現在、花巻高村光太郎記念館さんで開催中の高村光太郎花巻疎開80年企画展「」につき、先月の地元紙『岩手日報』さんに続き、やはり地元紙の『岩手日日』さんが報じて下さいました。
高村光太郎花巻疎開80年企画展「光太郎と賢治-宮沢賢治全集ができるまで」と銘打った同展では、最初の全集に加え、宮沢賢治全集全7巻(十字屋書店)、宮沢賢治文庫全7巻(日本読書組合)、宮沢賢治全集全11巻(筑摩書房)、光太郎揮毫(きごう)の書軸「東ニ病気ノ母アレバイッテ看病シテヤリ」、花巻で過ごす光太郎の写真などを展示。編さん者の一員として関わった賢治の友人の藤原嘉藤治の生涯や、光太郎、嘉藤治、清六の関係性にも触れている。
展示している全集は、いずれも光太郎が編集や装幀作業に関わっており、自ら書きつづった題字や表紙の印刷についての所感も残されている。
同展は市が主催。監修した高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表は「賢治を世の中に出す大きな力になった一人が光太郎。2人をつないだ草野心平、清六、そこを埋めた嘉藤治らにより、賢治の作品が現在も読まれているということを知ってもらいたい」と意義を語る。
今月21日午前10時からは、同市大通りのなはんプラザで小山代表、宮沢和樹林風舎代表取締役、瀬川正子共同園芸取締役によるトークイベントを開催する。参加無料。
取材を受けたのは昨年12月でして、その折には「年内には記事にしたい」ということでしたが、一昨日に掲載されました。感触としては、記者氏、全くといっていいいほど賢治と光太郎の関わりをご存じなく、実に興味深そうで、「こりゃベタ記事にはするべきでない」と考えられたようで、お渡しした50ページほどの冊子資料を読み込まれてから大きく取り上げて下さったようです。ネット上ではリード文部分のみの公開となっていますが。
冊子資料は同館で販売されているかどうか(いろいろ面倒な事情がありまして)。記事の最後にあるトークイベントの際には大々的に売られると思われます。
ぜひ足をお運び下さい。
光太郎エッセイ集としては2冊目。ただし戦時中の昭和18年(1943)、同じ龍星閣から出た『某月某日』とかなりの部分がかぶっています。
詩人、童話作家の宮沢賢治(1896~1933年)と、彫刻家で詩人の高村光太郎(1883~1956年)の関わりに焦点を当てた企画展は、花巻市太田の高村光太郎記念館で開かれている。
賢治を世に広めるために光太郎が果たした役割などを資料で紹介し、花巻にゆかりある両偉人の人生が交錯した軌跡をたどる。3月31日まで。
光太郎と賢治は、東京の光太郎のアトリエで1度だけ面会した。賢治没後の34(昭和9)年、東京で開かれた賢治追悼の会に賢治の実弟・清六が「雨ニモマケズ」の記された手帳を含む遺稿を持ち込み、これに光太郎をはじめとする著名人が感銘を受けた。それから全集刊行の動きが起こり、光太郎と詩人草野心平の手により同年、「宮沢賢治全集」(全3巻)が初めて文圃堂から刊行された。高村光太郎花巻疎開80年企画展「光太郎と賢治-宮沢賢治全集ができるまで」と銘打った同展では、最初の全集に加え、宮沢賢治全集全7巻(十字屋書店)、宮沢賢治文庫全7巻(日本読書組合)、宮沢賢治全集全11巻(筑摩書房)、光太郎揮毫(きごう)の書軸「東ニ病気ノ母アレバイッテ看病シテヤリ」、花巻で過ごす光太郎の写真などを展示。編さん者の一員として関わった賢治の友人の藤原嘉藤治の生涯や、光太郎、嘉藤治、清六の関係性にも触れている。
展示している全集は、いずれも光太郎が編集や装幀作業に関わっており、自ら書きつづった題字や表紙の印刷についての所感も残されている。
同展は市が主催。監修した高村光太郎連翹(れんぎょう)忌運営委員会の小山弘明代表は「賢治を世の中に出す大きな力になった一人が光太郎。2人をつないだ草野心平、清六、そこを埋めた嘉藤治らにより、賢治の作品が現在も読まれているということを知ってもらいたい」と意義を語る。
今月21日午前10時からは、同市大通りのなはんプラザで小山代表、宮沢和樹林風舎代表取締役、瀬川正子共同園芸取締役によるトークイベントを開催する。参加無料。
取材を受けたのは昨年12月でして、その折には「年内には記事にしたい」ということでしたが、一昨日に掲載されました。感触としては、記者氏、全くといっていいいほど賢治と光太郎の関わりをご存じなく、実に興味深そうで、「こりゃベタ記事にはするべきでない」と考えられたようで、お渡しした50ページほどの冊子資料を読み込まれてから大きく取り上げて下さったようです。ネット上ではリード文部分のみの公開となっていますが。
冊子資料は同館で販売されているかどうか(いろいろ面倒な事情がありまして)。記事の最後にあるトークイベントの際には大々的に売られると思われます。
ぜひ足をお運び下さい。
【高村光太郎書誌】
本人著作(全体)39 『独居自炊』
子供の頃
父光雲のこと 母と姉 父の道をついで
姉のことなど 母のこと 美術学校時代 彫刻家ガツトソン・ボオグラム氏
ロダンの手記談話録 七月の言葉 一夏安居の弁 「道程」について 自分と詩との関係
小刀の味 生きた言葉 触覚の世界 自作肖像漫談 へんな貧 春さきの好物 雷ぎらひ
しやつくり病 ほくろ 悠久山の一本欅 谷中の家 二世代 蟻と遊ぶ 日記より
がんがん三つ口 新茶の幻想 三十年来の常用卓 智恵子のにひ盆
光太郎エッセイ集としては2冊目。ただし戦時中の昭和18年(1943)、同じ龍星閣から出た『某月某日』とかなりの部分がかぶっています。












































































































































































































































































































