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智恵子の故郷・福島二本松の高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催中の「高村智恵子生誕祭」につき、地元紙2紙が報道して下さっています。特に生誕祭の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」を前面に押し出して下さり、ありがたく存じます。

まず『福島民報』さん、先月末には記事を出して下さいました。

詩集「智恵子抄」で知られる高村智恵子の生誕祭 5月11日まで紙絵の実物展示 福島県二本松市の智恵子記念館 智恵子抄の収録作、音楽に乗せて披露

 詩集「智恵子抄」で知られる福島県二本松市出身の洋画家・高村智恵子(1886~1938年)の生誕祭は4月24日、同市油井の智恵子の生家・智恵子記念館で始まった。5月20日の誕生日に合わせ、智恵子が制作した紙絵の実物展示や居室の特別公開などのイベントを繰り広げている。
 紙絵は「花パターン」や「菊」など10点を11日まで公開する。上川崎和紙の紙絵制作体験を17、18、24、25の各日に催す。生家の2階にある智恵子の居室は3~6、10、11、17、18、20、24、25の各日に公開する。
 入館料は高校生以上410円、小中学生210円。問い合わせは智恵子記念館へ。
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紙絵の実物を展示している記念館

 高村光太郎連翹忌運営委員会は4月27日、二本松市の智恵子の生家で、智恵子抄の収録作を音楽に乗せて披露する朗読公演を開いた。
 高村智恵子生誕祭の一環。ボイスパフォーマーの荒井真澄さんが朗読を担当し、智恵子抄の「樹下の二人」「あどけない話」「レモン哀歌」などを情感たっぷりに披露。箏曲演奏家の元井美智子さん、テルミン奏者の大西ようこさんが美しい音色を添えた。
 聴衆は高村光太郎が紡いだ言葉の数々と、音楽の共演を満喫していた。
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聴衆を作品の世界に引き込んだ朗読公演

続いて『福島民友』さん。昨日の掲載でした。

演奏に乗せ智恵子抄朗読 二本松の記念館で生誕祭

 二本松市の智恵子の生家・智恵子記念館は25日まで、同市出身の美術家高村智恵子の20日の誕生日にちなんだ恒例イベント「生誕祭」を開催している。4月27日は市と高村光太郎連翹忌(れんぎょうき)運営委員会との共催で初の特別企画「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」が開かれた。
 特別企画は午前と午後の2回行われた。箏曲奏者元井美智子さんとテルミン奏者大西ようこさん、朗読家荒井真澄さんが箏曲とテルミンの演奏に乗せて詩集「智恵子抄」を朗読した。
 期間中は、岩手県の花巻南高の家庭クラブの生徒が復元した「智恵子のエプロン」の復刻展示や「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作成編」を開催している。折り鶴展は智恵子が晩年作成した折り鶴を来館者が作成すると、オリジナル紙絵ペーパークリップを贈呈する。作成した折り鶴は秋のレモン祭に展示する。
 このほか紙絵の実物展示や生家では25日までの土、日曜日、祝日と20日に、普段公開していない智恵子の居室を特別公開する。17、18、24、25日には同市の伝統工芸「上川崎和紙」を使い、しおりなどを作る制作体験も行われる。
 開館時間は午前9時~午後4時半(最終入館は同4時)。水曜日休館。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。

『民友』さんでは、花巻南高さんによる「智恵子のエプロン」復刻展示にも触れて下さいました。『民報』さんの記者氏にもエプロンの件を推したのですが、「また改めて」みたいなご返答でした。口約束に終わらないことを期待します。殺伐としたニュースの多い中、こうした件を報道することで、人々の癒しにつなげてほしいものです。

生誕祭は5月25日(日)まで、ぜひ足をお運び下さい。

また、末筆ながらコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」にご出演下さったお三方に改めて御礼申し上げ、さらなるご活躍を祈念いたします(といいつつ、また当会主催ということで、7月に光太郎第二の故郷・花巻での公演を行うことになり――詳細は後日――、荒井さん、元井さんがご出演なさいますが)。

【折々のことば・光太郎】003

彫刻の方は今週あの粘土を石膏にとります。


昭和28年(1953)2月16日
真壁仁宛書簡より 光太郎71歳

「あの粘土」は、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の中型試作。実物およそ2分の1で、小型試作、実物と比較し、その顔が最も智恵子の顔に近いと評されています。

この中型試作は、生誕祭会場の智恵子記念館さんにも展示されている他、花巻高村光太郎記念館さん、現在特別展示 智恵子の紙絵」開催中の信州安曇野碌山美術館さん、それから野外展示で大阪御堂筋で常設展示されている他、千葉県立美術館さん、浜松市の平野美術館さんなどにも同型のものの所蔵があり、時折展示して下さっています。

石膏取りの職人は牛越誠夫。光太郎もその作品を所有していた伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀の娘婿でした。

最近流行りのカプセルトイ(いわゆる「ガチャガチャ」で出てくるカプセル入りの商品)です。

カエルの森工房 無事カエルストラップ ~アースカラー~

発売日 : 2025年4月下旬
発売元 : 株式会社キタンクラブ
定 価 : 400円

「カエル=帰る」から、無事に家に帰るという想いを込めたマスコットが、カラーリング新たに登場です!大好評の第1弾に続き、ラインナップは日本の美しい大自然をイメージしたアースカラーでまとめた全4種。作家自らが足を運んだ場所がモチーフになっています。大きなリュックを背負って、登山靴を履いたカエルたちは、元となる作品の雰囲気そのままに細部まで再現しました。

ラインナップは「 草紅葉 、カルデラ 、ほんとの空 、チズゴケ 」の全4種。
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ご覧の通りのリアルなカエルがリュックを背負い、登山靴を履いて凛々しく立っています(笑)。ラインナップ4種のうち、「ほんとの空」君は光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)へのオマージュ。
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他に「カルデラ」君も安達太良山の爆裂火口・沼の平からのインスパイアですね。「草紅葉」君は光太郎智恵子も訪れた磐梯山、「チズゴケ」君は不明ですが、やはり福島の山々にちなむのでしょうか。

早速ゲットしました。と言っても、ガチャガチャで、ではなく通販で。ある意味、インチキですが(笑)。
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どこが「ほんとの空」だ? というと(笑)、背負っているザックの色のようです。

せっかく写実的なカエル君なので、自宅兼事務所から徒歩5分ほどの田んぼで(笑)。
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リアルのカエルが背景で「ぎゃわろっぎゃわろっ」(笑)。

昔はガチャガチャといえば100円と相場が決まっていましたが、現代は200~300円程度が主流だそうですし、中には1,000円などというものもあるとのこと。400円は決して特別ではないのですね。

皆様もぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

仕事は毎日戦ひのやうなものでございます。

昭和28年(1953)2月13日 佐藤隆房宛書翰より 光太郎71歳

「仕事」は生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作。自らの命の尽きる日が送遠くないことを自覚し、こう思っていたのでしょう。

4月26日(土)~4月28日(月)、2泊3日で智恵子の故郷・福島二本松に行っておりまして、昨日はメインの目的だった高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催中の「高村智恵子生誕祭」の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」についてレポートいたしました。

今日はその前後や合間にいろいろ巡った当地の光太郎智恵子関連スポット等のレポートを。二本松での光太郎智恵子「聖地巡礼」を考えられている方、ご参考になさって下さい。

4月26日(土)、JR東北本線二本松駅からスタートです。二本松にかつてあった智恵子顕彰団体・レモン会に所属されていた方、朗読家の荒井真澄さん、テルミン奏者の大西ようこさんご夫妻とここで待ち合わせ。
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昭和51年(1976)に駅前に設置された光太郎詩碑。「あどけない話」(昭和3年=1928)の一節が刻まれています。
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光太郎の父・光雲の孫弟子に当たる故・橋本堅太郎氏作の智恵子像「ほんとの空」。
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車輌二台に分乗して、安達太良山奥岳登山口へ。
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ロープウェイ乗り場に。
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揺られること10分ほど。8合目まで行けてしまいます。
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山頂駅周辺はまだ雪で覆われていました。
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10分ほど歩くと、薬師岳パノラマパーク。「パノラマ」と冠されている通り、絶景ポイントです。
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再びロープウェイで下り、登山口で昼食。当方は山菜そばと、大西さんの買ったチュロスをひとかけら分けていただきました。左は「奥岳」の「岳」、右はひらがなの「あ」。「あだたら」の「あ」でもあり、「ADATARA」で母音が全て「あ」ということにちなみます。
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ここから智恵子生家に移動、翌日のコンサートの会場設営等を行いました。
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めどがついたところで、同じ敷地内の智恵子記念館さんへ。
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花巻南高校さんの家庭クラブ/文芸部さんのご努力で復刻された智恵子のエプロン

やはり「高村智恵子生誕祭」の一環として行われている、「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~」にチャレンジ。
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おそらく今秋、やはりこちらで1ヶ月ほど開催されるであろう「高村智恵子レモン祭」の折に、こうして作られた折り鶴が展示されるはずです。

智恵子生家/智恵子記念館さんを後に、智恵子の実家・長沼家の墓所のある満福寺さんへ。
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智恵子が奉納した花立てには智恵子の名が刻まれています。
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続いて、阿武隈川が峡谷となっている「稚児舞台」へ。ここは直接は光太郎智恵子に関わりませんが、昔から名所とされている場所で、おそらく智恵子は足を運んだことがあると思われます。前九年の役にまつわる悲しい伝説の残る地です。
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ここを後にしてから知ったのですが、マムシがうようよいるところだそうで(笑)。

この日最後に、鬼婆伝説の残る観世寺さんと、黒塚。ただし観世寺さんは拝観時間を過ぎてしまっていました。
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ここは光太郎智恵子もやってきた場所です。戦後の昭和26年(1951)に光太郎が書いたエッセイ「『樹下の二人』」(同名の詩の解説)に、「近くの安達が原の鬼の棲家といふ巨石の遺物などを見てまはつた」とあります。

2泊お世話になったルートイン二本松さんへ。こちらのロビーにも、ちらっと智恵子の紹介などが。ありがたし。
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翌朝、ホテルの駐車場から見えた安達太良山。
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この日は先述のコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」でした。
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智恵子生家/高村智恵子記念館さん近くのスペース。昨年除幕された光太郎と智恵子の言葉を印刷した大きなボード。題字揮毫は書家の菊地雪渓氏。

コンサート午前の部を聴いて下さった、花巻南高校文芸部/家庭クラブの生徒さん、先生方。

エプロンの前で。
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智恵子生家内で。
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このあとご一行は、智恵子生家/智恵子記念館裏手の智恵子の杜公園を歩いて散策されたそうです。さらに地元の智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~の方にお願いして車を出していただき、智恵子の母校・油井小学校さんや安達駅前の智恵子像などに案内してもらいまして、安達駅から花巻に帰られました。

コンサートの合間に、通常非公開の生家二階も。
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油井小学校さんと、安達駅の智恵子像、コンサートが終演し、片付けも終えたところで、我々も。
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こちらの智恵子像「今 ここから」も、二本松駅前の「ほんとの空」と同じ、故・橋本堅太郎氏の手になるもので、氏の絶作となってしまいました。

二本松駅前まで戻って早めの夕食を摂り、ここで荒井さんは仙台へ、箏曲の元井さんは都内へと、それぞれお帰り。大西夫妻と当方はルートインさんでもう一泊。

最終日、4月28日(月)。午後に発たれるという大西夫妻と共に、愛車で二本松市内聖地巡礼をさらに。

まずは道の駅安達智恵子の里さんへ。ここは全国的にも珍しく、上り線と下り線とに分かれ、それぞれがかなりの敷地を擁する大きな施設です。

下り線側から攻めました(攻めてどうする(笑))。
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上り線への連絡道路。ここからの安達太良山がまた実にいい感じでした。
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上り線側。
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智恵子にちなむご当地ソングの歌詞が三曲分。上段に故・二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(昭和39年=1964)。二本松にほど近い小野町ご出身の故・丘灯至夫氏の作詞です。下段の二曲は吾妻栄二郎氏の「折鶴の舞」「智恵子のふるさと音頭」(平成7年=1995)。
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施設内へ。
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これも上川崎和紙でしょうか。
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旧安達町から、二本松市街へ。電線を地中化してある竹田地区。ハナミズキが満開でした。
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二本松霞ヶ城。
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この少年隊像も橋本堅太郎氏作。
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桜はほぼ終わり。代わって藤が咲き始めていました。
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元は智恵子生家にあった藤です。
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ここで車に戻り、一気に天守台まで。歩いても行けますが、高齢者にはきつい行程です(笑)。
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この辺随一の初日の出スポットで、360°の眺望が素晴らしいところです。

天守台から下っていくと、少年隊の顕彰碑。彼らにこそ「義烈」の語がよく似合います。
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レリーフは橋本堅太郎氏のお父さま・橋本高昇の作。高昇が二本松出身ということで、堅太郎氏の作が市内あちこちにあるわけです。

そのちょっと下に、光太郎詩碑。
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千葉ではとっくに散った連翹もまだ健在。
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光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝・髙村豊周作のブロンズパネルが三面。
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右上の碑陰記的なパネルは当会の祖・草野心平の文字。他は光太郎の直筆を使っています。

大西夫妻にはこの下の道端で待っていてもらい、当方はとって返して愛車に乗り込み、お二人を拾いました。その後、東北道に入って南下。大西さんはウルトラ系ともご縁が深いので、安達太良SAで昼食。
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円谷英二監督が、同じ福島の須賀川ご出身ということで、安達太良SAには等身大(巨大化前の(笑))フィギュアが設置されています。

さらに南下して郡山駅で、神奈川の逗子に帰られるお二人をお見送りし、当方は千葉に戻りました。

というわけで、当会主催のコンサート以外にも充実の3日間でした。「聖地巡礼」もほぼコンプリート。智恵子生家/高村智恵子記念館さん裏手の稲荷神社にある智恵子揮毫の「熊野大神」碑、さらにその上の鞍石山の光太郎「樹下の二人」碑には行けませんでしたが。

今回の旅でゲットした関連グッズ。
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中央の一筆箋と左上のマスキングテープは智恵子記念館さんでの新商品。左下のペーパークリップは「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~」で鶴を作るともらえます。ここにも智恵子紙絵があしらわれています。右の一筆箋は道の駅で購入。以前に大山忠作美術館さんで入手しましたが、保存用は別として使い切ってしまいましたので。
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最初にも書きましたが、二本松での光太郎智恵子「聖地巡礼」を考えられている方、ご参考になさって下さい。

以上、二本松レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

小生仕事は順調に進んでゐますが肋間神経痛の方は相変らずで、彫刻で腕力をつかふので時々は相当にひどい時があります、まあ病気をだましだまし仕事をしてゐるといふ状態です。


昭和28年(1958)2月3日 澤田伊四郎宛書簡より 光太郎71歳

澤田はオリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)版元の龍星閣主。「仕事」「彫刻」は、智恵子の顔を持つ、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称「乙女の像」)」制作です。

昨日から智恵子の故郷、福島二本松に来ております。
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同市の智恵子生家/智恵子記念館で24日の木曜日から約1ヶ月、さまざまなコンテンツが用意されています「高村智恵子生誕祭」の一環として、当会主催のイベントを2つ入れていただきました。
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まず通期で大正期の智恵子デザイン/制作になり、実際に着用もしていたエプロンの復元展示。岩手県立花巻南高校家庭クラブの生徒さんが作ったものです。
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今日は家庭クラブと文芸部の生徒さん、先生もお見えになるそうです。

それから今日、智恵子生家の座敷で、ヴォイスパフォーマー荒井真澄さん、テルミン奏者大西ようこさん、奏曲奏者元井美智子さんによるコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」。その会場設営を少しやって参りました。
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その前後には出演者の一部とご家族、当方で、地元の方のご案内により市内関係スポットなどを逍遥。
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ルートインさんに宿泊しました。

というわけでこれからコンサート本番。詳細は帰りましてからお伝えします。

智恵子の故郷・福島県二本松市で、観光客誘致促進のための取り組みがいろいろと始まっています。そこであちこちで光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語が。

まず、県全体の「ふくしまプレデスティネーションキャンペーン」を受けて、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山周辺で「ほんとの空ツーリズム!」。地方紙『福島民報』さん、3月26日(水)の記事。

「ほんとの空ツーリズム!」始動 福島県二本松市の安達太良山周辺情報を発信・提供

 福島県二本松市の安達太良山周辺の観光の魅力を一体的に発信、提供する「ほんとの空ツーリズム!」の取り組みが始動した。関係団体による第1回推進会議が25日、二本松市の市民交流センターで開かれた。同日、情報サイト「Adventara(アドベンタラ)」を開設するとともに、新年度には登山や温泉、地域の文化を楽しむ旅行・体験企画を国内外に向けて提案する計画だ。
 4月に始まる「ふくしまプレデスティネーションキャンペーン(DC)」を視野に、関係機関・団体・事業者が協力して安達太良山にスポットを当て、県内の観光誘客推進を図る。ガイドの案内による登山をベースに、歴史や湯守文化の発信、登山道の保全活動などを交え、城下町の菓子店や酒蔵巡り、猪苗代湖観光などと組み合わせた旅行や体験を企画し、情報サイトで提案していく。建て替え工事に入る安達太良山の山小屋「くろがね小屋」を名物カレーの出張販売を通して発信する。
 推進会議は県観光物産交流協会の守岡文浩理事長を座長に、藤城良教県観光交流局長、二瓶盛一猪苗代町長、河原隆二本松市観光課長、環境省、山岳、観光、旅館、交通などの関係者約30人が参加し、意見を交わした。

情報サイト「Adventara(アドベンタラ)」はこちら
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続いて二本松市さんの広報誌『広報にほんまつ』の今月号。

4月号は毎年そうですが、市内の桜の名所を「安達太良のほんとの空に桜舞う」のフレーズで紹介しています。令和元年(2019)に同市で開催された「2019全国さくらシンポジウム」のキャッチフレーズでしたが、使い続けられています。
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それから、これも毎年期間限定で特別運行されている市内循環バス「二本松春さがし号」についても。こちらは智恵子生家/智恵子記念館も廻ります。
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福島交通さんのサイトから。

二本松の名所旧跡を巡る「二本松春さがし号」を運行いたします。

二本松駅前より、詩人で彫刻家である高村光太郎の妻智恵子が育んだ住まい、少年隊も眠る丹羽家の菩提寺「大隣寺」などを巡る、二本松市内を循環する “二本松春さがし号”臨時バスを運行しますので、是非ご利用ください。
【注意事項】
     ・道路交通状況等により遅れが発生します。列車への乗り継ぎには十分余裕を
      お取りください。
     ・混雑時のマスク着用、ご乗車前の手指消毒にご協力ください。
  ご理解ご協力を重ねてお願い申し上げますとともに、皆様のご乗車をお待ちいたしております。

運 行日  : 2025年4月9日(水)~4月18日(金)毎日運行
「二本松春さがし号」ご案内(時刻表運行マップは添付ファイルをご確認ください。)
お問い合せ先 : 福島交通㈱二本松営業所 0243-23-0123

運行が始まったというニュース。地方紙『福島民友』さんから。

二本松で春をさがそう 名所旧跡を巡る臨時バス運行

 福島県二本松市中心部の名所旧跡を循環する恒例の臨時バス「二本松春さがし号」の運行が9日から始まった。18日までの毎日、JR二本松駅前を発着する計6便が運行している。
 国指定史跡「二本松城跡」がある霞ケ城公園や智恵子の生家、二本松少年隊の供養塔がある大隣寺などを巡るコースで、同駅前を除く9カ所で停車する。午前9時~午後3時台のおおよそ1時間おきに運行され、ゆったりと城跡や公園の散策などをしても次の便に乗車して移動できる。
入館料割引の施設も
 にほんまつ観光協会と福島交通二本松営業所が運行。運賃は中学生以上170~500円、小学生以下90~250円で乳幼児無料。乗り降り自由の1日フリー乗車券は中学生以上500円、小学生以下250円で、大山忠作美術館と智恵子記念館の入館料が割引となる。
 運行初日の9日に二本松駅前で出発式が行われ、安斎文彦会長、鈴木友和営業所長がテープカットした。
 問い合わせは同営業所(電話0243・23・0123)、同協会(電話0243・24・5085)へ。
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「運行開始」といえば、安達太良山のロープウェイ。こちらも『福島民友』さんから。

残雪輝く安達太良山 4月12日からロープウエー本格運行

 福島県の安達太良山の奥岳登山口(950メートル)~山頂駅(1350メートル)を結ぶあだたら山ロープウエイが5、6の両日、特別運行され、登山者や観光客が残雪輝く絶景を楽しんだ。本格運行は12日から。
   例年雪がない山頂駅近くの薬師岳パノラマパークは約60センチの積雪。山頂駅では長靴の無料貸し出しもあり、来場者は、雪上から白い山頂と「ほんとの空」とのコントラストに歓声を上げていた。
 料金は中学生以上が往復2000円、4歳~小学生1500円。山開きは5月18日の予定。問い合わせはあだたら高原リゾート(電話0243・24・2141)へ。
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安達太良山はまだ銀世界なのですね。

一昨日ご紹介した「高村智恵子生誕祭」もありますし、各種スタンプラリー等も開催中。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

智恵子の命日に、御恵送の小包到着、早速霊前に供へる事が出来ました、深い感謝に満たされました、

昭和27年(1952)10月6日 倉田福子宛書簡より 光太郎70歳

智恵子命日は10月5日。「ご霊前に」ということで、京都在住の倉田から京都銘菓などが送られてきました。

例年ですとこの頃に花巻町中心街の松庵寺さんで法要を行って貰っていましたが、この年は生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため上京する直前でバタバタしており、中止しました。

翌日には山小屋のあった旧太田村の農家で光太郎の壮行会が催されています。
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若干先の話ですが、当会プロデュースのイベントも含まれているもので、早めに告知させていただきます。

高村智恵子生誕祭

期 日 : 2025年4月24日(木)~5月25日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金

高村智恵子の誕生日にあわせてさまざまなイベントを開催します。
智恵子の生家は、明治初期に建てられた造り酒屋で、屋号は『米屋』、銘柄は『花霞』と言いました。智恵子は明治19年5月20日にここで生まれ、育ちました。
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 智恵子の生家 二階特別公開
  公開日 4月26日(土) ~4月29日(火・祝) 
      5月3日(土・祝)~5月6日(火・祝) 10日(土)・11日(日)
      17日(土)・18日(日)・24日(土)・25日(日)
  通常公開していない「智恵子の居室」を特別に公開いたします。

 奇跡といわれる「紙絵」実物展示
  展示期間 4月24日(木)~5月11日(日)
  展示場所 智恵子記念館展示室
 
 上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵」体験
  開催日 5月17日(土)・18日(日)・24日(土)・25日(日)
  開催場所 智恵子生家
  上川崎和紙を使用し、智恵子の紙絵をモチーフとしたグッズを作成できます。

 智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~
  開催日 4月24日(木)~5月25日(日)
  開催場所 智恵子記念館
  智恵子も晩年作製した折り鶴を、オリジナルで作ってみませんか。
  作製いただいた折り鶴は、次回自主事業開催時に展示いたします。
  作製いただいた方へ、今季限定「紙絵ペーパークリップ」をプレゼントいたします。

 特別企画 音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた
  開催日 4月27日(日)
  開催場所 智恵子生家一階座敷
  筝曲及びテルミンの演奏に乗せた、詩集『智恵子抄』の朗読公演をお楽しみください。
  出演 荒井真澄(朗読) 大西ようこ(テルミン) 元井美智子(箏曲)

 特別企画 「智恵子のエプロン」復刻展示
  開催日 4月26日(土)~5月25日(日)
  開催場所 智恵子記念館ロビー
  大正時代の『婦人之友』で詳しく紹介された高村智恵子がデザインし着用していた
  エプロンを、岩手県立花巻南高等学校家庭クラブの生徒さんたちが復元して下さいました!
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通常非公開にしている生家二階部分の特別公開、紙絵実物作品の展示、紙絵制作体験ワークショップなどの例年行われているコンテンツに加え、当会主催の位置づけで2件、入れていただきました。

1日限りのミニコンサートで「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」。都内在住の箏曲奏者・元井美智子さんの箏、神奈川県民大西ようこさんの電子楽器テルミン演奏に乗せ、仙台市のヴォイスパフォーマー・荒井真澄さんの朗読で「智恵子抄」詩篇を。
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上の画像は4月2日(水)に行いました第69回連翹忌の集いでのもの。左から荒井さん、元井さん、大西さんです。

これまでもお三方中のお二人が組んで、という公演等が各地で複数回ありました。

大西さん×荒井さん
 花巻高村光太郎記念館ロビーコンサート。
 第22回レモン忌/智恵子生家。
 第61回連翹忌レポート。
 「朗読とテルミンで綴る 智恵子抄」。
 宮城レポートその2 松島~仙台。

荒井さん×元井さん
 荒井真澄さん、元井美智子さん コラボ公演3件 花巻・仙台。
 仙台レポートその1 「夏の朝、音を描くコンサート 箏の調べと智恵子抄」。
 荒井真澄さん、元井美智子さん コラボ公演3件 動画、報道。

元井さん×大西さん
 「テルミンミュージアム4周年記念~人数限定のスペシャルなライブ~」レポート。
 朗読を伴う演奏会情報――余白露光 テルミンと民族楽器のライブ演奏/文星堂 秋の音楽会。
 
元井さん・大西さん組は光太郎に関わらない公演もつい先月になさっています。

それならいっそ三人でやってみませんか、と、水を向けたところ、皆さんに快諾いただきまして、今回の公演が実現することとなりました。ノーギャラなので申し訳ありませんが、智恵子生家で演奏や朗読ができるということで、いい機会だと捉えて下さいました。

大西さん曰く「連翹三人娘」(笑)。当方は「智恵子抄Perfume」「智恵子抄キャンディーズ」「智恵子抄かしまし娘」などと言っていたのですが(笑)。

もう1件、「「智恵子のエプロン」復刻展示」。こちらは光太郎第二の故郷・岩手花巻の岩手県立花巻南高校さんがご協力下さっています。

そもそもは一昨年、花巻高村光太郎記念館さんで開催された企画展「光太郎と吉田幾世」が始まりでした。吉田幾世は戦後、盛岡生活学校(現・盛岡スコーレ高等学校さん)を設立し、学校ぐるみで光太郎と交流のあった人物ですが、盛岡生活学校は雑誌『婦人之友』の友の会盛岡支部を母体としていました。同誌を主宰し、光太郎と交流のあった羽仁吉一・もと子夫妻が東京で始めた自由学園さんの精神を受け継ぐものです。

で、企画展の関連行事としての講座講師を頼まれ、『婦人之友』と光太郎の関わりを詳しく調べている中で、同誌の第18巻第7号(大正13年=1924 7月)に載った智恵子のエプロンを紹介する記事を見つけました。講座の中でこの件も紹介し、「どなたか復元して下さいませんかね」とつぶやいたところ、聴かれていた花巻南高文芸部顧問の菊池久恵先生が「それなら」と、家庭クラブさんに声を掛けて下さいました。

そして昨年、花巻で開催されたイベント「五感で楽しむ光太郎ライフ」で完成したエプロンを初披露。岩手の地方紙では大きく取り上げられました。
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さらにやはり花巻での「岩手県高校文化連盟花巻支部第28回合同作品展」でも展示されましたし、文芸部さんの部誌『門』でも詳しく紹介されています。

そこで以前から「智恵子の故郷の二本松の皆さんにも見ていただきたいものですね」と話していたのですが、上記「連翹三人娘」の公演を当会でプロデュースすることになり、「ではドサクサに紛れて(笑)エプロンの展示もお願いしてみましょう」という流れでした。

こちらは後から突っ込んだもので、「高村智恵子生誕祭」の公式情報には出ていませんが、今後、福島の地方紙等に情報提供をし、取材していただこうと思っております。日程的には今後の相談ですが、同校の先生方、生徒さん数名が現地を訪れる方向でも話が進んでいますし。

というわけで、長々書きましたが、「高村智恵子生誕祭」、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

もうこの山はすつかり秋で栗の実が小屋の屋根にぱらぱら落ちます、


昭和27年(1952)9月21日 上田静栄宛書簡より 光太郎70歳

上田は智恵子の親友・田村俊子の内弟子だった詩人。大正初め、光太郎智恵子の結婚披露直後に田村夫妻と共に駒込林町の光太郎アトリエ兼住居を訪れ、当時としては珍しかったレモネードを振る舞われたそうです。その頃から智恵子はレモンを愛していたようです。

そろそろ各地の学校さんで入学式ですね。昨日から今日明日あたりがピークでしょうか。

各地の大学さんで売店や食堂などを展開している大学生活協同組合さんで、「2025新学期テーマフェア「47都道府県を舞台にした小説フェア」」が始まっています。

2025新学期テーマフェア「47都道府県を舞台にした小説フェア」

この春、日本全国の「ものがたり」を旅しませんか? 地元から離れて新たな道を進むあたなも、地元の魅力を再発見したいあなたも。まだ見ぬ日本を「本」の世界で巡ってみませんか?

旅行や研究のフィールドワークの参考になるかも⁉ 47都道府県全てが舞台となった作品が勢ぞろいです♪ 知っている場所が舞台となった物語を深読みしたり、気になる都道府県を選んで旅気分に浸ったり、まだ見ぬ日本を本の世界で巡ってみませんか? 
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なるほどね、という感じです。010

で、福島県は我らが光太郎の『智恵子抄』。ありがたし!安達太良山や阿武隈川が謳われていることからの選定ですね。

この企画、対象書籍はすべて文庫本で、文庫版の『智恵子抄』というと、当会の祖・草野心平が編んで解説「悲しみは光と化す」も書いた新潮文庫版(初版 昭和31年=1956)が最もメジャーですが(現在140刷くらい)、そちらではなく角川春樹事務所さんのハルキ文庫版『智恵子抄』(初版 平成23年=2011 解説・蜂飼耳氏)です。新潮文庫版が戦後の『智恵子抄その後』などからも詩篇を取っているのに対し、ハルキ文庫版は戦前のオリジナル龍星閣版(昭和16年=1941)を底本にしたもので、戦後の作品は入っていません。そこでページ数も少なく、税込294円と格安です(平成23年(2011)の刊行当時は「280円文庫」と銘打っていましたが)。

文庫版では、他に角川文庫版『校本 智恵子抄』も版を重ねています。こちらは中村稔氏の編集・解説で、龍星閣版を元に、戦後の作品などを「『智恵子抄』補遺」として付加しています。

異論もありましょうが、メジャー度で言うと新潮文庫版>角川文庫版>ハルキ文庫版だと思われます。そのハルキ文庫版をラインナップに入れているのはいわゆる「大人の事情」でしょうか(笑)。
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ちなみに現在も書店に並んでいるものとして他には集英社文庫『レモン哀歌 高村光太郎詩集』。故・粟津則雄氏の解説で「智恵子抄」系は3分の1ほどです。それから絶版となってしまいましたが、社会思想社現代教養文庫にかつて『紙絵と詩 智恵子抄』がありました。題名の通り紙絵写真をふんだんに使い、編集は伊藤信吉、故・髙村規氏、故・北川太一先生と、凄いメンバーでした。

それから、今回のフェアで光太郎第二の故郷・岩手代表は門井慶喜氏の直木賞受賞作『銀河鉄道の父』。平成29年(2017)にハードカバーで講談社さんから刊行され、令和2年(2020)に文庫化されました。

昭和20年(1945)に駒込林町のアトリエ兼住居を空襲で焼け出された光太郎を花巻に招いてくれた宮沢政次郎(賢治の父)を主人公に、光太郎と交流の深かった宮沢家の人々が総出演。映画版では光太郎に触れられませんでしたが、原作では光太郎の名が出て来ます。

大学生の皆さん、ぜひ生協でお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

おてがみにつづいて「劉生絵日記」到着、すばらしい本になつて喜びました、こんな本の出版は龍星閣以外ではとても出来ないでせうし、企で及びつかないでせう、


昭和27年(1952)9月21日 澤田伊四郎宛書簡より 光太郎70歳

澤田はオリジナル『智恵子抄』版元の龍星閣社主。『劉生絵日記』は光太郎と親しかった岸田劉生の絵日記。全三巻で龍星閣が刊行しました。光太郎の名も記されています。澤田は造本の達人と言われ、光太郎もその点は認めていたようです。

まず過日ご紹介した「花の王国ふくしまフラワースタンプラリー2025」について、FCT福島中央テレビさんのローカルニュース。

2か所以上巡って抽選に応募「花の王国ふくしまフラワースタンプラリー」開幕

 福島の大型観光キャンペーンを盛上げようと、福島県内の花の名所をめぐるスタンプラリーが始まりました。
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 「花の王国ふくしまフラワースタンプラリー」の開幕式は、3月20日いわき市フラワーセンターで行われました。
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 これはJR東日本と福島県内の自治体による大型観光企画「ふくしまデスティネーションキャンペーン」の一年前イベントとして開かれます。
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 福島県内の花の名所207ヵ所に設置されたスタンプを6月30日までに2つ以上集めると、福島の特産品や宿泊券などが当たる抽選に応募できます。
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■福島県観光交流局 藤城 良教局長
「県民の方にもそして国内外のみなさまもおもてなしして福島が誇る花を楽しんで観光巡りをしていただきたいなと思います」
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4月からの福島プレDC期間中は、県内各地でさまざまなイベントが行われます。
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正式には来年開催される「ふくしまデスティネーションキャンペーン」のプレイベントという位置づけだそうで、こちらは県内全域を対象とした企画です。

それ以外にも各市町村等がさまざまな独自のコンテンツを用意、その数何と289だそうです。基本的に来週4月1日(火)からスタートします。
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智恵子の故郷・二本松市でも4件のイベント。「絶景・絶品『肉フェス』in HIYAMA」(日山キャンプ場)、「高原ワインの風と音楽の調和 山餐(さんさん)サウンズ」(ふくしま農家夢ワイン)、「高原の新緑の風で味わう あなたのそばフェス」(道の駅さくらの郷)、そして……

二本松ミュージアムツアー2025~スタンプラリーでめぐる歴史と芸術のまち~

期 日 : 2025年4月1日(火)~6月30日(月)
会 場 : 二本松歴史館/二本松市郭内三丁目303-5 にほんまつ城報館1階
      智恵子記念館/二本松市油井字漆原町36
      大山忠作美術館/二本松市本町2-3-1 二本松市民交流センター3階
時 間 : 二本松歴史館/午前9時~午後5時
      智恵子記念館/午前9時~午後4時30分
      大山忠作美術館/午前9時30分~午後5時
休 館 : 二本松歴史館/月曜日(祝日に当たるときは、以後の休日でない日)
      智恵子記念館/水曜日(祝日の場合は翌日)
      大山忠作美術館/月曜日(祝日の場合は翌日)
料 金 : 二本松歴史館/一般 200円 高校生以下 100円
      智恵子記念館/高校生以上 410円 中学生以下 210円
      大山忠作美術館/一般 410円 中学生以下 210円

二本松歴史館・智恵子記念館・大山忠作美術館の3館をめぐるスタンプラリーを開催します。スタンプラリー達成者には、3館コラボグッズを差し上げます。
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「フラワースタンプラリー」とはまた別のスタンプラリーだそうで。

ところで、智恵子記念館といえば、智恵子の生家が併設されていて、こちらではさらにまた別に「高村智恵子生誕祭」が開催されます。4月24日(木)~5月25日(日)で、また近くなりましたら詳細をお伝えいたしますが、当会としても参加させていただくことになりました。
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まず期間中通期で「智恵子のエプロン 復刻展示」。光太郎第二の故郷・花巻の岩手県立花巻南高校家庭クラブの生徒さんが復元して下さった智恵子のエプロンを記念館さんで展示します。それから1日限りのミニコンサート的な。箏曲奏者・元井美智子さんの箏、大西ようこさんの電子楽器テルミンに乗せてヴォイスパフォーマー・荒井真澄さんの「智恵子抄」朗読で「音楽と朗読『智恵子抄』 愛はここから生まれた」。

「フラワースタンプラリー」、「二本松ミュージアムツアー」と期間がかぶっていますので、併せてどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

智恵子遺作紙絵展覧お催しの趣、右は真壁仁君の御同意あらば、小生も異存ございません。作品も真壁仁君保管のものの中より御選択下さるのが便宜かと存じます。
昭和27年(1952)7月5日 佐藤治助宛書簡より 光太郎70歳

この年8月8日~10日の3日間、山形鶴岡公民館で開催された智恵子紙絵展にかかわります。他に大山公民館でも展示があったそうですが、こちらは会期等不明です。

「真壁仁君」は、山形在住の詩人。戦時中、光太郎は手元にあった智恵子紙絵千数百点のうち約3分の1を真壁の元に疎開させ、そのまま真壁が保管していました。佐藤治助は真壁に師事、山形鶴岡で教職のかたわら文学活動に取り組んでいました。

上記「高村智恵子生誕祭」中、智恵子記念館では紙絵の実物展示も行われます。

智恵子の故郷・福島県から豪華賞品がゲット出来るスタンプラリーのお知らせです。

花の王国ふくしまフラワースタンプラリー2025

期 間 : 2025.03.19(水)~2025.06.30(月)
開催地 : 福島県内207か所(各市町村1か所以上必ずスポットがあります)

福島県内の花の名所を巡って、スタンプを集めて商品を当てよう!

福島県内の花の名所207か所を巡って、スタンプを集めましょう。スマホを使ったGPSスタンプと専用のスタンプ台紙で参加できます! もちろん参加費用は無料!(通信費用はご利用者様負担となります) スタンプ2個から応募できるので、福島県に来たらぜひ参加してください!
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福島県内の花の名所を巡って、スタンプを集めて商品を当てよう! 参加方法は2コースから選べます!(2コース同時に参加可能・応募は各コースお一人様一回限り)
 ① スマホでスタンプを2個以上集めて応募
   エリア内何個でも集められます!
 ② スタンプ台紙にスタンプを2個以上集めて応募
   福島県内7エリアの各エリアにつき1個(全部で7スタンプ)

集めたスタンプの数が多いほど、抽選の当選対象商品が増えます!
 ① スマホで応募
  2個以上・・・D賞へ応募可能
  10個以上・・・C賞・D賞へ応募可能
  20個以上・・・B賞・C賞・D賞へ応募可能
  30個以上・・・A賞・B賞・C賞・D賞へ応募可能
  70個以上・・・スマホ限定プレミアム賞へ応募可能
 ② スタンプ台紙で応募
  2個(2エリア)以上・・・D賞へ応募可能
  3個(3エリア)以上・・・C賞・D賞へ応募可能
  5個(5エリア)以上・・・B賞・C賞・D賞へ応募可能
  7個(7エリア)以上・・・A賞・B賞・C賞・D賞へ応募可能
抽選で777名様に豪華賞品が当たる!
 スマホと台紙それぞれに違う賞品が用意されています
 福島宿泊券6万円分(スマホ限定プレミアム賞)や、福島県内温泉旅館宿泊券、各地域の特産品、お買物券、オリジナルグッズなど豪華賞品が当たるチャンス!
 この機会に福島県内を巡って、美しい花と景色を楽しみましょう。
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応募締め切りは2025年7月7日(月)まで! 郵送での応募は2025年7月7日(月)
 ※当日消印有効。切手を貼ってお送りください。

★応募箱への投函でも応募ができます。
 応募箱はスタンプ設置期間(3月19日~6月30日)と同様です。


【同時開催】ふくしま応援ポケモン ラッキー コラボ特別企画!
スタンプ台紙にはラッキースタンプ欄が! 県内4カ所ある全てのラッキー公園に行って、ラッキースタンプを4つ集めよう! 台紙に必要事項を記入して、郵送又は応募箱への投函で応募できます。
※詳細は公式サイトをご確認ください。https://www.tif.ne.jp/pokemon/

【同時開催】駅スタンプラリー、SA・PAスタンプラリー
スマホ限定で、駅やサービスエリアを巡って応募するスタンプラリーを開催!
★JR東日本賞
福島県内の対象JR駅10か所のうち、3駅以上のスタンプ獲得で応募!
JRE POINT5,000円相当が抽選で20名様に当たる!
★NEXCO東日本賞
福島県内の対象高速道路(SA・PA)7か所のうち、3か所以上のスタンプ獲得で応募!
E-NEXCOオリジナル商品5,000円相当が抽選で20名様に当たる!
※詳細はフラワースタンプラリー公式サイトをご確認ください。

先日、福島浜通りをうろついた際、常磐道四倉PAで台紙をゲットしました。

智恵子のソウルマウンテン・安達太良山もスタンプスポットに選定されており、紹介文には光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語。ありがたし。
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最近、「桜の町」としても売り出している二本松市さん、他にもスポットがたくさん。
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ぜひチャレンジしてみて下さい。

【折々のことば・光太郎】

その自然が彫刻のやうなものを果してうけ入れてくれるか 又あの費用で然るべき大きさのものが作れるものかどうか そんな事が一番の関心事になつて居ります

昭和27年(1952)4月23日 谷口吉郎宛書簡より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作に関して。谷口は光太郎より先に青森県から「乙女の像」を含む一帯の公園設計を依頼されていた建築家でした。光太郎を青森県に推薦したり、その後、中野の貸しアトリエを手配したりにも一役買ったようです。

3月8日(土)、福島県相馬市図書館さんで今月1日に始まった「相馬に縁(ゆかり)の芸術家たち」というミニ展示、歴史資料収蔵館で光太郎の父・光雲の孫弟子にあたる佐藤玄々(朝山)の彫刻を拝見後、愛車を南に向け、いわき市に向かいました。この日メインの目的であるいわき市立草野心平記念文学館さんでの文芸講演会「詩人・草野心平-いかに心平が心平になったか」拝聴のためです。

途中で昼食を摂り、さらに若干早く着いてしまったので、館近くの小川諏訪神社さんに参拝。
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当会の祖・草野心平が生まれ育った旧小川村ということで、もしかすると少年時代の心平が訪れたんじゃないかな、などと思いながら参詣いたしました。もっとも、悪童だったであろう心平のことですので、屋根によじ登ったり床下に入り込んだりといった悪さをしていたかもしれません(笑)。

さて、館に到着。
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まずは光太郎をはじめ(言葉の綾ではなく、実際に導線上の「い」の一番に光太郎です)、様々な人物からの来翰などが並んでいる常設展を拝見しました。さらに「スポット展示」ということで、心平実弟にして光太郎と交流があり、歿後に第2回高村光太郎賞を受賞した草野天平に関わる展示も為されていました。以前の天平のスポット展示では、天平が受け取った高村光太郎賞の賞牌(光太郎が彫った木皿を光太郎実弟の豊周が鋳金したもの)が展示されましたが、残念ながら今回は無し。

講演会の受付を済ませ、ホールへ。午後2時、開会。
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講師は福島大学さん名誉教授の澤正宏氏、そして同大で氏の薫陶を受けられた詩人の和合亮一氏。講演というより、澤氏のご編著『草野心平研究資料集』第1回配本 全3巻(クロスカルチャー出版)を軸とした公開対談という趣でした。
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澤氏は智恵子の故郷・二本松市の智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会さん主催の「智恵子講座」講師を複数回務められたり、同じく「高村智恵子没後80年記念事業 全国『智恵子抄』朗読大会」審査委員長を務められたりなさっていて、久しぶりにお目に掛かりました。和合氏とはさらに久しぶりで、このブログを始める前(さらに言うなら東日本大震災前)の平成20年(2008)と翌年の智恵子を偲ぶレモン忌の集いでお会いして以来でした。お二人のお話、随所で光太郎にも触れて下さり、ありがたく存じました。

それ以外に興味深かったのは戦時中の件。戦前にはアナキストとも言える立ち位置だった心平が、日中戦争時には中華民国政府(王精衛政権)の宣伝部顧問となり、光太郎も参加した大東亜文学者大会の実施に奔走したりしました。大政翼賛会中央協力会議の議員や日本文学報国会詩部会長を務めた光太郎と重なります。しかし心平、光太郎ほどには戦意高揚の翼賛詩的なものを書いていません。それを書けないほど忙しかったのではないかと当方は考えています。また、戦後、光太郎は自らの戦争責任を断罪する連作詩「暗愚小伝」を発表しましたが、心平はそうしたこともしませんでした。心平にしてみれば「言い訳はしたくない」という気持ちだったのではないでしょうか。

この時期、東京大空襲80年ということもあり、いろいろ考えさせられました。

ちなみに心平、敗戦時も中国にいて、国民政府軍に拘束され、収容所行き。その際に持っていた光太郎や宮沢賢治からの来翰、光太郎に貰った智恵子の紙絵四枚なども含め、財産は没収されました。紙絵に関しては後に「いまとなってはむしろ、私の家なんかにあるよりは中国のどこかの家に飾ってあってくれれば、とも思うのだが。」(「高村光太郎・智恵子」昭和39年=1964 『新潮』掲載)と、心平は書きました。

終演後、お二人とお話しさせていただきました。

澤氏からはお願い。『草野心平研究資料集』の今後の配本に、当方が平成28年(2016)、心平を偲ぶ「没後29回忌「心平忌」 第23回心平を語る会」で「草野心平と高村光太郎 魂の交流」と題して語ったものの筆記(心平記念館さんの館報第19号に掲載)を転載したいとのこと。大したお話をしたわけでもないのにそんなのを載せて下さるとは、と、逆に恐縮してしまいました。

和合氏には、ドサクサに紛れて昨年刊行された御著書『エッセイ三昧』を持参し、サインしていただきました(笑)。
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お二人の今後のさらなるご活躍、同館のますますのご発展を祈念いたします。

以上、福島浜通りレポートを終了いたします。

【折々のことば・光太郎】

山では今バツケが出てきたところです。


昭和27年(1952)4月3日 森荘已池宛書簡より 光太郎70歳

「バツケ」は新仮名遣いでは「バッケ」。ふきのとうを表す方言です。蟄居生活を送っていた岩手花巻郊外旧太田村では4月頃芽を出すのですね。

当会事務所兼自宅の裏山ではもう盛んに出ています。
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かたわらにはオオイヌノフグリも咲いていました。
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こう書くとのどかな里山のようで、まぁ実際、昼間はそうなのですが、油断は禁物。下の画像は何かお判りでしょうか。
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おそらくイノシシの足跡です。

17歳で逝ってしまった愛犬が健在の頃、夕方、一緒に散歩していて3回ほど遭遇しました。春になり、きゃつらも活発になってきたようです。

昨日は福島県に行っておりました。本来、そちらのレポートを書くべきですが、先に同じ福島県でのイベントを2件ご紹介します。うち1件はもう明後日でして。

それぞれ光太郎智恵子には直接関わりませんが、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」、そこから派生した「ほんとうの空」の語を冠して下さっています。

25年3・11ふくしま集会 ~原発事故は終わってない~

期 日 : 2025年3月11日(火)
会 場 : 郡山市労働福祉会館大ホール 福島県郡山市虎丸町7-7
時 間 : 集会 13:00~ デモ行進 15:45~
料 金 : 無料

ほんとの空の下で語られる本当の声を聴きに来てください。

311原発いらない福島実行委員会では、「原発事故は終わっていない」をスローガンに集会を開催します。今年の基調講演は、後藤政志さんです。「原発に頼ることの愚かさ」についてお話していただきます。集会の後にライブ(会場:Kouriyama#9 開演17:30)もあります。
ぜひ、お出かけください。

【基調講演】「原発に頼ることの愚かさ」
       講師 後藤政志さん(元東芝原発設計技術者・原子力市民委員会委員)
【パネルディスカッション】
      「福島第一原発事故について私たちが知るべきこと~現状と今後に備えて~」
       コーディネーター・片岡輝美さん 
       パネラー 後藤政志さん 千葉親子さん
【女川原発差止め訴訟からビデオメッセージ】
【福島の取り組みからの報告】

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昨年の石破政権発足後、原子力政策に関してそれまでの「可能なかぎり依存度を低減する」という文言が削られ、ちゃっかり「原子力の最大限利用」という真逆の文言が加えられました。原発の老朽化や廃棄物の処理、避難計画の不備等、問題点には蓋をして、です。期待されていた再生可能エネルギー関連でも不祥事等が連発。原発回帰を進めるためにわざわざそうした工作を行っているのではと勘ぐりたくなります。

もう1件。

第18回 声楽アンサンブルコンテスト全国大会- 感動の歌声 響け、ほんとうの空に。 -

期 日 : 2025年3月20日(木・祝)~3月23日(日)
      3月20日(木・祝) 中学校部門 
      3月21日(金) 高等学校部門
      3月22日(土) 小学生・ジュニア部門、一般部門
      3月23日(日) 各部門金賞受賞団体による本選、表彰式
会 場 : ふくしん夢の音楽堂(福島市音楽堂) 福島県福島市入江町1-1
時 間 : 各日、開場9:30 開演10:00
料 金 : 各部門予選  前売り 2,500円 当日 3,000円 
      本選     前売り 3,000円 当日 3,500円
      4日間通し券 前売りのみ 9,000円

 声楽アンサンブルコンテスト全国大会は、音楽を創りあげるもっとも基礎となる要素「アンサンブル」 に焦点をあてた、2名から16名までの少人数編成の合唱グループによるコンテストです。
 全国の合唱レベルの向上を図るとともに、歌うことの楽しさを福島から全国に発信することを目的として、2008年(平成20年)から開催、今大会で第17回目を迎えました。
 本大会の特色として、伴奏楽器及び伴奏の形態が自由で多様な合唱音楽を追求、部門、年代を越えて演奏し合います。また、海外の合唱グループも公募し、音楽を通じて交流を図ります。
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平成23年(2011)に予定されていた第4回大会が東日本大震災発生直後で中止となり、平成25年(2013)の第6回大会からサブタイトルに「ほんとうの空」の語を冠し続けて下さっています。

コロナ禍による中止もあり、一昨年から旧に復しましたが、その後、出演団体も増加しています。智恵子の母校・福島高等女学校の後身で、かつて鈴木輝昭氏作曲の「女声合唱とピアノのための 組曲 智恵子抄」を持ち歌にしていらした福島県立橘高等学校合唱団さんが出場なさいます。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

花や虫や雪や雲や鳥や人の事が書いてあり、巻末の方には次々とフランスの芳りに満ちた文章があつたのでどんなに喜んだ事でせう。山中にゐて小生フランスに飢ゑてゐる次第です。


昭和27年(1952)4月10日 串田孫一宛書簡より 光太郎70歳

エッセイ集『孤独なる日の歌』を贈られ、その礼状の一節です。串田は当会の祖・草野心平主宰の『歴程』同人でした。

昨日始まった企画展示です。

相馬市図書館・歴史資料収蔵館連携企画展 相馬に縁(ゆかり)の芸術家たち

期 日 : 2025年3月1日(土)~5月30日(金)
会 場 : 相馬市図書館 福島県相馬市中村字塚ノ町 65−16
時 間 : 平日10時〜19時 土、日、祝日は10時〜17時
休 館 : 館内整理日(毎月の月末)
料 金 : 無料

高村智恵子・光太郎夫妻を中心に、相馬市に縁のある、または訪れたことのある芸術家の人物紹介図や関連書籍などを展示します。

特典 図書館で配布する企画展のパンフレットを歴史資料収蔵館に持参することで、次の特典が受けられます。
 ▽オリジナルグッズをプレゼント
 ▽歴史資料収蔵館の観覧料が無料(高校生以下の学生のみ)
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光太郎智恵子のイラストがなかなか秀逸ですね。しかし下のヒゲの人物がいったい誰なのかがわかりません。相馬市と言えば光太郎の父・光雲の孫弟子にして日本橋三越本店さんの巨大彫刻「天女( まごころ)像」などを手がけた佐藤朝山(玄々)の故郷で、「連携」として挙げられている歴史資料収蔵館さんには佐藤の作品が多数展示されていますが、顔立ちが違うような……。隣接する南相馬市は作家の埴谷雄高の出身地で、同じく島尾敏雄も両親が南相馬出身。ところが二人ともヒゲはありません。

追記・ヒゲの人物は竹久夢二でした。

今回のイベント、あまり大々的に宣伝されておらず、ネットで調べてもX(旧ツイッター)への投稿と相馬市さんの広報誌『広報そうま』2月15日号しか情報が見あたらず、詳細が不明です。

ところで「高村智恵子・光太郎夫妻を中心に」とありますが、光太郎は相馬を訪れたことは確認出来ていません。先に名の出ている智恵子の方は、明治40年(1907、日本女子大学校を卒業した年で数え22歳、父・今朝吉やきょうだいと共に)と大正6年(1917、光太郎と結婚披露を行った3年後)に原釜海岸の金波館という宿に滞在したことが確認出来ています。また細かな年月日は不明ですが、それ以前の少女時代にも家族と訪れていたようです。そこで今回、光太郎は刺身のツマでしょう(笑)。

智恵子は明治40年(1907)の滞在時には、同じ宿に泊まっていた旧制米沢中学生の鈴木謙二郎(後の山形県伊佐沢村村長、長井市教育委員)と親しくなり、帰京後も姉弟のように文通を続けました。

謙二郎の子息・鈴木重信氏の回想「智恵子の手紙」が、長井市地域文化振興会編刊『長井のひとびと 第3集』(昭和59年=1984)に掲載されています。
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謙二郎宛の智恵子書簡は『高村光太郎全集』別巻にすべて収録されていますが、この文章も貴重な回想です。

展示ではおそらくこの金波館滞在の件に触れられているのでしょう。

3月8日(土)、いわき市の草野心平記念文学館さんで、澤正宏氏と和合亮一氏による文芸講演会「詩人・草野心平-いかに心平が心平になったか」を拝聴することになりましたので、そちらの前に足を運ぶつもりで居ります。みなさまもぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

まだ雪もさかんにふり、寒さも〇下八度、十度といふところですが、小生割に健康、肋間神経痛も殆ど苦にならない程度になりました。


昭和27年(1927)3月5日 松下英麿宛書簡より 光太郎70歳

3月頭にマイナス10℃。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村、どんだけだよ、という感じです。

地方紙『福島民友』さんに「マイストーリー」という連載があります。「福島県で輝きを放つ人たち、ふくしまをもり立てようと頑張っている人たちの生き方を紹介していく連載」だそうで、一人の方に対するインタビュー記事が断続的に十数日間載せられています。

過去の記事を調べてみましたところ、親しくさせていただいている女優の一色采子さん、元エアレースパイロットの室屋義秀氏など、このブログでご紹介させていただいた方も取り上げられていました。

今年に入ってからは、テレビの通販CMでおなじみの夢グループ社長・石田重廣氏、そして落語家の桂幸丸師匠が取り上げられています。
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で、幸丸師匠。現在の須賀川市のご出身だそうで、桂米丸師匠に古典落語を学び、さらに福島ゆかりの新作も多数創作されています。そうした来し方や、最近のコロナ禍でのご経験など、全11回の連載でした。
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その第9回。

自分らしい道、見つけた 落語家・桂幸丸

 レギュラーのテレビ番組や営業が減り、追い詰められた私。「しっかりしなくちゃ」。心を入れ替えて独演会により力を入れ、「自分らしい落語」を追求しました。
 落語家30周年を迎えた2004年、「福島にまつわる落語を作ろう」と思い立ちました。考えたのは当時、新千円札の肖像に決まり盛り上がっていた野口英世博士の偉人伝。でも、なかなか面白おかしくできない。最初に東京の新宿末広亭で披露した時は、真剣に作り込み過ぎて、お客さんからは「(聞いていて)くたびれた」と酷評されました。
 30周年記念公演で披露しようと考えていたのに、さあどうしよう。公演は1週間後。お客さんに受けたところを赤ペンでマークして、受けなかったところはばっさり切って、つなぎ合わせてー。
 ごひいきのお客さんにアドバイスを求めると「落語はね、勉強会ではない。あくまで娯楽なんだ。一生懸命やらずに、漫画的に物事を捉えれば面白いんじゃない」との言葉。何とか改良版を作り上げて披露したら、良い反応があった。ほっとしました。
 その後も「幸丸流 近代偉人伝シリーズ」と銘打ち、福島ゆかりの高村智恵子や瓜生岩子、円谷幸吉、大河ドラマにも登場した新島八重らをモチーフに創作。大ヒットした映画「フラガール」に感動して「常磐ハワイアンセンター物語」も作りました。
 偉人伝は真剣にやろうとすると受けない。大事なのは「さあ聞いて、面白いよ。漫画のように気軽に楽しめるよ」と人を寄せるように演じること。作る際は偉人について本を読んだり、インターネットで調べたりして、自分なりにイメージをつかんで要所を押さえます。
 創作落語の口コミが広がり、テレビに出ていた時よりも仕事が増えました。「努力すれば報われる」と実感し、それまでの先輩や常連さんたちの言葉が身に染みました。「好きだったのは、落語じゃん」。原点に返ったことで、新しい話や自分らしさを生み出すことができたのです。
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平成19年(2007)初演の新作落語「幸丸流智恵子抄」、こうして生まれたのですね。当方、CDを所持しております。
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ある意味、悲劇的とも言える生涯を送った智恵子ですが、とにかく因習に抗して頑張った姿を軽妙な語り口で追いかけ、暗い話にはなっていません。

こういったことも一つの「地方創生」の姿だな、と改めて思わせられました。幸丸師匠、今後のさらなるご活躍を祈念いたします。

【折々のことば・光太郎】

先日は御丹精の靴下と写真とを忝なくいただきました。写真はやはり小生の苦手で、気味が悪いと思ひました。


昭和27年(1952)2月26日 宮静枝宛書簡より 光太郎70歳

宮静枝は岩手出身の詩人。光太郎とは戦前から交流があり、平成4年(1992)、『詩集 山荘 光太郎残影』(熊谷印刷出版部)を刊行し、第33回土井晩翠賞に輝きました。この詩集は、昭和26年(1951)の光太郎訪問を元にしたもので、巻頭のグラビアページには、光太郎写真が14葉も載っています。これらが光太郎の元に送られ、その返礼です。
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なかなかいい表情をしていると思うのですが、光太郎は写真嫌いでした。

福島から講演会情報です。当会の祖・草野心平がメインですが、おそらく光太郎にも触れていただけるであろうと思われますので……。

文芸講演会「詩人・草野心平─いかに心平が心平になったか」

期 日 : 2025年3月8日(土)
会 場 : いわき市立草野心平記念文学館 福島県いわき市小川町高萩字下タ道1-39
時 間 : 14:00~15:30
料 金 : 無料

講 師 : 澤正宏氏(福島大学名誉教授)、和合亮一氏(詩人)

草野心平と同郷の福島県で詩を教える澤氏と、詩を書く和合氏の師弟コンビが、草野心平の詩について語ります。

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講師お二人のうち、澤氏は智恵子の故郷・二本松市の智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会さんにいろいろご協力下さり、同会主催の「智恵子講座」講師を複数回務められたり、同じく「高村智恵子没後80年記念事業 全国『智恵子抄』朗読大会」審査委員長を務められたりなさいました。他にもNHKカルチャーさんでの講座、様々な御著書御編著等で心平や光太郎について取り上げて下さっています。

和合氏はつい先日も御著書を紹介させていただきました。福島大学さんのご出身ということで、その頃に澤氏の薫陶を受けられたのでしょう。

講演テーマが「詩人・草野心平-いかに心平が心平になったか」。光太郎をして「詩人とは特権ではない。不可避である。詩人草野心平の存在は、不可避の存在に過ぎない。」と評せしめた心平ですので、光太郎との交流が生じなかったとしても不可逆的に詩人となっていたと思われますが、光太郎と親しく交わったことでより一層、花開いたのではないかと思われます。そういったお話になることを期待いたしております。
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ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

その後の都合を見てゐましたが、どうもまだ下山出来さうもありません。やりかけの仕事がまだ片付きません。今年は山も異常に温く、畑の青菜が育ちお雑煮に使へさうです。阿部さんにもらつたお餅もあり、元日には先生御一家をしのんで杯をあげませう。

昭和26年(1951)12月28日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎69歳

正月をわが宅で過ごされませんか、という総合花巻病院長・佐藤隆房の誘いに対する断りの返答です。

結局、こうして昭和26年(1951)が暮れて行きました。

昨年7月に亡くなった作曲家・湯浅譲二氏の「お別れの会」が一昨日、サントリーホールさんで開催されました。

地方紙『福島民報』さん。

福島県郡山市出身の作曲家、湯浅譲二さんの功績しのぶ 「あれが阿多多羅山」など流れる 東京都内でお別れの会

 昨年7月、94歳で死去した福島県郡山市出身の作曲家で文化功労者の湯浅譲二さんのお別れの会は18日、東京都港区のサントリーホールで開かれた。
 音楽関係者ら約200人が参列した。お別れの言葉で、品川萬里郡山市長は「古里を思い、活動を続けていた。湯浅さんの功績と作品は多くの人に受け継がれる」と述べた。作曲家の池辺晋一郎さん、チェリストの堤剛さん、音楽学者の船山隆さん、作曲家の細川俊夫さん、作曲家の伊藤弘之さん、作曲家の藤枝守さん、作曲家のロジャー・レイノルズさんも湯浅さんとの思い出を振り返った。
 箏演奏家の吉村七重さん、ピアニストの高橋アキさんが追悼の演奏をささげた。遺族を代表して湯浅さんの長女玲奈さんが「作曲家冥利(みょうり)に尽きる人生だった」とあいさつした。湯浅さんが作曲した「あれが阿多多羅山」などが流れる中、参列者が献花した。
 湯浅さんは旧制安積中(現安積高)卒。慶応大医学部を中退し、詩人の滝口修造さんが主宰した前衛芸術家グループ「実験工房」で活動した。幅広い作品を手がけ、優れた邦人作曲家のオーケストラ作品を顕彰する尾高賞を5回受けるなど、数々の栄誉を手にした。国際現代音楽協会名誉会員、郡山市名誉市民。
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同じく『福島民友』さん。

郡山出身の作曲家・湯浅譲二さんの功績しのぶ 都内でお別れの会

 郡山市出身の作曲家で、昨年7月に94歳で死去した湯浅譲二さんのお別れの会が18日、東京都港区のサントリーホールで開かれた。音楽関係者ら約190人が参列し、日本の現代音楽の発展に貢献した功績をしのんだ。
 発起人で作曲家の池辺晋一郎さんや郡山市の品川萬里市長らがあいさつした。品川市長は「湯浅先生は常にふるさとを気にかけてくださった。市民を代表し、先生の作品や思いを末永く継承していくことをお誓いいたします」と湯浅さんの在りし日を振り返り、冥福を祈った。湯浅さんの作曲した「あれが阿多多羅(あだたら)山」が流れる中、参列者は遺影が飾られた祭壇に献花した。
 湯浅さんは国内外で活躍し、オーケストラや室内楽、合唱、電子音楽などを幅広く作曲。テープやコンピューターなど最新技術を駆使するとともに、グラフを用いた独自の作曲法を生んだ。1997年に紫綬褒章、99年に恩賜賞・日本芸術院賞、2007年に旭日小綬章、14年に文化功労者。17年に郡山市名誉市民に選ばれた。
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「お別れの会」で流された「あれが阿多多羅山」は、サブタイトルが「バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の二人』による」。「智恵子抄」所収の「樹下の二人」(大正12年=1923)をテキストに使った独唱歌曲です。昨年11月に開催された湯浅氏の故郷・福島県郡山市の市制施行100周年記念式典音楽祭でもオーケストラ伴奏で演奏されました。

他にも湯浅氏には光太郎智恵子がらみの作品。作曲のみならず氏が作詞の補作も手がけられ、平成25年(2013)に制定された「二本松市民の歌」では3番までの各番歌詞の末尾が「ほんとの空が ここにある」。光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)からのインスパイアですね。この曲はご当地体操「ほんとの空体操」の伴奏曲でもあります。

また、智恵子にも触れられた映画「原始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯」(平成13年=2001)の音楽も、湯浅氏が担当されていました。
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当方、DVDを所持しております。
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ちなみに氏が亡くなったのは昨年7月ですが、直後に「お別れの会」が計画され始めたようで、発起人には、こちらも昨年亡くなった谷川俊太郎氏のお名前も。お二人のコラボによる楽曲も多く、岩手県や福島県の学校さんの校歌も多数。いろいろと人の縁の不思議さに感じ入っております。

氏の作品(特に「あれが阿多多羅山」、「二本松市民の歌」など)が今後とも愛され続けていってほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

小生この頃荒くなつてゐます、小生の内の猛獣性の活躍してゐる證拠です、人間拒否を超えて、

昭和26年(1951)12月11日 照井登久子宛書簡より 光太郎69歳

青年期の終わり頃から壮年期にかけ、自らの内部に巣喰う荒ぶる魂を「猛獣」に仮託した連作詩「猛獣篇」が書かれましたが、数え70歳を目前にしたこの時期、再び「猛獣」の胎動を体内に感じています。翌年には生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の制作の話が舞い込み、再び粘土を手にするわけですが、そうした予感があったのかも知れません。

キーワード「智恵子抄」でヒットしました。

二本松市の「観光力」を上げる!地域おこし協力隊員を募集します!

 二本松市では、地域外からの人材を積極的に誘致し、定住、定着を図るとともに、人材の能力を発揮できる場の提供に努め、地域力の維持及び魅力ある地域づくりを推進するため、地域おこし協力隊員を募集します。
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地域で目指すところ
 昭和30年から続く二本松市の一大イベント「二本松の菊人形」や令和4年4月にオープンした「にほんまつ城報館」を中心とした観光コンテンツへの誘客

こんなことを協力隊に求めています!
 今回募集する地域おこし協力隊のメインとなる業務は、「菊のまちとしてのブランド力強化」です。
魅力ある商品の開発や販路拡大、再ブランディング、景観整備、観光に関する企画・マーケティングなど、PDCAを自分で回せる積極性がある人を求めています。

活動場所について
 二本松市内(二本松市役所観光課内)での活動となります。

私たちがサポートします!
 市役所の観光課職員が担当者として関わります。着任時の不安や任期中に必要なことなどサポートします。このほか、隊員にむけた研修や交流会が開催されておりますので、積極的に参加し、他の地域の協力隊と知り合いになってぜひ活動の幅を広げてください。

卒隊後に向けた支援について
 3年間は地域おこし協力隊、以降は希望する仕事ができるように、サポートします。まずは一緒に卒隊後のイメージを具体的にしていくことからはじめましょう。協力隊2年目から任期終了1年目までに起業したい場合は、起業に要する費用1,000,000円の補助があります。任期終了後の定住のために空き家を改修する場合は、改修に要する費用500,000円の補助があります。

二本松市ってこんなところ
 二本松市は福島県の県北地域に位置し、高村光太郎の詩集「智恵子抄」で詠われた安達太良山を西に仰ぎ、中央部を阿武隈川が南北に流れ、東の日山・羽山が連なる阿武隈高地まで東西約35キロメートルに及ぶ市域を有しています。うち、市の東部に位置する東和地域は、阿武隈川東岸の標高約180mから羽山の891mまでの起伏の多い丘陵地で、山間を縫う川筋に小区画の耕地と集落が点在しており、そこで豊かな自然に包まれた里山の生活が営まれています。

 お知らせ
 希望があれば、電話やオンラインで説明を行います。

募集情報
 制度名 地域おこし協力隊
 業務概要
 (1)観光イベント企画運営
  「二本松の菊人形」会場内外で行うイベントや令和4年4月にオープンした
 「にほんまつ城報館」で行うイベントの企画~運営を主体的に担う。
 (2)菊のまち二本松ブランド力強化
  菊人形で使用する菊の栽培補助や菊関連商品開発のサポート等、
菊のまち二本松としてのブランド力強化を行う。
 (3)SNS等を活用した地域の魅力発信
  イベントを始めとした観光客の誘客につながるような地域の魅力について、
SNS等を活用した情報発信を行う。
 (4)その他、市が必要と認める活動

 募集対象 次の要件をすべて満たす方
 (1)学歴 高等学校卒業以上
 (2)任用の日において18歳以上の方
 (3)居住地要件 応募日において、三大都市圏をはじめとする都市地域等に在住し、
任用後、二本松市に住民票を異動し生活拠点を移すことができる方。
 (4)普通自動車免許を有している方。
 (5)基本的なパソコン操作(ワード、エクセル、パワーポイント等)が出来る方。
 (6)地域になじみ、地域の人々と共に汗を流しながら活動に取り組める方で、
任用期間満了後においても本市に定住する意欲のある方。
 (7)心身ともに健康で誠実に職務を行うことができる方。
 (8)地方公務員法第16条に規定する一般職員の欠格条項に該当しない方。
 募集人数 1名
 勤務地 二本松市内(二本松市役所観光課内)
 勤務時間
 1週間あたり31時間(パートタイム勤務)
 通常の勤務時間は午前8時30分から午後5時15分となります。
 (1日の勤務時間7時間45分、原則週4日勤務)
 雇用形態 地方公務員法第22条の2第1項第1号に規定する二本松市会計年度任用職員
 雇用期間
 (1)令和7年4月1日以降の委嘱の日から令和8年3月31日まで。
 (ただし、3年を限度に委嘱することができます。)
 (2)協力隊員として、ふさわしくないと二本松市が判断した場合は、
雇用期間中であってもその職を解くことができるものとします。
 給与・賃金等
 【月例給】180,320円
 ※上記から、社会保険料等の本人負担分を控除します。
 【通勤手当】通勤距離が片道2km以上の場合、通勤手当を支給します。(上限あり)
 【期末・勤勉手当】あり
 待遇・福利厚生
 (1)健康保険、厚生年金、雇用保険に加入。
 (2)二本松市内のアパート等に入居していただきます。
  (家賃は本人負担無し。ただし光熱水費は本人負担となります。)
 申込受付期間 随時
 審査方法
 【選考方法】
 ①書類選考
 提出書類により都度書類選考を行います。結果は応募した方全員に連絡します。
 ②面接
 書類選考の合格者に対し、都度面接による選考を実施します。
 面接の日時・場所・方法については、文書により通知します。
 また、面接の結果(合否)についても文書により通知します。
 ③その他
 採用が決定した場合は、募集を終了します。


お問い合わせ先
 〒964-8601 福島県二本松市金色403番地1 二本松市産業部観光課
 電話:0243-55-5095 FAX:0243-22-8533
 e-mail:kankorisshi#city.nihonmatsu.lg.jp(#を@に変換)

「地域おこし協力隊」。平成21年(2009)から総務省の肝煎りで始まった制度で、隊員に定住してもらって地域協力活動に従事、地域力の向上を図るというものです。当方、光太郎ゆかりの花巻市十和田市の隊員の方々にはいろいろとお世話になりました。

二本松市のかつての協力隊の方は、特産の上川崎和紙日本酒などに関わるイベント等でご活躍。また二本松市に隣接する大玉村さんでも「智恵子抄」ゆかりのワインにからめ、協力隊の方も参加なさったトークセッションなどもありました。

「智恵子抄」ゆかりの街としての二本松をその方面からももっと盛り上げていただける方のご応募を期待いたします。「我こそは」と思う方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

小生新らしく原稿を書く気が更に起こらずに居ます。出版に対してなんだかうるさくなりました。小生のものについて、新しい企画はもうあれ以上しないで下さい。008
昭和26年(1951)4月25日
澤田伊四郎宛書簡より 光太郎69歳

澤田は昭和16年(1941)のオリジナル『智恵子抄』版元の龍星閣主。太平洋戦争の激化に伴い、龍星閣は休業。澤田から版権を譲ってもらったと称した白玉書房が戦後に『智恵子抄』を復刊しましたが、いろいろ行き違いがあって、光太郎にも面倒がおよびました。そのあたりが「うるさくなりました」。

「あれ以上しないで下さい」という「新しい企画」は、再興した龍星閣から上梓された光太郎の随筆集『独居自炊』。過去の随筆集などからの再編で、光太郎自身あまり気乗りのしないものでした。

まずは状況をわかりやすくするために、地方紙『福島民友』さん記事から。

高村智恵子の古里にふさわしいまちづくりを 福島県二本松市の「夢くらぶ」 発会20年を祝うつどい

 「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の発会20年を祝うつどいは15日、福島県二本松市油井の智恵子の湯で開かれた。同市出身の洋画家高村智恵子と夫の詩人・彫刻家高村光太郎の愛と芸術に生涯をささげた姿を語り継ぎ、智恵子の古里にふさわしいまちづくりを進めていくことを誓い合った。
 約30人が出席した。熊谷健一代表が「二人の生き方が今の私たちに感動を与える。日本や世界中の人に訪ねてもらえる地域づくりをしよう」とあいさつ。市内の小中学校などに贈る絵本「夢を描くひと―高村智恵子―」を三保恵一市長に手渡した。作者の坂本富江さんが思いを語った。
 三保市長、本多勝実市議会議長、加藤和信あだち観光協会長が祝辞を述べた。乾杯して歓談した。トランペッターのNobyさんが演奏を披露した。出席者がスピーチし、エピソードなどを語った。
 夢くらぶは2005(平成17)年1月に発足。「智恵子純愛通り」記念碑建立や高村智恵子生誕祭、智恵子講座、朗読会、「智恵子抄」総選挙など多彩な事業を催している。発会20年と光太郎・智恵子の結婚110年、光太郎の詩集「道程」出版110年の記念文集を発行した。
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というわけで、智恵子の故郷・福島二本松でさまざまな智恵子顕彰活動をなさっている智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんが20周年だそうで、おめでとうございます。

記事にある『記念文集』、絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』は下記画像。それぞれA4判横長です。
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『記念文集』目次はこちら。
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拙稿も載せていただいております。

絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』は、10月14日(月)、智恵子生家とその周辺で行われた「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」において、著者で太平洋美術会さんご所属の坂本富江さんが行った紙芝居を元に書かれています。当方、校閲いたしまして、「監修」ということでクレジットされています。奥付画像を載せておきます。
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記事に有る通り市内の学校さんに贈られたということで、智恵子の母校・油井小学校さんのサイトに報告が。

智恵子の絵本 贈呈式

高村智恵子さんの顕彰をしている「智恵子のまち夢くらぶ」より、市内の小中学校に絵本を寄贈いただきました。絵本は「夢を描くひと-高村智恵子-」というタイトルで、智恵子さんの生涯や生き方をわかりやすく紹介している絵本です。先日、絵本を作った作家の坂本富江さんが油井小に来校し、絵本に対する思いなどをうかがいました。そして、6年生が直接坂本さんから市内の学校を代表して絵本を受け取りました。6年生は感謝の言葉と「智恵子抄」の朗読をして、坂本さんと夢くらぶの皆様に感謝の気持ちを伝えました。
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関係の皆様の今後とものご活躍、さらに若い方々への継承といったあたりを祈念いたしております。

【折々のことば・光太郎】

毎年方々から請はれるままに新年の詩をこれまでうんざりするほど書いて来ましたが、もう一切書かない事にきめましたから此事御了承願ひます、


昭和25年(1950)11月18日 三宅正太郎宛書簡より 光太郎68歳

三宅は『北海道新聞』『中日新聞』『西日本新聞』3社で組んだブロック紙三社連合に勤務していました。その各紙で翌年元日に掲載する詩を書いてくれと言う依頼に対しての返答です。

ただ、結局、ぶつぶつ言いながらも、三宅からの重ねての依頼に根負けし、次の詩を送りました。

    船沈まず005

 酔はないのは船長とわたくしだけだつた。
 キヤビンの羽目につるしたステツキが
 振子のやうに四十五度かしいだ。
 ボートはさらはれ、
 手すりはもがれた。
 船は真横からくる吹雪を避けて
 コースを棄ててただよつた。
 とんでもない方角に
 船首は向いて波におされた。
 一人も客の出て来ない食堂で7f456cef
 その時わたくしは雑煮を祝つた。
 枠のはまつた食卓で
 ころがる箸をやつと取つた。
 それでも船は沈まなかつた。
 囲炉裏の上で餅を焼いてるこの小屋が、
 日本島の土台ぐるみ、
 今にも四十五度に傾きさうな新年だが、
 あの船の沈まなかつた経験を
 わたくしはもう一度はつきり思ひ出す。

遠く明治39年(1906)、横浜港からカナダ太平洋汽船の貨客船アセニアン号でアメリカ大陸を目指した際の体験を元にしています。「雑煮を祝つた」は、2月3日に出航し、航海中に旧正月を迎えたためでしょうか。この季節の太平洋は大荒れで、船は大きく北のアリューシャン方面までを迂回し、3月7日にバンクーバーに到着しました。「四十五度かしいだ」などは実話だったとのことですし、その後、流木が窓を突き破って船内に入ってきたこともあったそうです。

ひるがえって昭和26年(1951)の新年は「今にも四十五度に傾きさうな新年」。令和7年(2025)の新年もそんな感じですね(笑)。

『日本経済新聞』さん、「歌壇」欄。11月2日(土)の掲載分です。

連翹忌の集いにご参加下さったこともおありの山梨県立文学館館長で歌人でもあらせられる三枝昂之氏と、同じく歌人の穂村弘氏が、読者の投稿歌から12首ずつ選ばれ、計24首が掲載されています。

三枝氏選の一首目が、福島県郡山市の方の作品。

 安達太良と阿武隈川は必須なり智恵子の故郷校歌も市歌も 郡山 星野剛

三枝氏の評。

 星野さんからは「あの光るのが阿武隈川」と高村光太郎『智恵子抄』の一節が浮かんでくる。やはり校歌には故郷の山と川。「必須なり」がそう教える。

「智恵子の故郷」を二本松市と限定解釈すると、まず「二本松市民の歌」(作詞:朝倉修氏/補作詞・作曲:湯浅譲二氏 平成25年=2013)。いきなり歌い出しが「安達太良の峰 陽に映えて  阿武隈の水 清らかに」、そして一~三番すべてで「ほんとの空が ここにある」と繰り返されます。

 一、安達太良の峰 陽に映えて  阿武隈の水 清らかに
   四季も華やぐ このまちに  希望奏でる 朝がある
   ああ 光あふれる 二本松  ほんとの空が ここにある
 二、青空に舞う 花ふぶき  やさしく歌う うぐいすよ
   生命輝く このまちに  幸せ運ぶ 風がある
   ああ 理想あふれる 二本松  ほんとの空が ここにある
 三、霞が城の しろあとに  揺れる提灯 囃子の音
   文化煌めく このまちに  明るい笑顔 夢がある
   ああ 浪漫あふれる 二本松  ほんとの空が ここにある

校歌」も、例えば昨年、統合により新たに誕生した二本松実業高校さん(作詞:校歌制作委員会/作曲:大友良英氏)では、二番に「白く聳(そび)える 故郷(ふるさと)の 安達太良山の 季節(とき)の雲」、三番で「瞳に映る 煌(きら)めきは 阿武隈川の 悠久(とき)の色」。さらに一~三番すべてに「ほんとの空に」のリフレイン。

 空の青さに 陽(ひ)の光
 榎戸(えのきど)の丘 一瞬(とき)の風
 力漲(みなぎ)り 舞う砂けむり
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 遥(はる)かな夢を ほんとの空に

 白く聳(そび)える 故郷(ふるさと)の
 安達太良山の 季節(とき)の雲
 掌(てのひら)見つめ 歯を食いしばり
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 明日(あす)を探して ほんとの空に

 瞳に映る 煌(きら)めきは
 阿武隈川の 悠久(とき)の色
 その身に宿る 手業の実り
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 希望を胸に ほんとの空に

 睡蓮(すいれん)の花 微笑(ほほえ)ほほえんで
 霞(かすみ)が池に 青春(とき)の影
 まっすぐな道 どこまでも往(ゆ)き
 現在(いま)を生きる これからの人
 創ろう未来 つなごう心
 いつの日か 生きた証(あかし)を ほんとの空に

他校の校歌も同様なのでしょう。

短歌投稿者の方は郡山市ご在住だそうです。福島県は東西方向に区切ると、西部の山岳地帯が「会津」、太平洋岸は「浜通り」、その中間が二本松を含む「中通り」。さらに「中通り」も南北方向で「県北」「県中」「県南」と区分されます。「智恵子の故郷」を中通りのさらに県中地域とすると、郡山も含まれます。
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郡山市は今年、市政施行100周年だそうで、その記念式典や記念音楽祭などが大々的に行われました。そのあたりを受けての詠なのではないかと思われます。ちなみに「郡山市民の歌」(作詞:内海久二氏/作曲:古関裕而氏 昭和29年=1954)には、二番の歌詞に「輝く安達太良ささやく瀬音」とああります。

 一、あけゆく安積野希望の汽笛 あの人この街みなぎる力
 ああふるいたつふるさとは あこがれのせる若駒か 進めよわれらの郡山
 
 二、輝く安達太良ささやく瀬音 あの鳥この花しあわせ歌う
 ああうるわしいふるさとは やさしい母のまなざしか 育てよわれらの郡山

 三、働くよろこび夕べのいのり あの星この窓楽しいまどい
 ああやすらかなふるさとは あふれる夢のゆりかごか 栄えよわれらの郡山

昨日は原発の問題にも触れましたが、安達太良山、阿武隈川に代表される日本の美しい山河を二度と放射線被曝させてはならないと、切に思います。こういうことが本当の愛国心なのではないのでしょうか、と、為政者に問いたいところです。
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【折々のことば・光太郎】

あれから何にも書けず、つひにたつた一枚書きました。別封で送りましたから、ともかくも読んでみてください。あの詩篇からうけた衝動は比類なく強いものです、
昭和25年(1950)4月12日 佐藤徹宛書簡より 光太郎68歳

佐藤は大正6年(1917)、山形米沢出身。筆名の「森英介」名義で唯一の詩集『火の聖女』を翌年に刊行、この書簡は光太郎に依頼したその序文に関わります。

 このやうな詩集を私は未だ曽て見たことがない。これほど魂のさしせまつた声を未だ曾てきいたことがない。こんなに苦しい悲しみの門をくぐらせられたこともないし、又こんなに強い祈と、やすらぎの中に引きこまれたこともない。
 何といつていいかわからない。殆といふ言葉がない。
 これはもう普通いふ詩といふものを突き破つてゐる。これらの詩は内面から破裂してゐる。一行一行が内からの迸るもので吹き上げられてゐる。これまでの日本語とはまるで違つた新らしい日本語が生まれてゐる。
 精神の突面だけがラインに刻まれてゐて、およそ平面をゆるさない。これらの詩の内面ふかく立ち入ることの出来るのは、同じやうな魂のきびしさと信とに死をのりこえたもののみの事である。
 私はおそろしい詩集を見た。


光太郎による他者の詩集等の序文は珍しくありませんが、ここまでの評を与えられたものは他に見あたりません。

ところが、活字工として働いていた佐藤自ら紙型を組み、印刷まで完了しましたが、その刊行を見ることなく、その直後に胃穿孔で急逝してしまいました。

光太郎は昭和27年(1952)に遺族の依頼でその墓碑銘を揮毫。おそらく現在も佐藤の故郷・米沢の善立寺さんというお寺にひっそりと佇んでいます。

智恵子の故郷・福島二本松市の『広報にほんまつ』今月号。大山忠作美術館さんで開催中の「開館15周年記念特別企画展 成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展」が大きく取り上げられています。

まず表紙。
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大山画伯のご息女にして、都内二本松で上演された「朗読劇 智恵子抄」で智恵子役を演じられた一色采子さん。ギャラリートーク風景ですね。

2ページ目、襖絵そのものの詳細な解説。
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3ページ目、今回の展示の舞台裏について。
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自称・無資格キュレーターの当方としては(笑)、興味深く拝読いたしました。

作品の一部をあしらった絵葉書を1年ぶりくらいに引っぱり出してみました。分割民営前の郵政省時代に発行された40円絵葉書10枚セット「みちのくの楓」です。昭和の終わりか平成の初め頃のものと思われます。
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画伯ご自身の書かれた解説によれば、福島市の高湯温泉の楓だそうですが、日光中禅寺湖半の紅葉の色も印象に残り、反映されているとのこと。

最後に(というかブックレット形式としては最初)には、『広報にほんまつ』でも題名が記されている「智恵子に扮する有馬稲子像」。昭和51年(1976)、「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」中の北條秀司作の「智恵子抄」(一色さんの朗読劇もこちらが元です)で智恵子役だった有馬稲子さんを描いた大作です。
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襖絵展期間中は同じフロアの逆サイドの展示室にて公開中。撮影禁止だったので画像はありませんが、制作風景の写真も並べられています。

『広報にほんまつ』を読んで初めて知りましたが、市内の智恵子生家/智恵子記念館や菊人形展などの入場券を提示すると、入館料割引だそうです。

智恵子生家では二階部分の限定公開が今週末及び文化の日の振替休日である11月4日(月)まで。翌11月5日(火)~17日(日)の期間にはライトアップが為されます。襖絵展も11月17日(日)まで。

併せてご観覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

横手では名物のお酒をいろいろいただいたり、秋田美人といはれる此の雪国の娘さんや奥さま連に囲まれて本式の炉辺でお茶料理をいただいたりして愉快でした。

昭和25年(1950)3月15日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎68歳

光太郎、3月10日から12日にかけ、講演のため秋田県の横手を訪れました。秋田美人に囲まれてウハウハだったようです(笑)。

昨日、智恵子の故郷・福島二本松で開催されたイベント「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」についてレポートいたします。

「智恵子純愛通り記念碑」というのは、智恵子生家前の約2キロに「智恵子純愛通り」と愛称を付け、智恵子没後70年の顕彰事業として平成20年(2008)に建立されたものです。揮毫は光太郎の令甥、故・髙村規氏でした。 この碑の前にベンチ等設置されていてちょっとしたスペースになっており、そこが最初の会場でした。
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今年、新たに碑のかたわらに光太郎と智恵子の言葉を印刷した大きなボードが設置され、その除幕式を兼ねての実施。ボードの題字揮毫は書家の菊地雪渓氏でした。
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上記は式典後の画像ですが、ここから時系列に沿ってご紹介します。
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除幕に続き、主催者挨拶。三保恵一二本松市長他の祝辞。
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智恵子母校・油井小学校の児童さんなどによる碑への献花。
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油井小学校児童さん、安達中学校生徒さん、さらにやはり智恵子母校・福島高等女学校の後身である橘高等学校生徒さんによる光太郎詩朗読。
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一般の方々も。

光太郎智恵子に関わる文章等も書かれている吹木文音氏。
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主催団体「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんの会員の方。
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全員で「ふるさと」を唄ったり、記念撮影をしたりで、ここでのプログラムは終了。

続いて智恵子生家に移動。
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こちらの座敷で、紙芝居「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演。作者で、智恵子が学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術会ご所属の坂本富江氏によるものでした。坂本氏、書籍『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』を刊行なさったり、光太郎智恵子それぞれの母校、荒川区立第一日暮里小学校さん、油井小学校さんに招かれたりと、多方面でご活躍中です。
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智恵子の生涯を追うのがメインですが、没後のことも。そこで、花巻郊外旧太田村の光太郎の山小屋、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を制作し、終焉の地となった中野の貸しアトリエなども。
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この紙芝居を元にした絵本が制作中で、今年中には刊行されるようです。

その後、近くの地区集会所的な建物に移動して、昼食。
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献花や朗読をして下さった児童生徒さん達にもあらためてスピーチをしてもらったりと、盛りだくさんでした。

ちなみにこちらの壁には、裏山にある光太郎詩「樹下の二人」碑の拓本が掲げられていました。
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昼食後、再び智恵子生家に戻り、吹木氏をご案内。「高村智恵子 レモン祭」期間ということで11月4日(月)までの土日・祝日には通常非公開の生家二階部分の公開が行われています。
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一階もドサクサに紛れて(笑)。
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毎年、春には「高村智恵子 生誕祭」、秋には「高村智恵子 レモン祭」としていろいろなコンテンツが用意されますが、マンネリとならないよう、さらに進化し続けていって欲しいものです。

以上、二本松レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

一昨夜足をすべらして前額に擦過傷をうけ、一太刀うけた形でございます。カサブタが多分その頃までにはとれないだらうとも考へますのでどうかと存じます。

昭和24年(1949)12月27日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎67歳

正月となるし、町へ出て来ないかという誘いに対する返答です。結局、例年通り花巻郊外旧太田村の山小屋で越年しました。

昨日から一泊二日で智恵子の故郷、福島二本松に来ております。

今日行われる、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さん主催のイベント出席のためですが、他にも廻りたいところが色々あって、前乗りいたしました。

色々のその1、大山忠作美術館さんでの「開館15周年記念特別企画展 成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展」。智恵子と同郷で、智恵子をモチーフとした作品も複数描かれている日本画家の故・大山忠作画伯が、成田山新勝寺さんに依頼された襖絵をメインとしたものです。
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襖絵は撮影可でした。ありがたし。
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新勝寺さんは当方自宅兼事務所の隣町にあるのですが、初めて拝見しました。大迫力と美しさに圧倒されました。

ロビーには画伯の本作制作風景のパネル展示なども。
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画伯のご息女で女優の一色采子さんは昨日はいらっしゃらず残念でしたが。

普段、常設で展示されている作品群は、他の展示スペースに。こちらには智恵子モチーフの作品も(撮影不可)。
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拝観後、すぐ目の前の二本松駅へ。光太郎の父.光雲の孫弟子、故・橋本堅太郎氏制作の智恵子像にご挨拶。
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その後、安達太良山に向かいました。
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山頂までは登りませんでしたが、ロープウェイで薬師岳パノラマパークへ。
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天気が良かったのが幸いでした。

下山し、道の駅「安達」智恵子の里さんへ。
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宿泊は郡山。

このあとまた二本松に戻り、イベントに参加してまいります。

昨日に続き、智恵子の故郷・福島二本松ネタで。告知ではなく、レポート系ですが。

二本松市内の岩代公民館さんで発行している『岩代公民館だより』から。

9月13日(金) 新殿セミナー オンラインでつなぐ 全国ご当地体操教室

9月の新殿セミナーとして、「オンラインでつなぐ全国ご当地体操」を開催。オンラインで全国の公民館とつながって、各地のご当地体操で体を動かしました。岡山県玉野市中央公民館から「タマニサイズ」、福岡県福岡市別府公民館からは「黒田節体操」、千葉県流山市東部公民館から「ゆめみるチーバくん体操」、岡山県矢掛町小田公民館からは「矢掛町オリジナル体操」を紹介いただき、新鮮な気持ちで音楽に合わせて頭も身体も動かして楽しみました。二本松市の体操としては、「ほんとの空体操」を紹介しました。全国各地のお祭りやゆるキャラ、地域の特徴などもご紹介いただき、旅行気分で楽しみました。講座の最後にはみんなで「チーバくんのポーズ」で締めました。岡山県在住の福島県出身の方とオンラインでお話する機会もあり、全国とのつながりを感じました。
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「オンラインでつなぐ全国ご当地体操」。その名の通りのイベントで、全国の6県の公民館をオンラインでつなぎ、参加者が一緒に健康体操をするというものだそうです。定期的なのか不定期なのか、ともかく初の試みではないということですが。

当方自宅兼事務所のある千葉県からは県北西部の流山市東部公民館さんが参戦(って、別に戦っていませんが(笑))。

流山市さんのサイトから。

東部公民館「オンラインでつなぐ全国ご当地体操」

 令和6年9月13日(金曜日)、東部公民館で全国の公民館をオンラインでつなぎ、参加者が一緒に健康体操をする「オンラインでつなぐ全国ご当地体操」が開催されました。6月に続き、2回目の開催です。東部公民館からは総勢31人の方が参加し、ファシリテーターの水代登紀子さん(当公民館講座「いきいきスクエアステップ」講師)と一緒に、千葉県のマスコットキャラクター・チーバくんのテーマソング&ダンス「ゆめみるチーバくん」を披露しました。
 今回オンラインで繋がった公民館は、富山県高岡市福岡公民館、福井県永平寺町上志比公民館、福島県二本松市岩代公民館、福岡県福岡市別府公民館、岡山県玉野市中央公民館、同県小田郡矢掛町小田公民館と千葉県流山市東部公民館の全国6県7館です。
 最初に、参加者の皆さんが交代で、各地域の今日のお天気や、地域のお祭り、ゆるキャラを紹介しました。その後実施した健康体操は、「タマニサイズ」(岡山県玉野市)や「矢掛町オリジナル体操」(岡山県矢掛町)、「智恵子抄」の詩に由来する「ほんとの空体操」(福島県二本松市)など、ご当地色豊かな内容でした。また、「黒田節体操」(福岡県福岡市)では、事前に別府公民館から届けられた扇子を使って、会場の全員で黒田節の曲に合わせて体操をしました。
 東部公民館は、千葉県の成田市と茂原市の夏祭りを紹介したあと、ご当地ダンスとして「ゆめみるチーバくん」を全国各地の会場の皆さんと練習し、皆で踊りました。会場は大変盛り上がり、最後の記念撮影では、千葉県の形を表現したチーバくんポーズを参加者全員で決めました。終わってからのおしゃべりタイムでは、他会場から「昔、流山に兄が住んでいました。なつかしいです」という声もありました。
 参加者からは「楽しく体を動かせてよかった」「全国各地の特色ある体操を知れて新鮮だった」「次回も参加したい」「故郷が福岡なので懐かしい気持ちになった」などの声があり、オンラインで全国と繋がる新たな形の交流に大きな反響がありました。オンラインご当地体操は、12月13日(金曜日)、令和7年3月14日(金曜日)にも開催予定です。お時間ある方は、ぜひ一緒に楽しみましょう。

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「智恵子抄」の詩に由来する「ほんとの空体操」」の一節があったので、こちらの情報が先にヒットしました。

「ほんとの空体操」は、二本松市さんで平成27年(2015)に作られたもので、その2年前に故・湯浅譲二氏作曲で制定された「二本松市民の歌」に合わせて振り付けられました。元々のコンセプトが「介護予防のための健康体操」ということでしたが、かつては市役所職員の皆さんが朝礼で毎朝演舞していたとのこと。かつて、というか、今でもやられているのでしょうか? また、コロナ禍で「ステイホーム」と騒がれていた時期には、各家庭での実施を市で広く呼びかけてもいました。
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ところで我が千葉県からは「ゆめみるチーバくん」。パパイヤ鈴木さんの振り付けで作られたものですが、なかなかハード。高齢者の皆さん、これをやって大丈夫? という感じなのですが(笑)。
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千葉県には別に「なのはな体操」というのがあるのですが、どうもオワコン化しつつあるようで(笑)……。

「ほんとの空体操」は滅びずに愛され続けてほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

いろいろ妨げられる事が多く、先日も北陸の方から山師坊主がおしかけてきて下らぬことに小生を参加させようとして追つぱらふのに骨でした。


昭和24年(1949)12月15日 西出大三宛書簡より 光太郎67歳

詳細はわかりませんが、こういうことが常態化していたようで……。

JR東日本さん主催のイベントです。

駅からハイキング&ウオーキング 秋のにほんまつ奥州街道 新旧のスイーツ店が点在する城下町を散策

期  日 : 2024年10月1日(火)~12月25日(水)
会  場 : 東北本線二本松駅~同安達駅 約6.0km
受付場所 : 二本松駅構内観光案内所
受付時間 : 9:30~11:30
ゴール時間 : 安全にご参加いただくため16:30までにゴールしてください。
料  金 : 無料

二本松~安達駅間、スイーツ求める美味しい旅
 JR東日本の「駅からハイキング&ウオーキング」イベントで、和洋菓子店をめぐりながら二本松~安達駅間を歩く「秋のにほんまつ奥州街道 新旧のスイーツ店が点在する城下町を散策」が10月スタートします。春プランに続く第2弾で、12月25日まで。
 両駅では高村智恵子をイメージした彫刻家・橋本堅太郎氏(二本松市名誉市民)の作品「ほんとの空」(二本松駅前)、「今ここから」(安達駅前)が出迎えます。コースは大山忠作美術館、亀谷坂、芭蕉と露伴の句碑、竹田坂、智恵子の生家などをめぐる約6㎞。途中、老舗菓子店など16店あり、自分へのご褒美やお土産に多彩なスイーツを味わったり、買い物が楽しめます。
 10月1日~11月17日に大山忠作襖絵展(美術館)、10月3日~11月17日には高村智恵子レモン祭(生家など)、10月10日~11月20日には二本松の菊人形(霞ヶ城公園)が開かれます。
 参加は自由(予約不要)ですが、JR東日本のアプリが必要。二本松駅観光案内所でコースマップ、スイーツガイドを配布します。受け付けは午前9時30分~同11時30分。問い合わせは、にほんまつDMO(電話0243-24-7702)へ。
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「駅からハイキング」は、JR東日本さんのキャンペーン的なイベントです。実に様々なコースが設定されています。一部を除き参加予約は不要で、専用のスマートフォンアプリ「駅からハイキング」をダウンロードして、「コースに参加する」ボタンを押し、参加するコースを選択後、コースマップを元にハイキングスタート! 同一日の受付時間内にスタートし、ゴール時間内までにゴールするというものです。参加回数に応じてプレゼント抽選に参加できるとのことです。

以前に銚子電鉄さんとのコラボで行われた「駅からハイキング ~関東最東端の犬吠埼と文学碑めぐりウォーキング・化石海水温泉を楽しむ~」をご紹介させていただきました。。

こちらのコースは、共に故・橋本堅太郎氏作の智恵子像である二本松駅前の「ほんとの空」から安達駅前の「今 ここから」までの約6㌔。途中に智恵子生家/智恵子記念館さんが佇み、智恵子づくしコースですね。

さらに玉羊羹の玉嶋屋さんなどの地元スイーツをからめて血糖値を上げながら(笑)。摂取カロリーと消費カロリー、どちらが上回るでしょうか(笑)。

ぜひご参加下さい。

【折々のことば・光太郎】

小生の重版書は以前の「造型美論」が厚すぎるので二冊に分けて「造型美論」と「印象主義」とにして筑摩書房が出したのです。


昭和24年(1949)12月6日 東正巳宛書簡より 光太郎67歳

書き下ろし評論『印象主義の思想と芸術』は、遠く大正4年(1915)に天弦堂から刊行。それを含む評論集『造型美論』が戦時中の昭和17年(1942)、筑摩書房から刊行されました。

そしてこの年、筑摩選書のラインナップとして二分冊で再版されました。
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毎年恒例、昭和13年(1938)10月5日、南品川ゼームス坂病院でレモンをがりりと噛んで亡くなった智恵子を偲ぶイベントです。

高村智恵子 レモン祭

期 日 : 2024年10月3日(木)~11月17日(日)
会 場 : 智恵子の生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金

蘇る智恵子season2~生家のライトアップ~
 智恵子の命日に生家がライトアップされます。ライトアップを堪能するとともに、智恵子への哀悼の意を表しませんか?
 ■実施期間
  1.10月3日(木)~5日(土) 午後5時~午後8時
  2.11月5日(火)~17日(日) 開館時間内(生家内)
   ※生家正面ライトアップは歩道よりご鑑賞ください。

智恵子の生家 2階公開
 ■公開日
  10月5日(土)~6日(月) 12日(土)~14日(月) 19日(土)~20日(日)
  26日(土)~27日(日) 11月2日(土)~4日(月)
 ※10月26日(土)は、午前に「紙絵コンクール」表彰式実施のため、公開を一時中止する場合がございますのでご了承ください。

奇跡といわれる智恵子の「紙絵」の実物展示
 ■展示期間 10月3日(木)~20日(日)
 ■場所 智恵子記念館内

生家の未だ見ぬ見処クイズ
 ■実施日 10月3日(木)~11月17日(日)
 生家に関するクイズに正解された方には、粗品を差し上げます。

「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演
 坂本富江氏(智恵子研究者・画家・作家)による読み聞かせ
 ■上演日時 10月14日(月・祝) 午前10時30分~正午
 ■場所 智恵子の生家内
 ■問い合わせ 熊谷 TEL:090-7075-6743
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期間中、さまざまなコンテンツが用意されています。10月14日(月)の「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」のみは、地元の智恵子顕彰団体・智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんの主催です。

さらにこの日は同会としての行事「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」も。

「智恵子純愛通り記念碑」は、智恵子生家/智恵子記念館駐車場に入る交差点の信号脇に佇む碑で、光太郎令甥の故・髙村規氏の揮毫によるものです。碑の前にちょっとしたスペースがあり、そこで野外集会的なことを行ったりもできるようになっています。

10時半からの「「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演」の前に、同会会員の方々や地元小中高生による光太郎詩朗読、智恵子と光太郎のことばを書いたボード設置等が行われ、紙芝居上演の後、ボード設置除幕式祝賀昼食会になだれ込むとのこと。

ちなみにボードは高村光太郎研究会会員でのあらせられる書家の菊地雪渓氏の揮毫だそうです。

ついでというと何ですが、同じ二本松でもう1件。

開館15周年記念特別企画展 成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展

期 日 : 2024年10月1日(火)~11月17日(日)
会 場 : 大山忠作美術館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 一般 800円(700円) 高校生以下 400円(300円) (  )内団体料金

 大山忠作美術館は、二本松市出身で現代日本画壇の重鎮として活躍した日本画家・大山忠作の作品を中心に収蔵・展示するとともに、大山の65年にわたる画業を永く顕彰する目的で、 2009年10月1日に開館いたしました。
 このたび、開館15周年を記念し、大本山成田山新勝寺特別協力のもと、大山が約二年の歳月をかけ完成させた、成田山新勝寺光輪閣「日輪の間」「月輪の間」襖絵《日月春秋》全二十八面を一堂に展示いたします。
 二本松の染物業を営む家に生まれた大山。描きたいものを描くという姿勢で、人物、花鳥、風景と題材は多岐にわたります。郷土をこよなく愛し、その想いを色濃く感じる作品も多く描いています。光輪閣の客殿に描かれた襖絵《日月春秋》は、日輪・月輪・瀧桜(春)・楓(秋)が構成され、春と秋の面では、ふるさと福島県の自然美が舞台となり、絢爛豪華でありながらも荘厳さに包まれた雄大な景観が描かれています。制作にあたり大山は、「大きな試練の場であり、精進の場でもありました」と述べています。画家としての一心な軌跡が凝縮された大山忠作の大作、襖絵《日月春秋》。今秋、ついに大山忠作美術館にやってきます!
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故・大山画伯、同郷の智恵子をモチーフとした絵画も複数描かれていますし、令和3年(2021)同4年(2022)、北條秀司作の「朗読劇 智恵子抄」で智恵子役を務められた一色采子さんのお父さまでもあらせられました。
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同展運営資金の一部を調達する目的でのクラウドファンディング(おかげさまで目標額を達成しました)をご紹介する際にも書きましたが、画伯の代表作の一つである成田山新勝寺光輪閣さんの襖絵全28面が初めて外に出ます。今年4月、将棋の名人戦七番勝負の第二局会場となった光輪閣さんで、藤井聡太七冠と豊島将之九段の死闘を見守った襖絵です。
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併せて足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

亡父や智恵子が十月のいい季節に死んでゐてくれたものと思ひました。


昭和24年(1949)10月11日 佐藤雪江宛書簡より 光太郎67歳

この年はちょうど智恵子の命日の10月5日に、花巻町中心部の古刹・松庵寺で智恵子と父・光雲の法要を営みました。何くれとなく光太郎の面倒を見ていた総合花巻病院長・佐藤隆房は病院の仕事が忙しかったのでしょう、欠席でした。代わりに妻の雪江が参列しました。

十月のいい季節に死んでゐてくれた」は、直後であれば何て言いぐさだ、という感じですが、10年以上も経過すると、暑くもなく寒くもなく、参列する人々にその部分で苦労をかけないという意味で、妥当な発言でしょう。

先例があるのかもしれませんが、面白いことを考えるものだな、と感心しました。県としての取り組みです。

東京にある福島ゆかりをめぐるスタンプラリー “ディスカバーふくしま in TOKYO”

期 日 : 2024年9月6日(金)~12月1日(日)
会 場 : 東京都内11ヶ所のラリースポット
 (1)野口英世像(上野)  (2)ウルトラマンシンボル像(祖師ヶ谷) 
 (3)巨大赤べこ(常盤橋) (4)瓜生岩子像(浅草) (5)松平定信墓(清澄白河)
 (6)三春桜(赤坂) (7)オリンピックマラソン折返点記念碑(調布)、
 (8)紺碧の空歌碑(早稲田) (9)レモン哀歌の碑(品川) (10)東京都庁(新宿) 
 (11)日本橋ふくしま館MIDETTE
料 金 : 無料

参加方法:
 スマートフォンの専用アプリをダウンロードの上、対象のラリースポットを訪問すると、GPS機能によりアプリ内でスタンプが取得できます。
 取得したスタンプ数に応じて、ふくしまの魅力ある賞品が当たります。

■賞品:参加賞、4スポット賞(250名)、7スポット賞(100名)、コンプリート賞(5名)
 ※参加賞はもれなくプレゼント、他は抽選制です。コンプリート賞はスタンプラリー限定のオリジナル赤べこ、他賞品の詳細は特設サイトをご覧ください。
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福島を代表するアイテムの「赤べこ」や「三春の滝桜」、そして都内に於ける県の拠点の一つにしてアンテナショップの「日本橋ふくしま館MIDETTE」さん、それ以外は福島出身者ゆかりのモニュメントなどですね。「ウルトラマン」が円谷英二の須賀川市、同じ須賀川から「マラソン」で円谷幸吉、「紺碧の空」は古関裕而で福島市と、ぱっと分かる方はかなりの福島通(つう)でしょうが(笑)。

ありがたいことに、二本松出身の智恵子関連で「レモン哀歌詩碑」も入れて下さいました。
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ところで、「あれ、ちょっと偏ってるな」という気もしました。福島県は最も内陸の「会津」、太平洋沿岸の「浜通り」、両者に挟まれた「中通り」の三地域に分けられますが、全地域に関わる「MIDETTE」さんを除くと、「浜通り」関連が皆無です。「浜通り」といえば、フラガールや相馬野馬追が有名ですし、さらには出身者として当会の祖・草野心平(笑)。まぁ、都内にはそれらに直接関わるモニュメントなどがないということなのでしょうか。

ちなみに賞品は以下の通り。
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奮ってご応募下さい。

それから、他の道府県、もしかすると市町村単位でも似たようなことが可能かも知れません。郷土愛を育むにはいい取り組みですので、各地の自治体の皆様、ご参考までに。

【折々のことば・光太郎】

山ではまだ花がさきません。山々にも雪が残って居り、風は中々寒いことです。それでもゼンマイ、コゴミの類は出て来ました。ヘビも出て来ました。木が多く伐られたので小鳥が少くなつたやうです。カツコウもホトトギスもまだ来ません。ウグヒスもまだ来ません。山鳩の声は時々ききますが。


昭和24年(1949)5月5日 椛沢ふみ子宛書簡より 光太郎67歳

」は桜です。「山々にも雪」は蟄居していた山小屋周辺というわけではなく、そこから見えるもっと高いところという意味でしょう。五月にウグイスがまだ鳴いていないというのは意外でした。

智恵子のソウルマウンテン、福島二本松の安達太良山腹で朗読会が開催されます。

安達太良山「智恵子抄」朗読会

期 日 : 2024年9月16日(月・祝)
会 場 : 薬師岳パノラマパーク 福島県二本松市永田長坂国有林
時 間 : 10:00~
料 金 : 5,000円(含ロープウェイ料金、昼食代)

ほんとの空がある安達太良山で「智恵子抄」の朗読をしてみませんか? 生涯の思い出に是非ご参加ください。

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智恵子の故郷・二本松で、智恵子顕彰事業をなさっている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんの主催です。

同会の発会20周年、さらに光太郎智恵子結婚110周年、光太郎の詩集『道程』刊行110周年記念だそうです。

朗読会会場は、安達太良山の奥岳登山口から出ているロープウェイで上がっていった山頂駅付近の薬師岳パノラマパーク。光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来で「この上の空がほんとの空です」と刻まれた標柱が立っています。
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同会ではたびたびこの場所での朗読会を開催してきました。平成28年(2016)の際の新聞報道がこちら

朗読会自体は10:00~の予定ですが、8:15に智恵子生家/智恵子記念館の駐車場を出発、二本松駅と岳温泉を経由して奥岳登山口まで会員の方の車で。事前に申請しておいて適当なところで乗せていただくということのようです。

終了後また車に分乗して、二本松市に隣接する大玉村の森の民話茶屋さんに移動、そこで昼食兼交流会、すべて終わったところでまた適当なところまで送っていただけるそうです。

紅葉シーズンには未だ早いかと思われますが、当日は、少し前にご紹介した「あだたらイルミネーション」期間中です。今年初めてお目見えした「「あ」のオブジェ」などもご覧頂けるかと存じます。

申込先等、フライヤー画像をご参照の上ぜひご参加ください。

【折々のことば・光太郎】

昨日は小学校の運動会があり、小生も競争に出ましたがビリでした。


昭和24年(1949)5月4日 宮崎稔宛書簡より 光太郎67歳

この年か翌年(日記が失われており、特定できません)の運動会の様子が、元山口小学校校長の浅沼政規の回想に綴られています。

 午後の競争が開始。年長組の《びん釣り競争》となりました。この競技へ先生の参加をお願いすると、快く出場して下さいました。競技が始まりました。
 ひときわ会場が賑やかになり、拡声器の音も、先生への応援も大きくなりました。
 一等、二等とゴールしてきます。先生は少し手間取ったようでしたが、釣れたびんを手に、大股で走ってゴールインしました。一同からすごい拍手です。
 そして、先生もみんなと一緒に会長席に向かい、会長から商品を受け取られました。
 「しばらくぶりで走ってみましたが、にわかに走ったものですから、遅れてしまいました。でも、みんなと走れて愉快でしたよ。」と、おっしゃいました。
 この時の先生の姿に接した部落の人たちは、自分たちと親しく交わって下さろうとするお気持ちに、感謝の念を深くしました。
(浅沼政規『山口と高村光太郎先生』平成7年=1995 高村記念会)

微笑ましいエピソードですが、単にそれだけではありません。戦前には「芸術家あるある」で「俗世間とは交わらない」、戦時中には一転して民衆を戦争に駆り立て、と、いびつな形でしか世の中と関わってこなかった光太郎、この花巻郊外旧太田村に住み始め、ようやく理想的な社会との関係性が構築できたようです。

主催者側発表には情報が無く、見に行かれた方のSNS等から「そうだったんだ」ということに気づく場合が時々あり、今回もそうでした。

福島ビエンナーレ2024"風月の芸術祭 in 白河―起" 

期 日 : 2024年8月24日(土)~9月15日(日)
会 場 : 福島県白河市
       白河市立図書館 りぶらん
        開館時間 10:00~20:00(土曜・日曜は9:30~18:00 休館日 月曜日)
       白河文化交流館コミネス
        開館時間 9:00~22:00(月曜は20:00まで 休館日 火曜日)
       しらかわ観光ステーション
        開館時間9:00~18:00 期間中無休
       マイタウン白河「風月の芸術祭」総合案内所
        展示時間10:30~18:30(施設は 9:00~21:00 期間中無休)
       旧脇本陣柳屋旅館蔵座敷
        開館時間 10:00~16:00(休館日 月曜日・祝日の際は火曜日)
       コミュニティ・カフェ EMANON
        営業時間 平日 15:00~20:00 土日 13:00~19:00(水曜・木曜定休日)
       翠楽苑
        開館時間 10:00~17:00(期間中無休)
       龍興寺
        展示時間 9:00~16:00
       だるまランド
        営業時間10:00~17:00
       南湖公園 芝生広場 湖畔 千世の堤 谷津田川(土橋~新橋)
料 金 : 基本的に無料、施設により要入場料

 本企画は、白河市の歴史、文化を基盤として、現代アートの創作、鑑賞、体験等の活動を展開するものです。
 「風月の芸術祭」というタイトルは、江戸時代の白河藩主、松平定信公の雅号「風月」に由来します。自然を愛で、文化を享受する心を伝えています。「風月」をテーマに、松平定信と関連する白河小峰城や南湖公園、白河関跡、奥州街道にある城下町の歴史・文化資源を活用し、多種多様なアート(絵画、彫刻、現代美術、書、文学、舞踊、演劇、映像作品、アニメーション等)の展覧会、上映や公演、講演会、シンポジウム、ワークショップを開催します。
 国際的なアーティスト等を招待し、地域住民との協働によって、雰囲気のあるまちづくり、地域を巡回して楽しめるエリア形成に取り組む中で、白河市を広くパブリック・リレーションズ( Public Relations; PR )します。

参加アーティスト
 吾子可苗/ 荒井経/ アヤ・カザリス/ 飯野和好/ 井波純/ 伊藤公象/ 伊藤有壱/
 今井トゥーンズ/ 大竹京/ 岡村桂三郎/ 金子富之/ カネコマスヲ/ 北村はるか/
 木下史青/ 黒沼令/ 鴻崎正武/ 小澤基弘/ 小松美羽/ 五味太郎/ 斎藤岩男/
 ダルライザー/ 柴﨑恭秀/ 白鳥建二/ 鈴木美樹/ ボンド・亜貴/ 関本創/ 鳥山玲/
 野沢二郎/ 灰原千晶/ 林剛人丸/ 萩原朔美/ 福井利佐/ 船井美佐/ 三沢厚彦/
 宗像利浩/ 森合音/ リチャード・ボンド/ 山田慎一/ ヤノベケンジ/ 艾沢詳子/
 与那覇大智/ 若木 るみ/ 王尽遥/ 渡邊晃一/

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「福島ビエンナーレ」。ビエンナーレですから2年に1度の開催。県内各地の自治体さんを持ち回りでメイン会場とし、今回は白河市が会場です。今回、というか、前々回、前回も白河市での開催でした。

かつて平成28年(2016)平成30年(2018)には智恵子の故郷・二本松市が会場となり、智恵子生家でも展示が行われました。平成28年(2016)には墨絵や版画などを手がけられている小松美羽氏、平成30年(2018)が切り絵作家の福井利佐氏が、それぞれ智恵子生家でのインスタレーションをなさいました。間に挟まれた平成29年(2017)には、福島ビエンナーレではない「重陽の芸術祭」で、清川あさみ氏の刺繍作品の展示も行われました。

さて今回、翠楽苑さんというところで小松氏の作品の展示が行われており、「智恵子抄」インスパイアの作品も、という情報をSNS上で見付けました。使用許可を頂きましたので、見に行かれた方の撮影された画像を転載させていただきます。
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なるほど、平成28年(2016)の智恵子生家での展示と確かによく似ています。智恵子と共に、安達ヶ原の鬼婆からのインスパイアもあるようです。

ちなみに平成30年(2018)に智恵子生家で智恵子抄オマージュの作品をを出された福井氏もご参加。作品は「マイタウン白河 ギャラリー」というところで展示されています。だるまをモチーフとした切り絵で、今回は光太郎智恵子と関わらないようです。

小松氏、福井氏、その後の令和2年(2020)と令和4年(2022)のビエンナーレにもご参加なさっていました。もしかするとその際にも「智恵子抄」がらみの展示があったのかも知れませんが、不明です。

さて、今回、他に絵本界の大御所・五味太郎氏、光太郎と交流のあった萩原朔太郎令孫の萩原朔美氏(映像作家でもあらせられたそうで、存じませんでした)、かつての重陽の芸術祭でのメインオブジェを作られたヤノベケンジ氏などもご参加。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

何よりもあせる事はよくありません。静かに着実に進むべきです。

昭和24年(1949)4月2日 鈴木政夫宛書簡より 光太郎67歳

鈴木は愛知岡崎出身の彫刻家。主に石彫を手がけていました。花巻郊外旧太田村に蟄居していた光太郎の元に押しかけ弟子を志願、それに対する返答の一節です。

智恵子と同郷で、智恵子を描いた作品も複数遺された文化勲章受章の日本画家、故・大山忠作画伯。女優の一色采子さんのお父さまでもいらっしゃいます。
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JR東北本線二本松駅前に大山忠作美術館があり、そちらで今秋、同館開館15周年特別企画展「成田山新勝寺所蔵 大山忠作襖絵展」が開催されます。

これまで門外不出だった画伯の代表作の一つである成田山新勝寺光輪閣さんの襖絵全28面が初めて他で展示されるということで、注目を集めています。光輪閣さんでも時折公開が行われるのですが、それもいつもというわけでもなく、滅多に見られません。

ちなみに光輪閣さん、今年4月、将棋の名人戦七番勝負の第二局会場となり、藤井聡太七冠と豊島将之九段が激突しました。その際の報道の画像、背景に問題の襖絵が映っています。
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その襖絵展に向けてのクラウドファンディングが進行中です。

大山忠作美術館開館15周年記念特別企画展|襖絵展開催に向けて

【かかる費用の総額】 1,400万円
運搬委託費(展示・保険含む) 建具工事委託費(襖を展示する枠事) 広告宣伝費
人件費  警備費  印刷費 

【クラウドファンディングの使い道】
運搬委託費(展示・保険含む) 建具工事委託費(襖を展示する枠事) 広告宣伝費
人件費  警備費  印刷費 などかかる経費の一部に使わせていただきます。

【目標金額】 1,000,000円
 目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができます(All-or-Nothing方式)。支援募集は9月12日(木)午後11:00までです。

【リターン】
 大山忠作襖絵展を応援コース
  感謝のメール
   3,000円 5,000円 10,000円
  感謝のメール、ノベルティグッズ
   30,000円 50,000円
  感謝のメール、ノベルティグッズ、大山忠作美術館図録、大山忠作作品のリトグラフ
   100,000円 200,000円
 大山忠作襖絵展を行って応援コース
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚
   5,000円 10,000円
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚、ノベルティグッズ
   30,000円 50,000円
  感謝のメール、襖絵展の観覧券2枚、ノベルティグッズ、大山忠作美術館図録、
  大山忠作作品のリトグラフ
   100,000円 200,000円
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昨日の段階で目標金額100万円に対し、支援総額65万5千円。あと34万5千円不足です。上に赤字で書きましたが、目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができるというシステムだそうで、このままでは成立しません。

当会としても支援を行いましたが、皆様にも是非宜しくお願い申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

「女性線」の詩は少々変なもので、フロイド学者の材料になりさうなものですが、事実見た夢の通りに書きました。


昭和24年(1949)3月6日 西田大三宛書簡より 光太郎67歳

「「女性線」の詩」は、「噴霧的な夢」。
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   噴霧的な夢

 あのしやれた登山電車で智恵子と二人、
 ヴエズヴイオの噴火口をのぞきにいつた。
 夢といふものは香料のやうに微粒的で
 智恵子は二十代の噴霧で濃厚に私を包んだ。
 ほそい竹筒のやうな望遠鏡の先からは
 ガスの火が噴射機(ジエツト・プレイン)
  のやうに吹き出てゐた。
 その望遠鏡で見ると富士山がみえた。
 お鉢の底に何か面白いことがあるやうで
 お鉢のまはりのスタンドに人が一ぱいゐた。
 智恵子は富士山麓の秋の七草の花束を
 ヴエズヴイオの噴火口にふかく投げた。
 智恵子はほのぼのと美しく清浄で
 しかもかぎりなき惑溺にみちてゐた。
 あの山の水のやうに透明な女体を燃やして
 私にもたれながら崩れる砂をふんで歩いた。
 そこら一面がポムペイヤンの香りにむせた。
 昨日までの私の全存在の異和感が消えて
 午前五時の秋爽やかな山の小屋で目がさめた。

まさにフロイト学派が泣いて喜びそうな夢判断が為されそうですね(笑)。

画像は昭和3年(1928)、箱根の大湧谷です。

智恵子の故郷・福島二本松の安達太良山で先週土曜日に開幕した「あだたらイルミネーション」について、地元紙『福島民友』さんが報じています。

母音があ段だらけの安達太良山 「あ」のオブジェお目見え、映え写真で話題 二本松市・あだたら高原リゾート

 福島県二本松市のあだたら高原リゾートで27日に始まったあだたらイルミネーション。ロープウエー山頂駅周辺の展望広場には「安達太良山」の「あ」にフォーカスした不思議モニュメント「【あ】のオブジェ」がお目見えした。母音があ段だらけの安達太良山で、阿武隈の山並みや安達太良の空をバックに「何これ?」と思わせるインスタ映え写真が撮影できると話題になっている。
 このほか、ロープウエー山頂駅内には「ADATARA LOVE&FLOWER」がテーマの花を題材とした「ビッグフラワーイルミネーション」が初披露された。
 点灯は午後7時~同9時。9月23日まで(8月26日以降は金ー日曜日と祝日のみ)。入場料は中学生以上700円、4歳~小学生500円。ロープウエー乗車券とセット料金もある。問い合わせはあだたら高原リゾート(電話0243・24・2141)へ。
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「【あ】のオブジェ」、「あだたら」の「あ」かと思っていたのですが、それも含め、「あだたらやま(ADATARAYAMA)」の母音全てが「あ(A)」だというところからの発想だそうで。

「ADATARAYAMA」を多項式のように表すと「A+DA+TA+RA+YA+MA」。これを因数分解すると、共通因数の「A」を括りだして「A(1+D+T+R+Y+M)」もしくは共通因数「A」は後ろに置いて「(1+D+T+R+Y+M)A」とした方がわかりやすいでしょうか。ちなみに多項式の展開や因数分解は中学校3年生の学習内容です。

閑話休題。「【あ】のオブジェ」、過日ご紹介したのは昼間の画像でした。
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今回のものは夜間のようですね。イルミネーションの点灯とともにライトアップされているのでしょう。たしかに「映え」ますね。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

予定通り十三日朝花巻を出かけて山に帰つて来ました。花巻は連日好晴で温かでしたが、山は夜など相当に冷えます。しかし山の空気は清澄で、花巻に比べると驚くほど爽快です。


昭和23年(1948)10月14日 宮崎稔宛書簡より 光太郎66歳

花巻町で智恵子と父・光雲の法要を済ませ、郊外旧太田村の山小屋に帰りました。花巻町の中心街からは20㌔ほどで、「山」と云っても急峻な山間部ではありませんが、20㌔の間、だらだらだらと長い坂をずっと上っていく感じで、気がつくと標高も高くなっていて、中心街とは明らかに気候が異なります。

この時期、標高1,700㍍の安達太良山も登山口まで登ればすでに高原の清涼さが味わえるのではないでしょうか。

昨日、プレスリリースが出ました。

60万球が光り輝く福島の夏の風物詩「あだたらイルミネーション」7/27(土)開幕 インパクト抜群な「あ」のフォトスポットが新登場!カラフルなインスタ映えメニューも多数!

富士急安達太良観光株式会社が展開する「あだたら高原リゾート」(福島県二本松市)では、2024年7月27日(土)~9月23日(月祝)の期間、「あだたらイルミネーション」を開催いたします。

今年で13年目を迎える本イベントは、冬はスキー場のゲレンデとして使われる広大な斜面に広がる名物「光の天の川」中心に、花や動物などをモチーフにしたイルミネーションで輝く、あだたら高原リゾートの夏の風物詩です。今年の見どころは、「夏の大三角形」や「北斗七星」といった夏の星座のイルミネーションを楽しめるほか、「ADATARA LOVE&FLOWER」をテーマに、花をモチーフとした東北初の「ビッグフラワーイルミネーション」や大きなハートのオブジェクトなど、夜の安達太良山を美しく彩るフォトジェニックなフォトスポットが多数登場します。

また、7月27日(土)より、「あだたらやま」の「あ」にフォーカスした新たな不思議モニュメント「【あ】のオブジェ」が、ロープウェイ山頂の展望広場に登場。よく見ると母音がア段だらけの「あだたらやま」で、阿武隈の山並みや安達太良の空をバックに、「何これ?」なインスタ映え写真を撮ることができます。加えて、ひらがなの「あ」がインパクト抜群な新メニュー「【あ】のチュロス」、「【あ】のソフトクリーム」、「【あ】のかき氷ソフト」も登場いたします。

夜だけではなく昼から来ても楽しめる「あだたら高原リゾート」はフードメニューも充実しています。ピリッと辛い「冷やし担々麺」やかき氷をたっぷりのせた「かき氷そば」、安達太良の夏の新定番、雪のようなふわふわ食感の冷たいスイーツ「あだたらスノーアイス」など、夏にぴったりのメニューが登場します。ぜひ、ご賞味ください。

この夏は、高村光太郎の智恵子抄で有名な「ほんとの空」、阿武隈の山々を見渡す絶景の大パノラマ、そして幻想的なイルミネーションを楽しみに、「あだたら高原リゾート」へぜひお越しください。

【「あだたらイルミネーション」概要】

開催期間     2024年7月27日(土)~9月23日(月祝)
  ※8月26日以降は、金・土・日・祝日のみの営業
営業時間     19:00~21:00  
  ※ロープウェイの上り最終20:30、下り最終20:50
料  金
 入場料 中学生以上700円、小学生以下500円
 入場料+ロープウェイ乗車料 中学生以上1,500円、小学生以下1,000円

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■【あ】のオブジェ
この夏、ロープウェイ山頂駅の旧スキーゲレンデの展望広場に「あだたらやま」の「【あ】のオブジェ」がフォトスポットとして新登場。様々なサイズの「あ」の文字が散りばめられた「【あ】の道」を抜けると、高さ約180cmのビッグモニュメント「【あ】のオブジェ」と、成長途中の生えかけの「【あ】のオブジェ」が、「【あ】の広場」に現れます。「あ」ぶくまの山々を背景に、豊かな成長を繰り返す「あ」だたらやまで、不思議な「あ」の映え写真を撮ることができます。イルミネーション期間にはライトアップされ、イルミネーションとともにお楽しみいただけます。あなたなりの「あ」の楽しみ方を見つけてみませんか?
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■【あ】の新メニューも登場!
「あ」のオブジェの登場とともに、「あ」をモチーフとした、「あ」のチュロス、「あ」のソフトクリーム、「あ」のかき氷ソフトが新発売!鮮やかな緑の木々や青い空にかざして写真を撮ると、インスタ映え間違いなしです。「あ」だたらやまで「あ」のフードをご賞味ください。
<新メニュー>
 「あ」のかき氷ソフト 600円 「あ」のソフトクリーム 500円 「あ」のチュロス 600円
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■夏のひんやりメニューを販売!
「富士急レストハウス」では、暑い夏にぴったりのメニューを販売いたします。夏のあだたらの定番スイーツとなった雪のようなふわふわ食感の「あだたらスノーアイス」や、イルミネーションと共にお楽しみいただける「光る氷ドリンク」、「光るかき氷」、ピリッと辛い「冷やし担々麺」、かき氷をたっぷりのせた「かき氷そば」もご賞味いただけます。
<フード・ドリンクメニュー> 
 光る氷ドリンク 600円 ブルースカイ(ブルーハワイ味)
 光るかき氷 600円 ブルースカイ(サイダー味)トワイライト(いちご味)
 あだたらスノーアイス 600円 (ストロベリー ・ ピーチ ・ チョコ)
 かき氷そば 800円  冷やし担々麺 900円
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【昼から来ても楽しめる魅力がいっぱい!】 
■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
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■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂で、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる「ほんとの空」を全身で楽しんでいただくことができます。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。

【施設概要】
 営業日  年中無休※メンテナンス休業あり
 営業時間  10:00~19:00(最終入館18:30)
 施設内容  収容可能人数80人(男女各40人)内湯(9㎡)、
      露天風呂(20㎡) ※男女別
 利用料金  大人700円/小人(4才~小学生)500円
 pH値  2.5(強酸性)
 泉質  単純酸性温泉
 適応症  神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え性
     疲労回復健康増進・慢性皮膚病
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「あだたら高原リゾート」営業概要
 営業時間 8:30~16:30※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照ください)
 お問い合わせ 
 福島県二本松市奥岳温泉  TEL:0243-24-2141
 アクセス 
 車 東京から東北自動車二本松IC(約150分)
   国道459号岳温泉経由・県道386号(約20分)
 鉄道 東京駅→郡山駅(東北新幹線約90分)
    郡山駅→二本松駅(東北本線約25分)
    二本松駅→岳温泉(福島交通バス約25分)
 岳温泉からタクシー約10分 

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

村長さんの娘さんから小包をうけとつてお礼を書いたハガキには甲州の山のクルミかと思つて申上げましたが、信州特産のクルミでは更に上等のわけであります。お心づくしが身にしみる思です。


昭和23年(1948)8月15日 石井鶴三宛書簡より 光太郎66歳

彫刻家・石井鶴三から信州産のクルミを貰った礼状から。かつて信州はクルミの名産地で、現代でも昔ほどではないものの産出が続いていると思います。上田市の当方亡父の実家にも大きな胡桃の木が一本、庭に生えていました。「かつては」というのは、戦前。戦時中になると、クルミの木材が小銃の銃床に最適だというので、乱伐が進んだためです。

智恵子の故郷・福島県二本松市にほど近い郡山市からイベントの情報です。といっても、智恵子がらみではありませんで、当会の祖・草野心平関連です。

郡山市中央図書館映画会「草野心平 ほとばしる詩魂」

期 日 : 2024年7月27日(土)
会 場 : 郡山市中央図書館3階視聴覚ホール 福島県郡山市麓山一丁目5-25
時 間 : 午前10時~/午後2時~   (※上映時間の30分前開場および整理券配布)
料 金 : 無料(先着100名)

スケールの大きな生命への賛歌、孤独をみつめる勇気、また植物や動物さらには鉱物とも共に生きようとする独特の共生感。優しさ、激しさ、軽やかさ、深さ---様々な表情をみせる心平の作品を「みる」「きく」「感じる」ためのDVD。

自筆原稿、書、絵画、写真などの豊富な資料と、心平が生まれ育った小川町の美しい自然、晩年を過ごした川内村 天山文庫等の映像で構成。

「ごびらっふの独白」「青イ花」「誕生祭」(以上、草野心平朗読)

「猛烈な天」「えぼ」「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉」
「蛙つりをする子供と蛙」「いいのか」「殺虐の恐怖のない平凡なひと時の千組の中の一組」
「秋の夜の会話」「蛙は地べたに生きる天国である」「上小川村」「デンシンバシラのうた」
「心平」「魚だつて人間なんだ」「牡丹園」「百姓といふ言葉」「わが抒情詩」
「おたまじゃくしたち四五匹」(以上、粟津則雄朗読)

「冬眠」「生殖Ⅰ」「月の出と蛙」「おれも眠らう」「Nocturne. Moon and Frogs.」
「天気」「遠景」

 ≪2006年/日本/52分≫
《朗読・出演・監修》粟津則雄 ​《協力》いわき市立草野心平記念文学館
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010「映画会」といっても、劇場公開された作品ではないようです。平成18年(2006)、QUESTさんという会社から発売されたDVDですね。心平自身の自作詩朗読も含まれ、さらに心平と親しかった故・粟津則雄氏による朗読、それからクレジットがないのですがプロの方の朗読も含まれているのでしょう。

こういうDVDがリリースされていたというのは存じませんでした。で、ジャケット画像を見て「ありゃま!」。光太郎による心平詩集『第百階級』(昭和3年=1928)序文の一節が取り上げられています。曰く「彼は蛙でもある。蛙は彼でもある。しかし又そのどちらでもない。」。

この序文、心平という詩人、その詩的世界(それはまた光太郎が追い求めた世界ともある部分で一致します)をこれほどまで的確に表した文章が他にあろうか、というものです。「詩人とは特権ではない。不可避である。詩人草野心平の存在は、不可避の存在に過ぎない。」「詩人は断じて手品師でない。詩は断じてトウル デスプリでない。根源、それだけの事だ。」「トウル デスプリ」は仏語で「tour d'esprit」。「性格」「傾向」と言った意味です。

DVDの中で光太郎と心平の交流等、粟津氏が解説なさっているのではないかと思われます。それから、心平の生まれ育ったいわき市、過日、心平を祀る第59回天山祭りが開催された川内村などの映像。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

雑誌「心」の小生の詩をよんで下さつた趣感謝しました。貴下は分かつて下さるでせうが、随分ひんしゆくされさうな内容なのでした。その後電車沿線にある山間の温泉にまゐり、混浴の大きな浴槽にひたりながら野性を帯びた老若男女の逞しい裸体を見て大いに渇を医やしました。製作の出来ないのが残念です。

昭和23年(1948)7月11日 宮崎丈二宛書簡より 光太郎66歳

「雑誌「心」の小生の詩」は「人体飢餓」です。
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    人体飢餓

  彫刻家山に飢ゑる。
  くらふもの山に余りあれど、
  山に人体の饗宴なく
  山に女体の美味が無い。
  精神の蛋自飢餓。
  造型の餓鬼。
  また雪だ。

  渇望は胸を衝く。
  氷を噛んで暗夜の空に訴へる。
  雪女出ろ。
  この彫刻家をとつて食へ。013
  とつて食ふ時この雪原で舞をまへ。
  その時彫刻家は雪でつくる。
  汝のしなやかな胴体を。
  その弾力ある二つの隆起と、
  その陰影ある陥没と、
  その背面の平滑地帯と膨満部とを。

  脊椎は進化する。
  頭蓋となり骨盤となる。
  左右の突起が手足となる。
  腱があやつり肉が動かし、
  皮膚は一切を内にかくして
     又一切をこまやかに曝露する。
  造形はこの肉団を生(なま)では食はない。
  ばらばらにしてもう一度014
  高度の人体に組み立てる。
  けれども彫刻家の食慾は
  まずその生(なま)をむさぼり食ふ。
  天文学的メカニスムの大計算は
  それから起る獰猛エネルジイの力動作用(トラヴアイユ)。
  知性はこの時ただ一連の精密コムパだ。

  雪女はつひに出ない。
  雪はふぶいて小屋をゆすり、
  雪片ほしいままに頬をうつ。
  彫刻家は炉辺に孤坐して大火(おおび)を焚き、
  わづかに人体飢餓の強迫を心に堪へる。
  強迫は天地にみちる。
  晴れた空に雲の伯爵夫人は白く横はり、
  ブナの木肌は逞しい太股(ジゴ)を露呈し、016
  岩石に性別あり、
  山山はすべて巨大なトルソオである。
  火龍(サラマンドラ)を火中に見たのはベンベヌウト。
  彫刻家は燃えさかる火炎に女体を見る。

  戦争はこの彫刻家から一切を奪つた。
  作業の場と造型の財と、
  一切の機構は灰となつた。
  身を以て護つた一連の鑿を今も守つて
  岩手の山に自分で自分を置いてゐる
  この彫刻家の運命が
  何の運命につながるかを人は知らない。
  この彫刻家の手から時間が逃がす
  その負数(モワン)の意味を世界は知らない。
  彫刻家はひとり静かに眼をこらして017
  今がチンクチエントでない歴史の当然を
  心すなほに認識する。
  現代の肖像をまだニツポンは持ち得ない。
  岩手の山の貧しいかぎり、
  この現実はやむを得ない。
  あの珍しく彫刻的なコマンダンの首も
  つひに無縁に終るだらう。
  同時代のすぐれたいくつかの魂も
  造型的には無に帰して消えるだらう。
  彫刻家山に人体に飢ゑて
  精神この夜も夢幻(ゆめまぼろし)にさすらひ、
  果てはかへつて雪と歴史の厚みの中の
  かういふ埋没のこころよさにむしろ酔ふ。

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花巻郊外旧太田村で暮らし始めて2年半が過ぎました。当初は若い頃から憧れていた辺境での自由な生活の実現、山の中に文化集落を作るといった無邪気な夢想もあったのですが、続々届く友人知己等の戦死の報や、中央で巻き起こった戦犯糾弾の声などから、徐々に自らの戦争責任を省察せざるを得なくなります。

光太郎は戦犯として訴追されることは免れたものの、それで「助かった」ではなく、自らに罰を与える方向に舵を切ります。すなわち「自己流謫(るたく)」。「流謫」は「流罪」に同じです。

といって、幾ら不便とはいえ、ただ山中に暮らしているだけでは罰を与えることには成りません。そこで、考え得る限りの最大の罰として、「私は何を措いても彫刻家である」と自負していたその彫刻を封印することにしました。

ところが、それはあまりにも過酷な罰。吹雪の夜に見る夢や、凝視する囲炉裏の火に、彫刻すべき人体が幻のように見え、しかし、それを形にすることは叶いません。混浴の温泉(ちなみに書簡に書かれているのは鉛温泉の白猿の湯です)に浸かっていても考えるのは人体彫刻……。

戦争はこの彫刻家から一切を奪つた。」と、恨み言の一つも言いたくなるでしょう。しかし、それを書簡では「随分ひんしゆくされさうな内容」としています。

こうした生活が昭和27年(1952)、青森県から「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作依頼が来るまで続きます。

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