書道関連のイベント情報です。
後 援 : 毎日新聞社 日本詩文書作家協会 毎日書道会 他
書家の金子大蔵氏の個展のようです。
光太郎、そして智恵子の世界は、本当にいろいろな分野の表現者の方の創作意欲を刺激しているようです。やがて誰も取り上げなくなり、「高村光太郎? 智恵子? 誰、それ?」ということにならないようにと願っています。
【今日は何の日・光太郎 補遺】 10月25日

昭和25年(1950)の今日、詩集『典型』を刊行しました。
昨年の今日、このブログの【今日は何の日・光太郎】では、大正3年(1914)、詩集『道程』が刊行されたことを書きました。
したがって、今日は詩集『道程』刊行100周年です。
詩集『道程』は光太郎の第一詩集です。それに対し、『典型』は自ら編んだ生前最後の詩集です。
第一詩集と最後の詩集が、年は違えど同じ刊行日。これは偶然でしょうか? それとも、光太郎自身が狙ってこの日にしたのでしょうか? 今となっては不明です。
光太郎は『典型』の装幀や扉のデザインを自らの手で行いましたが、かなりこだわっていました。自筆の装幀原画や、ボツにした扉の案も残されています。そうしたこだわりを考えると、刊行日もたまたま『道程』と同じ日、というわけではなく、自らの最後の詩集と考えてのことだったように思えます。
左が『道程』、左が『典型』、それぞれの奥付です。

『典型』自筆装幀原案です。細かな指示
がたくさん書き込んであります。
がたくさん書き込んであります。こちらはボツにした扉の案2種類と、実際に採用した扉です。






定価4円80銭の「150部限定版」、同日刊行で定価2円80銭の「書店版」、翌年に刊行され定価1円80銭の「普及版」です。






























同時に、その狂躁に巻き込まれ、後には発起人にも名を連ね、数々のエピソードを残しています。







上記画像に写っているのは、詩人の故・宮靜枝。岩手県南部・江刺の出身で、昭和26年(1951)秋に、花巻郊外太田村の光太郎の山小屋を訪れています。宮はその時の体験を元に、平成4年(1992)、『詩集 山荘 光太郎残影』を上梓、第33回晩翠賞に輝いています。




の2枚が「川口村立図書館」。墨で書かれたものですが、残念ながら、どちらも文字はほとんど読めなくなっていました。







商家建築で、入場無料です。




す。高祖は光太郎の詩集『をぢさんの詩』(昭和18年=1943)の編纂を行ってくれた詩人で、その件に関しての礼状、同時に献呈された随筆『某月某日』、そして献呈識語入りの『をぢさんの詩』。
眼を開かされた3年余の欧米留学から帰国しますが、帰ってきた日本は旧態依然。父・光雲を頂点とする古い日本彫刻界と相容れず、対立を余儀なくさせられます。



らつき、岩手町では日陰にはかすかに積雪もありました。改めて東北の自然の厳しさを知った道中でした。












光太郎の色紙「牛」が含まれています。
ご参加いただいていたあるご婦人からいただいた今年の年賀状に、その方がお持ちの光太郎直筆の短冊を当方に下さる旨、書かれていました。ご自分がお持ちになっているより、当方のような顕彰活動を行っている者が持っていた方がよかろう、とのことでした。
