今日から岩手の盛岡てがみ館さんで「第43回企画展 高村光太郎と岩手の人」が始まります。
過日、チラシ、ポスター等を頂きました。

一番上の写真は、昭和昭和26年(1951)秋に花巻郊外太田村の光太郎の山小屋を訪れた詩人・宮静枝とその子供たち、宮が写した光太郎ポートレート、さらに宮澤賢治の主治医で、一時、光太郎を自宅に住まわせた佐藤隆房らとともに写っている写真もあります。
中央は光太郎詩「岩手山の肩」の直筆。同館ではこの原稿を所蔵しており、常設で展示されています。

書簡に書かれたものもそうなのですが、味のある文字ですね。
チラシ裏面はこちら。

右上の写真は花巻の財団法人高村記念会さんのご提供。その下に展示される書簡の写真が二葉。左が新岩手日報社に勤務していた松本政治宛、右が石川啄木研究家の吉田孤羊にあてたもので、どちらも同館所蔵のものです。10年程前に、これらを含む、『高村光太郎全集』未収録の書簡の情報をご提供いただき、補遺作品集「光太郎遺珠」に掲載させていただきました。
他にどんなものが並ぶのか、非常に楽しみです。
会期は6月16日までと、かなり長めです。また、関連行事が以下の通り行われます。
3/9(日)14:00~15:00 てがみシアター~手紙の朗読を聴くvol6~
講師・大塚富夫氏(IBC岩手放送アナウンサー)
講師・大塚富夫氏(IBC岩手放送アナウンサー)
4/23(水)14:00~15:00 「ふみの日」ギャラリートーク 同館学芸員
5/31(土)14:00~15:00 館長によるギャラリートーク
当方、3/9に参上します。皆様もぜひどうぞ。
【今日は何の日・光太郎 補遺】 2月25日
昭和23年(1948)の今日、雑誌『至上律』に詩「蒋先生に慙謝す」が掲載されました。
蒋先生は、蒋介石。かつて昭和17年(1942)には、その抗日思想を烈しく批判した詩「沈思せよ蒋先生」という詩を雑誌『中央公論』に発表した光太郎ですが、戦後になって、軍部の走狗となっていた自らを恥じ、この詩を作りました。
花巻の高村記念会で増刷された『高村光太郎山居七年』という書籍があります。編集は佐藤隆房。題名の通り、昭和20年(1945)から同27年(1952)にいたる、光太郎の花巻生活を、当時を知る人々の証言などによって記録したものです。
上記画像に写っているのは、詩人の故・宮靜枝。岩手県南部・江刺の出身で、昭和26年(1951)秋に、花巻郊外太田村の光太郎の山小屋を訪れています。宮はその時の体験を元に、平成4年(1992)、『詩集 山荘 光太郎残影』を上梓、第33回晩翠賞に輝いています。







の2枚が「川口村立図書館」。墨で書かれたものですが、残念ながら、どちらも文字はほとんど読めなくなっていました。































周年の学芸会の日の一コマです。サンタクロースに扮する光太郎。この写真を見ると涙が出そうになります。どういう思いでこの寒村に7年も一人で暮らしていたのか……。
第二十二巻 高村光太郎集 萩原朔太郎集』の印税として、角川書店から1,570,205円の小切手を受け取りました。









らつき、岩手町では日陰にはかすかに積雪もありました。改めて東北の自然の厳しさを知った道中でした。


















































