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先週の『福島民友』さんと『福島民報』さんの記事です。 昨年12月のこのブログでご紹介した、ほんとの空を守るPR隊 「二本松少年隊」に関して。 

「二本松少年隊」結成 3月のDCイベントでデビュー

 今春の大型観光企画「ふくしまデスティネーシ004ョンキャンペーン(DC)」に向け、二本松市の官民26団体でつくる「ふくしまDC二本松市推進委員会(通称・二本松おもてなし隊)」は10日、同市PR隊「二本松少年隊」を結成し、第1期隊士メンバー11人を発表した。
 同隊は二本松の「ほんとの空」を守り、二本松の素晴らしさを全国に伝えるのが役目。昨年11月から隊士(メンバー)を募っていた。
 メンバーは3月29日に同市の市民交流センターで開かれるDCスタートイベントでデビューする。今後、土、日曜日、祝日の活動を中心に殺陣やダンスなどのパフォーマンスを繰り広げ、4~6月のDC期間終了後も、年間を通じ各種観光イベントに参加していく。
 第1期隊士メンバーは、同市内外から集まった平均年齢21.2歳の16~31歳の高校生や大学生、会社員などの男性3人、女性8人。今後、2班に分かれての活動を基本に、それぞれ実際の二本松少年隊士にちなんだ名前を付ける。隊士に不足が生じた場合は第2期隊士の募集も検討する。
 同委員会会長の新野洋市長と二本松観光協会の安斎文彦会長は10日、同市役所で記者会見し、「新市合併10周年とDC本番に向け、少年隊士を顕彰しつつ、二本松の魅力を全国に発信していきたい」と語った。メンバーは「二本松の歴史を学びつつ、大好きな二本松を全国にPRしたい」と決意を新たにした。
(2015年1月11日 福島民友トピックス)
 

現代版「二本松少年隊」結成 古里PR いざ出陣!

 ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)に向け、二本松市推進委員会(二本松おもてなし隊)は市をPRする現代版「二本松少年隊」を結成した。10日、推進委員会長の新野洋市長が記者会見し、メンバーを発表した。
 「二本松少年隊」は二本松、郡山両市と大玉村の16歳から31歳までの男女11人。声優を目指す学生や演劇部に所属する高校生、国際協力機構(JICA)二本松青年海外協力隊訓練所の職員らで構成している。
 新野市長は「戊辰戦争で郷土を守るため若くして散った『二本松少年隊』の志を酌み、しっかりと市をPRするためのパフォーマンス集団にする。DCを盛り上げたい」と抱負を述べた。安斎文彦二本松観光協会長も同席し、メンバーを激励した。
 メンバーは今後、毎週土曜日を中心に、戊辰戦争や二本松少年隊などについての座学や殺陣の練習に取り組む。市内の劇団HEROS ACTION CLUB代表の広瀬和重さん(50)が殺陣などアクションを指導し、3月29日に同市市民交流センターでお披露目会を開く。DC期間後も年間を通じて活動し「二本松の菊人形」などのイベントにも参加する。メンバーは次の通り。
 中嶋哲也(二本松、JICA二本松)渡辺晴香(大玉、NOKエラストマー)栗城千鶴(郡山、郡山萌世高一年)鹿野ひとみ(二本松、MTS&プランニング)斎藤倫明(二本松、福島大四年)斎藤葵(二本松、安達高二年)鹿野康平(二本松、福島西高二年)菅野純麗(二本松、ケイセンビジネス公務員カレッジ)渡辺芽斐(二本松、二本松市臨時職員)斎藤美祐紀(二本松、障害者福祉施設・すばる)菅野愛華(二本松、安達高二年)
(福島民報 2015/01/11 08:22 )
 
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皆さん、凛々しいですね。今後の活躍に期待します。
 
ところで、記事中に出てくる「ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)」とは何ぞや? 
 
そもそもはJRさんの旅客6社(北海道・東日本・東北・西日本・四国・九州)と、指定された自治体等がタイアップして行う観光キャンペーンです。
 
今年度は新潟県、山形県、和歌山県、京都市が指定され、それぞれにいろいろなイベント等が行われました。来年度は、福島県、大分県、そして富山・石川・福井が3県合同で指定されています。
 
福島では「福が満開、福のしま。」をキャッチフレーズに、4月1日〜6月30日という日程で行われます。詳細はまたのちほどご紹介します。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月20日

昭和18年(1943)の今日、青磁社から『続仏蘭西詩集』が刊行されました。 
 
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 左は函、右は扉の画像です。
 
光太郎翻訳のヴェルハーレン「午後の時」の14~24が掲載されています。1~13は、というと、これに先立つ昭和16年(1941)に同じ青磁社から刊行された『仏蘭西詩集』に掲載されています。
 
元々は『明星(第二期)』、『向日葵』、『至上律』などの雑誌に断続的に発表されたものです。

新刊です。  

空の走者たち

増山実著 2014/12/08 角川春樹事務所  定価 1600円+税
 
2020年4月18日――。通信社の若手記者・田嶋庸介は興奮していた。陸運から発表された東京オリンピック女子マラソン日本代表3名の中に、円谷ひとみの名があったからだ。田嶋が7年前にこの少女と出会ったのは、福島県須賀川市。そこは、1964年の東京オリンピックマラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉と、ウルトラマンの生みの親・円谷英二の故郷であった。当時の円谷ひとみは、陸上をやめ、自分のやりたいことが見えずに暗中模索中の高校2年生。なぜ彼女は、日本を代表するランナーへと成長できたのか。その陰には、東京オリンピックと「あどけない青空」によって結ばれた、不思議な出会いがあった……。須賀川、宝塚、東京、ハンガリー。どんなに雨が降り続こうとも、いつか必ず見えるはずの青空を思い、それぞれの空の下を懸命に駆け抜けた走者たちの物語。
 
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主な舞台は福島県須賀川市。光太郎の「智恵子抄」に収められた「あどけない話」が重要なモチーフになっています。
 
昭和39年(1964)の東京五輪・男子マラソン銅メダリスト円谷幸吉、「特撮の神様」・円谷英二。ともに須賀川の出身で、親戚だそうです。さらに『おくのほそ道』の旅で須賀川を訪れた松尾芭蕉や、東日本大震災で被災した架空の少女たちが織りなす物語。クライマックスは平成32年(2020)の2度目の東京五輪。平成25年(2013)、昭和40年(1965)、そして元禄2年(1689)。それぞれの須賀川をつなぐキーワードが「空」。さらにはマルセル・プルースト『失われた時を求めて』、坂本九、ゴジラ、ザ・ビートルズ、銭湯、大阪万博……。
 
スポ根的要素、SF的要素、昭和懐古的要素、震災復興支援的要素と、てんこ盛りの一冊です。
 
ぜひお買い求めを。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月8日

昭和28年(1953)の今日、終の棲家となった中野のアトリエで、煙突掃除をしました。
 
十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)を制作していた時期で、この日は午前中に手の試作を仕上げています。夕方から、詩人の藤島宇内に手伝ってもらって、煙突掃除。これはストーブからつながっていたものでした。
 
最近は、レンガ造りのイミテーションを除き、一般家庭で「煙突」という物体を見ることがほぼなくなりましたね。

福島から企画展の情報です。  

平成26年度所蔵品展 草野心平と高村光太郎 往復書簡にみる交友 

   いわき市立草野心平記念文学館 福島県いわき市小川町高萩字下タ道1番地の39
   平成27年1月17日(土曜日)から3月22日(日曜日)まで(月曜休館)
   午前9時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
   一般430円(340円)高校・高専・大学生320円(250円)
      小学生・中学生160円(120円) 
※( )内は20名以上の団体割引料金

 1948年から1952年にかけての草野心平と高村光太郎の往復書簡をとおして、それぞれの創作活動とそれにともなう葛藤や苦悩などを紹介します。あわせて、心平が光太郎について記した日記をはじめ、詩集等の書籍、そして光太郎の彫塑などにより二人の交流をたどります。展示点数50点。

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昭和初期から、光太郎が歿する同31年(1956)まで、固い絆で結ばれた二人の軌跡をたどる展覧会です。固い絆、ということをいえば、光太郎没後も心平はその顕彰活動に先鞭を付け、発展させ、自身が歿する昭和63年(1988)まで、それは途絶えませんでした。
 
会期も比較的長い展覧会です。ぜひ御都合をつけ、足をお運び下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月5日

平成14年(2002)の今日、テレビ朝日系でスペシャル番組「文豪の愛した北の宿」が放映されました。
 
旅人はシンガーソングライター・みなみらんぼうさん。石坂洋次郎らの訪れた老舗旅館等をめぐる番組で、最後に光太郎智恵子が取り上げられました。
 
二本松(当時は安達町)の智恵子生家、記念館、裏手の「樹下の二人」詩碑のある鞍石山からのレポートの後、一昨年に火災により焼失してしまった福島市郊外の不動湯温泉を訪れたみなみさん。光太郎智恵子の泊まった部屋や、光太郎が書いた宿帳を見せてもらっていました。
 
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この部屋も宿帳も灰になってしまった今、動画として残っている貴重な記録です。

福島は郡山から講座の情報です。 

文芸作品の鑑賞~名作への旅~

日本、外国の小説・紀行文・詩歌・俳句・000随筆などの名作を鑑賞し、その歴史や文化にも触れ、当時の面影を辿ります。4月期は、「宮澤賢治」童話と詩、高村光太郎「智恵子抄」を取り上げます。
 
期 日 : 2015/1/9~3/27 の第2・4金曜  全6回
会 場 : 10:00~12:00
時 間 : NHK文化センター郡山教室
                   郡山市麓山1-5-21 NHK郡山放送会館内
料 金 : 10,044円 (税込み)  

 師 : 元日本大学教授・文芸家 永塚功
申 し 込 み   NHK文化センター郡山教室  024-933-0022
 
いわゆるカルチャー教室、市民講座の類ですね。
 
「生涯教育」という語は定着しました。知的探求心を持ち続けるのは大切なことだと思います。福島の皆さん、ぜひ、お申し込み下さい。
 
当方もぽつぽつこの手の講座の講師等、やらせていただいています。今年も数回、講師としてお声がけいただいております。これからお考えの団体さん、日程さえ合えば、条件は二の次でお受けいたします。こちらまでご連絡下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 拾遺】 1月2日
 
昭和17年(1942)の今日、日本女子大学校発行の『家庭週報』に、詩「新しき日に」が掲載されました。
 
  新しき日に001
 
新しき年真に新たなり。
東方の光世界に東方の意味を宣す。
幾千年の力鬱積していま爆発するのみ。
東方は倫理なり。
東方は美なり。
断じて西暦千幾年の弱肉強食にあらず。
世界の人類倫理に飢う。
飢うるものにわが食を与ふるなり。
わが食は道なり。
道を体するもの東方日出づる国に住む。
その一挙一動は中正にして愛に満つ。
死はかろく義はおもく、
古来東方の女性 ことごとく美し。
その美驕らず出しやばらず、
内に湛へて堅忍の力あり、
男子みなその力に支へらる。
世界の歴史いま新たなり。
東方の倫理世界に布く。
美しき東方の女徳いよいよ凛たり。
 
 
戦時中の作品ということで、きな臭い部分もあり、ヘイトスピーカーが喜びそうです。そういった部分は抜きにして、日本人としての気概を表した「道を体するもの東方日出ずる国に住む。その一挙一動は中正にして愛に満つ。」といった一節は非常に良いですね。第一、ヘイトスピーカーの言動は「中正にして愛に満」ちていませんし、「道を体する」とは絶対に言えません。

昨日の『毎日新聞』さんの、おそらく福島版だと思うのですが、以下の記事が載りました。 

<師走の風景>「ほんとの空」求め宿泊予約殺到――安達太良山

「元旦に福島の空を見よう」――。詩人、高村光太郎の妻智恵子が「ほんとの空」があると言った安達太良山(標高1718メートル)の中腹にある山小屋「くろがね小屋」には、今年の大みそかも宿泊予約が殺到し、小屋番たちは準備に大わらわ。まさしく師走だ。
 
 宿泊客の目当ては、31日恒例の年越しそばと、餅つき。みんなでお餅を食べた後は、初日の出を見るために「天気と元気次第」で頂上を目指す。
 
 「今年こそは大みそかに泊まろうと思ったけど、両親のいる故郷に帰ることになって」。26日に埼玉県から妻と訪れた50代男性はそう語り、「今年最後の泊まり納めを楽しもうとやってきました」。
 
 厳冬の雪山だから、冬登山の装備と心得がなければ小屋にすら、たどりつけない。小屋に着いても、強風とガスで山頂は視界の悪い日が多く、冬季に「ほんとの空」を拝める日は少ないという。
 
 それでも、関東方面からの登山客は多く、「風評被害」は感じられない。客層は中高年が中心だが、最近は20代の若者も増えた。
 
 26日、記者も一足早く山頂に登ったが、強風と地吹雪で登山客の姿はなかった。元日こそは好天を!【栗田慎一】
 
なるほど、安達太良山頂から、「ほんとの空」に昇る初日の出を見るというのも素晴らしいでしょうね。
 
 
他にも初日の出名所として、光太郎智恵子がらみの地がいくつか有名です。
 
当方生活圏では、千葉県の犬吠埼。大正元年(1912)夏、結婚前の二人が愛を確かめた場所です。
 
緯度、経度等の関係で、離島や高山の山頂を除き、日本一早い初日の出が見られます。明後日は午前6寺46分です。
 
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それを目当てに訪れる方が多く、JR東日本さん、銚子電鉄さんでは終夜運転、様々なイベントが予定されています。
 
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少し南下すると、九十九里浜。その中央の片貝海岸付近には、昭和9年(1934)、統合失調症だった智恵子が療養していました。
 
こちらでも元旦祭が行われます。
 
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さらに、山梨県南巨摩郡富士川町高下地区。こちらは昭和17年(1942)、「日本の母」顕彰のため、光太郎が訪れ、それを記念して光太郎文学碑も建てられています。
 
ここでは、富士山頂から昇る初日の出、いわゆる「ダイヤモンド富士」が見られるそうです。
 
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こうしたポイントは、かなりの人出(特に犬吠埼では交通規制もしかれます)ですが、特別な場所で見る初日の出もいいものでしょう。当方、余力があれば九十九里に行ってみようと思っています。今年の元旦もそう思っていましたが、結局起きられませんでした(笑)。
 
さて、元日の夜は、再放送ですが、以下のテレビ放映があります。 

いにしへ日和 #122 岩手県・花巻市・高村光太郎と大沢温泉

BS朝日 2015年1月1日(木) 22時54分~23時00分
 
日本の東国各地をめぐり、歴史上の人々が残した足跡をたどります。美しい景色の中に息づく「時の記憶」。旅をしながら、現在と過去を自由に行き来する。そんな気分を味わう番組です。時をこえ、小さな旅に出かけよう。今日は、いにしへ日和…日本の各地をめぐり、歴史上の人々が残した足跡をたどります。
 
高村光太郎は、1945年花巻に疎開し、7年の間、この地で過ごしました。 光太郎62歳。最愛の妻・智恵子も既に他界し、東京大空襲で自宅とアトリエを失ってやってきた花巻。 そんな光太郎が「本当の温泉の味がする」と、何度も訪れた大沢温泉を訪ねます。
 
出演 ナレーター キムラ緑子
 
 
本放送は先週木曜日でした。
 
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5分間番組ですが、ぜひご覧下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 12月30日
 
昭和43年(1973)の今日、角川書店から伊藤信吉著『鑑賞智恵子抄』が刊行されました。

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 伊藤信吉は光太郎と交流のあった詩人です。400ページ近い大著で、的確な視点で『智恵子抄』およびその後の諸作品が解説されています。
 
当方、有名な古書店、扶桑書房さんが鎌倉に店を構えていた頃、ここで購入しました。帰宅してから気づいたのですが、見返しに著者の伊藤信吉から、やはり詩人の鳥見迅彦に宛てた献呈署名が入っていました。鳥見も光太郎と交流があり、自身の詩集『けものみち』(昭和30年=1950)の題字を、光太郎に揮毫してもらっています。
 
不思議な縁を感じました。
 
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福島からの情報です。

ほんとの空を守るPR隊 「二本松少年隊」大募集!

二本松を活気づけるPR隊「二本松少年隊」メンバー大募集!
二本松のために頑張る方、殺陣やダンスに興味がある方、ぜひご応募ください。
二本松に熱い思いを抱く方々の応募をお待ちしております!
 
応募資格
高校生~30歳代までの健康な男女。市外在住の方でも構いません。二本松市に通える方が条件となります。
 
応募方法
応募用紙に必要事項を記入の上、二本松おもてなし隊(二本松市観光課)まで、持参・郵便・電子メールにてご応募ください。
郵便での応募の場合は16日(火曜日)まで消印有効とします。
郵送の場合 〒964-8601福島県二本松市金色403番地1 二本松おもてなし隊あて
メールの場合 応募用紙をダウンロードし、必要事項を必ず記入の上、応募してください。
送信先:
kankorisshi@city.nihonmatsu.lg.jp  応募用紙 [PDFファイル/935KB]
 
応募期限 12月17日(水曜日)まで ※郵便での応募の場合は12月16日(火曜日)まで消印有効とします。
 
オーディション
応募用紙を提出していただいた後、オーディションを行います。
•簡単な動きやセリフを読んでいただくので、動きやすい服装でご参加ください。
•12月21日(日曜日)午前10時より二本松市民交流センター(二本松駅前)で実施します。
•応募者全員に12月18日(木曜日)に確認の連絡をいたします。
 
その他
基本的にボランティアでの活動となりますが、ダンスレッスン・演技指導・メイク指導など、無料で受講できます。専用の衣装や小道具などはこちらで用意します。
 
問い合わせ
二本松おもてなし隊(二本松市観光課) 電話:0243-55-5095
 
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既に二本松では、ご当地ヒーロー「光の戦士ツインウェイターが「ほんとの空」を取り戻すため、安達ケ原の鬼婆伝説を基にした怪人と戦っていますが、これで強力な助っ人が誕生することになりますね(笑)。手を携えて「ほんとの空」を守って欲しいものです。
 
市外からも応募できますが、当方は年齢のため、応募資格に合致しません。該当する皆さん、「30歳代までで『少年』か?」という突っ込みは入れずに、ぜひとも立ち上がって下さい(笑)。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 12月11日
 
昭和20年(1945)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、コタツの組み立てを始めました。
 
この日の日記の一部です。
 
昨日来雪やまず一尺ほどつもる。ひる晴れて太陽あたたかし。風にて雪が空をとぶ。壮観なり。積雪のため学校にゆけず。コタツ組立にかかる、資材あしきため困難。 人来たらず、終日雪ぐもり。

福島は二本松で智恵子顕彰活動をされている智恵子のまち夢くらぶ代表の熊谷氏から、パリ研修のレポートをいただきました。
 
10月27日から11月3日までの行程で、「高村光太郎留学の地芸術の都パリ研修」と銘打ち、光太郎が住んでいたアパルトマン兼アトリエ、光太郎が訪れた場所、光太郎と関係の深い人物ゆかりの場所などを廻られたそうです。
 
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こちらは光太郎が暮らしていた建物。
 
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Boulevard de Raspail (ラスパイユ大通り)とRue Campagne-Premièr(カンパーニュ・プルミエール通り)の交わるあたりです。
 
光太郎が暮らしていた明治41年(1908)から42年(1909)頃、同じ建物の階上にはリルケが住み、ロダンもここを訪れていました。また、近くにはロマン・ロランも住み、「ジャン・クリストフ」を書いていたとのこと。
 
光太郎はアトリエに近いアカデミーグランショミエール(L'académie de la Grande Chaumière)に籍を置き、クロッキーを学びましたが、もっぱら見物に歩き回っていたといいます。
 
数年前に、光太郎帰国後の明治45年(1912)に雑誌『旅行』に載せた「曽遊紀念帖」という文章を見つけました。
 
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これを読むと、パリで何をやってたんだ? と突っ込みたくなりますが、こうした雰囲気のパリと、伝統と格式に縛られた日本のあまりの差異に打ちのめされ、かえって何もできないでいたのです。
 
いずれ当方もゆっくりとパリでの光太郎の足跡を追ってみたいと思っています。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 12月1日
 
平成19年(2007)の今日、テレビ東京系「美の巨人たち」で、「高村光太郎 彫刻 手」が放映されました。
 
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メインは大正期のブロンズ「手」でしたが、十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)の手にも触れました。
 
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地方紙で光太郎智恵子関連、3件ヒットしています。
 

復興願い演奏会 郡山

福島民報 11月24日(月)9時14分配信
 
 ふくしま再生プロジェクトの会(代表・田母神顯二郎=けんじろう=明治大文学部教授)主催のイベント「ふくしま、ひとしずくの物語~再生への祈りを込めて」は23日、福島県郡山市のビッグアイ・市民交流プラザで開かれた。
 同会は、朗読やコンサートを通して被災者らに癒やしと憩いの場を提供。県外でチャリティーイベントを実施し、福島の現状を伝える活動を続けている。
 今回は、第一部で世界的口笛奏者の柴田晶子さんとメジャーデビューしているピアニスト松田光弘さん、本県出身で仮設住宅への慰問などを続けているバイオリニスト山本智美さんの3人によるミニ・コンサートを開催した。第二部では智恵子抄の朗読と、10月に東京都で実施したイベントの際に、県民に向けて寄せられた応援メッセージの紹介などが行われた。
 市内の仮設住宅の住民らも含め参加した約70人は、心に染みるコンサートの音色や朗読に静かに聞き入っていた。
 
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また、同じ『福島民報』さんでは、当方が成田空港まで見送りに行った、智恵子のまち夢くらぶさんパリ研修についても報道されました。 

智恵子ファンがフランスへ

福島民報11月25日(火)10時24分配信
 
 福島県二本松市の市民団体「智恵子のまち夢くらぶ」は発会10周年を記念し、8日間の日程でフランス・パリを視察した。
 高村智恵子生誕の地・二本松で、智恵子と彫刻家・詩人で夫の光太郎の遺徳を顕彰している。今回は光太郎留学の地を一目見ようと視察を企画した。エッフェル塔やパリ滞在中に暮らしていた住宅、美術館などを訪れた。
 代表の熊谷健一さんは「町じゅうが博物館のようで、パリの人は日常的に文化芸術に触れている。私たちも見習いたい」と夢を語っていた。
 
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こういうこともニュースになるんですねぇ。
 
 
最後に「報道」というわけではないのですが、『神戸新聞』さんの一面コラムです。

正平調 2014・11・21

パラパラ漫画、である。ノートや教科書の隅に小さな絵を描いて、めくっていくと絵が動く。国語や算数の授業が、さらに高校の物理も大学の経済学も、図工の時間と化した覚えが、ないとは言わない◆このパラパラ漫画を使ったアニメ作品で今、引っ張りだこなのがお笑いタレントの鉄拳さんだ。NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」に出てきたアニメと言えば、思い浮かぶ方も多いだろう◆インタビューを読むと、手書きにこだわり、1分間のアニメを作るのにおよそ360枚を描くという。1作品で最低2千枚というから、これは職人技の手仕事である◆その鉄拳さんのアニメが、きょうからJR西日本の駅や車内の画面で流れる。忘年会シーズンを前に、転落事故防止キャンペーンに一役買うそうだ。この冬はディズニーの新作宣伝も手がける多忙ぶりで、お笑いの方は休業中とか◆手仕事のイメージから、勝手に工房のような仕事場を想像してみる。例えば、高村光太郎の詩集「をぢさんの詩」にあるような。「冬日さす南の窓に坐(ざ)して蝉(せみ)を彫る/時処をわすれ時代をわすれ人をわすれ呼吸をわすれる」(「蝉を彫る」より)◆呼吸をわすれた作家の周りを、ゆったり時間が流れる。作品に、見る人がふと立ち止まる一こまを刻むために。パラパラ漫画の奥深さよ。
 
鉄拳さんと光太郎を結びつけるという発想は当方にはありませんでした(笑)。
 
引用されている詩「蝉を彫る」は昭和15年(1940)の作。すでに智恵子亡く、孤独なアトリエでの一コマです。
 
    蝉を彫る
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冬日さす南の窓に坐して蝉を彫る。
乾いて枯れて手に軽いみんみん蝉は
およそ生きの身のいやしさを絶ち、
物をくふ口すらその所在を知らない。
蝉は天平机(てんぴやうづくゑ)の一角に這ふ。
わたくしは羽を見る。
もろく薄く透明な天のかけら、
この蟲類の持つ霊気の翼は
ゆるやかになだれて追らず、
黒と緑に装ふ甲冑をほのかに包む。
わたくしの刻む檜の肌から
木の香たかく立つて部屋に満ちる。
時処をわすれ時代をわすれ
人をわすれ呼吸をわすれる。
この四畳半と呼びなす仕事揚が
天の何処かに浮いてるやうだ。
 
画像は昨年開催された「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」千葉展のポスターです。
 
ところで『神戸新聞』さんの「正平調」では、たび たび光太郎に触れて下さっています。お書きになっている方が光太郎ファンなのでしょうか?
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月26日
 
昭和46年(1971)の今日、新橋演舞場で開催されていた「新派十一月公演」が千秋楽を迎えました。
 
昼の部で、北條秀司脚本、初代水谷八重子さん主演の「智恵子抄」が演目に入っていました。
 
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福島は郡山からイベント情報です。 
 
日 時 : 2014年11月23日(日) 開場13時30分 開演14時(17時終演予定)
場 所 : 郡山市民交流プラザ 大会議室 ビックアイ7階(郡山駅前)
       郡山市駅前二丁目11-1
演 目 : 口笛、バイオリン、ピアノの演奏、朗読
      東京から福島へのメッセージ紹介
      ふくしまをめぐる話など
  : バイオリニスト 山本智美さん 
       (福島県出身、埼玉県で「森の音楽アトリエ」開設)
      口笛奏者 柴田晶子さん (国際口笛コンクール優勝)
      ピアニスト 松田光弘さん (Real Rockでメジャーデビュー)
  : skyasu39@ybb.ne.jp 、090-8782-2774 (鈴木)  

主 催 : ふくしま再生プロジェクトの会     
 合 : ふくしま再生プロジェクトの会 鈴木
 込 : skyasu39@ybb.ne.jp  090-8782-2774
 
この会は、福島と東北の役に立ちたいという思いをもった人と福島の人たちの心と心をつなげる憩いの催しです。

当日の主な内容は、バイオリニスト山本智美さん、口笛奏者柴田晶子さん、ピアニスト松田光弘さんの音楽コンサートと「ふくしまへおくる言葉」や詩の朗読です。

アットホームな雰囲気の中で、「心のふるさと」としての東北を感じるひと時になればと思います。

「ふくしま、ひとしずくの物語」は、10月にも東京で開催し、「ふくしまのために何かしたい」という気持ちで集まっていただいた皆様の「ふくしまへの想い」もお届けします。

当日は、参加無料でございますので、みなさまお誘い合わせの上、いらしてくださいませ。(お席の用意がございますので、なるべく事前に申込みを下さいませ)
 
 
先月、東京・豪徳寺で開催されたイベントの福島公演のようです。
 
当方、今年は11回、福島県に足を運びました。特に川内村相馬などの浜通り地区の復興はまだまだです。ハード面での支援は、我々個人には難しい部分がありますが、こうしたソフト面での支援は可能です。足を運ぶだけでも支援となります。ぜひ、足をお運び下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月21日

平成21年(2009)の今日、千葉県松戸市戸定歴史館で「千葉大学園芸学部創立100周年記念特別展 庭園の記憶 ―与謝野晶子の「松戸の丘」と園芸学校の絵画―」が開幕しました。
 
現在の千葉大学園芸学部(千葉県松戸市松戸)は、明000治42年(1909)に設立された千葉県立園芸専門学校がその前身で、与謝野晶子が大正11年(1922)と同13年(1924)に同校を訪れ、雑誌『明星』(第二期)に「松戸の丘」と題する50首の短歌を発表したりしています。
 
また、明治45年(1912)に就任した第二代校長・赤星朝暉は光太郎のご近所さんで、昭和11年(1936)には、光太郎が作った赤星の像が、同校に設置されました。残念ながら戦時供出で現存せず、現在は、光太郎とも交流のあった彫刻家・武石弘三郎が作り、新潟県立加茂農林高校に建てられた像の原型を使った2代目の像が残っています。
 
図録には、市の学芸員・田中典子氏による「赤星先生像をめぐって」が掲載されています。

福島から展覧会情報です。 

藝大に学んだ巨匠たち──東京藝術大学大学美術館所蔵作品を中心に

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会 期 : 2014年11月15日(土曜日)~12月14日(日曜日)
 場 : いわき市立美術館 2階企画展示室
休館日 : 月曜日(11月24日は開館、翌25日は休館)
 間 : 午前9時30分から午後5時(入場は午後4時30分まで)
 催 : いわき市立美術館、東京藝術大学美術学部、東京藝術大学大学美術館
後 援 : 福島県
 金 :
 一般 1,000円(800円) 高・高専・大生 500円(400円) 小・中生 300円(240円)
      ※( )内は20名以上の団体割引料金
    観覧料が無料になる場合
       1 いわき市在住の65歳以上の方
       2 身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保険福祉手帳のいずれかをお持ちの方
       3 市内の小・中・高・専修・高専生(ただし、土曜日と日曜日のみ)
                     (注)身分を証明する手帳等をご提示下さい。
また、平日に「いわき市内の小・中・高・専修・高専生」が、学校の教育活動の一環として利用する場合も、企画展・常設展が無料になります。
 
会期中の催し
1) 記念講演会1
  「藝大コレクションを語る」
   日時 平成26年11月16日(日)14:00~15:00
  会場 3階セミナー室
   講師 古田亮(東京藝術大学大学美術館准教授)
   参加費 無料
 
2)記念講演会2
  「横山大観と東京美術学校」
  日時 平成26年11月23日(日)14:00~15:00
  会場 3階セミナー室
  講師 小泉晋弥(茨城大学教授)
  参加費 無料
 
3)記念講演会3(都合により中止となりました。ご了承ください。)
   「藝大コレクションと私」
  日時 平成26年11月24日(月)14:00~15:00
  会場 3階セミナー室
   講師 田口安男(東京藝術大学名誉教授、いわき市立美術館名誉館長)
  参加費 無料
     
4)アーティスト・トーク1
  日時 平成26年12月7日(日)14:00~15:00
  会場 企画展示室
  講師 中村一美(藝大大学院油画修了、多摩美術大学教授)
  参加費 企画展入場券半券が必要
 
5)アーティスト・トーク2 
  日時 平成26年12月14日(日)14:00~15:00
  会場 企画展示室
  講師 山本伸樹(藝大大学院壁画修了、美術家)
  参加費 企画展入場券半券が必要
 
【同時開催】
1.藝大Am+いわき   高校生クロッキーワークショップの作品展示 
  会場:美術館1階ロビー(入場無料)
2.藝大Am+いわき   いわきから藝大へ 明日の巨匠たち 
  会場:いわきアリオス(入場無料)
 
東京藝術大学は、前身の東京美術学校と東京音楽学校が明治20年に設立され、その後昭和24年の学制改革による両校統合により現在に至っていますが、我が国最初の官立の総合的な芸術教育と研究の専門機関として発足以来、数多くの優れた人材を育成し、近現代の美術と音楽の動向に大きな影響を及ぼしてきました。

またこの間、教育研究資料として国宝、重文を含む古美術、楽器、絵画・彫刻・工芸品、建築・デザイン図面など約28,500件の芸術資料の収集を通して、日本の近現代美術の調査研究において欠くことのできない国内有数の質と量を誇るコレクションを形成し、今日、極めて高い評価を得ています。

本展は、この素晴らしい藝大コレクションのなかから、東京美術学校(東京藝術大学)が輩出してきた明治・大正・昭和初期を代表する作家たちの教官・学生時代に制作した貴重な絵画や彫刻作品をとりあげ、さらに同時代性をもった戦後の良質な美術作品といわきの美術を収集方針に掲げる当館コレクションを一部加え、戦後美術の動向に多大な影響を与えてきた藝大関連作家と、当地の美術界に大きな足跡を残してきた藝大に学んだいわきの作家たちの作品を紹介します。

本展が、明治期に設立されて以降、常に中央及び地方の美術界に主導的な人材、作家を送り続けてきた教育研究機関としての藝大の果たしてきた役割を再考する機会となることを期待するとともに、若き日の巨匠たちが制作した貴重な逸品の数々を、ご高覧いただきたいと思います。
 
主な出品作家 : 高橋由一、横山大観、下村観山、菱田春草、黒田清輝、藤島武二、岡田三郎助、青木繁、佐伯祐三、高村光太郎、小磯良平、杉山寧、高山辰雄、加山又造、平山郁夫、浜田知明、駒井哲郎、杉全直、山口長男
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というわけで、今日から開催です。展示される光太郎の作品は「獅子吼」。明治35年(1902)の作で、東京美術学校の卒業制作として作ったものです。
 
モチーフは日蓮。経巻を投げ捨て、憤然として立つ姿を表しているそうです。
 
ネット上に出品目録が出ていないのですが、チラシを見ると、その他、高橋由一の「鮭」(重要文化財)、横山大観の「村童観猿翁」、長沼守敬の「老夫」など、名品がもりだくさんです。
 
お近くの方、ぜひ足をお運び下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月15日
 
昭和30年(1955)の今日、中野のアトリエで、作家の高見順と対談「わが生涯」を行いました。
 
翌31年(1956)1月には雑誌『文芸』に、さらに光太郎没後の同32年(1957)には、中央公論社刊『対談原題文壇史』に掲載されました。『高村光太郎全集』第11巻にも収録されています。

昨日は福島の双葉郡川内村にて行われた草野心平忌日の集い、第4回天山・心平の会「かえる忌」に行って参りました。
 
開会が午後3時ということで、いわき市の上小川地区にある、心平の生家とお墓に寄り道をしました。
 
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その後、川内村へ。途中の峠道、それから川内村でも紅葉が実に見事でした。
 
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天山・心平の会の井出氏のごあいさつ、遠藤川内村長の音頭で献杯。
 
前かわうち草野心平記念館長・晒名昇氏、歴程同人・伊武トーマ氏、それから当方も講話。当方は故・高村規氏
の葬儀についてレポートせよとの指令でしたので、その件と、十和田湖奥入瀬観光ボランティアの会さんから頂いた、十和田湖畔の裸婦像除幕式の動画に心平が写っていたので、そちらを披露しました。
 
その後は懇親会。
 
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参加者お一人ずつスピーチをなさいました。洋行帰りのモンデンモモさん、いわき賢治の会の小野氏などなど。遠くからご参会の方も多く、それぞれに川内村を愛する心が伝わってきました。
 
「かえる忌」、末永く続いてほしいものです。
 
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月9日
 
昭和26年(1951)の今日、花巻郊外太田村の山小屋を、佐久間晟・すゑ子夫妻が訪問しました。
 
佐久間氏は、仙台市ご在住。警察にお勤めのかたわら、前田夕暮門下の歌人でもあり、その後、宮城県歌人協会の会長も務められました。すゑ子夫人も歌人。お二人とも歌誌「地中海」同人です。
 
当方、ご夫妻と知遇を得、山小屋訪問についての貴重なお話を伺い、光太郎と一緒に撮った写真、光太郎からのハガキのコピーを戴きました。
 
その聞き書きは平成19年(2007)、高村光太郎研究会刊行の雑誌『高村光太郎研究(28)』に掲載していただきました。ご入用の方、コピーでよろしければこちらまで。

福島は二本松からローカルニュースです。

二本松・東和にご当地グルメ「あだたら恋カレー」誕生

 二本松市の道の駅ふくしま東和は2000日、同市東和地区の新たなご当地グルメ「あだたら恋カレー」のお披露目会を開き、同日から販売を開始した。
 「あだたら恋カレー」は、詩集「智恵子抄」で知られる同市出身の高村智恵子・光太郎夫妻の結婚100周年などにちなみ考案。安達太良山の形をかたどったご飯に二本松産の野菜をふんだんに使い、智恵子抄をもじった洋風七味「智恵こしょう」を振り掛けた味もスパイスも「濃い」カレーに仕上げた。1杯680円(税込み)。
 お披露目会は1、2の両日、道の駅ふくしま東和で開かれた収穫祭に合わせて行われた。本県で活動しているお笑いコンビ「ぺんぎんナッツ」の司会で無料試食会が開かれ、来場者が新グルメを堪能した。
 このほか収穫祭では、新米試食体験や青空フリーマーケット、こども広場などが開かれ、大勢の来場者でにぎわった。
 
福島民友新聞 11月3日(月)
 
 
このニュースでほっこりさせていただきました。
 
同じ二本松にある道の駅「安達」智恵子の里さんでは、安達太良山の「乳首山」という別称から商品化された「おっ!PAIぷりーん」を販売していますが、どちらも二本松名物となってほしいものです。
 
愚妻曰く「レトルトはないの?」。 なるほど、千葉県我孫子市の「白樺派のカレー」のように、ぜひ開発してほしいものですね。
 
十和田からもほっこりするニュースが入っていますが、のちほどご紹介します。
 
ところで二本松といえば菊人形が開催中。今日の地上波フジテレビさんで、菊人形が取り上げられます。といっても、5分間番組ですが(笑)。 

ふくしまてくてく

地上波フジテレビ 2014年11月8日(土)  11時40分~11時45分
 
元気いっぱい魅力あふれる福島の地元の人々だけが知る楽しみ方を伝授します。毎週、地元の名産や街を紹介し、それにまつわる方への取材を交えて放送。ガイドブックには載らない“通"の福島歩き。あなたも、明日、出かけてみませんか?
 
魅力あふれる福島をぶらり散歩。二本松市のランドマーク「霞ヶ城公園」を散策。城内のマニアックな楽しみ方のほか、名物の菊人形も紹介します!
 
出演 宮澤智(フジテレビアナウンサー)
 
放送終了後、次回の放送までの間に、インターネットに動画としてアップロードされるようです。ぜひご覧下さい。光太郎智恵子の人形、会場の霞ヶ城にある光太郎詩碑や智恵子の藤棚なども紹介していただきたいものです。
 
当方、今日は同じ福島の川内村で行われる、草野心平忌日の集い、「第4回天山・心平の会「かえる忌」」に参加して参ります。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月8日
 
大正3年(1914)の今日、日光に2泊3日の写生旅行に出かけました。
 
平成12年(2000)、この時描かれた油絵が発見され、大きく報道されました。
 
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ちょうど100年前です。

新宿中村屋サロン美術館の開館記念特別展「中村屋サロン―ここで生まれた、ここから生まれた―」をレポートしようと思いましたが、明日にします。開催間近のイベントの情報を先に書きます。 

第4回天山・心平の会「かえる忌」

主 催 : 天山・心平の会
日 時 : 2014年11月8日(土) 午後3時より6時まで
場 所 : 福島県双葉郡川内村上川内町分211 小松屋旅館 「蕎麦酒房天山」
会 費 : 2,500円 (食事付)
連絡先 : 天山・心平の会代表 井出茂 0240-38-2033
 
2,008年7月12日から8月31日まで川内村阿武隈民芸館で開催された「高村規写真展-草野心平没後20年記念」をご記憶の方も多いと思います。その写真家で高村光太郎記念会理事長の高村規(ただし)さんが、今年8月13日に心不全のため81歳で死去されました。
第4回「かえる忌」では、高村規さんを偲んで、光太郎・智恵子と宮沢賢治・草野心平を語る会にしたいと思います。講話は、連翹忌運営委員会代表小山弘明氏、前かわうち草野心平記念館長晒名昇氏、歴程の詩人伊武トーマ氏を予定しています。
万障繰り合わせてお集まり下さいますよう、ご案内申し上げます。
 
なお、11月9日(日)、いわき市上小川・常慶寺の草野心平墓参、心平生家で開催される第21回「心平を語る会」(無限夢想の会主催)に参加出来れば幸いです。
 
東京方面から参加の方へ 小松屋旅館1泊の方は各自予約願います。電話番号は連絡先と同じ。
JR東京駅発10:00東北新幹線やまびこ133号 郡山駅着11:19 郡山駅西口出口発川内村行バス11:35 川内村阿武隈民芸館入口着13:00
 
11月9日(日)川内村発自家用車相乗り9:00 常慶寺墓参11:10 心平生家の第21回「心平を語る会」参加11:30~13:30 JR常磐線いわき駅始発14:16特急スーパーひたち号 上野駅着16:36


 
光太郎と親交の深かった詩人、草野心平を偲ぶ「かえる忌」です。場所はモリアオガエルが縁で、心平が愛した川内村。当方、一昨年昨年と参加させていただきました。昨年は講演もおおせつかり、「高村光太郎と草野心平の交流」という題でお話しさせていただきました。
 
昨年の様子は、その後BS朝日さんで放映された「にほん風景物語 福島 川内村・いわき小川郷 ~詩人・草野心平が詠んだ日本の原風景~」で、その模様が紹介されました。
 
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今年は、講演というほどではありませんが、講話ということで、20分ぐらい話せ、と指示が出ました。しゃべってきます。
 
川内村は福島第一原発に近く、まだまだ復興途上の区域です。訪れるだけでも復興支援です。興味のある方、足をお運び下さい。
 
ところでテレビというと、昨日は珍しく、2つの番組で光太郎が少しずつ紹介されました。
 
 
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ゲストの渡辺えりさんが、生前の光太郎と交流があったお父様・正治氏のエピソードを披露されました。
 
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戦時中、武蔵野の中島飛行機の工場に動員されていた正治氏が、空襲による死の恐怖を、光太郎の詩をそらんじることで克服したというお話。残念ながら時間の都合でしょうか、実際に駒込林町のアトリエに会いに行ったお話、山形での講演会でのお話などはありませんでした。
 
 
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今年1月の同じ番組でも扱って下さいましたが、やはり光太郎の「あどけない話」を使って下さいました。
 
ありがたいことです。
 
安達太良山といえば、今日発行の『読売新聞』さんの日曜版に、安達太良山、智恵子の生家がドーンと紹介されています。購読されていない方も、コンビニ等で購入出来ますのでぜひお買い求め下さい。
 
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【今日は何の日・光太郎 補遺】 11月2日
 
大正元年(1912)の今日、日本橋三州屋で催された画家、石井柏亭帰国歓迎会に出席しました。

テレビ放映情報です。 
BS-TBS 2014年11月1日(土) 21:00~21:54
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古くは「万葉集」に歌われ、高村光太郎の詩で「智恵子のほんとうの空」として広く日本人の心に響いた山、郷愁を誘う山となったのが安達太良山です。
 
単独峰ではなく、1700メートル級のピークのつらなりで、安達太良連峰とも呼ばれます。活発な火山活動によって生み出された頂きはそれぞれユニークです。中でも安達太良本峰と呼ばれる主峰は、山頂にドーム状の岩峰を突き出したシルエットから「乳首山(ちちくびやま)」とも呼ばれています。
 
今回安達太良山を登るのは、女優の春馬ゆかりさん。昨冬の雪山登山に続いて2度目の安達太良山です。山会は吹雪の中、白銀の頂を目指しましたが、今回は、錦絵のような見事な紅葉の安達太良山と出会います。
  
【ロケ日:10月6~9日】
 
出演される春馬さん、「昨冬の雪山登山に続いて2度目の安達太良山」とあるとおり、同じ番組の今年1月のオンエア、#32 「雪煙舞う厳冬の安達太良山」で、やはりご出演なさいました。
 
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番組冒頭近く、俳優・津嘉山正種さん(やはり福島を舞台にした昨年の大河ドラマ「八重の桜」で会津藩家老・神保内蔵助役)による「安達太良連峰。その山の上に広がる空は、一つの詩によって、多くの日本人の心に刻みこまれた。」というナレーションのあと、「あどけない話」の後半部分が朗読され、智恵子生家裏の鞍石山に建つ「樹下の二人」詩碑から、春馬さんのレポートがありました。
 
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今回も上記内容説明に光太郎智恵子の名がありますので、少しでも紹介があるといいなと思います。ただ、基本、登山系の番組ですので、それほど深く突っ込まれないとは思いますが。前回は白銀の世界でしたが、今回は紅葉がメインのようです。
 
ちなみに(その1)、テレビといえば、NHKさんの教養番組「歴史秘話ヒストリア」で、来月26日に「ふたりの時よ 永遠に  愛の詩集「智恵子抄」」というサブタイトルで、光太郎智恵子がメインの回がある予定でした。しかし、さきごろ、台風の緊急報道があった影響で放送がずれ込み、さらに12月は真珠湾攻撃や忠臣蔵など、旬の内容を扱うそうでずらせず、延期になりました。「愛の詩集」ならバレンタインデー、とのことで、来年2月11日(再放送は18日)のオンエアだそうです。当方、ロケハンでディレクター氏を犬吠埼や九十九里にご案内したり、放映用に資料を提供したり致しましたので、ご連絡を頂きました。
 
過日、当方が刊行した『光太郎資料』第42集。全国の関係団体や個人の皆様にお送りしましたが、その添え状に「歴史秘話ヒストリア」の放映が11月26日、と書きました。しかし、そういうわけで延期です。添え状の内容、ガセネタではありませんのでよろしくお願い申し上げます。
 
話を安達太良山の紅葉に戻します。
 
過日、福島の相馬方面に行った際、道の駅で入手した無料の『福島県観光ガイドブック\秋・冬のふくしまを巡る!/』によれば、安達太良山の紅葉の見頃は今月中旬までとのこと。しかし、平地の二本松霞ヶ城あたりでは来月下旬までだそうです。菊人形もまだ開催中。
 
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ちなみに(その2)、二本松といえば、智恵子生家・記念館があります。
 
過日行われたレモン忌の際、智恵子の描いた明治44年(1911)、雑誌『少女世界』の口絵としてカラー印刷された「お人形」という作品があり、そのページだけ切り取った状態のものを入手したので、智恵子記念館で展示して下さいということで、寄贈して参りました。
 
同館学芸員の方から展示しました、ということでメールを戴きました。証拠として(笑)画像も添付されていました。
 
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順路のほぼ最後、矢張り智恵子の描いた油絵「ヒヤシンス」(こちらは肉筆です)の隣に展示していただきました。菊人形期間中は紙絵の実物の展示もありますので、ぜひ足をお運び下さい。
 
ちなみに(その3)、二本松といえば、智恵子の顕彰活動をなさっている「智恵子のまち夢くらぶ」さん。昨日、研修旅行で、成田からパリに向けてご出発なさいました。発会10周年ということで、豪勢に1週間近く、パリでの光太郎の足跡をたどるツアーだそうです。
 
成田空港は、当方自宅兼事務所からものの30分足らずの距離でして、お見送りに行って参りました。
 
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「智恵子抄」をはじめとする光太郎詩にオリジナルの曲を附けて歌われているモンデンモモさんもご参加。
 
1週間近くのご滞在で、途中、日本の味が恋しくなるだろうと思い、当方自宅兼事務所のある香取市名産のおせんべいを差し入れました。来週末には帰国早々のモモさんとまた一緒に仕事が入っていまして、その際には土産話と素敵なパリ土産が戴けるものと期待しております。エビでタイを釣る、とはこのことですね(笑)。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月28日
 
平成7年(1995)の今日、品川区立品川歴史館で、特別展「高村智恵子 紙絵とその生涯」が開幕しました。
 
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品川は智恵子終焉の地、ゼームス坂病院があったところです。同じ平成7年には病院跡地に智恵子の臨終を謳った光太郎詩「レモン哀歌」を刻んだ詩碑が建立されています。

一昨日、福島県いわき市に行って参りました。
 
過日、ご紹介した「いわき賢治の会設立記念事業 賢治の宇宙 心平の天」を観て参りました。
 
会場はいわき芸術文化交流館アリオス内の音楽小ホール。
 
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午後2時の開演でした。
 
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第1部が、いわき賢治の会会長の小野浩氏、副会長で彫刻家の安斉重夫氏夫妻によるリレー講演。
 
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こちらは安斉氏の彫刻で、賢治童話「どんぐりと山猫」からインスパイアされたものだそうです。
 
終演までステージに立ち続けていました。ご苦労様です(笑)。
 
第2部はサロンタイム。
 
箱崎典子さんによる賢治童話「ざしき童子のはなし」の朗読、火の車太郎さん(小野浩氏ではありません)の手品、小野浩氏(火の車太郎さんではありません)主導で、賢治の「精神歌」斉唱と続きました。
 
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プログラムにはありませんでしたが、宮沢賢治イーハトーブセンター代表理事の栗原篤氏のお話。その後、休憩をはさんで第4部、「賢治のリズム」と題し、市島徹氏によるフルート演奏。賢治作曲の「星めぐりの歌」など。
 
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そして第4部で、朗読劇「あの時の言葉」。
 
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賢治、さらに賢治と縁の深かった光太郎、001草野心平の作品を代わる代わる朗読しながら、三人の生涯を追うという構成でした。
 
ナレーションが箱崎典子さん、朗読は箱崎耕平氏、緑川明日香さん、小野氏。
 
光太郎作品は緑川さんが担当し、「あどけない話」と「レモン哀歌」が扱われました。
 
あちこちの朗読イベント等にご出演されている方だそうで、その美声と美貌にはやられました(笑)。
 
いわき賢治の会さん、今後、どういった活動をなさっていくのか楽しみですが、是非とも光太郎と賢治の関わりについても掘り下げていっていただきたいものです。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月27日
 
昭和30年(1955)の今日、中野のアトリエに、北川太一先生夫妻が新婚旅行の報告に訪れました。
 
当日の光太郎日記です。
 
晴、温、平熱 后北川太一氏新婚の細君同伴来訪、二本松訪問の話をきく、果物、はんぺん等もらふ、
 
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上記画像は文治堂書店さん刊行の『北川太一とその仲間達』から採らせていただきました。
 
節子夫人、今もお元気で、北川邸にお邪魔するたびに美味しいお茶等振る舞って下さいます。
 
今気づきましたが、来年、2015年は北川夫妻ダイヤモンド婚式ですね。いつまでもお幸せに。

一昨日、福島県南相馬市民文化会館ゆめはっとにて、邦楽奏者、浜根由香さんのコンサート「東北を謳う」を聴いて参りましたが、午前中には隣接する相馬市まで行って来ました。
 
目的地は原釜尾花海水浴場。明治40年(1907)夏、智恵子がここに滞在し、海水浴(当時は「潮湯治」といっていたそうですが)を楽しんだ場所です。父・今朝吉、弟・啓助も同行していました。さらに大正6年(1917)にも智恵子はここに滞在しました。
 
当方の刊行している『光太郎資料』中に、「昔の絵葉書で巡る光太郎紀行」という項があり、過日刊行した第42集で原釜尾花海水浴場を取り上げました。下記が昔の原釜の絵葉書です。
 
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ところが当方、実際にここを訪れたことがなかったので、浜根さんのコンサートが南相馬で開催されるのを幸い、足を伸ばしてみました。
 
『光太郎資料』作製のためにいろいろ調べていた中で、やはりこのあたりも東日本大震災の津波による甚大な被害を受けていたことは知っていましたが、やはり百聞は一見にしかず、です。
 
さて、海岸に到着。目に飛び込んできたのは、いきなりこれです。
 
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かつて宮城の石巻女川で、こうした風景は見ていますが、やはり見慣れるということはありません。
 
慰霊碑も建っていて、手を合わせて参りました。
 
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かたわらには藤棚が。説明板もありました。
 
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波打ち際には海水浴場の展望台。これは震災後によくテレビなどに登場しました。時計台の時計はあの日、止まったままです。ただし、針はずれています。津波が来たのは午後4時頃だそうです。
 
 
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展望台から見た海。この海が、牙をむいたのかと思えないほど、とてもおだやかでした。
 
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原釜海岸をあとに、南相馬に向かいました。途中、「道の駅そうま」があったので寄ってみました。
 
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すると、「震災伝承コーナー」という一角がありました。
 
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パネルやモニターで、津波の被害について説明がなされています。
 
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被害のすさまじさを示す、「現物」の資料も。
 
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その後、南相馬のコンサートに向かいました。
 
さらに終演後、国道6号に出て、常磐富岡インターから高速に乗り帰宅。国道6号も、先月、通行止めが解除されたものの、相馬地区はまだこういう状況です。
 
通行止めは解除になったものの、原発に近い区域では、歩行者、自転車、そして自動二輪でも通行不可です。許可証を持つ地元の方以外は、脇道には一切入れません。
 
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全国の原発を抱える自治体の皆さん。再稼働に賛成なら賛成で、ご自分の街がこういう状況になるかもしれないという覚悟はできていますか?
 
かつて智恵子が滞在した原釜に話を戻しますが、原発事故による海洋汚染も深刻で、漁業も周辺では未だに試験操業の段階、全壊した相馬原釜地方卸売市場の再開も来年になる見込みとのことです。
 
こちらも昔の原釜の絵葉書。こういう光景が復活するのはいつのことになるのでしょうか……。
 
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【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月21日
 
明治23年(1890)の今日、上野公園桜ヶ岡の日本美術協会列品館で絵画展覧会が開幕し、光太郎の姉・さくの作品も並びました。
 
出品作は絹本堅淡彩の「鍾馗図」。数え16歳で夭折したさくですが、狩野派の絵を学び、将来を嘱望されていました。光雲にとっては期待の娘、光太郎にとっては自慢の姉でした。
 
のちにやはり画家志望の智恵子と結ばれた光太郎、日本画と洋画の違いこそあれ、そこにさくの面影を見ていたのかも知れません。

昨日は福島の相馬方面へ行って参りました。
 
第一の目的は、邦楽奏者、浜根由香さんのコンサートです。題して「浜根由香 東北を謳う」
 
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第二の目的については、また明日書きます。
 
目的地は福島県南相馬市。福島第一原発のある大熊町の北ですが、先月、国道6号線の通行止めが解除されたので、アクセスが容易になりました。そのあたりについても明日書きます。
 
 
会場は南相馬市民文化会館ゆめはっと。瀟洒な建物です。中に入って驚きました。渡辺えりさんの「天使猫-宮澤賢治の生き方-」のポスターが。そういえば、福島公演の会場がこちらでした。紹介しておきながらすっかり忘れていました。
 
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 いいコンサートでした。
 

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1曲目が、「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」で始まる、光太郎詩「樹下の二人」に故・小山清茂が作曲したもの。箏・唄ともに浜根さんの独奏です。当方、ホールで箏の独演を聴いたのは初めてでしたが、マイク等一切使わず、生の演奏だったので驚きました。もっとも、ホールが小ホール的な「多目的ホール」というところでしたが、それだけに臨場感がすごく感じられました。
 
2曲目が「遠野」。柳田国男の『遠野物語』の一節に唯是震一氏が作曲したもの。三弦(三味線)と唄で、やはり浜根さんの独奏でした。最近、京極夏彦さんリメイクの『遠野物語』を読んだので、興味深く聴きました。
 
3曲目に、宮城道雄作曲の「瀬音」。浜根さんと、お弟子さんの中島裕康さんのデュエットです。唄はなく、浜根さんが箏、中島さんが十七絃。箏はリードギター、十七絃はベースギターのようだと思って聴きました。
 
プログラム最後、4曲目で、浜根さん編曲のメドレー「赤とんぼ・もみじ・小さい秋みつけた」。樋口雅礼瑤さんが加わって、お三方での合奏でした。ちょうど秋。いい感じでした。
 
その後、浜根さんと、今回のコンサートを企画された地元南相馬の佐藤英明さんのトーク、そしてアンコール的にプログラム外に3曲演奏がありました。佐藤さんの唄でサザンの「希望の轍」、インストゥルメンタルで「大きな古時計」、「少年時代」。会場の皆さんも、存分に楽しまれたようでした。
 
先日もご紹介しましたが、ライブ録音が手に入ります。復興支援も兼ねているそうです。是非お買い求めを。
 
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南相馬という街、原発事故前の常磐線が全線健在だった頃に列車で通過したり、すぐ南の小高町に行ったりしたことがありましたが、南相馬自体には初めて行きました。コンサート開演より早く着いてしまったので、歩いてみましたが、なかなかいい感じの街でした。当方の大好きなレトロな建物が残っています。
 
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特に、コンサート会場・ゆめはっとのすぐ隣が「野馬追通り銘醸館」という施設で、ミニテーマパークのようになっており、みどころです。何棟かある建物自体も明治、大正、昭和戦前のものです。
 
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「昭和蔵」という建物は、内部に昭和30~40年代が再現されていました。
 
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先述の通り、国道6号の通行止めが解除となり、アクセスが便利になりました。ぜひ足をお運び下さい。
 
明日は隣接する相馬市などのレポートを書きます。
 
追記  浜根由香さんは、平成28年(2016)6月、胃ガンのため亡くなりました。謹んでお悔やみ申し上げます。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月20日002
 
昭和31年(1956)の今日、龍星閣から光太郎著『赤城画帖』が刊行されました。
 
光太郎没年の追悼出版的なものですが、元は明治37年(1904)に、群馬の赤城山を訪れた光太郎が描いた画帖です。
 
鉛筆スケッチ28枚、さらに明治期に赤城を詠んだ短歌が多数収録されています。解説はスキーヤーの猪谷六合雄。光太郎が赤城で定宿としていた猪谷旅館の子息です。
 
右の画像が『赤城画帖』。白っぽいのは、例によってパラフィン紙をかけてあるせいです。
 

福島いわきからイベント情報です。まもなくの開催です。 
主 催 : いわき賢治の会
期 日 : 2014年10月25日(土)
会 場 : いわき芸術文化交流館アリオス音楽小ホール 福島県市平字三崎1番地の6
開 場 : 13時30分
開 演 : 14時
料 金 : 1,000円 (学生500円)
 
第1部 : レー講演
 小野 浩 宮沢賢治学会会員市暮らの伝承郷館長
 安斉 重夫 宮沢賢治学会会員鉄の彫刻家ーハーブ賞奨励賞受賞
 安斉 ツ子 宮沢賢治学会会員

第2部 : サロン
 い賢治の会会員
 賢治の 精神歌」 の練習

第3部 : 賢治のズム フルー演奏
 市島 徹氏
 東京音楽大学卒小林研一郎指揮仙台フルとコンの夕べ出演
 福島高専吹奏楽部の指導者
 ・星めの歌
 ・ポラーの広場の
 ・ポランの広場  他

第4部 : 朗読劇 あの時の言葉
 箱崎 耕平 絵本と朗読の会会長
 箱崎 典子 絵本と朗読の会事務局長
 緑川明日香 声の表現舎プア代表朗読家
 小野 浩
 
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第4部の朗読で、光太郎作品も扱われるとのことです。
 
先月発足したという、「いわき賢治の会」の小野浩会長からの情報です。小野氏は元いわき市立草野心平記念文学館学芸員で、昨年、二本松の智恵子のまち夢くらぶさん主催の「智恵子講座'13」の講師も務められました。
 
新聞報道も送って下さいました。
 
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ちなみに小野氏の他に講演をなさる安斉重夫氏。一昨年上演された渡辺えりさん作の舞台「月にぬれた手」「天使猫」のパンフレットに文章を寄せられていました。
 
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実は当方、今日も福島(相馬方面)に行っていたのですが、また次の週末も行くことになりそうです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月19日
 
昭和26年(1951)の今日、花巻町で「花巻賢治子供の会」の公演を観ました。
 
同会は光太郎と交流のあった故・照井謹二郎氏が登久子夫人と共に昭和21年(1946)に子供達による劇団として設立したもの。賢治童話を上演し続けました。そもそもの始まりは、花巻郊外太田村山口の山小屋(高村山荘)に独居していた光太郎を慰安する目的だったようですが、光太郎に激賞され、本格的に公演を行うようになったそうです。

先日、5日に福島二本松行われた智恵子忌日の集い「レモン忌」を報じた『福島民報』さんの記事コピーを、主催の智恵子の里レモン会さんから戴きました。
 
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他紙、または『福島民報』さんでも他に光太郎智恵子がらみの記事が出ていないかと思い、昨日、当方の住む香取市の隣・成田市立図書館に行って参りました。同館では復興支援として、、『福島民報』、『福島民友』の2紙が開架で置いてあります。
 
ところが、主に原発事故による避難生活を余儀なくされている人のための措置ですので、原発のある浜通り地区の版で、二本松を含む中通り地区の記事はあまり多くありませんでした。レモン忌の記事も中通り地区の版にしか載らなかったようです。
 
そんな中で見つけたのが、菊人形の記事。さすがにこちらはいろいろ報じられていました。その中で、智恵子(と思われる)の人形が写っている記事がありました。やはり『福島民報』さんで、まだ開幕前の、作業中の写真です。
 
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二本松の菊人形出番待つ 11日開幕、着付け始まる

 福島県二本松市の県立霞ケ城公園で11日に開幕する「二本松の菊人形」の人形の着付けが始まった。台風一過となった7日、早朝から菊が次々と搬入され、主催する二本松菊栄会の菊師らが、約40体の人形に、丁寧に小菊を飾り付けた。
 「二本松の菊人形」は60回の記念開催となる。二本松城築城600年の節目の年とも重なることから、「にほんまつヒストリア」をテーマに地域の歴史に焦点を当てる。「二本松の提灯祭り」「二本松少年隊」のほか、詩集「智恵子抄」で知られる同市出身の高村智恵子・光太郎夫婦など全8場面に分けて表現する。
 例年の菊花展ゾーンに加え、ガーデンゾーンも新設する。NHKのテレビ番組「趣味の園芸」でおなじみのガーデンデザイナー・玉崎弘志さんに監修を依頼し、菊を魅力的に展示する。
 問い合わせは二本松菊栄会事務局 電話0243(55)5122へ。
福島民報 10月8日(水)
 
 
ところで「新聞記事」といえば、先頃相次いで全国紙にも光太郎の名が出ました。イベントなどの速報的な記事ではないので、すぐには紹介しませんでしたが、ここらでまとめて紹介します。
 
『朝日新聞』さんの今月2日の記事。教育面の連載、「おやじのせなか」です。
 
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各界著名人がご自分の父親について語るもので、この日は福島在住の詩人、和合亮一さん。以前にレモン忌で記念講演をされたこともあります。
 
最後をこのように結んでいます。
 
高村光太郎の「道程」に「常に父の気魄を僕に充たせよ」との一節があります。父の気迫を受け継いでも、超えたいとは思わない。むしろ超えたくない、超えなくていいんです。
 
そう思わせる立派なお父様なのですね。
 
ちなみに和合さん、以前にも『朝日新聞』さんに光太郎がらみで載りました。こちらです。
 
続いて9日の『日本経済新聞』さん。
 
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こちらも連載で「文豪が愛した美術十選」の第7回で「高村光太郎「手」」。
 
光太郎の代表作の一つで、大正7年(1918)頃の作です。最初に鋳造されたもののうちの一つが、自裁直前の有島武郎に贈られました。有島歿後は秋田雨雀の手に渡り、それを林芙美子が見たというわけです。
 
当方、寡聞にして『放浪記』に光太郎の名が出て来るとは知りませんでした。調べてみると、確かにこういう記述があります。
 
二階の秋田さんの部屋には黒い手の置物があった。高村光太郎さんの作で、有島武郎さんが持っていらっしたのだとかきいた。
 
いろいろな人物がいろいろなところで繋がっているものですね。
 
さて、この頃は地方紙の記事もかなりネットで読むことができるようになっています。しかし、全ての記事がアップされるかというとそうでもありません。実際、上記レモン忌の記事はネットでは見つかりませんでした。「私のところの新聞にこんな記事が出たよ」というのがありましたら、ご教示いただけると幸いです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月18日
 
平成10年(1998)の今日、新宿のスペース・ゼロで、鍵田真由美、佐藤浩希のフラメンコ「レモン哀歌〜智恵子の生涯〜」が上演されました。
 
能楽とのコラボレーションで、この年度の文化庁芸術祭新人賞に輝いています。

一昨日、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「みんなで語る「智恵子抄」しゃべり場」に行つて参りましたが、ちょうど先週末から「第60回 菊の祭典 二本松の菊人形」も始まっていましたので、早めに行って、観て参りました。
 
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会場は二本松霞ヶ城。台風19号の接近に伴い、生憎の雨でしたが、逆にそのせいでしょうか、駐車場も混んでいませんでした。
 
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会場に入ると、まずは「菊花展ゾーン」。地元の方々が丹誠込めて育てた菊の鉢が並んでいます。
 
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福島では、昔から菊栽培は盛んだったのでしょうか。下の画像は当方手持ちの古絵葉書。智恵子の母校、福島高等女学校、ただし、智恵子卒業後の明治36年(1903)に移転したあとです。やはりずらっと菊の鉢が並んでいます。
 
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続いて「菊人形ゾーン」。今年のテーマは「二本松築城600年 にほんまつヒストリア」。二本松の歴史に題を採っています。昨年まではNHK大河ドラマをテーマに行っていましたが、今年は方向転換です。
 
戊辰戦争の二本松少年隊。
 
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安達ヶ原の鬼婆伝説。
 
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そして、「あどけない話 詩人高村光太郎と智恵子 結婚100周年」。
 
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こちらが光太郎。大村昆さんのようで、ちょっと笑いました。
 
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そして、智恵子。
 
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あれっ? いません。そういえば、智恵子は結婚後も光太郎を残して、1年のうち数ヶ月、二本松(安達)の実家に帰ってしまうこともあったっけ……って、ここは二本松です(笑)。
 
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何と「着せ替え中」だそうで……。
 
ん? まてよ、さっき、作業小屋のようなところにいたのがもしかして……。
 
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ビンゴでした(笑)。
 
あっ! この顔は! 去年の「八重の桜」の時の八重さんではありませんか。去年はスペンサー銃を持っていたのが、今年は折り鶴ですか(笑)。
 
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他にもみごとなしつらえがいろいろありました。
 
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さて、菊人形を堪能002しましたが、まだ「みんなで語る「智恵子抄」しゃべり場」の開始までに時間があります。そこで、旧安達町の智恵子の生家・智恵子記念館に足を伸ばしました。一年のうち、5月のGWと、この菊人形の時期には、智恵子の紙絵の複製でない実物が展示されているはず。
 
勝手知ったる二本松ですので、地元の人しか通らないような裏道を抜け、10分足らずで到着。
 
入場料410円を払って中に入りました。
 
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複製に混じって、実物の紙絵は10点展示されていました。やはり本物は違いますね。厚さはコンマ何㍉ながら、紙の重なりから立体感が感じられるのです。複製もきれいなのですが、それが感じられません。
 
二本松市では19点の実物を所蔵しています。先ほども書きましたが、一年のうち、5月のGWと、菊人形の時期には、実物が約10点ずつ展示されます。
 
ちなみに駐車場のトイレに寄ったところ、レモン石鹸が。「レモン哀歌」を意識してレモン石鹸を置いてあるとすれば、そのセンスには脱帽です。
 
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というわけで、菊人形、智恵子生家・智恵子記念館、ぜひ足をお運びください。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月15日
 
大正10年(1921)の今日、芸術社からヴェルハーレンの訳詩集『明るい時』を上梓しました。
 
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文庫判よりさらに小さいサイズのかわいらしい本です。白っぽく写っているのは、パラフィン紙をかけているせいです。左が函、右が本体です。
 
エミール・ヴェルハーレン(光太郎の表記では「ヹルハアラン」)は、ベルギーの詩人。1855年の生まれですから、光太郎より1世代前です。
 
画家だった妻・マルトに贈った「時の三部作」(『明るい時』、『午後の時』、『夕べの時』)のうちの一つで、何やら『智恵子抄』を髣髴とさせますね。
 
この書の序文で、光太郎は以下のように記しています。
 
詩の翻訳は結局不可能である。意味を伝へ、感動を伝へ、明暗を伝へる事位は出来るかも知れないが、原(もと)の「詩」はやはり向うに残る。其を知りつつ訳したのは、フランス語を知らない一人の近親者にせめて詩の心だけでも伝へたかつたからである。
 
フランス語を知らない一人の近親者」は、もちろん、智恵子です。
 
内容的にも『智恵子抄』所収の詩との類似点が指摘され、いわば『智恵子抄』のスピンオフ(こちらの方が刊行が早いのですが)とも言えます。

昨日はまた二本松に行って参りました。
 
メインの目的は、智恵子のまち夢くらぶさん主催の「みんなで語る「智恵子抄」しゃべり場」。駅前の市民交流センターで開催されました。
 
その他に「二本松の菊人形」や智恵子生家・記念館にも立ち寄りましたが、そのあたりは明日に廻します。
 
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第1部が「私の中の「智恵子抄」~「智恵子抄」や智恵子光太郎への想いを語る~」、第2部が「二本松と智恵子~智恵子生誕の地二本松のこれからを語る~」。
 
市長さんの代理で市の教育長さん、観光協会長さん、にほんまつ未来創造ネットワーク事務局長さん、青年会議所理事長さん、安達中学校の生徒さん、そして夢くらぶの会員・会友の皆様がご参加、いろいろな想いを語られました。
 
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夢くらぶさんとしては、今年も5月に「第10回智恵子生誕祭 朗読とギターで綴る智恵子と光太郎の道程」、先月は「第6回 智恵子純愛通り記念碑建立祭プレミアム「音楽で紡ぐ純愛コンサート」」などを行ったものの、今ひとつ人が集まらず、危機感を持っているようです。
 
各団体でもいろいろな取り組みを行っていますが、もっともっと二本松を盛り上げるために、ということで、様々な提言がなされました。
 
当方、日本各地のいろいろな取り組みを見て歩いています。各地域でさまざまな取り組みを地道に行われている様子には、本当に頭が下がります。しかし、それぞれの地元でこぢんまりとやっているだけでは、だんだんとマンネリ化し、やがて消滅してしまうものです。
 
そうならないためにも、「点」での実施でなく、他の地域とのネットワークづくりが必要かと思われます。当方、そのための橋渡し役ができればと思っております。昨日はその想いを新たにさせられました。
 
多少過激なことを言わせていただければ、行政が動くのを待っていては駄目ですね。それぞれの自治体もそれなりに頑張っているのですが、前例のないことにはなかなか腰が上がらない、それまで積み上げてきたものも担当が変わればまた一から、イベント一つとっても、外の人間への発信よりも地元選出国会議員とか県議とかを重視する、そういう傾向があります。
 
まずは草の根の市民が声を上げ、行政を巻き込んで、あるいは行政の力を利用して、他の地域とも連携を深め、どんどん広げて行くといった方向でやっていくべきでしょう。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月14日
 
平成14年(2002)の今日、「鉄道の日」記念行事の一環として「東北の駅100選」が選定され、光太郎詩碑のある二本松駅も選ばれました。
 
全国に光太郎文学碑はかなりありますが、駅に詩碑があるのはここだけです。

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福島県がらみの情報ですが、福島からではなく、まずは東京から、続いて奈良からです。
日 時 : 2014年10月19日(日) 14時より(17時終演予定)
場 所 : ゴートクジISIS館 世田谷区赤堤2-15-3
                   
演 目 : 演奏、朗読、映像、ふくしまをめぐる話など
 演 : 世界的な口笛奏者 柴田晶子さん
      ピアニスト    松田光弘さん
      朗読 劇団百景社 鬼頭愛さん
会 費 : 2,000円(税込) 当日ご持参願います。
 
 : skyasu39@ybb.ne.jp
      上記のメールアドレスへ氏名と参加人数をお知らせください。

第一部 「ふくしまに歌う-しのぶ・かたる・つたえる-」
      口笛:柴田晶子  ピアノ:松田光弘  朗読:鬼頭愛
第二部 「ふくしまの姿見-阿多多羅山と阿武隈川-」
      福島で撮影した映像と福島にまつわるさまざまな話
第三部 「ふくしま返し歌-インタースコア一滴-」
      福島へメッセージを送ろう
 
今年は、口笛とピアノの演奏と共に「智恵子抄」の朗読、ふくしまの原郷の映像とふくしま語りが、ゆっくりと交差する時間をお届けします。
 
遠く離れたふくしまの面影を感じつつ、3.11で何が変わり、変わらないのか、ここも一緒に考えていきたいと思います。
 
 
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それから、以前からご紹介している兵庫県人権啓発協会さん企画、東映さん制作の40分程のドラマ「ほんとの空」。福島の原発事故による風評被害、いわれなき差別を扱っていて、タイトルが光太郎詩「あどけない話」から採られています。
ここのところ各地で上映会が相次いで開催されていますが、奈良県葛城市でも行われます、というか既に2会場では終わっています。 

人権教育地区別懇談会

10 月26 日㈰19:00 辨之庄(辨之庄公民館)
11 月1 日㈯19:30 平岡(平岡公民館)
11 月15 日㈯19:30 竹内(竹内集落センター)
11 月16 日㈰19:30 中戸(中戸公民館)
11 月22 日㈯13:00 寺口(寺口ふれあい集会所)
11 月23 日㈰19:00 八川(八川公民館)
11 月30 日㈰19:00 薑(薑コミュニティセンター)
 
 
こうした取り組みで、もっともっと福島について考えていただきたいものです。
 
当方、今日はまた二本松です。智恵子のまち夢くらぶさんの主催で行われる「みんなで語る「智恵子抄」しゃべり場」に参加してきます。
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月13日
 
明治31年(1898)の今日、東京美術学校の修学旅行兼運動会で栃木県日光に行きました。
 
2泊3日の行程でしたが、どうやって修学旅行と運動会を兼ねたのでしょうか(笑)。

昨日、10月5日はは光太郎の妻、智恵子の命日で、あまりに有名な「レモン哀歌」の一節にちなみ「レモンの日」ということになっています。
 
智恵子の故郷、福島二本松のラポートあだちでは、地元で智恵子の顕彰を行っている「智恵子の里レモン会」さんの主催で、智恵子を偲ぶ第20回レモン忌が開催されました。
 
レモン忌の開催はこの時期の日曜日ということで、必ずしも10月5日とは限らないのですが、今年はぴったり重なりました。
 
何度も書いていますが、今年は光太郎智恵子結婚披露100周年『道程』100周年。さらにレモン忌も節目の20回。その記念すべき年に、もったいなくも記念講演を仰せつかり、『智恵子、新たなる横顔』と題してお話をさせていただきました。
 
それはさておき、順を追って会の様子をレポートします。
 
午前10時、レモン会副会長で元智恵子記念館副館長の根本豊徳氏により開会宣言。続いて祭壇に飾られた地元の方の手になる智恵子の肖像画に献花と献果。「果」はレモンです。
 
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ちなみに手前に映っている鉢植えはグロキシニア。明治45年(1912)、駒込林町の光太郎アトリエの新築祝いに、智恵子が持参した花です。光太郎にとっては智恵子を象徴する花で、詩作品等にくりかえし謳われています。あまり一般的な花ではなく、花屋さんの店頭に並ぶことが少ないというのですが、たまたま地元の花屋さんにあったそうで、飾られました。まさしく「花を添える」ですね。
 
「献花」「献果」と来て、「献歌」。プログラムには入っていなかったのですが、光太郎詩にオリジナルの曲をつけて歌われているシャンソン歌手のモンデンモモさんがご参会で、レモン会渡辺秀雄会長から「唄ってくれ」とのお願いがあり、急遽、実現しました。曲は「あどけない話」。
 
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さらに「献詩」ということで、参会者全員で「あどけない話」を朗読しました。
 
その後、渡辺会長のごあいさつ、来賓祝辞、来賓紹介、祝電披露。参会者全員での記念撮影と続きました。
 
休憩をはさんで、当方の講演。一般の方が対象ですので、「『智恵子抄』は前期はこうで、後期はこうで、それぞれこのような視点で、このように読まないと、光太郎の真意が正しくくみ取れないのだ」的なこ難しい話ではなく(第一そんな話はできません(笑))、ここ10数年で新たに見つかった智恵子に関する資料の紹介を致しました。
 
二本松では平成2年(1990)に、智恵子の生家を改修し、裏手に智恵子記念館を建設、さらにそれに合わせて『アルバム高村智恵子-その愛と美の軌跡-』という書籍が刊行されました。
 
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執筆は北川太一先生ですが、レモン会の根本豊徳副会長のお骨折りでできたものです。当時知られていた智恵子資料のほとんどが収められており、今でも智恵子に関する資料集としてはこれを凌駕するものはなく、版を重ね、智恵子記念館等で販売されています。
 
当時知られていた智恵子が映っている写真はほとんど掲載されていますし、智恵子が書いた詩や随筆、アンケートなどの智恵子文筆作品はすべて網羅されています。それ以外にも智恵子絵画、光太郎を含め関連する写真などがとにかくふんだんに使われています。
 
ただ、ページ数の関係で、智恵子書簡は全てが掲載されているわけではありませんでした。
 
それを補っているのが筑摩書房刊行の『高村光太郎全集』別巻(平成10年=1998)です。
 
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こちらには、当時知られていた智恵子の書簡66通+参考書簡2通(智恵子の親友・田村俊子の書いた小説に引用されたもの)が全て掲載されています。
 
で、昨日は、『アルバム高村智恵子』の刊行後に見つかった智恵子写真、絵画、『高村光太郎全集』完結後に見つかった智恵子書簡などを、プロジェクタで投影しながらご紹介しました。
 
最近見つかった絵画のうち、明治44年(1911)、雑誌『少女世界』の口絵としてカラー印刷された「お人形」という作品があります。そのページだけ切り取った状態のものを入手したので、智恵子記念館で展示して下さいということで、寄贈して参りました。近々展示されると思います。
 
当方講演の後は、懇親会ということで、会食しつつ、参会の方々のスピーチでした。
 
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花巻からお見えで、光太郎が暮らした山小屋「高村山荘」のある太田地区の振興会長・佐藤定氏、昨年のこの会でご講演なさった坂本富江さん、十和田からお越しの山本隆一氏(乙女の像の関連でお世話になっております)、やはり花巻で、小学生の頃、山小屋時代の光太郎に郵便を届けていた浅沼隆氏などなど。
 
二本松、花巻、十和田、さらに全国のこうした光太郎智恵子ゆかりの地の地域ぐるみの交流も今後の課題ですね。
 
その後、閉会。何やらいろいろな方からお持たせのお菓子等頂いてしまい、感謝、恐縮しながら帰りました。
 
この記事を書いている現在、台風18号が関東に上陸中ですが、昨日はまだ風雨もそれほどでなく、無事に帰って来られました。当方、今日はおとなしくしておりますが、明日からまた十和田です。ちょうど台風の動きを避けることができて、タイムリーでした。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月6日
 
昭和38年(1963)の今日、前月から奈良の大和文華館で開催されていた「高村光太郎展」の関連行事として、光太郎と交流の深かった美術史家・奥平英雄の講演が行われました。
 
 閲覧数が50,000件を超えました。ありがとうございました。

福島からコンサート情報です。 

浜根由香 東北を謳う

期 日 : 2014年10月19日(日)
会 場 : 南相馬市民文化会館 ゆめはっと多目的ホール
時 間 : 開場 13:30  開演 14:00
料 金 : 
前売2,500円 当日3,000円
出 演 : 
浜根由香 樋口雅礼 中島裕康
 
  : 遠野(柳田国男作 唯是震一作曲) 樹下の二人(高村光太郎詩 小山清茂作曲)他
 
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純邦楽です。曲目にある「樹下の二人」は箏曲と唄によるもので、以前にもご紹介しました箏曲奏者・下野戸亜弓さん友渕のりえさんなどもレパートリーにされています。というか、元々この曲は友渕さんによる委嘱作品です。
 
会場は福島の南相馬。東日本大震災による被害の最も大きかった自治体の一つです。そこでこのコンサート、復興支援も兼ねているそうで、収益金は市社会福祉協議会に寄付されるそうです。
 
チラシの裏面には、震災関連の記述も。
 
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一口1,000円で協賛される方には、当日のライヴ音源CDが送られるそうです。
 
こういう形での復興支援もあるのですね。

追記  浜根由香さんは、平成28年(2016)6月、胃ガンのため亡くなりました。謹んでお悔やみ申し上げます。
 
 
さて、別件で飛び込みのテレビ放映情報です。ただし、北海道限定のようです。 

旅の達人がいく!阿藤快のにっぽん漫遊記

HBC北海道放送(Ch.1) 2014/10/5(日) 午前6:00~6:30
 
“旅の達人"阿藤快さんが『歴史の里』を訪れ、様々な歴史や文化の名残に触れていきます。もちろん、当地の銘菓や郷土料理も鋭い嗅覚で見つけ出し味わっていきます。
 
【みちのく阿武隈の歴史と味を探訪】  今回、訪れるのは福島県二本松市。  夫の高村光太郎が出版した詩集「智恵子抄」で知られる妻、日本の洋画家、高村智恵子ゆかりの地で、造り酒屋であった生家の裏には彼女の油絵や紙絵が展示されている「智恵子記念館」を訪れます。室町時代に築城された、日本100名城の一つ、二本松城もご紹介します。
 
元々はBS日テレさんで制作していた番組のようで、一昨年あたりに本放送があったようです。
 
北海道のみなさん、ぜひご覧下さい。
 
ちなみに10月5日といえば、「レモンの日」。智恵子の命日です。HBC北海道放送さん、それに合わせてこの放送日程を組んだのでしょうか?
 
さらに言うなら、この日(ってもう明日ですが)は二本松で智恵子命日の集い「レモン忌」も開催され、当方、記念講演をします。
 
今日は武蔵小金井にテルミン奏者・大西ようこさんらのユニットotoyomiさんのコンサート「otoyoMuseum 四ノ館『智恵子抄』」を聴きに行って参ります。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月4日
 
明治30年(1897)の今日、智恵子の弟・啓助が誕生しました。
 
智恵子は明治19年(1886)の生まれですので、11歳下になりますが、長男だったため、後に長沼酒造を継ぎます。しかし、啓助の代で破産。その後は上京してダフ屋や廃品回収業のようなこともやり、それでも困ったときには光太郎に金の無心をしましたが、昭和10年(1935)、数え39歳で頓死しました。ある意味、かわいそうな人物です。

二本松からイベント情報です。

みんなで語る「智恵子抄」しゃべり場

と  き 10月13日(月・祝) 午後2時開会  1時半会場
ところ 二本松市民交流センター2F 大会議室
参加費  無料(要予約)
プログラム(ズバリホンネで語る「智恵子抄」フリートークライブ!)
 第一部 私の中の智恵子抄   智恵子と光太郎への想いを語る
 第二部 智恵子と二本松 生誕の地二本松のこれからを語る
参加予定者 二本松市長、二本松市教育長、智恵子の里レモン会長、あだち観光協会長、
      二本松観光協会長、市文化団体連合会長、市婦人団体連合会長、
      二本松未来創造ネットワーク代表、二本松青年会議所代表、安達中生徒代表、
      智恵子のまち夢くらぶ会員・会友、一般参加の申込者
定員  60名(以前の案内より増えています)
申し込み/問い合わせ 熊谷さん 0243-23-6743
 
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主催は「智恵子のまち夢くらぶ」さん。
 
二本松には智恵子の生家、併設の智恵子記念館、その一帯の智恵子の杜公園などがありますし、いろいろなイベントや、学校教育の場でも光太郎智恵子を取り上げて下さっています。しかし、原発事故による観光客の減少、いわれなき風評被害など、深刻な仮題も。そこで、地域としての取り組みのあり方を、公開の場で論じるようです。
 
地域外の方々の御意見というのも、貴重なものです。実際、二本松に足を運ばれて、「ここがこうだともっとよかった」とか、「私たちの地域ではこんなことをやっている」など。
 
ぜひ足をお運び下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月29日002
 
平成6年(1994)の今日、文治堂書店から刊行されていた『髙村豊周文集』全5巻が完結しました。
 
豊周は光太郎の弟にして、鋳金の人間国宝。家督相続を放棄した光太郎に代わって、高村家を守り続けました。
 
その豊周が雑誌等に発表した文筆作品の集成です。随所で光太郎智恵子に触れるほか、日本工芸史の貴重な記録でもあります。
 
「髙村豊周文集刊行会」の編。先頃亡くなられた子息の規氏の名が代表になっています。
 

二本松ネタを続けて書いていますので、新着情報ではありませんが、ついでに。
 
昨年刊行されていた雑誌なのですが、その存在を最近知りまして、先頃入手しました。 

『地図中心』 2013年12月号 特集  二本松~ほんとの空の下に~

2013/12/10 一般財団法人日本地図センター発行   定価457円+税 
 
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「地図を楽しむ月刊誌」というキャッチコピーで、現代の国土地理院発行の地形図や古地図などをもとに、日本全国を紹介している雑誌です。
 
で、昨年の12月号の特集が二本松でした。サブタイトルには光太郎詩「あどけない話」中の「ほんとの空」の語。
表紙には、二本松駅前にある橋本堅太郎氏作、智恵子の像「ほんとの空」。いくつかの記事で智恵子の生家、智恵子記念館、「あどけない話」を紹介しています。
 
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もちろん、それ以外の二本松名所の数々も紹介されていますし、東日本大震災についても触れられています。
 
インターネットでの申し込みで購入可能です。ぜひお買い求めを。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月26日
 
平成10年(1998)の今日、台東区の朝倉彫塑館で、企画展「五人の彫塑家」が開幕しました。
 
「五人」は光太郎、荻原守衛、朝倉文夫、中原悌二郎、戸張孤雁です。

智恵子の故郷、福島は二本松からイベント情報です。

第60回 菊の祭典 二本松の菊人形

 催 : 一般財団法人二本松菊栄会
 間 : 2014年10月11日(土)~11月24日(月・祝)  午前9時~午後4時
 場 : 福島県立霞ヶ城公園(国指定史跡 二本松城跡 二本松I.C.から車で5分)
テーマ : 二本松築城600年「にほんまつヒストリア」
 金 : 一般大人 500円  障害者大人 300円  高校生以下無料

同時開催
◦ 福島県菊花品評大会  ◦ 二本松菊花品評大会  ◦ 二本松観光物産展  ◦ 霞ヶ城公園紅葉まつり
 
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ここ数年、「八重の桜」や「平清盛」といったNHK大河ドラマがらみで行っていましたが、今年のテーマは「二本松築城600年「にほんまつヒストリア」」だそうで、地元にゆかりある人物や歴史に焦点を当てた内容にすることが、早くから報じられています
 
このまま大河ドラマがらみでやっていくと、今年は黒田官兵衛なので問題ありませんが、来年には仇敵の長州藩となってしまいます。突然変更するのもわざとらしいので、今回からの改変は時宜を得ていますね。
 
地元にゆかりある人物、ということで、伊達政宗や丹羽長秀、二本松少年隊や安達ヶ原の鬼女にまじって、光太郎智恵子の人形も出ます。題して「あどけない話 詩人高村光太郎と智恵子 結婚100周年」。光太郎智恵子を扱うのは初めてではありませんが、久しぶりだと思います。ありがたいかぎりです。
 
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リーフレットは、当方、東京八重洲にある県のアンテナショップ・福島県八重洲観光交流館でいただいてきました。
 
昨年は八重効果で来場者数が増加したそうですが、今年は期間も1週間延長されましたし、さらに多くのみなさんにいらしてほしいものです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月25日
 
昭和63年(1988)の今日、雑誌『彷書月刊』が「特集 高村智恵子」を組みました。
 
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同誌は彷徨社、のち弘隆社から刊行されていた古書情報誌です。題字は北川太一先生です。
 
「特集 高村智恵子」は計22ページ。豪華な執筆陣です。以下、敬称略でラインナップを。
 
北川太一 尾崎実子 岡村康彦 黒澤亜里子 山本有紀乃 疋田寛吉 杉本優 加藤剛 岩下志麻 駒尺喜美 黛節子

このブログでたびたびご紹介している、兵庫県人権啓発協会さん企画、東映さん制作の40分程のドラマで「ほんとの空」。福島の原発事故による風評被害、いわれなき差別を扱っています。そこでタイトルに光太郎詩「あどけない話」から「ほんとの空」の語を採っています。白石美帆さん他のご出演です。
 
各地の自治体が中心となり、上映が繰り返されています。この20日には、滋賀県の守山市で開催された「じんけんフェスタしが2014」で上映されました。今後も全国で上映されますのでご紹介します。 

町別啓発学習会 テーマ ~あなたの思いをわたしのものに~

2014/9/27 午後7時~
内野公民館曲淵分館  福岡県福岡市早良区大字曲渕700-1
講師 早良区生涯学習推進課 人権教育推進 木村哲也氏
 

本庄市人権教育研修会

2014/10/01(水)13:30~15:20 河内生活改善センター 埼玉県本庄市児玉町河内670-10
10/08(水)  〃        児玉文化会館(セルディ)   〃     金屋728-2
10/15(水)  〃        共和公民館        〃     蛭川915-5

地区別人権学習会

2014/10/27(月) 午後2時~3時45分 豊受公民館   群馬県伊勢崎市馬見塚町1296
2014/10/28(火)     〃     茂呂公民館     〃    美茂呂町3032-7
2014/10/29(水)     〃     赤堀公民館     〃    西久保町2-81 
2014/11/06(木)     〃     南公民館      〃    上泉町619-1
2014/11/07(金)     〃     境剛志公民館    〃    境下武士862-3
2014/11/17(月)     〃     北公民館      〃    平和町27-32
 
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福島の現状、震災から3年半が経過しても、やはり厳しいものがあります。光太郎の「道程」が引用されているということで、先日、NHKEテレで放映されたETV特集「それでも道はできる~福島・南相馬 コメ農家の挑戦~」を拝見しました。
 
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震災当初の放射能汚染、さらには、昨年の夏に実施した福島第一原発での大規模ながれき撤去で飛散した放射性物質が、約20㎞離れた南相馬市の水田の米を汚染した可能性が高い、それを国や東電は地元に説明せず、今年に入ってようやく報道された、などという話も紹介されました。それでも自分たちの生まれ育ったふるさとで、米作りに取り組み続ける人々の姿が描かれていました。
 
プラス、風評被害まであったものではたまりません。そうした風潮を戒める人権啓発のための作品「ほんとの空」上映です。
 
こうした取り組みが全国的にもっともっと広まってほしいものですし、「ほんとの空」、テレビでの全国放映もしていただきたいものです。

 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月24日002
 
昭和9年(1931)の今日、JOBKから朗読番組「文化ラヂオ・プログラム」第五回「高村光太郎詩集より」が放送されました。
 
詩は「沙漠」「牛」他六篇。朗読は声楽家の照井栄三でした。この頃から、光太郎の詩がラジオでたびたび取り上げられるように成っていきます。照井の他に丸山定夫、映画「智恵子抄」で光太郎役だった山村聰などが朗読を担当しています。

照井は「瓔三」の名でも活動していました。

 
 

テレビ放映情報です。 

ETV特集「それでも道はできる~福島・南相馬 コメ農家の挑戦~」

NHKEテレ 2014年9月19日(金)24:00~25:15 = 9月20日(土) 午前00時00分~1時15分
 
福島県南相馬市で農業再生に取り組む農家を1年追ったドキュメンタリー。放射能に対する不安を抱えながら研究を続け、今年2月にはチェルノブイリの農家を訪ねる旅に出た。
 
番組内容
原発20キロ圏の内と外にまたがる南相馬市太田地区。ここでは農家自らが放射性物質の移行を究明しようと田の水や土を細かく調べ研究者と共に試験田を作ってきた。さらに収入確保のために太陽光パネルを設置、売電事業を始めるなど農業の火を消さないよう努力を続けている。今年2月にはウクライナを訪問、チェルノブイリ原発事故で被災した農家に会い農業再生のヒントを探った。30年後の「ふるさと」を見据えた農家の取り組み。
 
語り 上田早苗
 
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再放送です。本放送は9/13のやはり深夜にありました。番組内容の説明等に光太郎や智恵子の語がないのでノーマークでしたが、番組の感想をつづったツイッターの投稿などから、番組最後に光太郎の「道程」が引用されていたという情報を得ました。まあ、それがメインではないので、番組内容の告知にそれが入っていないのは仕方がないでしょう。
 
こういうケースは結構あります。テレビ番組に限らず、イベントやコンサートなどにしてもそうですが、終わってから光太郎智恵子に絡む内容だったというのが判明するケースです。終わった後で事前の告知をネットで見つけてみても、詳細が書かれておらず、光太郎智恵子に絡む内容であることが事前にわかりようがなかったりします。
 
今回のように再放送があればいいのですが、そうでない場合はそれっきりです。イベントにしても同様ですね。そういう場合には、「こんなイベント(テレビ番組)がありました」と、このブログでご紹介するのをためらいますし、紹介しないで済ませてしまうこともたびたびです。事前の告知をきちんとやらないということで、制作者なり主催者なりの意気込みがそれほどでないのかな、と判断し、そういうものを紹介する気にならないというスパイラルです。
 
つい先日も、ある伝統芸能の公演でそういうことがありました。それを観た方のブログでそういう公演があったと知り、事前告知的なページを探したところ、やはり詳細が書かれていなかったケースです。その方のブログには「例によって特にコレといって宣伝も告知もされていなかった印象で、ガラガラというほどでもないけど、スカスカという感じ。「○○回記念公演」というには、いささか寂しい」「素朴なギモン的に、 それで結局、いったい何のためにやっているのだろう?やっぱし思い出作りかな?」といった文言が並んでいました。「例によって」とあるので、いつものことなのでしょう。しかし、終わった後に新聞では紹介されています。主催者はそういうところにあぐらをかいているのではないかとうがった見方をしてしまいます。
 
「仲間うちでこぢんまりとやる」とか、それこそ自分たちの「思い出づくりのためにやる」というのならいいのですが、だったら「公演」と銘打つなと思います。
 
話がそれましたが、「ETV特集」、ぜひご覧下さい。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月18日
 
平成5年(1993)の今日、埼玉県加須市の福祉会館大ホールで、高村光太郎記念会事務局長・北川太一先生の講演「与里と光太郎の時代」がありました。
 
「与里」とは斎藤与里。明治45年(1912)、岸田劉生や光太郎らとヒユウザン会(のちフユウザン会)を結成し、日本洋画の革新を目指した画家です。
 
加須は与里の故郷で、この日の講演は「斎藤与里記念館建設をすすめる会」の報告会の一環でした。他に光太郎詩の朗読、合唱、資料展示なども行われたとのことです。

二本松市で智恵子の顕彰活動を続けられている「智恵子の里レモン会」さんの会長・渡辺秀雄氏から、いろいろと届きました。
 
まずはレモン会さん主催の智恵子命日の集い「レモン忌」案内。 

第20回レモン忌開催のご案内

 皆様には益々御健勝にてご活躍のことと拝察申し上げますとともに小会へのご協力誠にありがたく御礼申し上げます。
 さて、今年は詩集「道程」出版及び光太郎・智恵子結婚百年にあたる節目の年にあたりますが、下記の要領にてレモン忌を開催いたしますのでご案内申し上げます。
 つきましては、ご多忙のところとは存じますがお知り合いの方々もお誘い合わせの上、ご参加くださいますようお願い申し上げます。
 
 
1.期  日    2014年10月5日 9:30受付開始
2.会  場    ラポートあだち 二本松市油井字濡石16 0243-23-5250 
         (智恵子記念館ではありません)
3.内  容    ① 開会セレモニー    10:00~11:00
          ② 記念講演 『智恵子、新たなる横顔』
             講師 小山弘明  高村光太郎連翹忌運営委員会代表
          ③ 懇親会  軽食を摂りながら懇親を深めて下さい  15:00閉会
4・会  費    3,000円
5.申し込み   戸田屋商店 0243-23-4858
  
という日程だそうです。  
 
思えば昨年のレモン忌には、十和田湖奥入瀬観光ボランティアの会のみなさんがいらっしゃり、それが機縁で、当方、いろいろと十和田関連のお仕事をいただくようになりました。人と人との機縁というのは、面白いものです。
 
 
その昨年のレモン忌の様子などが書かれた先月発行の『智恵子の里レモン会報』もいただきました。
 
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『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』を書かれた坂本富江さんによる昨年の記念講演の様子、それから当会刊行の『光太郎資料』についても詳細にご紹介下さっています。
 
 
さらに、先月から今月にかけ、地元紙『福島民報』さんに連載された、渡辺会長による「ふくしま人 高村智恵子」全5回分のカラーコピーもいただきました。
 
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非常によくまとまっており、感服しました。レモン忌の記念講演も、当方ごときがやらなくても、会長自らなさった方がいいのでは、と思わせる内容で、ある意味プレッシャーです(笑)。
 
 
というわけで、もうすぐレモン忌です。ちょうど二本松の提灯祭り期間に当たっているそうで、そちらも併せて足をお運び下さい。

 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月16日
 
昭和13年(1938)の今日、雑誌『いづかし通信』第1号に、短歌二首が掲載されました。
 
この家に智恵子の息吹みちてのこりひとりめつぶる吾(あ)をいねしめず
 
光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所に住みにき
 
他の四首とともに、昭和16年(1941)刊行の『智恵子抄』に、「うた六首」として収められました。
 
智恵子の死を謳った詩「レモン哀歌」や「荒涼たる帰宅」のあとに掲載されているので、智恵子歿後の作品と思っている方が多いようですが、違います。
 
「この家」「此所」は、駒込林町25番地のアトリエ兼住居です。

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2回に分け、智恵子の故郷・福島は二本松からの情報をご紹介します。
 
まずは地方紙の記事から。 

秋の訪れ華やかに演出 二本松で「県芸術祭」開幕式典

福島民友新聞 9月14日(日)
 
 県内最大の芸術文化団体の祭典「第53回県芸術祭」の開幕式典は13日、二本松市で行われ、「智恵子の里に集う文化で深める絆」をメーンテーマに出演者が“芸術の秋”の訪れを華やかに演出した。県芸術文化団体連合会、県、県教委、二本松市などの主催、福島民友新聞社などの後援。
 本年度は県北を重点地区に開催。7月から12月までの期間中、県内全域で主催行事や参加行事を数多く繰り広げる。
 この日は約1200人が来場。式典では鈴木千賀子県文化スポーツ局長、高城俊春県芸術祭運営委員長、宍戸貞之県芸術祭県北地区実行委員長があいさつ。新野洋二本松市長が祝辞を述べた。
 開幕行事では、伊達市の川前愛宕神社獅子舞保存会が「川前愛宕神社獅子舞」などを披露した。
 
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以前にご紹介した、福島県芸術祭の開幕式典の報道です。芸術の秋、という感じになって参りました。
 
 
 もう一件、別件です。 

二本松の広瀬さん ご当地ヒーローに変身

福島民報 9月14日(日)
 
 福島県二本松市の飲食店経営広瀬和重さん(50)は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で被災した市民を元気づけようと、ご当地ヒーロー「光の戦士ツインウェイター」として活動を始めた。 
 広瀬さんは20代前半に俳優の真田広之さんに憧れ、東京都のアクション俳優養成所「ジャパンアクションクラブ」に入所した。6年間活動した後、会社勤務を経て実家の飲食店を継いだ。 
 震災と原発事故後、県内の雰囲気が暗く、笑顔があまり見られなくなったように感じた。「かつて学んだアクションを生かし、ご当地ヒーローとしてみんなを元気づけよう」と考えた。本業の傍ら劇団HERO’S ACTION CLUBを設立し、団員を募った。 
 「二本松」にちなみヒーローの名前は「ツイン(2つ)ウェイター(待つ)」とし、赤と黄色の2人のヒーローが「ほんとの空」を取り戻すため、安達ケ原の鬼婆伝説を基にした怪人と戦うストーリーを作った。 
 28日に白河市で開かれる「ご当地キャラこども夢フェスタinしらかわ2014」のステージに立つ。出番は午後1時10分からで、今までで一番大きな舞台だ。広瀬さんは「ヒーロー同士の友情や悪者に立ち向かう勇気を見てほしい」と話している。 
 団員を募集中で、出演依頼も受け付ける。問い合わせは広瀬さん 電話080(6013)7378へ。
 
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子供たちに夢を与えてほしいものです。
 
 
もう一件、二本松在住の渡辺元蔵氏から、同人誌『現代詩研究』第73号をいただきましたのでご紹介します。
 
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平成22年(2010)、二本松駅前に建立された智恵子の像「ほんとの空」の作者、日展の彫刻家、橋本堅太郎氏について書かれた「橋本堅太郎作品について」、二本松市教育委員会により行われている「智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール」について書かれた「第十八回智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール智恵子大賞について」が掲載されています。
 
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こうした地道な努力により、光太郎智恵子の名が後世に伝えられていってほしいものです。
 
 
【今日は何の日・光太郎 補遺】 9月15日
 
明治42年(1909)の今日、智恵子の祖父、長沼次助が隠居しました。
 
次助は元々新潟の出身です。杜氏として二本松にやってきて、そのまま居着き、一代で長沼酒造を興しました。隠居後は智恵子の父、今朝吉に家督を譲ります。
 
今朝吉は、次助の妻・ノシの連れ子、センと結婚し、夫婦で次助と養子縁組をしたので、次助と血縁はありません。その長子が智恵子です。

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