「ポートレート展」と謳われていますので、風景写真等ではなく人物中心と思われます。
出品者のうち、Yasuyuki Ibaraki氏という方が、「智恵子抄」オマージュの作品を出展なさっています。
氏のx(旧ツィッター)投稿から。
氏は昨年の同展でも「智恵子抄」所収の「狂奔する牛」(大正14年=1925)がらみの作品を出展なさったそうですが、そちらは存じませんでした。
「智恵子抄」からインスパイアされた二次創作は実に多岐に亘り、文学、音楽、舞台芸術、食品、香水、そして写真も含む造型美術など、まさに五感それぞれに訴えかけるさまざまなものが生み出されていて、ありがたいかぎりです。それだけ「智恵子抄」の世界観が人々に訴えかける何かを持っているということの証しだと思われますが。
当会顧問であらせられた故・北川太一先生曰く
さて、「Fixtyle Portrait Fukoka 8th」。明後日までとなっています。ご都合の付く方、ぜひどうぞ。

余談ですが、久留米というと、光太郎の遺作「倉田雲平胸像」。倉田は倉田はツチヤ地下足袋(現・ムーンスターさん)の初代社長で、久留米出身でした。そこで久留米の「つきほし歴史館」さんに「倉田雲平胸像」が展示されていて、今回の会場に近い場所なら「ついでに足をお運び下さい」と書くつもりでいましたが、改めて調べたところ、同館は令和2年(2020)に閉館していました。「ありゃま」という感じです。所蔵されていた「倉田雲平胸像」、どうなったのかご存じの方がいらっしゃいましたらご教示いただけると幸いです。
幾何学は、実際、自然の到る処に存在します。してみれば、腕を挙げたり、又脚をわれ知らず動かしたりする事に其が無くてどうしませう。髪を梳く女は美しい調和――最高度の優美――を構成するリヅムある動勢の連続を行つてゐるのです。身体の全リヅムは理法によつて支配される。
人体大好きのロダンならではの言ですが、光太郎もこうした考えにがっつり影響されたようです。
ちなみに「動勢」の語は訳出の上での光太郎の造語です。








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中間市の書道家宇野美江さん(51)=雅号・星河=が10日、同市中尾の中間東小(495人)に、高村光太郎の詩「道程」を彫った刻字作品を贈った。同小6年の長男佑哉君(12)と森岡重義校長(60)が今春、「卒業」するのを記念した寄贈で、刻字は同小の児童用出入り口に飾られた。

興した実業家。昭和15年(1940)に亡くなっています。その功績をたたえる石碑を花巻温泉に建てることになり、頌詩制作の依頼が光太郎にありました。それに応え、光太郎は以下の詩を作りました。



同時に、その狂躁に巻き込まれ、後には発起人にも名を連ね、数々のエピソードを残しています。






