紹介すべき事項が山積しておりまして、今日明日明後日と、一気に色々片づけます。

今日は光太郎第二の故郷・岩手花巻と、生涯最後の大作「乙女の像」のたつ青森県十和田市がらみで。それだけでも長くなりますが、お付き合い下さい(笑)。

まずは花巻、毎月ご紹介しています道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント、ミレットキッチン花(フラワー)さんで調理・販売されるテイクアウト弁当「光太郎ランチ」。メニュー考案に当たられているやつかの森LLCさんから画像を頂いています。
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10月光太郎ランチ
10月日記
季節感あふれるメニューは「南瓜コロッケ」「鮭の塩焼き」「豚肉ときのこのソテー」「卵焼き」「栗ご飯」「おはぎ」」「漬物」「秋のくだもの」、基本的に光太郎が自炊した料理や使った食材が参考にされています。

「栗ご飯」が主食ですが、そろそろ光太郎が暮らした郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)の周りも栗がたわわに実り始めているでしょうか。今日明日の台風の影響が心配ですが。

同じく花巻で、市の広報誌『広報はなまき』9月15日(火)号から3件。

まず、「花巻市活力あるまちづくり表彰」。まちづくりに貢献した個人、団体のべ21組が表彰されました。
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「教育文化部門」で「高村光太郎山口会」さんが表彰を受けています。元は「高村記念会太田支部」とい名称で、毎年5月15日(光太郎が花巻疎開のため東京を発った日)に、高村山荘敷地内で行われていた「高村祭」の運営などに尽力されていました。かつての中心メンバーで、生前の光太郎をご存じだった故・浅沼隆氏、故・高橋征一氏も泉下で喜ばれていることでしょう。

また、「地域振興部門」では、「太田地区振興会」さんの元会長・平賀仁氏。同会は、光太郎忌日の4月2日の連翹忌に合わせ、高村山荘敷地内の「雪白く積めり」詩碑での「詩碑前祭」を毎年行って下さっていますし、やつかの森さんと共に「高村光太郎生誕140周年記念事業 対談講演会 なぜ光太郎は花巻に来たのか」、「五感で楽しむ光太郎ライフ」などを主催して下さったりもしました。

同じく『広報はなまき』9月15日(火)号最終ページ。
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006『広報はなまき』では毎月15日号に「花巻歴史探訪[郷土ゆかりの文化財編]」という連載が為されており、市の施設などが所蔵している逸品の数々が紹介されています。光太郎に関しても時折取り上げられ、今号も。

「レモン哀歌」(昭和14年=1939)の詩稿、髙村家から寄贈ということで、一瞬「えっ、本物か」と思ったのですが、複製でした。

もう1件、『広報はなまき』で、その名は書かれていませんが光太郎がらみ。

花巻市と十和田市が「友好都市」協定を結んでいるとのことで、毎年のように行われていますが、市民対象のバスツアーです。「乙女の像」も行程に入っています。

盛岡藩士で花巻出身だった新渡戸傳(つとう)が、江戸後期の文政年間に現在の十和田市中心部・三本木地区の灌漑工事を始め、明治期には息子の十次郎、孫の七郎(新渡戸稲造の兄)がそれを引き継いだという縁です。

そういえば、上記の太田地区振興会さんで同じように十和田湖へのバスツアーをされたこともありました。当方も十和田に行っており、湖畔の観光交流センター「ぷらっと」さんを会場に、皆さんに光太郎と十和田について一席ぶたせていただきました。

逆に十和田から花巻へのバスツアーもあり、高村山荘/高村光太郎記念館さんなどが行程に入る場合もあります。双方向で永続的に続けていただきたいものです。

その十和田湖関連で、地方紙『デーリー東北』さん、一般の方の投稿のようです。

 【こだま】十和田湖遊覧船の思い出

 「十和田湖に放置の遊覧船撤去」との全国紙の記事が目に留まり、興味深く読んだ。十和田湖の桟橋に不法係留されたまま10年以上放置されている遊覧船4隻について、行政代執行法に基づいた強制撤去が始まったことを知った。
 「なぜ今まで放置されていたのだろう」と思いながら、帰省して十和田湖を散策した時のことを思い出した。横倒しになっている遊覧船や、崩壊寸前のホテルを見るたびに十和田湖の景観を損なっていると感じた。子どもの頃のにぎわいを知っているだけに、残念に思っていた。
 奥入瀬渓流と十和田湖の風光明媚(めいび)な美しさは、四季を通じて楽しめる。春は目にまぶしい新緑、夏でも木々の中は涼しく、秋は紅葉と渓流、冬は雪をかぶった乙女の像が美しい。
 遊覧船で思い出したことがある。2年前、京都と群馬の友達を十和田湖に案内した。奥入瀬渓流の散策を楽しんだ後、湖畔の乙女の像の前で写真を撮り、十和田神社に参拝。ヒメマス定食を味わい、遊覧船に乗ろうとしたところ、強風で「本日の運航は中止になりました」の立て看板が。友達に遊覧船からの景色を見てもらいたかった私は、とても悲しかった。スタッフの方は「せっかく遠くから来たのに」と申し訳なさそうに、十和田湖や奥入瀬渓流の絵はがきをたくさんくれた。「リベンジでまた絶対来るね」と十和田湖を後にした。 (埼玉県草加市 72)

「十和田湖に放置の遊覧船撤去」との全国紙の記事は、『朝日新聞』さんで先月末に。

十和田湖に長年放置の遊覧船、ついに撤去へ 行政代執行、費用7億円

 十和田湖(青森県十和田市)に10年超放置されている遊覧船が4隻ある。船体はさびや塗装のはがれが目立ち、うち1隻は横転している。所有者側が再三にわたる「行政指導」や「撤去命令」などに応じず、青森県は行政代執行による撤去を26日に始めた。2027年度末までに終える予定で、費用は7億円強かかる見込みという。
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 26日午後1時半ごろ、遊覧船が放置されている十和田湖の宇樽部(うたるべ)地区で、県上北県土整備事務所の沢里秀典所長が代執行の開始を宣言した。
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 県職員らは「事故に十分注意して」「所有者が来たら県庁に連絡を」といった指示を受けた後、桟橋への立ち入りを禁じるフェンスを撤去するなどの作業にあたった。今後は仮設の桟橋をつくり、周辺の水を抜いた上で船を解体する。
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 県港湾空港課によると、4隻は十和田湖遊覧船企業組合(16年解散、清算中)の所有。放置は、県が管理する桟橋の使用料滞納をきっかけに14年11月に始まり、15年11月から今と同じ4隻が放置されている。25年にはうち1隻が雪や風の影響で横転した。
 県はこれまで組合側に対し、計26回の「行政指導」のほか、「撤去勧告」「撤去命令」「戒告」を行ってきた。だが組合側から「撤去に向けた具体的な回答は得られなかった」といい、行政代執行による撤去に踏み切った。
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廃船の放置については昨年のこのブログでもご紹介しました。やっと強制代執行か、という感じですが、撤去費用が7億円……。逃げ得にならないようにしていただきたいものですね。何とかトークンだの、中傷動画だの、経歴詐称だの、とにかく「逃げた者勝ち」という嘆かわしい世の中ではありますが……。

明日は智恵子の故郷・福島系の報道等、やはりごっそりご紹介します。

【高村光太郎書誌】

詩華集 63 『青少年詩集 内原の朝 他十二篇』

昭和18年(1943)11月30日 翼賛図書刊行会 大政翼賛会文化厚生部編

収録作家
 高村光太郎 尾崎喜八 平田内蔵吉 百田宗治 室生犀星 近藤東 三ツ村繁蔵 岩本修蔵
 丸山薫 西村皎三 千家元麿 大木惇夫 北原白秋

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光太郎作品は散文で「謹解」、詩の「牛」。

扉の文句が実に痛々しいものです。

この本を、お読みになつたら隣組や、お友だちに回覧して下さい。これからは雑誌でも、本でも、一冊を十人も百人もの人で読めるやうに、お互ひに工夫してゆきませう。

敵国アメリカでは、前年にディズニー社がオールカラーのアニメーション映画「バンビ」を制作、公開していました。かたや粗悪な作りの冊子を回し読みしろ……どう考えても勝てる戦争であるわけがありません。