カテゴリ: 東北以外

北海道からの展覧会情報。光太郎オマージュが打ち出されています。

特別展「触覚的感覚-私と外(ほか)をつなぐ窓」

期 日 : 2026年10月10日(土)~2027年1月24日(日)
会 場 : 本郷新記念札幌彫刻美術館 札幌市中央区宮の森4条12丁目
時 間 : 午前10時~午後5時
休 館 : 月曜日 5月4日(月・祝)は開館し5月7日(水)は休館
料 金 : 一般600(500)円、65歳以上500(400)円、高大生400(300)円、中学生以下無料
      ※(  )内は10名以上の団体料金

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚…五感と呼ばれる感覚は、いずれも身体の感覚器官を通じて、外界の万象と接触しています。私たちは自らとそれ以外のものを区別し、そして認識するとき、常にこの接触を伴っています。インターネットやスマホがもはや生活インフラとなった現代社会では、その外界に溢れる豊富な情報を処理するために視覚が優位となりがちで、触覚を意識する場面はそう多くありません。しかし彫刻家はどうでしょう。日本を代表する二人の彫刻家は、次のように述べています。
彫刻性とは量感の裏に凡ゆる美的要素をふくませた、言わば触覚的感覚にうったえる形の性格を指すものである。 ―本郷新
彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる。 ―高村光太郎
 本展では、これらの言葉をたよりに、触覚を原始的な感覚、かつ他の感覚の基底を成すともいえる重要な感覚と捉え、その多義性に迫ります。本展に出品される、さまざまな技法・素材を用いて制作を行う北海道の現代作家の作品は、我々の認識と接触を通じて、感覚に対する新たな奥行を与えてくれることでしょう。

出展作家 岡碧幸 加藤浩子 河野菜穂子 KOMAKUS 清水宏晃 本郷新
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関連行事
 ●アーティストトーク1 日時:2026年10月10日(土)午後2時~3時
  出演:河野菜穂子、清水宏晃
 ●アーティストトーク2 日時:2026年11月14日(土)午後2時~3時
  出演:岡碧幸、加藤宏子、KOMAKUS(リモート出演)
  場所:本館展示室
  ※予約不要。入場には観覧料がかかります
 ●サンクスデー 学芸員によるスライドトークinサンクスデー(無料開放日)
  本展の見どころをガイドします。
  日時:2026年10月18日(日)午前10時15分~45分
  場所:本館研修室

案内文で「これらの言葉をたよりに」と引用されているうち、光太郎の「彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる」は、昭和3年(1928)に書かれた評論「触覚の世界」の一節です。新聞『時事新報』に3回にわたって連載されたもので、全文は長いため、当該箇所を含む段落のみ引用しましょう。

 彫刻家は物を掴みたがる。つかんだ感じで万象を見たがる。彼の眼には万象が所謂「絵のやう」には映つて来ない。彼は月を撫でてみる。焚火にあたるやうに太陽にあたる。樹木は確かに一本づつ立つてゐる。地面は確かにがつしり其処にある。風景は何処をみても微妙に組み立てられてゐる。人体のやうに骨組みがある。筋肉がある。肌がある。さうして、均衡があり、機構がある。重さがあり、軽さがある。突きとめたものがある。

いわば光太郎の世界観が垣間見えますね。形而上的な意味ではなく、実際に両の眼でこの世界をどのように捉えているか、といった意味での。眼というより、実はこの一節の前にはいわゆる五感はすべて触覚に収斂されていくという趣旨の論があり、そこでタイトルが「触覚の世界」なのですが。
 
案内文で「これらの言葉をたよりに」とあるのが、単にお題目でない作品が並んでいることを期待します。ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 89 『日本詩集1955』

昭和30年(1955)12月25日 三笠書房 日本文芸家協会編
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収録作家
 三井ふたばこ 北川多喜子 飯沼文 中桐雅夫 井上充子 壺井繁治 金子光晴 室生犀星
 依田義賢 大河原巌 志沢正躬 澤村光博 岡崎清一郎 長島三芳 新藤千恵 長尾辰夫
 笹沢美明 櫻本富雄 小野十三郎 谷川雁 小池亮夫 平林敏彦 高見順 吉本隆明
 安藤一郎 壺田花子 佐川英三 大江満雄 清岡卓行 遠地輝武 中村千尾 高野喜久雄
 串田孫一 飯島耕一 天野忠 神保光太郎 植村諦 高内壮介 深尾須磨子 金井直
 藤島宇内 谷川俊太郎 粒来哲蔵 竹中郁 衣更着信 友竹辰 堀口大学 和泉克雄
 町田志津子 会田綱雄 阪本越郎 安西冬衛 青山鶏一 山本太郎 安水稔和 瀧口雅子
 土橋治重 黒田三郎 蔵原伸二郎 山口洋子 真壁仁 田中冬二 中島可一郎 岡田刀水士
 馬淵美意子 丸山薫 西脇順三郎 北園克衛 安西均 上野菊江 清水深生子 扇谷義男
 高村光太郎 安東次男 三野混沌 藤原定 草野心平 杉山市五郎 北川冬彦 緒方昇
 岡本潤 木原孝一 高橋新吉 北村太郎 嶋岡晨 鳥見迅彦 三好豊一郎 西内延子
 平木二六 長安周一 森崎和江 木下夕爾 松岡寛 上林猷夫 山村順 櫻井勝美
 長谷川龍生 嵯峨信之 木津豊太郎 吉田一穂 吉野弘 三好達治 難波律郎 河邨文一郎
 村野四郎 堀内幸枝 相沢英樹 及川均 中江俊夫 大瀧清雄 乾直恵 高田敏子 中村稔
 大木惇夫 田村隆一 尾崎喜八 中村隆子 前田棟一郎 山田孝 永瀬清子 岸田衿子
 川上春雄 伊藤信吉 大岡信 川路柳虹 関根弘 本郷隆 山本健吉


光太郎詩は「十和田湖畔の裸像に与ふ」が収められています。










昨日は横浜に行き、神奈川近代文学館さんで特別展「佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝へてよ」を拝見して参りました。
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公式サイトに出品目録が出ていないため、どの程度光太郎に関わるのか不明でしたが、意外と光太郎がらみの展示物も多く、思いもよらなかった展示品もあって驚いたりもしました。

サブタイトルの「情(こころ)あらば伝へてよ」の通り、春夫と他の芸術家達との交流がメイン。「情(こころ)あらば伝へてよ」は春夫の詩の代表作「秋刀魚の歌」(大正10年=1921)の一節です。
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春夫から諸家へ、逆に諸家から春夫へのの書簡が多く、特に目立ったのはいろいろな意味で春夫との交流が深かった谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら。他に与謝野寛、生田長江、堀口大学、鈴木三重吉、島田清次郎、室生犀星、林芙美子、永井荷風、井伏鱒二など。春夫の人脈の広さがわかります。

残念ながら光太郎から春夫宛の書簡は現在一通しか確認できておらず今回も展示されていませんし、春夫から光太郎宛だと戦前・戦中のものは昭和20年(1945)の空襲で光太郎アトリエ兼住居と共に焼け、戦後のものは他の人物からの書簡類と共に当会顧問であらせられた北川太一先生が引き取って未だに北川家にあるはずなのですが、未整理です。

光太郎関係の出品物は、まず春夫の故郷・和歌山県新宮市の佐藤春夫記念館さんに寄贈され、現在、同館で展示中の油絵「佐藤春夫像」の写真パネル。おそらく原寸大カラーの高精細複製です。ただ、写真パネル類は上記の「出品目録」には掲載されていません。下の画像は昨年、和歌山県立近代美術館さんで展示された際のもの。
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昨日、たまたまこの絵を見ていたら、近くに若い女性の二人連れがいらして、「光太郎、絵、うまいねー」「そうだねー」。こちらは心の中で「そうでしょう!」(笑)。

それから展示の終わり近く、「第4章 真実は、事実にまさる 昭和戦後」という、歴史小説的なものや他の文学者の評伝小説などもけっこう書いていたという項で、光太郎に絞った一角が。

まず光太郎が没した昭和31年(1956)に、光太郎の葬儀委員長でもあった武者小路実篤主宰の雑誌『心』が6月号で光太郎追悼小特集を組みましたが、そこに寄せた「高村光太郎の詩-或は詩人高村光太郎-」の草稿。
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それから同じ昭和31年(1956)に書かれた『小説高村光太郎像』の草稿。さらにこの年から翌年に書けて雑誌『新女苑』に連載した『小説智恵子抄』(原題「愛の頌歌 小説・智恵子抄」)の草稿。
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『小説智恵子抄』は丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられていて、そのスチール写真が2葉。当方が寄贈したものでした(笑)。
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ネットオークションなどでこつこつ集め続けているのですが、複数点一括で出品の場合、既に持っているものと重複してしまうことがあってそれを寄贈したのですが、まさかそれが展示されているとは(笑)。出品目録に名前も書かれてしまいましたし(笑)。

ところで、このコーナーに掲げられていた、昭和29年(1954)撮影という春夫と光太郎のツーショットという写真パネル。これが光太郎ではありませんでした。禿頭の感じは確かに似ているのですが……。

そこで「こりゃちょっとまずいんじゃないの」と思い、指摘させていただき、善後策を講じるようお願いして参りました。学芸員女史曰く、新宮の記念館さんからお借りしたもので、そちらでも光太郎と伝えられているとのこと。

こういうケースも時々あります。花巻の宮沢賢治記念館さんで常設展示されている宮沢家で撮られた光太郎と宮沢一家らの集合写真が「昭和30年」とキャプションにありますが、昭和28年(1953)の誤りです。これも少し前に指摘したのですが、訂正されているかどうか……。

光太郎がらみの展示はこんなところでした。光太郎生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作の際、太宰の実兄だった青森県知事・津島文治と光太郎の橋渡し役を務めたのが春夫で、昭和27年(1952)6月の光太郎の十和田湖下見や翌年10月の像の除幕式(午前中には奥入瀬渓流での春夫詩碑除幕式も併せて挙行)に春夫が参列していますので、その辺りに言及されていればなおよかったのですが……。
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図録を兼ねた書籍が販売されていまして、購入して参りました。帯に「図録」の語が入っていますが、ISBNコード付きですので一般書店でも取り寄せ可能でしょう。

特別展 佐藤春夫 情(なさけ)あらば伝へてよ 

発行日 : 2026年10月3日
著者等 : 県立神奈川近代文学館/公益財団法人神奈川文学振興会編
版 元 : 港の人
定 価 : 2,200円+税

「秋刀魚の歌」「田園の憂鬱」などで知られる文豪・佐藤春夫(1892〜1964)。明治から昭和にかけて、詩歌・小説・随筆など多彩な分野で活躍した。反骨精神に富んだ春夫の文業をたどるとともに、谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら、多くの作家からの書簡を紹介。〈人間・佐藤春夫〉の実像に迫る。
「特別展 佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝えてよ」(県立神奈川近代文学館にて2026年10月3日−11月29日開催)公式図録

装丁 三橋光太郎
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目次
 巻頭言 情あらば伝へてよ 河野龍也
 寄 稿 きれいに謳える 蜂飼耳
     小田原事件から細君譲渡事件へ 千葉俊二
     骨肉相食む師弟関係──佐藤春夫と太宰治 安藤宏
     台湾から佐藤春夫を読む 林水福
     佐藤春夫の美術愛──旧蔵の美術作品から 宮本久宣
 座談会 孫が見た春夫の思い出 高橋百合子 竹田長男 竹田有多子 聞き手・河野龍也
 詩   少年の日 ためいき 秋刀魚の歌 海辺の恋 夕づつを見て 淡月梨花の歌
 第一章 反骨少年、故郷を出る 明治期
 第二章 秋刀魚にそそぐ涙の味 大正期
  「田園の憂鬱」 中国・台湾旅行 「小田原事件」 芥川龍之介-交友とその死
 間 章 愛用品から 絵画作品 装幀作品 谷中安規
 第三章 乱世に生きて 昭和戦前
  千代との結婚 太宰治と春夫 戦時体制のもとで
 第四章 真実は、事実にまさる 昭和戦後
  佐久からの再出発 フィクションで真実を
 コーナー 佐藤春夫と犬 春夫と童話 春夫とミステリ 春夫と怪談 関口町の家 春夫と猫
 略年譜
 主な出品資料
 執筆者一覧
 出品者・協力者一覧

おまけ、というと失礼かも知れませんが、本展はアニメ「文豪ストレイドッグス」との記念コラボと成っているそうで、入口にはその関係のパネルも。
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そんなこんなですが、皆様方もぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 85 『現代詩代表選集 1953 4』

昭和28年(1953)10月20日 創元社 日本文芸家協会編
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収録作家
 足立巻一 尼崎安四 鮎川信夫 安西冬衛 安藤一郎 安東次男 伊賀良一 池崇一
 池田克己 石垣りん 石出和 和泉克雄 一柳喜久子 井上充子 入江亮太郎 上田静栄
 植村諦 内田豊清 内山義郎 及川均 大江満雄 大岡信 大島博光 大瀧清雄 扇谷義男
 岡崎清一郎 岡田刀水士 岡本潤 緒方昇 押切順三 小野十三郎 遠地輝武 金井直
 金子光晴 河邨文一郎 上林猷夫 北川冬彦 北園克衛 木島始 木下夕爾 木原孝一
 許南騏 草野心平 窪田般弥 黒田三郎 小池亮夫 木暮克彦 後藤郁子 小花道也
 近藤東 嵯峨信之 佐川英三 櫻井勝美 笹沢美明 更科源蔵 澤村光博 柴田元男
 首藤三郎 杉山平一 高野喜久雄 高橋新吉 高見順 高村光太郎 竹中郁 田木繁
 谷川雁 谷川俊太郎 田中冬二 田村正也 田村隆一 壺井繁治 壺田花子 土橋治重
 鳥見迅彦 長江道太郎 中桐雅雄 長島三芳 中村千尾 中山きよ 西脇順三郎 野間宏
 長谷川龍生 波多野郁夫 濱田知章 原民喜 日向秋子 平木二六 深尾須磨子 藤島宇内
 藤原定 真壁仁 馬淵美意子 丸山薫 三好達治 三好豊一郎 宮原和夫 向井孝
 村野四郎 山中散生 山之口貘 山村順 山本太郎 吉田一穂 和田徹三


このシリーズ、最初は小山書店から刊行されていましたが、同社がいわゆる「チャタレー夫人裁判」の結果倒産し、版元が創元社に代わっています。光太郎詩は「山のともだち」が採録されています。

神奈川県鎌倉市での光太郎及び光太郎と交流の深かった尾崎喜八、それぞれの親族の方々による展示です。

回想 高村光太郎 尾崎喜八 詩と友情 その13

期 日 : 2026年10月2日(金)~11月24日(火)の火・金・土・日曜日
会 場 : 笛ギャラリー 神奈川県鎌倉市山ノ内215
時 間 : 11:00~16:00
休 業 : 月・水・木曜日
料 金 : 無料

関連行事 詩の朗読会 11月21日(土) 15:00~
 高村光太郎と尾崎喜八の詩を朗読します。詩を朗読して下さる方を募集しています。
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笛さんの店主、山端氏の奥様が光太郎の直ぐ下の妹・しづ(静子)の令孫にあたり、こちらには光太郎の直筆の書、彫刻などが遺されています。それから、すぐご近所に尾崎喜八令孫の石黒敦彦氏がお住まいで、そちらには尾崎関連のさまざまな品々。その中から展示品をセレクトして毎年開催されています。

特に目玉は、大正13年(1924)、尾崎と、光太郎の親友だった水野葉舟の息女・實子の結婚祝いに贈ったミケランジェロ模刻のブロンズ「聖母子像」。石膏原型は失われており、全国にこれ一点のみしか存在しません。下の画像で中央下です。
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追記 画像追加しました。
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すでに展示作業が終わったようで、山端氏のフェイスブック投稿に会場内の画像。
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11月21日(土)には例年行われている朗読会も予定されています。一般の方々によるもので、飛び入り参加も可。過去の様子は下記をご参照下さい。令和6年(2024)はブッキングで拝聴に伺えませんでした。
 
 令和4年(2022)  令和5年(2023)  令和7年(2025)

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 75 『現代日本代表作詩集』

昭和23年(1948)10月30日 海口書店 池田克己編纂代表
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収録作家
 会田綱雄 浅井十三郎 飛鳥敬 鮎川信夫 安西冬衛 安藤一郎 池田克己 石井昌光
 伊東静雄 入江元彦 祝算之介 植村諦 右原尨 梅木三郎 江間章子 及川均 大江満雄
 大木実 岡崎清一郎 緒方昇 岡本潤 尾崎喜八 小野十三郎 金子光晴 川島豊敏
 上林猷夫 菊岡久利 北川冬彦 北園克衛 木原孝一 草野心平 蔵原伸二郎 黒木清次
 小池亮夫 小柳透 近藤東 坂井一郎 笹沢美明 更科源蔵 柴田元男 島崎曙海
 神保光太郎 菅原克已 杉浦伊作 杉山平一 杉山真澄 関根弘 高島高 高橋新吉
 高橋宗近 高見順 高村光太郎 瀧口武士 竹尾大吉 竹中郁 田中克己 田中冬二
 谷村博武 田村昌由 田村隆一 長光太 寺田弘 鳥見迅彦 中川信夫 永瀬清子
 西脇順三郎 野長瀬正夫 原田種夫 菱山修三 日高てる 平木二六 比良勢津子
 平林敏彦 深尾須磨子 福田律郎 藤原定 淵上毛銭 冬木康 堀口大学 真壁仁
 松畑優人 丸山薫 宮崎孝政 三好達治 三好豊一郎 村野四郎 向井孝 百田宗治
 八森虎太郎 山上順三 山中散生 山之口貘 山本信夫 吉田一穂 吉田欣一 吉塚勤治
 劉寒吉 和田徹三 伊藤信吉

編纂者代表の池田克己が主宰し、現在も続く詩誌『日本未来派』が母体のアンソロジーです。光太郎詩は「「ブランデンブルグ」」(タイトル自体に「」がついています)。

都内での演奏会情報です。

鈴木憲夫作品を歌う合唱団 創団10周年記念演奏会

期 日 : 2026年10月4日(日)
会 場 : 豊洲シビックセンターホール 江東区豊洲2-2-18
時 間 : 14:45~
料 金 : 無料(要予約)

「鈴木憲夫作品を歌う合唱団」初の単独演奏会‼️ 過去から歌いついできた曲、未来へ歌いついでいきたい曲、その歴史の真ん中で、〜言葉は祈りとなり、響きとなる〜

プログラム:
 1st. 鈴木憲夫合唱作品選集
  ・五月の森で(やなせたかし 詩)  ・ふるさとの木の葉の駅(坂村真民 詩)
  ・昼の月(坂村真民 詩)      ・念ずれば花ひらく(坂村真民 詩)
  ・さくらんぼ と 麦わらぼうし(金子静江 詩)
 2st. レモン哀歌(高村光太郎 詩)
 3st. 永訣の朝(宮沢賢治 詩)

指揮 伊澤俊雄  ピアノ 和田蕗子  ゲスト 鈴木憲夫
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鈴木憲夫作品を歌う合唱団さん、鈴木氏が主宰されているわけではなさそうですが、近しい立ち位置で、時には直接ご指導を仰がれているようです。

弟2ステージが「レモン哀歌」。組曲の一つというわけではなく、単体の作品です。それでも演奏時間約8分の比較的長い曲です。はじめ女声三部版が作曲され、平成23年(2011)にカワイ楽譜さんから出版されています。続いて独唱版と混声版が翌年に刊行されました。
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抒情性豊かで清澄なメロディーラインを基調に、奇を衒うことなく素直に光太郎智恵子の世界が表現されています。合唱曲となった「レモン哀歌」は少なからず存在しますが、当方の最も好むものの一つです。

鈴木氏による混声版の自作解説から。

 高村光太郎といえば「智恵子抄」と連想されるほど、氏の代表作として愛され、親しまれている作品です。とくに「レモン哀歌」はその中心ともいえる作品です。
 若い頃この作品に触れた時は、ひとりの詩人の遠い昔の、まるで別世界の物語として、セピア色の「光太郎と智恵子」の写真を眺めたものです。
 作曲する上で私の常とするところですが「詩・言葉」に作曲するのではなく、その作家の思いやその世界に描かれた風景を音楽にしたいと考えています。
 詩はとても平易に書かれています。感情的な起伏を抑え淡々として、詩稿をご覧になれば分かるように「段」を空ける事なく、まるで自身の感情を押し殺すかのような手法で書かれています。私もことさらに感情を煽るような作曲はせずに、行間に潜む光太郎の息づかいを思い作曲しました。
 はじめに取り組んでから完成まで1年半もの時間を要しました。2007年、私は妻・美智子を喪(な)くしています。自身の身の上、さらに様々な思いとが重なり作曲は遅々として進まず、その「鈍」とした仕事ぶりに自身で呆れ果ててはおりますが、しかしそれは私にとり必要な時であったのだと今にして思います。
 作曲を終えた今、合唱作品として新しい生命が吹き込まれたこの作品を、私は光太郎、智恵子、そして亡き妻の魂に捧げたいと思います。


第3ステージは宮沢賢治が最愛の妹・トシの死に際して謳った「永訣の朝」に曲を付けた作品。「永訣の朝」といえば、光太郎の「レモン哀歌」に影響を与えているであろうことが夙に指摘されています。その二つをセットにするというのも心憎い構成ですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 74 『近代絶唱詩集』

昭和22年(1947)12月25日 日本読書組合 神保光太郎/中島健蔵編
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収録作家
 北村透谷 国木田独歩 森鷗外 島崎藤村 上田敏 与謝野寛 土井晩翠 河井酔茗
 薄田泣菫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 岩野泡鳴 野口米次郎 与謝野晶子
 永井荷風 石川啄木 北原白秋 木下杢太郎 三木露風 高村光太郎 武者小路実篤
 山村暮鳥 三富朽葉 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎 佐藤春夫 西條八十 日夏耿之介
 堀口大学 千家元麿 百田宗治 大手拓次 宮澤賢治

光太郎詩は「樹下の二人」「龍」「火星が出てゐる」「ぼろぼろな駝鳥」そして「レモン哀歌」。賢治作品には「永訣の朝」は採られていませんが、同じくトシの死を題材とした「松の針」が収録されています。

カバー画は武者小路実篤の手になるものです。

都内から朗読講座の募集情報です。

『座』朗読塾「現代文学クラス」2026年度後期・受講生募集

期 日 : 2026年10月2日/16日 11月6日/20日 12月4日/18日
      2027年1月8日/22日 2月5日/19日 3月5日/19日
      すべて金曜日(月2回)
会 場 : 演劇倶楽部『座』サロン 新宿区新宿5-9-11 アルメリア新宿1F
時 間 : 11時〜15時
料 金 : 20,000円
定 員 : 高校生以上の男女 16名
講 師 : 壤晴彦

 俳優・声優として長年舞台・映像・アニメーションの分野で活躍してきた壤晴彦 が指導する、年間を通した朗読ワークショップです。
 小説、詩、随筆、戯曲など、日本文学のさまざまな作品を教材に、作品を深く読み解き、それを「声」と「ことば」によって聴き手へ届ける朗読表現を学びます。
 朗読は、単に文章を声に出して読むことではありません。言葉の響きやリズム、人物の心情、物語の流れを読み取り、作品の世界を立体的に立ち上げていく表現です。
 本講座では、日本文学の豊かな言葉に触れながら、作品の理解を深め、その魅力を伝える語りの技術を育むために、壤晴彦の俳優としての長年の経験をもとに、懇切な指導を行います。
 朗読に興味のある方、日本文学を声で味わいたい方、俳優・声優としての言葉の技術力を高めたい方まで、幅広くご参加いただけます。

※発声・発音(滑舌)など朗読の基礎トレーニングについては、別途開催する短期ワークショップにて指導しています。

 大正・昭和以降の近現代文学を中心に扱います。比較的現代に近い言葉の作品を通して、文章の理解を深め、語りの表現力を高めていきます。

教材:佐藤春夫『小説・智恵子抄』ほか
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『座』朗読塾主宰で講師の壤晴彦氏、確認できている限り、さいたま市、新宿区(拝聴しました)、秋田市においてご自身で「智恵子抄」系を含む公演をなさいました。また、朗読の指導にも熱意を持たれ、「智恵子抄」を教材としたCDをリリースされている他、昨年も今回同様の講座で「智恵子抄」を扱って下さいました。

今回は、佐藤春夫の『小説智恵子抄』が取り上げられます。同作は光太郎が歿した昭和31年(1956)から翌年にかけ、光太郎と親交の深かった佐藤が雑誌『新女苑』に連載したジュブナイルです。連載当時のタイトルは「愛の頌歌(ほめうた) 小説智恵子抄」。昭和32年(1957)に実業之日本社さんから単行本化され、のち、角川文庫のラインナップに入り、現在も販売中のようです。また、丹波哲郎さん、岩下志麻さん主演の松竹映画「智恵子抄」原作と位置づけられてもいます。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 72 『紺青 純情詩集』

昭和22年(1947)1月1日 雄鶏社 西條八十編
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収録作家
 国木田独歩 島崎藤村 土井晩翠 薄田泣菫 横瀬夜雨 伊良子清白 与謝野晶子
 児玉花外 北原白秋 三木露風 川路柳虹 高村光太郎 生田春月 室生犀星 萩原朔太郎
 佐藤春夫 柳沢健 西條八十 堀口大学 百田宗治 佐藤惣之助 大木惇夫 春山行夫
 三好達治 田中冬二 竹中郁 菱山修三 丸山薫 稲垣恒子 英美子 村野四郎
 ウィルヘルム・アレント/上田敏訳 ヴェルレーヌ/上田敏訳 ドイツ民謡/近藤朔風訳
 リルケ/片山敏彦訳 ストルム/上田敏訳 アリエット・オドラ/堀口大学訳
 イタリア古謡/門馬直衛訳 ポ-ル・フォール/上田敏訳 ティースデール/西條八十訳


雄鶏社で発行していた雑誌『紺青』の新年号附録。12.7㌢×9.0㌢の、文庫本より一回り小さいサイズです。光太郎詩は「画室の夜」が収められています。

昨日ご紹介した『少年少女詩集 草の上』と発行順が前後していました。すみません。

大正期には若き自らの肖像画を光太郎に依頼し、光太郎晩年には生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」建立のため青森県との橋渡し役を務め、光太郎が没してからは草野心平らとともに顕彰活動の先頭に立って「連翹忌」名付け親ともなった佐藤春夫。

その春夫関連の展示等が2件、相次いで行われます。まずは完全に光太郎もからむ、和歌山。

移転リニューアルオープン記念特別展示

期 日 : 2026年10月7日(水)~12月10日(木)
会 場 : 新宮市立佐藤春夫記念館 和歌山県新宮市伊佐田町1-2-50
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 月曜、祝日の翌日
料 金 : 一般 330円 小中学生 160円(10/7~10/12は無料)

佐藤春夫記念館は10月7日(水)の午後1時よりリニューアルオープンいたします。12月10日までオープン記念特別展示として、高村光太郎画「佐藤春夫像」を新宮市初公開します。オープンから6日間を無料開放日としますのでぜひご来館ください。

貴重映像 「現代日本文学巡礼」(郡山市立こおりやま文学の森資料館所蔵)より佐藤春夫のパートを公開(12月27日(日)まで)

東京大学准教授・河野龍也先生の協力を得て、新しい研究成果も交えた詳細な解説パネルを新設(常設)

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同館は文京区関口にあった春夫の邸宅を故郷・新宮市の熊野速玉大社に移築、平成元年(1989年)11月に記念館としてオープンしました。その後、老朽化や寄贈品の収蔵庫も手狭になっていたということで、ゆかりの伊佐田町地区へ移転ということになり、令和6年(2024)から休館中でしたが、このほどリニューアルオープンだそうです。延べ床面積は約300平方メートルと大きくなり、使える部材を活用するなど従来の外観や内観をできるだけ維持して移転だとのこと。

共同通信さん配信記事。

作品舞台の地区に移転、開館へ 和歌山・新宮市の佐藤春夫記念館

005 和歌山県新宮市出身の作家佐藤春夫(1892~1964年)の愛用品などを展示する市立佐藤春夫記念館が老朽化のため移転リニューアルオープンするのに先立ち17日、市は報道陣向けの内覧会を開いた。10月7日に開館する。
 記念館は佐藤が住んでいた東京都文京区の邸宅を新宮市の熊野速玉大社境内に移築し、1989年にオープン。老朽化が進み寄贈品の収蔵庫も手狭になっていたため、市は佐藤の小説「わんぱく時代」の舞台となった市内の地区への移転を決め、2024年から工事を進めていた。
 楠本秀一館長(77)は「門弟3千人とも言われ、多彩な才能を発揮した佐藤春夫の足跡をぜひ見てほしい」と話した。

光太郎油彩画「佐藤春夫像」(大正3年=1914)は、和歌山県立近代美術館さんに寄託されていて、同館でことあるごとに展示して下さっていましたが、他の1万点を超える遺品などとともに、新宮市へ寄贈されました。有名な芥川賞受賞を懇願する太宰治からの書簡なども含まれています。上記案内文にある「新しい研究成果も交えた詳細な解説パネルを新設」は、そのあたりを受けてのことと思われます。
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もう1件、神奈川県から。こちらの方が先に始まります。

特別展「佐藤春夫展 情(こころ)あらば伝へてよ」

期 日 : 2026年10月3日(土)~11月29日(日)
会 場 : 神奈川近代文学館 横浜市中区山手町110
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 月曜日(祝日は開館)
料 金 : 一般800円(600円)、65歳以上・20歳未満及び学生400円(300円)
      高校生100円(100円)、中学生以下は無料 ( )内は20名以上の団体料金

 明治から昭和にかけて、詩歌・小説・随筆など多岐にわたる分野で活躍した文豪・佐藤春夫(1892~1964)。〈門弟三千人〉といわれるほど多くの知友や弟子を持ち、日本の近代文学に与えた影響はきわめて大きなものでした。
 24歳のとき、神奈川県都筑郡中里村(現・横浜市青葉区)に暮らし、その体験をもとに書き上げた小説「田園の憂鬱」で作家としての地位を確立します。また、いわゆる「小田原事件」を背景に生まれた「秋刀魚(さんま)の歌」が日本近代詩を代表する抒情詩として知られるなど、神奈川ともゆかりの深い文学者です。
 本展では反骨精神に富んだ春夫の文業を辿るとともに、谷崎潤一郎、芥川龍之介、太宰治ら、多くの作家からの書簡を紹介、人々の心をとらえた〈人間・佐藤春夫〉の実像に迫ります。
《会期中、「文豪ストレイドッグス」との記念コラボを実施します》
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関連行事
2026年10月11日(日) 佐藤春夫展記念講演会「夢の魔術師―佐藤春夫を読む愉たのしさ」
 講師=河野龍也(東京大学准教授、佐藤春夫展編集委員)
 ゲスト=東哲一郎(歌手、「秋刀魚の会」メンバー)
 講師=安藤宏(東京大学名誉教授)
 講師=辻原登(作家)、辻󠄀本雄一(新宮市立佐藤春夫記念館前館長)

「主な出品物」に光太郎の名は無く、よくあるPDFの出品目録等も公式サイトに出ていませんで、どの程度光太郎に関わるか不明ですが、解説パネルの片隅にでも光太郎の名が記されていて欲しいものです(笑)。
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招待状を頂いてしまいましたし、閲覧室での調べものもありますので、適当な時に行ってこようと思っております。
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新宮と併せ、皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 70 『現代名歌選』養徳叢書(11)

昭和20年(1945)12月20日 養徳社 吉井勇編
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収録作家
 明治天皇 昭憲皇太后 八田知紀 福田行誠 井上文雄 佐々木弘綱 与謝野尚絅
 天田愚庵 大和田健樹 小出粲 高崎正風 海上胤平 黒田清綱 大口鯛二 阪正臣
 山県有朋 森鷗外 福本日南 落合直文 正岡子規 佐佐木信綱 与謝野鉄幹 金子薫園
 尾上柴舟 伊藤左千夫 長塚節 島木赤彦 中村憲吉 古泉千樫 斎藤茂吉 釈迢空
 与謝野晶子 石川啄木 北原白秋 若山牧水 窪田空穂 岡麓 木下利玄 新井洸 川田順
 土岐善麿 前田夕暮 太田水穂 石榑千亦 相馬御風 尾山篤二郎 松村英一 半田良平
 土屋文明 吉植庄亮 久保猪之吉 服部躬治 蕨真 石原純 結城哀草果 土田耕平
 依田秋圃 橋田東声 岡橙里 田波御白 九條武子 大塚楠緒子 三ヶ島葭子 平野万里
 茅野蕭々 茅野雅子 若山喜志子 今井邦子 花田比露思 岡本大無 藤澤古実 高田浪吉
 竹尾忠吉 上松寿樹 橋本特寿 逗子八郎 村野次郎 河野慎吾 臼井大翼 岡野直七郎
 齋藤瀏 小泉苳三 前川佐美雄 明石海人 齋藤史 五島美代子 中原綾子 穂積忠
 木俣修 香取秀真 平福百穂 高村光太郎 小杉放庵 中川一政 石井柏亭 菊池幽芳
 谷崎潤一郎 会津八一 新村出 湯川秀樹 高田保馬 下村海南 吉井勇


確認できている限り、戦後初めて刊行された光太郎作品の載ったアンソロジーです。詩ではなく短歌のそれで、光太郎短歌は明治39年(1906)、欧米留学のため横浜港を出港したアセニアン号の船上で詠んだ「海にして……」が収録されています。

9月22日(火)、信州安曇野の碌山美術館さんで特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」を拝見し、愛車を上田市に向けました。次なる目的、髙山植物園第12回公演
「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」観覧のためです。

そちらの会場は上田市中心街ですが、その前に、郊外塩田地区のご先祖様の墓所を参拝しました。亡父がこちらの出身、実家は伯父が継ぎ、おそらく戦国時代からそこまでの先祖代々が暮らしていた地です。

さて、無事墓参も終わり、市街に出て公演会場の犀の角さんに着きました。
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大通りに面したアーケード街の一角ですが、車の通行も少なく、騒音等は無縁でした。入口はそれでも二重になっていたようですが。

開演前のステージ。脚立は開演後、そのまま大道具としても使われました。
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ステージ前にひな壇状に並べられた客席は、100までは行かなかったようですが、60~70はあったでしょうか。さらに最前列は床の上で桟敷席。ほぼ満席でした。固定ファンの方々や演劇のお仲間がけっこういらっしゃったようですし、興味をひかれての一見さんもいらしたようです。父祖の地だからの身贔屓ではありませんが、信州人の文化程度というのは高いものがありまして。

開演までの間に、いただいたパンフレットを拝読。
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「ふむふむ」でした。智恵子と同じ福島ご出身・ご在住で脚本と演出の髙山さなえさん、所属されている劇団内での「女性」役に疑問を感じ続けていたという智恵子役の下地尚子さん、二人の女性による渾身の智恵子、どうなるかといやが上にも期待感。

19:00に開演、およそ60分の上演でした。

いきなり歌から始まったのには驚かされましたが、もうそれで「つかみはOK」的な。その後、下地さん演ずる智恵子のモノローグの形で進みます。途中でそれが明らかになるのですが、智恵子は既に此の世の住人ではない、彼岸の人という設定。明治末の日本女子大学校進学あたりからの生涯、その時々の思いが語られていきます。油絵への傾倒、光太郎との出会い、その光太郎と肩を並べようと必死の努力を重ねたこと……。

信州での上演ですので、大正2年(1913)、光太郎と二人で上高地に一夏を過ごし、婚約を果たした件がかなりクローズアップされました。故郷・二本松の風物と共に、上高地の思い出も生涯鮮やかに残り続けた、みたいな。「智恵子抄」所収の「樹下の二人」(大正12年=1923)の有名なリフレイン「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」と一対で「あれが穂高岳/あの光るのが梓川」というフレーズが繰り返し使われました。後半になると、そこに帰りたい、あの頃に戻りたい、的な心の叫びとしても。

やがて、心を病み、そして迎える終焉。そこに到るまでの過程の描き方は、一部でよく言われる家事労働などに時間を取られて……というものではありませんでした。そうではなく、光太郎に追い付き肩を並べようとし続けて、しかしそれが果たせず……という感じでした。光太郎の巨大な才能に対する嫉妬も、という場面もありましたし。

レモンが小道具として効果的に使われていました。梶井基次郎の「檸檬」を下敷きにする部分もあって、「レモン」=「爆弾」という描写も。終盤には下地さんの智恵子、レモンを「がりり」と嚙みました。「酸っぱ!」とおっしゃりつつ。「いや、そこまでやるか?」でした。

その前にはゼームス坂病院での紙絵制作で、油絵では果たせなかった納得の行く芸術作品の創造に成功したことなども語られ、救いとして描かれました。

この頃になると、既に語っている智恵子はもはや魂であることが明らかにされ、あの世では光太郎と仲睦まじくやっているとも語られます。曰く「対等とか、自立とか、芸術とか、才能とか、関係ない私たちがいます」さらにラストには「嬉しかったことも、悲しかったことも、愛されたことも、愛せなかったことも、間違えたことも、戻れなかったことも、全部、私の人生だ。私、この人生で良かったよ……そう思えるよ……ね、光太郎さん」。

光太郎を極度にディスるでもなく、智恵子を単なる可哀想な被害者と描くのでもなく、その点は非常に良かったと思いました。といって、ただのお涙頂戴でもありませんでしたし。それから、光太郎の戦争加担についてもきちんと取り上げられたのにも感心しました。全体的に良いもの(こと)は良い、悪いもの(こと)は悪い、しかしそれでもどうしようもない場合もある、的なスタンスが感じられ、バランス感覚が非常に良く取れていたなと感じました。

終演後の舞台挨拶。左が下地さん、右が髙山さんです。
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髙山さんは、この時以外にも舞台に乱入して下地さんとデュエットするシーンもあって、驚かされました(笑)。そういった部分などで、コミカルな演出もちりばめられ、観た方々が暗い気持ちで帰る……みたいなことにならなかったのも良かったと思います。

帰りがけ、お二人とお話しさせていただき、碌山美術館さんでの特別展、来月、福島二本松で開催される当方も関わっているイベントやコンサートのフライヤーをお渡ししたりしました。その際、お話しし忘れましたが、再演を希望します。それも都内とか、智恵子ゆかりの福島とかで出来るとなおよいと思うのですが……。いずれにせよ、関係の皆様のますますのご活躍を祈念いたします。

午後8時過ぎ、千葉の自宅兼事務所に向けて出発。昨日も往路での難儀をぼやきましたが、復路もなかなか大変でした。やはり事故渋滞(関越道で)に巻き込まれましたし、それ以外にも交通集中による自然渋滞が、上信越道で軽井沢を過ぎたあたりから関越道に入っても。シルバーウィークを舐めていました(笑)。カーナビの女性は最初「目的地までおよそ280㌔㍍です。4時間10分ぐらいかかります」と言っていたのに、5時間半かかりました。往復で14時間運転(笑)。余談ですが。

【高村光太郎書誌】

詩華集 68 『歴程詩集 2604』

昭和19年(1944)10月18日 青磁社 土方定一編
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収録作家
 高村光太郎 尾崎喜八 逸見猶吉 草野心平 藤原定 馬淵美意子 伊藤信吉 大江満雄
 尾形亀之助 山本和夫 平田内蔵吉 土方定一 赤木健介 菱山修三 小野十三郎
 岡崎清一郎 高橋新吉 山之口貘 金子光晴

光太郎詩は「講演会で読んだ詩」「われらの死生」「突端に立つ」「戦歿報道戦士にささぐ」「三十年」「朋あり遠方に之く」。

当会の祖・草野心平が主宰した詩誌『歴程』同人によるアンソロジーですが、心平はこの時期、南京政府の宣伝部顧問として大陸にいましたので、編集や刊行に向けての雑事は、同人で美術評論家でもあった土方定一が行いました。

「2604」は昭和19年(1944)が皇紀2604年であったためです。

昨日は信州に行っておりました。「昨日は」というより千葉の自宅兼事務所に帰り着いたのは今日の未明でしたが(笑)。

まずは往路、最初の目的地、信州安曇野の碌山美術館さんに向けて出発。「渋滞に巻き込まれないように早く出よう」と思ったのが裏目に出ました。高速道路としては東関東自動車道、首都高、中央道、長野道と乗り継いでいくのですが、朝、5時半に出発し、東関東自動車道に乗ったところ、すぐに「上り線成田JCT~千葉北IC、豪雨災害のため通行止め」の表示。雨は未明のうちに上がっていましたが、点検等のためだったようです。仕方なく成田で下りて、ほぼ並行する国道51号で西に向かいました。国道では既に水はほぼ引いていましたが、途中には大雨による冠水で動けなくなって乗り捨てられたと見られる車輌が10台近く。佐倉市では国道脇の低くなっている場所でまだ数十センチの冠水が認められました。

途中でカーナビが通行止め解除の報を察知し(どうも当方が成田で下りた直後くらいに解除されたようです)、佐倉から再び東関東自動車道に復帰したのですが、成田~佐倉間の国道51号が激混みで、それだけで1時間半ぐらいかかってしまいました。ようやく首都高に入ったのが7:30くらい。通常なら八王子あたりまで行けている時間です。さらに湾岸線をぬけ、大井トンネルから新宿で4号線に入ると、もう渋滞。調布で事故があったそうで。そこからが地獄でした。事故現場を過ぎても渋滞は全然解消せず、東京都を脱け、神奈川県を通過し、山梨県に入るまでに6時間以上かかってしまいました。もう少し遅く出て、成田で通行止めに遭わず、すんなり通れていればもっと全然早く行けたのではないかと思いました。こういうこともあるのですね。

そんなこんなで碌山美術館さんに到着。カーナビの女性が「目的地に到着しました。案内を終了します。ここまでの所要時間は8時間36分でした。運転お疲れさまでした」(笑)。10年以上前にも事故渋滞でそのくらいかかったことがありましたが、さすがに疲れました。

閑話休題(閑話が長くなってすみませんでした(笑))。
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光太郎の名も壁に刻まれた、本館的な碌山館。光太郎の親友、碌山荻原守衛の作品群です。

特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」は、他の2棟。まず第一展示棟。
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こちらでは通常時も光太郎ブロンズが入れ替えられながら5、6点は展示されていますが、今回は館蔵の10点全てが出ています。その代わり、戸張孤雁や中原悌二郎らの彫刻が舞台裏に引っこんでいます。「申し訳ない」という感じです(笑)。
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杜江館。こちらでは髙村家からお借りした品々。
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周りの壁面はほぼぐるっと智恵子紙絵、20数点。さまざまな書籍類の表紙や口絵などに使われている、いわば「有名な」作もあれば、中には初公開というのもあるそうで、確か見た記憶がないものもありました。
 
それから光太郎木彫「蝉」。今回のフライヤーにも使われています。
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智恵子が縫って光太郎が短歌を認(したた)めた絹の帛紗も併せて展示されています。

同じく木彫「沙魚(はぜ)」。ただしこちらは当会顧問であらせられた故・北川太一先生は光太郎真作とはお認めにならなかったものですが……。そしてその習作と思われるものも。これは存じませんでした。

さらに伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀作の特殊な共柄の彫刻刀。令和3年(2021)に東京藝術大学正木記念館さんで開催された「髙村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展で初公開されたものです。

それ以外に詩稿。「智恵子抄」から「あどけない話」(昭和3年=1928)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)の2作。複製ではなく実物です。

眼福でした。皆様もぜひ足をお運び下さい。

観覧の前後、学芸員の武井氏、濱田氏といろいろお話しさせていただき、当方の関わっているイベント、コンサートのチラシをグズベリーハウスに置かせていただきました。その後、門を出て、向かいのそば屋さんの前の自販機で缶コーヒーを買って飲んでいると、駐車場から平沢館長。この日はお彼岸なので飯田の方にお墓参りに行かれるためお休み、と伺っていましたが、当方がお邪魔するというので戻られたそうで、恐縮してしまいました。

11月2日(月)(平日ですが、平沢館長曰く「平日の方が地元のお年寄りが来やすい」とのことで)には、特別展関連行事として渡辺えりさんがバンドネオン奏者の鈴木崇朗氏を引き連れ、朗読イベント。その際にまたお邪魔します。今度は大渋滞に巻き込まれないように……とはいっても不可抗力の部分もあるのですが……。

この後、上田市に向かいまして、演劇公演「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」拝見して参りました。明日はそちらの様子を。

【高村光太郎書誌】

詩華集 66 『軍神につづけ 和歌三十首 俳句五十七句 詩十九篇』

昭和18年(1943)2月10日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編

収録作家
 太田水穂 川田順 窪田空穂 斎藤茂吉 齋藤瀏 佐佐木信綱 逗子八郎 土屋文明
 半田良平 松村英一 吉植庄亮 青木月斗 伊東月草 伊東松宇 飯田蛇笏 臼田亜浪
 荻原井泉水 小野蕪子 大谷句仏 佐藤肋骨 高浜虚子 富安風生 中塚一碧楼
 長谷川かな女 松根東洋城 水原秋桜子 室積徂春 山口誓子 山口青邨 渡邊水巴
 安西冬衛 伊東静雄 井上康文 尾崎喜八 大木惇夫 小野十三郎 川路柳虹 蔵原伸二郎
 西條八十 笹沢美明 佐藤一英 高村光太郎 竹中郁  野口米次郎 前田鉄之助 丸山薫
 三好達治 室生犀星 与田準一

 
この項、刊行順にご紹介していますが、脱漏していました。番号は後で訂正します。しかも、現物が絶対あるはずなのに見当たりませんので画像が載せられません。すみません。書架のどこか変なところに紛れ込んでしまっているようです。

光太郎詩は「みなもとに帰するもの」が収められています。

信州から演劇講演の情報です。取り上げるべき事項が山積しており、間際に近くなってのご紹介で申し訳ありませんが……。

髙山植物園第12回公演
『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜

期 日 : 2026年9月22日(火・休)/23日(水・祝)
会 場 : 犀の角 長野県上田市中央2-11-20
時 間 : 9/22 19:00~ 9/23 14:00~ 上演時間約60分
料 金 : 一般前売り 3,000円 18歳以下 前売り2,000円 当日は各500円増

作・演出:髙山さなえ(髙山植物園) 出演:下地尚子(シアターランポン)

『智恵子抄』は中学生の時に初めて読みました。それから、高校、大学と社会に出てからも続けて読んできた本の一冊です。そして、智恵子の亡くなった年齢に段々近づくにつれ、智恵子の精神が何故崩れたのか、疑問を持つ様になりました。そこに梶井基次郎の「檸檬」がまさに爆弾として加わります。と、私なりの解釈を台詞で綴ってみようと思います。これは、私の、いや、私と下地さんの大きな『冒険』でもあるのです。壮大な『冒険』に挑んでみたい、そんな気分です。(髙山さなえ)

髙山さなえさんに『一緒に何かやりませんか?』とお声がけし、高村智恵子さんをモデルに一人芝居をつくることになりました。私にとって、初めての一人芝居です。高村光太郎の妻として知られる智恵子さんですが、芸術家として奮闘していた彼女の生き方を想像するに、この作品を作る私たち二人の女性にとって、わかる部分、そしてわかりたくない部分があると感じています。高村智恵子さん、髙山さなえさん、そして私、三人の女性アーティストが一つの世界で相対するときに、時代や次元を超えて通ずるものがあると信じます。一人の女性の生涯を見届けていただければ、その時間が少しだけ誰かを救ってくれるような気がしています。……と、しんみりしてしまいそうな言葉を選んでしまいましたが、智恵子さんへのリスペクトを抱きつつ、髙山さんと自由に、弾けるように、笑いながら作品をつくっていきます!(下地尚子)
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女性の方の一人芝居ということでおそらく智恵子が主人公なのでしょう。大竹しのぶさんが初演、野田秀樹氏脚本の「売り言葉」をはじめ、玄海椿さん、茶山千恵子さんなどいろいろな方がこのスタイルで取り組まれています。

皆さん、それぞれの解釈で「智恵子抄」の世界を表現。今年6月に同じ会場で劇団百景社さんが公演を打った「売り言葉」は光太郎ディスり度が非常に高く、表面的にしか見られない人々は「これで光太郎が嫌いになった」というものです。裏側までしっかり味わえば単に「夫の創作に献身し、潰された智恵子」というだけではないのですが……。

今回の公演は「梶井基次郎の「檸檬」がまさに爆弾として加わります」だそうで、どう料理されるのか、非常に気になります。非常に気になるので、9月22日(火)のソワレ公演を予約いたしました。ついでにというと何ですが、同じ信州の碌山美術館さんでの「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」も開幕しますので、そちらも併せて拝見してきます。さらについでですが、お彼岸ですので上田でご先祖様の墓参りも(罰当たり(笑))。

皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 60 『大東亜写真戦記』

昭和18年(1943)8月20日 誠新堂新光社 大本営陸軍報道部監修
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目次
 詔書
 序文 大本営陸軍報道部長 陸軍少将 谷荻那華雄
 戦争絵画 宮本三郎 山口蓬春 向井潤吉 中村研一 藤田嗣治 鶴田吾郎  小磯良平 猪熊弦一郎
      田村孝之介
 報道写真 撮影・陸軍報道班員
 作戦要図
 大東亜戦争日記抄
 協力する盟邦諸国
 撃ちてし止まむ 森崎善一
 聖戦詩歌 高村光太郎 白鳥省吾 室生犀星 堀口大学


基本、写真集でして、いわゆる詩華集とは様相が異なりますが、このカテゴリに入れるしかないかな、というものです。

光太郎詩「新しき日に」「シンガポール陥落」「十二月八日」「必死の時」がとびとびに掲載されています。

さらに、昨年、竹橋の東京国立近代美術館(MOMAT)さんで開催され、光太郎もからんだ「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」で展示された、光太郎と東京美術学校西洋画科で同級生だった藤田嗣治の「シンガポール最後の日」などの戦争絵画も。ちなみにカバー画も藤田です。

9月13日(日)、恵比寿の東京都写真美術館さんで「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」を拝観後、六本木の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんに移動しました。こちらでは「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」が開催中で、さらにこの日は関連行事としてのトークイベント「『方丈記』巡礼」が行われました。レポートいたします。
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 21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさん、いくつか展示スペースがあり、目的の会場は向かって右のギャラリー1および2でした。
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展示は地下、受付が1階。受付の前はミュージアムショップとなっており、オリジナルグッズの他、今回の展示に関わるコーナーも。すると、新潮文庫版の『高村光太郎詩集』と『智恵子抄』も並べられていました。ありがたし。
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『智恵子抄』は皆川明氏装幀の新装版でした。

地下に降りて展示を拝見。

コンセプトは、鴨長明の『方丈記』を中心に据え、「建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの方丈の庵を構想します」だそうで。

まずギャラリー1。入口にはフライヤーにも使われ、展示全体のイメージアートとして使われている田部井美奈氏の絵画作品。田部井氏は後ほど拝聴したトークにもご出演。
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鴨長明が暮らした京都郊外の「方丈」の再現。
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トークの中で語られましたが、調度品等にもこだわったそうで。緑色の長方形の部分は寝床。干したワラビを敷きつめてあるとのこと。

周囲の壁には、『方丈記』受容史的なパネル展示。
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平成25年(2013)に乃木坂のTOTOギャラリー・間(ま)さんで開催された「中村好文展 小屋においでよ!」展についても触れられていました。

さらに鴨長明同様、「方丈」を構えた人々(良寛、松尾芭蕉、ソロー、猪谷六合雄ら)の紹介などもあって、光太郎も。戦後に7年間の隠遁蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)を中心に据えています。
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鴨長明の名は『高村光太郎全集』に見当たりません。しかし『方丈記』については記述がありました。松尾芭蕉の「古池や」の句を引用した後、

 此の俳句を読んでこの閑寂の美を味ひ得るためには、われわれはこの俳句の背後に千百年の歳月の連綿たるものがある事にも気づかねばならぬ。この俳句が美である為には、そのうしろに宗因があり、西行があり、新古今集があり、更に方丈記があり、平家物語があり、紫式部があり、往生要集があり、水にすむかはづの古今集があり、又杜甫があり、白楽天がある事を要する。さいういふ因子が無ければ此の俳句はただの自然記録であるに過ぎない。

昭和15年(1940)に書かれた「芸術上の良知」という評論の一節です。

光太郎が山小屋暮らしに踏み切った理由の一つに、実際に身近な人々の同様の例があったことも挙げられます。千葉三里塚の光太郎が設計した小屋に住んだ水野葉舟、甲州四尾連湖畔に小屋を建てて暮らした野沢一、蝦夷地で開拓に取り組んだ更科源蔵、「新しき村」の武者小路実篤、常陸牛久沼の小川芋銭、羅須地人協会の宮沢賢治ら。そして鴨長明のことも頭の片隅にはあったのではないでしょうか。

隣接するギャラリー2では、鴨長明の方丈オマージュ作品群。

江戸の町と現代の東京を織り交ぜた絵画で有名な山口晃氏。建築も手がけるとは……。
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神社建築風ですが、海外の方。
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プロレタリア文学者・川崎長太郎オマージュ。
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なんと、モバイルの「方丈」。
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中庭まで使った作品も。やはり後ほどのトークにご出演された正田智樹氏と、竹中工務店さん。
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幼い頃の「秘密基地」が彷彿とさせられ、ワクワクしてしまいました。しかし、令和の子供たちはそういう経験はしていないのでしょうね(笑)。

そうこうしているうちに、トークショーの開始時刻となりました。
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中央が展覧会ディレクターの塚本由晴氏、向かって左に田部井氏、右で正田氏。

ギャラリートーク的に、出品作等の解説、さらに本展のためにロケハンのように「巡礼」なさった場所の紹介。
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京都・糺(ただす)の森に復元された鴨長明の方丈(左)、同じく京都で平家滅亡後に建礼門院徳子が暮らした庵の跡地(右)。

花巻高村山荘も。
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最後の画像は、同じ花巻市内の宮澤賢治記念館さんで、20年ほど前でしたでしょうか、光太郎展的なものを開催した際の説明パネルの一部。廃棄するのももったいないので山荘套屋内部に掲げてあります。光太郎の装幀作品の一例ということでロマン・ロランの『愛と死の戯れ』(片山敏彦訳 大正13年=1924)、『ヘンデル』(高田博厚訳 昭和2年=1927)。無料でいただける文庫サイズの簡易図録が発行されていますが、田部井氏によればその裏表紙はここからのインスパイアだそうでした。
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そちらでの花巻パート。
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高村山荘以外に、賢治命名のイギリス海岸、光太郎と親しくなった僧侶にしてチベット仏教学者の多田等観が暮らした円万寺観音堂、賢治設計の花壇が残る茶寮かだんさんも。

公式サイトには京都、花巻のフォトレポートもアップされています。会場内でこれらをスライドショー的にモニターで上映するのもありかな、と思ったのですが……。

というわけで、なかなかに充実の展示でした。会期は比較的長く、来年1月11日(月・祝)までです。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 59 『岳』

昭和18年(1943)8月15日 山と渓谷社 川崎隆章編
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収録作家
 中村清太郎 安西徹 千家元麿 新村出 今西錦司 藤木九三 田辺和雄 佐藤昌彦
 木村幸一郎 小島三郎 岡田冝一 向井潤吉 金田一京助 館脇操 柳壮一 犬飼哲夫
 嶺一三 清棲幸保 三木露風 伊藤秀五郎 小寺融吉 大町文衛 龍居松之助 阿部庸三
 藤島亥治郎 結城哀草果 相馬御風 山口弥一郎 西川義方 中川善之助 藤澤古実
 会津八一 土屋文明 高村光太郎 半田良平  関口泰 依田秋圃 田中八百八 今村学郎
 田中薫 川崎隆章 本田正次 竹中要 前田夕暮 直良直夫 香取秀真 斎藤茂吉
 尾上柴舟 小島烏水 阿部正直 広瀬潔 藤原咲平 田辺泰 日夏耿之介 太田水穂
 田中冬二 野尻抱影 高田浪吉 釈迢空 茨木猪之吉 加納一郎 佐藤井岐雄 荻原井泉水
 今村巳之助 吉沢庄作 田口龍雄 川田順 中島正文 中西悟堂 八木貞助 富安風生
 中村星湖 吉村信吉 岡麓 鳥山悌成 佐佐木信綱 北田正三 伊東祐一 渡邊万次郎
 竹内亮 橋本伝左衛門 朝倉文夫 大谷東平 石川欽一郎 徳田御稔 逗子八郎
 西沢勇志智 下山重丸 南薫造 浅井治平 荒木俊馬 川崎隆章

戦時中にもかかわらず、ほぼほぼ戦争とは関係ない作品が集められています。口絵は岡田三郎助と牧野富太郎でした。光太郎作品は「浴泉歌」という題で、さまざまな時期の山岳に関わる短歌12首が収められています。

9月13日(日)に上京しまして、2件の展覧会をハシゴ。昨日はそのうち東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展をレポートいたしました。今日はもう1件の21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんでの「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」をレポートしようかと思っておりましたが、「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展について書かれた『週刊金曜日』さんが届きまして、そちらからご紹介します。同展が9月21日(月・祝)までの開催なので、まごまごしていると終わってしまいますから。

9月4日号(1583号)と、9月11日号(1584号)の2号で「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展に触れられています。
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まず9月4日号(1583号)。「出光真子 
「私」のフェミニンが社会を動かす■映像作家が映した「おんな」の葛藤」と題し、6ページ。

初めに「半世紀前の映像が暴く2020年代の「見えない檻」 映像作家に聴く 見えない抑圧を予見した「眼」」ということで、出光氏へのインタビュー。

リード文。

自伝的な映像表現を通じ、密室化された家庭や性役割の抑圧を鋭く撃ち続けてきた出光真子氏。半世紀余りの作品を一堂に集めた回顧展には世代を超えた人々が詰めかけている。女性首相の誕生をめぐり社会が分断を深める中、保守回帰や目に見えぬ規範が人々を縛る2020年代の日本社会。86歳を迎えた先駆者は、自らの足跡と「現在」をいかに見つめているのか。

途中途中に附された小見出しが「「時代遅れ」の女性首相」「家父長制の抑圧」「映像は闘うための武器」「現代のデジタル監視社会」「《直前の過去》の恐怖」「世間に遠慮するな」。

「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展出品作にして「彫刻家で詩人の高村光太郎と画家の高村智恵子の関係を参照し構想され、さらに、パリで画家を志すも苦悩の末に急逝した長姉に捧げられている」という映像作品「清子の場合」については……

――《英雄ちゃん、ママよ》(83年)や《清子の場合》(89年)では、家庭という密室における母子の過密な依存関係や、表現への野心を持つ女性が家庭的役割によって潰(つぶ)されてゆく悲劇を描かれました。

 日本の女性は家の中では実質的な主権を握っていて強い側面もあります。台所も財布も任されている。だけど男性の側はそれを知らずに「俺がこの家の主だ」と思い込んでいる。一方、女性の側も「完璧な母・主婦でいなければならない」おいう見えない規範を内面化させられているんです。《清子の場合》は、家庭と芸術の板挟みで倒れた長姉と、私自身の体験を重ねて書いたシナリオですが、主婦という枠組みに押しこめられた女性の能力は、時に自分や子供を脅かす凶器になり得るのです。

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もう一つ、同様のテーマで制作された《加恵、女の子でしょ!》(平成8年=1996)については細かな言及がありませんでしたが、画像が大きく載っていました。
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会場でこのカットを拝見した際、当方はジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」を連想しました。
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同じイメージを抱かれた方も少なくないのでは、と思うのですがどうでしょうか。

さらに同志社大学さんの菅野優香教授による展覧会評「「主婦」の密室から自己監視の時代へ  
「奇妙な新しさ」の正体──出光真子の映像知」1ページも掲載されています。

それから9月11日号(1584号)。こちらでは「編集後記」。

 10年前の初秋、彫刻家・詩人の高村光太郎の妻、智恵子ゆかりの地を訪ねた。故郷・福島の安達太良山で彼女が焦がれた〈ほんとの空〉を仰ぎ、別の年には青森・秋田県境の十和田湖畔で、光太郎が刻んだ乙女像2体と向き合った。
 光太郎の詩集『智恵子抄』は、心を病んで命を落とす智恵子への鎮魂とされる。岩下志麻さんが彼女を演じた映画(1967年)は今も胸を刺す。画家の夢を捨て、夫の創作に献身した果ての心の破綻。「芸術」という美名の下に隠れた性差別が追い詰めたのだろう。
 「智恵子が自身の夢を追っていたら、あんなふうにはならなかった」。先日話を伺った映像作家・出光真子さんの見解だ(本誌9月4日号)。自身もかつて批評の名を借りた差別的言辞に苦しめられたという。米国人画家と別れ、再婚した修平さんの佇まいが清々しい。「僕はそっちのほうはわからないから」と、真子さんの創作に干渉しない。旺盛に自己表現を続けた真子さんの自由な翼は、この「良い意味で無関心な」伴侶に支えられていたと感じる。
 「献身」の果てに犠牲者を出すのはもう終わりにしよう。もし智恵子が自身の夢を追えていたなら、光太郎の詩も違った形になっていたはずだ。

気になるのは「夫の創作に献身した」という一言。たしかに智恵子は光太郎の巨大な才能に圧倒され、刀折れ矢尽きて毀れていった部分はありますが、決して「夫の創作に献身した」わけでもありません。1年に3、4ヶ月は光太郎をほっぽらかして福島の実家に帰っていた事実があるわけで。ただ、この二人の関係性には余人にははかりがたいものがあったことはもちろんで、もしかすると智恵子の意識としては「夫の創作に献身した」だったのかもしれませんが。

以上、『週刊金曜日』さん。

それ以外に、昨日も書きましたが、会場で無料配付のリーフレットにも出光氏へのインタビューが掲載されています。ただし、こちらでは《清子の場合》《加恵、女の子でしょ!》や光太郎智恵子に特化した部分はありませんでしたが。

繰り返しますが、東京都写真美術館さんでの「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」展、9月21日(月・祝)までの開催です。ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 58 『青年朗唱詩集 御楯われら』

昭和18年(1943)8月15日 旺文社 詩人同志会編
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収録作家
 野口米次郎 河井酔茗 高村光太郎 川路柳虹 正富汪洋 佐藤春夫 服部嘉香 西條八十
 白鳥省吾 奥栄一 前田鉄之助 大木惇夫 井上康文 佐藤一英 瀧口武士 齋藤光次郎
 勝承夫 月原橙一郎 与田準一 高木恭造 乾直恵 巽聖歌 江口隼人 杉本駿彦
 都築益世 木下夕爾 坂野草史 加藤健 鈴樹昌 竹内てるよ 佐川英三 仲村久慈
 笠豊秋 大野良子 南江治郎


光太郎作品は詩「夜を寝ねざりし暁に書く」と、前年に歿した北原白秋の追悼文「童心と叡智の詩人-北原白秋の業績-」。

扉には武人と思われる埴輪の絵。「武人埴輪」=「大王を警護する武人を象(かたど)ったもの」。そこで、「皇軍兵士」へと類推が働き、さまざまな美術作品や工芸品、書籍類の表紙その他に埴輪が「国威発揚」「戦意高揚」といった使命を担わされ、多用されました。一昨年にはそのあたりに的を絞った企画展「ハニワと土偶の近代」が竹橋の東京国立近代美術館(MOMAT)さんで開催され、光太郎にも触れられました。

タイトルの「御楯われら」は、既に敗色濃厚だったこの時期、われら皇国臣民一人一人が鬼畜米英の侵攻から「現人神」をお守りする「楯」たらん、ということでしょう。ついでに言うなら版元の旺文社さんは、元々「欧文社」だったものが、昭和15年(1940)に「欧」の字が敵性語と見なされ、社名を変更させられています。同盟国のドイツやイタリアも欧州なのに、むちゃくちゃですね。

発行日が8月15日です。2年後の同じ日に終戦の玉音放送があるなど、この時点では誰一人予想していなかったでしょう。

昨日は2週連続で上京し、展覧会を2つハシゴして参りました。

まず恵比寿の東京都写真美術館さんで開催されている「出光真子  おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」。映像作品を中心としたもので、6月には始まっていたのですが、先週になって相次いでレビュー等がネットに出て、「え、こんなんやってたんかい?」と、慌てて拝見に伺った次第です。

レビューのうち、『美術手帖』さん掲載のもの。

地域レビュー(東京):齋木優城評「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」(東京都写真美術館)/「山沢栄子 What I Am Doing」(LAG)

自らの人生を取り戻すための表現
 2026年7月17日、参院本会議において皇室典範改正案が可決され、成立した。同典範本則の実質的な改正は、1949年の施行以来初の事例である。改正後、皇族が旧宮家の15歳以上の男性を養子に迎えること、また女性皇族が皇族以外の者と婚姻した場合にも皇族としての身分を維持することが認められるようになる。いっぽうで、女性天皇の即位を認めないという原則は変更されていない。報道によれば、高市早苗首相らは皇位継承を男性に限定することが皇室の正統性を維持するため必要であるとの立場を示している(森、ユー、2026)。
 ここで問われているのは、皇位継承のあり方という限定された問題だけだろうか。実際に浮かび上がってくるのは、血統や性別によって人間の役割をあらかじめ区分し、その区分を制度によって維持する論理そのものかもしれない。今夏、このことを考えるうえで興味深い2つの展覧会があった。本稿では、東京都写真美術館「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」および東京・神宮前のギャラリー、LAG(LIVE ART GALLERY)での「山沢栄子 What I Am Doing」を取り上げる。

「出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝」(東京都写真美術館)
 1940年、出光興産創業者・出光佐三の四女に生まれる。お茶の水女子大学附属小・中・高から早稲田大学第一文学部に進む。卒業後ニューヨークへ留学。抽象画家サム・フランシスと結婚。二児の母。妻であり母であることを超える創造表現への想いやみがたく、映像作家の道を歩む(会場テキストより)。
 出光真子「おんなのさくひん」展に添えられた華やかな作家略歴を見て、筆者の頭には低俗な羨望の気持ちが首をもたげる。嗚呼。まるで雲の上の人。しかし、展示作品を半分も鑑賞しきらないうちに、もっと別の感情が渦巻き始める。嗚呼。この人は、資本主義と結託した家父長制の過酷さに、誰よりも近い距離で向き合ってきたのだ。
 同展には1970年代から2000年代まで、出光の作品が28点揃っている。それらのなかでも、活動初期にアメリカで撮影されたいくつかの作品においては、物語的な筋書きよりも身体に直接訴えかけるイメージが前景化されている。例えば《Woman’s house》(1972)はカリフォルニア芸術大学において企画された「ウーマンハウス」(*1)という教育プログラムの様子を記録したドキュメンタリー的な映像である。この作品は、当時としては珍しい16ミリカメラで撮影されているが、これは出光が当時「女性はメカに弱い」というステレオタイプに対抗すべく、カメラの扱いを自主的に学んだことが背景にある(*2)。
 また、展覧会タイトルにもなっている《おんなのさくひん》(1973)は出光にとって初のビデオ作品であり、当時は高価で珍しかったという白黒のオープンリール式機材で撮影された。白っぽい画面に靄がかった被写体が浮かび上がり、一見しただけではこれがなんなのか判然としない。じつは、写されているのはトイレに浮かぶ使用済みのタンポンである(*3)。映像に重ねられて聞こえてくるのは、鑑賞者の頭上からは女児を出産した女性に対して訥々と言い聞かせるようなボイスオーバーだ。「男は尊く強く、女は卑しく弱いことが天理なのです」……女児が男児に比べていかに下位の存在であるかを示唆するナレーションが頭上から降り注ぐインスタレーションの構造は、日本社会にはびこる家父長制的な抑圧システムそのものを身体的に追体験させているようでもある。 
 いっぽう、1980年代以降の出光は、筋書きやせりふを用意した明確な物語性をもつ作品も制作するようになる。とくに印象的だったのが、《清子の場合》(1989)と《加恵、女の子でしょ!》(1996)である。両作品は、出光自身やその家族の経験、さらには高村光太郎と高村智恵子といった美術史上の人物を参照しながら制作された。《清子の場合》では、世間体を気にする両親に急かされて結婚した画家志望の「清子」が主人公となる。結婚後、清子は主婦として家庭内の役割に追われることで制作時間を失いはじめる。画業を続けようとすれば「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」。画面いっぱいに映し出される義母や父の唇から否定的な言葉が次々と吐き出され、清子を追い詰めていく。やがて清子はTVを踏み台にして縊死する。
 家事や育児は家庭に不可欠な労働でありながら、賃金を生まないという理由でしばしば「仕事」として可視化されない。インスタントな収入を生まない創作活動は、「遊び」として片づけられる。夫が寝食を忘れ仕事に打ち込めば「情熱」だが、妻が画業のなかで夫の食事の用意が間に合わなくなることは「怠惰」だ。「画家として20代で成功するなんて稀だ」と清子が主張しても、「27歳で芽が出ていないのだから諦めろ」という言葉が降りかかる。女性が職業人として成功しようとすれば、男性以上の成果を要求されるのだ。つまり清子は、家庭内労働を担うことを期待されながら、家庭外では創作者として男性以上のスピードで経済価値を生み出すことを要求されるという二重の拘束のなかに置かれている。出光がこの作品を撮影したのは1989年だが、2010年代に入ってもなお大学入試において女子の得点が不当に減点された事例も記憶に新しく(*4)、日本の社会にはいまも構造的男女差別が根強く残っている。《清子の場合》が描き出す、女性であることを理由として選択肢が先回りして制約される構造は、決して過去のものではない。
 続く《加恵、女の子でしょ!》もまた、この構造を別の角度から描き出している。美術学生の「加恵」は子供の頃から「女の子だから」という理由で様々な行動を制限される環境に育った。美大卒業後は同級生の実(みのる)と結ばれ、お互い画業に邁進するよう約束するが、生活のなかで加恵の制作時間はどんどん圧迫されていく。最初は同じ大きさだったキャンバスがどんどん不平等になり、最初は巨大なキャンバスに投影されていたイメージが買い物袋やシンクの皿へと矮小化されていく描写は、加恵の選択肢が狭められていく息苦しさを物理的に可視化しているようだ。美大教員、ギャラリスト、批評家たちは、揃って男性である実だけを職業画家として評価し、加恵は「内助の功」的なポジションに留め置く。
 周囲からの偏見のなかで一度は失望する加恵だったが、最終的に画業を諦めることはせず、自身の母と連帯しながら再び絵筆を握る。かつて「加恵は女の子だから、可愛く諦めちゃったほうがお得よ」と教えた母に対し、今度は加恵が「夫とは別れる、私は絵を諦めないから、一緒に暮らそうよ」と語りかけ、世代を超えて再生産されてきたジェンダー規範の書き換えを試みるのだ。ラストシーンでは、個展を成功させた加恵の前に元夫の現在の妻があらわれ、画面の中から私たちをじっと見つめる。この女性の瞳に、夫と離婚し自分の道を歩む加恵の姿はどう映るのだろう? この「もうひとりの加恵」の存在が、《清子の場合》が見せる出口のないトンネルを破壊し、私たちにもっと自由な別の結末を想像させてくれる。
 両作品に続いて、展覧会の終盤には映像インスタレーション《直前の過去》(2004)が展示されている。手前に設置された透けるスクリーンに展示されているのは出光家の家族写真である。戦争の混乱期にあっても家族写真を残しているということから、出光家の裕福な暮らしぶりがうかがえる。翻って、透けて見える奥のスクリーンには、凄惨な戦禍を捉えた映像や報道写真が投影されている。モノクロ写真からでも伝わる仕立てのよい着物を纏った出光の母に、従軍慰安婦の証言映像が重なる。学ラン姿で高等教育を受けていることがうかがえる出光の兄に、戦地へと向かう若い兵士たちが重なる。威厳ある佇まいの父に、菊の御紋と戦時中のプロパガンダが重なる。この作品は「家族の中の権力関係と戦争の権力関係が交差」する様子を表現している(笠原、2022、341頁)。《清子の場合》などで出光が描いてきた「家庭」は、社会の最小単位ともいえる家族、イエ制度のなかにおける家父長的な権力勾配であった。それが《直前の過去》ではより大きな国家的権力へと接続され、性別によって人間を序列化する家父長的な論理と、国家が人間を属性によって統制する戦争の論理とのあいだに連続性が見出されるのだ。世界のあらゆる場所で戦禍が巻き起こるいまだからこそ、この作品が伝えるメッセージは私たちの心に重く響いてくる。

*1──《Womanhouse》(1972)は、ジュディ・シカゴとアーティストのミリアム・シャピロはカリフォルニア芸術大学のフェミニスト・アート・プログラムに所属する学生や地元アーティストたちとともに、放置されていた邸宅をフェミニスト・アート作品で満たされた空間へとつくり替えたプロジェクト。邸宅のそれぞれの部屋で、異なるテーマのフェミニスト的なインスタレーションが展開された(Takac、2025)。
*2──「女性がメカに弱い」というステレオタイプは、女性解放草の根運動グループ「C・R(意識覚醒)」でも解決すべき主題となっており、出光もそのグループ活動に参加するなかで機械への苦手意識を克服する決意ができたと述べている(出光、2003、59-60頁)。また、出光は雑誌のインタビューにおいて「どうして今まで女性作家は少なかったんでしょうか」という問いに対し「企画を実行するとか、メカに強くなるとか、私たちの世代では女性に不向きなことのように考えらえていたことをクリアしないと映像作品は作れない」と回答している(イメージフォーラム編集部、1992、61頁)。斉藤綾子によれば、1960年代終わりから70年代初頭にかけてのアメリカにおいてはフェミニズム運動が活発化し、16ミリカメラでの撮影を手がける女性作家たちが増え始めていた状況もあり、この時代にアメリカで過ごしたことは出光が映像という表現手段を選択したことと深く関係している(斉藤、2025、126頁)。
*3──この作品のなかで被写体となっているタンポンや経血はいわば穢れた存在、美術史のなかで描写の対象になりにくかったモチーフだと言える。しかし、それらに向けられたことは、斉藤綾子の言葉を借りれば「おとしめられてきた経血に対するある種のいとおしさ」と「再生産という生物的・社会的に規定された女性性に対する反発」(斉藤、2025、128頁)という、二律背反的でありながらも同じ「女性」の身体が内包する感覚を映し出してもいるようである。
*4──菅沼(2022)によれば、2013年度から18年度にかけ、一部の男性受験者だけに加点をする等の取扱いをするなどして、東京医大、順天堂大学など複数の大学が女性にとって不利になるような入試判定を行っていたことがわかった。

会場の東京都写真美術館さん。
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午前10時の開館と同時に入り、『美術手帖』さんで紹介されていた映像作品2本をすぐに拝見。1本目の《清子の場合》はオープン5分後からの上映開始でして。
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あまり大きくないテレビモニターでの上映でした。
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平成元年(1989)の作品で、16㍉カメラでの撮影だそうでした。この頃にはVHSのビデオテープで撮れるビデオカメラは既にあったはずですが、あえて16㍉フィルムにこだわったのでしょうか。
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せりふは日本語ですが、字幕は英語でした。海外の方々への対応なのでしょう。
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あらすじは上記『美術手帖』さん記事にほとんどネタバレ的に紹介されていますので、そちらをご参照いただきたいのですが、主人公・清子に対する周囲の扱いがとにかくひどいのです。二言目には「女なんだから」。象徴的なせりふが「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」。

光太郎智恵子の関係性を参照したとのことで、確かに智恵子もこうした偏見や決めつけ、社会的慣習などに苦しめられたことは想像に難くありませんが、ここまでひどくはなかったろうと思いました。光太郎は当時としては珍しく、家事分担も積極的に行っていたようですし、智恵子が1年に3、4ヶ月も福島の実家に帰ることも厭いませんでした。同居はしていなかった舅の光雲も自身が彫刻家ということで、それなりに理解はあったと思われます。

続いて《加恵、女の子でしょ!》。こちらは平成8年(1996)の作品。
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やはりさまざまな部分で不当な扱いを受ける美術家志望の女性・加恵が主人公です。
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こちらは《清子の場合》の倍以上の長さで、その分、主人公・加恵の置かれた状況がエピソード豊富に細かく描かれていました。

加恵の師である美大の教授?は、男子学生には甘く、女子学生には辛い評価ばかり。加恵渾身の自信作にも「時間が掛かったろう、ごくろうさま」と、「それだけ?」。男子でも駄目な学生には「女のような」とか「女でも頑張っているのに」など。

パートナーとなった男性画家は、はじめ「対等にやっていこう」みたいなことを言っていたのに、だんだん自分が優先されるのが当然だ、的な感じに。周囲の画商や美術評論家などもそれが当たり前だというスタンス。
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はじめ、ちょうど半々だったアトリエでの二人の作品の内、右のパートナーの絵が次第に増殖し、左の加恵のものはどんどん小さくなっていくという手法で、二人の関係性が象徴されていました。

そして加恵に求められるのは「内助の功」ばかり。こういう部分でもやはり光太郎智恵子が意識されていたのでしょう。
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しかし、《清子の場合》とは異なり、一度うちひしがれた加恵は、新たな理解あるパートナーの出現などもあって、画家として立つことに成功します。《清子の場合》が平成元年(1989)、《加恵、女の子でしょ!》は平成8年(1996)、その間に多少は女性を取り巻く社会全体の環境が改善というか、少なくとも悪化はしなかったということかもしれません。

女性はこれらの作品を見て、「そうそう、あるある」「ほんとに男ってひどいよね」という感想を抱き、そして男性は自らの中の勝手なジェンダーバイアスを突きつけられて困惑するのでしょう。また「女の敵は女」といった部分も描かれ、特に母親が兄と差別し「女の子でしょ?」。

ただ、繰り返しますが、光太郎はここまでひどい男ではなかったはず。智恵子は光太郎という巨大な才能に対等であろうと背伸びをしすぎ、自縄自縛に陥ったと考えるのが適当ではないでしょうか。

また、光太郎は智恵子没後に書かれた散文「智恵子の半生」(昭和15年=1940)に「例へば生活するのが東京でなくて郷里、或は何処かの田園であり、又配偶者が私のやうな美術家でなく、美術に理解ある他の職業の者、殊に農耕牧畜に従事してゐるやうな者であつた場合にはどうであつたらうと考へられる。或はもつと天然の寿を全うし得たかも知れない。」と書いていますが、それもどうかな、という気がします。結局は「金にならないものを作るのはただの遊びだろう」と言われて終わりだったような……。あるいは田園の農家でのほほんと絵を描いていてものほほんとした作品しか出来なかったような気もします。

他の映像作品等も、それぞれにいろいろな問いかけ。
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あと1週間ですが、展覧会詳細。

出光真子  おんなのさくひん――ある映像作家の自伝

期 日 : 2026年6月18日(木)~9月21日(月・祝)
会 場 : 東京都写真美術館 目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
時 間 : 10:00~18:00 木・金は20:00まで
休 館 : 月曜日
料 金 : 700円

出光真子(1940–)は、日本における実験映画およびビデオアートの先駆的な作家です。1960年代にアメリカ滞在を経て制作を始め、女性の生き方や家族、メディアと社会の関係を主題に、フィルムや当時のビデオを用いた作品を発表しました。とりわけ1970年代以降のビデオ作品では、テレビ・メロドラマの語法を取り入れながら、母と子、夫婦関係、女性の社会的役割といったテーマを独自の視点から描き出しています。近年は、ジェンダーや身体をめぐる国際的な議論の高まりのなかで、その実践があらためて注目されています。本展は、出光の創作活動の全貌を振り返る大規模な回顧展です。当館で収蔵する全作品を、展覧会と上映により網羅的に紹介します。

本展覧会はすべて映像作品による展示です。音声の文字起こし資料をご用意しています。ご希望の方は2階受付へお声がけください(筆談可)。
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『美術手帖』さんと相前後して『週刊金曜日』さんには出光氏のインタビューが載ったそうで、そちらはネットで読めず、Amazonさんで注文しました。届いたらご紹介します。また、会場で無料配付のリーフレットにもインタビューが。そちらも併せて後ほどご紹介します。

この後、六本木へ。21_21 DESIGN SIGHTギャラリーさんでの「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」を拝見し、関連行事としてのトーク「『方丈記』巡礼」を拝聴して参りました。そのあたりは明日。

【高村光太郎書誌】

詩華集 57 『国民詩選 昭和十八年版』

昭和18年(1943)5月20日 興亜書房 岡本潤編者代表
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収録作家
 高村光太郎 三好達治 尾崎喜八 大江満雄 竹内てるよ 西垣脩 菊岡久利 笹沢美明
 田中克己 高橋新吉 瀧口武士 永瀬清子 佐藤惣之助 萩原朔太郎 金谷丁 野長瀬正夫
 田中冬二 森道之輔 三枝響 上林猷夫 長崎浩 北川冬彦 逸見猶吉 藤原定 上路忠雄
 会田綱雄 島崎曙海 佐川英三 池田克己 田村昌由 川島豊敏 城小碓 佐伯郁郎 
 野口米次郎 菱山修三 西條八十 大木惇夫 草野心平 北川正明 山本和夫 中室員重
 西村皎三 丸山薫 山之口貘 大木実 月原橙一郎 大瀧清雄 岩井五郎 須郷圓太郎
 並木和夫 小山正孝 牧章造 青木郁子 鈴木亨 近藤東 村野四郎 竹中郁 阪本越郎
 城左門 梶浦正之 安西冬衛 野田宇太郎 殿岡辰雄 今田久 平岡潤 荒木利夫
 酒井正平 臼井喜之介 岩佐東一郎 千家元麿 宮崎丈二 蔵原伸二郎 中山省三郞
 神保光太郎 真田雅男 浅井十三郎 山田嵯峨 小宮三森 内田博 菊池正 金井新作
 秋山清 伊東静雄 津村信夫 西田満 楊雲萍 藪田義雄 長田恒雄 北園克衛 一瀬稔
 伊藤桂一 齊木家義 清水三郎 前田純敬 安西均 勝承夫 吉田一穂 中野秀人
 大島博光 壺井繁治 岡崎清一郎 平野威馬雄 病迦山人 竹中祐太郎 江口隼人
 深尾須磨子 金剛サチ 中村千尾 坂窗江 金子光晴 小野十三郎 倉橋顕吉 吉田欣一
 耕治人 草野天平 前田哲冶 宮崎譲 里見謙三 田木繁 木村信吉 吉本孝一 岡本潤

中央画像の扉題字は光太郎の筆跡です。明らかに左画像の表紙題字よりいい字ですね。詩は「山道のをばさん」が掲載されています。

第一部から第十部までの構成で、もし上記「収録作家」で複数回出ている名前があったらそのためです。

新潟県から企画展情報です。

菊盛記念美術館展-地域に息づく近代彫刻の美-

期 日 : 2026年9月19日(土)~11月15日(日)
会 場 : 長岡市栃尾美術館 新潟県長岡市上の原町1-13
時 間 : 9:30~17:00
休 館 : 月曜日 ただし9/21(月・祝) 10/12(月・祝)は開館 9/24(木) 10/13(火)休館
料 金 : 一般500円(400円)/高・大学生250円(200円)/中学生以下無料
     ※()内は、20名以上の団体料金

 長岡市島崎(和島地域)の良寛の里美術館に隣接する菊盛記念美術館は、1994年の開館以来、市民の皆様に身近な美術館として親しまれてきました。その収蔵品は、新潟県出身の故・菊盛嘉雄が蒐集したもので、ロダンをはじめ、高村光太郎など20世紀日本の具象彫刻を代表する作家たちの名品約30点が揃っています。
 本展では、現在休館中の菊盛記念美術館から作品をお借りし、当館では初となる具象彫刻を中心に、絵画作品とあわせて一堂に紹介します。芸術の秋にふさわしいこの機会に、長岡市が有する多彩な美の世界をぜひご堪能ください。
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同じ長岡市の菊盛記念美術館さんが休館中ということで、そちらの所蔵品を借り受けての展覧会です。

同館、平成6年(1994)の開館で、光太郎作品はフライヤーにもある「裸婦坐像」、それから「十和田湖畔の裸婦群像中型試作」をお持ちです。なぜ休館中なのかは、経営が立ちゆかなくなったのか、それとも単に改修中とかなのか、そのあたりよく分からないのですが……。公式サイトには「諸般の事情により当面の間、休館いたします。」とあるのみで、再開の時期なども明記されていませんし、どうも前者の理由かなという気がします。ただ、「閉館」とは記載されていませんが。

似たような感じで、仙台では完全に閉館となった福島美術館さんの所蔵品(光太郎の父・光雲の作を含む)を、仙台市博物館さんで展示した特集展示「福島美術館の優品」というケースもありました。

今回、光太郎以外には、彫刻でロダン、朝倉響子、木内克、佐藤忠良、清水多嘉示、舟越保武、柳原義達ら、絵画も伊藤深水、長谷川利行などが展示予定です。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

さて、全く別件ですが、取り上げるべき事項が山積しておりまして、昨日入ってきたニュースもご紹介しておきます。

『日刊スポーツ』さん。

森本レオさん急死 芸名由来は「俺を逆さ」 脚本家志望が俳優に

001 俳優、ナレーターの森本レオ(もりもと・れお、本名治行=はるゆき)さんが9月4日、死去した。83歳だった。森本さんの所属事務所が11日、発表した。
   この日夜、報道各社にファクスを送信。原因不明の突然死で、とても穏やかな顔で旅立ったと明かした。葬儀は、故人及び、遺族の意向により、家族のみで行ったとし、お別れの会などは予定していない。
 役者としては名バイプレーヤーとして活躍した森本さん。声優、ナレーターとしても確かな技量を発揮し、人気アニメ「きかんしゃトーマス」では日本版の初代ナレーターを担当した。
 名古屋市出身で、日大芸術学部を卒業。かつて、取材に、もともとは「脚本家志望だった」と明かし、アルバイト感覚で俳優業に触れていたと語っていた。
 取材にあたっては、職業について「俳優ではなく『本業フーテン』と答える」と話したこともあった。
 俳優としての本格デビューは、1972年のTBS「地の果てまで」。主演近藤正臣の友人役だった。台本通りにセリフを言わず、毎回違う動きをしていたが、「監督が怒りながらもOK」していたとも告白。
 そもそも、芸名「レオ」についても、「俺(おれ)」を逆さにし、名付けたと話しており、自由奔放な生きざまでも人々を魅了した。
 ◆森本レオ 本名森本治行。1943年(昭18)2月13日、愛知県名古屋市生まれ。日大芸術学部卒。67年NHK「高校生時代」でデビュー。68年東海ラジオ「ミッドナイト東海」DJで人気者に。70年シングル「親父にさよなら」のヒットを機に上京。映画「花心中」や、テレビ「ロングバケーション」「ショムニ」など人気作に多数出演。声の仕事でも活躍した。

森本さん、平成4年(1992)、東芝EMIさんからリリースされた朗読のCD「音楽のある星に生きて 大地」で、光太郎詩「案内」の朗読もなさって下さっていました。光太郎が戦後、花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)を訪れた智恵子の魂を「案内」するという詩です。
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他に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」、萩原朔太郎で「帰郷」、中原中也「夏の日の歌」など。

久しぶりに聴いてみましたが、いかにも森本さんらしい、飄々、訥々とした味わい深い朗読で、うるっと来てしまいました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【高村光太郎書誌】

詩華集 56 『大東亜戦争詩集 国を挙りて』

昭和17年(1942)12月30日 甲子社書房 勝承夫/佐藤惣之助編
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収録作家
 岩佐東一郎 西村皎三 堀口大学 岡崎清一郎 長田恒雄 尾崎喜八 大木惇夫
 大島博光 河井酔茗 勝承夫 高村光太郎 土井晩翠  角田竹夫 中西悟堂 南江治郎
 村野四郎 野口米次郎 蔵原伸二郎 前田鉄之助 福田正夫 小林義雄 安藤一郎
 安西冬衛 西條八十 佐伯郁郎 佐藤春夫 佐藤惣之助 阪本越郎 笹沢美明 菊岡久利
 喜志邦三 三好達治 城左門 白鳥省吾 神保光太郎 富田砕花 川路柳虹 高橋新吉
 室生犀星 近藤東 北園克衛 北川冬彦 百田宗治 草野心平


光太郎詩は「彼等を撃つ」。「彼等」とは勿論、「鬼畜米英」です。

信州安曇野の碌山美術館さんでの企画展です。

高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展

期 日 : 2026年9月19日(土)~11月23日(月・祝)
会 場 : 碌山美術館 長野県安曇野市穂高5095-1
時 間 : 9:00~17:10(11月は16:10まで)
休 館 : 11月4日(水) 11月9日(月) 11月16日(月)
料 金 : 大人1,000円 高校生300円

 高村光太郎(1883-1956)と荻原守衛(1879-1910)は、ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京で交遊した親友です。荻原の傑作《坑夫》《女》が今に伝えられたのも、髙村が荻原に残すようアドバイスしたからにほかなりません。
 荻原の芸術を守り伝え、荻原とともに日本の近代彫刻を牽引した高村の彫刻世界を当館の所蔵作品を中心に紹介します。このたび特別に展示する初公開の木彫《沙魚(はぜ)》(個人蔵)は必見です。
 また智恵子(1886-1938)が療養中に制作した紙絵は彼女の繊細な感性のきらめきとともに光太郎への愛を感じることのできるものです。通常は大切に保管され展示されることが少ないため、鑑賞できる貴重な機会です。
 ぜひご覧ください。
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関連行事
 講演会「高村光太郎入門」 
  講 師 : 武井敏(碌山美術館学芸員)
  期 日 : 2026年10月18日(日)
  会 場 : 碌山美術館 杜江館2F
  時 間 : 13:30~
  料 金 : 無料(展示観覧の場合には要入館料)
  申 込 : 不要

 講演会「高村智恵子入門」 
  講 師 : 武井敏(碌山美術館学芸員)
  期 日 : 2026年11月15日(日)
  会 場 : 碌山美術館 杜江館2F
  時 間 : 13:30~
  料 金 : 無料(展示観覧の場合には要入館料)
  申 込 : 不要

 詩の朗読とお話 詩が紡ぐ光太郎の世界「月にぬれた手」
  出 演 : 渡辺えり(劇作家・俳優)/鈴木崇朗(バンドネオン奏者)
  期 日 : 2026年11月2日(月)
  会 場 : 碌山美術館 第二展示棟 別会場にて中継あり
  時 間 : 14:30~
  料 金 : 入館料
  申 込 : 10月1日(木)10:00~ 館公式サイト及び電話/FAXにて 定員100名

これまで何度も光太郎智恵子展を行って下さった(近年だと平成28年=2016、平成29年=2017、令和5年=2023、令和7年=2025)碌山美術館さんで、また開催いただけるということで、ありがたいかぎりです。

近年では髙村家のご協力の下、作品を借用しての展示となっていて、今回も。フライヤー表面(おもてめん)に大きく画像が出ている木彫「蝉」が一つの目玉です。

それから、案内文に「特別に展示する初公開の木彫《沙魚(はぜ)》」とあります。ただ、ちょっと疑問が。

まず「初公開」という定、平成16年(2004)に新宿の損保ジャパン東郷青児美術館(現・SOMPO美術館)さん他を巡回した「高村光太郎展」で出品されています。
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その件は先月だったか、碌山美術館さんから電話で問い合わせがあった際にお伝えしたのですが、うまく話が伝わらなかったか、あるいは別の理由があるのか、というところです。

さらにこの「はぜ」、光太郎のカタログレゾンネ『高村光太郎彫刻全作品』(六耀社 昭和54年=1979)に掲載されて居らず、損保さんの展覧会の際に、当会顧問であらせられた故・北川太一先生にお尋ねしたところ、「あれは光太郎の遺品の中に無造作にあったもので、真作とは言い難い」的な。確かに鰭(ひれ)などの処理の仕方等、他の光太郎木彫とは異なる感じです。ただ、碌山美術館さんの武井氏曰く「光」のサインが入っている、というのですが……。

「初公開」ということになると、智恵子紙絵も「初公開」の作品が含まれているそうです。平成9年(1999)、二玄社さん発行の雑誌『書画船』第2号に載った光太郎令甥の故・髙村規氏「智恵子と紙絵」によれば、髙村家に遺された紙絵は「僕がナンバリングしたときには千二十六ぐらいだった」とのことで、公開されていない作品があるのは不思議ではありません。

その他、関連行事も充実しています。武井学芸員による講演が2本、それから今回は渡辺えりさんを引っぱり出しました。繰り返し書いていますが、えりさんのお父さまの故・正治氏が光太郎と直接の交流がおありで、えりさんも当会主催の連翹忌の集いご常連。今年の連翹忌で碌山美術館さん平沢館長がえりさんにオファーを出したところ、快諾されたとのことです。こういう風に人の輪を広げて行くのも当会の務めですので、よかったと思いました。

えりさんの朗読等は平日の開催ですが、その日を含め、2回ほどお邪魔する予定で居ります。皆様方も是非どうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 55 『愛国詩集 大詔奉戴 他十六篇』

昭和17年(1942)10月10日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編
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収録作家
 井上康文 深尾須磨子 阪本越郎 笹沢美明 臼井喜之介 室生犀星 丸山薫 近藤東
 永瀬清子 玉井勇 尾崎喜八 高村光太郎 佐川英三 吉田嘉七 大木惇夫 火野葦平


光太郎詩は「夜を寝ねざりし暁に書く」。「寝ね」は「いね」で、「寝る」という意味の古語「寝ぬ(いぬ)」の未然形です。実はある時点までずっと「寝(ね)ざりし」だと思い込んでいました。危ねえ、危ねえ(笑)。

先月末に始まっていた企画展示です。情報入手が遅れました。不覚でした。

特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション

期 日 : 2026年8月29日(土)~10月12日(月)
会 場 : 泉屋博古館東京 東京都港区六本木1丁目5番地1号
時 間 : 午前11時00分~ 午後6時00分 *金曜日は午後7時まで開館
休 館 : 月曜日(9/21-23、10/12は開館)、9月24日(木)
料 金 : 一般1500円 学生800円 18歳以下無料 団体割引有

 作品が収蔵されるとき、その一つひとつにはそれぞれの物語があります。それは「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」手に入れたのか―住友コレクションは、中国古代青銅器をはじめ、中国・日本書画、西洋絵画、近代陶磁器、茶道具、文房具、さらには能面・能装束など幅広い領域にわたりますが、その多くは、現在の住友グループの礎を築いた住友家第15代当主・住友吉左衞門友純(号 : 春翠、1864~1926)によって明治中頃から大正時代にかけて買い求められたものです。
 本展は、住友春翠の没後100年を記念し、春翠が関心を寄せた近代美術を紹介するものです。同時代を生きた作り手たちとの交流を通じて、春翠が何をまなざし、何を求めたのか。本展では、春翠と作品とのめぐり合わせ(=仕合せ)を時系列順に辿りながら、その美意識を見つめなおすとともに、収集の背景や時代性といった視点からコレクション形成史を再考する機会とします。
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公式サイトに出品目録が出ています。

それによると光太郎の父・光雲の手になる「楠木正成銅像頭部木型」(明治26年=1893)が出品されています。
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皇居前広場に立つ「楠木正成銅像」の頭部の木型で、この像は東京美術学校として依頼を受け、光雲が主任となって制作されました。光雲は全体の監督を務めた他、この頭部を担当しました。
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甲冑の部分は主に山田鬼齋、馬は後藤貞行がそれぞれ中心となって制作。しかし、個人の合作というわけでもなく、あくまでチームとしての作品です。どうもネット上の記述で、そこらへんのニュアンスが怪しいものが目立ちます。

で、今回なぜこの頭部原型が出品されているかというと、元々「楠木正成銅像」が、別子銅山開坑200周年記念という意味合いもあって、住友家の発願で寄贈されたものだからです。

ちなみに泉屋博古館さん自体も住友グループ。京都の本館は今回の展示のメインである住友春翠が別荘を建てた左京区鹿ケ谷にあり、東京館もかつて住友家の麻布別邸があった場所だそうです。収蔵品も住友家が収集した美術品、工芸品が中心となっています。そこで今回も出ている頭部原型は、令和5年(2023)にも「住友コレクションの近代彫刻」という展示で出品されたりもしました。

さて、今回の展示、「美術館・博物館・展覧会アイエム[インターネットミュージアム]」というサイトに動画入りで詳しく紹介されています。


0:19くらいから頭部原型も映ります。

他に目玉の出品物と位置づけられているのは、板谷波山の「葆光彩磁葡萄唐草文花瓶」(重要文化財)、上島鳳山で「十二ヵ月美人」、香田勝太が「春秋草花図」、藤島武二は「幸ある朝」、尾竹竹坡「九冠鳥」、そして光雲高弟の一人・山崎朝雲作「竹林の山濤」、さらに海外でモネの「モンソー公園」など。

ところで余談ですが、つい最近、楠正成像関連の面白いグッズを入手しました。
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戦前のグリコのおまけです。

令和6年(2024)に刊行された小平市平櫛田中彫刻美術館さんの学芸員・藤井明氏のご著書『明治・大正・昭和 メダル全史』(国書刊行会)によれば、昭和2年(1927)、これがグリコのおまけ第1号とのこと。
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同書に載った画像のものはかなり摩耗してしまっていますが、わりと状態の良いものが手に入りました。

裏面の文字は「優勝」「グリコ本舗株式会社江崎」「造幣局造(?)」。貨幣を製造していた造幣局に依頼して作られたようです。ちなみに当時から使われていたランナーのキャラクターのモデルは、平成31年/令和元年(2019)のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公・金栗四三だそうです。

閑話休題、泉屋博古館東京さんの「特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション」、ぜひ足をお運びください。

【高村光太郎書誌】

詩華集 54 『翼賛詩歌曲集』

昭和17年(1942)10月10日 柴山教育出版社 柴山格太郎編
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収録作家
 第一部 朗読詩
  野口米次郎 佐藤惣之助 蔵原伸二郎 西條八十 福田正夫 稲津静雄 高村光太郎
  川路柳虹 笹沢美明 尾崎喜八 中西悟堂 丸山薫 堀口大学 三好達治 白鳥省吾
  竹内てるよ 竹中郁 村上成実 山田岩三郎 浅井十三郎 前田鉄之助 佐藤一英
  江間章子 野田宇太郎 玉井勇 鈴樹昌 金秉旭 藪田義雄 佐藤春夫 火野葦平 
 第二部 朗詠歌
  山本五十六 佐佐木信綱 北原白秋 川田順 与謝野晶子 相馬御風 吉植庄亮
  片山広子 香取秀真 太田水穂 土岐義麿 土屋文明 金子薫園 逗子八郎 斎藤茂吉
  齋藤瀏 岡山巌 
 第三部 国民合唱
  大伴家持/信時潔 堀内敬三/小山作之助 安藤一郎/弘田龍太郎
  佐佐木信綱/小山作之助 百田宗治/片山頴太郎 相馬御風/弘田龍太郎
  勝承夫/信時潔 尾崎喜八/山田耕筰 八十島稔/飯田信夫 恩田幸夫/岡本敏明
  池田誠一郎 森義八郎 

光太郎作品は序文的に散文の「朗読詩について」、第一部に詩の「必死の時」「夜を寝ねざりし暁に書く」。

第三部には楽譜も掲載されています。「/」の前後で作詞者、作曲者です。

昨日は上京し、杉並公会堂さんでの「POEM*CONCERT V ほんとの空 ~高村光太郎の哀歌~」を拝聴して参りました。
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「POEM*CONCERT」ということで、聖心女子大学さん他にお勤めの松野志保氏、ソプラノの黒川京子氏を中心にした二期会所属の歌手の方々等によるコンサートで、年に一回、一人の詩人にスポットを当て、その詩人が作詞したり、その詩人の詩に後から曲が付けられたり、またはその詩人の世界観を表したりといった歌曲を、松野氏の朗読と解説を交えながら演奏するというコンセプトです。
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これまでに取り上げられたのは、金子みすゞ、立原道造、中原中也、そして昨年が宮沢賢治だったため黒川氏と今回も出演された清水邦子氏を、昨年2月に花巻にお連れし、賢治記念館さんやイギリス海岸、光太郎揮毫の賢治詩「雨ニモマケズ」碑など、それから光太郎関連のスポットをご案内しました。その流れで今年は光太郎。

せっかくの機会ですので一回聴くだけではもったいないと思い、午前中からお邪魔し、リハーサルも拝聴。ピアノの田中明子氏は出ずっぱりで大変だったろうと思いました。
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午後2時、開演。
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一曲目が、シャンソン系歌手・モンデンモモさん作曲の「あどけない話」を黒川氏、清水氏の二重唱で。'90年代から主に「智恵子抄」系の光太郎詩に曲を付け、ご自分で歌われているモンデンさんですが、当方とはそのころからの付き合いで、平成21年(2009)、「楽譜集を出版するから解説を書け」「御意」「ついでに何曲か合唱曲に編集して」「承知」という流れでできたものです。実は合唱バージョンを生演奏で聴くのは初めてで、我ながら「ああ、これ、いいじゃん」と思い、さらに不覚にもうるっときてしまいました(笑)。もちろんお二人の確かな歌唱力あってのことですが。

ちなみに当方を介してモンデンさんにも招待券を発送したところ、いらしてくださいました。
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メインは、清水脩氏、朝岡真木子氏、蒔田尚昊氏、そして別宮貞雄氏がそれぞれ作曲された歌曲集「智恵子抄」から抜粋で。朝岡氏以外はすべて鬼籍に入られています。清水氏のものが最も古く、光太郎存命中の昭和30年(1955)から四期に分けて作曲され、全12曲の完成が昭和46年(1971)。のちの作曲家たちはいかにこの清水氏作品と毛色を変えるかという視点からも曲作りを行っているように感じられます。こちらからはバリトンの馬場眞二氏が「あなたはだんだんきれいになる」を歌われました。

プログラム順に行くと、続いて朝岡真木子氏作曲の「値ひがたき智恵子」「レモン哀歌」をメゾソプラノの清水邦子氏が。これが最も新しいもので、令和4年(2022)に全音さんから出た『朝岡真木子歌曲集2』に収められていますし、清水氏の歌唱によるCDもリリースされています。
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休憩後の第2部で、黒川氏が蒔田尚昊氏作曲の「あどけない話」「同棲同類」「レモン哀歌」。黒川氏、他の機会にも蒔田氏の歌曲集「智恵子抄」から抜粋で歌われています。黒川氏は蒔田氏と個人的に繋がりがおありだったようで、昨日は未亡人もお見えでした。これのみ全曲の楽譜が公刊されていないのですが、昨日聞いた話では近く出版されるそうで、良かったと思いました。

続いて「智恵子抄」からいったん離れ、戦時歌謡の「歩くうた」(飯田信夫作曲)、箕作秋吉作曲の「鳩」、朝岡氏の「冬が来た」。
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「鳩」は明治44年(1911)の詩に昭和7年(1932)になって箕作が作曲したもので、確認できている限り最も古い光太郎作詞の歌曲です。箕作にはこの他、やはり戦時歌謡の「こどもの報告」(1939)があります。「鳩」を聞いた光太郎が作曲者として推薦しました。昨年の時点で今回の「POEM*CONCERT」は光太郎を取り上げるということで、「こんな曲があるよ」と、楽譜や音源のあるものをお教えしまして、モンデンさんの「あどけない話」、「歩くうた」、「鳩」はそこに入っていたものですが、「こどもの報告」はあまりに黒歴史過ぎる歌なので紹介しませんでした。「歩くうた」もひどいものですが(客席の聴衆の皆さん、明らかにドン引きでした)、15年戦争時に光太郎がいろいろとやらかした事実を印象づけるにはもってこいです。「こどもの報告」は輪を掛けてひどいものです。

最後に別宮貞雄氏の「智恵子抄」から「人に」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」を、テノールの紀野洋孝氏。紀野氏、こちらを繰り返し歌われ、CDもリリース、さらに博士論文がこの歌曲集の考察だったそうで。
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さまざまな作曲家による「智恵子抄」の聴き比べといった趣でしたが、なるほどねぇ、と思わされるものでした。特に「レモン哀歌」は3バージョンでしたし。

合間に松野氏の、演奏曲目には入っていなかったり、そもそも曲が付けられたことのなかったりの光太郎詩の朗読、さらに光太郎智恵子の生涯の解説。これまでこの「POEM*CONCERT」で取り上げてきた詩人達が比較的短命だったのに対し、数え74歳まで生きた光太郎を追うのはなかなか大変だったと思われますが、後で見せていただいたお客さんの書いたアンケートでも「光太郎智恵子の歴史がよくわかった」などと好評でした。黒歴史についてもきちんと紹介して下さいました。ちなみに来年は萩原朔太郎だそうで、光太郎よりは短い生涯。それでも大変でしょうが。

アンコールは坂本龍一氏がNHKさんの「にほんごであそぼ」のために書かれた「道程」。楽譜は公刊されていないようですが、お渡しした音源から内藤雅人氏という方が二部合唱に編曲され、よくある「会場の皆さんもご一緒に」。
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すべての終演後。
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ホワイエで。
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朝岡氏、それから朝岡氏の「智恵子抄」から抜粋で歌われたこともおありの前澤悦子氏もいらしていました。
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今回は基本、クラシック系でしたが、他にもインストゥルメンタルを含め、それこそモンデンさんなどさまざまなジャンルの音楽家さんたちがそれぞれの解釈で「智恵子抄」系を作品にされています。そうしたジャンルの垣根を越えてのコンサートなどもあると面白いなとも思います。自分でプロデュースしようとは思いませんが(笑)。どなたか旗を振っていただければ幸いです。演奏家さんたちのご紹介などはいくらでもやります(笑)。

関係各位のますますのご活躍を祈念いたします。

【高村光太郎書誌】

詩華集 50 『日本海洋詩集』

昭和17年(1942)5月5日 海洋文化社 丸山薫編
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収録作家
 海洋精気篇
  高村光太郎 佐藤惣之助 真壁仁 森山啓 城左門 瀧口武士 草野心平
  吉田一穂 大江満雄 吉江喬松 岡崎清一郎
 海浜篇
  北原白秋 三木露風 室生犀星 三木露風 佐藤惣之助 萩原朔太郎 佐藤春夫
  野口米次郎 日夏耿之介 生田春月 三富朽葉 百田宗治 福田正夫 堀口大学
  金子光晴 中西悟堂 大木篤夫 加藤介春 三好達治 安西冬衛 近藤東 高橋新吉
  阪本越郎 丸山薫 田中冬二 中野重治 伊東静雄 中原中也 菱山修三 宮澤賢治
  山本和夫 中勘助 福原清 高橋元吉 神保光太郎 蔵原伸二郎 津村信夫 菊岡久利
  渡辺修三 大井満雄 逸見猶吉 小野十三郎 藤原定 岡崎清一郎 大木実 壺井繁治
 大洋篇
  島崎藤村 森鷗外 薄田泣菫 北原白秋 佐藤惣之助 高村光太郎 萩原朔太郎
  千家元麿 川路柳虹 野口米次郎 川路柳虹 北村初雄 富田砕花 加藤介春 阪本越郎
  竹村俊郎 深尾須磨子 尾崎喜八 丸山薫 瀧口武士 竹中郁 岩佐東一郎 村野四郎
  中原中也 伊藤整 田中克己 西村皎三 塚山勇三 小沢豊吉
 港篇
  千家元麿 佐藤惣之助 尾崎喜八 金子光晴 笹沢美明 萩原朔太郎 木下杢太郎
  柳沢健 堀口大学 北川冬彦 竹中郁 春山行夫 丸山薫 津村信夫
 島嶼篇
  土井晩翠 室生犀星 伊良子清白 木下杢太郎 堀口大学 加藤介春 北川冬彦
  宮澤賢治 中西悟堂 菊岡久利 阪本越郎 北原政吉 西川満
 漁獲篇
  蒲原有明 西條八十 佐藤春夫 北村初雄 百田宗治 千家元麿 福田正夫 白鳥省吾
  山村暮鳥 瀧口武士 菊岡久利 石川善助


翼賛詩的なものも含みますが、そうでないものも多数。光太郎詩は「地理の書」「龍」「無為の白日」の三篇です。

毎年恒例と成りつつあるようです。昨日から始まっています。

東京にある福島ゆかりをめぐるスタンプラリー2026 “ディスカバーふくしま in TOKYO”

期 日 : 2026年9月4日(金曜日)~11月30日(月曜日)
会 場 : 東京都内27か所のラリースポット
 (1)野口英世像、(2)ウルトラマンシンボル像、(3)カネゴン像、(4)瓜生岩子像、
 (5)松平定信墓、
 (6)三春桜、(7)オリンピックマラソン折返点記念碑、(8)紺碧の空 歌碑、
 (9)レモン哀歌の碑、
 (10)東京都庁、(11)天女(まごころ)像、(12)松平摂津守家上屋敷跡、
 (13)神田青果市場発祥の地、
(14)看護婦教育所発祥の地、(15)浅野総一郎翁像、
 (16)東京府庁舎跡、(17)相馬家邸宅跡、
(18)吾妻橋、(19)漱石山房記念館、(20)渋沢史料館、
 (21)会津藩上屋敷跡、(22)旧白洲邸 武相荘、
(23)両国国技館、(24)大久保利通の哀悼碑、
 (25)星薬科大学正門、(26)日本橋ふくしま館MIDETTE、
(27)東京にある福島ゆかりの飲食店
 ※県東京事務所HPにて各スポットの紹介記事を読むことができます。
参加方法:
 スマートフォンの専用アプリをダウンロード、又は専用ウェブサイトにアクセスの上、対象のラリースポットを訪問すると、GPS機能によりアプリやウェブサイト内でスタンプが取得できます。
 取得したスタンプ数に応じて、抽選でふくしまの魅力ある賞品が当たります。

賞 品 : 参加賞、5スポット賞(250名)、10スポット賞(100名)、
      18スポット賞(30名)、26スポット賞(5名)
​ ※参加賞はもれなくプレゼント、他は抽選制です。26スポット賞はスタンプラリー限定のオリジナル赤べこ、他賞品の詳細は特設サイトをご覧ください。
 ※全27スポットを達成すると、オリジナル赤べこにもう一口応募できます。

■主催:福島県東京事務所
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このブログで一昨年も同じ件をご紹介しました。やはり品川の「レモン哀歌」詩碑がチェックポイントの一つでしたので。
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昨年もスタンプラリー自体は行われていましたが、昨年は「レモン哀歌」詩碑はポイントに入っていませんでした。一昨年には皆無だった浜通り関連が入ったりといったためでしょうか。

で、今年。ポイントの数が増えています。一昨年は11箇所、昨年で13箇所、そして今年が一気に27箇所まで増えました。

人物で見ると、ウルトラマン英二、マラソン幸吉の両円谷、野口英世、瓜生岩子に松平定信、古関裕而や佐藤玄々、久米正雄、大山捨松などなど。これら何かを成し遂げた人々と同列に智恵子を扱って下さってありがたいところです。

いろいろと豪華景品が用意されているようです。
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奮ってご参加下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 48 『大東亜戦争 愛国詩歌集(1)』詩歌翼賛 特輯

昭和17年(1942)3月10日 目黒書店 大政翼賛会文化部編
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収録作家
 野口米次郎 百田宗治 蔵原伸二郎 佐藤一英 竹内てるよ 西條八十 北原白秋
 佐藤春夫 佐藤惣之助 壺田花子 南江治郎 堀口大学 尾崎喜八 高村光太郎
 佐佐木信綱 斎藤茂吉 香取秀真 尾上柴舟 与謝野晶子 窪田空穂 岡麓 太田水穂
 金子薫園 服部嘉香 前田夕暮 釈迢空 土岐義麿 土屋文明 相馬御風 吉植庄亮
 川田順 齋藤瀏 逗子八郎 齋藤史 片山廣子


光太郎詩は「必死の時」でした。

先月末から始まっている企画展示。それ自体は光太郎とは関わらないようですが、(追記 パネル展示で光太郎に触れて下さっていました)関連行事のパネルディスカッション的なイベントで光太郎に触れられます。

トーク「『方丈記』巡礼」

期 日 : 2026年9月13日(日)
会 場 : 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2 B1Fロビー 東京都港区赤坂9-7-6
時 間 : 14:00~16:00
料 金 : 企画展入場料 一般1,700 円、大学生800 円、高校生 500 円

企画展「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」の準備期間中、塚本由晴、田部井美奈、正田智樹ら企画チームは、「巡礼」という名のリサーチの旅に出ました。鴨長明が方丈の庵を結んだとされる京都・日野山や、高村光太郎が戦争末期の疎開を経て小屋に暮らした岩手県花巻市などを巡り、その土地の風景を実際に目にします。本トークでは、3名が旅のなかで得た発見が、本展へとどのように紡がれていったのかを紐解きます。

塚本由晴
建築家。1965年神奈川生まれ。1987年東京工業大学工学部建築学科卒業。1987〜88年パリ・ベルビル建築大学。1994年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。貝島桃代と1992年にアトリエ・ワンの活動を始め、建築、公共空間、家具の設計、フィールドサーベイ、教育、美術展への出展、展覧会キュレーション、執筆など幅広い活動を展開。ふるまい学を提唱して、建築デザインのエコロジカルな転回を推進し、建築を産業の側から人々や地域に引き戻そうとしている。2022年Wolf Award 受賞。

田部井美奈
アートディレクター・グラフィックデザイナー。2003年より服部一成氏のもとで活動し、2014年に独立、田部井美奈デザインを設立。広告、書籍、パッケージ、展示、空間構成などの領域において、色彩や幾何学を軸に、平面と立体を行き来するような視覚表現に取り組む。主な仕事に「武蔵野美術大学」のイメージビジュアル、「マティス展」、『奥能登半島/石川直樹』『ミライの源氏物語/山崎ナオコーラ』の装丁、「(NO) RAISIN SANDWICH」、「Mame Kurogouchi」のパッケージデザイン、展示「光と図形と、その周辺」など。第28回亀倉雄策賞、'19年東京ADC賞など受賞。AGI(国際グラフィック連盟)会員。

正田智樹
建築家。1990年千葉県生まれ。2014年東京工業大学工学部建築学科卒業。2016-2017年ミラノ工科大学、2017年東京工業大学大学院修了。在学中に日本各地の伝統的なものづくりの工房やイタリアの伝統食の生産の現場を調査。2018-2025年竹中工務店設計部にてオフィスビルや劇場、展覧会の設計に携わり、グッドデザイン賞、JID賞、空間デザイン賞など受賞。2026年独立、東京科学大学大学院博士課程在籍、多摩美術大学非常勤講師。著書にイタリアと日本の伝統食と建築、風景を描いた『Foodscape フードスケープ-図解 食がつくる建築と風景』がある。人々の暮らしや食文化に寄り添いながら建築を設計する。
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企画展自体の詳細情報はこちら。

方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–

期 日 : 2026年8月28日(金)~2027年1月11日(月・祝)
会 場 : 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2 東京都港区赤坂9-7-6
時 間 : 10:00~19:00
休 館 : 火曜日(9月22日、11月3日は開館) 11月21日-23日 年末年始(12月27日-1月3日)
料 金 : 一般1,700 円、大学生800 円、高校生 500 円

 13世紀初頭に鴨長明によって書かれた随筆『方丈記』には、移ろい続ける世の無常を前にした人間の生き方が記されています。彼が暮らした庵は現存しませんが、その言葉は時代をこえて度あるごとによみがえり、多くの実践を生み出してきました。文学作品でありながら、住まいの本質を問うものとして、しばしば「真の建築書」とも形容される所以です。本展は、『方丈記』に記された小さな建築「方丈の庵」を起点に、現代の暮らしと構築環境を見つめ直す展覧会です。
 展覧会ディレクターに建築家・塚本由晴を迎え、建築家、デザイナー、美術家、企業など多彩な参加者が、それぞれの方丈の庵を構想します。一丈四方(約9㎡)というスケールを手がかりに、素材、構造、道具を介した、生き方を問い直す仕掛けを考えます。
 会場では、『方丈記』に描かれた自然やくらしについてのリサーチとともに、複数の庵が展示されます。来場者は会場内を巡りながら、異なる視点で構成された方丈の庵に出会うことになります。『方丈記』そのものを読み解くのではなく、『方丈記』と私たちのあいだに現れる生に目を向け、私たちの暮らしとあらためて向き合う機会となることを目指します。
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企画展自体は、京都で鴨長明が暮らした方丈を中心に、そちらの復元やオマージュ作品などが展示されているようです。
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「似てるな」と思ったのが、平成25年(2013)に乃木坂のTOTOギャラリー・間(ま)さんで開催された「中村好文展 小屋においでよ!」。翌年には金沢21世紀美術館さんにも巡回しました。

そちらとリンクして出版された建築家・中村好文氏の『小屋から小屋へ』(TOTO出版 平成25年=2013)では、光太郎が戦後の7年間の蟄居生活を送った花巻郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)をはじめ、中村氏が心動かされた7つの小屋が紹介され、鴨長明の方丈も取り上げられています。

で、関連行事としてのトークショー。展示に関わられたお三方が、「「巡礼」という名のリサーチの旅に出」、「旅のなかで得た発見が、本展へとどのように紡がれていったのかを紐解きます」だそうです。

高村山荘が取り上げられるようですし、一番上の画像は、高村山荘と同じ花巻市の円万寺観音堂。光太郎と親しくなった僧侶にしてチベット仏教学者の多田等観が暮らした庵が現存しています。光太郎も何度か訪れた場所です。鳥居が写っていますが、神仏混淆の名残なのでしょう。

と、ここまで書いて、公式サイト中にお三方の花巻巡礼のフォトレポートがあることに気づきました。やはり高村山荘に行かれていたそうです。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 47 『大詔の下に』大東亜聖戦詞華集

昭和17年(1942)2月20日 大和書店 斎藤瀏著作者代表
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収録作家
 詩 尾崎喜八 長田恒雄 川路柳虹 蔵原伸二郎 草野心平 佐藤惣之助 西條八十
   高村光太郎 高橋新吉 竹内てるよ 土井晩翠 中西悟堂 永瀬清子 西村皎三
   野口米次郎 福田正夫 丸山薫 三好達治 村野四郎
 短歌 會津八一 石榑千亦 尾上柴舟 太田水穂 岡麓 岡山巌 川田順 香取秀真
    北原白秋 久保田空穂 佐佐木信綱 斎藤茂吉 斎藤瀏 相馬御風 茅野雅子
    土屋文明 逗子八郎 土岐善麿 中河幹子 前田夕暮 結城哀草果 吉植庄亮
    与謝野晶子 若山喜志子
 俳句 青木月斗 飯田蛇笏 臼田亜浪 荻原井泉水 高浜虚子 富安風生 長谷川かな女
    日野草城 水原秋桜子 山口誓子 矢田挿雲 渡辺水巴

前年12月の太平洋戦争開戦を受けての緊急出版的な。光太郎詩は「彼らを撃つ」「鮮明な冬」の2篇です。

この年に亡くなる北原白秋と与謝野晶子の翼賛歌も掲載されています。

白秋は
 天皇(すめらぎ)は戦(たたかひ)宣(の)らしあきらけし乃ち起る大東亜戦争
 やまとの天皇(すめらみこと)の高しらす大き亜細亜の暁光(かげろひ)今は
 天(あめ)のむた亜細亜のみ海統べしらす大き構想はたぐふすべなし
 皇御祖(すめみおや)い行きしらししわたの原ふりさけ見つつ天(あま)飛ぶ君は
 神怒り大いに下る冬の晴ホノルル爆撃の報爆(は)ぜたりぬ
 ああ既に戦(たたかひ)開くまたたくま太平洋を制圧す我は
 神を見るこの驚きを我云はば道直(ただ)にしてとほる大やまと
 八紘(あめのした)宇(いへ)とおほはむ大きなるゆゆし御稜威を仰ぎみまつる
 亜細亜の海百雷(ももいかづち)のい裂きなす戦(たたかひ)つくし大き後凪(あとなぎ)
 十億のみ民清まり住ままくは大わたの原と高天(たかあま)の原

晶子で
 み軍(いくさ)の詔書の前に涙落つ代(よ)は酷寒に入る師走にて
 日の本の大宰相も病む我も同じ涙す大き詔書に
 強きかな天を恐れず地に恥じぬ戦(いくさ)をすなるますらたけをは
 水軍の大尉となりて我が四郎み軍(いくさ)にゆくたけく戦へ
 子が船の黒潮越えて戦はん日もかひなしや病(やまひ)する母


やらかしましたね、二人とも。特に晶子は、かつて日露戦争時には弟に対し「君死にたまふことなかれ」と謳ったのに、四男には「たけく戦へ」。

二人とも晩節を汚してしまったというか、しかし逆に考えればこの年に亡くなったため、その後の光太郎のようにこんな馬鹿げた作を量産せずに済んだというか……。

書籍を自分好みの装幀に改装するワークショップです。

『製本家とつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』ワークショップ 第11期③ 文庫本の改装〜背継ぎ上製 at TEGAMISHA BOOKSTORE

期 日 : 2026年9月13日(日)
会 場 : TEGAMISHA BOOKSTORE 東京都立川市緑町3-1 グリーンスプリングス1階
時 間 : 14:00~17:30
料 金 : 5,500円(税込 含文庫本代金)

 2017年12月に調布(柴崎)の書店でスタートし、その後オンライン、吉祥寺、文箱(松本店)、西調布のTEGAMISHA BOOKSTOREと場所を変えながら、毎月開催している「製本家とつくる紙文具」。ノートやファイルづくり、書籍の改装など、現在までに合計約80回、のべ850名以上の方にご参加いただいている人気のワークショップです。
 そして2026年5月からは、TEGAMISHA BOOKSTOREの移転に伴い、会場を立川・グリーンスプリングスに移して開催しています。
 製本技術を使った紙文具作りを教えてくれるのは、2017年に『週末でつくる紙文具』(グラフィック社)を、また2025年には同書に16ページ・5アイデアを追加した増補版『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)を出版された永岡 綾さん。本業は編集者でありながらも、イギリスで製本技術を学ばれ製本家としても活動されています。
 2026年7月からの第11期では、『製本家とつくる紙文具』に掲載の作品や、アレンジを加えた作品を教えていただきます。9月のテーマは「文庫本の改装〜背継ぎ上製」 。
 ペーパーバック(文庫本)を分解し、表紙をハードカバーに仕立て直すのですが、その際に表紙(平=ひら)には手紙社のオリジナルペーパー、背にはブッククロスと、異なる素材を継ぎ合わせてつくる「背継ぎ表紙」のデザインにチャレンジします。
 表紙には実際に店舗で扱っている400種以上の手紙社オリジナルのペーパーの中から、スピンと呼ばれるしおり紐や花布(はなぎれ)、見返しの紙もそれぞれ複数色からお選びいただけるので、あなただけのオリジナルの一冊を完成させてください。作業を通じて、いつも見慣れた市販本がどのように構成されているのかといった、本のつくりも学べます。

<文庫本ラインナップ>
 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)  『注文の多い料理店』(宮沢賢治)
 『檸檬』(梶井基次郎)     『グッド・バイ』(太宰治)
 『走れメロス』(太宰治)    『桜桃』(太宰治)
 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)   『地獄変』(芥川龍之介)
 『風立ちぬ』(堀辰雄)     『みだれ髪』(与謝野晶子)
 『悲しき玩具』(石川啄木)   『智恵子抄』(高村光太郎)
 『家霊』(岡本かの子)     『堕落論』(坂口安吾)
 『一房の葡萄』(有島武郎)   『李陵・山月記』(中島敦)
*全てハルキ文庫からのご用意となります。

本の改装ができるようになると、本棚の蔵書をおそろいに仕立て直したり、自作の本を特装版にしたり、大切な人へのギフト本を特別な一冊にしたりと、楽しみは膨らむばかり……!

 同日2026年9月13日(日) 10:30〜11:50で、講師・永岡綾さんとTEGAMISHA BOOKSTORE担当とのゆるやかな読書会「名作を読む会」を開催いたします。ご興味がございましたらぜひワークショップと併せてご参加ください。

講 師 : 永岡綾
編集者。ときどき、製本家。イギリスでブックバインディング(製本)の基礎を、また製本家・伊藤篤氏に師事してルリユール(工芸製本)を学ぶ。著書に『週末でつくる紙文具』『製本家とつくる紙文具』(グラフィック社)、『ぼうけん図書館 エルマーとゆく100冊の冒険』(ブルーシープ)、編著書に『本をつくるー職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社)。編集の仕事に『エルマーのぼうけん展』『谷川俊太郎 絵本★百貨典』『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』『アーノルド・ローベルの全仕事』(すべてブルーシープ)などがある。noteにて、製本にまつわるあれこれを執筆中。
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同じ主催者・講師のワークショップで、やはりハルキ文庫さんの『智恵子抄』を素材にしたワークショップ、これまでも確認できている限り、昨年、今年と2回ありました。ありがたし。

今回は「背継ぎ上製」。平(ひら・イコール表紙)と背で別々の素材を組み合わせるやり方です。
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確かにそういう装幀もあったなぁと思い、書架を見てみると、ありました。
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昭和9年(1934)、四明社刊行の『現代詩三十講』。光太郎の評論「生きた言葉」が収められています。探せば他にもあるのでしょうが、ぱっと目につきました。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 44 『朗読詩集 地理の書 他八篇』詩歌翼賛第一輯

昭和16年(1941)7月27日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編

収録作家
 高村光太郎 島崎藤村 千家元麿 北原白秋 佐藤春夫 尾崎喜八 三好達治 草野心平
 西村皎三 岸田国士

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まだ太平洋戦争は始まっていませんが、日中戦争は既に泥沼化、国家総動員法なども施行されていた時期です。とうとう大政翼賛会でこんなものを出す世になりました。この「詩歌翼賛」のラインナップは何種類か刊行され、おそらく全てに会の一員だった光太郎の作品が掲載されています。太平洋戦争開戦前なのに既に物資不足の様相を呈しており、装幀はもちろん、紙質も実に粗悪です。

光太郎作品は序文的な「詩の朗読について」、詩「地理の書」。

手持ちのものは昭和17年(1942)10月10日修正再版です。

昨日、来る9月6日(日)に杉並公会堂さんで開催される「POEM*CONCERT V ほんとの空 ~高村光太郎の哀歌~」についてお知らせいたしましたが、同日開催されるイベントをあと2件把握しております。ぼちぼち「芸術の秋」ということで、特に土日祝日にはさまざまなイベント等のブッキングが出てきそうです。

まず千葉県松戸市。

講演会・討論会 長沼智恵子と高村光太郎

期 日 : 2026年9月6日(日)
会 場 : 馬鈴薯の芽 千葉県松戸市常盤平2-19-9
時 間 :  講演 14:00~15:00 討論 15:00~15:30 
料 金 : 500円 (含1杯分のドリンク・お菓子代)
講 師 : 中山康雄

長沼智恵子(1886-1938)は、『青鞜』第1号の表紙をデザインした画家です。平塚らいてうとは日本女子大学校でテニスの練習をしていた友人です。絵画への関心を貫いて女子大学校卒業後も東京にとどまって太平洋画会研究所で絵画を学び、詩人で彫刻家の高村光太郎(1883-1956)と知り合い、親の反対を押し切って結婚しています。長沼智恵子の生きざまについては高村光太郎の『智恵子抄』(1941)に記されていますが、今回は長沼智恵子と高村光太郎の二人の芸術への取り組みについて考察したい。

なお、この講演会・討論会に参加するのに高村光太郎の作品を読んでいる必要はありません。長沼智恵子と高村光太郎の作品や生涯については講演会で説明しますので、お気軽にお立ちよりください。

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会場の「馬鈴薯の芽」さん。カフェだそうですが、さまざまなイベント会場としても使われているようで、今月9日にはやはり「講演会・討論会」の「平塚らいてうと『青鞜』」が、今回と同じ中山康雄氏という方が講師で開催されていました。『青鞜』つながりで智恵子、と、連続みたいな感じでしょうか。

続いて岡山県赤磐市。

永瀬清子を巡る文学の旅 東北編 報告会

期 日 : 2026年9月6日(日) 9月9日(水)
会 場 : 9月6日(日) 清子の家 岡山県赤磐市松木691
      9月9日(水) ゆうあいセンター大会議室分室2 岡山市北区南方2丁目13-1
時 間 : 9月6日(日) 13:30~15:00
      9月9日(水) 18:00~19:30
料 金 : 投げ銭

NPO法人永瀬清子生家保存会理事長横田都志子&岸田真理子による、今年の「東北紀行」報告会

詩人・永瀬清子の作品や足跡をたどりながら、東北の風土や人々、文学との出会いを旅するように語り合います。東北に息づく言葉と思いに触れてみませんか。
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永瀬清子(明治39年=1906~平成7年=1995)は、岡山県豊田村(現・赤磐市)生まれの女流詩人。戦前から光太郎と交流があり、昭和15年(1940)刊行の詩集『諸国の天女』は、光太郎が序文を執筆しました。また、昭和9年(1934)、新宿モナミで開催された宮沢賢治追悼会に、光太郎や当会の祖・草野心平らと共に出席、かの「雨ニモマケズ」の「発見」の現場にも立ち会いました。

清子の地元では、NPO法人永瀬清子生家保存会さん、赤磐市教育委員会さんなどがさまざまな顕彰活動を行っています。当方も一度、清子の忌日「紅梅忌」に参加させていただきました。

今回はNPO法人永瀬清子生家保存会さんの方が、清子と縁のあった人々のうち、みちのくの文学者、賢治・光太郎・柳田國男・石川啄木の故地等を巡られ、その「報告会」と位置づけられています。
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赤磐市と岡山市とで2回開催、おそらく同一内容なのでしょう。

それぞれ、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 38 『Anthologie des Poètes japonais contemporains』

昭和14年(1939) 日付不明 MERCVRE DE FRANCE 松尾邦之助編
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収録作家
 詩 土井晩翠 島崎藤村 岩野泡鳴 野口米次郎 蒲原有明 薄田泣菫 与謝野晶子
   高村光太郎 北原白秋 石川啄木 千家元麿 川路柳虹 萩原朔太郎 三木露風
   室生犀星 三富朽葉 北川冬彦 柳沢健 佐藤惣之助 富田砕花 日夏耿之介
   西條八十 生田春月 堀口大学 佐藤春夫 百田宗治 平戸廉吉 深尾須磨子
   西脇順三郎 大木篤夫 丸山薫
 短歌 正岡子規 佐佐木信綱 与謝野鉄寛 島木赤彦 金子薫園 与謝野晶子 斎藤茂吉
    前田夕暮 北原白秋 若山牧水 石川啄木
 俳句 内藤鳴雪 村上鬼城 河東碧梧桐 正岡子規 高浜虚子 荻原井泉水 高田潮位
    臼田亜浪


パリのメルキュール・ド・フランス社から出た、日本詩歌句集です。おそらく仏語訳も編集に当たった松尾邦之助が行ったと考えられます。

光太郎詩は「あどけない話」「同棲同類」「触知」「火星が出てゐる」「街上比興」「花下仙人に遇ふ」でした。

ちょこっとお手伝いをさせていただいたコンサートです。

POEM*CONCERT V ほんとの空 ~高村光太郎の哀歌~

期 日 : 2026年9月6日(日)
会 場 : 杉並公会堂 小ホール 東京都杉並区上荻1-23-15
時 間 : 13:30開場 14:00開演
料 金 : 一般 3,500円、学生 1,000円

《POEM*CONCERT》は 一人の詩人の世界を 作者と作品の解説 作品の朗読 その詩を元に作られた歌曲を通して 深く味わう新たな試みです

金子みすゞ(2019年)、立原道造(2023年)、中原中也(2024年)、宮沢賢治(2025年)を取り上げてきました。今回は高村光太郎を取り上げます。

《プログラム(予定)》
 お話・朗読 「高村光太郎の世界」「光太郎と智恵子」ほか
 歌曲 4人の作曲家(朝岡真木子、清水脩、別宮貞雄、蒔田尚昊)による『智恵子抄』他

《出演者》
 松野志保(お話と朗読) 黒川京子(ソプラノ) 清水邦子(メゾソプラノ)
 紀野洋孝(テノール) 馬場眞二(バリトン) 田中明子(ピアノ)

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昨秋開催された宮沢賢治編を拝聴に伺いました。その前の1月31日(金)・2月1日(土)と1泊2日で、昨年もご出演された黒川京子氏と清水邦子氏を花巻にお連れし、賢治関連、光太郎関連のスポット巡り。そうした流れで今年は光太郎編です。

出演される歌い手の皆さん、それぞれに光太郎がらみの歌曲をこれまでにも演奏なさっています。

ソプラノの黒川氏は、上野の旧東京音楽学校奏楽堂で開催された「第二十二回 二期会日本歌曲研究会演奏会」や世田谷区のカトリック松原教会さんでの「第39回カトリック松原教会チャリティーコンサート~ガリラヤの風かおる丘で~」で、故・蒔田尚昊氏作曲の歌曲集「智恵子抄」から。

メゾの清水氏は朝岡真木子氏作曲の「歌曲集 智惠子抄」CDをリリースなさり、あちこちで同組曲から演奏なさっています。

テノール・紀野氏は別宮貞雄氏作曲の「歌曲集《智惠子抄(改定新版)》」を含むCDをリリース、やはり同曲集の全曲や抜粋での演奏を精力的になさっています。

そしてバリトンの馬場氏。清水氏同様、朝岡真木子氏作品を扱うコンサートのご常連で、「智恵子抄」系ではありませんが、その後に作曲された「冬が来た」を歌われました。

そういうわけで、朝岡氏、別宮氏、蒔田氏プラスこの手のものの嚆矢と言っていい故・清水脩氏作曲の「歌曲集 智恵子抄」からも。

さらに当方手持ちの光太郎作詞の歌曲や混声四部合唱の楽譜やCDをコピーし、「こんな作品がありますよ」。その中で、シャンソン系歌手のモンデンモモさん作曲、当方編曲の女性二部合唱「あどけない話」もプログラムに入れて下さったそうです。また、故・坂本龍一氏がNHKさんの「にほんごであそぼ」のために書かれた「道程」も、「面白いね」というお話でした。ただ、そちらは演奏されるかどうか聞いていません。

というわけで、全編光太郎漬けというコンサートも珍しい試みです。ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 37 『現代詩人自選詩華集』日本詩壇第7巻第1号 新年特輯号

昭和14年(1939)1月1日 日本詩壇発行所 吉川則比古編
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収録作家
 北原白秋 三木露風 高村光太郎 堀口大学  萩原朔太郎 白鳥省吾 福田正夫 百田宗治
 佐藤清 前田鉄之助 喜志邦三 木水弥三郎 吉田一穂 春山行夫 安西冬衛 北川冬彦
 北園克衛 岡崎清一郎 草野心平 岡本潤 小野十三郎 大江満雄 笹沢美明 村野三郎
 村野四郎 近藤東 能村潔 藪田義雄 折戸彫夫 丸山薫 竹中郁 岩佐東一郎 内野健児
 泉與志朗 月原橙一郎 安部宙之介 高木秀吉 岡本弥太 中山輝 塚本篤夫 田中冬二
 長田恒雄 田中令三 安藤一郎 阪本越郎 高橋玄一郎 岩本修蔵 乾直恵 前田いさむ
 加藤健 杉本駿彦 吉川則比古 池永治雄 吉沢独陽 藤本浩一 山内隆 藤村誠一
 荘原照子 大島博光 田中克巳 古川賢一郎 火野葦平 奥保 川口治洋 福富武人
 大塚徹 鈴樹昌 村上成実 小西秋雄 海老名礼太 葛井和雄 細川昊 田坂数夫
 西山五百枝 舟木由岐 岡より子 柴俊介 黒田義文 杉山真澄 大野良子 多賀城
 長谷執持 真鍋勝見 福島公肇 佐藤総右 手塚武 横山健二 高村直衛 志賀諒太郎
 清水達 八十島元 小松茂彦 宇知浩 中田戻 牧原幽紀 藤林平也 松村一美 高山泰子
 臼井喜之助 酒井梅次郎 高木寂 桑門つた子 淀川鮎子 江島朋子 吉野多美子
 大塩虹雨 船方一 藤永義高 入谷伊利一 長谷雄京二 西村和三郎 竹内はじめ
 小島禄琅 塩谷安郎 吉村ヨシチカ 齊木家義 三枝響 虚木一 塩田喜治 伊藤隆夫
 橋本健三 小川陽 中島義信 松永錠太郎 山縣深雪 挽地英夫 奈良進 国広勝太郎
 梅沢恒夫 藤井伸 佐賀連 後藤敏夫 中山抱月 小夜川葉平 八木国夫 山田弥三平
 大江千代吉 出口光 水原宏 増田秀 税田竹由樹 森田勝寿 鮎川桂介 北川綾子
 藤波里子 橋本深 小島昇 清水省吾 大石英麿 利木田光緑 林太郎 平野勝 川田俊雄
 田中露秋 丸山吉三郎 赤松芳影 稲野美智男 大坪健一 田中林弥 

雑誌『日本詩壇』の新年号ですが、まるまる一冊、自選のアンソロジーになっています。巻末に「全国主要詩誌一覧表」「全国詩人住所録」。『日本詩壇』では翌年、翌々年の新年号も同じ形を採りました。

光太郎詩は「老聃道を行く」が収められています。

地方紙『山口新聞』さんの一面コラムに、光太郎の父・光雲の名。

四季風 松林桂月「山居」に出会う001

久し振りに東京・上野の東京国立博物館に入れた。「弘法大師生誕1250年 特別展『空海と真言の名宝』」は盛況で、コレクション展をのぞいた▼特別展はこの日、天皇皇后両陛下が鑑賞したと翌日知ったが、近年の美術館巡りブームで、本館の展示を替える常設展もにぎわう。好きなジャンルはしっかりと見て、駆け足で「近代の美術」の大部屋へ▼高村光雲「老猿」(1893年)は3度目(多くの人が知るからサービスで展示?)。初回の驚きはないものの、さすがの迫力。びっくりしたのは前田青邨の大作「大同石仏」(1938年)。「胡粉(ごふん)と黄土を塗り重ね、岩肌の質感が写実的に描かれ」、有名な雲崗第20洞の巨大な石仏が宗教・精神性さえ感じさせる。気迫の力作だ▼感動したのがもう一つ。松林桂月(1876~1963年)の「山居」(六曲一双、1935年)。墨で渓谷の幽玄な世界が広がるが、一瞬、冷気を感じた。60歳直前、桂月最盛期の作品だ▼萩市出身で花鳥風月の掛け軸などを見る機会が多くあった 、この人が文化勲章受章者? と思ってきたが、ついに本物に出合った. ▼東京も暑かった。でも得した夏の数時間だった。機会があれば、ぜひ上野の山へ。

上野のトーハクさん本館(日本ギャラリー)の常設展示「日本の美術」。『山口新聞』さんですので、メインは山口県出身の松林桂月「山居」(昭和10年=1935)。墨一色で描かれた六曲一双の屏風です。
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それからひさびさに出ている光雲の「老猿」(明治26年=1893)。
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しばらくぶりにトーハクさんのサイトで「老猿」を調べてみたら、ほぼ360°プラス上下方向などからの画像が見られるようになっていて(いつからなのか寡聞にして存じませんが)、驚きました。
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通常は見られない、底面からの撮影も。
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「こんなふうになっているんだ」という感じです。

また、実際の展示では少し高めの台座に乗せられていますので、この俯瞰アングルから見ることもできません。「おお!」でした。
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「山居」、「老猿」、とりあえず10月18日(日)まで。その後、展示替えとなりますが、継続して出されることもなくはありません。ま、そこまではわかりません。とりあえず出ている今のうちにどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 34 『日本名作選』日本少国民文庫 第十六巻

昭和11年(1936)7月15日 新潮社 山本有三編
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収録作家
 島崎藤村 芥川龍之介 豊島与志雄 佐藤春夫 水上瀧太郎 薄田泣菫 鈴木文史郎
 濱田広介 平塚明 坪田譲治 宮澤賢治 中村憲吉 直木三十五 久米正雄 馬場恒吾
 北原白秋 中西悟堂 里見弴 荻原井泉水 志賀直哉 菊池寛 草野俊介 宇野浩二
 高村光太郎 穂積重遠 鈴木三重吉 松瀬青々 武者小路実篤 吉村冬彦 若山牧水
 夏目漱石 森鷗外 武井武雄


少年少女向けの「日本少国民文庫」というシリーズの一冊。散文、詩歌句入り乱れての構成です。まだ日中戦争も始まっていない時期ですが、既に「少国民」という単語は使われていたのですね。

光太郎作品は詩「道程」が収められています。それから宮沢賢治「オッペルと象」。昭和8年(1933)に亡くなった賢治ですが、翌年から光太郎等の尽力で文圃堂版『宮沢賢治全集』が刊行され、ようやく諸大家と肩を並べてこの手の書籍に作品が採られるようになってきたところです。

都内から演劇公演情報です。

第三十五回ゆーりんプロデュース公演MANDALA綺譚「歌と語りで紡ぐ~智恵子抄~」

期 日 : 2026年8月25日(火)・26日(水)
会 場 : 南青山MANDALA 港区南青山3-2-2 MRビルB1
時 間 : 8/25 19:00~ 8/26 14:00~ 19:00~
料 金 : 4,700円(1ドリンク付)

高村光太郎氏の「智恵子抄」の物語をギターの生伴奏とともに、朗読と芝居と、時に歌にのせて紡いでいきます。会場で提供している食事や飲み物とともにお楽しみいただける公演です。

企画制作 株式会社ゆーりんプロ  
脚本 よこざわけい子  演出 山端零
出演 北斗誓一 池田祐子 山端零 瀬那歩美 涼葉紅美 田村知佳
   モルシェッドシッディーキー誠也 河田奈実 前園瑛一

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10年前にも同じゆーりんプロさんの主催公演があり、拝見に伺いました。その際と同一の脚本かな、という気がします。キャストも一部、同じ方々のようです。実際に拝見するまで存じませんでしたが、かなりの人数が出演される大がかりなものでした。
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光太郎智恵子それぞれの家族、「パンの会」などの関係で柳敬助、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、小山内薫、市川左団次、よか楼のお梅らも。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 27 『海図 生田春月追悼詩集』

昭和5年(1930)7月18日 交蘭社 佐藤信重編纂代表
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収録作家
 生田春月(遺稿) 高村光太郎 室生犀星  奥栄一 金子薫園 麻生恒太郎 堀克三
 伊藤雪子 加藤愛夫 鯉淵武司 小島行夫 真船浩 真船真沙子 松尾啓吉 野長瀬正夫
 落合茂 大島庸夫 佐々木宵吉 佐藤信重 杉原邦太郎 鈴木惣之助 武井京 竹内瑛二郎
 丹野幸吉 山口啓一 山本華子 加藤武雄 中村武羅夫 石川三四郎 小川未明
 片田江全雄 池田孝次郎 石原健生 布施延雄 望月百合子 林芙美子 樺山千代
 西島治子 萩原朔太郎 生田花世


この年5月、瀬戸内海を航行中の船から投身自殺を遂げた生田春月の追悼詩華集です。

光太郎は書き下ろしの「消えずの火」を寄せました。
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    消えずの火

 倒れる側から新らしい生身(なまみ)の壁が、
 どんなあらしや、003
 どんなはやてや、
 どんな豪雨や、
 どんな突風にも、
 この消えずの火をまもつて、
 ぎつしり築いた、肉の歴史を未来に手渡す者は、
 倒れることによつてさへ罅隙をうづめる。
 この火がいつどんな火になるかを誰が語らう、
 つひに消えない消えずの火は、
 この世の純潔を点(とも)して
 屈強な倫理の腕に囲まれてゐる。

8月9日(日)、光太郎ゆかりの宮城県女川町で開催された第35回女川光太郎祭に列席し、講演を一席ぶって参りましたが、その際に持参する手土産を、自宅兼事務所のある千葉県香取市佐原地区で仕入れて行きました。

創業明暦3年(1657)という老舗の和菓子屋「御菓子司 虎屋」さん。
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重厚な蔵造りのお店です。

周辺にも同様のお店が多く、一帯は関東地方で初めて重要伝統的建造物群保存地区に指定され、ちょっとした観光地となっていますし、映画、テレビドラマ、旅番組、CM等のロケ地としてもよく使われています。最近ですと、綾瀬はるかさん主演の映画「人はなぜラブレターを書くのか」や、NHKさんのドラマ「天城越え」、テレビ朝日さんの「相葉ヒロミのお困りですカー?」などのロケが行われました。かつては昭和42年(1967)の岩下志麻さん、丹波哲郎さん主演の松竹映画「智恵子抄」でも。

虎屋さんにも、6月9日(火)、日テレさん放映の「ヒルナンデス!」で、佐藤栞里さんと瀬戸朝香さんが訪れられました。
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お二人が召しあがったのが、虎屋さん看板商品の「とらやき」系。どら焼きに近いのですが、屋号にちなみ皮が虎っぽい模様になっています。女川にもこれを買っていきました。
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さて、店内外には、以前にお店で使っていたお菓子の木型が飾られています。
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それから、かつて住居部分で使われていたという欄間の木彫も4面。

そのうち2面、七福神をあしらった作品に「祥雲」と銘が入っています。
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苗字や制作年が書かれていないので、断定的なことは言えませんが、「祥雲」といえば、光太郎の父・光雲の弟子の一人に「田中祥雲」という人物がいて、それではないかと推測されます。

光雲の談話筆記『光雲懐古談』(昭和4年=1929)に祥雲の記述があります。

 大阪天王寺町の由緒ある仏師の弟で田中栄次郎といふ人が内弟子になつてゐました。なかなかな変り者で、また極ずいの勉強家で、その丹念なことに到つては驚くばかりでした。後に大阪に帰り、京阪地方で彫刻家の牛耳を取るやうになりました。宅にいる間四、五年修業を積み、年が明けて後、この人は、手間の掛かる限りを尽くして十二神将の中の波夷羅神将を二尺以上にこしらへ、美術協会へ出品しました。この作は三年間も掛かつたのでその気の長いことは無類で、一つの木に取りつくと、気の済むまでは何時までも取つ附いていぢつてゐるので、何処までも、突きつめて行く精力はえらいものでありました。私はこれには感心しましたので、波夷羅神将の出来上がつた時、百五十円の売価を附けることが不当とは少しも思いませんでした。当時一個の木彫りで百五十円といふ価格は飛び切りで、かつて山田鬼斎氏が百円といふ売価を附けたので驚いた位の時代でありますから、まだ、知名の人でもない田中氏が百五十円といふのは不当のやうでしたが、私の目から見て、歳月の掛かつてゐることと、努力の籠つてゐることに対して、まだまだ安いとも思はれました。その頃は木彫りの置き物一個三十円から、七十円といふのが関の山であつたのに、これは異例でしたが、やはり一心の籠つたものは恐ろしいもので、見処があつたと見え宮内省の御用品となりました。後に或る奈良の宮家へ下されたさうですが、それをまた奈良の新薬師寺の尼さんが御ねだりして拝領して、今は同寺の宝物になつてゐるさうであります。田中栄次郎氏、号を祥雲といひました。奇行湧くが如き人で、頤はずしの名人でありました。……あごはずしといふのは、言葉通り大笑ひと、大あくびで、ひよつとすると、頤がはずれるので、両手で抑へたり、縦に八巻をしたりして、用達をして人を驚かせたり笑はせたりしました。人柄は無類で、腕も今申す通りで、惜しい人でしたが一昨年故人となりました。生前、私のことを恩にしていたと見え、或る年、家内が大阪見物に参つた折など別して親切にしてくれたさうで、私も昔の心持を忘れぬ同氏の好意をうれしく思つたことであります。祥雲氏は精密なものが特に得意であつたが、或る大阪の商人から頼まれ、興福寺の宝物の華原磬(鋳物で四疋の竜が絡んだもの)といふものを黄楊で縮写したのを見ましたが、精巧驚くべきものでした。これも三年掛かつたと本人が私に話してゐました。風采は禅坊主見たいな人で、庵室にでも瓢然として坐つてゐさうな風の人であつた。

「由緒ある仏師の弟」とありますが、兄は「田中主水」という人物でした。昭和11年(1936)発行の『大阪人物誌』という書籍には、兄弟並んで紹介されています。
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この書籍によると、祥雲は大正6年(1917)に53歳で没したそうで、逆算すると1865年生まれとなり、この年は元治2年か改元された慶応元年となります。ただ、大正2年(1913)刊行の『大日本人物誌』という書籍では明治元年2月の生まれとしています。
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しかし慶応4年が明治元年に改元されたのは9月で、明治元年2月というのはそもそも存在しません。この時代の書籍はこういうところが結構いい加減で、困ってしまいます。

また、祥雲は同じ大阪の彫刻家で、光太郎とも交流のあった今戸精司あたりとも繋がっていたようです。
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それから、『光雲懐古談』にある「波夷羅神将」はこちら。
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ほう、という感じです。

先述の通り、断定は出来ませんが、虎屋さんの欄間彫刻2面、この田中祥雲の手になる物ではないかと推測されます。

他に2面、「弘介」銘の欄間も。モチーフは松鶴図です。
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この「弘介」は、さらに輪をかけて解らないのですが、どうも富山県の伊波彫刻の流れのようです。

千葉県香取市佐原地区、建物もそうですが、多くのお店で一歩入るとこの手の貴重な物が何気に飾ってあったりします。ぜひお越し下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 25 『全日本詩集』

昭和4年(1929)11月25日 文書堂 東亜学芸協会編
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収録作家
 安西冬衛 赤松月船 会田毅 江口隼人 福田正夫 福士幸次郎 福富菁児 福原清
 藤田健次 深尾須磨子 古川巌 後藤楢根 萩原朔太郎 萩原恭次郎 春山行夫 堀口大学
 平木二六 広瀬操吉 平沢貞次郎 濱田広介 石川善助 生田春月 井上康文 生田花世
 今岡弘 伊福部隆輝 岩淵威夫 一瀬直行 川路柳虹 加藤介春 加藤憲治 勝承夫
 神戸雄一 吉地昌一 国井淳一 北島春柳 草野心平 金子光晴 倉橋弥一 北原白秋
 北川冬彦 木山捷平 衣巻省三 小畠貞一 神原泰 黄瀛 金子みすゞ 久保田宵二
 武者小路実篤 室生犀星 村野四郎 前田鉄之助 松村又一 正富汪洋 三好十郎
 三木露風 宮西一積 宮崎孝政 宮崎丈二 森竹夫 百田宗治 水島満久男 中村漁波林
 中西悟堂 中田信子 南江二郎 野長瀬正夫 中野重治 野口米次郎 西谷勢之介
 西村輝雄 野口雨情 尾崎喜八 大木篤夫 尾形亀之助 大鹿卓 小野十三郎 大手拓次
 大江満雄 岡本潤 小田揚 大関五郎 大鹿照男 柴山晴美 渋谷栄一 白鳥省吾
 笹沢美明 千家元麿 杉江重英 陶山篤太郎 坂本遼 佐々木秀光 佐藤春夫 佐藤惣之助
 佐藤清 佐藤一英 サトウハチロー 西條八十 島田芳文 鹿山鶯村 島田忠夫 錫木碧
 佐々木高明 竹中郁 田中清一 富田砕花 多田不二 竹村俊郎 高村光太郎 角田竹夫
 月原橙一郎 武本龍夫 都築益世 高橋新吉 高木斐瑳雄 塚本篤夫 竹内てるよ
 玉置光三 田中善徳 竹中久七 潮田武雄 渡邊波光 渡辺修三 内野健児 吉川行雄
 与田準一 米沢順子 横山青娥 吉田一穂 山崎泰雄 山本和夫 山路英世
 跋 木村秀吉


光太郎詩は「非ユークリツド的」一篇。

この時点でまだ若手だった詩人の作を多く採っているように思われます。金子みすゞの作品が載っているというのも珍しいと思います。

注文しておいた新刊が届きました。

カラー版 皇室のお宝

発行日 : 2026年8月10日
著者等 : 本郷和人
版 元 : 中央公論新社(中公新書ラクレ)
定 価 : 1,400円+税

伊藤若冲「動植綵絵」、狩野永徳「唐獅子図屏風」、横山大観「日出処日本」……。長い時間をかけて大切に受け継がれてきた名宝には日本人の感性が息づいている。2026年リニューアルオープンの皇居三の丸尚蔵館を中心として、皇室にゆかりのある絵画作品や工芸品を、「日本史王」の著者が一挙紹介。歴史家の「目」をもって作品の背景を読みといていけば、日本人の自然観や宗教、政治的思惑が浮かび上がる。
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目次
 まえがき
 第1章 貴族と寺社のお宝
  伊藤若冲《動植綵絵》 藤原定家筆《更級日記》 小野道風《屏風土代》
  高階隆兼《春日権現験記絵》
 第2章 武家のお宝
  《蒙古襲来絵詞》 狩野永徳《唐獅子図屏風》 《醍醐寺三宝院庭園》 《黄金分銅》
  豊臣秀吉《豊臣秀吉朱印状(八丈宮宛)》 藤原定信《金沢本万葉集》 《京極正宗》
  《一の谷馬藺兜》 《萬国絵図屏風》 葛飾北斎《西瓜図》
 第3章 明治と昭和のお宝
  邨田丹陵《大政奉還》 和田英作《憲法発布式》 海野勝珉《蘭陵王置物》
  高村光雲《矮鶏置物》 並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》
  十二代沈壽官《色絵金彩菊貼付香炉》 《東京都庭園美術館 本館(旧朝香宮邸)》
  横山大観《日出処日本》
 第4章 天皇家に伝わったお宝
  《聖徳太子二王子像 御物模写》 王羲之《喪乱帖》 伝狩野永徳《源氏物語図屏風》
  《三種の神器》


雑誌『中央公論』さんの令和6年(2024)4月号から令和7年(2025)11月号に載った、本郷和人氏の連載「皇室のお宝拝見」を単行本化したものです。一部、加筆・訂正が為されているとのこと。

「高村光雲《矮鶏置物》」は令和7年(2025)1月号の掲載でした。そちらで拝読しましたが、他の美術品等についての項も読んでみたかったので購入した次第です。

基本、皇居三の丸尚蔵館さんに収められている品々から紹介されています。一部、トーハクさん(「一の谷馬藺兜」)、聖徳記念絵画館さん(邨田丹陵「大政奉還」)など、他館所蔵のものも。

著者の本郷氏、美術史家ではなく歴史学者ですので、技法的な部分よりもそれぞれの作品の歴史的背景などについての解説が充実しています。雑誌連載時に使われていたカラー図版も踏襲し、従って同じ中公新書ラクレシリーズの他の書籍より割高ですが、ビジュアル的にいい感じです。

ぜひお買い求め下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 22 『現代日本詩集 現代日本漢詩集』現代日本文学全集第三十七編

昭和4年(1929)4月15日 改造社 島崎藤村著者代表

目次
 現代日本詩集 現代日本詩家年譜 現代日本漢詩集 現代日本漢詩家小伝
 明治大正詩史概観 明治大正漢詩史概観
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収録作家等(現代日本詩集のみ)
 外山ヽ山 矢田部尚今 井上巽軒 湯浅半月 山田美妙 小室屈山 落合直文 中西梅花
 大和田健樹 北村透谷 国木田独歩 佐佐木信綱 正岡子規 宮崎湖処子 田山花袋
 太田玉茗 塩井雨江 武島羽衣 大町桂月 三木天遊 繁野天来 戸川残花 森鷗外
 島崎藤村 上田敏 与謝野寛 土井晩翠 高安月郊 馬場孤蝶 河井酔茗 薄田泣菫
 山本露葉 小山内薫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 吉野臥城 岩野泡鳴 真下飛泉
 山崎紫紅 平木白星 野口米次郎 前田林外 児玉花外 溝口白羊 小牧暮潮 相馬御風
 与謝野晶子 石川啄木 北原白秋 平野万里 茅野蕭々 澤村胡夷 長田秀雄 木下杢太郎
 三木露風 野口雨情 福田夕咲 正富汪洋 川路柳虹 加藤介春 服部嘉香 水野葉舟
 高村光太郎 山村暮鳥 森川葵村 三富朽葉 今井白楊 福士幸次郎 竹友藻風 生田春月
 富田砕花 室生犀星 萩原朔太郎 白鳥省吾 佐藤春夫 柳沢健 西條八十 日夏耿之介
 堀口大学 福田正夫 千家元麿 百田宗治 佐藤惣之助


「現代日本文学全集」は、いわゆる「円本ブーム」を作ったものです。

光太郎詩は「雨にうたるるカテドラル」「樹下の二人」「鉄を愛す」「雷獣」「白熊」「象の銀行」「無口な船長」「夜の二人」「火星が出てゐる」「花下仙人に遇ふ」「あどけない話」「ぼろぼろな駝鳥」「同棲同類」「何をまだ指してゐるのだ」「触知」「街上比興」「その詩」「首の座」。さらに簡略な自伝も収められています。

この手のものとしては珍しく、光太郎自身の校訂が入っていることが確認できています。

公式のプログラムには記載がありませんが、武智鉄二構成演出、観世寿夫らの作曲・作舞「新作能 智恵子抄」(昭和32年=1957)が扱われるそうです。

教職員・教育関係者対象 能・狂言 教え方講座 ~能・狂言の授業をするために~

期 日 : 2026年8月20日(木)/8月21日(金)
会 場 : 銕仙会能楽研修所 東京都港区南青山4-21-29
時 間 : 8/20(木)午前10時〜午後5時 8月21日(金)午後1時〜午後5時
料 金 : 2,000円
主 催 : 公益社団法人銕仙会

 本講座は、学校の先生方が子供たちに能狂言について授業が出来るようになることを目標としています。能狂言の講義に加えて、鑑賞と体験をしていただき、先生方の能楽に対する疑問や不安を解消することで、具体的な授業に取り組んでもらえるようプログラムを考えました。能狂言の知識は全教科に活用できるものだと考えています。国語・音楽の教科に限らず、ぜひ多くの教職員の皆さんの受講をお待ちしております。

8月20日[木]講座と鑑賞
 第1部 お話 10:00~12:00
  はじめに 観世銕之丞
  能・狂言の歴史と作品 三浦裕子(武蔵野大学文学部教授・能楽資料センター長)
  面・装束について
  狂言とは・仕草の体験 山本則重
 第2部 実技体験 13:00~15:00
  実技講習 カマエ・型、謡、囃子
  舞囃子『羽衣』鑑賞
 第3部 鑑賞 15:15~17:00
  装束付舞囃子『敦盛』鑑賞
  授業の実例紹介 佐野 匠(長野県伊那北高校 教員)
  宿久 舞希(中学校教員)
  質疑応答・意見交換

8月21日[金]より深く能を知るための体験教室 13:00~17:00
 謡と型の稽古を体験していただきます。
 謡 能の詞章、音階、リズム、発声法
 型 能のカマエ、ハコビ、型の単元、舞
 対象 これまでの教え方講座(今年を含む)の受講者のみ
 講師 鵜澤久、小早川修、北浪貴裕
 *白足袋はご持参下さい。

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8月20日(木)の「講座と鑑賞」の中で、銕仙会さん所属の清水寛二氏が「新作能 智恵子抄」の謡(うたい)を謡われるそうです。ちとはっきりしないのですが、第2部「実技体験」か第3部「鑑賞」の中でどなたかの研究発表に付随して、とのことです。

「新作能 智恵子抄」、それを作った観世寿夫が銕仙会の中興の祖のようなところですので、同会ではその後も時折、取り上げて下さっています。
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ただ、初演の形での上演ではなく、ダイジェスト版の「舞囃子」、または謡(うたい)のみだったりします。当方も一度、令和3年(2021)に南青山の銕仙会能楽研修所さんで開催された「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」で、故・山本順之師をはじめとする方々の連吟の形で拝聴しました。
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今回は清水寛二氏が謡われます。清水氏、こちらで把握しているところでは、先述の「山本順之師の謡と舞台への思いを聴く会」で連吟のお一人として、また同じ令和3年(2021)に江戸川区のタワーホール船堀さんで開催された「もやい展2021東京 3.11から10年 語り継ぐ命の連綿」、令和5年(2023)には横浜能楽堂さんでの企画公演「能役者 鵜澤久」の際にも謡われています。

右画像は清水氏のSNSよりお借りしました。

なぜ教職員・教育関係者対象の講座で「智恵子抄」かというと、推測ですが、現在でも東京書籍さんの中学校3年生用の国語教科書『新編 新しい国語』に「レモン哀歌」が載っていますし、探せば他にも高校用の教科書などにも光太郎詩の掲載があるのではないかと思われ、そのためなのでしょう。

「教職員・教育関係者対象」ということは、小中高、さらに大学さんも含まれるかと思われます。関係の方、奮ってのご応募を。

【高村光太郎書誌】

詩華集 19 『代表傑作日本詩集』

昭和3年(1928)5月15日 帝国教育研究会 高木斐川/古賀峡谷編
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収録作家等
 外山ヽ山 井上巽軒 矢田部尚今 中西梅花 湯浅半月 大和田健樹 北村透谷 馬場孤蝶
 塩井雨江 大町桂月 武島羽衣 宮崎湖処子 森鷗外 正岡子規 国木田独歩 松岡国男
 田山花袋 太田玉茗 島崎藤村 土井晩翠 高安月郊 山本露葉 小山内薫 河井酔茗
 伊良子清白 横瀬夜雨 薄田泣菫 与謝野寛 与謝野晶子 吉野臥城 平木白星 前田林外
 蒲原有明 児玉花外 岩野泡鳴 上田敏 石川啄木 相馬御風 北原白秋 木下杢太郎
 三木露風 茅野蕭々 高村光太郎 人見東明 加藤介春 三富朽葉 森川葵村 福田夕咲
 服部嘉香 今井白楊 川路柳虹 竹友藻風 山村暮鳥 福士幸次郎 加藤一夫 富田砕花
 水野盈太郎 白鳥省吾 福田正夫 百田宗治 千家元麿 佐藤惣之助 室生犀星 柳沢健
 日夏耿之介 堀口大学 西條八十 萩原朔太郎 野口雨情 武者小路実篤 正富汪洋
 佐藤春夫 野口米次郎 秋田雨雀 佐藤清 藤森秀夫 沢ゆき子 尾崎喜八 深尾須磨子
 大藤治郎 平戸廉吉 井上康文 北林初哉 前田春声 多田不二 金子光晴 相川俊孝
 赤松月船 泉浩郎 岡村二一 岡本潤 小畠貞一 大沢重夫 大鹿卓 吉田一穂 佐藤一英
 勝承夫 鈴木信治 陶山篤太郎 高木斐瑳夫 高橋新吉 田中清一 角田竹夫 中田信子
 三石勝五郎 松原至大 中西悟堂 中野秀人 南江二郎 萩原恭次郎 林信一 春山行夫
 平木二六 広瀬操吉 藤田健次 松村又一 宮崎丈二 山崎泰雄 米沢順子 橋爪健
 大木篤夫 松本淳三 神戸雄一 渡邊渡 上野壮夫


この書籍でしか見かけないような、マイナーな詩人の作品も多く含まれています。光太郎詩は「根付の国」「五月の土壌」「雨にうたるゝカテドラル」「懐ふ」「氷上戯技」の5篇です。

一昨日の『東京新聞』さん一面コラム。7月28日(火)に発生した令和8年熊本地震に関してです。

筆洗

詩人の萩原朔太郎は風呂が嫌いだったと、長女で作家の萩原葉子さんが書いている▼「朔太郎! 今夜こそお風呂に入っておくれだろうね、いったい幾日入らないと、お思いだい」。朔太郎の母親が叱るとしぶしぶ風呂場に向かうが、からすの行水であっという間に上がってしまう▼反対にこのお母さんの方は大の風呂好きでときには2時間も入っていたそうだ。熊本地震の被災者のつらさがよく分かるのはお母さんの方か。現地では断水が続いており、お風呂になかなか入れない▼県内では最大10万戸超の断水が発生した。復旧作業を急いでいるが、水道管の破損箇所が把握しきれず、長期化の恐れも出ている▼長期間、しかもこの真夏に風呂のない暮らしは厳しい。風呂ばかりではない。飲料水、炊事、トイレ。蛇口から水が出ないのは食料品や生活物資が手に入らぬのと同じつらさ、あるいはそれ以上かもしれない。毎日、給水所に通って長い列に並び、重いポリタンクを運ぶ。地震に襲われた心身にはそれだけで負担だろう。宇城市など断水が目立つ地域は水道管の耐震化が遅れていたとの指摘もある。国全体の教訓としたい▼「すべての人人をひたして/すべての人人を再び新鮮ならしめるもの」(高村光太郎『湯ぶねに一ぱい』)。お湯の心地よさ。断水を一日も早く解消し、地震に疲れた人々に、お風呂を取り戻したい。

被災された方々には心より御見舞い申し上げます。地震、大雨、そして近年の酷暑、さらにはクマによる被害などなど、ますます災害大国の感を呈している我が国ですが、一番の災害はそうした災害に対して有効な手だてをとらず、ミサイルなどを買い漁っている政権であることのような気がします。亡くなった方も出た水道管の破裂事故なども併せ、不必要な兵器より各種インフラの整備を急げと言いたくなります。

しかし、そういう方針である政権を構成する政党(災害時に避難所となる学校等へのエアコン設置も、「エアコンを設置して体調を崩したこともある。環境への適応能力をつけるには、ある程度、耐える能力を鍛えることも必要だ」と公言している輩がいるわけで)に投票し続けている国民が多いということは、厳しい言い方をすれば自業自得なのかも知れません。

さて、引用されている光太郎詩「湯ぶねに一ぱい」(大正5年=1916)は、以下の通り。

    湯ぶねに一ぱい

 湯ぶねに一ぱい
 湯は002
 しづかに満ちこぼれてゐる
 爪さきからそろそろと私がはいれば
 ざあつとひとしきり溢れさわいで
 またもとの湯ぶねに一ぱい――
 かすかに湧き出る地中の湯は
 肩をこえて
 なめらかに岩角から流れ落ちる
 涌いてはながれ
 涌いてはながれ
 しづまり返つた山間の午後
 私は止め度もなく湧いて流れる
 温泉に身をとろかして
 心のこゑをきく
 止め度なく湧いて来るのは地中の泉か
 こころのひびきか
 しづかにして力強いもの
 平明にして奥深いもの
 人知れず常にこんこんと湧き出でるもの
 ああ湧き出でるもの
 声なくして湧き出でるもの
 止め度なく湧き出でるもの
 すべての人人をひたして
 すべての人人を再び新鮮ならしめるもの
 しづかに、しづかに
 満ちこぼれ
 流れ落ちるもの
 まことの力にあふれるもの

画像は昭和17年(1942)、上州宝川温泉で入浴中の光太郎です。詩自体も北関東のどこかの温泉が舞台と考えられます。

ちなみに「湯ぶねに一ぱい」、萩原朔太郎が室生犀星と共に立ち上げた雑誌『感情』が初出です。その朔太郎が風呂キャンセル界隈だったというのは存じませんでした。有名な話なのでしょうか? 寡聞にして分かりません。

光太郎も、戦後の花巻郊外旧太田村での隠棲中は風呂キャン界隈でした。元々、山小屋には風呂場が無く、手拭いで身体を拭く程度。見かねた村人達や宮沢家などが鉄砲風呂というタイプの風呂を贈りましたが、薪を大量に使わねばならず、結局あまり使わないまま近くの開拓地に住んでいた青年に譲ってしまいました。現物は現在も残っていて、花巻高村光太郎記念館さんに収蔵されています。
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その代わり、花巻温泉、台温泉、鉛温泉、大沢温泉などの温泉地に入浴に行くことも少なからずあり、また、花巻町に出た際には桜地区にあった花巻病院長・佐藤隆房邸の立派な風呂を「桜温泉」と称して楽しみにしていたそうです。

さて、『東京新聞』さんにあるとおり、「お湯の心地よさ。断水を一日も早く解消し、地震に疲れた人々に、お風呂を取り戻したい」。まさにその通りです。エアコンに電源が必要だと知らないとか、避難所滞在たったの3分などというふざけた界隈はあてになりません。今こそ叡智の結集を、と思います。

【高村光太郎書誌】

詩華集 18 『昭和詩選』

昭和2年(1927)6月5日 新潮社 白鳥省吾編輯者代表
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収録作家等
 生田春月 川路柳虹 加藤介春 河井酔茗 木下杢太郎 北原白秋 西條八十 佐藤惣之助
 佐藤春夫 佐藤清 白鳥省吾 千家元麿 高村光太郎 多田不二 茅野蕭々 野口雨情
 野口米次郎 萩原朔太郎 日夏耿之介 服部嘉香 福士幸次郎 福田正夫 堀口大学
 三木露風 室生犀星 百田宗治

光太郎詩は「偉大なるもの」「ミシエル-オオクレエルを読む」です。

直接的には光太郎智恵子等に関わらないイベントですが、ご案内をいただいてしまい、これはこのブログで紹介せよ、ということなのかと(笑)。
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東松山市民文化センター開館50周年事業 ひがしまつやまアートフェスティバル

期 日 : 2026年8月11日(火)
会 場 : 東松山市民文化センター 埼玉県東松山市六軒町5-5
時 間 : 10:00~17:00

東松山市民文化センター開館50周年を記念し、令和8年8月11日(火・祝)に、全館を会場とした「ひがしまつやまアートフェスティバル」を開催します。当日は、クラシックコンサート、こども落語教室、美術ワークショップ、楽器体験、展示、ミニコンサート、キッチンカー、縁日コーナーなど、子どもから大人まで楽しめるイベントが盛りだくさんです。

イベント
 ・ホールクラシックコンサート ・ミニコンサート・弦楽器体験 ・飲食・物販
 ・スタジオ体験 ・縁日コーナー ・林家木久彦プロデュースこども落語教室 
 ・ひがしまつやまart のひろば
   ガラスのサンキャッチャーをつくろう/和綴じ製本/ブクブク泡でTシャツ絵付け
 ・作品展示・講座 彫刻家 高田博厚作品展― 高田が愛した「人間」のかたち ―
 ・玄関ホール展示 埼玉県立松山高等学校新聞部/埼玉県立松山女子高等学校書道部
 他
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このうち、多少なりとも光太郎に関わるのが「彫刻家 高田博厚作品展― 高田が愛した「人間」のかたち ―」。
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光太郎と直接の交流があり、早世した荻原守衛を除いて唯一、光太郎が高く評価していた同時代の日本人彫刻家・高田博厚の作品展示です。

やはり光太郎と直接の交流があり、東松山市の教育長を永らく務められた故・田口弘氏が、光太郎忌日・連翹忌の集いで高田と意気投合、同市での高田の個展を開催するのに尽力なさったのを皮切りに、東武東上線高坂駅前に光太郎胸像を含む高田博厚の作品群を並べた約1㎞の彫刻プロムナードを整備なさいました。
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高田が没し、田口氏も亡くなってからも、同市と高田家との交流は続き、鎌倉にあった高田のアトリエ閉鎖に伴い、そちらにあった作品や遺品が同市に寄贈されました。同市では毎年秋に、その作品群の展示を行っています。今年はそれとは別にこの時期に展示を行うとのことです。残念ながらそちらには光太郎胸像が含まれていないのですが。ただ、以前の例から鑑みるに、おそらく光太郎胸像を含む彫刻プロムナードに関わるパネル展示などはあるのではないかと思われます。

その他、地元ゆかりの音楽家や落語家の方々による公演、地元ご在住の美術家のみなさんによるワークショップなど、様々なコンテンツが用意されています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 17 『日本詩人選集』

大正15年(1926)7月1日 明文館 詩歌同好会編
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収録作家等
 北原白秋 蕗谷虹児 西條八十 犀川天磊 正富汪洋 山崎泰雄 与謝野寛 千家元麿
 島崎藤村 井上康文 高村光太郎 加藤介春 吉井勇 佐藤惣之助 尾上柴舟 生田長江
 沢ゆき子 伊良子清白 白鳥省吾 竹村俊郎 与謝野晶子 奥栄一 横瀬夜雨 川路柳虹
 太田玉名 生田春月 武者小路実篤 三木露風 竹久夢二 人見東明 里見弴 北村初雄
 平野万里 宮崎湖処子 竹友藻風 児玉花外 多田石二 富田砕花 林信一 大藤治郎
 田山花袋 松岡国男 深尾須磨子 泉鏡花 野口米次郎 福士幸次郎 野口雨情 福田正夫
 佐藤春夫 西村陽吉 前田春声 山村暮鳥 室生犀星 百田宗治 柳沢健 米沢順子
 茅野蕭々 蒲原有明 吉田絃二郎 河井酔茗 堀口大学 高山樗牛 夏目漱石 岩野泡鳴
 国木田独歩 齋藤緑雨 大塚楠緒子 三富朽葉 今井白楊 森林太郎 北村透谷 石川啄木
 平木白星


光太郎詩は「カフエにて」「泥七宝」「根付の国」。

1ヶ月程前のことになりますが、茨城県筑西(ちくせい)市の板谷波山記念館さんにお邪魔して参りました。ネタが無くなってきたらレポートしようと思って約1ヶ月。ネタが無くなってきましたのでレポートします(笑)。
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陶芸家の板谷波山は明治5年(1872)、現・筑西市である真壁郡下館町に生まれました。光太郎より11歳の年長です。

筑西市の「筑」、板谷の号「波山」は、ともにこの地の人々のソウルマウンテン・筑波山に由来します。
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後に陶芸家となる波山ですが、最初は東京美術学校の彫刻科に入学しました。明治22年(1889)のことです。当時は光太郎の父・光雲が主任教授で、その教えを受けています。
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上記画像は、昨年、同じ茨城県の東京藝術大学大学美術館取手館さんで開催された「藝大取手コレクション展 2025」出品作。波山在学中のものです。

記念館さんにはこの手の木彫や、師・光雲の木彫なども所蔵されているので、そのあたりが展示されているといいなと思いつつ、訪問した次第です。

千葉の自宅兼事務所から愛車を駆って2時間ほどで、筑西市の旧下館地区。いい感じに古民家等が軒を連ねる一角でした。
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こちらが記念館。
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門前に、彫刻家・吉田三郎作の手になるブロンズの波山像が据えられていましたが、現在は横行する金属盗難への対策として屋内にしまわれているそうです。嘆かわしい世の中となったもので……。
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受付を済ませ、順路としてはまず波山生家。
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開放的で涼しげです。

そのはす向かいに作品の展示棟。
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内部も特に撮影禁止というわけではありませんでした。
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波山の代名詞とも言える葆光彩磁の作品。
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年譜。光雲の名も。
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波山は明治期、11歳下の光太郎との関わりもありましたが、光太郎の名は年譜に見当たりませんでした。

具体的には明治27年(1894)の項で「美校受験者のための開成予備校で彫刻を、攻玉社中学校で図画を教える」という点に関して。光太郎は明治29年(1896)に下谷高等小学校を卒業し、翌年に東京美術学校予科に入学しますが、その間、旧制中学校の課程を学ぶために開成予備校に通っています。

 私は甚だ変則な就学過程を経て来てゐて、小学校には五六歳で入学、尋常科、高等科を卒業すると、本郷森川町に日本画家島田先生が経営して居られた開成予備校といふところに入学、ここを卒業して無試験で東京美術学校彫刻科に入学した。(「父との関係」 昭和29年=1954)

 わたしの頃は、中学校というものがなかつた。その代り予備校というものがあつた。また、美術学校というものは特殊な学校だから、ただの中学校ではなかつた。美術学校に入るために特別の美術的教育がいるものだから、わたしは、そのような予備校に入学した。開成予備校という名前で、美術学校の古い卒業生が経営していて、当時の美校志望者は皆その学校へ入ったものである。そこで普通の中学の課程を学んだ訳だが、やはり其処も二年早く出た。(「わたしの青銅時代」 昭和29年=1954)

以上は光太郎最晩年の回想ですが、どうも記憶が混乱しているようです。美校へ入学するための特別な美術教育を施していたのは、「共立美術学館」。本郷区森川町にありました。
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それに対し「開成予備校」は神田淡路町。特に美術専門とは謳っていません。

推測ですが、光太郎、昼間は「共立美術学館」で美術専門教育を受け、夜間に「開成予備校」でその他の学科の勉強をしていたのではないかと思われます。「開成予備校」には夜間部がありました。おそらく光太郎以外の学生たちも皆そうしていたのではないかと思われます。

波山が勤務していたのは「開成予備校」。その頃の波山を光太郎はこう回想しています。

 板谷さんは美校の何回目かの彫刻科の卒業生で、その頃は彫刻が専門だった。あの人は非常な美男の上にお洒落で、元禄の着物を着て、芝居に出てくるような服装(なり)をして歩いていたが、当時予備校の先生もしていた。(「わたしの青銅時代」 昭和29年=1954)

波山、茨城の田舎っぺでしたが(笑)、外見的には伊達男だったようです。

そして波山はその後、石川県工業学校に赴任、同校で陶磁科を担当することとなり、そこから陶芸家への道に進むこととなります。明治36年(1903)には職を辞して再上京。田端に窯を構えて「波山」と号し、以後、陶芸一筋。ちなみに当時の田端は「田端文士村」と称され、芥川龍之介をはじめ様々な分野の芸術家の集う一種の梁山泊状態でした。光太郎と縁が深かったところでは彫刻家・石井鶴三、画家の村山槐多、詩人で作家の室生犀星、ついでに言うと智恵子がらみで平塚らいてうなど。波山も彼の地で様々な文人達と交流があったのでしょう。

その田端の窯が再現されていました。
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陶芸家あるあるの、失敗作は叩き壊すというステレオタイプのイメージは、波山が元祖だそうです。
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展示棟にも毀した器の破片が並んでいました。
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窯場のモニターには、映画「HAZAN」のダイジェスト。
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波山は榎木孝明さん、妻・まる役は智恵子を演じたこともおありの南果歩さんでした。他に実在の人物では岡倉天心役に益岡徹さん、新納忠之介を長谷川初範さんが演じていらっしゃいました。光雲や光太郎は登場しなかったようです。

残念ながら、木彫系の展示がありませんでしたが、展示棟は膨大な収蔵品をいろいろ入れ替えながらやっているようなので、もし彫刻に特化するような展示でも為されたらまた行ってみようかと思っております。

陶芸等にご興味おありの方、ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

詩華集 15 『現代名詩選』

大正14年(1925)11月5日 アルス 北原白秋/三木羅風/川路柳虹編
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収録作家等
 序 島崎藤村
 島崎藤村 土井晩翠 与謝野寛 薄田泣菫 蒲原有明 横瀬夜雨 伊良子清白 野口米次郎
 前田林外 児玉花外 小牧暮潮 窪田空穂 澤村胡夷 溝口白羊 秋元廬風 佐藤清
 小林愛雄 相馬御風 与謝野晶子 北原白秋 三木羅風 野口雨情 木下杢太郎 人見東明
 川路柳虹 服部嘉香 森川葵村 有本芳水 加藤介春 高村光太郎 安成二郎 福田夕咲
 福士幸次郎 竹友藻風 長尾豊 生田春月 正富汪洋 室生犀星 萩原朔太郎 大手拓次
 富田砕花 白鳥省吾 柳沢健 山宮允 西條八十 日夏耿之介 堀口大学 福田正夫
 前田鉄之助 千家元麿 百田宗治 生田花世 山田邦子 斎藤勇 藤森秀夫 佐藤惣之助
 岩佐頼太郎 矢部季 霜田史光 多田不二 竹内勝太郎 金子光晴 井上康文 中西悟堂
 米沢順子 宮崎丈二 澤ゆき子 深尾須磨子 尾崎喜八 大藤治郎 大木篤夫 松原至大
 三石勝五郎 福原清 陶山篤太郎 小方又星
 後記 北原白秋

600ページ超の厚冊。光太郎詩は「寂寥」「寂しき道」「樹下の二人」「あの詩人」です。

千葉県から演奏会情報です。

第14回 若竹の会 声楽コンサート 「わたしたちの歌曲&猪本隆語り歌曲の世界」

期 日 : 2026年8月5日(水)
会 場 : 全日警ホール(市川市八幡市民会館) 千葉県市川市八幡4-2-1
時 間 : 13時30分~
料 金 : 無料?

 第1部 わたしたちの歌曲
  Una donna a qindicianna モーツアルト
  巣を失った雀 作詞 郭沫若/須田禎一訳 作曲 清瀬保二
  あなたはだんだんきれいになる 作詞 高村光太郎 作曲 清水脩
  他
 第2部 猪本隆 語り歌曲の世界
  死んだ少女 ナジム・ヒクメット詩
  きつねがだまされた話 川崎大治詩
  ゆうれい屋敷 川崎大治詩

出演 小倉麻矢・斎藤文江・高士栄子・松本久美子(ソプラノ) 糸川絵美(メゾソプラノ)
   竹沢嘉明・若竹浩(バリトン) 水谷直子・山内亮子(ピアノ)
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フライヤーに料金が書いていないので、無料なのでしょうか。バリトン歌手の竹沢嘉明氏とその門下生の方々による演奏会で、メインは第2部の「猪本隆 語り歌曲の世界」。カワイさんから同題の歌曲集楽譜が出版されており、そこからの抜粋のようです。

第1部のアラカルト的なステージの方で、小倉麻矢氏という方が故・清水脩氏作曲の歌曲集「智恵子抄」から「あなたはだんだんきれいになる」ともう1曲歌われるそうです。それから市川市ゆかりの郭沫若の詩に曲をつけたものも。

竹沢嘉明氏は清水脩氏と繋がりが深かったのかも知れません。昨年、福島市で開催された「欅の会・日本歌曲コンサートー清水脩の世界ー」をプロデュースされ、ご出演もなさっています。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

詩華集 10 『新文学選 巻一』

大正13年(1924)2月24日 冨山房 冨山房編集部編
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収録作家等
 山村暮鳥 坂本四万太 三宅恒方 相馬御風 川路柳虹 夏目漱石 小川未明 生田春月
 藤井伯民 吉江喬松 下田惟直 佐藤春夫 小山内薫 岡本綺堂 千家元麿 沼波瓊音
 千葉省三 若山牧水 高村光太郎 加納作次郎 広津和郎 田山花袋 与謝野晶子
 志賀直哉 


冨山房は戦前戦後、教科書を広く手がけていました。本書は旧制中学校の副読本という扱いで出版されたものです。光太郎作品は詩「かがやく朝」が収録されています。

『高知新聞』さん、7月20日(月)の一面コラム。

小社会 夏の体験

子どもの頃の体験は、時に人生の大きな財産になる。例えば夏の自然との触れ合いも。虫捕り少年だった詩人で彫刻家の高村光太郎は、後によくセミの木彫りをつくった▼幼少期はトンボやカマキリ、バッタにも親しんだが、姿に最も「彫刻的なもの」を感じたのがセミだったという(随筆「蝉(せみ)の美と造型」)。各部位は複雑だが、「二枚の大きな翅(はね)によって統一」され、「胸部が甲冑(かっちゅう)のように堅固」「皺襞(しわひだ)の意匠が面白い」▼観察眼からも森を駆け回った少年だったのが分かる。ひと昔前までは皆そうだったのではないだろうか。高知市内でもセミやトンボを追う子どもや家族をよく見かけたが、近頃はずいぶん減った▼少子化もあるだろうが、やはり猛暑の影響は大きい。昔のように「子どもは外で遊べ」と簡単に言えなくなった。大人が付き添うにしても、統計では熱中症で救急搬送される人の6割は65歳以上。孫と一緒に繰り出す、じいじやばあばこそ要注意だ▼海も同じらしい。全国の海水浴場の開設が約30年で3割も減少したことが分かった。日焼けや熱中症で敬遠されているのに加え、砂浜の消失も一因という。県内も8カ所が6カ所になった▼「蝉時雨というような言葉で表現されている林間のセミの競演の如(ごと)きは夢のように美しい夏の贈物(おくりもの)だと思う」と光太郎。肌でじかに生き物や自然に触れて、季節の感性を育む。いま、その機会が失われつつある。

光太郎が彫刻のメインモチーフとした昆虫は、確認できている限りセミだけです。それも長い間に繰り返し作りました。よほどセミの形態に魅力を感じていたのでしょう。
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あとは昆虫ではありませんし、添え物的な扱いでしたが、「蓮根」の木彫に「蝸牛(カタツムリ)」と、「柘榴(ざくろ)」や「桃」の木彫に「蜘蛛(クモ)」と、虫偏のつく生き物をひそかに彫りつけています。
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『高知新聞』さんで引用されている「蝉の美と造型」。昭和15年(1940)の雑誌『知性』第3巻第8号に乗った随筆です。

「幼少期はトンボやカマキリ、バッタにも親しんだ」というのは冒頭部分から。しかしそれらは彫刻のモチーフには成り得ない、としています。

 私はよく蝉の木彫をつくる。鳥獣蟲魚何でも興味の無いものはないが、造型的意味から見て彫刻に適するものと適さないものとがある。私は蟲類に友人が甚だ多く、バツタ、コホロギ、トンボ、カマキリ、セミ、クモの類は親友の方であり、カマキリの三角あたまなどには殊に愛着を感じ、よく自分の髪の毛を抜いて彼に御馳走する。カマキリは人間の髪の毛が非常に好きで進呈すると幾本でも貪り食ふ。恐れるといふ事を知らない彼の性質も中々おもしろい。しかし彼は彫刻にはならない。形態が彫刻に向かない。バツタ、コホロギも其点では役に立たない。トンボには銀ヤンマのやうな堂々たる者もあり、トウスミトンボのやうな楚々たる者もあり、アカトンボのやうなしやれた者もあつて、一寸彫刻に面白さうに思へるが、これがやはり駄目。彫刻的契機に乏しい。作れば作れるが作ると却て自然の美と品位とを害ひ、彫刻であるよりも玩具に近い、又は文人的骨董に類するものとなる。

それらに対し、セミは……

 其点でセミは大に違ふ。彼はその形態の中にひどく彫刻的なものを具へてゐる。
(略)
 セミの彫刻的契機はその全体のまとまりのいい事にある。部分は複雑であるが、それが二枚の大きな翅によつて統一され、しかも頭の両端の複眼の突出と胸部との関係が脆弱でなく、胸部が甲冑のやうに堅固で、殊に中胸背部の末端にある皺襞の意匠が面白い彫刻的の形態と肉合ひとを持ち、裏の腹部がうまく翅の中に納まり、六本の肢もあまり長くはなく、前肢には強い腕があり、口吻が又実に比例よく体の中央に針を垂れ、総体に単純化し易く、面に無駄が出ない。セミの美しさの最も微妙なところは、横から翅を見た時の翅の山の形をした線にある。頭から胸背部へかけて小さな円味を持つところへ、翅の上縁がずつと上へ立ち上り、一つの頂点を作つて再び波をうつて下の方へなだれるやうに低まり、一寸又立ち上つて終つてゐる工合が他の何物にも無いセミ特有の線である。翅の上縁の波形と下縁の単一な曲線との対照が美しい。セミの持つ線の美の極致と言へる。その波形の比例はセミの種類によつてそれぞれの特色を持つ。又セミを横から見ず、上方から見ても翅の美はすばらしい。左右の二枚がよく整斉を保ち、外郭はゆるい強い曲線を描いてはるかに後端まで走り、内側は大きい波形を左右から合せるやうに描き、後半は又開いて最末端でちよつと引きしまる。セミは生きてゐる時も死んでからも大して形に変化を来さないが、此の翅の末端だけは違ふ。生きてゐる時には其がかすかに内側にしまつてゐるが、死ぬと其処が開いた形のままで終るやうになる。むろんかすかにしまつてゐる方が美しい。


何となく形が面白いから、といった単純な理由でセミを選んでいるわけではなく、また、その形態に対して非常に細かな観察を行っていることも伺えます。

そして……

 木彫ではこの薄い翅の彫り方によつて彫刻上の面白さに差を生ずる。この薄いものを薄く彫つてしまふと下品になり、がさつになり、ブリキのやうに堅くなり、遂に彫刻性を失ふ。これは肉合ひの妙味によつて翅の意味を解釈し、木材の気持に随つて処理してゆかねばならない。多くの彫金製のセミが下品に見えるのは此の点を考へないためである。すべて薄いものを実物のやうに薄く作つてしまうのは浅はかである。丁度逆なくらゐに作つてよいのである。木彫に限らず、此の事は彫刻全般、芸術全般の問題としても真である。むやみに感激を表面に出した詩歌が必ずしも感激を伝へず、がさつで、ダルである事があり、却て逆な表現に強い感激のあらはれる事のあるやうなものである。さうかといつて、セミの翅をただ徒に厚く彫ればそれこそ厚ぼつたくて、愚鈍で、どてらを着たセミになつてしまふ。あつくてしかもあつさを感じない事。これは彫刻上の肉合ひと面の取扱とによつてのみ可能となるのである。しかも彫刻そのものはそんな事が問題にならない程すらすらと眼に入るべきで、まるで翅の厚薄などといふ事は気のつかないのがいいのである。何だかあたり前に出来てゐると思へれば最上なのである。それが美である。この場合、彫刻家はセミのやうなものを作つてゐるのでなくて、セミに因る造型美を彫刻してゐるのだからである。それ故にこそ彫刻家はセミの形態について厳格な科学的研究を遂げ、その形成の原理を十分にのみこんでゐなければならないのである。微細に亘つた知識を持たなければ安心してその造型性を探求する事が出来ない。いい加減な感じや、あてずつぱうでは却て構成上の自由が得られないのである。自由であつて、しかも根蔕のあるものでなければ真の美は生じない。

薄い羽を薄く作ることの愚かさ、このあたりは具象の中に抽象、さらには象徴を盛り込んでいることが見てとれます。3Dプリンタのように再生することをよしとするいわゆる「超絶技巧」とは一線を画す考え方ですね。

さて、夏本番。このブログを書いている今現在も、裏山ではニイニイゼミとミンミンゼミが合唱しています。先々週あたりからは明け方などにはヒグラシも。もう少し経つとアブラゼミ、さらにツクツクボウシが合流してきます(千葉のこのあたりではクマゼミはいないようです)。下記は去年の今ごろです。
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夏の風物詩ですが、それも『高知新聞』さんにあるとおり、猛暑、酷暑ということになると風物詩どころではありませんね。せめて朝のまだ涼しい時間帯にはそれを楽しむ余裕を持ちたいものです。

【高村光太郎書誌】

詩華集 7 『詩集 地上の光』

大正9年(1920)7月18日 文献社 春本文寿編
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収録作家等
 岩野泡鳴 石川啄木 生田長江 生田春月 岩佐頼太郎 服部嘉香 萩原朔太郎 灰野庄平
 白蓮女史 二宮典美 堀口大学 土岐哀果 土井晩翠 富田砕花 加藤介春 蒲原有明
 川路柳虹 加藤精一 河井酔茗 茅野蕭々 横瀬夜雨 与謝野晶子 与謝野鉄幹 吉野臥城
 高村光太郎 相馬御風 室生犀星 上田敏 熊田精華 山村暮鳥 国木田独歩 柳沢健
 正富汪洋 福永挽歌 福士幸次郎 福田正夫 有本芳水 佐藤惣之助 西條八十 北原白秋
 北村初雄 水野葉舟 三木露風 白鳥省吾 樋口紅陽 島崎藤村 平木白星 人見東明
 平井晩村 百田宗治 千家元麿 森鷗外 薄田泣菫

光太郎詩は「師走十日」「海はまろく」。

文庫本サイズのポケット版で、内容による四季の順に配列されています。実際の目次は題名のみで、上記は巻末の「本書執筆者(イロハ順)」から採りました。

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