光太郎にちらっと言及されている新刊書籍を2冊。
刊行順に、まず小説家の五木寛之氏と元外交官・佐藤優氏の対談です。
「戦後でいうなら谷川俊太郎(1931年~2024年)みたいな存在」はちょっと持ち上げすぎのように感じますが……。
もう1冊。こちらは小説です。
栞子・扉子の母娘二代と書きましたが、実は栞子の母にして扉子の祖母・智恵子もそうした依頼を受けていました。ただ、栞子とは考え方の相違などで対立することもあり(対決もありました)、智恵子は別に暮らしています。
さて、最新刊「~扉子と謎めく夏~」。シリーズ12冊目にして初めて光太郎の名が出て来たように思われます。「第三話 中原中也『山羊の歌』(文圃堂書店)」で、光太郎が装幀、題字を揮毫した中原中也の『山羊の歌』が扱われ、中也が光太郎に頼み込んで装幀・揮毫をして貰ったことなどが語られます。「それだけかい!」と云われると「それだけです」ですが(笑)。
ちなみにネタバレになるので詳細は書きませんが、問題の『山羊の歌』は中也から関係の深いある人物に贈られた献呈署名入り……という設定です。
ところで栞子の母にして扉子の祖母・智恵子。名前は我らが智恵子から採ったものと思われますが、今のところ「智恵子抄」がらみのエピソードは出てきていませんし、とにかく謎の多い人物として描かれています。いずれ「智恵子抄」にまつわる話となることを期待しています(平成23年(2011)から新刊が出るたび読み続け、次の巻こそは、と思いつつ12巻目になりました(笑))。
というわけで、『一寸先は闇』/『ビブリア古書堂の事件手帖 Ⅴ~扉子と謎めく夏~』、それぞれぜひお買い求め下さい。
現代でいうところのムックのような感じです。
光太郎の「ここで遊び台で泊まる 花卷」は、同じ自由国民社からこの年4月20日発行の『旅の手帖』第26号が初出の、光太郎生前最後の談話筆記です。
この『ポケット 四季の温泉旅行』、『旅の手帖』第26号の売れ行きが良かったようで、内容はそのままにムックとして刊行したもののようです。
刊行順に、まず小説家の五木寛之氏と元外交官・佐藤優氏の対談です。
発行日 : 2026年3月25日
著者等 : 五木寛之 佐藤優
版 元 : 幻冬舎(幻冬舎新書)
定 価 : 940円+税
2025年12月25日——昭和が始まって100年目となった。「激動の昭和」といわれながらも戦後はどこか無自覚な平和(=戦争のない状態)が80年続いた。が、今やルールとパラダイムは完全に変わった。世界情勢は予測不能となり、かつ瞬時に変貌するのだ。その中で、変わらぬもの、変わるべきものは何か。民衆大衆の地から「虫の目」で見上げる五木寛之氏と、歴史を俯瞰する「鳥の目」を持つ佐藤優氏が、縦横無尽に語り合う。とくに「昭和の最初の20年」を追体験でき、日本の限界を知る寄る辺となる多面的歴史篇。希望と激励の書。
目次
まえがき
第一部 戦争と歌
時代を読み取る「動体視力」
戦時の社会は秩序正しく引き締まる
国家と国民の「一体感」があった戦前・戦中
少年飛行兵や少年戦車兵への憧れ
強制ではないボランティアとしての「翼賛」
「民草の平等」が実感できた戦中の社会
暴力も食事も平等に与えられた軍隊
「歌」がもたらした一体感
明治維新は歌と共にやって来た
人間を高揚させる歌のない時代
戦後の学生運動にも「歌」があった
演歌は未組織労働者の『インターナショナル』
歴史から見落とされてきた「勤労学生」
音楽フェスティバルを好むプーチン大統領
歌は時代を映し出す鏡
マッチングアプリと性的プロレタリアート
投資や起業が流行り、労働者の誇りは失われた
新自由主義ですべてが「ビジネス」に
第二部 知識人の役割
二・二六事件より黒豹脱走と阿部定事件が注目された戦前
庶民が切迫感を抱いたのは空襲が始まってから
軍国主義に便乗した戦中のインテリ
戦前、戦中、戦後を通してベストセラーを出した田邊元
西田幾多郎と京都学派
軽井沢と箱根に移住したエリートは信用できない
「戦陣訓」に関与した徳富蘇峰と島崎藤村
西洋思想に抵抗した知識人が大東亜戦争を「聖戦」にした
京都学派とハイデガー
沈黙すべきときには沈黙する
ソ連文学の名作
内村剛介と瀬島龍三
日本ペンクラブの果たすべき役割
問答無用の「論破」が言論を荒らす
ポストモダニズムと新自由主義
第三部 沖縄という“外部”領域
14歳で沖縄戦を経験した母親
自決のために渡された手榴弾
「国に騙されないために高等教育を受けろ」
親に「公務員だけはダメだ」といわれたが
ソ連で経験した「アウトサイダー」の世界
なぜ盛岡で冷麺、宇都宮で餃子なのか
沖縄返還の日に見た「黒い日の丸」
満州のハルビン学院と上海の同文書院
政治的差別だけが残った沖縄
「寺」のない沖縄の宗教
琉球人を日本人とは「別民族」としたアメリカの報告書
日本の「5・7・5」、沖縄の「8・8・8・6」
安室奈美恵と翁長雄志
沖縄から直木賞が出ない理由とは
壊れかけた壺から光を取り出す
第四部 共同幻想の瓦解
戦前と戦後をつなぐ「満州」
シンボル不在の平成・令和
次の1万円札の肖像は大谷翔平?
平成以降に大きく変わったジェンダー問題
粗野で下品な国際政治
アメリカ幻想は完全に崩壊した
アメリカに依存した「戦後の昭和物語」の終焉
ウクライナで撤去されるプーシキン像
楽観に逃げず「一寸先は闇」を覚悟する
徴兵制の復活もあり得る
いまの日本は「新しい戦中」への瀬戸際
日本の潜在能力を生かすも殺すも教育次第
よくできていた旧日本軍のマニュアル
「暴走する正義」の恐ろしさ
すでに「昭和」は消えた
個人の自己喪失感がファシズムを生む
あとがき
昭和7年(1932)のお生まれで、ほぼ「昭和」全体を生き抜いてこられた五木氏と、昭和35年(1960)のお生まれの佐藤氏の対談。佐藤氏による「まえがき」は今年の2月19日(木)付になっており、対談自体はその少し前、昨年中だったのでしょう。「まえがき」では2月の衆議院選挙にも触れられていますが、その後の高市政権、首相個人による数々の暴走や迷走、タガの外れた状態や茶番劇、それらに対するデモの勃興、おさまらない物価高騰など国民生活の混乱等については言及されていません。また、国際情勢にも言及があり、ウクライナ問題などは俎上に乗せられていますが、2月末からのアメリカのイラン攻撃には間に合わなかったようです。
「一寸先は闇」というタイトルがそれらを予言しているかのようではあります。その意味では、現在の状況を踏まえてまた続編を出していただきたいところです。もっとも、やはり「一寸先は闇」。1ヶ月後にどんな状況になっているのか予想もつきませんが……。
それにしても色々な部分で示唆に富む書です。
特に終戦時に13歳だった五木氏の戦争体験など。思うに現役の文学者で戦前、戦時中を直接語れる方はもうほとんど残っていないのではないでしょうか。その意味でも、五木氏にはまだまだ頑張っていただかねばならないと思います。
光太郎については、「第一部 戦争と歌」中の「強制ではないボランティアとしての「翼賛」」という項で。昨秋刊行された氏のエッセイ集『昭和の夢は夜ひらく』でもそうでしたが、昭和15年(1940)に光太郎が作詞し、飯田信夫が作曲、徳山璉(たまき)の歌唱でそこそこヒットした「」について語られています。
2025年12月25日——昭和が始まって100年目となった。「激動の昭和」といわれながらも戦後はどこか無自覚な平和(=戦争のない状態)が80年続いた。が、今やルールとパラダイムは完全に変わった。世界情勢は予測不能となり、かつ瞬時に変貌するのだ。その中で、変わらぬもの、変わるべきものは何か。民衆大衆の地から「虫の目」で見上げる五木寛之氏と、歴史を俯瞰する「鳥の目」を持つ佐藤優氏が、縦横無尽に語り合う。とくに「昭和の最初の20年」を追体験でき、日本の限界を知る寄る辺となる多面的歴史篇。希望と激励の書。
目次
まえがき
第一部 戦争と歌
時代を読み取る「動体視力」
戦時の社会は秩序正しく引き締まる
国家と国民の「一体感」があった戦前・戦中
少年飛行兵や少年戦車兵への憧れ
強制ではないボランティアとしての「翼賛」
「民草の平等」が実感できた戦中の社会
暴力も食事も平等に与えられた軍隊
「歌」がもたらした一体感
明治維新は歌と共にやって来た
人間を高揚させる歌のない時代
戦後の学生運動にも「歌」があった
演歌は未組織労働者の『インターナショナル』
歴史から見落とされてきた「勤労学生」
音楽フェスティバルを好むプーチン大統領
歌は時代を映し出す鏡
マッチングアプリと性的プロレタリアート
投資や起業が流行り、労働者の誇りは失われた
新自由主義ですべてが「ビジネス」に
第二部 知識人の役割
二・二六事件より黒豹脱走と阿部定事件が注目された戦前
庶民が切迫感を抱いたのは空襲が始まってから
軍国主義に便乗した戦中のインテリ
戦前、戦中、戦後を通してベストセラーを出した田邊元
西田幾多郎と京都学派
軽井沢と箱根に移住したエリートは信用できない
「戦陣訓」に関与した徳富蘇峰と島崎藤村
西洋思想に抵抗した知識人が大東亜戦争を「聖戦」にした
京都学派とハイデガー
沈黙すべきときには沈黙する
ソ連文学の名作
内村剛介と瀬島龍三
日本ペンクラブの果たすべき役割
問答無用の「論破」が言論を荒らす
ポストモダニズムと新自由主義
第三部 沖縄という“外部”領域
14歳で沖縄戦を経験した母親
自決のために渡された手榴弾
「国に騙されないために高等教育を受けろ」
親に「公務員だけはダメだ」といわれたが
ソ連で経験した「アウトサイダー」の世界
なぜ盛岡で冷麺、宇都宮で餃子なのか
沖縄返還の日に見た「黒い日の丸」
満州のハルビン学院と上海の同文書院
政治的差別だけが残った沖縄
「寺」のない沖縄の宗教
琉球人を日本人とは「別民族」としたアメリカの報告書
日本の「5・7・5」、沖縄の「8・8・8・6」
安室奈美恵と翁長雄志
沖縄から直木賞が出ない理由とは
壊れかけた壺から光を取り出す
第四部 共同幻想の瓦解
戦前と戦後をつなぐ「満州」
シンボル不在の平成・令和
次の1万円札の肖像は大谷翔平?
平成以降に大きく変わったジェンダー問題
粗野で下品な国際政治
アメリカ幻想は完全に崩壊した
アメリカに依存した「戦後の昭和物語」の終焉
ウクライナで撤去されるプーシキン像
楽観に逃げず「一寸先は闇」を覚悟する
徴兵制の復活もあり得る
いまの日本は「新しい戦中」への瀬戸際
日本の潜在能力を生かすも殺すも教育次第
よくできていた旧日本軍のマニュアル
「暴走する正義」の恐ろしさ
すでに「昭和」は消えた
個人の自己喪失感がファシズムを生む
あとがき
昭和7年(1932)のお生まれで、ほぼ「昭和」全体を生き抜いてこられた五木氏と、昭和35年(1960)のお生まれの佐藤氏の対談。佐藤氏による「まえがき」は今年の2月19日(木)付になっており、対談自体はその少し前、昨年中だったのでしょう。「まえがき」では2月の衆議院選挙にも触れられていますが、その後の高市政権、首相個人による数々の暴走や迷走、タガの外れた状態や茶番劇、それらに対するデモの勃興、おさまらない物価高騰など国民生活の混乱等については言及されていません。また、国際情勢にも言及があり、ウクライナ問題などは俎上に乗せられていますが、2月末からのアメリカのイラン攻撃には間に合わなかったようです。
「一寸先は闇」というタイトルがそれらを予言しているかのようではあります。その意味では、現在の状況を踏まえてまた続編を出していただきたいところです。もっとも、やはり「一寸先は闇」。1ヶ月後にどんな状況になっているのか予想もつきませんが……。
それにしても色々な部分で示唆に富む書です。
特に終戦時に13歳だった五木氏の戦争体験など。思うに現役の文学者で戦前、戦時中を直接語れる方はもうほとんど残っていないのではないでしょうか。その意味でも、五木氏にはまだまだ頑張っていただかねばならないと思います。
光太郎については、「第一部 戦争と歌」中の「強制ではないボランティアとしての「翼賛」」という項で。昨秋刊行された氏のエッセイ集『昭和の夢は夜ひらく』でもそうでしたが、昭和15年(1940)に光太郎が作詞し、飯田信夫が作曲、徳山璉(たまき)の歌唱でそこそこヒットした「」について語られています。
佐藤 五木さんのお話をうかがっていると、やはり戦中のリアルな世情は当時のことを知る人から聞く必要があると痛感します。いまの映画やテレビドラマなどでは、庶民はみんな戦争を嫌がっていたかのように描かれますが、決してそんなことはなかった。
五木 そうです。僕たち子どもだけではなく、自分の父親を含めて周囲の大人たちもそうでした。もちろん反戦運動などをやって獄舎(ごくしゃ)につながれた人たちもいたでしょうが、それはごく一部の存在だったでしょうし、そんな話は僕らの目に届くところには出てきません。ですから、子どものころは反戦的な考え方が世の中にあることも、意識しませんでした。
なにしろ、高村光太郎(1883年~1956年)のような詩人さえ翼賛的(よくさんてき)な歌をつくった時代でしたからね。当時の高村光太郎は、戦後でいうなら谷川俊太郎(1931年~2024年)みたいな存在です。誰もが愛し尊敬する国民詩人ですから、みんな感動しますよ。
とくに忘れられないのは、高村光太郎が作詞した『歩くうた』(1941年)という歌です。「歩け歩け南へ北へ、歩け歩け東へ西へ」とくり返すだけなんだけど、僕らはそれを口ずさみながら戦意を高揚(こうよう)させていたわけです。
「戦後でいうなら谷川俊太郎(1931年~2024年)みたいな存在」はちょっと持ち上げすぎのように感じますが……。
もう1冊。こちらは小説です。
発行日 : 2026年4月25日
著者等 : 三上延
版 元 : KADOKAWA(メディアワークス文庫)
定 価 : 890円+税
実在の本を手がかりに紐解く、“古書と秘密”の物語。ビブリア扉子編5巻!
ビブリア古書堂の娘が開く、謎への扉――。
その夏、不在中の両親に代わり、ビブリア古書堂を任された少女。美しい女店主とよく似た顔立ちで、本への好奇心と洞察力も母親譲り。だが異なるのは表情豊かで物怖じしないその性格。特殊な依頼に首を突っ込まぬよう少女の監視役を任された少年は、持ち込まれた古書に秘められた謎を、少女が鮮やかに解き明かしていく姿を目の当たりにする。戦時中ある男を救った『シャーロック・ホームズの饋還』と、残されたいたずら書き。
真夏の鎌倉を駆ける「探偵と助手」の物語が始まる――。
目次
プロローグ
栞子・扉子の母娘二代にわたり、本業の古書売買以外に、店に持ち込まれる古書にまつわる様々な奇妙な相談――盗まれた古書のありかをつきとめてほしいとか、故人が古書に書き込んだ書き込みの意味を解いてほしいとか――を解決していくという推理小説仕立てが基本ストーリーです。アシスタントは栞子には店員の五浦大輔(途中で栞子と結婚します)、扉子だと高校の後輩・樋口恭一郎(元々、ビブリア古書堂に持ち込まれた奇妙な相談が縁で)。目次
プロローグ
第一話 『シャーロック・ホームズの歸還』(岩波文庫)
第二話 森山大道『写真よさようなら』(写真評論社)
第三話 中原中也『山羊の歌』(文圃堂書店)
エピローグ
三上延氏の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ、平成23年(2011)の「栞子さんと奇妙な客人たち」に始まり、12巻目です。三上氏ご本人曰く「遅筆」だそうですが、息の長いシリーズとなっています。
北鎌倉駅近くにある架空の古書店「ビブリア古書堂」が舞台で、7巻目の「栞子さんと果てない舞台」まではその女店主・篠川栞子が主人公。8巻目「扉子と不思議な客人たち」からはその娘・扉子に主人公がバトンタッチしました。扉子編になって5冊目ということでタイトルに「Ⅴ」と入っています。
この手のシリーズものではあまり例がないのではないのでしょうか、主人公をはじめとした登場人物たちが、執筆年代と共にほぼリアルタイムで年を取っていきます。第1巻で20代だった最初の主人公・栞子がやがて結婚し、娘の扉子が生まれ、その扉子に主人公のたすきが渡されて、扉子は現在高校生で店を手伝っている、というわけです。
三上延氏の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ、平成23年(2011)の「栞子さんと奇妙な客人たち」に始まり、12巻目です。三上氏ご本人曰く「遅筆」だそうですが、息の長いシリーズとなっています。
北鎌倉駅近くにある架空の古書店「ビブリア古書堂」が舞台で、7巻目の「栞子さんと果てない舞台」まではその女店主・篠川栞子が主人公。8巻目「扉子と不思議な客人たち」からはその娘・扉子に主人公がバトンタッチしました。扉子編になって5冊目ということでタイトルに「Ⅴ」と入っています。
この手のシリーズものではあまり例がないのではないのでしょうか、主人公をはじめとした登場人物たちが、執筆年代と共にほぼリアルタイムで年を取っていきます。第1巻で20代だった最初の主人公・栞子がやがて結婚し、娘の扉子が生まれ、その扉子に主人公のたすきが渡されて、扉子は現在高校生で店を手伝っている、というわけです。
栞子・扉子の母娘二代と書きましたが、実は栞子の母にして扉子の祖母・智恵子もそうした依頼を受けていました。ただ、栞子とは考え方の相違などで対立することもあり(対決もありました)、智恵子は別に暮らしています。
さて、最新刊「~扉子と謎めく夏~」。シリーズ12冊目にして初めて光太郎の名が出て来たように思われます。「第三話 中原中也『山羊の歌』(文圃堂書店)」で、光太郎が装幀、題字を揮毫した中原中也の『山羊の歌』が扱われ、中也が光太郎に頼み込んで装幀・揮毫をして貰ったことなどが語られます。「それだけかい!」と云われると「それだけです」ですが(笑)。
ちなみにネタバレになるので詳細は書きませんが、問題の『山羊の歌』は中也から関係の深いある人物に贈られた献呈署名入り……という設定です。
ところで栞子の母にして扉子の祖母・智恵子。名前は我らが智恵子から採ったものと思われますが、今のところ「智恵子抄」がらみのエピソードは出てきていませんし、とにかく謎の多い人物として描かれています。いずれ「智恵子抄」にまつわる話となることを期待しています(平成23年(2011)から新刊が出るたび読み続け、次の巻こそは、と思いつつ12巻目になりました(笑))。

【高村光太郎書誌】
本人著作(部分)33 『ポケット 四季の温泉旅行 作家画家の温泉だより』
昭和31年(1956)9月15日 自由国民社 長谷川国雄編
ここで遊び台で泊まる 花卷 彫刻家 高村光太郎 夜霧にうかぶ湯女 浅虫 画家 野間仁根
こけしの聖地 鳴子 日本山岳会 渡辺公平
ろうたけき乙女も空し 上ノ山 歌人 結城哀草果
山の中の近代ホテル 小原 劇作家 伊馬春部
筵一枚に雑魚寝する 蒸の湯 作家 伊藤永之介
混浴のおもしろみ 岳温泉 作家 榊山潤
時は古りゆく悲しさよ 裏磐梯 作家 中山義秀
私の生れたところ 日光湯元 随筆家 福田蘭童
白いお尻に紅葉が一枚 塩原 作家 鹿島孝二
断崖の湯と平原の湯と 川原湯 評論家 野田宇太郎
ひとり寝てきく湯もみ唄 草津 評論家 市川為雄
西洋・日本風を対比 小涌谷 随筆家 渋沢秀雄
郭公の声・老鶯の囀り 芦の湯 作家 中河与一
雑木林の自然の匂い 仙石原 作家 北條誠
迸り出ずる水晶の湯 姥子 画家 高岡徳太郎
ニースの日本版です 熱海 画家 佐野繁次郎
蜜柑と沢庵が名物 伊豆山 画家 高畠達四郎
花の匂いが流れる 伊東 作家 浜本浩
いまは同じ色になった 古奈長岡 作家 吉行淳之介
新婚にすすめたい 峰温泉 旅行家 古田保
故里の湯への祈り 湯ヶ島 作家 井上靖
野良帰りの一風呂 下賀茂 画家 鈴木信太郎
湯桧曽・谷川・上牧など 水上 東大助教授 中屋健一
部屋から見る孫のスキー 赤倉 登山家 黒田初子
広い道が湖に消える 上諏訪 美術評論家 北川桃雄
左千夫の歌に惹かれて 浅間 作家 福田清人
失恋の傷を癒す 岩代熱海 中国文学者 魚返善雄
発哺・上林などもよい 熊の湯 東洋大学教授 田部重治
雪の中の温泉に限る 山代山中 作家 深田久弥
明治の末のものがたり 下呂 作家 江馬修
自然美の明朗豪快さ 白浜 画家 鍋井克之
淀君も子供ほしさに 有馬 作家 竹中郁
湧き上る雲の壮大さ 城崎 作家 村雨退二郎
砂丘を見物して三朝へ 鳥取 画家 長谷川三千春
内湯が引けはじめた 道後 作家 北町一郎
安来節と茶庭づくり 玉造 旅行家 山路ゆう
遊ぶ湯のさと 芦原 随筆家 渡辺寛
元湯・新潟・小地獄など 雲仙 画家 野口弥太郎
太宰府もすぐ近い 二日市 作家 長谷川健
安上りシステムもある 別府 作家 中村地平
錦江湾を一望する 霧島 画家 吉井淳二
二軒で建て増し競争 古里 作家 火野葦平
口説き落した一節は 登別 作家 寒川光太郎
高山植物に胸躍らす 層雲峡 日本山岳会 村井米子
星を売る男もある 定山渓 作家 多田裕計
ここは函館の奥座敷 湯の川 仏文学者 高橋邦太郎
春・夏・秋・冬の温泉・早わかり
現代でいうところのムックのような感じです。
光太郎の「ここで遊び台で泊まる 花卷」は、同じ自由国民社からこの年4月20日発行の『旅の手帖』第26号が初出の、光太郎生前最後の談話筆記です。
この『ポケット 四季の温泉旅行』、『旅の手帖』第26号の売れ行きが良かったようで、内容はそのままにムックとして刊行したもののようです。
























野村喜和夫の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』(思潮社)は「二十世紀日本語詩」を独自の受け止め方と解釈のもとに「書き換え」た作品から成る。






































































この電信柱の足については、光太郎自身がお蔵入りにした詩「わが詩をよみて人死に就けり」(昭和22年=1947)でも語られています。





















































詩集『智恵子抄』は太平洋戦争開戦直前の昭和16年(1941)8月に龍星閣から刊行され、戦時にもかかわらず昭和19年(1944)の13刷まで増刷されました。その後、戦争の影響で龍星閣は休業。戦後になると店頭からは『智恵子抄』が消えてしまいました。
















