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5月31日(日)、吉祥寺での「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」参加の前に、調布市の競輪場・東京オーヴァル京王閣さんで開催されていた「ごほうび浪漫博TOKYO」に立ち寄りました。この日と前日はレースが無く、広い敷地を使っての大規模なフリーマーケット的催しです。
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午前11:00からの開催で、10分ほど前に着いたのですが、入口には長蛇の列。こんなに混雑しているとは思っていませんでした。
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開門後、少しずつ入場させるという措置が為されており、入場できるまでにかなり時間がかかりましたが大きな混乱もなく、それはそれで良かったと思いました。いくつものエリアに分かれており入場客は思い思いに分散、入ってしまえばそれほどの大混雑ではありませんでした。
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まず目指したのは「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリア。
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「言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮」というわけで、ZINE(個人や少人数で発行する自主的な出版物)や文学系の小物など、古書籍や一般に流通している新刊を販売する店舗が約90店舗。各地で開催されている文学フリマに近い感じなのでしょう。
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その文学フリマにも出店されている「装幀室白亜」さん。
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近代文学の文豪たちの作品等をモチーフにしたZINEやハンドメイドの布製小物など。
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こちらで光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)のZINEが販売されているということで、足を運んだ次第です。

ありました。
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1,000円とのことで、一つゲット。
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右上はパッケージから出した状態。びろーんと広がるようになっていました。「レモン哀歌」全文が印刷されています。
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他に、光太郎と深い縁で結ばれた宮沢賢治系なども。購入はしませんでしたが。
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落ち着きのある上品でさらに統一感のある品ぞろえ、ごちゃごちゃしていなくて実に良いと感じました。

他店舗にも光太郎系が無いかと見て回りました。古書籍も販売している店舗で光太郎作品の載った古い詞華集が複数売られていましたが、既に持っているものでした。他には見当たりませんでした。

ただ、やはり文豪系の小物を販売している店舗で、与謝野晶子モチーフのポストカード。「文画師Gani」さんという方のお店で、残念ながら光太郎はありませんでしたが、他の文豪ものも。
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顔が浮かび上がっていますが、それぞれの文豪の作品を書いた文字がベースです。晶子のものは「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。「へー」と思って1枚購入し、この後参加した明星研究会主宰の松平盟子氏へのお土産としました。

まだ時間がありましたので、「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」以外のエリアもぶらぶら。
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自宅兼事務所付近でもフリマ的なイベントはありますが、千葉の田舎とは違い、さすが東京都、出店数が桁違いですし、何より一つ一つが実にシャレオツでした。逆にこちらにあるような穫れたて農産物の格安直売みたいなコーナー(笑)は見当たらず、まぁ、そういうコンセプトなんだろうなと思いましたが。

以上、レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 29 『高村光太郎』日本の詩

昭和50年(1975)12月1日 ほるぷ出版 岡庭昇編
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目次
 道程以前
  にほひ
 道程
  生けるもの 根付の国 画室の夜 亡命者 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素
  廃頽者より 夏 手 葛根湯 けもの 父の顔 友の妻 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 冬が来る カフエにて 夜 狂者の詩 カフエにて
  カフエにて 山 現実 冬が来た 冬の詩 道程 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る
  瀕死の人に与ふ 五月の土壌 秋の祈
 道程時代
  友よ 泥七宝 恐怖 或問 カフエ ライオンにて 粘土 あたり前
 道程以後
  花のひらくやうに 海はまろく 序曲 雨にうたるるカテドラル 真夜中の洗濯 下駄
  冬の送別 沙漠 冬の子供 とげとげなエピグラム
 猛獣篇
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 苛察 ぼろぼろな駝鳥 マント狒狒
  森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 猛獣篇時代
  車中のロダン あの詩人 後庭のロダン 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 無題 二つの世界 不平な人に 怒
  二つに裂かれたベエトオフエン
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 新感覚派
  詩人 美を見る者 母をおもふ その年私の十六が来た 殺風景 天文学の話 偶作十五
  或る墓碑銘 冬の言葉 当然事 触知 存在 古事一則 街上比興 その詩 北島雪山
  激動するもの 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 消えずの火
  のつぽの奴は黙つてゐる
 友よ 霧の中の決意 冬が来る 未曾有の時
 大いなる日に
  その時朝は来る 銅像ミキイヰツツに寄す
 智恵子抄
  或る夜のこころ 涙 おそれ 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 人に 愛の嘆美
  晩餐 淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人
 レモン哀歌 梅酒 荒涼たる帰宅 松庵寺 メトロポオル 裸形 あの頃
  智恵子の半生
 九十九里浜の初夏
 典型
  雪白く積めり
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  人と作品 岡庭昇

刊行された単行詩集の配列をもとにした編集です。度会純价氏による版画の挿画が実にエモい感じです。

手持ちのものは昭和60年(1985)の第三版です。

「ごほうび浪漫博TOKYO」。大規模フリーマーケット的なイベントのようです。レース開催のない日の競輪場を会場に行われるということで、なかなかのアイディアですね。スペースはいくらでもありそうですから。

「調布経済新聞」さん記事。

調布・京王閣でカルチャーの祭典 300組出店で地域盛り上げる

 京王閣が企画するイベント「ごほうび浪漫博TOKYO-GOHOUBI&ROMAN EXPO-」が5月30日・31日、京王多摩川駅近くの「東京オーヴァル京王閣」(調布市多摩川4)で開催される。
 競輪で知られる「京王閣」は1927(昭和2)年に遊園地として開園。大浴場やビリヤード場などの遊戯施設や、メリーゴーラウンドや豆汽車など備え、「東洋の宝塚」と評されるほどのにぎわいを見せた。戦時中に畑や軍の業務に使われるようになり、1947(昭和22)年に閉園。1949(昭和24)年に「京王閣競輪場」が開設された。
 現在、京王電鉄が「京王多摩川駅前開発プロジェクト」として新しい街づくりを進める中、同施設は「歴史ある京王閣を地域に開き、イベント拠点とすることで、さらに街を盛り上げたい」と、「KTaMA NOSTALGIA(ケータマ・ノスタルジア)」プロジェクトを立ち上げた。
 「ごほうび浪漫博TOKYO」は、同プロジェクトの第1弾のイベントとして開催。会場は、各地のご当地キャラ39体と触れ合うことができる「ご当地キャラ偏愛サミット」、作者が自作のZINEやイラストなど約90店舗が出店する「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」)、約50台の名車のオーナーが自慢の車を特別展示エリアで披露する「京王閣HISTORICA G.P.」のほか、約30店舗が出店する「花とオヤツのうつわ集め市」、約60店舗の「アナログライフ百貨展」、約30店舗の「レトロ!ザ・ワールド」、約20店舗の「いっちょうらCollection-洋裁&Vintage-」の7つのゾーンで構成。「世界のつまみぐい倶楽部(クラブ)」として、キッチンカー30台が集まるフードエリアも用意する。 
 会場内では「スナックPoraris スペシャルver」と題して、調布市内の「非営利型株式会社Polaris(ポラリス)」が調布駅周辺で開催している交流イベントも実施。地域の人が「ママ、マスター」として出迎え交流を持つ。京王線高架下の「1YY CLUB」では、マルシェイベント「けーたまるしぇ」を同時開催する。
 同社事業グループでKTaMA NOSTALGIAプロデューサーの加藤周一さんは「かつて多くの人を笑顔にした遊園地の記憶をよみがえらせたいと考え企画した。暮らしを彩る買い物体験から、39組のご当地キャラ、世界の名車展示まで、世代を超えた楽しさを詰め込んでいる。入場無料なので、ぜひ気軽に来場いただき、新緑の京王閣で自分への『ご褒美』を見つけていただけたら」と呼びかける。
 開催時間は11時~18時。入場無料。
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イベント詳細情報。

ごほうび浪漫博TOKYO

期 日 : 2026年5月30日(土)・31日(日)
会 場 : 東京オーヴァル京王閣 東京都調布市多摩川4丁目31-1
時 間 : 11:00~18:00
料 金 : 無料

レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車などが集まる、異色の大規模マーケットフェス。

【2026年5月開催】調布・京王閣が“ロマン”に染まる2日間。7つの独立した文化イベントが集結する「ごほうび浪漫博TOKYO」開催! ―― 全200店舗規模+α。レトロ、クラフト、ZINE、キャラ、名車、そして食。自分の「好き」を労らう、異色の大規模文化博覧会 ――

AicoQ CircuLab(アイコクサーキュラボ:株式会社京王閣と愛国工業株式会社による共同事業体)は、2026年5月30日(土)・31日(日)の2日間、東京・調布の「東京オーヴァル京王閣」にて、独自の個性が光る7つのイベント(エリア)が集結する、大型文化祭典「ごほうび浪漫博TOKYO -GOHOUBI ROMAN EXPO-」を開催いたします。

新緑に包まれた歴史ある「京王閣」を舞台に、古き良き道具や手仕事の工芸品、レトロ雑貨に情熱的なZINE、愛らしいキャラ、クラシックカー、そして異国の香り漂うグルメが混ざり合い、ここでしか味わえない「エモくてちょっぴり不思議な非日常」を生み出します。会場を歩き回り、ふと目が合う。誰かの「ロマン」があなたの「ごほうび」に変わる。ぜんぶ見たい、全部ほしい。ワクワクしたいあなたのための新感覚よくばりワンダーランド。懐かしさの残る空間を背景に、あなただけの楽しみを見つけてくださいね。

【7大イベント(エリア)構成】
 1. 花とオヤツのうつわ集め市(約30店舗)
  最高の食卓と一輪の彩りを。心を満たす暮らしの庭
 2. アナログライフ百貨展(約60店舗)
  時を越えて愛される、一生モノの道具が集う交易局
 3. レトロ!ザ・ワールド(約30店舗)
  懐かしくて新しい「愛おしい」が交差する、記憶のパレード
 4. いっちょうらCollection -洋裁&Vintage-(約15店舗)
  自分を祝う「一着」に出会う。時を纏う服飾の郷
 5. ご当地キャラ偏愛サミット(キャラクター約35組)
  地域の魅力を再発見!キャラとふるさとの熱狂発信地
 6. TAMAGAWA BOOK CARNIVAL(約90店舗)
  言葉と表現を愛する人のための、本と知識の迷宮
 7. 京王閣HISTORICA G.P.(名車約50台 ※特別展示エリア)
  歴史を彩った名車が集結。時を忘れる大人の社交場

※会場内には「世界のつまみぐい倶楽部(約30組)」として、多種多様なグルメ・ドリンクを楽しめるフードエリアも登場します。
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「TAMAGAWA BOOK CARNIVAL」というエリアが設けられ、80店舗以上が出店されるとのこと。「個性豊かなZINEや独立出版、活版印刷にイラスト、作り手の熱量がダイレクトに伝わる、紙とインクのロマンに浸るカーニバル」だそうです。「ZINE」は最近ちょっとしたブームの個人や少人数で発行する自主的な出版物を指します。
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各地で開催されている「文学フリマ」のような感じで、実際、「文学フリマ」に出店なさっている方がこちらにも数多く出てこられるようです。

「文学フリマ」で光太郎詩「レモン哀歌」モチーフの商品を販売なさったりされたことがおありの「装幀室白亜」さんがやはり出店されるそうで、Instagram投稿に光太郎の名。


手製本ZINEと布小物のお店を開きます。ZINEは紙と印刷にこだわった手製本です。

《短編書簡シリーズ》
純文学の世界観に浸るための新しい本の形です。手紙型の製本の中には、以下の3点のアイテムをセットで封筒に入れてお渡ししております。
 短編小説 ・・・メインとなるお話が一話分
 紹介カード①・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
 紹介カード②・・・同作家の他の作品の文章を抜粋して紹介
夏目漱石セット、宮沢賢治セットなど、それぞれの作家の世界観を楽しめる装幀を施しました。
物語の世界からの手紙のように、あなたの日々の隙間に届きますように。
 高村光太郎 レモン哀歌  夏目漱石 夢十夜  宮沢賢治 春と修羅、よだかの星
 小川未明 金の輪  小泉八雲 夜光虫

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他店にも光太郎智恵子がらみがあるかもしれません。

5月31日(日)には昨日ご紹介した「第20回明星研究会 与謝野寛・晶子を偲ぶ会」に参りますので、方角的には同方向のため、ちょっとのぞいてみようかなと思っております。

他にもいろいろなコンテンツが用意されていますし、皆様方もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 24 『愛のきわみに』わが人生観13

昭和45年(1970)3月30日 大和出版 高村光太郎著
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目次
 愛について ――智恵子と私の出会い――
  智恵子の半生 智恵子の切抜絵 新茶の幻想 九十九里浜の初夏 某月某日
 人生について
  趣味という事 女みづから考えよ 女の生きて行く道 岩石のような性格
  日常の瑣事にいのちあれ 母性のふところ 若い人へ 玄米四合の問題 若い人へ
  玄米四合の問題 美しい生活 生命の創造
 若き日の思い出
  わたしの青銅時代 青春の日 遍歴の日
 美と真実の生活
  開墾 みちのく便り 山の春 山の秋 美と真実の生活
 詩について
  詩について 生きた言葉 所感
 智恵子像と社会観―解説― 藤島宇内
 年譜

全30巻ほどの「わが人生観」シリーズの一冊として刊行されたもので、収録されているのはすべて散文です。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第7刷です。カバーデザイン、造本などいろいろなバージョンがあるようです。

昨年もおおむね同じ内容で開催されたワークショップです。

永岡綾『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第10期⑤文庫本の改装〜ドイツ装~ at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2025年4月20日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都立川市緑町3-1 グリーンスプリングス1階
時 間 : 13:30~17:00
料 金 : 5,300円(税込)

講 師 : 永岡綾
編集者。ときどき、製本家。イギリスでブックバインディング(製本)の基礎を、また製本家・伊藤篤氏に師事してルリユール(工芸製本)を学ぶ。著書に『週末でつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)、『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』(ブルーシープ)、編著書に『本をつくるー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)。編集の仕事に『エルマーのぼうけん展』『谷川俊太郎 絵本★百貨典』『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』『アーノルド・ローベルの全仕事』(すべてブルーシープ)などがある。noteにて、製本にまつわるあれこれを執筆中。
note)http://note.com/reliure

2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)、西調布のTEGAMISHA BOOKSTOREと場所を変えながら、毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約80回、のべ800名以上の方に参加いただいている人気のワークショップです。

そして2026年5月からは、TEGAMISHA BOOKSTOREの移転に伴い、立川・グリーンスプリングスでの開催となります! 今まで通ってくださった方はもちろん、立川近辺の皆様もよろしくお願いいたします。

製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡 綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。

2026年1月からの第10期では、『製本家とつくる紙文具』に掲載の作品や、アレンジを加えた作品を教えていただいています。5月にトライするのは本ワークショップでも人気の「ドイツ装」 。「 ドイツ装」とは、表紙の「背」と「平(ヒラ)*表表紙と裏表紙の部分」に別の素材を使った「継ぎ表紙」のこと。今回のワークショップでは、背にはお好きな色のブッククロスを、平には手紙社のオリジナルペーパーからお好きな柄を選び、自分だけの組み合わせをお楽しみいただけます。

表紙に使う手紙社のオリジナルペーパーは、なんと約400種!! ブッククロスのほか花布、栞ひも、見返しは複数色の中からお選びいただけますので、組み合わせを楽しみながら、あなた好みの一冊を完成させてください。コントラストをきかせた色選びをして、キリっと端正な佇まいにするのもおすすめです。

仕上がりは、しっかりとしたハードカバーにより、上製本の安定感がありつつも、どこか軽やか。表紙にはお好きな文字で箔押しを。本のタイトルを入れるもよし、所有者のお名前を入れるもよし、模様を加えるもよし。自分だけの愛おしい一冊となりそうです。
*箔押しに関しては、もしも時間内に終えられなかった場合は、材料をお渡ししご自宅にて行なっていただきます。その場合も手順をお伝えしますのでご安心ください。

また今回は参加費に文庫本代が含まれますので、受付時に以下よりお好きなものをお選びください(在庫がある分に関しては、当日の変更も可能です)。
*5/14以降にお申し込みの場合は、発注時期の関係上、ご希望に添えない場合がございますので予めご了承ください。

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<文庫本ラインナップ>

 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)   『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)      『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)     『桜桃』(太宰治 )
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)    『地獄変』(芥川 龍之介 )
 『風たちぬ』(堀辰雄)      『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)    『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)      『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)    『李陵・山月記』(中島敦)
 *全てハルキ文庫からのご用意となります。

手紙社のオリジナルペーパーを使って、製本技術を学びながら紙文具作りを行う「製本家とつくる紙文具」ワークショップは、各回新たな製本の技を習得しながら、わかりやすく教えていただけるので、1回のみの参加も大歓迎です。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版に仕立てたり、大切な人へのギフト本を特別に装丁したりと、楽しみは膨らむばかり……! ぜひお気軽にご参加ください。

<当日のスケジュール>
開催日:2026年5月24日(日) 
◎13:30 集合(受付は13:00〜です)
集合5分前までに、レジにて受付を行ってください
◎13:30〜17:00ワークショップ(3時間半)
400種ほどある中から表紙に使う紙を10分ほどでお選びいただきます。
紙は11:00〜13:30の間も店内にてじっくりご覧いただけます。
◎17:00終了予定
当日の状況により、終了時刻は前後する場合もありますのでご了承ください。
*ご希望の方にはご自宅で復習できる材料も販売いたします(参加者限定)。
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書籍を自分好みの装幀に変えるという方法。海外ではけっこう一般的だったそうで、そこで「フランス装」「ドイツ装」などの分類があるようです。

書架に書籍を並べると、大きさ、背の色や文字のフォントなど、とにかくバラバラです。それが嫌で統一感を持たせたい、さらに分類ごとに色を変えたりなどといった意図もあるのだと思われます。洋画などで見かける富裕層の書斎、見事に整った書架を見かけることがありますね。

手持ちの古書の中にも、元の持ち主が装幀したのが明らかに分かるものが複数あります。ほぼ雑誌の合本ですが。背の文字など、金の箔押しになっていたりします。製本所などに頼んで作ってもらったんだろうな、という感じです。

光太郎著書でもそういうものを一冊ネットで入手したことがあります。元々、函なしカバー付きで出版されたものですが、函がついていてその函のデザインが元々のカバーと同じ。「「異装本」ってやつか?」と思って購入し、よく見てみると、カバーを裁断して別の函に貼り付けてあるものでした。手が込んでいましたが、オリジナルのカバー付きが既に手元にあったので、二冊あっても仕方ないと、自装本の方は古書店に売りました。

そういう自装本を作ろう、というワークショップです。

素材となる本はすべてハルキ文庫さんのラインナップで、昨年と同一。『智恵子抄』(平成23年=2011)も入っています。
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ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 12 『高村光太郎詩集』岩波文庫

昭和30年(1955)3月25日 岩波書店 高村光太郎著
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目次
 はしがき
 「道程」より
   失はれたるモナ・リザ 根付の国 画室の夜 寂寥 声 風 新緑の毒素 廃頽者より
   『心中宵庚申』 夏 けもの 父の顔 あをい雨 夏の夜の食慾 犬吠の太郎
  さびしきみち 狂者の詩 戦闘 カフエにて 山 冬が来た 冬の詩 牛 道程
  万物と共に踊る 秋の祈
 「道程」以後
  わが家 小娘 花のひらくやうに 丸善工場の女工達 米久の晩餐
  雨にうたるるカテドラル 落葉を浴びて立つ クリスマスの夜 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム 清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 傷をなめる獅子
  車中のロダン 葱 後庭のロダン 無口な船長 象の銀行 十大弟子 苛察
  ミシエル・オオクレエルを読む 火星がでてゐる 怒 偶作四篇 花下仙人に遇ふ
  母をおもふ 冬の言葉 旅にやんで ぼろぼろな駝鳥 当然事 首の座
  孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人 のつぽの奴は黙つてゐる 偶作 七 村山槐多
  ばけもの屋敷 象 孤坐 手紙に添へて 団十郎像由来 つゆの夜ふけに 冬 へんな貧
  蝉を彫る 救世観音を刻む人
 「智恵子抄」より
  人に 郊外の人に 深夜の雪 人類の泉 僕等 晩餐 樹下の二人 鯰
  あなたはだんだんきれいになる あどけない話 美の監禁に手渡す者 人生遠視
  風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌
  荒涼たる帰宅 亡き人に 梅酒
 あとがき(奥平英雄)

この手のものとしては、光太郎生前最後となりました。また、この手のもので唯一、光太郎本人による「はしがき」が収められています。

編集は光太郎と親しかった美術史家の奥平英雄。収録詩の選択には光太郎の意図もかなり反映されているようです。

手持ちのものは昭和51年(1976)の第25刷です。カバーデザインは変わりましたが現在でも版を重ねています。

本日開幕の企画展示です。昨日、ご紹介しようと書き始めたところ、公式サイトがメンテ中だったと見えてアクセス出来ませんでしたので……。

特別展 志村ふくみ 百一寿 ―夢の浮橋―

期 日 : 前期 2026年3月3日(火)~4月12日(日)
      後期 2026年4月14日(火)~5月31日(日)
会 場 : 細見美術館 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 毎週月曜日(ただし、5月4日は開館)、5月7日(木)
料 金 : 一般 2,000円 学生 1,500円

 紬織の重要無形文化財保持者であり、随筆家としても知られる志村ふくみ。自然から限りない色彩を抽き出し、経糸と緯糸の交わりによって深く果てしない世界を表現する稀有の染織作家です。2025年秋に101歳を迎えた現在も、美しいものを手に取りながら穏やかな日々を過ごし、心をゆさぶる自然や色彩への深いまなざしを持ち続けています。
 本展では『源氏物語』や「紫」、そして作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)原作の新作能
『沖宮(おきのみや)』の装束など近年の特徴的なテーマを中心に、作品と綴られた言葉によって、色彩、生命、自然への尽きることのない思索と、未来へ語り伝える想いを紹介します。本展を機に構想・制作された作品2領を初公開。作家の永く実り豊かな歩みを称え、言祝ぐ展覧会です。
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主な出品作品
 新作 《朧月夜》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸・金糸/紫根、藍、臭木【通期展示】
 新作 《夢の浮橋》 2025年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、茜、紫根、藍、刈安 【通期展示】
 《若紫》 2007年 絹糸/紫根、茜 【前期展示】
 舞衣《紅扇》 2021年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/紅花、藍、刈安、臭木、紫根 【前期展示】
 小袖《Francesco》 2020年 志村ふくみ監修 制作 都機工房
  絹糸/臭木、藍 【前期展示】
 《月の湖》 1985年 絹糸/藍、玉葱 【前期展示】
 《風露》 2000年 絹糸/紅花、藍、刈安、紫根 【後期展示】
 《雛形 若菜》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 紫格子白段》 2006年 絹糸 【前期展示】
 《雛形 蛍 生絹》 2006年 絹糸 【後期展示】
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 《五月のウナ電》 詩:高村光太郎 書・裂:志村ふくみ 【後期展示】
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光太郎詩「五月のウナ電」(昭和7年=1932)をモチーフとした裂(きれ)が展示されます。令和5年(2023)、都内の銀座大黒屋ギャラリーさんで開催された「志村ふくみ氏・洋子氏母子の作品展示販売会 五月のウナ電」の際にも展示されたものです。画像はその冒頭部分で、全体ではこの4倍ほどになっていました。

平成21年(2009)に人文書院さんから刊行された志村氏のエッセイ集『白夜に紡ぐ』中に、ずばり「五月のウナ電」というタイトルの一篇が含まれ、宇宙の彼方から、地球の木々や鳥獣禽魚たちに届けられた電報、そこに語られるアジテートへの共鳴がつづられています。

 いつの頃か、私はどこかの雑誌にのっていたこの詩につよく心ひかれて、ノートに写していた。そしていつかどんな形かで、この詩を自分の手で飾りたい、と思っていた。十数年経ったこの頃またまた読みかえし、思い切って和紙を貼ったパネルに筆でカタカナを書いてみた。全くぶっつけ本番に。そしたら文字が踊るようで、ゼンマイはうずまくし、ウソヒメやホホジロがうたい出すし、トチノキは蠟燭をたてるし、人間なんかにかまわずにみんながうたい出した。私はうれしくなって、ところどころの隙間に小さな裂をチョンチョン貼ってこの詩を飾った。

そして志村氏、交友のあった版画家の山室眞二氏と組まれて限定65部の『配達された五月のウナ電』という可愛らしい書籍も作られました。解説は当会顧問であらせられた故・北川太一先生。ちなみに山室氏は、光太郎と交流の深かった詩人・尾崎喜八令孫の石黒敦彦氏が編まれた北川先生の『高村光太郎と尾崎喜八』の装丁もなさっています。
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関連行事として、ご令嬢の志村洋子氏による講演「うつろいゆく紫の物語」(5月10日(日))も開催されます。展示のメインとなる『源氏物語』系のお話が中心かとは存じますが、「五月のウナ電」にも触れていただきたいものです。
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《五月のウナ電》は後期(4月14日(火)~5月31日(日))での出品になりますが、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)61 『道程』名著復刻全集 近代文学館

昭和43年(1968)9月10日 日本近代文学館 高村光太郎著
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目次
 一九一〇年 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥
  声 風 新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏
  なまけもの 手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半
  けもの
 あつき日 父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 
  或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
  カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
  師走十日
 戦闘
 一九一三年 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実
  冬が来た
 冬の詩 牛 僕等
 一九一四年 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐
 五月の土壌 淫心 秋の祈

大正3年(1914)に抒情詩社から出た初版のカバーまで含めた完全復刻です。最初の段階では復刻としての奥付は函に貼られていました。のち、ほるぷ出版さんに版元が移ってからの版は最終ページに奥付が附されたような記憶があります。おそらくそうしないと「初版」と偽って売る悪徳業者がいたのではないかと思われます。

1月25日(日)、原宿キャットストリートのMIL galleryさんでの写真展「UNBOUND#2」拝観後、新橋に向かいました。次なる目的地はパナソニック汐留美術館さん。こちらで1月15日(木)に開幕した企画展「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」の拝観です。
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同じ敷地内には旧新橋停車場駅舎。古建築好きにはたまりません。
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隣接するパナソニック東京汐留ビルさんの4階がパナソニック汐留美術館さんです。
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今回、光太郎に直接関わる展示はほとんどありませんが、関わりの深かった人物が多く取り上げられているため参上しました。はじめは、お世話になっている宮沢和樹氏(宮沢賢治実弟・清六の令孫)のご講演が関連行事に組まれている2月14日(土)に伺うつもりでいましたが、そちらの予約があっという間に埋まり、だったらとっとと観に行こうと思った次第です。

周辺人物系は、まず白樺派。光太郎も写った大正8年(1919)、雑誌『白樺』10周年記念の会が催された芝公園三縁亭での写真が出ていました。

下記は手持ちの資料から採ったものですが、これのおおむねキャビネサイズのもの。神奈川近代文学館さんへの寄託品だそうで、おそらく当時のもので、写っている誰かか縁の深い人物の旧蔵と思われます。
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前列は左から柳宗悦、木村荘八、武者小路実篤、清宮彬、犬養健。後列も同じく左から尾崎喜八、佐竹弘行、八幡関太郎、新城和一、椿貞雄、バーナード・リーチ、小泉鉄、近藤経一、木下利玄、岸田劉生、志賀直哉、長与義郎、そして光太郎。

ここに写っている人々――リーチや岸田、柳などの作品も出ていていい感じでした。

それから宮沢賢治。花巻宮沢賢治記念館さんや、和樹氏の林風舎さんの所蔵品がかなり借り受けられており、多くは複製でしたが、十分に賢治のエッセンスを感じることができました。
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来月、花巻で和樹氏らとのトークショーに出演するので、少しでも賢治精神に触れておこうというのが今回の主目的でした。

これらとは別に、福島出身で現代の賢治著書に装画をした吉井忠によるスケッチ「花巻豊里(沢?)町 宮沢政次郎氏(賢治父)宅」も興味深く拝見。昭和18年(1943)のもので、2年後にはここに光太郎が疎開することになるわけで。
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他に山本鼎、立原道造、竹久夢二らに関する展示もなかなかに充実していました。

帰りがけ、ミュージアムショップで図録(2,200円)を購入。掲載論考等、これから精読させていただきます。
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会期は3月22日(日)まで。ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)27 『をぢさんの詩』三版

昭和19年(1944)10月20日 太陽出版社 高村光太郎著
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目次
 序 さくら 軍艦旗 こどもの報告 カタバミの実 約束 路ばた 迎火 少年に与ふ
 少女に 少女立像 五月のうた 少女の思へる 少女よ こころに美をもつ 変貌する女性
 新しき日に 逞しき一念 手紙に添へて 与謝野夫人晶子先生を弔ふ 山道のをばさん
 女性はみんな母である わが大空 新穀感謝のうた 歩くうた 鬱勃たる健康
 私は青年が好きだ 神の如く行へ みなもとに帰るもの 純潔のうた 四月の馬場
 新緑の頃 みかきにしん 漁村曙 仕事場にて 神これを欲したまふ さかんなるかな造船
 供木のことば 無口な船長 春駒 氷上戯技 大きな嚔 晴天に酔ふ 初夏言志
 先生山を見る 偶成二首 蝉を彫る 提督戦死

初版は前年11月に出、この版で版元が武蔵書房から太陽出版社に代わりました。その経緯は不明です。紙型は同一ですが、造本がハードカバーからペーパーバックに変わっています。

昨日朝、NHK Eテレさんで放映の「アートシーン」で紹介され、知った次第です。
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KeMCo新春展2026「馬の跳ねる空き地」

期 日 : 2026年1月8日(木)~2月7日(土)
会 場 : 慶應義塾ミュージアム・コモンズ 東京都港区三田2-15-45
時 間 : 11:00~18:00
休 館 : 土日祝 特別開館 1月24日(土)、2月7日(土)臨時休館 1月26日(月)
料 金 : 無料

 2026年の干支は「午(うま)」。古来より、馬はその力強さ、美しさによって、移動・輸送から狩猟・農耕、娯楽まで、さまざまな場面で文明の発展を支えてきました。新年の幕開けを飾る本展覧会では、慶應義塾の多様なコレクションから、馬にまつわる稀覯本(きこうぼん)、絵巻物、浮世絵、埴輪など多様な作品を一堂に集め、馬と人との永い関係をたどり、改めてその魅力に迫ります。
 また、特別企画として、慶應義塾ゆかりのさまざまな芸術家が手掛けた、慶應義塾幼稚舎内雑誌『仔馬』の表紙原画もあわせてご紹介いたします。

主な出品作品
 『ポリグラフィア』、ヨハネス・トリテミウス著、1561年、慶應義塾図書館
 『ラテン語時禱書』、1480年頃、西洋中世写本コレクション、慶應義塾図書館
 二重橋楠公銅像、楊斎延一画、1899年、ボン浮世絵コレクション、慶應義塾図書館
 馬形埴輪、古墳時代後期、文学部民族学考古学専攻
 「ギバサン(四季のための二十七晩)」舞台写真、小野塚誠撮影、個人蔵
 『仔馬』、慶應義塾幼稚舎(撮影:村松桂(株式会社カロワークス))
 仔馬、岡本太郎、1965年、慶應義塾幼稚舎
 「『じゃじゃ馬馴らし』マーティン・ハーヴェイとN・デ・シルヴァ主演 プリンス・オブ・ウェールズ劇場」、小山内演劇絵葉書コレクション、慶應義塾図書館
 熊野新宮神宝図、宇治田忠郷撰、寛政6年(1794)、慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)
 群馬図、雲渓永怡筆、室町時代、常盤山文庫(慶應義塾寄託)
 アキレウスとヘクトール、ハンス・ゼーバルト・ベーハム作、 1518-30年頃、慶應義塾
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「主な出品作品」、そしてフライヤーに皇居前広場の「楠正成像」を描いた錦絵(明治32年=1899)。東京美術学校として請け負い、光太郎の父・光雲が主任となって制作されたものです。
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描いたのは楊斎延一。明治期の浮世絵師です。

同じ三枚組の「西郷隆盛像」も手がけ、そちらは江戸東京博物館さんに収蔵されており、同館が改修中だった一昨年には上野の東京都美術館さんで開催された「館外展示 出張!江戸東京博物館」で展示されました。
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当方、そちらをあしらったクリアファイルを所持しております。
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昨日の「アートシーン」で気づき、知っていれば1月17日(土)の上京時に行ったのに、と思ったのですが、土日祝は休館ということで、結局だめでした。

他に馬にまつわる内外の考古資料や古典籍、江戸期の絵巻、岡本太郎の書、さらには手塚治虫の『リボンの騎士』まで出ています。

ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)19 『詩集 智恵子抄』

昭和16年(1941)8月20日 龍星閣 高村光太郎著
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目次
 人に             明治四十五年七月
 或る夜のこころ        明治四十五年八月
 おそれ            明治四十五年八月
 或る宵            大正元年十月
 郊外の人に          大正元年十一月
 冬の朝のめざめ        大正元年十一月
 深夜の雪           大正二年二月
 人類の泉           大正二年三月
 僕等             大正二年十二月
 愛の嘆美           大正三年二月
 晩餐             大正三年四月
 樹下の二人          大正十二年三月十一日
 狂奔する牛          大正十四年六月十七日
 鯰              大正十五年二月五日
 夜の二人           大正十五年三月十一日
 あなたはだんだんきれいになる 昭和二年一月六日
 あどけない話         昭和三年五月十日
 同棲同類           昭和三年八月十六日
 美の監禁に手渡す者      昭和六年三月十二日
 人生遠視           昭和十年一月二十二日
 風にのる智恵子        昭和十年四月二十五日
 千鳥と遊ぶ智恵子       昭和十二年七月十一日
 値ひがたき智恵子       昭和十二年七月十二日
 山麓の二人          昭和十三年六月二十日
 或る日の記          昭和十三年八月二十七日
 レモン哀歌          昭和十四年二月二十三日
 荒涼たる帰宅         昭和十六年六月十一日
 亡き人に           昭和十四年七月十六日
 梅酒             昭和十五年三月三十一日
 うた六首                         
 智恵子の半生         昭和十五年九月
 九十九里浜の初夏       昭和十六年五月
 智恵子の切抜絵        昭和十四年一月

意外といえば意外ですが、『道程』(大正3年=1914)に次ぐ第二詩集です(『道程』改訂版を除く)。

龍星閣主・沢田伊四郎の発案で編まれ、それまでの全作品の中から、智恵子に関わるものの抄出ということで、「抄」の一字が附されました。ただ、ここに収められなかった智恵子関連の文筆作品はけっこうあります。作品の選択はほぼ光太郎の意志に依ったものと思われますが、連続性などを意識してのことのようです。

例えば智恵子に語りかける口調で書かれた詩の間に、そうでない客観描写の作品を挟むというようなことは光太郎が避けました。そのため、日比谷松本楼での一コマを謳った「涙」(大正元年=1912)などは割愛されています。

短歌も「うた六首」、それから「樹下の二人」に附された「みちのくの安達ヶ原の……」以外にも智恵子モチーフの作が複数あるのですが、採用されませんでした。短歌の方は詩と異なり、手控えの原稿を残していなかったからかもしれません。

太平洋戦争開戦直前に出版されたこの『智恵子抄』、冒頭の「いやなんです/あなたのいつてしまふのが――」に戦時の女性らは出征する男性たちに対する自らの思いを重ね合わせ、男性陣は残された恋人がそう思ってくれているであろうとの思いを胸に戦地に赴きました。

一人の女性に対する愛を一冊にまとめた我が国では前例のなかったこの詩集は、そうした世相も背景に広く世に受け入れられ、戦時にも関わらず、版元の龍星閣が休業を余儀なくされる昭和19年(1944)までの間に13刷まで版を重ねました。

展覧会情報のご紹介を続けてきましたので、もう1件。

美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像

期 日 : 2026年1月15日(木)~3月22日(日)
      前期1月15日(木)~2月17日(火) 後期2月19日(木)~3月22日(日)
会 場 : パナソニック汐留美術館 港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
時 間 : 10:00~18:00 2月6日(金)、3月6日(金)、20(金)、21 (土)は午後8時まで開館
休 館 : 毎週水曜日 ただし2月11日と3月18日は開館
料 金 : 一般 1,200円 65歳以上 1,100円 大学生・高校生 700円 中学生以下 無料
      土曜日・日曜日・祝日は日時指定予約(平日は予約不要)

ユートピアは、イギリスの思想家トマス・モアの小説タイトルで、「どこにもない場所」を意味します。同じくイギリスの社会思想家、ウィリアム・モリスは自著『ユートピア便り』の中で、暮らしと芸術の総合を唱え、今ここにある課題をみつめ、どこにもない理想を夢みています。その思想が紹介された20世紀の日本でも、ユートピアは暮らしをめぐる課題と理想となりました。そして20世紀を通じあらゆる場所で、美術、工芸、建築など幅広いジャンルを結ぶ共同体が模索されます。新時代の異文化体験を通して近代化しつつあった日本は、かつての日本でもなく、同時代の世界のどこにもない場所だったのです。

この展覧会では暮らしにまつわる過去をたずね、未来を夢みるさまざまな運動を、「ユートピア」と呼びます。そして「美しさ」にまつわる芸術、装飾工芸、建築デザインにテーマを絞り、暮らしの中の「美しいユートピア」をみつめます。さらに「美しいユートピア」の歴史をたずねるだけでなく、未来への手がかりとします。美しい暮らしを求める20世紀日本のユートピアをたずね、当時の来るべき世界を振り返り、今日のユートピアを思い描く方法を探ります。

第1章 ユートピアへの憧れ 
 西欧に憧れ、アジアにめざめる。
雑誌『白樺』、「民藝」運動などから20世紀日本の理想主義が芽生える
 ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスの影響を受けた20世紀日本の理想主義を紹介します。20世紀初頭の大正デモクラシーに象徴される当時の日本では「民」が一つのキーワードでした。西欧美術に憧れ、自由と個性を尊重し自らのルーツを振り返った雑誌『白樺』。その白樺派同人たちの交流の中から柳宗悦が中心となり、民衆の暮らしの中の美を説いた「民藝」運動は、「民」をめぐる前後の理想主義を代表します。

第2章 たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク
 民家研究、民具調査など「民」をめぐるフィールドワークが、ジャンルや国境を越えてミュージアムを育む
 近代化するみずからの足元をみつめた、民家や民具などをめぐるフィールドワークを紹介します。農山漁村や周辺地域、民族をたずねる交流はジャンルや国境を越えて、失われてゆく「民」を記録し、未来へつなぐ「ミュージアム」を育みました。渋沢敬三が計画し今和次郎や蔵田周忠(ちかただ)も参画した国立の民族学博物館構想の図面も展示いたします。

第3章 夢みる 都市と郊外のコミュニティ
 関東大震災後、郊外アトリエや芸術家村が生まれる。その交友から「新人画会」が理想を戦後へつなぐ
 蔵田周忠や立原道造など、建築家や詩人、芸術家による関東大震災後の郊外アトリエや芸術家コロニーへの夢を紹介します。1920年代の都市化と鉄道網の発達は郊外住宅地の発達を促しました。分離派建築会の会員であった蔵田は、モリスに倣った田園のユートピアを目指し、世田谷や杉並に文学者や芸術家たちが集って住むモダンで快適なコミュニティを設計しました。同時期、アトリエ村の一つ、池袋モンパルナスの交友に始まる「新人画会」の理想はのちに戦後美術の出発点とされました。

第4章 試みる それぞれの「郷土」で
 山本鼎、宮沢賢治、竹久夢二、ブルーノ・タウト…郷土や「ドリームランド」で表現者の実践が始まる
 山本鼎の農民芸術運動や宮沢賢治の活動、竹久夢二、ブルーノ・タウトの美術工芸運動は、「ドリームランド」としての「ふるさと」に、美しい暮らしをもたらす協働の実践でした。同時代、前後して官民による郷土改良や産業化が始まりました。山本鼎の日本農民美術研究所で制作された工芸品やそのデザイン画、宮沢賢治によるドローイング、タウトデザインによる工芸品などを展示します。

第5章 ふりかえる/よみがえる ユートピアのゆくえ
 戦後復興をデザインする芸術・建築と、「失われてゆく世界」を記録し未来への手がかりを求める運動が前後して生まれ…
 戦後まもなく、芸術、建築による都市再生に着手した群馬県高崎の文化活動家・井上房一郎と、彼に協力した建築家レーモンド夫妻や磯崎新。そして高度経済成長期の大きく変貌する都市と社会で向かうべき方向を模索して、日本の伝統的な共同体を実測調査し図面化した60年代後半からの「デザイン・サーヴェイ」。それらの動きは芸術と民衆の力を原動力に未来への手がかりをつかもうとしたものです。
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関連行事

ミュージアムコンサート「美しいユートピアをたずねて」
展覧会で紹介する群馬音楽ホールを拠点とする群馬交響楽団の演奏、そして音楽と美術と建築をめぐるトークをお楽しみいただくコンサートです。2回とも同じ内容です。

Program エリック・サティ:ジュ・トゥ・ヴー/ピアソラ:リベルタンゴ 他
出 演 群馬交響楽団 弦楽カルテット
トーク 服部想之介(声優)
日時 2月7日(土)
 ①午後1時30分~午後2時10分(開場午後1時)
 ②午後4時~午後4時40分(開場午後 3時30分)
定 員 各回110名、要予約
聴講費 無料(ただし本展の観覧券が必要です)
会場 パナソニック東京汐留ビル 5階ホール
*未就学児はご遠慮ください。
*展覧会観覧には、事前の日時指定予約が必要です。

展覧会記念講演会「祖父、清六から聞いた宮澤賢治」
宮澤賢治の8歳年下の弟、祖父清六から聞いた「賢治さんの美術、宗教、科学に対しての考え方。日常での様子。
自分へ向けて書いた『雨ニモマケズ…』の願い。」を、残された資料、家族写真などをスクリーンに映しながらお話しいただきます。

講 師 宮澤和樹氏(宮澤賢治、8歳下の実弟清六の孫、株式会社林風舎代表取締役)
日 時 2月14日(土)午後2時~午後3時30分(開場午後1時30分)
定 員 150名、要予約
聴講費 無料(ただし本展の観覧券が必要です)
会 場 パナソニック東京汐留ビル 5階ホール
*未就学児はご遠慮ください。
*展覧会観覧には、事前の日時指定予約が必要です。

キーワードは「ユートピア」。この国にそれを現出しようと活動した人々の軌跡を追うもので、一種の地政学な要素を含みつつ、しかしその対象が特定の地域ではなく架空の「ユートピア」。なるほど、そういうアプローチもありか、と感じました。

光太郎に関しても軽く関わります。「第1章 ユートピアへの憧れ」で白樺派が取り上げられ、光太郎も写った「白樺創刊十周年記念写真」(大正8年=1919)が出ます。それから「第4章 試みる それぞれの「郷土」で」には宮沢賢治関連の展示品(賢治記念館や林風舎さんの所蔵品)がたくさん並びますので、光太郎も寄稿した雑誌『農民芸術』など。
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他にも出品目録に依れば賢治関連で、現代の賢治著書に装画をした吉井忠による絵画「花巻豊里町 宮沢政次郎氏(賢治父)宅」が「第2章 たずね求める 周縁、国外でのフィールドワーク」に出品されます。「豊里町」は「豊沢町」の誤植ではないかと思うのですが……。誤植と言えば、「グスコーブドリ」とすべきところも「グスコンブドリ」となっています。当方、賢治に関してそれほど詳しいわけではないのでよくわかりませんが、最初の構想では「グスコンブドリ」だったとか、そういうわけではありませんよね。

賢治関連が多数出品ということで、関連行事として賢治実弟・清六令孫の和樹氏による講演が予定されています。ちょうどその1週間後には花巻で、賢治の親友だった藤原嘉藤治の顕彰をなさっている瀬川正子氏、それから当方と3人でのトークイベントも企画されており、和樹氏、大忙しですね。

どうせならその日に拝見に伺おうかと日程を調整しております。皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)15 『現代の彫刻』岩波講座世界文学第七回配本

昭和8年(1933)6月5日 岩波書店 高村光太郎著
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目次
 実技家の場合 概観 二つの源流について 時間的一瞥 フランスの彫刻 ブルデル
 マイヨル デスピオ ベルナアル 「ぢか彫り」騒動 穏健群 形式主義群団 ドイツの彫刻
 イギリスの彫刻 残余の諸国

「岩波講座世界文学」はいわゆる分冊もの。光太郎はこれ以外にも長沼重隆や辰野隆らとの共著で第9回配本『近代作家論』にも執筆しています(のちほどご紹介します)。

50余ページのペーパーバックですが、ロダン亡き後の世界の彫刻界についての非常にわかりやすい概論です。

雑誌新刊です。

『Begin』2026年2月号

発行日 : 2025年12月16日
版 元 : 世界文化社
定 価 : 745円+税

●大特集:2025年の人気モノランキング!  2026年の大モノ先駆けスクープ!「Begin Best 100」
●第2特集:「本当に使える」北欧デザインの雄 イノベーターの“革新”を学ぶ
●第3特集:いつもの年末年始を10倍回復させる!「リカバリーギフトCATALOG」

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主に男性向けのシャレオツなグッズを紹介する雑誌です。

「ミュージアムグッズ愛好家」なる肩書きの大澤夏美氏という方による「博ブツ観」という連載が為されており(今号は第32回だそうで)、「岩手県花巻市で発見 高村光太郎記念館 本革しおり Bookmark」のサブタイトルで、そのままずばり、高村光太郎記念館で販売されているしおりをご紹介下さいました。ありがたし。
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問題の(別に問題もありませんが(笑))しおり、モチーフは本文で詳しく語られていますが、光太郎が戦後の七年間を過ごした山小屋(高村山荘)に隣接するトレの壁に自らが彫りつけた明かり採りの窓です。
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トイレの内部から見ると「光」の文字が反転して見えるわけで。現在ではトイレも套屋で覆われていますが、裏側から右上画像のように外光が差し込むさまが見られるようになっています。
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この反転バージョンを、同館ではロゴや、今回のしおりなどさまざまなグッズに使用しているというわけです。ところでしおり、イタリアの牛革製だそうで、それは存じませんでした。

ただ、現在の物販はというと、二重三重四重五重にいろいろ面倒くさい問題がありまして、非常に品数が少ない状態です。もっとうまくやれよ、と言いたいのですが……。

閑話休題、大澤氏曰く

 一枚のしおりをきっかけに、光太郎と智恵子、そして山荘に射し込む「光」という小さな物語へと誘われたのかもしれません。まだしばらく続く寒い季節の読書時間に、そんな“自分だけの光”を運んでくれるしおりを忍ばせてみるのも、悪くないのかも。

なるほど。

さて、『Begin』2月号、Amazonさんなどでも扱っています。ぜひお買い求めを。

【折々のことば・智恵子】

こんどといふこんどこそは、何がなんでもいゝ絵をかいて そして生活をしてゆかなければ 私はかうしてはゐられないのですから 今からいそいでかゝなければならないのですから

大正2年(1913)8月12日 長沼セン宛書簡より 智恵子28歳

結婚前の二人でしめしあわせ、光太郎が先行滞在していた信州上高地に智恵子も追って行くのですが、そのための旅費を実家の母親に無心する手紙の一節です。もっとも、そうした事情は一切語らず、いわばだまし討ちですね。結果的には金銭を送ってもらい、上高地で光太郎と合流、二人は婚約を果たします。

現在開催中の企画展示についての報道を2件。いずれも『毎日新聞』さんから。

まず、北海道版。札幌の本郷新記念美術館さんの「彫刻三昧(ざんまい)―札幌芸術の森美術館の名品50選」についてです。

著名作家の名品、彫刻三昧-50選 本郷新記念美術館/北海道

 展覧会「彫刻三昧(ざんまい)―札幌芸術の森美術館の名品50選」が、札幌市中央区の本郷新記念札幌彫刻美術館で開かれている。ロダン、高村光太郎、佐藤忠良をはじめとする国内外の著名作家の作品50点を展示している。2026年1月4日まで。
 展覧会は、札幌芸術の森(南区)開園40周年を記念して開催。収集してきた彫刻コレクションから50展を選んだ。印象派の画家、ルノアールの彫刻も含まれ、2点展示。ブロンズ「ヴェールを持つ踊り子」(1908年)は優美な動きを感じさせる。ルノアールは晩年、リウマチに苦しみながら弟子と共に彫刻を制作した。 日本の近代彫刻の先駆け荻原守衛の作品も展示している。ブロンズ「文覚」(同年)は筋骨隆々とした男性が厳しい表情で腕を組む。荻原は渡仏して、近代彫刻の父ロダンに影響を受けた。 休館日は月曜と年末年始(12月29日~1月3日)。問い合わせは同館(011・642・5709)へ。
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光太郎作品は「薄命児男児頭部」(明治38年=1905)。
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明けて1月4日(日)までの会期です。ただ、前日まで年末年始休館ですが。

続いては大阪国立国際美術館さんの「特別展 プラカードのために」。

「周縁」を問う、7人の闘い 特別展「プラカードのために」 大阪・国立国際美術館

 生活者の視点から創作を続け、既存の制度や構造に問いを投げかける7人の作家の作品を集めた特別展「プラカードのために」が大阪市北区の国立国際美術館で開かれている。
 タイトルは出展作家の一人で、時代に先駆けたフェミニズム作品で再評価が進む田部光子さん(1933~2024年)が、61年に発表した文章から取っている。当時の安保闘争や三池闘争、米公民権運動、コンゴ動乱などを背景に<大衆のエネルギーを受け止められるだけのプラカードを作>り、<たった一枚のプラカードの誕生>によって、社会を変える可能性を記した文章だ。思いは同年制作の5点のコラージュ作品「プラカード」(61年)に結実した。
 本展を企画した同館主任研究員の正路佐知子さんは<たった一枚のプラカード>とは「行き場のない声をすくいあげ、解放の出発点となるような、生きた表現の象徴でもある」と指摘。それが本展を貫く一つの道標となっている。
 田部さんは福岡発の前衛芸術家集団「九州派」(57~68年)の主要メンバーとして活躍。90年代からは海外にも活動の場を広げ、10年代まで旺盛な創作活動を続けた。本展では「プラカード」や、同時に発表された妊娠からの女性解放をうたったオブジェ「人工胎盤」(61年、04年に再制作)など28点を展示している。
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 壁一面に色とりどりの切り絵が並び、天井からもつり下がる。谷澤紗和子さん(82年生まれ)の作品群だ。11枚組みの新作インスタレーション「目の前に開ける明るい新しい道」(25年)のほか、洋画家・切り絵作家の高村智恵子(1886~1938年)への手紙などを切り絵にした連作「はいけいちえこさま」など女性表現者の先達との架空の「対話」によって生み出されたシリーズを展示。
 「目の前に~」のうちの一作「お喋りの効能(西瓜(すいか))」は、中国の民間芸術「剪紙(せんし)」作家、庫淑蘭(クー・シューラン)さん(1920~2004年)の作品を基にしている。庫さんは季節の表象としてスイカを配置したが、谷澤さんはスイカがパレスチナ連帯のモチーフとして知られていることもふまえ、現代の視点で再構成した。作品を縁取る枠に並ぶ切り抜き文字は、無政府主義者の大杉栄らが虐殺された甘粕事件について智恵子が書いた文章。谷澤さんの作品は幾重にも覆われた「周縁化」のベールを一枚ずつめくり内にあるものを見つめる視点を持つ。「切り絵」という芸術もまた、美術史の中では周縁化されてきた。
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 暗い地下道を男が何かつぶやきながら歩いている。飯山由貴さん(88年生まれ)の映像作品「In−Mates」(21年)はそんな場面から始まる。飯山さんは社会の周辺に置かれた人々への聞き取りや記録資料を糸口に個人と社会の関係を考察し、作品づくりに取り組んできた。「In~」は、戦前に東京都内の精神科病院に隔離入院していた2人の朝鮮人患者の看護日誌を基に、関東大震災時の朝鮮人虐殺などの歴史を追う。22年、東京都人権プラザでの上映を「企画趣旨に合わない」などとして都が認めず問題となった。美術館での上映は初。
 「In~」は、川崎市出身の在日コリアンのラッパー、FUNIさんが、看護日誌に残った2人の言葉や葛藤を自身の肉体を通して「再現」し、現在まで続く差別の歴史を重ね合わせていく。冒頭から登場する地下道は、彼らが隔離された精神科病院にも、在日コリアンらが置かれた、あるいは私たち自身が置かれた閉塞(へいそく)した状況にも見える。自由への問いは、さまざまな自由を知らぬ間に手放しつつある私たちへも鋭く突き刺さる。
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 ひときわ大きな空間をひときわ大きな空間を使っているのが福岡県八女市在住の牛島智子さん(58年生まれ)の新作インスタレーション「ひとりデモタイ箒(ほうき)*筆*ろうそく」(25年)だ。牛島さんは地元の産業や歴史に根ざした素材を使ったインスタレーションで知られる。 本作は八女和紙とコンニャク糊(のり)で作った二十七角形の巨大な「フィールド」の上に、家や箒、ろうそく、筆などを模した造形物が置かれ、天井からは牛島さんの詩や言葉を記した和紙のカードがつるされる。家の屋根の上に座っているのは一人の女性。歴史的に「家」に閉じ込められてきた「家婦」(家庭の中で仕事をする妻)がその外に出ている姿だ。 牛島さんは展示室の空間を見て「すぐに革命前夜の沸き立つイメージが出てきた」と語る。あらがうのは「私」であり、でも、一人一人が集まれば「隊」にもなる。タイトルにはそんな思いも込められている。
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 このほか、労働と支配の関係を問う笹岡由梨子さんのインスタレーション▽複数の男性と女性1人による自身の共同生活を撮影し、家族や結婚の常識を問う金川晋吾さんの写真シリーズ▽08年から宮城県で暮らし、制作する志賀理江子さんの映像インスタレーションなど。来年2月15日まで。

こちらに関しては、年が明けてから行こうと思っています。年内はまだあちこち足を運ぶ予定がつまっていまして。

皆様も是非どうぞ。

【折々のことば・智恵子】

すべてを破壊し尽した今、われわれの偉大な理想へのよき機会を逸してはならない。建築に対する新しい道程は開かれてゐる。急がずあせらず、自然界の生長の如く、微細に入念にそして大胆に、生命の奥底に仕事を育たしめよ。

散文「建設の根源は此処に在り」より 大正12年(1923) 智恵子38歳

関東大震災を受けての文章の一節です。

昨日の青森での大地震には驚きました。地震そのもので亡くなった方がいなかったようなのは不幸中の幸いですが。

まだまだ情報収集力が足りないようで、事前に気づきませんでした。昨日開幕の展覧会です。

特別展 プラカードのために

期 日 : 2025年11月1日(土)~2026年2月15日(日)
会 場 : 国立国際美術館 大阪市北区中之島4-2-55
時 間 : 10:00 ~17:00 金曜は20:00まで
休 館 : 月曜日(ただし11月3日、11月24日、1月12日は開館)
      11月4日、11月25日、1月13日、年末年始(12月28日~1月5日)
料 金 : 一般 1,500円(1,300円) 大学生 900円(800円)
      ()内20名以上の団体料金および夜間割引料金(対象時間:金曜の17:00~20:00)

 美術家・田部光子(1933-2024)は1961年に記した短い文章において「大衆のエネルギーを受け止められるだけのプラカードを作」り、その「たった一枚のプラカードの誕生によって」社会を変える可能性を語っています。過酷な現実や社会に対する抵抗の意思や行為、そのなかに田部が見出した希望は、同年発表された作品《プラカード》に結実しました。 「プラカードの為に」と題されたこの文章は、作品が生まれるまでの思考の過程を語ったものであると同時に、社会の動きを意識し活動するひとりの美術家の宣言としても読むことができます。「たった一枚のプラカード」とは、行き場のない声をすくいあげ、解放の出発点となるような、生きた表現の象徴でもあるのです。
 田部の言葉と作品を出発点とする本展覧会は、それぞれの生活に根ざしながら生きることと尊厳について考察してきた、田部を含む7名の作品で構成します。各作家は、これまで社会に覆い隠されてきた経験や心情に目を凝らし、あるいは自ら実践することで、既存の制度や構造に問いを投げかけます。彼女・彼らの作品を通じて、私たちを取り巻く社会や歴史を見つめ直し、抵抗の方法を探りながら、表現することの意味に立ち返ります。

出品予定作家
 田部光子、牛島智子、志賀理江子、金川晋吾、谷澤紗和子、飯山由貴、笹岡由梨子

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関連イベント

 2025年12月6日(土)   キュレーター・トーク
 2025年12月21日(日) 対談 志賀理江子×斉藤綾子
 2026年1月17日(土)   対談 金川晋吾×笠原美智子
 2026年2月1日(日)  牛島智子ワークショップ
 2026年2月15日(日)   鼎談 飯山由貴×FUNI×宮崎理

出展作家のお一人、谷澤紗和子氏は、令和4年(2022)に上野の森美術館さんで開催された若手現代アーティストの登竜門的な「VOCA展」において、智恵子紙絵オマージュの「はいけい ちえこ さま」で佳作を受賞され、以後、そのシリーズをさまざまなところで発表なさったりしています。

VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─/「Emotionally Sweet Mood - 情緒本位な甘い気分 - 」。
都内レポートその2「VOCA展2022 現代美術の展望―新しい平面の作家たち―」。
谷澤紗和子個展「お喋りの効能」。

今回は、「はいけいちえこさま」シリーズの全点が展示とのこと。さらに新作《目の前に開ける明るい新しい道》では、智恵子、18世紀イギリスのメアリー・ディレイニー、中国の切り絵作家・庫淑蘭(クー・シューラン)、アプリケ作家・宮脇綾子という4名の女性作家との対話を試みたそうです。
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他の出展作家の方々も、それぞれにひとくせもふたくせも、といった展示のようです。

会期が意外と長いので、あちこち飛び回らねばならない怒濤の時期が終わったあたりで拝見に伺おうかと考えております。皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

君達に先だつ大家達を心を傾けて愛されよ。


光太郎訳 ロダン「若き芸術家達に(遺稿)」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

大正6年(1917)にロダンが歿し、翌年、フランスで刊行された雑誌に載った「LES ARTS FRANÇAIS」ロダン追悼号に載ったものが原典です。

光太郎彫刻の出品がある展覧会、2件ご紹介します。

まず広島県から。既に始まっています。

東京藝術大学大学美術館名品展 美の殿堂への招待

期 日 : 2025年10月4日(土)~12月7日(日)
会 場 : ふくやま美術館 広島県福山市西町二丁目4番3号
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 月曜日 10月13日(月・祝) 11月3日(月・祝) 11月24日(月・振休)は開館、翌日休館
料 金 : 一般1,800円 (1,440円) 高校生以下無料  ​
       ( )内は前売りまたは有料20名以上の団体料金

 東京藝術大学は、その前身である東京美術学校(1887年設置)の時代から美術教育のための優れた美術品の収集に力を注いできました。現在、収蔵品の数は、古美術から現代美術までおよそ30,000件を数えます。1999年には、そのコレクションを学外の人々にも紹介するため東京藝術大学大学美術館が開館し、現在に至るまで数多くの展覧会が開催され、収集活動が続けられています。
 本展は、大学が所蔵する膨大なコレクションの中から近代の美術作品に焦点を絞り、「1.近代美術の幕開け」、「2.ロマン主義のなかで」、「3.自画像-画家たちの青春」、「4.モダニスムを超えて」の4つの章で構成し、大学と関わりの深い美術家たちを中心に、すぐれた作品を余すことなく紹介します。
 出品作品は、高橋由一《鮭》、狩野芳崖《悲母観音》(前期展示)などをはじめ、日本画、洋画、彫刻、工芸などの各分野からあわせて120点を紹介します。ふだんあまり目にすることが出来ない、貴重な作品の数々を一堂に観覧することで、大学美術館におけるコレクションの魅力をより身近に感じていただけることを願って開催します。
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関連行事
(1)記念講演会1「藝大コレクションの起源と現在、そして瀬戸内」
 日  時:10月4日(土)14:00~15:30
 講  師:村上 敬(東京藝術大学大学美術館 准教授)
 会  場:ふくやま美術館1階ホール
 定  員:100名 ※当日先着順、聴講無料
(2)記念講演会2「東京藝術大学所蔵の工芸」
 日  時:11月15日(土)14:00~15:30
 講  師:黒川 廣子 (東京藝術大学大学美術館 館長)
 会  場:ふくやま美術館2階多目的室
 定  員:80名 ※当日先着順、聴講無料
(3)ギャラリートーク ※各日ともに特別展観覧券が必要
 日  時:10月4日(土) 10:00~11:00 
 講  師:村上 敬 (東京藝術大学大学美術館 准教授)
 会  場:ふくやま美術館1階企画展示室、2階常設展示室第1室

 日  時:11月15日(土)10:00~11:00 
 講  師:黒川 廣子 (東京藝術大学大学美術館 館長)
 会  場:ふくやま美術館1階企画展示室、2階常設展示室第1室

 日  時:11月22日(土) 14:00~15:00
 講  師:当館学芸員
 会  場:ふくやま美術館1階企画展示室、2階常設展示室第1室
(4)ワークショップ 「身近なもので絵具を作ろう!」
 身近な土や貝を使って自分だけの絵具を作るワークショップを実施します。
 展示している作品にも様々な色が使われています。
 そんな色たちとより深く関わってみましょう。
 日 時:11月16日(日)  (1)10:00~12:00 (2)13:30~15:30
 会 場:ふくやま美術館1階 ロビー
 講 師:当館職員
 対 象:どなたでも(こどもの場合は保護者同伴)
 参加費:1人500円 ※予約不要
(5)第64回ミュージアムコンサート「美の殿堂、その先へ―音で聴く東京藝大展」
 日 時:10月25日(土)開場18:00 開演19:00
 ※開演前に「東京藝術大学大学美術館名品展 美の殿堂への招待」をご鑑賞いただけます。
 出 演:切田光星(バリトン)、小林広歩(ピアノ)
 会 場:ふくやま美術館1階ロビー
 入場料:一般 1,500円、高校生以下無料(整理券有)、未就学児入場不可
 定 員:150名(先着順)

ネット上に出品目録が出ています。
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光太郎彫刻はブロンズで「獅子吼」(明治35年=1902)。東京美術学校の卒業制作です。経巻を擲って腕まくりをし、憤然として立つ日蓮をモチーフとしています。
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それから光太郎実弟にして鋳金分野で人間国宝となった豊周の「提梁花瓶」(昭和21年=1946)。
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令和元年(2019)、東京都庭園美術館さんで開催された「アジアのイメージ―日本美術の「東洋憧憬」」の際に拝見して参りました。

さらに、出品目録に名は記されていませんが。光太郎・豊周兄弟の父・光雲の木彫も。作品名は「綵観」。明治38年(1905)の作で、18人の作家による合作のため、出品目録では全員の名を割愛したようです。
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11月3日(月・祝)までの前期で、光雲木彫部分(上の画像で言うと右から二枚目)を含む表面が展示されます。

こちらは平成29年(2017)年、東京藝術大学大学美術館さんで開催の「東京藝術大学創立130周年記念特別展「皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」」で拝見して参りました。

他にも荻原守衛、横山大観、藤田嗣治など、ビッグネームがずらりです。また、それほど有名ではありませんが、白瀧幾之助、南薫造など、光太郎と交流の深かった面々の作も。

紹介すべき事項の山積が続いており、同様に光太郎彫刻の出る展覧会をもう一件。今度は北海道です。

札幌芸術の森開園40周年記念 彫刻三昧 札幌芸術の森美術館の名品50選

期 日 : 2025年10月11日(土)~2026年1月4日(日)
会 場 : 本郷新記念札幌彫刻美術館 札幌市中央区宮の森4条12丁目
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 月曜日(月曜祝日の場合開館し火曜日休館)、年末年始(12/29~1/3)
料 金 : 一般600円(500円)、65歳以上500円(400円)、高校・大学生400円(300円)
      中学生以下無料 ( )内は10名以上の団体料金

 国内外の近現代彫刻史を彩る作家の作品をたっぷりと楽しむことができる展覧会です。
 彫刻に生命の息吹を吹き込み〝近代彫刻の父〟と言われるロダン。その影響を受けながらも独自の造形を開花させたブールデル、デスピオ、マイヨール…。また、ドガやルノワールなどの画家も絵画の作風そのままに彫刻を手がけています。さらに、キュビスムの彫刻への応用や、再現を離れた純粋な抽象化へ挑戦、戦後イタリアでの新たな具象の試みなど、次々と立体造形の可能性を広げる斬新な表現が生み出されていきました。
 日本においても、海外の動きを受容しながら、伝統的な美意識とも照らしつつ、切磋琢磨するなかで、多彩で豊かな展開がみられます。そこには、戦後、街なかや公園などへの彫刻設置が全国的に盛んになるという追い風もありました。
 1986年に開園した札幌芸術の森は、来年40周年を迎えますが、そのメイン施設である野外美術館には、二度の拡張を経て、日本彫刻が最も勢いがあったと言われる’80~’90年代を代表する彫刻家の作品が多数設置されています。札幌芸術の森美術館では、その多種多様な表現につながる近代以降の流れをたどれることを目指して開館準備段階から収集を続け、国内有数の彫刻コレクションを形づくってきました。
 本展は、その中から厳選した50点を展示するものです。魅力溢れる彫刻の数々をお楽しみください。
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こちらでの光太郎作品は「薄命児」(明治38年=1905)。浅草花やしきで興行を打っていたサーカス団の幼い兄妹がモデルです。ただ、現存するのは兄の方の頭部のみですが。
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先程の「獅子吼」にしてもそうですが、留学に出る前、光太郎はこうしたストーリー性のある彫刻を喜んで作っていました。日本の彫刻界全体がそんな感じでしたし。しかし、後にそれは邪道だと気づき、物語を排した純粋な造型を目指すようになっていきます。

他には光太郎の心の師・ロダンをはじめ、ブールデルやマイヨール、日本人ではやはり荻原守衛、さらに石井鶴三、高田博厚、佐藤忠良、舟越保武など、ある意味お約束の面々が並びます。

それぞれぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

――其頃の芸術家は「見る」眼を持つてゐたのです。しかるに今日の芸術家は盲目です。此所に一切の相違がある。ギリシヤの女達は美しかつた。しかし其の美は彼等を再現した彫刻家の頭の中に存してゐたのです。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

とにかく「見る」眼がないと、どうにもならないとのことで……。

光太郎詩をモチーフにした作品もおありだった版画家で、千葉県ご在住であらせられた土屋金司氏が、8月11日(月)に逝去されたそうです。

8月23日(土)に、調べもののため土屋氏の地元の千葉県旭市にある県立図書館の分館・東部図書館さんに行った帰り、街なかで氏の名が書かれた通夜/葬儀の案内の捨て看を運転する車中から見て、「あれっ!」。その時点では氏のお名前が「金司」だったか「金治」だったか「金二」だったか自信がありませんでしたし、「金司」としても同姓同名の別人の可能性もあるな、と思っておりました。

帰ってからネットで調べたところ、お知り合いの方のSNS投稿で、やはり版画家の土屋氏ご逝去と知り、残念に思いました。

土屋氏の光太郎モチーフ作品は、旭市の北・銚子市でかつて拝見しました。

まず、一昨年に廃業してしまった光太郎智恵子ゆかりの宿・ぎょうけい館さんのロビーに常設されていて、何度も拝見した作品。
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大正元年(1912)に光太郎智恵子がぎょうけい館さんの前身・暁鶏館に泊まって愛を誓った際、宿の下男をしていた知的障害のあった「長崎の太郎」こと阿部清助をモデルに書いた詩「犬吠の太郎」を版画にしたものです。

他にも太郎をモチーフとした作品がおありで、それらは平成30年(2018)に銚子の飯沼観音さんで開催された「仏と鬼と銚子の風景 土屋金司 版画と明かり展」で展示されました。
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また、その関連行事として「銚子浪漫ぷろじぇくとpresents語り「犬吠の太郎」」も開催されました。
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その際には土屋氏もいらして、お話をさせていただきました。

地元地方紙『千葉日報』さんあたりに訃報が出なかったかと、先週、また東部図書館さんに行き、同紙のバックナンバーを調べましたが見つかりませんでした。同紙には、地方紙でよくある半ページくらい割いての「お悔やみ欄」的なコーナーがありませんで。

東部図書館さんに隣接する東総文化会館さんギャラリーでは、土屋氏と、書家の依知川伸一氏のコラボ作品展が開催中でして、そちらも拝見して参りました。
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当初、先月末までの予定だったのですが、氏のご逝去を受けての措置でしょう、今月末まで会期延長だそうです。お近くの方などぜひどうぞ。

改めまして、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

最微なる或は最大なる実在、例へば大洋、雲嶽、草木、昆虫の精霊を窺視し得たる日本の芸術は又吾が踏む道なり。

光太郎訳 ロダン「手紙」より 明治43年(1910)訳 光太郎28歳

雑誌『白樺』の「ロダン号」刊行に際し、ロダンから光太郎の朋友・有島生馬に送られた書簡の一節です。この当時の欧州の芸術家達の例にもれず、ロダンもジャポニスムの影響を受けていました。

「大洋、雲嶽、草木、昆虫の精霊を窺視し得たる日本の芸術」……土屋氏の版画にも通じるような気がしました。



花巻レポート最終回です。

7月23日(水)、旧太田村の高村光太郎記念館さんでコンサート「花巻で響き合う 光太郎、賢治、声と箏」の準備を始める前、先日始まった特別展を拝見。

まずは玄関を入ってすぐ、「智恵子のエプロン復刻展示」。
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花巻南高校家庭クラブさんの力作です。エプロン自体は一昨年から昨年にかけて制作され、模造紙の説明資料は今年4月から5月、二本松の智恵子記念館さんで展示された際のものが転用されています。その際に当方が作ったパネル2枚も差し上げたので、一緒に並んでいます。

思えばこの高村光太郎記念館さんでの市民講座で講師を務めさせていただいた際にこのエプロンについても触れ、「どなたか作って下さいませんかね」と呟いたのがきっかけでした。呟いてみるもんですね(笑)。

エプロンについては以下をご参照下さい。
智恵子のエプロン。
世田谷文学館「コレクション展 衣裳は語る──映画衣裳デザイナー・柳生悦子の仕事」レポート
東北レポート その1 岩手花巻なはんプラザ 「五感で楽しむ光太郎ライフ」。
「五感で楽しむ光太郎ライフ」報道。
花巻南高校文芸部誌『門 ⅩⅧ』。
みちのく随想 私たちのリレー。
高村智恵子生誕祭 音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた/「智恵子のエプロン」復刻展示。
二本松レポート その2 光太郎智恵子聖地巡礼。

近々、『読売新聞』さんの岩手版で紹介されるはずです。一昨日、電話で取材を受けました。

続いて奥の展示室にて「高村光太郎花巻疎開80年企画展示事業 昔なつかし花巻駅」を拝見。
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メインのジオラマは平成30年(2018)に同館で開催された企画展「光太郎と花巻電鉄」の際にも制作をお願いした石井彰英氏と、お友達の土屋直久氏の合作。前回は石井氏に大変な御苦労をおかけし、ご自身でも「もうこりごりだ」的なこともおっしゃっていたので、その後当方は依頼を遠慮していたのですが、今回は当方を飛び越えて直接石井氏に依頼が行きました。「一人では無理」ということで、土屋氏を巻き込んで、というか、今回、土屋氏が主導で制作されたそうで、石井氏の名はクレジットされていませんでした。
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前回は戦後すぐの光太郎在住時をイメージして作っていただきましたが、今回の設定は昭和6年(1931)。さらに前回は花卷市内の光太郎と関わりのあるところをだいたいの位置関係で押し込んだ感じでしたが、今回は花巻駅周辺のみを、ほぼ正確な配置で。
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上の画像で、中央上の方が東北本線花巻駅。左の中段が花巻電鉄の駅、下段が軽便鉄道の駅。花巻電鉄、軽便鉄道ともに、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモチーフの一つと言われています。
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精巧な出来栄えに目を見張りました。

周囲の壁には軽便鉄道関連で味のある古写真など。
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「光太郎と花巻電鉄」の際に作っていただいたジオラマも、通常の第2展示室に。
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その向かい側では、特別展「中原綾子への手紙」も開催中。
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というわけで、現在の記念館さんは非常に盛りだくさんです。

隣接する(といっても数百㍍)高村山荘。
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その奥の「雪白く積めり」碑。
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この後、コンサート「花巻で響き合う 光太郎、賢治、声と箏」となりました。

そちらを2公演、つつがなく終え、出演者のお二人、箏の元井美智子さん、朗読の荒井真澄さんともども大沢温泉山水閣さんに宿泊。
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翌朝、以前は宿泊棟「菊水館」として使われ,、光太郎や当方も泊まった(健在の頃は当方も定宿でした)「ギャラリー茅」で、「トトロとジブリとカンヤダと」展を三人で堪能。先月も拝見しましたが、その際は自炊部さんに宿泊で、同展は別料金だったのが、今回のように山水閣さんに泊まれば無料です。それは存じませんでした。
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フロントに戻り、チェックアウト。フロントにはジブリプロデューサーで「カンヤダ」展仕掛け人でもある鈴木敏夫氏の筆になる「雨ニモマケズ」屏風。
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続いて、大沢温泉さん近くの「山の駅 昭和の学校」さんへ。
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廃校になった小学校を使った施設で、館内は昔の商店街をイメージし、所狭しと昭和の品々が並んでいます。
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実際に小学校だった頃に、児童さんが作った卒業記念のオブジェ。郷土ゆかりの偉人ということでしょう、光太郎詩「道程」(大正3年=1914)がモチーフです。
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その後、元井さんのリクエストで、花巻東高校さんの大谷翔平選手・菊池雄星選手のモニュメントへ。こちらは当方初めてでした。
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最近は市内周遊のレトロジャンボタクシー「どんぐりとやまねこ号」のコースにも入るなど、すっかり新たな観光地化していて、この日も賑わっていました。
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最後は市の中心部に戻り、賢治御用達、さらに光太郎もよく足を運んだやぶ屋さんで昼食。ここでお二人と別れ、帰途に就きました。お二人はさらに宮沢賢治童話村に行かれたそうですが。

そんなこんなで充実の2泊3日でした。皆さまもこの夏、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

リンゴ感謝、今年は東北も不作ときいてゐましたが、二六園ではやはりいつものやうに立派なのが出来たと見えて見事です。中西夫人にもお分けしてよろこばれました。


昭和30年(1955)10月19日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎73歳

「二六園」は、光太郎を花巻に招いた一人、花巻病院の佐藤隆房院長が自宅敷地内に作ったリンゴ園です。

始まってしまっています。

きもののヒミツ 友禅のうまれるところ

期 日 : 2025年7月19日(土)~9月15日(月)
会 場 : 京都国立近代美術館 京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
時 間 : 午前10時~午後6時
休 館 : 月曜日 ただし7月21日(月・祝) 8月11日(月・祝) 9月15日(月・祝)は開館
      7月22日(火)、8月12日(火)
料 金 : 一般:2,000円(1,800円) 大学生:1,300円(1,100円)
      高校生:600円(400円) ※( )内は20名以上の団体料金

 きものは衣服として、人々の身体を彩ってきました。そして表面を意匠で装飾されるきものは、一定の幅の反物を直線縫いで仕立てるため非常に強い平面性をもつ一方で、施された多彩な意匠は、衣服として身にまとうことで立体性が生まれます。この平面と立体を行き来するところに、デザインされたものをはじめから立体裁断で制作していく洋服とは大きく異なるおもしろさがあります。
 小袖と呼ばれたきものは桃山時代から江戸時代にかけて形式が整い、それを装飾するものとしてさまざまな意匠・模様構成が展開しました。幕末になるとパターン構成の形式化が進みますが、明治時代以降の京都においては日本画家の構想力や空間構成を活かした新たな染織図案が生み出され、斬新なデザインが次々と出現しました。こうしたきものの制作現場では、当時も現在も、平面に描いた下絵から染色図案になる過程で、着用して立体となることを想定した応用や調整の手が加えられてきました。ここに「きもののヒミツ」がひそんでいるのです。
 本展は近世から近代のきものの優品や、近世の流行を支えた雛形本などの資料、さらに円山応挙から始まる京都画壇の展開と染織図案との関わり、図案を染織作品へと応用する過程、染織図案の流行が他の工芸品とも共有するものであったことも紹介。これまでにない視点から「きもののヒミツ」に 迫ります。

展示構成
 第1章 平面と立体のあいだで きものと雛形本
 第2章 京都画壇の日本画と下図、染色図案
 第3章 図案から染織品へ 描かれた図案と染められた図案
  3-Ⅰ 図案から友禅へ
  3-Ⅱ 流行模様と友禅、工芸
 第4章 平面と立体のあいだで 京都の友禅の人間国宝

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基本的にきものそのものの展示が中心です。ただ、それだけでなく図案や関連するアイテムなどの紹介も。そこで出品目録に依れば、「3-Ⅱ 流行模様と友禅、工芸」中に光太郎の父・光雲も腕を揮った「福禄封侯図飾棚」(明治16年=1883 旭玉山、石川光明、大谷光利、香川勝廣、加納鐡哉、加納夏雄、柴田是真との合作)が展示されています。
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こちらは令和3年(2021)に同館で開催された「モダンクラフトクロニクル―京都国立近代美術館コレクションより―」展でも出品されました。なかなかに手の込んだ作ですね。

よくある音声ガイドは、女優の常盤貴子さん。

ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・光太郎】

神経痛はまだ治りません、 一切中西夫人の手を煩はしてゐますが、今月から食事担当の家政婦さんを一人たのみました、


昭和30年(1955)9月30日 宮崎春子宛書簡より 光太郎73歳

もはや「神経痛」と言っているレベルではなく、肺はボロボロなのですが、心配をかけまいという心遣いでしょう。

「家政婦さん」は中野家政婦会から派遣された堀川スイ子。最初に雇ったのは別の人でしたが、すぐに交代、堀川には亡くなるまで面倒を見て貰いました。

光太郎が没した直後に発行された『文芸 臨時増刊 高村光太郎読本』に、堀川による「高村先生の思ひ出」という飾らない文章が掲載され、昭和34年(1959)に刊行された草野心平編『高村光太郎と智恵子』という80余名の回想録にも転載されました。

まず、明日開幕の件。

高村光太郎花巻疎開80年企画展示事業「昔なつかし花巻駅」

期 日 : 2025年7月12日(土)~11月30日(日)
会 場 : 高村光太郎記念館 岩手県花巻市太田3-85-1
時 間 : 午前8時30分~午後4時30分
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般 350円 高校生・学生250円 小中学生150円
      高村山荘は別途料金

 明治5(1872)年に新橋と横浜を結ぶ日本初の鉄道が開通。その後、全国で鉄道の整備が進み、明治23(1890)年には花巻駅が開業し、東京と花巻がレールで結ばれました。
 花巻駅開業当時は駅周辺は田畑が広がる場所でしたが、岩手軽便鉄道や花巻電鉄の開業とともに交通の要所として発展していきました。
 この展覧会では、昭和11(1936)年に撮影された記録資料と、それも参考にして今回制作した昭和初期の花巻駅を中心としたまちの賑わいの様子を情景として表現したジオラマを展示します。
このジオラマを通じて、当時の花巻駅やまちの雰囲気を感じていただきたいと思います。
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ジオラマの制作は、平成30年(2018)に同館で開催された企画展「光太郎と花巻電鉄」の際にも制作をお願いした石井彰英氏と、お友達の土屋直久氏。今回は土屋氏が中心にやられたそうですが。

前回は当方が仲介し、実現しました。江ノ電さんのジオラマ(運転士になりたかったものの病気で早世した少年にまつわるもの)などを作られていた石井氏が、ご自身のホームタウン・品川区大井町のジオラマも作成され、その中で智恵子が入院し、そこで亡くなったゼームス坂病院も組み込んで下さったのがご縁でした。

その際には仲介した責任上、何度か工房にもお邪魔し、さらに石井氏をロケハンにお連れしたり、資料類をお貸ししたりいたしました。そういえば、全体のレイアウトも当方が考えました。
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作品は企画展終了後も第二展示室の中央に置かれていましたが、先月お邪魔した際には、企画展用の小部屋に移動されていました。
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今回のものと一緒に並べるのかどうか、そこは訊いておりません。再来週伺いますので見て参ります。

今回の作品、石井氏のSNSから。
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前回は戦後すぐの光太郎在住時をイメージして作っていただきましたが、今回の設定は昭和6年(1931)だそうで、宮沢賢治存命中。したがってジオラマ中に賢治も居ます。
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今回は資料をお貸ししたくらいであまり関わって居らず(石井氏のところで土屋氏にもお会いしてお話ししましたが)、完成した現物は未見で、早く見てみたいものです。

もう1件、同館での特別展示が来週7月15日(火)から。

智恵子のエプロン復刻展示 岩手県立花巻南高等学校家庭クラブ制作

期 日 : 2025年7月15日(火)~8月21日(木)
会 場 : 高村光太郎記念館 岩手県花巻市太田3-85-1
時 間 : 午前8時30分~午後4時30分
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般 350円 高校生・学生250円 小中学生150円
      高村山荘は別途料金

智恵子デザインのエプロンを高校生がつくりました。素敵なエプロンと制作過程を展示。

8月4日(月)10時から 高校生から来館者に手作りしおりプレゼント(なくなり次第終了)。

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こちらに関してはまだ市のサイト等に詳細情報が上げられていません(苦言を呈させていただければ、どうも花巻市さんはこの辺りの対応が後手後手です。ジオラマ展のフライヤーも作られているのか作られていないのか、ネット上に上がっていません)が、『広報はなまき』の今月号にちらっと紹介されています。

「智恵子のエプロン」。大正13年(1924)の雑誌『婦人之友』で写真と型紙図面入りで紹介されたものです。
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高村光太郎記念館さんで、『婦人之友』にかかわる市民講座を行った際、この件も紹介し、「どなたか復元して下さいませんかね」とつぶやいたところ、聴かれていた花巻南高文芸部顧問の菊池久恵先生が「それなら」と、家庭クラブさんに声を掛けて下さり、制作されました。

その後、昨年、花巻で開催されたイベント五感で楽しむ光太郎ライフ」で完成したエプロンを初披露。岩手の地方紙では大きく取り上げられました。出来上がったエプロンを拝見し、そのクオリティーの高さには舌を巻きました。
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また、今年は福島二本松の智恵子生家/智恵子記念館さんでの「高村智恵子生誕祭」でも展示。家庭クラブさん、文芸部さんの生徒さんと顧問の先生方もご覧に来られました。
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で、今度は高村光太郎記念館さんでの展示です。

同館では特別展「中原綾子への手紙」も開催中。また、7月23日(水)には二本松の智恵子生誕祭でも公演をされたヴォイスパフォーマーの荒井真澄さんと箏曲家の元井美智子さんによるコンサート(詳細はまたのちほど)も予定されています。
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さらに駐車場脇の受付では、お子様向けに「木製輪ゴム鉄砲づくり」。実に盛りだくさんです。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

小生まだ外出しません、しかし今年は仕事しなければなりません、

昭和30年(1955)1月4日 宮崎春子宛書簡より 光太郎73歳

昭和30年(1955)の年が明け、光太郎、数えで73歳となりました。

この年、国際的にはワルシャワ条約機構が結成され、東西冷戦が激化。第1回原水爆禁止世界大会開催などもありました。国内ではいわゆる55年体制が始まりましたし、 森永ヒ素ミルク中毒事件などもありました。『広辞苑』や現行の1円玉、料金前納式の公衆電話機はこの年に登場。後楽園ゆうえんちが開園(アメリカではディズニーランド)。

光太郎は宿痾の肺結核がどんどん進行、春には赤坂山王病院に入院しますが、手の施しようがなく、結局、中野のアトリエでの療養生活に戻ります。しかし、詩や文章、そして書は制作を続けました。

花巻観光協会さん主催のワークショップです。うっかりご紹介を失念しており、すでに始まっています。

木製輪ゴム鉄砲づくり

期 日 : 2025年7月1日(火)~8月31日(日) 期間より早く終了する場合もございます。
会 場 : 高村光太郎記念館受付 岩手県花巻市太田3-91-3
時 間 : ①10:00~12:00 ②14:00~16:00
休 館 : 期間中無休 屋外テントでの実施のため、暴風雨の場合など天候により直前に
      中止となる場合がございます。
料 金 : 1,800円 ⇒ 900円

高村山荘周辺で採れた木を使用したキットで木製の輪ゴム鉄砲づくり!
彫刻家や詩人として知られる高村光太郎が晩年を過ごした高村山荘。その裏手に広がる山口山の豊かな景観のなか、木製の輪ゴム鉄砲を作って的当てで遊ぼう!

花巻市では、小学生以下のお子様を対象に、ドキドキわくわくの体験がなんと【半額】で楽しめるお得なキャンペーンを開催! 雄大な北上川をゴムボートで楽しむ遊覧体験や、水面を自由に探検するカヌー&ボート体験、そして、手びねりやろくろでつくる創造的な陶芸体験!普段はなかなかできない特別な体験が、花巻にはいっぱい!

さあ、家族みんなで手をつないで、笑顔あふれる花巻で、忘れられない夏の思い出を作ろう! 小学生以下のお客様を対象に、お子様向け体験の体験料が半額になるお得なキャンペーン! 花巻観光協会からのお申込み&体験終了後のアンケートにご協力いただくことで、お得な料金にてお楽しみいただけます。
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花卷市内各所で行われる「はなまきサマーキャンペーン」の一環だそうで、高村記念館さんでは木製輪ゴム鉄砲づくり。他にもカヌーやバギーなどの体験、陶芸や和紙の手漉きなどの伝統工芸系、野菜の収穫体験、果てはわんこそばも(笑)。

お子様と共に親御さんたちもぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

今年は汽車にのるのが無理なので山口に行かれさうもありません、来年はゆきたいものです。子供等によろしく。


昭和29年11月3日 浅沼政規宛書簡より光太郎72歳

浅沼は光太郎が蟄居生活を送っていた郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)近くの山口小学校長。浅沼と、小学校の児童たちから届いた書簡への返信です。前年には病をおして10日間ほど一時帰村したのですが、もはやそれも不可能な健康状態でした。

『日本経済新聞』さんに広告が出ました。
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販売元のアートデイズさんで出しているカラーパンフレットがこちら。
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光太郎の父・光雲の木彫を原型としてブロンズに写した工芸品ですね。新商品かと思いきや、そうでもなく、少し前から販売されているようです。だいぶ以前からというわけでもなさそうですが。

「白象半跏 普賢菩薩(髙村光雲作)」ーー理知の普賢、聖なる白象、 巨匠の妙技をここに

● 作品寸法:高さ21×幅25.5×奥行15センチ
● 材質:ブロンズ(本金粉手彩色仕上げ)
● 題字・落款入り高級桐箱
● 詳細解説書付
● 黒塗り台座
● 価格:220,000円(本体200,000円+税)
● 本品は受注生産ですのでお届けまでにお時間をいただく場合もあります。ご了承ください。

慈愛溢れる菩薩像と生気みなぎる白象。その静と動が織りなす造形の美を、光雲がもてる技の限りを尽くして彫り上げた傑作。まさに近代彫刻の祖・光雲の技を堪能できるブロンズ作品です。どうぞお手許でご堪能ください。

理知の普賢、聖なる白象、 巨匠の妙技をここに。聖獣の象徴といわれる白い象に乗った普賢菩薩。普賢の「普」は、「あまねく」という意味で、ありとあらゆる世にあらわれて、仏の慈悲と理知により、人々を救う賢者であることを意味しています。また、長寿、延命の大きな功徳により、古来より特に民衆の篤い信仰を集めてきました。

作品と桐箱、光雲の落款2つが揃い、光雲原型による真正の作品であることを証明。所定鑑定人である高村家の承認により、作品本体の背部には光雲の落款が写されています。さらに、桐箱の蓋裏には高村家の正式許可を受けた証として、光雲の落款が押印されています。これにより、本品が高村光雲の原型により制作された優れた仕上がりの真正オリジナル作品であることを証明しています。
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光雲作の普賢菩薩像というのは、記憶にありませんでした。手許にある作品写真集や図録の類を見ても、見落としがなければ普賢菩薩像は掲載されていません。ただ、普賢菩薩の化身とされる「江口の遊君」像は京都の清水三年坂美術館さんに収蔵されており、現物を拝見いたしました。やはり白象に乗っています。
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昨日も書きましたが、自身が篤く信仰していた観音像だけで生涯に百数十体彫ったという光雲ですので、その他の像を含めるといったいどのくらいその作があるのか、見当もつかない状態で、意外と一般的な普賢菩薩像があっても何ら不思議ではなく、むしろ無い方がおかしいくらいです。

「おやっ」と思ったのは、普賢菩薩さまの髪の毛の処理の仕方。光雲令孫の藤岡貞彦氏から花巻市に寄贈され、花巻高村光太郎記念館さんで2回展示が為された「鈿女命像」とよく似ています。
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切れ長の目の表現も心なしか似ていますね。

さて、ご興味おありの方、または信心深く普賢菩薩さまを篤く信仰されている方(ちなみに十二支の辰年・巳年の方は普賢菩薩さまが守り本尊という俗信もあります)、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

模様がへなどしてゐたため、メダルの完成が遅れてゐましたが、お話の鋳金家に原型を見ていただいて予算を立てたいので、その鋳金家に小生アトリエまでおいで下さるやう貴下より御通知下さるやうお願ひいたします、


昭和28年(1953)8月31日 牛越誠夫宛書簡より 光太郎71歳

「メダル」は、10月に行われる生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」除幕式の際に関係者に記念品として贈られる「大町桂月メダル」。元々「乙女の像」は、十和田湖周辺の国立公園指定15周年記念かつ、桂月ら「十和田の三恩人」を顕彰するというコンセプトでした。
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小品ながら、完成作としては光太郎最後の彫刻作品となりました。

何度も書いていますが「乙女の像」を「光太郎最後の作品」とする記述が、出版されている様々な書籍、ネット上の書き込みなどに溢れかえっていますが、違いますのでよろしくお願いいたします。SNS等でも十和田湖を訪れ、「乙女の像」の写真等アップされている方が時々いらっしゃり、実にありがたいのですが、そこで「高村光太郎最後の作品」と書かれていると、「ちげーよ!」というわけで「いいね」もつけられません。

昨日の『日本経済新聞』さん日曜版に「The Art of Sharpening 一心に、研ぐ 海を渡る包丁研ぎ 刀が育んだ生活の技、仏シェフも魅了」という3ページにわたる記事が出ました。

メインタイトルの「一心に、研ぐ」は光太郎詩「刃物を研ぐ人」(昭和5年=1930)からのインスパイアで、詩の一部が記事の末尾に引用されています。
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詩の全文はこうです。

   刃物を研ぐ人

 黙つて刃物を研いでゐる。
 もう日が傾くのにまだ研いでゐる。
 裏刃とおもてをぴったり押して
 研水(とみづ)をかへては又研いでゐる。
 何をいつたい作るつもりか、
 そんなことさへ知らないやうに、
 一瞬の気を眉間(みけん)にあつめて
 青葉のかげで刃物を研ぐ人。
 この人の袖は次第にやぶれ、
 この人の口ひげは白くなる。
 憤りか必至か無心か、
 この人はただ途方もなく
 無限級数を追つてゐるのか。

画像はかなり後、昭和24年(1949)頃、花巻郊外旧太田村の山小屋で撮られたもの。研いでいる場面ではなく、おそらく肥後守の小刀で鰹節を削っているところです。残念ながら光太郎が彫刻刀を研いでいるところを撮影した写真は確認できていません。

記事全体はこの「研ぐ」をテーマに、日本各地、さらには海外で活躍する人々を追っています。

まず、大阪府堺市の「山本刃剣」の「刃付け屋」と呼ばれる職人・山本真一郎氏。鍛冶職人が打ち上げた庖丁などを、砥石を使って研いで刃をつけたり、切れなくなった刃物を研いだりというプロです。
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欧米ではこのように砥石を使って刃物をメンテナンスするという習慣がほとんど無く、ヤスリのような金属の棒で刃を削るだけだとのこと。これには驚きました。

続いてその砥石の採掘から加工までを手がける京都亀岡の「砥取屋」4代目・土橋要造氏。
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安価な人造砥石に押されつつあったところ、ネットで販売を始めたら息を吹き返したとのこと。仕上げ用の砥石が採れるのは世界でここだけだそうです。もっとも、砥石を使う風習のない国々では採掘をしていないわけで、探せば鉱脈があるのかも知れませんが。

そして実際に刃物を使う、大阪の料理人・中村重男氏。ミシュランガイドの星を獲得した「ながほり」店主です。天然の砥石は人造ものと比較にならないと証言。さらによく研いだ庖丁で作る料理の魅力についても。
 
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海外の方も。フランスの料理学校で日本式の「研ぎ」の魅力や奥深さを伝えているというマリナ・メニニさん。
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こうした講習は日本でも。かっぱ橋道具街の「かまた刃研社」さん。若い料理人も通っているそうです。
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こうした人々を紹介した後、最後に光太郎詩「刃物を研ぐ人」でオチが付けられています。

 多くの人が研ぐ光景を見ているうち、一編の詩が頭に浮かんだ。高村光太郎の「刃物を研ぐ人」だ。
 「黙つて刃物を研いでゐる。/もう日が傾くのにまだ研いでゐる。」と始まり、一心に研ぎ続ける人物を活写する。「憤りか必至か無心か、/この人はただ途方もなく/無限級数を追つてゐるのか。」
 「心を研ぐ」という表現があるように、刃物を研ぐことは私たちの精神世界と深いつながりがあるのかもしれない。どんなに精巧で簡単な機器ができようとも、人はこれからも砥石の上で自分の手を動かし続けるのだろう。

そうであってほしいものです。

光太郎も砥石に対するこだわりは半端ではありませんでした。昭和20年(1945)の空襲で駒込林町のアトリエ兼住居を焼け出された際も、砥石を持ち出しています。

 いちばん手馴れて別れ難いノミや小刀の最小限度十五六本は別に毛布にくるみ、これも亡父譲りの砥石二丁と一緒に大きな敷布に厚く包んで、これを丈夫な真田紐で堅固にゆはへ、重さ二貫目弱であつたが、空襲警報の鳴るたびに肩にかけ、腰に飯盒をぶらさげて、防火用のバケツと鳶口とを手に持つて往来に飛び出したのであつた。昭和二十年四月十三日の大空襲で遂に駒込林町のアトリエが焼けた時、私はとりあへず近所の空地にかねて掘つてあつた待避壕の中へ避難したが、そこへ持ちこんだのは夜具蒲団の大きな包二つと、外には例の道具箱と、肩からかけた敷布にくるんだ小刀と砥石とだけであつた。
(「信親と鳴滝」 昭和25年=1950)

おなじ文章では、京都鳴滝産の砥石の魅力について語っています。

 小刀やノミがいくら良くても砥石が悪ければ切味が出ない。それで彫刻家は砥石を選ぶ。
 砥石の味は一般の人でもおよそ分るだらう。書家が硯を珍重するのと似てゐるし、誰でも硯で墨をすつた者ならその手応へを感じてゐるだらう。良い砥石で研げば刃物が細かにおりて、刃先が極めて鋭くなり、切味がよくなるのは当然だが、その上に早く研げる。石が緻密でありながら鋒(ほう)が立つてゐるのである。早く研げながら荒くならない。まるで刃物が石面にすひつくやうにやはらかでゐて、しかも鋼をどしどしおろす。これは硯でも同じであつて、硯では撥墨の色と光とに不可言の美が生じ、砥石では研いだ刃物がいきいきと生きて来て、しかも前述のやうな気品が出て来、切れてくる。
 古来、合砥(あはせと)は京都の鳴滝産が一ばんいいといはれてゐるし、まつたくそのやうである。合砥といふのは仕上砥(しあげど)のことで、これが切味の如何を決定するから、昔から砥石ではこれをいちばん大切にする。合砥は全国の所々から出るが、どうも鳴滝に及ぶものはない。それで鳴滝のを本山(ほんやま)といふ。鳴滝の山は既に掘りつくされて今はもう産出しない。丁度端渓の硯のやうに、ただ世人に所蔵される若干の石が転々として誰かの手に渡つて歩くに過ぎない。亡父遺愛の砥石は二面とも鳴滝で、一つは石質軟く、一つは稍硬い。両面それぞれの用を果す。石の四方を朱漆で塗つて、桐の箱に入れてある。
(略)
 私は今その一つを花巻町の花巻病院長佐藤隆房氏邸に預つていただいて居り、一つをこの山小屋の座右に置いて愛用してゐる。この砥石に触れる時、天下豊満、こんなあはれな山の掘立小屋が急に魔法のやうに輝き出すのだ。
 亡父の門下生であつた関野聖雲といふ木彫家が砥石のことにくはしく、自分でも良い石をかずかず持つてゐたやうであるが、先年死んだ。あとに残つた名石は今どうなつてゐることだらう。

この一節を改めて読んでみて、光太郎や光雲一派のメチエがこういうところにも裏打ちされていたんだなと再確認したような気がしました。逆にこういうバックボーンも身につけないまま、何でもかんでも「アート」とする風潮はどうなの? とも。余計なことかもしれませんが。

日本古来の「研ぎ」の技、今後とも途絶えることの無いように、と祈念せざるを得ません。

【折々のことば・光太郎】

毎日午前モデルが来て試作を小さくやつてゐます、モデルを久しぶりで見るのですばらしいです、  トンチ教室のやうなモダンアートになるのがいやなので、うんと太古にやります、


昭和27年(1952)11月30日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎70歳

いよいよ生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の試作制作にかかりました。刃物を使うカーヴィングではなく、粘土を積み上げるモデリングですが。雇ったモデルはプールヴーモデル紹介所に所属していたプロのモデル・藤井照子。当時19歳でした。
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都内から製本関連のワークショップ情報です。

永岡綾『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第8期④本の改装シリーズ「ドイツ装」 at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2025年4月20日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都調布市下石原2-6-14 ラ・メゾン2階
時 間 : 10:00~13:00
料 金 : 5,300円(税込)

2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)と場所を変えながら、現在は京王線・西調布駅から徒歩5分にある「TEGAMISHA BREWERY」の2F「TEGAMISHA BOOKSTORE」にて毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約60回、のべ600名以上の方に参加いただいている人気のワークショップです。

製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年1月8日には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。

2025年1月からスタートした第8期では、『製本家とつくる紙文具』の中に新たに収録された新章「ペーパーバック(文庫本)の改装」より、5つの本の改装を1作品ずつ順に教えていただきます。

4月につくるのは「ドイツ装」 。「 ドイツ装」とは、表紙の「背」と「平(ヒラ)*表表紙と裏表紙の部分」に別の素材を使った「継ぎ表紙」のこと。今回のワークショップでは、背にはお好きな色のブッククロスを、平には手紙社のオリジナルペーパーからお好きな柄を選び、自分だけの組み合わせをお楽しみいただけます。

表紙に使う手紙社のオリジナルペーパーは、なんと350種!! ブッククロスのほか花布、栞ひも、見返しは複数色の中からお選びいただけますので、組み合わせを楽しみながら、あなた好みの一冊を完成させてください。コントラストをきかせた色選びをして、キリっと端正な佇まいにするのもおすすめです。

仕上がりは、しっかりとしたハードカバーにより、上製本の安定感がありつつも、どこか軽やか。表紙にはお好きな文字で箔押しを。本のタイトルを入れるもよし、所有者のお名前を入れるもよし、模様を加えるもよし。自分だけの愛おしい一冊となりそうです。
*箔押しに関しては、もしも時間内に終えられなかった場合は、材料をお渡ししご自宅にて行なっていただきます。その場合も手順をお伝えしますのでご安心ください。

また今回は参加費に文庫本代が含まれますので、受付時に以下よりお好きなものをお選びください(在庫がある分に関しては、当日の変更も可能です)。
*4/14以降にお申し込みの場合は、発注時期の関係上、ご希望に添えない場合がございますので予めご了承ください。
<文庫本ラインナップ>
 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治) 『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)    『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)   『桜桃』(太宰治 )
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)  『地獄変』(芥川 龍之介 )
 『風たちぬ』(堀辰雄)    『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)  『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)    『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)  『李陵・山月記』(中島敦)
 *全てハルキ文庫/280円文庫からのご用意となります。

手紙社のオリジナルペーパーを使って、製本技術を学びながら紙文具作りを行う「製本家とつくる紙文具」ワークショップは、各回新たな製本の技を習得しながら、わかりやすく教えていただけるので、1回のみの参加も大歓迎です。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版に仕立てたり、大切な人へのギフト本を特別に装丁したりと、楽しみは膨らむばかり……! ぜひお気軽にご参加ください。
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きれいな紙を使って文庫本を手作業で改装、自分だけのオリジナル書籍を作るというわけですね。なかなかシャレオツです。

主催者側で素材となる文庫本ラインナップを提示していますが、光太郎の『智恵子抄』も選択肢に入れて下さいました。ありがたし。しかも公式サイトのサムネイル(というには大きいのですが)的画像が『智恵子抄』。
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ギフトにもいいかもしれません。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

おかげさまで無事東京につきましたが、その日からジヤアナリズムに包囲されて、まるで暇なく過ごしてゐました、やうやくアトリエに落ちつきましたが、山口の生活をなつかしく思ひ出してゐます、 東京は予想通り乱雑で閉口です、

昭和27年(1952)10月29日 浅沼政規宛書簡より 光太郎70歳

浅沼政規は光太郎が7年間過ごした花巻郊外旧太田村の山小屋近くの山口小学校校長です。昨年亡くなった浅沼隆氏の父君でした。

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため上京したのが10月12日。その日は駒込林町の実家に一泊し、翌日、結局終焉の地となる中野の中西利雄アトリエに入りました。

中野に向かう前、実家にほど近い、かつて智恵子と過ごし、昭和20年(1945)の空襲で灰燼に帰したアトリエ兼住居の後を訪れています。

昨日も引用させていただいた、光太郎令甥の髙村規氏が、平成25年(2013)の碌山忌記念講演会「伯父 高村光太郎の思い出」で語った回想から。

それで、光太郎を連れてここへ行ったんですね。そしたらやっぱり板囲いなんですよ。でも木の節目やなんか外れたところがぽつぽつ穴があいているもんですから、光太郎は自分が二十四年間も智恵子さんと一緒にいた場所だし、二人で一所懸命新しい芸術のために努力した場所ですからやっぱり懐かしさも一入なんでしょうね。隙間から中を丹念に一ヶ所一ヶ所見て歩いているんですよ。こっちは学校へも遅れそうになっちゃうけどそんなことはまあいいやと思って。鼻が潰れそうになるくらいむきになって中を覗いているんですね。ああ気の毒になと思って。まだその頃は国民服に長靴っていう服装だったんですよね。それに帽子かぶって。当時は昭和二十七年で、僕の顔見知りはいませんでした。近くにいた近所のおかみさんだったかな、だんだん不思議そうな顔し出したんです。「誰かが土地を覗いている」っていうふうに思ったんでしょうね。おかみさんが光太郎に何か言ったら光太郎が気の毒だなと思って。そこへ飛んで行ってその奥さん連中に「あの人はね、高村光太郎っていって僕の伯父さんで、昔ここにあったアトリエに住んでて、『智恵子抄』で有名な智恵子さんと一緒にここにいた人で、今東京へ帰ってきてね、懐かしくて一所懸命自分の住んでた所を丹念に見てるんだから好きなようにさせといて」と言いました。光太郎は亡くなった智恵子さんを抱いて上がったこの階段を上がったり下りたりしてましたよ、何べんも何べんも。

昭和27年(1952)の時点では、アトリエ跡地はまだ空き地でした。建物部分は焼けて跡形もありませんでしたが、玄関前にあった大谷石の石段は残っていたそうです。画像は戦前、尾崎喜八の一家と。
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光太郎詩「火星が出てゐる」の一節をあしらったしおりを今月初めにご紹介しました。制作/販売はネット上でオンラインショップを展開なさっている小野屋善行商店さん。「文豪のしおり」「文豪スマホケース」「文豪アクリルキーホルダー」といった、昨今静かなブームの「文豪」ものをいろいろと扱われています。

過日入手したものは「少部数テスト販売」ということでしたが、同じ位置づけで光太郎作品の一節を使ってデザインされたしおりが3点出まして、ゲットしました。
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それぞれ詩が使われており、左から「寸言」(昭和10年=1935)の全文、前回と同じで色違いの「火星が出てゐる」(大正15年=1926)の一節、そして連作詩「とげとげなエピグラム」(大正12年=1923)中の一篇。3枚横に並べましたが、こうすると用紙の地紋の模様が連続するようになっているとのこと。紙質や印刷の状態もなかなかのものです。

大正末から昭和10年(1935)までということで、光太郎詩は自己の荒ぶる魂を獣たちや妖怪どもに仮託した連作詩「猛獣篇」も書かれていました。まだ日中戦争も始まって居らず、愚にもつかない翼賛詩篇の乱発にはいたっていない時代です。ただ、「猛獣篇」のノリで殺戮兵器である戦車をモチーフにした「無限軌道」が既に昭和3年(1928)には書かれているのですが。

当会の祖・草野心平らとの交流から、アナキズムやプロレタリア文学に一定の理解を示し、心情的には彼らのシンパに近かった光太郎ですが、その手の運動に深入りすることはありませんでした。

その方にとび込めば相当猛烈にやる方だからつかまってしまう。しかし自分には彫刻という天職がある。なにしろ彫刻が作りたい。その彫刻がつかまれば出来なくなってしまう。彫刻と天秤にかけたわけだ。(「高村光太郎聞き書」昭和30年=1955)

そうした内面のジレンマがいろいろな部分で表れているこの時期の詩群も、なかなかに読み応えがあって好きです。

さて、光太郎しおり、先述の通り「少部数テスト販売」で、現在はラインナップに入っていませんが、また増刷されて広く売られることを期待いたします。

【折々のことば・光太郎】

おてがみ届き、今月末日頃フアミリ帯同で来訪の由、やはりたのしみになります、その頃は外出せずに小屋にゐませう。炎暑の候なので此処の徒歩はとても無理ですから、花巻からタキシを約束して、往復を車にしてはどうでせう。少しは取られるでせうが。

昭和27年(1952)7月23日 髙村豊周宛書簡より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため秋に上京することとなり、そのための打ち合わせを兼ね、実弟の豊周夫妻、それから息女の珊子が花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れることになりました。豊周一家が信州に疎開して行った昭和20年(1945)3月以来の兄弟対面ということになります。

昨日は同じ千葉県内の市川市に行っておりました。目的地は行徳ふれあい伝承館さん。自宅兼事務所から愛車で1時間弱でした。
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光太郎やその父・光雲らと直接の関わりはありませんが、同時代の彫刻、工芸の関わりで。

同館、神輿(みこし)の制作を行っていた旧浅子神輿店を史料館的に活用しているもので、建物自体が国登録有形文化財です。
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古建築好きとしては、まずこの佇まいでアガります(笑)。
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浅子神輿店、当主が代々「浅子周慶」を名乗り、元は慶派の流れをくむ仏師だったそうです。
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下記は国会図書館さんのデジタルデータから。
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そこで、仏像も展示されていました。
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仏師としての主な仕事。
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明治20年(1887)発行の「東都諸工名誉五副対」。いわば名人番付のような。仏師として浅子の名が記されています。十三代目のようです。
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その真上に光雲の名も。
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光雲の肩書きは「仏師」ではなく「木彫」となっています。「ナカヲカチ丁一」は、駒込林町に移る前の明治19年(1886)から同25年(1892)まで暮らしていた仲御徒町一丁目37番地です。

光雲が師・東雲の元から独立したのが明治7年(1874)。維新後、国家神道の普及のため「神仏分離令」が出され、いわゆる廃仏毀釈の嵐が吹き荒れます。その結果、光雲は仏師としての仕事は立ちゆかなくなり、酉の市で熊手を売ったり、洋傘の柄や陶器の木型などを彫ったりして糊口を凌ぎました。一時は木彫から離れ、鑞型鋳金を学んだりもしました。しかし、再び彫刻刀を握る決意を固め、明治19年(1886)には東京彫工会創立の発起人となり、同年には龍池会の第七回観古美術会に「蝦蟇仙人」を出品。師の代作ではなく、初めて光雲の名で出品しました。したがってこの頃は、仏像も作ってはいたものの、もはや仏師とは言えなくなっていたということでしょう。

十三代浅子周慶はというと、やはり仏師としては先がおぼつかない、と踏んだのでしょうか、神輿制作を手がけるようになります。
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仏像制作も続けつつも、神輿の方が大当たりというわけです。それまでの神輿の形態を革新する部分もあったようで。

浅子による主な神輿の一覧。
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館内には新旧の神輿そのものや、各部分のパーツなどの作例も展示されています。
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なるほど、仏師の流れを汲んでいるというのがよく分かります。眼福でした。

ちなみに作例は少ないものの、光雲も神輿の彫刻を手がけました。

横浜伊勢佐木町の日枝神社さんの「火伏神輿」(大正12年=1923)。
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旧駒込林町の満足稲荷神社さん神輿(昭和4年=1929)と、子供神輿(同?)。
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ただし、これらは光雲個人というより工房作のような気がします。

さて、行徳ふれあい伝承館さん周辺は、空襲の被害も無かったようで(あるいはあったとしても軽微だったのでしょう)、古建築がいい感じに点在しています。
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裏手の方は旧江戸川。対岸はもう東京都です。
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工芸好き、古建築マニアの方など、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】006

ニホンゴ ハヨサノアキコノネツプ ウニイキテウゴ キテトビ テチリニキ


昭和26年(1951)5月26日 
中原綾子宛電報より 光太郎69歳

与謝野晶子没後十周年記念講演会への祝辞的に電報で送られた短歌です。のち、この年7月の雑誌『スバル』に漢字仮名交じりで掲載されました。


日本語は与謝野晶子の熱風に生きて動きて飛びて散りにき

昨年、中原綾子令孫から花巻市に光太郎からの書簡その他がごっそり寄贈され、その中にこの電報も含まれているとのこと。近々現物を拝見出来そうです。

昨日同様、昨年暮れに発行された雑誌のご紹介です。

小さな蕾 2025 2月号

発行日 : 2024年12月26日発売
版 元 : 創樹社美術出版
定 価 : 838円(税込)

【巻頭特集】●鍋島 上野コレクション
【第2特集】●高村光雲 木彫阿弥陀如来像 ◆加瀬 礼二
【展示紹介】
・仏教美学 柳宗悦が見届けたもの ◆日本民藝館企画展より
・古筆切-わかちあう名筆の美- ◆根津美術館企画展より
・仏・菩薩の誓願と供養者の願い ◆龍谷大学 龍谷ミュージアム特別展より
・千変万化-革新期の古伊万里- ◆戸栗美術館企画展より
・運慶 女人の作善と鎌倉幕府 ◆神奈川県立金沢文庫特別展より
【連載】
・明治の陶磁シリーズ73 世界が見惚れた京都のやきもの~明治の神業
 京都市京セラ美術館特別展より ◆後藤 結美子(京都市京セラ美術館)
・仏教美術の脇役たち172 流転 第二十四話 ◆松田 光
・逸品珍品を語る48 明治版タブレット 石盤と石筆 ◆北川 和夫
・骨董拾遺選10 貧数寄コレクターの呟き 2024年を振り返って思うこと
-中国・遼三彩の陶枕- ◆伊藤 マサヒコ
・江戸絵皿の絵解き13 北斎漫画を謎解く 江戸絵皿事典 ◆河村 通夫
・政治と書40 宮島詠士 清朝継承者の工と文 ◆松宮 貴之
・近世長崎の発掘陶磁6 ◆扇浦 正義
・絵のある待合室135 馬3題 ◆平園 賢一
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蕾特選サロン
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004古美術・骨董愛好家対象の雑誌『小さな蕾』さん最新号。古美術蒐集家・加瀬礼二氏という方による「高村光雲 木彫阿弥陀如来像」という記事が載っています。

紹介されている阿弥陀如来像、年銘が入っておらずいつのものか不明ですが、実にいいお姿をされています。正面から撮られた右画像以外にも別角度からのショット、光雲の銘や台座部分の拡大写真なども掲載されていました。

銘を見ると、工房作ではなく光雲が一人で手がけたものと推定されます。その銘も加瀬氏曰く「文字の確かさ、まるで毛筆で記名したように刻る」。的確な評です。光雲レベルになると、彫刻刀も筆と同様に意のままになるのでしょう。

光雲には阿弥陀如来像の作例は多くなく、当方、広島の耕三寺博物館さん所蔵のものを見たことがあるだけです。その意味でも興味深く拝読いたしました。

昨日ご紹介した芸術新聞社さんの『墨』が複数回光太郎書を取り上げて下さったのと同様、こちらの『小さな蕾』はたびたび光雲作品を紹介して下さっています。ありがたし。
 『小さな蕾』2021年9月号。
 『小さな蕾』2024年2月号。

ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

春になつたら山へカマを築いて食パンを一週間分づつ焼きたいと思つてゐます。

昭和26年(1951)3月1日 神保光太郎宛書簡より 光太郎69歳

結局、実現には到りませんでしたが、こんなことも考えていました。当時の岩手では光太郎の口に合うパンがなかなか入手出来なかったためでした。

2ヶ月経ってしまいましたが、新刊です。著者はお世話になっている藤井明氏。小平市平櫛田中彫刻美術館さんの学芸員です。

明治・大正・昭和 メダル全史

発行日 : 2024年10月25日
著 者 : 藤井明
版 元 : 国書刊行会
定 価 : 12,000円+税

はじめての日本メダル大図鑑!
手のひらに載せれば心地よい金属の重みと質感を湛える、美しき世界――
明治初めに誕生し、大正に一大ブームを迎えるメダル。
オリンピック、高校野球、箱根駅伝、内国博覧会、皇室のご即位・ご成婚、従軍記章、創立記念、あるいはグリコのおまけ……
多種多様のメダルが製造され、なかには畑正吉、日名子実三、朝倉文夫、あるいは岡本太郎など美術家が関わりユニークで芸術性の高いものもある。
賞牌、勲章、記章、コインの類義語としてこれまであいまいにされてきた存在を、約280点のメダルと豊富な資料により、日本の近代化とともに歩んだ歴史と美術的価値を与えて詳らかにする、初のメダル集成。
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目次
 [プロローグ]メダルとは何か
 ようこそメダルの世界へ/メダルの名称
 i章 メダル事始
  1. 日本メダル前史
  2. メダルのはじまり
  3. 徽章業の誕生と発展
  §コラム1 西洋のメダル
 ii章 活用されゆくメダル
  1. 博覧会のメダル——文明開化のかがやき
  2. 皇室の祝賀
  3. 学校のメダル——「皆さん勉強なさい メダルを上げます」
  4 .会社・店舗のメダル
  5. 啓発のメダル
  §コラム2 初期デザインと様式
 iii章 メダルブームの到来
  1. 航空のメダル——大空に賭けた夢のかけら
  2. スポーツのメダル——ああ栄冠は君に輝く
  3. 活気づく徽章業
  4 .コレクターの出現
  5. 子どもたちの憧れ
  6. メダル事件簿
  §コラム3 オリンピックのメダル
 iv章 彫刻家とメダル
  1. メダルと彫刻
  2. 岩村透と畑正吉
  3. 日名子実三と構造社
  4. その他の作家たち
  5. 肖像メダル
  §コラム4 ノーベル賞のメダル
 v章 戦争とメダル
  1. 戦時下のメダル
  2.「桃太郎さがし」とメダル
  3. 戦時下の徽章業
  4. 今日のメダル
  §コラム5 メダルコレクターの素顔
 [エピローグ]ふたたびメダルとは何か
 注/主要参考文献/掲載図版一覧

表紙画像と目次、さらには紹介文でおおよそお判りかと存じますが、とにかく「メダル」です。250ページ超、ほぼオールカラーで、これでもかこれでもか、と、各種のメダルの図版が次々に。それぞれに解説も。紹介文に依ればその数約280点。さらに表裏双方の画像が掲載されていたり、メダルそのもの以外の関連する画像も豊富に収録されたりしています。

しかし、そもそも「メダル」っていったい何だ? ということになります。そのあたり、「プロローグ」で述べられていますが、「勲章」や「賞牌」といった、似たものとの線引きが曖昧ですね。さらに「貨幣」も絡んできたり……。そこで、勝手な想像ですが、約280点の紹介を通し、いわば帰納法的に「こういうものだ」とするという意図もあるのかな、と思いました。

さて、我らが光太郎の制作したメダルも4点、紹介されています。
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掲載順に並べましたが、左上が岩波書店の岩波茂雄に依頼されて造った同社の社章「種蒔く人」(昭和8年=1933頃)。右上は「園田孝吉像」(大正4年=1915)。左下に「嘉納治五郎像」(昭和9年=1934))、右下で「大町桂月像」(昭和28年=1953)。

「種蒔く人」は、岩波書店の岩波茂雄に依頼されて造った同社の社章。ただし不採用となりました。岩波が嫌っていた軍国主義っぽいと言う理由でした。しかし、「ボツになった」という事実も忘れられつつあるようで、現在の岩波書店さんでは社章は光太郎に作って貰った的な受け止め方でいます。そのあたり、くわしくはこちら

「園田孝吉像」。園田は十五銀行の頭取。同時に大きな胸像も制作されました。光太郎がアメリカ留学中に知り合った同行行員の熊井運祐、佐藤五百巌の斡旋で作られました。胸像の方は、信州安曇野の碌山美術館さんで展示されることがあります。

「嘉納治五郎像」は、「メダル」と言っていいのかどうか、当方としては疑問が残ります。縦長の長辺が20センチ超で、一般的な「メダル」よりかなり大きいので。ちなみに存命人物の肖像をやや苦手としていた、光太郎の父・光雲の代作です。画像はおそらく髙村家に遺された原型を元に、新たにブロンズで鋳造したもの。当方、制作当時のものを入手しましたが、ブロンズではなく石膏着色と思われます。ブロンズと比べ、恐ろしく軽いので。抜きが甘く、あまりいい出来ではありません。
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同様の光雲の代作として、「徳富蘇峰胸像」(昭和7年=1932)があります。こちらも入手しまして、先月、中野区のなかのZEROさんで開催された「中野を描いた画家たちのアトリエ展Ⅱ」に出品いたしました。
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こちらはきちんとブロンズで、重量があります。頒布は翌昭和8年(1933)、その際の趣意書もついていました。光太郎が代作したものなのに、光雲が如何に素晴らしいかといった記述に溢れ、こうしたインチキがまかり通っていたのですね(現代でも似たようなケースがありそうですが)。サイズ的には「嘉納治五郎像」とほぼ同じ。これも「メダル」と言っていいのかどうか……と感じます。

閑話休題。最後は「大町桂月像」。「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」除幕式の際に関係者に配付されたもので、光太郎生涯最後の完成作です。上の画像は原型。鋳造されたメダルは十和田湖畔の観光交流センターぷらっとさんに展示されています。
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『明治・大正・昭和 メダル全史』。他に、名のある彫刻家、工芸家、画家等が原型を制作したメダルも多数。畑正吉、日名子実三、齋藤素巌、陽咸二、藤井浩祐、朝倉文夫、荻原守衛、戸張孤雁、藤井達吉、岡田三郎助、北村西望、小杉未醒(放菴)、香取正彦、武石弘三郎などなど。

しかし、それらより圧倒的に多いのは、名も無き職人さん達の作。かえってそちらの作品群の方が、当時の世相や世の中の需要などを如実に反映しているようにも見えました。

なかなか高価なものですが、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

三十日から三日まで山形へゆき、酒の御馳走になつてきました、蔵王山麓が美しくみえました、 ここではもう冬です、


昭和25年(1950)11月8日 草野心平宛書簡より 光太郎68歳

山形では県総合美術展覧会の批評、講演会を二回行いました。このうち、山形市教育会館で開催された方を、渡辺えりさんの御両親が聴かれたそうです。

一昨日届きまして、半分ほど読んだところです。

ルポ 国威発揚 「再プロパガンダ化」する世界を歩く

発行日 : 2024年12月10日
著 者 : 辻田真佐憲
版 元 : 中央公論新社
定 価 : 2,400円+税

何がわれわれを煽情するのか? 北海道から沖縄までの日本各地、さらにアメリカ、インド、ドイツ、フィリピンなど各国に足を運び、徹底取材。歴史や文化が武器となり、記念碑や博物館が戦場となる――SNS時代の「新しい愛国」の正体に気鋭が迫る!
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目次
はじめに
【第一部】個人崇拝の最前線 偉大さを演出する
 第一章 トランプの本拠地に潜入する 米国/トランプタワー
 第二章 親日台湾の新たな「聖地」 台湾/紅毛港保安堂、桃園神社
 第三章 安倍晋三は神となった 長野県/安倍神像神社
 第四章 世界一の巨像を求めて インド/統一の像
 第五章 忘れられた連合艦隊司令長官 佐賀県/陶山神社、奥村五百子女史像
 第六章 「大逆」の汚名は消えない 山口県/向山文庫、伊藤公記念公園
【第二部】「われわれ」の系譜学 祖国を再発見する
 第七章 わが故郷の靖国神社 大阪府/伴林氏神社、教育塔
 第八章 消費される軍神たち 長崎県/橘神社、大分県/広瀬神社
 第九章 自衛隊資料館の苦悩 福岡県/久留米駐屯地広報資料館、山川招魂社
 第十章 「日の丸校長」の神武天皇像 高知県/旧繁藤小学校、横山隆一記念まんが館
 第十一章 旧皇居に泊まりに行く 奈良県/HOTEL賀名生旧皇居、吉水神社
 第十二章 「ナチス聖杯城」の真実 ドイツ/ヴェーヴェルスブルク城、ヘルマン記念碑
 第十三章 感動を呼び起こす星条旗 米国/マクヘンリー砦、星条旗の家
【第三部】燃え上がる国境地帯 敵を名指しする
 第十四章 祖国は敵を求めた ドイツ/ニーダーヴァルト記念碑
 第十五章 「保守の島」の運転手たち 沖縄県/尖閣神社、戦争マラリア慰霊碑
 第十六章 観光資源としての北方領土 北海道/根室市役所、納沙布岬
 第十七章 「歴史戦」の最前線へ 東京都/産業遺産情報センター、長崎県/軍艦島
 第十八章 差別的煽情の果てに 京都府/靖国寺、ウトロ平和記念館
 第十九章 竹島より熱心な「島内紛争」 島根県/隠岐諸島
 第二十章 エンタメ化する国境 インド/アタリ・ワガ国境、中国/丹東
【第四部】記念碑という戦場 永遠を希求する
 第二十一章 もうひとつの「八紘一宇の塔」 兵庫県/みどりの塔
 第二十二章 東の靖国、西の護国塔 静岡県/可睡齋
 第二十三章 よみがえった「一億の号泣」碑
 岩手県/鳥谷崎神社、福島県、高村智恵子記念館
 第二十四章 隠された郷土の偉人たち 秋田県/秋田県民歌碑、佐藤信淵顕彰碑
 第二十五章 コンクリートの軍人群像 愛知県/中之院、熊野宮新雅王御塋墓
 第二十六章 ムッソリーニの生家を訪ねて イタリア/プレダッピオ
 第二十七章 記念碑は呼吸している ベトナム/マケイン撃墜記念碑、大飢饉追悼碑
 第二十八章 けっして忘れたわけではない 
フィリピン/メモラーレ・マニラ1945、バンバン第二次大戦博物館
【第五部】熱狂と利害の狭間 自発的に国を愛する
 第二十九章 戦時下の温泉報国をたどる 
和歌山県/湯の峰温泉、奈良県/湯泉地温泉、入之波温泉
 第三十章  発泡スチロール製の神武天皇像 岡山県/高島行宮遺阯碑、神武天皇像
 第三十一章 軍隊を求める地方の声 新潟県/白壁兵舎広報史料館、高田駐屯地郷土記念館
 第三十二章 コスプレ乃木大将の軍事博物館 栃木県/戦争博物館、大丸温泉旅館
 第三十三章 「救国おかきや」の本物志向 兵庫県/皇三重塔、中嶋神社
 第三十四章 右翼民族派を駆り立てる歌 岐阜県/「青年日本の歌」史料館
 第三十五章 郷土史家と「萌えミリ」の威力 
熊本県/高木惣吉記念館、軽巡洋艦球磨記念館
総論
あとがき
地図
参考文献 

日本全国、そして海外のいわば「キナ臭い」場所を訪れてのレポートです。目次を見れば自ずと著者の辻田氏のスタンスは見えてくるでしょう。

さらに「まえがき」から。

 愛国的な物語や神話のたぐいは「つくられた伝統」だと批判され、ファクトにもとづかない俗説としてすぐに切って捨てられやすい。だが、歴史や社会はしばしばその俗説とされるものに動かされてきた。
 たとえば、神武天皇が唱えたとされる八紘一宇(はっこういちう)という理念は、歴史の専門家からは取るに足りないものと笑われるのかもしれない。だが、この理念ほど日本社会に影響を与えたものも少ないのであって、それにくらべれば最新の学説なるもののほうがかえって蜉蝣(かげろう)の命に過ぎない。
 そのため本書では、国威発揚にまつわるものごとを頭ごなしに否定しない。ただし、それを手放しで礼讃することもしない。言い換えれば、「二流」「三流」と見下される史跡にも真剣に向き合い、それを軽視することなく、と同時にそれに飲み込まれることなく、内部に取り込んでいく。こうした取り組みこそが、戦後八〇年と昭和一〇〇年の節目を迎えようとする今日、きわめて重要だと考えるからである。


また、ある章の末尾には、

 わたしはかつて『「戦前」の正体』という本のなかで、戦前の日本を六五点と評価したことがある。過去を採点するなどという傲慢な行為をあえてしたのは、ここで述べたような戦前と戦後の適切な接続を試みたかったからにほかならない。
 戦前の評価となると、ひとつの過ちも認めず一〇〇点満点をつけて恥じない右派と、完全に暗黒時代だと断じて〇点をつけて憚らない左派にわかれやすい。だが、欧米列強の侵略に対抗して、あの短期間で近代国家を築き上げた功績をまったく否定することはできない。かといって、その過程で問題行為がまったくなかったというのも無理があろう。そこで、反省すべきは反省し、継承すべきは継承するという是々非々の立場を取るべきということで、六五点という数字をつけたのである。

とあります。辻田氏のバランス感覚がよく表されています。六十五点には異論もありましょうが。

さて、われらが光太郎。「第二十三章 よみがえった「一億の号泣」碑」で、花巻市役所近くの鳥谷崎(とやがさき)神社さんにある「一億の号泣」詩碑がメインで扱われています。「一億の号泣」は鳥谷崎神社で終戦の玉音放送を聴いた体験を描いた詩です。

この章、昨年発行された『文學界』2023年11月号に掲載の連載「煽情の考古学」の第二十二回「花巻に高村光太郎の戦争詩碑を訪ねる」に加筆したものでした。本書全体としては「煽情の考古学」プラス他誌に載った玉稿も取り入れられています。

目次にはありませんが、花巻郊外旧太田村の高村山荘(光太郎が七年間過ごした山小屋)、隣接する高村光太郎記念館さんもレポートされています。

そして、福島二本松の智恵子生家/智恵子記念館さん。直接的には戦争に関わる展示はありませんが、智恵子が遺した紙絵の中に、光太郎の父・光雲が原型を手がけた皇居前広場の楠木正成像をモチーフとした作品があり、「まるでその後の光太郎の歩む道を暗示しているかのようだった」。
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なるほど。

その光雲については、一つ前の章「第二十二章 東の靖国、西の護国塔 静岡県/可睡齋」で触れられています。日清戦争がらみで建てられた「活人剣の碑」についてです。

同碑に関してはこちら。
 光雲関連報道。
 光雲関連追補。
 「<活人剣の碑>来月完成 李鴻章と軍医、交友の証し 袋井」。
 活人剣の碑 紙芝居に 地元有志ら、小中学校へ贈呈 袋井 /静岡
 静岡袋井「YUKIKO展(可睡齋の「活人剣物語」と地域の昔話他)」。

それにしても、目次の通り北は北海道から南は沖縄まで、さらに海外と、こんなにたくさん廻ったのかと、脱帽です。まさに労作。それから、ルポに登場する人々。箱物であればその館長さんやらキュレーターさんやら、神社であれば宮司さん、タクシー運転手の方(地元民代表的な)等々。ほんとに世の中にはいろんな人がいるもんだと時に呆(あき)れたりもしました。

ところで今日は太平洋戦争開戦の日。辻田氏曰くの戦前と戦後の連続性、非連続性といった点、まだまだ検証が必要な事柄だと思いますし、今後もそれが変容していくまさにリアルな流れの中に我々が置かれているわけで、他人事ではありませんね。

というわけで、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

抽象美もさる事ながら、人間の具象に対する慾求本能は時代の如何に拘らず強大なものと存ぜられます、


昭和25年(1950)9月2日 西出大三宛書簡より 光太郎68歳

あくまで具象彫刻にこだわった光太郎ならではの言です。

だからといって、『ルポ 国威発揚 「再プロパガンダ化」する世界を歩く』でいくつも取り上げられている銅像など全てがいいものとは思えませんが。

11月23日(土)、都内3ヶ所を巡りましたが、まず最初に訪れたのが荒川区の荒川ふるさと文化館さん。こちらで「令和6年度荒川ふるさと文化館企画展「鋳造のまち日暮里—銅像の近代—」」が開催中です。

「銅像」「近代」とくれば、光太郎や光太郎の父・光雲、もしかすると光雲三男にして光太郎実弟の豊周にも関わるかと思っていたのですが、ネット上の情報ではそのあたりが不分明で、事前にはご紹介していませんでした。

そこで突撃取材。
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事前に得ていた情報では、荒川区日暮里周辺には鋳造工場が多く、近代の銅像にはこの地で鋳造されたものが少なからず存在し、それぞれの工場の職人にスポットを当てる展示とのこと。

銅像の場合、一般の認識はまず「誰の姿をかたどった像であるか」。「西郷隆盛の像」「楠木正成の像」というふうに。多くはそこで終わってしまいます。一定以上の興味を持つ人々は「原型の彫刻作者は誰か」まで考えます。まぁ、普通はせいぜいここまでですね。「鋳造を誰が手がけたか」まで気にする人はほとんどいません。そこまでの情報もあまり公表されておらず、当方にしたところで、銅像ではない彫刻作品であっても、光太郎や光雲が原型を作ったものの鋳造者がそれぞれ誰であるか、そのすべてを把握しているわけではありません。

ちなみに光太郎のブロンズは、光太郎生前であればその多くは実弟の豊周が手がけ、戦後は豊周弟子筋の齋藤明、西大由などの手になるものが目立つ感じです。光雲が主任となって制作された「西郷隆盛像」「楠木正成像」などは、岡崎雪声。彼等は他人の彫刻原型を鋳造することもしましたが、自分でもオリジナルの鋳金作品を制作発表し、その方面で名を成している人々です。

今回の展示はそういった面々ではなく、純粋な「職人」がメイン。「名も無き」というと失礼ですが、いわば「地上の星」のような存在です。

まず館内に入ると、受付より手前のロビーにパネル展示。日暮里に工房を構えた職人達の手がけた銅像の写真と、関わった職人達の名。
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全く不勉強だったと反省させられました。恥ずかしながらほとんど名を存じませんでした(一人二人、何となく記憶の底に引っかかる名はありました)。原型制作者の彫刻家はもちろん知っていましたが。

このコーナーを過ぎ、受付で観覧料100円(もっと取っていいよ、という感じですが(笑))を払い、展示室内へ。

彼等が関わった「銅像」に関してのパネル展示がメインでしたが、一部、銅像ではない小品で実際の鋳造作品も並んでいました。また、古書籍や文書等も。

ざっと見たところ、光太郎や豊周の名は見つかりませんでしたが、光雲の名はあちこちに。
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昭和3年(1928)に刊行され、全国の銅像について写真入りで紹介している『偉人の俤(おもかげ)』という書籍。「西郷隆盛像」「楠木正成像」、ともに鋳造者としては岡崎雪声の名が伝えられていますが、その助手として働いたのが日暮里に工房を構えていた平塚駒二郎という職人だったそうです。特に西郷像の方は校長の岡倉天心がバッシングされた美術学校騒動で岡崎が連袂辞職してからは、平塚が中心になって進められたとのこと。全く存じませんでした。
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秋田の千秋公園にかつてあった佐竹義堯像。こちらは安部胤斎という職人が鋳造したそうです。

購入した図録によると、安部は光雲作品の鋳造を他にも手がけています。そのため、安部の名だけは何となく記憶に残っていましたが、あれもこれも安部の鋳造だったか、という感じでした。
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左は福井にあった大和田荘七銅像。ちなみに大和田荘七は俳優の大和田伸也さん・貘さんご兄弟のご先祖様です。右上でトーハクさん所蔵の銅製聖徳太子像

右下の長尾精一像は、佐竹像、大和田像同様、戦時の金属供出で失われましたが、光雲による塑像原型が残っていたことがわかり、つい先日、千葉大学さん亥鼻キャンパス内に再建されました。画像はX(旧ツイッター)投稿から。
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キャンパス内に入れてもらえるのであれば見に行こうと考えていた矢先でしたので、実に驚きました。

下は安部に関する展示パネル、それから図録表紙。
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図録はほぼほぼオールカラー100ページ近くで、何と510円。情報量満載で実にお買い得です。

詳しく経緯が書かれている、仙台青葉城に立つ、かの伊達政宗像も日暮里の「伊藤美術研究所」で鋳造されたことなど、全く存じませんでした。

ただ、この方面、まだまだいろいろ解明が進んでいないようです。「伊藤美術研究所」にしても、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の鋳造を手がけた伊藤忠雄が関わっているはずなのですが、こちらでは伊藤和助という職人に関してがメイン。和助と忠雄の関係など、当方も存じません。和助が先代で、忠雄が二代目なのかな、などと推理しているのですが、そのあたりご存じの方、ご教示いただければ幸いです。

また、図録表紙にも使われ、昭和15年(1940)、皇居ちかくに建てられた和気清麻呂像。こちらの原型は光雲孫弟子の佐藤朝山(のち玄々・本名は清蔵)が作ったはずで、光太郎もこの像を好意的に評したりしていたのですが、今回の展示では佐藤の名が見あたりません。図録にはほんの少し記述がありましたが。
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今後、この方面の研究がもっと進むことを期待します。

さて、展示の概要を。

令和6年度荒川ふるさと文化館企画展「鋳造のまち日暮里—銅像の近代—」

期 日 : 2024年10月26日(土)~12月1日(日)
会 場 : 荒川ふるさと文化館 東京都荒川区南千住6-63-1
時 間 : 9時~17時
休 館 : 月曜
料 金 : 100円

本展では、昭和5年の日暮里町生産品展覧会に出品された獅子形の香炉「獅子(制作年不明)」や堀川次男氏制作の鋳造「堀川子之吉胸像(昭和32年制作)」のほか「伯爵大隈重信閣下御寿像(明治45年制作)」、「工学博士原龍太氏之像(大正3年制作)」、「和気清麻呂像完成記念写真(昭和15年)」の縦4メートルの巨大バナーなどが展示されています。また鋳造家の家に伝わった銅像完成時の貴重な古写真等も展示しています。現在の伝統工芸につながる日暮里にいた鋳造の職人の幅広い仕事ぶりがわかる企画展となっています。

また、「あらかわの伝統工芸—金工・諸工芸—」展(10月11日(金曜)~令和7年3月12日(木曜))とあらわ座市(伝統工芸品の展示・解説・販売)(11月2日(土曜)~4日(月曜・振休))も同時期に開催します(無料)。
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ちなみに別途料金無しで常設展示も拝観可。昔の下町の街並みが再現されており、いい感じです。
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お隣には由緒ありそうな千住天王素盞雄神社さん。
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色づいたイチョウが実に見事でした。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

今日ラジオで金閣寺全焼の報をききびつくりしました。あの建築は大していいものではありませんが。

昭和25年(1950)7月2日 草野心平宛書簡より 光太郎68歳

言われてみれば、この年だったのですね。

テレビ放映情報です。

日曜美術館「まなざしのヒント 埴輪」

地上波NHK Eテレ 2024年11月10日(日) 9:00~9:45  
         再放送 11月17日(日) 20:00~20:45 
  
美術の楽しみ方を展覧会場で実践的に学ぶ「まなざしのヒント」。今回のテーマは「埴輪」。現在東京国立博物館で開催中の展覧会には、「挂甲の武人」や「踊る人々」など誰もが一度は見たことのある名品が勢ぞろい。美術の視点で見る埴輪の魅力とは?学芸員の解説を聞きながら井浦新さん、片桐仁さんと一緒にじっくりと鑑賞します。さらに東京国立近代美術館で開催中の展覧会から、埴輪と日本人の深いつながりも紹介します。

出演者
【司会】坂本美雨 守本奈実  【出演】井浦新 片桐仁
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上野の東京国立博物館さんで開催中の「挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」」がメインのようですが、竹橋の東京国立近代美術館さんでの企画展「ハニワと土偶の近代」も取り上げられるようです。

トーハクさんの展示は国宝の「挂甲の武人」埴輪をはじめ、100体超の埴輪そのものがずらっと並んでいますが、MOMATさんの方は近現代に於ける社会史・美術史上での埴輪の受容のあり方をさぐるもの。コンセプトが異なります。

レポーター的に井浦新さんと片桐仁さん。井浦さんはかつて同番組の司会者でもあらせられ、当方も制作にご協力した平成25年(2013)の「智恵子に捧げた彫刻~詩人・高村光太郎の実像~」のスタジオ収録の際にお目にかかりました。もう10年以上経つかという感じですが。

片桐さんも多摩美術大学さんのご出身で、アートに関して一家言お持ちです。令和3年(2021)に地上波TBSさん系で放映された「マツコの知らない世界」では、大阪御堂筋の光太郎作品「みちのく」(十和田湖畔の裸婦群像のための中型試作)をご紹介下さいました。
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ついでですので「ハニワと土偶の近代」展に関し、『日本経済新聞』さんの記事。

「ハニワと土偶の近代」展 時代の願望を映す古代ブーム

 博物館や教科書で、誰もが見たことがあるだろう。日本の考古遺物のハニワと土偶。実はその造形美に光があてられるのは近代になってからのことだ。戦前・戦後の「古代ブーム」は何を映し出すのか。丹念に検証する展覧会が東京国立近代美術館で開催中だ。
 「ハニワと土偶の近代」展の企画者の1人、花井久穂・主任研究員は2019年に「土を掘り起こす」のテーマでコレクション展示を手掛けた。
 1950〜60年代の日本美術にハニワや土偶など考古遺物のモチーフが数多いことに着目。各地の発掘調査や戦後の復興の過程で数多く出土し、イサム・ノグチや岡本太郎らが再評価した背景を紹介した。戦後にフォーカスした前回展を、戦前、そして現代へと射程を広げたのが本展だ。
 一般の市民には長く忘れられていたハニワや土偶が、日本文化の象徴的存在となる。明治の近代化はそのきっかけの一つだった。
 天皇制の「万世一系」を重要視する明治政府が古墳の調査・発掘を推し進め、日清・日露戦争後の好況下、土地の開発も進み出土が相次ぐ。海外進出をもくろむ日本のイメージアップにも一役買った。10年にロンドンで開催された日英博覧会に関する資料が出品されている。考古遺物を紹介する日本のパビリオンの写真、そして博覧会を記念して発行されたグラフ誌。表紙には笑みを浮かべる巫女(みこ)のハニワと富士山が描かれている。
 12年に明治天皇が崩御すると、古墳にならった伏見桃山陵の築造が京都で始まる。千数百年途絶えていたハニワ作りも復活。彫刻家の吉田白嶺(はくれい)が陵に納める新作ハニワを手掛けた。京都の画家、都路(つじ)華香(かこう)も造営の進捗を伝える日々のニュースに触れていたろう。屛風画「埴輪」は古代の情景を題材にしつつ、現在進行形で起きていたブームの高揚感を伝える。
 戦前・戦中に、ハニワは仏教伝来以前の「純粋」な日本文化の造形ととらえられたという。「われわれの祖先が作った埴輪の人物はすべて明るく、簡素質樸(しつぼく)であり、直接自然から汲み取った美への満足であり、いかにも清らかである」(日本文学報国会の詩部会長を務めた高村光太郎)
 小学生向けの日本建国童話集、皇紀2600年を祝う記念塔の装飾、ハワイの真珠湾攻撃を描いた報国はがきの切手――。社会の隅々にそのイメージが浸透していたことがわかる。蕗谷(ふきや)虹児(こうじ)の「天兵神助」は、戦意高揚の目的で開催された航空美術展の出品作だ。古代の武具を身につけた武人が力尽きた航空兵をひざに抱く。古墳時代に墳墓を守る存在として作られたハニワが、「神国」日本の守護神としてよみがえった一例である。
 シンプルで素朴なハニワや土偶の美は、戦前から戦後を通して芸術家たちを魅了した。斎藤清、猪熊弦一郎、イサム・ノグチ、石元泰博らモダニズムを代表する版画家、画家、彫刻家、写真家の作品が多数、出品されており見どころの一つだ。
 50年代から60年代に制作されたものが多いのには、様々な理由がありそうだ。55年に東京国立博物館で開かれた「メキシコ美術展」は、自国の古代文明や歴史に着想した当時のメキシコの現代美術を紹介。その力強い表現は、古事記を題材にした芥川(間所)紗織ら多くの芸術家を鼓舞した。
 ピカソやマティスがアフリカ美術などを参照したことで、原始の美への注目も高まっていたろう。ハニワの「たくまざる表現」に「世界性」を見いだし、「近代の最高の美」ではないかと猪熊弦一郎は称賛した。
 最終章はサブカルチャーへの広がりにも着目する。66年、武神が登場する映画「大魔神」シリーズ公開。80年代にはNHKの幼児番組「おーい!はに丸」で武人や馬のハニワのキャラクターが人気を博す。SF・オカルトの流行にも押され、「ゆるかわ」なマスコットキャラクターを好む国民に広く受け入れられた。
 対外的な日本のイメージの発信、民族意識や愛国精神の強化、モダニズムとの融合。ハニワや土偶のリバイバルには、それぞれの時代の理想や願望が託された。では幾たび目かの「古代ブーム」ともいわれる今、素朴な造形は何を映し出すのだろう。鋭い問いかけをはらむ意欲的な企画展だ。12月22日まで。
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番組内で、15年戦争時に光太郎が書いた「その面貌は大陸や南方で戦つてゐるわれらの兵士の面貌と少しも変つてゐない。その表情の明るさ、単純素朴さ、清らかさ。これらの美は大和民族を貫いて永久に其の健康性を保有せしめ、決して民族の廃頽を来さしめないところの重要因子である。」といったあたりが紹介されるかどうかというところですが、ぜひご覧下さい。

ところでテレビ番組ついでに、繰り返し放映されているものですが、以下もありますのでよろしく。

10min.ボックス現代文 道程(高村光太郎)

地上波NHK Eテレ 2024年11月13日(水) 06:00〜06:10

中学・高校で学ぶ文学作品の魅力を10分間でコンパクトに解説します。朗読は、元NHKアナウンサーの加賀美幸子さんです。20年近く前に制作されましたが、最新の映像技術により、高画質のハイビジョン映像でお楽しみいただけます。今回は、高村光太郎の詩人としての代表作「道程」。詩の完成までの経緯を紹介するとともに、様々な人に、この詩を自由に解釈してもらい、その人なりの朗読を聞かせてもらいます。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭

BSテレ東 2024年11月8日(金)  17:56〜19:00

「もしもピアノが弾けたなら」西田敏行 「翼をください」紙ふうせん 「夜空」五木ひろし
「さざんかの宿」大川栄策 「ここに幸あり」大津美子 「逢いたくて逢いたくて」園まり
「演歌みち」松原のぶえ 「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子
「リンゴの花が咲いていた」佐々木新一 
「津軽恋女」新沼謙治
「北上夜曲」松平直樹 多摩幸子 「荒城の月」ボニージャックス
「智恵子抄」二代目コロムビアローズ 「相馬盆唄」大塚文雄 「大利根月夜」三山ひろし
「潮来育ち」古都清乃 「ミッキーマウス・マーチ」音羽ゆりかご会 「さんぽ」井上あずみ
「INORI〜祈り〜」クミコ 「また逢いませう」畠山みどり
「夜明けのメロディー」ペギー葉山 
「下町の太陽」倍賞千恵子
「あの街に生まれて」西田敏行 「北国の春」出演者全員

【折々のことば・光太郎】

中央公論社か創元社から小生の戦後詩集を単行本として出版する気になりました。

昭和25年(1950)4月18日 宮崎稔宛書簡より 光太郎68歳

若い頃からの詩を集めた選集的なものを除くと光太郎生前最後の詩集となった『典型』を指します。
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昭和22年(1947)に雑誌『展望』に発表した連作詩「暗愚小伝」を含み、戦時中の愚昧だった自己に対する反省、皇国史観からの脱却、世界的視野の獲得といった再生の姿が見て取れます。

以前にも書いた気がするのですが、この『典型』、奥付の発行日が10月25日となっています。遡って大正3年(1914)の第一詩集『道程』も奥付の発行日が10月25日。狙ったのか、偶然なのか、判然としませんが。

2泊3日の行程を終えて、昨日、光太郎第二の故郷・岩手花巻より帰って参りました。都度都度、レポートいたしましたが、書ききれなかった件等を。

10月27日(日)、「令和6年度高村光太郎記念館企画事業 対談 光太郎と花巻賢治子供の会」に出演のため訪れた東北本線花巻駅前のなはんプラザさん。
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午後からの本番に向け、午前中に会場設営を行い、それが終わったところで館内をぶらぶら。すると、一階ロビーでこんな看板を見つけました。阿部正介氏という方の作品だそうで。
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「切り絵「昔の花巻展」」。3階の展示コーナーで開催中とのこと。光太郎が7年間の蟄居生活を送った山小屋・高村山荘もあるじゃん、というわけで、早速拝見に。
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ずらっと10点の色鮮やかな切り絵作品が並んでいました。

雪に覆われた高村山荘。
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よく見ると(よく見なくても(笑))、入口には光太郎の姿も。
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石ノ森章太郎先生の「サイボーグ009」に出てくる死の商人「ブラックゴースト」の首領・スカール(じつは自身もサイボーグで傀儡でしたが)か、と突っ込みたくなりましたが(笑)。
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他にも光太郎ゆかりのスポットが。

光太郎も愛した大沢温泉さんにかつてあった建造物。
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当方手持ちの古絵葉書。
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今の山水閣さんの新しい建物がある一角だと思うのですが、これが残っていないのは残念です。

光太郎が訪れ、息女・聡子さんのピアノ演奏を聴かせてもらった旧菊池捍(まもる)邸
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光太郎にピアノ演奏を聴かせた聡子さんは、今回の対談のメインテーマ「花巻賢治子供の会」の児童劇で、劇中歌の作曲も担当していました。
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宮沢賢治がらみも。
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帰ってから調べましたところ、作者の阿部正介氏、元は市の職員であらせられたそうで、これまでも同じなはんプラザさんや市内の図書館、宮沢賢治イーハトーブセンターさんなどで作品展が繰り返し開催されていました。

花巻にはこの手の作品の題材となる建造物等がかなり現存していますし、観光推進のためにも、さらなるご活躍を期待したいところです。

ところで、このコーナーの裏側では、こんな催しも。いわずもがなですが、大谷翔平選手は花巻東高校さんのご出身ですので。
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この日は第2戦。
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意外と人がまばらでした。皆さん、ご自宅などでBSの放映をご覧になっていたのではないでしょうか。旅人の当方としてはありがたいところでした。

ちょうど9回表のヤンキースの反撃の場面で、大谷選手、山本投手を擁するドジャースは1点返され4-2、なおも2死満塁のピンチ。「うわぁ~」と思いながら観ました。しかし、最後の打者が中飛に倒れ、「よっしゃ~」。

大谷選手は走塁の際のアクシデントで負傷とのことでしたが、今日も先発出場だそうで、大事に至っていないことを祈念いたしております。

ちなみに花巻の街は、どこへいっても大谷一色。

新花巻駅(左下)。伊藤園さんの自販機(右下)。
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一泊させていただいたホテルグランシェールさんロビー。
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リンゴを買いに立ち寄った道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さん。
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肖像権の問題等もあるかもしれませんが、切り絵の阿部正介氏、大谷選手やその先輩・菊池雄星投手らの切り絵も手がけられてはいかが? などとも思いました(笑)。もっとも、すでにやられているかもしれませんが。

以上、花巻レポート補遺を終わります。

【折々のことば・光太郎】

小生の足のサイズを御記憶ありて心にかけてこの短靴をお探し下さった御厚情に心をうたれました、使用中のもの既に破れはてて居りましたので此の春から早速役に立ち、まことにありがたく存じます、


昭和25年(1950)2月14日 田口弘宛書簡より 光太郎68歳

身長180センチ超と、当時としては大男だった光太郎、足のサイズも昭和5年(1930)のアンケート回答「自画像」には、「十三文半」と書いています。一文が約2.5㌢ですので、おおむね33.75㌢となります。実際にはもう少し小さかったようですが、それでも既製品ではなかなか合うものが見つけられず苦労のし通しでした。

のちに埼玉県東松山市教育長となられた故・田口弘氏。進駐軍の横流し品か何かで大きな靴を見つけ、光太郎に送って下さいました。

花巻高村光太郎記念館さんでの企画展、今日開幕です。

山口山(やまぐちやま)のなつやすみ

期 日 : 2024年7月13日(土)~8月31日(土)
会 場 : 花巻高村光太郎記念館 岩手県花巻市太田3-85-1
時 間 : 午前8時30分~午後4時30分
休 館 : 会期中無休
料 金 : 一般 350円 高校生・学生250円 小中学生150円
      高村山荘は別途料金

木工房さとう(さとうつかさ氏)の制作した高村光太郎や宮沢賢治をモチーフにした木工のオブジェを展示します。

高村光太郎のやじろべえ
高村光太郎の山の暮らしをモチーフとした木工からくり作品
宮沢賢治の作品をモチーフとしたやじろべえ
宮沢賢治の作品をモチーフとしたオブジェ
その他オリジナルのオブジェなど

木工房さとうの作品は、ほっこりした雰囲気があり、見る人の心を和ませてくれます。また、木工からくり作品の細かな仕掛けや動きは、思わず見入ってしまうような魅力があります。この夏休み、木工房さとうの作り出す和やかな世界をお楽しみください。
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奥州市胆沢に「木工房さとう」を構え、木のおもちゃやカラクリ作品などを製作しているさとうつかさ氏の作品展。高村光太郎記念館さんでは昨年開催された「山口山の木工展」に続き、2回目となります。昨年のレビューはこちら

ちなみにさとう氏の作品、同館ロビーにも常設展示されています。
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ここは光太郎が暮らした旧太田村。この近辺で採れた木材等を使われているそうです。木材ならではの温かみと、佐藤氏の卓越した技倆による工夫を凝らしたからくり、しかし機械的でない手作り感。ほっこりします。

今回の展示では、さらにパワーアップなさっているのでは、と思われます。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

あれから急に春もたけなはとなり、今山桜の盛りにて美しく、地表も薄みどりを呈し、ゼムマイ、ワラビが出て来ました。


昭和23年(1948)4月30日 小倉豊文宛書簡より 光太郎66歳

山口山にもようやく遅い春が巡ってきました。

関西でこぢんまりと刊行されている雑誌です。

『B面の歌を聞け』4号

2024年4月20日 夜学舎 定価990円(税込み)

特集「ことばへの扉を開いてくれたもの」

夜学舎の最新刊です。「自分のことば」を獲得するとはどういうことか、について考えます。
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目次
 はじめに 太田明日香
 インタビュー
  創作と言葉 趣味でも仕事でもなく小説を書いて雑誌を作ること
 るるるるんメンバー(かとうひろみ、UNI、3月クララ)
  アートとことば アートを通じて社会をほぐす 
谷澤紗和子さんのアートと「ことば」 谷澤紗和子
 特集「ことばへの扉を開いてくれたもの」
  権力とことば 自分の言葉を獲得する 舟之川聖子
  子どもとことば 「あらない」の神秘 鼈宮谷千尋
  文化とことば 幼い密輸 むらたえりか
  ことばのDIY B面の言語学習 石井晋平(イム書房)
  声、体ということば 俺は言葉に毒されていたか 服部健太郎(ほんの入り口)
 シリーズ 地方で本を作るとは?
  持続可能な個人出版のあり方を模索して (大阪府・犬と街灯店主 谷脇栗太)
 編集後記・次号予告


智恵子紙絵作品へのオマージュともなっている切り絵を継続的に制作されている現代アート作家・谷澤紗和子氏へのインタビューが7ページにわたって掲載されています。
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単純に「智恵子の紙絵っていいな」からのインスパイアではなく、ジェンダー論にからめての制作を続けられている谷澤氏のひと言ひと言、重みがあります。

また、谷澤氏は文字を切り絵にするという手法も採られているため、「言葉」と「アート」との往復、相互作用といった部分にも話が及びます。というか、そのあたりがメインなのでしょう。おそらくインタビュアーは同誌を編集・発行なさっている太田明日香氏と思われますが、単なる情報伝達の手段や、物書きが生きるたつきとして扱う道具にとどまらない、「言葉」の可能性といった部分を考えられてのもののようです。他の記事でもそういう側面が見て取れました。

光太郎も造型作家でありながら「言葉」の問題については、人一倍敏感でした。「言葉」を論じた評論やエッセイも数多く書き残し、それらはいちいち頷けるものです。詩にしても、鋭敏すぎる感性を詩として発露せざるを得ないという感じで書かれ続けたのでしょう。元々の詩作の出発点が、「彫刻の範囲を逸した表現上の欲望」によって、彫刻が「多分に文学的になり、何かを物語」ることを避けるため、もしくは「彫刻に他の分子の夾雑して来るのを防ぐため」だったわけで(「 」内は評論『自分と詩との関係』昭和15年=1940)。

似たようなことは繰り返し述べました。

青年期になるに及んでやみ難い抒情感の強い衝動に駆られて、自分の作る彫刻が皆文学的になる傾向があつた。ひどく浪曼派風の作ばかりで一時はむしろ其を自分で喜んでゐたが、後彫刻の真義に気づいて来ると、今度は逆に我ながら自分の文学過剰の彫刻に嫌悪を感じ、どうかして其から逃れようと思ひ悩んだ。それで自分の文学的要求の方は直接に言葉によつて表現し、彫刻の方面では造形的純粋性を保つやうに為ようと努めた。いはば歌は彫刻を護る一種の安全弁の役目を果した。(「詩の勉強」昭和14年=1939)

自分の中には彫刻的分子と同時に文学的分子も相当にあつて、これが内面をこんぐらからせるので、彫刻的分子の純粋性をまもる必要から、すでに学生時代から、文学的分子のはけ口を文学方面にみつけて、文学で彫刻を毒さないようにつとめてきた。『明星』時代に短歌を書いたり、その後詩を書きつづけてきたのもそういういわれがあつたのである。(「自伝」昭和30年=1955)

しかし、特に晩年になって「書」への傾倒を深めた光太郎、自らは意識していなかったのかも知れませんが、詩によって言葉のあやなす美と、彫刻によって純粋造型とを究めようとしてきた道程を、「書」によって融合させようとしていたとも考えられます。

書は一種の抽象芸術でありながら、その背後にある肉体性がつよく、文字の持つ意味と、純粋造型の芸術性とが、複雑にからみ合つて、不可分のやうにも見え、又全然相関関係がないやうにも見え、不即不離の微妙な味を感じさせる。(「書の深淵」昭和28年=1953)

そう考えると、谷澤氏の一連の作品にも、そういう要素があるのかもしれません。

何はともあれ、『B面の歌を聞け』4号、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】d8ac5c36

今年は母の廿三回忌の由、花巻でも法要を営みたいので戒名をおしらせ願ひたし。忘れました。

昭和22年(1947)9月8日
高村豊周宛書簡より 光太郎65歳

光太郎の母・わかは大正14年(1925)、大腸カタルのため亡くなりました。行年68歳でした。

髙村家では、これを機に代々の墓所を浅草の寺院から染井霊園に移し、墓石を新しく建立しました。これが現在も残っているものです。

注文しておいた新刊が届きました。

瀏瀏と研ぐ――職人と芸術家

2024年4月10日 土田昇著 みすず書房 定価4,200円+税

 町の仏師から日本を代表する木彫家、帝室技芸員、東京美術学校教授へと登りつめた高村光雲。巨大な父の息子として二世芸術家の道を定められながら、彫刻家としてよりもむしろ詩人として知られることになる高村光太郎。そして、刀工家に生まれた不世出の大工道具鍛冶、千代鶴是秀。
 明治の近代化とともに芸術家へと脱皮をとげ栄に浴した高村光雲は、いわば無類の製作物を作る職人でありつづけた。その父との相似、相克を経て「芸術家」として生きた光太郎の文章や彫刻作品、そして道具使いのうちに、著者は職人家に相承されてきた技術と道徳の強固な根を見る。
 戦後、岩手の山深い小屋に隠棲した光太郎が是秀に制作を依頼した幻の彫刻刀をめぐって、道具を作る者たち、道具を使って美を生みだす者たちの系譜を描く。
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目次
第一章 職人の世界――火造り再現の旅のはじまり
火起こし / 千代鶴是秀の鍛冶場 / 仕事の領分――冷たい鉄と熱い鉄 / 鋼作り / 地金作り / 鍛接 / 火造り / 山の鍛冶場 / 最後の職人たち――作業感覚に支えられて / 売るためでなく / 「絶滅種」の道具 / 剣錐を造る / 本三枚の刃物の難しさ / 本三枚と格闘する / 出来る時には出来てしまう / 驚異の青年鍛治 / 本三枚の切出小刀の製作仲介 / 作業感触の支配下で

第二章 道具と芸術
不思議を転写した彫刻 / 芸術家とはなにか / 美しいとはなにか / 大工の技術、彫刻家の技術 / 大工の研ぎ、彫刻家の研ぎ / 岐れ道を歩む者たち――千代鶴是秀と高村光太郎 / 千代鶴是秀と明治日本 / 高村光雲と明治日本 / 明日の小刀を瀏瀏と / 高村光雲の彫刻道具 / 仏像作家、森大造と道具 / 特殊鋼の刃物、純炭素鋼の刃物 / 是秀作、左右の印刀――実用本位の刃物 / 津田燿三郎の墨坪 / 道具はどう機能すべきか――森大造と津田燿三郎

第三章 職人的感性と芸術家――高村光雲と光太郎
高村光雲『幕末維新懐古談』との出会い / 『光雲懐古談』想華篇――「省かれてしまった部分の方が面白い」 / 芸術家父子と技法の移譲――岩野勇三と岩野亮介 / 息子がなす無謀――父親と同じではいない / 職人手間、物価の話と、道具の単位 / 世間に知られぬ名人の話 / 無類の制作物を作る「職人」たち――村松梢風『近代名匠傳』 / 職人の道徳――錆びた木彫道具 / 父との相似、相克――息子、光太郎と「のつぽの奴は黙つてゐる」 / 《薄命児》と川縁の地 / 二代目芸術家の洋行 / 帰国と芸術論「緑色の太陽」 / あやうい上手さからの脱却のシミュレーション――「第三回文部省展覧会の最後の一瞥」 / 鋸の色と切味の間の微妙な交渉 / 鋸の製作 / 健康な道具の色 / 三尺の目と一厘の目 / 職人と社会の問題 / 芸術家と社会の問題、芸術家と戦争――佐藤忠良、西常雄 / 「まだうごかぬ」――高村光太郎と西常雄 / 千代鶴太郎と彫塑の師、横江嘉純 / 息子がみつめた「父の顔」 / 工房の中の芸術家――光太郎による光雲作品の評価 / 木彫地紋――修業の第一歩 / 木彫地紋を彫る小刀 / 小さな木彫作品群――《桃》と《蟬》、光雲の荒彫りの洋犬 / 道具調べと職人道徳 / 後進の彫刻家にとっての高村光太郎 / 十和田湖畔の裸像 / 研ぎという刹那な達成 / 名人大工<江戸熊>の研ぎ / 光太郎の変容、是秀の変容 / 随筆身近なものへの感触の確かさ――「三十年来の常用卓」/ 折りたたみの椅子

第四章 道具を作る、道具を使う――是秀と光太郎
コロナ禍の研ぎ比べ――是秀の二本の叩鑿 / 錆びた彫刻刀――光太郎と是秀の接点たる道具 / 光雲の玄能、光太郎の彫刻刀 / <マルサダ>の一文字型玄能 / 錆落とし / 父の検証 / 研ぎ / 焼班やきむら / 仮説と消えゆくウラの文様 / 異形、異例の彫刻刀

借受記録帳より――光太郎のアイスキ刀 図面および寸法と覚書
参考文献
あとがき

著者の土田昇氏は、三軒茶屋の土田刃物店三代目店主であらせられます。木工手道具全般の目立て、研ぎ、すげ込み等を行う職人さんであると同時に、お父さまの二代目店主・一郎氏と交流のあった伝説の大工道具鍛冶・千代鶴是秀作品の研究家としてもご活躍。平成29年(2017)に『職人の近代――道具鍛冶千代鶴是秀の変容』という書籍を刊行されています。

千代鶴是秀は光太郎の木彫道具も制作しましたし、実現したかどうか不明なのですが、光太郎は終戦直後、是秀に身の回りの道具類の制作をお願いしたいという旨の書簡を送っています。また、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため再上京した光太郎を、是秀が中野のアトリエにひょっこり訪ねたりもしています。「乙女の像」の石膏取りをした牛越誠夫は是秀の娘婿でした。

是秀が光太郎のために作った彫刻刀は、令和3年(2021)に東京藝術大学正木記念館さんで開催された「髙村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展で初公開されました。その少し前に髙村家で見つかったもので、土田氏がその錆び落とし、研ぎにあたられたとのこと。「第四章 道具を作る、道具を使う――是秀と光太郎」に、その経緯や作業の工程などが詳しく語られていて、実に興味深く拝読いたしました。

問題の彫刻刀は、先端部分のみを木製の柄にすげる通常の彫刻刀と異なり、柄の部分まで鉄で出来た「共柄」と呼ばれるタイプ。当方、この手の道具類にはさほど詳しいわけではなく、現物を拝見した時には「へー、このタイプか」と思っただけでした。しかし、本書を読むと「共柄」のものは実用に適さず、土田氏は「異形」とまで言い切られています。光太郎と交流のあった朝倉文夫は、わざわざ是秀が作った「共柄」の彫刻刀の鉄製の柄に木製の柄をかぶせていたそうで。

また、材質も特殊。是秀は早い時期から日本の伝統的な「玉鋼」ではなく、より良質な輸入鋼の「洋鋼」による制作を主流としていたにもかかわらず、光太郎の彫刻刀は「玉鋼」製だったとのこと。そうした異形、異質な作品が光太郎に作られた理由について、考察が為されています。
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また、光太郎の父・光雲が使っていた玄能(げんのう)についても。こちらは「丸定」という明治期の名工の作。こちらも錆び落としや柄の補修などを土田氏が担当され、そのレポートも読み応えがありました。作業が一段落した際の記述に曰く「空振りするだけで、握る手、振り上げ振り下ろす肩や腕に制作者丸定と、柄をすげて実用した光雲が憑依しているかのように感じました」。

昨日届いたばかりですし、300ページに迫る厚冊ですので、まだ全て読み終えていませんが、他にも『光雲懐古談』、光太郎のさまざまな評論やエッセイ、詩についての考察などがちりばめられています。木工手道具全般の目立て、研ぎ、すげ込み等に取り組まれている土田氏の読み方は、やはりいわゆる「評論家」のセンセイとはひと味もふた味も違います。なにげに読み飛ばしてしまうような一行に、「この背景にはこういうことがある」という指摘、唸らせる部分が多々ありました。

また、光雲や光太郎の周辺にいたさまざまな彫刻家などについての記述も。荻原守衛はもちろん、森大造などについても触れられていて、舌を巻きました。

ちなみにタイトルの「瀏瀏と研ぐ」は、『智恵子抄』にも収められた光太郎詩「鯰」(大正15年=1926)からの引用です。

   鯰

 盥の中でぴしやりとはねる音がする。000
 夜が更けると小刀の刃が冴える。
 木を削るのは冬の夜の北風の為事(しごと)である。
 煖炉に入れる石炭が無くなつても、
 鯰よ、
 お前は氷の下でむしろ莫大な夢を食ふか。
 檜の木片(こつぱ)は私の眷族、
 智恵子は貧におどろかない。
 鯰よ、
 お前の鰭に剣があり、
 お前の尻尾に触角があり、
 お前の鰓(あぎと)に黒金の覆輪があり、
 さうしてお前の楽天にそんな石頭があるといふのは、
 何と面白い私の為事への挨拶であらう。
 風が落ちて板の間に蘭の香ひがする。
 智恵子は寝た。
 私は彫りかけの鯰を傍へ押しやり、
 研水(とみづ)を新しくして
 更に鋭い明日の小刀を瀏瀏と研ぐ。

土田氏にかかると、終わりから二行目の「研水(とみづ)を新しくして」だけでも深い意味。詳しくはぜひお買い求めの上、お読み下さい。

【折々のことば・光太郎】

詩稿「暗愚小伝」(題名未定)は、いつまでも書き直してゐてもきりがありませんから此の十五日までに遅くもそちらに届くやうにするつもりで居ります。 一応読んでみて下さい。雑誌でも検閲があるのでせうが一切自由に書きましたからご注意下さい。

昭和22年(1947)6月1日 臼井吉見宛書簡より 光太郎65歳

自己の生涯を振り返り、同時に戦争責任にも言及した20篇から成る連作詩「暗愚小伝」。前年から取り組んでいて、ようやくほぼ脱稿しました。これを書く前と後とでは、花巻郊外旧太田村での山小屋生活の意味もかなり変容したように思われます。移住当初はここに仲間の芸術家たちを招いて「昭和の鷹峯」を作るといった無邪気な夢想もありましたが、続々入る友人知己の戦死の報(木彫「鯰」を贈った新潟の素封家・松木喜之七なども)、東京で巻き起こった戦犯追及の声などに押され、自らの戦争責任を直視せざるを得ず、「自己流謫」へと。「流謫」は「流罪」に同じです。

雑誌の新刊です。

月刊 アートコレクターズ』№181 2024年4月号

2024年3月25日 生活の友社 定価952円+税

宇宙のような無限の広がりを持つ「色彩」。本特集では、「色彩」にこだわりを持った現代の実力派作家たちを紹介。さらに美術史における「色彩芸術」の変遷や、日本人ならではの色彩感覚についてなど、様々な観点から「色彩」を探究。あたりまえのように感受している「色彩」のパワーを改めて見直します。

表紙:入江明日香「雪月花之舞」2024年 ミクストメディア 85×65cm
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目次
 【巻頭特集】 色彩の宇宙 実力派カラリスト勢ぞろい


◇寄稿
 岡﨑乾二郎 目から転がり落ちる色
 谷川渥 絵画は色彩芸術か
 赤瀬達三 都市のなかの色彩 
 三木学 サイン色彩概念を疑う
◇アーティストインタビュー
 流麻二果 色に遺る生活の跡
 岡村智晴 ノイズの創造性
 氏家昂大 ―異物としての陶芸―
◇グラビア
 中村功/藤井孝次朗/横溝美由紀/前田信明/福本百恵/加来万周/曽谷朝絵/戸泉恵徳
 上野英里/Yeji Sei Lee/木村佳代子/少女(SONYO)/ATSUYA/今実佐子/石倉かよこ
 蓮水/間島秀徳/坂口寛敏/名古屋剛志/西岡悠妃/オーガ ベン/福井江太郎
 大久保智睦/中島麦/中津川博之/小泉遼/銀ソーダ/水津達大/岡田菜美/盧思/城愛音
 長谷川喜久/堀川理万子/天野雛子/やましたあつこ/松下徹/吉川民仁/平体文枝
 CAIQIN/那須佐和子/今津奈鶴子/西川茂/Pin-Ling Huang/小林正人/松浦延年
 近藤亜樹/片山雅史/木下めいこ/井崎聖子/野地美樹子/末松由華利/入江明日香
 南依岐/塚本智也/谷保玲奈/福室みずほ/春田紗良/坪田純哉/篠田教夫/浜田浄
 佐藤裕一郎/梶岡俊幸/藤森哲/田島惠美
【展覧会情報】 神戸アートマルシェ 他
【連載】 鹿島茂/水沢勉/森孝一/田辺一宇/飯島モトハ
 Contemporary Art Now/展覧会ガイド 他

この3月末で退任された、元神奈川県立近代美術館長であらせられた水沢勉氏の連載「色と形は呼び交わす」の第13回「盛田亜耶 被膜の虚実」で、智恵子紙絵が紹介されています。

メインは標題の通り、切り絵作家・盛田亜耶氏の作品紹介ですが、同じ切り絵ということで、智恵子の紙絵が話の枕になっています。ちなみに智恵子のそれは光太郎の意図で「紙絵」という呼称が定着していますが、ジャンル的には切り絵です。

水沢氏、昨秋、二本松市の智恵子生家/智恵子記念館で開催された「高村智恵子レモン祭」に足を運ばれ、智恵子紙絵の実物展示(平時は複製展示)をご覧になったそうで、その印象など。

曰く、

 智恵子の「紙絵」は、紙を折ることによるシンメトリーの効果や皺による無意識の偶然性などを冴え切った感覚で活かし、重なりあった複数の紙の繊細極まりない表情をハサミで震えるような切れ目を入れることによってみごとに際だたせるものであった。その抜きんでた才能を、印刷物や複製ではなく、原作をまのあたりにすることで確かめることができた。

そして先述の通り、盛田氏の切り絵の紹介。

ちなみに盛田氏、昨年全国巡回のあった「超絶技巧、未来へ 明治工芸とそのDNA」展に出品されていました。当方、日本橋の三井記念美術館さんで拝見しました。
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氏の作品、モノトーンが基調のようですが、色彩を効果的に使った作品も見られます。再び水沢氏曰く「一見薄っぺらともいえる紙による造形が特別な存在感を纏っていた」。

こうした点は智恵子紙絵にも共通していえることだと思われます。くりかえし書いていますが、智恵子紙絵は台紙に貼り付けることで生じる1㍉に満たない厚みが不思議な立体感を醸し出しています。これは複製や印刷物では味わえない感覚で、その意味ではぜひ実物をご覧になって納得していただきたいところです。

昨日も書きました通り、今月末から来月にかけ、やはり二本松市の智恵子記念館さんで恒例の実物展示が行われます。また近くなりましたら詳細をご紹介します。

さて、『月刊 アートコレクターズ』、ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

宮崎さんの赤ちゃんの名は宮崎さん自身で光太郎とつけたと言つて来られました。これには少々驚きました。あんまり近いところに光太郎さんが居る事になるので何だか変ですが、もう届けてしまつたことなので是非もありません。

昭和22年(1947)5月25日 椛沢ふみ子宛書簡より 光太郎65歳

「宮崎さん」は宮崎稔。茨城在住の詩人で、戦前からその父・仁十郎ともども光太郎と交流がありました。戦後になって昭和20年(1945)、光太郎の仲介で、智恵子の姪にしてその最期を看取った看護師だった長沼春子と結婚。そして生まれた第一子を「光太郎」と名付けてしまったとのこと。夫婦とも光太郎を限りなく敬愛していたためなのでしょう。

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