明星研究会 第13回<シンポジウム> 「明治の恋」~すべては『みだれ髪』から始まった!
期 日 : 2019年11月30日(土)会 場 : 日比谷コンベンションホール 東京都千代田区日比谷公園1-4
時 間 : 13時40分~16時40分
会 費 : 2,000円(資料代含む) 学生1,000円(学生証提示)
内 容
第1部 対談「鉄幹と晶子 ~陶酔から現実へ」 13:45 ~14:45
内藤明(歌人・早稲田大学教授) 松平盟子(歌人)
第2部 鼎談「恋はどう歌われたか ~一葉・晶子・登美子・白秋」 15:00 ~16:40
米川千嘉子(歌人) 古谷円(歌人) 渡英子(歌人)
1901年6月、堺の鳳志ようは奔騰する恋に促されて上京し、与謝野鉄幹のもとで歌集『みだれ髪』を編みます。刊行は8月。ここに歌人・与謝野晶子は誕生し、絢爛たる恋歌は多くの青年たちの心を震わせるとともに、明治浪漫主義を一気に押し上げます。
晶子の恋歌は表現においてそれ以前をどう一新し、青年たちに何を与えたのでしょう。20世紀初年に登場した『みだれ髪』は、恋を表す言葉としてどう時代に機能したのでしょう。晶子に先んじる樋口一葉、のちに晶子の夫となる詩歌の旗手・鉄幹、恋と歌のライバル山川登美子、人妻との恋愛により人生の激変した北原白秋……。彼らの作品を通して明らかにします。
来春は「明星」創刊120年。その前夜とも言うべきこの秋に晶子の恋を考えてみましょう。
光太郎の本格的な文学的活動の出発点となった、雑誌『明星』を中心とした、明星研究会さんの研究発表会です。
一昨年、昨年の様子はこちら。
都内レポートその1 第11回 明星研究会 <シンポジウム> 口語自由詩の衝撃と「明星」~晶子・杢太郎・白秋・朔太郎・光太郎。
都内レポート その4 「第12回明星研究会 シンポジウム与謝野晶子の天皇観~明治・大正・昭和を貫いたもの」。
11月10日(日)、「事前勉強会」なるものが開催されました。発表者の皆さん、研究会の事務局的な方々など十数名がお集まりになり、まあ、一種のリハーサル。当方も参加させていただきました。
それによると、今年の内容は直接的には光太郎には関わりませんが、「明治の恋」ということで、「恋愛」という語の成立、使用例などなど、後の光太郎智恵子にもつながるなと思いつつ、拝聴していました。
そういえば、『智恵子抄』所収の詩で「郊外の人に」(大正元年=1912)という詩があります。千葉銚子犬吠埼で愛を確かめ合った後、発表された詩です。
郊外の人に
わがこころはいま大風(おほかぜ)の如く君にむかへり
愛人よ
いまは青き魚(さかな)の肌にしみたる寒き夜もふけ渡りたり
されば安らかに郊外の家に眠れかし
をさな児のまことこそ君のすべてなれ
あまり清く透きとほりたれば
これを見るもの皆あしきこころをすてけり
また善きと悪しきとは被ふ所なくその前にあらはれたり
君こそは実(げ)にこよなき審判官(さばきのつかさ)なれ
汚れ果てたる我がかずかずの姿の中に
をさな児のまこともて
君はたふとき吾がわれをこそ見出でつれ
君の見いでつるものをわれは知らず
ただ我は君をこよなき審判官(さばきのつかさ)とすれば
君によりてこころよろこび
わがしらぬわれの
わがあたたかき肉のうちに籠れるを信ずるなり
冬なれば欅の葉も落ちつくしたり
音もなき夜なり
わがこころはいま大風の如く君に向へり
そは地の底より湧きいづる貴くやはらかき温泉(いでゆ)にして
君が清き肌のくまぐまを残りなくひたすなり
わがこころは君の動くがままに
はね をどり 飛びさわげども
つねに君をまもることを忘れず
愛人よ
こは比(たぐ)ひなき命の霊泉なり
されば君は安らかに眠れかし
悪人のごとき寒き冬の夜なれば
いまは安らかに郊外の家に眠れかし
をさな児の如く眠れかし
この詩で、光太郎は智恵子に「愛人」と呼び掛けています。現代では「愛人」というと、背徳の匂いしかしませんが(笑)、この場合、文字通り「愛する人」または「愛(いと)しい人」という意味で使っているわけですね。そもそもが「恋愛」という概念もまだ一般的ではなかったというのがよくわかります。
ちなみにこの詩、題名の「郊外」を、智恵子が福島二本松の出身だから、と勘違いしている方がいらっしゃるようですが、違います。当時、智恵子が住んでいたのが雑司ヶ谷。この頃の雑司ヶ谷は「都心」とは言えぬ「郊外」でした。
閑話休題。「明星研究会 第13回<シンポジウム>」、ぜひ足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
美術家に完成は恐ろしいと言ふ。此は完成が恐ろしいのでなくして、完成の堕し易い陥穽(おとしあな)が恐ろしいのである。殊に技巧の問題になつて自縄自縛の完成の幽閉が恐ろしいのである。
「ここだ!」と思って到達した地点に安住できないというのも、しんどい話ですね。しかし、がらりとスタイルを変えるというのも大変でしょうし、それがそれまでの自己の全否定を伴うとなると、なかなかそれも出来ないのでしょう。