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JR東日本さん主催のイベントです。

駅からハイキング&ウオーキング 秋のにほんまつ奥州街道 新旧のスイーツ店が点在する城下町を散策

期  日 : 2024年10月1日(火)~12月25日(水)
会  場 : 東北本線二本松駅~同安達駅 約6.0km
受付場所 : 二本松駅構内観光案内所
受付時間 : 9:30~11:30
ゴール時間 : 安全にご参加いただくため16:30までにゴールしてください。
料  金 : 無料

二本松~安達駅間、スイーツ求める美味しい旅
 JR東日本の「駅からハイキング&ウオーキング」イベントで、和洋菓子店をめぐりながら二本松~安達駅間を歩く「秋のにほんまつ奥州街道 新旧のスイーツ店が点在する城下町を散策」が10月スタートします。春プランに続く第2弾で、12月25日まで。
 両駅では高村智恵子をイメージした彫刻家・橋本堅太郎氏(二本松市名誉市民)の作品「ほんとの空」(二本松駅前)、「今ここから」(安達駅前)が出迎えます。コースは大山忠作美術館、亀谷坂、芭蕉と露伴の句碑、竹田坂、智恵子の生家などをめぐる約6㎞。途中、老舗菓子店など16店あり、自分へのご褒美やお土産に多彩なスイーツを味わったり、買い物が楽しめます。
 10月1日~11月17日に大山忠作襖絵展(美術館)、10月3日~11月17日には高村智恵子レモン祭(生家など)、10月10日~11月20日には二本松の菊人形(霞ヶ城公園)が開かれます。
 参加は自由(予約不要)ですが、JR東日本のアプリが必要。二本松駅観光案内所でコースマップ、スイーツガイドを配布します。受け付けは午前9時30分~同11時30分。問い合わせは、にほんまつDMO(電話0243-24-7702)へ。
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「駅からハイキング」は、JR東日本さんのキャンペーン的なイベントです。実に様々なコースが設定されています。一部を除き参加予約は不要で、専用のスマートフォンアプリ「駅からハイキング」をダウンロードして、「コースに参加する」ボタンを押し、参加するコースを選択後、コースマップを元にハイキングスタート! 同一日の受付時間内にスタートし、ゴール時間内までにゴールするというものです。参加回数に応じてプレゼント抽選に参加できるとのことです。

以前に銚子電鉄さんとのコラボで行われた「駅からハイキング ~関東最東端の犬吠埼と文学碑めぐりウォーキング・化石海水温泉を楽しむ~」をご紹介させていただきました。。

こちらのコースは、共に故・橋本堅太郎氏作の智恵子像である二本松駅前の「ほんとの空」から安達駅前の「今 ここから」までの約6㌔。途中に智恵子生家/智恵子記念館さんが佇み、智恵子づくしコースですね。

さらに玉羊羹の玉嶋屋さんなどの地元スイーツをからめて血糖値を上げながら(笑)。摂取カロリーと消費カロリー、どちらが上回るでしょうか(笑)。

ぜひご参加下さい。

【折々のことば・光太郎】

小生の重版書は以前の「造型美論」が厚すぎるので二冊に分けて「造型美論」と「印象主義」とにして筑摩書房が出したのです。


昭和24年(1949)12月6日 東正巳宛書簡より 光太郎67歳

書き下ろし評論『印象主義の思想と芸術』は、遠く大正4年(1915)に天弦堂から刊行。それを含む評論集『造型美論』が戦時中の昭和17年(1942)、筑摩書房から刊行されました。

そしてこの年、筑摩選書のラインナップとして二分冊で再版されました。
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毎年恒例、昭和13年(1938)10月5日、南品川ゼームス坂病院でレモンをがりりと噛んで亡くなった智恵子を偲ぶイベントです。

高村智恵子 レモン祭

期 日 : 2024年10月3日(木)~11月17日(日)
会 場 : 智恵子の生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金

蘇る智恵子season2~生家のライトアップ~
 智恵子の命日に生家がライトアップされます。ライトアップを堪能するとともに、智恵子への哀悼の意を表しませんか?
 ■実施期間
  1.10月3日(木)~5日(土) 午後5時~午後8時
  2.11月5日(火)~17日(日) 開館時間内(生家内)
   ※生家正面ライトアップは歩道よりご鑑賞ください。

智恵子の生家 2階公開
 ■公開日
  10月5日(土)~6日(月) 12日(土)~14日(月) 19日(土)~20日(日)
  26日(土)~27日(日) 11月2日(土)~4日(月)
 ※10月26日(土)は、午前に「紙絵コンクール」表彰式実施のため、公開を一時中止する場合がございますのでご了承ください。

奇跡といわれる智恵子の「紙絵」の実物展示
 ■展示期間 10月3日(木)~20日(日)
 ■場所 智恵子記念館内

生家の未だ見ぬ見処クイズ
 ■実施日 10月3日(木)~11月17日(日)
 生家に関するクイズに正解された方には、粗品を差し上げます。

「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演
 坂本富江氏(智恵子研究者・画家・作家)による読み聞かせ
 ■上演日時 10月14日(月・祝) 午前10時30分~正午
 ■場所 智恵子の生家内
 ■問い合わせ 熊谷 TEL:090-7075-6743
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期間中、さまざまなコンテンツが用意されています。10月14日(月)の「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」のみは、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんの主催です。

さらにこの日は同会としての行事「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」も。

「智恵子純愛通り記念碑」は、智恵子生家/智恵子記念館駐車場に入る交差点の信号脇に佇む碑で、光太郎令甥の故・髙村規氏の揮毫によるものです。碑の前にちょっとしたスペースがあり、そこで野外集会的なことを行ったりもできるようになっています。

10時半からの「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」の前に、同会会員の方々や地元小中高生による光太郎詩朗読、智恵子と光太郎のことばを書いたボード設置等が行われ、紙芝居上演の後、ボード設置除幕式祝賀昼食会になだれ込むとのこと。

ちなみにボードは高村光太郎研究会会員でのあらせられる書家の菊地雪渓氏の揮毫だそうです。

ついでというと何ですが、同じ二本松でもう1件。

開館15周年記念特別企画展 成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展

期 日 : 2024年10月1日(火)~11月17日(日)
会 場 : 大山忠作美術館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般 800円(700円) 高校生以下 400円(300円) (  )内団体料金

 大山忠作美術館は、二本松市出身で現代日本画壇の重鎮として活躍した日本画家・大山忠作の作品を中心に収蔵・展示するとともに、大山の65年にわたる画業を永く顕彰する目的で、 2009年10月1日に開館いたしました。
 このたび、開館15周年を記念し、大本山成田山新勝寺特別協力のもと、大山が約二年の歳月をかけ完成させた、成田山新勝寺光輪閣「日輪の間」「月輪の間」襖絵《日月春秋》全二十八面を一堂に展示いたします。
 二本松の染物業を営む家に生まれた大山。描きたいものを描くという姿勢で、人物、花鳥、風景と題材は多岐にわたります。郷土をこよなく愛し、その想いを色濃く感じる作品も多く描いています。光輪閣の客殿に描かれた襖絵《日月春秋》は、日輪・月輪・瀧桜(春)・楓(秋)が構成され、春と秋の面では、ふるさと福島県の自然美が舞台となり、絢爛豪華でありながらも荘厳さに包まれた雄大な景観が描かれています。制作にあたり大山は、「大きな試練の場であり、精進の場でもありました」と述べています。画家としての一心な軌跡が凝縮された大山忠作の大作、襖絵《日月春秋》。今秋、ついに大山忠作美術館にやってきます!
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故・大山画伯、同郷の智恵子をモチーフとした絵画も複数描かれていますし、令和3年(2021)同4年(2022)、北條秀司作の「朗読劇 智恵子抄」で智恵子役を務められた一色采子さんのお父さまでもあらせられました。
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同展運営資金の一部を調達する目的でのクラウドファンディング(おかげさまで目標額を達成しました)をご紹介する際にも書きましたが、画伯の代表作の一つである成田山新勝寺光輪閣さんの襖絵全28面が初めて外に出ます。今年4月、将棋の名人戦七番勝負の第二局会場となった光輪閣さんで、藤井聡太七冠と豊島将之九段の死闘を見守った襖絵です。
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併せて足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

亡父や智恵子が十月のいい季節に死んでゐてくれたものと思ひました。


昭和24年(1949)10月11日 佐藤雪江宛書簡より 光太郎67歳

この年はちょうど智恵子の命日の10月5日に、花巻町中心部の古刹・松庵寺で智恵子と父・光雲の法要を営みました。何くれとなく光太郎の面倒を見ていた総合花巻病院長・佐藤隆房は病院の仕事が忙しかったのでしょう、欠席でした。代わりに妻の雪江が参列しました。

十月のいい季節に死んでゐてくれた」は、直後であれば何て言いぐさだ、という感じですが、10年以上も経過すると、暑くもなく寒くもなく、参列する人々にその部分で苦労をかけないという意味で、妥当な発言でしょう。

先例があるのかもしれませんが、面白いことを考えるものだな、と感心しました。県としての取り組みです。

東京にある福島ゆかりをめぐるスタンプラリー “ディスカバーふくしま in TOKYO”

期 日 : 2024年9月6日(金)~12月1日(日)
会 場 : 東京都内11ヶ所のラリースポット
 (1)野口英世像(上野)  (2)ウルトラマンシンボル像(祖師ヶ谷) 
 (3)巨大赤べこ(常盤橋) (4)瓜生岩子像(浅草) (5)松平定信墓(清澄白河)
 (6)三春桜(赤坂) (7)オリンピックマラソン折返点記念碑(調布)、
 (8)紺碧の空歌碑(早稲田) (9)レモン哀歌の碑(品川) (10)東京都庁(新宿) 
 (11)日本橋ふくしま館MIDETTE
料 金 : 無料

参加方法:
 スマートフォンの専用アプリをダウンロードの上、対象のラリースポットを訪問すると、GPS機能によりアプリ内でスタンプが取得できます。
 取得したスタンプ数に応じて、ふくしまの魅力ある賞品が当たります。

■賞品:参加賞、4スポット賞(250名)、7スポット賞(100名)、コンプリート賞(5名)
 ※参加賞はもれなくプレゼント、他は抽選制です。コンプリート賞はスタンプラリー限定のオリジナル赤べこ、他賞品の詳細は特設サイトをご覧ください。
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福島を代表するアイテムの「赤べこ」や「三春の滝桜」、そして都内に於ける県の拠点の一つにしてアンテナショップの「日本橋ふくしま館MIDETTE」さん、それ以外は福島出身者ゆかりのモニュメントなどですね。「ウルトラマン」が円谷英二の須賀川市、同じ須賀川から「マラソン」で円谷幸吉、「紺碧の空」は古関裕而で福島市と、ぱっと分かる方はかなりの福島通(つう)でしょうが(笑)。

ありがたいことに、二本松出身の智恵子関連で「レモン哀歌詩碑」も入れて下さいました。
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ところで、「あれ、ちょっと偏ってるな」という気もしました。福島県は最も内陸の「会津」、太平洋沿岸の「浜通り」、両者に挟まれた「中通り」の三地域に分けられますが、全地域に関わる「MIDETTE」さんを除くと、「浜通り」関連が皆無です。「浜通り」といえば、フラガールや相馬野馬追が有名ですし、さらには出身者として当会の祖・草野心平(笑)。まぁ、都内にはそれらに直接関わるモニュメントなどがないということなのでしょうか。

ちなみに賞品は以下の通り。
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奮ってご応募下さい。

それから、他の道府県、もしかすると市町村単位でも似たようなことが可能かも知れません。郷土愛を育むにはいい取り組みですので、各地の自治体の皆様、ご参考までに。

【折々のことば・光太郎】

山ではまだ花がさきません。山々にも雪が残って居り、風は中々寒いことです。それでもゼンマイ、コゴミの類は出て来ました。ヘビも出て来ました。木が多く伐られたので小鳥が少くなつたやうです。カツコウもホトトギスもまだ来ません。ウグヒスもまだ来ません。山鳩の声は時々ききますが。


昭和24年(1949)5月5日 椛沢ふみ子宛書簡より 光太郎67歳

」は桜です。「山々にも雪」は蟄居していた山小屋周辺というわけではなく、そこから見えるもっと高いところという意味でしょう。五月にウグイスがまだ鳴いていないというのは意外でした。

智恵子のソウルマウンテン、福島二本松の安達太良山腹で朗読会が開催されます。

安達太良山「智恵子抄」朗読会

期 日 : 2024年9月16日(月・祝)
会 場 : 薬師岳パノラマパーク 福島県二本松市永田長坂国有林
時 間 : 10:00~
料 金 : 5,000円(含ロープウェイ料金、昼食代)

ほんとの空がある安達太良山で「智恵子抄」の朗読をしてみませんか? 生涯の思い出に是非ご参加ください。

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智恵子の故郷・二本松で、智恵子顕彰事業をなさっている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんの主催です。

同会の発会20周年、さらに光太郎智恵子結婚110周年、光太郎の詩集『道程』刊行110周年記念だそうです。

朗読会会場は、安達太良山の奥岳登山口から出ているロープウェイで上がっていった山頂駅付近の薬師岳パノラマパーク。光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来で「この上の空がほんとの空です」と刻まれた標柱が立っています。
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同会ではたびたびこの場所での朗読会を開催してきました。平成28年(2016)の際の新聞報道がこちら

朗読会自体は10:00~の予定ですが、8:15に智恵子生家/智恵子記念館の駐車場を出発、二本松駅と岳温泉を経由して奥岳登山口まで会員の方の車で。事前に申請しておいて適当なところで乗せていただくということのようです。

終了後また車に分乗して、二本松市に隣接する大玉村の森の民話茶屋さんに移動、そこで昼食兼交流会、すべて終わったところでまた適当なところまで送っていただけるそうです。

紅葉シーズンには未だ早いかと思われますが、当日は、少し前にご紹介した「あだたらイルミネーション」期間中です。今年初めてお目見えした「「あ」のオブジェ」などもご覧頂けるかと存じます。

申込先等、フライヤー画像をご参照の上ぜひご参加ください。

【折々のことば・光太郎】

昨日は小学校の運動会があり、小生も競争に出ましたがビリでした。


昭和24年(1949)5月4日 宮崎稔宛書簡より 光太郎67歳

この年か翌年(日記が失われており、特定できません)の運動会の様子が、元山口小学校校長の浅沼政規の回想に綴られています。

 午後の競争が開始。年長組の《びん釣り競争》となりました。この競技へ先生の参加をお願いすると、快く出場して下さいました。競技が始まりました。
 ひときわ会場が賑やかになり、拡声器の音も、先生への応援も大きくなりました。
 一等、二等とゴールしてきます。先生は少し手間取ったようでしたが、釣れたびんを手に、大股で走ってゴールインしました。一同からすごい拍手です。
 そして、先生もみんなと一緒に会長席に向かい、会長から商品を受け取られました。
 「しばらくぶりで走ってみましたが、にわかに走ったものですから、遅れてしまいました。でも、みんなと走れて愉快でしたよ。」と、おっしゃいました。
 この時の先生の姿に接した部落の人たちは、自分たちと親しく交わって下さろうとするお気持ちに、感謝の念を深くしました。
(浅沼政規『山口と高村光太郎先生』平成7年=1995 高村記念会)

微笑ましいエピソードですが、単にそれだけではありません。戦前には「芸術家あるある」で「俗世間とは交わらない」、戦時中には一転して民衆を戦争に駆り立て、と、いびつな形でしか世の中と関わってこなかった光太郎、この花巻郊外旧太田村に住み始め、ようやく理想的な社会との関係性が構築できたようです。

主催者側発表には情報が無く、見に行かれた方のSNS等から「そうだったんだ」ということに気づく場合が時々あり、今回もそうでした。

福島ビエンナーレ2024"風月の芸術祭 in 白河―起" 

期 日 : 2024年8月24日(土)~9月15日(日)
会 場 : 福島県白河市
       白河市立図書館 りぶらん
        開館時間 10:00~20:00(土曜・日曜は9:30~18:00 休館日 月曜日)
       白河文化交流館コミネス
        開館時間 9:00~22:00(月曜は20:00まで 休館日 火曜日)
       しらかわ観光ステーション
        開館時間9:00~18:00 期間中無休
       マイタウン白河「風月の芸術祭」総合案内所
        展示時間10:30~18:30(施設は 9:00~21:00 期間中無休)
       旧脇本陣柳屋旅館蔵座敷
        開館時間 10:00~16:00(休館日 月曜日・祝日の際は火曜日)
       コミュニティ・カフェ EMANON
        営業時間 平日 15:00~20:00 土日 13:00~19:00(水曜・木曜定休日)
       翠楽苑
        開館時間 10:00~17:00(期間中無休)
       龍興寺
        展示時間 9:00~16:00
       だるまランド
        営業時間10:00~17:00
       南湖公園 芝生広場 湖畔 千世の堤 谷津田川(土橋~新橋)
料 金 : 基本的に無料、施設により要入場料

 本企画は、白河市の歴史、文化を基盤として、現代アートの創作、鑑賞、体験等の活動を展開するものです。
 「風月の芸術祭」というタイトルは、江戸時代の白河藩主、松平定信公の雅号「風月」に由来します。自然を愛で、文化を享受する心を伝えています。「風月」をテーマに、松平定信と関連する白河小峰城や南湖公園、白河関跡、奥州街道にある城下町の歴史・文化資源を活用し、多種多様なアート(絵画、彫刻、現代美術、書、文学、舞踊、演劇、映像作品、アニメーション等)の展覧会、上映や公演、講演会、シンポジウム、ワークショップを開催します。
 国際的なアーティスト等を招待し、地域住民との協働によって、雰囲気のあるまちづくり、地域を巡回して楽しめるエリア形成に取り組む中で、白河市を広くパブリック・リレーションズ( Public Relations; PR )します。

参加アーティスト
 吾子可苗/ 荒井経/ アヤ・カザリス/ 飯野和好/ 井波純/ 伊藤公象/ 伊藤有壱/
 今井トゥーンズ/ 大竹京/ 岡村桂三郎/ 金子富之/ カネコマスヲ/ 北村はるか/
 木下史青/ 黒沼令/ 鴻崎正武/ 小澤基弘/ 小松美羽/ 五味太郎/ 斎藤岩男/
 ダルライザー/ 柴﨑恭秀/ 白鳥建二/ 鈴木美樹/ ボンド・亜貴/ 関本創/ 鳥山玲/
 野沢二郎/ 灰原千晶/ 林剛人丸/ 萩原朔美/ 福井利佐/ 船井美佐/ 三沢厚彦/
 宗像利浩/ 森合音/ リチャード・ボンド/ 山田慎一/ ヤノベケンジ/ 艾沢詳子/
 与那覇大智/ 若木 るみ/ 王尽遥/ 渡邊晃一/

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「福島ビエンナーレ」。ビエンナーレですから2年に1度の開催。県内各地の自治体さんを持ち回りでメイン会場とし、今回は白河市が会場です。今回、というか、前々回、前回も白河市での開催でした。

かつて平成28年(2016)平成30年(2018)には智恵子の故郷・二本松市が会場となり、智恵子生家でも展示が行われました。平成28年(2016)には墨絵や版画などを手がけられている小松美羽氏、平成30年(2018)が切り絵作家の福井利佐氏が、それぞれ智恵子生家でのインスタレーションをなさいました。間に挟まれた平成29年(2017)には、福島ビエンナーレではない「重陽の芸術祭」で、清川あさみ氏の刺繍作品の展示も行われました。

さて今回、翠楽苑さんというところで小松氏の作品の展示が行われており、「智恵子抄」インスパイアの作品も、という情報をSNS上で見付けました。使用許可を頂きましたので、見に行かれた方の撮影された画像を転載させていただきます。
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なるほど、平成28年(2016)の智恵子生家での展示と確かによく似ています。智恵子と共に、安達ヶ原の鬼婆からのインスパイアもあるようです。

ちなみに平成30年(2018)に智恵子生家で智恵子抄オマージュの作品をを出された福井氏もご参加。作品は「マイタウン白河 ギャラリー」というところで展示されています。だるまをモチーフとした切り絵で、今回は光太郎智恵子と関わらないようです。

小松氏、福井氏、その後の令和2年(2020)と令和4年(2022)のビエンナーレにもご参加なさっていました。もしかするとその際にも「智恵子抄」がらみの展示があったのかも知れませんが、不明です。

さて、今回、他に絵本界の大御所・五味太郎氏、光太郎と交流のあった萩原朔太郎令孫の萩原朔美氏(映像作家でもあらせられたそうで、存じませんでした)、かつての重陽の芸術祭でのメインオブジェを作られたヤノベケンジ氏などもご参加。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

何よりもあせる事はよくありません。静かに着実に進むべきです。

昭和24年(1949)4月2日 鈴木政夫宛書簡より 光太郎67歳

鈴木は愛知岡崎出身の彫刻家。主に石彫を手がけていました。花巻郊外旧太田村に蟄居していた光太郎の元に押しかけ弟子を志願、それに対する返答の一節です。

智恵子と同郷で、智恵子を描いた作品も複数遺された文化勲章受章の日本画家、故・大山忠作画伯。女優の一色采子さんのお父さまでもいらっしゃいます。
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JR東北本線二本松駅前に大山忠作美術館があり、そちらで今秋、同館開館15周年特別企画展「成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展」が開催されます。

これまで門外不出だった画伯の代表作の一つである成田山新勝寺光輪閣さんの襖絵全28面が初めて他で展示されるということで、注目を集めています。光輪閣さんでも時折公開が行われるのですが、それもいつもというわけでもなく、滅多に見られません。

ちなみに光輪閣さん、今年4月、将棋の名人戦七番勝負の第二局会場となり、藤井聡太七冠と豊島将之九段が激突しました。その際の報道の画像、背景に問題の襖絵が映っています。
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その襖絵展に向けてのクラウドファンディングが進行中です。

大山忠作美術館開館15周年記念特別企画展|襖絵展開催に向けて

【かかる費用の総額】 1,400万円
運搬委託費(展示・保険含む) 建具工事委託費(襖を展示する枠事) 広告宣伝費
人件費  警備費  印刷費 

【クラウドファンディングの使い道】
運搬委託費(展示・保険含む) 建具工事委託費(襖を展示する枠事) 広告宣伝費
人件費  警備費  印刷費 などかかる経費の一部に使わせていただきます。

【目標金額】 1,000,000円
 目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができます(All-or-Nothing方式)。支援募集は9月12日(木)午後11:00までです。

【リターン】
 大山忠作襖絵展を応援コース
  感謝のメール
   3,000円 5,000円 10,000円
  感謝のメール、ノベルティグッズ
   30,000円 50,000円
  感謝のメール、ノベルティグッズ、大山忠作美術館図録、大山忠作作品のリトグラフ
   100,000円 200,000円
 大山忠作襖絵展を行って応援コース
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚
   5,000円 10,000円
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚、ノベルティグッズ
   30,000円 50,000円
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚、ノベルティグッズ、大山忠作美術館図録、
  大山忠作作品のリトグラフ
   100,000円 200,000円
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昨日の段階で目標金額100万円に対し、支援総額65万5千円。あと34万5千円不足です。上に赤字で書きましたが、目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができるというシステムだそうで、このままでは成立しません。

当会としても支援を行いましたが、皆様にも是非宜しくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

「女性線」の詩は少々変なもので、フロイド学者の材料になりさうなものですが、事実見た夢の通りに書きました。


昭和24年(1949)3月6日 西田大三宛書簡より 光太郎67歳

「「女性線」の詩」は、「噴霧的な夢」。
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   噴霧的な夢

 あのしやれた登山電車で智恵子と二人、
 ヴエズヴイオの噴火口をのぞきにいつた。
 夢といふものは香料のやうに微粒的で
 智恵子は二十代の噴霧で濃厚に私を包んだ。
 ほそい竹筒のやうな望遠鏡の先からは
 ガスの火が噴射機(ジエツト・プレイン)
  のやうに吹き出てゐた。
 その望遠鏡で見ると富士山がみえた。
 お鉢の底に何か面白いことがあるやうで
 お鉢のまはりのスタンドに人が一ぱいゐた。
 智恵子は富士山麓の秋の七草の花束を
 ヴエズヴイオの噴火口にふかく投げた。
 智恵子はほのぼのと美しく清浄で
 しかもかぎりなき惑溺にみちてゐた。
 あの山の水のやうに透明な女体を燃やして
 私にもたれながら崩れる砂をふんで歩いた。
 そこら一面がポムペイヤンの香りにむせた。
 昨日までの私の全存在の異和感が消えて
 午前五時の秋爽やかな山の小屋で目がさめた。

まさにフロイト学派が泣いて喜びそうな夢判断が為されそうですね(笑)。

画像は昭和3年(1928)、箱根の大湧谷です。

智恵子の故郷・福島二本松の安達太良山で先週土曜日に開幕した「あだたらイルミネーション」について、地元紙『福島民友』さんが報じています。

母音があ段だらけの安達太良山 「あ」のオブジェお目見え、映え写真で話題 二本松市・あだたら高原リゾート

 福島県二本松市のあだたら高原リゾートで27日に始まったあだたらイルミネーション。ロープウエー山頂駅周辺の展望広場には「安達太良山」の「あ」にフォーカスした不思議モニュメント「【あ】のオブジェ」がお目見えした。母音があ段だらけの安達太良山で、阿武隈の山並みや安達太良の空をバックに「何これ?」と思わせるインスタ映え写真が撮影できると話題になっている。
 このほか、ロープウエー山頂駅内には「ADATARA LOVE&FLOWER」がテーマの花を題材とした「ビッグフラワーイルミネーション」が初披露された。
 点灯は午後7時~同9時。9月23日まで(8月26日以降は金ー日曜日と祝日のみ)。入場料は中学生以上700円、4歳~小学生500円。ロープウエー乗車券とセット料金もある。問い合わせはあだたら高原リゾート(電話0243・24・2141)へ。
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「【あ】のオブジェ」、「あだたら」の「あ」かと思っていたのですが、それも含め、「あだたらやま(ADATARAYAMA)」の母音全てが「あ(A)」だというところからの発想だそうで。

「ADATARAYAMA」を多項式のように表すと「A+DA+TA+RA+YA+MA」。これを因数分解すると、共通因数の「A」を括りだして「A(1+D+T+R+Y+M)」もしくは共通因数「A」は後ろに置いて「(1+D+T+R+Y+M)A」とした方がわかりやすいでしょうか。ちなみに多項式の展開や因数分解は中学校3年生の学習内容です。

閑話休題。「【あ】のオブジェ」、過日ご紹介したのは昼間の画像でした。
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今回のものは夜間のようですね。イルミネーションの点灯とともにライトアップされているのでしょう。たしかに「映え」ますね。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

予定通り十三日朝花巻を出かけて山に帰つて来ました。花巻は連日好晴で温かでしたが、山は夜など相当に冷えます。しかし山の空気は清澄で、花巻に比べると驚くほど爽快です。


昭和23年(1948)10月14日 宮崎稔宛書簡より 光太郎66歳

花巻町で智恵子と父・光雲の法要を済ませ、郊外旧太田村の山小屋に帰りました。花巻町の中心街からは20㌔ほどで、「山」と云っても急峻な山間部ではありませんが、20㌔の間、だらだらだらと長い坂をずっと上っていく感じで、気がつくと標高も高くなっていて、中心街とは明らかに気候が異なります。

この時期、標高1,700㍍の安達太良山も登山口まで登ればすでに高原の清涼さが味わえるのではないでしょうか。

昨日、プレスリリースが出ました。

60万球が光り輝く福島の夏の風物詩「あだたらイルミネーション」7/27(土)開幕 インパクト抜群な「あ」のフォトスポットが新登場!カラフルなインスタ映えメニューも多数!

富士急安達太良観光株式会社が展開する「あだたら高原リゾート」(福島県二本松市)では、2024年7月27日(土)~9月23日(月祝)の期間、「あだたらイルミネーション」を開催いたします。

今年で13年目を迎える本イベントは、冬はスキー場のゲレンデとして使われる広大な斜面に広がる名物「光の天の川」中心に、花や動物などをモチーフにしたイルミネーションで輝く、あだたら高原リゾートの夏の風物詩です。今年の見どころは、「夏の大三角形」や「北斗七星」といった夏の星座のイルミネーションを楽しめるほか、「ADATARA LOVE&FLOWER」をテーマに、花をモチーフとした東北初の「ビッグフラワーイルミネーション」や大きなハートのオブジェクトなど、夜の安達太良山を美しく彩るフォトジェニックなフォトスポットが多数登場します。

また、7月27日(土)より、「あだたらやま」の「あ」にフォーカスした新たな不思議モニュメント「【あ】のオブジェ」が、ロープウェイ山頂の展望広場に登場。よく見ると母音がア段だらけの「あだたらやま」で、阿武隈の山並みや安達太良の空をバックに、「何これ?」なインスタ映え写真を撮ることができます。加えて、ひらがなの「あ」がインパクト抜群な新メニュー「【あ】のチュロス」、「【あ】のソフトクリーム」、「【あ】のかき氷ソフト」も登場いたします。

夜だけではなく昼から来ても楽しめる「あだたら高原リゾート」はフードメニューも充実しています。ピリッと辛い「冷やし担々麺」やかき氷をたっぷりのせた「かき氷そば」、安達太良の夏の新定番、雪のようなふわふわ食感の冷たいスイーツ「あだたらスノーアイス」など、夏にぴったりのメニューが登場します。ぜひ、ご賞味ください。

この夏は、高村光太郎の智恵子抄で有名な「ほんとの空」、阿武隈の山々を見渡す絶景の大パノラマ、そして幻想的なイルミネーションを楽しみに、「あだたら高原リゾート」へぜひお越しください。

【「あだたらイルミネーション」概要】

開催期間     2024年7月27日(土)~9月23日(月祝)
  ※8月26日以降は、金・土・日・祝日のみの営業
営業時間     19:00~21:00  
  ※ロープウェイの上り最終20:30、下り最終20:50
料  金
 入場料 中学生以上700円、小学生以下500円
 入場料+ロープウェイ乗車料 中学生以上1,500円、小学生以下1,000円

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■【あ】のオブジェ
この夏、ロープウェイ山頂駅の旧スキーゲレンデの展望広場に「あだたらやま」の「【あ】のオブジェ」がフォトスポットとして新登場。様々なサイズの「あ」の文字が散りばめられた「【あ】の道」を抜けると、高さ約180cmのビッグモニュメント「【あ】のオブジェ」と、成長途中の生えかけの「【あ】のオブジェ」が、「【あ】の広場」に現れます。「あ」ぶくまの山々を背景に、豊かな成長を繰り返す「あ」だたらやまで、不思議な「あ」の映え写真を撮ることができます。イルミネーション期間にはライトアップされ、イルミネーションとともにお楽しみいただけます。あなたなりの「あ」の楽しみ方を見つけてみませんか?
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■【あ】の新メニューも登場!
「あ」のオブジェの登場とともに、「あ」をモチーフとした、「あ」のチュロス、「あ」のソフトクリーム、「あ」のかき氷ソフトが新発売!鮮やかな緑の木々や青い空にかざして写真を撮ると、インスタ映え間違いなしです。「あ」だたらやまで「あ」のフードをご賞味ください。
<新メニュー>
 「あ」のかき氷ソフト 600円 「あ」のソフトクリーム 500円 「あ」のチュロス 600円
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■夏のひんやりメニューを販売!
「富士急レストハウス」では、暑い夏にぴったりのメニューを販売いたします。夏のあだたらの定番スイーツとなった雪のようなふわふわ食感の「あだたらスノーアイス」や、イルミネーションと共にお楽しみいただける「光る氷ドリンク」、「光るかき氷」、ピリッと辛い「冷やし担々麺」、かき氷をたっぷりのせた「かき氷そば」もご賞味いただけます。
<フード・ドリンクメニュー> 
 光る氷ドリンク 600円 ブルースカイ(ブルーハワイ味)
 光るかき氷 600円 ブルースカイ(サイダー味)トワイライト(いちご味)
 あだたらスノーアイス 600円 (ストロベリー ・ ピーチ ・ チョコ)
 かき氷そば 800円  冷やし担々麺 900円
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【昼から来ても楽しめる魅力がいっぱい!】 
■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
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■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂で、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる「ほんとの空」を全身で楽しんでいただくことができます。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。

【施設概要】
 営業日  年中無休※メンテナンス休業あり
 営業時間  10:00~19:00(最終入館18:30)
 施設内容  収容可能人数80人(男女各40人)内湯(9㎡)、
      露天風呂(20㎡) ※男女別
 利用料金  大人700円/小人(4才~小学生)500円
 pH値  2.5(強酸性)
 泉質  単純酸性温泉
 適応症  神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え性
     疲労回復健康増進・慢性皮膚病
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「あだたら高原リゾート」営業概要
 営業時間 8:30~16:30※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照ください)
 お問い合わせ 
 福島県二本松市奥岳温泉  TEL:0243-24-2141
 アクセス 
 車 東京から東北自動車二本松IC(約150分)
   国道459号岳温泉経由・県道386号(約20分)
 鉄道 東京駅→郡山駅(東北新幹線約90分)
    郡山駅→二本松駅(東北本線約25分)
    二本松駅→岳温泉(福島交通バス約25分)
 岳温泉からタクシー約10分 

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

村長さんの娘さんから小包をうけとつてお礼を書いたハガキには甲州の山のクルミかと思つて申上げましたが、信州特産のクルミでは更に上等のわけであります。お心づくしが身にしみる思です。


昭和23年(1948)8月15日 石井鶴三宛書簡より 光太郎66歳

彫刻家・石井鶴三から信州産のクルミを貰った礼状から。かつて信州はクルミの名産地で、現代でも昔ほどではないものの産出が続いていると思います。上田市の当方亡父の実家にも大きな胡桃の木が一本、庭に生えていました。「かつては」というのは、戦前。戦時中になると、クルミの木材が小銃の銃床に最適だというので、乱伐が進んだためです。

智恵子の故郷・福島県二本松市にほど近い郡山市からイベントの情報です。といっても、智恵子がらみではありませんで、当会の祖・草野心平関連です。

郡山市中央図書館映画会「草野心平 ほとばしる詩魂」

期 日 : 2024年7月27日(土)
会 場 : 郡山市中央図書館3階視聴覚ホール 福島県郡山市麓山一丁目5-25
時 間 : 午前10時~/午後2時~   (※上映時間の30分前開場および整理券配布)
料 金 : 無料(先着100名)

スケールの大きな生命への賛歌、孤独をみつめる勇気、また植物や動物さらには鉱物とも共に生きようとする独特の共生感。優しさ、激しさ、軽やかさ、深さ---様々な表情をみせる心平の作品を「みる」「きく」「感じる」ためのDVD。

自筆原稿、書、絵画、写真などの豊富な資料と、心平が生まれ育った小川町の美しい自然、晩年を過ごした川内村 天山文庫等の映像で構成。

「ごびらっふの独白」「青イ花」「誕生祭」(以上、草野心平朗読)

「猛烈な天」「えぼ」「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉」
「蛙つりをする子供と蛙」「いいのか」「殺虐の恐怖のない平凡なひと時の千組の中の一組」
「秋の夜の会話」「蛙は地べたに生きる天国である」「上小川村」「デンシンバシラのうた」
「心平」「魚だつて人間なんだ」「牡丹園」「百姓といふ言葉」「わが抒情詩」
「おたまじゃくしたち四五匹」(以上、粟津則雄朗読)

「冬眠」「生殖Ⅰ」「月の出と蛙」「おれも眠らう」「Nocturne. Moon and Frogs.」
「天気」「遠景」

 ≪2006年/日本/52分≫
《朗読・出演・監修》粟津則雄 ​《協力》いわき市立草野心平記念文学館
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010「映画会」といっても、劇場公開された作品ではないようです。平成18年(2006)、QUESTさんという会社から発売されたDVDですね。心平自身の自作詩朗読も含まれ、さらに心平と親しかった故・粟津則雄氏による朗読、それからクレジットがないのですがプロの方の朗読も含まれているのでしょう。

こういうDVDがリリースされていたというのは存じませんでした。で、ジャケット画像を見て「ありゃま!」。光太郎による心平詩集『第百階級』(昭和3年=1928)序文の一節が取り上げられています。曰く「彼は蛙でもある。蛙は彼でもある。しかし又そのどちらでもない。」。

この序文、心平という詩人、その詩的世界(それはまた光太郎が追い求めた世界ともある部分で一致します)をこれほどまで的確に表した文章が他にあろうか、というものです。「詩人とは特権ではない。不可避である。詩人草野心平の存在は、不可避の存在に過ぎない。」「詩人は断じて手品師でない。詩は断じてトウル デスプリでない。根源、それだけの事だ。」「トウル デスプリ」は仏語で「tour d'esprit」。「性格」「傾向」と言った意味です。

DVDの中で光太郎と心平の交流等、粟津氏が解説なさっているのではないかと思われます。それから、心平の生まれ育ったいわき市、過日、心平を祀る第59回天山祭りが開催された川内村などの映像。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

雑誌「心」の小生の詩をよんで下さつた趣感謝しました。貴下は分かつて下さるでせうが、随分ひんしゆくされさうな内容なのでした。その後電車沿線にある山間の温泉にまゐり、混浴の大きな浴槽にひたりながら野性を帯びた老若男女の逞しい裸体を見て大いに渇を医やしました。製作の出来ないのが残念です。

昭和23年(1948)7月11日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎66歳

「雑誌「心」の小生の詩」は「人体飢餓」です。
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    人体飢餓

  彫刻家山に飢ゑる。
  くらふもの山に余りあれど、
  山に人体の饗宴なく
  山に女体の美味が無い。
  精神の蛋自飢餓。
  造型の餓鬼。
  また雪だ。

  渇望は胸を衝く。
  氷を噛んで暗夜の空に訴へる。
  雪女出ろ。
  この彫刻家をとつて食へ。013
  とつて食ふ時この雪原で舞をまへ。
  その時彫刻家は雪でつくる。
  汝のしなやかな胴体を。
  その弾力ある二つの隆起と、
  その陰影ある陥没と、
  その背面の平滑地帯と膨満部とを。

  脊椎は進化する。
  頭蓋となり骨盤となる。
  左右の突起が手足となる。
  腱があやつり肉が動かし、
  皮膚は一切を内にかくして
     又一切をこまやかに曝露する。
  造形はこの肉団を生(なま)では食はない。
  ばらばらにしてもう一度014
  高度の人体に組み立てる。
  けれども彫刻家の食慾は
  まずその生(なま)をむさぼり食ふ。
  天文学的メカニスムの大計算は
  それから起る獰猛エネルジイの力動作用(トラヴアイユ)。
  知性はこの時ただ一連の精密コムパだ。

  雪女はつひに出ない。
  雪はふぶいて小屋をゆすり、
  雪片ほしいままに頬をうつ。
  彫刻家は炉辺に孤坐して大火(おおび)を焚き、
  わづかに人体飢餓の強迫を心に堪へる。
  強迫は天地にみちる。
  晴れた空に雲の伯爵夫人は白く横はり、
  ブナの木肌は逞しい太股(ジゴ)を露呈し、016
  岩石に性別あり、
  山山はすべて巨大なトルソオである。
  火龍(サラマンドラ)を火中に見たのはベンベヌウト。
  彫刻家は燃えさかる火炎に女体を見る。

  戦争はこの彫刻家から一切を奪つた。
  作業の場と造型の財と、
  一切の機構は灰となつた。
  身を以て護つた一連の鑿を今も守つて
  岩手の山に自分で自分を置いてゐる
  この彫刻家の運命が
  何の運命につながるかを人は知らない。
  この彫刻家の手から時間が逃がす
  その負数(モワン)の意味を世界は知らない。
  彫刻家はひとり静かに眼をこらして017
  今がチンクチエントでない歴史の当然を
  心すなほに認識する。
  現代の肖像をまだニツポンは持ち得ない。
  岩手の山の貧しいかぎり、
  この現実はやむを得ない。
  あの珍しく彫刻的なコマンダンの首も
  つひに無縁に終るだらう。
  同時代のすぐれたいくつかの魂も
  造型的には無に帰して消えるだらう。
  彫刻家山に人体に飢ゑて
  精神この夜も夢幻(ゆめまぼろし)にさすらひ、
  果てはかへつて雪と歴史の厚みの中の
  かういふ埋没のこころよさにむしろ酔ふ。

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花巻郊外旧太田村で暮らし始めて2年半が過ぎました。当初は若い頃から憧れていた辺境での自由な生活の実現、山の中に文化集落を作るといった無邪気な夢想もあったのですが、続々届く友人知己等の戦死の報や、中央で巻き起こった戦犯糾弾の声などから、徐々に自らの戦争責任を省察せざるを得なくなります。

光太郎は戦犯として訴追されることは免れたものの、それで「助かった」ではなく、自らに罰を与える方向に舵を切ります。すなわち「自己流謫(るたく)」。「流謫」は「流罪」に同じです。

といって、幾ら不便とはいえ、ただ山中に暮らしているだけでは罰を与えることには成りません。そこで、考え得る限りの最大の罰として、「私は何を措いても彫刻家である」と自負していたその彫刻を封印することにしました。

ところが、それはあまりにも過酷な罰。吹雪の夜に見る夢や、凝視する囲炉裏の火に、彫刻すべき人体が幻のように見え、しかし、それを形にすることは叶いません。混浴の温泉(ちなみに書簡に書かれているのは鉛温泉の白猿の湯です)に浸かっていても考えるのは人体彫刻……。

戦争はこの彫刻家から一切を奪つた。」と、恨み言の一つも言いたくなるでしょう。しかし、それを書簡では「随分ひんしゆくされさうな内容」としています。

こうした生活が昭和27年(1952)、青森県から「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作依頼が来るまで続きます。

昨日は福島県川内村に赴き、当会の祖・草野心平を祀る第59回天山祭りに列席して参りました。

その模様の前に、一昨日。酒をこよなく愛した心平大明神に奉納するための一升瓶を買いに、自宅兼事務所から車で7~8分ほどの造り酒屋さんへ。
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かの勝海舟も逗留したことがあるという馬場本店酒造さん。創業は天保年間、奥に見える煉瓦造りの煙突は明治33年(1900)の建造だそうで。
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テレビの旅番組やドラマ/映画のロケなどにもよく使われています。「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」代表をお願いした渡辺えりさん主演の2時間ドラマ「100の資格を持つ女 風薫る水郷・佐原の醤油蔵に呪いの連続殺人!!」(平成22年=2010)では、警視庁職員(刑事ではありません)のえりさんが、こちらに従業員として潜入捜査(笑)。
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ただしPXL_20240712_012829217、造り酒屋ではなく醤油蔵という設定でしたが。

一升瓶の箱詰めや包装をしていただいている間に、カウンターにあった芸能人の皆さんなどのサイン色紙をチェック。えりさんのものもありました。

千葉県香取市佐原地区、馬場酒造さんをはじめ、創業百何年という商家も多く、江戸時代から昭和戦前の建物が現役で活用されており、関東地方で初の伝統的建物群保存地区に認定されました。

ちなみに明日、7月15日(月)から7月19日(金)まで全5回、地上波テレビ朝日さん系の「じゅん散歩」で高田純次さんがレポートなさいます。ぜひご覧の上、足をお運び下さい。


さて、昨日の川内村。早速、持参した酒を奉納。
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このあとも数本の一升瓶が捧げられ、泉下の心平はウハウハだったことでしょう(笑)。

会場は村民の皆さんが心平のために別荘として建ててあげた天山文庫。光太郎実弟の豊周も建設委員として名を連ねました。
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昨年は雨のため村営体育館での開催でしたが、今年は天候の心配もなく、本来の会場での開催となりました。木漏れ日が実に爽やかでした。
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早めに着いたので、ひさしぶりに天山文庫内を見学。まずは一階の座敷。何気に心平本人や棟方志功、川端康成らの書などが掲げられています。
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心平寄贈の蔵書を収めた書庫。
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心平が題字を揮毫した書籍や、光太郎関連の心平編著も。
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二階の座敷。おそらく寝室として使われていたのでしょう。
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窓の下には「十三夜の池」。

午前10時、祭りの開幕。
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あいさつ、祝辞、献花と続き、川内村の小中学生の皆さん、かつて心平が主宰していた『歴程』同人の方々による詩の朗読、郷土芸能の披露などが行われました。
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「川内甚句」では、参列者の皆さんを巻き込んで、十三夜の池の周りを踊りながらぐるぐる。顔がわかってしまうような画像はアップしないで下さい的なお願いがありましたので、遠景を。

こうした和気あいあいの雰囲気にも、泉下の心平が眼を細めているような気がしました。

終了後、遠藤村長をはじめとする村の方々、天山祭り等で顔なじみになった県外の心平ファンの皆さん、そして『歴程』同人さんたちに、中西利雄・高村光太郎アトリエ保存のための署名をお願いし、30人分ほどいただけました。ありがたし。

この天山祭り、末永く続くことを心より祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

皆さんの帰つてゆくのが名残惜しいやうでした。又その節はお心をこめた御馳走のかずかずを頂戴してありがたうございました。前の晩おそくまでかかつて作られたといふおいしい今川焼きも幾年ぶりかで味はふ事とて無類でした。まつたく無邪気な純粋なかういふ時間はありがたいと思ひます。現世では数へるほどしか数の少い幸福です。かういふ幸福をつくり出すお仕事は何といふいいものでせう。大きくいへばかういふ善意そのものこそ人類を救ふのでせう。


昭和23年(1948)6月8日 照井謹二郎・登久子宛書簡より 光太郎66歳

光太郎の隠棲していた旧太田村で、照井夫妻が主宰していた児童演劇「宮沢賢治子供の会」の出張公演が為されたことに対する礼状の一節です。

まつたく無邪気な純粋なかういふ時間はありがたい」「大きくいへばかういふ善意そのものこそ人類を救ふ」。昨日の天山祭りに列席し、当方も似たような感想を持ちました。

一昨日の『福島民報』さん一面コラムです。

あぶくま抄 北帰行

残念なニュースが報じられて久しい。本県から首都圏などに出て行く若者が、入ってくる数を上回っている。いわゆる「転出超過」。女性は顕著で、全国上位のままだ。古里はそんなに魅力に乏しいのか▼首都圏在住の県内出身者(18~34歳)を対象に県が初めて実施した調査で、「福島県に戻る可能性がある」との回答が25%を占めた。4人に1人は多いか、少ないか。両論あろうが、都会へのあこがれと現実との落差に気付き、リセットを考える県人は確かにいるのだろう。高層ビルの乾いた林で思い探すは、懐かしい「ほんとの空」か▼若い世代よ、大いに語れ―。福島市は13日、初の「福島っ子ベース」を市内で開く。高校生から30歳未満が集う。進学、就職、結婚、子育てなどをテーマに、思いの丈を発する。寄せられた声は「市こども計画」に生かされる▼給食や医療費の無償化から、おむつの提供まで、自治体は懸命に「子育てファースト」施策を進める。最後のひと押しは、膝詰めで語り合える仲間がいるかどうかかもしれない。SNSファーストのお付き合いに疲れたならば、訛[なま]り懐かし古里へ。ほんとの空は翼を広げ、都会からの北帰行を誘っている。

コロナ禍の頃は東京一極集中が見直され、リモートワークであれば地方でも、と、地方へのUターンやIターンが話題となりましたが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」でしょうか、またしても「転出超過」、光太郎が(智恵子が)謳った「ほんとの空」のある福島も例外ではないようで……。
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 智恵子は東京に空が無いといふ、
 ほんとの空が見たいといふ。
 私は驚いて空を見る。
 桜若葉の間に在るのは、
 切つても切れない
 むかしなじみのきれいな空だ。
 どんよりけむる地平のぼかしは
 うすもも色の朝のしめりだ。
 智恵子は遠くを見ながら言ふ、
 阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
 毎日出てゐる青い空が
 智恵子のほんとの空だといふ。
 あどけない空の話である。

詩の執筆は昭和3年(1928)5月11日、翌月、尾崎喜八らと一緒に出していた雑誌『東方』に発表されました。この年、智恵子は43歳(数え年です。以下同じ)。故郷の空に思いを馳せる、というと、やはりある程度の年齢になってからが多いのでしょうか。

明治40年(1910)に日本女子大学校を卒業した後、実家の反対を押し切って福島には帰らず、油絵画家として成功することを夢見ていた20代の頃は、「ほんとの空」を懐かしむ余裕もなく、がむしゃらに突っ走っていたのかも知れません。

大正3年(1914)、29歳で光太郎と結婚し(結婚披露は行ったものの入籍しない事実婚でした)、画家として行き詰まりを感じるようになると、「私と同棲してからも一年に三四箇月は郷里の家に帰つてゐた。田舎の空気を吸つて来なければ身体が保たないのであつた。彼女はよく東京には空が無いといつて歎いた。」(光太郎「智恵子の半生」昭和15年=1940)。

しかし、恐慌のあおりや、父の死後、あとを継いだ弟の不行跡で実家の造り酒屋・長沼酒店はどんどん傾き、「あどけない話」が書かれた前日には、不動産登記簿によると長沼家の家屋の一部が福島区裁判所の決定により仮差し押さえの処分を受けています。光太郎がこうした事情を知らなかったとは考えにくく、その苦悩を「あどけない話」で暗示しているのでしょう。ちなみに翌昭和4年(1929)には、長沼家の全ての家屋敷は人手に渡り、家族は離散、智恵子は帰るべき故郷と「ほんとの空」を失います。

それが決定打となって、心の病がどんどん昂進していったのでしょう。誰の目にも智恵子の異状が明らかになったのは光太郎の三陸旅行中の昭和6年(1931)、智恵子46歳の時からと言われますが、夫妻と親しかった深尾須磨子の回想などによれば、それ以前のかなり早い段階から、智恵子には異様な行動やつじつまの合わない発言が見られていたそうです。

現代の人々にも、「ほんとの空」が失われないうちに、それぞれの「ほんとの空」のある場所へと「帰行」するのも一つの選択肢だよ、と言いたいところですね。

ちなみに最近、自宅兼事務所近くでこんな看板を見付けました。
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月極駐車場の看板ですが(笑)。
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以前に同様の画像が旧ツイッターにたびたび投稿されていて、「智恵子さん、東京にも空がありますよ」みたいなツイート。それを見て、自分でもこの手の看板を見付けたいものだと思い、主に都内に出た時に注意していたのですが、自分のテリトリーで見付けてしまいました(笑)。

自分もUターン組でして、都内や東京近郊に住んでいた頃には、あまり「空」を意識していませんでしたが、田舎に引っ込み、ある程度年齢を重ね、さらに智恵子の「ほんとの空」への思いなどにも触れると、都会には無いきれいな空が拝める幸せを感じるようになりました。
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戦後になって、花巻郊外旧太田村に隠棲した光太郎も、同じようなことを感じていたような気がします。

ところで、今日は『福島民報』さんから引用させていただきましたが、やはり最近、ある全国紙の読書欄でも「福島」「智恵子抄」といった紹介が為されました。しかし、それを書いているのが、とにかく批判ありきの薄っぺらなセンセイですので、黙殺させていただきます。記事が載ったのに気づいてないの? と言われるのも癪なので弁明しますが、そのセンセイ、事実確認もろくすっぽせずにあっちにもこっちにも噛みついてばかりのどうしようもない方ですので(かえって辛口だからともてはやされているようです)、紹介する価値を見いだせません。内容的にも「内容が無いよう」でした(笑)。過去にはこのブログでも、そういう方だと知らなかった頃の新聞寄稿を一度だけ紹介してしまいましたが(笑)。

批判をするな、というのではありません。しかし批判のための批判としか読めないものは控えるべきではないでしょうか。

【折々のことば・光太郎】

まだ当分は山に引き籠つてゐて上京はせぬつもりで居ります。今日の不合理な旅をするのもイヤですし、東京の空気を考へると泥水の中へ行くやうな気がして気がすすみません。


昭和23年(1948)4月18日 西出大三宛書簡より 光太郎66歳

都民の皆さん、気を悪くなさらないで下さいね(笑)。

当会の祖・草野心平が生前に愛し、心平没後は心平を祀る意味合いも込められるようになったイベントです。

第59回天山祭り

期 日 : 2024年7月13日(土)
会 場 : 天山文庫 福島県双葉郡川内村大字上川内字早渡513
       雨天時は村民体育センター 川内村大字上川内字小山平15
時 間 : 午前10時~11時35分
料 金 : 500円

「天山祭り」は、名誉村民となった詩人・草野心平が自身の3000冊もの蔵書を寄贈したことで、村の人たちによって贈られた「天山文庫」の落成を記念して始まりました。心平自身、この祭りが好きで、食べて飲んで、語り合い、住民や親交のあった人たちとの交流を時を忘れるほど楽しんだそうです。 現在もゆかりのあった人々が、心平の詩の朗読や、三匹獅子舞などの郷土芸能などを楽しみながら、心平を偲ぶ祭りとして毎年7月第2土曜に開催されています。

お問い合わせ先 川内村教育委員会 電話:0240-38-3806
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心平は隣接するいわき市の出身ですが、川内村の名誉村民に認定していただいております。そもそもは昭和24年(1949)、蛙をこよなく愛した心平の「モリアオガエルを見たい」という発言に、村の長福寺の矢内俊晃住職が、モリアオガエルの棲む平伏沼(へぶすぬま)が村にあるので来てほしいと手紙を出して招いたことに始まります。心平の川内村訪問は4年後の昭和28年(1953)が最初でした。

村ではその後も訪れ続ける心平のために、昭和41年(1966)、別荘を建てて下さいました。それが天山祭り会場ともなっている天山文庫です。設立準備委員には、光太郎実弟で心平と昵懇の間柄だった豊周も名を連ねました。

その落成記念を兼ねて始まったのが天山祭り。以後、心平は出来る限り参加を続け、村人達と楽しいひとときを過ごしました。
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そして心平没後は、心平を祀る意味合いも付与して続き、さらに東日本大震災による福島第一原発の事故で余儀なくされた全村避難の解除後は、震災からの復興を確認するという目的も加わっています。

昨年の第58回は、光太郎生誕140周年ということもあり、当方に講演の依頼があって、べしゃくって参りました。主に最近見付けた心平と光太郎のエピソードの紹介でした。心平には『わが光太郎』(昭和44年=1969)という著書があり、光太郎と過ごした日々が色々と語られていますが、それも「余すところ無く」というわけではなく、調べれば調べるほど同書には割愛されている「こんなこともあったのか」の連続でして。

今年はいち聴衆として参加します。みなさまもぜひどうぞ。

ところで心平ついでにもう1件。いわき市の草野心平記念文学館さんから、先月末まで開催されていた企画展示「草野心平の旅 所々方々」の図録が送られてきました。多謝。心平がその生涯に、どんなところにどういう目的で旅をしたのか、という視点からの企画展で、留学や戦争の関係で長期滞在した中国をはじめとする海外、そして北は北海道から南は沖縄までの国内ほぼ全域(なぜか四国へは行く機会がなかったようですが)。

「あまり光太郎とは関わらない展示だろう」と思って、足を運びませんでしたが、十和田湖だけは光太郎とのからみが少し紹介されていました。
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昭和28年(1953)に除幕された光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の関係で、心平はその建設在京委員の一人でしたし、昭和27年(1952)の光太郎の十和田湖下見旅行や翌年の除幕式に同行しています。そして中野の貸しアトリエで像の制作に当たっていた光太郎を物心両面から支援もしました。

下記は図録には載っていませんが、除幕式前後の十和田湖でのカット。心平の左後に像のモデルを務めた藤井照子が写っています。
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図録はオールカラーですが、全8ページの簡易的なもの。ご入用の方、同館までお問い合わせ下さい。

【折々のことば・光太郎】

庭でもうぐいすが啼いてゐるとの事ですが、こちらの山の中ではまだ雪が消えず、少しづつ降つてゐます。鳥はセキレイ、キツツキ、ヤマバトなどが今はないてゐます。

昭和23年(1948) 高村珊子宛書簡より 光太郎66歳

故・珊子さんは昨日ご紹介した書簡の高村美津枝さんと姉妹。同じ日に姉妹それぞれに別々に葉書を出しました。文面で姉妹からの来翰に対する返信とわかりますが、それぞれに別々に返信するあたり、愛を感じますね(笑)。

ちなみに当方自宅兼事務所は千葉の田舎で、このブログを書いているたった今も、裏山ではウグイス、ホトトギス、その他名も知らぬ鳥の声(夜はフクロウ系)。さらに4、5日前から蟬も鳴き始めています。

智恵子のソウルマウンテン、福島の安達太良山関連で2件。

まず、二本松市さんの広報誌『広報にほんまつ』来月号。5月19日(日)に行われた「第70回安達太良山山開き 絵になる、詩になる、ほんとの空。」について報じています。6月号には間に合わなかったようで。
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NHKさんのローカルニュース、地元紙での報道についてはこちら

続いて、クラウドファンディング。

ほんとの空がある安達太良山の登山道を整備して、安全で快適な登山を楽しんでほしい!

寄付募集期間:2024年4月26日~2024年7月24日(90日間)
目標金額:1,000,000円

寄付金の使い道
・道標修繕費:1,000,000円
※目標金額に達しなくても、本プロジェクトの事業費として全額を活用させていただきます。

【事業実施のスケジュール】
2024年8月~10月:修繕の実施

 安達太良山(1,700m)は、磐梯朝日国立公園の南端に位置し、南北約9キロにわたって連なる安達太良連峰の主峰で、日本百名山・花の百名山の一つに数えられています。
 彫刻家で詩人の高村光太郎の詩集「智恵子抄」に綴られた“ほんとの空”としても知られており、ロープウェイを利用すると約1時間半で山頂に到着するため、登山初級者でも気軽にトレッキングを楽しめる魅力の山です。
 しかし、登山道に設置してある道標は老朽化や風化による損傷が見られます。また、霧の発生や荒天時には、視界不良により登山道から外れてしまうことが心配されます。
 このプロジェクトでは、登山道の道標を整備し、安全で快適な登山道の環境整備に取り組みます。
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多くの登山者に愛される安達太良山(あだたらやま)
 安達太良山は、別名「乳首山(ちちくびやま)」とも呼ばれる標高1700mの山です。
 万葉集にも歌われ、また詩人・彫刻家として有名な高村光太郎は、「阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が、智恵子のほんとの空だといふ」(あどけない話)等を詠み、智恵子のふるさととしても知られています。
 ロープウェイを利用すると約1時間半ほどで山頂に到着するため、登山初心者や家族連れでも気軽にトレッキングを楽しめるのが魅力です。稜線に広がる景色は登山者を魅了します。
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 緑眩しい初夏(6月中旬~下旬)には、鮮やかなオレンジ色の「レンゲツツジ」が映えます。
 7月上旬~下旬には天然記念物(県指定)の「ヤエハクサンシャクナゲ」が登山者の心を和ませます。
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 紅葉の名所としても知られており、特に毎年9月下旬から10月中旬には多くの人で賑わいます。
 明治33年(1900年)の大爆発によってできた巨大な噴火口の「沼ノ平火口」周辺は、荒々しい山肌に囲まれ月世界のような景色が見られます。
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道標を修繕します
 登山者の安全な登山のため、分岐等に道標が設置されていますが、現在設置されている道標の中には、老朽化や風化により劣化が進み十分に機能していないものがあります。
 このような道標を修繕していくことで、霧の発生や荒天時でもしっかり確認できるようにし、より安心して安全に登山を楽しんでいただきたいと思います。
 また、近年増加している外国人観光客にもわかりやすいように、英語表記も記載します。
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二本松市長から皆さまへ011
 日本百名山、花の百名山としても知られる安達太良山は、春から夏には可憐に咲き誇る高山植物、秋には美しい紅葉、冬はスキーと四季折々を通して多くの方に親しまれています。初級者から上級者まで登山を楽しむことができるのも魅力で、登山地図アプリ「YAMAP」の登られた山ランキングでは、3年連続で第1位となっています。
 登山道の整備につきましては、地元自治体をはじめ、地元の山の会やボランティアの皆様の協力により登山道の整備を行っておりますが、登山道の一部や道標には老朽化により傷みが見られます。
 本プロジェクトを通して老朽化の見られる道標を修繕し、登山者の皆様にとって安全で快適な登山環境整備の一助になればと考えております。
 皆様のあたたかいご支援をよろしくお願いいたします。
二本松市長 三保恵一

「ふるさと納税」制度による寄附の受付だそうです。返礼品もいろいろ用意されています。

「ふるさと納税」というと何か書類を色々書いたりでめんどくさいのかな、と思い込んでいたのですが、オンラインでのクレジットカードや各種pay、現金によるコンビニ払いなどもできるようです。

実はまだ寄附していないのですが、検討の上、対応してみようと思っております。皆様も是非よろしくお願いいたします。

【折々のことば・光太郎】

今朝は去年八月二十三日に貴下からいただいた練乳の罐をあけ、あの大きい湯呑に紅茶をおいしくいれてのみました。久しぶりの味です。そして貴下を遠く偲びました。

昭和23年(1948)2月10日 田口弘宛書簡より 光太郎66歳

故・田口弘氏は元埼玉県東松山市教育長。この当時は市内の中学校に勤務していました。戦時中に光太郎の知遇を得、南方に出征する際には著書や色紙揮毫を貰って励まされたものの、乗っていた輸送艦が撃沈されて九死に一生。光太郎書などは海の藻屑と消えました。

復員後、花巻郊外旧太田村に隠棲していた光太郎の元を訪れ、戦時中に書いて貰ったのと同じ文言を揮毫してもらい、家宝としていたとのこと。それらは氏が「終活」の一環として亡くなる前年に東松山市に寄贈、現在、市立図書館さんで公開されています。

それにしても光太郎、あざといですね。「そして貴下を遠く偲びました」などと書かれては、「また何か贈らなきゃ」と思うでしょうから(笑)。

3件ご紹介します。

まず、智恵子の故郷・福島の地方紙『福島民報』さん、6月2日(日)の一面コラム。

あぶくま抄

「日本百名山」の出版に先立つ1960(昭和35)年の晩秋、著者の深田久弥さんは安達太良山に登る。万葉集や高村光太郎の詩にうたわれる文学性に憧れていた。岳温泉の食堂の2代目で安達高山岳部OBの佐藤龍一郎さんと、後に郡山市長を務める藤森英二さんの青年2人が案内した▼中腹のくろがね小屋で温泉に漬かって1泊すると、翌朝は雪。霧にも包まれた中、的確な先導で登頂を果たす。著書「わが愛する山々」につづられている。今、食堂を守る3代目が店先に立てた看板には、同伴した父の誇らしげな山男姿の写真がある▼父子の絆は二本松の酒蔵にも受け継がれている。蔵元の男性は安達太良山の古名にちなむ酒「甑峯[こしきみね]」を背負い、今年も山開きに参加した。亡くなった先代がぜひ、その名を冠した酒を造りたいと願っていた。先代は明治大山岳部で冒険家の植村直己さんの後輩だった。仕上がった酒の味わいは山好きの思いを映し、「晴れた空のよう」とも評される▼あれが阿多多羅山―と、光太郎は妻智恵子の郷里を慈しんだ。名峰がよこすやまびこは、たくさんの面影を乗せてくる。百名山の中でもひときわ輝く光を放って。安達太良山のほんとの空に。

かの『日本百名山』で安達太良山も選出し、今回の『福島民報』さん同様「樹下の二人」(大正12年=1923)や「あどけない話」(昭和3年=1928)を引用してくれた深田久弥。地元の人々との交流もひとかたならぬものがあったのですね。

続いては、『山陰中央新報』さん、6月1日(土)の掲載分。

きょうの歴史

▽「青鞜社」設立(1911年)

 女性運動家の平塚らいてうら女性5人が東京の駒込で発起人会を開き、文芸集団「青鞜社」を設立した。9月に日本初の女性文芸誌「青鞜」を創刊。

智恵子がその表紙絵を描いた『青鞜』。発刊は明治44年(1911)9月でしたが、発起人会は6月1日だったそうですが、あまりその日付は意識していませんでした。

ちなみに会場は「東京の駒込」とありますが、当時の本郷区駒込林町の物集和子邸。跡地(現在はマンション)には文京区教委による「青鞜社発祥の地」の案内板が建っています。和子の父は国文学者・物集高見でした。現在は駒込というより千駄木です。JRの駒込駅からはそこそこ離れています。山手線だと日暮里駅や西日暮里駅の方が近い感じです。かつての森鷗外邸・観潮楼(現・文京区立森鷗外記念館)はすぐ目の前、光太郎智恵子の愛の巣のアトリエ兼住居も、翌年、指呼の距離に竣工します。
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発起人は5人。らいてう、物集、木内錠子、保持研子、中野初子。おそらくこの席上では智恵子に表紙絵を依頼することは決まっていたのだと思われます。

最後に埼玉県東松山市の広報誌『広報ひがしまつやま』今月号、市民の皆さんの投稿文芸欄。
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短歌の部の二首目、「主夫として家事に勤しむ連翹忌歩行器の妻の後ろを歩む」。「連翹忌」の語を入れて下さいました。ありがたし。

同市は亡くなった元教育長の田口弘氏が光太郎と交流があり、さらにそこに氏と意気投合した高田博厚がからんで、光太郎関連のもろもろが同市に残されていますので、「連翹忌」の語も意外と自然に出てくるのではないかと思われます。それでも「「連翹忌」って何?」という方のために選者氏が「連翹忌は四月二日の高村光太郎の命日」と解説して下さいました。

よく書いていますが、「「連翹忌」って何?」程度ならともかく「高村光太郎って誰?」という世の中にならないよう、活動を続けていきたいものだとあらためて思っておりますので、ご協力よろしくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

暗愚は暗愚なりに書きたいものを書く外ありません。


昭和22年(1947)11月23日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎65歳

この年発表した、自らの生涯を振り返り、戦争責任を省察する連作詩「暗愚小伝」が念頭に置かれています。何だかんだ言いながら結局筆を折ると言うことをしなかった光太郎、つくづくクリエイティブな人間だったんだな、と思います。

5月19日(日)、当方が智恵子の故郷・福島二本松で開催された「高村智恵子生誕祭」に参加しておりました同日、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山は第70回山開きでした。今年のキャッチフレーズが「絵になる、詩になる、ほんとの空。」。ありがたし。

同日、NHK福島放送局さんのローカルニュース。

安達太良山で山開き

 二本松市や猪苗代町などにまたがる安達太良山で、19日、山開きが行われ多くの登山客でにぎわいました。
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 磐梯朝日国立公園内にある安達太良山は、標高およそ1700メートルで、「日本百名山」の1つに数えられ毎年、多くの登山客が県内外から訪れます。
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 19日は今シーズンの山開きで、二本松市の奥岳登山口では午前8時から安全祈願祭が行われ、地元の関係者らが玉串をささげて登山の安全を祈りました。
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 訪れた大勢の登山客は山頂を向かって登り始め列をつくって進んでいきました。
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 19日は雲の切れ間から青空も見え、山の中腹では、安達太良山の山頂と周囲に連なる山々の風景や眼下に望む町並みなどを写真におさめて楽しんでいました。
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 千葉県から訪れた70代の女性は「気持ちいです。ことしは70回目の山開きということで、楽しみして来ました」と話していました。
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 また、仙台市から訪れた50代の男性は「智恵子抄でいう“ほんとの空”が見えたなと思いました。山登りは苦しいですが、景色を見ると疲れがとれます」と話していました。
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 二本松市によりますと昨シーズンの奥岳登山口からの登山者は9万7000人余りで、今シーズンも10万人ほどを見込んでいるということです。
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翌日の地方紙『福島民友』さん。

安達太良山、70回目の山開き 「ほんとの空」と絶景満喫

013 二本松市などにまたがる日本百名山の一つ、安達太良山(1700メートル)で19日、第70回山開きが行われた。節目の年となった今回は県内外から昨年を千人ほど上回る約5千人が訪れた。登山道や岩場を踏みしめながら山頂を目指し、眼下に広がる絶景のパノラマを満喫した。
 青空が広がる中、登山者は新緑が生い茂る雄大な景観を眺めながら歩みを進めた。山頂では安達太良連盟が70回記念のピンバッジとペナントを登頂者に配布した。二本松市から毎年訪れている根本和子さん(64)は「汗をかきながら登ってきた。頂上で食べるお弁当が楽しみ」と笑顔で話した。
 安全祈願祭は安全面などを考慮し、会場を山頂から奥岳登山口(二本松市)に移して行われた。安達太良連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使でタレントのなすびさん(福島市出身)らが無事故を願った。

同紙ではYouTubeさんに動画もアップして下さいました。


途中の薬師岳パノラマパークに聳える「ほんとの空」木柱が取り上げれています。多謝。
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『福島民報』さん。

本格的な登山シーズンの到来、多彩な行事で祝う 安達太良山開き 「ミズあだたら」に橋本さん(福島県三春町)

 日本百名山の一つ、安達太良山(1、700メートル)で19日に行われた山開きでは、本格的な登山シーズンの到来を多彩な行事で祝った。登山者は〝ほんとの空〟の下、美しい自然の中を歩いて山頂を目指した。
【安全祈願祭】奥岳登山口で二本松市の塩沢神社の滝本和栄宮司による神事に続き、安達太良連盟会長の三保恵一二本松市長が「安達太良山の春はツツジやシャクナゲ、様々な草花、秋は紅葉、冬は雪山と四季を通じて楽しめる。多くの人に楽しんでほしい」とあいさつした。
【山頂】県内外からの登山客でにぎわった。家族連れやグループが昼食を取ったり、眼下に広がる雄大な景色を背に記念撮影する姿が見られた。福島市出身のタレントで安達太良山観光大使のなすびさんとの写真撮影も行われ、登山客が列を作った。
【ミズあだたらコンテスト】出場した女性38人の中から「ミズあだたら」に選ばれた三春町の主婦橋本由香里さん(54)は「I LOVE 安達太良山」と書かれた特製ボードを用意して審査に臨んだ。「70回の節目に選ばれてうれしい。また参加したい」と笑顔を見せた。
【ペナント】山頂で70回記念のピンバッジとペナントを配った。バッジは直径2・5センチで、残雪の安達太良山の写真に「70th 安達太良山 山開き 標高1700M 2024.5.19」と記されている。
【あだたらマルシェ】奥岳登山口で初開催し、周辺の観光案内、軽食、アクセサリーなど11のブースが並んだ。登山客に二本松食や魅力をアピールした。
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ところで、山開きは終わってしまいましたが、こんなイベントが開催されます。

第23回オリエンテーリングあだたら高原大会・あだたら高原ロゲイニング大会

期 日 : 2024年6月2日(日) 雨天決行
会 場 : あだたら高原・岳温泉周辺(福島県二本松市)
時 間 : 7:15 ロゲイニング5時間受付
       8:00 ロゲイニング5時間スタート
       8:15 開 場
       9:15 ロゲイニング3時間スタート
       9:45~グループクラス初心者説明(※)
       10:00~オリエンテーリング個人スタート
       10:15 オリエンテーリンググループスタート
       13:30 フィニッシュ閉鎖(予定)
       14:30 閉 場
料 金 : 
 オリエンテーリング
  個人クラス 2,200円(大学生以下1,700円、当日申込は3,000円)
  グループクラス・個人初心者クラス
  小中学生 500円/名(当日申込は700円)※未就学児は無料
  高校生以上 1,000円/名(当日申込は1,200円)
  個人初心者 1,500円/名(当日申込は2,000円)
  Eカードレンタル (※個人クラス、個人初心者クラス)300円
 ロゲイニング  中学生 1,000円 高校生以上 3,000円

 今年も、オリエンテーリング(ミドルディスタンス競技と家族・グループ向けのスコアO)とロゲイニング(3時間、5時間)と多彩な内容で皆様の参加をお待ちしています。
 恒例の「温泉無料券」の配布と「宿泊助成券」が当たる抽選会も予定しています。
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キャッチコピーが「歩いて 楽しんで 「ほんとの空」を探そう」。「ほんとの空」の語を冠されてしまっては、紹介しないわけに参りません(笑)。

申込は今日まで。我こそはと思う方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

彫刻の正当な製作物が資材の関係でまだ三四年は得られないので少々遺憾ですが、小生はあせりません。人体に対する渇望は嘔吐をもよおすほど強いのですが、今はこらへてゐます。そして健康と精力との涵養につとめてゐます。七十歳を目当にしてゐます。


昭和22年(1947)9月29日 水澤澄夫宛書簡より 光太郎65歳

この頃から、彫刻は封印、という方向に舵を切り始めたようです。

5月18日(土)、翌日の二本松市での智恵子生誕祭が午前9時開会と早めだったこともあり、郡山市に宿泊しました。そこでこの日は少しゆっくりめに千葉の自宅兼事務所を出、寄り道しながらの行程でした。

立ち寄り先は田村郡小野町の「ふるさと文化の館」さん。
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こちらの一角に、同町出身の作詞家・丘灯至夫を顕彰する丘灯至夫記念館が含まれています。
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丘灯至夫の代表作は、舟木一夫さんが歌った遠藤実作曲「高校三年生」。それ以外にも、令和2年(2020)に放映された朝ドラ「エール」で効果的に使われた共に古関裕而作曲の「長崎の鐘」や「高原列車は行く」、さらにはアニソンで「ハクション大魔王」、「みなしごハッチ」などの作詞も手がけるなど、幅広く活躍しました。

そして昭和39年(1964)には、二代目コロムビア・ローズさん歌唱の「智恵子抄」。
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安達太良山が謳い込まれ、二本松市ではソウルソングとして防災無線の正午のチャイムにも採用されています。5月19日(日)にもちょうど光太郎詩碑のある鞍石山で聞きました。

記念館には「智恵子抄」に関わる展示も為されていて、平成25年(2013)に一度お邪魔いたしました。

今回は、今年、丘灯至夫の伝記漫画が出版されたということで、そちらにも「智恵子抄」に関わる部分があるだろうと思い、それをゲット出来ないかと考えての訪問でした。

小野町の広報誌『広報おのまち』今月号の記事。
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伝記漫画は、B&G財団さんの助成を受けて刊行。同じシリーズで昨年、岡山県赤磐市さんで、光太郎と交流のあった詩人・永瀬清子のそれが刊行されています。B&Gさん、広く全国で「ふるさとゆかりの偉人マンガ」シリーズの助成を行っています。

丘灯至夫の伝記漫画に関して、先月出た『福島民報』さんの記事。

丘灯至夫さんの伝記漫画完成 故郷の福島県小野町でお披露目 「高原列車は行く」「高校三年生」など作詞

 福島県小野町の名誉町民で作詞家の丘灯至夫さん(1917〈大正6〉年~2009〈平成21〉年)の伝記漫画が完成し、町が27日に町内でお披露目した。「高原列車は行く」「高校三年生」などの国民的ヒット曲を世に送り出した人生が描かれており、町民の郷土愛を育むために活用される。
 漫画は「小さな巨人」のタイトルでB6判100ページ。幼少期は病弱だった丘さんが新聞記者となり、詩人の西條八十さんや作曲家の古関裕而さん(福島市出身)らと出会いながら作詞家として活躍していく姿を伝える。小野町の豊かな自然も描かれている。
 町民らでつくる製作実行委員会が構成を考え、シナリオを高見沢功さん(猪苗代町)、作画を吉川むつみさん(郡山市)が担当した。3500冊を作り、全戸に配布するほか、町の図書館にも配置。小中学生の授業で教材として活用し、郷土の将来を担う人材育成に役立てる。秋には作詞コンクールを計画している。
 B&G財団(本部・東京都)の「ふるさとゆかりの偉人マンガ製作と活用事業」に採択され、費用の一部について補助を受けた。同財団のホームページで漫画を無料公開し、全国の人に見てもらう。
 27日は丘さんの記念館を併設する町ふるさと文化の館でお披露目式が行われ、村上昭正町長や丘さんの長男西山謹司さん(千葉県)らがテープカットした。西山さんは「私が知らない父の姿も描かれている。漫画になって里帰りでき、父も光栄だと思う」と謝意を述べた。漫画の完成を記念し、館内で8月25日まで丘さんの特別記念展が開かれている。
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「小野町ふるさと文化の館」内には町立図書館さんもあり、そちらに置いてありまして、拝読。予想通り「智恵子抄」に関する部分がありました。しかも、これは予想外でしたが、当会の祖・草野心平とのからみがそこにありました。それは後述します。

「よっしゃ」と思い、「これ、販売はしてますか?」ところが、答は「NO」。「では、コピー取れますか?」するとこちらも「NO」。残念ですが、いたしかたありますまい。8月頃にB&G財団さんのサイトで公開が為されるそうですので、その頃またご紹介します。

代わりに、というわけではありませんが、こんな書籍を無料で下さいました。『あの青春(ゆめ) この詩(うた) 丘灯至夫生誕100周年』。A4判100ページ程の豪華なものです。
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平成28年(2016)の刊行でしたので、以前に足を運んだ際にはこれはありませんでした。

こちらにも「智恵子抄」関連の記述。
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二本松出身の大山忠作画伯(女優・一色采子さんのお父さま)の描いた安達太良山の絵に、丘が歌詞を書き込んだ作品、こちらは記念館に展示されています。

下半分は、「智恵子抄」リリースの翌年、昭和40年(1965)に行われた「丘灯至夫・郷土訪問リサイタル」関係。二代目コロムビア・ローズさんもいらしたとのこと。写真に写っていますね。

丘灯至夫とローズさん、前年には二本松も訪れています。「智恵子抄」がそこそこヒットしたのを受けて日本コロムビアが発行したソノシートブック「智恵子のふるさとを訪ねて」。全26頁で、ソノシートが4枚付いています。
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この中に……
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ちなみにローズさんは智恵子生家、二本松霞ヶ城の光太郎詩碑、安達太良山などもご訪問。
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ところで上半分に戻りますが、「智恵子抄」リリースに際しては、すんなり行かなかったという記述があります。「高村光太郎を顕彰する会から作品化の許可がなかなかおりず、世に出るまでに大変な苦労がありました。しかし詩人・草野心平の助言などにより、『智恵子抄』(二代目コロムビア・ローズ:歌)は昭和39年に世に送り出されたのです」。

『あの青春(ゆめ) この詩(うた) 丘灯至夫生誕100周年』後半には丘自身の回想も。平成20年(2008)、福島ペンクラブの会合の中でで行われた座談会的な催しの一節、聞き手は元NHKアナの宇田川清江さんです。

酒飲まされて作った「智恵子抄」

宇田川 先生、「智恵子抄」は二代目コロムビア・ローズですね。この曲はレコード会社から言われたというより、先生がご自分で書きたいと思われた歌、と伺いましたが…。
丘 これは二本松の歌ですから高村光太郎の詩集「智恵子抄」から頂いてこしらえたものです。実は二本松には「高村会」というのがあって、高村先生の銅像とか作品の碑とかを守っていこうという会なんです。その会から「智恵子抄を歌にするのは罷りならん」と言われたんです。高名な詩集をモチーフにした歌謡曲をぜひ出したい、という思いが強かったんです。そしたら高村会の中に先輩詩人の草野心平さんがいたんです。そこで心平さんに頼みに行ったら「まず、酒を飲め」という。この酒がただものじゃないんです。口に入れると火の出るような、燃えるような酒。「これを一杯飲んだら許してやる」ってんで飲みました。酒を飲んで作詩したのはこれが初めてです。そして「この詩ならいいだろう」と許しを受けました。二代目コロムビア・ローズさんもよくて、これが紅白歌合戦にも出ました。


「酒」はたぶんウオッカだと思うのですが、むちゃくちゃですね、心平(笑)。「1日に摂取していた平均アルコール量は、一般の約3倍」だそうでしたから、これ以外にも、酔いつぶれた心平が目を覚ますと駒込林町の光太郎アトリエのベッドで、ベッドの下にはゲロを吐いた跡がきれいに拭き取られ、光太郎はアトリエのソファーで冬なのに毛布一枚で寝ていたとか、心平が一時期勤めていた『東亜解放』(光太郎が斡旋?)の取材で秋田に行った際、早くも1日目で取材費を呑み尽くし、光太郎に電報為替で金を送ってもらったとか、中原中也・心平がタッグを組んで、太宰治・壇一雄のコンビと居酒屋で大乱闘を演じたとか、酒にまつわるエピソードには事欠きませんが。

二本松の高村会というのは誤りで、おそらく東京の高村光太郎記念会のことでしょう。理事長は光太郎実弟の豊周、事務局長は当会顧問であらせられた北川太一先生、心平もメンバーでした。このころ記念会では、花巻の「一億の号泣」詩碑の問題「智恵子抄裁判」のゴタゴタなどで、神経を尖らせていました。

ところで丘作詞の「智恵子抄」。つい先週『サンケイスポーツ』さんに載った記事に記述がありました。

美貴じゅん子が新曲発売イベント 来年6月にデビュー30周年パーティー開催

000 演歌歌手、美貴じゅん子(50)が15日、東京・六本木クラップスで新曲「海峡流れ星」の発売イベントを開催した。
 タイトルにちなみ流れ星がデザインされた着物姿で登場し、同曲や「放浪(さすらい)かもめ」など全15曲を熱唱。初めてリクエストコーナーを行い、千葉紘子(79)の「折鶴」や二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」を披露して会場を沸かせた。
 2021年に17年ぶりのシングル「土下座」で復帰したことにふれ、「新曲が出せない時期が長くあったので、新曲を出せることには人一倍強い思いがあります」と力を込め、「新曲を出せない時期にお世話になり励ましてくれた方々に少しでも恩返しができるよう頑張ります」と誓った。
 デビュー30周年パーティーを来年6月22日に東京・紀尾井町のホテルニューオータニで開催予定であることも発表し、「女手一つで育ててくれた84歳の母に報告します」と喜んだ。

他紙でも同一イベントは紹介されていましたが、「智恵子抄」に触れられていたのはサンスポさんだけだったようです。

美貴じゅん子さん、先月NHK BSさんでオンエアがあった「新・BS日本のうた」でも「智恵子抄」を歌われました。持ち歌の一つとして下さっているという感じなのでしょうか。ありがたいところです。
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同じく持ち歌にして下さっていた森昌子さんは引退なさり、「智恵子抄」CDもリリースされた「三代目コロムビア・ローズ野村未奈」さんは「コロムビア・ローズ」を返上なさり、本名である「野村美菜」さんに改名され、「智恵子抄」は歌われていないようですし。

先述の通り、二本松市では防災無線の正午のチャイムは「智恵子抄」ですが、それ以外の部分でも、さまざまな人間ドラマの詰まった「智恵子抄」、歌い継がれていってほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

そしていはゆる「詩」からの脱走はますます意識的に烈しくなるでせう。いはゆる「詩」をますますふみにじるでせう。それが別個の詩を生むか生まないか、それはずつと後の人が知るでせう。


昭和22年(1947)9月29日 水沢澄夫宛書簡より 光太郎65歳

昨日も同じ書簡の中の別の部分を取りあげましたが、この年雑誌『展望』に発表した連作詩「暗愚小伝」20篇に対し、直接光太郎に書簡を送って「詩的情調に欠けている」的な批判をした美術評論家・水澤への返信の一節です。

元々、そういう意識が強かったのですが、翌年には詩「おれの詩」で「おれの詩は西欧ポエジイに属さない。/二つの円周は互に切線を描くが、/つひに完くは重らない。」と書き、やや後の昭和25年(1950)には「藤村――有明――白秋――朔太郎――現代詩人、といふ系列とは別個の道を私は歩いてゐます。」(「詩について語らず――編集子への手紙――」昭和25年=1950)とも書いています。

無論、15年戦争中、愚にもつかない翼賛詩を連発してしまったことへの悔恨、そこからどう立て直していけばいいのだろうという意識も込められた発言です。

一昨日、昨日と、一泊二日で福島県に行っておりました。

メインの目的は、智恵子の故郷・二本松市で昨日開催されたイベント。地元で智恵子顕彰にあたられている智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さん主催の「第17回高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂の集い~」でした。
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昨年もほぼ同一のイベントが行われたのですが、市内、特に智恵子生誕の地の旧安達町エリアを中心に、智恵子ゆかりの場所を見て回るというイベントです。ちなみに今日・5月20日が智恵子の誕生日です。

智恵子生家近くで開会式。
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6月1日(土)オンエア、東北6県向けの「ウイークエンド東北」という番組内で、光太郎終焉の地・中野区の中西利雄アトリエ保存の件、さらに光太郎智恵子顕彰にあたる東北の人々というコンセプトで10分程の放映が行われるそうで、そのロケも入りました。

ちなみに4月2日(火)、当会主催の連翹忌の後、ご案内をお送りしたもののご欠席だった方々などに当日の配布資料等を後日発送したのですが、その中に今回のイベントの案内も同封しましたところ、静岡で文芸同人誌『岩漿』を主宰なさり、光太郎智恵子にも触れた文章を書かれている小山修一氏御夫妻もいらして下さいました。ありがたし。

智恵子生家。
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午前中はよい天気で、「ほんとの空」という感じでした。
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二本松市さんとしては、先月末から「智恵子生誕祭」期間。5月26日(日)までです。土日には紙絵制作のワークショップや通常非公開の生家2階部分の特別公開が行われています。
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一階の座敷を横目に土間を通り抜け、二階へ。階段を上ってすぐ、かつての智恵子の部屋です。
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奥は弟妹の部屋的な。
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生家裏手の智恵子記念館。紙絵の実物展示が5月12日(日)までだったのが少し残念でしたが。
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左の窓に映っているのは、昨秋の「高村智恵子レモン祭」期間中に開催されたワークショップ「みんなで作るシンメトリー展」で来場者の方々が作られた作品だそうです。

その後、夢くらぶさん会員の方々の車輌に分乗、ゆかりの地を巡りました。智恵子母校の油井小学校さん、JR東北本線安達駅前の智恵子像「今 ここから」(故・橋本堅太郎氏絶作)、満福寺さんの智恵子実家・長沼家墓所、生家裏手の鞍石山の詩碑など。
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最後は二本松市街、霞ヶ城。
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敷地内に昭和35年(1960)に建てられた光太郎詩碑。
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遠景には、安達太良山。
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銅板のプレートは三面あり、正面と背後は光太郎自筆を写しています。
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碑陰記的なプレートは、当会の祖・草野心平筆。
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ついでにご紹介しますが、この碑の近くには戊辰戦争で名を馳せた二本松少年隊を顕彰する碑も。
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レリーフ原型は橋本堅太郎氏父君の橋本高昇です。高昇、堅太郎氏父子共々、光太郎の父・光雲の流れをくみます。高昇は二本松出身、堅太郎氏は東京出身でしたが、のちに二本松市名誉市民に認定されました。 

さて、光太郎詩碑前で、参加者による光太郎詩朗読。
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泉下の光太郎智恵子も眼を細めているような気がしました。

この後、この場で昼食のお弁当をいただき、解散。

地味な活動ですが、アップデートしつつ継続していっていただきたいものです。

智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんでは、この後もいろいろとイベント等企画されています。
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また近くなりましたらご紹介いたします。

【折々のことば・光太郎】

貴下の絶対否定のお言葉をよんでなるほどと思ひましたが、小生はやはり貴下に憫れまれながら死ぬまで詩を書くでせう。詩は、小生内部からの自己爆破に備へる為の安全弁の作用をするので已むを得ません

昭和22年(1947)9月29日 水沢澄夫宛書簡より 光太郎65歳

水沢は美術評論家。光太郎がこの年雑誌『展望』に発表した連作詩「暗愚小伝」20篇に対し、直接光太郎に書簡を送って「詩的情調に欠けている」的な批判をしたようで、それに対する返答の一部です。

安全弁」云々は、遠く明治期の留学帰朝後からの光太郎の持論でした。

愛車を駆って一泊二日で福島県に来ております。

昨日は途中の田村郡小野町に立ち寄り、宿泊は郡山市郊外でした。

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昨夕、宿の近くから見た安達太良山です。

今日はこれから北上し、智恵子の故郷・二本松で開催される「高村智恵子生誕祭」に参加させていただきます。

詳しくは帰りましてからレポート致します。

明治19年(1886)5月20日、福島県安達郡油井村(現・二本松市)に生を受けた智恵子を偲ぶイベントです。

第17回高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂の集い~

期 日 : 2024年5月19日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館とその周辺 福島県二本松市油井漆原町35
時 間 : 9:00~14:00
料 金 : 2,000円(お弁当付き)
主 催 : 智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~


高村智恵子ゆかりの地を説明付きで巡ります。霞ヶ城公園の「智恵子抄」詩碑前で参加者の詩朗読。
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昨年も参加させていただきました。要項に記載がありませんが、主催の「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の方の車輌に分散しての移動です。行程はほぼ同一ですが、それぞれの場所で智恵子や光太郎の息吹が感じられますので、なかなかよい試みかと。

特に智恵子生家は現在、通常非公開の二階部分(智恵子居室や光太郎も泊まった部屋)の公開が為されています。智恵子の実家・長沼家は裕福な造り酒屋だったですので、しつらえのあちこちに工夫が垣間見えして、古建築好きの方にもおすすめです。
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ちなみに智恵子の父・今朝吉は、家業の造り酒屋以外にも、同じ福島の白河にあった白河醸造の監査役も務めていました。まぁ、名誉職のようなものかも知れませんが。
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その父・今朝吉が大正6年(1917)に歿し、弟・啓助があとを継ぐと家業はどんどん傾き、昭和に入ると恐慌のあおりで破産してしまいましたが。

昨年と異なるのは最後の「参加者による詩の朗読」の場所。昨年は生家/記念館裏手の鞍石山にある「樹下の二人」詩碑前でしたが、今年は二本松城(霞ヶ城)内の智恵子抄詩碑前で行うそうです。

昨日書いた安達太良山間の山開きが同日で、どちらに参加しようか迷ったのですが、こちらを選びました。

話せば長いことながら、光太郎終焉の地・中野区の中西利雄アトリエ保存運動の関係で、とりまとめ役の曽我貢誠氏がNHKさんに連絡をとったところ、仙台放送局のディレクター女史が4月2日(火)の連翹忌にご参加下さり、アトリエ保存の件、さらに光太郎智恵子顕彰にあたる東北の人々というコンセプトで6月1日(土)、東北6県向けの「ウイークエンド東北」という番組内で10分程の放映が行われることになりました。そのロケも入ると云うことで、こちらに参上しようと決めた次第です。

他に光太郎第二の故郷・岩手花巻で主に料理を通して光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCさんの取材も為されたとのこと。

この件はまたのちほど詳しくご紹介いたします。

さて、第17回高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂の集い~、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

待望のクマゼミ到着、感謝に堪へません。よく捉へられたものです。小生は先年つひに失敗、今まで熟覧出来なかつた蟬です。実に美しいので今夏中に彫刻したいと思つてゐます。


昭和22年(1947)8月6日 東正巳宛書簡より 光太郎65歳

東は三重県在住。光太郎の求めに応じ、東日本では珍しいクマゼミ標本を送りました。

さらに東からは彫刻用の椿の木材、ヤギという珊瑚の一種なども送られ、光太郎はこれらで蟬を彫ったようです。ただし、作品として発表することはせず、技倆を鈍らせないための鍛錬などのためという側面が強かったようです。

実際に蟬の彫刻の目撃談が複数あり、宮沢賢治実弟・清六の妻に木彫(?)の帯留めも贈りました。ただし現存が確認できていません。

この頃の短歌で「太田村山口山の山かげに稗をくらひて蝉彫るわれは」という歌もあり、揮毫した色紙等も複数残されています。
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智恵子のソウルマウンテン、福島は二本松の安達太良山で山開きです。

第70回記念 安達太良山山開き 絵になる、詩になる、ほんとの空。

期 日 : 2024年5月19日(日)

奥岳登山口(あだたら高原スキー場)でのイベント
 ①安全祈願祭【午前8時~】
  1年間の安達太良山登山の無事を参加者で祈願します。
  (荒天時はランデブー内で実施します)
 ②あだたらマルシェ【午前9時~(予定)】
山頂でのイベント
 ➀ペナント配布【午前9時30分~】
  先着3,000枚を配布します。(無くなり次第、終了となります)
 ②70回記念ピンバッジ配布【午前9時30分~】
  先着500個を配布します。(無くなり次第、終了となります)
 ➂ミズあだたらコンテスト【午前11時~】

福島県出身のタレントなすびさん(安達太良山観光大使)が今年の70回記念山開きに参加!! ぜひ一緒に登山を楽しみましょう!!(記念撮影可能)
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二本松市さん発行の『広報にほんまつ』今月号にも情報が。
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同誌では、市長さんのコーナーでも山開きをメインに。「智恵子抄」にも触れて下さいました。ありがたし。
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今年のキャッチフレーズも「絵になる、詩になる、ほんとの空。」ということで、「智恵子抄」にからめて下さっています。多謝。

当方、コロナ禍前の令和元年(2019)に参加しました。翌年からはコロナ禍のため、大幅に規模を縮小しての開催が続き、昨年、4年ぶりに旧に復しました。

今年、久しぶりに参加しようかと考え、それにも使えるようにとワークマンさんで気合いの入った靴も買ったのですが(笑)、同じ日に二本松で智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さん主催のイベントがあり、天秤にかけた結果、そちらに参加することに致しました。

そちらについては明日、ご紹介いたします。

【折々のことば・光太郎】

今夏東京の酷暑のひどかつた事は聞いていましたが、おてがみをよんで夏に弱い小生などたまらない気がしました。東京都の設計には気候調節の顧慮が必要のやうです。例へばラングーンの森林都市といふやうな。


昭和22年(1947)8月28日 安藤一郎宛書簡より 光太郎65歳

「ラングーン」は現・ヤンゴン。旧ビルマ(現・ミャンマー)の首都で、森の多い都市でした。

光太郎は安藤の骨折りで英文雑誌『リーダーズダイジェスト』を購読しており、そのあたりから情報を得ていたようです。

智恵子の故郷、福島二本松でのイベントです。二本松市さんの主催で、期間中、さまざまなコンテンツが用意されています。

高村智恵子 生誕祭

期 日 : 2024年4月25日(木)~5月26日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金

「智恵子の生家」は、明治初期に建てられた造り酒屋で、酒銘は「花霞」と言いました。智恵子は明治19年5月20日にここで生まれ、育ちました。

明治、大正、昭和と激動の時代を生きた智恵子の愛と美の軌跡をぜひご覧ください。

智恵子の生誕日5月20日(月)に来館された方には紙絵マグネットをプレゼントいたします。

 智恵子の生家 二階特別公開
  公開日 4月27日(土) ~4月29日(月) 
      5月3日(金)~5月6日(月) 11日(土)・12日(日)
      18日(土)~5月20日(月) 25日(土)・26日(日)
  通常公開していない「智恵子の居室」を特別に公開いたします。

 
奇跡といわれる「紙絵」実物展示
  展示期間 4月25日(木)~5月12日(日)
  展示場所 智恵子記念館展示室
 
 上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵」体験
  開催日 5月18日(土)・19日(日)・25日(土)・26日(日)
  開催場所 智恵子生家
  上川崎和紙を使用し、智恵子の紙絵をモチーフとしたグッズを作成できます。

 みんなで作るシンメトリー展~展示編~
  開催日 4月25日(木)~5月26日(日)
  開催場所 智恵子記念館
  昨年開催の“レモン祭”で作製いただいた皆様のシンメトリー作品を展示いたします。
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これとは別に、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんが、「第17回高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂のつどい~」を5月19日(日)に開催します。また、同日は安達太良山の山開きも行われる予定です。それらはまた近くなりましたら詳細をご紹介します。

【折々のことば・光太郎】

つい昨年まで水野君からいろいろの野菜の種子などをもらつてゐましたが、今年播種期になつて、もう水野君が居ないのだと強く悲しく思ひました。鶴首南瓜の種子も絶え、ブンズウ豆やセリフオンの種子だけはどうやら形見にのこりました。


昭和22年(1947)6月10日 押尾孝宛書簡より 光太郎65歳

「水野君」は水野葉舟。明治後期の第一期『明星』以来、光太郎の一番の親友でした。大正12年(1923)の関東大震災以後は東京を離れ、千葉の遠山村(現・成田市)で半農生活に入り、その意味では光太郎の大先輩でした。

先週から始まっています。

状況をわかりやすくするために、地方紙『福島民報』さん記事から。

桜の名所、巡って当てて 4月1日から「春のにほんまつドライブスタンプラリー」 福島県二本松市

 福島県二本松市の桜の名所を満喫する「春のにほんまつドライブスタンプラリー」は1日から30日まで催される。二本松城、安達ケ原、中島の地蔵桜、合戦場のしだれ桜、岳温泉桜坂など18のスポットを巡り、取得したスタンプの数に応じて豪華賞品が当たる。
 にほんまつDMOの主催、日本自動車連盟(JAF)福島支部の協力。スマートフォンの位置情報を使って各スポットでスタンプを集める。賞品は岳温泉宿泊券、安達太良山満喫コース(ロープウエー往復券とバーベキューセット4人分)、牛肉、特産品詰め合わせなど。
 スポットは次の通り。
 二本松城、蓮華寺、鏡石寺、本久寺、円東寺、安達ケ原ふるさと村、万燈桜(道の駅安達下り線)、智恵子の杜公園、ムトーフラワーパーク、合戦場のしだれ桜、道の駅さくらの郷、道の駅ふくしま東和、中島の地蔵桜、祭田の桜、岳温泉桜坂、日向の人待地蔵桜、島山・稚児舞台の桜、愛蔵寺の護摩ザクラ
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というわけで、智恵子生家/智恵子記念館を含む智恵子の杜公園もスタンプ押印地点の一つに。
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数年前から桜の街で自薦している二本松市。東北はこれからが桜の本番ですし、また近くなりましたら詳細をご紹介しますが、今月末には毎年恒例の智恵子生家二階部分の特別公開、智恵子紙絵の実物展示などが始まります。
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ぜひ足をお運びの上、豪華賞品ゲットにチャレンジなさって下さい。

ちなみに豪華賞品は以下の通り。

 A賞 スタンプ18個で応募 岳温泉宿泊券3万円分 抽選で2名様
 B賞 スタンプ15個で応募 安達太良山満喫コース 抽選で3名様
  ロープウェイ往復券・レストハウスで使えるバーベキューセット券がそれぞれ4人分
 C賞 スタンプ15個で応募 エム牧場生体熟成和牛焼肉 抽選で3名様
 D賞 スタンプ10個で応募 二本松詰め合わせセット(1万円相当) 抽選で5名様
 E賞 スタンプ5個で応募 二本松詰め合わせセット(3,000円相当) 抽選で10名様
 F賞 スタンプ3個で応募 肌とうじ1枚 抽選で30名様
  「純米酒」と美肌の湯で有名な岳温泉の天然温泉を配合した、フェイシャルマスク

羊頭狗肉ではなく、実際に豪華ですね。応募方法など詳細はこちら

また、高村光太郎記念館さんを含む花巻市での同様のスタンプラリーも今月末に始まるようです。そちらも後ほどご紹介いたします。

【折々のことば・光太郎】

桜温泉入浴から始まり、連日の御もてなしに心のびのびと数日を送り、せんかん楼のあつき褥に身を横たへて実に命ののびる思をしました。又山下新太郎の画に誘はれて思ひがけぬリンゴの詩を得たのも喜でした。


昭和22年(1947)5月23日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎65歳

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村から花巻町市街地に出、太田村移住前に厄介になっていた総合花巻病院長・佐藤隆房邸に数日滞在、山に帰ってから送った礼状の一節です。

「桜温泉」は、佐藤邸の所在地が桜町だったためのもじり、「せんかん楼」は「潺湲楼」で、光太郎が太田村移住直前の1ヶ月起居していた佐藤邸離れです。

「リンゴの詩」は、佐藤邸で見せられた留学仲間・山下新太郎の絵を見てインスパイアを受け、即興的に作った詩。即興詩ではありますが、光太郎自身気に入ったようで、最晩年の昭和30年(1955)、交流の深かった美術史家・奥平英雄に贈った書画帖『有機無機帖』にもこの詩を書きました。
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リンゴばたけに 雨ふりて 銀のみどりの けむるとき リンゴたわゝに 枝おもく 沈ゝとして あかきかな

智恵子の故郷・二本松系の情報を。

まず、二本松市さんの広報誌『広報にほんまつ』。同市では毎月末に来月号をサイト上にアップしていまして、4月号です。

ここ数年、「桜の街」を謳っている同市ですので、毎年4月号は市内の桜関係の情報が満載。表紙も二本松城(霞ヶ城)の桜です。
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令和元年(2019)に同市で開催された「2019全国さくらシンポジウム」のキャッチフレーズ「ほんとの空にさくら舞う」が使われ続けています。
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市内の銘木紹介。智恵子生家/智恵子記念館を含む智恵子の杜公園の桜が紹介された年もあったのですが、今年はありません。
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桜がらみのイベント情報。

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臨時バス情報。こちらは智恵子生家/智恵子記念館も行程に入っている「二本松春さがし号」にも触れられています。
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ただし、思いのほか開花が遅れたということで、3月29日(金)~4月7日(日)だった当初運行予定が変更となり、1週間先送りで4月5日(金)~4月14日(日)となったそうです。広報では訂正が間に合わなかったようです。
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過日ご紹介した周遊観光タクシーともどもご利用をご検討下さい。

二本松系でもう1件、テレビ番組の放映情報です。

秘湯ロマン

地上波テレビ朝日 2024年3月30日(土) 03:00~03:30

日本全国の秘湯と呼ばれる温泉の魅力を紹介します。今回の秘湯は福島県、岳温泉「奥岳の湯」「花かんざし」、宮城県、鬼首温泉「ホテルオニコウベ」、温湯温泉「佐藤旅館」。

【旅人】秦瑞穂 【ナレーション】丸山未沙希
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安達太良山の登山口にある奥岳の湯さん、中腹の花かんざしさん。

奥岳の湯さんはこの番組で平成30年(2018)にもが取り上げられ、光太郎智恵子の名を出して下さいましたが、使い回しの映像なのか、新作なのか、というところです。花かんざしさんは初の登場です。

ちなみに令和2年(2020)8月放映の那須塩原温泉・塩の湯柏屋旅館さんが取り上げられた回では、光太郎智恵子が泊まった宿というご紹介をして下さいました。
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今回、「ほんとの空」「智恵子抄」といったワードが出てくるかどうか微妙なところですが……。

というわけで、二本松、岳温泉、ぜひ足をお運びいただき、桜と温泉をご堪能ください。

【折々のことば・光太郎】013

写真たくさん届きました。みんなにあつたやうな気がしました。中々よくとれてるのもあります。笑つて居るのはみんないいです。ありがと。ツマゴといふのは雪の中を歩くワラグツです。小生のは特大です。


昭和22年(1947)3月3日
 髙村規宛書簡より 光太郎65歳

令甥の故・髙村規氏宛の絵手紙です。後に写真家となられた規氏、このころはまだ高校生でしたが、既に趣味的に写真撮影に取り組まれていました。おそらく御家族(父君は光太郎実弟・豊周)の写真を光太郎に送ったのでしょう。戦争末期、豊周一家は光太郎の花巻疎開より前に長野に疎開していたため、2年以上会っていませんでした。

3件ご紹介します。

まず地方紙『福島民報』さん連載から。

福島県 今日は何の日 3月19日 1957(昭和32)年3月19日 二本松市で映画「智恵子抄」のロケ始まる004

 東宝映画「智恵子抄」の二本松ロケが、高村智恵子の生家があった安達村油井(現二本松市油井)の旧長沼家で始まった。
 旧長沼家のロケは熊谷久虎監督のメガホンで、地元のエキストラ数十人が総出演。華やかだった当時の旧長沼家の造り酒屋「花霞」の面影を再現した。約2000人の見物人が訪れた。

智恵子役が原節子さん、光太郎を山村聰さんが演じられた東宝映画「智恵子抄」。昭和恐慌のあおりで破産、一家は離散し既に人手に渡っていた智恵子生家でのロケも敢行されました。昭和32年1957)の時点ではまだ明治期の面影がかなり残っていたようです。
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ここに映っている人々は、ほぼ現地で募集されたエキストラ。おそらくご存命の方も多いのではないでしょうか。
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平成28年(2016)、二本松で開催された「高村智恵子生誕130年記念事業】原節子主演「智恵子抄」フィルム上映会」の際、当時のこの手の新聞記事や、当方がお貸ししたポスター、パンフ、スチール写真などが展示されました。

智恵子生家がらみでもう1件。二本松市さんのサイトから。

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対象期間 令和6年4月1日から令和7年1月31日まで
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利用方法
 対象タクシー会社に事前に連絡し、利用日時、コース名、人数をお伝えください。また、対象期間中でも予算に達し次第通常料金の半額での利用が終了となりますので、通常料金の半額での利用が可能かご確認ください。

対象タクシー会社
 昭和タクシー(株) TEL:0243-22-1155 住所:二本松市成田町一丁目753番地3
 丸やタクシー(有) TEL:0243-22-2744 住所:二本松市金色久保226番地15

対象コース及び利用料金
 ※利用料金については、助成適用後の金額を記載しています。
 ※乗車可能人数は普通車が4人、特大車(ジャンボタクシー)が9人です。

注意事項
 交通事情や当日の天候により所要時間は異なります。
 料金についてはタクシーの運行料金のみ含まれております。
 入館料・入園料等は別途支払いが必要です。
酒蔵見学は利用される方自身で申し込みください。
 ※詳細についてご質問がある際は、対象タクシー会社にご質問ください。

実施主体
 二本松地区ハイヤータクシー経営者協議会
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令和3年(2021)から一昨年(2022)にかけても同様の試みが行われていました。その際は全15コースだったのが、今回は21コースに増えています。21コース中、智恵子生家/智恵子記念館を含むプランにつき、上記画像で赤枠で囲んでおきました。

路線バスや電車等の公共交通機関では回りにくく、さりとて自家用車で現地までとか現地でレンタカーとかも厳しい、という方々にはありがたいのではないでしょうか。

ついでというと何ですが、もう1件。こうした旅のお供に……ということで。

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収録エリア
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おそらく昨年版などと較べても、それほど大きく内容が変わっているわけでもないのでしょうが、今回の版では『智恵子抄』所収の光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語が多用され、そのため当方の検索網に引っかかってしまい(笑)、ついつい購入してしまいました。

福島市を中心とした中通りの「福島エリア」中に、安達太良山や智恵子生家などが取り上げられています。
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そのメインのページでは正しく「詩集「智恵子抄」に出てくる「ほんとの空」……」とあるのですが、目次ページのすぐ後、サムネイル的な箇所で、昭文社さん、やらかしちゃっています(笑)。
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詩人・智恵子抄が、この山の上には「ほんとの空」があると詠った……」(笑)。

ま、これもご愛敬ということで(笑)、ぜひお買い求めの上、二本松に足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

水野君は小生と同年、小生が三月生れ、水野君が四月生れです。初期「明星」の頃水野蝶郎といつて若々しい歌を書いてゐた時分からの友達です。いろいろな時代を経て、最後まで親友であり得た事がせめてもの慰めですが、小生が七十歳頃からそろそろ始める本当の仕事をつひに見てもらへなくなつたのが残念です。

昭和22年(1947)2月10日 宮崎稔宛書簡より 光太郎65歳

親友・水野葉舟の死に際し、葬儀の代参に行ってもらった姻戚・宮崎宛の書簡から。無二の友を失った喪失感がよく伝わってきます。そう思える友を持てたことは幸せだったのでしょうが。

今年ももうすぐ3.11、あの日から13年ですね。

智恵子の故郷、福島二本松の南、郡山でのイベントです。

光太郎智恵子に直接関わるものではないようですが、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語を冠して下さっていますので、ご紹介します。

3.11ふくしま集会 原発事故は終わっていない

期 日 : 2024年3月10日(日)
会 場 : 郡山市労働福祉会館大ホール 福島県郡山市虎丸町7-7
時 間 : 13:30~
料 金 : 無料

2024年3月11日(月)、「3.11ふくしま集会 原発事故は終わっていない」を開催します。ほんとの空の下で語られる本当の声を聴きに来てください。

講演 「福島原発事故は人々に何をもたらしたのか」
 講師  関礼子さん(立数大学社会学部教授)

パネルディスカッション 「原発事故から13年を語る」
 コーディネーター 関礼子さん
 パネラー 
  ふるさとを返せ津島原発所訟原告団、子ども脱被ばく裁判原告団、福島原発被害井護団

女川原発差し止め訴訟からの報告

福島の取り組みからの報告
 福島原発事故被害から暮らしと健康を守る会
 市民立法「チェルノブイリ法日本版」をつくる郡山の会
 小児甲状腺がん支援グループ あじさいの会
 請戸テントひろば
 汚染水の海洋投棄を止める運動連絡会

お問い合わせ
 3.11原発いらない福島実行委員会 080-6220-0996(藤井)
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13年が経ちますが、いまだに複数町村で「帰還困難区域」が存在する現状。これで「原発事故はもう終わった話」とは言わせないぞ、と思います。
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また、光太郎ゆかりの地、宮城県女川町の原発再稼働に関しても議題に。

ご興味のおありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

遠くから見てゐると東京では随分無駄な動きに人々が喘いでゐるやうです。


昭和21年(1946)10月28日 宮崎稔宛書簡より 光太郎64歳

花巻郊外旧太田村に移住してからまる一年、花巻町疎開から数えれば約1年半。すっかり地方からの視点になっています。

昨日は現代アート系で『智恵子抄』オマージュ、レモンの描かれた作品をご紹介しましたが、本日は智恵子の故郷・福島二本松からグルメ系で。

地方紙『福島民友』さん、2月21日(水)の掲載記事です。

高村智恵子にちなんだ「れもん味噌」 甘くてさっぱりした新商品

 二本松市振興公社は詩人・彫刻家高村光太郎の妻で、光太郎の詩集「智恵子抄」の「レモン哀歌」でも知られる二本松市出身の洋画家高村智恵子にちなんだ新商品「れもん味噌(みそ)」(350円)を発売した。
 防腐剤などを使っていない広島県安芸津町産のレモンを使用し、少し甘くてさっぱりとした味が特徴。とんかつやカキフライ、なす焼きや魚の塩焼きなどのほか、おにぎりに塗ってもおいしいという。
 二本松市の道の駅安達では、れもん味噌を使った新メニュー「れもん味噌添え大葉とチーズのチキンかつ丼」(800円)を上り線で、「れもん味噌添えアジフライとカキフライ定食」(800円)を下り線で販売している。問い合わせは二本松市振興公社(電話0243・61・3100)へ。
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同じ件でさらに一般社団法人にほんまつDMOさんのサイトにも告知が。

智恵子をイメージした、レモン商品第5弾が登場!

 道の駅安達で、高村智恵子をイメージさせるレモンを使った商品の第5弾が14日、登場しました。広島県産レモンと地元の味噌を組み合わせた「れもん味噌」で、ちょっと甘くてさっぱりした爽やかな風味が特長。上下線の食堂では同日かられもん味噌を使った定食もメニュー化しています。
 智恵子抄の「レモン哀歌」に智恵子と光太郎の純愛がつづられていることから、智恵子の里にある同駅はレモンサブレやレモンケーキ、レモンライスの素など、レモンにこだわったオリジナル商品を販売しています。
 れもん味噌は75g入り、350円。トンカツや魚フライをはじめ、おでん、青菜和え、おにぎりなどと相性抜群で、幅広いメニューに活用できます。また、食堂でもサービスが始まり、上り線は大葉とチーズのチキンカツ、下り線はアジフライとカキフライの各定食にれもん味噌を添えて提供しています。問い合わせは道の駅安達(電話0243-61-3100)へ。
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確かに揚げ物に添えるとさっぱりしそうですね。

他のレモン系グルメ商品はこちらをご参照ください。

【折々のことば・光太郎】

山林では今茸の出さかりで路傍の草むらにいろいろの食茸が面白いほど出て居り、それをとつて朝のみそ汁などに入れます。智恵子が居たらと時々思ひます。

昭和21年(1946)10月11日 秋広あさ子宛書簡より 光太郎64歳

もう少し経つと「智恵子はしかも実存する。/智恵子はわたくしの肉に居る。」(詩「元素智恵子」昭和24年=1949)という境地に達するのですが……。

昨日、「智恵子抄」系 のオンライン講座と音楽ライブをご紹介しましたので、「智恵子抄」つながりで。

まず、智恵子の故郷・福島県二本松市に隣接する大玉村、先月の『広報おおたま』さんから。

おおたまいどばた会議 with地域おこし協力隊 大玉村地域おこし協力隊の小川・遠藤による村民の方々とのトーク・セッション 大玉村が映し出す姿 第4回毛利良之さん(yy vineyard)「大玉村のテロワールを」

1.二拠点生活とワイン作り
 奥さんの故郷である大玉村に家を建てたのは2012年のこと。毛利さんにとって故郷と言える場所がなかったため、福島にいる親戚の存在は大きく、震災によって被害を被ってしまった福島への思いが強くなったのがきっかけだそうです。横浜との二拠点生活をしながら、自然豊かな大玉村で農作物を作る楽しさに触れ、もともと好きであったワインを2016年から大玉村で作り始めました。
2.OOtama blue誕生と苦悩
 ワインが初めてできたのは2022年。高村光太郎の「智恵子抄」に出てくる有名なフレーズの青い空からブランド名を「OOtama blue」と名付けたそうです。しかし、自然相手には思い通りにいかないことが多く、昨年はハクビシンに実を食べられ、今年は高温障害、病虫害により実が萎縮してしまったそうです。だからこそ、ワインができた時の喜びは大きく、たりがいを感じていると話しています。
3.これからのOOtama blue
 現在、約700本のブドウの木を育て、年間1000本のワインボトルを生産することを目標に励まれています。ワインは100%ブドウの果汁からできており、OOtama blueでは大玉村の土地の味(テロワール)ともいえます。OOtama blueが大玉村の特産品となり、大玉村の魅力をさらに幅広く伝えていきたい。そして、村民の方にも大玉村にはOOtama blueがあるよと言ってもらえるようになりたいと話しています。
対談を終えて
 毛利さんはよく大玉村が全国的に認知され、大玉村に住んでいることを誇りに思える人が多くなれるようにしたいと話されています。これまでNPOの活動で多くの地域と交流をし、「地域おこし」に関わっている大先輩である毛利さんの言葉には重みがあり、私は常に勉強させられてばっかりです。OOtama blueは桜が咲く頃に出来上がります。ぜひみなさんも生まれ育った大玉村のテロワールを感じてみてください。
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ワイナリーyy vineyardさんのサイトはこちら。「OOtama blue」についてはこちら。

もう1件、今度は万年筆です。「日本全国お取り寄せ手帖」さんというサイトから。

創業100年の老舗が福島の美しい星空を表現「ほんとの星空。「紡ぐ」万年筆」

 今回、編集長アッキーが気になったのは、万年筆などの筆記具を中心にノートや便箋、カードなど、ペンとノートのある暮らしを彩る福島の「文房具のお店 Pentonote」。まもなく創業100年という株式会社文化堂 代表取締役社長の中野義久氏に商品の人気の秘密を取材陣がうかがいました。

―会社の沿革を教えてください。
中野 創業は1926年、会社設立は1953年です。父が他界し、私が代表になったのは2010年11月ですが、就任して4ヶ月後に東日本大震災がありました。当時、建物の被害はあまりなかったのですが、去年の3月の地震で建物が被災し、現在取り壊して再建中です。2回の大きな地震には耐えましたが、3回目でとうとう駄目になってしまいました。
 再建にあたってクラウドファンディングを行いました。今、街中ではないところに仮店舗として営業しています。これまでは商店街に属していましたが、現在は郊外で営業しているため、わざわざ足を運んでもらう理由が必要でした。そこでベーグル屋を立ち上げ、ベーグル目的のお客さんが店舗にも来ていただくことを目指しました。ベーグルは2ヶ月前ぐらいからオンラインでも販売しています。

―創業から100年、会社として変わらない思いはございますか。
中野 老舗と言われますが、今の時代、商売として老舗が有利ということはありません。ただ、100年築いてきた信用はあります。その信用を伸ばしていくことは大事だと考えています。

―万年筆はどういった方が購入されていますか。
中野 50年くらい前は営業マンが万年筆を持ち歩いて販売することもあるくらいメジャーでしたが、今は万年筆を好きな人だけが使うようになりました。手書き離れが進んだ後に、あらためて手書きの良さが再認識され、ブームとまではいかないですが、万年筆が好きな人たちが増えています。購入される年代で多いのは30~40代の女性です。青やピンクなどたくさんの色のインクを出したことで興味を持っていただくことが増えました。

―今回発売された「ほんとの星空。「紡ぐ」万年筆」はどういった商品ですか。
中野 地元・福島の星空をイメージしています。吾妻山の浄土平からは「ほんとの星空。」が見えます。夜も終わり、朝が漂い始める頃、黒が薄まり青になっていく、その時の空のインクを作ってみようと思いできたのが「ほんとの星空。」です。福島の美しい景色を多くの方に届けたいという思いを込めました。低重心タイプで、重心が下にあるとその重さで力を入れないで書くことができるのも特徴です。万年筆は5万円ぐらいまでは小刻みに構造にグレードがあります。5万円を超えてくると、装飾へのこだわりで価格が変わってくるので、この商品の構造のグレードは最高級です。
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―どういった方に使っていただきたいですか。
中野 こちらはヘビーユーザー向けの商品です。普通の万年筆を使っていた人がよりよい書き心地を求めて購入されることを想定しています。

―今後のビジョン、展望などをお聞かせください。
中野 メーカーとしてオリジナル商品を作っていきたいと考えています。Webサイトやインスタを運営していると、オリジナル商品の強みを感じます。一方、福島へのこだわりはあまり考えておらず、文房具としての機能性とデザイン性、個性を重視した商品を構想中です。
 実店舗では、来年の5月に新しい建物が完成します。県庁通り商店街にあるので商店街のイベントや弊社のイベントができるよう、1階部分は半分ぐらいイベントスペースとして設けています。街や商店街の盛り上がりをイベントスペースを通じて、作っていければと思っています。
 ECに関しては、商品の使い方や詳しい説明など、お客様が知りたいことをブログ記事にしています。最近はYouTubeも始めたので、お客様の層を広げていきたいと考えています。

―貴重なお話をありがとうございました。

「ほんとの星空。「紡ぐ」万年筆」
価格:¥55,000(税込)
店名:文房具のお店 Pentonote
電話:024-573-1590(10:00~17:00 土日祝除く)
定休日:インターネットでのご注文は24時間365日受付
オンラインショップ:https://pentonotelife.com/

※紹介した商品・店舗情報はすべて、WEB掲載時の情報です。変更もしくは販売が終了していることもあります。

<Guest’s profile>
中野義久(株式会社文化堂 代表取締役)
1979年生まれ、福島県福島市出身。株式会社文化堂 代表取締役
県庁通商店街振興組合 理事長 株式会社建堂工業 代表取締役 趣味:ゴルフ・麻雀・筋トレ

サイトを覗いてみましたところ、万年筆以外にインクも「ほんとの星空。」ブランドで販売されていました。
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ワインといい、万年筆といい、なかなかシャレオツですね。こういったもののお好きな方、ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

一昨二十四日の午後は此の部落のおつさんはじめ青年達の慰労会があり、数十人の饗宴が田頭さんといふ家に開かれ、小生も招待せられてさされる盃を皆うけてのみ、いささか酒の手並をあらはしました。


昭和21年(1946)6月26日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎64歳

花巻郊外旧太田村に移り住んで初めての村民たちとの飲み会。欧米留学中や在京時の文壇画壇の仲間たちとのそれと異なる、単なる近所の人々との飲み会というのも、生涯初だったのではないかと思われます。





まず、仙台に本社を置く『河北新報』さん、12月6日(水)のコラムから。

デスク日誌(12/6):光るレモン

 自宅で育てている鉢植えのレモンが先月下旬にようやく色づいた。夏の猛暑の影響なのかどうか、いつもより1カ月近く遅い。
 この少し前、二本松市の智恵子記念館を訪ねた。レモン祭と銘打って開かれていた催しに引かれた。
 詩集「智恵子抄」で知られる高村光太郎が、死の際にあった妻智恵子をうたった詩「レモン哀歌」にちなんだ企画。レモン忌と称される智恵子の命日の10月5日から1カ月半、生家のライトアップや智恵子の「紙絵」作品が展示された。
 レモン哀歌では、光太郎に手渡されたレモンを「がりりと」かんだ智恵子が目にかすかな笑みを浮かべ、深呼吸を一つして息を引き取る様子が描かれる。
 痛切な作品だ。宮沢賢治の「永訣(えいけつ)の朝」と共に「近代挽歌(ばんか)の双璧」ともいわれる。切なさが胸に迫るが、重苦しい暗さはない。光太郎が「すずしく光る」と形容したレモンの視覚効果だろうか。
 ビタミンカラーのレモンは見ているだけで元気が出る。家のレモンは色づいたものから順に収穫し、これから味わう。ハイボールにでも浮かべて英気を養い、師走を乗り切ろう。

福島総局長の方が書かれたコラムです。同県二本松市にある智恵子生家/智恵子記念館さんを会場に、10月5日(木)~11月19日(日)の日程で様々なコンテンツが用意された「高村智恵子レモン祭」に足をお運びいただいたそうで、有り難い限りです。

レモン祭に関してはこちら。
高村智恵子レモン祭。
レモンの日(レモン忌)。
智恵子生家ライトアップ/テレビ放映情報。

当方もライトアップ期間に伺うつもりでおりましたが、この時期、他にいろいろ行くべき所が多く欠礼いたしました。おそらく来年以降もライトアップを行ってくださるだろうという期待の元に、と考えてのことでしたが。

続いて山口県の『宇部日報』さん、12月8日(金)の記事。

島木健作に贈った「山羊の歌」 中也の自筆署名入り本を特別展示、10日まで

002 山口市湯田温泉1丁目の中原中也記念館(中原豊館長)で、中原中也(1907~37年)の第1詩集「山羊の歌」が刊行された日に合わせた特別展示として、中也が作家の島木健作宛てに贈った自筆献呈署名入りの本が公開されている。10日まで。
  同作は1934年12月10日に文圃堂書店から限定200部(市販150部)が発行された。装丁は詩人の高村光太郎。
  島木は、権力による共産主義への弾圧から思想を捨てた過程や苦悩を描いた転向作家。小説「生活の探求」で知られる。中也が詩を発表した雑誌「文学界」の同人で、37年ごろ互いに鎌倉の雪ノ下に住み、交流した。
  多くの署名本が右に宛名、その左下にフルネームの署名が配されているのに対し「中原」と署名が名字だけなのは特徴的だという。
 奥付の通し番号は139番。3桁台での署名本は、第100部の小林秀雄宛てを除き、著名人や知人はほとんどいない。記念館は谷崎潤一郎宛てなど13冊を所蔵している。
 展示では合わせて中也の遺品である島木の名刺も並べている。
 今年9月の中原中也の会第28回大会で講演した秀明大の川島幸希学長が寄贈した。
 中原館長は「『文学界』の同人とはいえ、中也と転向作家の島木健作では作品の傾向が異なる。島木は中也追悼文『追悼』で、島木の作品を読み感想を述べる中也の姿を伝えており、中也が島木の作品に興味を持ち、評価していたことは間違いない。その交友の一端を具体的に示す資料として大変、興味深い」と話している。

数々の装幀も手がけた光太郎ですが、そのうち最も有名になった書籍の一つが『山羊の歌』でしょう。自らも味わい深い字を書けた中也が「高村さんのような字が好きなんだ、あれはいい字だよ」と語ったそうで、その目の確かさは流石ですね。
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ちなみに昨年は谷崎潤一郎宛署名の入った『山羊の歌』が、大阪の一般の方から寄贈されて同様に特別展示されたそうです。その際も『宇部日報』さんが報じていましたが、そちらには光太郎の名が書かれていませんでした。

寄贈者の川島幸希氏、『日本古書通信』さんにこの手の署名本に関する考察をたびたび発表なさっています。また、ご自身が学長を務められている秀明大学さんでそれらを展示なさったこともあり、当方、2回ほど拝見に伺いました。最初は光太郎の『道程』特装本が出品された平成26年(2014)の学祭・飛翔祭。その際には三好達治ら宛の署名が入った『山羊の歌』も出ていました。

今回寄贈された島木健作宛は奥付の番号が139番。昨年展示された谷崎宛は18番。他に谷川徹三に16番、仏文学者の中島健蔵へ19番、志賀直哉宛で20番がそれぞれ贈られています。三角関係等いろいろあった腐れ縁の小林秀雄には100番でした。他は当方の専門ではないので存じません。

で、当然、光太郎宛もあったと推定され、おそらく1桁の番号だったのでしょう。しかし、それ以前に光太郎が処分したり、誰かが借りパクでもしたりしていない限り、昭和20年(1945)4月13日の空襲で光太郎アトリエ兼住居共々焼失したと推理できます。返す返す戦争の愚かさを感じます。

戦争の愚かさといえば、予想通り一昨日の12月8日(金)、太平洋戦争開戦の日には、SNS上で光太郎詩『十二月八日』を引用して「大日本帝国バンザイ!」的な書き込みをしている愚か者が目立ちました。超迷惑です。

【折々のことば・光太郎】

今日の明治節を迎へて感慨無量です。明治大帝に対して申わけなき次第、言上すべき言葉もありません。


昭和20年(1945)11月3日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎63歳

終戦から3ヶ月弱、まだ皇国史観から抜け出せていなかったことが見て取れます。ただし「申わけなき次第」は、米英に敗れてしまったことを指すわけではなく、勝ち目のない無謀な戦争を仕掛けたことを指すと思われます。

当会の祖、草野心平。今年生誕120周年を迎えて、地元福島では様々に顕彰活動等が行われました。そんな中から、地方紙『いわき民報』さんが組んだ「草野心平生誕120周年特集」 が、「ふるさと新聞アワード優秀賞」に輝いたとのこと。

まず先月7日の同紙報道。

いわき民報「草野心平生誕120周年特集」 ふるさと新聞アワード優秀賞

 メディア業界紙「文化通信」を発行する文化通信社(東京都千代田区、山口健代表取締役)が主催する「ふるさと新聞アワード」の第3回の受賞記事が決まり、いわき民報元日号掲載の「草野心平生誕120周年記念特集」と、心平も利用したJR小川郷駅の駅舎解体にかかる一連の報道が、「ひと」(一部「もの」)部門で優秀賞に輝いた。同部門での受賞は3年連続となる。
 文化通信社が創業75周年に合わせて、一昨年に創設した賞で、地域紙の持つ〝地域ジャーナリズム〟を全国に発信するとともに、各紙の権威と価値の向上、記者のやりがいにつなげるために毎年開催している。
 各分野で活躍する著名な外部審査員が記事を選考しており、今回も昨年と同様に、歴史家・作家の加来耕三、放送作家・脚本家の小山薫堂、中川政七商店会長の中川政七、温泉エッセイストの山崎まゆみ、ディスカバー・ジャパン代表取締役社長の高橋俊宏・各氏が参加した。18紙から寄せられた約200本の記事をまず、社内選考で各部門10本に絞った後、外部審査員が投票して各賞を決めた。
 優秀賞を受賞した正月版の特集は、今年生誕120周年を迎えた小川出身の詩人草野心平の偉業を振り返る内容で、心平の縁戚で弊紙連載「雜学ゼミナール」を担当する関内幸介さんをはじめ、市立草野心平記念文学館の学芸員、いわき地域学會の吉田隆治顧問、心平が立ち上げた「歴程」同人の齋藤貢氏らがテーマごとに、作品の魅力や人となりに迫った。
 また、心平が利用した往時の姿を残すJR小川郷駅の木造駅舎について、解体へとかじを取るJR側と保存を模索する住民たちの話し合い、解体を惜しむ声や、本紙の報道をきっかけに、福島高専の布施研究室がデジタルアーカイブを作成するなど、一連の動きを追った報道も合わせて受賞対象となった。
 審査員の高橋氏は、受賞作について「地元の偉人を『ゆかりの地域ならでは』の切り口で深掘りできるのが地域紙の強み。草野心平を丁寧にひもといた筆致はさすがだと思った」などと評価。個人的に天山文庫を訪れたこともあるといい、「(正月号は)そのロケーション、建物の佇まいに大感動したことを思い出しながら読ませていただいた」とコメントした。
 今回グランプリを受賞したのは、和歌山県新宮市の地方紙「熊野新聞」の記事「嗚呼壮絶かな、観光合戦!!」。表彰式は12月1日、東京都台東区の東天紅上野本店で行われる。

続いて表彰式に関して、やはり同紙から。

ふるさと新聞アワード表彰式 いわき民報社の草野心平特集に優秀賞

 メディア業界の専門紙「文化通信社」(東京都千代田区、山口健代表取締役)主催の第3回「ふるさと新聞アワード」の表彰式が1日、東京都台東区の東天紅上野本店で開かれた。Google News Initiative、PR TIMESの協賛。
 同アワードは同社創業75周年を記念し、2021(令和3)年から設けられた。地元に根差しながら社会、経済、文化などを日々伝える中で、独自の視点で掘り下げた優れた記事を表彰し、その努力に光を当て、地域紙の存在を広く発信することを目的にしている。
 いわき民報社は、今年の元日号(1月1日付)に掲載した「草野心平生誕120周年記念特集」が、「ひと」部門の優秀賞に選ばれた。この特集では、元市立草野心平記念文学館副館長の関内幸介さん、市教育文化事業団の渡辺芳一さん、同館専門学芸員の長谷川由美さん、同学芸員の馬目聖子さん、小泉屋文庫主宰の緑川健さん、いわき地域学會前代表幹事の吉田隆治さん、いわき賢治の会会長の小野浩さん、「歴程」同人の斎藤貢さんらの執筆協力を得て、紙面構成するなどあらためて郷土が生んだ、詩人草野心平の業績などを紹介した。
 審査員の高橋俊宏ディスカバー・ジャパン代表取締役は「地元の偉人をゆかりの地域ならではの切り口で、深掘りできるのが地域紙の強みである。草野心平を丁寧にひもといた筆致は、さすがだと思った。かなり力を入れて作られたことをひしひしと感じた」と評している。
 いわき民報社は、2021年に「シリーズ震災10年―未来へのメッセージ」が「ひと」部門最優秀賞、2022年に「『最後の詩』など直筆を紙面公開」が「ひと」部門最優秀賞、「常磐炭礦に女子野球チームの活躍」が同優秀賞を受賞している。
 表彰式には約30人が出席し、山口社長が「地域紙には、まだまだ大きな可能性を持っている。今後もこの取り組みを続けていきたい」とあいさつ。いわき民報社は、鈴木淳代表取締役社長が表彰状を受け取った。
 グランプリは、地元の鉄道路線の赤字状況を起点に、熊野の観光、交通の活性化などのヒントを探った熊野新聞(和歌山県新宮市)「嗚呼!!壮絶かな、観光合戦!!」が選ばれた。
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当該記事「草野心平生誕120周年特集」は今年元日の正月版に載ったものだそうですが、光太郎の名も記されていました。
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草野心平生誕120周年特集

 1903(明治36)年、卯年の5月12日、後に「蛙の詩人」として知られる草野心平は、5人きょうだいの二男として福島県岩城郡郡上小川村(現いわき市小川町)に産声を上げた。
 実祖父は渋沢栄一を師に仰ぎ、自由民権運動家の河野広中と親交のあった実業家で政治家の白井遠平。父親が叔父に養子入りした縁から、義理の祖父母に育てられた。幼少時は腕白で癇が強い子供だったというが、県立磐城中学校(現磐城高校)を中退し上京後、慶應義塾大をへて中国に渡り、詩や短歌を志す。
 酷い貧困を味わう中で新聞記者、屋台の焼き鳥屋、出版社の校正係などで食い扶持(ぶち)を繋(つな)ぎ、28(昭和3)年初の活版印刷の詩集「第百階級」を発表する。“ふるさと”への想いを心層深くに抱え、あらゆる人々とともに生きようという高い理想を掲げて蛙、富士山、天、石などを主題に次々と詩を生み出す一方、高村光太郎、萩原朔太郎、中原中也、北原白秋らと親交を深め、中央詩壇の発展に寄与。ふるさとで文学を志す猪狩満直、三野混沌、吉野せいとも心の会話を繰り返した。現在の日本詩壇に天才がゐるとしたなら、私はその名誉ある「天才」は宮澤賢治だと言ひたい――賢治を世に出すため、夭折後も力を尽くしたことは広く知られている。
 昭和59年にはいわき名誉市民、62年には文化勲章を受章。生涯1400篇余の詩を残したが、心平について語ることのできる市民はそう多くない。若い世代はなおさらだ。「『ケルルン クック。』の人だね」。国語の教科書に掲載されている「春のうた」で、かろうじて分かる程度か。本市にはいわき市立草野心平記念文学館をはじめ、全国に誇る心平ゆかりの財産が多く残る。生誕120周年を機に、あらためて心平が残した偉業を振り返り、後世に伝えていきたい。


写真は心平の村民の皆さんが建ててくれた別荘、川内村天山文庫で撮影されたもののようです。

引用部分は「特集」の冒頭ページの一部。おそらくこの他に複数ページあったか、その後、さまざまな切り口から「特集」の記事が掲載され続けたのではないでしょうか。上記表彰式の記事に「この特集では、元市立草野心平記念文学館副館長の関内幸介さん、市教育文化事業団の渡辺芳一さん、同館専門学芸員の長谷川由美さん、同学芸員の馬目聖子さん、小泉屋文庫主宰の緑川健さん、いわき地域学會前代表幹事の吉田隆治さん、いわき賢治の会会長の小野浩さん、「歴程」同人の斎藤貢さんらの執筆協力を得て、紙面構成」とあり、それぞれご執筆なさったのではないかと思われます。このうち半数程の方は当会主催の連翹忌にもご参加下さったことがおありです。

ちなみに昨年のこの賞では、同紙の心平がらみの記事が最優秀賞を受賞なさっていました。光太郎の名が出て来なかったので気づきませんでしたが。

心平の未発表にしておそらく最後の詩の発見についてで、『福島民報』さんなどでは今年に入ってから報じられていました。

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今後とも心平顕彰の一翼を担っていっていただきたいものです。心平は当会の祖ですので、当方も及ばずながら力をお貸ししていかねばならないのですが。

【折々のことば・光太郎】

お言葉の通りおなじみ深かつた駒込林町の拙宅もつひになくなり、あの当時を偲ぶよすがも消え去りました。小生はそのうち近村の山中に移住して開墾と仕事とに専念する気です。小屋も九分通り出来上りました。新文化の創造に努めます。厳寒零下二〇度の由ですが、冬に強い小生の事とて大に意気込んでゐます。 東京へはめつたに出かけないでせう。


昭和20年(1945)10月2日 日野岩太郎宛書簡より 光太郎63歳

心平も足繁く訪問した駒込林町のアトリエ兼住居は4月13日の空襲で灰燼に帰し、花巻の宮沢賢治実家に疎開。戦後になっても、結局「めつたに」どころか7年半も上京せずにいました。

新聞記事から2件ご紹介します。

まず、光太郎も登場する小説、柳川一氏の『三人書房』書評。今月初めの『読売新聞』さんから。

『三人書房』柳川一著  乱歩謎解き 賢治・大観ら鍵 評・金子拓(歴史学者・東京大教授)

 今年は江戸川乱歩が大正12年に「二銭銅貨」でデビューして100年という節目の年である。乱歩こと平井太郎は、デビュー前の大正8年2月から翌年10月にかけ、二人の弟と「三人書房」なる古本屋を営んでいた。自製のスクラップブック『 貼雑はりまぜ 年譜』によれば、店は本郷区駒込林町の団子坂上にあった。
 本書の書名にもなっている表題作「三人書房」は、そこに持ちこまれたある謎を解く物語であり、語り手はこの店に身を寄せていた乱歩の友人井上勝喜である。 本篇ほんぺん により作者はミステリーズ!新人賞を受賞した。本書にはその続篇4篇が併録され、いわゆる連作短篇集の体裁になっている。続篇のうち3篇が書き下ろしであり、すべて語り手が異なるという工夫がなされている。
 二作目の「北の詩人からの手紙」には宮沢賢治が謎解きの重要人物として登場する。『新校本 宮澤賢治全集』第十六巻下によると、賢治は大正7年から翌年3月まで妹トシの看病のため在京しているから、三人書房開業とかろうじて重なる。乱歩と賢治に接点があったかも、という設定にワクワクする。
 それだけでない。有名どころでいえば、宮武外骨や横山大観、高村光太郎も登場する。大観が語り手の一人となる一篇「秘仏堂幻影」は、デビュー直後の大正12年が舞台である。153 頁ページ からページをめくった瞬間、そうか、と驚かされた。この年は乱歩にとってだけでなく、大観にとっても重要な年であったわけか。
 あの謎や、登場人物のあの行動が、乱歩ののちの作品にこうつながってくるという仕掛けも巧妙で、語り口も乱歩のそれを強く意識しているとおぼしく、大正の雰囲気がただよう。本書は物騒な謎というより日常の謎に近い謎解きの物語であるが、そんな謎に 嬉々きき としてたわむれる乱歩の姿が 頬笑ほほえ ましい。その兄の姿を羨望のまなざしで見つめる二人の弟。次弟通は平井蒼太の筆名で小説を書いたことでも知られる。二人のことをもう少し知りたい人には、鮎川哲也の名著『幻の探偵作家を求めて』を薦めたい。(東京創元社、1870円)

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もう1件、過日、ちらっとご紹介しましたが、『福島民報』さんから。

創作に励み切磋琢磨 福島県いわき市の東日大昌平高文芸部 県文学賞入賞、活躍続く

 いわき市の東日大昌平高文芸部が近年、県文学賞で入賞を果たすなど目覚ましい活躍を遂げている。現在部員5人が在籍し、今年で顧問17年目を迎える斎藤久子教諭と切磋琢磨(せっさたくま)しながら短歌や俳句の創作に打ち込む。
 2000(平成12)年の開校とともに創部した。部員に短歌や俳句、小説などの指導をしながら斎藤教諭も創作をする。
 県文学賞では、2020(令和2)の第73回で当時の3年生が短歌部門で青少年奨励賞、2021年の第74回で斎藤教諭が短歌部門で準賞、昨年の第75回で仁田かのんさん(2年、当時1年)が短歌部門で青少年奨励賞をそれぞれ受賞。今年の第76回では猪狩冴空さん(2年)が詩部門、根本悠平さん(3年)が俳句部門でそれぞれ青少年奨励賞に輝き、同部としては4年連続入賞を果たした。
 県高校文芸コンクールでの活躍も顕著で、猪狩さんは今年の散文、短歌の両部門で優秀賞を受け、短歌部門で来年の全国高校総合文化祭への出場が内定している。
 創作に向かう感性を磨こうと、部員は市内外の美術館や偉人の生家での研修にも励む。二本松市出身の洋画家・高村智恵子の生家では「智恵子抄」を朗読したり、「レモン哀歌」にちなんで実際にレモンをかじったりして作品の世界に触れた。斎藤教諭は「現場に行かなければ分からないことがある。実体験を大事にしている」と話す。
 現在、部員は来年3月に発行する部誌「閃光」の編集作業を進めている。今後の活動について仁田さんは「さまざまなジャンルに挑戦し、うまく言語化できるようにしたい」、渡辺紗月さん(1年)は「多くの人に読んでもらえるような作品を作りたい」と目標を語った。
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高校の文芸部というと、過日、このブログで岩手県立花巻南高等学校文芸部さんについてご紹介しましたが、こちらは智恵子の故郷・福島県。ただし、同県の地区区分は沿岸部が「浜通り」、山間部が「会津」、その中間が智恵子の生まれた二本松を含む「中通り」で、記事にある東日本国際大学附属昌平高さんは「浜通り」のいわき市にあります。いわきと云えば、当会の祖・草野心平の出身地。そこで、記事にある「部員は市内外の美術館や偉人の生家での研修にも励む」とある中には心平生家も含まれているのかな、と思います。

それが浜通りの智恵子生家まで足を運んで下さり、「「智恵子抄」を朗読したり、「レモン哀歌」にちなんで実際にレモンをかじったりして作品の世界に触れ」て下さったそうで、すばらしいですね。顧問の先生の「現場に行かなければ分からないことがある。実体験を大事にしている」というお言葉に全てが集約されているような気もします。

今後ともさらなるご活躍を、と祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

子供等を何とかして純粋に聡明に育てなければ日本の今後があやぶまれます。又昔の状態に逆戻りするのでは情けない事ですから是非とも心ある者の努力が必要です。

昭和20年(1945)9月12日 水野葉舟宛書簡より 光太郎63歳

終戦から約1ヶ月、少しずつ「戦争」への省察が始まっています。やがてその矛先が自らの戦争責任へと向かっていき、連作詩「暗愚小伝」(昭和22年=1947)などに繋がります。

で、「子供等を何とかして純粋に聡明に育てなければ日本の今後があやぶまれます」。戦前からそういう考えはありましたが、特に戦後は具体的な行動でそれを実現しようともしていきます。この後移住する旧太田村の山小屋では、近くの山口分教場(のちに山口小学校)や太田中学校、盛岡だと県立美術工芸学校や生活学校(現・盛岡スコーレ高校さん)などにたびたび通い、若い世代へのエールを送り続けました。

智恵子の故郷、福島から写真コンテストの応募案内です。キャッチコピーが「“ほんとの空”のあるふくしまの星・月の風景をあなたの感性で捉えてください」す。言わずもがなですが、「ほんとの空」の語は、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)から採られています。

第7回 ふくしま星・月の風景 フォトコンテスト作品募集

“ほんとの空”のあるふくしまの星・月の風景をあなたの感性で捉えて下さい。

 郡山市ふれあい科学館では、星や月の輝く夜とともに、福島県の豊かな自然・そして人の暮らす風景を捉えた写真作品を募集し、広く全国に紹介することを目的に「ふくしま 星・月の風景 フォトコンテスト」を開催いたします。
 星や月の輝く夜空と地上の夜の景色の融合した風景、月明かりに照らされた幻想的な夜の風景など、あなたの視点での「星・月の風景」を撮影してご応募ください。

 2023年11月5日(日)締切です!

作品テーマ 福島県内で撮影された、星・月の風景
※星空や月と風景を併せて写した「星景写真」
※月の光を効果的に生かして撮影された「月光写真」や、湖面に映る星などを捉えた写真など、"星や月を感じられる"風景写真を広く対象とします。

【注意】比較明合成を含め、画像合成などの加工を施した写真は今回の募集対象外です。(カメラの撮影モードで、上記と同様の処理がなされた作品も対象外となります。)

応募締切 2023年11月5日(日) ※消印有効

送 付 先
〒963-8002 福島県郡山市駅前二丁目11番1号
郡山市ふれあい科学館 ふくしま星・月の風景フォトコンテスト係
※直接持参される場合は開館日の10時~17時の受付となります。

審 査 員
【全体審査】
 鈴木 一雄 氏 (自然写真家/福島県出身)
 渡部 潤一 氏 (天文学者・名誉館長/福島県出身)
 郡山市ふれあい科学館長

選 賞
【大賞】1点(副賞5万円) 
【審査員特別賞】2点(副賞3万円) 
【特別賞】5点程度  
【入賞】30点程度
※表彰者には、作品写真集を贈呈いたします。

応募規定/応募形式
・カラープリント 四つ切(254×305mm)、ワイド四つ切(254×365mm)、A4サイズ、B4サイズ
※今回から応募はプリントのみの受付となります。
※トリミングの有無を応募用紙に記入してください。
※画像処理による被写体自体の加工、極端な色彩の変更を加えた作品は失格とします。また、倫理に反する(立ち入り禁止区域での撮影、木の枝を折るなどの行為による)作品は、判明次第失格とします。

・応募点数に制限はありません
※発表済みの作品でも応募可とします。ただし他のコンテストで発表の場合、当該コンテストの規定等をご確認の上で応募ください。

・応募者のプロ・アマを問いません。モラルとマナーを守って、自然や周囲に配慮しての撮影をお願いします。

応募方法
作品1点ごとに、必要事項を記入した応募票を、作品の裏側にセロハンテープでとめて応募ください。

作品の返却
プリントの返却はいたしません。

作品の著作権
応募いただいた作品の著作権は、基本的に撮影者に帰属するものとします。ただし、以下の点において、主催者が作品を使用する権利を有するものとします。
・写真展での展示(今後予定している巡回展を含む。)
・主催者が本事業に関連して発行する刊行物および雑誌・新聞等への掲載、インターネットへの掲載
・科学館事業における写真使用
・今後の本事業のための宣伝・広告のための印刷物への掲載
このほか(本企画の趣旨に合致した事業を実施するために行う展示への貸し出し、およびその宣伝広告のための印刷物への掲載許可など)については、その都度協議の上で対応するものとします。

選考と発表
選出作品については、新聞紙上・カメラ雑誌・郡山市ふれあい科学館ウェブサイトなどで氏名とともに発表いたします。また、令和5年度以降に郡山市ふれあい科学館で行う写真展、および作品写真集「ふくしま 星・月の風景 Vol.7」に掲載します。

※選考後に、作品原版(ポジ・データ)の提出をお願いする場合があります(原版は一定期間後に返却いたします)。また、応募時より詳細な撮影データ(特に撮影地と撮影年月日)についても、お伺いすることがあります。

個人情報の取り扱い
応募に際していただいた個人情報は、郡山市ふれあい科学館が管理し、本コンテストの実施運営に関わる作業のみを目的として使用いたします。個人情報は、契約に基づく委託先を別として断りなく第三者には提供いたしません。

審査結果を発表する際には、表彰者の賞名、作品、作品タイトル、氏名、住所(市町村まで)を公表いたします。

主 催 郡山市ふれあい科学館(公益財団法人郡山市文化・学び振興公社)
協 賛 (株)シグマ (株)ケンコー・トキナー
後 援 福島県 一般社団法人郡山市観光協会 福島民報社 福島民友新聞社 
    朝日新聞福島総局 毎日新聞福島支局 読売新聞東京本社福島支局 NHK福島放送局
    福島テレビ 福島中央テレビ 福島放送 テレビユー福島 ラジオ福島
    ふくしまFM 郡山コミュニティ放送ココラジ
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前回の第6回は令和2年(2020)に募集でしたので、約3年ぶりとなります。その際までは、漫画家の故・松本零士氏が名誉館長でしたので、審査員に名を連ねられていました。

当方、平成28年(2016)開催の第4回の際は、郡山で入賞作品展を拝見して参りました。

かなりのハイレベルですが、腕に覚えのある方、ぜひ福島の「ほんとの空」(ただし「星・月の風景」ですから基本的に夜間でしょうが)の素晴らしさを広めるためにも、お力をお貸し下さい。

【折々のことば・光太郎】

それでは二十六日にはそのつもりで居ります、暗いうちから支度しようと思つてゐます、電車の都合ではここから上野駅まで歩かねばならないかも知れません、話はただ平常思つてゐることをとりとめもなく話す外ありません、


昭和19年(1944)3月19日 宮崎稔宛書簡より 光太郎62歳

宮崎の父で、素封家だった仁十郎が檀家総代を務めていた、茨城取手の長禅寺で行われた講話に関わります。
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長禅寺には戦時中、錬成所という社会教育のための機関が置かれていたとのことで、ここで光太郎の講話が行われました。聴衆は40名程。それを聞いた稔の姪の話では「母というのはいいものだ」というような話があったということです。

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