千葉は成田から展覧会情報です。
千葉県立美術館さん所蔵の優品を、県内各地で出張展示する「移動美術館」。第44回ということで、かなり歴史を刻んでいますね。
同館では光太郎ブロンズ彫刻、代表作の「手」(大正7年=1918)をはじめ、8点の光太郎ブロンズ彫刻を所蔵しており、同館所蔵品の目玉の一つ的な位置づけです。そこでこのところ、移動美術館の際には光太郎彫刻がラインナップに入ることが多く、ありがたいかぎりです。ここ数年では第39回(勝浦市)、第40回(成田市)、第42回(茂原市)で光太郎彫刻が出ています。
今回は、「裸婦坐像」(大正6年=1917)。光太郎円熟期の逸品の一つです。ただし、鋳造は新しいもののようですが。
光太郎と交流の深かった詩人・真壁仁の回想から。
「裸婦」はよく夫人をモデルにした作と思われているが、実際は百合子という横浜のチャブ屋の女である。チャブ屋の生活を嫌ってその女が逃げ出してきたとき、先生は一時かくまってあげた。そのとき、モデルになるかと言ったら、なるというので、先生は彫刻にこさえ、夫人は油絵に描いた。そんな商売の女と思えないほどいいからだだったそうである。この彫刻は七つほどブロンズにしたということだから方々にのこっっている筈である。(昭和27年『高村光太郎選集』月報4 中央公論社)
「七つほどブロンズにした」ということから、光太郎自身、お気に入りの彫刻だったのではないかと思われます。それを裏付けるように、大正9年(1920)に刊行された『明星』歌人の渡辺湖畔の歌集『若き日の祈祷』に、口絵として、この像の素描を寄せています。
第44回千葉県移動美術館~近代日本を代表する作家から成田市ゆかりの作家まで~
期 日 : 2020年9月29日(火)~10月11日(日)
会 場 : 成田市文化芸術センタースカイタウンギャラリーA, B, C, D, E
千葉県成田市花崎町828−11
千葉県成田市花崎町828−11
時 間 : 9:00~17:00
休 館 : 会期中無休
料 金 : 無料
千葉県立美術館は、昭和49年に開館して以来、千葉県ゆかりの作家や作品をはじめ、国内外の優れた作品の収集・活用(展示)・保存に努めてまいりました。現在、日本画・洋画・彫刻・工芸・版画・書の各分野の作品約2800点を所蔵しています。
千葉県移動美術館は、千葉県立美術館の所蔵作品をより多くの県民の皆様にご鑑賞いただくために、県内市町村の文化施設を会場として開催する展覧会です。
成田市文化芸術センターでは、平成28年に続き、2回目の開催となります。今回は、「日本近代を代表する作家から成田市ゆかりの作家まで」と題して、洋画では浅井忠、クールベ、ドービニー、梅原龍三郎などに加え、明治・大正期の水彩画家の名作、地元作家である篠崎輝夫の特集展示などをご覧いただけます。日本画では東山魁夷、石井林響、横尾芳月、地元作家の小幡春生などの作品を、彫刻では高村光太郎、新海竹太郎、地元作家の島田勝吾などの作品を、工芸では、香取秀真、津田信夫などの金工作品や、宮之原謙、河村蜻山、地元作家の土肥刀泉などの陶芸作品を、書では浅見喜舟、石井雙石の篆刻作品など50点余りにおよぶ名作をお楽しみください。
関連事業など
千葉県立美術館担当学芸員によるギャラリートーク
①10月4日(日) 午後2時~ ②10月10日(土) 午後2時~
事前申込不要。当日、直接ギャラリーCDにお集まりください。各回先着15名までとさせていただきます。
※当日の午後1時からギャラリーCD入口にて受付開始します。事前の受付はいたしませんのでご注意ください。
成田市特集展示 篠崎輝夫コーナー
成田市ゆかりの画家、篠崎輝夫の作品11点をギャラリーEに展示します。
千葉県移動美術館 特設コーナー
展覧会期間中に、展示作品に関する書籍を紹介します。
会場:成田市立図書館(成田市赤坂1-1-3)TEL:0476-27-4646
千葉県立美術館さん所蔵の優品を、県内各地で出張展示する「移動美術館」。第44回ということで、かなり歴史を刻んでいますね。
同館では光太郎ブロンズ彫刻、代表作の「手」(大正7年=1918)をはじめ、8点の光太郎ブロンズ彫刻を所蔵しており、同館所蔵品の目玉の一つ的な位置づけです。そこでこのところ、移動美術館の際には光太郎彫刻がラインナップに入ることが多く、ありがたいかぎりです。ここ数年では第39回(勝浦市)、第40回(成田市)、第42回(茂原市)で光太郎彫刻が出ています。
今回は、「裸婦坐像」(大正6年=1917)。光太郎円熟期の逸品の一つです。ただし、鋳造は新しいもののようですが。
光太郎と交流の深かった詩人・真壁仁の回想から。
「裸婦」はよく夫人をモデルにした作と思われているが、実際は百合子という横浜のチャブ屋の女である。チャブ屋の生活を嫌ってその女が逃げ出してきたとき、先生は一時かくまってあげた。そのとき、モデルになるかと言ったら、なるというので、先生は彫刻にこさえ、夫人は油絵に描いた。そんな商売の女と思えないほどいいからだだったそうである。この彫刻は七つほどブロンズにしたということだから方々にのこっっている筈である。(昭和27年『高村光太郎選集』月報4 中央公論社)
「七つほどブロンズにした」ということから、光太郎自身、お気に入りの彫刻だったのではないかと思われます。それを裏付けるように、大正9年(1920)に刊行された『明星』歌人の渡辺湖畔の歌集『若き日の祈祷』に、口絵として、この像の素描を寄せています。
妙な言い方になりますが、裸婦でありながらまったく嫌らしさを感じない、ある意味、仏像のようにも見えます。
お近くの方、ぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
嘘をついても、結局わかるし、またひとつ嘘をいうと、次々と嘘が積まれていきます。世の中は嘘によって暗くなり、正直によって明るくなります。
花巻郊外太田村の山小屋に蟄居中、近くの山口小学校の卒業式・修業式に呼ばれて語った来賓挨拶の一節で、したがって、子供たちに贈った言葉です。
「嘘をついても、結局わかるし、またひとつ嘘をいうと、次々と嘘が積まれていきます。」その通りですね、前○○さん、それから「忖度」まみれの取り巻きの皆さん(笑)。
お近くの方、ぜひどうぞ。
【折々のことば・光太郎】
嘘をついても、結局わかるし、またひとつ嘘をいうと、次々と嘘が積まれていきます。世の中は嘘によって暗くなり、正直によって明るくなります。
談話筆記「高村光太郎先生説話 十一」より
昭和25年(1950) 光太郎68歳
花巻郊外太田村の山小屋に蟄居中、近くの山口小学校の卒業式・修業式に呼ばれて語った来賓挨拶の一節で、したがって、子供たちに贈った言葉です。
「嘘をついても、結局わかるし、またひとつ嘘をいうと、次々と嘘が積まれていきます。」その通りですね、前○○さん、それから「忖度」まみれの取り巻きの皆さん(笑)。