昨日も上京しておりました。文京区立森鷗外記念館特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」の関連講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」拝聴のためです。

展示自体は4月のうちに拝見。もう1度見ようかとも思ったのですが、昨日は家庭の事情でギリギリまで自宅兼事務所に居なければならなくなり、到着予定がほぼ開場の時間。それでも5分、10分の余裕がありましたので、会場近くの菊見せんべい総本店さんに寄り道。
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看板商品の一つ、正方形のせんべいをゲット。

明治8年(1875)創業だそうで、同16年(1883)生まれの光太郎が本郷区駒込林町155番地の実家と上野の東京美術学校とを往復していた通学路にあり、光太郎のエッセイ「私の青銅時代」(昭和29年=1954)にも登場します。
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やはり近くに住んでいた鷗外にも親しまれた、ということですが、鷗外関連の文献等でこちらに触れられたものがあるのかどうか、寡聞にして存じません。ご存じの方、ご教示いただければ幸いです。

さて、鷗外記念館さんに到着。
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明治25年(1892)から大正11年(1922)まで鷗外が住んだ「観潮楼」跡地にあり、ここで催された歌会に光太郎も参加(逃げ回っていて数える程しか顔を出しませんでしたが)した他、「軍服着せれば鷗外だ事件」(大正6年=1917)の際には光太郎は鷗外に呼び出されてネチネチと説教されました(笑)。

光太郎の方では鷗外を敬して遠ざける部分があり、鷗外の方では「しょうもないやつだ」と苦笑しながらも光太郎を認めていたようです。

東海大学さんの大木志門教授によるご講演「文京から花開いた文学散歩―野田宇太郎と観潮楼を起点に」は、開催中の企画展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」が文京区内の文学散歩的な部分を前面に押し出していますので、「文学散歩」がキーワード。

文豪等の故地や先品の舞台などを巡る文学散歩は、既に戦前からそうした動きはあったものの、本格的になるのは戦後のことです。キーマンは野田宇太郎。光太郎とも交流のあった福岡出身の詩人・編集者です。野田は昭和26年(1951)から『日本読書新聞』に「新東京文学散歩」の連載を始め、早くも同年に単行本化されベストセラーに。さらに昭和36年(1961)からは雑誌『文学散歩』(雪華社)も主宰しました。
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野田の文学散歩への傾倒は、観潮楼がその起点である、というお話。観潮楼は昭和20年(1945)1月29日の空襲で灰燼に帰しましたが、翌年に野田自身が観潮楼跡地で武石弘三郎作の鷗外胸像(現在は森鷗外記念館蔵)が地元でも忘れ去られかけているのを目の当たりにし、「このままに放置すれば文豪鷗外の名はおろか文学さへ焼失するのではあるまいか」と危機感を抱いたことに始まるそうです。

ご講演レジュメの項目名のみ列挙します。
 ・「文学散歩」への再注目
 ・野田宇太郎(1909~1984)
 ・「文学散歩」ブームを作る
 ・「観潮楼」にはじまる
 ・観潮楼から広がる失われゆく「文学」への思い
 ・千駄木の高村光太郎アトリエ
 ・高村光太郎作品の中の千駄木
 ・『新東京文学散歩』の中の文京
 ・野田宇太郎の文京・文学散歩コース
 ・森川町の徳田秋聲宅の保存運動
 ・文学館運動への発展
 ・文学散歩の更新者・前田愛(1931-1987)
 ・鷗外『雁』の「無縁坂」
 ・土地の記憶を辿る「文学」
 ・徳田秋聲『縮図』(1941年)における白山の描写
 ・まとめ:「よりよく都市を生きる」知恵としての「文学散歩」

大木教授、徳田秋聲がご専門ですので、そちらのお話も。それから野田の文学散歩系についても近年、論考や再評価が為されているという点、野田の衣鉢を継ぐ前田愛の業績の紹介など。

近くに住んでいた光太郎についても触れて下さいました。ありがたし。「高村光太郎作品の中の千駄木」の項では、詩「丸善工場の女工達」(大正9年=1920)、同じく「荒涼たる帰宅」(昭和16年=1946)、エッセイ「十二月八日の記」(昭和17年=1942)が取り上げられました。

その他、文京区内の東京都指定文化財や同じく指定旧跡系のお話も。徳田の旧宅も野田らの奔走、さらに文壇あげて声を出した結果保存され、「指定文化財」として残っているそうです。また、鷗外記念館さん自体も観潮楼跡地と言うことで、元の建造物が現存しない跡地であるにもかかわらず「指定旧跡」に選ばれています(これにも野田の関与)。他に近代文学系では「幸田露伴宅跡」「石川啄木終焉の地」なども。文京区さん、さすがに「文(ふみ)の京(みやこ)」と称するだけあって、そのあたりはしっかりしています。

光太郎終焉の地・中野の中西利雄アトリエ(ちなみに上記の雑誌『文学散歩』表紙絵は中西利雄の手になるものです)は保存運動の甲斐なく現地保存を断念、移築の方向で解体した部材を保管しているところですが、はっきり言って中野区はそうした部分への理解が全く欠けていると言わざるを得ません。まぁ、中野駅前の中野サンプラザに関する迷走ぶりで全国に醜態をさらしているところからもよくわかりますが。

やはり家庭の事情で終了5分程前に申し訳ありませんが退出させていただきました。田舎に住んでいますと、その5分の差で帰り着くのが1時間ずれます。

さて、特別展「近代文学でよむ文(ふみ)の京(みやこ)の坂と名所」、6月28日(日)までの開催です。まだ足を運ばれていない方、ぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 34 『高村光太郎選集 3 一九二三-一九三三年 大正一二-昭和八年』増訂版

昭和56年(1981)11月20日 春秋社 吉本隆明・北川太一編
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目次
 評論 美の立場から(震災直後)
     一 「事実」の力 二 美の標準に拠る 三 最初の覚悟     四 夢――極東の田園都市
     五 出来ない相談 六 出来る相談
 随筆 母性のふところ 若い人へ
 随筆 短歌 工房よりⅡ(抄) 工房よりⅢ(抄) 工房よりⅣ(抄)
 随筆 顔
 翻訳 エブラハム リンカンの死(ウオルト ホヰツトマン)
    風を称ふ(エミイル ヹルハアラン) ミケランジユ(エミイル ヹルハアラン)
    私の部屋(エミイル ヹルハアラン) 一九一五年の春(エミイル ヹルハアラン)
    病院(エミイル ヹルハアラン) 葬式(エミイル ヹルハアラン)
 詩  清廉 月曜日のスケルツオ 白熊 氷上技戯 傷をなめる獅子 狂奔する牛 
    十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 滑稽詩 夜の二人 聖ジヤンヌ 
    ミシエル オオクレエルを読む 雷獣 深夜 火星が出てゐる 偉大なるもの
    あなたはだんだんきれいになる 無題 懐ふ 二つの世界 怒 
    二つに裂かれたベエトオフエン 花下仙人に遇ふ エピグラム
    超現実派
     煩瑣派 卑近美派 新感覚派
    詩人 美を見る者 「詩」 母をおもふ その年私の十六が来た 北東の風、雨 昔話
    殺風景 偶作十五 或る墓碑銘 冬の言葉 ぼろぼろな駝鳥 
 短歌 千駄木町小学校附近 工房雑詠
 随筆 彫刻的なるもの 成瀬前日本女子大学校長の胸像を作りながら
    ロマン ロラン六十回の誕辰に アンケート 世界平和の日 私の好きな世界の人物
 訳詩 Ara Pacis(平和の祭壇)
 評論 楽聖をおもふ――ベートオヴエン百年忌を迎へて
 アンケート 新時代の女性に望む資格のいろいろ
 随筆 ルイ十六世所刑の図 人の首 雑記帳より パンの会の頃
 評伝 オオギユスト ロダン
  序にかへて 一、一個の全球 二、親ゆづり 三、善い姉さんと腹の出た家と
  四、始まり 五、実地修行 六、修道院 七、下働きと仕立女工 八、総決算と新時代
  九、苦境と愉楽と 十、振出しへ返る事 十一、自己の道
  十二、「歩む人」と「地獄の門」と 十三、胸像群
  十四、記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義 十五、一九〇〇年以後
  十六、晩年、死、死 十七、「小さい花子」
 アンケート 余はかく詩を観ず 詩界に就て
 評伝 ホヰツトマンの事
  一、自然現象 二、先祖調べ 三、和蘭のしわざとクエイカア宗 四、母
  五、父、或る臆測
 随筆 近状 百三十五番地
 書簡 更級源蔵・真壁仁への書簡
 詩  当然事 なにがし九段 あどけない話 さういふ友 偶作二篇 無限軌道
    夏書十題(抄) (一生かかつて) 死ねば 無いからいい 一人づつが 同棲同類
    何をまだ指さしてゐるのだ 或る日(昭和三年九月二十八日) 焼けない心臓
    触知 存在 旅にやんで 街上比興 その詩 首の座 人生 或る筆記通話
    秋が来たんだ 激動するもの 或る親しき友の親しき言葉に答ふ 孤独が何で珍しい
    のんきな会話 刃物を研ぐ人 籠球スナツプ シヨツト “Die Welt ist scoen”
    のつぽの奴は黙つてゐる 耳で時報をきく夜 冷熱 南極 機械、否、然り 友よ
    一艘の船が二艘になること 似顔 不許士商入山門 美の監禁に手渡す者
    卓上の七月 検温 ゆつくり急がう レオン ドウベル 非ヨオロツパ的なる
    もう一つの自転するもの
 アンケート 断想――既成文壇の崩壊期に処す
 随筆 小父さんが溺れかけた話
 評論 触覚の世界 生きた言葉
 随筆 岸田劉生の死
 評論 詩そのもの 詩について 正と譎と
    七つの芸術
     一、絵画について 二、彫刻について 三、建築について 四、音楽について
     五、映画について 六、書について 七、詩について
    日本語の新らしい美を
 評伝 ヹルハアラン
 追補
  随筆 遙にも遠い冬 天 ヘルプの生活 岸田兄の死を悼む
 解題1 成熟について 吉本隆明
 解題2 第三巻収録作品について 北川太一

 月報 智恵子遺珠3
 哀憐な美しさを見ます 芝居好きの婦人と読書好きの婦人と ロダンを見遁がした恨み
 書簡Ⅵ 長沼啓助・禎子宛 病感雑記

初版は昭和42年(1967)。編年体でさまざまなジャンルの作品を一冊に収めた全6巻の第3回配本です。