カテゴリ: 智恵子

戦前に亡くなった智恵子、その写真は30葉くらいしか確認できていません。それもお嬢様だった少女時代のものが多く、光太郎との結婚後のものは少ない状況です。3年ほど前に、国立国会図書館さんのデジタルコレクションのリニューアルに伴い、昭和3年(1928)4月16日、日比谷の東京会館で撮られた光太郎の父・光雲の喜寿祝賀会でのショットを見つけましたが。
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そんな中、ずっと気になっていた写真がありました。平成5年(1993)発行の『週刊女性』第37巻第14号(左下)や、昭和57年(1982)、暁教育図書さん発行の『日本発見人物シリーズ 大正の女性群像』(右下)に載っていたもの。
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かなり鮮明な写真であるにもかかわらず、いつ、どこで撮られたものか把握出来ていませんでした。

その謎がようやく解けました。

きっかけは1月6日(火)の『東京新聞』さん、「政党政治への期待は、恨みに変わって… 希望を失った民衆は「新しさ」を求め、「国家や天皇」に流れた」という記事。

記事自体は慶応大学さんの松沢裕作教授(日本近代史)への取材を通し、1920年代頃の国家主義が台頭した時代を追うもので、女性参政権運動にも触れられ、その一翼を担ったのが平塚らいてうだったため、「東京・新宿の中村屋に集う婦人参政権運動を進める青鞜社の旧同人たち=1929年6月26日(日本電報通信社撮影、共同)」というキャプションで、下記の写真が載りました。ちなみに記事本文にはらいてうや智恵子の名も『青鞜』誌名も書かれていませんでしたが。
1929年6月26日(日本電報通信社撮影、共同)
右から二人目がまさしく智恵子。拡大するとこんな感じです。
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昭和4年(1929)6月26日というと、キャプションの通り新宿中村屋で『青鞜』旧同人の同窓会的な集まりが持たれ、そのショットでした。この模様は当時の『朝日新聞』で報じられています。
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写真も添えられていましたが、不鮮明な上に、肝腎の智恵子は野上弥生子の陰に隠れ、顔がはっきり写っていませんでした。
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これとほぼ同時に写されたのが、『東京新聞』さんに載ったもので、上記の『週刊女性』などに載った写真はここから採られたものでした。

『朝日』記事には写っているメンバー全員の氏名が並び順に紹介されており、それを信用すると下記のようになります。
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「小野よし子」「藤浪和子」はそれぞれ創立メンバーの保持研子、物集和子です。大正12年(1923)に殺害された伊藤野枝や、カナダ在住だった田村俊子がいないのはともかく、富本一枝(尾竹紅吉)、木内錠子、中野初子、岡本かの子、岡田八千代らの姿も見えないのは残念ですが。

しかし智恵子、凜とした目つきですね。いわゆる「目力」に圧倒されそうです。この2年後には心の病が顕在化するのですが……。

とにかく写真が少ない智恵子、この後も新たなショットが見つかることを祈念いたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)9 『リリユリ』

大正13年(1924)5月10日 古今書院 ロマン・ロラン著 高村光太郎訳
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目次 なし

『リリユリ(Liluli)』は光太郎が敬愛していたロマン・ロラン(1866~1944)の戯曲。大正7年(1918)に原典が刊行されました。光太郎、2年後には片山敏彦、尾崎喜八、倉田百三、高田博厚らと「ロマン・ロラン友の会」を立ち上げます。

智恵子の故郷・福島二本松で智恵子顕彰活動に当たられている「二本松市 智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんから今年1年の活動報告的な「文集 2025」が届きました。
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B4判縦長で50枚程のコピーを綴じたもの。手作り感に溢れています。

表紙は智恵子が所属した太平洋画会の後身・太平洋美術会さんに所属され、書籍『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』や絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』などを書かれた坂本富江さん。こちらの会員でもあらせられるということで。

目次を載せておきます。それから裏表紙。
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まず会として行った事業の紹介。けっこう皆さんであちこち出かけられたそうで、そのスナップが裏表紙に載っています。

詩人の吹木文音氏(ご本名・中島宏美さん)もこの会の会員だそうで、先月、都内で行われた「第68回高村光太郎研究会」でのご発表に関しても。

それから花巻南高校文芸部さんの部誌『門』今年8月発行の第19号からのコピー。当会が仲介しまして、4月から5月にかけて二本松の智恵子記念館さんで、「高村智恵子生誕祭」のコンテンツの一つとして同校家庭クラブさんの制作になる「智恵子のエプロン」復刻展示が行われ、文芸部さんと家庭クラブさんの顧問の先生方、生徒さんが観にいらした関係です。近隣の智恵子ゆかりの地を夢くらぶの方にご案内していただきました。

その他、5月に行われた「智恵子純愛通り記念碑建立祭」では、地元の小中高生の皆さんに光太郎詩の朗読を依頼、その際に一言ずつスピーチもしてもらったそうで、その原稿。さらに会員の方々が自由に書かれた文章など。

こうした地域に根ざした草の根の活動も大切なことと存じます。しかり顕彰する人々が居なければ、対象の人物はどんどん歴史の波に呑み込まれて忘れ去られてしまいますので。

来年以降もさらなる活動のご発展を祈念いたします。

【折々のことば・智恵子】

いづれは私達は皆ゆくべき処へおそかれ早かれゆくのですから、人間相手でなし神にむかつて、精一ぱいのよい生き方をして、人間にはどのやうにもあれ決して不平はもつまいと私は決心してやつてゐます。


昭和3年(1928)8月21日 長沼セン宛書簡より 智恵子43歳

智恵子も実母のセンも、クリスチャンだったというわけではありません。したがってここでいう「神」とは漠然としたイメージと思われます。

もうこの頃には実家の長沼酒造は恐慌のあおりで大きく傾き、翌年には破産してしまいます。

コンサート情報、2件ご紹介します。

開催日順に、まずは都内から男声合唱。

男声合唱団東京リーダーターフェル1925 創立100周年記念定期演奏会2025

期 日 : 2025年12月19日(金)
会 場 : すみだトリフォニーホール 東京都墨田区錦糸1-2-3
時 間 : 18:30開演
料 金 : S席 3,000円 A席2,000円
      プレミアムチケット特別席 ペア特別席と5,000円の寄付で10,000円

創立100周年を迎える男声合唱団東京リーダーターフェル1925が、記念すべき節目にすみだトリフォニーホール大ホールで贈る四部構成の記念演奏会です。第一ステージではこれまでに委嘱された小品集と一青窈さんの〈ハナミズキ〉を米国の詩人アーサー・ビナードの英訳版で演奏。続くステージではシューベルトの男声合唱名曲集を弦楽五重奏とともに、さらに第3ステージでは鈴木憲夫先生の本邦初演作を第4ステージでは当団にゆかりのある仲間と一緒に高村光太郎作詞 清水脩作曲の〈智恵子抄〉を、最後に長年にわたりお付き合いのある韓国男声合唱団を迎えて韓国曲「ポリバ」や「なつかしい金剛山」を共演。多彩な作品と100年の歴史が紡ぐハーモニーを心ゆくまでお楽しみください。今回はMCによる曲目紹介もありますので初めて男声合唱を聴く方にも分かりやすい演奏会にしておりますのでぜひご来場お待ちしております。

プログラム
 第1ステージ 委嘱作品小品集
  夜明けのうた 岩谷時子作詞 いずみたく作曲 安藤由布樹編曲
  竹田の子守歌 京都府民謡 和田和宏編曲
  牛深ハイヤ節 熊本県民謡 相澤直人編曲
  江戸木遣り唄 東京都民謡 土田豊貴編曲
  A HundredYears一青窈作詞 アーサー・ビナード英訳 マシコタツロウ作曲 和田和宏編曲
 弟2ステージ シューベルト男声合唱曲集
  夜 春へ ナイチンゲール 水上の精霊の歌
 第3ステージ 創立100周年記念委嘱作品
  宇宙の塵となって… 塔和子作詞 鈴木憲夫作曲
 第4ステージ ターフェルの仲間たちと共に
  或る夜のこころ 高村光太郎作詞 清水脩作曲
  智恵子抄巻末のうた六首 高村光太郎作詞 清水脩作曲
  ポリバ(麦畑) 韓国歌曲
  クリウンクムガンサン(懐かしい金剛山) 韓国歌曲

出演
 合唱:男声合唱団東京リーダーターフェル1925 
    男声合唱団東京リーダーターフェルジルヴァーナー1995

 指揮:樋本英一 佐藤洋人 岩佐義彦 金弘植  ピアノ:高取達也 大下さや香
 ギター:宮下祥子 弦楽五重奏:尾原記念五重奏団
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男声合唱の古典の一つ、清水脩氏作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」(昭和39年=1964)、同じく清水氏の「或る夜のこころ」(昭和40年=1965)が演奏されます。共に定番すぎて却って最近は取り上げられる機会が多くない曲だと感じます。

それにしても創立100周年というのがすごいと思いました。100年前はまだ大正ですから。

もう1件、大阪から器楽系です。

『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ第19回定期公演「ほんとうの空」

期 日 : 2025年12月21日(日) 
会 場 : あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
      大阪市北区西天満4丁目15-10
時 間 : 開場: 13:00 / 開始: 13:30 / 終了: 15:30
料 金 : S席 6,000円 A席 5,000円 B席 4,000円 (当日各500円増) 

空を聴く。音楽を超える体験を 東京には空がない、と言った高村智恵子。星月夜を描いたゴッホ。そして私たちは音楽で、「ほんとうの空」を描きます。

プログラム(一部抜粋)
 坂本龍一:戦場のメリークリスマス・Aqua・東風 
 ピアソラ:ブエノスアイレスの冬・1960年のナイトクラブ・天使の復活 
 オリジナル曲:ほんとうの空 ― クレモナが贈る最新作
  ※ほか、坂本龍一・ピアソラ作品を中心にお届けします。
出演者
 『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ
 森脇佑季 fl 上野舞子 sax 松田あやめ hrn 久保田ひかり fg
2016年結成。「アストル・ピアソラ」の遺志を継ぎ、クラシック音楽の「次の100年」へ繋げる、新しいスタイルの木管四重奏団。国内唯一の「ピアソラ専門」の室内楽団であり、これまで50曲以上を手がけ、全ての楽譜を自分たちの手でオリジナルアレンジをし、暗譜で演奏をする。対位法を駆使して新たな音響効果に挑戦し、歌口の異なる4本の管楽器それぞれの限界に挑戦したアドリブ・ソロの数々、まるで4本で演奏しているとは思えないような卓越した新しいサウンド、クリアな音像とストイックな演奏スタイルは、他のアンサンブルの追随を許さない。
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「智恵子抄」に収められている「あどけない話」(昭和3年=1928)中の「ほんとの空」からのインスパイアで、オリジナル曲「ほんとうの空」が初演され、それをコンサート自体のタイトルに持ってきて下さいました。

カフェでの公開練習をなさったり、X(旧ツィッター)instagramで練習の様子を動画で公開なさったりと、出演者の方々のコンサートにかける意気込みがうかがえます。

それぞれ、ぜひ足をお運びください。

【折々のことば・智恵子】

恋愛、母性愛、全人類に対する平等愛、すべて熱烈な願望の火と燃ゆる愛の生活こそ、人間の最上のものであるこの事に一点の疑義はありません。


散文「生き甲斐のある悩みを悩め」より 大正13年(1924) 智恵子39歳

「恋愛は婦人最上のものか」の総題で、宮本百合子、原阿佐緒、神近市子らの文章と共に、雑誌『女性』第5巻第2号に掲載されました。
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智恵子の熱量が伝わってくる一節ですね。

学会発表の情報です。

第68回高村光太郎研究会

期 日 : 2025年11月23日(日)
会 場 : アカデミー向丘 東京都文京区向丘1-20-8
時 間 : 14:00~17:00
料 金 : 500円

発 表 :
「智恵子へ寄せる想い」 吹木文音(中島宏美)氏(日本詩人クラブ・栃木県現代詩人会理事)
「雑司ヶ谷の季節――ヒューザン会、智恵子と読売新聞」 前田恭二氏(武蔵野美術大学教授)

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今時、ホームページやSNSのアカウントすらない団体主催の学会というのも何だかなあ、という感じですが……。

高村光太郎研究会は、昭和38年(1963)、光太郎と親交のあった詩人・風間光作が立ち上げた「高村光太郎詩の会」に端を発し、明治大学や東邦大学などで講師を務められた故・請川利夫氏に運営が移って「高村光太郎研究会」と改称、請川氏没後は都立高校勤務の野末明氏に受け継がれ、細々と続いています。かつては当会と共に故・北川太一先生が顧問を務められていまして、当方も会員に名を連ねています。

今回、ご発表はお二人。

このところ連翹忌の集いに欠かさずご参加下さっている詩人の吹木文音(ご本名・中島宏美)氏。どちらかというと光太郎より智恵子ファンで、これまでも智恵子光太郎に触れられた文章の載った同人誌等戴いています。また、今年7月には中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会主催の「中西アトリエをめぐる文人たちの朗読会」で光太郎詩朗読をなさって下さいました。

それから武蔵野美術大学の前田恭二教授。元読売新聞記者ということで、同紙に「ムササビ先生の「ヨミダス」文化記事遊覧」という連載をなさり、そこから文化資源社さんの『よみうり抄』全五巻に繋がっています。一昨年の第66回高村光太郎研究会でも、「米原雲海と口村佶郎――新出“手”書簡の後景――」という発表をなさいました。今回は「雑司ヶ谷の季節――ヒューザン会、智恵子と読売新聞」ということで、やはり「よみうり抄」がらみと思われます。

光太郎が大正元年(1912)に岸田劉生らと立ち上げたヒユウザン会展には、智恵子も出品予定者として名を連ねていました。しかし、それは果たされずじまい。
ヒユウザン会
そのあたりの経緯等、まだまだ研究の余地がたくさんあります。

参加費はワンコイン、それ以外に研究会員になると年会費3,000円で研究発表会の案内、機関誌『高村光太郎研究』が郵送されます。もちろん入会せず、発表のみ聴くことも可能です。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

花は彼等の生命をわれわれにくれる。彼等はペルシヤの花瓶の中に置かる可きだ。彼等の傍では、金銀は値ひ無く見える。


光太郎訳 ロダン「ロダン手記 花について」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃

さまざまな花――アネモネ、ヒヤシンス、チューリップ、マーガレットなど――の美について語ったロダンの言葉の一節です。

明日から「怒濤の11月」です。「芸術の秋」ということで、イベント等が目白押し。申し訳ありませんが、1件ずつの細かい紹介は出来ません。本日は、現在把握している演劇公演情報を3件、まとめてご紹介します。

まずは岡山県から。

文士劇リーディング『日本文学盛衰史』(作:平田オリザ)

期 日 : 2025年11月2日(日)
会 場 : 岡山芸術創造劇場 ハレノワ中劇場 岡山市北区表町3丁目11-50
時 間 : 17:00~19:00
料 金 : 1日参加券2,000円or期間通し参加券4,000円 + 1,000円

劇作家たちが、続々と登場する明治から昭和の日本文学の文豪を演じる、スペシャルな文士劇リーディング。高橋源一郎の同名小説を大胆に戯曲化した、平田オリザの第22回鶴屋南北戯曲賞受賞作。平田オリザも出演!? 劇作家協会会長の瀬戸山美咲とげきじゃ!運営委員長の角ひろみの夢のタッグ企画。

作 平田オリザ 原作 高橋源一郎 企画 角ひろみ 演出 瀬戸山美咲
出演 総勢25名が出演!
 天野順一朗 綾門優季 長田育恵 鹿目由紀 工藤千夏 黒澤世莉 桑原裕子 鴻上尚史
 ごまのはえ (ジェシカ) 菅原直樹 鈴木聡 角ひろみ 関根信一 高羽彩 竹田モモコ
 佃典彦 豊嶋了子 はしぐちしん 平田オリザ 福原充則 古川健 マキノノゾミ 松村武
 米内山陽子
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今日開幕の「劇作家フェスティバル2025「げきじゃ!」」の一環としての上演です。平田オリザ氏による脚本で、平田氏ご自身も島崎藤村役でご出演とのこと。原作は高橋源一郎氏の同名の小説です。これまでも平田氏主宰の劇団・青年団さんによって各地で上演されてきました。

上の画像でおわかりになるとおり、近代の文豪がずらっと登場。光太郎役は黒澤世莉さんという方だそうです。ただ、「リーディング」と冠されており、あまり動きを伴わない朗読劇のような感じなのかな、と思っております。キャストの方々が皆、本職は劇作家・演出家という方々ですし。

ところで「劇作家フェスティバル」。以前は「日本劇作家大会」という名称でした。令和元年(2019)、光太郎と交流のあった画家・村山槐多の展覧会を見に信州上田に行った際、たまたま同じ会場で開催されていました。その際は、当時の劇作家協会の会長であらせられた、いろいろお世話になっている渡辺えりさんの等身大パネルが据えられていて、笑いました(笑)。

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閑話休題、続いて埼玉から。市民劇団のようです。

劇団ダウト第15回公演「れもん」

期 日 : 2025年11月15日(土)・16日(日)
会 場 : 熊谷市立中央公民館大ホール 埼玉県熊谷市仲町19
時 間 : 11/15 18:30 11/16 14:00
料 金 : 500円 小学生以下無料

智恵子がグロキシニアの花を抱えて光太郎のアトリエを訪ねた日から二人の愛は始まった 彫刻家・詩人の高村光太郎と画家の高村智恵子。芸術家同士の特異な愛の形を 詩集「智恵子抄」を背景に徐々に悲劇へと向かう愛を描く。


作 平田俊子  出演 松尾伊津恵 境野徹 長谷川功

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平田俊子氏作の「れもん」。平成16年(2004)、下北沢のザ・スズナリさんおよび京都芸術センターさんで、柄本明さん、石田えりさんにより初演された2人芝居です。
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そちらは拝見に行けなかったのですが、翌年、小学館さんの季刊雑誌『せりふの時代』第10巻第1号(通巻第34号)に平田氏の脚本が掲載され、そちらを数年前に入手して拝読いたしました。
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智恵子の描かれ方が、軽く「不思議ちゃん」的な。そういった部分でユーモラスな描写もありますが、やはり悲劇的(トラジディ)。しかし、最終幕では花巻郊外旧太田村に移住してからの光太郎によってカタルシスとして終わります。

平田氏、他に『戯れ言の自由』(平成27年=2015 思潮社)、『低反発枕草子』(平成29年=2017 幻戯書房)などで光太郎智恵子に触れて下さっています。

最後は静岡です。

劇団静火🔥第17回公演『売り言葉』

期 日 : 2025年11月29日(土)・30日(日)
会 場 : ギャラリー青い麦 静岡市葵区呉服町2-2-22 呉服町ビル1F
時 間 : 11/29 14:00/18:00 11/30 14:00
料 金 : 一般 2,000円 学生 1,500円 中学生以下 1,000円 当日は500円増

「本当に、私はこんなにも綺麗に死ぬことが出来るのかしら。」
 『智恵子抄』で知られる高村光太郎の妻・智恵子。裕福な家庭で育ち画家を志す智恵子は、理想と現実、そして光太郎が作り上げていく自身の虚像に押しつぶされていく…
 2020年にも上演したこの作品を、引き続き大石明世の演出で、今回は代表・鳥居初江のひとり芝居でお届けします。

作 野田秀樹 演出 大石明世 出演 鳥居初江
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先頃、文化功労者に選出された野田秀樹氏作の「売り言葉」。智恵子のみの一人芝居です。当方、平成14年(2002)の大竹しのぶさんによる初演をテレビで拝見、さらに平体まひろさんによる公演を、昨年、新宿で拝見して参りました。

光太郎のモラハラが前面に押し出され、浅い見方しかできない人々には「これを見て光太郎が嫌いになった」と言わしめる作品です。しかし、「見る」ではなく「観る」で、深いところまで味わっていただければ、智恵子は智恵子で「かくあらねば」という幻想に取り憑かれ、そこから抜け出せないまま毀れていくという感じで、光太郎=クソ野郎という内容ではないことがわかります。それが出来ない人には見てほしくない芝居です。野田氏、いわば功罪相半ばですね(笑)。

案内文にある通り、同劇団、令和2年(2020)にもやはり静岡で公演を打って下さっていました。制作サイドとしてもやりがいのある作品だということなのでしょう。

とりあえず現在把握している11月の光太郎智恵子系演劇公演はこの3本です。他に朗読公演、音楽演奏会などもいろいろありまして、追々紹介して参ります。

【折々のことば・光太郎】

むかしは、彫刻家、画家、装飾家、家具製造家、金銀細工師等、一切の芸術家の仕事場で、重要な法則が一時代から一時代へ、師匠から弟子へと伝へられたものです。其頃では仕事場が実際教えへる場所であり、且つ師匠は其処で弟子の見る処で仕事したのです。今日われわれは、此の驚く可き程生産力ある学校即ち此仕事場の代りに何を持つてゐますか。アカデミーでせう。其処で人は何も習へやしない。まるであべこべの見地から出発してゐるからです。

光太郎訳 ロダン「ロダンの手帳 クラデル編」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

いわゆる徒弟制につき、職人出身のロダンは肯定的でした。伝承されるべき技術は頭で理解して身につけるものではないということで。光太郎もこうした部分は否定しませんでした。

それぞれ既に始まっているイベントです。

まず智恵子の故郷・福島県二本松市で。地方紙『福島民友』さん記事から。

二本松巡って宿泊券や和牛など豪華賞品 「ドライブスタンプラリー」12月21日まで

 秋~初冬の二本松市の名所や直売所を巡り、スタンプを集めると豪華賞品が当たるドライブスタンプラリーが12月21日まで行われている。観光まちづくり団体にほんまつDMOの主催、JAF福島支部の協力。
 市内23スポットを訪ね、スマホの位置情報でスタンプを集めるとスタンプ数に応じて岳温泉宿泊券3万円分、和牛焼き肉用1万5千円分、スキー場リフト券・温泉チケットペア券などが抽選で120人に当たる。
 問い合わせは同DMO(電話0243・24・7702)へ。スポット次の通り。
 ▽市街地=にほんまつ城報館、安達ケ原ふるさと村、東北サファリパーク、二本松神社、JAこらんしょ市二本松店
 ▽安達=稚児舞台、道の駅安達智恵子の里和紙伝承館智恵子の生家、山ノ入ダム
 ▽岳・塩沢=あだたら高原リゾート、岳温泉神社、鏡ケ池公園、ささや親水公園
 ▽東和=隠津島神社、ウッディハウスとうわ、ふくしま農家の夢ワイン、道の駅ふくしま東和、夏無沼展望台
 ▽岩代=杉沢の大杉、天狗塚公園、岩代図書館、道の駅さくらの郷、名目津温泉
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スポットのひとつ・あだたら高原リゾート
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フライヤー画像は主催されているにほんまつDMOさんのサイトから。個人的には「和牛焼き肉用1万5千円分」が気になります(笑)。

『民友』さん記事では、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山のあだたら高原リゾートの画像が使われています。

ついでですので(笑)、一昨日オンエアされた日本テレビさん系の「遠くへ行きたい【ますだおかだ増田が福島へ】名湯に絶品ソースかつ丼!」での安達太良山。
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旅のキーワードの一つが「ほんとの空」という設定にして下さいまして、ありがとうございました。TVerさんなどで無料配信中です。ご覧になっていない方、ぜひどうぞ。

それにしても、もう最近は「スタンプラリー」と言っても、昔ながらの台紙にゴム印を押して廻るものより、スマホのアプリと連動してのデジタル化したものが主流になりつつありますね。昭和世代としては一抹の味気なさを感じてしまいますが(笑)。

主にその昭和世代向けのイベントで、同じ福島の、会津地方から。やはり『福島民友』さんの記事。

昭和感たっぷり…懐かしのレトロ映画ポスター展、福島・湯川で11月7日まで

 映画「男はつらいよ」に関する資料などを展示する福島県湯川村の湯川たから館で20日から、「懐かしのレトロ映画ポスター展」が開かれる。11月7日まで。
 村商工会の主催。会津新富座の協力で昭和時代の作品を中心にポスター50点、パネル5点を展示する。「釣りバカ日誌」や「智恵子抄」「スケバン刑事」などの作品のポスターが並ぶ。担当者は「さまざまなジャンルのポスターがある。昭和を振り返ってみてほしい」と話した。
 来場者に抽選で村産コシヒカリの新米を贈る。
 時間は午前9時~午後4時。入場無料。問い合わせは村商工会(電話0241・27・3957)へ。
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湯川村は会津若松市と喜多方市の中間といった場所の、小さな村です。そちらにある「湯川たから館」さんは、同村出身の映画カメラマンの故高羽哲夫氏の遺品で、主に山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ関連の品々が常設展示されているそうです。

そちらでの企画展示で、さまざまな映画ポスター等が並んでいます。『民友』さん、福島ゆかりの作品ということで、「智恵子抄」も記事に載せられたのでしょう。

ただ、映画の「智恵子抄」は、昭和32年(1957)の熊谷久虎監督、原節子さん、山村聰さんご出演の東宝作品と、昭和42年(1967)の中村登監督、岩下志麻さん、丹波哲郎さんご出演の松竹作品の2種類があり、両方なのか、それともどちらか一方なのか、そこまでは書かれていませんでした。画像にも写っていません。いずれも二本松ロケは行われています(特に東宝の方は智恵子生家そのものでも)が。

こちらは入場無料の上、「来場者に抽選で村産コシヒカリの新米」だそうで、上記スタンプラリーの「和牛焼き肉用1万5千円分」といい、どんだけ太っ腹なんだ? という感じですね。

ご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

――日本芸術は其の何処までも辛抱強い観察と、極小のものにある美の探求とでわれわれの芸術より秀れてゐます。日本人は他の者の無視してゐた一つの葉脈をも研究しました。そして何処の国でも出来なかつた発見によつて報いられました。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 フレデリク ロートン筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

印象派の画家たちほどには影響を受けなかったようですが、ロダンもジャポニスムに対しては好意的でした。どの国のものでもいいものはいい、というわけで、「偏狭なナショナリズム」「無責任なポピュリズム」とは無縁の世界ですね(笑)。

10月5日(日)、智恵子忌日の「レモンの日」に合わせ、福島二本松の智恵子生家ではライトアップが行われました。地元紙『福島民友』さんから。

生家ライトアップ、智恵子に思いはせ 福島・二本松、11月16日も実施

 詩人・彫刻家高村光太郎の妻で詩集「智恵子抄」の「レモン哀歌」でも知られる福島県二本松市出身の洋画家高村智恵子の命日の5日、同市の智恵子の生家・記念館はライトアップイベントを行った。
 「高村智恵子レモン祭」の一環として昨年に続き実施した。生家に智恵子と光太郎のシルエットが浮かび上がり、幻想的な映像で秋の夜を彩った。
 このほか生家内は上川崎和紙のランプシェードで演出され、来場者が智恵子への思いをはせた。レモン祭は11月16日まで。生家のライトアップは最終日(午後5時~同8時)にも行われる。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。
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10月2日(木)から開催されている「高村智恵子レモン祭」の一環としての実施で、一昨年から行われています。今年は復活を果たしたゆるキャラ・ちえこちゃんもかけつけたようですね。あと1回、レモン祭千穐楽の11月16日(日)にも開催予定です。

レモンと言えば、一昨日、NHK Eテレさんで放映された「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」。SNS等エゴサーチしましたところ、おかげさまでおおむね好評を頂いており、安堵しております。昔の知り合いからも複数「見たよ」という声も戴きました。

番組内で行われる調理の監修を担当されている辻調理師専門学校さんのサイトに、スタジオ撮影の様子や簡易レシピ、さらにそこからリンクでPDFによる詳細なレシピも掲載されています。
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ご興味おありの方、ぜひチャレンジしてみて下さい。

【折々のことば・光太郎】

――大家達を会得するやうに力めませう。彼等を愛しませう。彼等の天才に酔ひませう。だが、薬剤師の薬品みたいに「レツテル」を貼らない様に用心しませう。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ポール グゼル筆録」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

作家に対してもですが、作品に対しても同じことが言えますね。「智恵子抄」=「純愛の詩集」のような。「智恵子抄」は本当に複雑な側面を多々持っています。「追憶の詩集」であり、「鎮魂の詩集」であり、「悔恨の詩集」であり、「懺悔の詩集」でもあり、「智恵子のみならずそれまでの自らへの訣別の詩集」でもあります。……と、こういうのも「レッテル」ですかね(笑)。

10月5日(日)の智恵子の忌日「レモンの日」に合わせての、毎年恒例のイベントです。

高村智恵子 レモン祭

期 日 : 2025年10月2日(木)~11月16日(日)
会 場 : 智恵子の生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料
      10月26日(日)は「東北文化の日」のため無料開放

普段は公開していない智恵子の生家2階の公開や、智恵子作「紙絵」の実物展示などを行います。また、智恵子の命日には生家がライトアップされます。ライトアップを堪能するとともに、智恵子への哀悼の意を表しませんか?

智恵子の生家2階公開
 公開日 10月……4(土)-5(日)、11(土)-13(月・祝)18(土)-19(日)、25(土)-26(日)
     11月……1(土)-3(月・祝)、8(土)-9(日)、15(土)-16(日)
      10月25日(土)午前は「紙絵コンクール」表彰式典のため公開一時中止の場合有

 奇跡といわれる智恵子の「紙絵」実物展示
  展示期間 10月2日(木)~10月19日(日)
  展示場所 智恵子記念館内

 蘇る智恵子season3~生家のライトアップ~
  実施日時 10月5日(日) 11月16日(日) 午後5時~8時

 智恵子を偲ぶ折り鶴展~展示編~
  今春開催した“生誕祭”にて作製いただいた皆さまの折り鶴を展示いたします。
  生家ライトアップ時の演出も含めぜひお楽しみください。
  展示期間 10月2日(木)~11月16日(日)
  展示場所 智恵子の生家 奥座敷

 「チヱのレモン菓子屋さん」オープン
  市内菓子店より、レモンを使用した菓子等を集めて販売いたします。
  美しい庭園を眺めながら、ぜひご賞味下さい。
  実施日時 【1期】10月…10(金)-12(日)
       【2期】11月…1(土)-3(月・祝)
  実施場所 智恵子の生家 縁側 他
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生家ライトアップは一昨年から始まりました。フライヤーの画像は昨年のものと思われます。昨年は地元紙で取り上げられています。

フライヤーといえば、ゆるキャラ・ちえこちゃんが印刷されています。一時期お休みしていましたが、今年、復活を果たしました。「気まぐれに登場」だそうで出没日時等不明ですが(笑)。

折り鶴の中には当方の作った一羽もあるはずです(笑)。

そして例年通りの智恵子生家2階部分の特別公開(通常非公開)、智恵子紙絵の実物展示(通常は複製展示)も企画されています。

ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

心は敏捷である事を要しません。のろい事はあらゆる意味に於いて思慮を意味します。


光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

創造には「のろさ=気の長さ」も必要だそうで。短気な当方には耳の痛い言葉です(笑)。

智恵子の故郷・福島二本松がらみのコンテスト関連で2件。

まずは先月末に入賞者が発表された「第1回ふくしま超短編脚本賞」。結果を報じた地元紙『福島民報』さん記事。

第1回ふくしま超短編脚本賞 最優秀賞は真田鰯さんの「安達太良SA上り」 ラジオ福島で放送予定

 人気ドラマ「相棒」などで知られる脚本家徳永富彦さんの発案で創設された、第1回ふくしま超短編脚本賞の最優秀賞(徳永富彦賞)に、仙台市の真田鰯さんの「安達太良SA上り」が選ばれた。
 実行委員会が「福島」をテーマに200字以内の作品を募った。全国から553点の応募があり、徳永さん、タレントの、なすびさん(福島市出身)、俳優の久留飛雄己さん、詩人・演出家の野宮有姫さんが審査した。
 最高賞の安達太良山SA上りは、詩集「智恵子抄」を下敷きに、細かく転調させながら男女の情という普遍的なテーマを描いた。審査委員長の徳永さんは「物語を最後まで読ませるために一言一句の努力があり好感が持てた」とたたえた。真田さんは「いつも通り過ぎてしまうだけのSAの景色が、色鮮やかで愛おしい光景にみえるようにと願いを込めて書いた。震災後、ずっと想いを寄せてきた福島の皆さんからこのような賞をいただけて、とても感激している」とコメントした。
 入賞作品と徳永さんの総評などは実行委員会のホームページから閲覧できる。
 入賞作はラジオ福島で放送される予定。
 最優秀賞以外の各賞は次の通り。
▽なすび賞=瀬戸大希(東京都)▽久留飛雄己賞=大畠久美子(大阪府)▽野宮有姫賞=森本慶一(神奈川県)▽福島信用金庫理事長賞=田代賢太(東京都)▽環境分析研究所賞=きみはらなりすけ(東京都・須賀川市出身)▽第一印刷賞=美野洋平(東京都)▽清泉堂賞=長島伸一郎(埼玉県)

■最優秀賞(徳永富彦賞) 真田鰯 「安達太良SA上り」

 女 あれが阿多多羅山、あの光るのがウルトラセブン
     シュワッチ
     ガコン
     ピピピピ
     プシッ
 男 明日からまた仕事か
 女 まあ今は足を伸ばして
 男 うん。空が高いね
 女 そこからうちの実家みえるよ、あの白壁が酒蔵
 男 うん
 女 奥さんにはなんて言ってきたの?
 男 墓参り
 女 墓東京じゃん
 男 この景色の中でしか、お前を探せないんだよ
 女 フフ、浮気だ
 男 バカ
 女 この人、死んだ奥さんのことまだ愛してますよー
 男 うるさいよ
 女 もうこなくてもいいぞよ
 男 …くるよ、また

「200字以内」という応募規定でしたので、たしかに「超短編」ですね。「超短編」という日本語も変ですが(「短編」を「超」えたら「中編」じゃないの?)(笑)。

最優秀作の「安達太良SA上り」、「あれが阿多多羅山」「足を伸ばして」「空が高いね」「あの白壁が酒蔵」等々、「智恵子抄」由来ですね。ことによると「この人、死んだ奥さんのことまだ愛してますよー」あたりも。審査員諸氏にもそのあたりはご理解いただけたようで。

ご存じない方のために解説いたしますと、「安達太良SA」は、東北自動車道のサービスエリアで、行政区分では本宮市に属し、下り線だと本宮インターと二本松インターの間(下り線は逆ですね)に位置します。当方も二本松に行った帰りに給油のためよく利用しています。

「あの光るのが阿武隈川」ではなく「ウルトラセブン」となっているのは、円谷英二監督が同じ福島の須賀川ご出身ということで、SA内(上下とも)にウルトラ系の等身大フィギュア(巨大化前の)が並んでいるためです。セブンはたしかに下り線側でした。
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上記画像は今年4月。セブンの右側におわすのは、二本松の高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催された「高村智恵子生誕祭」の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」に出演なさったテルミン星人、もといテルミン奏者の大西ようこさんです。大西さん、「ウルトラセブン」のアマギ隊員役にして「ウルトラマン」ではウルトラマンの「中の人」(スーツアクター)・古谷敏さんとコラボなさったことも。

もう1件。こちらはネットによる投票が実施されている最中です。KFB福島放送さんの主催です。こちらでもなすびさんが関わられています。

第24回ふくしまふるさとCM大賞2025

県内各市町村から選りすぐりの力作がエントリー! WEB投票は9月15日(月)締め切り! あなたの1票で大賞が決まります!

2025年12月上旬放送予定 審査委員長 柳澤秀夫 MC なすび

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猪苗代町 変わったけれど、変わらない。猪苗代町
 街並みは変わっても、変わらない笑顔がある。猪苗代町の今と昔を、笑顔とともに未来へつなぐ。
北塩原村 移住するなら北塩原村
 「住んで何年?」だけでつながる北塩原村の物語
古殿町 形が良すぎる町
 古殿町っていい形なんです。なぜいい形なんだろう? その事実が明らかになりました。
南会津町 町長の伝えきれない15秒
 【南会津町 龍神滝】
本宮市 願いが叶うまち
 穏やかなもとみやで、夢を紡ぐ。世代を超えた「願い」が叶うまち。ぜひご覧ください。
富岡町 Re:ここから ~この場所で、また始めよう~
 青春と富岡の自然を背景に、火祭りの松明のようにそれぞれの心に灯る火を表現しました
玉川村 金のさるなし銀のさるなし
 今年も村民参加型CM! 乙な駅たまかわでカヌー体験中の中学生の前に現れたのは…!?
田村市 0~100までできる田村市
 田村市に魅力があるのは、田村市を作る「五つの町」に魅力があるからです!
西郷村 田舎でも都会でもない村、にしごうむら
 田舎でも都会でもない村、「にしごうむら」へ移住を考えてみませんか?
三島町 ここだよ 三島
 福島県の三島町、位置と絶景とグルメをアピールさせていただきます。
喜多方市 これは・・・喜多方ラーメン!?
 緊迫した取調室の空気を一変させたものとは・・・!? 予想外の展開をお楽しみに!
三春町 春駒ステークス
 皆さんも三春駒を見つけるレースに参加しませんか?
郡山市 魅力がぎゅぎゅっとこおりやま
 郡山に溢れるたっくさんの魅力を太鼓の音に合わせお届けします!
白河市 受け継がれる志、未来へ。
 定信が目指したまちの姿が、今も白河にあります。ぜひご覧ください。
浪江町 駅舎の見納め
 いかがでしょうか リニューアル前の駅舎を見納めたい方へ。お早めに(?)現地へどうぞ。えっ?
伊達市 実況!伊達鶏実食チャレンジ!!
 伊達鶏にうるさい伊達市民 世紀の戦いを見届けろ!
金山町 かねやまの魅力をまる・・ごと
 「かぼまるまるまる」と一緒に歌って金山町の魅力を感じてください
西会津町 西会津ってどんな町?
 移住してたった3ヶ月という私が感じた「ここがおもしろい!」を詰め込みました!
国見町 クニミリョク #くにみっけ
 国見町の魅力を管楽三重奏と共にお届け! クニミリョクを#くにみっけ
湯川村 『それぞれの道』
 湯川村ならではの風景をいかし、いろんな『道』を詰め込んだ映像になっています。
二本松市 「ほんとの空」が見えるまち
 ぜひ二本松市に足を運んで、『智恵子抄』に詠われた「ほんとの空」をご覧ください。
会津若松市 会津若松で何する?
 あれ…誰かに成り代わって旅してる…? リアルな視点で会津若松市を体感してください!
会津坂下町 ばんげは今年で70歳!
 会津坂下町は今年、町制施行70周年。魅力も70年分。最後まで語り切れるか!?
福島市 型破りも、伝統 土湯こけし
 土湯こけしの伝統技術と遊び心あるユニークなこけし達をご覧ください!
大熊町 チャレンジ!おおくま
 まあちゃんが色々なことにチャレンジします! 奮闘するまあちゃんにご注目ください。
磐梯町 この町、水ガチ。
 磐梯町の水って本当に美味しいんだ。この動画を見て是非とも感じてください!
広野町 広野の魅力発掘!広野駅街頭インタビュー
 記者の新妻リポーターが地元の方に突撃取材!広野の魅力を発掘します。
葛尾村 葛尾村を、歩こう。
 草、土、森、川、空、鳥…。あなたも葛尾村を歩いて、その魅力を感じてみませんか?
柳津町 あわまんじゅう四天王
 柳津名物「あわまんじゅう」。その伝統を守り続ける「四天王」が登場します!
楢葉町 いい波あります 楢葉町
 人生の壁にぶち当たったら楢葉町へ。きっと、「人生のいい波」が押し寄せますよ。
棚倉町 棚倉ぼたもち
 棚倉町の魅力を詰め込んだCMです。CMを見て棚倉町に足を運んでくれたらうれしいです。
須賀川市 怪獣と暮らす街
 須賀川といえば、特撮。オリジナル怪獣も暮らしている街なんです。
矢祭町 子ども司書、地球に向けて発信!
 矢祭中学校「特設デジタル部」と地域おこし協力隊で製作しました。投票お願いします。
川内村 気づけばそこに…。
 知られざる川内村民の日常をご紹介します。気になるならいっぺん見らっしぇ!
檜枝岐村 ふくしま尾瀬
 四季だけでなくその瞬間瞬間で違った表情を見せる尾瀬へどうぞお越しください。

福島県内の59中35の自治体さんがエントリー、それぞれが15秒スポットのCMで市町村の魅力をアピールしています。

智恵子の故郷・二本松市さんは、やはり「智恵子抄」由来の「ほんとの空」で勝負をかけています(笑)。
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「ほんとの空」の語は、もはや福島全域にかかる形容のような気もしますので「ズルくね?」と思いますが(笑)、本家本元は二本松ですので、それもありかな、ですね。

上記リンクよりご投票をお願いいたします。それも組織票っぽくて「ズルくね?」ですが(笑)。

【折々のことば・光太郎】

有用なものは、役立つ可き必要によく当てはまると、皆美しい。

光太郎訳 ロダン「ロダンの言葉 ジユヂト クラデル筆録」より
大正4年(1915)頃訳 光太郎33歳頃

いわゆる「用の美」についてです。のちに光太郎も同様の発言を繰り返します。ただ、それが戦時中には殺戮兵器である戦闘機などにも及んでしまうのですが……。
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智恵子の故郷、福島二本松でのイベントです。「二本松市合併20周年記念冠事業」の一環とのこと。

にほんまつ本の市2025

期 日 : 2025年8月30日(土)
会 場 : にほんまつ城報館 福島県二本松市郭内3丁目303−5
時 間 : 10時00分~16時00分 
料 金 : 無料

「本とたわむれる」をテーマに開催する古本市・本にまつわるワークショップなどの1日限りの本のテーマパークです。
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約20店舗が出店する古書市ですが、秋田市からいらっしゃる灯書房さんという古書店さんが、「大人だって読みたい、大人の絵本と高村光太郎の智恵子抄を特設します。」と謳われています。
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タイトルに「智恵子抄」と関した詩集はオリジナルの龍星閣版、白玉書房版、龍星閣の戦後復元版、新潮文庫版などたくさんありますし(それが不幸な「智恵子抄裁判」の元になってしまったのですが……)、智恵子の評伝、研究書、智恵子を主人公とした小説、紙絵の画集など、さまざまな書籍が刊行されています。まるまる一冊ではなく部分的に、というものを含めれば優に百を超えるでしょう。「特設」ということで、それらが並ぶのではないかと思われます。

当方の知る限りでは二本松市内にいわゆる古本屋はありません(ブックオフ系は除く)。良い機会ですのでぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

美は、空気と同じく只である。静かな大地、騒がしい大地、花の咲いた大地、骨を出してゐる大地、季節、動物、花、都会の群集、乗合馬車、船、汽車の中で見る立派な肖像、到る処で、芸術家よ、美は君の美に対する飢渇を医すものを発見する。


光太郎訳ロダン「断片」より 大正5(1916)頃訳 光太郎34歳頃

こうしたロダンの主張を受け、後世、光太郎は「美ならざるなし」「乾坤美に満つ」「うつくしきもの満つ」といった短句を好んで揮毫しました。

光太郎第二の故郷・花巻の高村光太郎記念館さんで開催中の「智恵子のエプロン復刻展示」について、2紙が報道して下さっています。

まず『読売新聞』さん、岩手版。

智恵子のエプロン再現 高村光太郎の妻 花巻南高 華やか更紗「酒袋」使用

001 詩人で彫刻家の高村光太郎(1883~1956)の妻・智恵子がデザインし、実際に使っていたエプロンを、県立花巻南高の家庭クラブが再現し、新たに制作した。21日まで、花巻市太田の高村光太郎記念館で展示されている。
 エプロンは、雑誌「婦人之友」の第18巻第7号(1924年7月)で取り上げられた。編集者が光太郎宅を訪れた時、智恵子が「面白い前掛」をしていたと紹介。「厚地の渋い茶色に印度更紗(いんどさらさ)を取り合わせてある、めずらしい形」として、作り方も添えられていた。
 胸当て部分は三角形で、中央に大きなポケットがある。布には酒を搾る時に使った「酒袋」が使われており、智恵子の実家である福島県内の造り酒屋から持ち帰ったとされる。
 製作のきっかけは、一昨年に同館で行われた小山弘明さん(高村光太郎連翹忌(れんぎょうき)運営委員会代表)の講演。小山さんが記事を紹介し、「誰か作ってくれないかな」と話したところ、聴いていた同校文芸部の生徒が、別の部活動の家庭クラブに相談し、実現した。
 同クラブの生徒たちは、小山さんの協力を得て、雑誌にあった素材や型紙を参考に製作。酒袋はなかなか見つからず、インターネットで探して入手したという。同クラブの小原優羽奈さん(2年)は「難しいデザインではなかったが、酒袋が硬くてミシンの針が折れた」と明かす。色華やかな紋様があしらわれた更紗が部分的に使われており、菅原美優さん(同)も「今でも通用するデザイン。身近にあった酒袋を使うなど、自然を大事にした智恵子の暮らしを感じた」と振り返る。
 智恵子といえば、光太郎の詩集「智恵子抄」にある「智恵子は東京に空が無いといふ(あどけない話)」が知られているが、小山さんは「大正末は、まだ女性は和装が中心と思われ、エプロンからは画家を目指した智恵子のクリエイティブな一面が感じられる」と話す。


続いて地元紙「岩手日日」さん。

智恵子のエプロン 生徒が復刻 高村光太郎記念館で展示

 花巻市太田の高村光太郎記念館で、ミニギャラリー「智恵子のエプロン復刻展示」が開かれている。花巻ゆかりの彫刻家で詩人の高村光太郎(1883~1956)の妻智恵子がデザインし、実際に使用していたエプロンを県立花巻南高校家庭クラブの生徒が復刻。制作過程などと合わせて紹介している。21日まで。
 智恵子は、1886年に福島県二本松市の酒造家長沼家に生まれ、日本女子大学校卒業後、画家・芸術家として活躍。女性運動家・平塚らいてうの「青鞜」の表紙を描いたことで知られる。1914年に29歳で光太郎と結婚し、38年に53歳で病没した。
 復刻は、2023年に同校文芸部の生徒が高村光太郎連翹忌(れんぎょうき)運営委員会代表の小山弘明氏による講座を聴講したことがきっかけ。「高村夫妻が理想とした暮らしの様子を具体的に思い浮かべたい」と同高家庭クラブへ制作を依頼した。
 高村夫妻が寄稿していた雑誌「婦人之友」には、智恵子がデザインしたエプロンの図案が残っており、同クラブの小原優羽奈さんと菅原美優さん(ともに2年)が掲載されていた作り方や素材、型紙などを参考に制作。実際のエプロンと同じ「酒袋」を再利用した。
 2人によると、エプロンの制作には、構想を含めて約1ヶ月かかった。また、同クラブや文芸部の生徒は、光太郎が愛用した「キョウケチ染め」のしおりを手作り。4日に同館を訪れ、来館者にプレゼントした。
 小原さんは、「展示を通じてより光太郎と智恵子の暮らしぶりについても知ってもらいたい、菅原さんは「展示を見て2人を知ってもらい、自分でも調べて考えてもらえたらいい」とそれぞれ語った。
 開館時間は午前8時30分~午後4時30分。入館料は一般350円、高校生・大学生250円、小中学生150円。問い合わせは同館=0198(28)3012=へ。
002
ちなみに同校のサイトにも高村光太郎記念館さんでの展示を行っている旨の記事が出ています。
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展示は明後日まで。もう少し長期間でもいいような気もしますが、おそらく月末には同校の文化祭「花南祭」が開催されるので、その関係ではないかと思われます。

現在、復刻されているのは一点のみ。そこでその一点が、今年4月から5月にかけては、「高村智恵子生誕祭」に合わせて福島県二本松市の智恵子記念館で展示され(下記画像)、先月から明後日にかけては花巻高村光太郎記念館さんでの展示。
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出来うることならもう1~2点作っていただければ、両館での常設展示と言うことも考えられなくはありませんね。

型紙も大正期の『婦人之友』に掲載されましたので、そちらを使っていただければスキルのある方なら制作可能。大量生産で商品化ということも夢物語ではないかもしれません。ご興味おありのかた、ご一考を。

【折々のことば・光太郎】

「叡智」を地(ぢ)(背景)にした「精神」。


光太郎訳ロダン「断片」から 大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

光太郎の心の師・ロダンの目指す「創造」を為すための心の在り方です。

無理くりですが、秀逸なデザインを持つ智恵子のエプロンなども、「叡智」を背景としているように思えます。このポテンシャルが油絵の方面でも存分に発揮できていれば、後の悲劇は訪れなかったのに……と思われます。

講談の公演情報です。

一龍斎貞奈 入門10周年記念公演〜昭和100年特集〜

期 日 : 2025年8月9日(土)
会 場 : 日本橋社会教育会館 東京都中央区日本橋人形町1丁目1番17号
時 間 : 開場17:20 開演:17:45
料 金 : 2,500円

演 目 : 「高村智恵子の恋」他一席
出 演 : 一龍斎貞奈 ゲスト 神田あおい

私が師匠貞心の元へ入門して10年…記念の講談会を開いていただきます。絶賛チケット発売中! ぜひよろしくお願いいたします✨ 「昭和講談ガールズ(あおい&貞奈)」結成記念 トークタイムでは懐かしのあの歌を二人が歌います!

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講談で智恵子。前例があります。神田紫さんという方が「智恵子・光太郎」という演目を持ちネタの一つになさっていて、平成20年(2008)には智恵子の故郷・二本松でも高座がありました。聴きに行けませんでしたが。
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講談と言えば、「炎の歌人 与謝野晶子」という演目をテレビで2回拝見したことがあります。最初は神田京子さんという方。確か、晶子の弟分・光太郎にもちらりと触れて下さったような記憶が残っています。2度目は神田陽子さんという方。お二人とも歯切れの良いテンポで晶子と鉄幹、そこに山川登美子が絡むドラマを語られていました。
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また、講談ではなく創作落語で桂幸丸師匠の「幸丸流 智恵子抄」、光太郎の父・光雲を主人公とした鈴々舎馬桜師匠の「名人傳」を拝聴したことも。

今回の「高村智恵子の恋」も、ぜひ聴きたかったのですが、あいにく同じ日に女川光太郎祭ですので不可能。残念です。

御都合つく方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】
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先日は宮崎丈二兄に托された“花霞”のちらしなど珍らしく拝見、

昭和30年(1955)11月28日
硲真次郎宛書簡より 光太郎73歳

清酒「花霞」。福島二本松の智恵子の実家・長沼酒造の銘酒で、大正12年(1923)の関東大震災直後、東京ではとにかく物が不足していたことから、光太郎が取り寄せ、自ら荷車を引いて売り歩いたとのこと。ラベルや引札も光太郎自身が木版で作りました。引札は二本松の智恵子記念館さんに展示されています。その懐かしい自作の引札を硲が届けてくれたというわけです。
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古雅 清醇 ゐなかざけ 花霞
大酒はもとより大毒。のまずにすむなら酒はのまぬが一番。もしのむなら安くてわるい酒は禁物。高くてもよい酒が結構なれど安くてよい酒なら尚ほ結構な道理でございます。
岩代の田舎酒この花霞(ハナガスミ)はどんなに信用されてもよいほど醇良で価もまづ安い方。風味は人のすきずきながら古雅で精妙で灘とは又違つて趣がふかいといふ評判でございます。
高くてわるい酒に悩まされてゐる方にはこのお酒をおすすめいたします。

  銘酒 花霞分譲会
仮取次所 本郷区駒込林町二十五 高村氏アトリエ方

智恵子のソウルマウンテン、福島二本松の安達太良山でのイベントです。プレスリリースから。

「あだたら高原リゾート」にて 光り輝く福島の夏の風物詩「あだたらイルミネーション」7/26(土)開幕! 日本百名山の一つ「安達太良山」を楽しめる

 今年で14年目を迎える「あだたらイルミネーション」は、あだたら高原リゾートの夏の風物詩として、毎年多くのお客様にご好評を博しております。冬はスキー場として親しまれている広大な斜面を舞台に、約65万球のイルミネーションが点灯し、幻想的な空間が広がります。
 花をモチーフとした「ビッグフラワーイルミネーション」や「ひまわり畑」が登場し、山の夜景とともに華やかな雰囲気をお楽しみいただけます。また、夜空に浮かぶ「光の天の川」や、「夏の大三角形」、「北斗七星」といった代表的な夏の星座が、光の粒となって地上を美しく彩ります。さらに、カラフルな可愛らしい動物モチーフのイルミネーションも見逃せません。
 加えて、今年は「あだたらやま」の「あ」に着目したユニークなモニュメント「【あ】のオブジェ」や「【あ】の道」の新たなイルミネーションが登場します。「あだたらやま」という名前は、よく見ると母音がすべてア段で構成されているという特徴を持っており、その一風変わったネーミングにフォーカスした仕掛けとなっています。阿武隈の山並みや安達太良の星空を背景に、思わず「何これ?」と驚き、誰かにシェアしたくなるようなインスタ映えする写真を撮影いただけます。
 昼間は爽やかな自然をたっぷりと満喫し、夜は一転して、幻想的な光の世界に包まれる――そんな心に残る特別な光のイベントとして、皆さまに忘れられない思い出をご提供いたします。この夏は、ファミリーやカップル、ご友人同士など、あだたら高原リゾートでロマンティックな夜をお楽しみ頂ける「あだたらイルミネーション」にご注目ください。
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「あだたらイルミネーション」概要
・開催期間 2025年7月26日(土)~9月21日(日)
 ※8月26日以降は、金・土・日・祝日のみの営業
・営業時間 19:00~21:00 
 ※ロープウェイの上り最終20:30、下り最終20:50
・料金
  入場料 中学生以上700円、小学生以下500円
  入場料+ロープウェイ乗車 中学生以上1,500円、小学生以下1,000円

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イルミネーションとともにお楽しみいただける、新メニュー「光るかき氷」や「光る氷ドリンク」が登場いたします。どちらもワンハンドで持てるので、イルミネーションとの撮影も可能です。
・限定メニュー
  光るかき氷 サイダー味、イチゴ味 600円
  光るドリンク ブルースカイ    600円

【あ】のオブジェ
 ロープウェイ山頂駅の旧スキーゲレンデ展望広場のフォトスポット「あだたらやま」の「【あ】のオブジェ」がイルミスポットに進化して新登場。様々なサイズの「あ」の文字が散りばめら「【あ】の道」もカラフルな光でライトアップされ、昼と夜とで違った魅力 をお楽しみ頂けます。「あ」ぶくまの山々を背景に、豊かな成長を繰り返す「あ」だたらやまで、不思議な「あ」の映え写真を撮ってみてはいかがですか。
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■【あ】のメニューも登場!
 「あ」のオブジェとともに、「あ」をモチーフとした、「あ」のチュロス、「あ」のソフトクリーム、「あ」のかき氷ソフトを発売します。鮮やかな緑の木々や青い空にかざして写真を撮ると、インスタ映え間違いなしです。「あ」だたらやまで「あ」のフードをご賞味ください。
<メニュー>
 ・「あ」のチュロス 600円 ・「あ」のソフトクリーム 500円 ・「あ」のかき氷ソフト 600円
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「あだたら高原リゾート」施設概要

■ロープウェイからの絶景、薬師岳パノラマパークからの雄大な景色を一望
 「日本百名山」の一つに数えられる安達太良山は、標高1,700mで夏でも涼しい環境で大自然を満喫できます。あだたら山ロープウェイに乗って約10分の空中散歩を楽しんだ後、山頂駅からは阿武隈山系や福島市街地を一望。さらに、散策道を10分程歩いたところにある「薬師岳パノラマパーク」では、高村光太郎が『智恵子抄』の中で「ほんとの空」と謳ったことで知られる、青く澄みきった空と絶景の大パノラマが楽しめるほか、山肌にはハートの形を発見することができ、見どころいっぱいです。
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■食堂・売店「富士急レストハウス」では夏メニューを販売開始
 暑い夏にぴったりのひんやりメニューを販売いたします。雪のようなふわふわ食感の「あだたらスノーアイス」や、夏の暑い日であだたらスノーアイスもさっぱりと味わえる「梅と蒸し鶏のおろしうどん」、かき氷をたっぷりのせた「かき氷そば」など夏限定メニューをご賞味いただけます。
<メニュー>
 ・あだたらスノーアイス  600円 ・梅と蒸し鶏のおろしうどん950円 
 ・かき氷そば       800円 ・冷やし担々麺      950円
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■絶景露天風呂「あだたら山奥岳の湯」でリフレッシュ!
 標高約950mに位置する「あだたら山奥岳の湯」は、遮るもののない眺望が自慢の露天風呂です。また、内湯は「源泉かけ流し」で、泉質は全国的にも珍しいph2.5の酸性泉で、筋肉痛や神経痛、疲労回復、また皮膚病への効能や美肌効果もあると言われております。
【施設概要】
 ・営 業 日 年中無休 ※メンテナンス休業あり
 ・営業時間 10:00~19:00(最終入館18:30)
 ・施設内容 内湯(9㎡)、露天風呂(20㎡)※男女別
 ・利用料金 大人800円/小人(4才~小学生)500円
 ・泉質 単純酸性温泉
 ・適応症 神経痛 筋肉痛 関節痛 運動麻痺 慢性消化器病 冷え性 疲労回復
      健康増進 慢性皮膚病
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「あだたら高原リゾート」営業概要
 ・営業時間 8:30~16:30 ※日によって異なり、定休日もあります(HPをご参照下さい)
 ・お問い合わせ 福島県二本松市奥岳温泉  TEL:0243-24-2141
 ・アクセス 
  車/
東京から東北自動車二本松IC(約150分) 国道459号岳温泉経由県道386号(約20分)
  鉄道/東京駅→郡山駅(東北新幹線約90分)、郡山駅→二本松駅(東北本線約25分)、
     二本松駅→岳温泉(福島交通バス約25分)、岳温泉からタクシー約10分

現地は標高も高く、湿気も少ないので爽やかな感じです。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

放送を聞かれた由、自分できいても声が不健康をあらはしてゐるやうにきこえました、

昭和30年(1955)10月29日 舟川栄次郎宛書簡より 光太郎73歳

「放送」は10月18日にNHKラジオでオンエアされた、当会の祖・草野心平との対談「芸術よもやま話」。平成8年(1996)にNHKソフトウェアさんから発売されたCD「昭和の巨星 肉声の記録~文学者編~ 室生犀星/高村光太郎」に収録されています。
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17分余りの対談で、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」にも触れています。この頃はほとんど臥床していることが多かったものの、書簡にあるほど不健康そうではなく、むしろ矍鑠とした感があるのですが……。

NHKさんの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。平成28年(2016)に放映されたものですが、現在再放送が平日の12時30分から為されています。

日本女子大学校での智恵子の先輩・平塚らいてうが主宰し、智恵子が創刊号の表紙絵を描いた雑誌『青鞜』が、劇中でたびたび重要なモチーフとして使われます。

まず、明後日から2日間連続で。

【連続テレビ小説】とと姉ちゃん 第7週 常子、ビジネスに挑戦する

第38回 NHK総合 2025年6月26日(木) 12:30~12:45

昭和11年春。常子(高畑充希)は女学校最高学年の五年生となる。クラスの同級生の大半が嫁いでいく中で、家族の食いぶちを稼ぐため、少しでも給料の高い仕事を探していた。そんな折、新たな担任としてやってきた東堂チヨ(片桐はいり)に出会う。「女性とはこうあるべき」という固定観念に捕われず、自分の気持ちに正直に挑戦する大切さを教わる。一方、鞠子(相楽樹)は進学したい思いを誰にも相談できず、深いため息をつく…。

第39回 NHK総合 2025年6月27日(金) 12:30~12:45

どこか元気のない鞠子(相楽樹)を心配し、常子(高畑充希)は、東堂(片桐はいり)から借りた「青鞜」を渡す。感銘を受けた二人は、女性だからという理由だけで尻込みせず、挑戦することが大切だと東堂から助言され、何かを始めたい気持ちが湧き上がる。一方、時代は次第にきな臭くなり、青柳や森田屋も不況の波が押し寄せ、自粛ムードが漂っていた。そんな折、鉄郎(向井理)が森田屋に現れ、どんちゃん騒ぎが始まってしまい…。

【出演】高畑充希 木村多江 相楽樹 伊礼姫奈 ピエール瀧 坂口健太郎 大野拓朗 浜野謙太
    谷田部俊 杉山裕之 片桐はいり 向井理 片岡鶴太郎 大地真央
【語り】檀ふみ

昭和11年(1936)という設定で、明治44年(1911)の『青鞜』創刊から四半世紀後ですが、高畑充希さん演じる主人公・小橋常子らが『青鞜』の影響を受ける、という流れです。らいてうには言及されますが、残念ながら智恵子の名は出されません。
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きっかけをつくったのは、常子の通う女学校に新たに赴任してきた東堂先生(片桐はいりさん)。早速、最初の授業だかホームルームだかで、一席ぶちます(笑)。
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衝撃を受けた常子は東堂先生から『青鞜』創刊号を借り、はまってしまいます。
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常子のモデルは、現在も続く雑誌『暮しの手帖』を戦後になって立ち上げた大橋鎭子ですが、実際に若い頃にこういうエピソードがあったのかは不明です。

ちなみに大橋は光太郎に『暮しの手帖』への寄稿を依頼するため花巻郊外旧太田村の山小屋を訪れたり、書簡を複数回送ったりしましたが、結局、光太郎はそれに応えなかったようです。

『青鞜』は、常子以外にも、相楽樹さん演じる常子の妹・鞠子(第39回)や、阿部純子さん扮する友人の中田綾(第14週)らにも影響を、といったエピソードも。
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また、第15週では『暮しの手帖』編集長の花森安治がモデルの花山伊左次(唐沢寿明さん)も、母親が『青鞜』愛読者だったと明かしたりもします。
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ちなみに花山は戦争協力を恥じ一度は筆を折る、ということで、光太郎にも通じる部分がある描き方でした。

そして第19週では、真野響子さんのらいてう自身も登場。
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そういうわけで、平成28年(2016)の初回放映をご覧になっていない方(ご覧になった方も)、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

先日お揃ひで御来訪の節は愉快でした、ところが最近五、六日間このかた急に息切がつよくなり、外出して歩行中呼吸困難を感ずることがあるので、只今外出せず、在宅静かに仕事してゐます、静かにしてゐれば何の異状もないのですが。

昭和29年(1954)5月4日 細田明子宛書簡より 光太郎72歳

細田は戦前から光太郎が常連だった三河島のトンカツ屋・東方亭の娘。光太郎に実の娘のようにかわいがられていました。戦後、医師となり、光太郎詩「女医になつた少女」(昭和24年=1949)のモデルにも。
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医者仲間の関川大司と婚約し、その挨拶と披露宴の招待状を届けるために中野の貸しアトリエを訪れました。

キャラクターデザインの公募です。

商工会キャラクター制作依頼

新しい「智恵子ちゃん」を一緒に作りませんか?/福島県・地元商工会より

■ 募集概要
地元商工会では、これまで活用できていなかった旧キャラクター「ちえこちゃん」をリニューアルし、地元を盛り上げるキャラクターとして生まれ変わらせたいと考えています!
すでに過去に制作された着ぐるみがあるため、髪型や服装の変更にはある程度対応できますが、原型にとらわれず大胆なリデザインでもOK!

■ 「ちえこちゃん」について
智恵子ちゃんは、福島県二本松市出身の詩人・高村智恵子さんをモチーフにしたキャラクターです。
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■ リニューアルの方向性
 ・ファミリー層や若者向けに親しまれるデザイン
 ・インパクト・ユーモアのある雰囲気
 ・ギャル風、ゆるキャラ風など、個性的なアイデア大歓迎!
 ・旧デザインの要素を少し残していただけると嬉しいですが、大きく変更しても構いません!
■ 募集内容
 ・作成数:1点
 ・デザインサイズ:特に指定なし
 ・カラーイメージ:ピンク系(かわいく、若々しく、女性らしい印象)
 ・納品形式:JPG
 ・用途:チラシ、販売促進用のグッズなど
 ・商用利用:あり
 ・二次利用:未定・相談希望
■ 選考方法
 ・応募時にラフスケッチやイメージ画像(下書きでOK)を添えてご提案ください。
 ・商工会メンバーで検討し、正式にお願いする方を決定いたします。
■ 希望する対応
 ・急ぎのプロジェクトのため、スピード感を持ってご対応いただける方
 ・デザイン作成に不慣れな担当者が多いため、丁寧にコミュニケーションできる方

■仕事の概要
 固定報酬制 10,000円 〜 30,000円
 納品希望日 2025年06月02日
 応募期限  2025年06月02日

ちえこちゃん」は、智恵子の故郷・福島県二本松市のあだたら商工会さんで、平成30年(2018)に制定されたゆるキャラです。
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X(旧ツィッター)に「ちえこちゃん@福島県二本松市」というアカウントが作られ、智恵子生家や智恵子記念館、都内の福島県アンテナショップなどに出没した様子が上げられていました。
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ところが、その後、コロナ禍もあり、出番が激減。
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そして要項にある通り「これまで活用できていなかった」という事態に。X(旧ツィッター)投稿も令和4年(2022)を最後に途切れてしまいました。

「もったいないな」と思っていたのですが、このたび元のキャラクターを生かしつつ、新たなデザインの公募を行い「地元を盛り上げるキャラクターとして生まれ変わらせたい」だそうで、喜ばしい限りです。

募集期間が短いのですが(5月27日(火)から始まり明後日〆切)、それでも既に20件近くの応募があったそうです。

「我こそは」と思う方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

賢治祭も大変さかんだつたと承り、よろこびました、いろんな人からその様子を書いてまゐりました、十月末には小生も十和田にまゐり、帰途花巻に寄るつもりでをります


昭和28年(1953)10月1日 宮沢清六宛書簡より光太郎71歳

「十和田にまゐり」は、智恵子の顔を持つ生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の除幕式参加のためです。昭和20年(1945)に岩手に疎開後、「乙女の像」制作のため、前年に東京中野の貸しアトリエに入るまでは、ほぼ毎年参加していた「賢治祭」。現在も賢治命日の9月21日に行われています。

この年、参加出来なかった光太郎ですが、当会の祖・草野心平に托してメッセージを寄せ、当日は心平がそれを代読しました。これまで光太郎生前に活字になった記録が見あたらず、草稿からの収録で『高村光太郎全集』に「一言」の題で収められていましたが、地方紙『花巻新報』に載った会の開催を報じる記事中に全文の掲載を確認しました。

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信州安曇野の碌山美術館さんで開催されている「春季企画展 特別展示 智恵子紙絵 高村智恵子紙絵 高村光太郎詩稿」につき、報道が為されています。

『信濃毎日新聞』さんに折り込まれるフリーペーパー『MGプレス』さん。

安曇野・碌山美術館で「智恵子紙絵」展 6月22日まで

 安曇野市穂高の碌山美術館は6月22日まで、春季企画展「智恵子紙絵」を敷地内の杜(もり)江(え)館で開いている。碌山の友人で詩人、彫刻家の高村光太郎(1883~1956年)の妻・智恵子(1886~1938年)が制作した「紙絵」を3期に分けて展示。智恵子にまつわる光太郎の詩の原稿も並べている。
 洋画家だった智恵子は40代で精神を病み、後年入院した病室で、光太郎が持参した千代紙や色紙(いろがみ)をマニュキアばさみで切り抜いて別の紙に貼る「紙絵」を熱心に制作。対象は花や食膳の皿の中身などで、その数は千数百点に及んだという。
 今回は個人所有の20点ほどを借りて展示。現物は経年劣化で退色が見られるため、身内が撮影した写真も添えた。撮影年は作品によって違うが、どれも現物より色がはっきりしている。
 学芸員の武井敏さんは「智恵子の紙絵は小作品なのに存在感がある。海外でも評価されるのではと思うが、残念ながら年を追うごとに退色していく。この機会に見てほしい」。
 現在は2期目の展示で「器に魚」「シクラメン」など。6月初めからは「アジサイ」他を飾る。
光太郎の原稿は、詩集「智恵子抄」に収録された「あどけない話」や「レモン哀歌」の他、碌山の死を悼んで書いた詩「荻原守衛」などが並ぶ。
 午前9時~午後5時10分。一般900円、高校生300円、小中学生150円。同館TEL0263・82・2094
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智恵子の紙絵は元々が折り紙用のものや包装紙、さらには上記の画像に写っている「蟹」などは台紙が封筒だったりと、ちゃんとした紙が使われていないものも多く含まれています。そのため、ものによっては褪色が激しいものも。そこで入れ替えながらの展示となっています。

来月から展示されるという「アジサイ」も。今回のフライヤーにもメインで使われ、一昨年にやはり碌山美術館さんで開催された「生誕140周年高村光太郎展」でも展示されましたが、かなり色あせてしまっていました。
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ちなみにこの「アジサイ」、兵庫県の神戸文化ホールさん(昭和48年=1973竣工)外壁の巨大壁画の原画となったものです。紫陽花は神戸市の「市花」だそうで、同ホール建設の際の神戸市長が、光太郎と交流のあった彫刻家・柳原義達と同級生で、そこから人脈をたどって実現しました。
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同ホール、老朽化のため令和10年(2028)に現在の大倉山地区から三の宮地区に移転されるそうですが、この壁画は何とか残して欲しいものです。

さて、碌山美術館さんでの「智恵子紙絵」展、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

 檜材、とても見事なものおとどけ下さつて感謝してゐます。檜の膚の香りプンプンする大作をモニユマン製作後に張切つてやりたいと念願したくなりました。
昭和28年(1953)6月 西倉保太郎宛書簡より 光太郎71歳

「モニユマン」は生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」。

詩人の西倉が、友人の材木商・浅野直也から光太郎への贈り物だった檜材を届けてくれたことに対する礼状の一節です。ただ、結局はこの木材を使っての彫刻は出来ずに終わったようです。もはやそんな余力は残っていなかったようで……。

今日、5月20日は智恵子139回目の誕生日です。

その智恵子のソウルマウンテン、福島二本松の安達太良山では、一昨日、第71回山開きが行われました。

地元紙『福島民報』さん。

残雪を踏み、山頂目指す 福島県の安達太良山で山開き

 日本百名山の安達太良山(1700メートル)は18日、山開きした。約2100人の登山者は例年よりも豊富な残雪を踏みしめ、山頂を目指した。
 福島市の会社員佐藤泰則さん(55)は妻と登った。「雪が多く残り、普段と違う山の表情を見ることができて得した気分だ」と笑顔を見せた。
 安全祈願祭は、福島県二本松市のあだたら高原スキー場ランデブーで行われた。安達太良連盟会長の三保恵一市長、安達太良山観光大使でタレントのなすびさんらがシーズン中の無事故を願った。
 山頂付近は強風が吹き、予定していた「ほんとの空大声コンテスト」は中止となった。
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今年、初の試みとして行われるはずだった「ほんとの空大声コンテスト」は、残念ながら山頂付近の強風により中止されたとのこと。テレビユー福島さんのローカルニュース動画で山頂付近の映像等も見ましたが、これでは確かに無理だったかな、という感じでした。

そのローカルニュース。

4年連続“登られた山”東北ナンバーワン「安達太良山」で山開き

本格的な夏山シーズンを前に、福島県の安達太良山では山開きが行われ、大勢の登山客が山頂を目指しました。
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18日に山開きが行われた安達太良山。スキー場で行われた登山客の安全を祈る神事では、二本松市の三保恵一市長などが玉串を捧げるとともに、安達太良山観光大使のなすびさんが、「世界に誇れる山として、たくさんの方に来てもらえるよう盛り上げたい」と挨拶しました。
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登山のスタートとなる安達太良奥岳登山口には、朝からおよそ2100人の登山客が訪れました。
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強風でロープウェイが一時運転を見合わせ、予定より1時間ほど遅れて登山口に到着した登山客は、早速、それぞれのペースで山を登りはじめ、残雪や自然を楽しみながら山頂を目指しました。
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郡山市から来た親子「楽しい。風が本当に強くてあおられるなという感じがありました」
二本松市から来た親子「山頂まで行きたい」
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しかし、多くの登山客が山頂の一歩手前で引き返すことに。
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ストックなどを使って頂上までたどり着いた人は…。
本宮市から来た夫婦「今年は雪が多いですね、いつもよりも。今回が一番大変だったような気もする。すごく風は吹いていたが、山頂は最高です」
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東京から来た人「雪がきれいで、山頂はあまり景色が見られなかったが、良い経験になりました。また良い天気の時に登りに来たいと思う」
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また、山頂で予定していたイベントは、強風のため中止となりました。二本松市では今年、去年とほぼ同じ10万人の入山者を見込んでいます。
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その安達太良山、実はとても人気の山なんです。

■4年連続“東北ナンバーワン”

 登山情報などを提供する「YAMAP(ヤマップ)」というアプリやウェブサイトの利用者を対象に集計した2024年登られた山ランキングで、なんと安達太良山が、東北エリアで第1位となりました。安達太良山は、このサイトで4年連続第1位ということです。他にも、県内からは一切経山と磐梯山も4年連続でランクインしています。
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YAMAPによりますと、安達太良山はロープウェイがあるので気軽に登ることができること、また、秋の紅葉がきれいなこと。色づいた木々を楽しみたいと、登山者のおよそ3割が10月に登っているそうです。さらに、近くに温泉があること。登山の後にふもとの岳温泉などに入ることができるのも人気の理由だということです。
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強風などのため、かなりの方が山頂の一歩手前で登頂を断念して引き返したとのこと。「山頂の一歩手前……ああ、あそこか」と思いあたりました。令和元年(2019)の山開きの際、当方も山頂まで登りまして、山頂手前に難所があったのを思い出しました。その年は残雪はほとんど無かったのですが、一ヶ所だけけっこうきつい斜面が広範囲でアイスバーンになっていて、滑落の危険がありました。今年は更に残雪が多かったようで、ストックなどが無ければ確かに無理だったでしょう。

実は今年の山開きに参加するつもりもあったのですが、つい先日も二本松に行ったばかりですし、今週も他の場所にいろいろ行く予定もあり、パスしました。それで正解だったかな、という感じです。

おまけの部分、安達太良山が昨年の「登られた山」ランキング、東北エリアで第1位、それも4年連続ということで、非常に喜ばしく感じました。式典での安達太良山観光大使のなすびさんによる「世界に誇れる山として、たくさんの方に来てもらえるよう盛り上げたい」とのご発言どおり、さらにたくさんの方に「ほんとの空」を体感していただきたいものですね。

【折々のことば・光太郎】

配偶者に死なれるほど不幸なことはないと思ふので、大に同情しますが、今日の世の中では、戦争未亡人などが子供をかかへて勇敢に生活と闘つてゐる実状ですから、気を落さないで賢明に進んで下さい。

昭和28年(1953)6月8日 宮崎春子宛書簡より 光太郎71歳

春子は智恵子の姪にして、当時の一等看護婦の資格を持ち、南品川ゼームス坂病院で智恵子の最期を看取りました。戦後になって光太郎が出雲の神となって詩人の宮崎稔と結婚、しかし、その宮崎が胃潰瘍で没し、それに関わる書簡です。

春子にしてみれば、実際に配偶者を亡くし、それでもがんばり続けている義理の伯父の言ですので、他の誰のそれよりも心に染みたのではないでしょうか。

『毎日新聞』さん系列のスポーツ紙『スポーツニッポン』さんで、5月3日(土)、智恵子にからめ、その故郷である福島県二本松市を大きく取り上げて下さいました。

こだわり旬の旅 福島・二本松

二本松城でしのぶ戊辰戦争の悲劇 少年隊士の思いに涙…本丸跡からは絶景が
 JR東日本のデスティネーションキャンペーン開催中の福島県は二本松市に出かけた。IT系ニュースサイトで、穴場の観光地として上位にランクされたからだ。霞ヶ城公園にある二本松城(霞ヶ城)跡や詩集「智恵子抄」で知られる智恵子の生家、岳温泉など観光スポットが点在するが、中でも同城にまつわる、会津・鶴ヶ城の白虎隊より若い二本松少年隊の悲劇に心奪われた。
 春の桜と秋の菊人形で知られる霞ヶ城公園。桜の季節が終わり静けさが戻ったが、胸はすぐに熱くなった。二本松城の美しい三の丸石垣と白土塀をバックに建つ「二本松少年隊群像」。1868年の戊辰戦争で薩摩・長州などの西軍から城を守るため、若い命を散らした二本松少年隊の奮戦姿と我が子の出陣服を仕立てる母の姿をかたどったブロンズ像で、名誉市民の彫刻家・橋本堅太郎氏が制作したもの。脇の掲示板や音声ガイドで、その悲劇が伝わってきた。
 それによると、少年隊は12~17歳の62人。緊迫した状況下で自ら出陣を嘆願し、熱意で藩主を説得して出陣。同年7月29日、城内への要衝・大壇口(城から南へ約2キロ)では隊長木村銃太郎が率いる25人が果敢に戦ったが、正午頃、二本松城は炎上し落城。少年隊の戦死者は他の戦地と合わせ14人を数えたという。
 17歳以下といえば、あの白虎隊の隊士より年齢が下。敗戦必至の中で、奥羽越列藩同盟の信義のために貫いた二本松藩の壮絶な戦いに追随、維新の夜明けを見ずに幼い命を散らした彼らの気持ちを思いやると、群像を見ているだけで涙を禁じ得なかった。
 少年隊が命がけで守ろうとした城は、室町時代の1414年、畠山満泰が築城し、1643年から丹羽氏が居城にした平山城。現在は日本百名城の一つで国指定史跡に指定されており、群像を過ぎてくぐった「箕輪門」は初代藩主・光重が最初に建造した櫓門(やぐらもん)。主柱のカシの巨木は箕輪村・山王寺山の神木を用いたことから、その名が付いたという。
 城内には落城の際に割腹した藩士・丹羽和左衛門らの自尽の碑や唯一の江戸期の建造物の茶亭「洗心亭」、門の土台となる石垣と門柱の礎石が残る「搦手門跡」など、見どころは多いが、圧巻は箕輪門から徒歩約15分の「本丸跡」(標高345メートル)。総工費5億3000万円、2年かけて復元されたもので、周囲を高石垣で固められ、枡形門や天守台がある。天守閣はなかったというが、眺望は最高。北側の眼下には福島市の町並みが広がり、西側には安達太良山がそびえる。まさに360度の大パノラマだ。
 その光景に何とか心は晴れたが、最後は少年隊にお参りをしようと墓のある大隣寺へ。丹羽家代々の菩提寺で、14人の供養塔が建立されている。隣接して会津藩の墓も建てられており、白虎隊への思いも含めてそっと手を合わせた。
 ▽行かれる方へ 東北本線二本松駅から徒歩約25分。車は東北道二本松ICから約5分。霞ヶ城公園から大隣寺へは車で約5分。問い合わせは二本松観光連盟=(電)0243(55)5122、大隣寺=(電)同(22)1063。 
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高村智恵子の生家は明治の面影そのまま…安達太良山の上には「ほんとの空」
 詩人・高村光太郎が妻・智恵子への想いを記した「智恵子抄」。その“純愛”に触れるべく、智恵子の杜公園にある「智恵子の生家・智恵子記念館」(入館料410円)を訪ねた。生家は造り酒屋で、明治初期に建てられた建物には、屋号「米屋」、酒銘「花霞」の看板が掲げられ、新酒の醸造を伝える杉玉が下がる。当時の面影をそのままに残しているようで、2階にある智恵子の部屋からは今にも智恵子が降りてきそうな気配だ。
 裏庭には当時の酒蔵をイメージした記念館があり、晩年、病に侵された智恵子の美しい紙絵や、当時の女性としては珍しい油絵の作品などを展示。見学し終わって外に出ると、後方には智恵子が愛してやまなかった「阿多多羅(安達太良)山」の上に青空が広がる。それはまさに抜けるようで、「ほんとの空」(智恵子抄から)を見た思いだった。東北本線安達駅から徒歩約20分。(電)0243(22)6151。
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生家の裏には記念館。こちらは白亜の近代的な建物だ
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智恵子の画像を入れたまちガイドマップ。見どころは多い

他に鬼婆伝説の残る安達ヶ原の黒塚や観世寺さん、安達太良山中腹の岳温泉さんが取り上げられていましたが、長くなりますし、智恵子の名は出て来ないので割愛します。

記事では「JR東日本のデスティネーションキャンペーン開催中」とありますが、正確には「デスティネーションキャンペーン」は来年4月から、現在は「プレデスティネーションキャンペーン」中です。その一環として県全域で「花の王国ふくしまフラワースタンプラリー2025」、二本松限定で「二本松ミュージアムツアー2025~スタンプラリーでめぐる歴史と芸術のまち~」などが行われています。

また、二本松が「IT系ニュースサイトで、穴場の観光地として上位にランク」だそうで。「穴場の」ではなく「定番の」とか「王道の」とかになってほしい気もしますが、昨今のいわゆるオーバーツーリズム問題を考えると、たいした混雑もなくゆったりのんびりと見て歩ける状況の方が望ましいと思います。閑古鳥が啼いている状態では困りものですが……。

GWも終わってしまいましたが、それだけに交通系の混雑も一段落。智恵子生家/智恵子記念館さんでの「高村智恵子生誕祭」は5月25日(日)までです。その他の光太郎智恵子聖地と共に、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

亡妻の実家も酒造りだつたので以前は時々酒粕をもらひました、大好物、うまい甘酒が出来ます、

昭和28年(1953)2月22日 石井荘男宛書簡より 光太郎71歳

石井荘男は埼玉在住だった画家。光太郎も足を運んだ帝国劇場での舞踊公演「藤間節子リサイタル」を観に行き、その会場で光太郎と知遇を得、お近づきのしるしに、的にのちほど酒粕を贈ったようです。

智恵子の故郷・福島二本松の高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催中の「高村智恵子生誕祭」につき、地元紙2紙が報道して下さっています。特に生誕祭の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」を前面に押し出して下さり、ありがたく存じます。

まず『福島民報』さん、先月末には記事を出して下さいました。

詩集「智恵子抄」で知られる高村智恵子の生誕祭 5月11日まで紙絵の実物展示 福島県二本松市の智恵子記念館 智恵子抄の収録作、音楽に乗せて披露

 詩集「智恵子抄」で知られる福島県二本松市出身の洋画家・高村智恵子(1886~1938年)の生誕祭は4月24日、同市油井の智恵子の生家・智恵子記念館で始まった。5月20日の誕生日に合わせ、智恵子が制作した紙絵の実物展示や居室の特別公開などのイベントを繰り広げている。
 紙絵は「花パターン」や「菊」など10点を11日まで公開する。上川崎和紙の紙絵制作体験を17、18、24、25の各日に催す。生家の2階にある智恵子の居室は3~6、10、11、17、18、20、24、25の各日に公開する。
 入館料は高校生以上410円、小中学生210円。問い合わせは智恵子記念館へ。
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紙絵の実物を展示している記念館

 高村光太郎連翹忌運営委員会は4月27日、二本松市の智恵子の生家で、智恵子抄の収録作を音楽に乗せて披露する朗読公演を開いた。
 高村智恵子生誕祭の一環。ボイスパフォーマーの荒井真澄さんが朗読を担当し、智恵子抄の「樹下の二人」「あどけない話」「レモン哀歌」などを情感たっぷりに披露。箏曲演奏家の元井美智子さん、テルミン奏者の大西ようこさんが美しい音色を添えた。
 聴衆は高村光太郎が紡いだ言葉の数々と、音楽の共演を満喫していた。
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聴衆を作品の世界に引き込んだ朗読公演

続いて『福島民友』さん。昨日の掲載でした。

演奏に乗せ智恵子抄朗読 二本松の記念館で生誕祭

 二本松市の智恵子の生家・智恵子記念館は25日まで、同市出身の美術家高村智恵子の20日の誕生日にちなんだ恒例イベント「生誕祭」を開催している。4月27日は市と高村光太郎連翹忌(れんぎょうき)運営委員会との共催で初の特別企画「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」が開かれた。
 特別企画は午前と午後の2回行われた。箏曲奏者元井美智子さんとテルミン奏者大西ようこさん、朗読家荒井真澄さんが箏曲とテルミンの演奏に乗せて詩集「智恵子抄」を朗読した。
 期間中は、岩手県の花巻南高の家庭クラブの生徒が復元した「智恵子のエプロン」の復刻展示や「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作成編」を開催している。折り鶴展は智恵子が晩年作成した折り鶴を来館者が作成すると、オリジナル紙絵ペーパークリップを贈呈する。作成した折り鶴は秋のレモン祭に展示する。
 このほか紙絵の実物展示や生家では25日までの土、日曜日、祝日と20日に、普段公開していない智恵子の居室を特別公開する。17、18、24、25日には同市の伝統工芸「上川崎和紙」を使い、しおりなどを作る制作体験も行われる。
 開館時間は午前9時~午後4時半(最終入館は同4時)。水曜日休館。入館料は高校生以上410円、小・中学生210円。問い合わせは同館(電話0243・22・6151)へ。

『民友』さんでは、花巻南高さんによる「智恵子のエプロン」復刻展示にも触れて下さいました。『民報』さんの記者氏にもエプロンの件を推したのですが、「また改めて」みたいなご返答でした。口約束に終わらないことを期待します。殺伐としたニュースの多い中、こうした件を報道することで、人々の癒しにつなげてほしいものです。

生誕祭は5月25日(日)まで、ぜひ足をお運び下さい。

また、末筆ながらコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」にご出演下さったお三方に改めて御礼申し上げ、さらなるご活躍を祈念いたします(といいつつ、また当会主催ということで、7月に光太郎第二の故郷・花巻での公演を行うことになり――詳細は後日――、荒井さん、元井さんがご出演なさいますが)。

【折々のことば・光太郎】003

彫刻の方は今週あの粘土を石膏にとります。


昭和28年(1953)2月16日
真壁仁宛書簡より 光太郎71歳

「あの粘土」は、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の中型試作。実物およそ2分の1で、小型試作、実物と比較し、その顔が最も智恵子の顔に近いと評されています。

この中型試作は、生誕祭会場の智恵子記念館さんにも展示されている他、花巻高村光太郎記念館さん、現在特別展示 智恵子の紙絵」開催中の信州安曇野碌山美術館さん、それから野外展示で大阪御堂筋で常設展示されている他、千葉県立美術館さん、浜松市の平野美術館さんなどにも同型のものの所蔵があり、時折展示して下さっています。

石膏取りの職人は牛越誠夫。光太郎もその作品を所有していた伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀の娘婿でした。

4月26日(土)~4月28日(月)、2泊3日で智恵子の故郷・福島二本松に行っておりまして、昨日はメインの目的だった高村智恵子生家/智恵子記念館さんで開催中の「高村智恵子生誕祭」の一環として、当会主催で行ったコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」についてレポートいたしました。

今日はその前後や合間にいろいろ巡った当地の光太郎智恵子関連スポット等のレポートを。二本松での光太郎智恵子「聖地巡礼」を考えられている方、ご参考になさって下さい。

4月26日(土)、JR東北本線二本松駅からスタートです。二本松にかつてあった智恵子顕彰団体・レモン会に所属されていた方、朗読家の荒井真澄さん、テルミン奏者の大西ようこさんご夫妻とここで待ち合わせ。
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昭和51年(1976)に駅前に設置された光太郎詩碑。「あどけない話」(昭和3年=1928)の一節が刻まれています。
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光太郎の父・光雲の孫弟子に当たる故・橋本堅太郎氏作の智恵子像「ほんとの空」。
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車輌二台に分乗して、安達太良山奥岳登山口へ。
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ロープウェイ乗り場に。
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揺られること10分ほど。8合目まで行けてしまいます。
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山頂駅周辺はまだ雪で覆われていました。
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10分ほど歩くと、薬師岳パノラマパーク。「パノラマ」と冠されている通り、絶景ポイントです。
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再びロープウェイで下り、登山口で昼食。当方は山菜そばと、大西さんの買ったチュロスをひとかけら分けていただきました。左は「奥岳」の「岳」、右はひらがなの「あ」。「あだたら」の「あ」でもあり、「ADATARA」で母音が全て「あ」ということにちなみます。
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ここから智恵子生家に移動、翌日のコンサートの会場設営等を行いました。
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めどがついたところで、同じ敷地内の智恵子記念館さんへ。
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花巻南高校さんの家庭クラブ/文芸部さんのご努力で復刻された智恵子のエプロン

やはり「高村智恵子生誕祭」の一環として行われている、「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~」にチャレンジ。
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おそらく今秋、やはりこちらで1ヶ月ほど開催されるであろう「高村智恵子レモン祭」の折に、こうして作られた折り鶴が展示されるはずです。

智恵子生家/智恵子記念館さんを後に、智恵子の実家・長沼家の墓所のある満福寺さんへ。
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智恵子が奉納した花立てには智恵子の名が刻まれています。
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続いて、阿武隈川が峡谷となっている「稚児舞台」へ。ここは直接は光太郎智恵子に関わりませんが、昔から名所とされている場所で、おそらく智恵子は足を運んだことがあると思われます。前九年の役にまつわる悲しい伝説の残る地です。
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ここを後にしてから知ったのですが、マムシがうようよいるところだそうで(笑)。

この日最後に、鬼婆伝説の残る観世寺さんと、黒塚。ただし観世寺さんは拝観時間を過ぎてしまっていました。
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ここは光太郎智恵子もやってきた場所です。戦後の昭和26年(1951)に光太郎が書いたエッセイ「『樹下の二人』」(同名の詩の解説)に、「近くの安達が原の鬼の棲家といふ巨石の遺物などを見てまはつた」とあります。

2泊お世話になったルートイン二本松さんへ。こちらのロビーにも、ちらっと智恵子の紹介などが。ありがたし。
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翌朝、ホテルの駐車場から見えた安達太良山。
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この日は先述のコンサート「音楽と朗読『智恵子抄』愛はここから生まれた」でした。
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智恵子生家/高村智恵子記念館さん近くのスペース。昨年除幕された光太郎と智恵子の言葉を印刷した大きなボード。題字揮毫は書家の菊地雪渓氏。

コンサート午前の部を聴いて下さった、花巻南高校文芸部/家庭クラブの生徒さん、先生方。

エプロンの前で。
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智恵子生家内で。
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このあとご一行は、智恵子生家/智恵子記念館裏手の智恵子の杜公園を歩いて散策されたそうです。さらに地元の智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~の方にお願いして車を出していただき、智恵子の母校・油井小学校さんや安達駅前の智恵子像などに案内してもらいまして、安達駅から花巻に帰られました。

コンサートの合間に、通常非公開の生家二階も。
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油井小学校さんと、安達駅の智恵子像、コンサートが終演し、片付けも終えたところで、我々も。
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こちらの智恵子像「今 ここから」も、二本松駅前の「ほんとの空」と同じ、故・橋本堅太郎氏の手になるもので、氏の絶作となってしまいました。

二本松駅前まで戻って早めの夕食を摂り、ここで荒井さんは仙台へ、箏曲の元井さんは都内へと、それぞれお帰り。大西夫妻と当方はルートインさんでもう一泊。

最終日、4月28日(月)。午後に発たれるという大西夫妻と共に、愛車で二本松市内聖地巡礼をさらに。

まずは道の駅安達智恵子の里さんへ。ここは全国的にも珍しく、上り線と下り線とに分かれ、それぞれがかなりの敷地を擁する大きな施設です。

下り線側から攻めました(攻めてどうする(笑))。
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上り線への連絡道路。ここからの安達太良山がまた実にいい感じでした。
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上り線側。
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智恵子にちなむご当地ソングの歌詞が三曲分。上段に故・二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(昭和39年=1964)。二本松にほど近い小野町ご出身の故・丘灯至夫氏の作詞です。下段の二曲は吾妻栄二郎氏の「折鶴の舞」「智恵子のふるさと音頭」(平成7年=1995)。
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施設内へ。
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これも上川崎和紙でしょうか。
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旧安達町から、二本松市街へ。電線を地中化してある竹田地区。ハナミズキが満開でした。
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二本松霞ヶ城。
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この少年隊像も橋本堅太郎氏作。
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桜はほぼ終わり。代わって藤が咲き始めていました。
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元は智恵子生家にあった藤です。
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ここで車に戻り、一気に天守台まで。歩いても行けますが、高齢者にはきつい行程です(笑)。
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この辺随一の初日の出スポットで、360°の眺望が素晴らしいところです。

天守台から下っていくと、少年隊の顕彰碑。彼らにこそ「義烈」の語がよく似合います。
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レリーフは橋本堅太郎氏のお父さま・橋本高昇の作。高昇が二本松出身ということで、堅太郎氏の作が市内あちこちにあるわけです。

そのちょっと下に、光太郎詩碑。
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千葉ではとっくに散った連翹もまだ健在。
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光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝・髙村豊周作のブロンズパネルが三面。
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右上の碑陰記的なパネルは当会の祖・草野心平の文字。他は光太郎の直筆を使っています。

大西夫妻にはこの下の道端で待っていてもらい、当方はとって返して愛車に乗り込み、お二人を拾いました。その後、東北道に入って南下。大西さんはウルトラ系ともご縁が深いので、安達太良SAで昼食。
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円谷英二監督が、同じ福島の須賀川ご出身ということで、安達太良SAには等身大(巨大化前の(笑))フィギュアが設置されています。

さらに南下して郡山駅で、神奈川の逗子に帰られるお二人をお見送りし、当方は千葉に戻りました。

というわけで、当会主催のコンサート以外にも充実の3日間でした。「聖地巡礼」もほぼコンプリート。智恵子生家/高村智恵子記念館さん裏手の稲荷神社にある智恵子揮毫の「熊野大神」碑、さらにその上の鞍石山の光太郎「樹下の二人」碑には行けませんでしたが。

今回の旅でゲットした関連グッズ。
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中央の一筆箋と左上のマスキングテープは智恵子記念館さんでの新商品。左下のペーパークリップは「智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~」で鶴を作るともらえます。ここにも智恵子紙絵があしらわれています。右の一筆箋は道の駅で購入。以前に大山忠作美術館さんで入手しましたが、保存用は別として使い切ってしまいましたので。
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最初にも書きましたが、二本松での光太郎智恵子「聖地巡礼」を考えられている方、ご参考になさって下さい。

以上、二本松レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

小生仕事は順調に進んでゐますが肋間神経痛の方は相変らずで、彫刻で腕力をつかふので時々は相当にひどい時があります、まあ病気をだましだまし仕事をしてゐるといふ状態です。


昭和28年(1958)2月3日 澤田伊四郎宛書簡より 光太郎71歳

澤田はオリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)版元の龍星閣主。「仕事」「彫刻」は、智恵子の顔を持つ、生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称「乙女の像」)」制作です。

昨日は信州安曇野に行っておりました。

今、千葉の自宅兼事務所でこれを書いておりますが、昨日は当初の予定では帰ってくるつもりではなく、塩尻にある何度か泊まった健康ランドで仮眠し、帰り道、神奈川県伊勢原市の雨降山大山寺さんの秘仏三面大黒天立像(高村光雲作)特別御開帳を拝観し、都内で光太郎終焉の地・中野の中西利雄アトリエを保存する会の会合に出席、というはずでした。一度千葉の田舎まで帰ってしまうとまた都内に出るのが面倒ですので。

ところが愛車にトラブルで、帰らざるを得ない状況に。車輌本体は全くノープロブレムですが、癇癪を起こしたのはカーナビ。安曇野に着いた頃から自車の位置と画面の表示にズレが生じ始め、帰る頃には無茶苦茶になりました。南下しているのにどんどん北上していると表示され、実際にいる場所とどんどん乖離。一晩経てば治るかなとも思ったのですが、もし治らなければ大山寺さんにたどり着けません。断念して昨夜のうちに帰りました。

結局帰る途中もずっとしっちゃかめっちゃかで、信州から山梨県、神奈川県と進んでいるのに最北で新潟の妙高市まで行ったと認識。その後も長野県内や群馬県嬬恋村あたりをぐるぐるうろうろしているということになっていました。一晩経って治ったかな、と思って先ほど見てみましたが、やはり長野県野沢温泉村にいることになっています(笑)。

閑話休題。安曇野には光太郎の親友だった碌山荻原守衛の忌日・第115回碌山忌、さらに「特別展示 智恵子紙絵」拝観のため、同市の碌山美術館さんに行きました。

アルプスの山々にはまだ残雪。いい感じでした。
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館に到着すると、ちょうど本館に当たる碌山館前でアルペンホルンの演奏が行われていました。碌山忌ということで、アトラクションの演奏です。いかにも高原という感じで、「いとつきづきし」(笑)。
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隣接する杜江館での「特別展示 智恵子紙絵」を拝見。
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本来撮影禁止ですが、許可を得て撮らせていただきました。
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髙村家から拝借の、紙絵の実物と、光太郎令甥にして写真家だった故・髙村規氏撮影の複製と、同時に展示されていました。こういう展示の仕方もありか、と思いました。
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紙絵を収蔵していた箱も。文字は光太郎の揮毫です。
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さらに光太郎草稿。
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生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」の小型試作。顔は智恵子のそれです。
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アルペンホルンの演奏も終わったので、碌山館に。「女」をはじめ守衛の作品が一堂に会しています。
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裏手には光太郎詩碑。
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第一展示棟では光太郎の作品も。
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その後、休憩所兼インフォメーションコーナー的なグズベリーハウスへ。こちらではやはりアトラクションとしてコンサートが。
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そちらも終わり、午後4時、守衛の墓参。歩いていける距離ではありませんので、守衛の兄の令孫・荻原義重氏などの車に分乗して現地へ。
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昨日の信州は強風、というか烈風でしたので、山火事も怖いということで、焼香は無し。お坊様の般若心経読経や荻原氏のお話など。
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いつも書いていますが、墓碑銘は守衛と交流のあった中村不折の揮毫です。中村は太平洋画会での智恵子の師でもありました。

再び館に戻り、懇親会。
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恒例の光太郎詩「荻原守衛」全員での朗読。先導役は臼井吉見文学館の平沢重人館長。昨年は当方でした。
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代表理事、高野博元館長のご挨拶。
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祝辞を述べられた、同館理事でのあらせられる安曇野市長・太田寛氏、荻原氏。
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その後はスピーチ等おりまぜつつ、和気あいあいと懇談/会食。

途中、トイレに行った際。とっぷり日が暮れ、煉瓦造りの碌山館が実に映える感じでした。
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7時45分にお開きとなり、8時には片付けも終わって館を後にしました。

この後、最初に書いた通りの事態となって、結局千葉の自宅兼事務所まで帰った次第です。雨降山大山寺さんの秘仏三面大黒天立像(高村光雲作)特別御開帳は日を改めてリベンジに参ります。

「特別展示 智恵子紙絵」は6月22日(日)まで。公式サイトに情報が出ました。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

仕事の方はやうやく二尺ばかりのエスキスを完成、今週中に石膏にとりますが、又すぐに三尺五寸の中型原型にとりかかるので今その支度に大童です。


昭和27年(1952)12月10日 宮崎稔宛書簡より 光太郎70歳

「二尺ばかりのエスキス」が、上記「特別展示 智恵子紙絵」会場に展示されている小型試作、「三尺五寸の中型原型」は第一展示棟に並んでいる中型試作です。

公式サイトに情報が出るのを待っていたのですが、まだ出ていません。しかし開幕が迫っていますので、見切り発車でご紹介してしまいます。

春季企画展 特別展示 智恵子紙絵 高村智恵子紙絵 高村光太郎詩稿

期 日 : 2025年4月19日(土)~6月22日(日)
会 場 : 碌山美術館杜江館 長野県安曇野市穂高5095-1
時 間 : 9:00-17:10
休 館 : 4月21日(月) 5月以降無休
料 金 : 大人 900円 高校生 300円 小中生 150円 20名様以上団体料金

高村智恵子の紙絵は、会期中展示の入れ替えを行います。

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光太郎の親友だった彫刻家・碌山荻原守衛の個人美術館、碌山美術館さん。

髙村家所蔵の智恵子紙絵、光太郎詩稿のそれぞれ実物が展示されます(紙絵は複製も)。めったにない機会です。常設展示では光太郎ブロンズも出ています。

併せてご紹介しますが、守衛の忌日「碌山忌」も会期中に催されます。会場内グズベリーハウスで地元の方々を中心としたコンサート、夕方から守衛の墓参(館の方、サポートメンバーの方が車を出して下さいます)、その後再びグズベリーハウスで懇親会を兼ねた碌山を偲ぶ会。昨年の模様はこちら
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また、碌山忌の関連事業として記念講演会も企画されています。

碌山美術館第115回碌山忌記念講演会 姜尚中 アートが拓く地域力

期 日 : 2025年4月19日(土)
会 場 : 穂高会館 長野県安曇野市穂高5047
時 間 : 13:30~15:00
料 金 : 無料(要碌山美術館入場チケット)
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かつてNHKEテレさんの「日曜美術館」で司会を務められ、同館で老朽化した碌山館(本館)補修のためのクラウドファンディングを行った際には、真っ先にメッセージを送られた姜尚中氏が講師です。ただ、既に定員となってしまっているようです。しかしキャンセル等もあるかと思われますので一応。

当方、22日の碌山忌の日に伺います。みなさまもぜひどうぞ。

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花巻出発の際はあんな深夜にわざわざ停車場までお見送り下され、感謝いたしました、無事東京につきましたが、ひどく忙がしい事がつづき今日に至りました、


昭和27年(1952)10月29日 
駿河哲夫宛書簡より 光太郎70歳

生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため、花巻駅から夜行列車に乗ったのが10月11日。翌朝9時45分、上野駅に着き、大勢の出迎えを受けました。

早速、上野駅で生ビールを堪能、そしてこの日は駒込林町155番地の実家に泊まりました。

光太郎令甥の髙村規氏が、平成25年(2013)の碌山忌記念講演会「伯父 高村光太郎の思い出」で語った回想から。

 光太郎が東京へ帰って来た晩、家へ泊って久しぶりで兄弟とか伯父さん、僕の妹やなんかみんな集まって、茶の間で、自分が三十才で独立するまで住んでた家ですから、昔のまんま、仏壇でも何でも残ってるもんですから、久しぶりで物珍しげに部屋を見て回ってました。戦前からいたばあやがまだ元気でいたんですね。ばあやが挨拶に部屋へ出て来て。そしたら「おばさんまだ元気だったの、よかった。じゃあお小遣いをあげなきゃ」とか言いながら、昔とおんなじ気分で炬燵へ足を突っ込んで。その晩はかなり遅くまでしゃべってました。何を作るのか。僕は高校三年生でした。

微笑ましいエピソードです。


智恵子の故郷・福島県二本松市で、観光客誘致促進のための取り組みがいろいろと始まっています。そこであちこちで光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語が。

まず、県全体の「ふくしまプレデスティネーションキャンペーン」を受けて、智恵子のソウルマウンテン・安達太良山周辺で「ほんとの空ツーリズム!」。地方紙『福島民報』さん、3月26日(水)の記事。

「ほんとの空ツーリズム!」始動 福島県二本松市の安達太良山周辺情報を発信・提供

 福島県二本松市の安達太良山周辺の観光の魅力を一体的に発信、提供する「ほんとの空ツーリズム!」の取り組みが始動した。関係団体による第1回推進会議が25日、二本松市の市民交流センターで開かれた。同日、情報サイト「Adventara(アドベンタラ)」を開設するとともに、新年度には登山や温泉、地域の文化を楽しむ旅行・体験企画を国内外に向けて提案する計画だ。
 4月に始まる「ふくしまプレデスティネーションキャンペーン(DC)」を視野に、関係機関・団体・事業者が協力して安達太良山にスポットを当て、県内の観光誘客推進を図る。ガイドの案内による登山をベースに、歴史や湯守文化の発信、登山道の保全活動などを交え、城下町の菓子店や酒蔵巡り、猪苗代湖観光などと組み合わせた旅行や体験を企画し、情報サイトで提案していく。建て替え工事に入る安達太良山の山小屋「くろがね小屋」を名物カレーの出張販売を通して発信する。
 推進会議は県観光物産交流協会の守岡文浩理事長を座長に、藤城良教県観光交流局長、二瓶盛一猪苗代町長、河原隆二本松市観光課長、環境省、山岳、観光、旅館、交通などの関係者約30人が参加し、意見を交わした。

情報サイト「Adventara(アドベンタラ)」はこちら
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続いて二本松市さんの広報誌『広報にほんまつ』の今月号。

4月号は毎年そうですが、市内の桜の名所を「安達太良のほんとの空に桜舞う」のフレーズで紹介しています。令和元年(2019)に同市で開催された「2019全国さくらシンポジウム」のキャッチフレーズでしたが、使い続けられています。
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それから、これも毎年期間限定で特別運行されている市内循環バス「二本松春さがし号」についても。こちらは智恵子生家/智恵子記念館も廻ります。
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福島交通さんのサイトから。

二本松の名所旧跡を巡る「二本松春さがし号」を運行いたします。

二本松駅前より、詩人で彫刻家である高村光太郎の妻智恵子が育んだ住まい、少年隊も眠る丹羽家の菩提寺「大隣寺」などを巡る、二本松市内を循環する “二本松春さがし号”臨時バスを運行しますので、是非ご利用ください。
【注意事項】
     ・道路交通状況等により遅れが発生します。列車への乗り継ぎには十分余裕を
      お取りください。
     ・混雑時のマスク着用、ご乗車前の手指消毒にご協力ください。
  ご理解ご協力を重ねてお願い申し上げますとともに、皆様のご乗車をお待ちいたしております。

運 行日  : 2025年4月9日(水)~4月18日(金)毎日運行
「二本松春さがし号」ご案内(時刻表運行マップは添付ファイルをご確認ください。)
お問い合せ先 : 福島交通㈱二本松営業所 0243-23-0123

運行が始まったというニュース。地方紙『福島民友』さんから。

二本松で春をさがそう 名所旧跡を巡る臨時バス運行

 福島県二本松市中心部の名所旧跡を循環する恒例の臨時バス「二本松春さがし号」の運行が9日から始まった。18日までの毎日、JR二本松駅前を発着する計6便が運行している。
 国指定史跡「二本松城跡」がある霞ケ城公園や智恵子の生家、二本松少年隊の供養塔がある大隣寺などを巡るコースで、同駅前を除く9カ所で停車する。午前9時~午後3時台のおおよそ1時間おきに運行され、ゆったりと城跡や公園の散策などをしても次の便に乗車して移動できる。
入館料割引の施設も
 にほんまつ観光協会と福島交通二本松営業所が運行。運賃は中学生以上170~500円、小学生以下90~250円で乳幼児無料。乗り降り自由の1日フリー乗車券は中学生以上500円、小学生以下250円で、大山忠作美術館と智恵子記念館の入館料が割引となる。
 運行初日の9日に二本松駅前で出発式が行われ、安斎文彦会長、鈴木友和営業所長がテープカットした。
 問い合わせは同営業所(電話0243・23・0123)、同協会(電話0243・24・5085)へ。
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「運行開始」といえば、安達太良山のロープウェイ。こちらも『福島民友』さんから。

残雪輝く安達太良山 4月12日からロープウエー本格運行

 福島県の安達太良山の奥岳登山口(950メートル)~山頂駅(1350メートル)を結ぶあだたら山ロープウエイが5、6の両日、特別運行され、登山者や観光客が残雪輝く絶景を楽しんだ。本格運行は12日から。
   例年雪がない山頂駅近くの薬師岳パノラマパークは約60センチの積雪。山頂駅では長靴の無料貸し出しもあり、来場者は、雪上から白い山頂と「ほんとの空」とのコントラストに歓声を上げていた。
 料金は中学生以上が往復2000円、4歳~小学生1500円。山開きは5月18日の予定。問い合わせはあだたら高原リゾート(電話0243・24・2141)へ。
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安達太良山はまだ銀世界なのですね。

一昨日ご紹介した「高村智恵子生誕祭」もありますし、各種スタンプラリー等も開催中。ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

智恵子の命日に、御恵送の小包到着、早速霊前に供へる事が出来ました、深い感謝に満たされました、

昭和27年(1952)10月6日 倉田福子宛書簡より 光太郎70歳

智恵子命日は10月5日。「ご霊前に」ということで、京都在住の倉田から京都銘菓などが送られてきました。

例年ですとこの頃に花巻町中心街の松庵寺さんで法要を行って貰っていましたが、この年は生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため上京する直前でバタバタしており、中止しました。

翌日には山小屋のあった旧太田村の農家で光太郎の壮行会が催されています。
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若干先の話ですが、当会プロデュースのイベントも含まれているもので、早めに告知させていただきます。

高村智恵子生誕祭

期 日 : 2025年4月24日(木)~5月25日(日)
会 場 : 智恵子生家/智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時 間 : 9:00~16:00
休 館 : 水曜 ※祝日の場合は翌日
料 金 : 大人(高校生以上)410円(360円)
      子供(小・中学生)210円(150円) (  )内団体料金

高村智恵子の誕生日にあわせてさまざまなイベントを開催します。
智恵子の生家は、明治初期に建てられた造り酒屋で、屋号は『米屋』、銘柄は『花霞』と言いました。智恵子は明治19年5月20日にここで生まれ、育ちました。
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 智恵子の生家 二階特別公開
  公開日 4月26日(土) ~4月29日(火・祝) 
      5月3日(土・祝)~5月6日(火・祝) 10日(土)・11日(日)
      17日(土)・18日(日)・24日(土)・25日(日)
  通常公開していない「智恵子の居室」を特別に公開いたします。

 奇跡といわれる「紙絵」実物展示
  展示期間 4月24日(木)~5月11日(日)
  展示場所 智恵子記念館展示室
 
 上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵」体験
  開催日 5月17日(土)・18日(日)・24日(土)・25日(日)
  開催場所 智恵子生家
  上川崎和紙を使用し、智恵子の紙絵をモチーフとしたグッズを作成できます。

 智恵子を偲ぶ折り鶴展~作製編~
  開催日 4月24日(木)~5月25日(日)
  開催場所 智恵子記念館
  智恵子も晩年作製した折り鶴を、オリジナルで作ってみませんか。
  作製いただいた折り鶴は、次回自主事業開催時に展示いたします。
  作製いただいた方へ、今季限定「紙絵ペーパークリップ」をプレゼントいたします。

 特別企画 音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた
  開催日 4月27日(日)
  開催場所 智恵子生家一階座敷
  筝曲及びテルミンの演奏に乗せた、詩集『智恵子抄』の朗読公演をお楽しみください。
  出演 荒井真澄(朗読) 大西ようこ(テルミン) 元井美智子(箏曲)

 特別企画 「智恵子のエプロン」復刻展示
  開催日 4月26日(土)~5月25日(日)
  開催場所 智恵子記念館ロビー
  大正時代の『婦人之友』で詳しく紹介された高村智恵子がデザインし着用していた
  エプロンを、岩手県立花巻南高等学校家庭クラブの生徒さんたちが復元して下さいました!
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通常非公開にしている生家二階部分の特別公開、紙絵実物作品の展示、紙絵制作体験ワークショップなどの例年行われているコンテンツに加え、当会主催の位置づけで2件、入れていただきました。

1日限りのミニコンサートで「音楽と朗読『智恵子抄』~愛はここから生まれた」。都内在住の箏曲奏者・元井美智子さんの箏、神奈川県民大西ようこさんの電子楽器テルミン演奏に乗せ、仙台市のヴォイスパフォーマー・荒井真澄さんの朗読で「智恵子抄」詩篇を。
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上の画像は4月2日(水)に行いました第69回連翹忌の集いでのもの。左から荒井さん、元井さん、大西さんです。

これまでもお三方中のお二人が組んで、という公演等が各地で複数回ありました。

大西さん×荒井さん
 花巻高村光太郎記念館ロビーコンサート。
 第22回レモン忌/智恵子生家。
 第61回連翹忌レポート。
 「朗読とテルミンで綴る 智恵子抄」。
 宮城レポートその2 松島~仙台。

荒井さん×元井さん
 荒井真澄さん、元井美智子さん コラボ公演3件 花巻・仙台。
 仙台レポートその1 「夏の朝、音を描くコンサート 箏の調べと智恵子抄」。
 荒井真澄さん、元井美智子さん コラボ公演3件 動画、報道。

元井さん×大西さん
 「テルミンミュージアム4周年記念~人数限定のスペシャルなライブ~」レポート。
 朗読を伴う演奏会情報――余白露光 テルミンと民族楽器のライブ演奏/文星堂 秋の音楽会。
 
元井さん・大西さん組は光太郎に関わらない公演もつい先月になさっています。

それならいっそ三人でやってみませんか、と、水を向けたところ、皆さんに快諾いただきまして、今回の公演が実現することとなりました。ノーギャラなので申し訳ありませんが、智恵子生家で演奏や朗読ができるということで、いい機会だと捉えて下さいました。

大西さん曰く「連翹三人娘」(笑)。当方は「智恵子抄Perfume」「智恵子抄キャンディーズ」「智恵子抄かしまし娘」などと言っていたのですが(笑)。

もう1件、「「智恵子のエプロン」復刻展示」。こちらは光太郎第二の故郷・岩手花巻の岩手県立花巻南高校さんがご協力下さっています。

そもそもは一昨年、花巻高村光太郎記念館さんで開催された企画展「光太郎と吉田幾世」が始まりでした。吉田幾世は戦後、盛岡生活学校(現・盛岡スコーレ高等学校さん)を設立し、学校ぐるみで光太郎と交流のあった人物ですが、盛岡生活学校は雑誌『婦人之友』の友の会盛岡支部を母体としていました。同誌を主宰し、光太郎と交流のあった羽仁吉一・もと子夫妻が東京で始めた自由学園さんの精神を受け継ぐものです。

で、企画展の関連行事としての講座講師を頼まれ、『婦人之友』と光太郎の関わりを詳しく調べている中で、同誌の第18巻第7号(大正13年=1924 7月)に載った智恵子のエプロンを紹介する記事を見つけました。講座の中でこの件も紹介し、「どなたか復元して下さいませんかね」とつぶやいたところ、聴かれていた花巻南高文芸部顧問の菊池久恵先生が「それなら」と、家庭クラブさんに声を掛けて下さいました。

そして昨年、花巻で開催されたイベント「五感で楽しむ光太郎ライフ」で完成したエプロンを初披露。岩手の地方紙では大きく取り上げられました。
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さらにやはり花巻での「岩手県高校文化連盟花巻支部第28回合同作品展」でも展示されましたし、文芸部さんの部誌『門』でも詳しく紹介されています。

そこで以前から「智恵子の故郷の二本松の皆さんにも見ていただきたいものですね」と話していたのですが、上記「連翹三人娘」の公演を当会でプロデュースすることになり、「ではドサクサに紛れて(笑)エプロンの展示もお願いしてみましょう」という流れでした。

こちらは後から突っ込んだもので、「高村智恵子生誕祭」の公式情報には出ていませんが、今後、福島の地方紙等に情報提供をし、取材していただこうと思っております。日程的には今後の相談ですが、同校の先生方、生徒さん数名が現地を訪れる方向でも話が進んでいますし。

というわけで、長々書きましたが、「高村智恵子生誕祭」、ぜひ足をお運び下さい。

【折々のことば・光太郎】

もうこの山はすつかり秋で栗の実が小屋の屋根にぱらぱら落ちます、


昭和27年(1952)9月21日 上田静栄宛書簡より 光太郎70歳

上田は智恵子の親友・田村俊子の内弟子だった詩人。大正初め、光太郎智恵子の結婚披露直後に田村夫妻と共に駒込林町の光太郎アトリエ兼住居を訪れ、当時としては珍しかったレモネードを振る舞われたそうです。その頃から智恵子はレモンを愛していたようです。

一昨日、愛車を駆って福島県の浜通り地区(太平洋沿岸)を廻っておりました。レポートいたします。

まず向かったのが、宮城と県境を接する相馬市。最初に相馬市図書館さんで今月1日に始まった「相馬に縁(ゆかり)の芸術家たち」というミニ展示を拝見しました。
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全国の図書館さんでよくある、テーマを定めて蔵書等を一ヶ所にまとめ説明パネルを掲げるタイプのミニ展示。
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パネルがなかなか秀逸でした。
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テーマが「相馬に縁(ゆかり)の芸術家たち」ということで、他にもいるのでしょうが、原釜海岸をたびたび訪れた智恵子、その夫・光太郎、同じく原釜に足跡を残している竹久夢二、そして相馬出身の彫刻家・佐藤玄々が中心でした。

智恵子関連では、やはり原釜滞在の件。
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智恵子が2度訪れた、という解説になっていますが、時期が特定出来ているのが2度であって、それ以外に少女時代にも訪れているかもしれません。というか、その可能性が高いと思われます。ちなみに相馬市の北隣・新地町にも立ち寄ったという証言も残っています。

確認出来ている2回の滞在では、ともに金波館(現存せず)という宿に宿泊していました。
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下画像は手元にある原釜の古絵葉書。金波館も写っていると思われます。
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それから、竹久夢二も原釜を訪れています。
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光太郎智恵子と夢二には軽く関わりがありました。そんなこんなで相関図。
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光太郎智恵子関連の図書類。
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日本の文学者36人の肖像(上)』、『マンガ名詩・短歌・俳句物語 2 名詩 下』など、新しめのものも。

展示図書の目録。
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そして相馬出身にして光太郎の父・光雲孫弟子の佐藤玄々(朝山)関連。
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これには驚きました。「兎」。解説の通り、光太郎にも全く同一の図題の「兎」手板浮彫が現存します。数え14歳、東京美術学校の予備門的な共立美術学館に在学中の作品です。
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光太郎の「兎」、講演や市民講座などで光太郎の生い立ちを語る際、「十代前半の少年の作とはとても思えません」と言いつつ紹介すると、会場の反応が「おおお!」となるものです。その際に「もっとも、オリジナルの作ではなく、手本があってそれを写したものと思われますが」と付け加えますが、やはりそうだったか、という感じでした。こうした手本で光雲一門が彫刻のイロハを学んだということなのでしょう。

同様に、やはり光太郎作の「猪」の手板浮彫(左下)も、全く同じ図題のもので別人(右下・作者不明)の作が美校の後身である東京藝術大学さんに残されています。
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「朝山」時代の「兎」など、玄々の作品が同じ相馬市の歴史資料収蔵館に多数展示されているということで、そちらへ。
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残念ながら撮影禁止でしたし、収蔵されている全てではありませんでしたが、玄々の作がずらり。
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最も見たかった「兎」も、裏面の「鶏」の方を面にしてあったので見られず、残念でした。

しかし、昭和15年(1940)、コンペにより皇居ちかくに建てられ、光太郎も好意的に評したた和気清麻呂像エスキスや、日本橋三越さんのシンボル「天女( まごころ)像」に関する展示など、興味深く拝見しました。また、光雲一門を離れ(和気清麻呂像コンペをめぐるゴタゴタがありまして)「玄々」となってから、木彫でもヘンリ・ムーアを思わせるような抽象っぽい作も作るようになり、そのあたりも。

その後、愛車を南に向け、この日のメインの目的だったいわき市の草野心平記念文学館さんへ。澤正宏氏と和合亮一氏による文芸講演会「詩人・草野心平-いかに心平が心平になったか」を拝聴しましたが、そちらについては明日、レポートいたします。

【折々のことば・光太郎】

貴下がロンドンから持ち帰られたヘラ其他の彫刻道具の御恵贈にあひ、まことにありがたく感謝の念に満たされました。丁度今年あたりから少しづつ製作を始めたいと考へてゐた矢先なのですがお察しの通り道具一切を揃へるのに苦心してゐました。


昭和27年(1952)4月10日 白瀧幾之助宛書簡より 光太郎70歳

白瀧は画家。美校出身で光太郎の先輩に当たりますが、遠く明治末には留学仲間でした。

前月21日、佐藤春夫からの丁重な書簡を携え、建築家の谷口吉郎、当会の祖・草野心平弟子筋の藤島宇内が山小屋を訪れて、青森県からの彫刻製作の依頼を伝え、4月2日には青森県の幹部も同じ件で光太郎の元を訪れました。いよいよ生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作プロジェクトが動き出しました。

昨日始まった企画展示です。

相馬市図書館・歴史資料収蔵館連携企画展 相馬に縁(ゆかり)の芸術家たち

期 日 : 2025年3月1日(土)~5月30日(金)
会 場 : 相馬市図書館 福島県相馬市中村字塚ノ町 65−16
時 間 : 平日10時〜19時 土、日、祝日は10時〜17時
休 館 : 館内整理日(毎月の月末)
料 金 : 無料

高村智恵子・光太郎夫妻を中心に、相馬市に縁のある、または訪れたことのある芸術家の人物紹介図や関連書籍などを展示します。

特典 図書館で配布する企画展のパンフレットを歴史資料収蔵館に持参することで、次の特典が受けられます。
 ▽オリジナルグッズをプレゼント
 ▽歴史資料収蔵館の観覧料が無料(高校生以下の学生のみ)
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光太郎智恵子のイラストがなかなか秀逸ですね。しかし下のヒゲの人物がいったい誰なのかがわかりません。相馬市と言えば光太郎の父・光雲の孫弟子にして日本橋三越本店さんの巨大彫刻「天女( まごころ)像」などを手がけた佐藤朝山(玄々)の故郷で、「連携」として挙げられている歴史資料収蔵館さんには佐藤の作品が多数展示されていますが、顔立ちが違うような……。隣接する南相馬市は作家の埴谷雄高の出身地で、同じく島尾敏雄も両親が南相馬出身。ところが二人ともヒゲはありません。

追記・ヒゲの人物は竹久夢二でした。

今回のイベント、あまり大々的に宣伝されておらず、ネットで調べてもX(旧ツイッター)への投稿と相馬市さんの広報誌『広報そうま』2月15日号しか情報が見あたらず、詳細が不明です。

ところで「高村智恵子・光太郎夫妻を中心に」とありますが、光太郎は相馬を訪れたことは確認出来ていません。先に名の出ている智恵子の方は、明治40年(1907、日本女子大学校を卒業した年で数え22歳、父・今朝吉やきょうだいと共に)と大正6年(1917、光太郎と結婚披露を行った3年後)に原釜海岸の金波館という宿に滞在したことが確認出来ています。また細かな年月日は不明ですが、それ以前の少女時代にも家族と訪れていたようです。そこで今回、光太郎は刺身のツマでしょう(笑)。

智恵子は明治40年(1907)の滞在時には、同じ宿に泊まっていた旧制米沢中学生の鈴木謙二郎(後の山形県伊佐沢村村長、長井市教育委員)と親しくなり、帰京後も姉弟のように文通を続けました。

謙二郎の子息・鈴木重信氏の回想「智恵子の手紙」が、長井市地域文化振興会編刊『長井のひとびと 第3集』(昭和59年=1984)に掲載されています。
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謙二郎宛の智恵子書簡は『高村光太郎全集』別巻にすべて収録されていますが、この文章も貴重な回想です。

展示ではおそらくこの金波館滞在の件に触れられているのでしょう。

3月8日(土)、いわき市の草野心平記念文学館さんで、澤正宏氏と和合亮一氏による文芸講演会「詩人・草野心平-いかに心平が心平になったか」を拝聴することになりましたので、そちらの前に足を運ぶつもりで居ります。みなさまもぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

まだ雪もさかんにふり、寒さも〇下八度、十度といふところですが、小生割に健康、肋間神経痛も殆ど苦にならない程度になりました。


昭和27年(1927)3月5日 松下英麿宛書簡より 光太郎70歳

3月頭にマイナス10℃。蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村、どんだけだよ、という感じです。

「智恵子抄」系の楽曲がプログラムに入った演奏会、2件ご紹介いたします。

開催日順に、まずは都内から。

SAWAMURA BAR.VOL23

期 日 : 2025年2月15日(土)
会 場 : 個人宅(澤村様) 練馬区光が丘7-6-7-304
時 間 : 15:00~
料 金 : 3,000円

出 演 : モンデンモモ(歌) 田嶌道生(ギター)

久しぶりに『智恵子』します。「案内」「十和田湖畔の裸像に与ふ」。懐かしい方にはなつかしいあの歌も『やっとあなたに逢えた』。やっと多くの人と逢えてます。なんか新しい展開。この時をまっていました。
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「智恵子抄」収録詩篇をはじめ、光太郎詩にオリジナルの曲を付けて歌われているシャンソン系歌手・モンデンモモさんのミニライブです。

モモさん、最近は島根の方を活動拠点になさることが多く、「智恵子抄」系はあまり歌われていませんでしたが、久しぶりに、だそうです。

会場は集合住宅・光が丘パークタウンの一室。当方、平成27年(2015)にやはりこちらで開催された第13回の際にお邪魔しました。狭い会場だけに一体感が生まれていました。

もう1件。

第45回二宮演奏家協会コンサート 日本の名曲 世界の名曲

期 日 : 2025年2月16日(日)
会 場 : 二宮町生涯学習センターラディアン 神奈川県中郡二宮町二宮1240-10
時 間 : 13:30~
料 金 : 2,500円
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曲目に「レモン哀歌」が入っています。あまり大々的にには宣伝なさっていないようで、フライヤーに書かれている以上の情報がほとんど得られていません。そこで、どなたの作曲のものなのか不明ですが……。

それぞれご興味おありの方、ぜひどうぞ。

【折々のことば・光太郎】

創元社本の誤植はすばらしいやうです。「荒涼たる帰宅」の最終行が「外は夕月といふ月夜らしい」とあるのは名誤植といへるでせう。


昭和26年(1951)9月26日 宮崎稔宛書簡より 光太郎69歳

「創元社本」は、この月に刊行されたハードカバーの『高村光太郎詩集』。編集は当会の祖・草野心平でした。とにかく豪快だった心平、こういう部分では神経が行き届かない面が確かにありました。
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言わずもがなですが、正しくは「夕月」ではなく「名月」です。

誤植にはとにかく気をつけたいものです。

3件ご紹介します。

まずはNHK Eテレさんの長寿番組。

にほんごであそぼ「喜び」

地上波NHK Eテレ 2025年2月10日(月) 08:35~08:45
再放送   2月13日(木) 15:35~15:45  2月15日(土) 07:00~07:10

書道で学ぶにほんご(青柳美扇)・立体紙切り(辻笙)・ぐうたらちんたら/喜び、朗読(高杉真宙)/「智恵子抄 深夜の雪」高村光太郎、漢字アニメ/喜、偉人とダンス/喜びとは苦悩の大木に実る果実である(ヴィクトル・ユーゴー)、うた「ほのぼのよき」

【出演】南野巴那 高杉真宙 青柳美扇 辻笙 世田一恵 中村彩玖 川原瑛都 川田秋妃
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昨年の大河ドラマ「光る君へ」で、主人公・まひろ(紫式部/吉高由里子さん)の弟・藤原惟規を演じられた高杉真宙さんによる朗読で、「智恵子抄」の中から「深夜の雪」。

高杉さん、一昨年には同番組で「あどけない話」朗読もなさって下さいました。
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後は再放送系。

プレイバック日本歌手協会歌謡祭 お名前ソング

BSテレ東 2025年2月10日(月) 17:56〜19:00

「日本歌手協会歌謡祭」名曲&懐かしの名場面を一挙放送!

「東京アンナ」大津美子/「ダイナ」ディック・ミネ/「ダイアナ」鈴木ヤスシ
「硝子のジョニー」谷龍介/「傷だらけのローラ」高道(狩人)
「シェリー」九重佑三子、田辺靖雄/「ジョニィへの伝言」ペドロ&カプリシャス
「メリー・ジェーン」つのだ☆ひろ/「サチコ」ニック・ニューサ
「ひとみちゃん」神戸一郎/「そんな夕子にほれました」増位山太志郎
「智恵子抄」二代目コロムビア・ローズ/「お吉物語」天津羽衣
「おーい中村君」若原一郎/「ハチのムサシは死んだのさ」セルスターズ
「姿三四郎」姿憲子/「与三さん」照菊

<司会>合田道人
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「お名前ソング」ということで、タイトルに人名の入った懐かしの曲がずらり。過去の映像を使っての放映となります。

昭和39年(1964)リリース、その年の紅白歌合戦でも歌われた二代目コロムビア・ローズさんの「智恵子抄」(丘灯至夫作詞・戸塚三博作曲)もラインナップに入っています。

もう1件。

おかしな刑事〜居眠り刑事とエリート警視の父娘捜査

BS朝日 2025年2月11日(火) 19:00〜21:00 

「東京タワーは見ていた!消えた少女の秘密・血痕が描く謎のルート!」▽テレビ朝日系列で2011年に放送された第8シリーズ

ある日、東京タワー近くの公園を訪れた鴨志田は、30年前に同所で起きた幼女誘拐事件の被害者の父と再会する。その事件の主犯は交通事故死、懸命な捜査の甲斐なく共犯者の行方もわからないままだった。その夜、会社社長の冬木が刺され、重体となる事件が発生。冬木のもとには「東京タワーは知っている」という脅迫状が届いていた。そんな中、ホームレスの男・駒田が刺殺体で発見された。鴨志田は“駒田"という名字が気にかかり…。

出演者 伊東四朗 羽田美智子 石井正則 小倉久寛 辺見えみり 山口美也子 木場勝己 小沢象
    丸山厚人 菅原大吉 (他)
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初回放映は平成23年(2011)。その際のサブタイトルが「地上333メートルの殺意!! ホームレスが隠した事件の謎!? 安達太良山で待ち受ける真実!! 『智恵子抄』に秘められた想いとは…」。事件関係者の一人が、智恵子の故郷・二本松出身という設定で、安達太良山、岳温泉、智恵子生家などでのロケが敢行されました。
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それぞれ、ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

年代は自分でもややこしくて間違ひ勝ちです。日本式年号で数へると間違ひ易く、西暦一九〇七年二月日本出発、一九〇八年ロンドンへ渡り、一九〇九年パリに行き、一九一〇年七月に日本に帰つたのが本当のやうです。


昭和26年(1951)9月24日 西山勇太郎宛書簡より 光太郎69歳

自分が何をしたのが何年だったかというのは、意外と覚えていないものですね。この書簡に書かれた年も1年ずつ間違っています(笑)。渡米は明治39年(1906)、ロンドンへは同40年(1907)に渡り、パリに移ったのは同41年(1908)で、帰国は同42年(1909)です。

ちなみに昨年、これより後に書かれたと思われる光太郎手書きの年譜画像を発見しました。そちらはほぼ正しく書かれていました。
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『日本近代文学図録』(昭和39年=1964 日本近代文学館編 毎日新聞社)に写真版が載っていました。光太郎筆跡であることは間違いありませんが、いつ、何の目的で書かれたものかは不明です。

まずは訃報を1件。共同通信さん配信記事から。

堀場清子さん死去 94歳 詩人、女性史研究家

 詩人で女性史研究家の堀場清子(ほりば・きよこ=本名鹿野清子=かの・きよこ)さんが10日、午前10時15分、老衰のため千葉県の高齢者施設で死去した。94歳。広島県出身。葬儀は行った。喪主は夫で歴史学者の鹿野政直(かの・まさなお)さん。
 共同通信記者を経て、詩作と評論の道へ。被爆体験に基づく「原爆詩」を詠んだほか、高群逸枝ら女性史家を研究した。戦後の連合国軍総司令部(GHQ)占領下での検閲の実態にも迫った。詩集「首里」で現代詩人賞。著書に「青鞜の時代」「禁じられた原爆体験」「堀場清子全詩集」など。
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記事にある『青鞜の時代』(昭和63年=1988 岩波書店)が手元にあります。智恵子がその創刊号の表紙絵を描いた雑誌『青鞜』の創刊から終焉、さらに後日談までを端的にまとめたものですが、『青鞜』そのものや主宰の平塚らいてうらの筆による事務日誌、同時代のさまざまな文献などを細かく検証、大いに参考になりました。
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残念ながら絶版となっているようですが、復刊を期待します。

もう1件、「訃」のからみで、地方紙『福島民報』さんから。1月25日(土)掲載の一面コラムです。

大空で(1月25日)

石垣りんの詩にある。〈お母さん、なぜ過ぎてゆかねばならないのですか、花は美しく、空はあんなに青い、このはるの 光あふれる中から―。〉▼19歳の予備校生はなぜ突然、将来を絶たれたのか。自宅から遠く離れた北のまちかどで。冬の日差しが緩んだ風をまとい、地上に届き始めたこの時。無念などという言葉では言い尽くせない。大学受験で郡山市を訪れた大阪府の横見咲空[さら]さんが、酒気帯び運転の犠牲になった。その命を返してあげる手だてはない▼「白が似合う女性だった」。事故現場に駆け付けた同級生が語っていた。笑顔を絶やさぬ、明るく素直な人柄だったとも。心の奥に純真を秘めていたのだろう。歯学部への進学を志していた。怖くないよ、お口を大きくあけてごらん―。治療を怖がる子どもを、にこやかになだめる。優しい未来の歯医者さんを奪った暴走が、ひたすら憎い▼詩は続く。〈お嬢さん お嬢さん 雲が流れてまいります どこへ流れてゆくのでしょう あれあれあんなに はるばると〉。咲空さん。せめて、さえぎるものは何もないほんとの空で、存分に夢を咲かせて。あなたを守れなかった悔しさを胸に、県民は願っているよ。<2025・1・25>

1月22日(水)に郡山市で起きた痛ましい死亡事故に関してです。ここで「智恵子抄」由来の「ほんとの空」の語を持ってくるか、という感じでしたが、じんとくるものがありました。お名前に「空」一字の入る亡くなられた方は、同市の奥羽大学さん歯学部を受験予定だったとのこと。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

【折々のことば・光太郎】

紙絵の保管を願つてゐる院長さん、真壁さん、貴下には自然紙絵をもらつていただく結果になるでせう。これは当然でせう。

昭和26年(1951)6月30日 宮崎稔宛書簡より 光太郎69歳

千数百枚あった紙絵は、智恵子とも親しかった当会の祖・草野心平らに贈られた他、戦時中に約3分の1ずつ、花巻の佐藤隆房(院長さん)、山形の真壁仁、そして茨城の宮崎の元に分散疎開の措置を講じ、おかげで焼失を免れました。

銀座資生堂画廊に於いて都内で初めての智恵子紙絵展が開催されると、画集として出版したいという申し出が複数の出版社からありましたが、全て拒絶。宮崎には「宮崎さんから高村先生を説得して下さい」的な話があっても断るようにと釘を刺したようです。

蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村の山小屋の劣悪な環境では、紙絵の保存も覚束ないということで、「貴下には自然紙絵をもらつていただく結果になるでせう」。宮崎の妻・春子は智恵子の姪にあたり、南品川ゼームス坂病院で智恵子の付添婦を務め、殆ど唯一紙絵の制作現場を直に見ていた人物だということもあるのでしょう。

ところが、光太郎は結局「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作のため再上京し、その終焉の間際にほとんどの紙絵を手元に返却して貰うことになります。

まずは状況をわかりやすくするために、地方紙『福島民友』さん記事から。

高村智恵子の古里にふさわしいまちづくりを 福島県二本松市の「夢くらぶ」 発会20年を祝うつどい

 「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の発会20年を祝うつどいは15日、福島県二本松市油井の智恵子の湯で開かれた。同市出身の洋画家高村智恵子と夫の詩人・彫刻家高村光太郎の愛と芸術に生涯をささげた姿を語り継ぎ、智恵子の古里にふさわしいまちづくりを進めていくことを誓い合った。
 約30人が出席した。熊谷健一代表が「二人の生き方が今の私たちに感動を与える。日本や世界中の人に訪ねてもらえる地域づくりをしよう」とあいさつ。市内の小中学校などに贈る絵本「夢を描くひと―高村智恵子―」を三保恵一市長に手渡した。作者の坂本富江さんが思いを語った。
 三保市長、本多勝実市議会議長、加藤和信あだち観光協会長が祝辞を述べた。乾杯して歓談した。トランペッターのNobyさんが演奏を披露した。出席者がスピーチし、エピソードなどを語った。
 夢くらぶは2005(平成17)年1月に発足。「智恵子純愛通り」記念碑建立や高村智恵子生誕祭、智恵子講座、朗読会、「智恵子抄」総選挙など多彩な事業を催している。発会20年と光太郎・智恵子の結婚110年、光太郎の詩集「道程」出版110年の記念文集を発行した。
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というわけで、智恵子の故郷・福島二本松でさまざまな智恵子顕彰活動をなさっている智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~さんが20周年だそうで、おめでとうございます。

記事にある『記念文集』、絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』は下記画像。それぞれA4判横長です。
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『記念文集』目次はこちら。
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拙稿も載せていただいております。

絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』は、10月14日(月)、智恵子生家とその周辺で行われた「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」において、著者で太平洋美術会さんご所属の坂本富江さんが行った紙芝居を元に書かれています。当方、校閲いたしまして、「監修」ということでクレジットされています。奥付画像を載せておきます。
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記事に有る通り市内の学校さんに贈られたということで、智恵子の母校・油井小学校さんのサイトに報告が。

智恵子の絵本 贈呈式

高村智恵子さんの顕彰をしている「智恵子のまち夢くらぶ」より、市内の小中学校に絵本を寄贈いただきました。絵本は「夢を描くひと-高村智恵子-」というタイトルで、智恵子さんの生涯や生き方をわかりやすく紹介している絵本です。先日、絵本を作った作家の坂本富江さんが油井小に来校し、絵本に対する思いなどをうかがいました。そして、6年生が直接坂本さんから市内の学校を代表して絵本を受け取りました。6年生は感謝の言葉と「智恵子抄」の朗読をして、坂本さんと夢くらぶの皆様に感謝の気持ちを伝えました。
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関係の皆様の今後とものご活躍、さらに若い方々への継承といったあたりを祈念いたしております。

【折々のことば・光太郎】

毎年方々から請はれるままに新年の詩をこれまでうんざりするほど書いて来ましたが、もう一切書かない事にきめましたから此事御了承願ひます、


昭和25年(1950)11月18日 三宅正太郎宛書簡より 光太郎68歳

三宅は『北海道新聞』『中日新聞』『西日本新聞』3社で組んだブロック紙三社連合に勤務していました。その各紙で翌年元日に掲載する詩を書いてくれと言う依頼に対しての返答です。

ただ、結局、ぶつぶつ言いながらも、三宅からの重ねての依頼に根負けし、次の詩を送りました。

    船沈まず005

 酔はないのは船長とわたくしだけだつた。
 キヤビンの羽目につるしたステツキが
 振子のやうに四十五度かしいだ。
 ボートはさらはれ、
 手すりはもがれた。
 船は真横からくる吹雪を避けて
 コースを棄ててただよつた。
 とんでもない方角に
 船首は向いて波におされた。
 一人も客の出て来ない食堂で7f456cef
 その時わたくしは雑煮を祝つた。
 枠のはまつた食卓で
 ころがる箸をやつと取つた。
 それでも船は沈まなかつた。
 囲炉裏の上で餅を焼いてるこの小屋が、
 日本島の土台ぐるみ、
 今にも四十五度に傾きさうな新年だが、
 あの船の沈まなかつた経験を
 わたくしはもう一度はつきり思ひ出す。

遠く明治39年(1906)、横浜港からカナダ太平洋汽船の貨客船アセニアン号でアメリカ大陸を目指した際の体験を元にしています。「雑煮を祝つた」は、2月3日に出航し、航海中に旧正月を迎えたためでしょうか。この季節の太平洋は大荒れで、船は大きく北のアリューシャン方面までを迂回し、3月7日にバンクーバーに到着しました。「四十五度かしいだ」などは実話だったとのことですし、その後、流木が窓を突き破って船内に入ってきたこともあったそうです。

ひるがえって昭和26年(1951)の新年は「今にも四十五度に傾きさうな新年」。令和7年(2025)の新年もそんな感じですね(笑)。

都内レポートの第3弾です。

11月23日(土)、荒川区荒川ふるさと文化館さんで企画展示「鋳造のまち日暮里—銅像の近代—」、上野の東京都美術館さんで「第46回東京書作展」をそれぞれ拝観後、東京ドーム近くの文京シビックセンターさんに向かいました。こちらでは「第67回高村光太郎研究会」。
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年一回の開催で、今年のご発表はお二人。智恵子の故郷・福島二本松の「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」さんの熊谷健一代表、智恵子に関するご著書等おありの大島裕子氏。
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熊谷氏の発表題は「智恵子と光太郎の人間学――美の求道者の生涯に思う――」。
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智恵子と光太郎がどのようにお互いに影響を与えつつ歩んでいったのかといったような点につき、智恵子の地元で顕彰活動に当たられているお立場から。

大島氏の方は、「智恵子について、今思うこと」。おおむね2本立てで、まずは氏が以前に明らかにされた智恵子の縁談について、さらに詳しく。

様々な研究書や、智恵子に関する二次創作等で、明治45年(1912)の時点で智恵子には郷里の医師・寺田三郎との縁談が持ち上がっていたものの、智恵子はそれを断って、詩「人に」(原題「N――女史に」)で「いやなんです あなたのいつてしまふのが――」「小鳥のやうに臆病で 大風のやうにわがままな あなたがお嫁にゆくなんて」と謳った光太郎の元に走った(光太郎が滞在していた犬吠埼まで追いかけていった)とされてきました。その話の大元は、昭和48年(1973)の第17回連翹忌の集いの席上、参加していた寺田の実弟・四郎が行ったスピーチでした。
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ところが、寺田三郎は既に明治41年(1908)に結婚、智恵子との縁談があったとされる同45年(1912)には2人の子まで為していました。智恵子との縁談が持ち上がったのはもっと前、同40年(1907)頃、昭和48年(1973)の時点で上記のスピーチをした四郎ももう高齢で、70年近く前の話でもあり、記憶違いがあったのだろうとのこと。
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それでは明治45年(1912)の智恵子の縁談というのは何だったのか、ということになります。大島氏は寺田三郎以外の誰かと縁談があったのでは、と推測されています。傍証はこの時期に書かれた智恵子の親友・田村俊子の小説類。
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「Yさん」というのが光太郎のことですね。

実際に誰かと縁談があった可能性が高いでしょう。それがいつ作られたか詳細は不明ですが、婚儀用の豪華な打掛も残っていますので、ほぼ話は纏まっていたのではと推測されます。

ただ、恋愛問題に対して煮え切らない態度を取っていた光太郎に対し、ありもしない縁談をでっち上げて、光太郎の気持ちを確かめようとしたという可能性も捨てきれません。今後、そのあたりが解明されていくことを期待します。

4377a952さらに大島氏、昭和4年(1929)の智恵子の実家・長沼酒店破産前後の福島の地方紙報道から、智恵子や親族の動向なども。なかなか興味深い内容でした。

研究発表会は年に一度。会報的な『高村光太郎研究』が年刊で4月の連翹忌に合わせて発行されています。だいたい前年の発表者が発表内容を元に論文的なものを寄稿する慣例です(全くそれを無視した意味不明のものが載っている場合もあって閉口しているのですが)。それ以外に当方は新発見の光太郎文筆作品を紹介する「光太郎遺珠」、それから1年間を振り返る「高村光太郎没後年譜」を任されています。研究会に入会し、会費3,000円を納めれば送られてくるシステムです。

そういうわけで研究誌としてのレベルはあまり高いものではありませんが、参加のハードルもそれほど高くない点はいいところでしょう。奥付画像を載せておきますので、ご興味おありの方、ぜひどうぞ。主宰の野末氏、毎年の発表者の確保に苦労されているようですし。

【折々のことば・光太郎】

一、お茶 [六月廿五日発送]右受領候也 六月廿七日 純粋な川根のお茶はまことに美味、丁度もらつた八戸せんべいがあるので申分ありません

昭和25年(1950)6月27日 澤田伊四郎宛書簡より 光太郎68歳

澤田は『智恵子抄』版元の龍星閣主。光太郎、澤田からのさまざまな贈り物に対し、几帳面に受領証的な返信を続けました。「八戸せんべい」は南部煎餅ですね。

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