昨日は信州に行っておりました。「昨日は」というより千葉の自宅兼事務所に帰り着いたのは今日の未明でしたが(笑)。
まずは往路、最初の目的地、信州安曇野の碌山美術館さんに向けて出発。「渋滞に巻き込まれないように早く出よう」と思ったのが裏目に出ました。高速道路としては東関東自動車道、首都高、中央道、長野道と乗り継いでいくのですが、朝、5時半に出発し、東関東自動車道に乗ったところ、すぐに「上り線成田JCT~千葉北IC、豪雨災害のため通行止め」の表示。雨は未明のうちに上がっていましたが、点検等のためだったようです。仕方なく成田で下りて、ほぼ並行する国道51号で西に向かいました。国道では既に水はほぼ引いていましたが、途中には大雨による冠水で動けなくなって乗り捨てられたと見られる車輌が10台近く。佐倉市では国道脇の低くなっている場所でまだ数十センチの冠水が認められました。
途中でカーナビが通行止め解除の報を察知し(どうも当方が成田で下りた直後くらいに解除されたようです)、佐倉から再び東関東自動車道に復帰したのですが、成田~佐倉間の国道51号が激混みで、それだけで1時間半ぐらいかかってしまいました。ようやく首都高に入ったのが7:30くらい。通常なら八王子あたりまで行けている時間です。さらに湾岸線をぬけ、大井トンネルから新宿で4号線に入ると、もう渋滞。調布で事故があったそうで。そこからが地獄でした。事故現場を過ぎても渋滞は全然解消せず、東京都を脱け、神奈川県を通過し、山梨県に入るまでに6時間以上かかってしまいました。もう少し遅く出て、成田で通行止めに遭わず、すんなり通れていればもっと全然早く行けたのではないかと思いました。こういうこともあるのですね。
そんなこんなで碌山美術館さんに到着。カーナビの女性が「目的地に到着しました。案内を終了します。ここまでの所要時間は8時間36分でした。運転お疲れさまでした」(笑)。10年以上前にも事故渋滞でそのくらいかかったことがありましたが、さすがに疲れました。
閑話休題(閑話が長くなってすみませんでした(笑))。
まずは往路、最初の目的地、信州安曇野の碌山美術館さんに向けて出発。「渋滞に巻き込まれないように早く出よう」と思ったのが裏目に出ました。高速道路としては東関東自動車道、首都高、中央道、長野道と乗り継いでいくのですが、朝、5時半に出発し、東関東自動車道に乗ったところ、すぐに「上り線成田JCT~千葉北IC、豪雨災害のため通行止め」の表示。雨は未明のうちに上がっていましたが、点検等のためだったようです。仕方なく成田で下りて、ほぼ並行する国道51号で西に向かいました。国道では既に水はほぼ引いていましたが、途中には大雨による冠水で動けなくなって乗り捨てられたと見られる車輌が10台近く。佐倉市では国道脇の低くなっている場所でまだ数十センチの冠水が認められました。
途中でカーナビが通行止め解除の報を察知し(どうも当方が成田で下りた直後くらいに解除されたようです)、佐倉から再び東関東自動車道に復帰したのですが、成田~佐倉間の国道51号が激混みで、それだけで1時間半ぐらいかかってしまいました。ようやく首都高に入ったのが7:30くらい。通常なら八王子あたりまで行けている時間です。さらに湾岸線をぬけ、大井トンネルから新宿で4号線に入ると、もう渋滞。調布で事故があったそうで。そこからが地獄でした。事故現場を過ぎても渋滞は全然解消せず、東京都を脱け、神奈川県を通過し、山梨県に入るまでに6時間以上かかってしまいました。もう少し遅く出て、成田で通行止めに遭わず、すんなり通れていればもっと全然早く行けたのではないかと思いました。こういうこともあるのですね。
そんなこんなで碌山美術館さんに到着。カーナビの女性が「目的地に到着しました。案内を終了します。ここまでの所要時間は8時間36分でした。運転お疲れさまでした」(笑)。10年以上前にも事故渋滞でそのくらいかかったことがありましたが、さすがに疲れました。
閑話休題(閑話が長くなってすみませんでした(笑))。
光太郎の名も壁に刻まれた、本館的な碌山館。光太郎の親友、碌山荻原守衛の作品群です。
特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」は、他の2棟。まず第一展示棟。
こちらでは通常時も光太郎ブロンズが入れ替えられながら5、6点は展示されていますが、今回は館蔵の10点全てが出ています。その代わり、戸張孤雁や中原悌二郎らの彫刻が舞台裏に引っこんでいます。「申し訳ない」という感じです(笑)。
杜江館。こちらでは髙村家からお借りした品々。
特別企画展「高村光太郎没後70年 高村智恵子生誕140年 高村光太郎・智恵子展」は、他の2棟。まず第一展示棟。
こちらでは通常時も光太郎ブロンズが入れ替えられながら5、6点は展示されていますが、今回は館蔵の10点全てが出ています。その代わり、戸張孤雁や中原悌二郎らの彫刻が舞台裏に引っこんでいます。「申し訳ない」という感じです(笑)。
杜江館。こちらでは髙村家からお借りした品々。
周りの壁面はほぼぐるっと智恵子紙絵、20数点。さまざまな書籍類の表紙や口絵などに使われている、いわば「有名な」作もあれば、中には初公開というのもあるそうで、確か見た記憶がないものもありました。
それから光太郎木彫「蝉」。今回のフライヤーにも使われています。
同じく木彫「沙魚(はぜ)」。ただしこちらは当会顧問であらせられた故・北川太一先生は光太郎真作とはお認めにならなかったものですが……。そしてその習作と思われるものも。これは存じませんでした。
さらに伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀作の特殊な共柄の彫刻刀。令和3年(2021)に東京藝術大学正木記念館さんで開催された「髙村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展で初公開されたものです。
同じく木彫「沙魚(はぜ)」。ただしこちらは当会顧問であらせられた故・北川太一先生は光太郎真作とはお認めにならなかったものですが……。そしてその習作と思われるものも。これは存じませんでした。
さらに伝説の道具鍛冶・千代鶴是秀作の特殊な共柄の彫刻刀。令和3年(2021)に東京藝術大学正木記念館さんで開催された「髙村光雲・光太郎・豊周の制作資料」展で初公開されたものです。
それ以外に詩稿。「智恵子抄」から「あどけない話」(昭和3年=1928)、「レモン哀歌」(昭和14年=1939)の2作。複製ではなく実物です。
眼福でした。皆様もぜひ足をお運び下さい。
観覧の前後、学芸員の武井氏、濱田氏といろいろお話しさせていただき、当方の関わっているイベント、コンサートのチラシをグズベリーハウスに置かせていただきました。その後、門を出て、向かいのそば屋さんの前の自販機で缶コーヒーを買って飲んでいると、駐車場から平沢館長。この日はお彼岸なので飯田の方にお墓参りに行かれるためお休み、と伺っていましたが、当方がお邪魔するというので戻られたそうで、恐縮してしまいました。
11月2日(月)(平日ですが、平沢館長曰く「平日の方が地元のお年寄りが来やすい」とのことで)には、特別展関連行事として渡辺えりさんがバンドネオン奏者の鈴木崇朗氏を引き連れ、朗読イベント。その際にまたお邪魔します。今度は大渋滞に巻き込まれないように……とはいっても不可抗力の部分もあるのですが……。
この後、上田市に向かいまして、演劇公演「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」拝見して参りました。明日はそちらの様子を。
収録作家
太田水穂 川田順 窪田空穂 斎藤茂吉 齋藤瀏 佐佐木信綱 逗子八郎 土屋文明
半田良平 松村英一 吉植庄亮 青木月斗 伊東月草 伊東松宇 飯田蛇笏 臼田亜浪
荻原井泉水 小野蕪子 大谷句仏 佐藤肋骨 高浜虚子 富安風生 中塚一碧楼
長谷川かな女 松根東洋城 水原秋桜子 室積徂春 山口誓子 山口青邨 渡邊水巴
安西冬衛 伊東静雄 井上康文 尾崎喜八 大木惇夫 小野十三郎 川路柳虹 蔵原伸二郎
西條八十 笹沢美明 佐藤一英 高村光太郎 竹中郁 野口米次郎 前田鉄之助 丸山薫
三好達治 室生犀星 与田準一
この項、刊行順にご紹介していますが、脱漏していました。番号は後で訂正します。しかも、現物が絶対あるはずなのに見当たりませんので画像が載せられません。すみません。書架のどこか変なところに紛れ込んでしまっているようです。
光太郎詩は「みなもとに帰するもの」が収められています。
眼福でした。皆様もぜひ足をお運び下さい。
観覧の前後、学芸員の武井氏、濱田氏といろいろお話しさせていただき、当方の関わっているイベント、コンサートのチラシをグズベリーハウスに置かせていただきました。その後、門を出て、向かいのそば屋さんの前の自販機で缶コーヒーを買って飲んでいると、駐車場から平沢館長。この日はお彼岸なので飯田の方にお墓参りに行かれるためお休み、と伺っていましたが、当方がお邪魔するというので戻られたそうで、恐縮してしまいました。
11月2日(月)(平日ですが、平沢館長曰く「平日の方が地元のお年寄りが来やすい」とのことで)には、特別展関連行事として渡辺えりさんがバンドネオン奏者の鈴木崇朗氏を引き連れ、朗読イベント。その際にまたお邪魔します。今度は大渋滞に巻き込まれないように……とはいっても不可抗力の部分もあるのですが……。
この後、上田市に向かいまして、演劇公演「『智恵子という名の檸檬』〜わたしの手からとつた一つの檸檬を〜」拝見して参りました。明日はそちらの様子を。
【高村光太郎書誌】
詩華集 66 『軍神につづけ 和歌三十首 俳句五十七句 詩十九篇』
昭和18年(1943)2月10日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化部編
収録作家
太田水穂 川田順 窪田空穂 斎藤茂吉 齋藤瀏 佐佐木信綱 逗子八郎 土屋文明
半田良平 松村英一 吉植庄亮 青木月斗 伊東月草 伊東松宇 飯田蛇笏 臼田亜浪
荻原井泉水 小野蕪子 大谷句仏 佐藤肋骨 高浜虚子 富安風生 中塚一碧楼
長谷川かな女 松根東洋城 水原秋桜子 室積徂春 山口誓子 山口青邨 渡邊水巴
安西冬衛 伊東静雄 井上康文 尾崎喜八 大木惇夫 小野十三郎 川路柳虹 蔵原伸二郎
西條八十 笹沢美明 佐藤一英 高村光太郎 竹中郁 野口米次郎 前田鉄之助 丸山薫
三好達治 室生犀星 与田準一
この項、刊行順にご紹介していますが、脱漏していました。番号は後で訂正します。しかも、現物が絶対あるはずなのに見当たりませんので画像が載せられません。すみません。書架のどこか変なところに紛れ込んでしまっているようです。
光太郎詩は「みなもとに帰するもの」が収められています。









