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3/28のブログで御紹介しました合唱002曲「ほんとの空」。
 
今日、二本松の安達文化ホールで、この「ほんとの空」をはじめとする合唱による「東日本大震災復興支援コンサート ほほえみをあなたに」が開催されます。
 
3/28のブログにも書きましたとおり、CDと楽譜が日本童謡協会様から発行されていると知り、連絡を取ったのですが、既に完売。そこでダメもとで演奏してらっしゃる合唱団の多摩ファミリーシンガーズ様に問い合わせたところ、作曲者の髙山佳子(たま・みゆき)様ご本人と連絡が取れ、コピーですがCDと楽譜を速達で送ってくださいました。ありがたいことです。
 
早速聴いてみました。原発事故という重いモチーフでありながら、モール(短調)ではなくAドゥア(イ長調)の明るい響きです。児童合唱ということで、平易なメロディーながら、中間部でDドゥア(ニ長調)に転調、最後に元に戻ったり、ソリ(少人数のパート)やソロのオブリガートが入ったり、基本は二部ですが部分的に三部になったりと、非常に工夫されています。
 
明後日は光太郎の命日・連翹忌です。日比谷松本楼様で連翹忌の集いを開催いたしますが、ご許可がありましたのでその席上にて参会の皆様にも聴いていただきます。
 
以下、昨年の3.11に寄せて書かれた作曲者の髙山佳子(たま・みゆき)様の言葉です。

『ほんとの空』 ~3月11日に寄せて~ 

 今、日本人が心の底から怒ってる事。思ってもいなかった核の恐怖におびやかされたこの数ヶ月。福島の詩人後藤基宗子さんから『空を切る』という詩が送られてきました。
 福島にある、高村光太郎の「智恵子抄」で智恵子が「ほんとの空」と云った安達太良山、その美しい空が、忌まわしい放射能汚染におびやかされ、心の安まる日がないという。そこで『ほんとの空』というタイトルで福島の人々の思いを合唱曲にしました。
 今年の3月11日、震災から一年目の日、府中の森劇場で、社団法人日本童謡協会の『子どものコーラス展』で児童合唱団多摩ファミリーシンガーズで初演されました。この曲は、ぜひ福島の、特に児童合唱団に歌ってほしいものです。
 冬の磐梯山では長年スキーを楽しみ、猪苗代湖で白鳥と戯れ、秋は紅葉の五色沼、会津鶴が城、沼尻スキー場、など心を癒してくれる私にとって第二の故郷、福島に何か出来るならと、心をこめてこの曲を作りました。詩人の叫びを音にして皆様に届けたいと思っております。よろしくお願い致します。楽譜をおいりようの方はご連絡下さい。  2012.春
 
復興支援ソングというと、NHKさんの肝いりで出来た「花は咲く」が有名で、当方の所属する合唱団も持ち歌にしていますが、この「ほんとの空」も広まって欲しいものです。
 
【今日は何の日・光太郎】3月31日

大正15年(1926)の今日、光雲が長年勤めた東京美術学校を退職しました。

本日のテレビ放映情報です

八重の桜ツアー「ただいま、東北」 ▽早春編

2013年3月29日(金) 22時55分~23時19分  再放送 2013/04/01(月)10:05~10:30  
NHK総合1・東京
 
大河ドラマ「八重の桜」の出演者たちが、旬の東北を旅する情報バラエティ。今回は、黒木メイサと白羽ゆりが会津と二本松を訪ね、未知のグルメや史跡に福島の魅力を見出す。

番組内容

大河ドラマ「八重の桜」の出演者が、旬の東北を旅する情報バラエティー。今回は、黒木メイサ(中野竹子役)と白羽ゆり(山川登勢役)が、福島県会津若松市と二本松市へ。旅は、同県の観光大使を務める白羽が、“福島初心者”の黒木を案内する形で進行。会津では名物の珍しいまんじゅうや天ぷら、山国ならではのクルミを使った絶品料理の数々に舌鼓を打つ。二本松では、戊辰戦争で壮絶な最期を遂げた少年隊士たちの足跡をたどる。
 
智恵子の故郷、二本松からのレポートもあります。「八重の桜」がらみなので戊辰戦争での二本松少年隊を大きく扱うようで、智恵子の名が出るかどうか微妙です。ただ、光太郎の詩碑や智恵子の生家にあったという藤棚が移植されている二本松霞ヶ城は取り上げられるでしょう。
 
今、かの地の桜はどんな感じなのでしょうね。
 
さて、過日、名古屋に行った際、高速バスと新幹線の連絡時間の関係で、八重洲にある福島県のアンテナショップ「福島県八重洲観光交流館」に寄りました。福島まで行かなくても、ここで買い物をすれば福島の復興に少しでも役に立ちますし、愚妻が福島名産の「ゆべし」を好きなので、購入しました。
 
その際、情報コーナーで下記のパンフレットを戴いて帰りました。
 
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二本松市内の桜の名所が30カ所以上紹介されています。智恵子がらみの場所もたくさん載っています。
 
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万福寺さん無題2長沼家の菩提寺、油井小学校さんは智恵子の母校です。智恵子生家の裏山一帯は「智恵子の杜公園」、もちろん霞ヶ城にも桜がたくさん。ライトアップもされるそうです。
 
さらに生家にほど近い安達ヶ原公園(鬼女伝説で有名な黒塚などもあります)、少し離れていますが安達太良山の山麓に位置する岳温泉などにも桜が。
 
やはり復興支援には実際に訪れることが大切です。ぜひ足をお運び下さい! 
 
 
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【今日は何の日・光太郎】3月29日

明治42年(1909)の今日、欧米留学を締めくくるためのイタリア旅行で、ヴェニスに到着しました。

昨日、京都の大覚寺で光雲作の木彫3点の発見を報じたニュースを御紹介しましたが、やはり昨日、ニュース検索でもう1件ヒットしました。

東日本大震災:福島の空うたった詩 多摩で作曲、感動呼ぶ 2合唱団、二本松で31日に支援コンサート

毎日新聞 3月27日(水)11時9分配信
 
 多摩地域で活動する合唱グループ「多摩童謡友の会」と児童合唱団「多摩ファミリーシンガーズ」が合同で31日、福島県二本松市で東日本大震災復興支援のコンサートを開く。同市の仮設住宅や借り上げ住宅には約50キロ離れた同県浪江町から避難してきた約2500人が暮らしている。団員らは「避難して来ている人たちや二本松市民が歌で心を癒やして元気になってくれたら」と期待する。
 
 きっかけは東京電力福島第1原発事故の翌月のことだった。テレビ番組で「歌のお姉さん」を務めたことがあり、両合唱団を主宰する高山佳子さん=多摩市在住=の元に、詩人の後藤基宗子(きそこ)さん=福島県郡山市在住=から一編の詩が送られてきた。作曲の依頼だった。
 
 <空をよごしたのは誰 誰 誰>
 <阿多々羅山(あだたらやま)の向こうに磐梯山が見える街>
 <ほんとの空だけ君に残したい>
 事故後の心の移ろいが表れた詩に胸を打たれ、「ほんとの空」という合唱曲が出来上がった。高山さんは「阿多々羅山(安達太良山)のふもとの二本松市は(詩人の)高村光太郎の妻智恵子さんの古里。智恵子抄に出てくる『東京に空がない。阿多多羅山の上の青い空がほんとの空』という一節に思いを重ねた」と振り返る。

 昨年10月。多摩ファミリーシンガーズが多摩市の音楽会で披露したこの歌に、聴きに来ていた二本松市出身で東京多摩ロータリークラブの高野隆夫さん(72)が感動。「仮設に住むお年寄りに聞いてもらいたい」と高野さんが現地の「二本松あだたらロータリークラブ」に連絡をとり、両クラブ主催のコンサート開催が決まった。
 高山さんは2月末には童謡友の会の主婦らと二本松市を訪ね「ふるさとは心の中に」という歌も作った。「古里に帰ることができない浪江町の人たちに、心の中の古里をよりどころに明日に向かって歩いてほしいとの気持ちを込めた」という。

 31日は二つの合唱団の10~90代のメンバーら54人が両曲を合唱するほか、童謡25曲を歌う。入場無料。問い合わせは二本松あだたらロータリークラブ事務局(0243・23・3211)。
〔都内版〕3月27日朝刊
 

東日本大震災復興支援コンサート

ほほえみをあなたに 童謡は心のふるさと

 心いやすなつかしく温かい歌で ともに歌い ともにほほえむ
さぁ~あつまろう! 元気がでるよ!!
公演案内より
     震災の復興支援として、福島で行われるコンサートに出演します。
 
     プログラム
     故郷 我は海の子 早春賦 月の沙漠 虹の彼方に 荒城の月 波浮の港 
     トルコマーチ コキリコのうた ほんとの空 ほか
 
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気付いたのが昨日で、予定が合わず行けません。残念です。お近くの方はぜひ足をお運び下さい。
 
また、「ほんとの空」を収録した楽譜とCDも販売されていたのですが、発行元の日本童謡協会様に問い合わせましたところ、すでに品切れとのこと。これも残念です。
 
【今日は何の日・光太郎】3月28日

昭和31年(1956)の今日、雑誌『新潮』に連載の随筆「アトリエにて」の最後の一枚を書きました。リアルタイムで発表されたものとしては絶筆となりました。

たびたびこのブログでご紹介している映画「希望の国」。

 
主演の夏八木勲さんが、この映画によって文化庁の芸術選奨文部科学大臣賞に輝きました。素晴らしい!
 
「反原発」の映画ですので、ある意味問題作。それが芸術選奨文部科学大臣賞というのは意外と言えば意外ですが、文化庁も懐の深さを見せたのでしょうか。賞の性質上、エンターテインメント性の強いものには与えられないと思いますが。
 
一昨日の朝日新聞の記事です。
 
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「智恵子」役の大谷直子さんにも賞をあげたいな、と思っていましたら、ちゃんと他の賞が出ていました。
 
まず「第67回日本放送映画藝術大賞」の優秀助演女優賞。惜しくも最優秀ではありませんでしたが、これも素晴らしい!
 
それから映画「希望の国」のオフィシャルサイトによれば「東京新聞映画賞特別賞」ということだそうですが、こちらは東京新聞さんのサイトを見ても記載がありません。どうなっているのでしょうか?
 
いずれにせよ、こうした受賞を通してもっともっとこの映画が話題になってほしいものです。
 
ところでやはり一昨日の朝日新聞、一面に載った写真です。
 
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これもある意味、ものすごい写真ですね……。
 
【今日は何の日・光太郎】3月15日

明治36年(1903)の今日、智恵子が福島高等女学校を卒業しました。卒業式では卒業生総代として答辞を読みました。
 
同校では、例年、卒業生総代として答辞を読むのは「声のいい生徒」とする習慣だったそうですが、この年に限り、智恵子の成績があまりにも群を抜いていたので、声の善し悪しうんぬんではなく、智恵子にやらせるしかない、ということになったそうです。

「あの日」から2年経ちました。言わずと知れた東日本大震災です。
 
宮城では、光太郎顕彰活動に関わっていた方が津波に呑まれ、亡くなりました。そのお仲間で、ご家族を亡くされた方もいらっしゃいます。
 
福島では、原発事故の影響で、今も不自由な毎日を過ごされている方々がいらっしゃいます。
 
さて、おそらくこの時期に合わせたのでしょう。以前にこのブログで御紹介した映画「希望の国」(園 子温監督)のDVDとブルーレイが発売されました。 
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大谷直子さん演じる主人公の妻「智恵子」には高村智恵子のイメージが投影されています。
 
その大谷さんや、主人公役の夏八木勲さん、その息子役の村上淳さん(NHK大河ドラマ「八重の桜」の土方歳三役)ら、キャストの方々、さらに園監督はじめスタッフの皆さんの本音が収まったメイキングのディスクも付いています。
 
本編ももちろん、このメイキングのディスクがすごい内容でした。福島の原発周辺、宮城の石巻や気仙沼など、ロケ地となった場所の映像、そしてそこに暮らす人々の肉声……。
 
特に、被災地に行かれたことのない方にはぜひご覧いただきたい内容です。
 
今年の連翹忌でも、被災地の方々からの参加申し込みが届いております(当方の生活圏も一応被災地ですが)。復興の現状、復興されていない現状など、語っていただきたいと思っています。
 
【今日は何の日・光太郎】3月11日

大正2年(1913)の今日、読売新聞社で第2回フユウザン会展が開かれ、光太郎は塑像「男の首」を出品しました。
 
このフユウザン会展は、公設の展覧会に反旗を翻す新進作家達のアンデパンダンとして注目されました。第1回展はその前年秋。しかし、同人間の価値観の違いから、2回で終焉となりました。

いろいろなところから、いろいろな案内、刊行物等届いております。順次御紹介します。

二本松市 智恵子のまち夢くらぶ主催 智恵子講座 '13

智恵子の故郷、福島・二本松で地道に活動を続けられている智恵子のまち夢くらぶさん主催の講座です。
 
この講座も長く続いています。今年は光太郎とその周辺人物をテーマに行うとのことです。
 
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当方にも講師の依頼があり、お受けすることにしました。
 
申し込み等の詳細は、上の画像をご覧下さい。
 
【今日は何の日・光太郎】3月5日

昭和41年(1966)の今日、中央公論美術出版から、光太郎の太田村時代の素描集『山のスケッチ』が刊行されました。

一昨日、新春恒例の「歌会始の儀」が皇居・宮殿「松の間」で開かれました。今年のお題は「立」。天皇、皇后両陛下や皇族方に加え、国内外から寄せられた1万8399首から選ばれた入選者10人、選者らの歌が披露されました。
 
入選者の中で、福島県郡山市の郵便事業社員・金沢憲仁さんの作品は、光太郎の『智恵子抄』に関係するものでした。
 
 安達太良の馬の背に立ちはつ秋の空の青さをふかく吸ひ込む
 
金沢さんのコメントです。
 
「(高村光太郎の)『智恵子抄』にうたわれたように、安達太良山の上には福島の本当の空がある。津波の影響や原発の問題がある中、福島のよさを知ってもらおうと歌を作りました」。
 
両陛下からは「ご苦労が多かったですね」とねぎらわれたそうです。
 
こういうところでも光太郎作品のオマージュがなされるのは嬉しいことですが、原発事故による「ほんとの空」の消失が題材であるわけで、手放しでは喜べません。複雑な気持です。
 
歌会始といえば、昭和39年(1964)、光太郎の実弟、豊周が「召人」として参加しています。「召人」は広く各分野で活躍し貢献している人々から選ばれ、今年は歌人の岡野弘彦氏でした。豊周は鋳金の分野で人間国宝でしたが、『露光集』(昭35=1960)、『歌ぶくろ』(同41=1966)、『おきなぐさ』(同44=1969)、『清虚集』(同48=1973)の四冊の歌集を上梓するなど、短歌の分野でも大きな足跡を残しています。血は争えませんね。
 
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 『露光集』 扉(左)      口絵(右)
 
 
短歌といえば、光太郎も明治末の『明星』時代から、晩年まで断続的に多くの短歌を作りました。いずれ、光太郎と短歌に関しても折を見てこのブログで書こうと思っています。
 
【今日は何の日・光太郎】1月18日

明治44年(1911)の今日、上野精養軒で開かれた雑誌『スバル』と『白樺』の関係者会合に出席しています。

12/30のこのブログで御紹介しました園 子音(その しおん)監督作品の映画「希望の国」の原作本です。 
 2012/9/19 園子音著 リトルモア 2012/9/19 定価1500円+税

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「原作」といっても、映画と同時進行で執筆されたもののようで、著者は園氏ご自身。いわゆる映画の「メイキング」的な内容と、シナリオ風に描かれた園氏の脳裏に展開する物語の舞台「長島県大葉町」での出来事が混在するいっぷう変わった構成になっています。
 
帯に印刷されたコピーから。
 
約何万人が死んだ、苦しんだ。 文学なら、映画なら、正確に数え上げろ! たった一つの何かを無視するな!
 
映画『希望の国』原作“半ドキュメンタリー”小説 鬼才、園子音監督のもとに、福島の思いが集まり、やがて、原発事故に揺れる家族の物語が生起する。
 
「皆が想像できる単純な物語を更に深めたい」決意した園子音は福島に何度も何度も通う。描くべき人々は、すべてその道中にいた。小野泰彦も、智恵子も、洋一も、いずみも、鈴木健も、めい子も、ミツルも、ヨーコも、犬のペギーも、役所の志村も、加藤も、警官も、自衛官も……。みんな、福島から生まれた。これは映画『希望の国』をつくる、園子音という映画監督の物語――
 
大谷直子さん演じる主人公の妻・智恵子。認知症となり、あどけない童女のようという設定ですが、高村智恵子がある種のモデルです。さらに書籍によれば園氏の母君が実際に認知症ということで、そのイメージも投影されているそうです。
 
作中、「原発」を「戦争」に置き換え、もはやどうにもな003らない状況に陥りながら戦争推進の詩を書き続けた光太郎を批判する一節があります。その点に関してはグウの音も出ませんが、同じ項で、ある別の詩人を、戦争推進に必死で抵抗したと紹介しています。確かにその詩人は、一般には権力におもねる詩文を書いていないという評価が定着しているようですが、櫻本富雄著『日本文学報国会 大東戦争下の文学者たち』(平成7年=1995 青木書店)によれば、その詩人もちゃんと(?)戦争推進的な詩文を書いていますし、ある文学者大会で述べたそうした演説の内容もちゃんと残っています。もっとも光太郎のように積極的であったかは何とも言えませんが。
 
話がそれますが、ご寛恕の程。一部の文学者に関しては、戦時中に書かれた戦争推進的な内容の作品を抹殺し、全集等にもあえて収録しない、という風潮があります。それが当人の意志であったり、没後であれば熱心なファンの仕業(とあえて表現します)であったりします。結果、「誰々は戦争推進の作品を一切書いていない。すばらしい」ということになっているのです。それでいいのでしょうか?
 
我々光太郎顕彰者は、そうした方針は採らず、たとえとんでもない内容のものであっても無視せず、すべてを明らかにしようとしております。過ちは過ちとして隠蔽したりせず、それをどのようにカバーしていったのか、そういう点を明らかにすることこそ重要なのではないのでしょうか。
 
逆に戦時中の詩文をことさらに取り上げ、「これぞ大和魂の真骨頂」と賛美する愚か者がいるのにも困りものですが……。
 
【今日は何の日・光太郎】1月9日

昭和27年(1952)の今日、光太郎の住む花巻郊外、太田村山口の山小屋で、マイナス10.4℃を記録しました。
 
もっと寒い日もあったようですが、とりあえず、「今日」の出来事、ということで……。

NHK大河ドラマ「八重の桜」がスタートしました。綾瀬はるかさん演じる福島・会津藩士の娘、山本八重(後の新島八重)が主人公です。 
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1回目のオンエアは、おもに八重の少女時代の話でしたが、すでに芯の強い、ある意味頑固な、しかし柔軟に新しい物に興味を示す性格が描かれています。生まれ育った地域は少し離れています(八重は会津、智恵子は中通り)が、同じ福島県の女性ということで、智恵子にも通じる一面を感じます。
 
当方、幕末もの、特に新選組やらの敗者の視点から描かれたものは大好きですし、戊辰戦争では二本松藩も関わってきますから、一年間観つづけたいと思っています。
 
昨年のこのブログでちらっと紹介しましたが、福島の出版社・歴史春秋社刊行の『ふくしま女の時代』という書籍があります。近代福島出身の女性19人の簡潔な評伝が載っており、智恵子、そして八重も扱われています。改めて八重の項を読んでみました。大河ドラマのネタバレになるので詳しい事は書きませんが、まさに波瀾万丈の生涯です。智恵子も智恵子で波瀾万丈ですが、それ以上ですね。
 
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他の17名もそれぞれに凄い生き方をした女性達です。目次から抜粋します。「日本で最初の女子留学生-鹿鳴館の名花- 大山捨松」、「世界を舞台に歌一筋に生きた名プリマ・ドンナ 関屋敏子」、「困窮のなかから名作『洟をたらした神』を生み出した 吉野せい」、「中国人留学生の母とよばれる 服部マス」、「貧困者の救済と教育に身を捧げた行動の人 瓜生岩子」……。
 
福島には何かしらこういうスーパーウーマンの生まれる土壌みたいなものがあるのでしょうか。
 
【今日は何の日・光太郎】1月7日

光太郎、昭和22年(1947)の今日、自己の戦争責任とそれまでの生涯を振り返る20篇の連作詩「暗愚小伝」のタイトルを思いつきました。
 
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「暗愚小伝」についてはまた稿を改めて詳しく書こうかなと思っています。

今日は新宿に出かけてきました。映画鑑賞のためです。
 
希望の国」。園 子温(その しおん)監督作品。大手配給会社のものではないので、当方生活圏では上映していません。
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物語の舞台は、「東日本大震災から数年後」の「長島県大葉町」という架空の町です。M8.3の大地震に見舞われ、津波による被害、そして福島の教訓が生かされることなく、再び起こった稼働中の原発のメルトダウン。
 
夏八木勲さん演じる酪農を営む主人公・小野泰彦の暮らす家の敷地内に、「半径20㎞」のラインが引かれ、ラインの内側だった隣家の人達は半ば強制的に避難させられます。主人公の家屋部分は「半径20㎞」外なので、当初は放っておかれたものの、やがて届く「強制退避命令」、牛たちの「強制殺処分命令」。息子夫婦は避難させたものの、思い出深い家を捨てられず、以前から認知症だった妻・智恵子は環境の変化に弱いこともあり、小野は智恵子ともども退去せず残ります。しかし、避難を勧めるため家にやってくる役場職員に申し訳ないという思いも。そして小野の下した決断は……。




今すぐにでも、日本のどこかで起こりうる話です。日本中の原発のほとんどが運転停止中ですが、運転停止であって廃炉ではありません。各原発の核燃料が撤去されたわけではなく、それらが漏れ出さないという保証はないのです。
 
パンフレットには「すべて福島で現実に起こっていることに基づいて『希望の国』は制作しました」とあります。ロケはその福島や、津波に襲われた町のシーンでは、実際に津波の被害の大きかった石巻が使われていました。
 
あどけない童女のような、大谷直子さん演じる妻の「智恵子」は、「高村智恵子」をイメージしています。ラスト近く、立ち入り禁止区域内にある夫婦の思い出の場所で、雪の中、盆踊りを踊るシーンは、九十九里浜で千鳥と遊んでいた「高村智恵子」とオーバーラップします。
 
「高村智恵子」はまがりなりにも夫・光太郎に最期を看取られ、病院のベッドでその一生を終えましたが、映画の「智恵子」は……。
 
大手配給会社の作品ではなく、上映館が限られていますが、ぜひとも御覧いただきたい映画です。くり返しますが、今すぐにでも、日本のどこかで起こりうる話です。他人事ととらえてほしくないものです。

福島二本松の智恵子のまち夢くらぶさんから、今年行われた「智恵子講座’12文集」をいただきました。このところ毎年送っていただいていますが、いつもながらに頭の下がる思いです。
 
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今年の活動記録、主宰者の熊谷氏、講師を務められた方々、参加者の皆さんなどの文章などが載っています。
 
いろいろなところで同じことをしゃべったり書いたりしていますが、こういう地方の顕彰活動のもつ意義、力というのは大きなものです。その意味では東京出身の文化人はあまりにも多く、東京で光太郎顕彰、といっても難しいものがあります。
 
特に昨年から今年にかけ、福島のみなさんは原発事故の被害で大変な思いをされています。そうした中でも文化的な活動を続けるということに、人間の崇高さを感じます。
 
さて、来年の活動計画も掲載されていましたので、抜粋して御紹介します。予定でしょうから、変更の可能性もあるかと思いますが。
 
 高村光太郎連翹忌出席 4/2 (ありがとうございます)
 智恵子講座’13 全7回 4/21~12/15 (おそらく当方も講師をやらせていただきます)
 智恵子のふるさと二本松探訪 岩代エリア名木巡り 4/21
 第9回智恵子生誕祭 「好きです智恵子青空ウォーク」 5/19
 第9回研修旅行 信州上高地 7/21・22
 智恵子純愛通り記念碑 第5回建立祭 9/15
 高村智恵子レモン忌出席 10/6 (主催は「智恵子の里レモン会」…他の団体です)
 智恵子のふるさと二本松探訪 東和エリア里山巡り 10/14
 
再来年(平成26年)11月にはパリ研修旅行も計画なさっているとのことです。
 
今後もがんばってほしいものです。

昨日まで全8回にわたり、11/24(土)に行われました第57回高村光太郎研究会にての当方の発表、「光太郎と船、そして海-新発見随筆「海の思出」をめぐって-」、昭和17年(1942)10月15日発行『海運報国』第二巻第十号に載った光太郎の随筆「海の思出」の検証について書きました。
 
その間に、別件でお手紙をいただいたり、光太郎がらみのテレビ放送があったりしまして、今日はその辺を御紹介します。
 
11/17に福島・川内村で行われた草野心平の忌日・かえる忌に関し、かわうち草野心平記念館長・晒名昇氏から『読売新聞』さんの記事コピーが届きました。翌日の全国版に載ったそうです。
 
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また、川内村では来年から米の作付けを再開するという記事も同封してくださいました。明るい話題ではありますが、「農家がどれだけ作付けを再開するかは不透明」「作っても売れるのか、という不安が残る」という記述もあり、手放しでは喜べませんね。
 
さらに、福島在住のかつて草野心平が刊行していた詩誌『歴程』の伊武氏から、今年7月の天山祭(やはり心平を偲ぶ催し)について書かれた『歴程』のコピーをいただきました。ありがたいことです。
 
福島といえば、「智恵子抄」。
 
11/29には、テレビ東京系の「木曜8時のコンサート~名曲にっぽんの歌~」に、二代目コロムビア・ローズさんがご出演。昭和39年(1964)のヒット曲、「智恵子抄」を披露されました。ローズさん、アメリカ在住で、時々帰国なさるとのこと。連翹忌にもご参加いただきたいものです。
 
翌30日には、BSジャパンの「小林麻耶の本に会いたい<本に会える散歩道 日比谷>」。評論家・山田五郎さんのナビゲートで、日比谷界隈の文学散歩でした。その中で約7分にわたり松本楼さんでのロケ。大正元年にこの松本楼を舞台に作られた詩「涙」の解釈と、作品に登場する氷菓(アイスクリーム)のレポートでした。松本楼の小坂哲瑯社長もご出演なさいました。昔ながらのアイスは、山田さん曰く「正しいバニラアイス、This is vanilla iceだね」。ただ、毎年ここで連翹忌が開かれているという話がなかったのが残念でした。
 
同番組、明日12/7の22:30~23:00で、再放送されます。見逃した方は是非ご覧下さい。

金曜の朝に東京・府中を出発し、福島・二本松、同じく川内村、そして府中まで、2泊3日、600㎞以上を運転しました。レンタカーのワゴン車、モンデンモモさん曰く「智恵子抄号」。
 
同乗者はモンデンモモさん、ピアニストの砂原ドルチェ嘉博さん、ヘアメイクの手塚祥子さん、モモさんのお弟子さんの茉那さん。当方、手塚さん、茉那さんとは初めてでした。道中、モモさん、砂原さんの業界の裏話やら、若い茉那さんの恋バナやらで盛り上がり、しっかり者の手塚さんがしっかり締め、楽しい珍道中でした。
 
行く先々でも新しい出会いがいろいろとあり、人の輪というのはこうやって広がってゆくんだな、と実感させられました。二本松信用金庫の皆さん、川内村天山心平の会の皆さん、お世話になりました。
 
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川内村小松屋旅館にある草野心平の書
光太郎の詩「晩餐」の一節です。
 
 
また、旧知の皆さんともお会いでき、さらにつながりを深められたと思っております。二本松では智恵子のまち夢くらぶの熊谷さん夫妻、詩人の木戸多美子さん、川内では元筑摩書房の編集者でかわうち草野心平記念館長の晒名昇氏、川内村教育長の石井芳信氏。
 
特に石井氏には、今朝、お宅にお邪魔して、奥様ともども川内の現状などに関する貴重なお話をお聞かせいただきました。津波の被害とはまた違う、目に見えない放射線の被害、しかし、あえて書きますがその補償を巡る金銭的などろどろした部分などなど……。
 
明日はまた上京して、原宿アコスタディオさんでのモモさんのコンサートです。なにやら当方にも出番が作ってあるとか。まぁ、光太郎智恵子の世界をひろめるためには労はいといません。
 
このブログをお読みの方で、「こういうことをやりたいのでてつだってほしい」という方、お声がけ下さい。

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今日も携帯からの投稿です。

現在地は福島県川内村。高村光太郎と親交のあつかった詩人、草野心平ゆかりの地です。こちらの旅館、小松屋さんを会場に、第2回天山心平の会「かえる忌」が行われました。

心平の命日は12日ですが土曜日にあわせての開催のようです。天山心平の会代表で小松屋さんのご主人、井出氏、かわうち草野心平記念館長・晒名氏、川内村長の遠藤氏他のお話、福島県議団と一緒にチェルノブイリ視察に行かれた地方紙河北新報記者の中島氏のレポート、そしてモンデンモモさんのミニコンサートなどがありました。

ところでなぜ「かえる忌」なのかといいますと、いくつか理由があります。心平が蛙をモチーフにした詩をたくさん書いたこと。川内村は、モリアオガエルの生息地であること。ここまでは事前にわかっていましたが、他にもありました。

原発事故で全村避難を余儀なくされ、しかし今年に入ってそれも解除、みんなで村に「帰る」という意味。

さらに川内村より原発に近く、帰るに帰れない区域の人々を受け入れ、村を「変える」というメッセージも込められているそうです。
「蛙」「帰る」「変える」。深いですね。

明日は移動日で東京に帰り、明後日は原宿アコスタディオさんでモンデンモモさんの「モモの智恵子抄2012」です。

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福島は二本松に来ています。

高村光太郎の詩に曲をつけて歌われているシャンソン歌手、モンデンモモさんのコンサートツアーに帯同、今、演奏中です。

今日は二本松信用金庫さんの主催で、パーティー/イベントホール二本松御苑さんでの開催です。「レディースコンサート」と銘打ち、定番のシャンソンやポピュラー系がメインです。光太郎詩の曲も「樹下の二人」「あどけない話」などもプログラムに入っています。

百人ちょっとの集客を見込んでいたそうですが、フタを開けてみれば二百近いお客様。被災地福島でも、平日の夜に音楽を味わえる余裕ができてきたということでしょうか。

明日は同じく福島の川内村に回ります。

一昨日、昨日と、二代目コロムビア・ローズさんについて御紹介しましたが、今日まで同じネタで行かせていただきます。
 
下の画像は昭和39年(=1964)8月、日本コロムビア発行の冊子「智恵子のふるさとを訪ねて」です。全26頁で、ソノシートが4枚付いています。おそらく「智恵子抄」のヒットを受けて発行されたものだと思います。
 
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26頁にわたってローズさんの写真がたくさん載っていますが、興味深いのは二本松周辺で撮影された写真が多いこと。観光客誘致に貢献したということで、作詞の丘灯至夫さん、作曲の戸塚三博さんともども、当時の二本松市長から感謝状が出され、その贈呈式のため二本松を訪れた際のものです。
 
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智恵子の生家や安達太良山、阿武隈川河畔、二本松霞が城など、智恵子のゆかりの地でのショットも多く、特に生家では昭和30年代に撮影された写真は他でほとんど見たことがなく、貴重なものだと思います。
 
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この当時、というか、とっくの昔に長沼家は人手に渡っており、建物も結構荒れていたようです。それが80年代終わりの頃の竹下内閣のときのふるさと創成事業で全国のすべての自治体に1億円が給付され、それを使って現在の形に整備されました。それがなかったらもはや朽ち果ててしまっているのではないかと思います。そう考えると、当時の安達町の英断には感心します。
 
花巻では昭和20年から光太郎が7年間暮らした山小屋が「高村山荘」として保存されています。ところが千葉の九十九里にかつてあった、智恵子が昭和9年に療養していた家(田村別荘)は、しばらくは移築されて保存されていたのに、地元の無理解と感情的な行き違いから解体されてしまいました。残念なことです。何でもかんでも古いものを保存すべきとも思いませんが、だからといって、これもどうかと思います。高村山荘やら智恵子の生家やらが残ることによって、光太郎智恵子の記憶が残り続ける契機になるわけですから。
 
「断捨離」などという言葉が流行りですが、同じことは古い書籍やレコードなどにもいえると思います。今回紹介した「智恵子のふるさとを訪ねて」なども、よくぞ残っていた、という感じです。明日はその辺を。

昨日のブログで歌手の二代目コロムビア・ローズさんにふれました。今日も追加で。
 
ローズさん、「智恵子抄」のヒットで、その後、「文芸歌謡」路線で行ったようです。「たけくらべの歌」(昭和39年=1964)、「二十四の瞳」(同40年=1965)などの歌をリリースしています。「二十四の瞳」のB面は「智恵子のふるさと」という歌です。これらはみな作詞・丘灯至夫、作曲・戸塚三博とのトリオで制作されました。
 
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智恵子のお膝元、二本松では「智恵子抄」と「智恵子のふるさと」を一本に収録したカセットテープが、平成11年に販売されました。
 
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「智恵子抄」、いろいろな方がカバーしています。
 
昭和45年(1970)には西尾和子さんの歌でリリース。これはTBS系で放映されたドラマ「智恵子抄」(木村功・佐藤オリエ主演)の主題歌として新たに録音されたものです。
 
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また、平成17年には三代目コロムビア・ローズさんの歌で、シングル「異国の華~お春物語~」のカップリングになっています。
 
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その他にも歌として、あるいはインストゥルメンタル(歌なし)で、いろいろな方がカバーしています。そのあたりはいずれ当方発行の冊子『光太郎資料』にて詳述したいと思っています。

昨日に引き続き、テレビ放映の情報です

木曜8時のコンサート~名曲!にっぽんの歌~

地上波テレビ東京  2012年11月15日(木) 19時58分~20時54分

番組概要
演歌・歌謡曲を中心に、1時間たっぷりとお送りします。 歌は時代を映す鏡……。歌を聴くと、自分の青春時代や、懐かしい結婚当初の頃、子どもとの思い出など、その時その時を思い出させてくれます。 視聴者の方が、懸命に生きてきた時代を思い出しながらじっくり聴けるよう、トークは控えめに、名曲の数々をお届けします。

出演者
ゲスト 大月みやこ、小柳ルミ子、三船和子、大川栄策、三笠優子、二代目コロムビア・ローズ、笹みどり、木村友衛、石川ひとみ、麻倉未稀、伊藤敏博、大泉逸郎
司会 宮本隆治、松丸友紀(テレビ東京アナウンサー)

曲目(1)
『お久しぶりね』小柳ルミ子 『孫』大泉逸郎 『女の駅』大月みやこ 『さざんかの宿』大川栄策
『夫婦舟』三笠優子 『浪花節だよ人生は』木村友衛
『ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO』麻倉未稀 『下町育ち』笹みどり

曲目(2)
『サヨナラ模様』伊藤敏博 『だんな様』三船和子 『まちぶせ』石川ひとみ
『智恵子抄』二代目コロムビア・ローズ 『わたしの城下町』小柳ルミ子 『白い海峡』大月みやこ

というわけで、二代目コロムビア・ローズさんがご出演。昭和39年(1964)のヒット曲、「智恵子抄」を歌います。
 
二代目コロムビア・ローズさん。昭和37年に「白ばら紅ばら」でデビュー、「智恵子抄」でブレイクし、紅白歌合戦出場を果たしました。当時は紅白に出る、というのは大変なことでした。現在は米国・ロサンゼルスにお住まいで、時折日本に帰ってきてテレビ出演等をされています。
 
「智恵子抄」。作詞は故・丘灯至夫氏(大正6年=1917~平成21年=2009)。舟木一夫さんの「高校三年生」やアニメ「ハクション大魔王」主題歌なども手がけています。智恵子の郷里、二本松に近い福島県・小野町の生まれです。郡山商工学校卒業後、戦前には二本松電気株式会社や毎日新聞福島支局に勤務していた経験もあるそうです。そうした縁もあるのでしょうか? 二本松・旧安達町地区ではこの歌が防災無線の時報チャイムに使われたり、小学生でも歌えたりします。
 
下の画像は昭和39年発売のオリジナル版EPレコードのジャケットです。 
 
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当方、ローズさんに関しては過去の映像として見たことはありますが、リアルタイムでは存じません。興味があるので「木曜8時のコンサート」、見てみようと思っています。皆様もぜひどうぞ。

一昨日のブログで御紹介しました11/17(土)、福島川内村でのイベントです。
 
川内村では光太郎を敬愛してやまなかった詩人・草野心平を名誉村民に認定しています。心平についてはいずれまた詳しく書きたいと思っています。
 
心平は蛙をモチーフにした詩をたくさん残しました。その名もずばり「蛙」という題名の詩集まであります。下の画像は函で、文字は光太郎の筆跡です。

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川内村は原発事故で一躍有名になってしまった村ですが(先頃、天皇皇后両陛下が訪問されました)、もともとモリアオガエルの生息地ということで、「蛙の詩人」心平とゆかりができ、蔵書3000冊を村に寄贈、「天山文庫」として親しまれています。
 
さて、11/17(土)は、午後2:30から、村内の小松屋旅館さんで、心平を偲ぶ「かえる忌」が開かれます。心平の命日は11/12ですが、土曜日にあわせて行うようです。当方、初めての参加で、勝手がわかりませんが、おそらく紅葉も美しく色づいていることと思い、楽しみにしています。そのイベントの中で、モンデンモモさんのライブも入るとのこと。光太郎、心平、そして宮澤賢治の詩に曲をつけて歌います。会費2,500円だそうです。
 
こういうイベントへの参加も被災地復興のための一つの方策だと思います。お時間のある方、ぜひお越しを。

別件です。テレビ放送の情報を1件。

2012年11月7日(水) 20時00分~20時54分 テレビ東京系
 
野村真美と小林綾子が秋の青森を巡ります!紅葉の名所、奥入瀬渓流、十和田湖や今注目の「もみじ山」へ!さらに「酸ヶ湯温泉」ランプの宿「青荷温泉」など名湯も堪能!

番組内容

秋の青森の紅葉スポットめぐり!錦色に染まる奥入瀬渓流は「雲井の滝」など水の流れと紅葉の彩りが鮮やか。遊覧船で楽しむ「十和田湖」も見ごたえ十分。夜は川のせせらぎが心地よい温泉宿に宿泊。夕食は地元のリンゴをふんだんに生かしたリンゴ会席を堪能。2日目はオトクで新鮮な海鮮丼が人気の市場や千人風呂で有名な「酸ヶ湯温泉」、今注目の名所「中野もみじ山」、秘湯「青荷温泉」のランプの宿などを満喫。秋のオススメ旅!

出演者
 旅人 野村真美、小林綾子  ナレーション 大和田伸也

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ぜひご覧下さい。

昨日のブログで速報したものについて、何回かに分けて詳報します。
 
まず、「宇宙人」シャンソン歌手、モンデンモモさんのコンサート。

期 日 : 2012年11月16日(金)
会 場 : 二本松御苑 福島県二本松市金色久保222-7
時 間 : 18:00~
料 金 : 500円(コーヒー&ケーキ付)

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光太郎の「智恵子抄」の詩にご自分で作曲なさった曲をつけ、歌われているモモさん。本業はシャンソンです。

この「まつしんレディースクラブ特別企画 モンデンモモ ♪谷間に三つの鐘が鳴る♪」では、シャンソンやポピュラー系を中心に、「智恵子抄」の曲も織り交ぜて、というコンセプトだそうです。
 
「まつしん」は「二本松信用金庫」。上記のチラシでは「まつしん各営業店窓口にて入場整理券を購入してください」となっていますが、地元でない方など、直接モモさんにお問い合わせ下さい。コーヒー、ケーキ付きで500円だそうです。5,000円じゃありませんよ、500円、ワンコインです。
tel080-6772-3746  fax 042-316-7223   mondenmomo@mac.com
 
曲目は 百万本のバラ ラストダンスは私と 誰よりも君を愛す 愛の讃歌 聖母たちのララバイ 谷間に三つの鐘が鳴る ハナミズキ 夜明けの歌 カーネーション など。伴奏はピアニスト、砂原嘉博さんです。 
 
会場はパーティー/イベントホールの二本松御苑さん。
 
秋の夜、素敵な歌声とピアノの調べに身をゆだねてみませんか?

今日は二本松に日帰りで行って参りました。新幹線で行くより安いし早いので、車で行きました。
 
朝10時から智恵子の生家近くで「第4回智恵子純愛通り記念碑建立祭」。遅れてはいけないと思い、早くに家を出たところ、あまりに早く着きすぎてしまいました。そこで、久しぶりに智恵子生家とそれに附属して建てられている智恵子記念館、智恵子の実家長沼家の墓所のある満福寺さん、生家裏手にある「樹下の二人」詩碑に行きました。
 
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智恵子生家
 
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「ほんとの空」
 
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長沼家墓所
 
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智恵子献納の花立て
 
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「樹下の二人」詩碑
 
さて、肝心の建立祭。主催者挨拶のあと、昭和39年(1964)、二代目コロムビア・ローズさんが歌ってヒットした「智恵子抄」を全員で歌いました。小学生もすらすら歌える、というのが驚きでした。さすがご当地。指揮は6月の「智恵子講座」で講師を務められた二本松在住の児童文学者・金田和枝先生。ちなみに今日がお誕生日だったそうです(さすがにここでは女性の年齢は公表しませんが)。

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碑への献花、小中学生を含む地元の皆様の詩の朗読、地元のハーモニカサークルの発表など、1時間ほどのプログラムでした。

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午後は二本松市民交流センターに会場を移し、第4回「智恵子講座」。今回の講師は二本松在住の詩人、木戸多美子氏。光太郎・智恵子の結婚後、智恵子の統合失調症発症までの二人の文筆作品をメインに、詩人らしい鋭い感性でお話をされました。

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いつも書いていますが、こういう地域に根ざした活動というのは非常に大切なことだと思います。連翹忌は毎年4月2日に東京で行っていますが、単に東京を会場にしているというだけで、東京の人々が光太郎の地元だから、という理由でご参加いただくことがありません。そう言う意味で、花巻、女川、二本松、こういう地域に根ざした活動を、今後も盛り上げていっていただきたいものです。

福島二本松で発行されている雑誌『現代史研究』69号を、主宰者であり「智恵子のまち夢くらぶ」会員の渡辺元蔵氏より頂きました。氏のレポート「光太郎智恵子ゆかりの旅行-花巻と十和田の旅-」が掲載されています。

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「智恵子のまち夢くらぶ」さんの主催で、今年7月15,16の2日間、花巻、十和田を巡られたそうです。
 
明日は同じく「智恵子のまち夢くらぶ」さんの主催で、午前10時から「第4回智恵子純愛通り記念碑建立祭」。午後からは「智恵子講座’12」の第4回(講師は詩人の木戸多美子さん)ということで、行って参ります。
 
「智恵子純愛通り記念碑」というのは、智恵子生家前の約2キロを「智恵子純愛通り」と愛称を付け、智恵子没後70年の顕彰事業として平成20年(2008)に建立されたものです。揮毫は光太郎の令甥・高村規氏です。 
 
こうした地域に根ざした活動、大切なことだと思います。

昨年、平成23年(2011)は、昭和16年(1941)に『智恵子抄』が刊行されて70周年ということで、イベントや特集記事的なものがぽつぽつありました。
 
そんな一つ、朝日新聞の福島版では12月13日から一週間、「「ほんとの空」を探して」と題する特集記事を組み、各界で活躍中の方々の談話等が載りました。
 
ラインナップは次の通りです。
 
(1)驚嘆の人気 世代超え/愛の詩集 (12/13)    岩下志麻さん/新潮社さん
(2)権威に反発 自由求め/光太郎の素顔 (12/14)  加藤剛さん
(3)自然と対峙 孤独紡ぐ (12/15)         二本松市文化課さん/和合亮一さん
(4)自立への気概空回り (12/16)          大島裕子さん
(5)守り抜いた命の芸術 (12/17)          北川太一先生
(6)どっしりとして森厳 (12/19)          山本隆一さん
(7)言霊は世代を超えて (12/20)          モンデンモモさん/高村規さん
 
第一回に昭和42年(1967)の松竹映画「智恵子抄」で智恵子を演じた岩下志麻さんがご登場です。光太郎役の故・丹波哲郎さんのエピソードも語られています。丹波さんのマネージャー氏曰く、数多くのテレビ、映画にご出演なさった丹波さんが、いちばんお好きだった作品が「智恵子抄」とのこと。
 
そして、岩下さん、DVD化されていないのを残念がられています。「(丹波さんの)ご仏前で見せてあげたい」そうです。
 
DVD化、当方も切に望みます。
 
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松竹「智恵子抄」 完成記念特別披露公開 丸の内ピカデリー 昭和42年6月3日~9日 チケット袋

yahoo!ニュース検索で1件ヒットしましたのでご紹介します。 

原発事故への思いを演劇で、福島の高校生が横浜で公演へ/神奈川

7月25日(水)16時30分配信
 福島県の高校生が震災や原発事故に対する思いを演劇の形で描く「この青空は、ほんとの空ってことでいいですか?」が31日、横浜市神奈川区のかなっくホールで上演される。事故に翻弄(ほんろう)され葛藤を強いられながらも、わが町への愛情を失わない「今の気持ち」が、ひたむきに表明される。

 タイトルの「ほんとの空」とは、詩人の高村光太郎が「智恵子抄」で「阿多多羅山の山の上に/毎日出てゐる青い空が/智恵子のほんとの空だといふ」と記した福島の空。だが、2012年の福島の高校生は、自らの故郷に「ほんとの空」を見いだせないでいる。

 公演するのは、福島県郡山市の県立あさか開成高校演劇部の約20人。作品の舞台は高校、主人公は演劇部の部員たち―と、自分たちの姿を重ね合わせた。「智恵子抄」を題材に芝居をつくるうちに仲間内から「本当の空のリアリティーがない」と異議が上がる、といった筋書きには、高校生の真情がにじみ出ている。

 線量計の警告音が鳴り響き「そこ線量が高いからこっち来い」と声を掛け合う場面や「マスクをしないのは意地だ」との独白。土地に根差す者ゆえの切実な言葉は、震災後に重ねた即興劇の中で部員たちが紡ぎ出したという。部長の高校2年、円谷風香さん(17)は「反原発がどうとかではなく、悩みながら今も私たちが福島にいる、ということを伝えたい」と話す。

 横浜市中区の「横浜ふね劇場をつくる会」が彼らを横浜に呼んだ。今年3月11日、東京・新宿で上演された同作品を、事務局長の一宮均さん(61)が見たのがきっかけ。「私たち横浜の人間は、震災を『過去のこと』と考えてしまってはいないか」と警鐘を鳴らす。

 午後7時開演。料金は2千円、高校生以下は500円。8月1日には上演台本を用いた高校生向けワークショップもあり、参加者を募集している。問い合わせは、一宮さん電話090(1262)5520。
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今回初めて知りましたが、今年3月にも同じ公演が渋谷の笹塚ファクトリーで行われたようです。
 
残念ながら当日は都合で行けません。
 
この手のイベントを考えてらっしゃる方々、お早めにお知らせいただければ幸いです。宣伝やら後援やらでお役に立てることもあるかと存じます。金銭的な援助は不可能ですが。

今日は二本松での光太郎・智恵子関連のイベントをご紹介します。 

智恵子講座’12

先日、当方が参加してきたのがこれの第3回だったわけです。主催は智恵子のまち夢くらぶ。今年度はあと3回の講演が予定されています。希望する回だけの参加も可能だそうです。
 
次回(9/16)講師は詩人の木戸多美子氏。また都合がつけば当方も行ってみようと思っています。
 

2012年詩人会議 夏の詩の学校 高村光太郎『智恵子抄』の安達太良山の空を見よう!

当方、寡聞にして知りませんでしたが「詩人会議」という団体があるそうです。そちらで主催しているイベントが来月15(日)~17(火)の3日間で行われるとのこと。
 
岳温泉を拠点に2泊3日の日程で、福島大学教授の澤正宏氏、夢くらぶの熊谷会長のご講演、安達太良山登山などの予定が組まれています。こちらも2泊3日のうち、都合のつく部分だけの参加も可とのことです。
 
澤氏には「詩の成り立つところ 日本の近代詩、現代詩への接近」(翰林書房 平成13年=2001)などのご著書があります。同書は「第2章 与謝野晶子と高村光太郎」その他の部分の随所で光太郎に言及されています。

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昨日も書きましたが、東北の復興支援のためにも、現地を訪れることは大事だと思います。ふるってご参加を!

福島・二本松レポートの2回目です。
 
午前中の「智恵子のまち夢くらぶ」主催の「智恵子講座’12」のあと、智恵子生家にほど近い夢くらぶの熊谷会長のお宅にお邪魔し、周辺を案内していただきました。
 
「智恵子講座’12」の2回目が先月20日で、その際は「智恵子ゆかりの地を歩く~好きです智恵子青空ウォーク」という催しで、その日は仙台に行っていましたので、参加できませんでした。その後、当日の資料を送っていただいたところ、「こんなところがあったんだ」という場所がいくつかあり、今回、無理にお願いして案内していただきました。
 
下の画像は、「智恵子ゆかりの地を歩く~好きです智恵子青空ウォーク」の際に、夢くらぶの会員で元油井小学校(智恵子の母校)の校長先生でいらした本多長氏が作られた地図です。

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この中で、智恵子の生家や記念館、裏手の山一帯は、当方、何度か訪れたことがありました。しかし、③「祖父次助ゆかりの地」④「弟啓助ゆかりの碑」⑤「父今朝吉、母センゆかりの地」⑯「明治期建造物、旧大谷屋」といったあたりは存じませんで、それと知らずに通り過ぎていました。
 
まず⑯「明治期建造物、旧大谷屋」。明治初期の建築で、当時としては珍しい木造三階建てです。元はこの地有数の割烹旅館で芸者衆もいたそうで、智恵子の弟・啓助もここで遊蕩にふけったらしいとのことです。

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続いて③「祖父次助ゆかりの地」。ここは現在、JAの葬祭場の駐車場となり、何も残っていません。旧安達町の町史によれば、慶応2年(1866)、米谷藻兵衛(茂兵衛とも記述)がここに糀屋-後に造り酒屋を開き、越後から智恵子祖父の次助を雇ったそうです。次助はのちに独立して近くに新しく造り酒屋を開き、ここが現在も復元されて残る智恵子生家です。
 
そこからものの50㍍ほどのところに⑤「父今朝吉、母センゆかりの地」。白木屋と号した呉服屋で、ここで智恵子の父・今朝吉と母・センがともに働いていたとのことです。ここも当時の建物は残っておらず、医院の駐車場となっていますが、道を挟んだ向かいにはやはり元の造り酒屋の古い建物が残っています。画像、手前が白木屋のあった現在の駐車場、奥が元の造り酒屋です。

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最後に秋葉神社という所にある④「弟啓助ゆかりの碑」。大正7年(1918)に作られた碑ですが、元々はもっと北の方の全く別の場所に建てられていたものが、ここに移されたそうです。大正6年(1917)7月に東北本線の安達駅が開業、それに伴い旧街道と駅を結ぶ新道が拡幅され、その完成を記念した碑です。工事は全額地元の寄付金(当時の金額で2,643円)と使役で賄われ、寄付者名が碑に刻まれています。その中に智恵子の弟・啓助の名も。熊谷会長、十年程前に町内会の草刈りの時にたまたま気が付いたそうです。確かに他の庚申塔などは社殿のすぐそばにまとめて並んでいるのに、この碑だけ神社境内のはずれにぽつんと建っており、そこに通じる道もなく、草むらをかきわけて行かなければたどり着けない場所です。
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この手の情報はやはり地元の方に訊かないとなかなかわかりませんね。
 
智恵子の生家・智恵子記念館は一昨年5月に入館者100万人に達したそうです。ただ、やはり原発事故以来、訪れる人は減っています。観光客がたくさん訪れることも復興につながります。是非、皆さん、二本松へお越しを。そして智恵子の生家・智恵子記念館を訪れたら、少し足をのばして周辺の散策もおすすめです。また、二本松市中心部も昨日紹介したように大山忠作美術館、「ほんとの空」の彫刻、さらに二本松駅や二本松霞が城にある光太郎の筆跡を刻んだ碑や智恵子生家にあったと伝えられる藤棚など、光太郎智恵子ファンにとっては見どころ満載です。
 
もう少し二本松ネタを続けます。

福島・二本松に行って参りました。二回に分けてレポートいたします。
 
目的は、二本松で活動を続けている「智恵子のまち夢くらぶ」主催の「智恵子講座’12」参加のためです。昨日が第3回、二本松在住の児童文学者・金田和枝氏による講演「求愛熱愛期を中心にして」でした。
 
前日は安達太良山麓の岳温泉に一泊。熱めの酸性の湯、温泉温泉した温泉で、(意味お判りでしょうか?)ここの湯も当方、大好きです。路線バスで山を下り、午前十時の開会に合わせ、会場に入りました。
 
会場は平成21年、二本松駅前に新たに建てられた二本松市民交流センター。ちなみにこちらは大山忠作美術館さんを併設しています。故・大山忠作は同市出身の日本画家で、同館には「智恵子に扮する有馬稲子像」などの作品が展示されています。これは題名の通り、昭和51年(1976)の作で、新橋演舞場で公演された「智恵子抄」の主演、有馬稲子さんを描いた作品です。縦2メートル以上の巨大な絵で、その色調などとあいまって、不思議な存在感のある絵です。

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ちなみに交流センターと川を挟んだ向かい側、駅ロータリーの一角にはやはり平成21年(2009)に智恵子をイメージしたという彫刻「ほんとの空」も設置されました。作者は元・日展理事長橋本堅太郎氏です。
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さて、肝心の講演ですが、講師の金田氏は昭和5年(1930)、東京品川の生まれ。戦時に疎開で二本松に移り住み、長らく小学校の先生をなさっていた方です。地元福島の出版社・歴史春秋社から『智恵子と光太郎 たぐいなき二つの魂の出会い』『ふくしま女の時代』(共著)などの御著書があります。

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講演は『智恵子抄』の前半に収められた詩を中心に、光太郎・智恵子の恋愛期を追究するものでした。氏の女性ならではの、また、失礼とは存じますが、豊富な人生経験をふまえられての視点は、素晴らしかったと思います。また、時にユーモアを交え、聴く者を飽きさせないすばらしいご講演でした。

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講演の後、少し時間が余ったと言うことで、当方に15分程しゃべれ、という指令が。先月の仙台びすた~りさんでの荒井真澄さん・齋藤卓子さんの朗読イベントでもそうでしたし、こういう突然の振りにも慣れて参りました。連翹忌の宣伝や、光太郎・智恵子顕彰活動の意義、特に地域に根ざした活動の重要性などを話しました。
 
閉会後は近くにできた古民家レストラン(先日の仙台編でも書きましたが、やはり流行ですね)で、金田氏や夢くらぶのみなさんと昼食。御馳走になってしまいました。たった15分の話で一食浮きました。有り難いことです(笑)。
 
しかし、その席上ではやはり現在の福島ならではのお話が。どこどこの放射線量がどうの、タケノコや山菜がどうの、仮設住宅がどうの……。心が痛みました。また、泊まった岳温泉でも、地元紙「福島民報」「福島民友」さんを読みましたが、ちょうど関西電力大飯原発再開に関する記事が出ており、中央の新聞とは明らかに異なる怒りを露わにした論評。「無理もない」と感じました。岳温泉といえば、老舗のホテル松渓苑さんというのがかつてあったのですが、震災で損壊した設備の復旧のめどが立たず、廃業となりました。こちらの社長さんも智恵子顕彰活動にも取り組まれていた方で、連翹忌にもいらしていただいた方だっただけに、やはり心が痛みました。
 
一日も早く、「ほんとの空」の復興を願ってやみません。
 
さて、その後は、智恵子生家にほど近い夢くらぶの熊谷会長のお宅にお邪魔し、周辺を案内したりしていただきました。そちらについては明日、またレポートいたします。

東北本線普通列車に乗っています。昨日から一泊で福島県二本松を訪れ、帰路についたところです。郡山から新幹線に乗り換えます。

実りの多い福島行でした。詳しくは明日以降のブログにて。

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最近入手した光太郎関連の書籍のうち、比較的最近出版されたものを紹介します。 

第66回安古びた登山日記

市川五十二著 風詠社 平成23年(2011)11月29日 定価1,575円

著者の市川氏は登山を趣味とされている方です。著者曰く「過去の山行から六つを選び、山岳小説風にまとめたものが本書である」とのことで、第一章が「ほんとの空に抱かれし山 安達太良山」。光太郎、智恵子の文筆作品を引きながら、二本松・旧安達町の智恵子記念館やその裏手の鞍石山への訪問記が書かれています。
 
第二章は「みちのくの山 早池峰と岩手山」。やはり光太郎が愛した山ですが、ここでは光太郎には触れられず、宮澤賢治や石川啄木にからめられています。
 
ちなみに当方、今週末には久しぶりに二本松に行って参ります。

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詩の在りか-口語自由詩をめぐる問い

佐藤伸宏著 笠間書院 平成23年(2011)3月15日 定価3,200円+税

東北大学教授である著者による論考です。光太郎、室生犀星、萩原朔太郎、三富朽葉の4人に焦点を当て、口語自由詩がいかに生まれ、根付いていったかが論じられています。
 
光太郎に関しては第二章「口語自由詩と<声>-高村光太郎『道程』」「1高村光太郎の<自由詩>の理念」「2 光太郎に於ける<文語自由詩/口語自由詩/小曲>」「3 光太郎に於ける口語自由詩の確立」に分け、詳細に述べられています。

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「専門馬鹿」という言葉があります。自分の専門分野だけは詳しいが、他はさっぱり、という意味ですね。そうならないように、近・現代の詩や美術の流れの中での光太郎の位置付けや、周辺人物との関わりの中での光太郎像といった点にも目を向けなければ、と思っています。

昨夜、NHKBSプレミアムで放映されたlogo「きらり!えん旅」。旅人は歌手の由紀さおりさん。原発事故で大変な状況の二本松を訪れました。
 
大変な状況にもめげず、野菜作りや和紙作りに精を出す地元の方々、原発に近い浪江町から避難されてきた方々……。そして「ほんとの空」自慢ということで、智恵子のまち夢くらぶの熊谷健一さんもご出演なさいました。智恵子生家の裏手にある詩碑の丘に由紀さんを御案内し、雪と春霞に覆われた安達太良山をお見せなさっていました。映像で見る限りロケの日(4/11)は気持ちの良い晴天で、まさしく「ほんとの空」が広がっていました。しかし、熊谷さん曰く「原発事故のため、青い空でも、ちょっと複雑なところがある。早く元の純粋な青い空に戻ることを願っている。」とのことでした。本当にそうですね。
 
番組のラストには安達文化ホールでの由紀さんのコンサート。熊谷さんはじめ観客の皆さんは涙を流して聴き入っていました。音楽は人の心を揺さぶるものだと、改めて痛感しました。
 
お見逃しの方は、5/16(水)午前11:00~11:30、5/17(木)15:30~16:00に再放送がありますのでご覧下さい。
 
東北復興のため、我々にできることもしっかりと考えていきたいと思います!

4月2日、連翹忌終了後、1ヶ月の間にも光太郎関連のイベントなどいくつか参加して参りましたが、明日以降のブログでご報告します。
 
今日はこれから放送される光太郎・智恵子関連のテレビ番組の情報を二つ。 

 地上波テレビ朝日系 2012年5月9日(水) 13:20~

ゲストは渡辺えりさん。5/17(木)から公演が始まる光太郎・智恵子を主人公とした「月にぬれた手」、宮澤賢治を主人公とした「天使猫」のお話や、光太郎と面識があったお父様に関するお話が聴けることと思われます。

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ただし、地上波ですので、関東地方以外では放送日程が異なるかもしれません。 

きらり!えん旅logo

NHKBSプレミアム 2012年5月10日(木) 19:30~

震災からの復興を応援する番組ですが、ゲストは由紀さおりさんで、福島・二本松が舞台です。地元で智恵子の顕彰を続けていらっしゃる「智恵子のまち夢くらぶ」の熊谷さんも出演なさっています。
 
ふるってご視聴のほど。

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