であるかを示唆するナレーションが頭上から降り注ぐインスタレーションの構造は、日本社会にはびこる家父長制的な抑圧システムそのものを身体的に追体験させているようでもある。 
 いっぽう、1980年代以降の出光は、筋書きやせりふを用意した明確な物語性をもつ作品も制作するようになる。とくに印象的だったのが、《清子の場合》(1989)と《加恵、女の子でしょ!》(1996)である。両作品は、出光自身やその家族の経験、さらには高村光太郎と高村智恵子といった美術史上の人物を参照しながら制作された。《清子の場合》では、世間体を気にする両親に急かされて結婚した画家志望の「清子」が主人公となる。結婚後、清子は主婦として家庭内の役割に追われることで制作時間を失いはじめる。画業を続けようとすれば「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」。画面いっぱいに映し出される義母や父の唇から否定的な言葉が次々と吐き出され、清子を追い詰めていく。やがて清子はTVを踏み台にして縊死する。
 家事や育児は家庭に不可欠な労働でありながら、賃金を生まないという理由でしばしば「仕事」として可視化されない。インスタントな収入を生まない創作活動は、「遊び」として片づけられる。夫が寝食を忘れ仕事に打ち込めば「情熱」だが、妻が画業のなかで夫の食事の用意が間に合わなくなることは「怠惰」だ。「画家として20代で成功するなんて稀だ」と清子が主張しても、「27歳で芽が出ていないのだから諦めろ」という言葉が降りかかる。女性が職業人として成功しようとすれば、男性以上の成果を要求されるのだ。つまり清子は、家庭内労働を担うことを期待されながら、家庭外では創作者として男性以上のスピードで経済価値を生み出すことを要求されるという二重の拘束のなかに置かれている。出光がこの作品を撮影したのは1989年だが、2010年代に入ってもなお大学入試において女子の得点が不当に減点された事例も記憶に新しく(*4)、日本の社会にはいまも構造的男女差別が根強く残っている。《清子の場合》が描き出す、女性であることを理由として選択肢が先回りして制約される構造は、決して過去のものではない。
 続く《加恵、女の子でしょ!》もまた、この構造を別の角度から描き出している。美術学生の「加恵」は子供の頃から「女の子だから」という理由で様々な行動を制限される環境に育った。美大卒業後は同級生の実(みのる)と結ばれ、お互い画業に邁進するよう約束するが、生活のなかで加恵の制作時間はどんどん圧迫されていく。最初は同じ大きさだったキャンバスがどんどん不平等になり、最初は巨大なキャンバスに投影されていたイメージが買い物袋やシンクの皿へと矮小化されていく描写は、加恵の選択肢が狭められていく息苦しさを物理的に可視化しているようだ。美大教員、ギャラリスト、批評家たちは、揃って男性である実だけを職業画家として評価し、加恵は「内助の功」的なポジションに留め置く。
 周囲からの偏見のなかで一度は失望する加恵だったが、最終的に画業を諦めることはせず、自身の母と連帯しながら再び絵筆を握る。かつて「加恵は女の子だから、可愛く諦めちゃったほうがお得よ」と教えた母に対し、今度は加恵が「夫とは別れる、私は絵を諦めないから、一緒に暮らそうよ」と語りかけ、世代を超えて再生産されてきたジェンダー規範の書き換えを試みるのだ。ラストシーンでは、個展を成功させた加恵の前に元夫の現在の妻があらわれ、画面の中から私たちをじっと見つめる。この女性の瞳に、夫と離婚し自分の道を歩む加恵の姿はどう映るのだろう? この「もうひとりの加恵」の存在が、《清子の場合》が見せる出口のないトンネルを破壊し、私たちにもっと自由な別の結末を想像させてくれる。
 両作品に続いて、展覧会の終盤には映像インスタレーション《直前の過去》(2004)が展示されている。手前に設置された透けるスクリーンに展示されているのは出光家の家族写真である。戦争の混乱期にあっても家族写真を残しているということから、出光家の裕福な暮らしぶりがうかがえる。翻って、透けて見える奥のスクリーンには、凄惨な戦禍を捉えた映像や報道写真が投影されている。モノクロ写真からでも伝わる仕立てのよい着物を纏った出光の母に、従軍慰安婦の証言映像が重なる。学ラン姿で高等教育を受けていることがうかがえる出光の兄に、戦地へと向かう若い兵士たちが重なる。威厳ある佇まいの父に、菊の御紋と戦時中のプロパガンダが重なる。この作品は「家族の中の権力関係と戦争の権力関係が交差」する様子を表現している(笠原、2022、341頁)。《清子の場合》などで出光が描いてきた「家庭」は、社会の最小単位ともいえる家族、イエ制度のなかにおける家父長的な権力勾配であった。それが《直前の過去》ではより大きな国家的権力へと接続され、性別によって人間を序列化する家父長的な論理と、国家が人間を属性によって統制する戦争の論理とのあいだに連続性が見出されるのだ。世界のあらゆる場所で戦禍が巻き起こるいまだからこそ、この作品が伝えるメッセージは私たちの心に重く響いてくる。

*1──《Womanhouse》(1972)は、ジュディ・シカゴとアーティストのミリアム・シャピロはカリフォルニア芸術大学のフェミニスト・アート・プログラムに所属する学生や地元アーティストたちとともに、放置されていた邸宅をフェミニスト・アート作品で満たされた空間へとつくり替えたプロジェクト。邸宅のそれぞれの部屋で、異なるテーマのフェミニスト的なインスタレーションが展開された(Takac、2025)。
*2──「女性がメカに弱い」というステレオタイプは、女性解放草の根運動グループ「C・R(意識覚醒)」でも解決すべき主題となっており、出光もそのグループ活動に参加するなかで機械への苦手意識を克服する決意ができたと述べている(出光、2003、59-60頁)。また、出光は雑誌のインタビューにおいて「どうして今まで女性作家は少なかったんでしょうか」という問いに対し「企画を実行するとか、メカに強くなるとか、私たちの世代では女性に不向きなことのように考えらえていたことをクリアしないと映像作品は作れない」と回答している(イメージフォーラム編集部、1992、61頁)。斉藤綾子によれば、1960年代終わりから70年代初頭にかけてのアメリカにおいてはフェミニズム運動が活発化し、16ミリカメラでの撮影を手がける女性作家たちが増え始めていた状況もあり、この時代にアメリカで過ごしたことは出光が映像という表現手段を選択したことと深く関係している(斉藤、2025、126頁)。
*3──この作品のなかで被写体となっているタンポンや経血はいわば穢れた存在、美術史のなかで描写の対象になりにくかったモチーフだと言える。しかし、それらに向けられたことは、斉藤綾子の言葉を借りれば「おとしめられてきた経血に対するある種のいとおしさ」と「再生産という生物的・社会的に規定された女性性に対する反発」(斉藤、2025、128頁)という、二律背反的でありながらも同じ「女性」の身体が内包する感覚を映し出してもいるようである。
*4──菅沼(2022)によれば、2013年度から18年度にかけ、一部の男性受験者だけに加点をする等の取扱いをするなどして、東京医大、順天堂大学など複数の大学が女性にとって不利になるような入試判定を行っていたことがわかった。

会場の東京都写真美術館さん。
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午前10時の開館と同時に入り、『美術手帖』さんで紹介されていた映像作品2本をすぐに拝見。1本目の《清子の場合》はオープン5分後からの上映開始でして。
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あまり大きくないテレビモニターでの上映でした。
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平成元年(1989)の作品で、16㍉カメラでの撮影だそうでした。この頃にはVHSのビデオテープで撮れるビデオカメラは既にあったはずですが、あえて16㍉フィルムにこだわったのでしょうか。
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せりふは日本語ですが、字幕は英語でした。海外の方々への対応なのでしょう。
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あらすじは上記『美術手帖』さん記事にほとんどネタバレ的に紹介されていますので、そちらをご参照いただきたいのですが、主人公・清子に対する周囲の扱いがとにかくひどいのです。二言目には「女なんだから」。象徴的なせりふが「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」。

光太郎智恵子の関係性を参照したとのことで、確かに智恵子もこうした偏見や決めつけ、社会的慣習などに苦しめられたことは想像に難くありませんが、ここまでひどくはなかったろうと思いました。光太郎は当時としては珍しく、家事分担も積極的に行っていたようですし、智恵子が1年に3、4ヶ月も福島の実家に帰ることも厭いませんでした。同居はしていなかった舅の光雲も自身が彫刻家ということで、それなりに理解はあったと思われます。

続いて《加恵、女の子でしょ!》。こちらは平成8年(1996)の作品。
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やはりさまざまな部分で不当な扱いを受ける美術家志望の女性・加恵が主人公です。
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こちらは《清子の場合》の倍以上の長さで、その分、主人公・加恵の置かれた状況がエピソード豊富に細かく描かれていました。

加恵の師である美大の教授?は、男子学生には甘く、女子学生には辛い評価ばかり。加恵渾身の自信作にも「時間が掛かったろう、ごくろうさま」と、「それだけ?」。男子でも駄目な学生には「女のような」とか「女でも頑張っているのに」など。

パートナーとなった男性画家は、はじめ「対等にやっていこう」みたいなことを言っていたのに、だんだん自分が優先されるのが当然だ、的な感じに。周囲の画商や美術評論家などもそれが当たり前だというスタンス。
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はじめ、ちょうど半々だったアトリエでの二人の作品の内、右のパートナーの絵が次第に増殖し、左の加恵のものはどんどん小さくなっていくという手法で、二人の関係性が象徴されていました。

そして加恵に求められるのは「内助の功」ばかり。こういう部分でもやはり光太郎智恵子が意識されていたのでしょう。
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しかし、《清子の場合》とは異なり、一度うちひしがれた加恵は、新たな理解あるパートナーの出現などもあって、画家として立つことに成功します。《清子の場合》が平成元年(1989)、《加恵、女の子でしょ!》は平成8年(1996)、その間に多少は女性を取り巻く社会全体の環境が改善というか、少なくとも悪化はしなかったということかもしれません。

女性はこれらの作品を見て、「そうそう、あるある」「ほんとに男ってひどいよね」という感想を抱き、そして男性は自らの中の勝手なジェンダーバイアスを突きつけられて困惑するのでしょう。また「女の敵は女」といった部分も描かれ、特に母親が兄と差別し「女の子でしょ?」。

ただ、繰り返しますが、光太郎はここまでひどい男ではなかったはず。智恵子は光太郎という巨大な才能に対等であろうと背伸びをしすぎ、自縄自縛に陥ったと考えるのが適当ではないでしょうか。

また、光太郎は智恵子没後に書かれた散文「智恵子の半生」(昭和15年=1940)に「例へば生活するのが東京でなくて郷里、或は何処かの田園であり、又配偶者が私のやうな美術家でなく、美術に理解ある他の職業の者、殊に農耕牧畜に従事してゐるやうな者であつた場合にはどうであつたらうと考へられる。或はもつと天然の寿を全うし得たかも知れない。」と書いていますが、それもどうかな、という気がします。結局は「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」と言われて終わりだったような……。あるいは田園の農家でのほほんと絵を描いていてものほほんとした作品しか出来なかったような気もします。

他の映像作品等も、それぞれにいろいろな問いかけ。
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あと1週間ですが、展覧会詳細。

出光真子  おんなのさくひん――ある映像作家の自伝

期 日 : 2026年6月18日(木)~9月21日(月・祝)
会 場 : 東京都写真美術館 目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
時 間 : 10:00~18:00 木・金は20:00まで
休 館 : 月曜日
料 金 : 700円

出光真子(1940–)は、日本における実験映画およびビデオアートの先駆的な作家です。1960年代にアメリカ滞在を経て制作を始め、女性の生き方や家族、メディアと社会の関係を主題に、フィルムや当時のビデオを用いた作品を発表しました。とりわけ1970年代以降のビデオ作品では、テレビ・メロドラマの語法を取り入れながら、母と子、夫婦関係、女性の社会的役割といったテーマを独自の視点から描き出しています。近年は、ジェンダーや身体をめぐる国際的な議論の高まりのなかで、その実践があらためて注目されています。本展は、出光の創作活動の全貌を振り返る大規模な回顧展です。当館で収蔵する全作品を、展覧会と上映により網羅的に紹介します。

本展覧会はすべて映像作品による展示です。音声の文字起こし資料をご用意しています。ご希望の方は2階受付へお声がけください(筆談可)。
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『美術手帖』さんと相前後して『週刊金曜日』さんには出光氏のインタビューが載ったそうで、そちらはネットで読めず、Amazonさんで注文しました。届いたらご紹介します。また、会場で無料配付のリーフレットにもインタビューが。そちらも併せて後ほどご紹介します。

この後、六本木へ。21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんでの「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」を拝見し、関連行事としてのトーク「『方丈記』巡礼」を拝聴して参りました。そのあたりは明日。

【高村光太郎書誌】

詩華集 57 『国民詩選 昭和十八年版』

昭和18年(1943)5月20日 興亜書房 岡本潤編者代表
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収録作家
 高村光太郎 三好達治 尾崎喜八 大江満雄 竹内てるよ 西垣脩 菊岡久利 笹沢美明
 田中克己 高橋新吉 瀧口武士 永瀬清子 佐藤惣之助 萩原朔太郎 金谷丁 野長瀬正夫
 田中冬二 森道之輔 三枝響 上林猷夫 長崎浩 北川冬彦 逸見猶吉 藤原定 上路忠雄
 会田綱雄 島崎曙海 佐川英三 池田克己 田村昌由 川島豊敏 城小碓 佐伯郁郎 
 野口米次郎 菱山修三 西條八十 大木惇夫 草野心平 北川正明 山本和夫 中室員重
 西村皎三 丸山薫 山之口貘 大木実 月原橙一郎 大瀧清雄 岩井五郎 須郷圓太郎
 並木和夫 小山正孝 牧章造 青木郁子 鈴木亨 近藤東 村野四郎 竹中郁 阪本越郎
 城左門 梶浦正之 安西冬衛 野田宇太郎 殿岡辰雄 今田久 平岡潤 荒木利夫
 酒井正平 臼井喜之介 岩佐東一郎 千家元麿 宮崎丈二 蔵原伸二郎 中山省三郞
 神保光太郎 真田雅男 浅井十三郎 山田嵯峨 小宮三森 内田博 菊池正 金井新作
 秋山清 伊東静雄 津村信夫 西田満 楊雲萍 藪田義雄 長田恒雄 北園克衛 一瀬稔
 伊藤桂一 齊木家義 清水三郎 前田純敬 安西均 勝承夫 吉田一穂 中野秀人
 大島博光 壺井繁治 岡崎清一郎 平野威馬雄 病迦山人 竹中祐太郎 江口隼人
 深尾須磨子 金剛サチ 中村千尾 坂窗江 金子光晴 小野十三郎 倉橋顕吉 吉田欣一
 耕治人 草野天平 前田哲冶 宮崎譲 里見謙三 田木繁 木村信吉 吉本孝一 岡本潤

中央画像の扉題字は光太郎の筆跡です。明らかに左画像の表紙題字よりいい字ですね。詩は「山道のをばさん」が掲載されています。

第一部から第十部までの構成で、もし上記「収録作家」で複数回出ている名前があったらそのためです。

先月末に始まっていた企画展示です。情報入手が遅れました。不覚でした。

特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション

期 日 : 2026年8月29日(土)~10月12日(月)
会 場 : 泉屋博古館東京 東京都港区六本木1丁目5番地1号
時 間 : 午前11時00分~ 午後6時00分 *金曜日は午後7時まで開館
休 館 : 月曜日(9/21-23、10/12は開館)、9月24日(木)
料 金 : 一般1500円 学生800円 18歳以下無料 団体割引有

 作品が収蔵されるとき、その一つひとつにはそれぞれの物語があります。それは「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」手に入れたのか―住友コレクションは、中国古代青銅器をはじめ、中国・日本書画、西洋絵画、近代陶磁器、茶道具、文房具、さらには能面・能装束など幅広い領域にわたりますが、その多くは、現在の住友グループの礎を築いた住友家第15代当主・住友吉左衞門友純(号 : 春翠、1864~1926)によって明治中頃から大正時代にかけて買い求められたものです。
 本展は、住友春翠の没後100年を記念し、春翠が関心を寄せた近代美術を紹介するものです。同時代を生きた作り手たちとの交流を通じて、春翠が何をまなざし、何を求めたのか。本展では、春翠と作品とのめぐり合わせ(=仕合せ)を時系列順に辿りながら、その美意識を見つめなおすとともに、収集の背景や時代性といった視点からコレクション形成史を再考する機会とします。
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公式サイトに出品目録が出ています。

それによると光太郎の父・光雲の手になる「楠木正成銅像頭部木型」(明治26年=1893)が出品されています。
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皇居前広場に立つ「楠木正成銅像」の頭部の木型で、この像は東京美術学校として依頼を受け、光雲が主任となって制作されました。光雲は全体の監督を務めた他、この頭部を担当しました。
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甲冑の部分は主に山田鬼齋、馬は後藤貞行がそれぞれ中心となって制作。しかし、個人の合作というわけでもなく、あくまでチームとしての作品です。どうもネット上の記述で、そこらへんのニュアンスが怪しいものが目立ちます。

で、今回なぜこの頭部原型が出品されているかというと、元々「楠木正成銅像」が、別子銅山開坑200周年記念という意味合いもあって、住友家の発願で寄贈されたものだからです。

ちなみに泉屋博古館さん自体も住友グループ。京都の本館は今回の展示のメインである住友春翠が別荘を建てた左京区鹿ケ谷にあり、東京館もかつて住友家の麻布別邸があった場所だそうです。収蔵品も住友家が収集した美術品、工芸品が中心となっています。そこで今回も出ている頭部原型は、令和5年(2023)にも「住友コレクションの近代彫刻」という展示で出品されたりもしました。

さて、今回の展示、「美術館・博物館・展覧会アイエム[インターネットミュージアム]」というサイトに動画入りで詳しく紹介されています。


0:19くらいから頭部原型も映ります。

他に目玉の出品物と位置づけられているのは、板谷波山の「葆光彩磁葡萄唐草文花瓶」(重要文化財)、上島鳳山で「十二ヵ月美人」、香田勝太が「春秋草花図」、藤島武二は「幸ある朝」、尾竹竹坡「九冠鳥」、そして光雲高弟の一人・山崎朝雲作「竹林の山濤」、さらに海外でモネの「モンソー公園」など。

ところで余談ですが、つい最近、楠正成像関連の面白いグッズを入手しました。
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戦前のグリコのおまけです。

令和6年(2024)に刊行された小平市平櫛田中彫刻美術館さんの学芸員・藤井明氏のご著書『明治・大正・昭和 メダル全史』(国書刊行会)によれば、昭和2年(1927)、これがグリコのおまけ第1号とのこと。
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同書に載った画像のものはかなり摩耗してしまっていますが、わりと状態の良いものが手に入りました。

裏面の文字は「優勝」「グリコ本舗株式会社江崎」「造幣局造(?)」。貨幣を製造していた造幣局に依頼して作られたようです。ちなみに当時から使われていたランナーのキャラクターのモデルは、平成31年/令和元年(2019)のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公・金栗四三だそうです。

閑話休題、泉屋博古館東京さんの「特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション」、ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 54 『翼賛詩歌曲集』

昭和17年(1942)10月10日 柴山教育出版社 柴山格太郎編
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収録作家
 第一部 朗読詩
  野口米次郎 佐藤惣之助 蔵原伸二郎 西條八十 福田正夫 稲津静雄 高村光太郎
  川路柳虹 笹沢美明 尾崎喜八 中西悟堂 丸山薫 堀口大学 三好達治 白鳥省吾
  竹内てるよ 竹中郁 村上成実 山田岩三郎 浅井十三郎 前田鉄之助 佐藤一英
  江間章子 野田宇太郎 玉井勇 鈴樹昌 金秉旭 藪田義雄 佐藤春夫 火野葦平 
 第二部 朗詠歌
  山本五十六 佐佐木信綱 北原白秋 川田順 与謝野晶子 相馬御風 吉植庄亮
  片山広子 香取秀真 太田水穂 土岐義麿 土屋文明 金子薫園 逗子八郎 斎藤茂吉
  齋藤瀏 岡山巌 
 第三部 国民合唱
  大伴家持/信時潔 堀内敬三/小山作之助 安藤一郎/弘田龍太郎
  佐佐木信綱/小山作之助 百田宗治/片山頴太郎 相馬御風/弘田龍太郎
  勝承夫/信時潔 尾崎喜八/山田耕筰 八十島稔/飯田信夫 恩田幸夫/岡本敏明
  池田誠一郎 森義八郎 

光太郎作品は序文的に散文の「朗読詩について」、第一部に詩の「必死の時」「夜を寝ねざりし暁に書く」。

第三部には楽譜も掲載されています。「/」の前後で作詞者、作曲者です。

昨日は上京し、杉並公会堂さんでの「POEM*CONCERT V ほんとの空 ~高村光太郎の哀歌~」を拝聴して参りました。
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「POEM*CONCERT」ということで、聖心女子大学さん他にお勤めの松野志保氏、ソプラノの黒川京子氏を中心にした二期会所属の歌手の方々等によるコンサートで、年に一回、一人の詩人にスポットを当て、その詩人が作詞したり、その詩人の詩に後から曲が付けられたり、またはその詩人の世界観を表したりといった歌曲を、松野氏の朗読と解説を交えながら演奏するというコンセプトです。
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これまでに取り上げられたのは、金子みすゞ、立原道造、中原中也、そして昨年が宮沢賢治だったため黒川氏と今回も出演された清水邦子氏を、昨年2月に花巻にお連れし、賢治記念館さんやイギリス海岸、光太郎揮毫の賢治詩「雨ニモマケズ」碑など、それから光太郎関連のスポットをご案内しました。その流れで今年は光太郎。

せっかくの機会ですので一回聴くだけではもったいないと思い、午前中からお邪魔し、リハーサルも拝聴。ピアノの田中明子氏は出ずっぱりで大変だったろうと思いました。
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午後2時、開演。
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一曲目が、シャンソン系歌手・モンデンモモさん作曲の「あどけない話」を黒川氏、清水氏の二重唱で。'90年代から主に「智恵子抄」系の光太郎詩に曲を付け、ご自分で歌われているモンデンさんですが、当方とはそのころからの付き合いで、平成21年(2009)、「楽譜集を出版するから解説を書け」「御意」「ついでに何曲か合唱曲に編集して」「承知」という流れでできたものです。実は合唱バージョンを生演奏で聴くのは初めてで、我ながら「ああ、これ、いいじゃん」と思い、さらに不覚にもうるっときてしまいました(笑)。もちろんお二人の確かな歌唱力あってのことですが。

ちなみに当方を介してモンデンさんにも招待券を発送したところ、いらしてくださいました。
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メインは、清水脩氏、朝岡真木子氏、蒔田尚昊氏、そして別宮貞雄氏がそれぞれ作曲された歌曲集「智恵子抄」から抜粋で。朝岡氏以外はすべて鬼籍に入られています。清水氏のものが最も古く、光太郎存命中の昭和30年(1955)から四期に分けて作曲され、全12曲の完成が昭和46年(1971)。のちの作曲家たちはいかにこの清水氏作品と毛色を変えるかという視点からも曲作りを行っているように感じられます。こちらからはバリトンの馬場眞二氏が「あなたはだんだんきれいになる」を歌われました。

プログラム順に行くと、続いて朝岡真木子氏作曲の「値ひがたき智恵子」「レモン哀歌」をメゾソプラノの清水邦子氏が。これが最も新しいもので、令和4年(2022)に全音さんから出た『朝岡真木子歌曲集2』に収められていますし、清水氏の歌唱によるCDもリリースされています。
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休憩後の第2部で、黒川氏が蒔田尚昊氏作曲の「あどけない話」「同棲同類」「レモン哀歌」。黒川氏、他の機会にも蒔田氏の歌曲集「智恵子抄」から抜粋で歌われています。黒川氏は蒔田氏と個人的に繋がりがおありだったようで、昨日は未亡人もお見えでした。これのみ全曲の楽譜が公刊されていないのですが、昨日聞いた話では近く出版されるそうで、良かったと思いました。

続いて「智恵子抄」からいったん離れ、戦時歌謡の「歩くうた」(飯田信夫作曲)、箕作秋吉作曲の「鳩」、朝岡氏の「冬が来た」。
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「鳩」は明治44年(1911)の詩に昭和7年(1932)になって箕作が作曲したもので、確認できている限り最も古い光太郎作詞の歌曲です。箕作にはこの他、やはり戦時歌謡の「こどもの報告」(1939)があります。「鳩」を聞いた光太郎が作曲者として推薦しました。昨年の時点で今回の「POEM*CONCERT」は光太郎を取り上げるということで、「こんな曲があるよ」と、楽譜や音源のあるものをお教えしまして、モンデンさんの「あどけない話」、「歩くうた」、「鳩」はそこに入っていたものですが、「こどもの報告」はあまりに黒歴史過ぎる歌なので紹介しませんでした。「歩くうた」もひどいものですが(客席の聴衆の皆さん、明らかにドン引きでした)、15年戦争時に光太郎がいろいろとやらかした事実を印象づけるにはもってこいです。「こどもの報告」は輪を掛けてひどいものです。

最後に別宮貞雄氏の「智恵子抄」から「人に」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」を、テノールの紀野洋孝氏。紀野氏、こちらを繰り返し歌われ、CDもリリース、さらに博士論文がこの歌曲集の考察だったそうで。
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さまざまな作曲家による「智恵子抄」の聴き比べといった趣でしたが、なるほどねぇ、と思わされるものでした。特に「レモン哀歌」は3バージョンでしたし。

合間に松野氏の、演奏曲目には入っていなかったり、そもそも曲が付けられたことのなかったりの光太郎詩の朗読、さらに光太郎智恵子の生涯の解説。これまでこの「POEM*CONCERT」で取り上げてきた詩人達が比較的短命だったのに対し、数え74歳まで生きた光太郎を追うのはなかなか大変だったと思われますが、後で見せていただいたお客さんの書いたアンケートでも「光太郎智恵子の歴史がよくわかった」などと好評でした。黒歴史についてもきちんと紹介して下さいました。ちなみに来年は萩原朔太郎だそうで、光太郎よりは短い生涯。それでも大変でしょうが。

アンコールは坂本龍一氏がNHKさんの「にほんごであそぼ」のために書かれた「道程」。楽譜は公刊されていないようですが、お渡しした音源から内藤雅人氏という方が二部合唱に編曲され、よくある「会場の皆さんもご一緒に」。
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すべての終演後。
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ホワイエで。
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朝岡氏、それから朝岡氏の「智恵子抄」から抜粋で歌われたこともおありの前澤悦子氏もいらしていました。
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今回は基本、クラシック系でしたが、他にもインストゥルメンタルを含め、それこそモンデンさんなどさまざまなジャンルの音楽家さんたちがそれぞれの解釈で「智恵子抄」系を作品にされています。そうしたジャンルの垣根を越えてのコンサートなどもあると面白いなとも思います。自分でプロデュースしようとは思いませんが(笑)。どなたか旗を振っていただければ幸いです。演奏家さんたちのご紹介などはいくらでもやります(笑)。

関係各位のますますのご活躍を祈念いたします。

【高村光太郎書誌】

詩華集 50 『日本海洋詩集』

昭和17年(1942)5月5日 海洋文化社 丸山薫編
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収録作家
 海洋精気篇
  高村光太郎 佐藤惣之助 真壁仁 森山啓 城左門 瀧口武士 草野心平
  吉田一穂 大江満雄 吉江喬松 岡崎清一郎
 海浜篇
  北原白秋 三木露風 室生犀星 三木露風 佐藤惣之助 萩原朔太郎 佐藤春夫
  野口米次郎 日夏耿之介 生田春月 三富朽葉 百田宗治 福田正夫 堀口大学
  金子光晴 中西悟堂 大木篤夫 加藤介春 三好達治 安西冬衛 近藤東 高橋新吉
  阪本越郎 丸山薫 田中冬二 中野重治 伊東静雄 中原中也 菱山修三 宮澤賢治
  山本和夫 中勘助 福原清 高橋元吉 神保光太郎 蔵原伸二郎 津村信夫 菊岡久利
  渡辺修三 大井満雄 逸見猶吉 小野十三郎 藤原定 岡崎清一郎 大木実 壺井繁治
 大洋篇
  島崎藤村 森鷗外 薄田泣菫 北原白秋 佐藤惣之助 高村光太郎 萩原朔太郎
  千家元麿 川路柳虹 野口米次郎 川路柳虹 北村初雄 富田砕花 加藤介春 阪本越郎
  竹村俊郎 深尾須磨子 尾崎喜八 丸山薫 瀧口武士 竹中郁 岩佐東一郎 村野四郎
  中原中也 伊藤整 田中克己 西村皎三 塚山勇三 小沢豊吉
 港篇
  千家元麿 佐藤惣之助 尾崎喜八 金子光晴 笹沢美明 萩原朔太郎 木下杢太郎
  柳沢健 堀口大学 北川冬彦 竹中郁 春山行夫 丸山薫 津村信夫
 島嶼篇
  土井晩翠 室生犀星 伊良子清白 木下杢太郎 堀口大学 加藤介春 北川冬彦
  宮澤賢治 中西悟堂 菊岡久利 阪本越郎 北原政吉 西川満
 漁獲篇
  蒲原有明 西條八十 佐藤春夫 北村初雄 百田宗治 千家元麿 福田正夫 白鳥省吾
  山村暮鳥 瀧口武士 菊岡久利 石川善助


翼賛詩的なものも含みますが、そうでないものも多数。光太郎詩は「地理の書」「龍」「無為の白日」の三篇です。

毎年恒例と成りつつあるようです。昨日から始まっています。

東京にある福島ゆかりをめぐるスタンプラリー2026 “ディスカバーふくしま in TOKYO”

期 日 : 2026年9月4日(金曜日)~11月30日(月曜日)
会 場 : 東京都内27か所のラリースポット
 (1)野口英世像、(2)ウルトラマンシンボル像、(3)カネゴン像、(4)瓜生岩子像、
 (5)松平定信墓、
 (6)三春桜、(7)オリンピックマラソン折返点記念碑、(8)紺碧の空 歌碑、
 (9)レモン哀歌の碑、
 (10)東京都庁、(11)天女(まごころ)像、(12)松平摂津守家上屋敷跡、
 (13)神田青果市場発祥の地、
(14)看護婦教育所発祥の地、(15)浅野総一郎翁像、
 (16)東京府庁舎跡、(17)相馬家邸宅跡、
(18)吾妻橋、(19)漱石山房記念館、(20)渋沢史料館、
 (21)会津藩上屋敷跡、(22)旧白洲邸 武相荘、
(23)両国国技館、(24)大久保利通の哀悼碑、
 (25)星薬科大学正門、(26)日本橋ふくしま館MIDETTE、
(27)東京にある福島ゆかりの飲食店
 ※県東京事務所HPにて各スポットの紹介記事を読むことができます。
参加方法:
 スマートフォンの専用アプリをダウンロード、又は専用ウェブサイトにアクセスの上、対象のラリースポットを訪問すると、GPS機能によりアプリやウェブサイト内でスタンプが取得できます。
 取得したスタンプ数に応じて、抽選でふくしまの魅力ある賞品が当たります。

賞 品 : 参加賞、5スポット賞(250名)、10スポット賞(100名)、
      18スポット賞(30名)、26スポット賞(5名)
​ ※参加賞はもれなくプレゼント、他は抽選制です。26スポット賞はスタンプラリー限定のオリジナル赤べこ、他賞品の詳細は特設サイトをご覧ください。
 ※全27スポットを達成すると、オリジナル赤べこにもう一口応募できます。

■主催:福島県東京事務所
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このブログで一昨年も同じ件をご紹介しました。やはり品川の「レモン哀歌」詩碑がチェックポイントの一つでしたので。
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昨年もスタンプラリー自体は行われていましたが、昨年は「レモン哀歌」詩碑はポイントに入っていませんでした。一昨年には皆無だった浜通り関連が入ったりといったためでしょうか。

で、今年。ポイントの数が増えています。一昨年は11箇所、昨年で13箇所、そして今年が一気に27箇所まで増えました。

人物で見ると、ウルトラマン英二、マラソン幸吉の両円谷、野口英世、瓜生岩子に松平定信、古関裕而や佐藤玄々、久米正雄、大山捨松などなど。これら何かを成し遂げた人々と同列に智恵子を扱って下さってありがたいところです。

いろいろと豪華景品が用意されているようです。
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奮ってご参加下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 48 『大東亜戦争 愛国詩歌集(1)』詩歌翼賛 特輯

昭和17年(1942)3月10日 目黒書店 大政翼賛会文化部編
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収録作家
 野口米次郎 百田宗治 蔵原伸二郎 佐藤一英 竹内てるよ 西條八十 北原白秋
 佐藤春夫 佐藤惣之助 壺田花子 南江治郎 堀口大学 尾崎喜八 高村光太郎
 佐佐木信綱 斎藤茂吉 香取秀真 尾上柴舟 与謝野晶子 窪田空穂 岡麓 太田水穂
 金子薫園 服部嘉香 前田夕暮 釈迢空 土岐義麿 土屋文明 相馬御風 吉植庄亮
 川田順 齋藤瀏 逗子八郎 齋藤史 片山廣子


光太郎詩は「必死の時」でした。

先月末から始まっている企画展示。それ自体は光太郎とは関わらないようですが、(追記 パネル展示で光太郎に触れて下さっていました)関連行事のパネルディスカッション的なイベントで光太郎に触れられます。

トーク「『方丈記』巡礼」

期 日 : 2026年9月13日(日)
会 場 : 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2 B1Fロビー 東京都港区赤坂9-7-6
時 間 : 14:00~16:00
料 金 : 企画展入場料 一般1,700 円、大学生800 円、高校生 500 円

企画展「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」の準備期間中、塚本由晴、田部井美奈、正田智樹ら企画チームは、「巡礼」という名のリサーチの旅に出ました。鴨長明が方丈の庵を結んだとされる京都・日野山や、高村光太郎が戦争末期の疎開を経て小屋に暮らした岩手県花巻市などを巡り、その土地の風景を実際に目にします。本トークでは、3名が旅のなかで得た発見が、本展へとどのように紡がれていったのかを紐解きます。

塚本由晴
建築家。1965年神奈川生まれ。1987年東京工業大学工学部建築学科卒業。1987〜88年パリ・ベルビル建築大学。1994年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。貝島桃代と1992年にアトリエ・ワンの活動を始め、建築、公共空間、家具の設計、フィールドサーベイ、教育、美術展への出展、展覧会キュレーション、執筆など幅広い活動を展開。ふるまい学を提唱して、建築デザインのエコロジカルな転回を推進し、建築を産業の側から人々や地域に引き戻そうとしている。2022年Wolf Award 受賞。

田部井美奈
アートディレクター・グラフィックデザイナー。2003年より服部一成氏のもとで活動し、2014年に独立、田部井美奈デザインを設立。広告、書籍、パッケージ、展示、空間構成などの領域において、色彩や幾何学を軸に、平面と立体を行き来するような視覚表現に取り組む。主な仕事に「武蔵野美術大学」のイメージビジュアル、「マティス展」、『奥能登半島/石川直樹』『ミライの源氏物語/山崎ナオコーラ』の装丁、「(NO) RAISIN SANDWICH」、「Mame Kurogouchi」のパッケージデザイン、展示「光と図形と、その周辺」など。第28回亀倉雄策賞、'19年東京ADC賞など受賞。AGI(国際グラフィック連盟)会員。

正田智樹
建築家。1990年千葉県生まれ。2014年東京工業大学工学部建築学科卒業。2016-2017年ミラノ工科大学、2017年東京工業大学大学院修了。在学中に日本各地の伝統的なものづくりの工房やイタリアの伝統食の生産の現場を調査。2018-2025年竹中工務店設計部にてオフィスビルや劇場、展覧会の設計に携わり、グッドデザイン賞、JID賞、空間デザイン賞など受賞。2026年独立、東京科学大学大学院博士課程在籍、多摩美術大学非常勤講師。著書にイタリアと日本の伝統食と建築、風景を描いた『Foodscape フードスケープ-図解 食がつくる建築と風景』がある。人々の暮らしや食文化に寄り添いながら建築を設計する。
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企画展自体の詳細情報はこちら。

方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–

期 日 : 2026年8月28日(金)~2027年1月11日(月・祝)
会 場 : 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2 東京都港区赤坂9-7-6
時 間 : 10:00~19:00
休 館 : 火曜日(9月22日、11月3日は開館) 11月21日-23日 年末年始(12月27日-1月3日)
料 金 : 一般1,700 円、大学生800 円、高校生 500 円

 13世紀初頭に鴨長明によって書かれた随筆『方丈記』には、移ろい続ける世の無常を前にした人間の生き方が記されています。彼が暮らした庵は現存しませんが、その言葉は時代をこえて度あるごとによみがえり、多くの実践を生み出してきました。文学作品でありながら、住まいの本質を問うものとして、しばしば「真の建築書」とも形容される所以です。本展は、『方丈記』に記された小さな建築「方丈の庵」を起点に、現代の暮らしと構築環境を見つめ直す展覧会です。
 展覧会ディレクターに建築家・塚本由晴を迎え、建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの方丈の庵を構想します。一丈四方(約9㎡)というスケールを手がかりに、素材、構造、道具を介した、生き方を問い直す仕掛けを考えます。
 会場では、『方丈記』に描かれた自然やくらしについてのリサーチとともに、複数の庵が展示されます。来場者は会場内を巡りながら、異なる視点で構成された方丈の庵に出会うことになります。『方丈記』そのものを読み解くのではなく、『方丈記』と私たちのあいだに現れる生に目を向け、私たちの暮らしとあらためて向き合う機会となることを目指します。
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企画展自体は、京都で鴨長明が暮らした方丈を中心に、そちらの復元やオマージュ作品などが展示されているようです。
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「似てるな」と思ったのが、平成25年(2013)に乃木坂のTOTOギャラリー・間(ま)さんで開催された「中村好文展 小屋においでよ!」。翌年には金沢21世紀美術館さんにも巡回しました。

そちらとリンクして出版された建築家・中村好文氏の『小屋から小屋へ』(TOTO出版 平成25年=2013)では、光太郎が戦後の7年間の蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)をはじめ、中村氏が心動かされた7つの小屋が紹介され、鴨長明の方丈も取り上げられています。

で、関連行事としてのトークショー。展示に関わられたお三方が、「「巡礼」という名のリサーチの旅に出」、「旅のなかで得た発見が、本展へとどのように紡がれていったのかを紐解きます」だそうです。

高村山荘が取り上げられるようですし、一番上の画像は、高村山荘と同じ花巻市の円万寺観音堂。光太郎と親しくなった僧侶にしてチベット仏教学者の多田等観が暮らした庵が現存しています。光太郎も何度か訪れた場所です。鳥居が写っていますが、神仏混淆の名残なのでしょう。

と、ここまで書いて、公式サイト中にお三方の花巻巡礼のフォトレポートがあることに気づきました。やはり高村山荘に行かれていたそうです。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 47 『大詔の下に』大東亜聖戦詞華集

昭和17年(1942)2月20日 大和書店 斎藤瀏著作者代表
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収録作家
 詩 尾崎喜八 長田恒雄 川路柳虹 蔵原伸二郎 草野心平 佐藤惣之助 西條八十
   高村光太郎 高橋新吉 竹内てるよ 土井晩翠 中西悟堂 永瀬清子 西村皎三
   野口米次郎 福田正夫 丸山薫 三好達治 村野四郎
 短歌 會津八一 石榑千亦 尾上柴舟 太田水穂 岡麓 岡山巌 川田順 香取秀真
    北原白秋 久保田空穂 佐佐木信綱 斎藤茂吉 斎藤瀏 相馬御風 茅野雅子
    土屋文明 逗子八郎 土岐善麿 中河幹子 前田夕暮 結城哀草果 吉植庄亮
    与謝野晶子 若山喜志子
 俳句 青木月斗 飯田蛇笏 臼田亜浪 荻原井泉水 高浜虚子 富安風生 長谷川かな女
    日野草城 水原秋桜子 山口誓子 矢田挿雲 渡辺水巴

前年12月の太平洋戦争開戦を受けての緊急出版的な。光太郎詩は「彼らを撃つ」「鮮明な冬」の2篇です。

この年に亡くなる北原白秋と与謝野晶子の翼賛歌も掲載されています。

白秋は
 天皇(すめらぎ)は戦(たたかひ)宣(の)らしあきらけし乃ち起る大東亜戦争
 やまとの天皇(すめらみこと)の高しらす大き亜細亜の暁光(かげろひ)今は
 天(あめ)のむた亜細亜のみ海統べしらす大き構想はたぐふすべなし
 皇御祖(すめみおや)い行きしらししわたの原ふりさけ見つつ天(あま)飛ぶ君は
 神怒り大いに下る冬の晴ホノルル爆撃の報爆(は)ぜたりぬ
 ああ既に戦(たたかひ)開くまたたくま太平洋を制圧す我は
 神を見るこの驚きを我云はば道直(ただ)にしてとほる大やまと
 八紘(あめのした)宇(いへ)とおほはむ大きなるゆゆし御稜威を仰ぎみまつる
 亜細亜の海百雷(ももいかづち)のい裂きなす戦(たたかひ)つくし大き後凪(あとなぎ)
 十億のみ民清まり住ままくは大わたの原と高天(たかあま)の原

晶子で
 み軍(いくさ)の詔書の前に涙落つ代(よ)は酷寒に入る師走にて
 日の本の大宰相も病む我も同じ涙す大き詔書に
 強きかな天を恐れず地に恥じぬ戦(いくさ)をすなるますらたけをは
 水軍の大尉となりて我が四郎み軍(いくさ)にゆくたけく戦へ
 子が船の黒潮越えて戦はん日もかひなしや病(やまひ)する母


やらかしましたね、二人とも。特に晶子は、かつて日露戦争時には弟に対し「君死にたまふことなかれ」と謳ったのに、四男には「たけく戦へ」。

二人とも晩節を汚してしまったというか、しかし逆に考えればこの年に亡くなったため、その後の光太郎のようにこんな馬鹿げた作を量産せずに済んだというか……。

書籍を自分好みの装幀に改装するワークショップです。

『製本家とつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第11期③ 文庫本の改装〜背継ぎ上製 at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2026年9月13日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都立川市緑町3-1 グリーンスプリングス1階
時 間 : 14:00~17:30
料 金 : 5,500円(税込 含文庫本代金)

 2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)、西調布のTEGAMISHA BOOKSTOREと場所を変えながら、毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約80回、のべ850名以上の方にご参加いただいている人気のワークショップです。
 そして2026年5月からは、TEGAMISHA BOOKSTOREの移転に伴い、会場を立川・グリーンスプリングスに移して開催しています。
 製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡 綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。
 2026年7月からの第11期では、『製本家とつくる紙文具』に掲載の作品や、アレンジを加えた作品を教えていただきます。9月のテーマは「文庫本の改装〜背継ぎ上製」 。
 ペーパーバック(文庫本)を分解し、表紙をハードカバーに仕立て直すのですが、その際に表紙(平=ひら)には手紙社のオリジナルペーパー、背にはブッククロスと、異なる素材を継ぎ合わせてつくる「背継ぎ表紙」のデザインにチャレンジします。
 表紙には実際に店舗で扱っている400種以上の手紙社オリジナルのペーパーの中から、スピンと呼ばれるしおり紐や花布(はなぎれ)、見返しの紙もそれぞれ複数色からお選びいただけるので、あなただけのオリジナルの一冊を完成させてください。作業を通じて、いつも見慣れた市販本がどのように構成されているのかといった、本のつくりも学べます。

<文庫本ラインナップ>
 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)  『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)     『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)    『桜桃』(太宰治)
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)   『地獄変』(芥川龍之介)
 『風立ちぬ』(堀辰雄)     『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)   『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)     『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)   『李陵・山月記』(中島敦)
*全てハルキ文庫からのご用意となります。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版にしたり、大切な人へのギフト本を特別な一冊にしたりと、楽しみは膨らむばかり……!

 同日2026年9月13日(日) 10:30〜11:50で、講師・永岡綾さんとTEGAMISHA BOOKSTORE担当とのゆるやかな読書会「名作を読む会」を開催いたします。ご興味がございましたらぜひワークショップと併せてご参加ください。

講 師 : 永岡綾
編集者。ときどき、製本家。イギリスでブックバインディング(製本)の基礎を、また製本家・伊藤篤氏に師事してルリユール(工芸製本)を学ぶ。著書に『週末でつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)、『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』(ブルーシープ)、編著書に『本をつくるー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)。編集の仕事に『エルマーのぼうけん展』『谷川俊太郎 絵本★百貨典』『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』『アーノルド・ローベルの全仕事』(すべてブルーシープ)などがある。noteにて、製本にまつわるあれこれを執筆中。
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同じ主催者・講師のワークショップで、やはりハルキ文庫さんの『智恵子抄』を素材にしたワークショップ、これまでも確認できている限り、昨年、今年と2回ありました。ありがたし。

今回は「背継ぎ上製」。平(ひら・イコール表紙)と背で別々の素材を組み合わせるやり方です。
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確かにそういう装幀もあったなぁと思い、書架を見てみると、ありました。
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昭和9年(1934)、四明社刊行の『現代詩三十講』。光太郎の評論「生きた言葉」が収められています。探せば他にもあるのでしょうが、ぱっと目につきました。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 44 『朗読詩集 地理の書 他八篇』詩歌翼賛第一輯

昭和16年(1941)7月27日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編

収録作家
 高村光太郎 島崎藤村 千家元麿 北原白秋 佐藤春夫 尾崎喜八 三好達治 草野心平
 西村皎三 岸田国士

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まだ太平洋戦争は始まっていませんが、日中戦争は既に泥沼化、国家総動員法なども施行されていた時期です。とうとう大政翼賛会でこんなものを出す世になりました。この「詩歌翼賛」のラインナップは何種類か刊行され、おそらく全てに会の一員だった光太郎の作品が掲載されています。太平洋戦争開戦前なのに既に物資不足の様相を呈しており、装幀はもちろん、紙質も実に粗悪です。

光太郎作品は序文的な「詩の朗読について」、詩「地理の書」。

手持ちのものは昭和17年(1942)10月10日修正再版です。

ちょこっとお手伝いをさせていただいたコンサートです。

POEM*CONCERT V ほんとの空 ~高村光太郎の哀歌~

期 日 : 2026年9月6日(日)
会 場 : 杉並公会堂 小ホール 東京都杉並区上荻1-23-15
時 間 : 13:30開場 14:00開演
料 金 : 一般 3,500円、学生 1,000円

《POEM*CONCERT》は 一人の詩人の世界を 作者と作品の解説 作品の朗読 その詩を元に作られた歌曲を通して 深く味わう新たな試みです

金子みすゞ(2019年)、立原道造(2023年)、中原中也(2024年)、宮沢賢治(2025年)を取り上げてきました。今回は高村光太郎を取り上げます。

《プログラム(予定)》
 お話・朗読 「高村光太郎の世界」「光太郎と智恵子」ほか
 歌曲 4人の作曲家(朝岡真木子、清水脩、別宮貞雄、蒔田尚昊)による『智恵子抄』他

《出演者》
 松野志保(お話と朗読) 黒川京子(ソプラノ) 清水邦子(メゾソプラノ)
 紀野洋孝(テノール) 馬場眞二(バリトン) 田中明子(ピアノ)

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昨秋開催された宮沢賢治編を拝聴に伺いました。その前の1月31日(金)・2月1日(土)と1泊2日で、昨年もご出演された黒川京子氏と清水邦子氏を花巻にお連れし、賢治関連、光太郎関連のスポット巡り。そうした流れで今年は光太郎編です。

出演される歌い手の皆さん、それぞれに光太郎がらみの歌曲をこれまでにも演奏なさっています。

ソプラノの黒川氏は、上野の旧東京音楽学校奏楽堂で開催された「第二十二回 二期会日本歌曲研究会演奏会」や世田谷区のカトリック松原教会さんでの「第39回カトリック松原教会チャリティーコンサート~ガリラヤの風かおる丘で~」で、故・蒔田尚昊氏作曲の歌曲集「智恵子抄」から。

メゾの清水氏は朝岡真木子氏作曲の「歌曲集 智惠子抄」CDをリリースなさり、あちこちで同組曲から演奏なさっています。

テノール・紀野氏は別宮貞雄氏作曲の「歌曲集《智惠子抄(改定新版)》」を含むCDをリリース、やはり同曲集の全曲や抜粋での演奏を精力的になさっています。

そしてバリトンの馬場氏。清水氏同様、朝岡真木子氏作品を扱うコンサートのご常連で、「智恵子抄」系ではありませんが、その後に作曲された「冬が来た」を歌われました。

そういうわけで、朝岡氏、別宮氏、蒔田氏プラスこの手のものの嚆矢と言っていい故・清水脩氏作曲の「歌曲集 智恵子抄」からも。

さらに当方手持ちの光太郎作詞の歌曲や混声四部合唱の楽譜やCDをコピーし、「こんな作品がありますよ」。その中で、シャンソン系歌手のモンデンモモさん作曲、当方編曲の女性二部合唱「あどけない話」もプログラムに入れて下さったそうです。また、故・坂本龍一氏がNHKさんの「にほんごであそぼ」のために書かれた「道程」も、「面白いね」というお話でした。ただ、そちらは演奏されるかどうか聞いていません。

というわけで、全編光太郎漬けというコンサートも珍しい試みです。ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 37 『現代詩人自選詩華集』日本詩壇第7巻第1号 新年特輯号

昭和14年(1939)1月1日 日本詩壇発行所 吉川則比古編
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収録作家
 北原白秋 三木露風 高村光太郎 堀口大学  萩原朔太郎 白鳥省吾 福田正夫 百田宗治
 佐藤清 前田鉄之助 喜志邦三 木水弥三郎 吉田一穂 春山行夫 安西冬衛 北川冬彦
 北園克衛 岡崎清一郎 草野心平 岡本潤 小野十三郎 大江満雄 笹沢美明 村野三郎
 村野四郎 近藤東 能村潔 藪田義雄 折戸彫夫 丸山薫 竹中郁 岩佐東一郎 内野健児
 泉與志朗 月原橙一郎 安部宙之介 高木秀吉 岡本弥太 中山輝 塚本篤夫 田中冬二
 長田恒雄 田中令三 安藤一郎 阪本越郎 高橋玄一郎 岩本修蔵 乾直恵 前田いさむ
 加藤健 杉本駿彦 吉川則比古 池永治雄 吉沢独陽 藤本浩一 山内隆 藤村誠一
 荘原照子 大島博光 田中克巳 古川賢一郎 火野葦平 奥保 川口治洋 福富武人
 大塚徹 鈴樹昌 村上成実 小西秋雄 海老名礼太 葛井和雄 細川昊 田坂数夫
 西山五百枝 舟木由岐 岡より子 柴俊介 黒田義文 杉山真澄 大野良子 多賀城
 長谷執持 真鍋勝見 福島公肇 佐藤総右 手塚武 横山健二 高村直衛 志賀諒太郎
 清水達 八十島元 小松茂彦 宇知浩 中田戻 牧原幽紀 藤林平也 松村一美 高山泰子
 臼井喜之助 酒井梅次郎 高木寂 桑門つた子 淀川鮎子 江島朋子 吉野多美子
 大塩虹雨 船方一 藤永義高 入谷伊利一 長谷雄京二 西村和三郎 竹内はじめ
 小島禄琅 塩谷安郎 吉村ヨシチカ 齊木家義 三枝響 虚木一 塩田喜治 伊藤隆夫
 橋本健三 小川陽 中島義信 松永錠太郎 山縣深雪 挽地英夫 奈良進 国広勝太郎
 梅沢恒夫 藤井伸 佐賀連 後藤敏夫 中山抱月 小夜川葉平 八木国夫 山田弥三平
 大江千代吉 出口光 水原宏 増田秀 税田竹由樹 森田勝寿 鮎川桂介 北川綾子
 藤波里子 橋本深 小島昇 清水省吾 大石英麿 利木田光緑 林太郎 平野勝 川田俊雄
 田中露秋 丸山吉三郎 赤松芳影 稲野美智男 大坪健一 田中林弥 

雑誌『日本詩壇』の新年号ですが、まるまる一冊、自選のアンソロジーになっています。巻末に「全国主要詩誌一覧表」「全国詩人住所録」。『日本詩壇』では翌年、翌々年の新年号も同じ形を採りました。

光太郎詩は「老聃道を行く」が収められています。

地方紙『山口新聞』さんの一面コラムに、光太郎の父・光雲の名。

四季風 松林桂月「山居」に出会う001

久し振りに東京・上野の東京国立博物館に入れた。「弘法大師生誕1250年 特別展『空海と真言の名宝』」は盛況で、コレクション展をのぞいた▼特別展はこの日、天皇皇后両陛下が鑑賞したと翌日知ったが、近年の美術館巡りブームで、本館の展示を替える常設展もにぎわう。好きなジャンルはしっかりと見て、駆け足で「近代の美術」の大部屋へ▼高村光雲「老猿」(1893年)は3度目(多くの人が知るからサービスで展示?)。初回の驚きはないものの、さすがの迫力。びっくりしたのは前田青邨の大作「大同石仏」(1938年)。「胡粉(ごふん)と黄土を塗り重ね、岩肌の質感が写実的に描かれ」、有名な雲崗第20洞の巨大な石仏が宗教・精神性さえ感じさせる。気迫の力作だ▼感動したのがもう一つ。松林桂月(1876~1963年)の「山居」(六曲一双、1935年)。墨で渓谷の幽玄な世界が広がるが、一瞬、冷気を感じた。60歳直前、桂月最盛期の作品だ▼萩市出身で花鳥風月の掛け軸などを見る機会が多くあった 、この人が文化勲章受章者? と思ってきたが、ついに本物に出合った. ▼東京も暑かった。でも得した夏の数時間だった。機会があれば、ぜひ上野の山へ。

上野のトーハクさん本館(日本ギャラリー)の常設展示「日本の美術」。『山口新聞』さんですので、メインは山口県出身の松林桂月「山居」(昭和10年=1935)。墨一色で描かれた六曲一双の屏風です。
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それからひさびさに出ている光雲の「老猿」(明治26年=1893)。
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しばらくぶりにトーハクさんのサイトで「老猿」を調べてみたら、ほぼ360°プラス上下方向などからの画像が見られるようになっていて(いつからなのか寡聞にして存じませんが)、驚きました。
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通常は見られない、底面からの撮影も。
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「こんなふうになっているんだ」という感じです。

また、実際の展示では少し高めの台座に乗せられていますので、この俯瞰アングルから見ることもできません。「おお!」でした。
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「山居」、「老猿」、とりあえず10月18日(日)まで。その後、展示替えとなりますが、継続して出されることもなくはありません。ま、そこまではわかりません。とりあえず出ている今のうちにどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 34 『日本名作選』日本少国民文庫 第十六巻

昭和11年(1936)7月15日 新潮社 山本有三編
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収録作家
 島崎藤村 芥川龍之介 豊島与志雄 佐藤春夫 水上瀧太郎 薄田泣菫 鈴木文史郎
 濱田広介 平塚明 坪田譲治 宮澤賢治 中村憲吉 直木三十五 久米正雄 馬場恒吾
 北原白秋 中西悟堂 里見弴 荻原井泉水 志賀直哉 菊池寛 草野俊介 宇野浩二
 高村光太郎 穂積重遠 鈴木三重吉 松瀬青々 武者小路実篤 吉村冬彦 若山牧水
 夏目漱石 森鷗外 武井武雄


少年少女向けの「日本少国民文庫」というシリーズの一冊。散文、詩歌句入り乱れての構成です。まだ日中戦争も始まっていない時期ですが、既に「少国民」という単語は使われていたのですね。

光太郎作品は詩「道程」が収められています。それから宮沢賢治「オッペルと象」。昭和8年(1933)に亡くなった賢治ですが、翌年から光太郎等の尽力で文圃堂版『宮沢賢治全集』が刊行され、ようやく諸大家と肩を並べてこの手の書籍に作品が採られるようになってきたところです。

都内から演劇公演情報です。

第三十五回ゆーりんプロデュース公演MANDALA綺譚「歌と語りで紡ぐ~智恵子抄~」

期 日 : 2026年8月25日(火)・26日(水)
会 場 : 南青山MANDALA 港区南青山3-2-2 MRビルB1
時 間 : 8/25 19:00~ 8/26 14:00~ 19:00~
料 金 : 4,700円(1ドリンク付)

高村光太郎氏の「智恵子抄」の物語をギターの生伴奏とともに、朗読と芝居と、時に歌にのせて紡いでいきます。会場で提供している食事や飲み物とともにお楽しみいただける公演です。

企画制作 株式会社ゆーりんプロ  
脚本 よこざわけい子  演出 山端零
出演 北斗誓一 池田祐子 山端零 瀬那歩美 涼葉紅美 田村知佳
   モルシェッドシッディーキー誠也 河田奈実 前園瑛一

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10年前にも同じゆーりんプロさんの主催公演があり、拝見に伺いました。その際と同一の脚本かな、という気がします。キャストも一部、同じ方々のようです。実際に拝見するまで存じませんでしたが、かなりの人数が出演される大がかりなものでした。
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光太郎智恵子それぞれの家族、「パンの会」などの関係で柳敬助、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、小山内薫、市川左団次、よか楼のお梅らも。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 27 『海図 生田春月追悼詩集』

昭和5年(1930)7月18日 交蘭社 佐藤信重編纂代表
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収録作家
 生田春月(遺稿) 高村光太郎 室生犀星  奥栄一 金子薫園 麻生恒太郎 堀克三
 伊藤雪子 加藤愛夫 鯉淵武司 小島行夫 真船浩 真船真沙子 松尾啓吉 野長瀬正夫
 落合茂 大島庸夫 佐々木宵吉 佐藤信重 杉原邦太郎 鈴木惣之助 武井京 竹内瑛二郎
 丹野幸吉 山口啓一 山本華子 加藤武雄 中村武羅夫 石川三四郎 小川未明
 片田江全雄 池田孝次郎 石原健生 布施延雄 望月百合子 林芙美子 樺山千代
 西島治子 萩原朔太郎 生田花世


この年5月、瀬戸内海を航行中の船から投身自殺を遂げた生田春月の追悼詩華集です。

光太郎は書き下ろしの「消えずの火」を寄せました。
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    消えずの火

 倒れる側から新らしい生身(なまみ)の壁が、
 どんなあらしや、003
 どんなはやてや、
 どんな豪雨や、
 どんな突風にも、
 この消えずの火をまもつて、
 ぎつしり築いた、肉の歴史を未来に手渡す者は、
 倒れることによつてさへ罅隙をうづめる。
 この火がいつどんな火になるかを誰が語らう、
 つひに消えない消えずの火は、
 この世の純潔を点(とも)して
 屈強な倫理の腕に囲まれてゐる。

注文しておいた新刊が届きました。

カラー版 皇室のお宝

発行日 : 2026年8月10日
著者等 : 本郷和人
版 元 : 中央公論新社(中公新書ラクレ)
定 価 : 1,400円+税

伊藤若冲「動植綵絵」、狩野永徳「唐獅子図屏風」、横山大観「日出処日本」……。長い時間をかけて大切に受け継がれてきた名宝には日本人の感性が息づいている。2026年リニューアルオープンの皇居三の丸尚蔵館を中心として、皇室にゆかりのある絵画作品や工芸品を、「日本史王」の著者が一挙紹介。歴史家の「目」をもって作品の背景を読みといていけば、日本人の自然観や宗教、政治的思惑が浮かび上がる。
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目次
 まえがき
 第1章 貴族と寺社のお宝
  伊藤若冲《動植綵絵》 藤原定家筆《更級日記》 小野道風《屏風土代》
  高階隆兼《春日権現験記絵》
 第2章 武家のお宝
  《蒙古襲来絵詞》 狩野永徳《唐獅子図屏風》 《醍醐寺三宝院庭園》 《黄金分銅》
  豊臣秀吉《豊臣秀吉朱印状(八丈宮宛)》 藤原定信《金沢本万葉集》 《京極正宗》
  《一の谷馬藺兜》 《萬国絵図屏風》 葛飾北斎《西瓜図》
 第3章 明治と昭和のお宝
  邨田丹陵《大政奉還》 和田英作《憲法発布式》 海野勝珉《蘭陵王置物》
  高村光雲《矮鶏置物》 並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》
  十二代沈壽官《色絵金彩菊貼付香炉》 《東京都庭園美術館 本館(旧朝香宮邸)》
  横山大観《日出処日本》
 第4章 天皇家に伝わったお宝
  《聖徳太子二王子像 御物模写》 王羲之《喪乱帖》 伝狩野永徳《源氏物語図屏風》
  《三種の神器》


雑誌『中央公論』さんの令和6年(2024)4月号から令和7年(2025)11月号に載った、本郷和人氏の連載「皇室のお宝拝見」を単行本化したものです。一部、加筆・訂正が為されているとのこと。

「高村光雲《矮鶏置物》」は令和7年(2025)1月号の掲載でした。そちらで拝読しましたが、他の美術品等についての項も読んでみたかったので購入した次第です。

基本、皇居三の丸尚蔵館さんに収められている品々から紹介されています。一部、トーハクさん(「一の谷馬藺兜」)、聖徳記念絵画館さん(邨田丹陵「大政奉還」)など、他館所蔵のものも。

著者の本郷氏、美術史家ではなく歴史学者ですので、技法的な部分よりもそれぞれの作品の歴史的背景などについての解説が充実しています。雑誌連載時に使われていたカラー図版も踏襲し、従って同じ中公新書ラクレシリーズの他の書籍より割高ですが、ビジュアル的にいい感じです。

ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 22 『現代日本詩集 現代日本漢詩集』現代日本文学全集第三十七編

昭和4年(1929)4月15日 改造社 島崎藤村著者代表

目次
 現代日本詩集 現代日本詩家年譜 現代日本漢詩集 現代日本漢詩家小伝
 明治大正詩史概観 明治大正漢詩史概観
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PXL_20260807_001929672 PXL_20260807_001945564
収録作家等(現代日本詩集のみ)
 外山ヽ山 矢田部尚今 井上巽軒 湯浅半月 山田美妙 小室屈山 落合直文 中西梅花
 大和田健樹 北村透谷 国木田独歩 佐佐木信綱 正岡子規 宮崎湖処子 田山花袋
 太田玉茗 塩井雨江 武島羽衣 大町桂月 三木天遊 繁野天来 戸川残花 森鷗外
 島崎藤村 上田敏 与謝野寛 土井晩翠 高安月郊 馬場孤蝶 河井酔茗 薄田泣菫
 山本露葉 小山内薫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 吉野臥城 岩野泡鳴 真下飛泉
 山崎紫紅 平木白星 野口米次郎 前田林外 児玉花外 溝口白羊 小牧暮潮 相馬御風
 与謝野晶子 石川啄木 北原白秋 平野万里 茅野蕭々 澤村胡夷 長田秀雄 木下杢太郎
 三木露風 野口雨情 福田夕咲 正富汪洋 川路柳虹 加藤介春 服部嘉香 水野葉舟
 高村光太郎 山村暮鳥 森川葵村 三富朽葉 今井白楊 福士幸次郎 竹友藻風 生田春月
 富田砕花 室生犀星 萩原朔太郎 白鳥省吾 佐藤春夫 柳沢健 西條八十 日夏耿之介
 堀口大学 福田正夫 千家元麿 百田宗治 佐藤惣之助


「現代日本文学全集」は、いわゆる「円本ブーム」を作ったものです。

光太郎詩は「雨にうたるるカテドラル」「樹下の二人」「鉄を愛す」「雷獣」「白熊」「象の銀行」「無口な船長」「夜の二人」「火星が出てゐる」「花下仙人に遇ふ」「あどけない話」「ぼろぼろな駝鳥」「同棲同類」「何をまだ指してゐるのだ」「触知」「街上比興」「その詩」「首の座」。さらに簡略な自伝も収められています。

この手のものとしては珍しく、光太郎自身の校訂が入っていることが確認できています。

公式のプログラムには記載がありませんが、武智鉄二構成演出、観世寿夫らの作曲・作舞「新作能 智恵子抄」(昭和32年=1957)が扱われるそうです。

教職員・教育関係者対象 能・狂言 教え方講座 ~能・狂言の授業をするために~

期 日 : 2026年8月20日(木)/8月21日(金)
会 場 : 銕仙会能楽研修所 東京都港区南青山4-21-29
時 間 : 8/20(木)午前10時〜午後5時 8月21日(金)午後1時〜午後5時
料 金 : 2,000円
主 催 : 公益社団法人銕仙会

 本講座は、学校の先生方が子供たちに能狂言について授業が出来るようになることを目標としています。能狂言の講義に加えて、鑑賞と体験をしていただき、先生方の能楽に対する疑問や不安を解消することで、具体的な授業に取り組んでもらえるようプログラムを考えました。能狂言の知識は全教科に活用できるものだと考えています。国語・音楽の教科に限らず、ぜひ多くの教職員の皆さんの受講をお待ちしております。

8月20日[木]講座と鑑賞
 第1部 お話 10:00~12:00
  はじめに 観世銕之丞
  能・狂言の歴史と作品 三浦裕子(武蔵野大学文学部教授・能楽資料センター長)
  面・装束について
  狂言とは・仕草の体験 山本則重
 第2部 実技体験 13:00~15:00
  実技講習 カマエ・型、謡、囃子
  舞囃子『羽衣』鑑賞
 第3部 鑑賞 15:15~17:00
  装束付舞囃子『敦盛』鑑賞
  授業の実例紹介 佐野 匠(長野県伊那北高校 教員)
  宿久 舞希(中学校教員)
  質疑応答・意見交換

8月21日[金]より深く能を知るための体験教室 13:00~17:00
 謡と型の稽古を体験していただきます。
 謡 能の詞章、音階、リズム、発声法
 型 能のカマエ、ハコビ、型の単元、舞
 対象 これまでの教え方講座(今年を含む)の受講者のみ
 講師 鵜澤久、小早川修、北浪貴裕
 *白足袋はご持参下さい。

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8月20日(木)の「講座と鑑賞」の中で、銕仙会さん所属の清水寛二氏が「新作能 智恵子抄」の謡(うたい)を謡われるそうです。ちとはっきりしないのですが、第2部「実技体験」か第3部「鑑賞」の中でどなたかの研究発表に付随して、とのことです。

「新作能 智恵子抄」、それを作った観世寿夫が銕仙会の中興の祖のようなところですので、同会ではその後も時折、取り上げて下さっています。
能 能2
ただ、初演の形での上演ではなく、ダイジェスト版の「舞囃子」、または謡(うたい)のみだったりします。当方も一度、令和3年(2021)に南青山の銕仙会能楽研修所さんで開催された「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」で、故・山本順之師をはじめとする方々の連吟の形で拝聴しました。
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今回は清水寛二氏が謡われます。清水氏、こちらで把握しているところでは、先述の「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」で連吟のお一人として、また同じ令和3年(2021)に江戸川区のタワーホール船堀さんで開催された「もやい展2021東京 3.11から10年 語り継ぐ命の連綿」、令和5年(2023)には横浜能楽堂さんでの企画公演「能役者 鵜澤久」の際にも謡われています。

右画像は清水氏のSNSよりお借りしました。

なぜ教職員・教育関係者対象の講座で「智恵子抄」かというと、推測ですが、現在でも東京書籍さんの中学校3年生用の国語教科書『新編 新しい国語』に「レモン哀歌」が載っていますし、探せば他にも高校用の教科書などにも光太郎詩の掲載があるのではないかと思われ、そのためなのでしょう。

「教職員・教育関係者対象」ということは、小中高、さらに大学さんも含まれるかと思われます。関係の方、奮ってのご応募を。

【高村光太郎書誌】

詩華集 19 『代表傑作日本詩集』

昭和3年(1928)5月15日 帝国教育研究会 高木斐川/古賀峡谷編
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収録作家等
 外山ヽ山 井上巽軒 矢田部尚今 中西梅花 湯浅半月 大和田健樹 北村透谷 馬場孤蝶
 塩井雨江 大町桂月 武島羽衣 宮崎湖処子 森鷗外 正岡子規 国木田独歩 松岡国男
 田山花袋 太田玉茗 島崎藤村 土井晩翠 高安月郊 山本露葉 小山内薫 河井酔茗
 伊良子清白 横瀬夜雨 薄田泣菫 与謝野寛 与謝野晶子 吉野臥城 平木白星 前田林外
 蒲原有明 児玉花外 岩野泡鳴 上田敏 石川啄木 相馬御風 北原白秋 木下杢太郎
 三木露風 茅野蕭々 高村光太郎 人見東明 加藤介春 三富朽葉 森川葵村 福田夕咲
 服部嘉香 今井白楊 川路柳虹 竹友藻風 山村暮鳥 福士幸次郎 加藤一夫 富田砕花
 水野盈太郎 白鳥省吾 福田正夫 百田宗治 千家元麿 佐藤惣之助 室生犀星 柳沢健
 日夏耿之介 堀口大学 西條八十 萩原朔太郎 野口雨情 武者小路実篤 正富汪洋
 佐藤春夫 野口米次郎 秋田雨雀 佐藤清 藤森秀夫 沢ゆき子 尾崎喜八 深尾須磨子
 大藤治郎 平戸廉吉 井上康文 北林初哉 前田春声 多田不二 金子光晴 相川俊孝
 赤松月船 泉浩郎 岡村二一 岡本潤 小畠貞一 大沢重夫 大鹿卓 吉田一穂 佐藤一英
 勝承夫 鈴木信治 陶山篤太郎 高木斐瑳夫 高橋新吉 田中清一 角田竹夫 中田信子
 三石勝五郎 松原至大 中西悟堂 中野秀人 南江二郎 萩原恭次郎 林信一 春山行夫
 平木二六 広瀬操吉 藤田健次 松村又一 宮崎丈二 山崎泰雄 米沢順子 橋爪健
 大木篤夫 松本淳三 神戸雄一 渡邊渡 上野壮夫


この書籍でしか見かけないような、マイナーな詩人の作品も多く含まれています。光太郎詩は「根付の国」「五月の土壌」「雨にうたるゝカテドラル」「懐ふ」「氷上戯技」の5篇です。

都内からいっぷう変わった公演情報です。

劇舎カナリア・シアター 『書声展』さっちゃんは戦争を知らない ちづちゃんは戦後を知らない 詩人と市井の人びと声なき声の展覧

期 日 : 2026年7月13日(月)
会 場 : ギャラリーΧ(カイ) 東京都墨田区両国2-10-14 両国シティコア内
時 間 : 15:00/18:30
料 金 : 1,500円(全席自由)

「わが詩をよみて人死に就けり」と戦時の詩作を悔い、反省し、山荘に籠った高村光太郎。その許を訪れ、「心の責め」を思いやった詩人宮静枝は、生涯に渡り平和を希求する詩を書き続けました。そして戦地で地獄を見て、戦争を「人間愚」と呼び、無反省な戦後に「反省のみがわれわれを道化芝居から救い出してくれる」と訴えながら、自裁した劇詩人加藤道夫。そんな詩人たちのことばと、静枝の身内である宮絢子さんと、そのご家族の戦争への思いを、書と声で展覧します。
「おかあさま、タカムラコータローとマッカーサーとどっちがえらいの?」と、光太郎の前で、母に問うた文彦さんも共に。「でもどうしておとなは せんそうすきなんだろうナ みんなでそうだんして せんそうしないことにしたらいいのにね」山本健翔

スタッフ 書:宮絢子 構成・演出:山本健翔 音楽:ささいけい子 製作:劇舎カナリア

キャスト 
ささいけい子 山本健翔 寺田明子 宮文彦 宮絢子
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案内文に「書と声で展覧」とありますが、「書」の方は書家の宮絢子氏の作品。「声」では「キャスト」にクレジットされている方々が朗読されるのではないでしょうか。

「キャスト」のお一人、宮文彦氏は、生前の光太郎をご存じの方です。お母さまが詩人の故・宮静枝氏。戦前から光太郎と交流があり、戦後の昭和26年(1951)、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に隠棲していた光太郎を訪れ、その際の体験を基に平成4年(1992)『詩集 山荘 光太郎残影』を上梓、第33回晩翠賞を受賞されました。

その際に同行したのが甥御さんの千葉氏、そして息子さんの文彦氏と暠成(こうせい)氏でした。
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書の宮絢子氏は文彦氏の奥様で、姑である静枝氏の詩句などを書かれることもおありです。

やはり静枝氏の詩集『山荘』と、文彦氏のお兄様・暠成(こうせい)氏とのからみで、今年5月9日(土)には三軒茶屋で「朗読とお話 宮静枝の詩に投影された高村光太郎の戦後」というイベントが開催されたとのことです。世田谷区さんの広報誌で事前に小さく紹介が出ていましたが、気づきませんで「あ゛~」と思っていたところでした。
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今回は予約を入れさせていただきました。皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(部分) 11 『カラー版 日本の詩 2 石川啄木 北原白秋 山村暮鳥 高村光太郎 宮沢賢治』

昭和42年(1967)5月15日 現代芸術社 金子光晴/高橋新吉監修
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目次
 カラー
  紺屋のおろく(白秋) 砂山(白秋) 城ヶ島の雨(白秋)
  東海の はたはたと ふるさとの 初恋(啄木)
  口笛 わが庭の かにかくに や はらかに(啄木)
  雲 おなじく ある時(暮鳥) 三人の処女(暮鳥) 荒涼たる帰宅(光太郎)
  千鳥と遊ぶ智恵子(光太郎) レモン哀歌(光太郎) 十一月三日・雨ニモマケズ(賢治)
  高原 市場帰り(賢治)
 グラビア
  道程(光太郎) 落葉松(白秋) 我を愛する歌(啄木) だんす 烙印(暮鳥)
  老漁夫の詩(暮鳥) 梅酒(光太郎) ぼろぼろな駝鳥(光太郎) 春と修羅(賢治)
  岩手軽便鉄道の一月(賢治)
 本文
  我を愛する歌(啄木) 煙一 煙二(啄木) 秋風のこころよさに(啄木)
  忘れがたき人人(啄木)
 手套を脱ぐ時(啄木) 沈める鐘(啄木)
  はてしなき議論の後(啄木)
  柳河(白秋) 六騎(白秋) 薊の花(白秋) あかき木の実(白秋) 片恋(白秋)
  春の鳥(白秋) 赤い夕日に(白秋) 幻滅(白秋) 汐首岬(白秋) 曼珠沙華(白秋)
  ちんちん千鳥(白秋) かやの木山の(白秋) ペチカ(白秋) この道(白秋)
  祭りもどり(白秋) 芭蕉(白秋) 泊り舟(白秋) 待ちぼうけ(白秋)
  岬(暮鳥) いのり(暮鳥) なやみに就て(暮鳥) 父上のおん手の詩(暮鳥)
  詩人・山村暮鳥氏(暮鳥) 月 おなじく(暮鳥)
  冬が来た(光太郎) 犬吠の太郎(光太郎) 秋の祈(光太郎) 車中のロダン(光太郎)
  ばけもの屋敷(光太郎) 手紙に添えて(光太郎) 人に(光太郎) 晩餐(光太郎)
  樹下の二人(光太郎) あなたはだんだんきれいになる(光太郎)
  風にのる智恵子(光太郎) 値ひがたき智恵子(光太郎) 山麓の二人(光太郎)
  春と修羅・序(賢治) 雲の信号 岩手山(賢治) 原体剣舞連(賢治)
  永訣の朝(賢治) 政治家(賢治) 和風は河谷いっぱいに吹く(賢治)
  生徒諸君に寄せる(賢治) 眼にて言ふ(賢治)
 解説(三好豊一郎)
 略年譜

 ソノシート
 1 高原 荒涼たる帰宅 かやの木山 待ちぼうけ この道 ペチカ 砂山 ちんちん千鳥
 2 泊り舟 芭蕉 城ヶ島の雨 落葉松 はたはたと 初恋 やはらかに 口笛 東海の かにかくに
   ふるさとの わが庭の
 演奏者 大町ますみ 田中路子 板橋勝 中村博之 ルナ・アルモニコ 新室内楽協会

いかにも「昭和」という感じの作りです。写真の具合といい、附録にソノシートが付いていることといい。ソノシートは作曲者名が書かれていませんが、それぞれ独唱歌曲です。光太郎の「荒涼たる帰宅」は昭和30年(1955)、故・清水脩氏作曲の歌曲集「智恵子抄」最終曲。大町ますみ氏(ボニージャックスの故・大町正人氏の奥様)の歌、伴奏は新室内楽協会でした。

都内から演奏会情報です。

歌曲アンサンブル研究会 第287回 7月例会 〈文月コンサート〉正会員と一般会員による演奏

期 日 : 2026年7月8日(水)
会 場 : 日暮里サニーホール 東京都荒川区東日暮里5丁目50−5
時 間 : 18:30開演
料 金 : 無料

プログラム
 1. R.Schumann / F.Rückert  Widmung 献呈
  F.P.Tosti / R.Pagliara  Rosa 薔薇
  S.Gastaldon / Flick-Flock  Musica proibita 禁じられた音楽
  中瀬康彦 (Ten)  矢部伸子 (Pf)
 2. W.A.Mozart / J.Campe bendempfindung an Laura ラウラに寄せる夕べの想い
  / C.Overbeck  Sehnsucht nach dem Frühling 春への憧れ
  石井敏子 (Sop) 矢部伸子 (Pf)
 3. 山田耕筰 / 北原白秋 からたちの花 鐘が鳴ります この道
  宇佐美知子(Ms) 髙野京子 (Pf)
 4. F.J.Fétis / 不詳 Aria di chiesa 教会のアリア
  中田喜直 / 加藤周一 さくら横ちょう
  田島靜子 (Sop) 高取達也 (Pf)
 5. 朝岡真木子 / 大竹典子 さくら舞台
  朝岡真木子 / 高村光太郎 組曲「智惠子抄」より レモン哀歌
  広川法子 (Sop) 末松茂敏 (Pf)
 6. J.Turina / R.Campoamor ‘Poema en forma de canciones’ 「歌のかたちの詩」より
  Ⅱ. Nunca olvida... 忘れない    Ⅲ. Cantares うた (カンターレ)
  Ⅳ. Los dos miedos 二つの恐怖 Ⅴ. Las locas por amor 至上の愛
  濱田喜代美 (Sop)  髙野京子(Pf)
 7. 別宮貞雄 / 大木惇夫 歌曲集「淡彩抄」より 泡 蛍 別後 燈 春近き日に
  横田 理恵 (Sop)  山本 奈々子 (Pf)
 8. C.Guastavino / F.Silva La rosa y el sauce 薔薇と柳
  G.Fauré / P.Verlaine Clair de lune 月の光
  M.Legrand / E.Marnay Paris-Violon パリ-ヴィオロン
  加藤智子(Ms) 入佐弥生 (Pf)
 9. 助川敏弥 / 金子みすゞ 
  歌曲集「夕顔」より みそはぎ だれがほんとを
  歌曲集「薔薇の町」より 金魚 星とたんぽぽ
  大垣ひで美(Sop) 末松茂敏 (Pf)
 10. G.Fauré / P.Verlaine Mandoline マンドリン
  C.Debussy / P.Verlaine Mandoline マンドリン
  A.Roussel / H.Pierre Amoureux séparés op.12-2 離れ離れ
  / R.Chalupt Sarabande op.20-2 サラバンド
  神谷明美 (Sop)  南日美奈子 (Pf)
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「歌曲アンサンブル研究会」さんの主催。ただ、本式の演奏会というわけではなく、毎月行われている「例会」の一環です。「例会」は会員対象の公開講座、そこでレッスンを受けた歌い手さんなどによる試演会、定期公演などバリエーションに富んでいて、今回は試演会に近い形なのかな、という感じです。したがって入場無料です。といってもプロまたはそれに準ずる皆さんの演奏ですのでそれ相応のレベルのものでしょう。

6月18日(木)に川崎で行われた6月例会が公開講座で、講師は作曲家の朝岡真木子氏。3組の歌い手さんとピアニストの方が朝岡氏作曲の独唱歌曲を朝岡氏ご本人のご指導の下、公開レッスンをうけるという形でした。

その際に組曲「智惠子抄」中の「レモン哀歌」でレッスンを受けられたソプラノの広川法子氏、ピアノの 末松茂敏氏が同曲を演奏なさいます。そうなのかなと思っていたのですが、やはりコンサートで演奏されるという前提で講座の選曲もなさったのかと腑に落ちました。

ちなみに会場の日暮里サニーホールさんからJR線を渡って北西方向に徒歩10分ほどで、光太郎の母校・荒川区立第一日暮里小学校さんがあります。
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裏門的な「さくら門」前に光太郎自筆の書から文字を採った「正直親切」の碑があります。
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昭和26年(1951)、蟄居生活を送っていた花巻郊外太田村の山小屋近くにあった太田小学校山口分教場が山口小学校に昇格した際、校訓として贈った言葉ですが、第一日暮里小さんでは、昭和60年(1985)、創立百周年記念に、この言葉を刻んだ碑を建立しました。以来、同校では「正直親切」を校訓とし、学校だよりの題名などにも使って下さっていますし、光太郎に関わる学習等もなさっています。

さらにそのすぐ近くには、明治末から大正はじめにかけ、智恵子が通っていた太平洋画会の後身・太平洋美術会研究所さん(智恵子が通っていたころとは場所が変わっていますが)。こちらでは通りに面したウインドウに智恵子筆のデッサンが。
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ついでにというと何ですが、ぜひお立ち寄り下さい。

【高村光太郎書誌】

選集等(部分) 10 『現代詩歌集』日本文学全集29

昭和41年(1966)5月3日 河出書房新社 村野四郎編 
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目次

 詩
  思ひ出<北原白秋> 道程<高村光太郎> 月に吠える<萩原朔太郎>
  現代詩集
   薄田泣菫 蒲原有明 河合酔茗 三木露風 川路柳虹 千家元麿 山村暮鳥 堀口大学
   西条八十
 佐藤春夫 室生犀星 宮沢賢治 金子光晴 西脇順三郎 三好達治
   中原中也 丸山薫 伊東静雄 立原道造 田中冬二 草野心平 村野四郎 北川冬彦
   中野重治 高橋新吉
 短歌
  みだれ髪<与謝野晶子> 一握の砂<石川啄木> 赤光<斎藤茂吉>
  現代歌集
   長塚節 窪田空穂 北原白秋 若山牧水 吉井勇 島木赤彦 中村憲吉 古泉千樫
   土屋文明 釈迢空 会津八一 佐藤佐太郎 木俣修 宮柊二
 俳句
  虚子句集<高浜虚子>
  現代句集
   正岡子規 河東碧梧桐 荻原井泉水 飯田蛇骨 尾崎放哉 水原秋桜子 山口誓子
   日野草城 中村草田男 加藤楸邨 石田波郷 川端茅舎 西東三鬼 久保田万太郎
 注釈 村野四郎
 解説(付年譜) 村野四郎

小説系がメインの文学全集もので、このように詩歌を一冊にまとめることが時々ありました。まるでおまけのような扱いでしたが(笑)。

ひと頃よりだいぶ規模は小さくなりましたが、それでも日本最大の古書入札市、都内の古書籍商さんの組合・明治古典会さんが主催する「七夕古書大入札会」。出品物を直接手に取ってみられる「下見展観」が開催されます。

七夕古書大入札会下見展観

期 日 : 2026年7月3日(金)・4日(土)
会 場 : 東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
時 間 : 3日(金) 午前10時〜午後6時 4日(土) 午前10時〜午後4時
料 金 : 無料

七夕古書大入札会(七夕)とは、明治古典会が開催する国内最大かつ最も歴史あるオークションです。入札形式で行われ、最高値を入札した方に落札されます。入札会の前に東京古書会館で行われる下見展観(プレビュー)は一般のお客様もご入場いただき、出品される貴重な文化資料や美術品をお手に取ってご覧いただけます。
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ほぼ毎年、何らかの光太郎がらみの出品があります。今年は署名本、書簡など。

まず昭和25年(1950)、光太郎生前最後の単行詩集『典型』の識語署名本。
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昭和26年(1951)となっていますし「読売文学賞受賞」という帯が付いていますので、重版と思われますが、見返しに表題作「典型」の一節「小屋にゐるのはひとつの典型 一つの愚劣の典型だ」が毛筆で記されています。ちなみに箱の題字も光太郎自身による木版を基にしています。

書簡が3セット。

年代順に、明治33年(1900)9月25日、父・光雲の高弟だった加藤景雲にあてた墨書のかなり長い封書。都内の古書店さんで数年前から売りに出しているものですが、改めて出品されました。巻物に仕立てられているようです。
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キャプションに「朶木庵発信」とあり、まるで場所のような書き方ですが、「朶木庵」はこの頃光太郎が俳句を投稿する際に使っていたペンネームなので、場所というニュアンスではありません。

それから、中央公論社の編集者だった栗本和夫に宛てた戦前から戦後にかけての書簡群が、封書と葉書に分けて出品されます。
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加藤景雲宛てを含め、全て筑摩書房『高村光太郎全集』に収録されています。

さらに、光太郎の装幀になる吉井勇著『酒ほがひ』(明治43年=1910)。「ほがひ」は古語「ほがふ(寿ふ)」の名詞化。
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表紙と、それから画像にはありませんが裏表紙にペルシャ文字があしらわれたデザインです。この頃、光太郎はペルシャ系にも興味を持っていました。

『高村光太郎全集』別巻(平成10年=1998)所収の、当会顧問であらせられた北川太一先生による「高村光太郎聞き書」(昭和30年=1955~昭和31年=1956)の一節。

――ペルシャには随分関心をもっていらっしゃいますね。

 アメリカのはじめの頃、ペルシャに行ったら帰らないつもりだった。ペルシャ語なんか習ったりして、なんでもいいからあそこに行って生活しようと思った。ニューヨークでは、もう生活できないような気がして、こんなことならメディアの文化の中にとけ込んで生活しようと思い、本当に行きかけた。あの頃は美術を捨ててもいいと思った。それを親父や弟からも反対され、真日毎日そんなことで頭の中がぐらぐらしていた。アメリカが嫌だからじゃなくて、もっといいところがあればそっちに行きたいという気持ち。


「メディア」はこの場合、古代カスピ海沿岸にあったメディア王国を指します。まぁ「中東」といった意味合いでの使用でしょう。そちらの方に行きたいというのがどの程度本気だったのかは何ともいえませんが……。

昭和3年(1928)の雑誌『地上楽園』に載った「紐育より巴里へ」の中にも「其頃はペルシヤのテヘランへ行かうと思つて計画した事もあつた」という一節があります。

ただし『酒ほがひ』装幀に使われたペルシャ文字は、「酒ほがひ」の意味を翻訳したかったらしいのですが、専門家によれば誤字があるとのことです。

とりあえず直接光太郎に関わる出品物は以上です。もう1点、「美ならざるなし」と書かれた戦後と思われる色紙も出品予定でしたが、今朝見たらなぜか出品取り止めになっていました。
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目録を見ていて驚いたのは、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の「百首屏風」が出ていたこと。
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複数の作例があるのですが、これまで市場に出て来たことはほとんど無いのでは、と思われます。基本的には明治44年(1911)、夫・寛の外遊資金を捻出するために書かれ、支援者らに買ってもらったものです。ただ、その際の作ではない晩年のものなども存在するようですが。

下見展観、基本的には出品物を手に取って見ることができます。通常、文学館等では厳重にガラスケースなどに収められているものに触れられる貴重な機会です。入札は加盟している古書店さんを通じて行う形になります。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(部分) 7 『現代詩人全集(四) 近代Ⅳ』

昭和36 年(1961)9月10日 角川書店(角川文庫) 著者代表 室生犀星
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目次
 高村光太郎
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 冬が来る 冬が来た 道程
  秋の祈 わが家 小娘 雨にうたるるカテドラル 落葉を浴びて立つ 鉄を愛す 葱
  後庭のロダン 雷獣 白熊 象の銀行 火星が出てゐる 刃物を研ぐ人 首の座
  ばけもの屋敷 ぼろぼろな駝鳥 上州湯桧曽風景 上州川古「さくさん」風景 似顔
  蝉を彫る もう一つの自転するもの 荻原守衛 郊外の人に 樹下の二人 夜の二人
  あどけない話 同棲同類 山麓の二人
 武者小路実篤 (略)
 千家元麿 (略)
 尾崎喜八 (略)
 高橋元吉 (略)
 片山敏彦 (略)
 中勘助 (略)
 生田春月 (略)
 室生犀星 (略)
 宮崎孝政 (略)
 福士幸次郎 (略)
 百田宗治 (略)
 白鳥省吾 (略)
 富田砕花 (略)
 福田正夫 (略)
 井上康文 (略)
 三野混沌 (略)
 解説 伊藤信吉

手持ちのものは昭和44年(1969)3月30日の第8版です。

都内から映画の上映情報です。既に始まっています。

羽田澄子 生誕百年記念 福祉、芸術、ジェンダーを通して日本を描く

期 日 : 2026年6月13日(土)~6月26日(金)
会 場 : シネマヴェーラ渋谷 渋谷区円山町1-5 KINOHAUS(キノハウス) 4F
時 間 : 11:00~
料 金 : 1本立て入替制 一般 1300円 シニア 1100円 学生 700円 中学生以下 600円

岩波映画からキャリアを始め、幅広い作品を作り続けた女性ドキュメンタリー作家のパイオニア羽田澄子監督の全貌に迫ります。

上映作品
 早池峰の賦
 痴呆性老人の世界
 女たちの証言 -「労働運動のなかの先駆的女性たち」-
 元始、女性は太陽であった・平塚らいてうの生涯
 山中常盤
 嗚呼 満蒙開拓団
 角屋七郎兵衛の物語-ベトナムの日本人町-
 薄墨の桜
 古代の美
 住民が選択した町の福祉
 ―続 住民が選択した町の福祉―問題はこれからです
 あの鷹巣町のその後
 あの鷹巣町のその後 続編

羽田澄子(1926-)
1926年、大連生まれ。自由学園卒。「岩波写真文庫」の編集から映画製作に転身し、『教室の子供たち』(羽仁進)などの助監督を経て、1957年『村の婦人学級』で監督デビュー。岩波映画で多くの作品を手がけた後、1977年に夫でプロデューサーである工藤充と初の自主映画『薄墨の桜』を完成、記録映画作家として新たな道を切り拓く。自由工房を拠点に、『早池峰の賦』(1982、芸術選奨文部大臣賞)や、『痴呆性老人の世界』(1986)、『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』(1992-94)、『-元始、女性は太陽であった-平塚らいてうの生涯』(2001)、秋田県鷹巣町シリーズ(1997-2006)など話題作を次々に発表した。女性ドキュメンタリー監督のパイオニアである。
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日本女子大学校で智恵子の一級上の先輩だった平塚らいてうの一生を追ったドキュメンタリー映画「元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯」(平成13年=2001 140分)がラインナップに入っていました。6月13日(土)のオープニングの作品がそちらで、7回の上映。昨日も上映され、あとは6月25日(木)の1回のみとなってしまいました。もう少し早く気がつけば良かったのですが。

元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯

日本の女性運動の先駆けであり、女性による文芸誌「青鞜」の「元始、女性は太陽であった」という宣言で知られる平塚らいてう。「その名を聞くとすべての女性の心に灯りがともる」と羽田監督は言う。生前の映像がほとんどない中、らいてうの生涯を資料や証言によって追う。文学的というしかない心中未遂事件、「青鞜」発刊、政治参加運動、反戦運動、母性保護と、自分の人生と共に思想も広がっていく。思想は私生活に及び、結婚制度に反対して入籍せず、子供も私生児として自分の戸籍に入れた。また、経済的にも家計を支えた。とにかくユニークで魅力的で頑固ならいてうの人間的魅力に溢れた作品!

時折、上映が行われています。把握できている限りでは、京橋の国立映画アーカイブさんで平成28年(2016)と令和4年(2022)に。おそらく他にも為されていたのではないかと思われます。

当方、DVDで拝見しました。
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明治44年(1911)、らいてうが主宰し、智恵子が創刊号表紙絵を描いた雑誌『青鞜』についても詳しく言及されており、智恵子にも触れられます。
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創刊号に、「山の動く日来る」で有名な詩「そぞろごと」を寄せた与謝野晶子についても。
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その他、故・瀬戸内寂聴氏や故・青木生子氏などもご出演。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(部分) 2 『現代詩集 第一巻 高村光太郎 草野心平 中原中也 蔵原伸二郎 神保光太郎』

昭和14年(1939)12月15日 河出書房 神保光太郎著作者代表
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目次
 猛獣篇其他 高村光太郎
  触知 老耼、道を行く 桃の実 地理の書 寸言 つゆの夜ふけに
  銅像ミキイヰツツに寄す レオン ドウベル 南極 うつたうしきもの
  芋銭先生景慕の詩 人生遠視 晴天に酔ふ 偶成二首 エピグラム
  猛獣篇より
   雷獣 冷熱 マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 猛烈な天 草野心平(略)
 帰郷 中原中也(略)
 四月雹ふる 蔵原伸二郎(略)
 雪崩 神保光太郎(略)

 月報
  現代詩の性格 白木茂
  編集後記

 内容見本
  刊行の辞
  執筆者紹介
   猛獣篇其他 高村光太郎 猛烈な天 草野心平 帰郷 中原中也 四月雹ふる 蔵原伸二郎
   雪崩 神保光太郎 祈祷歌 丸山薫 暁と夕の詩 立原道造 古風なガス燈の町 田中冬二
   反響 伊東静雄 春と修羅 宮澤賢治 晩秋 萩原朔太郎 河 北川冬彦 竹葉集 高橋新吉
   紋 金子光晴 相模野抄 三好達治
  詩集のことなど
  諸家推薦の辞
   「現代詩集」を推す 斎藤茂吉 「現代詩集」を薦む 茅野蕭々
   「現代詩集」に寄す 横光利一 嘱望 豊島与志雄 醇乎たる詩精神 谷川徹三
   新しいパルナツスの華 中島健蔵
  組方見本

光太郎自身が作品の選択と校訂も行っています。

智恵子が亡くなった翌年の刊行で、そろそろ本腰を入れて翼賛詩文の執筆を始めた時期となり、こちらでの作品選択等にもきな臭さが漂っています。帝国海軍の潜水艦をモチーフとした詩「北冥の魚」、初出掲載誌の『鵲』第30号(昭和14年=1939)や、手元に残した草稿にそういう指定が無いのに、連作詩「猛獣篇」に組み込むという操作が行われています。ついに潜水艦までが「猛獣」になってしまったか、という感じです。

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明治後半から昭和20年(1945)まで、光太郎が住んでいた文京区千駄木(大正3年=1914から昭和10年=1935の間は智恵子も暮らしていました)に新たな施設が竣工しました。

プレスリリースから。

吉野石膏、千駄木にアートライブラリーを竣工 文化資産の保存・活用を通じた企業の社会貢献と、千駄木で新たな魅力の発信へ

 せっこう(石膏)を原料とする建築材料の製造・販売事業等を展開する吉野石膏株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:須藤 永作)は、創業家ゆかりの地である東京都文京区千駄木において、「千駄木林町 須藤記念アートライブラリー」を建設し、竣工しました。
本施設は、故 須藤恒雄会長、故 須藤永一郎会長の邸宅跡地に整備されたアートライブラリーです。
 ここでは、吉野石膏美術振興財団(現・千代田区丸の内)の約8,000冊の美術図書が閲覧できます。
 そして、吉野石膏が長年収集し、山形美術館と天童市美術館に寄託してきた絵画コレクションも本施設に集約し、展示します。
 また、所蔵するコレクションの展示にとどまらず、近代アートも含めた、企画展も行っていきます。

◆本施設の背景
 東京都文京区千駄木は、森鴎外記念館や高村光太郎旧居跡などの文化施設が点在し、文化人に縁のある地域です。
 本施設の敷地にかつてあった、故 須藤恒雄会長、故 須藤永一郎会長の邸宅では、吉野石膏黎明期に幹部が集い、会社の将来を語り合う場でした。
 「千駄木林町 須藤記念アートライブラリー」は、そうした歴史を持つ土地において、邸宅に宿る記憶や思想を受け継ぎながら、吉野石膏と吉野石膏美術財団が持つ文化資産を未来へ継承する場として整備したものです。

◆本施設について
 設計は建築家・隈研吾氏率いる隈研吾建築都市設計事務所が手掛け、日本の伝統的な建築様式である校倉造りに着想を得た、「AZEKURA」のデザインを採用しました。
 施行は大林組が手掛けました。
 多目的に利用可能な空間を屋内外に備えるほか、敷地内には旧邸宅の一部が再現されており、歴史的な記憶を未来へ紡ぐ設計となっています。

◆今後について
 今後は蔵書や美術品の収蔵および公開に向けた準備を段階的に進め、2027年秋頃の本格的な運用開始を目指してまいります。
 本施設の竣工は一つの到達点であると同時に、吉野石膏が培ってきた文化的な活動や価値を未来へ継承していく新たなスタートでもあります。
 今後は本施設を舞台に、多くの方々が文化や芸術に触れる機会を創出し、文化資産の継続的な保存と活用に貢献してまいります。
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「タイガーボード」の吉野石膏さんですね。場所的には創業者の邸宅跡地ということで、現在の須藤公園に隣接するあたりではないかと思われます。
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上記は森まゆみ氏著『「谷根千」地図で時間旅行』より。光太郎アトリエだけでなく、旧林町155番地の光太郎実家(光雲邸)、森鷗外の観潮楼(現・文京区立森鷗外記念館さん)、『青鞜』の最初の編集所があった物集高見邸跡などもすぐ近くです。また、須藤邸の左下(南西)に「この辺原っぱだった」とありますが、このあたりが光太郎詩「落葉を浴びて立つ」(大正11年=1922)の舞台ですし、その北に位置する「丸善工場」は「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)に謳われています。

吉野石膏さん、公益財団法人の吉野石膏美術振興財団を傘下にお持ちです。そちらには、まず主に近代絵画のコレクション。
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現在は、一部が山形美術館さんと天童市美術館さんへ寄託されているそうですが、手元に戻すそうで。「なぜ山形?」と思ったのですが、吉野石膏さんが元々は山形の吉野鉱山での石膏原石採掘から始まった企業だということで、山形との関係が深いということです。

それから、書籍。美術評論家の故・中山公男氏、美術史研究者の故・前川誠郎氏、同じく小佐野重利氏から寄贈された美術関係書籍、図録等が数千冊あるそうで、それらの閲覧もできるようになるとのことです。稀覯本にあたるようなもの(特に雑誌系)が含まれていると嬉しいのですが。

そしてプレスリリースによれば「所蔵するコレクションの展示にとどまらず、近代アートも含めた、企画展も行っていきます」とのことですので、この地にゆかりの光太郎智恵子・光雲らに関するそれも行っていただきたいものです。

オープンは今秋だそうです。またその頃に取り上げさせていただきます。

【高村光太郎書誌】

選集等(部分) 1 『高村光太郎集 室生犀星集 萩原朔太郎集』現代詩人全集 第九巻

昭和4年(1929)10月15日 新潮社 高村光太郎 室生犀星 萩原朔太郎著
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目次
 高村光太郎集
  「道程」時代
   失はれたるモナ・リザ 根付の国 画室の夜 鳩 食後の酒 寂寥 声 新緑の毒素
   髪を洗ふ女   「心中宵庚申」 はかなごと 地上のモナ・リザ 葛根湯 あつき日
   泥七宝 赤鬚さん ――に 或る夜のこころ さびしきみち カフエにて 冬が来る
   そればつかりは 現実 或る宵 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 戦闘 人に
   深夜の雪 冬が来た 牛 道程 愛の嘆美 婚姻の栄誦 瀕死の人に与ふ 晩餐
   五月の土壌 秋の祈
  「道程」以後
   無為の白日 海はまろく 花のひらくやうに 晴れゆく空 丸善工場の女工達
   雨にうたるるカテドラル 沙漠 米久の晩餐 ラコッチイ マアチ 落葉を浴びて立つ
   五月のアトリエ 冬の送別 かがやく朝 樹下の二人 鉄を愛す Liluli 春駒
   月曜日のスケルツオ 氷上戯技 珍客 葱 車中のロダン 後庭のロダン 十大弟子
   無口な船長
  「猛獣篇」時代
   清廉 象の銀行 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 苛察 龍 雷獣
  「猛獣篇」以後
   滑稽詩 夜の二人 冬の奴 ミシエル オオクレエルを読む 火星が出てゐる
   偉大なるもの あなたはだんだんきれいになる 詩人 笑 美を見る者 「詩」
   北東の風、雨 偶作八篇 二つに裂かれたベエトオフエン 旅にやんで
   花下仙人に遇ふ 天文学の話 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 当然事 あどけない話
   無限軌道 青空 古事一則 死ねば 無いからいい 一人づつが 或る日 人生
   ひとり酸素を奪つて 焼けない心臓 或る筆記通話 触知 上州湯桧曽風景 その詩
   非ユークリツド的
 室生犀星集(略)
 萩原朔太郎集(略)

今日からのこの項、「選集等(部分)」ということで、光太郎を含む数人の作品が一冊にまとめられているものを扱います。ある程度の分量が載っているものに限り、数篇しか載っていないものは別に「詩華集等」ということで後ほど。

『高村光太郎集 室生犀星集 萩原朔太郎集』。光太郎自身が作品の選択と校訂も行い、大正3年(1914)の詩集『道程』以後、久しく単行詩集を刊行しなかった光太郎の、実質的には弟2詩集となりました。目次には入っていませんが、短い自伝が附されており、そちらは書き下ろしです。

昨日も上京しておりました。文京区立森鷗外記念館特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」の関連講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」拝聴のためです。

展示自体は4月のうちに拝見。もう1度見ようかとも思ったのですが、昨日は家庭の事情でギリギリまで自宅兼事務所に居なければならなくなり、到着予定がほぼ開場の時間。それでも5分、10分の余裕がありましたので、会場近くの菊見せんべい総本店さんに寄り道。
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看板商品の一つ、正方形のせんべいをゲット。

明治8年(1875)創業だそうで、同16年(1883)生まれの光太郎が本郷区駒込林町155番地の実家と上野の東京美術学校とを往復していた通学路にあり、光太郎のエッセイ「私の青銅時代」(昭和29年=1954)にも登場します。
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やはり近くに住んでいた鷗外にも親しまれた、ということですが、鷗外関連の文献等でこちらに触れられたものがあるのかどうか、寡聞にして存じません。ご存じの方、ご教示いただければ幸いです。

さて、鷗外記念館さんに到着。
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明治25年(1892)から大正11年(1922)まで鷗外が住んだ「観潮楼」跡地にあり、ここで催された歌会に光太郎も参加(逃げ回っていて数える程しか顔を出しませんでしたが)した他、「軍服着せれば鷗外だ事件」(大正6年=1917)の際には光太郎は鷗外に呼び出されてネチネチと説教されました(笑)。

光太郎の方では鷗外を敬して遠ざける部分があり、鷗外の方では「しょうもないやつだ」と苦笑しながらも光太郎を認めていたようです。

東海大学さんの大木志門教授によるご講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」は、開催中の企画展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」が文京区内の文学散歩的な部分を前面に押し出していますので、「文学散歩」がキーワード。

文豪等の故地や先品の舞台などを巡る文学散歩は、既に戦前からそうした動きはあったものの、本格的になるのは戦後のことです。キーマンは野田宇太郎。光太郎とも交流のあった福岡出身の詩人・編集者です。野田は昭和26年(1951)から『日本読書新聞』に「新東京文学散歩」の連載を始め、早くも同年に単行本化されベストセラーに。さらに昭和36年(1961)からは雑誌『文学散歩』(雪華社)も主宰しました。
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野田の文学散歩への傾倒は、観潮楼がその起点である、というお話。観潮楼は昭和20年(1945)1月29日の空襲で灰燼に帰しましたが、翌年に野田自身が観潮楼跡地で武石弘三郎作の鷗外胸像(現在は森鷗外記念館蔵)が地元でも忘れ去られかけているのを目の当たりにし、「このままに放置すれば文豪鷗外の名はおろか文学さへ焼失するのではあるまいか」と危機感を抱いたことに始まるそうです。

ご講演レジュメの項目名のみ列挙します。
 ・「文学散歩」への再注目
 ・野田宇太郎(1909~1984)
 ・「文学散歩」ブームを作る
 ・「観潮楼」にはじまる
 ・観潮楼から広がる失われゆく「文学」への思い
 ・千駄木の高村光太郎アトリエ
 ・高村光太郎作品の中の千駄木
 ・『新東京文学散歩』の中の文京
 ・野田宇太郎の文京・文学散歩コース
 ・森川町の徳田秋聲宅の保存運動
 ・文学館運動への発展
 ・文学散歩の更新者・前田愛(1931-1987)
 ・鷗外『雁』の「無縁坂」
 ・土地の記憶を辿る「文学」
 ・徳田秋聲『縮図』(1941年)における白山の描写
 ・まとめ:「よりよく都市を生きる」知恵としての「文学散歩」

大木教授、徳田秋聲がご専門ですので、そちらのお話も。それから野田の文学散歩系についても近年、論考や再評価が為されているという点、野田の衣鉢を継ぐ前田愛の業績の紹介など。

近くに住んでいた光太郎についても触れて下さいました。ありがたし。「高村光太郎作品の中の千駄木」の項では、詩「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)、同じく「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1946)、エッセイ「十二月八日の記」(昭和17年=1942)が取り上げられました。

その他、文京区内の東京都指定文化財や同じく指定旧跡系のお話も。徳田の旧宅も野田らの奔走、さらに文壇あげて声を出した結果保存され、「指定文化財」として残っているそうです。また、鷗外記念館さん自体も観潮楼跡地と言うことで、元の建造物が現存しない跡地であるにもかかわらず「指定旧跡」に選ばれています(これにも野田の関与)。他に近代文学系では「幸田露伴宅跡」「石川啄木終焉の地」なども。文京区さん、さすがに「文(ふみ)の京(みやこ)」と称するだけあって、そのあたりはしっかりしています。

光太郎終焉の地・中野の中西利雄アトリエ(ちなみに上記の雑誌『文学散歩』表紙絵は中西利雄の手になるものです)は保存運動の甲斐なく現地保存を断念、移築の方向で解体した部材を保管しているところですが、はっきり言って中野区はそうした部分への理解が全く欠けていると言わざるを得ません。まぁ、中野駅前の中野サンプラザに関する迷走ぶりで全国に醜態をさらしているところからもよくわかりますが。

やはり家庭の事情で終了5分程前に申し訳ありませんが退出させていただきました。田舎に住んでいますと、その5分の差で帰り着くのが1時間ずれます。

さて、特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」、6月28日(日)までの開催です。まだ足を運ばれていない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 34 『高村光太郎選集 3 一九二三-一九三三年 大正一二-昭和八年』増訂版

昭和56年(1981)11月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 評論 美の立場から(震災直後)
     一 「事実」の力 二 美の標準に拠る 三 最初の覚悟     四 夢――極東の田園都市
     五 出来ない相談 六 出来る相談
 随筆 母性のふところ 若い人へ
 随筆 短歌 工房よりⅡ(抄) 工房よりⅢ(抄) 工房よりⅣ(抄)
 随筆 顔
 翻訳 エブラハム リンカンの死(ウオルト ホヰツトマン)
    風を称ふ(エミイル ヹルハアラン) ミケランジユ(エミイル ヹルハアラン)
    私の部屋(エミイル ヹルハアラン) 一九一五年の春(エミイル ヹルハアラン)
    病院(エミイル ヹルハアラン) 葬式(エミイル ヹルハアラン)
 詩  清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 氷上技戯 傷をなめる獅子 狂奔する牛 金
    十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 滑稽詩 夜の二人 聖ジヤンヌ 
    ミシエル オオクレエルを読む 雷獣 深夜 火星が出てゐる 偉大なるもの
    あなたはだんだんきれいになる 無題 懐ふ 二つの世界 怒 笑
    二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ エピグラム
    超現実派
     煩瑣派 卑近美派 新感覚派
    詩人 美を見る者 「詩」 母をおもふ その年私の十六が来た 北東の風、雨 昔話
    殺風景 偶作十五 或る墓碑銘 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 龍
 短歌 千駄木町小学校附近 工房雑詠
 随筆 彫刻的なるもの 成瀬前日本女子大学校長の胸像を作りながら
    ロマン ロラン六十回の誕辰に アンケート 世界平和の日 私の好きな世界の人物
 訳詩 Ara Pacis(平和の祭壇)
 評論 楽聖をおもふ――ベートオヴエン百年忌を迎へて
 アンケート 新時代の女性に望む資格のいろいろ
 随筆 ルイ十六世所刑の図 人の首 雑記帳より パンの会の頃
 評伝 オオギユスト ロダン
  序にかへて 一、一個の全球 二、親ゆづり 三、善い姉さんと腹の出た家と
  四、始まり 五、実地修行 六、修道院 七、下働きと仕立女工 八、総決算と新時代
  九、苦境と愉楽と 十、振出しへ返る事 十一、自己の道
  十二、「歩む人」と「地獄の門」と 十三、胸像群
  十四、記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義 十五、一九〇〇年以後
  十六、晩年、死、死 十七、「小さい花子」
 アンケート 余はかく詩を観ず 詩界に就て
 評伝 ホヰツトマンの事
  一、自然現象 二、先祖調べ 三、和蘭のしわざとクエイカア宗 四、母
  五、父、或る臆測
 随筆 近状 百三十五番地
 書簡 更級源蔵・真壁仁への書簡
 詩  当然事 なにがし九段 あどけない話 さういふ友 偶作二篇 無限軌道
    夏書十題(抄) (一生かかつて) 死ねば 無いからいい 一人づつが 同棲同類
    何をまだ指さしてゐるのだ 或る日(昭和三年九月二十八日) 焼けない心臓
    触知 存在 旅にやんで 街上比興 その詩 首の座 人生 或る筆記通話
    秋が来たんだ 激動するもの 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 孤独が何で珍しい
    のんきな会話 刃物を研ぐ人 籠球スナツプ シヨツト “Die Welt ist scoen”
    のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 冷熱 南極 機械、否、然り 友よ
    一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 美の監禁に手渡す者
    卓上の七月 検温 ゆつくり急がう レオン ドウベル 非ヨオロツパ的なる
    もう一つの自転するもの
 アンケート 断想――既成文壇の崩壊期に処す
 随筆 小父さんが溺れかけた話
 評論 触覚の世界 生きた言葉
 随筆 岸田劉生の死
 評論 詩そのもの 詩について 正と譎と
    七つの芸術
     一、絵画について 二、彫刻について 三、建築について 四、音楽について
     五、映画について 六、書について 七、詩について
    日本語の新らしい美を
 評伝 ヹルハアラン
 追補
  随筆 遙にも遠い冬 天 ヘルプの生活 岸田兄の死を悼む
 解題1 成熟について 吉本隆明
 解題2 第三巻収録作品について 北川太一

 月報 智恵子遺珠3
 哀憐な美しさを見ます 芝居好きの婦人と読書好きの婦人と ロダンを見遁がした恨み
 書簡Ⅵ 長沼啓助・禎子宛 病感雑記

初版は昭和42年(1967)。編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第3回配本です。

新刊です。

酒場・下宿・路地をめぐる46人の「やらかしと逸話」 文豪てくてく散歩

発行日 : 2026年5月29日
著者等 : 進士泰丸
版 元 : KADOKAWA
定 価 : 1,700円+税

さあ、地図を片手に、天才たちの「黒歴史」の現場を歩こう! 太宰治が愛した一杯を味わえるバーから、いわく付きの事故物件跡まで。天才たちの「黒歴史」の現場を歩ける文学散歩本が誕生!

太宰治が愛し、『人間失格』にも登場する“あの一杯”。梶井基次郎が「アナーキスト万歳!」と叫んだ、新橋駅のホーム。江戸川乱歩が商才ゼロで潰してしまった古本屋跡。46人の文豪たちの“やらかし”と“逸話”を軸に、笑いと哀愁が滲む132スポットを超充実収録。これを片手に街を歩けば、文豪がもっと好きになる!

【散歩できる物語】
『雁』森鴎外、『坊っちゃん』夏目漱石、『たけくらべ』樋口一葉、『ローマ字日記』石川啄木、『墨東綺譚』永井荷風、『神楽坂七不思議』泉鏡花、『破船』久米正雄、『細雪』谷崎潤一郎、『注文の多い料理店』宮沢賢治、『五重塔』幸田露伴…他多数

【登場する文豪たち】
芥川龍之介、有島武郎、宇野千代、江戸川乱歩、尾崎紅葉、梶井基次郎、川端康成、菊池寛、北原白秋、小林秀雄、坂口安吾、佐藤春夫、島崎藤村、高村光太郎、太宰治、坪内逍遙、徳田秋声、中原中也、平塚らいてう、三島由紀夫、宮本百合子、室生犀星、与謝野晶子…他多数

【本書掲載エリア】
本郷・神保町・神楽坂・早稲田・銀座・浅草・吉原・田端・谷中・根津・千駄木
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目次
 はじめに
 本郷
  東京大学 鉄門/育徳園心字池/樋口一葉旧居「桜木の宿」跡・法眞寺/カフェ銀時計/
  「燕楽軒」跡/「菊富士ホテル」跡/石川啄木・金田一京助旧居「赤心館」跡/
  徳田秋声旧居跡・終焉の地/石川啄木・金田一京助旧宅「蓋平館別荘」跡/
  樋口一葉菊坂旧居跡・旧伊勢屋質店/樋口一葉終焉の地/金田一京助旧居跡/
  坪内逍遥旧居・常盤会跡/宮沢賢治旧居跡/石川啄木旧居「喜之床」跡/
  梶井基次郎旧居「蓋平館支店」跡/「藤むら」跡/竹むら
 神保町
  神保町ブックセンター/「らんぼお」跡/神田 天麩羅 はちまき/文房堂/「錦輝館」跡
 神楽坂
  紀の善ビル/志満金/泉鏡花旧居跡・北原白秋旧居跡/助六/丸岡陶園/末よしビル/
  「常盤屋」跡/「魚徳」跡/神楽坂 小割烹 め乃惣/善國寺/「尾澤薬舗」跡/
  「紅谷」跡/「いろは」跡/「牛込亭」跡/赤城神社/芸術倶楽部跡・島村抱月終焉の地/

  圓福寺/尾崎紅葉旧居跡/泉鏡花旧居跡
 早稲田
  早稲田大学坪内博士記念演劇博物館/夏目漱石誕生の地/新宿区立漱石山房記念館/
  有島武郎旧居跡/坪内逍遥旧居跡/永井荷風旧居跡/小泉八雲旧居跡/
  三島由紀夫生誕の地
 銀座 
  新橋駅/末げん/中央区立泰明小学校/きよ田/「銀座よし田」跡/石川啄木碑/空也/
  スタイル社跡/銀座ウエスト本店/バー・ルパン/「カフェー・タイガー」跡/
  Book café&&Bar十誠/鳩居堂/木村屋總本店/煉瓦亭/はち巻岡田/
  ローマイヤレストラン/資生堂パーラー/カフェーパウリスタ/「はせ川」跡/竹葉亭/
  MATSUZAKISHOTEN/改造社ビル
 浅草
  等光寺/風流お好み焼 染太郎/久保田万太郎生誕の地/亀十/尾張屋/神谷バー/
  弁天山美家古寿司/梅園/中清/浅草フランス座演芸場東洋館/「オペラ館」跡/
  木馬亭/「浅草凌雲閣」跡/草津亭/「老松」跡/池波正太郎生誕の地
 吉原
  吉原弁財天/鷲神社/台東区立一葉記念館/千束稲荷神社/浄閑寺
 田端
  芥川龍之介旧居跡/「天然自笑軒」跡/「楽天堂医院」跡/
  平塚らいてう・奥村博史旧居跡/北区立童橋公園/田端文士村記念館/
  サトウハチロー旧居跡/そば処浅野屋/室生犀星旧居跡/大龍寺/
  堀辰雄下宿「紅葉館」跡/ポプラ坂/佐多稲子旧居跡/小林秀雄・田河水泡旧居跡/
  萩原朔太郎旧居跡/上田端八幡神社
 谷中・千駄木・根津
  羽二重団子/「天王寺五重塔」跡/谷中霊園/幸田露伴居宅跡/菊見せんべい総本店/
  団子坂/文京区立森鷗外記念館・森鷗外旧居「観潮楼」跡/佐藤春夫下宿跡/
  宮本百合子旧居跡/高村光太郎旧居跡/養源寺/「三人書房」跡/青鞜社発祥の地/
  藪下通り/森鷗外・夏目漱石旧居跡/根津神社/根津遊郭跡/喜久月/
  国立国会図書館国際子ども図書館
 COLUMN
  菊地寛暴行事件の顛末 芥川龍之介と文 平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話
 春日ゆらの漫画でてくてく散歩!
  ①東京理科大学近代科学資料館に行ってみよう ②歌舞伎座と夏目漱石
  ③田端文士村で芥川龍之介旧居跡を探す
 文豪紹介
 おわりに

 参考文献

目次の通り、23区内の特にほぼ東半分、つまりはおおむね江戸府内だったエリアでの文学散歩ガイド的なものです。

現存する建造物等については現状の写真、「跡」となっているスポットは古写真などがふんだんに使われ、理解の手助けとなっています。また、目次では割愛されていますが、それぞれの場所に関わる「ミニコラム」、各スポットを舞台とした書籍の紹介なども細かく。

光太郎に関しては、「谷中・千駄木・根津」の章で旧駒込林町25番地(現・千駄木3丁目)の「高村光太郎旧居跡」が取り上げられ、そこに掲げられたミニコラム「高村光太郎と森鷗外の事件」で「軍服着せれば鷗外だ事件」が扱われている他、近くの「菊見せんべい総本店」の項でも光太郎の名が。

ただ「菊見せんべい総本店」さんの項では、勘違いもあるようです。第一に「高村光太郎は学生時代、菊見せんべいの店先で働く娘に一目惚れしちゃって毎日せんべいを買いに行ったという話がありますが、これはどうも根拠のない噂話のようです」とありますが、「一目惚れしちゃって」は光太郎によれば「根拠のない噂話」でなく事実です。

 塩せんべい屋は店先でせんべいを押し、刷毛で醤油を付けながら焼く。そこの娘がちゃんとしたきりっとした娘で、子供の時から店に出ていて私も知っていたが、美術学校に行く途中でその煎餅屋の前に来ると、私は顔が赤くなる。それが自分で分かる。何故か分からぬがそうなる。はじめは気がつかなかったけれど、毎日毎日そうなるので何だか恥ずかしくなってきた。店の処まで歩いてくると胸がどきどきして顔がほてって困った。しまいにはどうしてもその通りが通れなくなった。だから根津の方を遠回りして学校に行ったけれども、後で考えると、その娘に思し召しがあって、娘の顔を見ると顔がほてったのだと知った。むこうでも真っ赤になっていた。あれがむかしの純情な子供の気持ちなんだろう。(「私の青銅時代」昭和29年=1954)

「思し召しがあって」は、「気になるところがあって」といった意味ですね。「毎日せんべいを買いに行った」とは書かれていません。そういう話が流布しているのだとしたら、そちらは「根拠のない噂話」と言えるでしょう。

第二に、「その娘さんの名前は「智恵子」だったといわれ、高村光太郎の代表作『智恵子抄』になぞらえてそんな与太話が生まれたようです」とも書かれています。これも決して「与太話」などではなく、菊見せんべいさんの店主氏の証言が残っています。地域雑誌『谷中根津千駄木』第9号(昭和61年=1986)に掲載されています。
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話を戻しますが、『文豪てくてく散歩』、「青鞜社発祥の地」に関わるコラム「平塚らいてうの『青鞜』誕生秘話」では、智恵子が『青鞜』創刊号表紙絵を描いたことが紹介されています。

全文は未読ですが、光太郎智恵子に関してはおそらく以上だと思われます。他にタイトルにある通り「46人の文豪」。なかなかの労作です。

ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 30 『高村光太郎集』日本の詩 第5巻

昭和53年(1978)10月25日 集英社 伊藤信吉編
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目次
 蝉を彫る<彫刻詩篇>
  五月のアトリエ 鉄を愛す 後庭のロダン 葱 鯰 金 首の座 刃物を研ぐ人
  鯉を彫る 孤坐 蝉を彫る 美しき落葉 十和田湖畔の裸像に与ふ 石くれの歌
 秋の祈<『道程』詩篇>
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 新緑の毒素 地上のモナ・リザ
  犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 冬が来た 道程 五月の土壌 秋の祈
 雨にうたるるカテドラル<人生的詩篇>
  わが家 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル クリスマスの夜 下駄
  落葉を浴びて立つ  少年を見る 新茶 冬の奴 母をおもふ 北東の風、雨 天文学の話
  平和時代 或る墓碑銘 冬の言葉 さういふ友 或る筆記通話 激動するもの
  孤独が何で珍らしい お化け屋敷の夜
 ぼろぼろな駝鳥<ヒューマニストの歌>
  白熊 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 火星が出てゐる 花下仙人に遇ふ 上州湯桧曽風景
  上州川古「さくさん」風景 似顔 もう一つの自転するもの
 レモン哀歌<「智恵子抄」>
  郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 晩餐 樹下の二人 夜の二人 あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 若しも智恵子が
  元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃
 青空<抒情小詩・エピグラム>
  泥七宝抄 とげとげなエピグラム抄
 典型<岩手の山小屋で>
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ
  別天地 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 鈍牛の言葉
  一九五〇年 典型
 暗愚小伝<生涯の途>
  家
   土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
  転調
   彫刻一途 パリ
  反逆
   親不孝 デカダン
  蟄居
   美に生きる おそろしい空虚
  二律背反
   協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
  炉辺
   報告(智恵子に) 山林
 高村光太郎・生命感の詩人 伊藤信吉
 年譜 北川太一

この手の光太郎選詩集を何冊も編んだ伊藤信吉ですので、既存のものとの区別のためもあるのでしょうか、作品配列に工夫が為されています。いきなり「彫刻詩篇」と題して彫刻家としての光太郎自身が謳われる詩篇をもってくるあたり。

5月31日(日)、吉祥寺での「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」参加の前に、調布市の競輪場・東京オーヴァル京王閣さんで開催されていた「ごほうび浪漫博TOKYO」に立ち寄りました。この日と前日はレースが無く、広い敷地を使っての大規模なフリーマーケット的催しです。
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午前11:00からの開催で、10分ほど前に着いたのですが、入口には長蛇の列。こんなに混雑しているとは思っていませんでした。
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開門後、少しずつ入場させるという措置が為されており、入場できるまでにかなり時間がかかりましたが大きな混乱もなく、それはそれで良かったと思いました。いくつものエリアに分かれており入場客は思い思いに分散、入ってしまえばそれほどの大混雑ではありませんでした。
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まず目指したのは「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリア。
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「言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮」というわけで、ZINE(個人や少人数で発行する自主的な出版物)や文学系の小物など、古書籍や一般に流通している新刊を販売する店舗が約90店舗。各地で開催されている文学フリマに近い感じなのでしょう。
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その文学フリマにも出店されている「装幀室白亜」さん。
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近代文学の文豪たちの作品等をモチーフにしたZINEやハンドメイドの布製小物など。
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こちらで光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)のZINEが販売されているということで、足を運んだ次第です。

ありました。
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1,000円とのことで、一つゲット。
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右上はパッケージから出した状態。びろーんと広がるようになっていました。「レモン哀歌」全文が印刷されています。
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他に、光太郎と深い縁で結ばれた宮沢賢治系なども。購入はしませんでしたが。
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落ち着きのある上品でさらに統一感のある品ぞろえ、ごちゃごちゃしていなくて実に良いと感じました。

他店舗にも光太郎系が無いかと見て回りました。古書籍も販売している店舗で光太郎作品の載った古い詞華集が複数売られていましたが、既に持っているものでした。他には見当たりませんでした。

ただ、やはり文豪系の小物を販売している店舗で、与謝野晶子モチーフのポストカード。「文画師Gani」さんという方のお店で、残念ながら光太郎はありませんでしたが、他の文豪ものも。
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顔が浮かび上がっていますが、それぞれの文豪の作品を書いた文字がベースです。晶子のものは「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。「へー」と思って1枚購入し、この後参加した明星研究会主宰の松平盟子氏へのお土産としました。

まだ時間がありましたので、「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」以外のエリアもぶらぶら。
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自宅兼事務所付近でもフリマ的なイベントはありますが、千葉の田舎とは違い、さすが東京都、出店数が桁違いですし、何より一つ一つが実にシャレオツでした。逆にこちらにあるような穫れたて農産物の格安直売みたいなコーナー(笑)は見当たらず、まぁ、そういうコンセプトなんだろうなと思いましたが。

以上、レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 29 『高村光太郎』日本の詩

昭和50年(1975)12月1日 ほるぷ出版 岡庭昇編
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目次
 道程以前
  にほひ
 道程
  生けるもの 根付の国 画室の夜 亡命者 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素
  廃頽者より 夏 手 葛根湯 けもの 父の顔 友の妻 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 冬が来る カフエにて 夜 狂者の詩 カフエにて
  カフエにて 山 現実 冬が来た 冬の詩 道程 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る
  瀕死の人に与ふ 五月の土壌 秋の祈
 道程時代
  友よ 泥七宝 恐怖 或問 カフエ ライオンにて 粘土 あたり前
 道程以後
  花のひらくやうに 海はまろく 序曲 雨にうたるるカテドラル 真夜中の洗濯 下駄
  冬の送別 沙漠 冬の子供 とげとげなエピグラム
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 苛察 ぼろぼろな駝鳥 マント狒狒
  森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 猛獣篇時代
  車中のロダン あの詩人 後庭のロダン 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 無題 二つの世界 不平な人に 怒
  二つに裂かれたベエトオフエン
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 新感覚派
  詩人 美を見る者 母をおもふ その年私の十六が来た 殺風景 天文学の話 偶作十五
  或る墓碑銘 冬の言葉 当然事 触知 存在 古事一則 街上比興 その詩 北島雪山
  激動するもの 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 消えずの火
  のつぽの奴は黙つてゐる
 友よ 霧の中の決意 冬が来る 未曾有の時
 大いなる日に
  その時朝は来る 銅像ミキイヰツツに寄す
 智恵子抄
  或る夜のこころ 涙 おそれ 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 人に 愛の嘆美
  晩餐 淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人
 レモン哀歌 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 メトロポオル 裸形 あの頃
  智恵子の半生
 九十九里浜の初夏
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  人と作品 岡庭昇

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。度会純价氏による版画の挿画が実にエモい感じです。

手持ちのものは昭和60年(1985)の第三版です。

昨日は上京しておりました。2日に分けてレポートいたします。

メインの目的が、吉祥寺の武蔵野商工会議所さんで開催された「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「晶子短歌の全貌を見渡す~『みだれ髪』から『白桜集』まで」。
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明星研究会さんでは年2回、研究発表会を開催されていますが、1回はこの時期で、5月29日の与謝野晶子忌日・白桜忌に合わせての設定です。

会場での対面型と、Zoom使用によるオンライン開催でしたが、会場の方でも100名近く集まられたでしょうか。
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ご発表はお三方の歌人。それぞれが「明治」「大正」「昭和」を担当され、それぞれの時期の晶子短歌を中心に、さらに事蹟や社会情勢などを追ったものでした。

まず古谷円氏。演題は「明治の晶子、ほとばしる豊かな抒情『みだれ髪』~『青海波』」。
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晶子がはなばなしくデビューした明治期ですが、「恋」を一つのキーワードにその時期を。ただ、歌集の中で晶子が「恋」の語を多用したのは、実は明治期より大正期だったそうですが。また、かの『みだれ髪』についても、晶子自身、後になって「取るにたらないものだった」的な自作評をしていたというあたり、興味深いものでした。
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光太郎も第一詩集『道程』(大正3年=1914)については、同じようなことを語っています。

「道程」の構成がいはゆる詩集のやうでなくて、むしろ一つの雑綴のやうであるといふ 人もあるが、その通りである。当時私は世人のいふ詩集といふ特殊観念に鼻もちがならず、(詩集にガラスの宝石をちりばめるといつたやうな観念だ。)ただ製作順に自己の詩を並べて、注意深い読者におのつから筆者内面のエヴオリユウシヨンを見てもらはうとしたのである。それ故、装幀も無装飾、まるで違つたカテゴリイに属する詩篇も平気で並べたのである。お上品な、いはゆる詩人気質の好きな人は始から「道程」などを手に取らない方がいい。(「某月某日」昭和16年=1941)

ただ、ここにはある種の自負心は感じられますが。

続いて米川千嘉子氏が、「大正の晶子、人生にわたる浪漫『夏より秋へ』~『瑠璃光』」と題してのご発表。
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晶子というと「明治の歌人」というイメージがありますが、最も旺盛に執筆や出版を行っていたのが大正期ということで、さらに夫の寛との関係性の変化、生活上の苦労、明治期と異なる様々なモチーフ(滞欧体験、連作の試み、羈旅歌的な作他)や新たなジャンル(感想集、評論集、『源氏物語』訳、自由詩など)への挑戦といったお話。

智恵子の先輩にして『青鞜』主宰だった平塚らいてう等とのいわゆる「母性保護論争」などについても言及されました。

トリの松平盟子氏で、「昭和の晶子、その変節と不変『心の遠景』~『白桜集』」。
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昭和2年(1927)に与謝野家は荻窪に移り、同10年(1935)に寛、そして同17年(1942)に晶子が逝去。いわば晩年ですね。この頃になると晶子の作品発表先が、主宰していた雑誌『冬柏』は別として、『横浜貿易新報』などに限られていたというお話など。晶子自身も現場近くに居たという、関東軍による張作霖爆殺事件(昭和3年=1928)以後、満州事変(同6年=1931)、日中戦争(同12年=1937)と推移していく世情の中で、ある意味、かつての晶子スタイルの作は世の中にとって不要とされていくさまなど。

そして晶子も翼賛的歌文を書くように。松平氏、昭和9年(1934)の散文集『優勝者となれ』序文の一節を引かれていました。

 目前の日本は、国家としても、個人としても、破天荒の飛躍を断行しつつ、歴史を新しくする一大転機の中に動いてゐる。無用の旧憤、有害なる前例は之を破らねばならぬ。すべての人が各自の能力相応に日本の進転を円滑にする歯車の一つとして国民の本文を尽さねばならぬ。(略)この一大転機に歓呼して進む日本人は、もとより百難千苦の抵抗を前途に覚悟してゐる。

どこぞの大統領と会ってぴょんぴょん跳びはねた愚物が涙を流して有り難がるような文章ですね。

また、遡って昭和7年(1932)には、昭和とは思えないような文語定型の翼賛詩も発表しています。これは存じませんでした。
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昨年亡くなった晶子研究の泰斗・逸見久美氏はこのあたり、寛の代筆ではないかとおっしゃっていたそうです。さもありなん、ですね。

休憩を挟んで、最後に発表のお三方が揃ってご登壇なさり「まとめ 人生の歓喜も悲哀も詠み尽くすということ」。
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ちなみにスクリーンの下に写っている茶髪はシャンソン系歌手のモンデンモモさんです。2週間ぶりに会いました(笑)。荻窪の晶子顕彰団体・杉並与謝野晶子研究会さんに所属されているそうです。そういえば昨冬、当方が発表を仰せつかった「第19回 明星研究会シンポジウム 『明星』と美術~ 華麗にして心に響くカタチ」にもいらしていました。少し前から晶子短歌モチーフの曲を作られ、歌われているそうで。

関係の皆様のますますのご活躍、そして晶子研究のさらなら進展を祈念いたし、都内レポートその1、終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 28 『日本の詩歌 10 高村光太郎』中公文庫

昭和49年(1974)9月10日 中央公論社 編集委員 伊藤信吉/伊藤整/井上靖/山本健吉
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目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 食後の酒 寂寥 声
  新緑の毒素 廃頽者より 髪を洗ふ女 なまけもの 手 地上のモナ・リザ 父の顔
  泥七宝 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 夜 狂者の詩 山 よろこびを告ぐ
  冬が来た 冬の詩 牛 道程 群集に 万物と共に踊る 五月の土壌 秋の祈 失走
  白昼の空気 あたり前 PRÉSENTATION  秒刻 マデル 豆腐屋
 道程以後
  わが家 花のひらくやうに 海はまろく 湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 無為の白日
  小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  クリスマスの夜 下駄 冬の送別 沙漠 落葉を浴びて立つ とげとげなエピグラム
  新茶
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥 竜
 猛獣篇時代
  聖ジヤンヌ 秋を待つ 火星が出てゐる 冬の奴 怒 花下仙人に遇ふ 母をおもふ
  その年私の十六が来た 詩人 偶作 平和時代 寸言 或る墓碑銘 冬の言葉 当然事
  さういふ友 あの音 夏書 焼けない心臓 街上比興 上州湯桧曽風景 或る筆記通話
  無題 激動するもの 上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ
  孤独が何で珍しい のつぽの奴は黙つてゐる 機械、否、然り 友よ 霧の中の決意
  非ヨオロツパ的なる もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 お化け屋敷の夜
  つゆの夜ふけに
 造型篇
  五月のアトリエ 鉄を愛す 月曜日のスケルツオ 車中のロダン 後庭のロダン 葱
  美を見る者 最後の工程 首の座 刃物を研ぐ人 似顔 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛
  孤坐 蝉を彫る 十和田湖畔の裸像に与ふ 偶作
 独居自炊
  秋風辞 地理の書 銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 最低にして最高の道
  百合がにほふ 手紙に添へて 新緑の頃 氷上戯技 晴天に酔ふ 独居自炊 われらの道
  美しき落葉 石くれの歌 春駒
 智恵子抄
  人に 涙 おそれ からくりうた 或る宵 郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪
  人類の泉 人に 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 金 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
  人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
  レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 もしも智恵子が 元素智恵子
  メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 松庵寺
  智恵子と遊ぶ
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告 山林
  「ブランデンブルグ」  人体飢餓 悪婦 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型
  田園小詩
   山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地 ヨタカ
  女医になつた少女 山の少女 山のともだち 餓鬼 わが詩をよみて人死に就けり
 詩人の肖像 山本健吉
 鑑賞 伊藤信吉
 年譜 

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。文庫本としては異例の多くの作品を掲載し、さらに一篇ごとに伊藤信吉による的確な解説文が附されています。残念ながら絶版ですが。

手持ちのものは平成3年(1991)の9版です。

学会のご案内です。

有島武郎研究会 第 79 回 全国大会(ハイブリッド開催) 特集『白樺』派と〈美術史〉の転回 -〈民藝〉と〈アナーキズム〉の視座から-

期 日 : 2026年6月6日(土)
会 場 : 二松学舎大学九段キャンパス4号館6階 4061教室 千代田区三番町6-16
      Zoomによるオンライン
時 間 : 12:40開会
料 金 : 無料

===プログラム===(総合司会)石井 花奈

12:40     開会の辞 佐藤晋(二松学舎大学学長)
12:50〜14:00 《研究発表》 
       武者小路実篤における戦後作品 ——原爆のあとの「真理先生」——鳥海菜緒
       〈分身〉の諸相 —有島武郎個人雑誌『泉』における小説表現の一側面
—阿部高裕
14:00〜14:20 休憩
14:20~17:00 《特集『白樺』派と<美術史>の転回 〈民藝〉と<アナーキズム>の視座から》
       (司会)村田裕和
14:25~15:40 【報告】 文士たちの黒耀会 足立元
           有島武郎のアナーキズムにつながる美術への視座 三田憲子
           柳宗悦における「社会美」とは何か—民藝運動と共同体をめぐって
— 梶谷崇
15:40〜16:00 休憩・質問募集
16:00〜17:00 【討議】
17:00      閉会の辞 梶谷崇(有島武郎研究会会長)
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有島武郎と光太郎は、『白樺』を通じての交流がありましたし、有島の実弟・生馬と光太郎は留学仲間でもありました。むしろ武郎より生馬の方が光太郎に近かったと言えるでしょう。

光太郎と武郎とのつながりのうち最も有名なのが、大正12年(1912)に光太郎のブロンズ代表作「手」を武郎が入手した(戦後の光太郎日記では「有島武郎氏に進呈」と書かれています)こと。その際の武郎から光太郎宛の書簡が『有島武郎全集』に収められています。

今日は御制作「手」を態々お届け下さいまして難有う御座いました。拝見して驚きました。手といふものがあんな神秘的な姿を持つてゐるものだとは今まで心付きませんでした。あれは又一箇の群像でもありました。見てゐれば見てゐる程それは不思議です。明日は面会日ですから早速部屋にかざつて見る人を驚かさうと楽しんでゐます。「手」といふ題で感想を書いて見たいと思つてゐます。何しろ本当にありがたう御座いました。永く永く襲蔵して御厚情を記憶します。不取敢御礼迄。

余談ですが、この書簡、大正13年(1924)に叢文閣から最初に出た『有島武郎全集』では「手」を「牛」とするとんでもない誤植があります。冒頭部分が「今日は御制作「牛」を態々お届け下さいまして……」となっているのです。「まさかそれを真に受けて書いてるものは無いだろう」と思って調べたところ、残念ながらありました。しかも「牛」のイラスト入りで。頭を抱えてしまいました。
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頓珍漢ついでにもう1件。以前にも書きましたが、橋爪健というマイナーな作家が書いた『文壇残酷物語』(昭和39年=1964)という、有島や光太郎を含む数人の作家のゴシップ的な評伝集があります。そこに、「手」のモデルが自分の手だと有島が語った場面があり、以前はそれを真に受けて「「手」は有島の手がモデルである」と堂々と書いた修士論文だか博士論文だかがネット上で見られる状態でした。ネット上に出ていたということは、それが通ってしまったのでしょうね。

武郎書簡にある「「手」といふ題で感想を書いて見たい」は、武郎の個人誌『泉』の第2巻第4号(大正12年=1923)に発表された「手 (高村光太郎氏の製作にかかる左手のブロンズを見入りて)」という詩。
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結局、この直後に武郎は自裁してしまうわけなのですが……。

閑話休題。

今回の研究会のうち、美術史家の足立元氏によるご発表が「文士たちの黒耀会」。公式サイトに「発表要旨」が出ています。

 一九一九年末にアナキスト画家の望月桂を中心に結成された黒耀会は、革命と芸術の一致を目指し、美術、文学、音楽、演劇、社会運動など多彩な領域の者たちが参加した。その活動は、アンデパンダン形式の展覧会にとどまらず、演劇や音楽会にも展開した。本発表では、文学史に関する事柄を中心に、新たな資料群の発見によって現れたいくつもの謎や未解決の課題を整理する。そして、黒耀会を通して浮かび上がる、この時の文士(文学者)たちが振る舞った異例のあり方について考えてみたい。
 黒耀会の謎は、そこに参加した有名な文士たちが誰で、どのような絵や書を発表したのかである。有島武郎と加藤一夫については望月との合作がある。北原白秋の短冊も残る。望月の回想の他に裏付けはないが、中里介山、島崎藤村、高村光太郎も黒耀会展に参加していた。一九二一年の第三回黒耀会展は、民衆芸術展として開催したが、当時の記事によれば、武者小路実篤、与謝野鉄幹・晶子、長谷川如是閑らが出品していた。このように、黒耀会を通じて、当時の文壇とは別の文士たちのネットワークが浮かび上がる。当然それぞれの関わりに濃淡はあったにしても、アナキズムとの関わりにおいて当時の文学作品を捉え返すことも可能だろう。
 文士たちは、黒耀会展において、書や手書きの詩の短冊、あるいは画家との合作を並べていた。それは詩書画の一致という文人の理想像に重なるものであり、いわば近代の文士から近世の文人へと遡る振る舞いであったといえる。そのような意味で、当時の文士たちにとって黒耀会は新しくなかったし、むしろ自然で原初的な場だっただろう。だが今日から見るならば、黒耀会は、「文学」が活字の文字から解放され、パフォーマティブな総合芸術の一部となった先駆として評価することができる。

光太郎が東京美術学校で明治35年(1902)に彫刻科を卒業し、研究科に残ったあと、明治38年(1905)に入り直した西洋画科で同級生だった望月桂が、大杉栄らとともに立ち上げた「黒耀会」がメインで取り上げられます。足立氏、昨年、埼玉県東松山市の丸木美術館さんで開催され、現在、信州安曇野市の安曇野文書館さんで開催中の「望月桂 自由を扶くひと」展に深く関わられたようです。

「高村光太郎も黒耀会展に参加していた」とありますが、『高村光太郎全集』別巻の年譜では大正10年(1921)の項に「十二月二十日~二十三日、神田駿河台倶楽部で開催された黒耀会第三回展覧会に、島崎藤村の書、有島武郎の写経などと共に、ブロンズの「手」を出品する。プロレタリア美術運動の初期を飾るこの会の中心だったのは、洋画科に再入学した時の同級生望月桂だった」とあります。

この「黒耀会」と光太郎の繋がりが、今一つ詳しくわかっていません。第一回展が大正9年(1920)4月に牛込築土八幡停留所前の骨董店で、第二回展は大正10年(1921)の11月24日(23日とする文献も)から5日間、京橋の星製薬(星新一の父・星一が社主)で開催されましたが、そちらには光太郎の出品はなかったようです。

大杉が関わっていたからでしょう、第二回展は官憲の介入があり、初日に警視庁の検閲係長、特高課長等が会場を封鎖して検閲、20点あまりの出品作が撤去されるという事件がありました。治安維持法が施行されるのはまだ先ですが、既にそれに近い措置は行われていたようです。

そしてすぐ行われた第三回展で、光太郎が「手」を出品したわけです。おそらくこの時の「手」が、のちに武郎に進呈されたのだと思われます。また、結局は断られましたが、やはり大正10年(1921)には大杉の義弟・近藤憲二の主宰する『労働運動』編集部に「手」を寄贈したいと申し出たことがあったそうです。のち、ゴリゴリの大政翼賛に転じる光太郎ですが、この頃はアナーキズム・プロレタリア系のシンパ的な立ち位置でした。
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武郎の死後、この「手」は武郎と親しかった秋田雨雀の手を経て、現在は竹橋の東京国立近代美術館さんに収蔵されています。

さて、その黒耀会がらみということで、ぜひ拝聴したかったのですが先約があり、うかがえません。可能な方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 26 『高村光太郎資料 第二集』全集補遺Ⅱ

昭和47年(1972)9月20日 文治堂書店 北川太一編
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目次
 書簡
  明治三十二年(一八九九)頃 明治三十三年(一九〇〇) 明治三十八年(一九〇五)
  明治三十九年(一九〇六) 明治四十年(一九〇七) 明治四十二年(一九〇九)
  明治四十三年(一九一〇) 大正元年(一九一二) 大正三年(一九一四)
  大正五年(一九一六) 大正九年(一九二〇) 大正十年(一九二一)
  大正十一年(一九二二) 大正十二年(一九二三) 大正十三年(一九二四)
  大正十四年(一九二五) 大正十五年・昭和元年(一九二六) 大正期年代不詳
  昭和二年(一九二七) 昭和三年(一九二八) 昭和五年(一九三〇)
  昭和六年(一九三一) 昭和八年(一九三三) 昭和九年(一九三四)
  昭和十年(一九三五) 昭和十二年(一九三七) 昭和十三年(一九三八)
  昭和十四年(一九三九) 昭和十五年(一九四〇) 昭和十六年(一九四一)
  昭和十八年(一九四二) 昭和十九年(一九四四) 昭和二十年(一九四五)
  昭和二十一年(一九四六) 昭和二十二年(一九四七) 昭和二十三年(一九四八)
  昭和二十四年(一九四九) 昭和二十五年(一九五〇)
  昭和二十六年(一九五一) 昭和二十七年(一九五二) 昭和二十八年(一九五三)
  昭和三十年(一九五五)
 書簡索引
 後記  

昭和33年(1958)に完結した第一次『高村光太郎全集』(筑摩書房)に漏れていた光太郎書簡の集成です。平成8年(1996)に刊行された増補版の『高村光太郎全集』第21巻にすべて収録され直すことになります。ただ、その後も600通ほどの書簡が見つかり続けています。つい最近もまた1通みつけました。

「ごほうび浪漫博TOKYO」。大規模フリーマーケット的なイベントのようです。レース開催のない日の競輪場を会場に行われるということで、なかなかのアイディアですね。スペースはいくらでもありそうですから。

「調布経済新聞」さん記事。

調布・京王閣でカルチャーの祭典 300組出店で地域盛り上げる

 京王閣が企画するイベント「ごほうび浪漫博TOKYO-GOHOUBI&ROMAN EXPO-」が5月30日・31日、京王多摩川駅近くの「東京オーヴァル京王閣」(調布市多摩川4)で開催される。
 競輪で知られる「京王閣」は1927(昭和2)年に遊園地として開園。大浴場やビリヤード場などの遊戯施設や、メリーゴーラウンドや豆汽車など備え、「東洋の宝塚」と評されるほどのにぎわいを見せた。戦時中に畑や軍の業務に使われるようになり、1947(昭和22)年に閉園。1949(昭和24)年に「京王閣競輪場」が開設された。
 現在、京王電鉄が「京王多摩川駅前開発プロジェクト」として新しい街づくりを進める中、同施設は「歴史ある京王閣を地域に開き、イベント拠点とすることで、さらに街を盛り上げたい」と、「KTaMA NOSTALGIA(ケータマ・ノスタルジア)」プロジェクトを立ち上げた。
 「ごほうび浪漫博TOKYO」は、同プロジェクトの第1弾のイベントとして開催。会場は、各地のご当地キャラ39体と触れ合うことができる「ご当地キャラ偏愛サミット」、作者が自作のZINEやイラストなど約90店舗が出店する「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」)、約50台の名車のオーナーが自慢の車を特別展示エリアで披露する「京王閣HISTORICA G.P.」のほか、約30店舗が出店する「花とオヤツのうつわ集め市」、約60店舗の「アナログライフ百貨展」、約30店舗の「レトロ!ザ・ワールド」、約20店舗の「いっちょうらCollection-洋裁&Vintage-」の7つのゾーンで構成。「世界のつまみぐい倶楽部(クラブ)」として、キッチンカー30台が集まるフードエリアも用意する。 
 会場内では「スナックPoraris スペシャルver」と題して、調布市内の「非営利型株式会社Polaris(ポラリス)」が調布駅周辺で開催している交流イベントも実施。地域の人が「ママ、マスター」として出迎え交流を持つ。京王線高架下の「1YY CLUB」では、マルシェイベント「けーたまるしぇ」を同時開催する。
 同社事業グループでKTaMA NOSTALGIAプロデューサーの加藤周一さんは「かつて多くの人を笑顔にした遊園地の記憶をよみがえらせたいと考え企画した。暮らしを彩る買い物体験から、39組のご当地キャラ、世界の名車展示まで、世代を超えた楽しさを詰め込んでいる。入場無料なので、ぜひ気軽に来場いただき、新緑の京王閣で自分への『ご褒美』を見つけていただけたら」と呼びかける。
 開催時間は11時~18時。入場無料。
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イベント詳細情報。

ごほうび浪漫博TOKYO

期 日 : 2026年5月30日(土)・31日(日)
会 場 : 東京オーヴァル京王閣 東京都調布市多摩川4丁目31-1
時 間 : 11:00~18:00
料 金 : 無料

レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車などが集まる、異色の大規模マーケットフェス。

【2026年5月開催】調布・京王閣が“ロマン”に染まる2日間。7つの独立した文化イベントが集結する「ごほうび浪漫博TOKYO」開催! ―― 全200店舗規模+α。レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車、そして食。自分の「好き」を労らう、異色の大規模文化博覧会 ――

AicoQ CircuLab(アイコクサーキュラボ:株式会社京王閣と愛国工業株式会社による共同事業体)は、2026年5月30日(土)・31日(日)の2日間、東京・調布の「東京オーヴァル京王閣」にて、独自の個性が光る7つのイベント(エリア)が集結する、大型文化祭典「ごほうび浪漫博TOKYO -GOHOUBI ROMAN EXPO-」を開催いたします。

新緑に包まれた歴史ある「京王閣」を舞台に、古き良き道具や手仕事の工芸品、レトロ雑貨に情熱的なZINE、愛らしいキャラ、クラシックカー、そして異国の香り漂うグルメが混ざり合い、ここでしか味わえない「エモくてちょっぴり不思議な非日常」を生み出します。会場を歩き回り、ふと目が合う。誰かの「ロマン」があなたの「ごほうび」に変わる。ぜんぶ見たい、全部ほしい。ワクワクしたいあなたのための新感覚よくばりワンダーランド。懐かしさの残る空間を背景に、あなただけの楽しみを見つけてくださいね。

【7大イベント(エリア)構成】
 1. 花とオヤツのうつわ集め市(約30店舗)
  最高の食卓と一輪の彩りを。心を満たす暮らしの庭
 2. アナログライフ百貨展(約60店舗)
  時を越えて愛される、一生モノの道具が集う交易局
 3. レトロ!ザ・ワールド(約30店舗)
  懐かしくて新しい「愛おしい」が交差する、記憶のパレード
 4. いっちょうらCollection -洋裁&Vintage-(約15店舗)
  自分を祝う「一着」に出会う。時を纏う服飾の郷
 5. ご当地キャラ偏愛サミット(キャラクター約35組)
  地域の魅力を再発見!キャラとふるさとの熱狂発信地
 6. TAMAGAWA BOOK CARNIVAL(約90店舗)
  言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮
 7. 京王閣HISTORICA G.P.(名車約50台 ※特別展示エリア)
  歴史を彩った名車が集結。時を忘れる大人の社交場

※会場内には「世界のつまみぐい倶楽部(約30組)」として、多種多様なグルメ・ドリンクを楽しめるフードエリアも登場します。
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「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリアが設けられ、80店舗以上が出店されるとのこと。「個性豊かなZINEや独立出版、活版印刷にイラスト、作り手の熱量がダイレクトに伝わる、紙とインクのロマンに浸るカーニバル」だそうです。「ZINE」は最近ちょっとしたブームの個人や少人数で発行する自主的な出版物を指します。
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各地で開催されている「文学フリマ」のような感じで、実際、「文学フリマ」に出店なさっている方がこちらにも数多く出てこられるようです。

「文学フリマ」で光太郎詩「レモン哀歌」モチーフの商品を販売なさったりされたことがおありの「装幀室白亜」さんがやはり出店されるそうで、Instagram投稿に光太郎の名。


手製本ZINEと布小物のお店を開きます。ZINEは紙と印刷にこだわった手製本です。

《短編書簡シリーズ》
純文学の世界観に浸るための新しい本の形です。手紙型の製本の中には、以下の3点のアイテムをセットで封筒に入れてお渡ししております。
 短編小説 ・・・メインとなるお話が一話分
 紹介カード①・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
 紹介カード②・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
夏目漱石セット、宮沢賢治セットなど、それぞれの作家の世界観を楽しめる装幀を施しました。
物語の世界からの手紙のように、あなたの日々の隙間に届きますように。
 高村光太郎 レモン哀歌  夏目漱石 夢十夜  宮沢賢治 春と修羅、よだかの星
 小川未明 金の輪  小泉八雲 夜光虫

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他店にも光太郎智恵子がらみがあるかもしれません。

5月31日(日)には昨日ご紹介した「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」に参りますので、方角的には同方向のため、ちょっとのぞいてみようかなと思っております。

他にもいろいろなコンテンツが用意されていますし、皆様方もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 24 『愛のきわみに』わが人生観13

昭和45年(1970)3月30日 大和出版 高村光太郎著
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目次
 愛について ――智恵子と私の出会い――
  智恵子の半生 智恵子の切抜絵 新茶の幻想 九十九里浜の初夏 某月某日
 人生について
  趣味という事 女みづから考えよ 女の生きて行く道 岩石のような性格
  日常の瑣事にいのちあれ 母性のふところ 若い人へ 玄米四合の問題 若い人へ
  玄米四合の問題 美しい生活 生命の創造
 若き日の思い出
  わたしの青銅時代 青春の日 遍歴の日
 美と真実の生活
  開墾 みちのく便り 山の春 山の秋 美と真実の生活
 詩について
  詩について 生きた言葉 所感
 智恵子像と社会観―解説― 藤島宇内
 年譜

全30巻ほどの「わが人生観」シリーズの一冊として刊行されたもので、収録されているのはすべて散文です。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第7刷です。カバーデザイン、造本などいろいろなバージョンがあるようです。

直接は光太郎智恵子等に関わらないでしょうが……。

第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「晶子短歌の全貌を見渡す~『みだれ髪』から『白桜集』まで」

期 日 : 2026年5月31日(日)
会 場 : 武蔵野商工会議所 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-10-7
      Zoom オンライン (定員100名)
時 間 : 14:00~16:30
料 金 : 2,000円
主 催 : 明星研究会
共 催 : 与謝野晶子倶楽部
協力・後援 : 国際啄木学会 落合直文顕彰会 日本現代詩歌文学館 平出修の会 
        劇団青年座

明星研究会の「与謝野寛・晶子を偲ぶ会」は、本年で20回を迎えます。それを記念して、晶子が生涯に詠んだ短歌を、23冊の詩歌集を中心に総合的に検証したいと思います。

晶子は明治・大正・昭和の3つの時代を生きました。それは近代と呼ばれる時空を心身に引き受けながら、内なる真実を追い求め、歌い続けることでもありました。恋にとどまらぬ多様なテーマを詠んだ晶子が、年齢・環境の変化をとおして成熟変貌していった経緯も見直したいところです。

今回は3人の歌人が迫ります。多くの皆さまのご参加をお待ちしています。

 ●プログラム●
 ①14:00~14:05 開会あいさつ
 ②14:05~14:45 
  講演「明治の晶子、ほとばしる豊かな抒情『みだれ髪』~『青海波』」古谷円
 ③14:45~15:25
  講演「大正の晶子、人生にわたる浪漫『夏より秋へ』~『瑠璃光』」米川千嘉子
 ④15:25~16:05
  講演「昭和の晶子、その変節と不変『心の遠景』~『白桜集』」松平盟子
 【休 憩】
 ⑤16:15~16:30
  まとめ「人生の歓喜も悲哀も詠み尽くすということ」古谷・米川・松平
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光太郎が『明星』出身ということで、明星研究会さんでは2度ほど発表もさせていただき、片足を突っ込んでいる状態です。事務局の仕事をやってくれ的なことも言われているのですが逃げ回っているところもあります(笑)。

今回は20回記念。「晶子が生涯に詠んだ短歌を、23冊の詩歌集を中心に総合的に検証」だそうです。

23冊中、『傑作歌選別輯高村光太郎与謝野晶子』(大正4年=1915)は2人の共著、また、『青海波』(明治45年=1912)の扉題字と扉絵、『白桜集』(昭和17年=1942)では光太郎が序文を担当しています。
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また、「23冊」に入っているかどうか不分明ですが、『晶子短歌全集 第三巻』(大正9年=1920)には挿画も。
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それから「23冊」中では晶子が光太郎に触れた箇所、光太郎作品の引用や評釈なども実に数多く。今回のどなたかのお話に、そういったことが少しでも含まれれば、とは思っております。

Zoomでのオンライン参加も用意されています。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 22 『高村光太郎詩集』

昭和44年(1969)1月10日 白鳳社 高村光太郎著 浅野晃編
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目次
 人に 
さびしきみち 郊外の人に 冬の朝のめざめ 山 冬の詩 牛 僕等 道程 秋の祈
 わが家 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル 米久の晩餐 クリスマスの夜
 落葉を浴びて立つ 樹下の二人 鉄を愛す 春駒 白熊 傷をなめる獅子 車中のロダン
 無口な船長 後庭のロダン 葱 鯰 象の銀行 夜の二人 聖ジヤンヌ 火星が出てゐる
 あなたはだんだんきれいになる 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ
 母をおもふ 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 当然事 あどけない話 同棲同類 旅にやんで
 首の座 上州湯桧曽風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 刃物を研ぐ人 南極
 風にのる智恵子 荻原守衛 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 晴天に酔ふ
 
手紙に添へて 潮を吹く鯨 地理の書 山麓の二人 レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩
 亡き人に 銅像ミキイヰツツに寄す 冬 へんな貧 蝉を彫る 梅酒 山林
 
「ブランデンブルグ」 山口部落 クロツグミ ヨタカ 岩手の人 もしも智恵子が
 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 元素智恵子 メトロポオル
 典型 東北の秋 十和田湖畔の裸像に与ふ
 
詩人の生涯(神保光太郎)
 鑑賞ノート(鈴木亨)
 年譜
 索引

ほぼ編年体の構成。函入りの上製本(愛蔵版)と、白いカバーの並製本が存在します。手持ちのものは昭和49年(1974)の第6刷です。

昨日ご紹介した旺文社文庫の『高村光太郎詩集』と順番が前後していました。すみません。

昨年もおおむね同じ内容で開催されたワークショップです。

永岡綾『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第10期⑤文庫本の改装〜ドイツ装~ at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2026年5月24日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都立川市緑町3-1 グリーンスプリングス1階
時 間 : 13:30~17:00
料 金 : 5,300円(税込)

講 師 : 永岡綾
編集者。ときどき、製本家。イギリスでブックバインディング(製本)の基礎を、また製本家・伊藤篤氏に師事してルリユール(工芸製本)を学ぶ。著書に『週末でつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)、『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』(ブルーシープ)、編著書に『本をつくるー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)。編集の仕事に『エルマーのぼうけん展』『谷川俊太郎 絵本★百貨典』『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』『アーノルド・ローベルの全仕事』(すべてブルーシープ)などがある。noteにて、製本にまつわるあれこれを執筆中。
note)http://note.com/reliure

2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)、西調布のTEGAMISHA BOOKSTOREと場所を変えながら、毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約80回、のべ800名以上の方に参加いただいている人気のワークショップです。

そして2026年5月からは、TEGAMISHA BOOKSTOREの移転に伴い、立川・グリーンスプリングスでの開催となります! 今まで通ってくださった方はもちろん、立川近辺の皆様もよろしくお願いいたします。

製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡 綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。

2026年1月からの第10期では、『製本家とつくる紙文具』に掲載の作品や、アレンジを加えた作品を教えていただいています。5月にトライするのは本ワークショップでも人気の「ドイツ装」 。「 ドイツ装」とは、表紙の「背」と「平(ヒラ)*表表紙と裏表紙の部分」に別の素材を使った「継ぎ表紙」のこと。今回のワークショップでは、背にはお好きな色のブッククロスを、平には手紙社のオリジナルペーパーからお好きな柄を選び、自分だけの組み合わせをお楽しみいただけます。

表紙に使う手紙社のオリジナルペーパーは、なんと約400種!! ブッククロスのほか花布、栞ひも、見返しは複数色の中からお選びいただけますので、組み合わせを楽しみながら、あなた好みの一冊を完成させてください。コントラストをきかせた色選びをして、キリっと端正な佇まいにするのもおすすめです。

仕上がりは、しっかりとしたハードカバーにより、上製本の安定感がありつつも、どこか軽やか。表紙にはお好きな文字で箔押しを。本のタイトルを入れるもよし、所有者のお名前を入れるもよし、模様を加えるもよし。自分だけの愛おしい一冊となりそうです。
*箔押しに関しては、もしも時間内に終えられなかった場合は、材料をお渡ししご自宅にて行なっていただきます。その場合も手順をお伝えしますのでご安心ください。

また今回は参加費に文庫本代が含まれますので、受付時に以下よりお好きなものをお選びください(在庫がある分に関しては、当日の変更も可能です)。
*5/14以降にお申し込みの場合は、発注時期の関係上、ご希望に添えない場合がございますので予めご了承ください。

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<文庫本ラインナップ>

 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)   『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)      『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)     『桜桃』(太宰治 )
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)    『地獄変』(芥川 龍之介 )
 『風たちぬ』(堀辰雄)      『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)    『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)      『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)    『李陵・山月記』(中島敦)
 *全てハルキ文庫からのご用意となります。

手紙社のオリジナルペーパーを使って、製本技術を学びながら紙文具作りを行う「製本家とつくる紙文具」ワークショップは、各回新たな製本の技を習得しながら、わかりやすく教えていただけるので、1回のみの参加も大歓迎です。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版に仕立てたり、大切な人へのギフト本を特別に装丁したりと、楽しみは膨らむばかり……! ぜひお気軽にご参加ください。

<当日のスケジュール>
開催日:2026年5月24日(日) 
◎13:30 集合(受付は13:00〜です)
集合5分前までに、レジにて受付を行ってください
◎13:30〜17:00ワークショップ(3時間半)
400種ほどある中から表紙に使う紙を10分ほどでお選びいただきます。
紙は11:00〜13:30の間も店内にてじっくりご覧いただけます。
◎17:00終了予定
当日の状況により、終了時刻は前後する場合もありますのでご了承ください。
*ご希望の方にはご自宅で復習できる材料も販売いたします(参加者限定)。
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書籍を自分好みの装幀に変えるという方法。海外ではけっこう一般的だったそうで、そこで「フランス装」「ドイツ装」などの分類があるようです。

書架に書籍を並べると、大きさ、背の色や文字のフォントなど、とにかくバラバラです。それが嫌で統一感を持たせたい、さらに分類ごとに色を変えたりなどといった意図もあるのだと思われます。洋画などで見かける富裕層の書斎、見事に整った書架を見かけることがありますね。

手持ちの古書の中にも、元の持ち主が装幀したのが明らかに分かるものが複数あります。ほぼ雑誌の合本ですが。背の文字など、金の箔押しになっていたりします。製本所などに頼んで作ってもらったんだろうな、という感じです。

光太郎著書でもそういうものを一冊ネットで入手したことがあります。元々、函なしカバー付きで出版されたものですが、函がついていてその函のデザインが元々のカバーと同じ。「「異装本」ってやつか?」と思って購入し、よく見てみると、カバーを裁断して別の函に貼り付けてあるものでした。手が込んでいましたが、オリジナルのカバー付きが既に手元にあったので、二冊あっても仕方ないと、自装本の方は古書店に売りました。

そういう自装本を作ろう、というワークショップです。

素材となる本はすべてハルキ文庫さんのラインナップで、昨年と同一。『智恵子抄』(平成23年=2011)も入っています。
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ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 12 『高村光太郎詩集』岩波文庫

昭和30年(1955)3月25日 岩波書店 高村光太郎著
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目次
 はしがき
 「道程」より
   失はれたるモナ・リザ 根付の国 画室の夜 寂寥 声 風 新緑の毒素 廃頽者より
   『心中宵庚申』 夏 けもの 父の顔 あをい雨 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち 狂者の詩 戦闘 カフエにて 山 冬が来た 冬の詩 牛 道程
  万物と共に踊る 秋の祈
 「道程」以後
  わが家 小娘 花のひらくやうに 丸善工場の女工達 米久の晩餐
  雨にうたるるカテドラル 落葉を浴びて立つ クリスマスの夜 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム 清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 傷をなめる獅子
  車中のロダン 葱 後庭のロダン 無口な船長 象の銀行 十大弟子 苛察
  ミシエル・オオクレエルを読む 火星がでてゐる 怒 偶作四篇 花下仙人に遇ふ
  母をおもふ 冬の言葉 旅にやんで ぼろぼろな駝鳥 当然事 首の座
  孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 のつぽの奴は黙つてゐる 偶作 七 村山槐多
  ばけもの屋敷 象 孤坐 手紙に添へて 団十郎像由来 つゆの夜ふけに 冬 へんな貧
  蝉を彫る 救世観音を刻む人
 「智恵子抄」より
  人に 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 僕等 晩餐 樹下の二人 鯰
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 美の監禁に手渡す者 人生遠視
  風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 あとがき(奥平英雄)

この手のものとしては、光太郎生前最後となりました。また、この手のもので唯一、光太郎本人による「はしがき」が収められています。

編集は光太郎と親しかった美術史家の奥平英雄。収録詩の選択には光太郎の意図もかなり反映されているようです。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第25刷です。カバーデザインは変わりましたが現在でも版を重ねています。

5月1日(金)の『東京新聞』さんから。コラムニスト・泉麻人氏の連載です。

あの町、このメシ 上野アメ横で西郷丼 『酒亭 じゅらく 上野店』 ぐるり東京

020“西郷像”をスタートして、目指すは“西郷丼”。晩春の上野さんぽ
 上野の西郷さんの前にやってきた。上野公園の一角にあるこの西郷隆盛像ほどポピュラーな銅像は他にないだろう。没後20年ほど経った明治30年代に高村光雲が手掛けた西郷像、脇に従えた薩摩犬のツン(ウサギ狩りにいくところらしい)も含めて、キャラが立っている。もっとも、西郷の顔だちは歴史書でもおなじみのキヨッソーネ作の肖像画をお手本にしたものらしく、そもそも弟の従道と親戚の大山巌のルックスをベースにしたものだという。
 あいにくの雨だったが、多くの観光客でにぎわう上野公園。取材時(4月中旬)には、若葉が出始めた桜の木が公園を彩っていた。
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 そこを始点に公園内を歩き始めた。桜の花の季節は過ぎ、動物園にパンダもいなくなったが、依然外国人の姿は多い。ここにくるといつも立ち寄る上野大仏(震災、戦災からしぶとく残った顔だけ飾られている)は、もう閉場の夕方4時を過ぎて拝めなかったけれど、五條天神や花園稲荷の参道を通りぬけて崖下の不忍池の方へ入った。弁天堂の周辺に建立された「めがね之碑」とか「スッポン感謝之碑」とか、昔からの上野の商業者たちが立てたユニークな石碑を瞥見(べっけん)して、池の南側を回って上野広小路東側のアメ横の一帯にやってきた。
 今回のターゲットは海産物や輸入雑貨の小店が並ぶブロックのさらに東方、JR高架線の狭間に続く飲み屋横丁の「酒亭 じゅらく」という店。西郷さんの銅像の前から出発したのは、ここの人気メニュー「西郷丼どん」というのをいただきたいからなのである。
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1日限定10食のランチメニュー「西郷丼」(2315円)。味噌汁とお新香付き。
 西郷丼というのを……、なんて書き方をしたけれど、僕はもう20年くらい前にこれを味わっている。場所は、西郷像の脇の崖際に存在した上野松竹デパートだったか、上野百貨店だったか……古びたショッピングビルのなかに入っていた「レストラン聚楽台」という同じ“じゅらく”系の店。確か、西郷丼がメニューに登場してまもない頃だったはずだが、その構造が当時のエッセー(『なぞ食探偵』)に記述されている。
 「アジサイの絵柄の大きな丼に、なんともゴージャスな具が盛り付けられている。真ん中にホウレンソウで縁どりされた温泉玉子が置かれ、豚の角煮(三個)、サツマ揚げ、明太子、鶏そぼろ、サツマイモ天、といった面々がそれを取り囲む。」
 要するに薩摩料理のラインナップを揃えた丼メシ、といったものだったが、大したボリュームだったことを覚えている。ちなみに西郷像脇のビルは「UENO3153」という新式のビルに改築されて「聚楽台」は入っていない。レストランとしては「じゅらく上野駅前店」というのがこの並びにあるけれど、西郷丼はここ酒亭(居酒屋)の看板メニューになっているようだ。
 夜はもちろん、昼飲みにも対応。玉子焼きなどの定番メニューや季節のアテとともに一杯いかが。
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 さて、久しぶりに注文した西郷丼、具の布陣は20年前と多少変わっていた。豚の角煮(鹿児島産黒豚使用)、明太子、温泉玉子といったあたりは不動だが、鶏そぼろは「さつま純然鶏もも岩塩焼き」という本格派に置き換わり、「きびなごの唐揚げ」が加わって、さつま揚げには西郷さんのキャラ絵が刻まれている。しかし、メシは悠々茶わん2杯分くらいはあって、相変わらずのボリュームでごわす。
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 お話を伺った店の責任者(レストラン営業1部業態リーダー)・川喜多淳一さんの名刺に〈笑顔をつないで100周年 1924〉と記したロゴマークが入っているが、1924年(大正13年)というのは関東大震災の翌年であり、「須田町食堂」という当初の店はその名のとおり、神田須田町交差点の名所・広瀬中佐像の西向かいあたりにあったという。
 15歳で新潟から上京した加藤清二郎という人物が創業者。リーズナブルな洋食(コロッケやハムライス)が震災後の新東京でウケて、とりわけ上野駅前の何軒かの店は、戦後の高度成長時代の上京者が初めて味わう洋食として知られるようになった。食堂にとどまらず、デパート、旅館業へと手を広げたが、ひと頃深夜のテレビでCMをよくやっていた「じゅらくよ〜」とマリリン・モンローのそっくりモデルがささやく伊東や水上の温泉ホテルももちろんココと同じ「じゅらく」だ。

今回訪れたお店
酒亭 じゅらく 上野店
住所 東京都台東区上野6-11-6
電話 03-3831-9640
営業時間 11:30~23:00(日曜、祝日11:30~22:00)
定休日 無休
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イラスト・なかむらるみ

上野で「じゅらく」というと、ファミリーレストランのさきがけのような「レストラン聚楽」が思い浮かびますが(幼い頃に行ったような記憶があります)、今回の「酒亭 じゅらく」さんも同じ聚楽グループのようです。聚楽グループといえば、一定以上の世代の方は『東京新聞』さんにもある「じゅらくよ~ん」というテレビCMが思い浮かぶと思われますが、そちらは同グループのホテルのCMでした。

「レストラン聚楽」は大正13年(1924)に神田須田町で開業した「須田町食堂」が最初で、翌14年(1925)には4店、昭和に入ってからは年間平均5店というハイペースでチェーンを広げたそうです。その中で上野が本拠となっていったようです。

大正15年(1926)12月、宮沢賢治が上京し、駒込林町の光太郎住居兼アトリエを訪問しました。その際、光太郎と賢治、それからもう一人の三人で、上野の聚楽に行って会食したという伝聞が、賢治研究の方面でまことしやかにまかり通っていた時期がありました。1970年代に出た『校本 宮沢賢治全集』の古い版の年譜の項に、そう書かれていたというのです。

しかし光太郎の回想には、賢治が訪ねてきたものの、アポ無しだったし、手が離せない状況だったため、玄関先で「明日もう一度来てくれ」と言って別れたと書かれています。おそらくその通りで、聚楽で三人で鍋をつついたというのはそう証言した人物の記憶違い、賢治や光太郎ではない誰かとの混同ということで落ち着いています。

ところが1970年代に出た『校本 宮沢賢治全集』の古い版の年譜だけ見て、未だに聚楽での会食があったと思い込んでいる人もいるようで、時折、ネットでそうした記述を見かけます。困ったものです。

閑話休題、 「酒亭 じゅらく」さんの「西郷丼」、ぜひご賞味あれ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 8 『高村光太郎選集 Ⅳ 芸術論 下』

昭和27年(1952)9月15日 中央公論社 高村光太郎著
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4函 4扉 4奥付
目次
 印象主義の思想と芸術
  一 概観 二 エドワール マネ 三 クロード モネ及び新印象派画家
  四 アルフレ シスレー
 五 カミーユ ピサロ 六 オーギユスト ルノワール
  七 エドガー ドガ其他
 八 ポール セザンヌ、附、後期印象派 九 附言 年表
 芸術雑感
  第三回文部省展覧会の最後の一瞥 緑色の太陽 ノラの型 詩歌と音楽
  ミラノの本寺とダ・ヰ゛ンチの壁画 芸術雑話 七つの芸術 芸術鑑賞その他
  彫刻に何を見る
 人と作品
  ホヰツトマンの事 ホヰツトマンのこと ヹルハアラン ドナテロ小感 アンドレ ドラン
 月報 詩人と彫刻家 豊島与志雄 高村さんの近況 草野心平 無機 松下英麿

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第5回配本です。

開催中の企画展示についての報道を2件。

まずは京都から、『京都新聞』さん記事。

裂、糸、色… 染織家・志村ふくみさんの創作を支える言葉たち 根底にある思いは

  細見美術館(京都市左京区)で開催中の特別展「志村ふくみ 百一寿 -夢の浮橋-」では、紬織(つむぎおり)の人間国宝・志村ふくみさん(101)にまつわる数々の「言葉」に触れられる一角がある。
 作品の制作過程で生まれた「裂(きれ)」や紬織の根底をなす「糸」、自然が生み出す「色」…。随筆家でもある志村さんはそれらが持つ意味を、言語化して人々に伝えてきた。そして、詩人や歌人、文学者らが残した言葉に刺激を受け、活動の糧としてきた。
   志村さんの世界観を紹介する展示室に足を踏み入れると、詩人・高村光太郎(1883~1956年)が1932(昭和7)年に詠んだ詩「五月のウナ電」を志村さんが筆で写し、大小さまざまな裂で彩った作品が目に入る。ウナ電とは、かつてあった緊急電報のこと。宇宙から地球上のさまざまな動植物に向け、それぞれの生を謳歌(おうか)するよう警告を発する内容だ。
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高村光太郎の詩「五月のウナ電」を志村さんが自らの筆と裂で表現した作品

 今回の展示にゲスト企画者として携わった芸術学校「アルスシムラ」講師で、志村さんの弟子でもある染織家の外山もえこさんは「(志村さんは)この詩を人間への警告と受け取ったようです」と言う。自身の作品は自然の持つ命をいただいてできている、との信念を持つ志村さんならではの着眼点が表れていると言えるだろう。
   展示室には、志村さん自身が紡いだ言葉の自筆作品やパネルも並ぶ。裂は「糸のあわいから、響いては消えてゆくかすかなさざめきが、聞こえるかも知れない」。蚕がもたらす糸は生きていて、「抱きしめたいほどにいとし」く、色は「木の精なのです」(いずれも随筆集「一色一生」より)。志村さんが箱に収めてきた小さな裂も展示されている。
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志村さんの詩「裂によせて」の自筆作品

 2014年の随筆「冬の湖」は、生まれ故郷である湖国の自然への賛歌だ。JR湖西線に揺られて見た、枯れた葦(あし)と琵琶湖、雪。3者が織りなす色の対比を、「藍と金と白に立ち昇るのだ」と表す。
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故郷である滋賀の風景が放つ「色」を表した随筆

 特別展は5月31日まで。午前10時~午後5時。有料。5月4日を除く月曜と5月7日は休館。同館と京都新聞の主催。

細見美術館さんで開催中の特別展「志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―」の紹介です。

光太郎詩「五月のウナ電」(昭和7年=1932)をモチーフとした裂(きれ)。令和5年(2023)、都内の銀座大黒屋ギャラリーさんで開催された「志村ふくみ氏・洋子氏母子の作品展示販売会 五月のウナ電」の際にも展示されたものです。

続いて都内、『朝日新聞』さん。こちらは文京区立森鷗外記念館さんで開催中の特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」について。

森鷗外や樋口一葉が表現した坂 森鷗外記念館で春の特別展

 文京区内の坂や名所について描写された、明治から昭和初期の近代文学が展示されている。
 森鷗外記念館(文京区)で春の特別展「近代文学でよむ文の京の坂と名所」が11日から開かれている。区内に数多くある坂や名所がどう描かれてきたのかに着目し、実際の地図に落とし込んで紹介する展示もある。6月28日まで。
 「坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広いこの坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている」。森鷗外は「青年」で根津神社の周辺をこう表現した。他にも樋口一葉や永井荷風らが表現した、区内17カ所の名所や坂の当時の情景を、一節を通して紹介する。
 展示の後半では、森鷗外がかつて暮らした千駄木に焦点を当てる。鷗外のほかにも高村光太郎や夏目漱石、江戸川乱歩なども住んでいたとされ、それぞれの作品からかつての町の様子や人々の暮らしを読み解くことができる。
 同館司書の岩佐春奈さんは「すでに行ったことのある坂や、よく歩く坂について、当時と現在との違いを楽しめる。また、展示をきっかけに興味を持った場所にこれから出かけてみるのもいいのでは」と話す。
 観覧料は600円。問い合わせは同館(03・3824・5511)へ。
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この手の報道を見て「こんなんやってたんか? じゃぁ行ってみよう」という向きも少なからずいらっしゃるはずですので、ありがたいところです。

まだという方、こんなんやってるんで、じゃあ行ってみて下さい(笑)。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 1 『高村光太郎詩集』

昭和22年(1947)7月5日 鎌倉書房 草野心平編
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目次
 Ⅰ
  寂寥 新緑の毒素 はかなごと 父の顔 さびしきみち 戦闘 道程 万物と共に踊る
  秋の祈 小娘 序曲 米久の晩餐 かがやく朝 雨にうたるるカテドラル 沙漠
  冬の送別 五月のアトリエ 鉄を愛す 無口な船長 火星が出てゐる 氷上技戯 葱
  触知 晴天に酔ふ 冷熱 偶作十二 少年を見る 或る墓碑銘 冬の奴 怒 母をおもふ
  冬の言葉 刃物を研ぐ人 花下仙人に遇ふ 街上比興 その詩 首の座
 Ⅱ
  クリスマスの夜 ラコッチイ・マアチ 車中のロダン 後庭のロダン 聖ジャンヌ
  十大弟子 旅に病んで 存在 耳で時報をきく夜 村山槐多 レオン ドウベル 南極
  つゆの夜ふけに 芋銭先生景慕の詩 老耼、道を行く
 Ⅲ
  清廉 傷をなめる獅子 苛察 雷獣 龍
 Ⅳ
  人類の泉 僕等 愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 鯰 夜の二人
  あなたはだんだんきれいになる 同棲同類 美の監禁に手渡す者 山麓の二人
  ばけもの屋敷 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 覚書 草野心平

比較的長期に亘る作品群から、主として光太郎以外の人物がセレクトして編んだものを『選集等』としてご紹介していきます。

まずは光太郎単独のものからですが、意外といえば意外、戦後になるまで、光太郎単独でのこの手のものは出されていませんでした。3人で一冊、とかはありましたが。

編集は当会の祖にして最も光太郎と親しかった詩人と言える草野心平でした。心平はこの後、何度もこの手の出版に携わっていきます。

本来はカバー付きですが、当方手持ちの者は裸本です。

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