カテゴリ:東北 > 福島県

智恵子の故郷・福島二本松系の話題が続きましたので、若干先の話も含めてやはり二本松系の小ネタを3件。

まずはボランティアの募集。

二本松市太田地区で竹切り作業のボランティアを募集します!

二本松市太田地区で、日々の農作業を支える大切な「道」の整備をお手伝いいただける方を募集しています。今回は、山間にある農地へと続く農道の整備のお手伝いをお願いします!

活  動  日 : 2026年5月30日(土)~31日(日) どちらか1日だけの参加もOK!
活動場所 : 福島県二本松市長折四本松
必要経費 : 無料
募集対象 : 社会人 / 大学生・専門学生 / 高校生 / シニア
 ・農村や田舎の暮らしにちょっとでも興味がある方
  (18歳以上/未成年の方は保護者と一緒にご参加ください)
 ・自然のなかで学ぶことに関心がある方
 ・農業や、地球にやさしい暮らしに興味がある方
 ・家族で自然とふれあう体験をしてみたい方
 ・地域の人たちと一緒に何かやってみたいと思っている方
 ・募集人数 10名

 二本松城(霞ヶ城)を中心とした城下町として栄えた歴史があり、戊辰戦争では「二本松少年隊」の悲劇で知られ、会津藩と並び戦災に見舞われた場所です。また、「智恵子抄」で知られる詩人・高村光太郎の妻、智恵子の生家があります。
 登山やスキーが楽しめる安達太良山をはじめ、岳温泉、霞ヶ城公園など、四季折々の自然と風景が楽しめる観光資源に恵まれています。
 阿武隈山系と安達太良山の麓に広がる中山間地域では、地形の特性を活かした農業が営まれており、果樹・野菜・米を中心に高品質な農産物が数多く生産されています。
000
智恵子生家/智恵子記念館とは少し離れた場所ですが、「智恵子抄」の語を使われてしまっては、紹介せざるを得ません(笑)。

続いては、以前も同様の件をご紹介しましたが、移住相談会の実施について。

【R8.6.6東京開催】二本松市移住出張相談会を開催します

期 日 : 2026年6月6日(土)
会 場 : ふくしまぐらし相談センター窓口 千代田区有楽町2-10-1東京交通会館8F
時 間 : 10時30分~16時30分 ※ご相談1回あたり約60分×4回
料 金 : 無料

二本松市移住出張相談会とは
 「ふくしま市町村出張相談デスク」として、二本松市の移住担当職員と福島県の移住相談員(※)がタッグを組み、皆さんの移住などに関する相談を受け付ける1日だけの相談会です。
※福島県が東京有楽町に設置する移住相談窓口「ふくしまぐらし相談センター」の相談員。

 移住って何から始めればいいの・・・という移住全般の相談から、移住してから不安なこと、市町村に住んでいないとわからないリアルなことなど・・・移住生活に興味はあるけれど具体的にイメージできない方、移住に向けて一歩踏み込んだ話をしたい方など、ぜひこの機会にお気軽にご相談ください。

福島県二本松市はこんなところです
 首都圏から新幹線で約2時間程度。「智恵子抄」で詠われた『ほんとの空』が広がる二本松市は城下町として栄え、温泉や里山など田舎暮らしをしたい方の望むものが揃う一方、病院や公園などの遊び場も多く、子育て世帯も住みやすい街です。福島県の中でも、県庁所在地である福島市と、人が多く集まる商業都市である郡山市のちょうど中間地点に位置しており、利便性にも優れています!

ご相談内容の例
 地域おこし協力隊制度・募集情報のご紹介
 二本松市での暮らし、仕事、住まいについてのご相談
 具体的な移住支援制度についてのご紹介
 子育て支援についてのご案内
 移住された方の事例についてのご紹介

相談のご予約
 ご予約は下記URLから、ゆびナビぷらすページへアクセス。
 https://NihonmatsuCity.ubinavi-plus.com/yb/page/ybSurvey.php?hidReportList=RPT0000249
 必要事項を入力のうえ、第1~2希望まで相談時間を選択してください。
 決定した相談時間などについて、あらためて二本松市秘書政策課よりご連絡いたします。
 申込締め切り 令和8年6月5日(金)15時までとさせていただきます。

お問い合わせ 二本松市秘書政策課総合政策係 移住窓口
 〒964-8601 福島県二本松市金色403番地1
 電話 0243-24-7120 ファックス 0243-22-7023
 Mail sougouseisaku@city.nihonmatsu.lg.jp
001
最後についでですのでテレビ放映情報も。平成23年(2011)初回放映の2時間ドラマです。年に1、2回は再放送が行われていますが。

おかしな刑事8 居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査!東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!

地上波テレビ朝日 2026年5月25日(月) 13:55〜15:50

ある日、東京タワー近くの公園を訪れた鴨志田は、30年前に同所で起きた幼女誘拐事件の被害者の父と再会する。その事件の主犯は交通事故死、懸命な捜査の甲斐なく共犯者の行方もわからないままだった。その夜、会社社長の冬木が刺され、重体となる事件が発生。冬木のもとには「東京タワーは知っている」という脅迫状が届いていた。そんな中、ホームレスの男・駒田が刺殺体で発見された。鴨志田は“駒田"という名字が気にかかり…

◇出演者 伊東四朗、羽田美智子、石井正則、小倉久寛、辺見えみり、山口美也子、
     木場勝己、小沢象、丸山厚人、菅原大吉 ほか
002 003
事件関係者の一人が二本松の出身、そこで容疑者(実は無実)が二本松に潜伏、という設定で、智恵子生家/智恵子記念館を含む智恵子の杜公園や安達太良山などでロケが行われました。
004
006
007
008
ぜひご覧下さい。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 18 『高村光太郎』日本詩人全集9

昭和41年(1966)11月10日 新潮社 高村光太郎著 草野心平編
PXL_20260520_103741401
PXL_20260520_103759652 PXL_20260520_103812113
目次
 高村光太郎・人と作品 草野心平
 道程(詩集「道程」及びその時代)
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 寂寥 声 新緑の毒素 父の顔 泥七宝
  夏の夜の食慾 犬吠の太郎 さびしきみち 冬が来る 狂者の詩 よろこびを告ぐ
  冬が来た 牛 道程 群集に 婚姻の栄誦 五月の土壌 秋の祈 白昼の空気 泥七宝
  粘土 あたり前 わが家 海はまろく 晴れゆく空 無為の白日 序曲
  丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコツチイ マアチ 米久の晩餐
  クリスマスの夜 下駄 冬の送別 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ 鉄を愛す
  とげとげなエピグラム (詩歌の城に) 新茶
 猛獣篇(「猛獣篇」及びその時代)
  清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥
  竜 よしきり鮫 マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 春駒 月曜日のスケルツオ
  氷上戯技 首狩 車中のロダン 無口な船長 後庭のロダン 葱
  ミシエル オオクレエルを読む 秋を待つ 深夜 火星が出てゐる 冬の奴 偉大なるもの
  怒 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ エピグラム 母をおもふ
  天文学の話 偶作十五 或る墓碑銘 彼は語る 当然事 さういふ友 夏書十題 触知
  存在 旅にやんで その詩 首の座 晴天に酔ふ  上州湯桧曽風景 或る筆記通話 無題
  激動するもの 上州川古「さくさん」風景 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人
  のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 似顔 霧の中の決意 レオン ドウベル
  もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 村山槐多 鯉を彫る 荻原守衛 堅冰いたる
  老耼、道を行く 天日の下に黄をさらさう 団十郎像由来 地理の書 つゆの夜ふけに
  へんな貧 蝉を彫る 最低にして最高の道 朋あり遠方に之く 寒夜読書 美しき落葉
 智恵子抄
  人に(いやなんです) おそれ 或る宵 郊外の人に 人に(遊びぢやない) 僕等 晩餐
  淫心 樹下の二人 金 夜の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話
  同棲同類 美の監禁に手渡す者 人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
  値ひがたき智恵子 山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首
  松庵寺 もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル 裸形 あの頃 吹雪の夜の独白
  智恵子と遊ぶ
 典型(「典型」及びその時代)
  序 雪白く積めり 暗愚小伝 「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 おれの詩
  月にぬれた手 典型 田園小詩 人間拒否の上に立つ 十和田湖畔の裸像に与ふ
  弦楽四重奏 生命の大河
 詩の勉強 自分と詩との関係 生きた言葉 雅歌 雑記帳より 触覚の世界 人の首
 九代目団十郎の首 書について 楽聖をおもふ 満目蕭条の美 新茶の幻想 智恵子の半生
 姉のことなど 父との関係
 解説 草野心平
 高村光太郎年譜 北川太一
 月報
  高村豊周記(二篇) 林町のアトリエ 尾崎喜八 高村光太郎読書案内 北川太一

新書サイズよりやや大きめ、シリーズものの「日本詩人全集」の一冊です。

今日、5月20日は福島の安達太良山の麓で生まれた智恵子の誕生日です。生誕140年となります。

5月17日(日)に開催された第72回安達太良山山開きの報道を3件。

まず地方紙『福島民報』さん。

「ほんとの空」を間近で 安達太良山開きに4000人

 日本百名山の安達太良山(1700メートル)は17日、山開きした。晴天に恵まれ、県内外から訪れた約4000人の登山者は新緑を楽しみながら山頂を目指した。
 山開きは72回目。山頂で先着3000人にペナントが配られた。「ほんとの空大声コンテスト」もあり、男性部門は高橋武士さん(山形県天童市)、女性部門は林千明さん(猪苗代町)が大賞に輝いた。
 安全祈願祭は福島県二本松市の奥岳登山口で行われた。安達太良連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使でタレントのなすびさんらがシーズン中の無事故を祈った。
民報
同じく『福島民友』さん。

安達太良山開きに4000人 “ほんとの空”の下パノラマ満喫

 福島県二本松市、猪苗代町などにまたがる日本百名山の一つ、安達太良山(1700メートル)で17日、第72回山開きが行われた。県内外から訪れた約4000人が新緑の登山道を歩き、山頂を目指した。
 登山者の多くがクマ鈴を鳴らしながら歩を進めた。山頂からは磐梯山や残雪の飯豊連峰、阿武隈の山並みが一望できる絶景のパノラマを満喫。
 仙台市から職場仲間同士で訪れた54歳女性と43歳女性は「安達太良は登りやすく、好きな山の一つ」と声を合わせた。

大声大会を初開催
 山頂では安達太良連盟が記念ペナント3000枚を配布したほか、初の大声コンテストが開かれ、”ほんとの空の下”で20人が「ホントの気持ち」「今年の目標」などを叫んだ。
 同連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使のタレントなすびさん(福島市出身)らが審査した。
 大賞には高橋武士さん(47)=山形県、林千明さん(54)=猪苗代町=が選ばれた。
民友
NHKさんのローカルニュースでも。

安達太良山で山開き 青空の下 登山客でにぎわう 福島

 「日本百名山」のひとつ、福島県の安達太良山で17日、ことしの山開きが行われ、青空の下、多くの登山客でにぎわいました。
000
 二本松市や猪苗代町などにまたがる標高およそ1700メートルの安達太良山は、磐梯朝日国立公園内にあり、県内外から多くの登山客が訪れます。
001
 17日は午前8時すぎから二本松市の「奥岳登山口」で安全祈願祭が行われ、地元の関係者などおよそ20人が玉串をささげて今シーズンの安全を祈りました。
 このあと、およそ4000人の登山客が、すっきりと晴れた青空の下、山頂を目指し、山の中腹では、周囲に連なる山々の景色を写真に収めたり、時折吹く心地よい風を受けて休憩したりしていました。
002
 宮城県から訪れた女性は「最高の青空です。ほんとの空を見ることができてよかったです」と話していました。
003
 また、登山客の多くはクマ鈴をつけるなどのクマ対策を取っていて、郡山市から訪れた男性は「クマも心配ですが、人が多くいれば少し安心だと思って来ました。磐梯山や奥会津の山にも登ってみたいです」と話していました。
004
 二本松市によりますと、今シーズンの奥岳登山口からの登山客は、昨シーズンと同じおよそ7万2000人を見込んでいるということです。
006
このニュース、泊めていただいた郡山市の宿で、翌朝に拝見しました。全国ニュースの一部で、ダイジェスト版でしたが。
PXL_20260517_200745497
PXL_20260517_200754213
PXL_20260517_200806985.MP
山開き当日だけでなく、この後の登山シーズンを通して多くの形にいらしていただき、「ほんとの空」を実感していただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 17 『高村光太郎全詩集』

昭和41年(1966)1月15日 新潮社 高村光太郎著 尾崎喜八・草野心平・伊藤信吉・北川太一編纂
PXL_20260519_020850356
PXL_20260519_020834413 PXL_20260519_020928434 PXL_20260519_020946737
目次
 「道程」以前
  秒刻 マデル 豆腐屋 博士 あらそひ
  敗闕録
   ㈠われ千たび君を抱かむ ㈡君を見き ㈢遁れたる君は遣らばや
   ㈣眠りてあれか目覚めよか
  にほひ
  LES IMPRESSIONS DES OũONNAS
   TU VOIS?
   LE SOURIRE CACHÉ
   L'ABSINTHE
   POUSSE―POUSSE Á LA GUM―WA
 詩集「道程」 
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗
  庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風 新緑の毒素 頽廃者より
  「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの 手 金秤 はかなごと
  めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日 父の顔
  泥七宝
   (ちらちらと) (家を出づるが) (きりきりと錐をもむ) (もらつた人形を)
   (それと知つて) (かなしや人は) (つくづく見れば) (われは気違ひとぞとよ)
   (長き睫毛の) (生れてより) (女よ、高ぶるなかれ) (読みてゆけば) (知らぬ顔の)
   (酔へる人の) (八重次の首は) (女の涙を) (人ごみのおもしろや)
   (たてひき知らぬ人に) (おもしろや) (淋しい顔は) (両国橋の橋の上)
   (われをなげけとか) (「勝てば官軍」) (妻もつ友よ) (月さへいでて) (弱きは女の)
   (たとひ離れて) (それでみんなか) (さきがさきなら) (ひとりものには)
   (腕をくんで考へる) (腹をたつたむかしも)
  ビフテキの皿 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に(いやなんです)
  夏の夜の食慾 或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて
  梟の族 冬が来る カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ
  カフエにて 師走十日 戦闘 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山
  よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩 牛 僕等 道程 愛の嘆美 群集に
  婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐 五月の土壌 淫心 秋の祈
 「道程」時代
  友よ PRÉSENTATION 侵蝕 失走 或日の午後 街上夜曲 雪の午後 (別れぎは)
  (散りかかる) 縁日 狗ころ 祈祷 かるた 「おもひで」と「夜の舞踏」と 白昼の空気
  泥七宝
   (バタを造れば) (この守袋は) (陶宮には) (かの国より来し) (蛙が鳴く)
   (皮肉ものと) (言葉のほかにも) (無法な雷は) (蓮花の花の) (朝なれど)
   (はりに行くとは) (さけをつくるもね) (てんちりんち) (お嫁にゆくを)
   (ものおぼえよき人は) (こびとじまの画かきは)
  恐怖 隣のおきやん 雨 鍵と錠 プリマドンナ 二人 ヹネチヤの旅人 怨言 
  カフエ ライオンにて
   (何もかも) (アメリカ帰りの)
  粘土 あたり前
 「道程」以後
  わが家 花のひらくやうに 海はまろく 歩いても 湯ぶねに一ぱい 晴れゆく空 妹に
  無為の白日 猫 小娘 (奇麗にお化粧した) 序曲 メロン  丸善工場の女工達 
  雨にうたるるカテドラル かがやく朝  ラコツチイ マアチ 米久の晩餐  クリスマスの夜
  真夜中の洗濯 下駄 冬の送別 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ
  Yoki kora yo! 冬の子供 Abraham Lincoln 鐵を愛す Liluli
  とげとげなエピグラム
   (夜中になると) (大変いいけれども) (おれは求めてゐる) (雨蛙よ) (詩はおれの)
   (避難はたのもしい) (おもしろい電車の中) (自分のあたまの)
   (おれの手の届かないさきを) (人のよろこびまで) (おなかが減つて死んでも)
   (そんなにおれが) (人のきめてくれた) (自分で自分を) (いいわるいを抜きにして)
   (皮肉ならお止し、夜があけると) (それが哲学か) (君の思ふ壺から)
   (喰べたものを又喰べながら) (ロダンを嫌ふのが) (三界をまたにかけた)
   (彫刻は俺の錬金術) (「杉の芽のやうな」男に) (人麿よ、芭蕉よ)
   (あまりよく知りもせずに) (与謝野晶子の歌に) (六十を越したら)
   (どうかきめないでくれ) (この猛獣を馴らして) (詩歌の城に)
  新茶 Shina meshi
 猛獣篇
  「猛獣篇」Ⅰ (大正13年~昭和3年) 
   清廉 白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 雷獣
   ぼろぼろな駝鳥 竜
  Ⅱ (昭和12年~昭和14年)
   よしきり鮫 マント狒狒 象 森のゴリラ 潮を吹く鯨 北冥の魚
 「猛獣篇」時代
  月曜日のスケルツオ 首狩 少年を見る 校庭 狂奔する牛 車中のロダン あの詩人
  後庭のロダン 珍客 葱 十大弟子 滑稽詩(穴蔵に先祖代々の) 聖ジヤンヌ 感謝
  ミシエル・オオクレエルを読む 秋を待つ 深夜 火星が出てゐる 冬の奴
  偉大なるもの 無題(すばらしいものを見た) 懐ふ 二つの世界 不平な人に あけぼの
  怒 笑 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遭ふ
  エピグラム
   超現実派 煩瑣派 卑近美派 詩人 新感覚派
  美を見る者 「詩」
  名所
   大湧谷 草津
  母をおもふ その年私の十六が来た 北東の風、雨 昔話 殺風景 天文学の話
  偶作十五
   (彫刻はおそろしい) (どうせ死ぬ首の中に) (おれは眼を見て) (急にしんとして)
   (人間のからだは) (桃の実は) (くるみの種を) (人生への怒は) (人情ぽいものよ)
   (真の自由の) (女がぽかんと) (おれは力が足らないから) (木を彫ると)
   (ふつとさう思ふことがある) (朝晩少しひやひやするアトリエで)
   (平和的な平和を)
  平和時代 或る墓碑銘 冬の言葉 最後の工程 彼は語る 龍 当然事 なにがし九段
  さういふ友
  偶作二篇
   (うやうやしいのは虎の皮)  (御嶽山の行者は)
  あの音 無限軌道
  夏書十題
   青空 底 寒山詩 (一生かかつて) さうか、寒公 (夜明けのかなかなに)
   (ヤマノイモの) 死ねば 無いからいい 一人づつが
  何をまだ指さしてゐるのだ 或る日 焼けない心臓 触知 存在 古事一則
  独り酸素を奪つて 旅にやんで 街上比興 その詩 首の座 北島雪山 上州湯桧曽風景
  人生 或る筆記通話   無題(詩人とは) 秋が来たんだ 激動するもの
  上州川古「さくさん」風景 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 孤独で何が珍らしい
  のんきな会話 刃物を研ぐ人 消えずの火 籠球スナツプ シヨツト
  “Die Welt ist scoen”
 のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 冷熱 南極
  機械、否、然り 友よ
 一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 卓上の七月
  検温 霧の中の決意
 ゆつくり急がう レオン ドウベル 非ヨオロツパ的なる
  もう一つの自転するもの
 五月のウナ電 「藤島武二画集」に寄す 「悪魔の貞操」に寄す
  寸言 秋風をおもふ
 ばけもの屋敷 村山槐多 詩の道 鯉を彫る 荻原守衛
  堅氷いたる 冬が来る
 未曾有の時 詩について 団十郎像由来 孤坐 日本の秋
  吾が同胞 子を産む書物
 新しき御慶 米のめしの歌 芋銭先生景慕の詩
  つゆのよふけに 上海陸戦隊をおもふ
 乃木大将を懐ふ 肉体 愛について
  お化屋敷の夜 紀元二千六百年 発足点 冬
 重大なる新年 護国神社 落日 雷電の夜
  朋あり遠方に之く 世界は美し  新年に与ふ
  清くして苦きもの 或会議に列して
  われら文化を 三十年 寒夜読書
 大いなる日に
  詩集「大いなる日に」序 秋風辞 夢に神農となる 老耼、道を行く
  天日の下に黄をさらさう 若葉 地理の書 その時朝は来る 群長訓練
  正直一途なお正月 初夏到来 事変二周年 君等に与ふ 銅像ミキイヰツツに寄す
  紀元二千六百年にあたりて へんな貧 源始にあり ほくち文化 最低にして最高の道
  無血開城 式典の日に 太子筆を執りたまふ われら持てり 強力の磊塊たれ
  事変はもう四年を越す 百合がにほふ 新穀感謝の歌 必死の時 危急の日に
  十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 新しき日に 沈思せよ蒋先生 ことほぎの詞
  シンガポール陥落 夜を寝ざりし暁に書く 昭南島に題す
 記録
  詩集「記録」
   序
   <序篇>
    白熊 象の銀行 北東の風、雨 のんきな会話 非欧米的なる 秋風をおもふ
    未曾有の時 新しき御慶 紀元二千六百年 重大なる新年 新年に与ふ 危急の日に
   <主篇>
    大詔渙発 彼等を撃つ 夜を寝ざりし暁に書く 特別攻撃隊の方々に
    或る講演会で読んだ言葉 独居自炊 帝都初空襲 戦歿報道戦士にささぐ
    民国の民と兵とに与ふ 真珠港特別攻撃隊 感激をかくさず 神とともにあり
    新天地
 覆滅彼にあり われらの道 戦に清めらる 決戦の年に志を述ぶ
    殄滅せんのみ
 紀元節を迎ふ 「撃ちてし止まむ」 あそこで斃れた友に
    海軍魂を詠ず 軍人精神
 突端に立つ 厳然たる海軍記念日 五月二十九日のこと
    山本元帥国葬
 報道の士をたたふ われらの死生 ビルマ独立 友来る
    おん魂来りうけよ 勤労報国
 粛然たる天兵 救世観音を刻む人
    フイリッピン共和国独立 四人の学生 全学徒起つ
 戦に徹す 断じてかへさず
    激戦未だ終らず 大決戦の日に入る
 第五次ブーゲンビル島沖航空戦
    十二月八日三度来る
  「記録」以後
   「まつた」を知らず 「江田島」を読んで 海上日出 熱鉄烈火の年 新年よ、熟視せよ
   新年は見る 昭南島生誕二周年 臣ら一億楠氏とならん 品性の美 少年兵 陽春の賦
   敵ゆるすべからず 必勝の品性 春暁におもふ 山林頌 美をすてず 保育
   米英自ら知らず 合せ祀らるる靖国の神に われらの祈 戦意愈々昂し 古代の如く
   根元の道 婦女子凜烈たり 南瓜賦 米英来る 美しき落葉 神州護持
   十二月八日四度来る われらの雄たけび わたつみのうた 大東亜の子ども達よ
   満三年
 新春に面す  皇国骨髄の臣 梅花かをる 無想の剣 おほぞらのうた
   栗林大将に献ず
 戦火 琉球決戦 薫風の如く 勝このうちにあり 一億の号泣
   犯すべからず
   小曲二篇
    (花はなにとて)   (木の実草の実)
   石くれの歌
    (石くれは動かない)  (あかい佐渡石が)
   非常の時 松庵寺 武装せざる平和 永遠の大道
 をぢさんの詩
  詩集「をぢさんの詩」
   序
   さくら 軍艦旗 こどもの報告 カタバミの実 約束 路ばた 迎火 少年に与ふ
   少女に 少女立像 五月のうた 少女の思へる 少女よ こころに美をもつ
   変貌する女性 新しき日に 逞しき一念 手紙に添へて 与謝野夫人晶子先生を弔ふ
   山道のをばさん 女性はみんな母である わが大空 新穀感謝のうた  歩くうた
   鬱勃たる健康 私は青年が好きだ 神の如く行へ みなもとに帰るもの 純潔のうた
   四月の馬場 新緑の頃 みかきにしん 漁村曙 仕事場にて 神これを欲したまふ
   さかんなるかな造船 供木のことば 無口な船長 春駒 氷上戯技 大きな嚔
   晴天に酔ふ 初夏言志 先生山を見る 偶成二首 蝉を彫る 提督戦死
  「をぢさんの詩」以後
   春の一年生 純潔 艦隊を見る ぼくも飛ぶ 貴さ限りなし  少年飛行兵
   少年飛行兵の夢
 マキン、タラワの武人達 南洋眼前にあり 写真を見て
   たのしい少女 弾薬手
 ほんとの力 黒潮は何が好き 最大の誇りに起つ
   大東亜の子ども達よ
 二千六百五年のむかし 皇太子さま御乗馬 青春のうた
   力を知る 神潮特別攻撃隊
 海軍記念日に 皇太子さま 雲
 智恵子抄
  詩集「智恵子抄」
   人に(いやなんです) 或る夜のこころ おそれ からくりうた 或る宵 梟の族
   郊外の人に 冬の朝のめざめ 深夜の雪 人類の泉 人に(あそびぢやない) 僕等
   愛の嘆美 晩餐 樹下の二人 狂奔する牛 鯰 金 夜の二人
   あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類 美の監禁に手渡す者
   人生遠視 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 山麓の二人
   或る日の記 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 うた六首 
  松庵寺 報告(日本はすつかり) もしも智恵子が 元素智恵子 メトロポオル
  裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 噴霧的な夢 智恵子と遊ぶ
  報告(あなたのきらひな) 智恵子の半生 九十九里浜の初夏 智恵子の切抜絵
 典型
  詩集「典型」
   序 雪白く積めり
   暗愚小伝
    家
     土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
    転調
     彫刻一途 パリ
    親不孝
     親不孝 デカダン
    蟄居
     美に生きる おそろしい空虚
    二律背反
     協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
    炉辺
     報告 山林 
   「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 おれの詩 悪婦 山荒れる
   月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 田園小詩 山菜ミヅ 山のひろば 山口部落
   かくしねんぶつ クロツグミ クチバミ 別天地 岩手の人 山からの贈物 この年
  「典型」時代
   和について 国民まさに餓へんとす 絶壁のもと (観自在こそ) 田植急調子
   (リンゴばたけに)
   暗愚小伝断片
       (死はいつでも) (わが詩を読みて人死に就けり)
   蒋先生に慙謝す 試金石 岩手山の肩 ヨタカ お祝いのことば 新年
   女医になつた少女 山の少女
   滑稽詩二篇
    Rilke Japonica etc. 赤トンボ
   建てましよ吾等の児童会館 あいさつ 一九五〇年 偶作(人が機械をつくるといふ)
   金田一国士頌
  「典型」以後
   東北の秋 開拓に寄す 大地うるはし 人間拒否の上に立つ 明瞭に見よ 船沈まず
   遠い地平 初夢まりつきうた 岩盤に深く立て 山のともだち ばた屋 餓鬼         
   お正月に
 東京悲歌 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子 記者図 弦楽四重奏
 新しい天の火 開拓十周年 追悼 開びやく以来の新年 お正月の不思議 生命の大河
 編集後記
 詩作品年譜
 附録
  晩秋の午後の夢想 尾崎喜八
  人間高村光太郎の断片 草野心平
  一途の人 伊藤信吉
  光太郎のアトリエ 無署名
  詩集のことその他 北川太一

この時点で確認できていた光太郎の詩作品のほとんど全てを収録しています。一部、短歌や散文も。

単行詩集ごとに作品を配列、そこに収録されなかったものをその前後に置き、いわば紀伝体的な編集です。

5月17日(日)、智恵子ソウルマウンテンの安達太良山で、第72回山開きに参加したのち、奥岳登山口から愛車で下山しました。

中腹にある岳温泉さんの日帰り入浴・岳の湯さんに立ち寄り、汗を流しました。登山口にも奥岳の湯さんという入浴施設がありますが、そちらは激混みのようでしたので。
無題
山頂付近の源泉から引かれてくる湯は、ここの湯口の温度で49°とかなり熱めです。入浴後、マッサージチェアで横たわり、仮眠。完全には疲れや筋肉痛が取れませんが、ある程度シャキッとはできました。

続いて温泉街から少し離れたチーズケーキ工房&カフェ風花さんへ。
PXL_20260517_042711048
3月にもお邪魔しましたが、その際同様、2月に発売された新商品「ほんとの空サイダー」をゲット。下界に降りれば道の駅安達智恵子の里さん、東北自動車道の安達太良SAでも販売しているという情報を得ていましたが、日程的にその2箇所に行けるかどうか、それから売り切れているかもしれないという懸念がありましたので、確実に手に入るところで。

元々の予定では、間に合えば午後3時から二本松駅前の市民交流センターで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんによるコンサート「モモの智恵子抄」拝聴、翌日に旧安達町の智恵子生家/智恵子記念館さん拝観というつもりでいました。このままで行けばコンサート開演に間に合いますし、その前に生家/記念館さんも廻れると思い、翌日は帰るだけとして、生家/記念館さんへ。
PXL_20260517_045627297.MP
PXL_20260517_045448615 PXL_20260517_045702032
PXL_20260517_051506780
智恵子生誕祭期間中の日曜ということで、通常は立ち入り禁止にしている生家二階部分(智恵子の居室、光太郎が宿泊した部屋を含みます)の公開が行われていました。
PXL_20260517_050109898
PXL_20260517_050026009
白い折り鶴は、1年前の生誕祭で来場の人々が折った折り鶴です。当方も1羽折りました。昨秋のレモン祭で初めて展示されましたが、捨てるに捨てられないという感じなのでしょうか。

奥には智恵子手製と伝わる小物入れ。通常時は裏手の記念館で展示されているものですが、こちらに移されています。
PXL_20260517_050051561
一階の座敷は、地元の上川崎和紙を使っての紙絵制作ワークショップ会場となっていました。
PXL_20260517_050247762
担当の方が、出来上がっているポストカードを一枚、無料で下さいました。智恵子紙絵がモチーフです。ありがたし。
007
縁側では、やはり上川崎和紙の小物、地元の銘菓などを販売中。
PXL_20260517_045850905
PXL_20260517_045846914
PXL_20260517_045910091
PXL_20260517_045901211
ほんとの空サイダーも売られていました。「やられた」という感じでした(笑)。

こちらでは菓子処まつもとさんの「ねこどらレモン」、星野屋菓子店さんの「智恵子のふるさと音頭」、道の駅安達智恵子の里さんのドリップコーヒー(智恵子パッケージ)をゲット。
PXL_20260518_000140293
その後、敷地内の智恵子記念館さんへ。

ロビーでは生家二階に展示してあった小物入れ関連。
PXL_20260517_050613584
PXL_20260517_050619681
残念ながら、紙絵の実物展示の期間は終了していました。

3時近くになりましたので、コンサート会場へ。

この日、旧安達町の智恵子史跡等をめぐる「智恵子を偲ぶ鎮魂の集い」をなさっていた「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の皆さん、智恵子も所属していた太平洋画会の後身・太平洋美術会の坂本富江さん、それから二本松市長・三保恵一氏などのお姿も。下画像は三保市長とモモさんです。
PXL_20260517_072939247.MP
002 004
コンサートは2部構成。第一部が光太郎詩にモモさんがオリジナルの曲を付けて歌う「智恵子飛ぶ」。第二部はシャンソンのスタンダードナンバーを中心とした「高村光太郎とパリ」。
001 003
005 006
PXL_20260517_071946220
PXL_20260517_073606504
701221867_26801075369543559_4252524702865934219_n
701459066_26801075566210206_6266421212513619494_n
色々とっ散らかっているのは演出上の関係です。休憩を挟みつつも3時間近い長丁場でした。

モモさん、来年以降は二本松を拠点に市民ミュージカル「智恵子抄」をやるという構想だそうです。光太郎智恵子の世界を地元で広めるには良い機会でしょう。

そんなこんなで福島行2日目が終わり、宿に戻ってコンビニ弁当の夕食を摂って就寝。翌朝、千葉に帰りました。以上、二本松レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 16 『高村光太郎詩集』銀河選書

昭和39年(1964)4月20日 大和書房 高村光太郎著 藤島宇内編
PXL_20260518_214745333
PXL_20260518_214815653
PXL_20260518_214834222
目次
 道程時代 一九〇七-一九一四
  失われたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 亡命者 失走 寂寥 声 新緑の毒素
  廃頽者より なまけもの 泥七宝(一) 夜半 父の顔 泥七宝(二) あおい雨
  泥七宝(三) 友の妻 人に 或る夜のこころ 涙 おそれ 泥七宝(四) 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 戦闘
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 冬の詩 牛 僕等 現実 道程 愛の嘆美
  晩餐 淫心
 道程以後・智恵子抄以前 一九一六-一九二五
  無為の白日 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコッチイ・マアチ
  米久の晩餐 五月のアトリエ 樹下の二人 鉄を愛す 清廉 白熊 首狩
  傷をなめる獅子 狂奔する牛 車中のロダン 後庭のロダン
 智恵子抄・猛獣篇時代 一九二六-一九四一
  金 十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 夜の二人 雷獣 火星が出ている
  あなたはだんだんきれいになる 花下仙人に遇う 詩人 母をおもう 北東の風、雨
  平和時代 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 彼は語る 竜 あどけない話 あの音
  同棲同類 その詩 上州湯桧曽風景 のっぽの奴は黙っている 似顔
  美の監禁に手渡す者 もう一つの自転するもの 人生遠視 風にのる智恵子
  ばけもの屋敷 村山槐多 荻原守衛 堅冰いたる マント狒狒 象 千鳥と遊ぶ智恵子
  値いがたき智恵子 秋風辞 未曾有の時 団十郎像由来 地理の書 群長訓練
  レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 君等に与ふ 亡き人に
  お化け屋敷の夜 梅酒 荒涼たる帰宅
 大東亜戦争時代一九四一-一九四五
  大詔渙発 十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 沈思せよ蒋先生 夜を寝ざりし暁に書く
  民国の民と兵とに与う 山本元帥国葬 フイリッピン共和国独立 四人の学生
  最大の誇に起つ 満三年 琉球決戦
 智恵子抄その後 一九四五-一九五一
  一億の号泣 雪白く積めり 田植急調子 
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちょんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調 
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  暗愚小伝断片
   (死はいつでも) わが詩を読みて人死に就けり
  蒋先生に慙謝す 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 噴霧的な夢 もしも智恵子が
  女医になった少女
  智恵子抄その後
   元素智恵子 メトロポル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
  鈍牛の言葉 山荒れる 一九五〇年 典型 人間拒否の上に立つ 船沈ます
  智恵子と遊ぶ
 東京における晩年 一九五二-一九五五
  餓鬼 報告 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子 生命の大河
 解説 藤島宇内

晩年の光太郎に親炙し、身の回りの世話なども焼いてくれた藤島宇内の編集です。奥付には記載がありませんが、函にその旨。概ね編年体、新仮名遣いです。戦後20年近く経ち、そろそろタブーも解けた感じで、翼賛詩もある程度含まれています。

横長の変わった版型で、角背の麻布装上製本。この後、通常の縦長並製のものも出されました。

昨日、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山に登って参りました。その後、予定では今日の午後に千葉へ帰りつく予定でしたが、先ほど帰って参りましたので、詳細なレポートを。

昨日は 第72回安達太良山山開き。前夜、泊めていただいた郡山の宿から愛車を走らせ、午前7:30頃に奥岳登山口に到着しました。あまり遅くなると下の方にしか駐車スペースが無くなりますので、早めに。
PXL_20260516_222043111.MP
PXL_20260516_221420791 PXL_20260516_222100357
ここから自分の足で登山道を上るのもありですが、そこまで本格的に登山をしたいわけでもありませんので、7合目くらいまで行けてしまうロープウェイに乗ることにしました。山開きの日のみ1時間早く運行開始で、すでに長蛇の列。
PXL_20260516_223323824 PXL_20260516_223449745.MP
わんこを連れている方も(笑)。ロープウェイ駅前では安全祈願祭の準備が進んでいました。

10分ほどで山頂駅。山頂といっても、安達太良山系の薬師岳山頂ということで、安達太良山頂まではまだ長い道のりです。

山頂駅には先月オープンした「「あ」の図書室」。
PXL_20260516_225204529
入ってすぐ左に、市教委さんで設置されたと思われる「智恵子抄」がらみの大きなパネル。グッジョブです。
PXL_20260516_225224839
PXL_20260516_225234357
PXL_20260516_225243109
靴を脱いで内部に。この時間は無人でした。
PXL_20260516_225310534.MP
PXL_20260516_225315986
PXL_20260516_225346020
ただ、数時間後、帰りがけにはけっこうにぎわっていました。
PXL_20260517_023019794
駅舎を出て徒歩1分には「「あ」の広場」。

図書室も広場も、安達太良山が「ADATARAYAMA」で、すべての母音が「あ」ということからの命名で、広場には「あ」の巨大オブジェも。
PXL_20260516_224745343
PXL_20260516_224910230
一昨年に作られたものですが、その時限定のものだと思い込んでおりまして、昨年、ここまで登ってきた時には見逃していました。

戻って、駅から徒歩5分ほどの薬師岳パノラマパーク、「ほんとの空」標柱。
PXL_20260516_225826709
PXL_20260516_225807536
画像右奥が安達太良山山頂で、あそこまで登っていくわけです。ここからは自分の足が頼りです。

令和元年(2019)、第65回の山開きの際も登りましたが、その際は天候がよろしくなく、山頂付近は雲に覆われ、その雲の中に入っていくという感じでした。さらに雪融け水が登山道を流れ落ち、かなりの部分が泥の河状態でした。

今年も覚悟していたのですが、天候はこれ以上ないという位の快晴(まさしく「ほんとの空」が広がっていました)でしたし、雪融け水もほとんどの場所では影響ありませんでした。

それでも山頂手前には残雪。
PXL_20260516_232407749
PXL_20260516_234715139
PXL_20260516_234746227
約1時間で山頂に到着。
PXL_20260516_235905723
PXL_20260517_000313622.MP
PXL_20260516_235915779
令和元年(2019)には悪天候で、最後の溶岩ドームはパスしたのですが、今年は登りました。ここだけ途中にハシゴを使うところがあります。
PXL_20260517_001757869
ここにもわんこ(笑)。どうやってハシゴを登ってきたのでしょうか?
PXL_20260517_001709360
ぐるっと360°、絶景でした。
PXL_20260517_001336987
PXL_20260517_001611849
PXL_20260517_001623492
「智恵子抄」中の「山麓の二人」(昭和13年=1938)にも謳われた磐梯山。

安達太良山の爆裂火口・沼の平。
PXL_20260517_001633517.MP
やはり令和元年(2019)にはそちらもパスしましたが、行ってみることにしました。10分少々で行ける距離ではあります。

よく「地球とは思えない」と言われますが、まさにその通りでした。
PXL_20260517_004541757
PXL_20260517_004440820
PXL_20260517_004448058
底の部分は硫化水素が吹きだしており、立ち入り禁止です。

そちらから見た山頂。
PXL_20260517_004926238
PXL_20260517_005344239 PXL_20260517_005353796
また違った感じでした。

この後、午前11:00から山頂で初の試みの「大声コンテスト」が開かれるということでしたが、日を遮る場所もないところで1時間近く待つのもつらいと思い、元来た道を引き返しました。登山では上り優先ですので、まだまだたくさん登ってくる皆さんに路を譲り譲り下りていったところ、帰って下りの方が時間がかかったかも知れません。

再びロープウェイで登山口まで。
PXL_20260517_024402243
下山後、二本松市街を目指しました。

長くなりましたので、続きは明日。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 15 『高村光太郎詩集』世界の詩 3

昭和38年(1963)7月20日 弥生書房 高村光太郎著 
PXL_20260518_014849245
PXL_20260518_014917097 PXL_20260518_014932383
目次
 さびしきみち 
冬の朝のめざめ 山 冬の詩 牛 道程 五月の土壌 秋の祈 わが家
 湯ぶねに一ぱい 小娘 雨にうたるるカテドラル クリスマスの夜 米久の晩餐
 
落葉を浴びて立つ 樹下の二人 鉄を愛す 春駒 白熊 氷上戯技 傷をなめる獅子
 車中のロダン 無口な船長 葱 鯰 象の銀行 聖ジヤンヌ 雷獣 火星が出てゐる
 偉大なるもの あなたはだんだんきれいになる 二つに裂かれたベエトオフエン
 花下仙人に遇ふ 母をおもふ 北東の風、雨 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 彼は語る 龍
 あどけない話 無限軌道 旅にやんで 首の座 上州湯桧曽風景
 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 南極 レオン ドウベル 晴天に酔ふ 潮を吹く鯨
 地理の書 山麓の二人 レモン哀歌 蝉を彫る 梅酒 脱卻の歌 「ブランデンブルグ」
 山口部落 かくしねんぶつ クロツグミ ヨタカ 別天地 岩手の人 もしも智恵子が
 女医になつた少女 山の少女 山からの贈物 月にぬれた手 あの頃 山荒れる 典型
 東北の秋 十和田湖畔の裸像に与ふ 弦楽四重奏
 編纂者の後記 尾崎喜八

光太郎と交流の深かった尾崎喜八の編集です。初期から最晩年まで、おおむね編年体で幅広く作品を選択しています。

手持ちのものは平成3年(1991)の第31版です。

実は昨夜から福島県に来ております。2度ほど泊めていただいたゲストハウス郡山さん。
1000006788
こちらを拠点に2泊し、これから安達太良山に登って参ります。今日が智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の第72回山開きなもので。

その智恵子関連で報道等を2件。

まず一昨日の地方紙『福島民報』さん一面コラム。

あぶくま抄 偉大な女性芸術家

「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」。米国の女性美術史家リンダ・ノックリンの論文タイトルだ。1971(昭和46)年に発表された。半世紀を経た今も、この問いは社会に重く突き刺さったままだろう▼背景を探っている。美術教育や師弟制度が女性を排除してきた歴史がある。「偉大さ」「芸術」の基準が、男性の価値観によって作られてきたと喝破した。決して能力が劣っているわけでない。これまでの社会制度が足かせとなり、名を上げることが難しかった▼二本松市に生を受けた。「ほんとの空」の高村智恵子は洋画家でもある。女性解放を掲げた文芸雑誌「青鞜」創刊号の表紙を描いた。すっと背を伸ばした、異国風の淑女が描かれている。発起人平塚雷鳥の「元始、女性は太陽であった」という歴史的宣言を表現したとされる。夫の彫刻家光太郎との結婚では、妻の役割を求められた。芸術と「家」のはざまで精神の均衡を欠く▼今年は智恵子生誕140年の節目に当たる。生家近くの「智恵子の杜公園」を訪ねてみた。光沸く5月の大空が語りかけてくる。「日本には偉大な女性芸術家がいた」のだと。苦しみの果てに、美を見つけた。4c388e03-s

智恵子が手がけた明治44年(1911)の『青鞜』創刊号表紙絵について言及されています。元神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏により、智恵子オリジナルではなく、ヨーゼフ・エンゲルハルトというオーストリアの画家が、明治37年(1904)のセントルイス万博のために制作した寄木細工「Merlinsage」を模写したものと判明しています(おそらく執筆された方はご存じないのでしょう)が、そうであっても「青鞜」の文字や全体の装幀などには智恵子の芸術性が見てとれますが。

そしてその後の紙絵など、ある意味哀しい作品源ですが「日本には偉大な女性芸術家がいた」と言うにふさわしいと思われます。

もう1件、『朝日新聞』さん。今月9日、福島版の記事で、4月23日(木)から開催されている「令和8年度 高村智恵子生誕祭」についてです。

「智恵子抄」の高村智恵子生誕140年、故郷で催し 居室の特別公開

 詩人や彫刻家として活躍した高村光太郎の妻で、光太郎による追憶の詩「智恵子抄」で知られる福島県二本松市出身の洋画家・高村智恵子の生誕140年を祝う催しが、同市油井の市智恵子記念館で開かれている。5月24日まで。
 催しの期間中は、普段公開されていない智恵子の生家2階の居室が見学できる。居室では智恵子自作の小物入れが特別公開されているほか、記念館には夫の光太郎に見せるためだけにつくった紙絵の実物も展示されている。
 智恵子の生家の酒蔵でつくられていた清酒「花霞(はながすみ)」の振る舞い(数量限定)も行われる。生家2階の公開は5月24日までの土日と20日。紙絵の実物展示は10日まで。入館料は高校生以上410円、小中学生210円。問い合わせは智恵子記念館(0243・22・6151)へ。
001
000
002
こちらには明日、足を運ぶつもりでおります。

皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 14 『光太郎のうた』現代教養文庫

昭和37年(1962)10月15日 社会思想社 高村光太郎著 伊藤信吉編
PXL_20260502_024159236.MP PXL_20260502_024207710 PXL_20260502_024226977
目次
 刃物を研ぐ人――造型詩篇――
  五月のアトリエ 鉄を愛す 金 鯰 首の座 刃物を研ぐ人 蝉を彫る 美しき落葉
  十和田湖の裸像に与う
  触覚の世界 芸術の純粋性 裸体の美 蝉の木彫 人の首
 失はれたるモナ・リザ――『道程』前期――
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 寂寥 泥七宝 父の顔 食後の酒
  パンの会のころ
 秋の祈――『道程』後期――
  道程 秋の祈 冬が来る 冬が来た 晴れゆく空 落葉を浴びて立つ 火星が出てゐる
  母をおもふ 或る墓碑銘 さういう友 或る筆記通話
  冬の美 ホヰツトマンのこと 母の愛
 花のひらくやうに
  五月の土壌 わが家 花のひらくやうに 小娘 丸善工場の女工達 手紙に添へて
  クリスマスの夜 雨にうたるるカテドラル
  新茶のころ イタチのいる家 音楽のこと ノートルダム
 レモン哀歌
  郊外の人に 樹下の二人 あどけない話 風にのる智恵子 山麓の二人
  千鳥と遊ぶ智恵子 レモン哀歌 梅酒 裸形
  その人と為り 智恵子のこと 生きている面影
 ぼろぼろな駝鳥――猛獣篇――
  白熊 象の銀行 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 潮を吹く鯨
  智恵子の切抜絵
 もう一つの自転するもの
  激動するもの 上州湯桧曽風景 機械、否、然り もう一つの自転するもの
  上州川古「さくさん」風景
  詩における自己表現 奥利根の旅 詩作の立場 私の常用卓 手
 山小屋の四季
  山口部落 クロツグミ 別天地 山のともだち 女医になつた少女 山の少女
  山からの贈物
  山小屋で 畑作り
 雪白く積めり
  雪白く積めり 月にぬれた手 典型
  みちのく便り 東京のアトリエにて
 彫刻家としての生い立ち
 美術関係の著作
 交遊の輪
 「智恵子抄」の成立ち
 ぼろぼろな駝鳥 
 智恵子夫人の切抜絵
 高村光太郎の詩の世界
 高村光太郎年譜

目次では各章、詩と散文を分けていますが、詩の合間に散文が挟まれています。また、一篇ごとに編者の伊藤信吉による解説や語注も付され、さらに画像も多用。表紙は九十九里浜の「千鳥と遊ぶ智恵子」碑で、建立当時の画像です。まだ碑と波打ち際の間に自動車道が通っていない頃でした。

平成14年(2002)に版元の社会思想社が廃業し、店頭から姿を消しましたが、それが実に惜しまれる一冊です。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰に当たられている「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さん主催のイベントおよびそれとセットで開催されるコンサートの案内です。

高村智恵子生誕祭~智恵子を偲ぶ鎮魂の集い~

期 日 : 2026年5月17日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館周辺 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 8:45~
料 金 : 1,500円
申 込 : 熊谷健一 TEL/FAX 0243-23-6743 〒969-1404 二本松市油井八軒町75

智恵子の生家、記念館、「樹下の二人」詩碑などゆかりの地を説明を聴きながら巡り歩き最後に安達駅前「智恵子像」の前で参加者による「智恵子抄」朗読を行います。定員20名(先着順)。

001
二本松市のさらに旧安達町内、それほど広くない範囲で智恵子ゆかりの地を巡るいわば文学散歩的な催しです。たぶん参加費に昼食代が含まれていると思われます。
002
当方、令和5年(2023)とその翌年に参加いたしました。それほど広くない範囲ですが、歩いて巡るとなるとけっこう大変です(「青空ウォーク」と銘打ってそうしていた時期もかつてありましたが)し、雨天の場合も有り得るので、近年は夢くらぶさん会員の方の車に分乗して巡るスタイルになっています。

最後にJR東北本線安達駅前の智恵子像「今 ここから」(光太郎の父・光雲孫弟子の故・橋本堅太郎氏作)でオープンマイク的に朗読会だそうで。

それが終わった段階で、二本松市街地に移動して下記のコンサート鑑賞という流れのようです。おそらく希望者のみということになるのでしょうが。

モモの智恵子抄

期 日 : 2026年5月17日(日)
会 場 : 二本松市民交流センター 福島県二本松市本町2-3-1
時 間 : 15:00~
料 金 : 前売 3,500円 当日 4,000円
申 込 : モンデンビューロー  mondenmomo@mac.com

 高村智恵子さん生誕140年記念のイベントが今年の5月に二本松で行われます。そしてこれは2028年ミュージカル『智惠子抄』へのスタートでもあります。二本松市 二本松市教育委員会 二本松音楽協会 そして智恵子のまち夢くらぶの後援をいただきモンデンモモの智惠子抄 音楽劇『智恵子飛ぶ』そして前夜祭として劇団徳子福島公演『MOMO NO MOMO』の公演が行われます。
 いよいよ準備が本格的にはじまりました
 1990年から 智惠子抄を歌でお届けする活動が始まりました。そして2023年 舞踊音楽劇として『智恵子飛ぶ』が上演されました。今回リクエスト公演として高村智恵子さん生誕140年にむけ智恵子さんの生誕の地で再演されます。それは2028年のミュージカル『智惠子抄』への始まりでもあります。
 智恵子さんの学ばれた油井小学校の子供達に智恵子さんの素敵さを上演していただきたい演じていただきたいそんな思いから4歳から90歳までのプロと愛好家の最高の融合をモットーとする劇団徳子が 手がけます
 油井の子供達と大人たちと輝く智恵子さんの『懐かしい未来』を〜お伝えしたいとかんがえています。 素敵な、そしてすごい時代です!! 東京からたくさんの仲間たちが引っ越し公演をいたします。あなたも!!二本松に!!いらしてくださいね!!おまちしています。
001
光太郎詩にオリジナルの曲を付けて歌われている、シャンソン系歌手・モンデンモモさんによるコンサートです。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 6 『高村光太郎選集 Ⅴ 随想 上』

昭和26年(1951)12月10日 中央公論社 高村光太郎著
5
5函 5扉 5奥付
目次
 回想録など
  回想録 子供の頃 母のこと 姉のことなど 美術学校時代 揺籃の歌 谷中の家
  智恵子の半生 二世代
 彫刻のことなど
  肖像雑談 自作肖像漫談 蝉の美と造型 ロダンの素描 ロダンの手記談話録
  自刻木版の魅力 彫刻的なるもの 彫刻寸言 美の健康性 芸術上の良知 永遠の感覚
  普遍と独自 美 比例均衡 美意識について 美の影響力 美を求める欲望 詩の深さ
  書について 気について 小感 言葉の事 生きた言葉 触覚の世界
  詩人の知つた事ではない
 アトリエにて
  小刀の味 信親と鳴滝 ある首の幻想 手 鷗外先生の「花子」 家
 
断片
  新茶の幻想 「道程」改訂版 内部の矛盾 木つ葉童子の手紙 ジヤン コクトウ
  さやゑん豆 鯉の木彫 或日 文語 智恵子の新盆 型
 月報 個人として(上) 高田博厚 アトリエのあつたお家 森田たま

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第3回配本です。「随想」の題ですが、評論とエッセイとが入り交じっています(どちらともつかないものもあるのですが)。

編年体ではなく、おおむね内容による分類。一応時期での区切りがあり、戦後のものは含んでいません。ただ、後に出る「随想 下」では遡って明治期のものが収められたりします。

毎年この時期にご紹介していますが、「ほんとの空」の広がる安達太良山の山開きが行われます。

第72回 安達太良山山開き001

期 日 : 2026年5月17日(日)

福島県出身のタレントなすびさん(安達太良山観光大使)が今年も山開きに参加!! ぜひ一緒に登山を楽しみましょう!!(記念撮影可能)

奥岳登山口(あだたら高原スキー場)でのイベント
 安全祈願祭【午前8時~】
  1年間の安達太良山登山の無事を参加者で祈願します。
  (荒天時はランデブー内で実施します)

山頂でのイベント
 ➀ペナント配布【午前9時30分~】
  先着3,000枚を配布します。(無くなり次第、終了となります)
 ②ほんとの空大声コンテスト【午前11時~】
  山頂で募集します。テーマに沿った内容で大声を出してもらいます。
  男性部門の大賞、女性部門の大賞を決定します。(定員20名)
  大賞には豪華景品をご用意しております。また、参加された方へも参加賞がございます。
  ※荒天時は中止となります。ご了承ください。
000
かつて行われていた「ミズあだたらコンテスト」が昨年から無くなり、代わって「ほんとの空大声コンテスト」が山頂で予定されています。昨年も計画には入っていたのですが、荒天のため中止となってしまったので、今年行われるとすれば初の開催ということになります。

『広報にほんまつ』今月号、山開き全般。
002
三保恵一市長の連載コラム。
015
公式サイトにシャトルバスの情報がまだアップされていませんが、例年通りであればJR東北本線二本松駅から、中腹の岳温泉を経由、奥岳登山口までのそれが運行されるはずです。

ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 5 『高村光太郎選集 Ⅰ 詩 上』

昭和26年(1951)10月10日 中央公論社 高村光太郎著
1
1函 1扉 1奥付
目次
 秒刻 マデル 博士 あらそひ 
 敗闕録
  ㈠われ千たび君を抱かむ ㈡君を見き ㈢遁れたる君は遣らばや
  ㈣眠りてあれか目覚めよか
 LES IMPRESSIONS DES OũONNAS
  TU VOIS?  LE SOURIRE CACHÉ  L'ABSINTHE 
  POUSSE―POUSSE Á LA GUM―WA
 友よ PRÉSENTATION 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 画室の夜
 熊の毛皮 人形町 甘栗 亡命者 寂寥 侵蝕 祈祷 或日の午後 声 新緑の毒素
 廃頽者より 『河内屋与兵衛』 髪を洗ふ女 手 『おもひで』と『夜の舞踏』と 白昼の空気
 金秤 はかなごと 地上のモナ・リザ 夜半 けもの 父の顔 泥七宝 恐怖 あをい雨
 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ おそれ 犬吠の太郎 涙 からくりうた
 さびしきみち カフエにて ビフテキの皿 梟の族 冬が来る カフエにて 或る宵 夜
 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 師走十日 戦闘 カフエにて 深夜の雪
 人類の泉 人に 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩 牛 僕等 道程
 愛の嘆美 群集に 婚姻の榮唱 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐 五月の土壌
 淫心 秋の祈 わが家 晴れゆく空 小娘 海はまろく 花のひらくやうに 歩いても
 湯ぶねに一ぱい 無為の白日 序曲 丸善工場の女工達 米久の晩餐 
 雨にうたるるカテドラル かがやく朝 ラコツチイ マアチ クリスマスの夜 冬の送別
 真夜中の洗濯 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ

 月報 根付の国 日夏耿之介 無題 吉野秀雄 山小屋の人 伊藤信吉

全6巻で刊行の『高村光太郎選集』第2回配本です。明治40年(1907)の「秒刻」から大正11年(1922)の「落葉を浴びて立つ」までの詩が、編年体で収められています。

しばらくの間、智恵子およびその故郷・福島二本松関連の話題が続くかも知れません。

今日は智恵子のソウルマウンテン・安達太良山にオープンした「「あ」の図書室」関連の報道を2本。

まず、業界紙『観光経済新聞』さん。

山頂駅に無料図書室をオープン 「あ」がモチーフ あだたら山ロープウェイ

 富士急安達太良観光(福島県二本松市)は11日、同社が展開するあだたら高原リゾートの「あだたら山ロープウェイ山頂駅」内休憩所をリニューアルし、「あ」をモチーフにした図書室をオープンした。文学にゆかりのある同地ならではの”静かな過ごし方”を提案。休憩室と展望室を兼ねた空間として、無料開放する。
 あだたら高原リゾートでは近年、グリーンシーズンの楽しみ方を拡充させる取り組みを展開している。2024年からは、「あだたらやま」の「あ」に着目した空間演出など、自然と遊び心を感じられる体験づくりを提供。山頂展望広場に設置された「あ」のオブジェはその代表作で、多くの来場者に親しまれている。
 今回新たにオープンする「あ」の図書室は静かな過ごし方を提案する空間として整備。高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られる安達太良山の山頂で本を手に取り、ゆったりとした時間を堪能できる。図書室には、詩集のほか登山などのアウトドア、 旅行、二本松市紹介関係の書籍が置かれている。
006
007
「高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られる安達太良山の山頂」とありますが、正確には「安達太良山の山頂」ではありません。安達太良山系の薬師岳山頂ということで、ロープウェイは「山頂駅」と命名されていますが。安達太良山自体の山頂(標高1,700㍍)は、ここからさらに2時間ほど登ったところ。さすがに立派な建造物を建てるのは不可能でしょう。

続いて、TUFテレビユー福島さんのローカルニュース。

“ほんとうの空”の下で読書を…安達太良山の山頂駅に図書室オープン 福島

これから本格的な登山シーズンを迎えますが、それを前に、福島県の安達太良山の休憩所がリニューアルオープンです。この休憩所、空を見渡しながらあることを楽しめるそうです。

平岡沙理アナウンサー「きょうは雲一つない青空!気持ちいいですね!山頂駅にある休憩所がリニューアルしたということで、どんな施設に生まれ変わったのか行ってきます!」
000
やってきたのは、標高1700メートル、日本百名山に数えられている安達太良山。早速ロープウェーに乗り、出発進行!といきたいところでしたが…高所恐怖症の平岡アナは若干苦笑い。それでも、ゴンドラに乗ると見える雄大な景色に、うっとりしています。

およそ10分、ロープウェーの旅を楽しんで山頂駅に到着!

平岡アナ「着きました!ちょっと怖かったです。行きましょう!気を取り直して!」

 「ほんとうの空」の下で、読書を
駅を降りて見えてきたのは、大きく書かれた「あ」の文字。ここが、新しくできた読書ラウンジ「あ」の図書室です。安達太良山の母音がすべて「あ」であることから、その名前が付けられました。
002
4月11日にオープンしたこの図書室には、絵本や登山の本、さらにはマンガまで、およそ300冊がそろっています。こだわりは内装にも。
003
平岡アナ「中は木が基調となっていて、この階段をのぼると、見てください!絶景が広がっています。柔らかな日差しも浴びられてとても心が落ち着きます」

安達太良山の空といえば、高村光太郎の妻・智恵子が愛した「ほんとうの空」。「あ」の図書室では、この「ほんとうの空」の下で、読書を楽しむことができます。大自然に囲まれた静かな空間で、登山や日々の疲れを癒してほしいという思いから、生まれました。
001
東京から訪れた人「(この場所は)知らなくて、祖父がこっち出身で連れてきてもらいました。すごく景色も良くて来てよかったと思います」

新潟県から訪れた人「来てみてちょっとおもしろそうなのがあったから入ってみようかなという感じで、ゴンドラが真横に見えて、なかなか撮れないかなと思って」

「あ」の図書室は入場無料で、ゴールデンウィーク期間中の5月10日までは毎日営業しています。ぜひ皆さんも、静かな空間に癒されてみてはいかがでしょうか?図書室に行くまでのロープウェーは、別途料金がかかりますので詳しくはホームページでご覧ください。

二本松に足を運ばれる際は、ぜひお立ち寄りください。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 4 『高村光太郎詩集』創元選書

昭和26年(1951)9月15日 創元社 高村光太郎著
PXL_20260502_023433141.MP PXL_20260502_023447880 PXL_20260502_023512118
目次
 明治四十年(一九〇七)
  秒刻 マデル 豆腐屋 博士 あらそひ
  敗闕録
   (一)われ千たび君を抱かむ (二)君を見き (三)遁れたる君は遣らばや
   (四)眠りてあれか眼覚めよか
 明治四十三年(一九一〇)
  Les impressions des oũonnas
   tu vois? le sourire cache l'absinthe pousse-pousse a la gum-wa 友よ
      Presentation 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国  
 明治四十四年(一九一一)
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 侵蝕
  失走 縁日 狗ころ 祈祷 或日の午後 声 風 新緑の毒素 夏 頽廃者より
  「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 なまけもの 手
  『おもひで』と『夜の舞踏』と 白昼の空気 金秤 はかなごと めくり暦
  地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日 父の顔 泥七宝 恐怖
 明治四十五年(一九一二)
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に  夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 涙 からくりうた さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
  カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて
  師走十日 戦闘
 大正二年(一九一三)
  カフエにて 深夜の雪 人類の泉 人に 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ
  晩餐 五月の土壌 淫心 秋の祈
 大正五年(一九一六)
  わが家
 大正六年(一九一七)
  晴れゆく空 小娘 海はまろく 花のひらくやうに 歩いても 湯ぶねに一ぱい
  無為の白日
 大正九年(一九二〇)
  序曲 丸善工場の女工達
 大正十年(一九二一)
  米久の晩餐 雨にうたるるカテドラル かがやく朝 ラコツチイ マアチ
 大正十一年(一九二二)
  クリスマスの夜 冬の送別 真夜中の洗濯 五月のアトリエ 沙漠 落葉を浴びて立つ
 大正十二年(一九二三)
  樹下の二人 鉄を愛す Liluli 春駒 とげとげなエピグラム
 大正十三年(一九二四)
  氷上戯技 偶作 七 珍客 清廉 月曜日のスケルツオ
 大正十四年(一九二五)
  白熊 傷をなめる獅子 少年を見る 狂奔する牛 車中のロダン 葱 後庭のロダン
 大正十五年(一九二六)
  象の銀行 十大弟子 鯰 苛察 聖ジヤンヌ 夜の二人 雷獣 冬の奴 無口な船長
  滑稽詩 マント狒狒 象 森のゴリラ 北冥の魚 潮を吹く鯨
 昭和二年(一九二七)
  あなたはだんだんきれいになる 怒 偶作 四篇 母をおもふ 或る墓碑銘
  北東の風、雨 冬の言葉 ミシエル オオクレエルを読む 火星が出てゐる
  偉大なるもの 美を見るもの 「詩」
 昭和三年(一九二八)
  龍 あどけない話 同棲同類 何をまだ指しているのだ 存在 旅にやんで その詩
  彼は語る 二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ 天文学の話
  ぼろぼろな駝鳥 当然事 無限軌道 街上比興 さういふ友 あの音 夏書十題
 昭和四年(一九二九)
  北島雪山 古事一則 或る日 人生 ひとり酸素を奪つて 焼けない心臓 或る筆記通話
  触知 上州湯桧曽風景 無題 上州川古「さくさん」風景 冬 名所 昔話 無題
 昭和五年(一九三〇)
  のんきな会話 刃物を研ぐ人 耳で時報をきく夜 冷熱 孤坐
 昭和六年(一九三一)
  美の監禁に手渡す者 似顔 のつぽの奴は黙つてゐる 南極 蝉を彫る
 昭和七年(一九三二)
  非ヨオロツパ的なる レオン ドウベル 先生山を見る
 昭和八年(一九三三)
  晴天に酔ふ 首の座
 昭和十年(一九三五)
  人生遠視 風にのる智恵子 村山槐多 ばけもの屋敷 「藤島武二画集」に題す
  「悪魔の貞操」に題す
 昭和十一年(一九三六)
  もう一つの自転するもの 荻原守衛
 昭和十二年(一九三七)
  千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子 よしきり鮫 夢に神農となる 老耼、道を行く
 昭和十三年(一九三八)
  一艘の船が二艘になること 地理の書 山麓の二人 団十郎像由来 手紙に添へて
  子を産む書物
 昭和十四年(一九三九)
  レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 初夏言志 亡き人に
  銅像ミキイヰッツに寄す へんな貧
 昭和十五年(一九四〇)
  梅酒 最低にして最高の道 秋風をおもふ 太子筆を執りたまふ
 昭和十六年(一九四一)
  荒涼たる帰宅 青年
 昭和十七年(一九四二)
  与謝野夫人晶子先生を弔ふ 三十年
 昭和十八年(一九四三)
  寒夜読書 救世観音を刻む人
 昭和十九年(一九四四)
  南瓜賦
 昭和二十一年(一九四六)
  雪白く積めり
 昭和二十二年(一九四七)
  山菜ミヅ 
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  山のひろば
 昭和二十三年(一九四八)
  「ブランデンブルグ」 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 山口部落 かくしねんぶつ
  クロツグミ 別天地
 昭和二十四年(一九四九)
  おれの詩 悪婦 岩手の人 若しも智恵子が 山からの贈物
 昭和二十五年(一九五〇)
  山荒れる 月にぬれた手 鈍牛の言葉 典型 クチバミ 元素智恵子 メトロポオル
  裸形
 案内 あの頃 吹雪の夜の独白 田植急調子 噴霧的な夢 女医になつた少女
  東北の秋
 昭和二十六年(一九五一)
  大地うるはし 人間拒否の上に立つ
 編纂覚え書 草野心平


編年体による、この時点で編纂者の草野心平が把握していた光太郎詩をほぼすべて網羅したものです。ただし、戦前・戦時中の翼賛的なものはほとんどカットしました。それ以外でも抜け落ちている詩篇はまだまだありましたが、それは心平の検索の網に引っかからなかったものでしょう。

福島県二本松市。4月23日(木)から智恵子生家/智恵子記念館さんで「令和8年度 高村智恵子生誕祭」が開催されていますが、その関連で。

まず智恵子生家/智恵子記念館さんと同じ旧安達町にある道の駅安達智恵子の里さんでのタイアップ的なイベント。

銘産コーナーより、5月の智恵子生誕祭のお知らせ

5月20日は「高村智恵子」の誕生日です!

銘産コーナーでは、5月のお菓子フェアを開催
5/1(金)~5/31(日)まで

~5月だけの限定商品もたくさんあります~
〈まつもと〉ねこどらレモン 〈星野屋〉レモン大福 〈虎屋〉ワッフルレモン味
智恵子のサブレ、レモン飴などなど盛沢山!
009
手書きのPOP、温かみがあってなかなかいいと思います。

菓子処まつもとさんの「ねこどらレモン」はこんな感じ。
017
智恵子のサブレ」は道の駅安達さんのオリジナル商品だそうです。どうりで高速のSAなどで見かけないなと思っていました。
018
他にPOPにはありませんが、チーズケーキ工房&カフェ風花さんの新商品「ほんとの空サイダー」も道の駅安達さんで取り扱いを始めたそうです(東北自動車道安達太良SAでも)。

智恵子生家/智恵子記念館さんでの「令和8年度 高村智恵子生誕祭」そのものに関しては、『広報にほんまつ』の今月号で大きく紹介されています。先月号でもほぼ同じ内容の紹介がありましたが、今月も。
016
同じ今月号では、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の山開き(5月17日(日))に関しても智恵子がらみで紹介されていますが、そちらはまたのちほどご紹介します。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)1 『彫刻真髄』

明治44年(1911)4月20日 博文館 荻原守衛著
PXL_20260502_023128156
PXL_20260502_023145625 PXL_20260502_023203105
目次
 荻原守衛君小伝
 論説
  欧洲美術界の趨勢 仏国彫刻界 ロダンと埃及彫刻 義太夫と彫刻
  予が見たる東西の彫刻 談話の一節 彫刻芸術の大勢 成就院に遊ぶ 談片
  解剖学のはなし 迷へる青年美術家 信仰と美術との関係 芸術修業苦心談
  オランダの旅 
フロレンスの美術館を観る 公設展覽会評 東京市の銅像を論ず
  日本現時の彫刻界 
美術展覽会所感 彫刻家の見たる美人
  日本現代の彫刻は西洋のイミテエション
 荻原守衛氏 書籍等の跋文
  帰朝後の塑像製作年表 絵画制作年表
 側面観
  碌山荻原守衛君 井ロ喜源治   家庭に於ける荻原オヂサン 中村黒光
  荻原守衛君に就て 中村不折   故荻原守衛君に就て 柳敬助 
  同 戸張孤雁          死んだ荻原君 高村光太郎
  荻原守衛氏 小山菊野      荻原守衛君の追懐 齊藤与里
  四則 信濃毎日新聞       荻原君に就ての記臆 ウオター パック
  有の儘 戸張孤雁        新帰朝の青年美術家 東京朝日新聞
  木像の批評 中村星湖      荻原君のアトリエ 成功
  休憩室 相馬御風        故荻原守衛君追悼記 犀水生

「本人著作(部分)」の項でいの一番に紹介すべき書籍でしたが、失念していました。そこで昨日までのこの項の番号は訂正しました。

前年に急逝した光太郎の親友、碌山荻原守衛の一周忌にあわせての出版です。前半は生前の守衛が雑誌等に発表した文章や守衛に対する聞き書きで「論説」。後半の「側面観」が光太郎のそれを含む周辺人物の守衛評などです。

光太郎の「死んだ荻原君」は書き下ろしではなく、前年の雑誌『方寸』に発表された「死んだ荻原守衛君」の改題転載です。

一昨日から福島二本松の智恵子生家/智恵子記念館さんで「令和8年度 高村智恵子生誕祭」が開催されています。

地方紙『福島民友』さんから、予告的な案内記事。他の様々なイベントとともに紹介されました。

【どこいこ】おでかけスポット情報・浜通り(4月24日~)

■高村智恵子生誕祭 開催中
 二本松市の智恵子の生家・智恵子記念館。5月24日まで。25日から週末・祝日に生家2階の智恵子の居室を特別公開、5月10日までは奇跡といわれる智恵子の紙絵実物を展示している。
 生家は明治初期に建てられた造り酒屋で、酒銘は花霞。智恵子は1886年5月20日に生まれ、育った。5月9、10、19、20日に縁側で「花霞」振る舞い酒、16、17、23、24日に1階で、上川崎和紙で作る紙絵体験を行う。午前9時~午後4時30分。水曜日定休(祝日除く)。入館料は410円(小・中学生210円)。問い合わせは同館(電話)0243・22・6151
007
ご紹介下さったのはありがたいのですが水曜日定休(祝日除く)」とあるのは誤りですね。今年は生誕祭期間中は無休だそうです。
008
平常時は確かに水曜定休のところ、今年は智恵子生誕140周年ということもあるからでしょうか、二本松市さんとしては気合いを入れているようです。お間違いなきよう。

それから同じく『福島民友』さん、あだたら山ロープウェイ山頂駅にオープンした「【あ】の図書室」について。4月17日(金)掲載の記事です。

「ほんとの空」の下、出会う一冊 ロープウエーの駅に図書室

 「ほんとの空」の下、読書と眺望がのんびり楽しめる図書室が福島県二本松市のあだたら高原リゾート・ロープウエイ山頂駅に登場した。
 安達太良山(あだたらやま)は6文字全て「あ」音のため【あ】の図書室と名付けられ、智恵子抄や二本松に関する本をはじめ、登山、旅、温泉、花の本や雑誌、児童書など約300冊が並んでいる。土足厳禁のサロン風スペース。
 奥岳登山口から結ぶロープウエーの運行は午前8時半~午後4時半。料金は往復一般2200円、4歳~小学生1700円。水曜日運休(祝日除く)。同駅近くには薬師岳パノラマパークがあり、標高1350メートルからの景色が楽しめる。
006
続いて『朝日新聞』さん、4月21日(火)の夕刊。

(私のイチオシコレクション)二本松市智恵子記念館 橋本真紀

■紙絵に託した、光太郎への愛と感性 市教育委員会文化課主任主事・橋本真紀
 大胆な配色とシンメトリーの構図。シンプルかつ目を引くこの「紙絵」は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」のモデルとして知られる妻、智恵子(1886~1938)が最晩年、紙を折り、切り抜いて作った作品です。
 「東京には空がない」とこぼした智恵子は、当館がある福島県油井村(現二本松市)の造り酒屋の家に生まれました。大学を卒業後、女性としては当時まだ珍しい洋画家として歩み始めますが、芸術界の巨匠になっていく夫とは対照的に、徐々に心身を病んでいきます。創作活動の行き詰まりが一因ともいわれます。
 しかし亡くなる約2年前から病床で紙絵作りに没頭し、千数百点もの作品を残しました。本作は、ピンクと青の反対色の組み合わせが印象的です。当時は配色が病的と指摘されたこともありましたが、感性の赴くままに表現した、智恵子の芸術性が存分に開花した作品の一つです。
 紙絵は、病床で誰にも見せず、ひそかに作られました。千代紙や包装紙、薬の袋が、マニキュアはさみを使って大胆に、時に繊細に切り出され、鮮やかに組み合わせられました。それらは、光太郎にだけ見せたといいます。紙絵は、智恵子の思いを託した光太郎へのメッセージだったのではないでしょうか。
009
  一方、洋画家・智恵子の作品として確認されている油絵は3点しかありません。うち1点が大正初期、帰省中に描かれたと伝わる「花(ヒヤシンス)」です。署名はなく、額装されていない状態で見つかりました。もしかすると、未完成なのかもしれません。
 若い頃、完璧主義の一面があったという智恵子は、どんなに筆を進めても満足できず、何より芸術家である夫・光太郎に認められたいと、理想と現実の間でもがいていたのだと思います。
 光太郎を愛し、認められたいと願った若き日から、最期は智恵子にしかなし得ない表現で、光太郎ただ一人のために作品を残したのです。
(聞き手・三品智子)
 
011《二本松市智恵子記念館》 福島県二本松市油井漆原町36(☎0243・22・6151)。午前9時~午後4時半(入館は30分前まで)。水(祝休の場合は翌平日)休み。410円。紙絵は保護のため複製展示。23日~5月10日は実物を公開予定。


市教育委員会文化課主任主事 橋本真紀 
 はしもと・まき 2022年から現職。智恵子の誕生日と命日に合わせた「生誕祭」「レモン祭」の企画運営や生家のライトアップイベントを手がける。

橋本氏、当方もさんざんお世話になっている方ですので「ありゃま」という感じでした。

「おやっ」と思ったのは、油絵「ヒヤシンス」について。「額装されていない状態で見つかりました」という点、存じませんでした。郷里で見つかったとか、署名がないなどの点は、旧安達町発行の図録的な書籍『命と愛のメッセージ』(初版・平成4年=1992/改版・平成14年=2002)に、当会顧問であらせられた故・北川太一先生が書かれていましたが。
012
考えてみればあり得る話ですが、改めてよくぞこの絵が残っていてくれたものだ、と思わせられます。

同じく二本松にあったはずの、智恵子が祖父・次助を描いた肖像画は行方不明です。明治40年(1907)の日本女子大学校卒業後、郷里に帰らず東京で絵画の修業を続けたいという智恵子の希望に対し、はじめ反対していた家族たちもこの肖像画を見て「これほどの腕前なら……」と翻意したというエピソードがあり、ぜひ見てみたいものなのですが……。どこかからひょっこりでてこないものかと思っております。

最後にやはり『朝日新聞』さん、4月15日(水)付の読者投稿川柳欄。
001
お題が「智恵」ということで、入選句の七句が掲載されました。秀逸句的な作が「智恵子なら戦地に空は無いといふ」。選評では「「智恵子抄」の類句多」だそうで、「ほんとの空」に関し、それなりに人口に膾炙しているのだなと嬉しくなりました。ただ、内容が内容だけに手放しで喜ぶのも不謹慎かとは存じますが。

これを読んで想起させられたのが、俳人・秋元不死夫の句「鳥わたるこきこきこきと罐切れば」。戦後間もない昭和21年(1946)の作で、まだ回復しない食糧事情の中、入手した貴重な缶詰めを缶切りで開ける様子。そしてふと見上げた空には渡り鳥、という情景です。

この句に関しては貴重な缶詰めとか、「こきこきこき」のオノマトペとかに着目した評が為されることがほとんどですが、やはり季語である「鳥わたる」を中心に据えれば、戦争が終わり、空を飛んでいるのは爆撃機でも戦闘機でもなく渡り鳥だ、平和な世になったんだなぁ、という実感が見てとれるような気がします。

ちなみに秋元は戦時中、新興俳句の同人誌、その作者らが治安維持法に基づいて大量検挙された「京大俳句事件」で2年間投獄されました。戦後、自由の身となったというのもこの句の背景にあるのでしょう。

つくづくこういう句が詠まれる世に戻してはならないと思うのですが、国会審議を経ない閣議決定とやらでなし崩し的に武器輸出が容認されるとのこと。我々の納めた税金が人殺しのための武器に使われる、日本製の無人ドローンなどで戦地の「ほんとの空」が覆われるなど、あってはならないことだと思うのですが……。

しかしおよそ一般教養や常識に欠ける幼稚なネトウヨなどには「「智恵子なら戦地に空は無いといふ」の句も、何を言ってるのかさっぱりわからないのでしょうね。嘆かわしいものですが、そういう輩が多数派とならないようにしていきたいものです。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)29 『世界美術全集 第25巻 日本Ⅳ』 

昭和26年(1951)11月30日 平凡社 下中弥三郎編
PXL_20260420_232033199
PXL_20260420_232049135 PXL_20260420_232110269
目次
 近代日本の成立と発達 
 明治、大正、昭和の建築
 明治、大正、昭和の彫刻
 明治、大正、昭和の日本画(版画を含む)
 明治前期の西洋画
 印象主義以後
 明治、大正、昭和の工芸
 図版 原色版 一七図 グラビア版 一二八図 本文挿図 二七六図
 図版解説
 年表
 参考書目録
 挿図目録
 図版目録

光太郎執筆箇所は「図版解説」中の「17 老夫 長沼守敬」「18 老猿 高村光雲」「21 銀盤(柳敬助像) 荻原守衛」「23 北條虎吉肖像 荻原守衛」。

大先輩の長沼や亡父光雲はともかく、早世さえしなければ共に手を取り合って日本彫刻界をリードしていくはずだった親友の荻原守衛の作を解説というあたり、光太郎にとっては特別な感慨があったのではないでしょうか。

毎年恒例、5月20日(水)の智恵子誕生日に合わせ、さまざまなコンテンツでそれを盛り上げる智恵子生誕祭が、智恵子の故郷・福島二本松で開催されます。

高村智恵子生誕祭

期 日 : 2026年4月23日(木)~5月24日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 期間中無休
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金
002
本市(旧安達町)出身の芸術家・高村智恵子の生誕日である5月20日にかけて、令和8年度春季自主事業「高村智恵子生誕祭」を開催します。また、今年は智恵子生誕140年を迎えることから、記念特別企画も実施しますので、この機会にぜひご来館ください。

実施企画

智恵子の生家 2階特別公開
通常公開していない「智恵子の居室」を下記の日程で特別公開します。また、2階にて『智恵子自作の小物入れ』も展示します。
公開日:4月23日(木)~5月24日(日)までの間の土・日・祝日及び5月20日(水)
公開時間:午前9時00分~午後4時00分

智恵子の「紙絵」の実物展示
奇跡といわれる「紙絵」の実物展示をおこないます。
展示期間:4月23日(木)~5月10日(日)
004
 ~智恵子生誕140年記念特別企画~ 復活!長沼酒造『花霞』ふるまい
智恵子生誕140年を記念し、生家に清酒『花霞』が復活!数量限定でふるまいを行います。
実施日:5月9日(土)、10日(日)、19日(火)、20日(水)の4日間
実施時間:午前10時00分~午後4時00分
 ※運転される方、20歳未満の方の飲酒は固く禁止します。
  なお、お酒以外の物販もありますのでぜひお楽しみください。
【協力】大天狗酒造株式会社
006
上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵体験」
上川崎和紙を使用し、智恵子の紙絵をモチーフにしたグッズを作成できます。また、ちょっとした喫茶スペースとお土産コーナーも併設します。
開催日:5月16日(土)、17日(日)、23日(土)、24日(日)の4日間 
【協力】二本松市和紙伝承館
007
智恵子とおそろい!?ハートの小物入れを作ろう
生家2階公開時に展示する『智恵子自作の小物入れ』風ハートの小物入れを作ってみませんか。
実施期間:4月23日(木)~5月24日(日) 
005
昨年は生誕祭期間中に、当会プロデュースのコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」を智恵子生家一階座敷で開催しました。筝曲及びテルミンの演奏に乗せた、詩集『智恵子抄』の朗読公演で、荒井真澄さん(朗読)、大西ようこさん(テルミン)、元井美智子さん(箏曲)のトリオによるものでした。

今年の生誕祭ではその手の企画がありませんが、同じお三方による公演を秋の「レモン祭」期間中の11月8日(日)にやはり智恵子生家一階座敷で予定しています。ちなみにその前後、同じく「レモン祭」に合わせてにほんまつ城報館さんで光太郎智恵子展的な企画展も開催されます。10月17日(土)には関連行事としての当方の講演も。まだ先の話ですが。

また、民間の「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会」さんでは、5月17日(日)に二本松市交流センターさんでシャンソン系歌手のモンデンモモさんによる「智恵子抄」コンサートを企画されています。同日には智恵子ゆかりの地を巡ったり、オープンマイク的に参加者に「智恵子抄」詩篇を朗読してもらったりする企画「智恵子を偲ぶ鎮魂の集い」が予定されています。のちほどまた詳細をご紹介します。

今年は光太郎没後70年であると同時に、智恵子生誕140年にも当たります。『広報にほんまつ』今月号では、生誕祭と共にそちらの紹介も。
001
「智恵子生誕140年記念ロゴマーク」も制定されました。
003
智恵子の紙絵ふう、だそうで。「ほんとの空」をイメージしたであろう空色の四角が直線の正方形になっていないあたりもこだわりがあるようです。

というわけで、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)23 『天平彫刻』 小山美術新書1

昭和23年(1948)9月25日 小山書店 児島喜久雄編者代表
PXL_20260411_105309904
PXL_20260411_105331380 PXL_20260411_105354220
目次
 天平彫刻について 上野直昭
 天平時代の仏像に対する断片的考察 木下杢太郎
 天平彫刻の技法について 高村光太郎
 天平彫刻私観 平櫛田中
 天平彫刻雑感 安田靱彦
 素材より見たる奈良彫刻の特性 野間清六
 天平仏像の構造法 新納忠之介
 奈良時代の鋳もの 香取秀真
 東大寺建立と天平の仏像 筒井英俊
 戒壇院四天王像に見る「格」に就て 丸尾彰三郎
 天平時代の彫刻と万葉集との関係 久松潜一
 天平の肖像彫刻 小林剛
 天平彫刻と写真 大口理夫
 天平彫刻と様式問題 児島喜久雄
 須菩提 廣津和郎
 新薬師寺本尊に関する問題 田中倉琅子
 図版解説
 図版目次
  原色版 三月堂 梵天帝釈天(安田靱彦氏画 明治四十一年写生)
  写真版 
   第一図 東大寺三月堂 不空羂索観音像(入江泰吉氏撮影)
   第二図 東大寺三月堂 月光菩薩像(入江泰吉氏撮影)
   第三図 東大寺三月堂 日光菩薩像(松山志郎氏撮影)
   第四図 東大寺三月堂 吉祥天像(入江泰吉氏撮影)
   第五図 東大寺三月堂 執金剛神像(入江泰吉氏撮影)
   第六図 東大寺戒壇院 持国天像(松山志郎氏撮影)
   第七図 東大寺戒壇院 廣目天像(松山志郎氏撮影)
   第八図 興福寺 須菩提像(松岡光彦氏撮影)
   第九図 唐招提寺開山堂 鑑真和上像(入江泰吉氏撮影)
   第十図 唐招提寺衆宝王菩薩像(奈良博物館撮影)
   第十一図 聖林寺 十一面観音菩薩像(米田大三郎氏撮影)
   第十二図 東大寺三月堂 不空羂索観音宝冠化仏(松山志郎氏撮影)
   第十三図 東大寺大仏殿前 銅造燈籠扉音声菩薩(入江泰吉氏撮影)
   第十四図 薬師寺金堂 三尊像(佐藤辰三氏撮影)
   第十五図 新薬師寺伐折羅大将像(入江泰吉氏撮影)

製本所が空襲されたため、店頭に並ぶ前にほとんどが焼失してしまった昭和19年(1944)の初版を戦後になって復刊したものです。本文の紙型は初版と同一ですが、写真図版はかなりの異同があります。

今日も2件、ご紹介します。

まず4月1日(水)付け『毎日新聞』さん。

山田詠美さん(作家) 女流という「鬼」書く使命 『三頭の蝶の道』 先輩作家らの生、小説に003

 女流。昭和のある時期まで女性作家たちはそう呼ばれた。侮蔑的な意味もあり、今や文壇では死語となった。だが「女流と呼ばれていた時代の人たちが切磋琢磨(せっさたくま)しながら小説を書いてきた事実をなかったことにはできない」と作家の山田詠美さんは言う。
 デビュー40周年の節目に発表された新刊『三頭の蝶(ちょう)の道』(河出書房新社)で描くのは、女流という呼び名をプライドに変え、小説を編んだ女たちの物語だ。
 同時代に活躍した女性作家3人をめぐる群像劇。3章構成の各章は、それぞれの死にまつわる場面から始まり、編集者や親交のあった作家、親族らの回想から、彼女たちの生きた時間がひもとかれる。山田さんと交流のあった河野多恵子さんや瀬戸内寂聴さん、大庭みな子さんらを思わせる人物が登場するが、物語はあくまでフィクションの形をとる。
  3人の大作家は互いに<愛に近い敬意、そして嫉妬に近い憎しみ>を募らせつつ、ひたすら自分の文学世界を追求した。「性別なんか関係なく、文学を愛してきたんだっていうところは強調したかった」。その姿は、男も女も超えた「文学の鬼」だ。 <作家は、脳内で人を殺せてこそ、花。そう思わない?> 登場人物の一人、河合理智子の言葉にはすごみがある。
002
 山田さんが作家デビューしたのは、男女雇用機会均等法が成立した1985年。26歳の時に書いた『ベッドタイムアイズ』で、河野さんらが選考委員を務める文芸賞を受賞したのがきっかけだった。芥川賞・直木賞初の女性選考委員として河野さんや田辺聖子さんらが就任した87年には、『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞。時代の変化を肌で味わってきた。
  「女流の名をものともせず、自分が人間であることを文学で証明していくような人たちの姿を、私は末席で見続けた最後の世代」と自認する。ある日、若い女性作家が女流という言葉に吐き気がすると書いた文章を読み、違和感を覚えた。「『女流』たちがいたから、あなたたちが自由にものを書ける世界が広がったのではないか」と。 その名に誇りと無念さを抱きながら、今に続く道をならしてきた「女流」。彼女たちのことを小説に残すのは私しかいない。そんな「使命感」が本作に向かわせた。
 執筆の際、「先輩たちのことを思い浮かべるだけで広がるものがあった。何しろ存在そのものがドラマチックな人が多かったから」と振り返る。
 瀬戸内さんは最晩年、自身と河野さん、大庭さんのことを小説『いのち』(2017年)に書いたが、「同じ相手と付き合っていても人によって見え方は違う。私が見たものはそうではない、というところも意識しました」と話す。
 タイト15年、亡くなる約3週間前に病院へ見舞いに行った時のこと。「飛んでいる蝶を見て『あ、蝶が2匹』と言ったら、『蝶は1頭2頭と数えるの』と教えてくれました。その時、いつかこのことを書く時が来るって思ったんです。河野さんとのお別れは近いと感じていたから、ちょっとセンチメンタルにもなっていたのね」
 人間には見えないとされる、蝶だけの道のイメージと、自らの文学に身をささげた「女流」作家の生が重なり、物語が動き始めた。
 戦前、女の書く小説は主流ではないとみなされた時代に、女性作家たちは「日本女流文学者会」を立ち上げた。男性に名付けられるのではなく、自ら「女流」と名乗ることで自分たちの文学を肯定したのだ。<差別語を逆手に取って、自分たちの存在を主張するのは、言葉による決起ね>と理智子は言う。
 そうやって奮起し、闘ってきた女たちの歴史をこそ書き留めたかった。
 「女流という言葉は差別用語だから使うのはいけない、と言うのは簡単です。その中にあるさまざまな事情を書くのが小説であり、世の中が言っている事や『正しさ』みたいなものに小説はくみしない」
 小説家は、全員で何かを糾弾するところから「一人抜けて書く」ことを常に意識すべきだと考える。「数が多いと自分が強くなった気になるけど、それじゃダメ。弱いところにいて書かないと」. 敬愛する先輩たちも「女流」の旗の下にただ集まったのではない。文学に魅入られた一人一人が自分だけの言葉があると確信し、探し求めていた。「それらがだんだんと絡み合い、生まれてきた熱いもの」が時代を切り開いてきた。本作はその「熱い」年月を、山田さんだけの目と、耳と、感覚で捉えた一冊だ。 後ろの道しか見えない. 作家の道を歩み続けて40年 これからを問うと「私ね、高村光太郎(の『道程』)じゃないけど、後ろの道しか見えない」と返ってきた。「あした死ぬかもしれないっていつも思っていて、そうすると昨日までのことが重要に思えてくる」。いくつもの足跡が残る「昨日」が小説を形作るものになっていく。 「一つの小説を書き終えて、さあどうしようと考えていると、体の中に埋め込まれた記憶の引き出しが開くの。それでまた、ああそうだ、私まだまだこれを書かないと死ねないわって思うんです」

光太郎詩「道程」(大正3年=1914)はほんの刺身のツマ以下ですが(笑)。

本題は「女流」の語。現代の文壇では死語となったそうですが、確かにかつてはあたりまえのように使われていました。「女流文学」と大きな括りの場合もあれば、ジャンルごとに「女流作家」「女流詩人」「女流歌人」などとも。

女性と男性とでは、やはり物の見方、考え方、その他いろいろな相違は確かにあるのでしょう。しかしそれが生来のものである部分と、社会から「推奨」乃至は「強制」されたものである部分とがあるような気がします。そうした「推奨」乃至は「強制」に抗ってきた人々の歴史があってこそ文壇で「女流」の語が死語となったのだ、と、いうわけで。

山田氏の『三頭の蝶の道』、登場人物のモデルは河野多恵子、瀬戸内寂聴、大庭みな子を彷彿とさせられるそうですが、大正末から昭和一桁の生まれの人々ですね。さらに遡れば、この人々と交流があったり、影響を及ぼしたりした一世代前の「女流」として、光太郎智恵子とも交流の深かった与謝野晶子や平塚らいてうなどが浮かびますし、そこまで有名でなくても智恵子の親友で瀬戸内寂聴が評伝的小説を書いた田村俊子もいます。もっと遡れば樋口一葉などに近代としての源流があるのでしょう。山田氏曰く「女流の名をものともせず、自分が人間であることを文学で証明していくような人たち」。

ところで、文壇で「女流」の語が使われなくなったとはいえ、未だに「女性ならではの……」「女性特有の……」などといった形容は生き残っているような気はします。「男性ならでは……」「男性特有……」とは言いませんね。また、文学に限りませんが「女子力」というのも考えてみれば不思議な言葉ですね。

ちなみに現代、「女流」の語が現役で残っているのは囲碁・将棋の世界。囲碁の世界はよく存じませんが、将棋だと男女の別を撤廃し女流にもプロ編入に門戸を開いているようですが、現実にそれに挑戦する例は少なく、また、それで勝ち抜いた女流棋士はまだいないようです。今後の活躍に期待します。

さて、もう1件。4月7日(火)付けの『福島民報』さん一面コラム。

あぶくま抄 継承の旅路

震災と原発事故から、ちょうど2カ月後。沈んだ「ほんとの空」を、一機の自衛隊ヘリが横切った。計画的避難区域に指定された飯舘村と川俣町の上空に差しかかった時だった。「あそこがそうですね」▼声の主は、被災地訪問から帰路に就かれた今の上皇ご夫妻。言葉から、うかがえる。お二人がどれだけ「ふくしま」に心を寄せ、事前に状況を把握されていたか。県民とともに歩むご意思は、天皇、皇后両陛下に受け継がれた。即位後初めて浜通り入りされた。住民と温かく語らい、いばらの歩みに理解を深めている▼思いはさらに、世代を超えてつながれる。両陛下のご意向で長女愛子さまが同行されている。4年前、成年に当たっての記者会見。「苦難の道を歩む方々に思いを寄せ続けることも大切にしたい」と語った。はにかむ表情は待ちわびた春の陽光のよう。15年間固く張り詰めた心の氷を優しく、静かに解かす。今、清らかな風が舞う▼愛子さまのお名前の由来は、孟子の「人を愛するものは、他人も常にその人を愛す」。誰かを愛する人の輪が幾重にも、ほんとの空を覆ってくれたら。おじいさまと、おばあさまも、きっとそう願っておいでだ。

光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語を繰り返して下さいました。ありがたし。「誰かを愛する人の輪が幾重にも、ほんとの空を覆ってくれたら」、そのとおりですね。

現実には真逆に「国論を二分する」とか何とか、わざわざ分断を煽ろうとする女性がなぜかもてはやされている現状で、実に頭の痛いところですし、その女性は何の権限があってか愛子さまをないがしろにしようとしているようですが……。

ところで東日本大震災、それに伴う原発事故から15年。明日はその関連で。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)19 『佐藤惣之助覚え帖』 

昭和18年(1943)8月25日 桜井書店 潮田武雄編
PXL_20260404_023824376
PXL_20260404_023836556 PXL_20260404_023854756
目次
 大正型の詩人 河合酔茗     
 追弔三句 北原白秋
 詩魔佐藤惣之助氏 高村光太郎   佐藤惣之助君を憶ふ 川路柳虹
 ばら 室生犀星          佐藤惣之助君を想ふ 千家元麿
 佐藤惣之助君を悼む 白鳥省吾   佐藤は生きてゐる 福田正夫
 惣之助さん 深尾須磨子      遅いお礼 井上康文
 惣之助さんと交遊 勝承夫     佐藤惣之助さん 三好達治
 想ひ出の花束 高木斐瑳雄     男には三分の非人情 笹沢美明
 佐藤惣之助氏と私 尾崎士郎    遙かな潜水夫 釈迢空
 昔の水音 荻原井泉水       佐藤君の脚本 渥美清太郎
 佐藤氏を憶ふ 保田与重郎     うまのあつた釣友達 上山草人
 畏友・佐藤さん 大村能章     四十年の友 室積徂春
 憶ひ出 野間仁根         佐藤惣之助を悼む 高田力蔵
 夢の断片・釣と旅 飯田九一    畏友佐藤惣之助を追悼す 鈴木保徳
 大魚さん 高橋心一        折本会と佐藤君 雲井隣静
 酔花佐藤を憶ふ 栗原愛塔     故佐藤惣之助君追憶 佐藤栄秀
 川崎と兄さん 加藤斧青      ある夜の佐藤氏 潮田謙三郎
 惣之助の幼い頃 佐藤うめ     夫のこと 佐藤周子
 痛哭唱 潮田武雄         回想断片 椎橋好
 惣師死別 飯倉尚         五十年の旅 塩川秀次郎
 追悼惣先生 渡辺修三       あの日あの頃 久保田彦穂
 先生の俳句 門脇英鎮       惣師のことども 伊波南哲
 告別式の日其他 清水房之丞    楡の花が散ります 古川賢一郎
 「詩の家」の頃 杉浦杜夫       北南 津喜山一穂
 五月十五日 丸山泰        思想体系のない 三ツ村繁蔵
 雲丹を送らざるの記 夢野艸一   古赤絵の味 岡田悦哉
 最初のこと最後のこと 岡田榛名  巨師の横顔 中島勝利
 先生の霊に捧ぐ 村上就徳     ひとひらの蟲と化したまひし 戸塚八重子
 パパの思ひ出 天野静子      おもひで 壺田花子
 南方的詩人 澤木隆子       消えし人 永瀬清子
 ひぐらし 方等みゆき       先生の御臨終記 小山省
 惣之助の素描 椎橋好       後記 室生犀星
 佐藤惣之助ノート

前年に亡くなった詩人の佐藤惣之助の追悼文集です。ちなみに佐藤は作詞家でもあり、代表作は阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」。逆に言うと、それ以外の部分では忘れられつつあるかな、という感じです。

光太郎は佐藤が主宰した詩誌『詩之家』にたびたび寄稿、さらにその題字も書いています。また、それより以前にやはり佐藤主宰の『テラコツタ』『嵐』などにも寄稿しているようなのですが、それらがかなり稀覯の部類に入るようで、いまだに確認出来ていません。情報をお持ちの方、ご教示頂ければ幸いです。

智恵子のふるさと、福島二本松からの情報。

まず市の広報誌『広報にほんまつ』今月号。同市は令和元年(2019)に「全国さくらシンポジウム」会場となり、それ以来その際のキャッチコピーで光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空にさくら舞う」を、毎年の4月号に転用し、市内の桜の名所を紹介しています。
009
013 010
011 012
そして桜がらみの各種情報。その中で、智恵子の生家などを巡る周遊バス「二本松春さがし号」についても。

その件で、地方紙『福島民報』さん記事。

二本松市街地の桜楽しんで 観光協企画の循環バス運行

 福島県二本松市市街地の桜を楽しむ循環臨時バス「二本松春さがし号」は6日、運行を始めた。15日まで毎日6便が走る。
 にほんまつ観光協会の企画。JR二本松駅発着で、智恵子の生家、霞ケ城公園、大隣寺などを巡る。割安な1日フリー乗車券は中学生以上500円、小学生250円。
 初日にJR二本松駅前で出発式を行い、塩田英勝にほんまつ観光協会事務局長、鈴木友和福島交通二本松営業所長がテープカットした。
 問い合わせは同営業所 電話0243(23)0123、または観光協会 電話0243(24)7702へ。
006
運行されている福島交通さんサイトから。

二本松の名所旧跡を巡る「二本松春さがし号」を運行いたします。

 二本松駅前より、詩人で彫刻家である高村光太郎の妻智恵子が育んだ住まい、少年隊も眠る丹羽家の菩提寺「大隣寺」などを巡る、二本松市内を循環する “二本松春さがし号”臨時バスを運行しますので、是非ご利用ください。
【注意事項】
・道路交通状況等により遅れが発生します。列車への乗り継ぎには十分余裕をお取りください。
・混雑時のマスク着用にご協力ください。
 ご理解ご協力を重ねてお願い申し上げますとともに、皆様のご乗車をお待ちいたしております。

運 行 日   : 2026年4月6日(月)~4月15日(水)毎日運行
運賃・時刻表  : 「二本松春さがし号」ご案内(以下PDFよりご確認ください)
お問い合せ先  : 福島交通㈱二本松営業所 0243-23-0123
007
008
1日フリー乗車券で大人でもワンコインだそうですから、実に良心的ですね。

続いて智恵子のソウルマウンテン・安達太良山情報。奥岳登山口周辺であだたら高原リゾートを展開する富士急さんのプレスリリースから。

詩人・高村光太郎の妻 智恵子 が焦がれた “ほんとの空” の下、あだたら山ロープウェイ山頂駅に絶景読書ラウンジ【あ】の図書室 4月11日 始動

 富士急グループの富士急安達太良観光株式会社(福島県二本松市、取締役社長:渡邉康治)が展開する「あだたら高原リゾート」(同市)では、あだたら山ロープウェイ山頂駅にある休憩所をリニューアルし、2026年4月11日(土)に【あ】の図書室をオープンいたします。
014
 あだたら高原リゾートでは、2024年のグリーンシーズンに山頂での楽しみ方を拡充する取り組みとして、「あだたらやま」の「あ」に着目した空間演出など、自然と遊び心を感じられる体験づくりを行ってきました。山頂展望広場に設置された【あ】のオブジェも、その一環として多くの来場者に親しまれています。
 今回新たにオープンする【あ】の図書室は、文学にゆかりのあるこの地ならではの“静かな過ごし方”を提案する空間です。安達太良山は、高村光太郎の詩集『智恵子抄』に登場する「ほんとの空」の舞台として知られ、その空を焦がれた智恵子の想いが今も息づいています。雄大な自然と、四季折々に表情を変える山並みに囲まれた山頂で、本を手に取り、ゆったりとした時間をお過ごしいただけます。
 日常から少し離れた場所で、デジタルデトックスとともに味わう、すこやかなひとときをお楽しみください。

【あ】の図書室概要
■リニューアルオープン 2026年4月11日(土)
■営業時間 9:00~16:00
※ロープウェイの上り最終15:50、下り最終16:20
■利用料金 無料 ※山頂に行くロープウェイの料金が必要となります。
【ロープウェイ料金】
 大人(中学生以上)片道: 1,300円、往復2,200円
 小人(4歳~小学生)片道: 1,000円、往復1,700円
015
016
017
【あ】のオブジェ
 ロープウェイ山頂広場には「あだたらやま」の「あ」をモチーフにした不思議なモニュメント【あ】のオブジェがあります。大小さまざまな「あ」が並ぶ「あ」の道の先には、高さ約180cmのモニュメントがあり、安達太良山の空と阿武隈の山並みを背景に撮影を楽しめるフォトスポットとなっています。
018
「あだたら高原リゾート」施設概要
■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
 「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
019
■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
 標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂です。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。
【施設概要】
・営業日 年中無休※メンテナンス休業あり
・営業時間 10:00~19:00(最終入館18:30)
・施設内容 内湯(9㎡)、露天風呂(20㎡)※男女別
・利用料金 大人800円/小人(4才~小学生)500円
・泉質 単純酸性温泉
・適応症 神経痛・筋肉痛・関節痛・運動麻痺・慢性消化器病・冷え性・疲労回復・健康増進
     慢性皮膚病

「あだたら高原リゾート」営業概要
・営業時間 8:30~16:30
  ※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照下さい)
・お問い合わせ 福島県二本松市奥岳温泉 TEL:0243-24-2141
020
奥岳登山口から出発するロープウェイの山頂駅に、今日「【あ】の図書室」がオープンするそうです。なぜに【あ】かというと、「だたらやま」の「あ」でもありますし、「あだたらやま」がローマ字だと「ADATARAYAMA」で、母音が全て【あ】ということに由来します。一昨年にはやはり山頂駅の外に「【あ】のオブジェ」が設置され、そちらと呼応する感じですね。

ところで「【あ】のオブジェ」、てっきり期間限定での設置だと思い込んでいまして、昨年4月に山頂駅に行った際に見逃しました。次に行く際には「【あ】の図書室」ともども拝見します。ちなみに山頂駅近くの薬師岳パノラマパークには、有名な「この上の空がほんとの空です」碑がありますので、これから行かれる方、そちらにもどうぞ。

長くなりましたがもう1件、お付き合い下さい(笑)。

やはり『福島民報』さんで、4月7日(火)掲載のコラム。

こけし

▽二本松市のチーズケーキ工房&カフェ風花が開発した新商品「ほんとの空サイダー」が人気を集めている。▽詩集・智恵子抄で詠まれた「ほんとの空」をイメージし、クチナシ由来の天然着色料で空色を表現。県産リンゴ果汁を用いた味わいが特徴。安達太良山の風景をラベルに描いた。360円(税込み)。店内のほか、道の駅安達などで販売している。▽企画担当の長田花梨さんは「温泉後の一杯に安達太良山を眺めつつ味わって」と青空のように爽やかなドリンクをPRしている。
000
過日、当方も購入して参りました「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんの「ほんとの空サイダー」。人気を集めているそうで、「おお!」という感じでした。

実際、気になる方が多いようで、花巻からも「オンラインで手に入らんか?」と問い合わせがありましたし、過日の連翹忌の集いに持っていって光太郎智恵子関連の新刊書籍やパンフレット等と一緒に並べておいたら、参会の方から「これ、都内で手に入りませんかね?」。ちなみに持っていった一本は渡辺えりさんにさしあげました(笑)。

いろいろ調べたのですがどうも現地に行かないと無理っぽい感じです。「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さんは岳温泉近く、それから今回の『民報』さんで、道の駅安達智恵子の里さんでも販売と知りました。智恵子生家/智恵子記念館に行った際にゲットしようと思いました。

他にも二本松・安達太良山・ほんとの空がらみのいろいろがあるのですが、他にも紹介すべき事項が山積しておりまして、また後日。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)13 『ミケランヂェロ』 

昭和16年(1941)8月20日 アトリヱ社 天田文雄編
PXL_20260410_230355689
PXL_20260410_230424607 PXL_20260410_230444032
目次
 ミケランヂエロの彫刻作品に題す 高村光太郎
 図版
 ミケランヂエロ年譜 富永惣一
 図版目次


ミケランジェロ・ブオナローティは、ロダン同様、あるいはそれ以上に光太郎が敬愛し続けた彫刻家です。その大判の彫刻写真集です。光太郎の文章が巻頭に置かれ、序文に近い感じですが、一応、部分的執筆の項に入れました。

たまたまなのでしょうが、発行日が昭和16年(1941)8月20日。これは詩集『智恵子抄』初版、それから散文集『美について』それぞれの発行日と全く同じ日です。

この項、刊行順に紹介していますが、一昨日取り上げた『仏蘭西詩集』、昨日の『生活と文化技術』と順番が前後してしまいました。すみません。

まず花巻高村光太郎記念館さんについて。同館を含む花巻市立の社会教育施設等数館が、来年度から休館日や開閉館時間の設定を変更するそうです。今後行かれる方はご注意下さい。

同市のサイトから。

社会教育施設等の開館時間・休館日の見直しを実施します

 市の社会教育施設等は、観光客の利便性を考慮し、シフト制により職員の勤務日や勤務時間を割り振ることで、年末年始を除きほぼ通年で開館してきました。しかし、通年で開館することにより、施設の点検や清掃などの日程調整に苦慮しているほか、積雪時には早朝から職員が除雪作業を行うなど時間外勤務が発生していました。
 これらの課題を改善するため、令和8年4月1日から毎週の休館日を設定し、開館時間を変更します。これにより施設の定期的な点検や清掃を確実に実施し、利用者サービスの向上と職員の働き方改革を図ります。

高村光太郎記念館
現行
 休館日:12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週月曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 高村光太郎記念館 電話:0198-28-3012
001
平成25年(2013)に現在の建物にその機能が移って以来、これまで休館は年末年始のみだったのは、基本的に毎週月曜日休館となるそうです。また、開館時間がこれまでより30分遅くなり、午前9時からに変更とのこと。

通常、この手の館は週に1日の休館日を設定していることがほとんどですし、これまでのように午前8時30分開館というところはほとんど無いように思われ、全国的に見ても平均的な設定になる気がします。

ついでですので、光太郎と縁の深かった宮沢賢治関連の施設についても変更点をご紹介しておきます。

宮沢賢治記念館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治記念館 電話:0198-31-2319 

宮沢賢治イーハトーブ館
現行
 休館日:12月28日から1月1日
 開閉館時間:午前8時30分から午後4時30分
令和8年4月1日から
 休館日:毎週火曜日(祝日と重なったときはその次の平日)、12月28日から1月3日
 開閉館時間:午前9時から午後4時30分
問い合わせ 宮沢賢治イーハトーブ館 電話:0198-31-2116
002
003開閉館時間に関しては、高村光太郎記念館さんと同じく、午前9時からに変更とのこと。そして休館日。高村光太郎記念館さんは毎週月曜になるそうですが、賢治関連2館さんは毎週火曜日の設定だそうです。となると、月・火は1日で高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るのは不可能になります。

花巻市の老舗タクシー会社・文化タクシーさんでは「どんぐりとやまねこ号」という最大9人乗りのジャンボタクシーを運行して下さっていて、現在運行されている「午前コース」がまさに高村光太郎記念館さんと賢治関連2館さんを回るコース設定になっています。ところがそうなると、月・火はその設定が成り立たなくなるということで、祝日を除く月曜日は高村光太郎記念館さんの代わりに、賢治菩提寺にしてその墓のある身照寺さんが入り、火曜日は全面運休だそうです。

「午後コース」は、花巻東高校さんに設置されたMLB菊池雄星投手/大谷翔平選手のモニュメント、南部杜氏伝承館・酒匠館さん、宮沢賢治記念館さんを回るコースです。「午前コース」、「午後コース」を併せて「1日コース」とすることも可能で、その場合は午後の宮沢賢治記念館さんの分は宮沢賢治童話村さんとするそうで。で、火曜日も同様の変更とするそうです。

というわけで、4月以降、光太郎関連、賢治関連で花巻を訪れようという方、ご注意下さい。

それから、福島二本松の智恵子記念館さんについても。こちらは新年度からの変更点というのはありませんが、ショッキングなニュースが入ってきました。

FCT福島中央テレビさんのローカルニュース。

公園の滑り台にいたのは…体長約1メートルの熊 警察が注意呼びかけ 福島県二本松市

 21日午後4時過ぎ、二本松市の公園にある滑り台で熊が目撃され、警察が注意を呼びかけています。
 熊が目撃されたのは、二本松市油井の「智恵子の杜公園」です。警察によりますと、21日午後4時20分ごろ、公園を散歩していた40代の男性が、滑り台の滑り出し口にいる、体長約1メートルの熊1頭を目撃したということです。
 男性はすぐにその場から離れ、この熊によるけが人や被害は、これまでに確認されていません。その後、熊の行方は分かっていませんが、警察は、引き続き警戒するとともに、付近の住民に注意を呼びかけています。

同じ件で、TUFテレビユー福島さん。

【クマ出没情報】公園のすべり台で目撃 21日午後4時すぎ 福島・二本松市

 21日午後4時20分頃、福島県二本松市油井の智恵子の杜公園で、散歩をしていた男性がすべり台のすべり出し口にいるクマ1頭(体長約1メートル)を目撃しました。男性はすぐに現場から立ち去り、その後クマはいなくなったということです。
 これまでに周辺で被害は確認されていません。警察はパトカーで周辺の警戒にあたるとともに周辺住民に注意を呼びかけています。
000
現場は智恵子記念館さんを含む智恵子の杜公園。記念館さんから光太郎智恵子も歩いたという「愛の小径」を登っていった「ふれあいの広場」と思われます。距離的には200㍍あるかないかです。
001
花巻高村光太郎記念館さんや宮沢賢治記念館さん周辺では当たり前のように熊が棲息しており、高村光太郎記念館さんや隣接する光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)などでは看板や外壁が熊の爪痕だらけですが、二本松の智恵子記念館さん周辺で熊というのは初めて聞きました。下記の航空写真で左上の方、何となく遊具っぽいのが見て取れるかと存じます。
004
周辺には民家もそれなりにある場所ですので、今後、人的被害が出ないことを祈ります。

こちらに関しても、今後、行かれる場合にはご注意下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体) 82『The Onsen of Hanamaki 花卷温泉

令和5年(2023)4月 花巻市 高村光太郎著 森川沙紀/ガットマン・ジェシー
PXL_20260318_080251418 PXL_20260318_080306447 PXL_20260318_080332125
目次
 Takamura Kotaro's profile 高村光太郎プロフィール
 The Onsen of Hanamaki 花卷温泉
 Hanamaki as a Town of Onsen 温泉のまち 花卷
 Publisher's Note 冊子に寄せる思い

花巻市の地域おこし協力隊として活動されていた森川沙紀氏による制作。光太郎が亡くなる2ヶ月前の昭和31年(1956)に語った生前最後の談話筆記「花巻温泉」の全文と、その英訳が載せられています。「花巻温泉」というタイトルですが、光太郎、花巻温泉さんだけでなく大沢温泉さん、鉛温泉さん、台温泉さん、志戸平温泉さんなど、自分が足を運んだ温泉宿は細かに語っています。

3月15日(日)、安達太良山中腹のチーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼうさんを後に、智恵子の故郷・二本松の市街に。同市出身の文化勲章受章画家・大山忠作画伯を顕彰する大山忠作美術館さんが最終目的地でした。

同館の入っている市民交流センターさんの駐車場に愛車を駐め、まだ時間に余裕があったので、歩いてJR東北本線二本松駅へ。

コンコース入り口脇、城壁を模した壁に嵌め込まれた光太郎詩碑。
PXL_20260315_034253258.MP
PXL_20260315_034234407
「あどけない話」の一節「阿多多羅山の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ」が、光太郎のペン字を拡大して刻まれています。昭和51年(1976)に設置されました。

こころもちつけられた角度により、天気がよいと碑面の黒御影石に「ほんとの空」が反射して映えるのですが、この日は多少雲が多く……。

すぐそばに、智恵子像「ほんとの空」。
PXL_20260315_034133141 PXL_20260315_034152708
二本松にルーツを持ち、光太郎の父・光雲の系譜に連なる彫刻家の故・橋本堅太郎氏の作です。智恵子の指さす先、雲の切れ間にわずかながら「ほんとの空」。

像の背後が大山忠作美術館さんの入っている市民交流センターさんです。
PXL_20260315_034327606
3階が大山忠作美術館さんで、そのホワイエから見える安達太良山。
PXL_20260315_053946040.MP
のちほど、名誉館長にして画伯のご息女・一色采子さんによるギャラリートークがあるということで、この時点では展示は拝見せず、1階の多目的室へ。そちらで一色さんのトークイベントです。

昨年12月から照明の抜本的改修工事のため3ヶ月休館していた同館が3月1日(日)を以て再オープン(休館中は「移動美術館」として智恵子モチーフの作品などは智恵子記念館で展示されていました)、さらに昨秋、一色さんが名誉館長にご就任ということもあり、このイベントの開催ということになりました。昔から名誉館長だったと思い込んでいたのですが、そうではありませんでした。
PXL_20260315_053213776.MP
PXL_20260315_044731609.MP
三保恵一市長から花束贈呈。

この後、スクリーンに画伯の作品を投影しつつ、ご家族としての視点から見た画伯のありのままの姿、それぞれの作品に込められた思いなどといったお話を。「私は学芸員ではないので、専門的なためになるお話はできません」と謙遜なさっていましたが、実は一色さん、女子美短大のご出身ですので、構図のお話などなかなか鋭い視点でのものでした。

この後、3階に移動、一色さんによるギャラリートーク。再オープンに伴う展示替えで「本日は日本画日和」と題された展示になっています。
021 022
019
020
000今回は複数ある智恵子を描いた作品のうち、「霧(高村智恵子)」が展示されています。100号超の大きさで平成7年(1995)の日展出品作とのことです。当方、実作を見たのは今回が初めてだったかも知れません。

この作品に関しても、一色さん、鋭いご説明。画伯ご本人もそうおっしゃっていたのかも知れませんが、「失敗作」だそうで。他の作品でもそういう試みをなさっていたとのことですが、風景画と人物画の融合を狙ったものの、それが中途半端に終わってしまっていると。

しかし腐すだけでなく「心を病んで頭の中に「霧」がかかっている智恵子さんの状態はよく表せている」。なるほど、と思いました。

ちなみに画伯のお母さまは生前の智恵子をよく見かけたそうです。いつも綺麗な着物を着ていたそうで。

ショップには「霧」をプリントしたA4判クリアファイル、しっかり並んでいました。
PXL_20260315_063251455
再オープンに伴い新たに作られたパンフレット。100部いただいて来ましたので、4月2日(木)、当会主催の連翹忌の集いご参加の方には差し上げます。ちなみに連翹忌の集いでは、一色さんと渡辺えりさんが光太郎詩朗読をなさってくださいます。
001
002
目玉作の一つとして(今回は展示されていませんが)、「智恵子に扮する有馬稲子像」も載っています。昭和51年(1976)、「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」中の北條秀司作「智恵子抄」で智恵子役だった有馬稲子さんを描いたものです。
000 PXL_20260315_054929636
右上は、ついでですので一色さんと当方(笑)。

そんなこんなの福島レポート、以上で終わります。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)76 『荻原守衛』

平成18年(2006)7月20日 碌山美術館 高村光太郎著
PXL_20260317_233321061.MP PXL_20260317_233328496.MP PXL_20260317_233408176
目次
 死んだ荻原君
 荻原守衛
 荻原守衛―アトリエにて5―

光太郎の親友だった碌山荻原守衛を顕彰する信州安曇野の碌山美術館さんの発行。光太郎文筆作品のうち、守衛をメインにした3篇――エッセイ「死んだ荻原君」(明治43年=1910『方寸』)、詩「荻原守衛」(昭和11年=1396 『詩洋』)、エッセイ「荻原守衛―アトリエにて5―」(昭和29年=1954 『新潮』)を収めた冊子です。

これを光太郎の「本人著作」と言っていいのかどうかという気もしますが、さりとて他のどのカテゴリに分類すればいいのか、ということにもなりますので……。

3月15日(日)、いわき市立草野心平記念文学館さんを後に、智恵子の故郷・二本松に愛車を向けました。

二本松でのメインの目的は、市立の大山忠作美術館さんでの名誉館長・大山采子(芸名・一色采子)さんによるトークイベントでしたが、開会まで時間があるので、その前に智恵子のソウルマウンテン・安達太良山方面に。

東北道二本松ICで下り、国道459号線に入って山麓から見た安達太良山。まだ雪を戴いています。
PXL_20260315_024902775
目指すは「チーズケーキ工房・カフェ風花&もりのこうぼう」さん。岳温泉さんの中心街を土湯温泉さん方面に向かって通り過ぎ、1,5㌔㍍ほどの場所です。
PXL_20260315_030313722.MP
PXL_20260315_030302252.MP
以前から足を運ぼうと思いつつ、なかなか果たせませんで、今回初の訪問。

こちらでは令和2年(2020)に「ほんとの空のクリームソーダ」を発売、その後、郡山市で開催された物産展などにも出店され、「ほんとの空のクリームソーダ」も販売なさったりされました。また、昨年には夏限定メニューとして「ほんとの空」をイメージした「星降るレアチーズケーキ」などもラインナップに。

さらに先月、新商品として瓶詰めの「ほんとの空サイダー(あおぞら)」をご発表。
640352407_18364798036163167_1535754484492015734_n 640248128_18364798054163167_3572662339386105380_n
その時点で御紹介しようとも考えたのですが、どうせなら買いに行ってしまえ、というわけで(笑)。

で、店内。ありました。
PXL_20260315_031129706
PXL_20260315_031124618
さらにカップに入ったテイクアウトタイプの「ほんとの空ソーダ」も健在。
PXL_20260315_030740292
PXL_20260315_030726434.MP
こちらはクリームの有無、それから「あおぞら」と「ゆうぐれ」が選べます。

まだ寒いということもあり(敷地内にも雪が残っていました)、クリームなしの「あおぞら」を注文しました。
PXL_20260315_031205530.MP
店外のテラス席で、わかりにくいのですが安達太良山をバックに。

右下の赤い箱は、土産を買って帰らないとふくれる(常に膨れていますが(笑))妻に、「にゃんサンド」。
PXL_20260316_223522859[1]
001
サイダーは

安達太良山の上に広がる「ほんとの空」(智恵子抄より)の空色をイメージした、青く透き通ったサイダーです♪ 福島県産のりんご果汁を使用した、爽やかなりんご味🍎 天然着色料を使用したこだわりの青色です✨ ラベルには、二本松市の上川崎和紙で安達太良山の風景を表現にしました⛰️ ご旅行やお出かけ、ドライブ🚗で見た『ほんとの空』の思い出をぜひお持ち帰りしませんか?🤗

だそうで、地産地消の観点からもすぐれものですね。特にラベルが上川崎和紙だというのには驚きました。

その後、市街へ向かう愛車を運転しつつ、テイクアウト用のカップ入りをいただきました。

皆様も二本松に行かれる際は、ぜひこちらまで足を伸ばし、「ほんとの空サイダー/ソーダ」お試し下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)75 『ロダンの言葉』覆刻

平成12年(2000)12月1日 沖積舎 高村光太郎編訳
PXL_20260316_231346592
PXL_20260316_231425535 PXL_20260316_231527834
目次
 ロダンの芸術(カリエール)
 ロダン手記
  ヹヌス 原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺 本寺別記
  断片(「本寺」、「真のロダン」其  他より) 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(一)   同(二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
 アウギユスト ロダン(オクターヴ ミルボー)
 若き芸術家達に(遺稿)
 ロダン手記
  花について 女の肖像
  芸術家の一日
    庭園の朝 古代彫刻の断片 庭園の夕
  ゴチツクの線と構造
    ゴチツク建築家は写真家である 面と相反と 釣合の知識 石のレース細工 外陣
    くりかた
  芸術と自然
    古代芸術―ギリシヤ 古代芸術の豊かさは肉づけにある 高肉とキヤロスキユロ
    ローマ及ローマ芸術 アメリカの為に
  ゴチツクの天才
    ノートルダム サン トウスターシユ 彫刻に於ける色調 十八世紀 断片 
   五部のスレスコ 手紙
 ギユスターヴ コキヨ筆録
 ジユヂト クラデル筆録
 フレデリク ロートン外二三氏筆録
 ポール グゼル筆録
  「岡の上にて」より 「ロダンの家にて」より フイデヤスとミケランジユ 女の美
 「本寺」より(手記)
  断片 ムラン マント ネエル アミヤン ル マン ソワツソン シヤルトル
 解説 金原宏行

名著の復刻がちょっとしたブームになっていたので、その流れでというわけでしょう。大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た初版『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た初版『続ロダンの言葉』を一冊にまとめた厚冊です。新たに版下を組むのではなく、正続それぞれを写真製版し(続の方はオリジナルかららしいのですが、正の方は昭和4年(1929)刊行の普及版からのようです)、そのまま使っています。したがって旧字旧仮名です。美術評論家の金原宏行氏が解説をご執筆されています。

昨日は福島県の浜通り地区、中通り地区をうろうろしておりました。

まず向かったのは、当会の祖・草野心平を顕彰するいわき市の市立草野心平記念文学館さん。こちらでは企画展「草野心平と川内村」が一昨日に始まりまして、その拝観。
PXL_20260315_005720574
PXL_20260315_005930088
光太郎智恵子には直接関わらないのですが、川内村は当方も毎年のように訪れさせていただいており、これは観ておかなければ、と思い、参じた次第です。

心平はいわき市の出身ですが、川内村の名誉村民に認定していただいております。そもそもは昭和24年(1949)、蛙をこよなく愛した心平の「モリアオガエルを見たい」という発言に、村の長福寺さんの矢内俊晃住職が、モリアオガエルの棲む平伏沼(へぶすぬま)が村にあるので来てほしいと手紙を出して招いたことに始まります。心平の川内村訪問は4年後の昭和28年(1953)が最初でした。

その後、すっかり同村の風土や人情が気に入った心平は、長福寺さんを宿にして何度も訪村し、心平は蔵書3,000冊を寄贈、昭和41年(1966)にはそれを納める場所兼心平の別荘として、「天山文庫」が建てられました。設立協力委員には、心平と親しかった髙村豊周(光太郎実弟)も名を連ねました。心平、長い時は半年程もここに滞在したそうです。毎年7月(雨さえ降らなければ)、ここで心平を偲ぶ「天山祭り」が開催されています。

いただいてきた簡易図録(全8ページ)の裏表紙には天山文庫、長福寺さん、平伏沼の紹介も。
001 007
展示は長福寺さん、元同村教育長の石井芳信氏、そして同村教育委員会さん所蔵のもの。
004
005
長福寺さん所蔵の書が圧巻でした。同寺や平伏沼に建てられた心平碑の原本となった書など。
無題 無題2
今回お貸し下さったのが10点ほど。特に村との関わりが色濃く表れているものに限ったとのことで、同寺ではそうでもない書をまだまだたくさんお持ちだそうです。それから村と心平を結びつけた矢内住職宛の書簡。交流のさまが生き生きと残る貴重なものです。簡易図録にはそれらの画像が無く、ちょっと残念でしたが。

それから心平の写る村での写真類が半切ほどのパネルでずらっと。天山文庫と同じ敷地内にあるかわうち草野心平記念館(阿武隈民芸館)さんにも類似のもの展示されていたり、平成元年(1989)に同村教育委員会さん刊行の『草野心平とかわうち』という書籍にやはり村でのショットが掲載されたりしていますが、それらとかぶるものがほとんど無く、ほぼ初見のものばかりで「へー」という感じでした。前日に開幕のテープカットで訪れられた遠藤雄幸川内村長も、見たことが無い写真が多いと驚かれていたそうです。
000
それらは簡易図録やフライヤーにに掲載されています。
PXL_20260315_215832965 PXL_20260315_215843119
また簡易図録には、心平と同村との交流に絞った年譜も。こちらには豊周が「天山文庫設立協力委員」の一人だったことも記されています。
PXL_20260315_215858683
ちなみに今回の展示、天山文庫の落成と、第一回天山祭りの開催が昭和41年(1966)、そこから数えて60周年の記念という意味合いでの企画だそうで。会期は6月7日(日)までと、かなり長めです。
006
それから同時開催で「スポット展示 草野天平」(3月22日(日)まで)。天平は心平の7歳下の弟で、やはり詩人。妻の梅乃ともども光太郎とも交流がありました。昭和27年(1952)、数え43歳で病没。没後の昭和34年(1959)、『定本草野天平詩集』で第2回高村光太郎賞を受賞しました。同賞は『高村光太郎全集』の印税を原資に、豊周の発案で詩と造型の2部門、10年間の期間限定で実施されたものです。

また、4月25日(土)~5月24日(日)の期間に、「小さな企画展 モリアオガエル展」が開催されるということです。

ぜひ足をお運び下さい。

……「ぜひ足をお運びください」と言えば、川内村自体にも。

東日本大震災から15年が経ち、同村の置かれている現状、非常に厳しいものがあります。今年の3.11当日にNHKさんで放映された「NHKスペシャル わたしたちの“復興” 震災15年・当事者たちの告白」を拝見し、「いやー、これほどか」と改めて思いました。

45分の番組中、3分の1ほどをとって、遠藤村長への密着取材。
008 009
010 011
012 013
014 015
016 017
過去のアーカイヴ映像を交え、村役場はもちろん、都内の陳情先、ご自宅にも。

いつも天山祭りでお会いする村長は、にこやかにそしてユーモラスに振る舞われていますが、その陰にこれほどの苦悩がおありだったかと、粛然とさせられました。
018
訪れるだけでもささやかな復興支援となります。衷心よりよろしくお願い申し上げます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)73 『道程』愛蔵版

平成11年(1999)12月25日 日本図書センター 高村光太郎著
PXL_20260307_065206373 PXL_20260307_065226270
PXL_20260307_065238901 PXL_20260307_065254081
目次

 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 解題 越山美樹
 全集・主要参考文献
 年譜

日本図書センターさんでは、この時期「愛蔵版詩集シリーズ」と銘打って、40冊を刊行。大正3年(1914)初版の『道程』もラインナップに入れて下さいました。

照明設備の改修工事で昨年12月から今年2月いっぱいまで休館中だった、二本松市の大山忠作美術館さんが再オープンしました。同市出身の文化勲章受章画家にして、繰り返し上演された朗読劇「智恵子抄」で智恵子役を演じられた女優・一色采子さんのお父さまである大山忠作画伯の作品を収蔵・公開なさり、一色さんが名誉館長を務められています。

地元紙『福島民報』さん。

大山忠作美術館が再開館 常設展「本日は日本画日和」開始 9月13日まで 福島県二本松市

 福島県の二本松市大山忠作美術館は改修工事による休館を経て再開館し、第32期常設展「本日は日本画日和」が始まった。同市出身の日本画家で文化勲章を受けた大山忠作さん(1922~2009年)の自然体で「描きたいものを描く」心を映す大作や扇面画などが並び、来館者を楽しませている。9月13日まで。
 LED照明の設置工事に伴い3カ月間休館し、今月1日に再開館した。「荷花」「天壇白日」「霧(高村智恵子)」などの大作をはじめ、春、夏の季節を感じられる作品、わが子の愛らしい姿を描いた「童女」、制作の過程がわかるスケッチや下絵もある。傘寿(80歳)を記念して制作した扇面画は、扇形の画面に清らかな花々や安達太良山が描かれ、「雷神午睡」「風神一服」などユーモアがにじむ作品の魅力も味わえる。展示点数は計70点。
 渡辺陽菜学芸員は、「照明が変わり、画面の鮮やかさが増した。大山家所蔵の初公開資料もあり、当美術館ならではの作品を楽しんでほしい」と来館を呼びかけている。開館時間は午前9時30分~午後5時。観覧料は一般410円、高校生以下210円。月曜休館(祝日の場合は翌日)。問い合わせは大山忠作美術館へ。

■大山采子さん 15日にトークイベント
 大山忠作さんの長女で大山忠作美術館名誉館長の大山采子(俳優・一色采子)さんのトークイベントは15日午後1時30分から二本松市市民交流センターで開かれる。
 美術館の再開館を記念し、楽しいトークを繰り広げる。終了後、美術館に移動してギャラリートークをする。定員120人で参加料は500円(常設展観覧券、ミニプレゼント付き)。申し込み・問い合わせは大山忠作美術館へ。
001
002
000「霧(高村智恵子)」は右画像のもの。品切れになっていなければ、ミュージアムグッズとしてA4クリアファイルやポストカードも販売されています。

画伯には同郷だった智恵子をモチーフとした作品「智恵子抄」、「智恵子に扮する有馬稲子像」などがあり、特に「有馬稲子像」の方はデッサンも複数遺されています。

休館中、「移動美術館」という形で、それらを同市の智恵子記念館さんとにほんまつ城報館さんで公開していました。

リニューアル記念として、名誉館長の一色采子さんによるトークイベントが3月15日(日)に開かれるとのことで、早速申し込みました。

ついでというと何ですが、同じ福島県のいわき市では、市立の草野心平記念文学館さんで企画展「草野心平と川内村」が前日の3月14日(土)から始まるので、そちらも拝観して参ります。

当会の祖・草野心平を名誉村民として下さった川内村と心平の縁にスポットを当てるもので、直接的には光太郎に関わりませんが、フライヤー裏面画像に写る心平の別荘「天山文庫」は、建設委員に光太郎実弟の豊周も名を連ねていますし、豊周子息で写真家の故・規氏も何度も同村を訪れられています。もちろん当方も。
010 011
それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)68 『詩集 道程』復元版 角川文庫リバイバルコレクション

平成元年(1989)6月30日 角川書店(角川文庫) 高村光太郎著
PXL_20260207_132825514
PXL_20260207_132859744
PXL_20260207_133018425 PXL_20260207_133037551
目次
 一九一〇年
  失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
 一九一一年
  画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥 声 風
  新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏 なまけもの
  手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの あつき日
  父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
 一九一二年
  青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 或る夜のこころ
  おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る カフエにて
  或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日 戦闘
 一九一三年
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た 冬の詩
  牛 僕等
 一九一四年
  道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
  五月の土壌 淫心 秋の祈
 注釈
 解説 高村光太郎―人と作品 藤原定
    作品解説 草野心平
 主要参考文献
 年譜

角川文庫40周年記念特別企画ということで、読者アンケートによる限定復刊が為されたうちの一冊です。はさまっていたフライヤーには30冊がラインナップに挙げられていました。近代日本文学系だと、他に『一葉青春日記』(樋口一葉)、『月に吠える』(萩原朔太郎)、『新訂版 石川啄木』(金田一京助)なども。各冊共通の金色のカバーが装着されました。それが第一期で、この後第三期まで、計74作品104冊が復刻出版されたそうです。

『道程』は昭和26年(1951)に角川文庫のラインナップに入り、この版が「改版十刷」でした。

今年も3.11が近づいてきました。思えば「あの日」から15年目の3.11ですね。

智恵子の故郷、福島県での関連イベントをご紹介します。

まずは浜通り南相馬市から。地方紙『福島民報』さん記事。

「精霊の木」3月1日 投光 福島県南相馬市の牧草地 鎮魂、再生の願い込め

000 福島県南相馬市小高区摩辰地区の牧草地に、「精霊の木」と名付けられた1本の柿の木がたたずむ。命名されてから今年で10年。「精霊の木」が知られるきっかけとなったライトアップが3月1日に行われる。
 2017(平成29)年3月、東日本大震災の犠牲者の鎮魂と被災からの再生に願いを込める「光のモニュメント」が始まった。南相馬市原町区のシンボルだった原町無線塔をサーチライトの光で再現するイベントで、市内で飲食店を営む須藤栄治さん(53)が委員長を務める。
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難区域の設定が分かれた原町、鹿島、小高の各区を会場にして、絆を表現しようとした。小高区の会場を探していた須藤さんが、常磐自動車道を走行中、摩辰地区の整った農地を目にした。同地区は第2次世界大戦後に開拓された土地で、詩人高村光太郎の詩「開拓十周年」が刻まれた記念碑が建つ。近くの牧場には柿の木がりんとたたずみ、見る角度によってさまざまな表情をみせた。
 神秘的な姿にみせられた須藤さんは、開拓地に復興の思いを重ねた。柿の木を「精霊の木」と名付け、以来、光のモニュメント会場として投光を続けている。
 ライトアップされた幻想的な姿が広まり、写真愛好家らの人気スポットに育った。イベントも話題を呼び、会場は相双地方全域に広がった。「精霊の木の不思議な力を感じる」と須藤さんは語る。
 今年度の光のモニュメントは昨年11月から川内村で始まり、1日に精霊の木、11日に原町無線塔跡地の高見公園で締めくくられる。「これまでの10年は鎮魂と再生がメインだった。次は創造を目指したい」。須藤さんは会場となった相双地方を結ぶ物語の発信を目指している。

イベント詳細。

光のモニュメント(2025~2026)~再生と繁栄への願いを込めて~

期 日 : 2026年3月1日(日)
会 場 : 精霊の木/高村光太郎開拓十周年記念碑 福島県南相馬市小高地区
時 間 : 日没から20時頃まで
料 金 : 無料

 東日本大震災の再生と繁栄の願いを込めて、福島県相双地区各地で行われるサーチライトによるライトアップイベントです。
 11月2日から福島県川内村で始まった「光のモニュメント」は、来年3月11日まで相双地方10市町村12カ所で明かりを灯します。
 「再生と繁栄への願いを込めて」をテーマに力強い光を夜空に灯すことで、犠牲者への追悼と未来への再生、繁栄を願うととも地域に根ざした歴史や文化を再発見し、人々のつながりを深めることを目的としています。
 南相馬市では2026年1月25日に鹿島御子神社、御刀神社、3月1日に精霊の木、3月11日に高見公園で、日没から20時頃まで点灯する予定です。
追悼と未来への願いをこめて、空高くともされる光を見に訪れてみてはいかがでしょうか。
007
008
009
「開拓十周年記念碑」は、光太郎最晩年の昭和30年(1955)に建てられました。小高区の金房開拓農業協同組合の発願で、中心になっていたのが平田良衛という人物。岩手盛岡で開催された岩手県開拓連盟の10周年記念式典で、同式典に寄せて作られた詩「開拓十周年」の光太郎筆跡を写した印刷物が配布されました。それを読んだ平田が感激、地元の書家にこの詩を筆写してもらって碑文としたものです。光太郎の許可を得たのかどうか微妙なところですが、数少ない光太郎生前に建てられた詩碑の一つです。

ちなみに光太郎に詩の制作を依頼したのは、岩手県開拓連盟の中心人物の一人だった藤原嘉藤治。嘉藤治は宮沢賢治の親友だった縁で、戦前の『宮沢賢治全集』編纂にも携わり、つい先週、花巻で開催されたトークイベント「光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」で取り上げました。

この碑は2回、拝見に伺いました。1度目はもう20年以上前。2度目は東日本大震災後の平成28年(2016)。「精霊の木」が近くにあるというのですが、記憶にあるような無いような、という感じです。右下は過去の同イベントの際の「精霊の木」。幻想的ですね。
006 005
イベント「光のモニュメント」自体は昨年11月から始まっていて、リレー形式で浜通り各地をつないでの開催とのこと。スタートが川内村の長福寺さんだったそうで、驚きました。当会の祖・草野心平ゆかりの寺院であるためです。

続いて中通り郡山市から。クローズドっぽい感じですが記録のためにも取り上げておきます。

第56回全青司ふくしま全国大会/第59回全青司定時総会

期 日 : 2026年3月6日(金)~8日(日)
会 場 : けんしん郡山文化センター 福島県郡山市堤下町1番2号
日 程 : 
 3月6日(金) エクスカーション(視察研修)
  JR 郡山駅 8:30  福島第一原子力発電所 10:30〜14:20 道の駅なみえ 14:50〜15:50
  JR 郡山駅 / 郡山おみやげ館 18:15
 3月7日(土) 第56回 全青司ふくしま全国大会・懇親会
  13:00 開会式(けんしん郡山文化センター 中ホール)
   第1部 基調講演 第2部 研究発表 第3部 パネルディスカッション
  18:15 大会終了
  19:30 懇親会
 3月8日(日) 第59回 全青司定時総会
  9:30 定時総会(けんしん郡山文化センター 中ホール)
  13:00 閉会式

大会のテーマ 『ほんとの空へ』

 今回で56回目を迎える全青司の全国大会は、福島青年司法書士会の主管により、福島県郡山市において開催されます。そして、本大会のテーマは、「ほんとの空へ」です。
 このテーマには、法律専門家を名乗る私たちが、司法書士の「本分」について、今一度見つめなおすことで、本来自分たちが進むべき道のりの「はじめの一歩」を踏み出そう、参加した方々にそう思ってもらえる大会にしたいとの福島実行委員会の思いが込められています。

 本大会では、プロボノ活動を考えるにあたり、あらゆる側面から捉えたうえで、今の青年司法書士がどのように動くべきかを提案します。そして、その提案が、参加者の司法書士人生にとって新たな未来、「ほんとの空へ」と繋がっていくことを信じています。
010
「全青司」って何? と思って調べたところ、「全国青年司法書士協議会」の略だそうでした。

この時期での福島での全国大会開催ということで、『智恵子抄』所収の「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語をテーマに冠し、福島第一原子力発電所の見学も組み込まれているそうです。

もう1件、こちらも郡山から。

3.11ふくしま集会 原発事故は終わってない

期 日 : 2026年3月11日(水)
会 場 : 郡山市労働福祉会館大ホール 福島県郡山市虎丸町7-7
時 間 : 13:00~
料 金 : 無料

ほんとの空の下で語られる本当の声を聴きに来てください。

福島原発事故から15年! 廃炉は本当にできるのか! 東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を許さない! 放射能汚染土・汚染水の拡散を許さない!

報告
 ・ふるさと返せ 津島原発訴訟  ・30年中間貯蔵施設地権者会
 ・放射能汚染土壌問題      ・放射能汚染水の海洋投棄を止める取り組み
 ・311子ども甲状腺がん裁判    ・さよなら柏崎刈羽原発プロジェクト

004
一昨年からやはり「ほんとの空」の語を使っての開催となっています。

原発事故から15年。もはや選挙の争点にもならなくなってしまった感がありますが、未だに双葉、富岡、大熊、浪江、葛尾、飯舘、南相馬の7市町村で帰還困難区域の指定が解除されていないわけで、まさに「原発事故は終わってない」のです。それなのに各地でなし崩し的に相次ぐ原発の再稼働、それとてトラブル続きで……。暗澹たる気持にさせられます……。

本当の意味で「ほんとの空」が戻る日の到来を、強く望みます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)57 『猛獣篇』 

昭和37年(1962)4月2日 歴程社 高村光太郎著
PXL_20260207_135735907 PXL_20260207_135803069 PXL_20260207_135850764
目次
 清廉 
白熊 傷をなめる獅子 狂奔する牛 鯰 象の銀行 苛察 雷獣 ぼろぼろな駝鳥
 龍 よしきり鮫 マント狒狒 象 潮を吹く鯨 森のゴリラ
 「猛獣篇」について 北川太一 覚書 草野心平

光太郎七回忌記念として、当会の祖・草野心平が鉄筆を握って版下を作りました。謄写版印刷にあたったのは、当時まだ定時制高校にお勤めだった当会顧問であらせられた北川太一先生と、教え子の皆さん。250部限定での刊行でした。

連作詩「猛獣篇」を一冊にまとめる構想は大正期から既にあり、何度も刊行予告が出ましたが、結局実現せずにいました。
011 012
「覚書」によれば、心平はどのような形で出版するか、あれやこれやといろいろ悩んだ挙げ句、結局「原点回帰」で、宮沢賢治や光太郎も同人だった大正期の同人誌『銅鑼』の昔に返り、謄写版印刷にするのが光太郎らしいと考えたとのこと。その通りですね。

短歌系の話題で2件。

まずは1月14日(水)に皇居・宮殿「松の間」で開かれた歌会始の儀に関連して、『福島民友新聞』さんから。

「空がきれい」亡き妻の言葉歌に…歌会始、福島の86歳佳作

007 新春恒例の「歌会始の儀」が14日、皇居・宮殿「松の間」で開かれた。題は「明」で、天皇、皇后両陛下や皇族、一般の入選者10人の歌が独特の節回しで披露された。天皇陛下は、新たな年の平安を祈った時の気持ちを詠まれた。昨年9月に成年式を終えた秋篠宮家の長男悠仁さまは初めて出席した。
 福島県内関係では、福島市の逸見征勝さん(86)が詠んだ「退院にあらず転医の道すがら『空がきれい』と妻は明るし」が佳作に選ばれた。逸見さんは2019年に初入選して以来の応募で、24年に亡くなった妻静子さんとの日常を歌にした。
 逸見さんは「図らずも妻にささげる歌になった。ご厚意に感謝する」と喜ぶ。
 登山好きで長年「山」を短歌にし続け、吾妻山を歌った19年の歌会始で初入選した。しかしこの後、静子さんが倒れ、リハビリ生活に。「そんな中、妻が空を見て『きれい』と言った。この言葉を歌にしたかった」。気丈な静子さんの姿がお題の「明」に重なった。自身もここ数年で足腰を痛め、リハビリのため通院する日々を送る。山や短歌から遠のいた。応募は19年以来。
 きっかけは知人が持ってきた今年の歌会始の募集記事だった。作品を練る中で、妻の何げない一言が思い出されたという。
 「山にこだわってきたが、生活の変化に合った短歌を詠みたい」。共にリハビリに励む仲間との時間をはじめ、日常の一こまを歌にしようと思いを巡らせる逸見さん。創作意欲に火を付けてくれた静子さんに「ヒントをありがとう」と口にした。

佳作に選ばれた短歌、直接光太郎智恵子に関わるわけではありませんし、作者の方がそれを意識していなかったのではとも思いますが、「福島」「空」「山」「病妻」といったキーワードから、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)が彷彿とさせられるものですね。あと一歩及ばず「佳作」ということで、皇居・宮殿「松の間」でのご本人による披露には至りませんでしたが。

平成25年(2013)の歌会始では、やはり福島の方が「安達太良の馬の背に立ちはつ秋の空の青さをふかく吸ひ込む」という歌で入選され、「(高村光太郎の)『智恵子抄』にうたわれたように、安達太良山の上には福島の本当の空がある。津波の影響や原発の問題がある中、福島のよさを知ってもらおうと歌を作りました」とのコメントを発表されました。それが頭にあったので、今回の方の作にも一脈通じるものがあるなと思った次第です。

続いてNHK財団さん、NHK厚生文化事業団さん主催の「新・介護百人一首」。2ヶ月前の話ですが、発表された入選作中の一首に、こちらは完全に「智恵子抄」の語。

「新・介護百人一首2025」入選作品100首が決定!

 このたび、皆さまからたくさんのご応募をいただきました「新・介護百人一首2025」につきまして、厳正なる選考の結果、入選作品100首が決定いたしました。
 入選作品100首は、こちら→(2025 入選作品100首)よりご覧いただけます。ぜひ「介護する」「介護される」中で感じた思いが込められた短歌をお楽しみください。
 今回も全国から 5,840人の皆さまより、合計 12,943首の短歌が寄せられました。ご応募いただいた皆さま、誠にありがとうございました。
 なお、入選作品を収めた作品集は 2026年2月頃 に発行し、応募者の皆さまへ進呈する予定です。
 これからも「新・介護百人一首」にご注目ください。
008
百首に選ばれたうちの一首がこちら
009
手を振りてデイサービスに妻は行き静かになりて智恵子抄読む」。歌会始の福島の方の作品に通じる内容。これも福島の方の作歌だったら出来過ぎかなと思いましたが、茨城県の方の作品です。

どちらの歌も、作者の方の姿に光太郎が重なって見えます。光太郎の場合は智恵子に対し「介護」ではなく「看護」でしたが。

それにしても、いずれこうした立場になることもあり得るな、と思いました。逆も然りです。心の準備はしておきたいものですね。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)34 『印象主義の思想と芸術』 筑摩選書

昭和24年(1949)8月5日 筑摩書房 高村光太郎著
PXL_20260130_215705729
PXL_20260130_215731372 PXL_20260130_215806553
目次
 一 概観  二 エドワール マネ  三 クロード モネ及び新印象派画家
 四 アルフレ シスレー  五 カミーユ ピサロ  六 オーギユスト ルノワール
 七 エドガー ドガ其他  八 ポール セザンヌ 附 後期印象派
 九 附言  年表

昨日ご紹介した『造型美論』とセットで、戦時中の昭和17年(1942)に厚冊のハードカバーで出された『造型美論』を、2分割してペーパーバック化したうちの一冊です。「印象主義の思想と芸術」は、元々は大正4年(1915)に単体で刊行されたものでしたが、昭和17年(1942)の『造型美論』に組み入れられ、そしてまた切り離されて刊行されました。

「智恵子抄」、「ほんとの空」の語を使われてしまっては、紹介しないわけに参りません(笑)。

【東京開催】二本松市移住出張相談会

期 日 : 2026年1月18日(日)
会 場 : ふくしまぐらし相談センター窓口 千代田区有楽町2-10-1東京交通会館8F
時 間 : 10時30分~17時00分 ※ご相談1回あたり約45分×6回
料 金 : 無料

二本松市移住出張相談会とは
 「ふくしま市町村出張相談デスク」として、二本松市の移住担当職員と福島県の移住相談員(※)がタッグを組み、皆さんの移住などに関する相談を受け付ける1日だけの相談会です。
※福島県が東京有楽町に設置する移住相談窓口「ふくしまぐらし相談センター」の相談員。

 移住って何から始めればいいの・・・という移住全般の相談から、移住してから不安なこと、市町村に住んでいないとわからないリアルなことなど・・・移住生活に興味はあるけれど具体的にイメージできない方、移住に向けて一歩踏み込んだ話をしたい方など、ぜひこの機会にお気軽にご相談ください。

福島県二本松市はこんなところです
 首都圏から新幹線で約2時間程度。「智恵子抄」で詠われた『ほんとの空』が広がる二本松市は城下町として栄え、温泉や里山など田舎暮らしをしたい方の望むものが揃う一方、病院や公園などの遊び場も多く、子育て世帯も住みやすい街です。福島県の中でも、県庁所在地である福島市と、人が多く集まる商業都市である郡山市のちょうど中間地点に位置しており、利便性にも優れています!

ご相談内容の例
 地域おこし協力隊制度・募集情報のご紹介
 二本松市での暮らし、仕事、住まいについてのご相談
 具体的な移住支援制度についてのご紹介
 子育て支援についてのご案内
 移住された方の事例についてのご紹介

お問い合わせ 二本松市秘書政策課総合政策係 移住窓口
 〒964-8601 福島県二本松市金色403番地1
 電話 0243-24-7120 ファックス 0243-22-7023
 Mail sougouseisaku@city.nihonmatsu.lg.jp
001
000
申し込み〆切が1月15日(木)まででしたが、まだ空きがあるかもしれませんし記録のためにもご紹介しておきます。

ところで、フライヤーにある「Uターン」と「Iターン」は解りましたが、「Jターン」というのは存じませんでした。「J」の字面からして、「U」まで戻らなくても途中まで、という意味なのかと思って調べたら、そんな感じでした。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)17 『道程』改訂版 書店版

昭和15年(1940)11月20日 山雅房 高村光太郎著
PXL_20260110_010509299
PXL_20260110_010547890 PXL_20260110_010629652
目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ  明治四十三年十二月十四日
  画室の夜        明治四十四年一月十二日
  寂寥                       明治四十四年三月十三日
  声           明治四十四年五月二十日
  新緑の毒素       明治四十四年六月十一日
  はかなごと
  地上のモナ・リザ    明治四十四年七月六日
  父の顔         明治四十四年七月十二日 
  泥七宝         明治四十四年七月――翌年六月
  ――に         明治四十五年七月二十一日
  或る夜のこころ     大正元年八月十八日
  おそれ
  犬吠の太郎       大正元年九月二十六日
  さびしきみち      大正元年十月八日
  梟の族         大正元年十月二十日
  或る宵         大正元年十月二十三日
  郊外の人に       大正元年十一月二十五日
  冬の朝のめざめ     大正元年11月三十日
  戦闘          大正元年十二月十四日
  人に          大正二年二月十八日
  人類の泉        大正二年三月十五日
  山           大正二年十一月四日
  冬の詩         大正二年十二月六日
  牛           大正二年十二月七日
  僕等          大正二年十二月九日
  道程          大正三年二月九日
  愛の嘆美        大正三年二月十二日
  婚姻の栄誦       大正三年三月六日
  万物と共に踊る     大正三年三月九日
  瀕死の人に与ふ     大正三年三月十四日
  晩餐          大正三年四月二十五日
  五月の土壌       大正三年五月十六日
  秋の祈         大正三年十月八日
 道程 以後
  わが家         大正五年
  小娘          大正六年
  無為の白日
  海はまろく
  雨にうたるるカテドラル 大正十年十月
  沙漠
  クリスマスの夜     大正十一年一月
  冬の送別        大正十一年四月
  五月のアトリエ     大正十一年五月
  ラコツチイ・マアチ   大正十一年十一月
  落葉を浴びて立つ    大正十一年十一月
  樹下の二人       大正十二年三月
  鉄を愛す        大正十二年五月
  氷上戯技
  珍客
  葱
  車中のロダン      大正十四年
  後庭のロダン      大正十四年二月
  十大弟子        大正十五年
  聖ジヤンヌ       大正十五年
 猛獣篇 時代
  清廉          大正十三年十二月
  傷をなめる獅子     大正十四年
  狂奔する牛
  鯰           大正十五年
  苛察          大正十五年
  雷獣          大正十五年六月
  龍           大正十六年
 【編纂者の言葉】 三ツ村繁蔵

同日刊行された「百五十部限定版」と内容、紙型は同一です。「百五十部限定版」で青いクロス貼りの表紙に金押しされていた「獅子の顔」素描は空押しになり、見返しに印刷されていた光太郎署名はありません。定価は「百五十部限定版」が4円80銭、こちらは2円80銭です。

さらにこの後「普及版」が刊行されます。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰活動に当たられている「二本松市 智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんから今年1年の活動報告的な「文集 2025」が届きました。
001 002
B4判縦長で50枚程のコピーを綴じたもの。手作り感に溢れています。

表紙は智恵子が所属した太平洋画会の後身・太平洋美術会さんに所属され、書籍『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』や絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』などを書かれた坂本富江さん。こちらの会員でもあらせられるということで。

目次を載せておきます。それから裏表紙。
006 005
まず会として行った事業の紹介。けっこう皆さんであちこち出かけられたそうで、そのスナップが裏表紙に載っています。

詩人の吹木文音氏(ご本名・中島宏美さん)もこの会の会員だそうで、先月、都内で行われた「第68回高村光太郎研究会」でのご発表に関しても。

それから花巻南高校文芸部さんの部誌『門』今年8月発行の第19号からのコピー。当会が仲介しまして、4月から5月にかけて二本松の智恵子記念館さんで、「高村智恵子生誕祭」のコンテンツの一つとして同校家庭クラブさんの制作になる「智恵子のエプロン」復刻展示が行われ、文芸部さんと家庭クラブさんの顧問の先生方、生徒さんが観にいらした関係です。近隣の智恵子ゆかりの地を夢くらぶの方にご案内していただきました。

その他、5月に行われた「智恵子純愛通り記念碑建立祭」では、地元の小中高生の皆さんに光太郎詩の朗読を依頼、その際に一言ずつスピーチもしてもらったそうで、その原稿。さらに会員の方々が自由に書かれた文章など。

こうした地域に根ざした草の根の活動も大切なことと存じます。しかり顕彰する人々が居なければ、対象の人物はどんどん歴史の波に呑み込まれて忘れ去られてしまいますので。

来年以降もさらなる活動のご発展を祈念いたします。

【折々のことば・智恵子】

いづれは私達は皆ゆくべき処へおそかれ早かれゆくのですから、人間相手でなし神にむかつて、精一ぱいのよい生き方をして、人間にはどのやうにもあれ決して不平はもつまいと私は決心してやつてゐます。


昭和3年(1928)8月21日 長沼セン宛書簡より 智恵子43歳

智恵子も実母のセンも、クリスチャンだったというわけではありません。したがってここでいう「神」とは漠然としたイメージと思われます。

もうこの頃には実家の長沼酒造は恐慌のあおりで大きく傾き、翌年には破産してしまいます。

智恵子の故郷・福島県二本松市の大山忠作美術館さん。同市出身の文化勲章受章画家にして、繰り返し上演された朗読劇「智恵子抄」で智恵子役を演じられた女優・一色采子さんのお父さまである大山忠作画伯の作品を収蔵・公開なさっています。

照明設備の改修工事が入るとのことで、今月から来年2月いっぱいまで休館だそうです。そのため、12月10日(水)~1月12日(月)でにほんまつ城報館さん、そして12月18日(木)~2月11日(水・祝)に智恵子記念館さんへ「移動美術館」という形で出開帳が行われます。一部、日程がかぶっていますので、作品を分散しての実施のようです。
004
鯉の作品をはじめ、縁起物や高村智恵子に関する作品等の展示」とあり、おそらく智恵子モチーフの作品は智恵子記念館さんに出るのでは、と思われますが、それも複数あるのでにほんまつ城報館さんと分散されるかもしれません。

サムネイルに使われているのは、同館の目玉の一つ、「智恵子に扮する有馬稲子像」(左下)のためのスケッチ。昭和51年(1976)、「松竹女優名作シリーズ有馬稲子公演」中の北條秀司作の「智恵子抄」(一色さんの朗読劇もこちらが元です)で智恵子役だった有馬稲子さんを描いたものです。
002007
右上がスケッチですが、当方手元にはモノクロ画像しかありません。現物を一度、同館で拝見しましたところ、茶色のコンテで描かれているようでした。

ちなみに完成作(左上)に書かれている有馬さんのサインは、平成25年(2013)に同館で行われた有馬さんと一色さんのトークイベントの際に書いていただいたものです。

確認できている限りスケッチはもう1枚残っており(左下)、そちらは完成作と同じ衣裳のもの。今回、そちらの展示もあるかもしれません。
000
他にも先述の通り画伯には智恵子モチーフの作品が複数ありますので、いっそそれらを全て出してほしいものです。右上は同館でクリアファイルやポストカードとして販売している「霧」(平成7年=1995)。他にもありますし、さらに画伯は光太郎詩の一節を書かれた書も残されています。ただ、智恵子記念館さんは手狭、画伯の完成作は100号超の大作が多く、なかなか難しいかも知れませんが。

さて、移動美術館の情報は『広報にほんまつ』今月号から拾いましたが、そちらには他の智恵子関連情報も載っていたので併せてご紹介します。

まず同市の合併20周年記念ページ。令和になってからの市のできごとをふりかえる中で、昨日もご紹介した橋本堅太郎氏作の智恵子像「今 ここから」除幕(令和3年=2021)と、今年も行われた智恵子生家ライトアップの初回(令和5年=2023)のスナップ。
004
名誉市民の大山画伯と橋本氏の紹介。
003
第30回智恵子のふるさと小学生紙絵コンクール」入賞者決定、表彰式実施という件。
006
合併20周年という二本松市さん、今後とも「智恵子の故郷」を一つのハイライトとして行っていただけるとありがたいところです。

【折々のことば・智恵子】

苟且(かりそめ)にも恋愛によるならば、一切を投げ出して純真に自然に徹し、自然に傾倒し、そこに殉教的な信仰を持する事によつて、清らかな一途の道が開かれると思ひます。


アンケート「哀憐な美しさを見ます――「心中」の新らしい見方――」より
大正11年(1922) 智恵子37歳

雑誌『女性日本人』第3巻第9号の特集「心中=芝居=大東京」中のアンケート回答から。近松門左衛門の「曽根崎心中」や、その当時も少なくなかった心中事件についてのものです。智恵子の回答は全体に「心中」に対して否定的な見方です。

「自然に傾倒し、そこに殉教的な信仰を持する事」「清らかな一途の道」、ここに光太郎と共に送ろうと考えていた自身の理想的な生活の在り方が表されているように感じます。ただ、生涯の道と定めた絵画は進展せず、子宮後屈症の手術、結核性の肋膜炎、インフルエンザ、盲腸炎などで、健康状態はすぐれない日々が続き、相次ぐ家族の病死もあって、陰鬱な影の立ちこめていた日々でした。

智恵子の故郷・福島県の地方紙『福島民友』さん記事。

きらめく安達駅、東西口をライトアップ 二本松、2月1日まで

 二本松市のあだち観光協会は1日、安達駅イルミネーション点灯式を行った。2年目の今冬は、新たに智恵子像、折り鶴オブジェの足元を彩るなど発光ダイオード(LED)を2千個増やし、東西口合わせて約8千個が輝きを放っている。点灯は午後4時半~同10時。来年2月1日まで。
 駅利用者ににぎわいとぬくもりを届けようと行っている。東口には阿武隈川の流れをイメージした青色のイルミネーションを新設した。
 加藤和信会長は「多くの人に楽しんでもらえるよう点灯を昨年より1時間延長した。にぎわい創出へ努めていく」とあいさつした。
002
JR東北本線安達駅は、二本松市に合併された旧安達町にあり、智恵子生家/智恵子記念館さん最寄り駅です。ただ、徒歩では20分以上かかりますが。

平成28年(2016)に新駅舎が完成、令和3年(2021)には光太郎の父・光雲の孫弟子に当たる彫刻家、故・橋本堅太郎氏の最後の作品「今 ここから」が設置されました。これが記事にある「智恵子像」です。

その「今 ここから」もイルミネーションで飾られ、とのこと。上記記事にその画像がありませんでしたが、あだち観光協会さんのX(旧ツィッター)投稿にありましたので、お借りします。
003
実にエモーショナルですね。
008 006
右上が『民友』さん記事にある「阿武隈川の流れをイメージした青色のイルミネーション」でしょう。
007
ちなみに折り鶴のモニュメントは駅の改修前からあったもので、こちらも智恵子がらみと言えばそうなのでしょう。智恵子は南品川ゼームス坂病院で紙絵を作り始める前段階として、まずは折り鶴から始めましたので。

日が暮れてからでないと仕方がないので、なかなか見に行けないところですが、お近くの方などはぜひどうぞ。

明日も二本松・智恵子系のネタで。イベント目白押し・怒濤の11月も終わり、ネタが減って参りましたので小出しにします(笑)。

【折々のことば・智恵子】

 豊かな自然の嘆美、幸福は芸術から私(わたくし)へくる。その愛と光りは、苦しく寂しい、透徹した情熱です。
 恋愛は咲き満ちた花の、殆ど動乱に近いさかんな美を、私の生命に開展(かいてん)した。生命と生命に湧き溢れる浄清(じやうせい)な力と心酔の経験、盛夏のやうなこの幸福。凡ては天然の恩寵です。あゝ恋愛と芸術と、私にはこれを同時にお答へする外しかたがありません。


アンケート「私の最も幸福と感じた時」全文 大正6年(1917) 智恵子32歳

光太郎と結婚披露を行って約2年後のアンケート回答です。この時期にはまだ自分の将来に無限の可能性が拡がっているという感覚だったのでしょう。やがて一生の仕事と定めた絵画の道が頓挫していくのですが……。

福島を拠点に活動されている音楽ユニット風信子(ヒヤシンス)さんの、今月リリースされた自主制作盤CDです。

風の旅人〜夕焼け空の色はふるさとの色〜

発行日 : 2025年10月13日002
発行元 : 風信子
定 価 : 1,500円

作詞・作曲 : 村上有理香
編 曲 : 吉田賢市
演 奏 : 風信子

風信子(ヒヤシンス)第2弾CD『風の旅人〜夕焼け空の色はふるさとの色〜』(1500円) が10月13日(祝月)にリリースされました🌸

風信子の代名詞、オリジナルご当地ソング8曲がすべて収録されています😊また今回は様々な効果音が使われていて、まるで物語の世界を旅しているような雰囲気も味わっていただけると思います✨️

風信子の音楽で、ぜひ楽しい旅に出かけて下さい💐

曲 目 :
 1、大好き♡曽根田駅
 2、遊びにおいでよ飯坂へ
 3、ここが飯野☆ここが好いの♡
 4、本当の空を忘れないで  (二本松)
 5、ぼくらの町の桃源郷 (二本松・さつき山公園テーマソング)
 6、ふるさとの町〜伊達に帰ろう〜
 7、喜多方の街 (喜多方・福島DC勝手に応援歌~喜多方編 準グランプリ受賞曲)
 8、想い出をたどれば  (いわき、浜通り)

曲目タイトルでお判りかと存じますが、全曲福島各地の「ご当地ソング」的な。M4の「本当の空を忘れないで」に、光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)の「ほんとの空」から派生した「本当の空」の語を使い、安達太良山、阿武隈川、二本松霞ヶ城、提灯祭りなどが謳い込まれています。ジャケットの夕景画像も安達太良山ですね。
005
キーボードやウクレレを弾きつつリードボーカルの村上有理香さん(左)と、ギター・コーラスの吉田賢市さん(右)、お二人によるユニット・風信子(ヒヤシンス)。これらの曲などを引っ提げて、主に県内各地のイベントなどにご出演なさっています。
003
村上さんが、一昨年5月に二本松で行われた「智恵子を偲ぶ鎮魂の集い」(智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さん主催)にご参加、その際に知遇を得まして、今回、CDを購入させていただきました。

福島愛溢れる歌詞と優しいメロディー、軽やかな演奏をぜひご堪能いただきたく、ご紹介いたします。ぜひお買い求めを。

【折々のことば・光太郎】

彼等の彫刻には静がある。驚く可き静と休息とがある。官学風の静ではない。官学風のは自然の欠乏、生命の欠乏です。さうでは無くて、強力の静、意識力の静、精神の下にある肉体から来る印象です。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 フレデリク ロートン筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

「彼等」はロダンが手本とした古代ギリシャの彫工たち。「強力の静」となると一見矛盾した表現ですが、「考える人」などは見事にそれが体現されていると思います。それを光太郎も目指したのでしょう。
004

それぞれ既に始まっているイベントです。

まず智恵子の故郷・福島県二本松市で。地方紙『福島民友』さん記事から。

二本松巡って宿泊券や和牛など豪華賞品 「ドライブスタンプラリー」12月21日まで

 秋~初冬の二本松市の名所や直売所を巡り、スタンプを集めると豪華賞品が当たるドライブスタンプラリーが12月21日まで行われている。観光まちづくり団体にほんまつDMOの主催、JAF福島支部の協力。
 市内23スポットを訪ね、スマホの位置情報でスタンプを集めるとスタンプ数に応じて岳温泉宿泊券3万円分、和牛焼き肉用1万5千円分、スキー場リフト券・温泉チケットペア券などが抽選で120人に当たる。
 問い合わせは同DMO(電話0243・24・7702)へ。スポット次の通り。
 ▽市街地=にほんまつ城報館、安達ケ原ふるさと村、東北サファリパーク、二本松神社、JAこらんしょ市二本松店
 ▽安達=稚児舞台、道の駅安達智恵子の里和紙伝承館智恵子の生家、山ノ入ダム
 ▽岳・塩沢=あだたら高原リゾート、岳温泉神社、鏡ケ池公園、ささや親水公園
 ▽東和=隠津島神社、ウッディハウスとうわ、ふくしま農家の夢ワイン、道の駅ふくしま東和、夏無沼展望台
 ▽岩代=杉沢の大杉、天狗塚公園、岩代図書館、道の駅さくらの郷、名目津温泉
003
スポットのひとつ・あだたら高原リゾート
013
014
フライヤー画像は主催されているにほんまつDMOさんのサイトから。個人的には「和牛焼き肉用1万5千円分」が気になります(笑)。

『民友』さん記事では、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山のあだたら高原リゾートの画像が使われています。

ついでですので(笑)、一昨日オンエアされた日本テレビさん系の「遠くへ行きたい【ますだおかだ増田が福島へ】名湯に絶品ソースかつ丼!」での安達太良山。
009 010
007 004
005 006
008 011
旅のキーワードの一つが「ほんとの空」という設定にして下さいまして、ありがとうございました。TVerさんなどで無料配信中です。ご覧になっていない方、ぜひどうぞ。

それにしても、もう最近は「スタンプラリー」と言っても、昔ながらの台紙にゴム印を押して廻るものより、スマホのアプリと連動してのデジタル化したものが主流になりつつありますね。昭和世代としては一抹の味気なさを感じてしまいますが(笑)。

主にその昭和世代向けのイベントで、同じ福島の、会津地方から。やはり『福島民友』さんの記事。

昭和感たっぷり…懐かしのレトロ映画ポスター展、福島・湯川で11月7日まで

 映画「男はつらいよ」に関する資料などを展示する福島県湯川村の湯川たから館で20日から、「懐かしのレトロ映画ポスター展」が開かれる。11月7日まで。
 村商工会の主催。会津新富座の協力で昭和時代の作品を中心にポスター50点、パネル5点を展示する。「釣りバカ日誌」や「智恵子抄」「スケバン刑事」などの作品のポスターが並ぶ。担当者は「さまざまなジャンルのポスターがある。昭和を振り返ってみてほしい」と話した。
 来場者に抽選で村産コシヒカリの新米を贈る。
 時間は午前9時~午後4時。入場無料。問い合わせは村商工会(電話0241・27・3957)へ。
012
湯川村は会津若松市と喜多方市の中間といった場所の、小さな村です。そちらにある「湯川たから館」さんは、同村出身の映画カメラマンの故高羽哲夫氏の遺品で、主に山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ関連の品々が常設展示されているそうです。

そちらでの企画展示で、さまざまな映画ポスター等が並んでいます。『民友』さん、福島ゆかりの作品ということで、「智恵子抄」も記事に載せられたのでしょう。

ただ、映画の「智恵子抄」は、昭和32年(1957)の熊谷久虎監督、原節子さん、山村聰さんご出演の東宝作品と、昭和42年(1967)の中村登監督、岩下志麻さん、丹波哲郎さんご出演の松竹作品の2種類があり、両方なのか、それともどちらか一方なのか、そこまでは書かれていませんでした。画像にも写っていません。いずれも二本松ロケは行われています(特に東宝の方は智恵子生家そのものでも)が。

こちらは入場無料の上、「来場者に抽選で村産コシヒカリの新米」だそうで、上記スタンプラリーの「和牛焼き肉用1万5千円分」といい、どんだけ太っ腹なんだ? という感じですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

――日本芸術は其の何処までも辛抱強い観察と、極小のものにある美の探求とでわれわれの芸術より秀れてゐます。日本人は他の者の無視してゐた一つの葉脈をも研究しました。そして何処の国でも出来なかつた発見によつて報いられました。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 フレデリク ロートン筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

印象派の画家たちほどには影響を受けなかったようですが、ロダンもジャポニスムに対しては好意的でした。どの国のものでもいいものはいい、というわけで、「偏狭なナショナリズム」「無責任なポピュリズム」とは無縁の世界ですね(笑)。

10月5日(日)、智恵子忌日の「レモンの日」に合わせ、福島二本松の智恵子生家ではライトアップが行われました。地元紙『福島民友』さんから。

生家ライトアップ、智恵子に思いはせ 福島・二本松、11月16日も実施

 詩人・彫刻家高村光太郎の妻で詩集「智恵子抄」の「レモン哀歌」でも知られる福島県二本松市出身の洋画家高村智恵子の命日の5日、同市の智恵子の生家・記念館はライトアップイベントを行った。
 「高村智恵子レモン祭」の一環として昨年に続き実施した。生家に智恵子と光太郎のシルエットが浮かび上がり、幻想的な映像で秋の夜を彩った。
 このほか生家内は上川崎和紙のランプシェードで演出され、来場者が智恵子への思いをはせた。レモン祭は11月16日まで。生家のライトアップは最終日(午後5時~同8時)にも行われる。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。
003
10月2日(木)から開催されている「高村智恵子レモン祭」の一環としての実施で、一昨年から行われています。今年は復活を果たしたゆるキャラ・ちえこちゃんもかけつけたようですね。あと1回、レモン祭千穐楽の11月16日(日)にも開催予定です。

レモンと言えば、一昨日、NHK Eテレさんで放映された「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」。SNS等エゴサーチしましたところ、おかげさまでおおむね好評を頂いており、安堵しております。昔の知り合いからも複数「見たよ」という声も戴きました。

番組内で行われる調理の監修を担当されている辻調理師専門学校さんのサイトに、スタジオ撮影の様子や簡易レシピ、さらにそこからリンクでPDFによる詳細なレシピも掲載されています。
007 008
009 010
011 012
ご興味おありの方、ぜひチャレンジしてみて下さい。

【折々のことば・光太郎】

――大家達を会得するやうに力めませう。彼等を愛しませう。彼等の天才に酔ひませう。だが、薬剤師の薬品みたいに「レツテル」を貼らない様に用心しませう。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

作家に対してもですが、作品に対しても同じことが言えますね。「智恵子抄」=「純愛の詩集」のような。「智恵子抄」は本当に複雑な側面を多々持っています。「追憶の詩集」であり、「鎮魂の詩集」であり、「悔恨の詩集」であり、「懺悔の詩集」でもあり、「智恵子のみならずそれまでの自らへの訣別の詩集」でもあります。……と、こういうのも「レッテル」ですかね(笑)。

昭和13年(1938)の今日、南品川ゼームス坂病院で、智恵子が光太郎の持参したレモンをがりりと噛んだことにちなみ、今日、10月5日は「レモンの日」です。

そういう日にこんな話題をお届けするのも心苦しいのですが……昨日の午後、X(旧ツィッター)上で「日本終了」がトレンド入りしていました。面白いことに、ある人々は「「日本終了」にならなくて良かった」と大喜びし、逆に「「日本終了」の始まりだ」と嘆く人々も居ます。同じワードがプラスマイナス両面で使われています。日本もアメリカのような分断社会に突入するのか、すでにそうなっているのか、というところですね。

こうした事態になることを憂慮してでしょうか、先週10月1日(水)の広島に本社を置く『中国新聞』さん一面コラム。光太郎の名がマクラに使われています。

天風録 値上げと上振れ

その飲み物は大正初めに米国からやってきた。早速、高村光太郎の詩に〈コカコオラ〉、芥川龍之介が門下の作家に宛てた手紙にも〈コカコラ〉で登場する。当時のインテリ層の間ではおしゃれな飲み物だったと察する▲「コカ・コーラ」を含む飲料や食品3千品目超がきょう値上げされる。500ミリリットル入りの他の清涼飲料水も相次ぎ価格が上昇する。自動販売機の表示には200円台がずらり並びそうだ▲今年1年間に見込まれる値上げ品目は2万以上に及ぶ。原材料費の高騰に加え、政府が旗振る賃上げ分の上乗せで物価上昇は長引く可能性がある▲物価高対策が大きな争点の自民党総裁選は終盤戦へ。各候補が減税や交付金などを打ち出せど、元手をどう工面するかの議論は乏しい。物価高による負担増が積み上がった税収の「上振れ」頼みでは何とも心もとない▲参院選大敗は税の使い道に恩恵を感じない国民が離れた結果でもある。なのに総裁選で目立つのは配信動画でヨイショ投稿を促す「ステマ問題」や、外国人を巡る「奈良のシカを蹴り上げる人がいる」発言。これらで支持の上振れを期待した面々に、自販機のボタンをすんなり押せぬ気持ちは分かるまい。

なるほどね、という感じですね。

コカコーラと光太郎に関してはこちら。
「昭和32年 コーラ本格上陸 みんな作って、みんないい」/「「乙女の像」制作 朗読劇で 劇団「エムズ・パーティ」16、17日十和田で上演」。
都内レポートその2 「ココだけ!コカ・コーラ社 60年の歴史展」。
『イチからつくる コーラ』。

神聖なレモンの日にこの件で終わるのも癪なので(笑)、もう一件。同じくドリンク系の話題で智恵子の故郷、福島二本松から。

智恵子生家/智恵子記念館に近い、安達ヶ原ふるさと村さんのX(旧ツィッター)投稿から。

【新商品のお知らせ】

大人気オリジナルプリント柄のドリップコーヒーに新柄が登場!

秋らしい『錦秋の安達太良山』や『菊人形』など二本松を満喫できるパッケージです❤

安達ヶ原ふるさと村 と道の駅安達上下線で販売中☺※「バッピーちゃん」はふるさと村限定

お土産や日々の癒し時間にぜひ!
003 004
005 006
「大人気オリジナルプリント柄のドリップコーヒー」は、先月ご紹介した智恵子イラストを含む5種類のパッケージです。
007
ちなみに他の画像も発見しまして、それぞれの柄の紙袋も別売りで出ていることが判明しました。
008
これはますますゲットせねば、と思っております。

今回の追加分は、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の写真を使ったものが含まれる他、菊人形イラストも智恵子のイメージに近い感じです。

高村智恵子レモン祭」期間中に一度行ってこようかなと思っております。皆様もぜひどうぞ。しかし、鬼婆の顔は誰かさんの顔に見えて仕方ありません(笑)。

最後にレモンの日ついでですが、明日、10月6日(月)、NHK テレさんで「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」の初回放映があります。ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

芸術こそ人間の最も崇高な使命です。世界を会得しようと力め又其を会得させようと力める思想のはたらきだからです。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

物価高による負担増で、芸術どころじゃないという人々も多いのが、この国の現状でもありますが……。

智恵子の故郷・福島二本松の「ほんとの空」を旅するイベントです。

~にほんまつ東北~ほんとの空の旅 in 赤そば畑 バルーン搭乗体験

期 日 : 2025年10月12日(日)
会 場 : 下川崎東北赤そば畑 福島県二本松市下川崎字東北166-1
時 間 : 受付開始 6:30~ 搭乗 7:30~
料 金 : 中学生以上500円 小学生以下 無料

10月上旬から11月上旬に開催される「東北赤そば祭り」に合わせて、熱気球(バルーン)の体験搭乗会を開催します。赤そばの花(赤)と安達太良連峰などの大パノラマ(緑)、ほんとの空(青)による圧巻の景色をお楽しみください。

先着100名 ※当日、搭乗場所入口の受付で受付順番券を配布します。
搭乗人数 3名程度/1回  搭乗時間 約5分/1回
003
004
本日開幕の「下川崎字東北赤そば祭り2025」の一環としての実施です。現地は智恵子生家/智恵子記念館さんから直線距離で5キロ弱といったところ。バルーンが高く舞い上がれば、生家/記念館も見えるのではないでしょうか。もちろん光太郎詩「樹下の二人」に謳われた安達太良山や阿武隈川はばっちりだと思われます。在りし日の智恵子を搭乗させてあげたかったところですね。

赤そばは、「高嶺ルビー」のブランド名で、信州伊那地方のものが有名ですが、二本松の東北(とうぎた)集落では、令和2(2020)年度から福島県地域創生総合支援事業を活用し、遊休農地に赤そば栽培事業を開始したそうです。伊那の赤そばはヒマラヤ原産ですが、こちらも同じ品種なのでしょうか? 寡聞にして存じません。

それにしても、料金500円というのは何とも良心的ですね。搭乗時間3分とはいえ、です。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

他の人々にとつては森や地面に過ぎないものが、偉大な風景画家には広大無辺なものの顔としてあらはれるのです。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

この際、ロダンが例として挙げていたのがコローやミレー。

智恵子にとっても二本松の風物は、他の人々とは違った広大無辺なものっだったのでしょう。もっとも、東京でうまくいかない時に心を癒してくれる故郷の眺め、という意味合いが付随していましたが。

10月5日(日)の智恵子の忌日「レモンの日」に合わせての、毎年恒例のイベントです。

高村智恵子 レモン祭

期 日 : 2025年10月2日(木)~11月16日(日)
会 場 : 智恵子の生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料
      10月26日(日)は「東北文化の日」のため無料開放

普段は公開していない智恵子の生家2階の公開や、智恵子作「紙絵」の実物展示などを行います。また、智恵子の命日には生家がライトアップされます。ライトアップを堪能するとともに、智恵子への哀悼の意を表しませんか?

智恵子の生家2階公開
 公開日 10月……4(土)-5(日)、11(土)-13(月・祝)18(土)-19(日)、25(土)-26(日)
     11月……1(土)-3(月・祝)、8(土)-9(日)、15(土)-16(日)
      10月25日(土)午前は「紙絵コンクール」表彰式典のため公開一時中止の場合有

 奇跡といわれる智恵子の「紙絵」実物展示
  展示期間 10月2日(木)~10月19日(日)
  展示場所 智恵子記念館内

 蘇る智恵子season3~生家のライトアップ~
  実施日時 10月5日(日) 11月16日(日) 午後5時~8時

 智恵子を偲ぶ折り鶴展~展示編~
  今春開催した“生誕祭”にて作製いただいた皆さまの折り鶴を展示いたします。
  生家ライトアップ時の演出も含めぜひお楽しみください。
  展示期間 10月2日(木)~11月16日(日)
  展示場所 智恵子の生家 奥座敷

 「チヱのレモン菓子屋さん」オープン
  市内菓子店より、レモンを使用した菓子等を集めて販売いたします。
  美しい庭園を眺めながら、ぜひご賞味下さい。
  実施日時 【1期】10月…10(金)-12(日)
       【2期】11月…1(土)-3(月・祝)
  実施場所 智恵子の生家 縁側 他
002
生家ライトアップは一昨年から始まりました。フライヤーの画像は昨年のものと思われます。昨年は地元紙で取り上げられています。

フライヤーといえば、ゆるキャラ・ちえこちゃんが印刷されています。一時期お休みしていましたが、今年、復活を果たしました。「気まぐれに登場」だそうで出没日時等不明ですが(笑)。

折り鶴の中には当方の作った一羽もあるはずです(笑)。

そして例年通りの智恵子生家2階部分の特別公開(通常非公開)、智恵子紙絵の実物展示(通常は複製展示)も企画されています。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

心は敏捷である事を要しません。のろい事はあらゆる意味に於いて思慮を意味します。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

創造には「のろさ=気の長さ」も必要だそうで。短気な当方には耳の痛い言葉です(笑)。

光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の語を冠したイベントを二つ。まぁ、それぞれ話の枕やタイトルに使われている程度で、本題としては光太郎智恵子にあまり関わらないとは存じますが。

まずは公開講座です。

2025年度 東京都立大学プレミアム・カレッジ 公開イベント「都市のヒートアイランド現象はなぜ起こるのか? ―智恵子は東京に空が無いといふ―」

期 日 : 2025年9月27日(土) 
会 場 : 東京都立大学南大沢キャンパス 京王相模原線「南大沢」駅改札口より徒歩5分
時 間 : 13:15~14:15
配 信 : 10/14(火)~11/25(火)
料 金 : 無料・事前申込制
講 師 : 特任教授 高橋日出男

都市の表面は、コンクリートで覆われ、そしてたくさんの中高層建築物が建ち並んでいます。このような人工的環境が都市のヒートアイランド現象を発生させる仕組みを、熱・エネルギーの収支(出入り)や大気の立体構造から考えます。智恵子抄の中で、智恵子は東京に空が無いといっていますが、建築物で空が見えないことも要因の一つです。

004

対面方式の方は申し込みが終わっていまして(もしかするとキャンセル等あるかもしれませんが)、オンデマンド配信をご選択下さい。

続いて智恵子の故郷、福島二本松から演奏会情報です。

音を通した楽しいふれあい ほんとの空ふれあい音楽祭

期 日 : 2025年9月27日(土)
会 場 : 安達文化ホール 福島県二本松市油井字濡石1-2
時 間 : 13:00~
料 金 : 無料

障がいがある方の芸術・文化活動を通じて、障がい者、介護者および市民の皆さんに、より一層の交流を深めていただくため、音楽祭を開催します。

各団体によるステージ発表や、福島県警音楽隊による演奏のほか、各障がい者施設の活動展示、お菓子や木工製品等の自主製品販売を行います。

手話通訳があります。


003
それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

公衆は天才といふものは本来の意味の芸術にしか存在しないものだと思つてゐます。自分の家をよく整理する女、自分の子供を育てる母、其を人間に作り上げる母、此等も天才を持つてゐるのです。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

「天才」というのは限定された分野のみのものではなく、各家庭にも存在するのだ、と、いうわけで。着眼点はいいのですが、「男」や「父」としていないあたり、突っ込みが入りそうですね。

↑このページのトップヘ