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テレビ放映情報です。

まずはアーカイブ映像の使い回しですが。

日本歌手協会歌謡祭プレミアム

BSテレ東 2025年12月17日(水)  19:00〜21:00

毎週水曜日は懐かしの名曲をたっぷりと聴くことが出来る2時間!赤、青、黄色・・・曲名や歌詞に「色」が入ったカラーソングをいろいろとお届けします!

「ルイジアナ・ママ」飯田久彦 「黒百合の歌」織井茂子 「イルカにのった少年」城みちる
「黒い花びら」湯原昌幸 「黒姫ものがたり」小沢あきこ 「桃色吐息」川中美幸
「赤と黒のブルース」鶴田浩二 「砂の十字架」中村晃子 「青い山脈」青山和子
「赤い花白い花」芹洋子 「真赤な太陽」秋元順子 「悲しき口笛」三山ひろし
「命くれない」瀬川瑛子 「白い花の咲く頃」岡本敦郎 「白い蝶のサンバ」森山加代子
「白いブランコ」ビリー・バンバン 「シクラメンのかほり」キム・ヨンジャ
「黄色いシャツ」浜村美智子
「黄色いさくらんぼ」牧山直江(スリー・キャッツ)、あべ静江、山田邦子
「みずいろの手紙」あべ静江 「月がとっても青いから」菅原都々子 「緑の地平線」青木光一
「新雪」高道(狩人) 「天使の誘惑」黛ジュン 「みかん色の恋」ずうとるび
「渡り鳥」三沢あけみ 「智恵子抄」二代目コロムビア・ローズ 「長崎の女」春日八郎
「亜麻色の髪の乙女」貴津章 「夏色のナンシー」早見優 「悲しい色やね」上田正樹

出演者 <司会>合田道人
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昭和39年(1964)にリリースされた、故・二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」の映像が使われます。これまでも同じ系統の番組で何パターンかが流されてきています。
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作詞は故・丘灯至夫氏。智恵子の故郷にして歌の舞台にもなっている二本松に近い小野町のご出身でした。
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二本松市では正午の防災無線のチャイムが「智恵子抄」です。


もう1件、番組ではなくCMですが、今月からオンエアされるようになったJR東日本さんの「大人の休日倶楽部」CMが「青森・奥入瀬」篇です。

冒頭にいきなり光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」。
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ぼーっとテレビを見ていて突然「乙女の像」が写り、仰天しました(笑)。厳密にいうと「乙女の像」のある休屋地区は「奥入瀬」ではないのですが、よしとしましょう(笑)。

「大人の休日倶楽部」CMは、20年もの長きにわたり吉永小百合さんが出演されていましたが、今年から竹野内豊さんにバトンタッチされ、3月から放映されていた「福島・会津」篇に続いて2作目です。
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奥様役はJRさんでお名前を公表されていませんが、河井青葉さんという女優さんのようです。

お二人はJRバスに乗って、十和田湖から奥入瀬渓流へ。
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まさに今、現地はこんな感じなんでしょうね。

15秒バージョンとと30秒バージョンの2種が制作されています。



今後、ぜひ花巻篇や安達太良山篇、九十九里浜篇なども作っていただきたいものです(笑)。

【折々のことば・智恵子】

芸術の問題から、魂の事を除外しては――表現の技巧ばかりの事では――われわれを感動させる事は不可能です。


アンケート「好きな俳優=その理由=」より 大正13年(1924) 智恵子39歳

全ての芸術にあてはまることですね。

テレビ放映の情報です。

東北ココから 鈴木京香の東北オトナ旅 青森県十和田市編

地上波NHK Eテレ 2025年11月29日(土) 16:30〜16:59

宮城県出身の鈴木京香さんが新しい東北の魅力を発見する旅番組!今回の目的地は、アート好きの京香さんがずっと行きたかった青森県十和田市。草間彌生など世界的アーティストの作品が並び、有名建築家が設計した美術館には国内外からアート好きが訪れる知る人ぞ知る人気スポット。京香さんはアート作品に大興奮!さらに“ひとりスナック”や伝統工芸「南部裂織」の体験にも挑戦!今まで見たことがない“素の鈴木京香”がいっぱい!(8月29日東北地方で放送)

出演者 【出演】鈴木京香 【語り】久保史緒里
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番組説明欄に「8月29日東北地方で放送」とあるのを当方、当時の配信サービス「NHKプラス」で拝見しました。

今回の放映は30分の「パイロット版」だそうで、10月17日(金)には43分の「完全版」の放映もあった由、『朝日新聞』さんの青森版に記事が出ていました。そちらをご紹介した際「こうした地方限定の番組、系列のBS局などで放映してほしい」と書いたのですが、Eテレさんでオンエアされるとは意外でした。ただ、尺の関係もあるのでしょうか、「完全版」ではなく「パイロット版」です。それでも録画してDVDに残すことができますので大歓迎です。ネット上の動画等もDVD等に残す技があるのかも知れませんが、当方、そういうスキルはありません。

光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が取り上げられます。
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その他、市街地の十和田市現代美術館さん(先日の『朝日新聞』さんではそこのところを大きく取り上げていました)、南部裂織の工房、新刊書店、それから鈴木さん人生初スナック(笑)など。
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皆様もぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

ロダン夫人は、大きなサロンの中へ移されて、まるで睡つてゐるやうな様子であつた。ロダンはそれを見たがつた。彼は死者の顔の上へ身を屈めて、顔の上に接吻し、長い間つぶやきながら見てゐた。  ――美しい……古代彫刻の様に美しい……

光太郎訳 マルセル チレル「ロダン夫人の死」より
大正12年(1920)訳 光太郎41歳

ロダン夫人のローズ・ブーレは大正6年(1917)2月14日に亡くなりました。出会ったのは文久4年(1864)で、慶応2年(1866)には長男も誕生しますが、久しく内縁関係で(フランスでは事実婚は珍しくありませんでした)、正式な入籍は亡くなる2週間前の1月29日。ロダン自身も同じ年の11月17日に歿します。

このあたり、光太郎智恵子の関係にも通じますね。2人が出会ったのは明治44年(1911)、籍を入れずの結婚披露は大正3年(1914)、入籍は智恵子の心の病が昂進してからの昭和8年(1933)でした。そして妻に先立たれたという点も。

ローズが亡くなった際のロダンの様子からも、光太郎詩「レモン哀歌」や「荒涼たる帰宅」が想起されます。

ロダン貧窮時代にはさんざん苦労をかけられ、世に認められてからはカミーユ・クローデルとの愛人関係でまた一悶着。全てから解放されて亡くなって「古代彫刻の様に美しい」と言われて、嬉しかったかどうか……。

3件ご紹介します。

まずは完全に光太郎がらみで、ラジオ放送。

朗読のヒロバ 第59回 高村光太郎「智恵子抄」

TBSラジオ 11月23日(日) 05:05 ~05:15

日々研鑚したプロの技術で朗読すると、物語はより立体的に瑞々しく聞こえてくるものです。この番組では、TBSアナウンサーはじめ“声のプロ”である、アナウンサー、ナレーター、俳優、声優などが「ヒロバ」に集まる様な感覚で、毎月テーマを決めてお届けします。自らの技術を活かして、古今東西の名作を朗読!お楽しみに。

次回は、高村光太郎「智恵子抄」の作品を朗読!

【出演】佐藤文康 皆川玲奈 御手洗菜々
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続いてはテレビ番組。光太郎智恵子には触れられないような気もしますが……。

秘湯ロマン

地上波テレビ朝日 11月21日(金) 03:00~03:30

日本全国の秘湯と呼ばれる温泉の魅力を紹介します。今回の秘湯は福島県、飯坂温泉「鯖湖湯」「青葉旅館」「鯖湖湯」、穴原温泉「吉川屋」。

出演者 【旅人】佐藤あかり 【ナレーション】丸山未沙希
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福島市の穴原温泉・吉川屋さんが取り上げられます。光太郎智恵子が大正9年(1920)に泊まった宿です。画像は当方手持ちの古絵葉書。
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さらに、交流のあった作家・田村松魚に宛てた絵葉書。大正9年(1920)5月9日の消印です。
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穴原といふのは弦歌の巷 飯坂温泉の奥の幽邃の勝地です。君と一緒に一度遊びたいやうな気がします。
大阪時事の方はどうなつたか心懸りになつてゐます。
よろしく

松魚は智恵子の親友・田村俊子の夫で、夫婦ぐるみの交流がありましたが、この時点では既に離婚、俊子は新たな恋人・鈴木悦を追ってカナダに渡っていました。

建物は近代的な物に建て替わっているはずですが。

それから、番組では飯坂温泉も紹介されます。

「鯖湖湯」は共同浴場。
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平成14年(2002)に、飯坂温泉で故・北川太一先生を囲んで高村光太郎研究会が催されたことがあり、その際に入浴しました。50℃ほどもある熱い湯でしたが、ぬる湯は嫌いな当方としては大満足でした(笑)。

研究会会場で、宿泊もしたのは、なかむらやさんという蔵造りの宿でした。当時の写真を引っぱり出してみました。
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この研究会席上、北川先生から、行方不明になっていた光太郎木彫「栄螺」(現在は愛知小牧のメナード美術館さん所蔵)が見つかったと報告があり、仰天しました。昨日のように思い出します。

残念ながらなかむらやさんではく、近くの「旅館青葉」さん、それからやはり共同浴場の「十綱湯」さんが取り上げられます。

もう1件。こちらも光太郎智恵子の名は出て来ないとは思いますが……。

いいね!じゃぱん【行って楽しむ!日本のおすすめエリア特集!!】

BSテレ東 11月23日(日) 14:30〜16:00

毎回、日本全国にある「いいね!」と呼べるトピックを《いいね!探し隊》が、その土地ならではの良さを堀りさげてリポートします。まだまだ知られてない日本の魅力を徹底取材。観光スポットだけでなく、その地域ならではの産品や取り組み、人との繋がりなどたくさんのいいね!をお届けする地域情報番組です。

<山口県岩国市> 
 豪快!岩国寿司&清流が育む銘酒。着物で錦帯橋散策。老舗漬物店でぬか床作り体験。旅行のプロが注目する新たな岩国の魅力とは?

<岩手県花巻市> 
大谷翔平が育ったまちで未来のスターに遭遇? グルメもたっぷり堪能! 絶品ブランド豚&極上厚切り牛タン! &温泉地で見つけた売切必至の(秘)スイーツ

<福岡県八女市>
八女市を代表する“八女茶”は、この地域でしか出せない極上の味わい。100g10万円?高級玉露の味とは?さらに、八女に魅了された移住者たちに密着!

出演者 山川恵里佳(いいね!調査隊) 伊藤聡子(いいね!調査隊) <ナレーター> 根岸朗
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光太郎第二の故郷・岩手花巻が取り上げられます。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

私は五十歳頃まで、貧乏のあらゆる当惑を持つてゐました。しかし仕事する事の幸福が私をまつたく支へてゐました。それに、仕事しないと直ぐ、私は退屈します。物を作らないのは堪らない。

光太郎訳 ロダン「続ロダンの言葉 ギユスターヴ コキヨ筆録」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

ロダンが世に広く認められたのは、40歳近くなってから。さらにその後も経済的な困窮は暫く続きました。それでも彫刻制作ができるよろこびが自分を支えていた、と。

キーワードは「テレビ」です。

まず、10月29日(水)、IAT岩手朝日テレビさんのローカルニュース。花巻高村光太郎記念館さんで開催中の企画展「昔なつかし花巻駅」を紹介して下さいました。

高村光太郎の花巻市疎開から80年 企画展「昔なつかし花巻駅」【岩手・花巻市】

詩人で彫刻家の高村光太郎の花巻疎開80周年を記念した企画展が開かれています。
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岩手県花巻市にある高村光太郎記念館には、昭和初期の花巻駅周辺を当時の映像を参考に再現したジオラマが展示されています。
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花巻駅は、岩手軽便鉄道や花巻電鉄の開業とともに交通の要所として発展しました。
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会場では、秘蔵の映像を見ることができます。
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「昔なつかし花巻駅」と題したこの企画展は、11月30日まで開かれています。
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同じ件を既に地方紙『岩手日日』さん、NHKさん、IBC岩手放送さんでもご紹介下さっていますが、こうして時間差で取り上げていただいたほうがありがたいところです。報道を見て「行ってみようか」という方がいらっしゃるでしょうし、それが一気にではなく、その都度ということになったほうが、と思われますので。

もう1件、番組の再放送情報です。

わたしの芸術劇場 中村屋サロン美術館/中村彝アトリエ記念館

BS11(イレブン) 2025年11月3日(月) 01:05〜01:30

「美術館」をちょっと堅苦しい場所だと思っている方々へ送る番組。学芸員の方々が見せ方を工夫したり、今までにないテーマで企画展を開催したり、並々ならぬ苦労と最高のセンスで展示している。そんな美術館を「芸術を体験できる劇場」として捉え、舞台を鑑賞しているようなわくわくした気持ちにしてくれる番組。番組を見た後は、きっと美術館に足を運び、芸術に浸りたくなること間違いなし。

今回の舞台は東京都新宿区にある中村屋サロン美術館。お菓子やカレーパンで有名な新宿中村屋が運営している美術館。創業者の相馬愛蔵は同郷の彫刻家 荻原守衛(碌山)や荻原を慕う若き芸術家などを支援し、明治末から大正、昭和初期にかけて多くの芸術家・文化人たちが、ここ中村屋に集った。日本近代美術の発展に大きく貢献した「芸術家たちのトキワ荘」、中村屋サロンに大きな拍手を!

出演者 片桐仁
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新宿の中村屋サロン美術館さんが取り上げられた回です。初回放映はTOKYO MXテレビさんで令和3年(2021)。BS11さんでは今年の7月2日(水)に放映がありました。

メインは中村彝。それから光太郎の親友だった荻原守衛にも触れられました。
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そして同館所蔵の光太郎油彩画「自画像」(大正2年=1913)も。
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BS11さんでのこの番組、以前からなのか最近のことなのか、ちょっと把握できていませんが、いろいろな曜日のさまざまな時間帯に放映されています。メインは土曜の午前中という位置づけのようですが、再放送がてんでバラバラの曜日・時間帯。
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他にも光太郎作品が取り上げられる回があり、今後も放映情報に注意してみます。

それはさておき、中村屋サロン美術館さんの回、ご覧になっていない方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

彼等は講義を聴く。或は実際の現実とは何の関係もない、曖昧な、抽象的な名辞のある術語で書かれた審美学の書物を読む。――其書物にはよく同じ誤謬が繰返されて居ます。互に引用し合ふ事がよくあるからです。かやうな有害な状態の下で何んな生徒が発達し得るでせう。


光太郎訳 ロダン「ロダンの手帳 クラデル編」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

「彼等」は官立美術学校の生徒たち。ロダンのアカデミズム嫌いは徹底していました。

ところで「よく同じ誤謬が繰返されて居ます。互に引用し合ふ事がよくあるからです」。ネット上の情報でもそうですね。むしろ現代ではコピペが容易に出来るので、そうなりがちです。

閉口しているのは、光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」についての次の記述がネット上に溢れていること。

高村光太郎の最後の作品としても知られ、完成まで1年余りかかったと言われています。高さ2.1mの2人の裸婦が左手を合わせ向かい合っており、モデルは光太郎の愛妻で詩集「智恵子抄」で知られる智恵子夫人です。台座には婦人の故郷、福島産の黒御影石を利用しています。

まんまコピペしているサイト、多少の換骨奪胎がみられるものを含め、数十件見られますし、十和田湖に行かれた個人の方のブログなどでもあとからあとからこのフレーズ。見つけるたびに「またか」と頭を抱えています。

以前にも書きましたが、「乙女の像」は最後の作品ではありませんし(最後の作品は「乙女の像」除幕式で関係者に配付された記念メダル)、台座の石は福島産ではなく岩手産です。完成までにかかった時間は約半年ですし、「完成まで1年余りかかった」という書き方は「すごく長い時間をかけた」というニュアンスですが、逆にこの像は自らの死期の遠くないことを自覚していた光太郎が、異例の早さで仕上げたものです。

また改めてご紹介しますが、今月末に都内で開かれる「十和田湖の未来を語る東京フォーラム ~大町桂月と名勝価値の再発見~」という催しで、パネルディスカッションのパネラーを仰せつかっており、ふと思い出した次第です。

テレビ番組の放映情報を2件。

まず、明日です。

わたしの芸術劇場 「千葉県立美術館(千葉県千葉市)」

BS11(イレブン) 2025年10月18日(土) 10時35分~11時00分

「美術館」を堅苦しい場所だと思っている方々へ送る。舞台を鑑賞しているような気持ちにしてくれ、番組を見た後は、美術館に足を運び、芸術に浸りたくなること間違いなし。

今回の舞台は、千葉県立美術館。印象派から近代まで、女性像を描くことに情熱を注いださまざまな芸術家の作品を紹介。女性の肌の表現を探求したルノワールのさりげない高度なテクニックとこだわり。彼の影響を受けた多くのフランスの芸術家。そしてその風は日本にも。油絵の枠を超えて様々な作品に大きな影響を与えた。女性の表現を追求し続けた芸術家たちに、大きな拍手を。

出演:片桐仁

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元々はTOKYO MXテレビさんで放映されていたもので、今回のものは初回放映が令和4年(2022)2月12日でした。TOKYO MXテレビさん、自宅兼事務所のある千葉も田舎の方になると受信できず、当方も未見です。

メインで取り上げられるのはルノワールの絵画のようですが、光太郎のブロンズ「裸婦坐像」(大正6年=1917)も紹介されるようです。
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千葉と光太郎智恵子の縁は浅くないということもあるのでしょう、同館では光太郎ブロンズをいずれも新しい鋳造ながら8点収蔵してくださっています。

同番組、7月に放映のあった中村屋サロン美術館さんの回では、光太郎の油彩「自画像」(大正2年=1913)を取り上げて下さいました。
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もう1件、明後日です。

遠くへ行きたい【ますだおかだ増田が福島へ】名湯に絶品ソースかつ丼!

地上波日本テレビ  10月19日(日) 06:30〜07:00

ますだおかだ増田が福島の名湯と名物を巡る!
まずは安達太良山で高村光太郎の『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」と、秘湯の源泉の場所を教えてもらう。麓にある共同浴場「岳温泉」にお邪魔して湯につかってホッと一息。福島名産「桃狩り体験」でジューシーな桃にかぶりつく。そしていよいよ標高1500メートルにある秘境の源泉と対面することに! 安達太良山の自然が育む湯と名物を巡る福島旅のはじまりです!

旅のはじまりは福島県二本松市にある安達太良山から。増田は今回の旅の目的を秘湯と「ほんとの空」だと話す。高村光太郎の『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」が安達太良山にある、という。ロープウェイを降りると「安達太良・吾妻自然センター」の一瀬圭介さんが迎えてくれる。ほんとの空と秘湯の源泉もあると聞き、増田は一瀬さんといざ山道へ! 「この上の空がほんとの空です」との標識を見つけるが、残念ながら空には雲がかかっている。しかし、しばらくすると雲が晴れてきて――?!

安達太良山の麓にある「岳温泉」を散策する増田は、甘い匂いに誘われて「くろがね焼 玉川屋」へ。3代目・渡辺茂雄さんが目の前で焼いてくれる「くろがね焼」は玉子焼きのようないい香りがする! カステラ生地にこしあんが入ったシンプルな美味しさで岳温泉の名物だそう。

増田は渡辺さんがおすすめしてくれた共同浴場「岳の湯」へと向かう。湯の熱さが特徴だという。入浴料は大人400円、そのほかリーズナブルな値段で日帰り体験や素泊まりも可能だ。さっそく湯に入ろうとする増田、しかし本当に熱い! 先客の安齋善成さんが水道を少しひねって温度を調整してくれる。美肌の湯と有名なお湯の温度はなんと51度! さらに安齋さんが「湯守さんがいなくては湯を楽しめない」と教えてくれる。湯上がりに安齋さんの母・サチ子さんと対面した増田は、つやつやのお肌にびっくり!

次に増田は昼に行列のできていたソースカツ丼の店「成駒」を訪ねる。3代目・佐藤朋圭さんに「ソースカツ丼 ヒレ」をオーダーした増田は、出てきたカツ丼の分厚さとボリュームにびっくり! 成駒は昭和23年創業で、初代で祖父の伊助さんが終戦後の世でお腹いっぱい食べてほしい、との思いで始めたそう。その思いをつなげる朋圭さんの味と心意気に増田はうなる!

そしていよいよ標高1500メートルにある安達太良山の源泉を目指す! 増田は湯守の武田喜代治さんと遠藤憲雄さん、矢吹梓さんとともに山道を行く。途中までは車だが、かなりの悪路だ。それでも今日の安達太良山の空は青く、増田は「これがほんとの空?!」と感激する。源泉が通るパイプをさかのぼっていき、源泉のひとつに到着。透明なお湯が沸いている。ここから8キロ、約40分かけて麓の温泉へ流れていく。パイプの内側にはたくさんの湯花がついており、やわらかいうちに「湯花流し」という掃除を週に1度しなければならない。増田は湯守さんたちの労力を尊びながら、湯花流しをお手伝いする。

作業の終わりに増田は湯守さんおすすめの「ホテル光雲閣 山の湯 露天風呂」へ。湯花を流したあとの湯は乳白色になり「ミルキーデイ」と呼ばれている。増田は湯守さんたちに感謝しながらゆっくりと風呂につかる。

福島市には果樹園が多く、国道13号線は別名「ピーチライン」と呼ばれているそう。増田は「まるせい果樹園」を訪ね、全身ピーチ色の代表取締役・佐藤清一さんに迎えられる。桃には多くの品種があり、まるせい果樹園でも20~25種類ほどの品種を作っている。増田は佐藤さんと果樹園へ行き、佐藤さんが一番好きだという「川中島白桃」の収穫を体験! ジューシーな桃にかぶりついて大満足! 増田は佐藤さんに東日本大震災後の影響などについて聞きながら、温泉や桃、そして数々の名産を育む福島の自然と空を堪能した旅を振り返る。

出演者 ますだおかだ増田
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智恵子のソウルマウンテン・安達太良山とその周辺です。旧安達町の智恵子生家/智恵子記念館までは行程に入っていないようで残念ですが、ロープウェイ山頂駅近くの「この上の空がほんとの空です」木柱が取り上げられます。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

――歩行は景色の真相を見つけ出すのに一番いい方法です。自分の好きな程歩けて、自分の好きな時に立ち停れて、そして何もかも見てたのしめます。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 フレデリク ロートン筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

テレビで散歩番組などが隆盛なのも、こういうところからなのかも知れませんね。

昨夜、初回放映がありました。NHKさんの「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」。かなりのクオリティーに仕上がっていて、胸をなで下ろしました。
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番組では「15代ヘンゼル」役の瀬戸康史さんと、「魔法のかまど」キムラ緑子さん(声のみのご出演)による調理や試食と、取り上げる人物紹介Vとが半々。

Vの方は、パリ、二本松、九十九里浜、十和田湖など、光太郎智恵子ゆかりの地の映像がふんだんに使われていたのが良かったと思いました。さすがNHKさん、この手のストックはかなりあるようです。
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それらをバックに光太郎詩文もたくさん取り上げて下さいました。

花巻に関しては、ブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館さん)制作の美術映画2種類から、光太郎自身の姿。
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当方を出演させて下さり、語らせていただきました。
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その他、語ったエピソードや、このブログから採られた内容などもキムラさんのナレーションでという部分も。
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これは智恵子の親友だった作家・田村俊子の弟子にあたる上田静栄の回想に書かれている大正4年(1915)頃のエピソードです。

高村先生がアトリエの北のすみの水屋にたたれて、レモンの浮いた冷たい飲み物をつくつてみなにすすめられた。たけの高いハイカラなガラスのコツプで、散歩のあとなのでとても美味しく頂いた。(未定稿「美しき思ひ出の人びと」昭和34年=1959頃 『歌文集 こころの押花』昭和56年=1981所収)

また、光太郎最晩年の日記にも「午后山口村の田頭さん奥さんと難波田さん夫人とくる、レモンスカツシ風にソーダ水をつくりて進ずる」(昭和29年=1954 8月22日)という記述があります。

手許にある『智恵子抄』初版(昭和16年=1941)も、やはりNHKさんの「歴史秘話ヒストリア 第207回 ふたりの時よ 永遠に 愛の詩集「智恵子抄」(平成27年=2015)などに続いて「出演」。
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スタジオでは、「魔法のかまど」キムラさんのレクチャーで、「15代ヘンゼル」瀬戸さんが調理。レモンコーヒーがメインでしたが、レモンクレープも。
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最後にヘンゼルが試飲・試食。
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普段のこの番組ですと、お二人の会話が掛け合い漫才のようで時に爆笑させられるのですが、今回は基本的に切ない話でしたので、お二人もしんみりという場面が多い印象でした。
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それでも随所に仏語を盛り込むなど、あくまで軽妙に。

オープニングとエンディングには、バックに米津玄師さんの「lemon」が流れました。
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放映終了後、X(旧ツィッター)でエゴサーチしたところ、そこに特化した書き込みも目立ちました(笑)。

さて、来週、再放送がありますし、NHKさんのサイト「NHK ONE」でも配信中です。

グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー(再)

NHK Eテレ 10月15日(水) 15:10~15:35

仕事や子育てに追われながらも、ほっと一息つく大切な時間。お菓子にまつわる数々の物語、そして思いがけない誕生のドラマを、15代ヘンゼル(瀬戸康史)と魔法のかまど(キムラ緑子)がお届けします。

「智恵子抄」で知られる、詩人で彫刻家の高村光太郎。レモンには留学したパリで味わったコーヒーと、妻智恵子の思い出がしみ込んでいた。ロダンにあこがれ留学したパリで出会ったレモンコーヒーには、目の覚めるような思い出があった。一方、最愛の智恵子との悲しい別れにまつわるのも、レモンの記憶だ。智恵子の命日10月5日には、レモンを供え続けたという、光太郎の生涯とレモンの記憶をレモンスイーツとともにひもとく。

出演者 【声】キムラ緑子【出演】瀬戸康史

当初予定ではNHK総合さんでも10月13日(月)に再放送のはずでしたが、そちらは無くなったようで、残念ですが。

ご覧になっていない方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

――芸術に於ける描形(デツサン)は文学に於ける文体のやうなものです。目に立つやうに、出しやばつたり、様子ぶつたりする文体は悪い。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

気をつけます(笑)。

NHKさんで平成23年(2011)から放映されている「グレーテルのかまど」。そろそろ長寿番組ですね。
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10月6日(月)の放映では光太郎がメインで扱われます。

グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー

NHK Eテレ 2025年10月6日(月) 22:00~22:25
再放送 NHK総合 10月13日(月) 11:05~11:30  NHK Eテレ 10月15日(水) 15:10~15:35

仕事や子育てに追われながらも、ほっと一息つく大切な時間。お菓子にまつわる数々の物語、そして思いがけない誕生のドラマを、15代ヘンゼル(瀬戸康史)と魔法のかまど(キムラ緑子)がお届けします。

高村光太郎とレモンにまつわる芸術と愛の物語を、パリでの出来事を書いた「珈琲店より」や智恵子抄の詩などとともに紹介します。スタジオでは「珈琲店より」に出てくるレモンコーヒーのほか、番組オリジナルのレモンコーヒーに合うレモンスイーツなどを作ります。

出演者 【声】キムラ緑子【出演】瀬戸康史
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スタジオでの調理や試食などと、取り上げる人物等のVでの紹介が半々、Vの方で出演させていただきます。製作会社さんからお話があり、先月、撮影クルー総勢4名の皆さんが千葉の事務所兼自宅へロケにいらして下さいました。都心からそこそこ遠いところ、申し訳なく存じました。

「珈琲店(カフヱ)より」は、明治43年(1910)4月、雑誌『趣味』に発表されたエッセイで、前年まで留学で滞在していたパリでの出来事が振り返られています。「レモンコーヒー」という語は書かれていませんが、「好きなCAFÉ AMRICANのCITRONの香ひを賞しながら室を見廻した」の一節があり、「CITRON」は「カフェ・ド・シトロン」を指すと考えられます。アメリカンコーヒーにグレナデンシロップを入れ、レモンスライスを浮かべたものだそうで。

スタジオ部分で出演、調理を担当される瀬戸康史さんは、グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」のヘンゼル15代目という設定。キムラ緑子さんがグレーテルかと思いきやそうではなく、「魔法のかまど」。お声のみのご出演で、ヘンゼルにレシピを伝授する役どころです。お二人の軽妙な掛け合いには毎回笑わせていただいております。
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瀬戸さんは平成27年(2015)秋から翌春にかけての連続テレビ小説「あさが来た」で、智恵子の母校・日本女子大学校の創設者、成瀬仁蔵を演じられました。光太郎は同校の依頼で成瀬の胸像を制作しています。
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キムラさんは、平成27年(2015)までBS朝日さんで放映されていた5分間番組「いにしへ日和」のナレーションを務められていました。同番組では「#107 福島県・二本松市・智恵子の空」(平成26年=2014)、「#122 岩手県・花巻市・高村光太郎と大沢温泉」(同)の2回、光太郎智恵子に触れてくださいました。

レモンと言えば智恵子。今回の放映も10月5日の智恵子忌日「レモンの日」にちなんでのもの。そこで智恵子についても語らせていただき、手許にある詩集『智恵子抄』初版も撮影されました。ちなみにこの初版本、やはりNHKさんの歴史秘話ヒストリア 第207回 ふたりの時よ 永遠に 愛の詩集「智恵子抄」(平成27年=2015)などにも「出演」。持ち主よりも活躍しています(笑)。
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また、昨夜放映された予告編では、バックに米津玄師さんの「lemon」が流れていました。切ないメロディーが「レモン哀歌」の世界観にぴったりだと改めて感じました。

ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

又伝へるものは優美の事もあらうし、烈しい強さの事もあらうし、愛情的魅力の事もあらうし、制し難い激越の事もあらう。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

ロダンが彫刻について語った一節ですが、詩の世界にも言えることのような気がします。訳した光太郎もそう感じていたのではないでしょうか。

竹橋の東京国立近代美術館さんで開催され,光太郎著書なども展示されている「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」について。

まずテレビ放映の情報です。

日曜美術館 戦後80年 戦争画と向きあう

NHK Eテレ 2025年9月21日(日) 9:00~9:45  再放送 9月28日(日)  20:00~20:45

戦時中、軍の依頼を受け、画家・藤田嗣治や宮本三郎らが描いた「戦争記録画」。当時、国民の戦意昂揚を図るため描かれたそれらの作品と、今どのように向きあえばいいのか?

戦後80年を機に、東京国立近代美術館では「戦争記録画」二十数点を中心とした展覧会「記録をひらく 記憶をつむぐ」が開催中だ。番組では、祖父・宮本三郎の戦争画について考え続けてきた孫の宮本陽一郎さんをゲストに迎え、展覧会企画者の同館・鈴木勝雄さんとともに、宮本や藤田嗣治らによる戦争記録画の代表作をたどり、今、私たちがそれらの作品を通じて、どのように戦争の記憶を受け継いでいくのか、対話を重ねていく。

【出演】坂本美雨 放送大学特任教授/筑波大学名誉教…宮本陽一郎 千葉工業大学教授…河田明久
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今年は戦後80年ということでテレビ番組でもそれ系のものが多く制作されましたし、これまで同番組とセットの「アートシーン」でも取り上げられていなかったので、まるまる1回費やすかなと思っていたら、ビンゴでした。

同展については、センシティブな内容のためもあり、フライヤーもポスターも図録も制作されていません。その点が却って話題を呼ぶという逆転現象が起きています。

新聞各紙でも取り上げています(どうもある御用新聞は無視しているようですが)。ただ、多くは通常の取り上げ方。そんな中で、『東京新聞』さんは、かなり突っ込んだ紹介をしています。

見開き2ページで少し長いのですが、全文を。

東近美 最大規模の展示でもPR及び腰 戦争画は「センセーショナル」? GHQ接収、なお「貸与」状態 揺れる歴史認識 反発避けた? 派手にあおると「文脈見失う恐れ」

 東京国立近代美術館(東京都千代田区)が、現在開催中の展覧会で宣伝をほぼしないという異例の対応を取っている。展示の中心となるのは、戦時中に旧日本軍の委嘱などにより描かれた「戦争画」。これまで公開の機会が限られ、まとまって展示される機会は貴重なはずだがなぜか。経緯を追った。

ちらしもポスターもなし 来館者「もったいない」
 8月末、「こちら特報部」は展示会場を訪れた。
 マレー半島の浜辺を這(は)って敵陣の鉄条網を突破しようとする日本兵らを描いた「コタ・バル」(中村研一、1942年)や、日本軍守備隊が全滅した戦いを死闘図として描いた「アッツ島玉砕」(藤田嗣治、1943年)。激しい戦闘や果敢な日本兵の姿を題材にした大型絵画の数々が目を引く。戦時中、戦意高揚や戦争の記録のためにつくられた戦争画だ。東近美が管理する153点の戦争画のうち、過去最大規模となる延べ24点が10月26日まで公開される。
   当時のポスターや出版物などをそろえ、メディア環境も再現する。戦後の美術作品や、市民が被爆体験を描いた絵画も並ぶ。東近美は戦後80年を節目に、「美術が戦争をどのように伝えてきたかを検証する」企画だと説明するが――。
 実は今回、東近美は展覧会のちらしやポスターを作っていない。開催を知る方法は、同美術館のウェブサイトやメディアの記事に限られる。図録も作成されていない。
 さらに不思議なのは展覧会のタイトル。「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」と、戦争との関連性がわからない。会場のあいさつ文では「戦争体験を持たない世代がどのように過去に向き合うことができるかが問われている」と掲げるが、なぜ目立たない形で開催するのか。
  東近美側に意図を尋ねると、繰り返したのは「センセーショナルな宣伝をしたくなかった」との言葉だった。広報担当者は「美術館は歴史認識を問う立場ではなく、展示で戦争を扱うときはより丁寧な説明が必要。展示の文脈の意図と異なる切り取られ方をし、言葉が独り歩きすることは避けないといけない」と話す。
 当初は企業などとの共催を検討したが、集客のため「キャッチーな宣伝文句」を使われる恐れがあるとし、館単独で開催する自主展を選択したと説明。予算が限られ、他館からの作品輸送費などを優先し、ちらしや図録制作を断念したという。
 だが、実際に会場に足を運ぶと、幅広い年齢層の美術ファンや外国人旅行客で混雑し、「通常の自主展より多い」(広報担当者)というほど盛況。来場者に感想を聞いた。
   新聞記事で展示を知った大田区のパート女性(64)は「タイトルを見て地味な内容かと思っていたら、貴重な作品ばかり。こんなに迫力と見応えがあるのに、宣伝されないのはもったいない」と残念がる。「当時の人が戦争画に引き込まれた気持ちは分かる気がする」
 三鷹市の西本企良(きよし)さん(74)は「戦前からベトナム戦争まで扱い、アジア諸国への加害にも踏み込み、解説を含めて期待以上に深い内容だった」と驚く。「当時の日本人が戦争賛美に熱狂したことを知り、反省することは大事。もっと多くの人に絵を見てもらえるようにした方がいい」と注文した。

未来の「表現」考える契機「試み今後も積み重ねて」
 日本の戦争画の歴史は複雑な経過をたどってきた。 日中戦争から太平洋戦争にかけて、軍の委嘱を受けるなどし、多くの画家が戦地へ渡った。作品を発表した各地の展覧会は盛況だったとされる。終戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が戦利品として多くの戦争画を接収。1970年にようやく「無期限貸与」の形で返還され、東近美に管理が委ねられた。
 返還後は修復を経て、1977年に同美術館で企画展が計画されたが、直前に中止に。日本に侵略されたアジア諸国や、自作だと認めたがらなかった画家らへの配慮があったなどといわれる。その後、同美術館は数点程度の展示にとどめてきた。 今回まとめて展示されたことに、一括展示の必要性を訴えてきた美術批評家の椹木野衣(さわらぎ・のい)氏は「返還後、最大規模の展示という点で画期的で、大きな前進」と捉える。
 一方、戦争画は国威発揚のプロパガンダに利用された点だけではなく、美術史の観点で捉えることも重要と説く。「描いたのは当時の日本の画壇のホープたち。日本の油彩画の歴史は浅く、歴史画や戦争画が主流の西洋美術を乗り越える千載一遇のチャンスとし、自ら進んでいった側面がある」とし、展示では「そうした歴史的位置付けはなされていない」と付け加えた。
 ようやく大規模展示に踏み切りつつ、宣伝に及び腰な東近美の姿勢に対し、美術ジャーナリストの永田晶子氏は「鑑賞者の立場に立っていない。国民の美的感性の育成も国立美術館の使命の一つだが、見てもらう積極性に欠ける」と指摘する。慎重な姿勢の背景を「歴史認識の問題が考えられる」とみる。「侵略か自衛かなどと、歴史認識は揺れている。アジア諸国の受け止めへの不安もあり、ハレーションを避けたかったのでは」 もっとも、東近美がちらし作成などをしなかった事情に予算上の問題を挙げたように、国立美術館の財政状況が厳しいのは確かだ。収入の多くを占める国の運営費交付金は、年々減少傾向にある。永田氏は「そうとはいえ、展覧会の周知が必要と考えたならある程度の予算調整はできたのではないか」と疑問視する。
 先の椹木氏は「米国からの無期限貸与の状態のままになっていることに縛られているのでは。今後、日本の『所蔵』に戻せるよう、国や米国への働きかけが必要になる」と述べた。 
 一方、戦争画に詳しい愛知県美術館長の平瀬礼太氏は、「派手であおるような宣伝は避けた方がいい」と理解を示す。宣伝や告知自体は必要としつつ、「ストーリーを作りすぎると、見る側が作品の文脈を見失う恐れがある」と強調する。
 写真と違って戦争画は場面を「創造」し、画家の戦争への関わり方も一様ではない。そのため、宣伝も展示説明も工夫が不可欠だという。「戦争の時代の美術は一つの解釈で語れるものではない。展示するからには、丁寧に背景を説明し、冷静に見てもらう仕組みが求められる」
 展示を巡る課題は多いが、現代の人々にとって戦争画と向き合う意義は何か。 ◇「戦争画は表現の多面性を教えてくれる」
 平瀬氏は「戦時下に画家がどう活動し、見る側がどう受け止めたのかを知ることは重要。これからの社会を見据えて表現はどうあるべきか、見る側も作る側も考えるきっかけになる。今回の試みを一過性のものとせず、新たな要素を加えながら積み重ねていくことが大切だ」と話す。
 永田氏は「現代美術では過去の出来事を批評的に捉え、自らの表現を生み出す作家は珍しくない」とし、こう期待した。「美術は見る人が生きている時代や社会、個人の価値観、作品が制作された歴史的背景や状況を知っているかどうかで見方が変わる。戦争画はそうした表現の多面性を教えてくれる」

デスクメモ
 冒頭の「コタ・バル」を鑑賞した太田記者は、鉄条網の合間から鋭く視線を送る日本兵と目が合い引き込まれたという。文化の力がプロパガンダに利用される普遍的な危うさを戦争画から見つめてみたい。抑制的なPRのために貴重な展示に触れる機会を失ってしまうとすれば残念だ。
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識者の意見がメインですが、フライヤーや図録を作らず、宣伝も余りしていないことについての鋭い突っ込み。言いたいことはよくわかります。ただ、館側の「派手にあおると文脈見失う恐れ」という言い分も首肯できますし、キュレーター的な仕事も行っている身としては、「むべなるかな」とも「やんぬるかな」とも感じますが……。

それにしても、「自作だと認めたがらなかった画家」が居たというのは初耳でした。文学方面ではそれに近いケースは結構ありましたが、美術方面でも「ブルータス、お前もか」。それ、いったい誰だ? と、興味深いところです。

同展、10月26日(日)までの会期です。まだご覧になっていない方、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

立体的理法は物の主眼であつて外観ではありません。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

この一節のみ、全体に傍点が附されています。クラデルの原著がそうなのか、光太郎が訳した際にそうしたのか不明ですが。

NHKさんで初回放映が平成7年(1995)に為されたドキュメンタリー番組「老友へ~83歳 彫刻家ふたり~」が、先週、「時をかけるテレビ 今こそ見たい! この1本」の中で再放送されました。ともに光太郎と交流があり、そのDNAを色濃く受け継いだ、佐藤忠良舟越保武が出演していました。事前のネット上の番組案内に光太郎の名が出ていなかったので、気づきませんでしたが、見逃し配信サービス「NHKプラス」で拝見しました。
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「時をかける……」としては、ナビゲーターが池上彰さん、ゲストコメンテーターが武田鉄矢さん。
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「老友へ~83歳 彫刻家ふたり~」。平成7年(1995)の制作ということで、佐藤・舟越ともに存命でした。
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二人とも1912年に出生。ただし、改元の関係で、佐藤は明治45年、舟越は大正元年の生まれです。結婚前の光太郎と智恵子が日比谷松本楼で氷菓を食し、千葉銚子犬吠埼に絵を描きに行った光太郎を追って智恵子も来銚、愛を確かめ合った年です。ついでに言うなら、佐藤は宮城県黒川郡大和町、舟越は岩手県二戸郡一戸町、同じみちのくの生まれです。

そして共に昭和9年(1934)に東京美術学校彫刻科に入学、卒業後には新制作派協会彫刻部創立に参加。光太郎は同会の活動には好意的で、機関誌『新制作派』に寄稿もしています。
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さらに戦後には、佐藤が「群馬の人」で昭和35年(1960)、舟越は「長崎26殉教者記念像」で昭和37年(1962)に高村光太郎賞を受賞しました。
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光太郎を巡る二人の共通点は、まだあります。それぞれのお嬢さん。佐藤の息女・オリエさんは昭和45年(1970)にTBS系テレビで放映された「花王愛の劇場 智恵子抄」で、智恵子役を演じられました(光太郎は故・木村功さん)。忠良はその際のオリエさんをモデルに「智恵子抄のオリエ」という作品も残しています。舟越の息女・千枝子さんは光太郎に名前を付けてもらい、光太郎に会ってもいます。

二人はお互い、良き友、そしてライバルとして切磋琢磨しながら、日本の具象彫刻を牽引していきます。
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番組制作は平成7年(1995)でしたが、それに先立つ昭和62年(1987)、舟越が脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になります。それでも舟越は不屈の精神で彫刻制作を続けました。

硬い石や木を削るカーヴィング、粘土を積み上げるモデリングはもはや不可能。ではどうするかというと、粘土の塊から左手一本でヘラを使って搔き落とすカーヴィングでの制作でした。
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作られているのはキリスト像。体力的に、長時間の作業は不可能。休み休み、しかし他者の手はほとんど借りずの作業です。生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作時の光太郎もかくや、という気がしました。

一方の佐藤も、舟越に比べればまだ自由に歩き回ったりはできるものの、やはり83歳。若い時には考えられなかったような痛恨のミス。ちょうど取材中に制作していた作品が、夜のうちに回転台のサスペンダーから外れ、倒壊してしまうという不運に見舞われます。
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しかしその部分を番組でカットさせなかった佐藤、素晴らしいと思いました。

かくして平成7年(1995)に新制作派展に並んだ二人の作品(佐藤は立像の出品は断念)。
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改めて、その時点でのお互いへの思い。
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共通の同級生だった昆野恒の展覧会での一コマ。
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不覚にもうるっと来てしまいました。

佐藤にとっての舟越、舟越にとっての佐藤のような存在が、光太郎には居ませんでした。そうなるはずだった碌山荻原守衛は数え32歳で急逝。高田博厚とは14歳も差がありましたし、高田は昭和6年(1931)に渡仏、以後、光太郎が没するまで帰国しませんでした。その他の同世代の彫刻家は、光太郎の嫌ったアカデミズム系に行ってしまいました。妻・智恵子は厳しい言い方ですが、光太郎にとって「ライバル」となる技倆も、そして覚悟も足りなかったようです。

閑話休題、「時をかけるテレビ 今こそ見たい! この1本 老友へ~83歳 彫刻家ふたり~」、NHKプラスでは9月19日(金)まで視聴可能。その他、U-NEXTなどでも配信があるようです。ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

人間の体は歩く殿堂です。又、殿堂の様に、中心点を持つてゐます。其をめぐつていろいろの量が位置を占め又ひろがります。全く動く建築です。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

佐藤も舟越も、この文章の収められた訳書『ロダンの言葉』で彫刻家としての眼を開かせられました。

毎週金曜日の19:30から、NHK総合さんは東北地方で「鈴木京香の東北オトナ旅」という番組を放映しています。女優の鈴木さん、宮城県のご出身だそうで。この枠は地方によって放映されている番組が違い、関東地方では「首都圏情報 ネタドリ!」が放映されています。

一昨日、7月29日(火)の「鈴木京香の東北オトナ旅」は「青森県十和田市編」でした。千葉の自宅兼事務所ではリアルタイム視聴が出来ませんでしたが、NHKさんの見逃し配信サイト「NHKプラス」さんで拝見しました。
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最初に鈴木さんが向かわれたのが十和田湖。
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しかも光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」でした。
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鈴木さん、幼い頃にも訪れられ、その思い出を辿るという側面も。
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像のポーズで写真撮影、「乙女の像あるあるですね」(笑)。

傍らに立つ光太郎詩「十和田湖畔の裸像に与ふ」(昭和28年=1953)を刻んだ詩碑も取り上げられました。
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ナイスコメントです(笑)。

この後、鈴木さんは「乙女の像」の足をスマホで撮影。
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踵(かかと)が両足ともべたっと地面についていますね。この点に関し、光太郎曰く

あの像では後の足をスーツとひいているが、あの場合には踵が上るのが本当なんだけれども(立ち上がつて姿態を作り)こういうふうにわざと地につけている。彫刻ではそういう不自然をわざとやるんです。あれが踵が上つていたら、ごくつまらなくなる。そういうところに彫刻の造型の意味があります。(「高村氏制作の苦心語る ”見て貰えば判ります” 像の意味は言わぬが花」昭和28年=1953)

光太郎の心の師・ロダンも「説教する洗礼者ヨハネ」などで全く同じことをやっています。

さて、鈴木さん、何ゆえ足の写真なのかというと、一人旅の行った先々でご自分のお顔ならぬおみ足を自撮りなさることにはまられているそうで……。
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ぜひ1冊の本にして出版していただき、「乙女の像」の足も収めていただきたいものです(笑)。

十和田湖の後は、市街へ。十和田市現代美術館さんや、新しくオープンした新刊書店、そこで紹介されたスナックなどを巡られました。

先述のようにNHKプラスさんで9/12(金)午後7:56まで視聴可能です。

NHKプラスさんといえば、もう1件、光太郎がらみが配信中です。8月24日(日)放映の、「日曜美術館」とセットの「アートシーン」。茨城県の水戸芸術館さんで開催中の「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」がメインでしたが、愛知県小牧市のメナード美術館さんでの「なつやすみ所蔵企画 えともじ展 文字で読み解く美術の世界」も取り上げられ、同展出品中の光太郎木彫「鯰」(昭和6年=1931)が紹介されています。
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この回、本来は今夜再放送のはずでしたが、高校野球の関係で「日曜美術館」本体が1回休止となった影響でしょう、残念ながら再放送が為されません。NHKプラスさんでは今日の朝9:59まで。視聴可能な方、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

不幸な事が起つた。僕は昨日女の胸像を仕上げたと思つたのです。其をめちやめちやにしてしまひました。もう一度やり返さなければなるまい。三週間の損!

光太郎訳 ロダン「手紙」より 明治43年(1910)頃訳 光太郎28歳頃

「芸術家あるある」です。作品をほぼ作り終えたところで改めて見返すと気に入らず、自分で壊してしまう……。光太郎もよくやりました。

ただし「乙女の像」に関しては、もはや自分の命の残り火が少ないとわかっていましたので、それをする時間が残されていませんでした。そのため、光太郎自身でも納得の行く作ではなかったようです。像にサインが刻まれていないのがその一つの傍証です。

令和2年(2020)に集英社さんから刊行された村山由佳氏の小説『風よ あらしよ』。伊藤野枝を主人公とし、『青鞜』時代や辻潤、大杉栄との生活、そして関東大震災直後の一家鏖殺までが描かれ、光太郎智恵子も登場しています。

令和4年(2022)にはNHKさんで全3回でドラマ化。それが再編されて劇場版映画として令和6年(2024)に公開されました。残念ながらこちらには光太郎智恵子は登場しませんが、智恵子が表紙絵を描いた『青鞜』創刊号が重要なアイテムとして繰り返し使われています。
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さて、NHK BSさんで再放送があります。

ドラマ・選 風よあらしよ(1)

NHK BS 2025年8月31日(日) 22:00〜22:50 9月6日(土) 23:10〜00:00

今から100年前。女性の地位は低く、良妻賢母が求められた時代。福岡の片田舎で育った伊藤野枝(吉高由里子)は、東京の女学校へ入学し教師の辻(稲垣吾郎)から「青鞜」の存在を教わり心を掴まれる。貧しい家を支える為の結婚を蹴り、自由を求め再び上京した野枝に才能を感じ取った辻は、彼女に知識を与え、導く。溢れんばかりの情熱を持った野枝はらいてう(松下奈緒)の青鞜社の門をたたき時代の若きアイコンとなる。

【出演】吉高由里子 永山瑛太 松下奈緒 美波 山田真歩 朝加真由美 山下容莉枝
    渡辺哲 栗田桃子 石橋蓮司 稲垣吾郎
【原作】村山由佳  【脚本】矢島弘一  【音楽】梶浦由記

それから、野枝の故郷・福岡県では映画館で劇場版の「バリアフリー上映会」。

福岡に本社を置く『西日本新聞』さんの案内記事。

「風よ あらしよ劇場版」バリアフリー上映会

 女性解放運動家・伊藤野枝を描いた村山由佳さんの同名小説が原作のドラマ「風よ あらしよ」の劇場版を上映する。
 福岡の田舎で育った伊藤野枝は、貧しい家を支えるための結婚を断り上京する。平塚らいてうに感銘を受けた野枝は、らいてうらが中心となって結成された女流文学集団・青鞜社に参加。青鞜社は野枝が中心になり婦人解放を唱える戦う集団となってゆく。野枝を吉高由里子さん、らいてうを松下奈緒さん、野枝の最初の夫辻潤を稲垣吾郎さん、後に生涯のパートナーとなる大杉栄を永山瑛太さんが演じる。脚本は矢島弘一さん、演出は柳川強さん。

開催日 ふくふくホール8月30日(土)①午前11時②午後2時、さいとぴあ9月10日(水)①午後2時半②同6時半、アミカス11日(木)①午後2時半②午後6時半

開催場所 福岡市市民福祉プラザ(ふくふくプラザ) さいとぴあ(福岡市西部地域交流センター)、福岡市男女共同参画推進センター・アミカス4階ホール 〒8100062 福岡県福岡市中央区荒戸3丁目3-39

料金 一般1400円(前売り1200円)、障害者当日600円(視覚障害者の介助者は無料)
参加条件 要申し込み URL 
https://cinema-arci.net/events/
主催・問合せ 九州シネマ・アルチ 092(712)5297 arci1210@bcj.ne.jp
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「バリアフリー上映会」とは、音声ガイドや字幕などを使い、多くの方に楽しんでいただけるように配慮された公開方法です。テレビドラマ版で副音声や字幕が作成されているので、それを転用するのではないでしょうか。

こうした動きが一般的になっていけばいいと思います。

【折々のことば・光太郎】

大きな商人や金持ちの好事家の役に立つ才能を持たないのは惜しい事です。してみれば結局厭に思はないで、君みたいに、僕の選ぶ彫刻を取つてくれるのは、文学家と芸術家だけだといふ事になるのです。


光太郎訳ロダン「手紙」より 明治43年(1910)頃訳 光太郎28歳頃

美術評論家ロジェ・マルクスに宛てたロダンの手紙の一節です。注文主と作者との考えの相違、それにまつわるトラブルなどの「あるある」に関わります。光太郎にもそういうことがありましたが、ロダンの場合はそれがしょっちゅうでした。

ひさびさにテレビ番組の放映情報です。

まず再放送ですが、新宿の東京オペラシティアートギャラリーさんで開催中の「難波田龍起」展が取り上げられています。

日曜美術館 アートシーン「難波田龍起」展

NHK Eテレ 2025年8月24日(日) 20:45~21:00

「難波田龍起」(東京オペラシティアートギャラリー 7月11日〜10月2日)ほか展覧会情報


NHK Eテレさんの「日曜美術館」とセットの「アートシーン」。初回放映が8月17日(日)の朝でした。
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本郷区駒込林町の光太郎アトリエ兼住居のすぐ裏手に住み、光太郎の影響で芸術家となった難波田ですので、番組内でも光太郎の名が連呼されました。ありがたし。
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光太郎がロダンから学んだ「生命」の芸術は、難波田ら後進の芸術家にも受け継がれていった、と。

番組をご覧の上、展覧会そのものにもぜひ足をお運び下さい。

もう1件、やはり再放送系ですが。

わたしの芸術劇場 #21「小平市平櫛田中彫刻美術館(東京都小平市)」

BS11(イレブン) 2025年8月23日(土) 10時35分~11時00分

「美術館」をちょっと堅苦しい場所だと思っている方々へ送る番組。

学芸員の方々が見せ方を工夫したり、今までにないテーマで企画展を開催したり、並々ならぬ苦労と最高のセンスで展示している。そんな美術館を「芸術を体験できる劇場」として捉え、舞台を鑑賞しているようなわくわくした気持ちにしてくれる番組。番組を見た後は、きっと美術館に足を運び、芸術に浸りたくなること間違いなし。

今回の舞台は、「小平市平櫛田中彫刻美術館」。明治生まれの木工彫刻を得意とした平櫛田中は、岡山県の田中家に生まれ10歳で平櫛家の養子となり、実家の田中と養家の平櫛、両方の姓を用いて「平櫛田中(ひらくし でんちゅう)」と名乗る。22年の歳月をかけて制作した国立劇場の《鏡獅子》で、田中の集大成を見ることができるが、107年の生涯で亡くなる直前まで作品を作り続けた。100 歳を超えてもなお創作意欲がつきなかった平櫛田中に、大きな拍手を!

出演:片桐仁

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光太郎の父・光雲の弟子にあたる平櫛田中の旧居跡に建てられた小平市平櫛田中彫刻美術館さんが舞台です。当方もいろいろお世話になっている学芸員の藤井明氏もご出演。

この番組、元々はTOKYO MXテレビさんで放映されていたもので、当該回は令和4年(2022)5月20日が初回放映でした。

ちなみにTOKYO MXさんで令和3年(2021)3月、BS11さんで先月放映された中村屋サロン美術館さんの回では、同館所蔵の光太郎の油彩自画像(大正2年=1913)も取り上げて下さいました。
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今回もちらっとでいいので田中の師・光雲の話になればと思っております。

もう1件。5分間番組で、微妙なところですが紹介しておきます。

国立公園の絶景 5分ミニ(2)

NHK BS 2025年8月27日 00:55〜01:00

国立公園の絶景5分ミニ(2)雲仙天草・大山隠岐・十和田八幡平


5分間で3箇所の国立公園が紹介されます。ちらっとでも光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が映るといいのですが……。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

諸君は、今日の人々が意味する「独創(オリジナル)」とは何をか知つてゐるか。其は「類から離れる事(デパレイエ)」である。

光太郎訳ロダン「断片」より 大正5(1916)頃訳 光太郎34歳頃

「独創(オリジナル)」とそれまでの「類」との格闘、芸術家にとって永遠の課題の一つですね。

テレビ放映情報です。

わたしの芸術劇場 中村屋サロン美術館/中村彝アトリエ記念館

BS11(イレブン) 2025年7月5日(土) 10:35〜11:00

「美術館」をちょっと堅苦しい場所だと思っている方々へ送る番組。学芸員の方々が見せ方を工夫したり、今までにないテーマで企画展を開催したり、並々ならぬ苦労と最高のセンスで展示している。そんな美術館を「芸術を体験できる劇場」として捉え、舞台を鑑賞しているようなわくわくした気持ちにしてくれる番組。番組を見た後は、きっと美術館に足を運び、芸術に浸りたくなること間違いなし。

今回の舞台は東京都新宿区にある中村屋サロン美術館。お菓子やカレーパンで有名な新宿中村屋が運営している美術館。創業者の相馬愛蔵は同郷の彫刻家 荻原守衛(碌山)や荻原を慕う若き芸術家などを支援し、明治末から大正、昭和初期にかけて多くの芸術家・文化人たちが、ここ中村屋に集った。日本近代美術の発展に大きく貢献した「芸術家たちのトキワ荘」、中村屋サロンに大きな拍手を!

出演者 片桐仁
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新作かと思ったら、さにあらず。TOKYO MXさんで令和3年(2021)の11月27日に放映されたものでした。BS11さんは、この手の地上波ローカル局さんが制作された番組をあとから放映することがよくあり、これもその一つでした。

ナビゲーターは俳優の片桐仁さん。多摩美大さんのご出身で、おん自らもアート制作をいろいろなさり、こうしたアート系のテレビ番組ご出演も多い方です。

で、訪問先が、まず新宿の中村屋サロン美術館さん。光太郎の親友だった碌山荻原守衛をはじめ、光太郎を含めた中村屋サロンに集った芸術家たちの作品が数多く収蔵されています。光太郎作品は油彩の「自画像」(大正2年=1913)。番組では常設展示に当たる「コレクション展」開催中で、「自画像」も出ていたはずなのですが、画面に映って欲しいものです。

ちなみに現在の中村屋サロン美術館さん、やはり「コレクション展」開催中(他に「會津八一の歌を映す写真コンテスト」)で、7月13日(日)まで。その後、展示替えのための休館をはさみ、また7月23日(水)から「コレクション展」です。どちらにも「自画像」が出品。ぜひ足をお運び下さい。

それから同じく新宿区の中村彝アトリエ記念館さん。彝(つね)も中村屋サロンの一員で、おそらく光太郎と顔なじみだったと思われますし、光太郎に出会う以前の智恵子が彝に絵のアドバイスを受けたりということもありました。

というわけで、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

小生只今からだを悪くし、医者の言により安静療法をやつて居り、人にあひません、 右御了承下さい、


昭和29年(1954)7月7日 篠田定吉宛書簡より 光太郎72歳

結核の悪化により、ほぼ面会謝絶。それでも出版社の編集者や、当会の祖・草野心平などは例外でしたが。少し後には、心平の骨折りでまだ一般的ではなかった電気冷蔵庫を購入、さらにアトリエと母屋をつなぐ呼び鈴のベルなども設置しました。

NHKさんの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。平成28年(2016)に放映されたものですが、現在再放送が平日の12時30分から為されています。

日本女子大学校での智恵子の先輩・平塚らいてうが主宰し、智恵子が創刊号の表紙絵を描いた雑誌『青鞜』が、劇中でたびたび重要なモチーフとして使われます。

まず、明後日から2日間連続で。

【連続テレビ小説】とと姉ちゃん 第7週 常子、ビジネスに挑戦する

第38回 NHK総合 2025年6月26日(木) 12:30~12:45

昭和11年春。常子(高畑充希)は女学校最高学年の五年生となる。クラスの同級生の大半が嫁いでいく中で、家族の食いぶちを稼ぐため、少しでも給料の高い仕事を探していた。そんな折、新たな担任としてやってきた東堂チヨ(片桐はいり)に出会う。「女性とはこうあるべき」という固定観念に捕われず、自分の気持ちに正直に挑戦する大切さを教わる。一方、鞠子(相楽樹)は進学したい思いを誰にも相談できず、深いため息をつく…。

第39回 NHK総合 2025年6月27日(金) 12:30~12:45

どこか元気のない鞠子(相楽樹)を心配し、常子(高畑充希)は、東堂(片桐はいり)から借りた「青鞜」を渡す。感銘を受けた二人は、女性だからという理由だけで尻込みせず、挑戦することが大切だと東堂から助言され、何かを始めたい気持ちが湧き上がる。一方、時代は次第にきな臭くなり、青柳や森田屋も不況の波が押し寄せ、自粛ムードが漂っていた。そんな折、鉄郎(向井理)が森田屋に現れ、どんちゃん騒ぎが始まってしまい…。

【出演】高畑充希 木村多江 相楽樹 伊礼姫奈 ピエール瀧 坂口健太郎 大野拓朗 浜野謙太
    谷田部俊 杉山裕之 片桐はいり 向井理 片岡鶴太郎 大地真央
【語り】檀ふみ

昭和11年(1936)という設定で、明治44年(1911)の『青鞜』創刊から四半世紀後ですが、高畑充希さん演じる主人公・小橋常子らが『青鞜』の影響を受ける、という流れです。らいてうには言及されますが、残念ながら智恵子の名は出されません。
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きっかけをつくったのは、常子の通う女学校に新たに赴任してきた東堂先生(片桐はいりさん)。早速、最初の授業だかホームルームだかで、一席ぶちます(笑)。
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衝撃を受けた常子は東堂先生から『青鞜』創刊号を借り、はまってしまいます。
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常子のモデルは、現在も続く雑誌『暮しの手帖』を戦後になって立ち上げた大橋鎭子ですが、実際に若い頃にこういうエピソードがあったのかは不明です。

ちなみに大橋は光太郎に『暮しの手帖』への寄稿を依頼するため花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れたり、書簡を複数回送ったりしましたが、結局、光太郎はそれに応えなかったようです。

『青鞜』は、常子以外にも、相楽樹さん演じる常子の妹・鞠子(第39回)や、阿部純子さん扮する友人の中田綾(第14週)らにも影響を、といったエピソードも。
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また、第15週では『暮しの手帖』編集長の花森安治がモデルの花山伊左次(唐沢寿明さん)も、母親が『青鞜』愛読者だったと明かしたりもします。
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ちなみに花山は戦争協力を恥じ一度は筆を折る、ということで、光太郎にも通じる部分がある描き方でした。

そして第19週では、真野響子さんのらいてう自身も登場。
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そういうわけで、平成28年(2016)の初回放映をご覧になっていない方(ご覧になった方も)、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

先日お揃ひで御来訪の節は愉快でした、ところが最近五、六日間このかた急に息切がつよくなり、外出して歩行中呼吸困難を感ずることがあるので、只今外出せず、在宅静かに仕事してゐます、静かにしてゐれば何の異状もないのですが。

昭和29年(1954)5月4日 細田明子宛書簡より 光太郎72歳

細田は戦前から光太郎が常連だった三河島のトンカツ屋・東方亭の娘。光太郎に実の娘のようにかわいがられていました。戦後、医師となり、光太郎詩「女医になつた少女」(昭和24年=1949)のモデルにも。
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医者仲間の関川大司と婚約し、その挨拶と披露宴の招待状を届けるために中野の貸しアトリエを訪れました。

BS11(イレブン)さん及び一部地域の地上波で放映中の深夜アニメ「ざつ旅-That's Journey-」。KADOKAWAさんの月刊コミック誌『電撃マオウ』で連載の石坂ケンタ氏による漫画が原作です。新人賞に入賞し、プロの漫画家をめざす女子大生・鈴ヶ森ちかを主人公とし、ちかの一人旅や友人たちとの女子旅などが描かれます。

4月オンエアの第2旅「伊達じゃない! きときとふたり旅」では、宮城県の松島が舞台となり、瑞巌寺さんに納められている光太郎の父・光雲作の聖観音像も登場しました。
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そして来週月曜放映分は、後半が光太郎第二の故郷・花巻です。

ざつ旅-That's Journey- 第10旅「ココロのふるさと」 

BS11 イレブン 2025年6月9日(月) 23:00〜23:30

潮岬で初日の出を拝んだちかは、バスで熊野川沿いの道を行き、初詣のために熊野本宮大社へ。そこで彼女が願ったものとは? 1月末、ちかは暦と岩手県の新花巻駅に来ていた。しかし、どこか暦の元気がないようで……!?

出演 月城日花 鈴代紗弓 平塚紗依 佐藤聡美 日笠陽子 小林ゆう 窪田等
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東北新幹線/釜石線の新花巻駅ですね。
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光太郎に関する展示も為されている宮沢賢治記念館さん。
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市街地へ出て、マルカン大食堂さんで定番の10段巻きソフトクリーム。

そして、光太郎や賢治に愛された大沢温泉さん。当方も再来週、またお世話になります。
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おおむね廻る箇所は原作に忠実になっているようです。
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残念ながら花巻高村光太郎記念館さんには廻らないようですが、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

二十五六日頃でかけるつもりで居りますが、汽車からすぐ大沢温泉にまゐります。今度は山で映画撮影の事などあるので、お目にかかるのは月末か十二月初めと存ぜられますし、宿泊は大沢等の温泉地だけにするつもりで居ります。

昭和28年(1953)11月23日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎71歳

前年まで7年間の蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村へ、約1年ぶりの帰村。ただ、当会の祖・草野心平や、美術映画「高村光太郎」撮影スタッフが一緒で、元の山小屋で寝泊まりはしませんでした。
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それでも村人たちと旧交を温めました。
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今年1月から3月にかけて、地上波日本テレビさんなどで放映されていたアニメ「花は咲く、修羅の如く」のBlu-rayディスク上巻を入手しました。
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高校の放送部員たちの青春を描いたもので、原作・武田綾乃氏、むっしゅ氏作画のコミックが原作で、令和4年(2022)に単行本第1巻が集英社さんから発売されています。

ディスクには全12話中の第6話までが収録されており、第1話で光太郎詩「道程」(大正3年=1914)が扱われています。
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「修羅の如く」という題名の通り、宮沢賢治の「春と修羅」も。
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ディスク1枚と、ブックレットが付いています。ブックレットには原作の武田綾乃氏によるオリジナルのスピンオフ短編小説「高架橋橋脚下」が収められています。

製品詳細は以下の通り。

「花は咲く、修羅の如く」Blu-ray上巻

発行日 : 2025年4月30日
著者等 : 武田綾乃・むっしゅ・集英社・すももが丘高校放送部
版元等 : キングレコード
定 価 : ¥20,900(税抜価格:¥19,000)
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ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

この頃住所定まらず、予定もはつきりしません。今月中か十月には東北へまゐりますがどの位そこに居るか、其時にならないと分りません、冬に又東京に来たいと思つてゐますけれど。


昭和28年(1953)9月10日 川島たかし宛書簡より 光太郎71歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」も完成し、翌月に行われるその除幕式で関係者に配付する記念メダルも仕上げ、エアポケットのような空白の時間が生じました。

当初予定では、前年まで蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村に帰るつもりでしたが、医師から止められたこともあり、寒い時期には東京、それ以外は太田村と、二重生活も考え始めましたが、具体的にはどうするかと思案中です。そこで「住所定まらず」としています。

BS11(イレブン)さん他で、4月7日(月)から放映が始まった深夜アニメ「ざつ旅-That's Journey-」。原作は石坂ケンタ氏による漫画で、KADOKAWAさんの月刊コミック誌『電撃マオウ』で平成31年(2019)に連載が始まり、コミックス(単行本)は既に12巻まで出ています。

新人賞は獲ったものの、まだ連載は持たせてもらっていない、プロの漫画家志望の女子大生・鈴ヶ森ちかが主人公で、作品のインスピレーションを受けるため、日本各地を旅するというストーリー。行き当たりばったりで雑な計画の旅が多く、そこで「ざつ旅」。

アニメの第2話の行き先が宮城県松島周辺です。

ざつ旅-That's Journey- 第2旅「伊達じゃない! きときとふたり旅」 

BS11 イレブン 2025年4月14日(月) 23:00〜23:30

漫画賞の新人賞を受賞した漫画家志望の女子大生・鈴ヶ森ちかは、ある日、編集部に新作のネームを3本持ち込んだものの全ボツを食らってしまう。心が折れそうになったとき、唐突に胸の中に溢れてくるものがあった。
「どこか、旅にでたい…」
面白半分でSNSにて旅先のアンケートを取ってみると、まさかの大きな反響があり、引くに引けない状態に…!

でも、旅にでたい気持ちは本物。覚悟を決めたちかは、アンケート頼りの行き当たりばったりな旅を始めることに。時に一人で、時に友人たちと−−。「ざつ」だからこそ思いがけない出会いが待っている、“ざつ旅"へ出発 !

またしてもネームがボツになったちかは、悪循環を断ち切るために再び旅に出ようとする。アンケートの結果、今回の旅先は宮城県の松島に決定! 松尾芭蕉も訪れた…。

出演 月城日花 鈴代紗弓 平塚紗依 佐藤聡美 日笠陽子 小林ゆう 窪田等
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松島と言えば瑞巌寺さんですね。こちらの庫裡(くり)には光太郎の父・光雲の手になる巨大な聖観音像(通称「光雲観音」)が納められています。

原作の石坂氏の漫画では、主人公・ちかが瑞巌寺さんを訪れ、おそらく「光雲観音」も目にしたという感じになっていますが、権利関係への配慮でしょうか、像自体は描かれていませんでした。
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ところがアニメでは、いろいろクリア出来たのでしょう、「光雲観音」が登場します。
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過日もちらっと書きましたが、先日、昭和3年(1928)の「光雲観音」落成法要の際に配付された『松島聖観世音奉安趣意書』を入手しました。

それによれば、元々は注文主もなく観音信仰の篤かった光雲が畢生の作を作ろうと独自に作り始め、やがて噂を聞きつけた個人や法人から「ぜひ買いたい」との声が殺到。いろいろ審査した結果、当時あった宮城電気鉄道という会社が落札したという感じです。同社は現在のJR仙石線にあたる路線を保有し運行していまして、昭和2年(1927)には路線が松島公園駅(現在の松島海岸駅)へと延伸され、その記念と、無事故等の祈願のためという趣旨でした。当初は瑞巌寺さんではなく、松島公園駅近くのお堂に奉納されましたが、その後、太平洋戦争の影響で同社は消滅、像も瑞巌寺さんへ移されました。ただ、移転の時期は当方把握しておりません。

また、趣意書に像高は一丈二尺(約3.64㍍)であることも明記されていました。よくある規格の一丈六尺(約4.85㍍)かと思っていましたが、一回り小さいサイズでした。

さて、アニメ「ざつ旅-That's Journey-」、先週の「第1旅 はじめの1225段」を拝見しました。行き先は会津、「1225段」は羽黒山湯上神社さんの石段。その他、飯森山や栄螺堂、東山温泉などが舞台でしたが、それぞれの風景の絵がとにかく緻密で感心しました。日本のアニメーション技術の凄さを再確認した感じです。上の画像にある次回の「光雲観音」も精妙に描かれています。おそらく写真等をCG処理しているのだと思われますが。

漫画「ざつ旅-That's Journey-」。通読はしていませんが、以前から存じていました。コミックス第3巻(令和2年=2020)で、光太郎第二の故郷・岩手花巻が舞台となり、主人公・ちか他が当方も定宿としている大沢温泉自炊部さんに宿泊、という設定でしたので。
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その頃には東北新幹線新花巻駅にポスターが貼ってありました。また、当の大沢温泉自炊部さんの無料休憩スペースに現物が置いてあり、拝読。残念ながら光太郎ゆかりの宿、という記述がありませんでしたが、花巻の旅全体としては宮沢賢治記念館さんやマルカン大食堂さんなどが舞台となっていて「ふむふむ」という感じでした。花巻の方にはおなじみの「満州にらラーメン」も登場します。

アニメの放映がいつまでで、コミックスの何巻までが扱われるのか等不明ですが、花巻編まで含めていただきたいものです。

ちなみにBSイレブンさん以外にも、地方の地上波局でも放映があります。
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まずは第2旅・松島編、ご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

東京にゆくと随分もみくちやにされさうですが、なるべく逃げて仕事第一としますが、貴下とは以前から考へてゐたこととていづれゆつくりのみたいものです、

昭和27年(1952)10月6日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため、再上京する直前の書簡です。一見のんきなことを書いていますが、自らの余命がそう永くないことを自覚していた光太郎、とにかく像の完成を第一に考えていました。そのため訪問客やいろいろな誘いはできるだけ断るつもりでした。

一昨日は光太郎忌日・第69回連翹忌でした。光太郎智恵子ゆかりの日比谷松本楼さんにおいて関係の方々にお集まりいただき集いを開催いたしまして、その関連でご紹介すべき事項も残っているのですが、一旦離れます。

本日はテレビ放映関連で。

まず、終わってしまった話ですが一昨日の連翹忌当日、テレビ朝日さん系の「グッド!モーニング」内の「林修のことば検定」。視聴者向けのクイズ形式、リモコンのⓓボタンで解答受付というスタイルですが、光太郎が問題に取り上げられました。

当方は連翹忌の集いに持参する配付資料などを車に積み込んだりしている最中でしたので拝見出来ませんでしたが、ご覧になった方がスマホでテレビ画面を撮影、画像を送って下さいました。
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詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の「智恵子は東京に空が無いといふ」をマクラに、光太郎が昭和20年(1945)、生まれ故郷の東京から岩手に移った理由についてでした。
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常に緑ボタンの選択肢はダジャレです(笑)。
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で、宮沢家との関わりに触れ、結局正解は赤の「疎開」。
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さらに宮沢家も終戦5日前の空襲で焼け出され、戦後になって花巻郊外旧太田村の山小屋に移るのですが、そこで戦時中の翼賛活動を深く反省したというお話も。ありがたし。

ちなみに昨年の連翹忌の日にもこのコーナーで光太郎を取り上げて下さいました。

昨年はマニアックな問題だったためでしょう、スマホやパソコンで正解を調べようとした皆さんがこのブログサイトに殺到(笑)。
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今年も通常の6倍くらいの閲覧数となりました。ありがたいところです(笑)。

さて、これとは別に明日放映の番組。

新美の巨人たち【春のアート旅(1) 上野恩賜公園×本仮屋ユイカ】

地上波テレビ東京 2025年4月5日(土)  22:00〜22:30
BSテレ東      2025年4月12日(土)   23:30~24:00

▼春の上野公園でアート旅!なぜ上野はアートの発信地となったのか?▼その秘密を400年前に誕生した巨大寺院から地下空間の巨大オブジェまで時代を象徴する作品を楽しみながら探っていく▼広重の浮世絵に描かれた情緒ある上野のお山。明治以降は公園に生まれ変わり日本の近代化の舞台となった▼日本初の動物園や音楽ホール、美術館が次々と誕生して上野は文字通り文化の中心となっていく▼そんな上野公園の華麗な美の歴史を俳優の本仮屋ユイカさんが辿る。

出演者 アートトラベラー:本仮屋ユイカ  ナレーション:上野樹里
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上野恩賜公園が舞台ということで、光太郎の父・光雲が主任となって制作された西郷隆盛像なども紹介されるかな、というところです。予告動画等には映っていませんでしたが……。

もう1件。

“団塊"物語「比較文学研究の大家 平川祐弘氏が語る日本と日本人」

BSイレブン 2025年4月6日(日) 19:30〜20:00

戦後80年を経た今、私たち日本人は本当の意味で国際人となり得たのだろうか?『和魂洋才の系譜』の著者である比較文学研究の大家、平川祐弘氏が、日本と日本人に問う。

今回のゲストは、東京大学名誉教授で比較文化史家の平川祐弘氏。比較文学研究の大家である平川氏が翻訳を手掛けたダンテの『神曲』は、出版から半世紀以上の時を経た今でも、名訳として広く読み継がれている。また、森鴎外を通じて急激な近代化する明治期の日本の精神性を解き明かした『和魂洋才の系譜』は、トップエリートたちに多大な影響を与えてきた。敗戦から高度経済成長を成し遂げた昭和、“失われた30年"といわれながらも経済大国の地位を維持してきた平成、令和。時代が移り変わる中でも、戦後80年にわたって日本は、国際社会の一角で存在感を示してきた。しかし、私たち日本人は本当の意味で国際人となり得たのであろうか?平川氏の問いかけは、日本の将来に向けて鋭く問いかける。

出演者 【司会者】牛島信(弁護士・作家) 田村あゆち(フリーキャスター)
    【ゲスト】平川祐弘(東京大学名誉教授 比較文化史家)
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平川祐弘氏がご出演、御著『和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本』(昭和46年=1971)を中心に語られるとのこと。同書は番組説明にあるように森鷗外がメインの書物ですが、光太郎や与謝野晶子、徳富蘇峰らにも触れられています。ちらっとでも光太郎の話題になってほしいものです。

ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

此間は折角来られたのに大したお構ひも出来ず失礼しました、それでも此処の様子を見てもらつて本望でした、まだ今後何処へゆくか分りませんが当分はここにゐるつもり、後には北海道屈斜路湖の方へ移住するかも知れません、

昭和27年(1952)8月13日 藤岡孟彦宛書簡より 光太郎70歳

孟彦は光太郎実弟。光雲四男でしたが藤岡家に養子に出ました。植物学を修め、戦前から兵庫県農業試験場に勤務していましたが、この時期には茨城県の鯉淵学園に勤務。現在の鯉淵学園農業栄養専門学校さんです。

秋に光太郎が再上京するということで、それなら鯉淵学園で講演を一席頼まれてくれないか、というわけで、花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れたようです。そこで11月に講演が実現しました。その筆録は翌年1月発行の『農業茨城』第5巻第1号に「芸術と農業」の題で掲載され、筑摩書房刊『高村光太郎全集』第19巻に収録されています。
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当分はここにゐるつもり」は、「乙女の像」が完成したらまた太田村に戻ることを意味します。「後には北海道屈斜路湖の方へ移住するかも」は、どの程度本気だったのか……というところです。

「春が来た」といいたいところですが、まだまだ今日明日あたりは寒波が居座るようで……。

先日、岐阜県白川町さんの広報誌『広報しらかわ』今月号に光太郎詩「冬が来た」(大正2年=1913)が取り上げられていたのをご紹介しましたが、同様に北海道新篠津村さんの『広報新しのつ』さん今月号にも「冬が来た」が取り上げられていました。

UP DATE 地域おこし協力隊「冬が来た」

003 私の好きな高村光太郎さんの「冬が来た」という詩を紹介します。

  冬が来た
 
 きつぱりと冬が来た
 八つ手の白い花も消え
 公孫樹(いてふ)の木も箒になつた

 きりきりともみ込むやうな冬が来た
 人にいやがられる冬
 草木に背(そむ)かれ、虫類に逃げられる冬
  が来た
 
 冬よ
 僕に来い、僕に来い
 僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
 
 しみ透れ、つきぬけ
 火事を出せ、雪で埋めろ
 刃物のやうな冬が来た

 この詩は、冬の厳しさを人生の困難に例えているように感じられます。しかし、きっぱりとそれを潔く受け入れて迎えようとする強い意志が感じられるように思います。私達しんしのつの冬もまた、様々な厳しさがありますが、この激しい雪も、雪溶けの豊かな恵み深い水に繋がって行くことを思い起こし、毎日黙々と雪かきに向かいたいと思います。
 さて、今年も冬の最大イベント「しんしのつ天灯(ランタン)祭り」が2月22日(土)に開催されます。初めての試みとして『冬の花火』を打ち上げます。
 春は『桜』、秋は『紅葉』、冬は『雪』、そして夏が『花火』。四季を彩る風物詩の中で、唯一つ自然が織りなすものでないのが『花火』。人が作り演出しなければならないのが花火です。これを冬の風物詩『雪』の中で『天灯』とともに願いを込めて打ち上げます。
 しんしのつの冬は、毎日しんしんと雪が降り続きますが、村の人も村外の人も一緒にランタン祭りを楽しみましょう!

今月の担当:早瀬 慶四郎(農商工連携推進員)


新篠津村さんというのが北海道のどの辺なのか全く存じませんでしたが(すみません)、調べたところ、札幌の北東、岩見沢の西、日本海側ですので豪雪地帯なのでしょう。
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温暖な房総で「寒い、寒い」と言っているのが申し訳なく存じます。

「冬が来た」ついでにもう1件。

NHK Eテレさんで今月18日の未明に「NHK高校講座 言語文化 冬が来た(高村光太郎)」の放映がありました。てっきり再放送だと思っていたのですが、初回放映だったようで、放映後になってNHKさんのサイトで動画が公開されました。
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ナビゲーターはナレーター・声優の木本景子さん、解説で中央大学杉並高等学校さん教諭の齋藤祐氏、詩朗読がフリーアナウンサー・高山久美子さん。
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なかなかよくできた作りでした。
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特に「冬」と「僕」は一体化してしまっている、といったくだり。
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なるほど。

ぜひNHKさんのサイトからご覧下さい。

それにつけてもやはり「春が来た」と早く言いたいものです(笑)。

【折々のことば・光太郎】

東京も寒くなつたとききます。こちらも厳寒となりました。


昭和27年(1952)1月7日 草野心平宛書簡より 光太郎70歳

昭和27年(1952)の年が明け、光太郎、数え70歳となりました。以前から「70になったら本当の仕事を始める」と宣言していた通り、この年の秋には花巻郊外旧太田村での蟄居生活を切り上げ、上京。生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作にかかります。その話が舞い込むのは春になってからで、この時点では未だ伝えられていませんでした。

3番組ご紹介します。

まず再放送。

にほんごであそぼ「喜び」

地上波NHK Eテレ 2025年2月15日(土) 07:00~07:10

書道で学ぶにほんご(青柳美扇)・立体紙切り(辻笙)・ぐうたらちんたら/喜び、朗読(高杉真宙)/「智恵子抄 深夜の雪」高村光太郎、漢字アニメ/喜、偉人とダンス/喜びとは苦悩の大木に実る果実である(ヴィクトル・ユーゴー)、うた「ほのぼのよき」

【出演】南野巴那 高杉真宙 青柳美扇 辻笙 世田一恵 中村彩玖 川原瑛都 川田秋妃

2月10日(月)に初回放映があり、昨日も再放送がありましたが、また明朝にオンエアされます。

俳優・高杉真宙さんによる光太郎詩「深夜の雪」朗読が含まれます。
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NHKプラスさんで配信も為されていますが、ぜひご覧下さい。

同じくNHK Eテレさん。こちらも初回放映ではないと思うのですが……。

NHK高校講座 言語文化 冬が来た(高村光太郎)

地上波NHK Eテレ 2025年2月18日(火) 01:40〜02:00

この講座では、優れた日本の古典作品や、漢文・漢詩、明治時代以降に発表された文学的な文章を読み味わいます。また、それぞれの時代の人々の感じ方や考え方を紐解きます。

口語自由詩で描かれる風景を味わいます。今回、取り上げるのは高村光太郎作の口語自由詩「冬が来た」。まずは、リズムを確かめながら音読します。その後、作者は冬をどのようなものとして捉えているか、考えていきます。

【出演】高等学校教諭…齋藤祐,木本景子,【朗読】高山久美子
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こちらは公式サイトに動画が上がっていますが、このとおりの画面で放映されるのかどうか……。

ついでというと何ですが、もう1件。おそらく光太郎らにはからまないと思われますが、一応。

じゅん散歩

地上波テレビ朝日 2025年2月17日(月)~2月21日(金) 09:55〜10:25

「一歩歩けば、そこにひとつの出会いが生まれる…」
三代目散歩人・高田純次が“一歩一会(いっぽいちえ)"をテーマに自由気ままに街を歩きます!

2月17日(月) 三代目散歩人・高田純次が「根津」を散策▽人気の谷根千! 文豪に愛された街▽ボールペンだけで描く繊細アート▽ニラたっぷりの絶品中華そば

2月18日(火) 三代目散歩人・高田純次が「谷中」を散策▽外国人殺到! 名物商店街▽俊足でお馴染み…韋駄天をまつる寺▽空中庭園で人気の芋ブリュレ

2月19日(水) 三代目散歩人・高田純次が「千駄木」を散策▽人気の谷根千! 坂道と路地の街▽種類豊富! 家族で営む豆の専門店▽希少品も…舶来のボタンギャラリー

2月20日(木) 三代目散歩人・高田純次が「日暮里」を散策▽工房が並ぶ“モノづくり"の街▽職人技! ブリキ缶の塗装とは…▽全国土産品のアウトレット店

2月21日(金) 三代目散歩人・高田純次が「谷中」を散策▽人気の谷根千! リノベ施設巡り▽日本画に魅了された米国人芸術家▽街のシンボル“ヒマラヤ杉"とは…

【出演】高田純次
◆テーマ曲:斉藤和義
 『純風』 ◆エンディング曲:山下圭志 『一瞬の光』
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来週1週間が、光太郎のホームタウン・谷根千及び日暮里。「人気の谷根千! 文豪に愛された街」というワードもあり、気になるところです。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

おハガキで御主人御逝去の事を知りました、おくやみ申上げます、戦争以来人の死ぬのを何とも思はなくなりましたが、旧知の方の他界はやはり感慨を起させられます、

昭和26年(1951)11月17日 山端静子宛書簡より 光太郎69歳

山端静子(しづ)は直ぐ下の実妹。夫の寅三逝去の報せに対する返信の一節です。「何とも思はなくなりました」は無関心という意味ではなく、死者10万人とも言われる東京大空襲、さらに終戦5日前にも花巻空襲を経験し、人は呆気なく逝くものだという無常観のようなものを刻みつけられたということでしょう。

3件ご紹介します。

まずはNHK Eテレさんの長寿番組。

にほんごであそぼ「喜び」

地上波NHK Eテレ 2025年2月10日(月) 08:35~08:45
再放送   2月13日(木) 15:35~15:45  2月15日(土) 07:00~07:10

書道で学ぶにほんご(青柳美扇)・立体紙切り(辻笙)・ぐうたらちんたら/喜び、朗読(高杉真宙)/「智恵子抄 深夜の雪」高村光太郎、漢字アニメ/喜、偉人とダンス/喜びとは苦悩の大木に実る果実である(ヴィクトル・ユーゴー)、うた「ほのぼのよき」

【出演】南野巴那 高杉真宙 青柳美扇 辻笙 世田一恵 中村彩玖 川原瑛都 川田秋妃
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昨年の大河ドラマ「光る君へ」で、主人公・まひろ(紫式部/吉高由里子さん)の弟・藤原惟規を演じられた高杉真宙さんによる朗読で、「智恵子抄」の中から「深夜の雪」。

高杉さん、一昨年には同番組で「あどけない話」朗読もなさって下さいました。
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後は再放送系。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭 お名前ソング

BSテレ東 2025年2月10日(月) 17:56〜19:00

「日本歌手協会歌謡祭」名曲&懐かしの名場面を一挙放送!

「東京アンナ」大津美子/「ダイナ」ディック・ミネ/「ダイアナ」鈴木ヤスシ
「硝子のジョニー」谷龍介/「傷だらけのローラ」高道(狩人)
「シェリー」九重佑三子、田辺靖雄/「ジョニィへの伝言」ペドロ&カプリシャス
「メリー・ジェーン」つのだ☆ひろ/「サチコ」ニック・ニューサ
「ひとみちゃん」神戸一郎/「そんな夕子にほれました」増位山太志郎
「智恵子抄」二代目コロムビア・ローズ/「お吉物語」天津羽衣
「おーい中村君」若原一郎/「ハチのムサシは死んだのさ」セルスターズ
「姿三四郎」姿憲子/「与三さん」照菊

<司会>合田道人
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「お名前ソング」ということで、タイトルに人名の入った懐かしの曲がずらり。過去の映像を使っての放映となります。

昭和39年(1964)リリース、その年の紅白歌合戦でも歌われた二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(丘灯至夫作詞・戸塚三博作曲)もラインナップに入っています。

もう1件。

おかしな刑事〜居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査

BS朝日 2025年2月11日(火) 19:00〜21:00 

「東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!」▽テレビ朝日系列で2011年に放送された第8シリーズ

ある日、東京タワー近くの公園を訪れた鴨志田は、30年前に同所で起きた幼女誘拐事件の被害者の父と再会する。その事件の主犯は交通事故死、懸命な捜査の甲斐なく共犯者の行方もわからないままだった。その夜、会社社長の冬木が刺され、重体となる事件が発生。冬木のもとには「東京タワーは知っている」という脅迫状が届いていた。そんな中、ホームレスの男・駒田が刺殺体で発見された。鴨志田は“駒田"という名字が気にかかり…。

出演者 伊東四朗 羽田美智子 石井正則 小倉久寛 辺見えみり 山口美也子 木場勝己 小沢象
    丸山厚人 菅原大吉 (他)
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初回放映は平成23年(2011)。その際のサブタイトルが「地上333メートルの殺意!! ホームレスが隠した事件の謎!? 安達太良山で待ち受ける真実!! 『智恵子抄』に秘められた想いとは…」。事件関係者の一人が、智恵子の故郷・二本松出身という設定で、安達太良山、岳温泉、智恵子生家などでのロケが敢行されました。
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それぞれ、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

年代は自分でもややこしくて間違ひ勝ちです。日本式年号で数へると間違ひ易く、西暦一九〇七年二月日本出発、一九〇八年ロンドンへ渡り、一九〇九年パリに行き、一九一〇年七月に日本に帰つたのが本当のやうです。


昭和26年(1951)9月24日 西山勇太郎宛書簡より 光太郎69歳

自分が何をしたのが何年だったかというのは、意外と覚えていないものですね。この書簡に書かれた年も1年ずつ間違っています(笑)。渡米は明治39年(1906)、ロンドンへは同40年(1907)に渡り、パリに移ったのは同41年(1908)で、帰国は同42年(1909)です。

ちなみに昨年、これより後に書かれたと思われる光太郎手書きの年譜画像を発見しました。そちらはほぼ正しく書かれていました。
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『日本近代文学図録』(昭和39年=1964 日本近代文学館編 毎日新聞社)に写真版が載っていました。光太郎筆跡であることは間違いありませんが、いつ、何の目的で書かれたものかは不明です。

テレビ番組の放映情報を2件。

まずは光太郎の父・光雲が主任となって、東京美術学校総出で作られた上野の西郷隆盛像がらみ。

ワルイコあつまれ(113)

地上波NHK総合 2025年1月21日(火) 23:00〜23:30

▽「慎吾ママの部屋」西郷隆盛(塚地)が登場。明治維新や日本の近代化に貢献したカリスマ・西郷が「やっちまった」エピソードの数々を披露。あの銅像の真実も明らかに。
▽「カレーなる賭け」大好物の“米”への愛が強すぎて、みずから地元の農家に弟子入りしたという小学6年生が登場。自身で育てた白米を持参しての挑戦に、ディーラー吾郎(稲垣)は絶妙のかけひきで対峙するが、その結果は…!
▽「株式会社ジンタイ」胆のう君(草彅)がなぜか苦手にしている舌主任の話題に。「口がうまくて調子がいいイメージ」と持論を語るが、脾ぞう君(稲垣)が別の一面を語りはじめると…?

【出演】稲垣吾郎,草彅剛,香取慎吾,塚地武雅,【声】平野正人,【語り】是永千恵
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西郷像に関しては、軽く触れられる程度だと思われますが。それにしても、塚地武雅さん、伝え聞く西郷の風貌に似ているといえば似ているかも知れませんね(笑)。

もう1件。光太郎智恵子に触れられるかどうか……。

秘湯ロマン

地上波テレビ朝日 1月18日(土)  03:00〜03:30 

日本全国の秘湯と呼ばれる温泉の魅力を紹介します。今回の秘湯は栃木県、塩原温泉郷「柏屋旅館」、「静観荘 古山」、「やまなみ荘」、那須湯本温泉「雲海閣」。

出演者 【旅人】佐藤あかり 【ナレーション】丸山未沙希
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塩原温泉郷の柏屋旅館さん。心の病が昂進した智恵子をなんとかしようと、昭和8年(1933)に一ヶ月ほど東北から北関東の温泉巡りをした際、最後に光太郎智恵子が逗留した宿です。

同じ番組で令和2年(2020)にも柏屋さんが取り上げられ、その際には光太郎智恵子にも触れて下さいました。今回も期待したいところです。
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柏屋さん、意外とその点を売りになさっているようで、ちょくちょく各種メディアにその件が。

テレビ番組ですと、令和3年(2021)、当方も制作に協力させていただいた日テレさんの5分間番組「心に刻む風景」でも「最後の旅 泣きやまぬ童女(どうじょ)のやうに慟哭(どうこく)する」というサブタイトルで取り上げられました。
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近年の書籍では令和元年(2019)、『“裸”になって本音を見せた 文豪が泊まった温泉宿50』
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週刊朝日』さん連載の単行本化でした。

さて、「ワルイコあつまれ」「秘湯ロマン」、それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

「智恵子抄」については御返事が少々厄介です。もともと澤田さんが発行してゐたもので、言はば澤田さんによつて地上にひろめられたやうなものですから、白玉書房は一時刊行したものの、龍星閣く復起したとすれば、龍星閣に返して上げたら如何ですか。さうすればおだやかだと思いますが如何でせう。
昭和26年(1951)4月24日 鎌田敬止宛書簡より 光太郎69歳

詩集『智恵子抄』は、澤田伊四郎の龍星閣から昭和16年(1941)に初版が刊行されました。その後、太平洋戦争の激化に伴い、龍星閣は一時休業。戦後になって鎌田の白玉書房から復刊されました。その際、光太郎は鎌田から、龍星閣に版権をゆずられたという説明を受けていたようですが、どうもそのあたりの真相が闇の中なのですが、澤田としてはゆずった覚えはない、龍星閣を再興するので版権を返して欲しい、という申し出があったようです。

結局、白玉書房版は絶版となり、龍星閣から戦後版が刊行されることとなります。赤い布表紙の有名な版です。

面目ない話で、第1回放映が終わってから気づきましたが、記録のためにご紹介しておきます。来週以降も放映は続きますし、各種配信もありますし。

花は咲く、 修羅の如く #01 花奈と瑞希

地上波日本テレビ 2025年1月8日(水) 01:35〜02:05
BS日テレ       2025年1月8日(水) 23:30~00:00

<ストーリー>
人口600人の小さな島・十鳴島(となきじま)に住む花奈(はな)は、島の子供たちに向けて朗読会を行うほど朗読が好きだった。花奈の“読み”に人を惹きつける力を感じた瑞希(みずき)は、自身が部長を務める放送部へ誘う。「お前の本当の願いを言え、アタシが叶えてやる」「私、放送部に入りたいです」入部を決意した花奈は、たくさんの“初めて”を放送部のメンバーと共にし、大好きな朗読を深めていく…。
<キャスト>
春山花奈:藤寺美徳/薄頼瑞希:島袋美由利/夏江杏:和泉風花/冬賀萩大:千葉翔也/秋山松雪:山下誠一郎/整井良子:安野希世乃/箱山瀬太郎:坂泰斗
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原作・武田綾乃氏、むっしゅ氏作画のコミックが原作で、令和4年(2022)に単行本第1巻が集英社さんから発売されています。いきなり第1話で光太郎詩「道程」。
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アニメでは……
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それから、宮沢賢治も。
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タイトルの「修羅」は賢治の『春と修羅』から来ているのでしょう。
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原作は単行本1巻以降読んでいないのですが、その後も光太郎や賢治に触れられたシーンはあったのでしょうか。詳しい方、ご教示いただけると幸いです。最近は新刊書店で立ち読みも出来ませんし、千葉のど田舎ですと漫画喫茶等もありませんし……(笑)。

何はともあれ、若い皆さんが朗読や近現代文学に親しむひとつのきっかけとなってもらえれば、と存じます。

ちなみに4月にはアニメのブルーレイが発売されるようです。またその頃、取り上げさせていただきます。

【折々のことば・光太郎】

五月に又リサイタルをやられるさうですが相変らず小生東京へは行かれないでせう。宮沢さんのものの事は実家へ直接申送られていいでせう。そのうち小生からも其由申上げて置きます。


昭和26年(1951)3月28日 藤間節子宛書簡より 光太郎69歳

藤間節子は舞踊家。昭和24年(1949)に「智恵子抄」を舞踊化し、帝国劇場でのリサイタルで発表しました。その後もたびたび「智恵子抄」を取り上げています。賢治作品の舞踊化にも意欲を示し、光太郎没後の昭和33年(1958)には「原体剣舞連」を発表しました。

3件ご紹介します。

まずは光太郎に関わるかどうか、微妙なところですが……。

日曜美術館 人生で美しいとは何か 彫刻家・舟越保武と子どもたち

NHK Eテレ 2025年1月12日(日) 9:00~9:45 再放送 1月19日(日)  20:00~20:45

戦後日本を代表する彫刻家・舟越保武(1912−2002)。カトリックの信仰を主題にした精緻で存在感あふれる作品は見るものに「美しさとは何か?」を問いかける。保武の7人の子どもたちは、その多くが芸術関係の道を選んだ。長女は児童図書出版の世界で活躍。次男と三男は父と同じ彫刻家に。そして末娘は紆余曲折を経てアーティストへ。子どもたちの人生と言葉を通して、舟越保武が体現した「美しさ」を考察する。

【出演】舟越保武 舟越桂 末盛千枝子 【語り】守本奈美

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光太郎と交流があり、そのDNAを受け継いだと言える彫刻家の一人、舟越保武。同じ彫刻の道に進み、昨年亡くなった次男の桂氏、そのお姉様で、光太郎が名付け親となった編集者の末盛千枝子氏がビデオ出演。ちらっとでも光太郎に触れていただきたいところですが、どうなりますやら……。

続いて、やはり微妙なところでもう1件。明日の放映です。

又吉・せきしろのなにもしない散歩 #144

BSよしもと 2025年1月8日(水) 19:00~19:30 再放送 1月10日(金) 16:00〜16:30

ピースの又吉直樹と作家のせきしろの二人が、五七五の定型にとらわれず自由な表現をする【自由律俳句】を生み出していく。東北各地を歩きながら様々な人やモノと出会う中で、二人のここでしか見られない独特のかけ合いや、新たな俳句を生み出す姿は必見です。

今回は青森県十和田市をブラリ旅。果たしてどんな自由律俳句が生まれるのか!?
新渡戸記念館、食事処とちの茶屋 ほか
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この番組、訪れる場所は東北限定でして、昨年には花巻高村光太郎記念館さん及び高村山荘、福島二本松の智恵子記念館さんと智恵子生家、さらに当会の祖・草野心平の別荘「天山文庫」(福島県川内村)が取り上げられました。

今回は十和田湖。光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」近くの砂浜で撮られたカットも公開されており、そのまま「乙女の像」まで行かれたのか、行かれなかったのか、というところです。
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ぜひともお二人に「乙女の像」ポーズをとってもらいたいものですが(笑)。

最後は2時間ドラマの再放送。

<BSフジサスペンス傑作選>浅見光彦シリーズ22首の女殺人事件

BSフジ 2025年1月10日(金) 12:00〜14:00

福島と島根で起こった二つの殺人事件。ルポライターの浅見光彦(中村俊介)と幼なじみの野沢光子(紫吹淳)は、事件の解決のため、高村光太郎の妻・智恵子が生まれた福島県岳温泉に向かう。光子とお見合いをした劇団作家・宮田治夫(冨家規政)の死の謎は? 宮田が戯曲「首の女」に託したメッセージとは? 浅見光彦が事件の真相にせまる!!

<出演者>
中村俊介 紫吹淳 姿晴香 菅原大吉 冨家規政 中谷彰宏 伊藤洋三郎 新藤栄作
榎木孝明 野際陽子 ほか
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推理作家の故・内田康夫氏が昭和61年(1986)に発表された「「首の女(ひと)」殺人事件」を原作に、ほぼ忠実に映像化した2時間ドラマです。初回放映は平成18年(2006)、光太郎彫刻の贋作を巡る殺人事件が描かれ、二本松の智恵子生家、花巻の旧高村記念館等でのロケが敢行されました。その後、繰り返し再放送が為されています。
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それぞれぜひ御覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

貴下からいただいた即席餅といふものを今日作つてみましたら、大変おもしろく、煮小豆に入れたり、黄粉にくるんだりして賞味しました。今日は小生の誕生日でした。

昭和26年(1951)3月13日 西出大三宛書簡より 光太郎69歳

元日に数え69歳となった光太郎、この日で満68歳になりました。

前年の誕生日はたまたま講演旅行中で、岩手県立美術工芸学校長・森口多里の家で饗応にあずかりましたが、この年は一人寂しく誕生日を餅で祝いました。

テレビ放映情報を2件。

まずは10月に亡くなった美術史家・高階秀爾氏の追悼番組です。

日曜美術館 名画は語る 美術史家・高階秀爾のメッセージ

地上波NHK Eテレ 2024年12月22日(日) 午前9:00〜午前9:45

西洋美術史入門のバイブルとして、半世紀を超えて読み継がれる名著『名画を見る眼』。その著者である美術史家の高階秀爾さんが、今年10月、92歳で亡くなった。日曜美術館では、今年6月、高階さん自身が、著書の世界を語る番組を放送。その番組を中心に、1970年代から、日曜美術館で、さまざまな画家や名画について語った貴重な映像を発掘。美術の楽しみ方から、美術史家の使命まで、高階さんが語ったメッセージを届ける。

【出演】美術史家…高階秀爾,辻惟雄 大原美術館館長…三浦篤 アーティスト…布施琳太郎
【語り】守本奈実

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光太郎がらみの話にはならないような気もしますが、一応ご紹介しておきます。

もう1件、こちらは光太郎に触れられます。初回放映が今年8月27日(火)だった回の再放送、および系列のBSテレ東さんでは初放映です。

開運!なんでも鑑定団 中島健人の秘蔵宝&金色江戸小判全11種

地上波テレビ東京 2024年12月22日(日) 12:54〜14:00
BSテレ東 2024年12月26日(木) 19:54~20:54

■エッ…魯山人!?伝説<美食陶芸家>作に<中島健人>も仰天
■アノ<人気飲料>の超貴重お宝に…ド級鑑定額
■輝く金色秘宝…<江戸小判>全11種一挙鑑定で超絶値■

最強アイドル・中島健人が鑑定団に登場!“親族一同期待している”お宝とは?驚きの鑑定結果に思わず絶叫!?「自慢のお宝で鑑定団に出たい!」毎晩神棚に祈り続けた祖父の願いを叶えるべく、孫娘が立ち上がった!お宝は美食家にして陶芸家の北大路魯山人の焼物。今田、ケンティーも絶句する衝撃の鑑定結果とは…?

【MC】今田耕司、福澤朗、菅井友香   【ゲスト】中島健人
【出張鑑定】第15回 強気のお宝鑑定大会 リポーター 岡田圭右 コメンテーター 北斗晶
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
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スタジオでの鑑定依頼2件中の一つ、「アノ<人気飲料>の超貴重お宝に…ド級鑑定額」の項で、1920年代、1940年代のコカ・コーラの販売機が出品。
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コカ・コーラといえば光太郎(笑)。(大正元年=1912)、まず雑誌『白樺』に発表され、大正3年(1914)には詩集『道程』に収められた詩「狂者の詩」に「コカコオラ」の語が3回出てきます。これが今のところ、日本の文学作品におけるコカ・コーラ初登場とされています。このあたり、下記をご参照下さい。

「昭和32年 コーラ本格上陸 みんな作って、みんないい」/「「乙女の像」制作 朗読劇で 劇団「エムズ・パーティ」16、17日十和田で上演」。
テレビ放映情報-詩句の読み方。
都内レポートその2 「ココだけ!コカ・コーラ社 60年の歴史展」。
岩手日報「風土計」。

そこで、番組内で光太郎に触れて下さいました。
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さらに当時の広告。
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本放送視聴後、国会図書館さんのデジタルデータで調べてみましたところ、こんな広告も。
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シロップを薄めて飲む形もあったようです。

で、依頼品。本国アメリカで使われていたもののようで、番組説明欄の「ド級鑑定額」の後は羊頭狗肉ではありませんでした。やはりコーラ関連、好きな方は好きなんでしょうね。
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ちなみにそちらとは別に、番組冒頭近くでゲストの山崎健人さん。MCの今田耕司さんと誕生日が一緒ということでお二人で盛り上がっていました。
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「ありゃま!」でした。3月13日、光太郎の誕生日でもあります(笑)。吉永小百合さんが一緒だというのは存じていましたが、このお二人もそうだったのか、という感じでした。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】
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昨日おてがみいただき、今日「典型」五冊おうけとりしました、いろいろ御面倒をかけたおかげでともかく出来ましてありがたく存じました、厚く御礼申上げます、お世話になつた社中の諸賢にも小生の謝意をおつたへ下さい、


昭和25年(1950)10月28日 松下英麿宛書簡より 光太郎68歳

若い頃からの選詩集的なものを除き、光太郎生涯最後の詩集となった『典型』が上梓されました。

以前にも書きましたが、奥付では刊行日が10月25日。遠く大正3年(1914)に出した第一詩集『道程』も10月25日。偶然なのか、狙ったのか、何とも不明ですが。

テレビ放映情報です。

まず、光太郎には触れられないかも知れませんが……。

歴史探偵 宮沢賢治と銀河鉄道の夜

地上波NHK総合 2024年11月20日(水) 22:00〜22:45

宮崎駿監督や米津玄師など、現代のアーティストにも多大な影響を与え続ける宮沢賢治。私たちは、代表作「銀河鉄道の夜」の世界をCGで再現、その物語の魅力を徹底調査した。見えてきたのは、当時最先端の科学知識を取り込みながら、今に通じる、深いテーマを物語に織り込む賢治の類まれな力。今回そんな賢治の作品を、声優の梶裕貴(宮沢賢治役)と鬼頭明里(妹トシ役)が朗読する。賢治の深遠なる世界に浸れる45分はいかが?

【司会】佐藤二朗,片山千恵子 【出演】文教大学教授…大島丈志
【リポーター】近田雄一    【朗読】梶裕貴,鬼頭明里

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説明欄にお名前がありませんが、画像を見ると国立天文台上席教授にして、大河ドラマ「光る君へ」で陰陽道がらみの部分の監修もされている渡部潤一氏もビデオ出演されるようです。

賢治没後、その作品を世に広めた一人が光太郎だったというあたり、ちらっとでも触れていただけるとありがたいのですが……。

もう1件、再放送ですが、こちらは光太郎に触れられます。

ドラマ・浅見光彦〜最終章〜▼第9話 草津・軽井沢編

BS-TBS 2024年11月22日(金) 12:29〜13:25

ベストセラー作家・内田康夫の大人気サスペンス小説「浅見光彦シリーズ」。光彦の2人の幼馴染・野沢光子(星野真里)と宮田治夫(吹越満)と久しぶりの再会を経て楽しい気分でいる頃、光子の父が殺害された…。

【出演】沢村一樹、風間杜夫、原沙知絵、黒田知永子、田中幸太朗、佐久間良子、星野真里、吹越満ほか

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故・内田康夫氏ご執筆の浅見光彦シリーズ中、光太郎彫刻の贋作にまつわる連続殺人事件を描いた『「首の女」殺人事件』(昭和61年=1986)を原作としています。ただ、物語の舞台が原作では智恵子の故郷・福島二本松や島根だったのに対し、なぜか標題の通り草津と軽井沢に変更されています。今一つその意図が見えなかったのですが、いろいろ大人の事情があったのでしょう。

ともかくも、それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

「蛙」がよみうりの文学賞といふものになつた由、威勢よく賞金をくれれば何でも結構です、日本のは何でも賞金がけちなので役に立ちません、その点ノーベル賞は合理的です、


昭和25年6月5日 草野心平宛書簡より 光太郎68歳

この年始まった読売文学賞。その栄えある第一回の受賞が、当会の祖・草野心平の詩集「蛙」に決まり、そのお祝いの書簡から。

翌年の第二回は、光太郎がこの年出版する詩集『典型』に与えられます。光太郎、「けち」と言っていた賞金をそっくり在住していた花巻郊外太田村の山口小学校などに寄附してしまいます。ある意味、豪快ですね。

テレビ放映情報です。

 又吉・せきしろのなにもしない散歩 #137

BSよしもと 2024年11月13日(水) 19:00~19:30
再放送 2024年11月15日(金) 16:00〜16:30


ピースの又吉直樹と作家のせきしろの二人が、五七五の定型にとらわれず自由な表現をする【自由律俳句】を生み出していく。東北各地を歩きながら様々な人やモノと出会う中で、二人のここでしか見られない独特のかけ合いや、新たな俳句を生み出す姿は必見です。

今回は福島県二本松市をブラリ旅。果たしてどんな自由律俳句が生まれるのか!? 観世寺、智恵子記念館 ほか。
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同番組、今年2月の第99回で、花巻の光太郎が戦後7年間を過ごした山小屋(高村山荘)、隣接する高村光太郎記念館をご訪問。
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記念館さんで「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の中型試作を詠んだ又吉氏の句。

 試作品さえも本物になる

他の彫刻から、せきしろ氏。
 
 彫刻見て語彙がない自分

山小屋内に入り、戦争責任への猛烈な反省の姿をしのんだせきしろ氏の句。

 自責自省が閉じこめられた小屋を見る

なるほど。

今度は智恵子生家と裏手の智恵子記念館ということで、予告が出て「よっしゃ‼」でした。

地味な番組ですが(当方の云うべきことでもありませんけれど(笑))、けたたましいバラエティー番組などに辟易されている方々、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

ほんとに珍らしい珈琲やらいろいろのもの目うつりするやうです、このネツスルの珈琲を明朝いれるのがたのしみです。


昭和25年(1950)5月8日 中原綾子宛書簡より 光太郎68歳

中原から届けられたさまざまな食料品等に対する礼状の一節。

今年の夏に、綾子令孫からこの書簡を含む光太郎から綾子宛の書簡、原稿類がごっそり寄贈されました。それをご寄贈なさった令孫、山小屋の中に残っていたネッスルのコーヒー粉の缶、おそらくこれがこの書簡にあるものだろうという説明を受け、感銘されたそうです。

テレビ放映情報です。

日曜美術館「まなざしのヒント 埴輪」

地上波NHK Eテレ 2024年11月10日(日) 9:00~9:45  
         再放送 11月17日(日) 20:00~20:45 
  
美術の楽しみ方を展覧会場で実践的に学ぶ「まなざしのヒント」。今回のテーマは「埴輪」。現在東京国立博物館で開催中の展覧会には、「挂甲の武人」や「踊る人々」など誰もが一度は見たことのある名品が勢ぞろい。美術の視点で見る埴輪の魅力とは?学芸員の解説を聞きながら井浦新さん、片桐仁さんと一緒にじっくりと鑑賞します。さらに東京国立近代美術館で開催中の展覧会から、埴輪と日本人の深いつながりも紹介します。

出演者
【司会】坂本美雨 守本奈実  【出演】井浦新 片桐仁
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上野の東京国立博物館さんで開催中の「挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」」がメインのようですが、竹橋の東京国立近代美術館さんでの企画展「ハニワと土偶の近代」も取り上げられるようです。

トーハクさんの展示は国宝の「挂甲の武人」埴輪をはじめ、100体超の埴輪そのものがずらっと並んでいますが、MOMATさんの方は近現代に於ける社会史・美術史上での埴輪の受容のあり方をさぐるもの。コンセプトが異なります。

レポーター的に井浦新さんと片桐仁さん。井浦さんはかつて同番組の司会者でもあらせられ、当方も制作にご協力した平成25年(2013)の「智恵子に捧げた彫刻~詩人・高村光太郎の実像~」のスタジオ収録の際にお目にかかりました。もう10年以上経つかという感じですが。

片桐さんも多摩美術大学さんのご出身で、アートに関して一家言お持ちです。令和3年(2021)に地上波TBSさん系で放映された「マツコの知らない世界」では、大阪御堂筋の光太郎作品「みちのく」(十和田湖畔の裸婦群像のための中型試作)をご紹介下さいました。
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ついでですので「ハニワと土偶の近代」展に関し、『日本経済新聞』さんの記事。

「ハニワと土偶の近代」展 時代の願望を映す古代ブーム

 博物館や教科書で、誰もが見たことがあるだろう。日本の考古遺物のハニワと土偶。実はその造形美に光があてられるのは近代になってからのことだ。戦前・戦後の「古代ブーム」は何を映し出すのか。丹念に検証する展覧会が東京国立近代美術館で開催中だ。
 「ハニワと土偶の近代」展の企画者の1人、花井久穂・主任研究員は2019年に「土を掘り起こす」のテーマでコレクション展示を手掛けた。
 1950〜60年代の日本美術にハニワや土偶など考古遺物のモチーフが数多いことに着目。各地の発掘調査や戦後の復興の過程で数多く出土し、イサム・ノグチや岡本太郎らが再評価した背景を紹介した。戦後にフォーカスした前回展を、戦前、そして現代へと射程を広げたのが本展だ。
 一般の市民には長く忘れられていたハニワや土偶が、日本文化の象徴的存在となる。明治の近代化はそのきっかけの一つだった。
 天皇制の「万世一系」を重要視する明治政府が古墳の調査・発掘を推し進め、日清・日露戦争後の好況下、土地の開発も進み出土が相次ぐ。海外進出をもくろむ日本のイメージアップにも一役買った。10年にロンドンで開催された日英博覧会に関する資料が出品されている。考古遺物を紹介する日本のパビリオンの写真、そして博覧会を記念して発行されたグラフ誌。表紙には笑みを浮かべる巫女(みこ)のハニワと富士山が描かれている。
 12年に明治天皇が崩御すると、古墳にならった伏見桃山陵の築造が京都で始まる。千数百年途絶えていたハニワ作りも復活。彫刻家の吉田白嶺(はくれい)が陵に納める新作ハニワを手掛けた。京都の画家、都路(つじ)華香(かこう)も造営の進捗を伝える日々のニュースに触れていたろう。屛風画「埴輪」は古代の情景を題材にしつつ、現在進行形で起きていたブームの高揚感を伝える。
 戦前・戦中に、ハニワは仏教伝来以前の「純粋」な日本文化の造形ととらえられたという。「われわれの祖先が作った埴輪の人物はすべて明るく、簡素質樸(しつぼく)であり、直接自然から汲み取った美への満足であり、いかにも清らかである」(日本文学報国会の詩部会長を務めた高村光太郎)
 小学生向けの日本建国童話集、皇紀2600年を祝う記念塔の装飾、ハワイの真珠湾攻撃を描いた報国はがきの切手――。社会の隅々にそのイメージが浸透していたことがわかる。蕗谷(ふきや)虹児(こうじ)の「天兵神助」は、戦意高揚の目的で開催された航空美術展の出品作だ。古代の武具を身につけた武人が力尽きた航空兵をひざに抱く。古墳時代に墳墓を守る存在として作られたハニワが、「神国」日本の守護神としてよみがえった一例である。
 シンプルで素朴なハニワや土偶の美は、戦前から戦後を通して芸術家たちを魅了した。斎藤清、猪熊弦一郎、イサム・ノグチ、石元泰博らモダニズムを代表する版画家、画家、彫刻家、写真家の作品が多数、出品されており見どころの一つだ。
 50年代から60年代に制作されたものが多いのには、様々な理由がありそうだ。55年に東京国立博物館で開かれた「メキシコ美術展」は、自国の古代文明や歴史に着想した当時のメキシコの現代美術を紹介。その力強い表現は、古事記を題材にした芥川(間所)紗織ら多くの芸術家を鼓舞した。
 ピカソやマティスがアフリカ美術などを参照したことで、原始の美への注目も高まっていたろう。ハニワの「たくまざる表現」に「世界性」を見いだし、「近代の最高の美」ではないかと猪熊弦一郎は称賛した。
 最終章はサブカルチャーへの広がりにも着目する。66年、武神が登場する映画「大魔神」シリーズ公開。80年代にはNHKの幼児番組「おーい!はに丸」で武人や馬のハニワのキャラクターが人気を博す。SF・オカルトの流行にも押され、「ゆるかわ」なマスコットキャラクターを好む国民に広く受け入れられた。
 対外的な日本のイメージの発信、民族意識や愛国精神の強化、モダニズムとの融合。ハニワや土偶のリバイバルには、それぞれの時代の理想や願望が託された。では幾たび目かの「古代ブーム」ともいわれる今、素朴な造形は何を映し出すのだろう。鋭い問いかけをはらむ意欲的な企画展だ。12月22日まで。
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番組内で、15年戦争時に光太郎が書いた「その面貌は大陸や南方で戦つてゐるわれらの兵士の面貌と少しも変つてゐない。その表情の明るさ、単純素朴さ、清らかさ。これらの美は大和民族を貫いて永久に其の健康性を保有せしめ、決して民族の廃頽を来さしめないところの重要因子である。」といったあたりが紹介されるかどうかというところですが、ぜひご覧下さい。

ところでテレビ番組ついでに、繰り返し放映されているものですが、以下もありますのでよろしく。

10min.ボックス現代文 道程(高村光太郎)

地上波NHK Eテレ 2024年11月13日(水) 06:00〜06:10

中学・高校で学ぶ文学作品の魅力を10分間でコンパクトに解説します。朗読は、元NHKアナウンサーの加賀美幸子さんです。20年近く前に制作されましたが、最新の映像技術により、高画質のハイビジョン映像でお楽しみいただけます。今回は、高村光太郎の詩人としての代表作「道程」。詩の完成までの経緯を紹介するとともに、様々な人に、この詩を自由に解釈してもらい、その人なりの朗読を聞かせてもらいます。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭

BSテレ東 2024年11月8日(金)  17:56〜19:00

「もしもピアノが弾けたなら」西田敏行 「翼をください」紙ふうせん 「夜空」五木ひろし
「さざんかの宿」大川栄策 「ここに幸あり」大津美子 「逢いたくて逢いたくて」園まり
「演歌みち」松原のぶえ 「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子
「リンゴの花が咲いていた」佐々木新一 
「津軽恋女」新沼謙治
「北上夜曲」松平直樹 多摩幸子 「荒城の月」ボニージャックス
「智恵子抄」二代目コロムビアローズ 「相馬盆唄」大塚文雄 「大利根月夜」三山ひろし
「潮来育ち」古都清乃 「ミッキーマウス・マーチ」音羽ゆりかご会 「さんぽ」井上あずみ
「INORI〜祈り〜」クミコ 「また逢いませう」畠山みどり
「夜明けのメロディー」ペギー葉山 
「下町の太陽」倍賞千恵子
「あの街に生まれて」西田敏行 「北国の春」出演者全員

【折々のことば・光太郎】

中央公論社か創元社から小生の戦後詩集を単行本として出版する気になりました。

昭和25年(1950)4月18日 宮崎稔宛書簡より 光太郎68歳

若い頃からの詩を集めた選集的なものを除くと光太郎生前最後の詩集となった『典型』を指します。
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昭和22年(1947)に雑誌『展望』に発表した連作詩「暗愚小伝」を含み、戦時中の愚昧だった自己に対する反省、皇国史観からの脱却、世界的視野の獲得といった再生の姿が見て取れます。

以前にも書いた気がするのですが、この『典型』、奥付の発行日が10月25日となっています。遡って大正3年(1914)の第一詩集『道程』も奥付の発行日が10月25日。狙ったのか、偶然なのか、判然としませんが。

テレビ放映情報です。

英雄たちの選択 我は女の味方ならず 〜情熱の歌人・与謝野晶子の“男女平等”〜

NHK BS1/NHK BS4K 2024年9月2日(月) 21:00~22:00

「みだれ髪」など情熱の歌人として知られる与謝野晶子は人気評論家だった。おりしも女性の権利拡張を目指す運動が盛んになる中、母性保護をめぐり平塚らいてうと大論争に。
 
与謝野晶子は言論弾圧が厳しい時代に、歯に衣着せぬ評論で人気を集め、あらゆるジャンルの評論を雑誌、新聞に載せた。中でも力を入れたのが「男女平等」。女性も仕事をすることで男性から経済的自立することが必要と主張。おりしも女性の権利拡張を「母親になれるのは女性だけ」という理由で推し進めようとしていた女性解放運動家の平塚らいてうと「母性は保護されるべきか」をめぐり激しく対立、大論争を繰り広げる。その結果は?

出演者
【司会】磯田道史 浅田春奈
【出演】歌人…松村由利子 ジャーナリスト…浜田敬子
【語り】松重豊

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メインは光太郎の姉貴分・与謝野晶子。智恵子の先輩にして智恵子に『青鞜』の表紙絵を依頼した平塚らいてうとの「母性保護論争」が取り上げられます。さらに山川菊栄らも参戦し……。

NHKさんでは令和2年(2020)にオンエアされた「先人たちの底力 知恵泉「新しい女の生き方 明治・大正編 平塚らいてう」でも同じ問題を取り上げました。その際はサブタイトルの通りらいてう視点からの制作で、今回は晶子側からの反証的な。

ダメ夫(鉄幹ファンの皆さん、すみません(笑))の元、11人もの子を筆一本で育てた晶子と、年下の「若いツバメ」と最初は入籍しない事実婚で子育てしつつ女性の権利拡大を訴えたらいてう。およそ100年前の話ですが、現代でもあまり状況は変わっていないような……。

光太郎智恵子には直接関わりませんが、夫妻とそれぞれ交流の深かった二人のバトル、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

小生が東京へ出かけることは今のところ一寸むつかしいやうに考へられます。東京の街を歩ける服装すら今はありません。発表会の模様をあとできくのが楽しみに思へます。


昭和24年(1949)4月25日 藤間節子宛書簡より 光太郎67歳

発表会」は舞踊家だった藤間のリサイタル。藤間が戦時中から構想を温めていた「智恵子抄」舞踊化が為されました。この手の「智恵子抄」二次創作の嚆矢でした。
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テレビ放映情報です。光太郎に触れられるかどうか微妙なところですが……。

偉人の年収 How much? 童話作家 宮沢賢治

地上波NHK Eテレ 2024年8月12日(月) 19:30~20:00
再放送 2024年8月15日(木) 15:05~15:35

教科書に載るような偉人たちはいくら稼いでいたの?お金を切り口に半生をたどると、偉人の生き方や人生観が見えてくる! 今回は童話作家 宮沢賢治の登場です!

『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『やまなし』などの作品を生みだした岩手県出身の童話作家 宮沢賢治。小学生の時に先生が読んでくれた童話に感動し、童話の世界へ引き込まれます。25歳で上京して本格的に童話を書き始めますが、重病の妹を看病するため帰郷。その後、農学校の教師となり、自ら畑を耕して地域の農業発展に尽くします。あの不朽の名作『雨ニモマケズ』はどのように生まれたのか?当時の年収とともに探ります。

【司会】谷原章介,山崎怜奈,【出演】今野浩喜
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今年1月には光太郎と交流の深かった与謝野晶子が取り上げられました。番組紹介欄にあるとおり「お金を切り口に半生をたどると、偉人の生き方や人生観が見えてくる」だそうで、やはり経済という部分は大事だなと思わされました。

再現Vの部分では、今野浩喜さんが毎回その偉人役でご登場、スタジオMCの谷原章介さんと山崎怜奈さんに突っ込まれまくっています(笑)。与謝野晶子の回では今野さんの晶子役、無理くり感満載でしたが、賢治はどうなるでしょうか。賢治と今野さん、ぱっと見よく似ているような気もするのですが(笑)。
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その「発見」の現場(昭和9年=1934の追悼会会場)に光太郎も居合わせ、のちに石碑に刻む揮毫を光太郎が行った「雨ニモマケズ」も大きく取り上げられます。
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花巻に建てられた光太郎揮毫の詩碑程度は映していただきたいものですが、どうなりますやら。

ともかくも、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

かかる時政治家などの不しだらな行動が報道されて憤りを感じます。まつたく一新してしまはなければ落ちつかない気がします。


昭和23年(1948)12月10日 西岡文子宛書簡より 光太郎66歳

政治家などの不しだらな行動」、GHQの目が光っていた当時は現代ほどではなかったと思うのですが……。それとも裏金作りだの脱税だのキックバックだの秘書給与不正受給だの公文書改竄だのカルト団体との癒着だの憲法違反だの猥雑パーティーだのコピペの式典挨拶だのパワハラだのは当時からまかり通っていたのでしょうか?

地上波テレビ朝日さん系で昨日オンエアされた「徹子の部屋」。ゲストはテノール歌手の秋川雅史さんでした。サブタイトルは「〈秋川雅史〉二刀流!?彫刻で3年連続二科展に入選」。
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本業の音楽のかたわら、木彫にも本格的に取り組まれ、個展を開催されたり、彫刻家としてのオフィシャルサイトも立ち上げたりされている秋川さん。スタジオには一昨年の二科展入選作「木彫龍図」をお持ちになりました。
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番組前半は彫刻に関して。令和3年(2021)に二科展に初入選された、光雲が主任となって作られた皇居前広場の楠木正成像の模刻作品についても詳しく語られました。
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ヤスリを一切使わなかったそうですし、頬のあたりなど、美術解剖学的な研究もされて臨まれたとのこと。昨年、上野の森美術館さんで実物を拝見しましたが、なるほど、みごとな作でした。

その他、それ以前から取り組まれていた仏像のお話、昨年の二科展入選作のお話などなど。
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後半はご家族や音楽関係のお話などなど。
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最後にミリオンセラー「千の風になって」を熱唱。
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この番組で歌手の方が演奏を披露されるというのは珍しいんじゃないかな、と思いました。

8月7日(水)まで、TVerさんなどで無料配信されています。また、なぜか『婦人公論』さんのサイトで放映内容について詳しく紹介されています。

それぞれぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

此頃よくいろんな人に写真をとられます。中には小生の手の肖像のやうなのがあります。

昭和23年(1948)10月22日 東正巳宛書簡より 光太郎66歳
昭和24年浜谷浩
てっきりこの写真のことだろう、と思ったのですが、こちらは翌年の撮影でした。作品としての彫刻制作は封印しているということで(手すさびや鍛錬のためには木を彫っていたようですが)、削っているのは木ではなく、鰹節です。

昭和23年(1948)以前の「手の肖像」といえる写真、見あたりません。情報をお持ちの方はご教示いただけると幸いです。

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