宮城県震災復興本部さん発行の冊子『NOW IS.』。A4判オールカラー、表紙を含めて8ページです。「宮城県内の復興の状況や復興に向けて取り組んでいる方々の「いま」の姿を紹介する広報紙」というコンセプトで、月刊。宮城県内では、公共施設や市営地下鉄の駅などに無料で置かれています。

毎月11日発行だそうで、もうすぐ今月号の発行となりますが、先月号にあたる第53号、「井ノ原快彦in女川」ということで、V6の井ノ原快彦さんによる女川町訪問記がメインでした。
006 007
カマボコの「高政」さん、カタールの支援で建設された冷凍施設「マスカー」、津波で倒壊し、震災以降として保存公開されている旧女川交番、そしてこのブログでたびたび紹介している、光太郎文学碑の精神を受け継ぐ「いのちの石碑」についても大きく取り上げられています。
008
009
当方、震災復興本部さんに申し込んで送っていただきましたが、PDF版はweb上で公開されています。ぜひご覧下さい。

【折々のことば・光太郎】

そして、実物を観察させるにも、子供には子供特有の見方があるから、子供自身の見方によつて見させ、その見た所を描き出せるやうにすれば、自ら描く興味も湧いて来るであらう。


散文「教育圏外から観た現時の小学校」より
大正5年(1916) 光太郎34歳

当時小学校で行われていた図画教育――大人が描いた手本通りに模写させる――に対する批判です。自分も明治期にそういう教育を受け、図画の授業にはまったくつまらなかったと述懐しています。さらに同じことは文章、ひいては芸術一般にいえる、としています。

芸術に限らず、「いのちの石碑」などのアイディアもそうでしょう。はじめ、21基の石碑建立に1,000万円かかると分かった時、大人たちはさっさと「無理だ」と決めつけたようです。しかし、子供たちは光太郎文学碑の例に倣って募金で集めると言いだし、実際に僅かな期間で達成してしまいました。