3月28日(日)、メインの目的だった「潮見佳世乃起雲閣コンサート 歌物語×JAZZ」を、いよいよ拝聴。会場は熱海市指定有形文化財の起雲閣内に設けられた音楽サロンです。大きな窓から庭園や木立が見え、鳥の囀りが中まで聞こえてきますが、車の音などは無し。都心などでは、こうはいかないでしょう。
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ピアノはベーゼンドルファー。通常のピアノより低音方向に鍵が多いのが特徴です。
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第一部が「智恵子抄」。まずは枕的にご挨拶を兼ねて「智恵子抄」以外の光太郎詩の朗読を、ピアノ・沢村繁氏の即興演奏(?)に乗せて。
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「道程」(大正3年=1914)と「激動するもの」(昭和5年=1930)でした。「道程」は人口に膾炙した作品ですが、「激動するもの」はマイナーな詩で、「これを持ってくるか、さすがに光太郎詩集を隅々まで読まれているな」という感じでした。
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永らく初出掲載紙が不詳でしたが、10年程前、判明しました。甲府で発行されていた『線』という同人誌の第4号(昭和5年=1930  1月)でした。

この後、「智恵子抄」。潮見さんのお父さまの故・高岡良樹氏が始められた「歌物語」というスタイルで、オリジナルの曲に乗せた歌と語りによって、さまざまなジャンルの文学作品等を表現するものの一環です。
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当方、平成27年(2015)に、都内大森で開催された潮見さんの「歌物語コンサート「智恵子抄」」を拝聴しましたが、基本的な構成は同一でした。

曲目は「樹下の二人」(大正12年=1923)、「あどけない話」(昭和3年=1928)、「千鳥と遊ぶ智恵子」/「風にのる智恵子」(昭和12年=1937/昭和10年=1935)、「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「亡き人に」(同)。それぞれに叙情性豊かな音楽と、確かな歌唱力に裏打ちされた表現で、「智恵子抄」の、透徹でやるせない、しかし不思議に明るくもある世界観が現出されていました。

第二部は雰囲気ががらりと一変、ジャズのスタンダードナンバー。「east of the Sun」、「You are the sunshine of my life」、「You'd be so nice to come home to」など。
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コロナ禍による公演中止等が相次ぎましたし、趣味で取り組んでいた自分の音楽活動もやめてしまいましたので、この手のコンサートを聴くのは1年数ヶ月ぶり。やはり生演奏はいいものです。

まだ詳細が発表されていませんが、潮見さん、6月20日(日)、千葉市でも「歌物語 智恵子抄」を演(や)られるとのこと。次回は邦楽系の方々ともコラボなさるそうです。近くなりましたら、またご紹介します。

以上、神奈川・静岡レポートを終わります。

【折々のことば・光太郎】

ウソの声きこえる。   昭和22年(1947)4月22日の日記より 光太郎65歳

「ウソ」は「嘘」ではなく野鳥の「鷽」。光太郎、大正14年(1925)に、木彫でウソを作りました。画像は光太郎令甥にして写真家だった故・髙村規氏の撮影になるものです。
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これはかなりの自信作だったようで、自分で懐に入れて持って歩いたそうですし、「まだ健康だつた頃の智恵子が私にも持たせてくれとせがんだ。」(「木彫ウソを作つた時」より 昭和11年=1936)そうです。

もしかすると、蟄居生活を送っていた花巻郊外旧太田村でウソの声を聞き、智恵子に思いを馳せていたかも知れません。