軽く光太郎に関わる都内での企画展情報、2件ご紹介します。
まず、既に始まっていますが、新宿発。
まず、既に始まっていますが、新宿発。
期 日 : 2026年10月3日(土)~11月23日(月・祝)
会 場 : 新宿区立新宿歴史博物館 新宿区四谷三栄町12-16
時 間 : 9:30~17:30
休 館 : 10 月13 日(火)、26 日(月)、11 月9 日(月)
料 金 : 一般300円(常設展とのセット券は500円)、中学生以下無料
淀橋区下落合(現在の新宿区中井)に暮らした画家・松本竣介(1912-1948)。本展では、「綜合工房」(そうごうこうぼう)と名付けられた彼のアトリエを舞台に、妻・禎子とともに編集・発行した雑誌『雑記帳』(ざっきちょう)や、ここで生み出された絵画作品などを通して、竣介の創造の世界をたどります。このほか、アトリエに遺されたゆかりの品や、疎開先の家族に宛てた手紙などの貴重な資料を通して、新宿の地に生きた一人の芸術家の息遣いと、その人間像をご紹介します。
「立てる像」などで有名な画家の松本竣介。東京生まれですが幼くして花巻に転居、さらに盛岡に移り、旧制盛岡中学校に通いました。従って石川啄木や宮沢賢治の後輩に当たります。
昭和4年(1929)に上京して、かつて智恵子も在籍していた太平洋画会に加入、画家として活動。そのかたわら自ら編集して発行したのが雑誌『雑記帳』です。既に亡くなっていた賢治の作品を転載したり、萩原朔太郎、室生犀星、三好達治、佐藤春夫ら当時の錚々たる面々に寄稿を依頼したりしました。光太郎も終刊号の第2巻第11号(昭和12年=1937)に詩「晴天に酔ふ」を寄せました。
『雑記帳』全14冊が展示されているようですし、寄稿者として光太郎の紹介もあるのではと思われます。また、関連行事の宮川匡司氏による講座「『雑記帳』に寄稿した作家・詩人・思想家」が11月14日(土)にありますが、そこで光太郎に触れていただかないと困ります(笑)。また、10月31日(土)の「ホワイエ朗読会」も掲載作品の朗読が為されるそうなので、「晴天に酔ふ」も是非お願いしたいところです。
もう1件、光太郎と縁の深い森鷗外関連。明後日開幕です。
「一力」は店の名、「小てる」は女給でしょうか。詳細が不明です。
さて、モリキネさんでの展示、おそらく上記の欠席通知はがきが並ぶのではないでしょうか。光太郎関連はこんなものですが、他の参会者等に関わる展示物は逸品が目白押しです。啄木からの「必ず出席する」と伝える葉書、平福百穂が歌会の様子を描いた絵、吉井勇や斎藤茂吉の歌会にまつわる自筆原稿等々。
新宿の「松本竣介と『雜記帳』―下落合の「綜合工房」―」展ともども、ぜひ足をお運び下さい。
秋庭俊彦 半田良平 藤岡長和 高塩背山 三木露風 高瀬俊郎 岩淵要 川路柳虹
井出八井 加藤武雄 橋田濤声 大貫かの子 佐野翠坡 白仁秋津 富田砕花 藤原東川
前川千帆 長島豊田郎 岡田邦彦 原田琴子 加藤東籬 中川一政 小沢紫絃 夏山繁樹
小田島孤舟 森鷗外 相馬御風 平野万里 平出修 高村光太郎 高村光太郎 茅野蕭々
茅野雅子 万造寺齊 中原綾子 尾上柴舟 正富汪洋 尾張穂草 岩谷莫哀 森園天涙
石井直三郎 小泉苳三 水町京子 上田英夫 岡山巌 岡野直七郎 井上雪下 細井魚袋
淵浩一 鈴木康文 松田常憲 金子薫園 福田義三 武山英子 平井晩村 須藤鮭川
吉植愛剣 佐々木寛綱 岡稲里 川合長流 矢ヶ崎柴垣 長谷川喬村 若山牧水 佐瀬蘭舟
田波御白 前田夕暮 土岐湖友 吉植庄亮 太田水穂 川崎杜外 四賀光子 小田観蛍
峰村国一 山下秀之助 芥川徳郎 野澤柿葺 大井廣 松木静泉
短歌のアンソロジーです。光太郎歌は明治期のものを中心に61首が掲載されています。大半は赤城山を舞台にし、『伊勢物語』を下敷きにして歌物語風に構成した連作短歌「毒うつぎ」(明治38年=1905)から。あとは欧米留学中のもの、『智恵子抄』所収の作、そして戦後の花巻郊外旧太田村での詠も含みます。
●記念講演会1「松本竣介と下落合の画家たち」 【講師】田中淳(大川美術館館長)
10 月4 日(日) 14:00 ~ 16:00 ※終了しました
10 月4 日(日) 14:00 ~ 16:00 ※終了しました
① 10月31日 松本竣介とアトリエ村の画家たち 弘中智子(板橋区立美術館 副館長)
② 11月7日 松本竣介のアトリエをめぐって 小此木美代子(大川美術館 学芸員)
③ 11月14日 『雑記帳』に寄稿した作家・詩人・思想家
【料金】3,000円(単回受講不可) 宮川匡司(元日本経済新聞社 編集委員)
● トークイベント「父、松本竣介を語る」
11月15日(日)14:00~16:00 ※要事前申込
11月15日(日)14:00~16:00 ※要事前申込
【登壇者】松本莞(松本竣介ご子息、建築家)
【料金】1,000円
●ホワイエ朗読会
10月31日(土)13:00~(30分程度)申込不要
10月31日(土)13:00~(30分程度)申込不要
「立てる像」などで有名な画家の松本竣介。東京生まれですが幼くして花巻に転居、さらに盛岡に移り、旧制盛岡中学校に通いました。従って石川啄木や宮沢賢治の後輩に当たります。
昭和4年(1929)に上京して、かつて智恵子も在籍していた太平洋画会に加入、画家として活動。そのかたわら自ら編集して発行したのが雑誌『雑記帳』です。既に亡くなっていた賢治の作品を転載したり、萩原朔太郎、室生犀星、三好達治、佐藤春夫ら当時の錚々たる面々に寄稿を依頼したりしました。光太郎も終刊号の第2巻第11号(昭和12年=1937)に詩「晴天に酔ふ」を寄せました。
『雑記帳』全14冊が展示されているようですし、寄稿者として光太郎の紹介もあるのではと思われます。また、関連行事の宮川匡司氏による講座「『雑記帳』に寄稿した作家・詩人・思想家」が11月14日(土)にありますが、そこで光太郎に触れていただかないと困ります(笑)。また、10月31日(土)の「ホワイエ朗読会」も掲載作品の朗読が為されるそうなので、「晴天に酔ふ」も是非お願いしたいところです。
もう1件、光太郎と縁の深い森鷗外関連。明後日開幕です。
期 日 : 2026年10月10日(土)~2027年1月11日(月)
会 場 : 文京区立森鷗外記念館 文京区千駄木1-23-4
時 間 : 10:00〜18:00
休 館 : 10月26日(月)・27日(火)、11月24日(火)・25日(水)
12月21日(月)・22日(火)、12月29日(火)~1月3日(日)
12月21日(月)・22日(火)、12月29日(火)~1月3日(日)
料 金 : 一般600円(20名以上の団体:480円) 中学生以下無料
観潮楼歌会は、1907(明治40)年3月から約3年間、森鴎外が主宰し自邸・観潮楼(現・当館)で開催した歌会です。短歌に関心をもっていた鴎外が、結社の隔たりを縮めようと、当時の歌壇を代表する伊藤左千夫(根岸短歌会)や与謝野寛(東京新詩社)、佐佐木信綱(竹柏会)らを招き、始まりました。出席者には変動がありますが、上田敏、北原白秋、吉井勇、石川啄木、木下杢太郎、斎藤茂吉ら、今でもよく知られる歌人たち延べ21人が参加しました。
「趣味及作風の異つた同士が毎月一回自作を持寄つて、直截なる批評を交換する会」(与謝野寛『文芸彙報』)で、作者名を伏せた詠草(詠んだ歌を記した紙)を回覧・選歌し、盛んに批評が交わされたといいます。評価を意識した歌風の変化、歌会の枠を超えた文芸談義など、刺激を与えあう交流は、鴎外や参加者の新たな創作への動きにつながっていきました。
観潮楼歌会の正式な記録は残っていませんが、30回ほどの開催が確認でき、鴎外と参加者の日記や書簡、回想などから歌会の様子をうかがい知ることができます。本展では、それらを辿りながら、観潮楼歌会の全体像を観測します。
●展示関連講演会1「変遷・曲折・鴎外短歌」
光太郎の肖像写真もフライヤー表面に。確かに光太郎も観潮楼歌会に参加しています。しかし、光太郎は東京美術学校での恩師だった鷗外を敬して遠ざけるところがあり、歌会も積極的な参加ではありませんでした。逆に出来ればパス(笑)。
同館では光太郎から鷗外宛の葉書を4通所蔵していますが、以下の通りです。
拝啓 わざわざ例会の御案内にあづかりありありが度く存上候。当日遺憾ながら約束事の為め欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 三日夕 (明治42年=1909 12月3日)
御葉書難有存上候処当日丁度藤島先生の歓迎会有之候為め残念ながら出席いたしかね候。右御返事まで 二月三日夕 高村光太郎 光 (明治43年=1910 2月3日)
拝復 来五日の例会に御招き下され難有存上候ところ当夜よんどころなき用事有是遺憾ながら又又欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 四日 高村光太郎 (明治43年=1909 3月4日)
拝復 十六日の例会の御案内状ありた度く存上候処丁度当日小生関西地方へ出発仕る事とて遺憾千万ながら欠席仕るべく 先是 右御返事まで 四月十二日 (明治43年=1909 4月13日)
結局、4通全て欠席の連絡です(笑)。ただ、出席した記録も残っています。明治42年(1909)の11月6日です。筑摩書房『高村光太郎全集』別巻の年譜には、「鷗外邸の観潮楼歌会例会に出席するが、つまらなくて一度でやめる。」とあります。この際に詠んだ歌が以下。当夜に同席していた石井柏亭が記録していました。
一力の小てるとわれと酒のめば飯をつぐとて盆を出すひと
観潮楼歌会の参加者一覧(参加順、全21名)
伊藤左千夫(1864~1913) 佐佐木 信綱(1872~1963) 与謝野寛(1873~1935)
平野万里(1885~1947) 上田敏(1874~1916) 長塚節(1879~1915)
石川啄木(1886~1912) 北原白秋(1885~1942) 吉井勇(1886~1960)
都築甚之助(1869~1933) 賀古鶴所(1856~1931) 木下杢太郎(1885~1945)
古泉千樫(1886~1927) 服部躬治(1875~1925) 平出修(1878~1914)
斎藤茂吉(1882~1953) 平福百穂(1877~1933) 石井柏亭(1882~1958)
森田草平(1881~1949) 高村光太郎(1883〜1956) 与謝野晶子(1878~1942)
関連行事●展示関連講演会1「変遷・曲折・鴎外短歌」
講師:今野寿美氏(歌人・宮中歌会始選者)
日時:11月7日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:10月26日(月)必着
※詳しくはこちら
文豪鴎外の偉業のなかに伝統詩としての短歌はどう位置づけるべきか。観潮楼歌会とは、いったい何だったのかを探ります。
●展示関連講演会2「観潮楼歌会に集った若者たち-木下杢太郎を軸に交流を探る-」
講師:丸井重孝氏(伊東市立木下杢太郎記念館前職員)
日時:11月28日(土)14時~15時30分
会場:文京区立森鴎外記念館 2階講座
定員:50名(事前申込制)
料金:無料(参加票と本展覧会観覧券(半券可)が必要)
申込締切:11月13日(金)必着
※詳しくはこちら
観潮楼歌会で鴎外の謦咳(けいがい)に接した若者たちの交流を、木下杢太郎を軸に辿ります。光太郎の肖像写真もフライヤー表面に。確かに光太郎も観潮楼歌会に参加しています。しかし、光太郎は東京美術学校での恩師だった鷗外を敬して遠ざけるところがあり、歌会も積極的な参加ではありませんでした。逆に出来ればパス(笑)。
同館では光太郎から鷗外宛の葉書を4通所蔵していますが、以下の通りです。
拝啓 わざわざ例会の御案内にあづかりありありが度く存上候。当日遺憾ながら約束事の為め欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 三日夕 (明治42年=1909 12月3日)
御葉書難有存上候処当日丁度藤島先生の歓迎会有之候為め残念ながら出席いたしかね候。右御返事まで 二月三日夕 高村光太郎 光 (明治43年=1910 2月3日)
拝復 来五日の例会に御招き下され難有存上候ところ当夜よんどころなき用事有是遺憾ながら又又欠席仕るべくこの段御返事まで 草々頓首 四日 高村光太郎 (明治43年=1909 3月4日)
拝復 十六日の例会の御案内状ありた度く存上候処丁度当日小生関西地方へ出発仕る事とて遺憾千万ながら欠席仕るべく 先是 右御返事まで 四月十二日 (明治43年=1909 4月13日)
結局、4通全て欠席の連絡です(笑)。ただ、出席した記録も残っています。明治42年(1909)の11月6日です。筑摩書房『高村光太郎全集』別巻の年譜には、「鷗外邸の観潮楼歌会例会に出席するが、つまらなくて一度でやめる。」とあります。この際に詠んだ歌が以下。当夜に同席していた石井柏亭が記録していました。
一力の小てるとわれと酒のめば飯をつぐとて盆を出すひと
「一力」は店の名、「小てる」は女給でしょうか。詳細が不明です。
さて、モリキネさんでの展示、おそらく上記の欠席通知はがきが並ぶのではないでしょうか。光太郎関連はこんなものですが、他の参会者等に関わる展示物は逸品が目白押しです。啄木からの「必ず出席する」と伝える葉書、平福百穂が歌会の様子を描いた絵、吉井勇や斎藤茂吉の歌会にまつわる自筆原稿等々。
新宿の「松本竣介と『雜記帳』―下落合の「綜合工房」―」展ともども、ぜひ足をお運び下さい。
【高村光太郎書誌】
詩華集 82 『現代短歌大系 第三巻 浪漫期』
昭和27年(1952)6月30日 河出書房 小泉苳三編
収録作家
与謝野晶子 山川登美子 増田雅子 間島琴山 小木曽旭晃 岡田鯨洋 村田光烈秋庭俊彦 半田良平 藤岡長和 高塩背山 三木露風 高瀬俊郎 岩淵要 川路柳虹
井出八井 加藤武雄 橋田濤声 大貫かの子 佐野翠坡 白仁秋津 富田砕花 藤原東川
前川千帆 長島豊田郎 岡田邦彦 原田琴子 加藤東籬 中川一政 小沢紫絃 夏山繁樹
小田島孤舟 森鷗外 相馬御風 平野万里 平出修 高村光太郎 高村光太郎 茅野蕭々
茅野雅子 万造寺齊 中原綾子 尾上柴舟 正富汪洋 尾張穂草 岩谷莫哀 森園天涙
石井直三郎 小泉苳三 水町京子 上田英夫 岡山巌 岡野直七郎 井上雪下 細井魚袋
淵浩一 鈴木康文 松田常憲 金子薫園 福田義三 武山英子 平井晩村 須藤鮭川
吉植愛剣 佐々木寛綱 岡稲里 川合長流 矢ヶ崎柴垣 長谷川喬村 若山牧水 佐瀬蘭舟
田波御白 前田夕暮 土岐湖友 吉植庄亮 太田水穂 川崎杜外 四賀光子 小田観蛍
峰村国一 山下秀之助 芥川徳郎 野澤柿葺 大井廣 松木静泉
短歌のアンソロジーです。光太郎歌は明治期のものを中心に61首が掲載されています。大半は赤城山を舞台にし、『伊勢物語』を下敷きにして歌物語風に構成した連作短歌「毒うつぎ」(明治38年=1905)から。あとは欧米留学中のもの、『智恵子抄』所収の作、そして戦後の花巻郊外旧太田村での詠も含みます。
























































































































































































































「水タバコ」という嗜好品があるそうです。紙巻きタバコは数十年愛用していますが、寡聞にして詳しいことは存じませんでした。






































































野村喜和夫の詩集『地面の底のわれわれの顔――わが近未来近代』(思潮社)は「二十世紀日本語詩」を独自の受け止め方と解釈のもとに「書き換え」た作品から成る。







































