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あけましておめでとうございます。本年もこのブログサイトをよろしくお願い申し上げます。
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画像は当会としてお送りした年賀状から。中央のヘビの絵は、大正2年(1913)、智恵子と共に一夏を過ごし婚約を果たした信州上高地より、画家の真山孝治に宛てた寄せ書きの葉書から。同じ宿に滞在してい た窪田空穂、谷喜三郎(江風)との寄せ書きで、真山も一時同宿していましたが、先に下山したようです。

令和7年(2025)、下一桁の「5」に注目して、光太郎らとのからみ。

150年前 明治8年(1875) 光太郎生誕前 光太郎の両親・光雲とわかが結婚しました。

130年前 明治28年(1895) 光太郎13歳 第四回内国勧業博覧会審査員だった光雲に連れられて、初めて京都に赴きました。

120年前 明治38年(1905) 光太郎23歳 東京美術学校彫刻科研究生だった5月、上野の竹の台五号館で開催された第一回彫塑同窓会展に塑像二点を出品しました。9月、西洋美術を勉強し直そうと、東京美術学校西洋画科に再入学。教授陣には黒田清輝、藤島武二、同級生に岡本一平、藤田嗣治らがいました。

110年前 大正4年(1915) 光太郎33歳 智恵子と結婚して2年目。『ロダンの言葉』翻訳を始めました。評論集『印象主義の思想と芸術』、与謝野晶子との共著『傑作歌選別輯 高村光太郎 与謝野晶子』を刊行しました。

100年前 大正14年(1925) 光太郎43歳 ヴェルハーレン訳詩集『天上の炎』を刊行しました。当会顧問であらせられた故・北川太一先生がご生誕。ご存命なら今年で満100歳でした。

90年前 昭和10年(1935) 光太郎53歳 智恵子が南品川 ゼームス坂病院に入院しました。また、東京美術学校校庭に、光太郎原型の前年に歿した光雲のブロンズ胸像が建てられました(現存)。

80年前 昭和20年(1945) 光太郎63歳 空襲で駒込林町のアトリエが全焼、宮沢賢治実家の誘いで岩手花巻に疎開。終戦後には花巻郊外旧太田村の山小屋に移りました。

70年前 昭和30年(1955) 光太郎73歳 歿する前年で、中野の中西利雄アトリエで病臥生活。4月から7月には赤坂山王病院に入院もしました。 

ことに岩手移住80周年は特筆すべきかと存じます。そのあたりを冠して現地でいろいろ行われることを期待します。

昨年は元日にいきなり能登半島地震がありました。今年はおだやかな一年であってほしいものです。

【折々のことば・光太郎】

今日の元旦もまだ吹雪やまず、電車も多分不通と存ぜられ如何ともいたしかたなく閉ぢこもつて居ります。


昭和26年(1951)1月1日 佐藤隆房宛書簡より 光太郎69歳

この項も元日に合わせ、昭和26年(1951)に突入します。

この年は宿痾の結核が昂進、肋間神経痛がひどく、雪が溶けても農作業はほとんど放棄してしまいました。ぼちぼち自らの生の終わりを意識するようになり、それが翌年の生涯最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作開始に繋がっていきます。

今年一年を振り返る最終回です。「芸術の秋」ということで、この3ヶ月が最も事項の多い時期でした。

10月1日(火)
岩波書店さんから『図書』10月号が発行されました。中村佑子氏「冷たい乙女たち――高村智恵子に寄する」を含みます。
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10月1日(火)~12月22日(日)
千代田区の東京国立近代美術館さんで「ハニワと土偶の近代」展が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。

10月3日(木)~11月17日(日)
福島県二本松市の智恵子の生家/智恵子記念館さんで「高村智恵子 レモン祭」が開催され、生家二階部分の特別公開、生家ライトアップ、坂本富江氏による「夢を描くひと~高村智恵子」紙芝居上演などが行われました。
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10月4日(金)・10月5日(土)
岩手県花巻市の田舎laboさんで、智恵子の命日、10月5日にちなむ「レモンの日イベント」が開催され、複数の地元飲食店によるレモンを使った食品が販売されました。

10月5日(土)
当会から『光太郎資料』62集を発行しました。
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10月5日(土)~11月30日(土)
岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんで「令和6年度高村光太郎記念館企画展 高村光太郎 書の世界」が開催されました。

10月8日(火)~11月19日(火)
神奈川県鎌倉市の笛ギャラリーさんで「回想 高村光太郎と尾崎喜八 詩と友情 その11」が開催されました。
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10月9日(水)・10月10日(木)

10月10日(木)~10月14日(月)
新宿区の雑遊さんで「平体まひろ ひとり芝居『売り言葉』」公演がありました。智恵子を主人公とした一人芝居、野田秀樹氏の脚本でした。
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10月12日(土)
台東区のレンタルギャラリーブレーメンハウスさんで朗読イベント「☆ポエトリーユニオン☆@浅草」が開催され、当方も光太郎について語らせていただきました。

10月12日(土)~2025年1月13日(月)
文京区立森鷗外記念館さんで特別展「111枚のはがきの世界 ―伝えた思い、伝わる魅力」が開催され、光太郎書簡も展示されました。
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10月13日(日)
 岩手県花巻市の土沢商店街さん、萬鉄五郎記念美術館さん前を会場に「土澤アートクラフトフェア」が開催され、やつかの森LLCさんによる「こうたろう弁当」、花巻南高校家庭クラブさんによる「レモンケーキ」が振る舞われました。

10月14日(月)
福島県二本松市の智恵子生家近くで「智恵子純愛通り記念碑第15回建立祭」が開催されました。光太郎と智恵子の言葉を印刷した大きなボードが設置され、その除幕式を兼ねての実施。ボードの題字揮毫は書家の菊地雪渓氏でした。
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10月17日(木)
美術評論家の高階秀爾氏が亡くなりました。光太郎に触れる玉稿等もおありでした。

10月18日(金)~10月27日(日) 
渋谷区の黒田陶苑さんで「五十五周年記念 特別展 【 粋 II 近代巨匠名品展】」が開催され、光太郎色紙が展示即売されました。
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10月18日(金)~12月15日(日)
山口県宇部市のときわ湖水ホールさんで「彫刻世界 かたち・つくり・ひらく」展が開催され、光太郎ブロンズ「手」が出品されました。

10月19日(土)~11月17日(日)
金沢市の石川県立歴史博物館さんで「令和6年能登半島地震復興応援特別展 七尾美術館 in れきはく」が開催され、光太郎の父・光雲作の聖観音像が展示されました。
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10月23日(水)
国書刊行会さんから藤井明氏著『明治・大正・昭和 メダル全史』が刊行されました。光太郎作のメダルも紹介されました。

10月24日(木)
兵庫県西宮市の県立芸術文化センターさんで「関西歌曲研究会 日本歌曲の流れ 第101回演奏会 シリーズ 詩人 ~うたびと~vol.1 詩(うた)はどこから来た?」公演があり、別宮貞雄氏作曲「レモン哀歌」が演奏されました。
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10月26日(土)
神奈川県逗子市の旧逗子高等学校武道場において「余白露光 テルミンと民族楽器のライブ演奏」上演があり、聖和学院中学校・髙等学校美術部さんによる「智恵子抄」朗読がありました。

10月26日(土)~12月1日(日)
荒川区のふるさと文化館さんで「令和6年度荒川ふるさと文化館企画展 鋳造のまち日暮里—銅像の近代—」が開催され、光雲に関わる展示も為されました。
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10月27日(日)
岩手県花巻市のなはんプラザCOMZ ホールさんで「令和6年度高村光太郎記念館企画事業 対談 光太郎と花巻賢治子供の会」が開催され、生前の光太郎をご存じの元宮沢賢治子供の会会員のお二人、賢治実弟清六令孫・宮沢和樹氏と当方による公開対談が行われました。

同日、京都市の文星堂さんで「文星堂 定期演奏会 秋の音楽会」が開催され、「智恵子抄」から詩篇の朗読がありました。
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さらに同日、大阪市のATC海辺のステージさんで「第15回サンセットファミリーコンサート 海辺の音楽会~あなたに贈る歌~」が開催され、蒔田尚昊氏作曲「あどけない話」が演奏されました。
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11月3日(日)
福島県郡山市のけんしん郡山文化センターさんで「郡山市市制施行100周年記念式典音楽祭」が開催され、湯浅譲二氏作曲「あれが阿多多羅山 バリトンとオーケストラのための~高村光太郎『樹下の二人』による」が演奏されました。

11月4日(月)
広島市の日本キリスト教団 広島流川教会さんで演奏会「広島中央合唱団 Autmun Concert~Can't wait for Christmas~」が開催され、鈴木憲夫氏作曲の「混声合唱曲 レモン哀歌」が演奏されました。
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11月5日(火)
江東区の豊洲シビックセンターホールさんで「サウンド・ランドスケープ Vol.4~現代音楽の今~」が開催され、別宮貞雄氏作曲の「歌曲集 智恵子抄」より「僕等」「あどけない話」「千鳥と遊ぶ智恵子」「レモン哀歌」が演奏されました。

11月8日(金) ・11月22日(金)・ 12月13日(金)
 NHKカルチャーさんのオンライン講座「心に響くオンライン朗読講座~基本スキル編」が行われ、光太郎詩「あどけない話」が教材として使用されました。講師は朗読家・神戸女学院大学非常勤講師、川邊暁美氏でした。
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11月10日(日)~11月18日(月)
中野区のなかのZEROさんで「中野を描いた画家たちのアトリエ展Ⅱ」が開催され、保存運動が展開されている光太郎終焉の地・中西利雄アトリエを中心とした展示が行われました。関連行事として11月10日(日)、渡辺えりさんと当方によるトークショー「連翹の花咲く窓辺…高村光太郎と中西利雄を語る」、内田青蔵氏(近代建築史家・中野たてもの応援団団長)、伊郷吉信氏(建築家・自由建築研究所・伝統技法研究会)によるご講演「中西アトリエの魅力…水彩画家中西利雄とアトリエ設計者山口文象について」が行われました。

11月13日(水)
戦後日本を代表する詩人として海外でも評価された谷川俊太郎氏が亡くなりました。「二十億光年の孤独」他初期の詩集を光太郎に贈り、礼状を受け取られていました。
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同日、BSよしもとさんで「又吉・せきしろのなにもしない散歩 #137」が放映され、福島県二本松市の智恵子生家/智恵子記念館が取り上げられました。再放送が11月15日(金)でした。

11月17日(日)
千葉市の千葉大学さんキャンパスで、光雲が原型を制作し、戦時中の金属供出で失われていた長尾精一胸像が再建されました。
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11月18日(月)~12月13日(金)
仙台市の東北大学附属図書館さんで「東北大学総合知デジタルアーカイブ公開記念展示 チベット仏教の精華」が開催され、光雲作の木彫釈迦如来座像が出品されました。

11月20日
青土社さんから中野敏男氏著『継続する植民地主義の思想史』が刊行されました。第三章が「近代的主体への欲望と『暗愚な戦争』という記憶―高村光太郎の道程」でした。
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11月21日(木)~11月24日(日)
杉並区の荻窪小劇場さんで「劇団「喜び」40回記念公演 一人芝居 智恵子抄」が上演されました。茶山千恵子さんによる一人芝居、一柳みるさん、西山水木さん、小飯塚貴世江さんによる宮崎春子「紙絵のおもいで」朗読でした。

11月23日(土)
文京区の文京シビックセンターさんで「第67回高村光太郎研究会」が開催されました。発表は熊谷健一氏「智恵子と光太郎の人間学――美の求道者の生涯に思う――」、大島裕子氏「智恵子について、今思うこと」でした。
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11月23日(土)~2025年1月19日(日)
栃木県那須塩原市の那須野が原博物館さんで「開館20周年記念特別展 松方正義と那須野が原」が開催され、光雲作の「松方正義像」が出品されました。

12月1日(日)
白水社さんから雑誌『ふらんす』2024年12月号が発行されました。「世界遺産、ノートルダム大聖堂」という特集が組まれ、光太郎詩「雨にうたるるカテドラル」を取り上げた仏文学者の鹿島茂氏の「ノートルダム大聖堂と原始の森」が載っています。
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12月7日(土)
『岩手日報』さんに掲載された「みちのく随想」というコーナーの、「私たちのリレー」というエッセイ。お書きになったのは、宮澤賢治の妹・トシの母校にしてトシ自身も教壇に立った花巻南高等学校さんの菊池久恵先生。文芸部さんの顧問をお務めです。昨年11月の花巻高村光太郎記念館さん企画展「光太郎と吉田幾世(いくよ)」展での当方の講座、今年6月のイベント「五感で楽しむ光太郎ライフ」での智恵子のエプロン復刻などについてご紹介して下さいました。
 
12月7日(土)・12月8日(日)
金沢市の金沢美術工芸大学さんで「カナビフォトフェス」が開催され、光雲令曾孫・髙村達氏撮影による光雲、光太郎彫刻の大判写真が展示されました。
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12月7日(土)~2025年1月26日(金)
花巻市の高村光太郎記念館さん他で、同一テーマによる「花巻市共同企画展 ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」展が開催されました。高村光太郎記念館さんでは「光太郎が聴いたクラシックと蓄音機」と題した展示でした。
 
12月10日(火)
文治堂書店さんのPR誌を兼ねた文芸同人誌的な『とんぼ』の第十九号が発行されました。中野区の中西利雄アトリエ保存に関する記事、当方の連載「連翹忌通信」などが掲載されました。
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同日、中央公論新社さんから辻田真佐憲氏著『ルポ 国威発揚 「再プロパガンダ化」する世界を歩く』が発行されました。光太郎詩碑を取り上げた「よみがえった「一億の号泣」碑」、光雲原型作のモニュメントに触れた「東の靖国、西の護国塔」という章を含みます。
 
さらに同日、中央公論新社さんから『中央公論』2025年1月号が発行されました。東京大学史料編纂所教授・本郷和人氏による連載「皇室のお宝拝見」で、光太郎の父・光雲作の木彫「矮鶏置物」が取り上げられています。
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12月12日(木)
報道されたのが先週末でして、項目を設けてご紹介しませんでしたが、京都の清水三年坂美術館さん館長の村田理如氏が亡くなりました。いわゆる「超絶技巧」系の明治工芸の蒐集に力を入れられ、現在、山梨県立美術館さんを巡回中の「超絶技巧、未来へ 明治工芸とそのDNA」展など、多くの展覧会にご協力、ご自身でも関連行事としての講演会講師なども務められました。

12月14日(土)~2025年2月11日(火)
広島県呉市の呉市立美術館さんで「コレクション展III いのちを彫る 時を刻む 呉美の彫刻コレクション」が開催され、光太郎ブロンズ「手」が出品されました。
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12月15日(日)
福島県二本松市で「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の発会20年を祝うつどいが開催され、『記念文集』、坂本富江氏著絵本『夢を描くひと―高村智恵子―』が発行されました。

12月20日(金)~12月22日(日)
世田谷区のAPOCシアターさんで、「燦燦たる午餐 第二回公演 凌霄花の家」が上演されました。光太郎智恵子をモチーフとした人物が登場する演劇でした。
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最後は年間通しての話になりますが、毎月15日、花巻市の道の駅はなまき西南さん内のテナント・ミレットキッチンフラワーさんで、豪華弁当「光太郎ランチ」が販売されました。また、同じく花巻市のワンデイシェフの大食堂さんで不定期に8回「こうたろうカフェ」。共に主に食を通じて光太郎顕彰に当たられているやつかの森LLCさんが、光太郎の日記などを元にメニューを考案、「こうたろうカフェ」では調理も担当なさいました。

いろいろあった1年間でした。ご関係の皆様のさらなるご活躍とご健勝を祈念いたします。同時に、来年も今年を上回る勢いでいろいろあることを期待いたします。

【折々のことば・光太郎】

晶子会発起人中へ加はる事は承諾いたします、 歌碑の方の御相談については御返事を保留して、もつと考へます、多分小生には無理でせう、やはり建設の場に居ないとやりにくいと思ひます、


昭和25年(1950)12月29日 中原綾子宛書簡より 光太郎68歳

与謝野晶子の一番弟子を自負していた中原綾子。顕彰のための会を起ち上げ、晶子の弟分だった光太郎にも協力を要請しました。

今年一年の回顧、7~9月編です。

7月3日(水)
渋谷プロダクション/スタンス・カンパニーさんからブルーレイ「火だるま槐多よ」が発行されました。光太郎と交流のあった鬼才の画家・村山槐多をモチーフとし、昨年封切られたた映画「火だるま槐多よ」の映像ソフト化でした。劇中で光太郎詩「村山槐多」が使われました。
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7月6日(土)
名古屋市の宗次ホールさんで「藤木大地(カウンターテナー)&佐藤卓史(ピアノ)リサイタル 白鳥の歌/智恵子抄」公演がありました。佐藤卓史氏作曲「あどけない話」(世界初演)、加藤昌則氏作曲「レモン哀歌」が演奏されました。

7月13日(土)~8月31日(土)
花巻高村光太郎記念館さんで企画展示「山口山(やまぐちやま)のなつやすみ」が開催され、木工房さとう(さとうつかさ氏)の制作した高村光太郎や宮沢賢治をモチーフにした木工のオブジェが展示されました。
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7月13日(土)~9月1日(日)
兵庫県たつの市の霞城館・矢野勘治記念館さんで企画展示「三木露風と交流のあった人々」が開催され、光太郎から三木露風宛の絵葉書(『全集』等未収録)が展示されました。

7月13日(土)~9月23日(月)
愛知県小牧市のメナード美術館さんで「なつやすみ所蔵企画展 額縁のむこうのFRANCE -心惹かれる芸術の地-」が開催され、光太郎木彫「鯰」が展示されました。
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7月18日(木)~7月23日(火)
箏曲奏者元井美智子氏と、朗読家・荒井真澄氏のコラボによる「智恵子抄」朗読を含むコンサートツアーが岩手・宮城で開催されました。7/13、花巻市の賢治の広場 ハナマルカフェさんで「夏、花巻で奏であう 光太郎、賢治、箏と声」、7/19、仙台市のとなりのえんがわさんで「旅するお箏 となりのえんがわdeコンサート」、7/23、同じくAntique & Cafe TiTiさんで「夏の朝、音を描くコンサート 箏の調べと智恵子抄」でした。

7月27日(土)~10月20日(日)
北海道釧路市の釧路文学館さんで、企画展「来釧した文豪たち 「文豪とアルケミスト」も釧路に来た!!」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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7月31日(水) 
岩手県花巻市で行われた市長さんの定例記者会見の中で、光太郎から歌人中原綾子宛ての手紙・原稿等64点が、中原ご遺族から寄贈された件が発表されました。

8月9日(金)
宮城県牡鹿郡女川町の高村光太郎文学碑、まちなか交流館さんで第33回女川光太郎祭が開催されました。県内外の方々の光太郎詩文朗読、当方の記念講演などが行われました。
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8月10日(土)~9月23日(月)
北海道伊達市のだて歴史文化ミュージアムさんで「佐々木寒湖の書」展が開催され、光太郎詩に題を採った書も複数展示されました。

8月24日(土)
福島県二本松市の市民交流センターさんで「親子で楽しめるワークショップ Satoyamaのはなしとものづくり」 の第2回「智恵子の紙絵 紙絵のラブレター」が開催されました。
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8月24日(土)・8月25日(日)
岐阜県美濃加茂市立東図書館さん及び岐阜市のクララザールじゅうろく音楽堂さんで「リートデュオコンサート「二人の肖像」大梅慶子×内多瑞子」が開催され、蒔田尚昊氏作曲「歌曲集 智恵子抄」が演奏されました。

8月24日(土)~9月15日(日)
福島県白河市の白河市立図書館さん他を会場に「福島ビエンナーレ2024"風月の芸術祭 in 白河―起" 」が開催され、墨絵や版画などを手がけられている小松美羽氏による智恵子オマージュの作品も展示されました。
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8月28日(水)
筑摩書房さんから早川茉莉氏編のアンソロジー『ビールは泡ごとググッと飲め——爽快苦味の63編』が刊行されました。光太郎エッセイ「ビールの味」を含みます。

8月28日(水)~9月9日(月)
渋谷区の新宿高島屋10階美術画廊さんで「齊藤秀樹展 ― 一木(いちぼく)―」が開催され、光太郎の父・光雲オマージュの木彫作品も展示されました。
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8月29日(木)
花巻南高校文芸部誌『門 ⅩⅧ』が発行されました。「特集Ⅰ わたしたちの高村光太郎」と銘打ち、約30ページ(全体の3分の1ほど)費やして下さいました。

同日、大阪市の本願寺津村別院(北御堂)さんで「北御堂コンサートvol.255〜ロマンの饗宴〜」が開催され、蒔田尚昊氏作曲「あどけない話」が演奏されました。
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9月6日(金)~10月20日(日)
台東区の東京藝術大学大学美術館さんで「黄土水とその時代―台湾初の洋風彫刻家と20世紀初頭の東京美術学校」展が開催され、光雲・光太郎作品も展示されました。

9月7日(土)~9月23日(月)
渋谷区のエンパシーギャラリーさんで「瀬戸優個展 Time Traveler」が開催され、光雲オマージュのテラコッタ作品も展示されました。
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9月9日(月)~9月15日(日)
京都市のぎゃらりい思文閣さんで「令和6年9月 思文閣大入札会 下見会」が開催され、中原綾子に贈られた光太郎色紙二点が展示されました。

9月12日(木)
音楽家の田中信昭氏が亡くなりました。平成元年(1989)10月6日、赤坂の草月ホールで開催された「オペラ智恵子抄」初演の際、伴奏の10人編成アンサンブルの指揮をなさって下さいました。

9月13日(金)
仙台市のアクテデュースさんで、ピアニスト・齋藤卓子氏による「サロンコンサート《 いざなう月の琴》 vol.32 ~古典調律で楽しむ, 小さなお部屋コンサート『 ひとり シューマンと智恵子抄 』クララ・シューマンの生誕日に寄せて~」が開催されました。
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9月13日(金)
オンラインで全国の公民館をつなげ、各地のご当地体操に大人数で取り組む「オンラインでつなぐ全国ご当地体操」が開催されました。福島県二本松市の「ほんとの空体操」も取り上げられました。

9月14日(土)
TokyoFMさん他で「yes!~明日への便り~ presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ」がオンエアされ、サブタイトルが「己の後悔と向き合う -【千葉県にまつわるレジェンド篇】芸術家 高村光太郎-」でした。語りは長塚圭史さん、脚本は北阪昌人氏でした。
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9月15日(日)
神奈川県逗子市のテルミンミュージアムさんで「テルミンミュージアム4周年記念~人数限定のスペシャルなライブ~」が開催されました。テルミン奏者の大西ようこさん、箏曲奏者の元井美智子さんのコラボで、元井さんオリジナルの「智恵子抄」が演奏されました。
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同日、花巻市の『広報はなまき』の連載「花巻歴史探訪郷土ゆかりの文化財編」で、今年寄贈された光太郎から歌人の中原綾子宛史料のうち、直筆草稿が紹介されました。

9月15日(日)~10月8日(火)
千葉県多古町のコミュニティプラザさんで「多古町合併70周年記念 第48回千葉県移動美術館~田んぼの美~」が開催され、千葉県立美術館さん所蔵の光太郎ブロンズ「手」が出品されました。
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9月20日(金)~9月30日(月)
神戸市のGallery301さんで「山下和也個展 星尘詩(ほしくずのうた)」が開催され、光太郎オマージュのアート作品が展示されました。

9月22日(日)
盛岡市の岩手県産業会館さんで「同人誌展示即売会 岩漫63」が開催され、花巻高村光太郎記念館さんも参加なさいました。
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9月27日(金)
講談社さんから神永曉氏監修『日本のことばずかん いきもの』が刊行されました。光太郎詩「春駒」が取り上げられました。

明日はこの項最終回で、10~12月をご紹介します。

【折々のことば・光太郎】

この一ヶ月ばかり小生ひどくいそがしい思をしました。こんな山の中にゐて用事や原稿に追ひかけられるのは滑稽です。

昭和25年(1950)12月23日 西山勇太郎宛書簡より 光太郎68歳

この年は詩集『典型』や詩文集『智恵子抄その後』などの出版が相次ぎ、実際に忙しかったようです。数え68歳、当時としては「ご隠居」と呼ばれてもおかしくない年齢。まぁ、年齢に負けない精力的な活動ということでしたが。

今年一年を振り返る2回目です。

4月2日(火)
千代田区の日比谷松本楼さんで、光太郎忌日・第68回連翹忌の集いを開催いたしました。
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同日、刊行物として高村光太郎研究会さんから『高村光太郎研究(45)』、文治堂書店さんから勝畑耕一氏著『中野・中西家と光太郎』、当会から『光太郎資料』第61集が発行されました。
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4月3日(水)
花巻市太田地区ご在住で、生前の光太郎をご存じ、語り部として様々なご活動をなさっていた浅沼隆氏が亡くなりました。連翹忌の集いにも複数回ご参加下さっていました。
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4月5日(金)
豊島区のヤマノミュージックサロン池袋さんで、山野楽器落語の一日 第二部 熱血・若手落語会が開催されました。光太郎の父・光雲の「光雲懐古談」に材を採った鈴々舎馬桜師匠の創作落語「名人傳」が演目に入りました。
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4月5日(金)~4月14日(日)
渋谷区のデザイン&ギャラリー装丁夜話さんで「ASAKO展 春、在りし日、過ぎし日」が開催されました。水彩画家ASAKO氏の「智恵子抄」オマージュの作品などが展示されました。
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4月9日(火)
荒川区の日暮里サニーホール コンサートサロンで朗読と音楽をコラボしたコンサート「My Favorite Music 春の風に寄せて」が開催されました。桜さゆり氏による朗読「高村光雲:佐竹の原へ大仏をこしらえたはなしより抜粋」がプログラムに入っていました。
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4月10日(水)
みすず書房さんから土田昇氏著『瀏瀏と研ぐ――職人と芸術家』が刊行されました。伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀を中心に、光雲、光太郎にも随所で触れて下さいました。

4月13日(土)~6月30日(日)
文京区立森鷗外記念館さんで 特別展「教壇に立った鴎外先生」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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4月16日(火)
宮沢賢治実弟・清六の息女にして、光太郎が様々な支援を行った児童劇団「花巻賢治子供の会」メンバーだった宮沢潤子氏が亡くなりました。

4月19日(金)
光太郎がらみの玉稿が複数おありだった、福島県いわき市立草野心平記念文学館名誉館長の粟津則雄氏が亡くなりました。

4月20日(土)
夜学舎さんから雑誌『B面の歌を聞け』第4号が発行されました。「アートを通じて社会をほぐす 谷澤紗和子さんのアートと「ことば」」と題し、智恵子紙絵オマージュ作品等を手がけられている現代アート作家・谷澤紗和子氏が取り上げられました。
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4月23日(火)
講談社さんから野村進氏著『丹波哲郎 見事な生涯』が刊行されました。昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」にスポットを当てた「病身の妻 志麻子にかけた催眠術 「智恵子抄」から「貞子抄」へ」という章を含みます。

4月25日(木)
婦人之友社さんから森まゆみ氏著『じょっぱりの人 羽仁もと子とその時代』が刊行されました。夫・吉一と共に、現代でも続く雑誌『婦人之友』を創刊し、都内に自由学園を創立した羽仁もと子の評伝です。同誌には光太郎・智恵子もたびたび寄稿しましたし、同校を光太郎が訪れたこともあり、光太郎に触れられています。
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4月25日(木)~5月26日(日)
福島県二本松市の智恵子生家/高村智恵子記念館さんで「高村智恵子生誕祭」が開催され、生家二階特別公開、「紙絵」実物展示、「上川崎和紙で作る「智恵子の紙絵」体験」、「智恵子を偲ぶ鎮魂のつどい」など様々なコンテンツが行われました。
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4月27日(土)~7月7日(日)
花巻高村光太郎記念館さんで「令和6年度高村光太郎記念館テーマ展 山のスケッチ~花は野にみち山にみつ~」が開催されました。

4月27日(土)~6月30日(日)
仙台市の仙台文学館さんで「開館25周年記念特別展 詩人・石川善助をたずねて~北方への道のり」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。
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4月29日(月)
渡邉茂男氏著『不運の画家-柳敬助の評伝 西洋画黎明期に生きた一人の画家の生涯』が東京図書出版さんから刊行されました。随所で光太郎に触れられています。

同日、中央区の第一生命ホールさんで「大阪コレギウム・ムジクム演奏会 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団第21回東京定期公演」が開催されました。西村朗氏作曲「混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」」が演奏されました。
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5月5日(日)
亜紀書房さんから若松英輔氏著『自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと』が刊行されました。「書くとはおもいを手放すことである……高村光太郎と内村鑑三」という項を含みます。

5月11日(土)
大和書房さんから阿川佐和子氏他著『おいしいアンソロジー 喫茶店  少しだけ、私だけの時間』が刊行されました。光太郎の随筆「珈琲店より」を含みます。
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5月15日(水)
武蔵野美術大学さんの前田恭二教授による『読売新聞』さんの連載「読売新聞150年 ムササビ先生の「ヨミダス」文化記事遊覧」に「若きフジタの「漫画展」――青春時代の藤田嗣治」が掲載され、神田淡路町にあったほぼほぼ我が国初の画廊・琅玕洞(ろうかんどう)がらみで光太郎、そして智恵子にも言及されました。以後の同連載、5月29日(水)「高村光太郎と荻原碌山――1910年4月の群像」、6月12日(水)「東京・雑司ヶ谷と読売文士たちⅠ――上司小剣の“匿名日記”を読む」、6月26日(水)「東京・雑司ヶ谷と読売文士たちⅡ――人見東明とフュウザン会」、7月10日(水)「最も新しい女性画家――高村智恵子の青春」で光太郎智恵子に触れられました。

5月19日(日)
愛知県西尾市の古民家カフェすず助さんで「語り部リサイタルvol.5 みーみーの世界〜私のまわりのものたちのこと」公演がありました。「智恵子抄」から朗読が為されました。
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5月26日(日)
富山県高岡市の生涯学習センターさんで「令和6年度市民大学たかおか学遊塾 高村光太郎『智恵子抄』講座」が始まりました。講師は同市ご在住の茶山千恵子氏でした。

6月1日(土)
NHKさんの東北6県向けの情報番組「ウイークエンド東北」で、中西利雄アトリエ保存運動、東北各地で光太郎智恵子顕彰等に取り組まれる方々が紹介されました。
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6月2日(日)
文京区のトッパンホ-ルさんでコール淡水・東京(CTT)さんの第11回定期演奏会が開催されました。次郎丸智希氏が光太郎詩『雨にうたるるカテドラル』に曲を付けた作品が委嘱作品として初演されました。

6月6日(木)~6月16日(日)
品川区のシアターHさんで、オンラインゲーム「文豪とアルケミスト」に材を採った演劇「文豪とアルケミスト 旗手達ノ協奏(デュエット)」東京公演が行われました。京都公演は6月21日(金)~6月23日(日)、京都市の京都劇場さんでした。
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6月9日(日)
岩手県花巻市のなはんプラザさんでシンポジウム「五感で楽しむ光太郎ライフ」が開催されました。発表は「光太郎にかかわる総合学習の状況について」(花巻市立太田小学校長 藤田聖子氏)、「文芸誌作品・詩朗読及び感想」「智恵子のエプロン紹介」(花巻南高等学校文芸部・家庭クラブ生徒・担当教師)、「光太郎の愛した山口山の自然」(岩手県環境アドバイザー 望月達也氏)、「おいしいランチ 光太郎を食べよう TOM CREPERIE&DERIさんのお弁当」(やつかの森LLCさん)。当方がコメンテーターを務めさせていただきました。

6月10日(月)
文治堂書店さんからPR誌を兼ねた文芸同人誌的な『とんぼ』第十八号が発行されました。中西利雄アトリエ保存に関しての記事、当方の連載「連翹忌通信」などが載りました。
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6月15日(土)
東京都府中市の中央文化センターにおいて「葵の会第二十三回公演 青鞜の女たち」が開催されました。令和3年(2021)に上演されたものの再演で、光太郎智恵子も登場しました。

6月19日(水)~6月23日(日)
中野区のテアトルBONBONさんで演劇「夢のれんプロデュースvol.7 【哄笑ー智恵子、ゼームス坂病院にてー】」公演がありました。
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6月29日(土)
杉並区の名曲喫茶ヴィオロンさんで「ノスタルジックな世界」公演がありました。藤澤由二氏のピアノ演奏に乗せて、MIHOE氏が歌われたり朗読されたりという構成でした。

6月30日(日)
三重県四日市市の市立図書館さんで「第3回文色草子朗読ライブ 詩人、四人。 高村光太郎×柴田トヨ 茨木のり子×東君平」が開催されました。
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明日は7~9月です。

【折々のことば・光太郎】

いただいたレコードもまだ本当にはきけないでゐます、一度持つて花巻にいつた時は停電にぶつかつて駄目、とあるパン屋さんの店さきにあつたポータブルをかりてききましたが、まるで音が狂つてしまつてこれも駄目でした、山には蓄音機まるでなくいつかゆつくりいい電蓄できかうと思つてゐます、

昭和25年(1950)12月1日 藤間節子宛書簡より 光太郎68歳

「レコード」は、舞踊家の藤間がリサイタルで取り上げた「智恵子抄」の伴奏を吹き込んだレコードです。小村三千三作曲で、「浜辺」「ひたむき」「切紙細工」の三曲でした。藤間が山形に講演に行った光太郎にわざわざ届けてくれました。くわしくはこちら

毎年恒例、今年一年を振り返ります。

と、その前に、昨年のこの項で漏れていた件から。

2023年10月7日(土)~2024年3月31日(日)
世田谷区の世田谷文学館さんで「コレクション展 衣裳は語る──映画衣裳デザイナー・柳生悦子の仕事」が開催され、昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」の衣裳デザイン原画が展示されました。
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2023年11月15日(水)
沢本ひろみ氏著の歌集『燃える花』が文芸社さんから刊行されました。「智恵子抄」オマージュの短歌群を含みます。

2023年11月17日(金)~2024年2月12日(月・祝)
長野市の北野美術館さんで所蔵品展「冬の精華-語り来る入魂の作品たち-」が開催されました。光太郎の父・光雲作の木彫仁王像一対が出品されました。
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2023年11月30日(木)
青土社さんから小田原のどか氏著『モニュメント原論 思想的課題としての彫刻』が刊行されました。「3.彫刻の問題――加藤典洋、吉本隆明、高村光太郎からの回路をひらく」などの項で光太郎に触れられています。

2023年12月5日(火)
大塚信一氏著の評伝『津田青楓 近代日本を生き抜いた画家』が作品社さんから刊行されました。随所で光太郎に言及されています。
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2023年12月27日(水)
俳人・小津夜景氏著のエッセイ集『ロゴスと巻貝』がアノニマ・スタジオさんから刊行されました。「『智恵子抄』の影と光」という項を含みます。

これより純粋に今年です。

1月1日(月)
清流出版さん発行の『月刊清流』2024年2月号に、安芸正宏氏による「『智恵子抄』と智恵子」という記事が載りました。
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1月4日(木)~3月3日(日)
千代田区の皇居三の丸尚蔵館さんで「開館記念展 皇室のみやび 第2期 近代皇室を彩る技と美」が開催されました。光雲作木彫「猿置物」が出品されました。

1月5日(金)~3月9日(土)
新潟市の敦井美術館さんで「新春特別展 新春工芸名品展」が開催され、光雲作の木彫「ちゃぼ」が展示されました。
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1月12日(金)
『東京新聞』さんに「高村光太郎ゆかりのアトリエ@中野  残したい 代表作「乙女の像」塑像も制作」という記事が載りました。

1月20日(土)~2月18日(日)
岩手県花巻市の花巻新渡戸記念館さん、萬鉄五郎記念美術館さん、高村光太郎記念館さんの3館が連携し、統一テーマによる同一時期の企画展「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」が開催されました。高村光太郎記念館さんでは「光太郎からの手紙」でした。
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1月22日(月)
彩図社さんから同社文芸部さん編『大作家でも口はすべる 文豪の本音・失言・暴言集』が刊行され、「高村光太郎、酔ったせいか森鷗外を怒らせる」という項が含まれました。
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2月3日(土)~3月24日(日)
札幌市の北海道立文学館さんで、特別展「100年の時を超える ―〈明治・大正期刊行本〉探訪―」が開催され、光太郎第一詩集『道程』(大正3年=1914)の通常版と「異本」と、二種類が出展されました。

2月17日(土)
中野区の新井区民活動センターさんで「中西利雄・高村光太郎アトリエを保存する会」の最初の会合が持たれました。
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2月21日(水)
BSよしもとさんで、「又吉・せきしろのなにもしない散歩 #99」の放映がありました。花巻市の高村光太郎記念館/高村山荘が取り上げられました。
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2月21日(水)~2月25日(日)
台東区の東京都美術館さんで「出張!江戸東京博物館」が開催され、光雲が主任となって制作された「西郷隆盛像」を描いた錦絵が展示されました。

2月23日(金)
岩手県花巻市の喫茶店ココ・タベルバ・ラパンさんで「VALENTINE CONCERT 朗読と音楽で楽しむお茶時間 高村光太郎『智恵子抄』より」が開催されました。
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2月29日(木)
栃木県を中心とした同人詩誌『馴鹿』第80号記念号が刊行されました。「特集Ⅱ・「心に残るフレーズ」」の中で、吹木文音氏が光太郎詩「山麓の二人」(昭和13年=1938)から象徴的なリフレイン『わたしもうぢき駄目になる』について書かれています。

3月1日(金)~3月10日(日)
渋谷区のデザイン&ギャラリー装丁夜話さんで「星センセイと一郎くんと珈琲」という個展が開かれました。山口一郎氏による「レモン哀歌」オマージュの作品が出展され、さらにそれを元にしたポストカードブックが発行・販売されました。
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3月5日(火)
あるきみ屋さんから黄瀛詩集『瑞枝』復刻版が刊行されました。元版は昭和9年(1934)。光太郎による序文が掲載されています。

3月7日(木)
稲賀繁美氏著・末木文美士氏/中島隆博氏責任編集『日本の近代思想を読みなおす3 美/藝術』が東京大学出版会さんから刊行されました。「高村光雲『高村光雲懐古譚』」「高村光太郎「ポール・セザンヌ」『印象派の思想と藝術』/「触覚の世界」」という項を含みます。
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3月15日(金)~3月17日(日)
千代田区の東京交通会館展示会場に於いて「ABAJ 国際 2024稀覯本フェア」が開催され、萩原朔太郎追悼の光太郎草稿が展示されました。

3月17日(日)
台東区の秋葉原コンシールシアターさんで朗読劇「天野まり単独公演 ソレを、私は恋と呼ぶ。/智恵子抄」が開催されました。 
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3月20日(水)
中央区の王子ホールさんを会場に「朝岡真木子歌曲コンサート 第7回」が開催されました。作曲家の朝岡氏が光太郎詩「冬が来た」に曲を付けた独唱歌曲が初演されました。

3月20日(水)~4月6日(土)
中央区のギャラリーせいほうさんで「近代木彫の系譜Ⅰー 高村光雲の流れ ー」が開催され、光雲木彫「鬼はそと福はうち」(昭和7年=1932)が出品されました。
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3月23日(土)
台東区の一般社団法人落語協会さんで「彌生・初演の会 =お楽しみ宿題三題噺=」が開催されました。『光雲懐古談』に題を採った鈴々舎馬桜師匠による「名人傳」が初演されました。

3月25日(月)
福島県郡山市のNHKカルチャー郡山教室さんで「澤正宏先生の春の講座 与謝野晶子と高村光太郎」が開催されました。
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同日、生活の友社さんから『月刊 アートコレクターズ』№181 2024年4月号が発行されました。元神奈川県理知近代美術館長・水沢勉氏の連載「色と形は呼び交わす」の第13回「盛田亜耶 被膜の虚実」で、智恵子紙絵が紹介されました。

まだ安心は出来ませんが、コロナ禍も今や昔、さまざまなイベントもあり、胸をなで下ろした年明けからの3ヶ月でした。しかし抜けも多いかと思われます。「こんなこともあったよ」という情報がありましたらご教示下さい。

明日は4~6月をご紹介します。

【折々のことば・光太郎】

新潮社から文庫詩集が届きまして早速貴下の文章をよみました、まことに深く小生のものをよんで下さつてゐて、よみながらいろいろの事に自分でも気づきました、雑然としてゐた自己批判が整理されたやうに思ひました、大変おもひやりのある御意見には心があたためられ、今後の進み方に勇気が持てるやうに感じました、

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文庫詩集」は現在も版を重ねている新潮文庫版『高村光太郎詩集』。昭和43年(1968)に改版となり、それまでの版に載っていた伊藤の解説は書き改められました。

季節外れの冷やし中華ではありませんが(笑)、フェイスブックを始めました。

少し前にも書きましたが、このブログ、平成24年(2012)にヤフーブログとしてスタート。ところがヤフーさんが12月でブログサービスを終了するということで、投稿は8月いっぱいで締め切り。そこで8月中にライブドアさんに移転しました。いくつか他の移転先候補もあったのですが、機能的にライブドアさんが使いやすそう(ヤフーさんで出来ていたことがやはり出来そう)、サーバー的に重くない(ある大手のブログは重くて重くてなかなかつながりません)などの理由から、ライブドアさんを選びました。

その予想通り、ブログを書くぶんにはあまり不自由を感じず、スムーズに移行できたかなと思っております。

ところが、悩みの種は訪問者数。ヤフーさんが訪問者数を表示していた頃は、だいたい1日に百数十人の方が訪れて下さっていました。ごくたまに100を切って2桁となることがあり、「あれま」という状況でした。しかし、移転後は2桁(それも前半)があたりまえ、たしか、3桁行った日はなかったんじゃないかと記憶しています。昨日もそうでしたが、1桁という日もありました。

気になって、アクセス数解析のページを見てみましたところ、今月を含め、3ヶ月分しか表示されませんでしたが、11月、12月とも惨憺たる状況でした。


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上記が11月、下記が12月です。それぞれ下の方の黄色い線が訪問者数(UU)、赤い線(PV)は閲覧数ということで、「のべ」でのカウントのようです。10人の方のご訪問があり、記事を5件ずつ閲覧して下さったら50件、という意味だと思われます。

古い記事に関しては、12月まではヤフーさんにブログが残っていましたので、そちらでの閲覧が多いのだろうと思っておりました。実際、そうだったんだと思います。ただ、ヤフーさん、10月頃には訪問者数の表示機能が無くなり、はっきりわかりませんが。

で、ヤフーさんからブログが削除された後は、こちらの訪問者数が増えるだろうとたかをくくっていましたが、逆にどんどん減っています。ヤフーさんのブログには、最後の投稿としてこちらのURLを貼り付けておいたため、それを見てこちらに入って下さった方がいらしたようで、それが無くなったため、減ったように感じました。

それから、検索エンジン。グーグルさんなどで「高村光太郎連翹忌運営委員会」で検索しても、こちらのトップページが表示されません。さらに、キーワード検索で「高村光太郎」+「○○」。ヤフーさんのブログが健在の頃はそれでバンバン引っかかり、「○○について調べている者ですが、光太郎と○○についてもう少し詳しく教えて下さい」と、コメントやメールがきたものですが、移転後はそういうこともほとんどありません。検索ワード「高村光太郎」+「○○」でライブドアさんのブログが表示されないようで(無くなってしまったヤフーさんのブログがいまだに色々表示されます)。

長々書きましたが、そういうわけで、発信している情報が伝わらないことに危機感を抱いております。

そこで、フェイスブック。これまでは必要性をあまり感じていなかったため手を付けていなかったのですが、こちらのブログの更新などの情報を発信し、少しでも訪問者数増加につなげようという魂胆です(笑)。

実際、始めて見ると、「知り合いかも」という欄に見知ったお名前がずらり。やはり「ブログ」というとなかなか面倒でやっていないという方も、フェイスブックなら手軽なので、というケースが多いようですね。そこで、何人かの方にこちらから「友達」申請をしましたら受けて下さいましたし、逆に当方の名を見つけた方から、「友達」申請がありました。そんなこんなで輪を広げようと思っております。

今後はツィッター、インスタグラムなどにも手を広げようかと考えていますが、まぁ、あせらずにやっていこうと思っております。

ただ、フェイスブックもまだその機能をしっかり把握しきれていませんので、もしかするといろいろ失礼の段があるかもしれません。よろしくご寛恕の程。


【折々のことば・光太郎】

誰でも毎日為てゐる事、経験してゐる事がこんなに詩であり得るのだといふ事に気がつけばほんとにさうだと思はない人はないでせう。さういふ事は喜びです。
散文「矢野克子詩集『太洋ノ母』読後感」より 昭和18年(1943)

矢野は明治38年(1905)生まれの詩人。昨日ご紹介した伊波南哲同様、沖縄出身です。

2年後の昭和20年(1945)には、光太郎、「琉球決戦」というトンデモ詩を『朝日新聞』に発表するのですが、もしかするとその脳裏には伊波や矢野の顔が浮かんでいたかも知れません。

この一年を振り返る企画の最後となります。今日は10月から今月のできごとです。詳細は各項のリンクをご参照下さい。毎日書いていますが、主なものに限らせていただきます。書籍等の発行日は奥付の記述に典拠し、実際の発売日とは異なる場合があります。

まず、昨日、書き忘れました9月分の追補を。

9月20日(金)
文治堂書店さんからPR冊子『トンボの眼玉』№9が刊行されました。今年4月に刊行された当会顧問・北川太一先生の『光太郎ルーツそして吉本隆明ほか』の宣伝になっています。『高村光太郎の戦後』を青土社さんから上梓された中村稔氏、吉本に詳しい評論家の久保隆氏、同じく芹沢俊介氏の玉稿、そして拙稿「『高村光太郎全集』未収録作品集成」が掲載されています。

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9月23日(月)~12月17日(火)
栃木県佐野市にある佐野東石美術館さんで第4回「森の交響曲(シンフォニー)」展が開催され、光雲木彫「牧童」が展示されました。

さて、10月以降に入ります。

10月3日(木)・4日(金)
ホテルメトロポリタン長野さん及び信州善光寺さんで「第14回善光寺サミット」が開催されました。光雲とその高弟・米原雲海による仁王像開眼100周年を記念し、田中修二氏(大分大学教授)、藤曲隆哉氏(東京藝術大学大学院非常勤講師)による記念講演『善光寺仁王諸像の魅力について』などが行われました。

10月5日(土)~11月24日(日)
小樽文学館さんで特別展「歿後50年 伊藤整と北海道展」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。


10月5日(土)・6日(日)・12日(土)・13日(日)
長野市のギャラリー花蔵さんで「thee第13回公演『売り言葉』」が上演されました。本来一人芝居である野田秀樹氏の戯曲『売り言葉』を、島崎美樹さん、ミズタマリさんのふたり芝居とする演出でした。

10月5日(土)~12月15日(日)
群馬県立土屋文明記念文学館さんで「萩原恭次郎生誕120年記念展 詩とは?詩人とは?」が開催され、光太郎に関する展示も行われました。「萩原恭次郎生誕120年記念展」は前橋文学館さんとの共同企画で、同館では11月2日(土)~来年1月26日(日)まで、「何物も無し!進むのみ!」を開催中です。

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10月6日(日)
福島県二本松市のラポートあだちさんで、智恵子を偲ぶ「第25回レモン忌」が開催されました。記念講演はテルミン奏者の大西ようこさんによる「もう一つの智恵子抄」でした。

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同日、当会で会報的に発行している冊子『光太郎資料』52集を発行いたしました。

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同日、地方紙『伊豆新聞』さんに「新・埋もれ火を訪ねて 鈴木白羊子」という記事が載りました。光太郎と交流のあった詩人・編集者の鈴木白羊子を紹介するもので、光太郎にも触れられています。

 10月6日(日) 10月10日(木)
福島市の古関裕而記念館さん、二本松市の市民交流センターさんで、シャンソン系歌手モンデンモモさんのコンサート「FUKUSHIMA DAISUKI MOMO CONCERT 2019」が開催され、「智恵子抄」にオリジナルのメロディーを付けた曲などが演奏されました。

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10月7日(月)

岩手県花巻市・北上市の光太郎ゆかりの石碑等を巡る市民講座「岩手花巻高村光太郎記念館講座 詩と林檎のかおりを求めて 小山先生と訪ねる碑めぐり」が開催されました。講師は当方が務めさせていただきました。

10月10日(木)
『日本経済新聞』さんに、元アナウンサー・近藤サトさんによる「読書日記 ナレーター 近藤サト(2) 「緑色の太陽」 芸術の核心を見る手助け」という記事が載りました。

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10月11日(金)
元花巻高村光太郎記念会理事長・佐藤進氏が亡くなりました。進氏、父君は佐藤隆房。昭和8年(1933)に歿した宮澤賢治の主治医でもあり、賢治の父・政次郎ともども、昭和20年(1945)4月の空襲でアトリエ兼住居を失った光太郎を花巻に招き、その後も物心両面で光太郎を支えてくれた人物で、進氏ご本人も光太郎と交流がありました。


10月12日(土)
集英社さんからインターナショナル新書の一冊として津上英輔氏著『危険な「美学」』が刊行されました。「「美に生きる」(高村光太郎)ことの危険」という章で光太郎に詳しく触れています。

同日、俳優の中山仁さんが亡くなりました。昭和42年(1967)の松竹映画「智恵子抄」(岩下志麻さん主演)で、髙村豊周役を演じられました。

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10月12日(土)~2020年1月13日(月・祝)
港区の東京都庭園美術館さんにおいて「アジアのイメージ―日本美術の「東洋憧憬」」展が開催中です。光太郎実弟・髙村豊周の鋳金作品が展示されています。12月22日(日)、NHK Eテレさんの「アートシーン」で紹介がありました。


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10月13日(日)
仙台市の宮城野区文化センターパトナホールで、コンサート「第19回 華 日本の詩歌の会」が開催され、歌曲「レモン哀歌」が演奏されました。


10月14日(月・祝) 11月17日(日) 12月15日(日)
二本松市の福島県男女共生センターさんで、「智恵子講座2019」が開催されました。主催は智恵子のまち夢くらぶさん、講師は木戸多美子さん(詩人)、坂本富江さん(太平洋美術研究所 高村光太郎研究会)、澤正宏さん(福島大学名誉教授)でした。

10月15日(火)
神戸新聞総合出版センターさんから『画家 池田永治の記録―その作品と年譜―』が刊行されました。光太郎が昭和20年(1945)、花巻に疎開する前日に書かれた揮毫(チョッキの背に書かれたもの)が紹介されています。池田は智恵子と同時期に太平洋画会に所属し、漫画家、挿絵画家としても活躍した人物です。

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10月17日(木) ~21日(月)0359af50-s
山本學+兼古隆雄 朗読とギターの饗宴」が、滋賀県栗東市芸術文化会館さん、島根県松江市市民活動センターさん、山口県周南市文化会館さん、山口市中原中也記念館さん、山口県下松市国民宿舎大城さんでそれぞれ開催され光太郎詩の朗読が為されました。

10月20日(日)
本の泉社さんより『季論21 2019秋 第46号』が発行されました。歌人・内野光子氏の「「暗愚小傳」は「自省」となり得るのか――中村稔『髙村光太郎の戦後』を手掛かりとして」が17ページにわたり掲載されています。

10月26日(土)
横浜市の3丁目カフェさんで「月の映像詩と朗読の夕べ つきおもふこころ」の公演がありました。月を撮り続けているカメラマン河戸浩一郎氏による作品(月の映像詩)の上映会で、「智恵子抄」を題材にした朗読作品が、みのもかおりさんの朗読で披露されました。
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10月27日(日)
NHK Eテレさんで「日曜美術館 わしがやらねばたれがやる~彫刻家・平櫛田中~」の放映がありました。光雲にも触れられました。再放送11月3日(日)でした。

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11月1日(金)
土曜美術出版社さんから『詩と思想』2019年11月号が刊行されました。「特集 詩人・作家の死生観」の中で、詩人の豊岡史郎氏による「高村光太郎の自然観と死生観」が載っています。


11月1日(金)~12月1日(日)
京都市の知恩院さんで「20周年! お坊さんに会いに行こう! 知恩院秋のライトアップ2019」が開催され、光雲作の聖観音像もライトアップされました。

11月2日(土)・3日(日)
盛岡市の旧岩手銀行赤レンガ伝統工芸館で「IWATE TRADITIONAL CRAFTS year 2019 ~(ホームスパン)」が開催され、光太郎遺品にして英国の世界的染織家エセル・メレ作の毛布が展示されました。3日には岩手県立大学盛岡短期大学部の菊池直子教授による特別講演「高村光太郎のホームスパンを探る!」が開催されました。


やはり11月2日(土)・3日(日)で、渋谷区の新国立劇場さんに於いて「新国立劇場バレエ研修所公演 バレエ・オータムコンサート2019」が開催され、プログラムに「檸檬(レモン)哀歌」が入りました。

11月3日(日)
写真家の田沼武能氏に文化勲章が伝達されました。光太郎の肖像写真を手がけられた他、光太郎令甥の故・髙村規氏と木村伊兵衛門下で兄弟弟子として活躍されました。

11月4日(月・振)
台東区の旧平櫛田中邸アトリエにおいて「潮見佳世乃歌物語コンサート 智恵子抄」が開催されました。


11月7日(木)
 『週刊新潮』さんの11月7日号で「「ほんとの空の下」の山小屋」という記事が3ページにわたって掲載されました。安達太良山のくろがね小屋を紹介する中で、光太郎智恵子にも触れて下さいました。

11月13日(水)
俳優の滝口幸広さんが34歳の若さで亡くなりました。平成24年(2012)に開催された朗読系の公演「僕等の図書室」及び「僕等の図書室2」で、「智恵子抄」の朗読を披露なさいました。

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11月14日(木)
『朝日新聞』さんの岩手版に「高村光太郎のはがき寄贈 70年前に受け取る」という記事が載りました。横浜に住む女性が中学生だった昭和25年(1950)、光太郎から受け取った葉書を花巻高村光太郎記念館さんに寄贈した件でした。21日(木)には全国版にも同じ記事が掲載された他、その前後、地方紙にも記事が載りました

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 11月16日(土)
名古屋市のザ・コンサートホールさんで、「伊藤晶子ソプラノリサイタル ~演奏生活70周年を記念して~」が開催され、朝岡真木子さん作曲の「智恵子抄」改訂初演が為されました。

 11月19日(火)
 DeAGOSTINIさんから『日本の名峰 DVD付きマガジン64 紅葉色めく湯の山 安達太良山』が刊行されました。付録のDVDを含め、光太郎智恵子に触れて下さっています。


11月20日(水)
日本コロムビアさんからソプラノ歌手・小林沙羅さんのアルバム「日本の詩(うた)」がリリースされました。「或る夜のこころ ―『智恵子抄』より」(作曲/中村裕美さん)を含みます。

11月23日(土)
江東区立東大島文化センターさんで第64回高村光太郎研究会が開催されました。研究発表は元いわき市立草野心平記念文学館の小野浩氏で「黄瀛から見た光太郎・賢治・心平」、当会顧問北川太一氏子息の北川光彦氏が「高村光太郎が彫刻や詩の中に見つけた「命」とは」、書家の菊地雪渓氏による「光太郎の書について―普遍と寛容―」でした。

11月26日(火)
『日本経済新聞』さんに「日本美術の中の動物十選(10) 高村光雲「老猿」」という記事が載りました。千葉市美術館館長・河合正朝氏による文化面の連載の一環です。

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11月27日(水)~2020年4月12日(日)
山口市の中原中也記念館さんで「清家雪子展――『月に吠えらんねえ』の世界」が開催中です。光太郎に関わる展示も為されています。

11月28日(木)
FMヨコハマさんで「スペシャルプログラム Sound Travelogue ~沢木耕太郎、日本を旅する~ ラジオドラマ 高村光太郎「智恵子の紙絵」」がオンエアされました。

11月29日(金)
静岡県浜松市の鴨江アートセンターさんで「SPAC出張劇場『星の時間 〜高村光太郎「智恵子抄」より〜』」の公演がありました。吉見亮さんの電子パーカッション演奏に合わせての、布施安寿香さんの一人芝居でした。

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11月30日(土)
光文社さんから光文社新書の一冊として評論家長山靖生氏著『恥ずかしながら、詩歌が好きです 近現代詩を味わい、学ぶ』が刊行されました。「第七章 犯罪幻想(ミステリ)と宇宙記号(SF)の世界――萩原朔太郎、高村光太郎、山村暮鳥、千家元麿、三好達治、佐藤惣之助――」「第九章 直情の戦争詩歌、哀切の追悼詩歌――北原白秋、三好達治、高村光太郎、折口信夫――」などで光太郎に触れられています。

12月2日(月)~22日(日)
杉並区の古書店・西荻モンガ堂さんで「個人名のついた研究会会誌の世界」展が開催され、かつて当会顧問・北川太一先生が発行されていた『光太郎資料』などが展示されました。

12月4日(水)~12月28日(土)
京都市のおもちゃ映画ミュージアムさんで「戦争プロパガンダ展 ポスター・雑誌・映画」が開催されました。光太郎の翼賛詩に関する資料も展示されました。

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12月7日(土)(土)~12月18日(水)
神戸市のギャラリー島田さんで「井上よう子展 ―言葉がくれたもの―」が開催されました。「智恵子抄」からインスパイアされた絵画も並びました。

12月7日(土)~2020年1月26日(日)
花巻市の5つの文化施設で「ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~」という統一テーマの元に行われる共同企画展が開催されています。花巻高村光太郎記念館さんでは「光太郎からの手紙」。花巻市総合文化財センターさんの「ぶどう作りにかけた人々 ―北上山地はボルドーに似たり―」でも、光太郎に関わる展示が為されています。


12月10日(火)
株式会社トゥーヴァージンズさんからCD13枚組「【近代文學の泉】朗読で味わう文豪の名作」がリリースされました。俳優の寺田農さんによる「智恵子抄」朗読を含みます。

12月13日(金)~15日(日)
岡山市の城下公会堂 さんにおいて劇団カタオモイ旗揚げ公演「売り言葉」が上演されました。ご出演は櫻井杏子さん、久永柚月さん、松尾千晶さんでした。

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12月15日(日)
文治堂書店さんからPR誌『トンボ』第9号が発行されました。拙稿「連翹忌通信」の題で連載されております。

追記 12月20日()
ワルトラワラの会さんから文芸同人誌『ワルトラワラ』第45号が発行されました。料理研究家の中野由貴さんご執筆の「イーハトーヴ料理館 賢治たちの自炊めし 二膳目 光太郎さんからの食アドバイス」が5ページにわたり掲載されています。

 12月21日(土)・22日(日)
大阪市のアートギャラリーフジハラさんで「演劇創造ユニット [フキョウワ] 第一回公演 売り言葉」が開催されました。雀野ちゅんさんのご出演でした。


12月22日(日)
二本松市の市民交流センターで女優の林亜佑美さんによる「一人芝居 売り言葉」の公演がありました。

追記 12月28日(月)
文化放送さんから声優の能登麻美子さんによる「能登麻美子おはなしNOTE 朗読CD第7弾 ルルとミミ/夢野久作」がリリースされました。光太郎随筆「山の雪」朗読を含みます。


また、各月の項には書きませんでしたが、雑誌『月刊絵手紙』さん、隔月刊誌『花巻まち散歩マガジンMachicoco(マチココ)』さんが、それぞれ「生(いのち)を削って生(いのち)を肥やす 高村光太郎のことば」、「光太郎レシピ」という連載を今年も掲載し続けて下さいました。

と。まあ、今年も実にいろいろなことのあった一年間でした。関係各位に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。来年以降もどうぞよろしくお願い申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

一番先に気のついた事はその詩がすべて形象に向つて動いてゐる事である。映像として詩の情景が具象され、うちつけな露はな抒情よりも其を包んだ場面としての表現がすべてに行き亙つてゐる。

散文「大野良子詩集『馬頭琴』読後感」より
 昭和15年(1940) 光太郎58歳

この手の文章に共通することですが他者への評でありながら、一面、光太郎の目指す……とまでは行かなくともよしとする詩のあり方が示されています。

この一年を振り返る企画の3回目となります。今日は7~9月のできb4406db5ごとです。

詳細は各項のリンクをご参照下さい。毎日書いていますが、主なものに限らせていただきます。書籍等の発行日は奥付の記述に典拠し、実際の発売日とは異なる場合があります。

7月5日(金)・6日(土)
千代田区の東京古書会館さんにおいて、明治古典会七夕古書大入札会2019一般下見展観が行われ、光太郎自筆原稿、書簡などが出品されました。

7月5日(金)~7日(日)
仙台市のせんだい演劇工房10-BOXさんにおいて、「INDEPENDENT:SND19参加企画 演劇ユニット箱庭 第5回公演 『38.9℃の夜』」が上演されました。 しゅー(演劇ユニット あかりラボ)さんによる智恵子を主人公とした一人芝居でした。

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7月5日(金)~10月6日(日)
文京区の森鷗外記念館さんでコレクション展「文学とビール―鷗外と味わう麦酒(ビール)の話」が開催され、光太郎に関わる展示も為されました。

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7月6日(土)
愛知県長久手市の長久手文化の家さんにおいて、「智恵子抄」を題材とした「創造スタッフ七夕企画 文学パフォーマンス」の公演がありました。ご出演は豊永洵子さん(ダンス)、細川杏子さん(フルート)、藤島えり子さん(俳優)でした。

7月11日(木)
埼玉県東松山市のきらめき市民大学さんにおいて、市民講座「高村光太郎と東松山」が開催されました。講師は当方が務めました。

7月13日(土)・14日(日)
青森県十和田湖畔に於いて「2019.第54回十和田湖湖水まつり」が開催され、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップが為されました。

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7月20日(土)
台東区の区立旧東京音楽学校奏楽堂さんにおいて「令和元年度奏楽堂日本歌曲コンクール入賞記念コンサート」が開催され、紀野洋孝さん(テノール)、森裕子さん(ピアノ)により別宮貞雄氏作曲の歌曲集『智恵子抄』から6曲が演奏されました。

7月23日(火)
小学館さんから芦田愛菜さん著『まなの本棚』が刊行されました。第一日暮里小学校卒業生で光太郎の後輩に当たる女優の芦田さんによるブックガイド。『智恵子抄』も取り上げられました。


7月25日(木)
NHK出版さんから若松英輔氏著『詩と出会う 詩と生きる』が刊行されました。「 第11章 今を生きる詩 高村光太郎が捉えた「気」」で、光太郎に触れられています。

同日、NHK BSプレミアムさんで「偉人たちの健康診断 東京に空が無い “智恵子抄”心と体のSOS」が放映されました。

7月28日(日)
『明星』時代からの光太郎の親友・水野葉舟の子息にして、建設大臣や総務庁長官などを務められた元衆議院議員にして、おん自らも光太郎と交流のあった水野清氏が亡くなりました。お別れの会は、10月14日(月)、成田ビューホテルさんで開催されました。


7月31日(水)
JTBパブリッシングさん発行の雑誌『月刊ノジュール』8月号で「安達太良山[福島県] 『智恵子抄』の“ほんとの空”へ」という記事が載りました。

8月7日(水)
宮城県女川町の女川つながる図書館さんで特別展「詩人・彫刻家高村光太郎と女川 ~えにしをつなごう~」が開催されました。


8月9日(金)
宮城県女川町のまちなか交流館さんで第28回女川光太郎祭が開催されました。県内外の方々による光太郎詩文朗読、当方による記念講演等が行われました。

8月9日(金)~11日(日)
大阪府立男女共同参画・青少年センターさんにおいて演劇公演「あきらめない、夏"  2019 大阪女優の会 VOL.17朗読劇「あの日のこと」~『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』『空が、赤く、焼けて』より~」が開催され、光太郎詩も取り上げられました。


8月15日(木)
早川書房さんよりハヤカワ演劇文庫の一冊として、渡辺えりさん著『渡辺えりⅢ──月にぬれた手/天使猫』が刊行されました。平成24年(2012)初演の2本の脚本です。「月にぬれた手」は光太郎を、「天使猫」は宮沢賢治を、それぞれ主人公としています。

8月16日(金)
本阿弥書店さん発行の雑誌『歌壇』9月号に、拙稿「明星文学者、四季の食卓― 高村光太郎 苦しい中でも工夫して」が掲載されました。


同日、『週刊朝日』さんの8.16-23合併号に「文豪たちが聞いた「玉音放送」」という記事が載り、光太郎も紹介されました。

8月18日(日)
世田谷区のオーキッドミュージックサロンさんにおいて演奏会「Départ chant piano et piano」が開催されました。別宮貞雄氏作曲の歌曲集「智恵子抄」より6曲が、齋藤青麗さん(ソプラノ)の歌唱で演奏されました。

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8月19日(月)~30日(金)
新潟県上越市埋蔵文化財センターさんで、光雲作の「木造毘沙門天像」が初公開されました。


8月24日(土)~11月17日(日)
京都市の清水三年坂美術館さんにおいて帝室技芸員の仕事 彫刻編が開催されました。光雲と石川光明の作品を中心とした展覧会でした。

8月31日(土)~10月31日(木)
長野市の信州善光寺史料館さんで、光雲とその高弟・米原雲海による仁王像を安置する「善光寺仁王門写真コンテスト」入賞作品の展示が行われました。審査には光雲の曾孫で写真家の髙村達氏が当たりました。



9月1日(日)
JR東日本さん発行の車内誌『トランヴェール』9月号が発行されました。作家・沢木耕太郎氏によるエッセイ「旅のつばくろ」で、二本松および岳温泉が取り上げられ、光太郎智恵子にも触れられました。

9月4日(水)
今年1月に公開された映画「この道」のブルーレイとDVDが発売されました。伊㟢充則さん演じる光太郎も登場します。

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9月5日(木)~8日(日)
豊島区の新生館シアターさんで、劇団evkk(エレベーター企画)による野田秀樹氏脚本による智恵子を主人公とした『売り言葉』の上演がありました。


9月7日(土)
二本松市コンサートホールさん他の会場で「にほんまつArt Fes」が開催され、その一環として「妖艶 Bewitching」が上演されました。女優の一色采子さんによる「智恵子抄」朗読、二瓶野枝さんによるコンテンポラリーダンス「あどけない話」などの内容でした。

9月7日(土)~11月17日(日)
この期間の土日祝日に、二本松市の智恵子生家で、二階部分の特別公開が実施されました。

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9月13日(金)
仙台市のアクテデュースさんで、ピアニスト斎藤卓子さんによる「サロンコンサート《 いざなう月の琴 》vol.27 」が行われました。「高村光太郎『智恵子抄』と共に」と題し、シューマンのピアノ曲の演奏と共に光太郎詩の朗読が為されました。

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9月14日(土)~12月8日(日)
新宿区の中村屋サロン美術館さんで「生誕140年・中村屋サロン美術館開館5周年記念 荻原守衛展 彫刻家への道」展が開催され、光太郎ブロンズ「腕」、油絵「自画像」が展示されました。


9月18日(水)~10月20日(日)
和歌山県立近代美術館さんで「時代の転換と美術「大正」とその前後」展が開催され、光太郎油絵「佐藤春夫像」が展示されました。

9月20日(金)
埼玉県和光市の音楽レストラン クロシェット ドゥ ボワさんで、オペラ歌手和田タカ子さんによるトークイベント「オペラ勧進 歌と芸術よもやま話 「智恵子抄」を読み解いてみませんか」が開催されました。

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同日、講談社さんから清家雪子氏著『月に吠えらんねえ』第11巻(最終巻)が発行されました。萩原朔太郎、北原白秋ら近代詩歌人をモチーフとした登場人物が織り成す幻想世界を描いた漫画です。光太郎からインスパイアされた登場人物も重要な役どころでした。

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9月20日(金)~23日(月・祝)
新宿区の古民家ゆうどさんにおいて「サキクサ創刊号公演・大塚由祈子ひとり芝居『売り言葉』」の公演が行われました。

9月21日(土)~11月10日(日)
群馬県立近代美術館さんで「没後70年 森村酉三とその時代」展が開かれ、光太郎実弟にして鋳金の人間国宝だった髙村豊周の作品が出ました。

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 9月21日(土)~11月24日(日)
熊本市現代美術館で「2019年度国立美術館巡回展 東京国立近代美術館所蔵品展 きっかけは「彫刻」。―近代から現代までの日本の彫刻と立体造形」が開催され、光太郎の代表作「手」(大正7年=1918)と、「鯰」(大正15年=1926)が出品されました。

9月22日(日)
目黒区のめぐろパーシモンホールさんで「4人のバリトンコンサート ハンサムなメロディー」が開催され、加耒徹さんにより、加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」が演奏されました。

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9月26日(木)
 東京都立川市の女性総合センター・アイムで、市民講座「アイム市民企画活動事業 詩と歌詞で読む出会いと別れ 第2弾~作者の心・日本の四季~」が開催され、光太郎詩「レモン哀歌」が取り上げられました。講師はコミュニケーションスキルアップ講師・伊藤眞理子氏でした。

9月27日(金)
福岡市のあいれふホールさんで、「加耒徹バリトンリサイタル2019 〜歌道Ⅱ」福岡公演がありました。加藤昌則氏作曲の「レモン哀歌」が演奏されました。東京公演は11月7日(木)、豊洲シビックセンターホールで開催されした。

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9月27日(金) ~11月25日(日)
花巻高村光太郎記念館さんで企画展「高村光太郎 書の世界」が開催されました。同館蔵の光太郎の毛筆書、原稿等が展示されました。

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9月29日(日)
埼玉県川口市のTOIcafeさんを会場に、コンサート「日本のうたカフェvol.5 ~日本のうたでほっこりしたひとときをご一緒に~」が開催され、ソプラノ歌手・丹羽京子さんにより、鈴木憲夫氏作曲の独唱歌曲「レモン哀歌」が演奏されました。 


明日はこの項最後、10~12月です。


【折々のことば・光太郎】

人に読まれても読まれないでも詩は泉のやうに詩人の居るところから何時でもあふれる。

散文「『現代詩人集』について」より 昭和15年(1940) 光太郎58歳

その清らかな泉の水を飲みたくて、仕方がないのです(笑)。

昨日の1~3月分に引き続き、今年一年を振り返ります。やはりご紹介した全件はさすがに紹介しきれませんので、主なものに限らせていただきます。また、書籍等の発行日は奥付に従いました。そこで、実際に店頭に並んだ日と異なる場合があります。ご了承ください。

4月2日(火)
第63回連翹忌を、千代田区の日比谷松本楼さんで開催いたしました。全国から70余名の皆様にお集まりいただき、光太郎を偲ぶひとときを共に過ごしました。

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同日、岩手花巻の旧太田村で詩碑前祭、市街松庵寺さんで連翹忌法要が開催されました。

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さらに同日、文治堂書店さんから当会顧問・北川太一先生著 『光太郎ルーツそして吉本隆明ほか』が刊行されました。

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やはり同日、高村光太郎研究会さんから『高村光太郎研究(40)』、当会から『光太郎資料51』が刊行されました。


4月3日(水)~8日(月)
中央区の日本橋三越本店美術特選画廊さんで「E.O展 ~多摩美出身作家~ vol.3」が開催され、昨年、智恵子の故郷・福島二本松にある智恵子生家で、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭 2018」の一環として開催された、切り絵作家の福井利佐さんの作品展に展示された「荒御霊(グロキシニア)」が出品されました。

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4月6日(土)~6月30日(日)
文京区立森鷗外記念館さんで特別展「一葉、晶子、らいてう―鷗外と女性文学者たち」が開催されました。智恵子が創刊号等の表紙絵を描いた『青鞜』がらみの展示がありました。


4月10日(水)~12日(金)
渋谷区の澁谷伝承ホールさんで「Yプロジェクトプロデュース公演 ブーケdeコンセール 詩劇と音楽 長編詩劇・高村光太郎の生涯 愛炎の荒野。雪が舞う、」の公演がありました。


4月13日(土)~6月30日(日)
福島県いわき市の草野心平記念文学館さんで、企画展「草野心平 蛙の詩」が開催され、光太郎が序文執筆、題字揮毫、装幀などにあたった心平著作が展示されました。

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4月19日(金)
横浜市のKikcafeで「ロコさんの朗読会 春風にさそわれてよむ詩~「智恵子抄」~「ポケット詩集」」が開催されました。朗読は石川弘子さんでした。

同日、龍星閣さんから『澤田伊四郎 造本一路』図録編が刊行されました。初版『智恵子抄』他、数多くの光太郎著書が写真入りで紹介されています。

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4月28日(日)
徳島県郷土文化会館(あわぎんホール)さんにおいて、「平成31年度 東京藝術大学音楽学部同声会 徳島県支部主催演奏会」が開催され、松岡みち子氏作曲の独唱歌曲「智恵子抄」より抜粋で演奏が為されました。

5月3日(金)~26日(日)
花巻市の花巻高村光太郎記念館 森のギャラリーで、「美しきものみつ―光太郎と智恵子の息吹―」が開催されました。地元の画家・多田民雄氏と、陶芸家の安部勝衛氏の、光太郎智恵子にちなむ作品が展示されました。

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5月12日(日)
すばる舎さんより、アンドルー・B.アークリー氏著『陛下、今日は何を話しましょう』が刊行されました。新天皇陛下と「智恵子抄」にまつわるエピソードが紹介されています。

5月15日(水)
花巻市の山口小学校跡地に於いて、第62回高村祭が開催されました。総合花巻病院さんの後藤勝也院長による記念講演「高村光太郎と花巻病院」が行われました。


5月18日(土)
昭和34年(1959)、第2回高村光太郎賞を受賞した彫刻家の豊福知徳氏が亡くなりました。

同日、二本松市の鐵扇屋サウンドリゾート蔵さんで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんのコンサート「モモの智恵子抄」が行われました。


5月25日(土)
港区のサントリーホールさんで「第35回アイメイトチャリティーコンサート」が開催されました。女優の一色采子さんによる朗読「詩と音楽のマリアージュ 高村光太郎作「智恵子抄」より」がプログラムに入っていました。

同日、早川書房さんからハヤカワ文庫の一冊として、霜月りつさん著『本屋のワラシさま』が刊行されました。いわゆるライトノベル系の小説で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして使われています。

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5月28日(火)~~6月2日(日)
豊島区のシアターKASSAIさんで演劇公演・夢のれんプロデュースvol.1「いとしいとしのぶーたれ乞食」「朝に死す」が開催されました。光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)が劇中で使用されました。


5月30日(木)

春陽堂さんから七北数人氏著『泥酔文学読本』が刊行されました。「α次元にいる智恵子」という項で、詩「梅酒」にからめ、光太郎智恵子が取り上げられています。

6月1日(土)
宮城県女川町さんの広報誌『広報おながわ』中の連載「あの日あの時 女川町史」で、平成3年(1991)建立の高村光太郎文学碑が紹介されました。

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同日、『朝日新聞』さんの書評欄に「(ひもとく)ノートルダム大聖堂 永遠への足場、固める再建へ」という記事が掲載され、4月に火災に見舞われたノートルダム大聖堂にからめ、新潮文庫版『高村光太郎詩集』が取り上げられました。執筆は東京外国語大学名誉教授・西永良成氏でした。


 6月2日(日)

札幌文化芸術交流センターSCARTSさんで、新関伸也氏(滋賀大学教育学部教授)による講演会「近代日本彫刻のあけぼの―高村光雲・光太郎、荻原守衛を通して―」が開催されました。主催は本郷新記念札幌彫刻美術館さんでした。

同日、中野区の古民家asagoroさんで、月の映像詩上映会「ツキミチルノコト」vol.8が開催され、みのもかおりさんによる朗読で「智恵子抄」が取り上げられました。

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6月2日(日)~8月18日(日)
米国ワシントンDCのナショナル・ギャラリー・オブ・アートさんで、「The Life of Animals in Japanese Art(日本美術に見る動物の姿)展」が開催され、光雲作の木彫「老猿」が出品されました。

6月3日(月)
青土社さんから、中村稔氏著『高村光太郎の戦後』が刊行されました。

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6月7日(金)
同日、山と渓谷社さんからヤマケイ文庫の一冊として『名作で楽しむ上高地』が刊行されました。大森久雄氏編によるアンソロジーで、光太郎の「智恵子の半生(抄)」「狂奔する牛」を含みます。

同日、盛岡市の盛岡少年刑務所さんで、第42回高村光太郎祭が開催され、受刑者による光太郎詩の朗読等が為されました。

6月9日(日)
地方紙『福島民報』さんの一面コラム「あぶくま抄」で、NHKさんの大河ドラマ「いだてん」の重要な登場人物だった二階堂トクヨと智恵子の関わりについて触れて下さいました。

6月11日(火)・12日(水)
テレビ朝日さん系列で放映中のドラマ「やすらぎの刻~道」の第47話・48話で、『智恵子抄』が重要なモチーフとして取り上げられました。シナリオ集が6月21日(金)に刊行されています。

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6月15日(土)
文治堂書店さんからPR誌『トンボ』第8号が発行されました。拙文「連翹忌通信(五) 「光太郎遺珠」その四」が掲載されています。

6月16日(日)
光太郎智恵子に関する書籍を数多く刊行して下さった出版社・二玄社さんの創業者、渡邊隆男氏が亡くなりました。光太郎と同じ青山斎場において、9月30日(月)にお別れの会が催されました。


6月17日(月)
金沢市民芸術村PIT2ドラマ工房さんにおいて、朗読公演「『智恵子抄』詩人高村光太郎と智恵子~本田和の語り」が開催されました。語り・本田和さん、チェロ・林口眞也さんによるものでした。

6月17日(月)・18日(火)
福島県二本松市の智恵子のまち夢くらぶさんの山梨・静岡研修旅行が行われ、清春白樺美術館、富士川町高村光太郎文学碑、沼津第一小学校などのゆかりの地を訪問したそうです。

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6月23日(日)
松本市音楽文化ホールさんで、地元のアマチュア合唱団コーロ・カンパーニャさんの第7回コンサートが開催されました。「清水脩 高村光太郎の世界」と題したステージで、「亡き人に」「智恵子抄巻末のうた六首」「私は青年が好きだ」が演奏されました。

同日、札幌市教育文化会館さんの小ホールで、北海道教育大学札幌校グリークラブ・混声合唱団 OB・OG演奏会が開催され、やはり清水脩作曲の「智恵子抄巻末のうた六首」が演奏されました。

さらに同日、NHK Eテレさんで「日曜美術館 火だるま槐多~村山槐多の絵と詩~」の放映があり、光太郎にも触れられました。再放送は6月30日(日)でした。

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さらに同日、双葉社さんから喜国雅彦氏著の漫画『今宵は誰と ―小説の中の女たち―』が刊行されました。「レモンを噛む女『智恵子抄』」で、光太郎智恵子に触れられています。月刊誌『小説推理』に、平成28年(2016)から連載されている同名の漫画の単行本化です。

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6月28日(金)
俳優の高島忠夫さんが歿しました。昭和43年(1968)には、梅田コマ・スタジアムで上演された北條秀治脚本の舞台「名作劇場第二作 智恵子抄」で、光太郎役を演じられました。


6月30日(日)
神奈川県相模原市のホテルラポール千寿閣さんで、「兼古隆雄ギター名曲の楽しみ」が開催され、俳優の山本學氏による「レモン哀歌」「荒涼たる帰宅」の朗読が為されました。ギター伴奏は兼古隆雄氏でした。

明日は7~9月です。


【折々のことば・光太郎】

おそろしい思惟と情念とにふくらみながらも、心平の蛙は泥の中でクリリムクリリムと鳴く。詩が音韻と言葉の活性とにあることを此の詩集ほどよく明かにする書は無いに違ひない。私は此の一事だけでも彼の詩業を偉とするものである。

散文「草野心平詩集『蛙』に寄す」より 昭和13年(1938) 光太郎56歳

上記4月13日(土)の項にも関わる、当会の祖・草野心平への評です。

「そんなご大層なもんじゃありませんよ」という心平の声が聞こえてきそうですが(笑)。

このブログ恒例、年末に1年間を振り返る企画です。

ただ、ご紹介した全件はさすがに紹介しきれませんので、主なものに限らせていただきます。また、書籍等の発行日は奥付に従いました。そこで、実際に店頭に並んだ日と異なる場合があります。ご了承ください。

1月5日(土)
足立区の北千住BUoyさんで、「岸井戯曲を上演するinTokyo#1「かり」」 の上演が行われました。辻村優子さんによる、「乙女の像」をモチーフとした一人芝居演じられました。 

1月11日(金)
北原白秋を主人公とする映画「この道」が封切られました。光太郎も登場します。


1月12日(土)~3月17日(日)
高崎市の群馬県立土屋文明記念文学館さんで、第103回企画展「文学者の書―筆に込められた思い」が開催され、光太郎の書作品も展示されました。関連行事として3月17日(日)に、書家の石川九楊氏による記念講演会「文学者の書―その魅力を味わう」が行われました。

1月12日(土)~3月24日(日)
いわき市の草野心平記念文学館さんで、冬の企画展「草野心平の居酒屋『火の車』もゆる夢の炎」が開催されました。関連行事として3月10日(日)、料理研究家の中野由貴さんを講師として、光太郎にちなむメニューも饗され居酒屋「火の車」一日開店」が行われました。

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1月15日(火)
DeAGOSTINIさんから『日本の名峰 DVD付きマガジン44 雪煙舞う厳冬の安達太良山』が発行されました。付録のDVDを含め、光太郎智恵子に触れられています。


1月19日(土)
埼玉県東松山市立図書館さんに於いて市民講座「高田博厚、田口弘、高村光太郎 東松山に輝いたオリオンの三つ星」が行われました。講師を当方が務めさせていただきました。

1月26日(土)
板橋区立成増図書館さんで「大人のための朗読会 『道―その先』」が開催され、光太郎詩「道程」が取り上げられました。ご出演は朗読ワークショップ声流さんでした。

1月26日(土)~4月14日(日)
大阪市のあべのハルカス美術館さんで企画展「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」が開催されました。一昨年から全国を巡回した展覧会の最終開催でした。光雲作の木彫「布袋像」が出品されました。


1月29日(火)~4月14日(日)
千葉市の千葉県立美術館さんで「冬のアート・コレクション 具象彫刻展 ―具象彫刻の先駆者たち―」が開催され、光太郎ブロンズ4点が展示されました。

1月30日(水)
長野県の地方紙『信濃毎日新聞』さんが、光太郎の父・光雲とその高弟・米原雲海の手になる信州善光寺さんの仁王像の、東京芸術大学さんによる学術調査について報じました

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2月1日(金)~2月24日(日)
青森県十和田湖畔で「冬と遊ぼう 十和田湖冬物語2019」が開催され、光太郎最期の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップが行われました。

2月2日(土)
盛岡市の岩手県立美術館さんで「岩手県立美術館館長講座2018 第4回 岩手の近代彫刻Ⅱ」が開催され、光太郎にも触れられました。講師は同館館長・ 藁谷収氏でした。

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2月9日(土)
杉並区立方南図書館さんで「大人がたのしむお話会」が開催され、「智恵子抄」が取り上げられました。ご出演はおはなし会ボランティアのみなさんでした。

2月10日(日)
千代田区のカフェ·カプチェットロッソさんで「三彩の会朗読ライブ 高村光太郎著 「智恵子抄」」が開催されました。ご出演は酒井敬幸さん(81プロデュース)、秋吉徹さん (81プロデュース)、水野貴雄さん  (プロダクション・エース)でした。

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同日、『毎日小学生新聞』さんに、マルチアーティスト・井上涼さんの連載「井上涼の美術でござる」で「高村光太郎の巻」が掲載されました。

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2月20日(水)
三元社さんより、髙橋幸次氏著『「ロダンの言葉」とは何か』が刊行されました。

2月22日(金)
鹿児島県指宿市の御菓子司鳥越屋さんで、「大人のための夜の朗読会」が開催され、光太郎作品が取り上げられました。「本と人とをつなぐ〝そらまめの会〟」の下吹越かおるさん他のご出演でした。

大人のための朗読系。

同日刊行の『週刊朝日』さんに「文豪の湯宿 高村光太郎・智恵子×栃木県・塩原温泉塩の湯 柏屋旅館」という記事が載り、光太郎智恵子に触れられました。

2月23日(土)
青森県十和田市の市民交流プラザトワーレさんで、「インバウンド対応 制作物完成お披露目会」が開催されました。同市の劇団エムズパーティーさんが制作した朗読劇DVD「乙女の像ものがたり多言語字幕版」が完成試写されました。

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2月24日(日)
光太郎に関する著作もあった日本文学研究者のドナルド・キーン氏が亡くなりました。

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2月27日(水)
求龍堂さんから水原園博氏著『川端康成と書―文人たちの墨跡』が刊行されました。昨年、発見が報じられた光太郎の扇面揮毫も紹介されています。

3月1日(金)
書評専門紙『週刊読書人』さんの「【書評キャンパス】大学生がススメる本」というコーナーで、光太郎の『智恵子抄』が取り上げられました。

3月2日(土)
大田区の区立大森南図書館さんで、「大人のための朗読会」が開催され、「智恵子抄」が取り上げられました。朗読ボランティア「響の会」の皆さんのご出演でした。

3月5日(火)~4月29日(月)
台東区の東京国立博物館さんで、「特別展 御即位30年記念 両陛下と文化交流―日本美を伝える―」が開催され、光雲作の木彫「養蚕天女」大小二点が出品されました。

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3月7日(木)・14日(木)
『週刊新潮』さんの連載「文庫双六」で、2週にわたって『智恵子抄』が取り上げられました。7日号が評論家の川本三郎氏による「『智恵子抄』の舞台となった房総半島の“淋しい漁村”」、14日号はノンフィクション作家・梯久美子さんで「光太郎と賢治の“意外な接点”」でした。

3月9日(土)
盛岡市の岩手県立大学さんのアイーナキャンパスで、「盛岡短期大学部 アイーナキャンパス公開講座「高村光太郎のホームスパン」」が開催されました。講師は同大教授・菊池直子氏でした月末には同大の『研究論集第21号』に菊池の「研究報告「高村光太郎記念館」所蔵のホームスパンに関わる調査」が掲載されました。

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3月9日(土)・10日(日)
山口市の菜香亭さんで、touch the bonnet 10th演劇LIVE 「れもん」が開催されました。細田昌宏さん、平田珠凛さんのご出演でした。

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3月15日(金)
仙台に本社を置く『河北新報』さんに「<阿武隈川物語>(36)新しい女育んだ山河」という記事が載り、光太郎智恵子が大きく取り上げられました。

同日、新潮社さんから中川越氏著『すごい言い訳!― 二股疑惑をかけられた龍之介、税を誤魔化そうとした漱石―』が刊行されました。「序文を頼まれその必要性を否定した 高村光太郎」という項を含みます。

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3月16日(土)~4月14日(日)
港区の泉屋博古館分館さんで、企画展「華ひらく皇室文化 明治150年記念 明治宮廷を彩る技と美」が開催されました。昨年から名古屋、秋田、京都と巡回した企画展の最終会場でした。光雲の木彫「山霊訶護」(明治32年=1899)が出品されました。

3月17日(日)
鹿児島市のかごしま県民交流センターさんにおいて「鹿児島高等学校音楽部 第71回全日本合唱コンクール全国大会出場記念 特別演奏会」が行われ、西村朗氏作曲「混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」」が演奏されました。

3月20日(水)
世界文化社さんから一色采子さん著 『一色采子のきものスタイルBOOK 母のタンス、娘のセンス』が刊行されました。福島二本松の智恵子生家・智恵子記念館さんが大きく紹介されています。


3月21日(木)
富山県高岡市の市生涯学習センターさんに於いて「劇団「喜び」公演「智恵子抄」」が開催されました。茶山千恵子さんによる一人芝居でした。

3月23日(土)
東京都武蔵野市の武蔵野商工会議所さんに於いて、「第13回与謝野寛・晶子を偲ぶ会 「明星」文学者、四季の食卓― 杢太郎・勇・晶子・光太郎」が開催され、当方による発表「苦しい中でも工夫して/高村光太郎の食」が盛り込まれました。

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3月29日(金)~4月7日(日)
京都市の知恩院さんで「春のライトアップ2019」が開催され、光雲原型の聖観音菩薩像もライトアップされました。

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3月31日(日)
栃木県小山市の話楽庵さんで、朗読公演「話楽庵  弥生の会」が開催され、「智恵子抄」が取り上げられました。わたなべ紀子さんのご出演でした。


明日は4~6月を振り返ります。


【折々のことば・光太郎】

序詩を除いた二十九篇の詩は皆一個づつの独立した道を持つてゐる。二十九條の鉱脈の尖端だけが一個づつ此処に出てゐる。その一個づつをよむと此処に姿を見せない詩を無数に感じる。彼の詩が横列でなくて縦列である事を感じる。

散文「宮崎孝政詩集『鯉』読後」より 昭和4年(1929) 光太郎47歳

光太郎、他人の詩集の序跋文等をよく書きましたが、実にその対象の真髄を剔抉し、その真髄を的確な言葉で表しています。その鑑賞眼の確かさ、批評家としての資質には舌を巻かされます。

平成24年(2012)5月に開設しましたこの「高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ」、YAHOO!ブログのサービス終了に伴い、移転することと致しました。
新規URL等、以下となります。ライブドアさんのブログです。


yahoo!さんから提供された移行ツールを使って移転しますので、これまでの記事は移転先にも保存されるはずですが、どうもこちらへの新規投稿、投稿済み記事の編集は出来なくなるようです。また、申し訳ありませんが、これまでにお寄せいただいたコメント等は移行できないようです。

こちらの開設時、yahoo!さんを選んだのは、このような事態になることはないだろう、と予想されたことも一因でしたが、残念です。

ライブドアさんのブログ、こちらとはフォーマットや機能等いろいろ異なると思われ、移行後、しばらくは読みづらい状態となるかも知れませんが、引き続きよろしくお願いいたします。

例年同じようなことを書いていますが、早いもので今年も今日一日を残すところとなりました。

このブログ、5月には7年目に突入し(ちなみに今日で2,434日目、1日も休んでおりません)、今月初めには「訪問者数」が20万件を超えました。開設当初は1日の訪問者が20人くらいだったのが、このところ、コンスタントに百数十人くらいの方が閲覧して下さり、ありがたく存じます。訪問者数が多いと、YAHOOさんからTポイントがいただけ、知らぬ間にけっこう貯まります。毎年そうしていますが、今年も寄付に廻させていただきました。

記録の残っている5月以降で、以下に寄付いたしました。


雀の涙ほどではありますが。


寄付といえば、これも例年通り、皆様からいただいた郵便物に貼られていた切手を、公益社団法人日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)さんに寄付いたしました。同会サイト、12月分の寄付団体一覧が大晦日に間に合わないことがあるので、先月、お送りしましたところ、名前を載せていただいております

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来年もよろしくお願い申し上げます。


【折々のことば・光太郎】

顔は誰でもごまかせない。顔ほど正直な看板はない。顔を丸出しにして往来を歩いてゐる事であるから、人は一切のごまかしを観念してしまふより外ない。いくら化けたつもりでも化ければ化けるほど、うまく化けたといふ事が見えるだけである。

散文「顔」より 大正13年(1924) 光太郎42歳

痛烈ですが、そのとおりですね。

同じ文章で、「仙人じみた風貌をしてゐて内心俗つぽい者は、やはり仙人じみてゐて内心俗つぽい顔をしてゐる。がりがりな慾張でゐながら案外人情の厚い者は、やはりがりがりでゐて人情の厚い顔をしてゐる。まじめな熱誠なやうでゐて感情に無理のあるものは、やはり無理のある顔をしてゐる。お山の大将はお山の大将、卑屈は卑屈。争はれない。だから孔子や釈迦や基督の顔がどんなに美しいものであつたかといふ事だけは想像が出来る。」という一節もあります。

孔子や釈迦やキリストのような顔、とは言いませんが、無理があったり卑屈だったりという顔にならぬようにしていきたいものです。

この項最後、ここ3ヶ月のこの世界の動向です。

10月2日(火)~12月27日(木)
秋田市のあきた文学資料館さんで、特別展示「明治150年秋田を訪れた文人たち」が開催されました。11月4日(日)までの期間で、昨年、秋田県小坂町に寄贈された、オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)版元の龍星閣主・澤田伊四郎に宛てた光太郎書簡67通がすべて展示されました。

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福島県二本松市の智恵子の生家に於いて、太平洋美術会の坂本富江さんの個展「智恵子抄」に魅せられてそして~今~パートⅡ」が開催されました。

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10月5日(金)
当会から『光太郎資料』第50集を刊行いたしました。

10月5日(金)~11月6日(火)
鎌倉市の笛ギャラリーさんで、「回想 高村光太郎 尾崎喜八 詩と友情 その七」が開催され、光太郎が尾崎喜八夫妻の結婚祝いに贈ったミケランジェロ模刻の「聖母子像」(大正13年=1924)など、光太郎、喜八関連の品々が展示されました。

10月6日(土)
地方紙『福島民友』さんで、二本松で智恵子顕彰に取り組む智恵子のまち夢くらぶさんによるイメージソングCD「好きです智恵子純愛通り」のリリースを報じました。東日本大震災で浪江町から横浜市に避難した歌手のハーミーさんによる歌唱です。

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10月6日(土)〜12月15日(土)
福島県伊達市の遊びと学びのミュージアムさんで、イラストレーターのノグチクミコさんによる絵本原画展「ほんとうの空の下で」が開催されました。絵本は、昨年刊行された、震災前は浪江町在住で、愛犬とともに自給自足の生活をし、平成28年(2016)に86歳で亡くなった川本年邦さんをモデルとしています。東京電力福島第1原発事故後も「電気紙芝居」と呼ばれる幻灯を避難先で上映し、子どもたちを喜ばせた方でした。

10月7日(日)
智恵子を偲ぶ「第24回レモン忌」が、福島県二本松市のラポートあだちさんで開催されました。

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10月8日(月)
福島県二本松市市民交流センターにぽいて、「高村智恵子没後80周年記念事業 智恵子検定 チャレンジ! 智恵子についての50問」が開催されました。

10月10日(水)
東北大学出版会さんから、高橋秀太郎氏・森岡卓司氏編『一九四〇年代の〈東北〉表象 文学・文化運動・地方雑誌』が刊行されました。 光太郎に関して、東北大学文学研究科教授の佐藤伸宏氏による「5章 〈脱卻〉の帰趨ー高村光太郎に於ける引き延ばされた疎開」で、戦後の花巻郊外旧太田村に逼塞した時期が論じられています。

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10月11日(木)~11月27日(火)
福島県二本松市の智恵子の生家と、それに隣接する智恵子記念館さんで、現代アートの祭典「福島ビエンナーレ 重陽の芸術祭2018」の一環として、さまざまな企画が為されました。期間中、智恵子の紙絵の実物展示が行われ、土日と祝日には通常非公開の智恵子の居室を含む生家2階の特別公開、そして10月13日(土)~11月25日(日)で、切り絵作家の福井利佐さんの作品が展示されました。

10月15日(月)
詩人の入沢康夫氏が亡くなりました。宮沢賢治研究家でもあり、賢治と光太郎の関わりについての論考もおありでした。

10月20日(土)
長野県安曇野市の碌山美術館から『荻原守衛日記・論説集』が刊行されました。随所で光太郎にも触れられています。

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10月20日(土)~12月16日(日)
京都府城陽市の市立歴史民俗資料館さんで平成30年度秋季特別展「奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣-寺田出身の青年が作った大正サロン-」が開催されました。明治末、光太郎らが芸術至上主義運動「パンの会」を開催した鎧橋のカフェ「メイゾン鴻乃巣」に関するものでした。関連行事として、11月23日(金)に「第83回文化財講演会 祖父奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣」(講師 奥田恵二氏、奥田万里氏)が開催されました。

10月20日(土)~12月19日(水)
荒川区の吉村昭記念文学館さんで、おしどり文学館協定締結1周年記念 荒川区・福井県合同企画展「津村節子展 生きること、書くこと」が開催されました。芥川賞作家・津村節子さんの代表作の一つ、智恵子を主人公とした『智恵子飛ぶ』(平成9年=1997)に関する資料も展示されました。関連行事として、11月23日(金)に、女優の竹下景子さんによる『智恵子飛ぶ』朗読会などが開催されました。

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10月21日(日)
大阪府豊中市の庄内公民館さんで、文学講座「近代詩歌の名作に親しむ秋」が開催され、川内通生さん(近代文学研究家)による光太郎講座が持たれました。
10月24日(水)
三重県亀山市のコミュニティーCafé ぶんぶんさんで、「10月レコード鑑賞会 秋を感じる名曲集」が開催され、今年6月に亡くなった俳優の加藤剛さん朗読の「智恵子抄」のレコードがかけられました。

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10月25日(木)~11月18日(日)
埼玉県東松山市の市立総合会館で 「高田博厚展2018」が開催されました。光太郎関連で、ブロンズ「大倉喜八郎の首」(大正15年=1926)、 光太郎令甥の故・高村規氏撮影の光太郎遺影、光太郎から高田宛の献呈署名入り『ロダン』(昭和2年=1927)が展示されました。関連行事として11月11日(日)に、「特別講演会 野見山暁治/堀江敏幸」が開催されました。

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10月26日(金)~31年1月23日(水)
福井市の福井県ふるさと文学館さんで、おしどり文学館協定締結1周年記念 荒川区・福井県合同企画展「津村節子~これまでの歩み、そして明日への思い~」が開催されました。関連行事として10月26日(金)に津村節子氏撮り下ろしインタビュー特別上映会などが行われました。

10月27日(土)
埼玉県三郷市立北部図書館さんで「朗読・朗読講座(大人のためのお話し会)」が開催され、光太郎詩「道程」(大正3年=1914)が取り上げられました。

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10月27日(土)・28日(日)
長野市のホクト文化ホールさんで、「2018年度 第71回全日本合唱コンクール全国大会 中学校・高等学校部門」が開催されました。高校Bグループ(33人以上の大編成)に出場の九州地区代表・鹿児島高等学校音楽部さんが、光太郎作詞、西村朗氏作曲の「混声合唱とピアノのための組曲「レモン哀歌」」から、「レモン哀歌」を自由曲として演奏し、銅賞を受賞されました。今年から、全国各地でのパブリックビューイングも行われました。

10月28日(日)
青森県十和田湖畔の十和田湖観光交流センターぷらっとさんで、「高村光太郎コーナー リニューアルオープンセレモニー」が開催されました。青森市ご在住で、生前の光太郎をご存じの彫刻家、田村進氏制作の光太郎胸像と、「乙女の像」制作時に光太郎が使った彫刻用の回転台が十和田市に寄贈され、こちらで展示することとなったことにともなうものです。田村氏と、回転台の元の持ち主にして、光太郎の助手・小坂圭二の弟子筋に当たる彫刻家の北村洋文氏、そして当方によるトークイベントも行われました。

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10月30日(火)
中央区の銀座王子ホールで、平成30年度(第73回)文化庁芸術祭参加公演「佐栄秀リサイタル~詩人の魂を踊る~」が開催されました。故・初代米川敏子さんの箏曲「「智恵子抄」より 千鳥と遊ぶ智恵子」に合わせ、日本舞踊の花柳佐栄秀さん、笠井瑞丈さんが踊るというものでした。演奏は青山恵子(ソプラノ)、米川敏子、中田博之(箏)、岡崎敏優(十七絃)の皆さんでした。

10月31日(水)
NHK Eテレさんで、光太郎ブロンズ「手」(大正7年=1918)を取り上げた「びじゅチューン! 指揮者が手」が放映されました。11月5日(月)に再放送もありました。

同日、思潮社さんから、和合亮一氏著の詩集『QQQ』が刊行されました。表題作の「QQQ」が、光太郎詩「牛」(大正2年=1913)を下敷きにしたものです。

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11月2日(金)
国書刊行会さんから『中村傳三郎美術評論集成』が刊行されました。光太郎、光雲に触れられています。

11月2日(金)~12月2日(日)
京都市の知恩院さんで「秋の紅葉ライトアップ2018」が開催され、光雲作の聖観音像もライトアップされました。

11月3日(土)
福島県二本松市の智恵子の生家で、ゆるキャラ「ちえこちゃん」が初のお目見えを果たしました。

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11月3日(土)~25日(日)
千代田区の宮内庁三の丸尚蔵館さんで、第82回展覧会「明治美術の一断面-研ぎ澄まされた技と美」の前期展示が為され、光雲作の「矮鶏置物」(明治22年=1889)が展示されました。

11月4日(日)
 福島県二本松市の鐵扇屋さんで、シャンソン系歌手・モンデンモモさんのコンサート「新MOMO project 『モモの智恵子抄』」が開催されました。

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11月6日(火)
長野市の信濃善光寺さんで、「仁王門再建100年・仁王像造立100年 仁王門北側2像ライトアップ」が始まり、光雲と、その高弟・米原雲海による三面大黒天像、三宝荒神像のライトアップが為されました。

11月10日(土)
テレビ東京さんで、「土曜スペシャル いい旅・夢気分 紅葉めざして乗り継ぎ旅スペシャル」が放映されました。3本立ての1本目で、太川陽介さん、蛭子能収さんの「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」コンビに、マドンナ釈由美子さんの3人で、奥入瀬渓流、十和田湖、弘前などを巡るコースで、十和田湖の乙女の像が取り上げられました。

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11月13日(火)
名古屋市東文化小劇場で開催された「第6回ソプラノ祥愛さちあリサイタル~香しき日本の歌~」では、野村朗氏作曲の「連作歌曲「智恵子抄」~その愛と死と~」が演奏されました。

11月14日(水)
智恵子の母校・日本女子大学さんの元学長・青木生子さんが亡くなりました。平成2年(1990)、講談社さん刊行の『近代詩を拓いた女性たち 日本女子大に学んだ人たち』というご著書があり、智恵子にも一章割かれています。

11月17日(土)
北海道帯広市のとかちプラザさんで、釧路高専公開講座「高村光太郎の文学」が開催されました。講師は同校教授・小田島本有氏でした。

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11月18日(日)
福島県二本松市の二本松コンサートホールさんで、「高村智恵子没後80年記念事業 全国『智恵子抄』朗読大会」が開催されました。詩人の宮尾壽里子さんが大賞を受賞されました。

11月20日(火)
花巻市生涯学園都市会館(まなび学園)さんで、岩手大学教育学部出前講座「彫刻ってこう観るの!? 光太郎の作品から入る近代芸術の世界」が開催されました。講師は藁谷収氏(岩手大学教育学部教授)でした。

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11月23日(金)
文京区のアカデミー音羽さんで、「第63回高村光太郎研究会」が開催されました。ご発表は、「五篇の詩とその周辺」間島康子氏(文芸誌『群系』同人) 、「「夏の夜の食慾」解釈」田所弘基氏(佛教大学総合研究所特別研究員)でした。

11月23日(金・祝)~25日(日)
中野区の小劇場じゃがいも村さんで、「表現同人じゃがいも11月公演」が開催されました。水杜明寿香さんという方が、光太郎詩「火星がでてゐる」(大正15年=1926)を朗読なさいました。

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11月24日(土)
中央区の浜離宮朝日ホールさんで、「大島久美子 ソプラノリサイタル~日本の心と平和の祈りを歌う」が開催され、光太郎詩に曲をつけた鈴木憲夫氏作曲の独唱歌曲「レモン哀歌」が演奏されました。

11月25日(日)
豊島区のシネマハウス大塚さんで「j oプロジェクト《キョウユウ》第7回公演 朗読館「文豪散歩」名作シリーズ【コンパクト版】第1/10集」が開催され、「智恵子抄」の詩篇が取り上げられました。

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11月26日(月)~12月2日(日)
台東区の東京都美術館さんにおいて、「第40回東京書作展」が開催されました。第3位に当たる東京都知事賞を、中原麗祥さんという方が光太郎詩「冬」(昭和14年=1939)を書かれてご受賞。今夏に開催された「第38回日本教育書道藝術院同人書作展」で、「智恵子抄」などの光太郎詩6篇を書かれ、最優秀にあたる「会長賞」を受賞なさった菊地雪渓氏が、光太郎詩「東北の秋」(昭和25年=1950)で臨まれ、「特選」を受賞されました。

12月2日(日)
台東区の東京国立博物館平成館さんで、「西郷隆盛像建立120周年記念講演会『上野の西郷さん』を語る」が開催されました。基調講演は竹内誠氏(江戸東京博物館名誉館長)でした。

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12月3日(月)
小学館さんから大石直紀氏著『この道』が刊行されました。北原白秋を主人公とする来春公開の同名の映画のノベライズで、光太郎も登場します。

同日・作曲家の大中恩さんが亡くなりました。女声合唱曲「五月のうた」(昭和35年=1960)、男性合唱曲「わが大空」(昭和37年=1962)で、光太郎詩に曲をつけられました。

12月4日(火)
NHK Eテレさんの「にほんごであそぼ」で、「牛はのろのろと歩く…「牛」高村光太郎」の放映がありました。12月18日(火)に再放送も為されました。

12月8日(土)
北海道小樽市の似鳥芸術村内旧三井銀行小樽支店さんで、似鳥美術館研究会「日本における人体像の表現―高村光雲と光太郎」が開催されました。講師は岩崎直人氏(札幌芸術の森学芸企画担当係長)でした。

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12月8日(土)~2019年1月27日(日)
花巻市の高村光太郎記念館さんで、企画展「光太郎の食卓」。市内5つの文化施設との連携による「平成30年度花巻市共同企画展 ぐるっと花巻再発見!~イーハトーブの先人たち~ 」の一環です。

12月15日(土) 
テレビ東京さんで「美の巨人たち 上野のシンボル!高村光雲『西郷隆盛像』が愛され続ける理由」の放映がありました。12月29日(土)にはBSテレ東さんで放映されています。

同日、文治堂書店さんから『トンボ』第七号が刊行されました。当会顧問・北川太一先生の玉稿、当方の拙稿等が掲載されています。

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12月16日(日)
福島二本松市の市民交流センターさんで、「高村智恵子没後80年記念事業 智恵子カフェ」が開催されました。

同日、花巻市の高村光太郎記念館さんで、「花巻高村光太郎記念館クリスマススペシャルコンサート」が開催されました。岩手大学管弦楽団の卒業生の皆さんによる光太郎ストリングスさん、花巻の金星少年少女オーケストラさんのメンバーによる演奏、地元の皆さんによる光太郎詩朗読等が行われたそうです。さらに同日、記念館近くにお住まいで、生前の光太郎をご存じの高橋愛子さんが亡くなりました。

12月22日(土)
長野市の信濃善光寺さんで、寺子屋文化講座第2幕『冬至に仁王さんのお顔を見てみよう』が開催されました。光雲と、その高弟・米原雲海作の仁王像に関しての内容でした。

12月22日(土)~24日(月・振休)
鹿児島市のギャラリー游さんで、演劇集団宇宙水槽 番外公演#1 『ちえこのかって』が開催されました。

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12月26日(水)
このブログで1年間の回顧を書いている間にも、いろいろありました。コールサック社さんから、野澤一詩集『木葉童子詩經』復刻版が刊行されています。光太郎を敬愛し、膨大な量の書簡をほぼ一方的に送り続けた詩人・野沢一の生前唯一の詩集で、元版は昭和9年(1934)、文治堂書店さんから2回覆刻されており、今度が3回目です。文治堂版には、光太郎が野澤について書いた随筆「某月某日」(昭和15年=1940)が併せて掲載されましたが、今回のものには入っていないようです。

12月27日(木)
長野市の信濃善光寺さんで、上にも書きました11月6日の三面大黒天像、三宝荒神像のライトアップにつづき、同じく光雲と、その高弟・米原雲海作の仁王像のライトアップが始まりました。

『信濃毎日新聞』さんの記事から。 

善光寺仁王像ライトアップ 来年は安置から100年

 長野市の善光寺は27日、仁王門に安置されて来年で100年の節目を迎える仁王像のライトアップを始めた。11月に同じ仁王門の反対側にある三宝荒神(さんぽうこうじん)像、三面大黒天像のライトアップを始めたところ参拝者や市民に好評で、仁王像についても同様の要望があった。辺りが暗くなると神々しい姿が浮かび上がった。
  仁王像は向かって左側が口を開いた阿形(あぎょう)、右側が口を閉じた吽形(うんぎょう)で、ともに高さ約4・5メートル。発光ダイオード(LED)の照明をそれぞれの像の上部に3基、下部に2基設け、毎日午前6時?午後8時に点灯する。これまでは日中でも、日差しの具合によっては2体の顔が陰になり見えにくいことがあったという。
  善光寺によると、2体は彫刻家高村光雲(1852~1934年)と弟子の米原雲海(18691925年)が中心となって1919(大正8)年に制作し、同年に仁王門に安置された。仁王門は前年の18年に再建されたことから、善光寺は来秋までの1年間を仁王門再建100年・仁王像造立100年の「記念イヤー」と位置付けている。
  毎日朝夕に犬の散歩で通り掛かるという市内の女性(60)は「これから毎夕楽しめそう」と話していた。
 (12月28日)

さらに、この項でその都度の紹介はしませんでしたが、『月刊絵手紙』さん、それから『花巻まち散歩マガジン Machicoco(マチココ)』さんで、今年も1年間、それぞれ、「生(いのち)を削って生(いのち)を肥やす 高村光太郎のことば」、「光太郎レシピ」という連載を続けて下さいました。一昨日位に届きました『月刊絵手紙』さんの2019年1月号では、光太郎詩の代表作「道程」(大正3年=1914)を取り上げて下さっています。

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その他、当方の情報収集の網から漏れたイベント、刊行物等いろいろあるかと思われます。「こんなこともあったよ」という事項がございましたら、ご教示いただけると幸いです。さらに、「これからこういうこともあるよ」という件も。

それにしても、1年間で実にいろいろなことがありました。来年以降もそうであってほしいものです。何も紹介することのない1年間ということになりますと、光太郎智恵子光雲が忘れ去られてしまって、ということになるわけで、今後とも、そうならないよう、微力ながら当方も頑張ります。

一昨日から、今年一年を振り返っておりますが、今日は7、8、9月で。

7月3日(火)~9月24日(月・祝)
愛知県小牧市のメナード美術館さんで企画展「なつやすみ所蔵企画展 え! からはじまる、ストーリー。」が開催され、光太郎の木彫「鯰」(同6年=1931)が出品されました。

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7月6日(金) 7日(土)
千代田区の東京古書会館さんで明治古典会七夕古書大入札会2018一般下見展観が開催され、光太郎の肉筆原稿、書、書簡類などが多数出品されました。

7月7日(土)
愛知県長久手市の文化の家さんで、ガレリアコンサート『七夕Day&Nightパフォーマンス』が開催されました。「智恵子抄」の一編「レモン哀歌」を躍り・音楽・朗読で考察してみる、実験的な公演でということでした。出演は細川杏子さん(フルート)、藤島えり子さん(演劇)、豊永洵子さん(舞踊)ほかでした。

同日、虹の会さんより文芸同人誌『虹』第9号が発行されました。詩人で同誌主宰の豊岡史郎氏による論考「高村光太郎 詩集『道程』」31ページが掲載されています。

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7月7日(土)~8月5日(日)
千代田区の宮内庁三の丸尚蔵館さんで、「第80回展覧会 明治の御慶事-皇室の近代事始めとその歩み」の後期展示が開催され、光太郎の父・光雲の木彫「文使」(明治33年=1900頃)が展示されました。

7月7日(土)~8月26日(日)
いわき市立草野心平記念文学館さんで開館20周年記念 夏の企画展「宮沢賢治展 ―賢治の宇宙 心平の天―」が開催され、光太郎の書などが展示されました。

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7月8日(日)
福島県二本松市民会館さんで、NHKさんの「民謡魂 ふるさとの唄 福島県二本松市」の公開収録が行われました。福田彩乃さん、渡辺裕太さん、大方斐紗子さんほかのご出演で、光太郎智恵子青春時代の恋愛模様を音楽劇で紹介するコーナーがありました。放映は8月4日(土)でした。

7月8日(日)~9月24日(月・振休)
岐阜県図書館さんで企画展「花子 ロダンのモデルになった明治の女性」が開催され、唯一、ロダンの彫刻モデルを務めた日本人女優・花子に光太郎が送った書簡などが展示されました。関連行事として、7月22日(日)には丸山幸太郎氏(岐阜女子大学教授兼地域文化研究所長)による講演「花子と高村光太郎」、8月19日(日)には伊藤今日子氏による「三味線紙芝居 花子」、映画「プチト・アナコ~ロダンが愛した旅芸人花子~」の上映などがありました。

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7月14日(土)・15日(日)
青森県十和田湖畔で「第53回十和田湖湖水まつり」が開催され、光太郎最後の大作「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」のライトアップが為されました。

7月14日(土)~11月19日(月)
花巻高村光太郎記念館さんで企画展「光太郎と花巻電鉄」が開催され、ジオラマ作家石井彰英氏作成の昭和20年代の花巻町とその周辺のジオラマ、花巻電鉄に関する資料が展示されました。

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7月15日(日)~9月17日(月・祝)
長野県諏訪市のサンリツ服部美術館さんで企画展「明治維新150年記念 幕末から昭和の芸術家たちと近代数寄者のまなざし」。が開催され、光雲の木彫「鍾馗像」(明治期)が展示されました。

7月17日(火)~22日(日)
千葉県成田市のなごみの米屋總本店2階、成田生涯学習市民ギャラリーさんで「二人でひとつの展覧会」が開催され、絵手紙作家・大泉さと子さんによる、地元の三里塚記念公園に建つ詩碑に刻まれている光太郎詩「春駒」(大正13年=1924)を書いた作品、詩碑拓本などが展示されました。



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7月21日(土)
福島県郡山市公会堂さんで「第2回朗読パフォーマンス声人(こえびと)LIVE ∞生きる∞」が開催され、「ドラマリーディング  ロンド ~智恵子抄 雷火~」が上演されました。

同日、花巻市の東和図書館さんで、萬鉄五郎記念美術館館長講座「≪絵画の見方とその歴史Ⅶ≫ 彫刻 高村光太郎と高田博厚 日本近代彫刻の系譜」が開催されました。講師は萬鉄五郎記念美術館館長・中村光紀氏でした。

7月21日(土)~9月2日(日)
長野県安曇野市の碌山美術館さんで、夏期企画展「美に生きる―萩原守衛の親友たち―」が開催されました。光太郎、戸張孤雁、柳敬助、斎藤与里の4人にスポットを当てるもので、同館所蔵の光太郎ブロンズ10点が展示されました。

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7月24日(火)
本阿弥書展さんから歌人の松平盟子氏著『真珠時間 短歌とエッセイのマリアージュ』が刊行されました。書き下ろしエッセイ「光太郎とラリックをつなぐ「蝉」」が掲載されています。

7月25日(水)
中央公論新社さんから中公新書の一冊として、碧海(おうみ)寿広氏著『仏像と日本人 宗教と美の近現代』が刊行されました。「秘仏をめぐる心性―高村光太郎」という章を含みます。

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同日、文治堂書店さんから『トンボ』第6号が発行されました。当会顧問・北川太一先生の連作短歌「四月の雪」15首が掲載されています。昭和31年(1956)4月1日の光太郎昇天前日に始まり、同2日の死、同4日に青山斎場で行われた葬儀から火葬までの内容です。昭和34年(1959)、北川先生が勤務されていた都立向丘高校定時制の生徒さん達が出されていた文芸誌『銀杏』に掲載されたものの再録です。他に当方の連載「連翹忌通信」も掲載していただいております。

7月31日(火)
文芸同人誌『青い花』第90号が発行されました。詩人の宮尾壽里子氏による書評、西浦基氏の『高村光太郎小考集』、それから中村稔氏の『高村光太郎論』が掲載されました。

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8月3日(金)
集英社さんから葉室麟氏著『蝶のゆくへ』が刊行されました。新宿中村屋さん創業者・相馬黒光を主人公とする小説で、光太郎も登場します。

8月5日(日)
福島市のとうほう・みんなの文化センターさんで「中嶋朋子朗読会」が開催され、女優の中嶋朋子さんが「智恵子抄」の詩篇を朗読なさいました。

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8月8日(水)
千葉県による「次世代に残したいと思う『ちば文化資産』」が一般公募投票により選定され、「智恵子抄」中の「九十九里浜の初夏」等多くの文学作品の舞台となったとのことで、「九十九里浜の景観」が選ばれました。

8月9日(木)
宮城県女川町で「第27回女川光太郎祭」が行われました。県内外の方々による光太郎作品の朗読、当方の講演等がありました。

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8月12日(日)
毎日新聞出版さんから『サンデー毎日』2018年8月12日号が発行されました。歌人の田中章義氏による連載「歌鏡(うたかがみ)」で、光太郎の短歌「この家に智恵子の息吹みちてのこりひとりめつぶる吾(あ)をいねしめず」を取り上げて下さいました。

8月15日(水)
花巻市さんの『広報はなまき』平成30年8月15日号に、、「花巻歴史探訪 〔郷土ゆかりの文化財編〕」という連載で、光太郎の遺品の鉄兜と鳶口が紹介されました。昭和20年(1945)の花巻空襲時に身に着けていたものです。

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8月28日(火)~9月9日(日)
第42回千葉県移動美術館「近代日本とフランス-旅するまなざし-」が、茂原市立美術館・郷土資料館さんで開催され、光太郎のブロンズ「手」(大正7年=1918)が展示されました。

8月30日(木)
渋谷区の国立能楽堂さんで、「8月企画公演《国立能楽堂夏スペシャル 開場35周年記念》」が開催され、鵜澤久氏、櫻間金記氏による「舞囃子新作 智恵子抄(ちえこしょう)」が演じられました。

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同日、中央区の浜離宮朝日ホールさんで「浜離宮ランチタイムコンサートvol.175 小林沙羅ソプラノ・リサイタル」が開催され、中村裕美氏作曲の「「智恵子抄」より 或る夜のこころ」、「亡き人に(世界初演)」が演奏されました。

8月30日(木) ~9月2日(日)
中野区のWESTEND STUDIOさんで、劇団スタジオライフさんによる 「Jun企画「言葉の奥ゆき 通(アゲイン)」~夏休みの宿題~」が上演され、光太郎詩が朗読されました。

8月31日(金)
オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)版元の龍星閣さんから『澤田伊四郎 造本一路』が刊行されました。龍星閣さん創業前の大正7年(1918)から、澤田氏の没後、『智恵子抄』五十年記念愛蔵版が刊行された平成3年(1991)までの、創業者澤田氏と龍星閣さんのあゆみがまとめられています。

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9月1日(土)
花巻高村光太郎記念館さんの市民講座「光太郎の食卓と実りの秋を楽しむ」が開催されました。当方、講師を務めさせていただきました。

9月7日(金)~10月21日(日)
山形県天童市の出羽桜美術館さんで、「開館30周年記念所蔵秀作展 第二部「日本画と文士の書」が開催され、大正元年(1912)に書かれた詩「郊外の人に」の書き出しのフレーズ、「わがこころは今大風の如く君に向へり」を書いた光太郎の書が展示されました。

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9月8日(土)
文京区の筑波大学東京キャンパス文京校舎さんで、シンポジウム「近代東アジアの書壇」が開催されました。矢野千載氏(盛岡大学教授)の、「高村光太郎と近代書道史 ―父子関係と明治時代の書の一側面―」という発表が含まれました。

9月8日(土)~12月24日(月・休)
台東区立朝倉彫塑館さんで、特別展「彫刻家の眼―コレクションにみる朝倉流哲学」が開催され、光太郎のブロンズ「手」(大正7年=1918)が展示されました。

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9月9日(日)
鎌倉市のてんだいの家さんで「高村光太郎ジオラマDVD」上映会が開催されました。 花巻高村光太郎記念館さんの企画展「光太郎と花巻電鉄」に展示されたジオラマを、作者の石井彰英氏が撮影、音楽やナレーションを入れた作品です。ナレーションとテロップは当方が執筆しました。

9月10日(月)
ぶんか社さんから『まんがでイッキ読み! 浅見光彦 怪奇トラベルミステリー』が発行されました。光太郎彫刻の贋作をメインのモチーフとした故・内田康夫氏原作、あさみさとる氏画「『首の女』殺人事件」を含みます。

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9月13日(木)
歴史春秋社さんから髙橋秀紀氏著『虎落笛(もがりぶえ) ~長沼智恵子の母親おセンの生涯~』が刊行されました。

9月14日(金)~16日(日)
横浜市の日枝神社例大祭が開催され、光雲作の火伏神輿渡御が行われた他、同じく光雲作の獅子頭の展示も為されました。

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9月14日(金)~11月25日(日)
東京小平市平櫛田中彫刻美術館さんで「明治150年記念特別展 彫刻コトハジメ」。が開催され、光雲作の木彫 「天鹿馴兎(てんろくくんと)」(明治28年=1895)、大黒さまと恵比寿さまが彫られた香盒(こうごう)、明治26年(1893)作の「楠木正成銅像頭部(木型)」が展示されました。関連行事として9月22日(土)に、佐藤道信氏(東京藝術大学教授)による講演「日本彫刻のはじまり」他が行われました。

9月15日(土)・16日(日)
福島県本宮市のサンライズもとみやさんで、「第6回カナリア映画祭」が開催され、「智恵子抄」をモチーフとする、本宮を舞台とし、東宝さんの配給で、1965(昭和40)年に自主制作された吉村公三郎監督、故・山岡久乃さん主演映画「こころの山脈」が上映されました。

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9月16日(日)
札幌市の本郷新記念札幌彫刻美術館さんで「連続講座2018 彫刻探訪のススメ~150年物語」の第2回「銅像時代-明治150年の光と影」が開催されました。講師は木下直之氏(東京大学大学院教授、静岡県立美術館館長)でした。

同日、福島県二本松市の智恵子生家近くで、「智恵子純愛通り記念碑第10回建立祭」が開催されました。記念特別プログラムとして、ラジオ福島専属声優の森和美さんによる「森和美の福島弁で語る智恵子と光太郎」が催されました。

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9月21日(金)
宝島社さんから、別冊宝島編集部編『文豪たちのラブレター』が刊行されました。「高村光太郎からのちの妻、長沼智恵子へ」の項で、結婚前に光太郎から智恵子に宛てた、大正2年(1913)の1月28日の書簡が紹介されています。

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9月21日(金)~平成31年1月16日(水)
荒川区の吉村昭記念文学館さんで、第2回トピック展示「津村節子『智恵子飛ぶ』の世界~高村智恵子と夫・光太郎の愛と懊悩~」が開催されました。平成9年(1997)、講談社さんから出版され、翌年、芸術選奨文部科学大臣賞に選ばれた、吉村昭夫人で芥川賞作家・津村節子さんの代表作の一つ、智恵子を主人公とした『智恵子飛ぶ』(平成9年=1997)に関する展示が為されました。

9月22日(土)~11月25日(日)
甲府市の山梨県立文学館さんで企画展「歿後30年 草野心平展 ケルルン クックの詩人、富士をうたう。」が開催されました。当会顧問・草野心平にスポットを当てたもので、光太郎に関する展示も充実していました。関連行事として、11月10日(土)、阿毛久芳氏(都留文科大学名誉教授)による講演「宮沢賢治、高村光太郎、そして草野心平―コスモス、世界共通意識と孤絶意識にかかわって―」他が行われました。

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9月22日(土)~12月23日(日)
神奈川県真鶴町立中川一政美術館さんで「開館30年記念展 中川一政美術館の軌跡」が開催され、光太郎のブロンズ「老人の首」(大正14年=1925)が展示されました。

9月23日(日)
しんぶん赤旗』さん日曜版に「智恵子の生家と「ほんとの空」」ということで、智恵子の故郷、二本松の紹介が大きく載りました。

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9月25日(火)
福島市のコラッセふくしまさんで、うつくしまふくしま未来支援センターさん主催のシンポジウム 「ほんとの空が戻る日まで ~被災地が進めるこれからの教育~」が開催されました。

9月29日(土)
埼玉県越谷市立図書館さんで「合同読書会 高村光太郎「智恵子抄」」が開催されました。講師は松本孝氏(作家)でした。

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9月30日(日)
光太郎も泊まった花巻市の大澤温泉さんの別館、菊水館さんが、8月9日(木)の台風13号による高明橋脇の法面(のりめん)崩落に伴い、この日を以て一時休館となりました。


明日はこの項最後、10~12月です。

今年一年を振り返る企画、今日は4~6月です。

4月1日(日)
青土社さんから中村稔氏著『高村光太郎論』が刊行されました。

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4月2日(月)
千代田区の日比谷松本楼さんに於いて、第62回連翹忌が開催されました。同日、花巻でも詩碑前祭・連翹忌が開催されました。また、高村光太郎研究会さんから、『高村光太郎研究(39)』、当会から『光太郎資料』第49集が刊行されました。

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4月7日(土)~5月6日(日)
福島県二本松市で、「高村智恵子生誕祭」の一環として、土日祝日に通常は非公開の、智恵子の生家の2階部分――智恵子の居室を含む――の特別公開が行われました。

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4月9日(月)
NHK BSプレミアムさんで、「にっぽん百名山 安達太良山」が放映され、光太郎智恵子に触れられました。再放送が4月16日(月)にありました。

4月11日(水)
清水書院さんから堀江信男氏著『人と作品 高村光太郎』が復刊されました。元版は昭和41年(1966)でした。

4月13日(金) 
NHKEテレさんの「にほんごであそぼ」で、光太郎詩「道程」に、坂本龍一氏が作曲した歌が取り上げられました。再放送が27(金)にありました。

同日、平凡社さんから平凡社新書の一冊として大本泉氏著『作家のまんぷく帖』が刊行されました。「高村光太郎 ── 食から生まれる芸術」という章を含みます。

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4月17日(火)~5月27日(日)
名古屋市の徳川美術館さん/名古屋市蓬左文庫さんを会場に 「明治150年記念 華ひらく皇室文化 ―明治宮廷を彩る技と美―」が開催され、光太郎の父・高村光雲の作「魚籃観音像」が出品されました。7月21日(土)~9月2日(日)には秋田市立千秋美術館さん、10月2日(火)~11月25日(日)で京都文化博物館さんに巡回しました。

 4月18日(水)~24日(火)
太平洋美術研究所会員の坂本富江さんによる個展「『智恵子抄』に魅せられて そして~今~ 坂本富江個展」が、新宿区のヒルトピアアートスクエアさんで開催されました。

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4月18日(水)~28(土)
文京区の旧安田楠雄邸さんで、「となりの髙村さん展第2弾補遺「千駄木5-20-6」高村豊周邸写真展」が開催されました。

4月19日(木)
山梨県笛吹市石和温泉のホテル古柏園さんで、「平成30年度曹洞宗山梨県寺族会研修会」が行われ、太平洋美術研究所会員の坂本富江さんによる講演「人生はいつも始発駅 ――高村智恵子と私――」が盛り込まれました。

4月20日(金)
中央公論社さんから中公文庫の一冊として、長山靖生氏編『文豪と酒 酒をめぐる珠玉の作品集』が刊行されました。光太郎作品は、詩「食後の酒」(明治44年=1911)が掲載されました。

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同日、文藝春秋さんから文春新書の一冊として、安藤優一郎氏著『江戸のいちばん長い日 彰義隊始末記』が刊行されました。光雲の『光雲懐古談』(昭和4年=1929)から引用がありました。

4月21日(土)
同日、短歌研究社さんから『短歌研究』 5月号が発行されました。「短期リレー連載 明星研究会「口語自由詩と『明星』」 第1回 松平盟子 高村光太郎――独自に開いた口語自由詩のフィールド」という記事が掲載されています。昨秋、日比谷公園内の千代田区立日比谷図書文化館さんで開催された、明星研究会さん主催の「第11回 明星研究会 <シンポジウム> 口語自由詩の衝撃と「明星」~晶子・杢太郎・白秋・朔太郎・光太郎」での第二部シンポジウム「口語自由詩に直撃! 彼らは詩歌の激流にどう漕ぎ出したか」のうち、歌人・松平盟子氏による光太郎の部の筆録です。

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4月21日(土)~6月3日(日)
兵庫県姫路市の書写の里・美術工芸館さんで、春季特別展示「書寫山圓教寺―歴史を語る美術と工芸」が開催され、光雲と、さらに東京美術学校で同僚だった漆工家の六角紫水による「修正会(しゅしょうえ)鬼面」が展示されました。

4月22日(日)
安曇野市の碌山美術館さんから、『彫刻家荻原守衛 ―芸術と生涯―』が刊行されました。関連人物ということで、光太郎についても詳しく触れられています。

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同日、NHK BSプレミアムさんで、「新・BS日本のうた 五木シェフの歌声レストラン!全員参加で新鮮ソング三昧」が放映され、三代目コロムビア・ローズ改め野村美菜さんが 丘灯至夫作詞・戸塚三博作曲『智恵子抄』を唄われました。28(土)に再放送がありました。

4月27日(金)~30日(月)
千葉県銚子市の飯沼山圓福寺(飯沼観音)さんで、「仏と鬼と銚子の風景 土屋金司 版画と明かり展」が開催されました。光太郎詩「犬吠の太郎」(大正元年=1912)をモチーフにした作品も展示されました。4月29日(日)には、関連行事として「銚子浪漫ぷろじぇくとpresents語り 犬吠の太郎」の公演が行われました。

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4月27日(金)~6月24日(日)
沖縄県立美術館さんで企画展「涯テノ詩聲(ハテノウタゴエ )詩人 吉増剛造展」が行われ、光太郎ブロンズ「手」(大正7年=1918)が展示されました。

4月28日(土)~5月29日(火)
福島県二本松市の智恵子記念館さんで、智恵子の紙絵の実物展示が行われました。

5月1日(火)
埼玉東松山市さんの『広報ひがしまつやま』5月号で、今年初めに市立図書館さん内にオープンした「田口弘文庫 高村光太郎資料コーナー」が大きく取り上げられました。

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5月3日(木)
杉並区のセシオン杉並さんで「音のわコンサート」が開催され、光太郎詩に曲をつけた吉田寛子さん作曲「或る夜のこころ」が演奏されました。

5月8日(火)~6月8日(金)
日本大学藝術学部芸術資料館さんで、企画展「−オリジナルプリント展− Life 命の輝き -Portraits-」が開催され、故・吉川富三氏撮影の光太郎肖像写真が展示されました。

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5月15日(火)
花巻市の光太郎が暮らした山小屋(高村山荘)敷地内で「第61回 高村祭」が開催されました。地元の児童生徒さんたちによる音楽演奏、詩朗読などの他、座談会「思い出の光太郎先生」が行われ、今月亡くなった高橋愛子さんをはじめとする4人の方々に、生前の光太郎の思い出を語っていただきました。インタビュアーは当方でした。

5月16日(水)
歌手の西城秀樹さんが亡くなりました。晩年にはコンサート等で光太郎詩「道程」の雑誌『美の廃墟』初出版の長いバージョンの朗読などに取り組まれていました。

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5月18日(金)
千葉市の朝日カルチャーセンター 朝日JTB・交流文化塾千葉教室さんで、公開講座「愛の詩集<智恵子抄>を読む」が開催されました。講師は歌人の松平盟子氏と、当方でした。

5月19日(土)
札幌市の朝日カルチャーセンター 朝日JTB・交流文化塾札幌教室さんで「書道史アラカルト ―書と書道」が開催され、光太郎と斎藤茂吉の書について、北海道書道展会員・中野層翠氏が講義をなさいました。

5月19日(土) 20日(日) 26日(土) 27日(日)
福島県二本松市の智恵子の生家で、「上川崎和紙で作ろう切り絵体験」が開催されました。

5月20日(日)
長野県上田市の交流文化芸術センター・サントミューゼさんにおいて、無言館館長・窪島誠一郎氏講演会が開催されました。、夭折の天才画家・村山槐多についてがメイン、槐多と交流のあった光太郎にも触れられました。

同日、台東区の和の器 韋駄天地下ギャラリーさんで市民講座「華雪による書と篆刻の講座 目習いということ 高村光太郎と黄庭堅」が開催されました。講師の華雪氏は書家です。

5月23日(水)
連翹忌会場を提供して下さっている日比谷松本楼会長・小坂哲瑯氏が亡くなりました。

5月26日(土)~7月16日(月・祝)
台東区の東京藝術大学大学美術館 さんで、「NHK大河ドラマ特別展「西郷どん」」展が開催され、光雲が主任となって制作された上野公園の西郷隆盛像に関する数々の資料も展示されました。7月28日(土)~9月17日(月・祝)に大阪歴史博物館さん、9月27日(木)~11月18日(日)で鹿児島県歴史資料センター黎明館さんに巡回されました。

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5月30日(水)~6月12日(火)
千代田区の大妻女子大学さんで「日本文学関係貴重書展示:近現代編」が開催され、同大所蔵の光太郎書簡等が展示されました。。

6月1日(金)
有限会社グリーンブリーズさんから『Grande ひろしま Vol.21(2018年夏号)』が発行されました。カラーアナリスト・児玉紀子さんの連載(と思われます)「色を読む」という稿で、智恵子と光太郎をメインに扱って下さっています。題して「智恵子抄 高村光太郎」。

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6月7日(木)~ 7月9日(月)
武蔵野市の吉祥寺シアターさんで、劇団青年団第79回公演 『日本文学盛衰史』が開催されました。原作・高橋源一郎氏、作・演出・平田オリザ氏で、光太郎も登場人物に名を連ねていました。

6月9日(土)
岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんと市内各所で、市民講座「光太郎の食卓と星降る里山を楽しむ」が開催されました。

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同日、求龍堂さんから大野芳(かおる)氏著 『ロダンを魅了した幻の大女優マダム・ハナコ』が刊行されました。光太郎にも触れられています。

6月10日(日)
福島県南相馬市をメイン会場に、天皇皇后両陛下をお迎えし、平成最後の「第69回全国植樹祭ふくしま2018 育てよう希望の森をいのちの森を」が開催されました。メインアトラクションは、県内の高校生達による光太郎と智恵子をモチーフにしたパフォーマンスでした。

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6月18日(月)
俳優の加藤剛さんが亡くなりました。二度にわたり、「智恵子抄」朗読に取り組まれたソフトが発売されています。

6月20日(水)
杉並けやき出版さんから、かわじもとたか氏著『続装丁家で探す本 追補・訂正版』が刊行されました。光太郎が手がけた装幀作品の一部が紹介されています。

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6月23日(土)~7月1日(日)
京都市の学森舎さんで、現代アートの展覧会「あっ!きのこの大B級仮装展」が開催されました。古今東西の美術作品のパロディーで、光太郎のブロンズ「手」(大正7年=1918)もモチーフになりました。

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6月27 日 (水)~7月8日(日)
港区の国立新美術館さんで、「第38回日本教育書道藝術院同人書作展」が開催されました。菊地雪渓氏作の「智恵子抄」などの光太郎詩6篇を書いた作品が、最優秀にあたる「会長賞」を受賞されました。

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6月28日(木)~9月2日(日) 
新潟市會津八一記念館さんで企画展「中村屋サロンと會津八一 ~サロンにつどったアーティストたち~」が開催され、光太郎の油彩画「自画像」(大正2年=1913)が出品されました。関連行事として、6月27日(水)に講演「中村屋創業の相馬愛蔵・黒光と若き芸術家たち」(講師:太田美喜子氏(中村屋サロン美術館学芸員))、7月11日(水)で講演「近代日本美術史と中村屋サロンに集った作家たち」(講師:原田平作氏(大阪大学名誉教授、頴川美術館理事長))なども行われました。

6月29日(金)
名古屋市 昭和文化小劇場さんで、「Raffiné Summer Recital ~ラフィネ夏の音楽祭~ in Nagoya」が開催され、野村 朗氏作曲の歌曲「樹下の二人」(髙村光太郎『智恵子抄』より)がバリトン:森山孝光氏、ピアノ:森山康子氏で演奏されました。

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6月30日(土)
トポフィルさんから小田原のどか氏編『彫刻 SCULPTURE 1 ――空白の時代、戦時の彫刻/この国の彫刻のはじまりへ』が刊行されました。日大芸術学部教授・髙橋幸次氏「ロダンの言説輸入と高村光太郎──「道」について」などで、光太郎、光雲に触れられています。

6月30日(土)~8月26日(日)
岐阜県現代陶芸美術館さんで「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」が開催され、光雲作の「布袋像」が展示されました。9月7日(金)~10月21日(日)には山口県立美術館さん、11月16日(金)~12月24日(月・振休)で富山県水墨美術館さんを巡回しています。

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明日は7~9月をご紹介します。

このブログで毎年恒例となっております、この1年を振り返る企画です。今回は1~3月分を。

ただし、昨年12月からの継続で今年1月にかかったもののうち、昨年の回顧で扱わなかったものからご紹介します。また、新聞コラム等で少しだけ光太郎智恵子に触れてくださった、的なものは申し訳ありませんが、割愛させていただきます。

2017年12月9日(土)~2018年1月14日(日)
静岡県島田市博物館さんで、第71回企画展「宮村弦 -モールス・コード- 新しい言葉の{カタチ}」が開催されました。モールス・コード(モールス符号)を視覚化した作品ということで、「智恵子抄」(智恵子歿後に書かれた「亡き人に」(昭和14年=1939)の最終行「あなたの愛は一切を無視して私をつつむ」)も展示されました。

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2017年12月23日(土)~1月28日(日)
調布市武者小路実篤記念館さんで、企画展「画家の手紙 制作と友への思い」が開催され、光太郎から武者小路宛ての葉書(昭和23年=1948)が展示されました。

1月1日(月)
若松英輔著「NHKカルチャーラジオ 文学の世界 詩と出会う 詩と生きる」のテキストが発行されました。「第11回 今を生きる詩 ── 高村光太郎と柳宗悦のまなざし」を含みます。ラジオ放送は3月15日(木)、3月22日(木)でした。

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同日、カワイ出版から『吉田寛子作品集 或る夜のこころ』が刊行されました。光太郎詩「或る夜のこころ」(大正元年=1912)に曲を付けた女性三部合唱曲を含みます。

1月2日(火) ~ 2月5日(月)
島根県立美術館さんで、「コレクション企画展 みんなの美術室」が開催され、光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)が展示されました。1月28日(日)には、関連企画として同館の長谷川三郎館長が、「手」に就いて語られる、「館長の特別授業」がありました。

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1月2日(火)~3月11日(日)
愛知県小牧市のメナード美術館さんで、「開館30周年記念コレクション名作展 30のテーマ Ⅱ期」が開催され、光太郎の木彫「栄螺」(昭和5年=1930)と「鯰」(同6年=1931)が出品されました。

1月7日(日)NHKさんの大河ドラマ「西郷どん」の放映が始まり、第一話冒頭のシーンで、光太郎の父・光雲が主任として制作に当たった上野の西郷隆盛像除幕(明治31年=1898)が描かれました。


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1月6日(土)~2月12日(月・振休)
広島県呉市美術館さんで、「開館35周年記念 呉市立美術館のあゆみ展」が開催され、光太郎ブロンズの代表作「手」(大正7年=1918)が展示されました。

1月10日(水)
NHKラジオ長野放送局のローカル番組「ゆる〜り信州」で、関根太朗アナウンサーによる光太郎詩「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「狂奔する牛」(大正14年=1925)、「人類の泉」(大正2年=1913) の朗読がありました。

1月11日(木)
笠間書院さんから『永井和子随想集 日なたと日かげ』が刊行されました。「たじろぐ――高村智恵子のこと 智恵子の切り絵――レモン会」というエッセイが掲載されています。

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同日、筑摩書房さんからちくま文庫の一冊として『文豪文士が愛した映画たち ─昭和の作家映画論コレクション』が刊行されました。光太郎の散文「美の祭典」(昭和15年=1940)が収録されています。

1月12日(金)
文藝春秋さんから伊集院静『文字に美はありや。』が刊行されました。月刊誌『文藝春秋』さんの平成26年(2014)1月号から昨年の4月号まで連載されていた、「文字に美はありや」の単行本化で、「猛女と詩人の恋」という章で光太郎智恵子に触れています。

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1月13日(土)
埼玉県東松山市立図書館に、「田口弘文庫 高村光太郎資料コーナー」がオープンしました。昨年亡くなった同市元教育長で、光太郎と交流のあった田口弘氏からの寄贈品を展示するものです。同日、当方による記念講演も行われました。

同日、『朝日新聞』さんの土曜版の連載、「みちのものがたり」が「高村光太郎「道程」 岩手 教科書で覚えた2大詩人」ということで、光太郎をメインに取り上げて下さいました。

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さらに同日、昨年公開された映画『八重子のハミング』のDVDが発行されました。原作は「現代の智恵子抄」というコピーが用いられ、劇中、升毅さん演じる主人公が『智恵子抄』を読むシーンがありました。

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1月13日(火) ~ 3月25日(日)
東京オペラシティ アートギャラリーさんで「谷川俊太郎展 TANIKAWA Shuntaro」が開催され、光太郎から昭和29年(1954)5月20日に送られた、谷川氏の詩集『62のソネット』の受贈礼状が出品されました。

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1月13日(火) ~ 4月1日(日
文京区立森鷗外記念館さんで、コレクション展「鴎外・ミーツ・アーティスト―観潮楼を訪れた美術家たち」が開催され、光太郎から鷗外に宛てた葉書(明治43年=1910)、明治42年(1909)の雑誌『スバル』(覆刻。裏表紙に光太郎が鷗外を描いたカリカチュア(戯画)が掲載)、光太郎著書『造型美論』(昭和17年=1942)、『某月某日』(同18年=1953)。それから与謝野寛が光太郎について触れた鷗外宛の書簡(明治42年=1909)等が展示されました。

1月15日(月)
文治堂書店さんから『トンボ』第5号が発行されました。元青森テレビアナウンサーの川口浩一氏が、「十和田湖「乙女の像」秘話 ~太宰治が結ぶ隠れた絆~」という文章を寄せられています。また、当方の連載「連翹忌通信」の第二回が掲載されました。

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1月15日(月)~1月21日(日)
渋谷区のshibuya gallery「Arc」さんにおいて、MAIA STARSHIP朗読劇「いやなんです あなたのいってしまふのが −智恵子抄より」が上演されました。

1月20日(土) ~ 4月15日(日)
千葉市の千葉県立美術館さんで、「北詰コレクション メタルアートの世界Ⅱ-メタルアートの匠と技-」が開催され、光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝・髙村豊周の。「青銅環文壺」(昭和35年=1960)、「青銅花盛」(制作年不詳)、「朱銅花入」(昭和41年=1966)が出品されました。

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1月25日(木) ~ 1月29日(月)/2月1日(木)~
2月5日(月)
墨田区の両国エアースタジオさんで、劇団空感演人による演劇「チエコ」が上演されました。平成22年(2010)、同25年(2013)に上演されたものの再演でした。

1月28日(日)
牧歌舎さんから西浦基氏著『高村光太郎小考集』が刊行されました。

1月29日(月)
横浜市永田地区センター さんにおいて、市民講座「文豪と和菓子」が開催されました。「高村光太郎・室生犀星・夏目漱石それぞれのゆかりの和菓子をいただきながら、作品を楽しんでいただきます」というコンセプトでした。講師は一般財団法人出版文化産業振興財団の読書アドバイザー、城所律子氏でした。

1月31日(水) ~ 2月11日(日)
岡山市のCAFE×ATELIER Zで、書道展「中村文美作品展〜琥珀の文箱に文字を集めて」が開催されました。光太郎の「冬が来た」(大正2年=1913)を書いた作品が展示されています。

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2月1日(木)
世界文化社さんから『家庭画報』2018年3月号が発行されました。、「残したいことば、未来につなぐことば――心を伝える絵手紙」というコーナーがあり、花巻郊外旧太田村から送られた光太郎の書簡(ハガキ)が紹介されています。昭和22年(1947)、4月6日付で、宛先は東京在住の姪・高村珊子さんです。

2月2日(金)~2月25日(日)
青森県十和田湖畔休屋地区で、「十和田湖冬物語2018」が開催されました。光太郎最後の大作「乙女の像」のライトアップが行われた他、ステージイベントでのプロジェクションマッピングにも「乙女の像」が登場しました。

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2月7日(水)~2月12日(月・祝)
長野市の信濃善光寺さんで、「第十五回長野灯明まつり 未来へ繋ぐ平和の灯り」が開催され、光太郎の父・高村光雲と、その高弟・米原雲海による仁王像などが安置されている仁王門もライトアップされました。

2月10日(土) ~ 5月6日(日)
北区の田端文士村記念館さんで「田端に集まる理由(ワケ)がある~明治の田端は芸術家村だった!?」が開催されました。光太郎も寄稿し、芸術運動「パンの会」の一つの源流となった雑誌『方寸』に関する展示が為されました。3月25日(日)には、関連イベントとして古田亮 氏(東京藝術大学大学美術館准教授)による講演会「明治の美術 ~東京美術学校を中心に~」が開催されました。

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2月15日(木)
秋田県小坂町に、同町出身の出版社・龍星閣主人の澤田伊四郎にあてた光太郎の書簡、署名本などが寄贈された件が報じられました。

2月17日(土)
三鷹市芸術文化センター星のホールさんで行われた「CINEMA SPECIAL三回忌・原節子」の一環として、昭和32年(1957)の東宝映画「智恵子抄」の上映がありました。

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同日、港区の東洋英和女学院大学大学院さんで、「2017年度連続講座・シンポジウム「生と死の物語 高村光太郎 ―智恵子抄 心の病に寄り沿うということ―」が開催されました。講師は福田周氏(東洋英和女学院大学人間科学部教授)でした。

2月18日(日)
朝日新聞出版さんから『週刊 日本百名山 改訂新版 42号 磐梯山 安達太良山』が刊行されました。「深田久弥『日本百名山』から」の項で光太郎智恵子に触れられています。

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2月21日(水)
国書刊行会さんから、田中修二氏著『近代日本彫刻史』が刊行されました。光太郎、光雲に触れられています。


2月24日(土)
仙台市の東北大学さんの片平キャンパスで、シンポジウム「ほんとの空が戻る日まで--震災の記録と教訓を残し、未来に活かす」が開催されました。福島大学うつくしまふくしま未来支援センターさんの主催で、福島県の被災地において残存する資料や記録の保全と活用に取り組むさまざまな活動を紹介し、将来の大規模災害にいかに備え、活かしていくべきかについて議論されました。
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同日、花巻市文化会館さんで、第42回花巻市民劇場公演 「多田等観物語 日が昇る 観音山に帰りたい」が上演されました。光太郎と交流のあったチベット仏教学者にして僧侶の多田等観を主人公とするもので、光太郎も登場しました。平成16年(2004)の再演でした。

2月25日(日)
千代田区の神田伯剌西爾(ぶらじる)さんで、市民講座「ポエトリーカフェ 《高村光太郎 篇》」が開催されました。

2月26日(月)
文藝春秋さんから春日太一氏著『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』が刊行されました。昭和42年(1967)公開の松竹映画「智恵子抄」(中村登監督作品)が取り上げられています。

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2月26日(月) ~28日(水)
千代田区の3331 Arts Chiyodaさんで、立本夏山氏による「ひとり芝居プロジェクト新作公演 立本夏山 智恵子抄」東京公演がありました。巡回で6月26 日 (火) に尼崎公演、6月28 日 (木)の松山公演、6月30 日 (土)/7月1日(日)で高知公演も行われました。

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3月2日(金) ・3日(土)
名古屋市のHITOMIホールさんで、「プリズムステージ 朗読と音楽が紡ぐ、純愛 智恵子抄 「田園交響楽」より」の公演がありました。智恵子が愛したベートーヴェンの交響楽第6番「田園」をモチーフに、ヴァイオリン・チェロ・ハープの演奏、朗読による構成で、朗読と光太郎役を俳優の橋爪淳氏、苅谷なつみさんのヴァイオリン、日野俊介さんがチェロ、田中敦子さんでハープでした。

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3月2日(金) ~4日(日)
足立区のアトリエTANTOOさんで、劇団TANTOOさんの第9回公演「売り言葉」が開催されました。野田秀樹氏脚本で、平成14年(2002)、大竹しのぶさん出演で初演された演劇です。

3月5日(月)
国文学者の平岡敏夫氏がご逝去なさいました。光太郎に関する論文等、複数おありでした。

3月7日(水)
NHK BSプレミアムで、「プレミアムカフェ 名作紀行 (1)寺山修司 (2)石川啄木 (3)高村光太郎」が放映されました。平成13年(2001)6月11日に初回放映があったものの再放送で、ナビゲーター役は銅版画家の山本容子さんでした。8月29日(水)、8月30日(木)にも放映がありました。

3月7日(水)~11(土)
『日本経済新聞』 さんで、宗教学者の山折哲雄氏が「私の履歴書」という連載で、花巻空襲の際の光太郎戦後の光太郎などに触れられました。

3月9日(金)~18日(日)
京都市の知恩院さんで「春のライトアップ2018」が開催されました。補陀落池に立つ高村光雲作の聖観音菩薩立像もライトアップされました。

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3月10日(土)
新宿区の日本出版クラブ会館さんで、「山根基世の朗読指導者養成講座 やまねこ朗読発表会」が開催され、光太郎詩「樹下の二人」(大正12年=1923)も扱われました。

同日、共に画家の深沢省三・紅子夫妻の長男で、戦時中、学徒出陣前に光太郎のアトリエを訪ね、詩「四人の学生」(昭和18年=1943)のモデルとなり、戦後は岩手雫石のご自宅に光太郎を泊めたりもした、深沢竜一氏が亡くなりました。

3月11日(日)~5月20日(日)
秋田県小坂町立総合博物館郷土館さんで、企画展「平成29年度新収蔵資料展」が開催されました。小坂町出身の澤田伊四郎に宛てた書簡、署名本等が展示されました。

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3月13日(火)
名探偵・浅見光彦シリーズを生んだ推理作家の内田康夫氏がご逝去されました。昭和61年に光太郎彫刻の贋作をメインのモチーフとして、『「首の女(ひと)」殺人事件』を執筆なさいました。同作はその後、ドラマ化、コミック化もされました。

3月15日(木)
長野県安曇野市の碌山美術館さんから、『碌山美術館館報第38号』が発行されました。昨年12月2日に同館で開催された、美術講座「ストーブを囲んで 「荻原守衛と高村光太郎の交友」を語る」の筆録が掲載されています。同館学芸員の武井敏氏と、当方の対談形式でした。

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3月16日(金)
墨田区のすみだトリフォニーホールさんでコンサート「第29回 21世紀日本歌曲の潮流」が開催されました。野村 朗氏作曲の歌曲「樹下の二人 詩集『智恵子抄』 より (詩/高村光太郎)」 が、バリトン・森山孝光氏、ピアノ・森山康子さんにより演奏されました。

3月17日(土)~5月13日(日)
横浜市の神奈川近代文学館さんで、特別展「生誕140年 与謝野晶子展 こよひ逢ふ人みなうつくしき」が開催され、光太郎が絵を描き、晶子が短歌を添えた屏風紙二点が展示されました。

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3月21日(水)
短歌研究社さんから『短歌研究』 4月号が発行されました。「再録 明星研究会講演 松平盟子│『みだれ髪』を超えて~晶子と口語自由詩~」ということで、昨秋、日比谷公園内の千代田区立日比谷図書文化館さんで開催された、やはり明星研究会さん主催の「第11回 明星研究会 <シンポジウム> 口語自由詩の衝撃と「明星」~晶子・杢太郎・白秋・朔太郎・光太郎」での、歌人・松平盟子氏による第一部講演の筆録が掲載されています。

3月27日(火)
光太郎がたびたび宿泊をした花巻温泉旧松雲閣別館が登録有形文化財に登録されました。

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明日は4~6月編をお送りします。

この項が終わるまで、【折々のことば・光太郎】はお休みいたします。

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改めまして、新年明けましておめでとうございます。今年も高村光太郎・智恵子、光雲の世界を広めるため、さまざまな情報をご提供して参りますので、よろしくお願いいたします。


それ以外の部分では、昨年までの3年間、毎日、【今日は何の日・光太郎】シリーズで、その日にあった光太郎智恵子、光雲関連の出来事をご紹介していました。さすがに3年間でネタが苦しくなりましたので、今年は方向性を変えます。

というわけで、早速。

【折々の歌と句・光太郎】

年ごとに年はむかへつたぐひなき今年の年のいよよまさきく
昭和22年(1947) 光太郎65歳

彫刻家、そして詩人として名高い光太郎ですが、その生涯に数多くの短歌や俳句なども残しています。そこで、かつて『朝日新聞』さんに詩人の大岡信氏が約30年連載した「折々のうた」(第1回が光太郎の短歌でした)に倣い、一日一首・句ずつ、折々の光太郎作品を取り上げていく予定です。

さて、昭和22年(1947)、光太郎は花巻郊外太田村の山小屋で、2度目の新年を迎えました。移住当初は本阿弥光悦へのリスペクトから「昭和の鷹ケ峯」を作る、といった無邪気な夢想とも云える考えでしたが、山林孤棲、独居自炊の生活の中で、自らの戦争責任を省察する毎日を送るうちに、ある意味ストイックな修行僧のような暮らしへと、その意義が変容していきました。

そうした中で生まれたこの一首。「まさきく」は「真幸く」。「幸せに」の意の副詞です。



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画像は当方の自宅兼事務所のある千葉県香取市、利根川河畔での初日の出です。

ほんとうに今年一年が「まさきく」あってほしいものです。


作品の表記は筑摩書房『高村光太郎全集』、そこに未収のものは当方編集の「光太郎遺珠」に従い、光太郎の年令は数え年で表記いたします。

花巻に行く前、このブログの「ブログ設定」の部分を見ていたところ、下の方に「あなたのブログが本になる ブログを本にしよう」というバナーが貼ってあるのに気がつきました。
 
リンクに入ってみると、どうも製本サービス的な内容でした。
 
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要するにブログの記事をPDFに変換、カラー印刷(モノクロも可)、製本してくれるというサービスです。もちろん有料ですが。
 
いつどんな事を書いたかぱっと見られるのがいいかなと思い、早速、注文してみました。ちょうどブログを始めて1年たちましたし、1年分を一冊にまとめて記録の意味で紙媒体で保存しておくのもいいかなと思いました。
 
しかし、ページ数に上限があり、1年分で設定したら「ページ数の上限を超えています」とのメッセージ。では半年分、と思ったら同じく「ページ数の上限を超えています」。「はぁ?」と思いつつ4ヶ月分に減らしても駄目。結局3ヶ月分が限界でした。
 
試しにそれで申し込んでみたところ、昨日夕刻に届きました。
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3ヶ月分がB6版で360ページ。内容的にはたいしたことのないものですが、画像がカラーで印刷されているのできれいです。しかし1冊で8,845円でした。大量に作れば1冊のコストは下がるのですが、大量に作っても仕方ありません。残り9ヶ月分を作るとなると他に3冊必要となり、ページ数により多少の前後がありますが、約9,000円×3。高いのですが、とりあえず頼んで、来年の連翹忌に展示しようと思っています。
 
ちなみにこのサービス、当方の利用しているYahoo!ブログ以外にもアメブロやエキサイトブログなど、主要なブログにはほとんど対応しています。ご参考までに。
 
明日は原宿でモンデンモモさんのコンサートに出演します。その前に太平洋美術展を見てから行ってきます。
 
【今日は何の日・光太郎】5月18日

昭和19年(1944)の今日、光太郎が序文を書いた清水多嘉示著『巨匠ブルデル』が創芸社から刊行されました。

一昨日でしたか、花巻の財団法人高村記念会様から、5/15の高村祭のご案内をいただきました。
 
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水曜日なのでいろいろ大変でしょうが、ご都合のつく方はいらしてください。画像の通り、渡辺えりさんの講演『光太郎と父』があります。
 
同じ日にリニューアルされた高村記念館の仮オープンです。財団法人高村記念会様から、メールでいろいろな図面などが送られてきました。今までは、はっきりいうとごちゃごちゃした展示でしたが、今度は広い建物を利用できるということで、すっきりした展示のようです。当方、館内に展示する説明版の執筆を頼まれまして、昨日、メールにて送付しました。
 
さて、別件ですが、このブログ、昨年の5月3日に開設しまして、今日の投稿が365件目です。とりあえず1年間、1日も休まずに更新しました。今後も地道にやっていきますのでよろしくお願いいたします。
 
【今日は何の日・光太郎】5月2日

昭和23年(1948)の今日、太田村の開拓事務所で、保健婦さんにビタミンB1の注射をしてもらっています。

大晦日となりました。本年もいろいろとお世話になり、ありがとうございました。
 
思えば4月に「連翹忌運営委員会代表」という肩書を拝命、光太郎顕彰に専念することとなり、北川太一先生から名跡を引き付いた冊子「光太郎資料」を2回刊行するかたわら、各地で行われたイベント等にお邪魔いたしました。花巻、仙台、石巻、女川、二本松、川内村と、やはり東北が多かったのですが、その他群馬、長野、和歌山、福岡にも。東京や横浜は調査もあったため数えきれず……。
 
おそらく来年もそうなると思います。ありがたいことにすでに講師依頼なども数件舞い込んできています(日程さえ合えば何処へなりとも参上いたします)。
 
そうした中で、多くの方から励ましのお言葉、「光太郎資料」送付に対する過分なる御礼の御手紙等いただきました。また、各地でのイベントの御案内、新しく世に出た書籍・雑誌等の御恵贈にもあずかりました。ありがとうございます。
 
それ以外にも古書店の目録やら、註文した書籍などもあり、そんなこんなで、当方の自宅兼事務所には郵便物が多く届きます(郵便屋さんには『この家は一体何なんだ?』と思われているかも知れません)。最近は宅配業者さんのメール便なども多いのですが、やはり郵便が主流です。
 
郵便といえば切手。皆様方から届いた郵便物に貼られていた切手を切り取り、使用済み切手を収集している団体-公益社団法人日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)様に寄附しました。以前は個人名で送っていたのですが、今回、「高村光太郎連翹忌運営委員会」名義で送りました。すると先週、その団体から御礼状が届きましたので、ご報告いたします。
 
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こちらでは使用済み切手を集めて換金、日本人保健医療スタッフをアジア・アフリカや東日本大震災被災地に派遣する一助としています。皆様から寄せられた郵便物に貼られていた切手が、こういうところに役立っています。
 
今月分の寄附団体として、JOCS様のサイトにて高村光太郎連翹忌運営委員会も名前を載せていただきました。

今後もこれは継続していこうと思っております。
 
今日も早速、宮城の荒井真澄様より来春行われるピアノコンサート・墨画展のご案内をいただきました。かわいらしい切手が貼ってあり、次回寄付に向けての第1号です。
 
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ピアノコンサート・墨画展は、5月のこのブログで御紹介した「シューマンと智恵子抄」のお三方(朗読・荒井真澄さん/ピアノ・齋藤卓子さん/墨画・一関恵美さん)のユニットによるものです。また改めて御紹介します。
 
さて、ブログの方ですが、5月に開設以来、243日間、今日まで1日も休むことなく更新し続けました。閲覧いただきありがとうございました(やはり鉄道ネタの日は閲覧数が多いということがわかりました)。行き当たりばったりで、内容の薄い時も多いのですが、新着情報の紹介という意味ではそれなりに機能したかと思います。来年も休まず更新していきますので、よろしくお願いいたします。

追記 当初開設していたYAHOO!ブログ(2019年にサービス終了)での内容ですので、現在は実体に合っていませんのでよろしく。

昨日、こちらのブログで内容ごとに記事を読めるような設定にしたことと、「検索」機能についてお伝えしました。
 
他にもこのブログ、いろいろな機能がついています。例えばコメント欄。当方の住所やメールアドレス等ご存じの方はそちらでご連絡いただければ結構ですが、そうでない方は、コメント欄をご活用下さい。
 
各記事の下にこのような部分があります。
 
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ここの「コメント」をクリックすると下の画面が出ます。
 
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自由に文章をお書きいただいて、「投稿」ボタンをクリックすればOKです。
 
投稿したコメントを他の方に見られたくない場合には、文章を各欄の右の「内緒」というボックスにチェックを入れ、投稿していただければ、当方のみが読めるようになっています。
 
実際、この機能を使っていただいて、ご質問、ご依頼等がありました。他にも住所やメールアドレス、電話番号等をご存じの方からもいろいろとレファレンス(調査)のご依頼が来ています。
 
こんなご依頼等がありました。
 
・「光太郎資料」「高村光太郎研究」など、当方の関わっている冊子がほしい。
・光太郎の木彫作品を所蔵している美術館等を教えてほしい。
・戦時供出でなくなったブロンズの光太郎彫刻が他の彫刻家によって復元されているが、その経緯を教えてほしい。
・光太郎が作った俳句にはどんなものがあるか。
・日本全国で光太郎の筆跡を刻んだ石碑などはどのくらいあるか。
・光太郎の書(色紙、軸装、短冊など)はどこに所蔵されているか。
・自分が書いたもののチェックをしてほしい。
 
などなど。
 
それぞれ対応させていただきました。
 
出来る限りこうしたご質問やご依頼にはこたえますので、コメント欄等ご活用下さい。
 
申し訳ありませんが、迷惑メール対策ということもあり、メールアドレスや住所、電話番号はここでは公開しておりません。よろしくご寛恕の程。
 
 
出来る限り対応いたしますので、ご遠慮なく。

追記 当初開設していたYAHOO!ブログ(2019年にサービス終了)での内容ですので、現在は実体に合っていませんのでよろしく。

以前からご覧いただいている方はお気づきでしょうか。このページのレイアウトを少し変更しました。
 
この部分の左に広告があり、その下はプロフィール欄で光太郎智恵子の写真が出ています。さらにその下。ここは「書庫」の欄なのですが、ここで記事の内容ごとに見られるようにしました。フォルダのようなものです。昨日までは初期設定の通りすべての記事を「日記」に入れていましたが、カテゴリーで分けることが出来ることに気づき、変更しました。
 
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たとえばここで「彫刻/絵画」をクリックしてみます。すると主に彫刻や絵画について書いた最新の記事が表示されます。
 
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さらに左上の水色のバーのところにある「リスト」をクリックすると、主に彫刻や絵画に関する記事のタイトル一覧が出ます。
 
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「彫刻/絵画」以外のカテゴリーは、主に詩に関する内容の「詩」、音楽や演劇、テレビドラマや映画などに関わる「音楽/演劇等」、花巻や十和田、女川、福島関連が多いので「東北」、それから「智恵子」という項目も設定しました。分類不可能なものは「その他」に入れてあります。ただし、一本の記事でも詩に関して書いたり、彫刻にふれたりしている場合がありますので、あくまで目安です。
 
さらに細かく検索なさりたい場合は、画面左下に検索窓がありますのでご活用下さい(この機能は以前からありましたが)。
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ここに検索したいワード、たとえば「荻原守衛」と入力し、「検索」をクリックします。すると、まず記事のタイトルに「荻原守衛」が含まれている記事が出るはずです。ところが、タイトルに「荻原守衛」は使っていませんから、下のような画面になります。
 
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しかし守衛について書いていないわけではありません。すぐ上の「タイトル」の右にある▼ボタンを押して「内容」にしていただいて再び検索。すると、本文で「荻原守衛」の語が使われている最新の記事が表示されます。
 
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そこでやはり左上の水色のバーのところにある「リスト」をクリックすると、一覧が出ます。
 
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このページ、こうした機能もありますので、ご活用下さい。
 
さらに「コメント欄」がこの下にあり、こちらも活用していただきたいのですが、長くなりましたのでまた明日、そのあたりを書きます。

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ブログをはじめました!
コメント大歓迎です。
これからどうぞよろしくお願いします!
 
彫刻家にして詩人、その業績の大きさと体格の大きさ、そして人間としての大きさから「巨星」と称された高村光太郎(明16=1883~昭31=1956)。
 
毎年、光太郎の命日である4月2日は「連翹忌(れんぎょうき)」と名付けられ、彼の功績をたたえ、敬愛する人々によって、東京日比谷公園内の松本楼にて催しが行われています。今年も56回目の連翹忌がつつがなく終わりました。
 
このブログは、全国の光太郎・智恵子ファンの交流の場としていきたいと考えています。
 
これからどうぞよろしくお願いします!

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