岩波書店さんの岩波文庫が来年で100周年だそうで、それに伴って絶版となっているものの復刊リクエストが行われています。
岩波文庫創刊100年記念 読者リクエスト復刊2027
あなたのリクエストであの岩波文庫がよみがえる
来年2027年、岩波文庫は創刊100年を迎えます。岩波文庫創刊100年を記念して、読者の皆さまからリクエストをお寄せいただき、長らく品切れておりました名著・名作書目を一挙復刊いたします。
いつか読もうと思っていたあの本や、憧れのあの人が愛読したというあの本を、今こそ手にしたい——。創刊100年のこの機に、読者の皆さまのそのような思いにお応えできますと幸いです。
■企画概要
皆さまからのリクエストを募集いたします。復刊希望の岩波文庫のタイトルをお教えください。リクエストは以下の方法でお受けします。
■リクエスト方法
<特設ページ>
特設ページにアクセスいただき復刊希望書籍をご選択のうえご投票ください。
サイト上に候補作品がずらっと並んでいます。
その中に、光太郎がらみが2冊。訳書『ロダンの言葉抄』と、美術評論集の『緑色の太陽』です。
『ロダンの言葉抄』は、昭和35年(1960)に文庫化。大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た『続ロダンの言葉』から、光太郎と交流のあった共に彫刻家の高田博厚と菊池一雄が再編した厚冊です。図版も数多く収録されており、理解の手助けとなっています。
光太郎実弟にして鋳金の人間国宝だった豊周の『光太郎回想』(昭和37年=1962 有信堂)から。
この頃、「ロダンの言葉」を訳しはじめたのは、兄にとっても、僕たちにとっても、今考えると全く画期的な大きな仕事だったと思う。
雑誌にのった時は読まなかったけれど、本になってからは僕も繰返して愛読した。あの訳には実に苦心していて、ロダンの言葉を訳しながら兄の文体が出来上がっているようなところもあるし、芸術に対する考え方も決って来ているところが見え、また採用した訳語も的確で、「動勢」とか「返相」とか兄の造った言葉で今でも使われているものが沢山ある。そんな意味で、あれは兄には本当に大事な本だった。
正続それぞれの初版の後、叢文閣からペーパーバックの普及版正続が出、戦後にはやはり正続ともに新潮文庫のラインナップにも入りました。さらに平成17年(2005)に沖積舎から正続合本の復刻、平成19年(2007)には講談社文芸文庫で正続それぞれの抄出が出ました。すべて絶版です(講談社文芸文庫版のみまだ新刊で在庫があるようですが、重版は為されていないようです)。
『緑色の太陽』は、昭和57年(1982)が初版。当会顧問であらせられた故・北川太一先生の編集で、表題作「緑色の太陽」をはじめ、さまざまな雑誌や単行書に掲載された美術評論などを40篇ほど収めています。一部は随筆、文芸評論も。
表題作「緑色の太陽」は『スバル』第2年第4号(明治43年=1910)が初出。「人が「綠色の太陽」を畫いても僕は此を非なりとは言はないつもりである」という一節から採った題名で、その他、「僕は芸術界の絶対の自由(フライハイト)を求めてゐる。従つて、芸術家の PERSOENLICHKEITに無限の権威を認めようとするのである。あらゆる意味において、芸術家を唯一箇の人間として考へたいのである」という一節も有名です。「日本初の印象派宣言」とも評されています。
光太郎の評論集も現在、紙版の新刊で入手できるものは無く、電子書籍なら多少はあるか、という感じです。
それぞれ、特設サイトから復刊リクエストのいわば投票ができます。よろしくお願い申し上げます。
それにしても、光太郎がらみでない作もかなり絶版になっていて、今回の候補に入っているのに驚きました。特に「緑」の日本文学。詩集ですと、当会の祖・草野心平の『草野心平詩集』や、立原道造、伊東静雄、大手拓次、三好達治など軒並み絶版ですし、小説系でも谷崎潤一郎の『春琴抄』やら堀辰雄の『風立ちぬ』やら有島武郎の『生まれ生れ出ずる悩み』やら、それ絶版にしちゃいかんだろ、という感じです。
ソフトとしての日本文学、一部の愛好家だけのものとするのではなく、日本国民共有の文化遺産として、次の世代へとしっかり受け継いでいくことが現代に生きる我々の一つの義務だと思うのですが。
サイト上に候補作品がずらっと並んでいます。
その中に、光太郎がらみが2冊。訳書『ロダンの言葉抄』と、美術評論集の『緑色の太陽』です。
『ロダンの言葉抄』は、昭和35年(1960)に文庫化。大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た『ロダンの言葉』、同9年(1916)に叢文閣から出た『続ロダンの言葉』から、光太郎と交流のあった共に彫刻家の高田博厚と菊池一雄が再編した厚冊です。図版も数多く収録されており、理解の手助けとなっています。
光太郎実弟にして鋳金の人間国宝だった豊周の『光太郎回想』(昭和37年=1962 有信堂)から。
この頃、「ロダンの言葉」を訳しはじめたのは、兄にとっても、僕たちにとっても、今考えると全く画期的な大きな仕事だったと思う。
雑誌にのった時は読まなかったけれど、本になってからは僕も繰返して愛読した。あの訳には実に苦心していて、ロダンの言葉を訳しながら兄の文体が出来上がっているようなところもあるし、芸術に対する考え方も決って来ているところが見え、また採用した訳語も的確で、「動勢」とか「返相」とか兄の造った言葉で今でも使われているものが沢山ある。そんな意味で、あれは兄には本当に大事な本だった。
それだけに、他の学校は知らないが、上野の美術学校では、みなあの本を持っていて、クリスチャンの学生がバイブルを読むように、学生達に大きな強い感化を与えている。実際、バイブルを持つように若い学生は「ロダンの言葉」を抱えて歩いていた。その感化も表面的、技巧的ではなしに、もっと深いところで、彫刻のみならず、絵でも建築でも、あらゆる芸術に通ずるものの見方、芸術家の生き方の根本で人々の心を動かした。新芸術の洪水で何かを求めながら、もやもやとして掴めなかったものがあの本によって焦点を合わされ、はっきり見えて来て、「ははあ」と肯ずくことが一頁毎にある。ロダンという一人の優れた芸術家の言葉に導かれて、人々は自分の生を考える。そういう点で、あの本は芸術学生を益しただけでなく、深く人生そのものを考え、生きようとする多くの人々を益していると思われる。だからあの本の影響は思いがけないほど広く、まるで分野の違う人が、若い頃にあの本を読んだ感動を語っている。
この本が、そんなに広く受入れられた原因の一つは、あの本の形式にもあるので、兄の読んだ種種な書物からの集積だから、自然にそうなったのだけれど、文章の区切りが大変短い。どんなに長くても数頁にしか渉らないから、読んでいて疲れないし、理解しやすい。この短かくて頭にはっきり全文が入るような形式が読者の感動をどんなに助けているかわからない。ことに本を読む習慣の少なかった美術学生にとって、これは有難かった。
正続それぞれの初版の後、叢文閣からペーパーバックの普及版正続が出、戦後にはやはり正続ともに新潮文庫のラインナップにも入りました。さらに平成17年(2005)に沖積舎から正続合本の復刻、平成19年(2007)には講談社文芸文庫で正続それぞれの抄出が出ました。すべて絶版です(講談社文芸文庫版のみまだ新刊で在庫があるようですが、重版は為されていないようです)。
『緑色の太陽』は、昭和57年(1982)が初版。当会顧問であらせられた故・北川太一先生の編集で、表題作「緑色の太陽」をはじめ、さまざまな雑誌や単行書に掲載された美術評論などを40篇ほど収めています。一部は随筆、文芸評論も。
表題作「緑色の太陽」は『スバル』第2年第4号(明治43年=1910)が初出。「人が「綠色の太陽」を畫いても僕は此を非なりとは言はないつもりである」という一節から採った題名で、その他、「僕は芸術界の絶対の自由(フライハイト)を求めてゐる。従つて、芸術家の PERSOENLICHKEITに無限の権威を認めようとするのである。あらゆる意味において、芸術家を唯一箇の人間として考へたいのである」という一節も有名です。「日本初の印象派宣言」とも評されています。
光太郎の評論集も現在、紙版の新刊で入手できるものは無く、電子書籍なら多少はあるか、という感じです。
それぞれ、特設サイトから復刊リクエストのいわば投票ができます。よろしくお願い申し上げます。
それにしても、光太郎がらみでない作もかなり絶版になっていて、今回の候補に入っているのに驚きました。特に「緑」の日本文学。詩集ですと、当会の祖・草野心平の『草野心平詩集』や、立原道造、伊東静雄、大手拓次、三好達治など軒並み絶版ですし、小説系でも谷崎潤一郎の『春琴抄』やら堀辰雄の『風立ちぬ』やら有島武郎の『生まれ生れ出ずる悩み』やら、それ絶版にしちゃいかんだろ、という感じです。
ソフトとしての日本文学、一部の愛好家だけのものとするのではなく、日本国民共有の文化遺産として、次の世代へとしっかり受け継いでいくことが現代に生きる我々の一つの義務だと思うのですが。
【高村光太郎書誌】
選集等(部分) 22 『純』百年文庫96
平成23年(2011)10月7日 ポプラ社 武者小路実篤/高村光太郎/宇野千代著
目次
武者小路実篤 馬鹿一 高村光太郎 山の雪 宇野千代 八重山の雪
目次
武者小路実篤 馬鹿一 高村光太郎 山の雪 宇野千代 八重山の雪
人と作品
ポプラ社さんの「百年文庫」。全100巻のシリーズもので、1冊に3人ずつが収められています。各巻のタイトルが漢字一文字になっています。「選集」というよりアンソロジーに近い形ですが、一応この項目に入れます。
ポプラ社さんの「百年文庫」。全100巻のシリーズもので、1冊に3人ずつが収められています。各巻のタイトルが漢字一文字になっています。「選集」というよりアンソロジーに近い形ですが、一応この項目に入れます。






















































































































































































































































































今回は複数ある智恵子を描いた作品のうち、「霧(高村智恵子)」が展示されています。100号超の大きさで平成7年(1995)の日展出品作とのことです。当方、実作を見たのは今回が初めてだったかも知れません。























































































