昨日は千葉市に行っておりました。千葉市文化センターさんで開催された「潮見佳世乃歌物語コンサート 羽衣伝説・智恵子抄」拝聴のためです。
何というわけでもないのですが、自家用車ではなく電車で行ってみました。同じ千葉県内でも千葉駅までは1時間ちょっとかかります。
自宅兼事務所最寄りのJR成田線佐原駅にて。
こういうのが田舎のいいところです(笑)。
千葉駅から徒歩10数分、千葉市文化センターさん。
14:30開演でした。
「歌物語」は、ジャズ系シンガーでもあらせられる潮見佳世乃さんが、お父さまの故・高岡良樹氏から引き継がれたいわば登録商標のようなもので、「文学、演劇、音楽を融合させたこれまでにない芸能ジャンル」「琵琶法師や浄瑠璃など、物語を語る先人たちの伝統を引き継ぎながら、創作した物語に演劇的要素と音楽を取り入れ、奏でる音楽は、ジャズ、フォーク、ポップスなどを独自にアレンジしたもの」とのこと。
お父さまの代からのコアなファンの方々がいらっしゃるようで、チケットはSOLD OUT、100席ちょっとのキャパはほぼ満席でした。
第一部は「羽衣伝説」。日本全国に、というか世界中に類似の神話や伝説があるものですが、千葉市にも羽衣伝説があり、千葉市内には「羽衣公園」も設置されています。他の地域のそれと大きく異なるのは、実在の武将が主人公という点。千葉氏の祖・平常将(つねまさ)が、類型通りに羽衣を隠した天女と結ばれ、子を成し、しかし天女は天に還っていくというストーリーです。一部地域の羽衣伝説同様、星にかかわる部分を持ち、千葉市の妙見本宮千葉神社さんとの関連があります。当方、民俗学などにも興味関心が高いので、興味深いところです。
その伝説を基にした「歌物語」ということで、全体にはもの悲しいメロディーで統一。潮見さんの歌と語り、伴奏でピアノがTATOOさん、尺八の大河内淳矢さん、そして市川慎さんは通常の箏と十七絃箏の二張を行き来しつつ。和と洋のリミックスと申しましょうか、それが違和感なく展開されていました。天に還っていく天女。ある意味、智恵子も想起されるなぁ、と思いつつ拝聴しました。
休憩を挟んで第二部。「智恵子抄」に入る前に、「智恵子抄」以外の光太郎詩篇を朗読するというのが潮見さんのルーティンでして、昨日は「生けるもの」(明治43年=1910)と「道程」(大正3年=1914)でした。
そして「智恵子抄」。こちらの拝聴は今回で5度目となりましたが、何度聴いてもいいものです。とにかく高岡良樹氏の作曲になるメロディーラインがダイナミックかつ美しいだけでなく「歌物語」の名に相応しくドラマチックです。
40分程の中にしっかりと「起承転結」が込められています。「起」が「樹下の二人」(大正12年=1923)。「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」で始まる、まだ平穏な幸福に満ちていた光太郎智恵子が智恵子の故郷・福島二本松を訪れての場面。
ちなみに潮見さん、5月20日(水)の智恵子誕生日に二本松の智恵子生家/智恵子記念館さんに行かれたそうです。当方の二本松逍遥とは3日違いでした(笑)。下は潮見さんフェイスブック投稿から。
「樹下の二人」に謳われている大正9年(1920)の光太郎智恵子揃っての二本松行は、智恵子の父・長沼今朝吉の三回忌法要のためでした。智恵子実家の長沼酒造は智恵子弟の啓助が継ぎましたが、この頃から業績は傾き始め、「あどけない話」で「東京に空が無い」と智恵子が呟いた昭和3年(1928)にはもはやどうしようもない状況、翌年には完全に破産します。そういう意味でも「樹下の二人」が「起」、「あどけない話」が「承」と言えるでしょう。
「転」に当たるのが「千鳥と遊ぶ智恵子」/「風にのる智恵子」(昭和12年=1937/昭和10年=1935)。よく似た2篇を一つの楽曲に。心を病んで千葉九十九里浜で療養していた昭和9年(1934)の智恵子の姿で、切迫感を煽るが如く不安な旋律。しかし、限りなく美しいメロディーです。高岡氏はかつて九十九里で「歌物語 智恵子抄」公演をなさったそうですが、地元の方々にはどのように聞こえたか、興味深いところです。
夢幻界を彷徨(さまよ)う智恵子の姿を謳う「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)と続きます。「山麓の二人」のみ、時系列とは異なる配置(九十九里に智恵子が移る前年の昭和8年=1933の裏磐梯が舞台)になっていますが、それはそれで良いと思われます。
そして「結」。「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「亡き人に」(同)。「起」の「樹下の二人」で奏でられたメロディーが再び用いられ、いわば変奏曲の形を取って終わりますが、この辺りが「羽衣伝説」の天に還っていく天女を想起させ、残される千葉常将と光太郎の姿がオーバーラップしました。
アンコールとして潮見さんオリジナル曲「海」。
終演後。
少しお話しさせていただき、帰途に就きました。
関係の方々のますますのご活躍、そして「歌物語 智恵子」次の機会のあることを祈念いたします。
当会顧問であらせられた故・北川太一先生の編集・解説。一篇ごとに語注と解説が付され、各章冒頭にも解説。ちょっと調べたいという時には現在でも最も役に立つものの一つです。
残念ながら旺文社さんは文庫事業から撤退し、基本的には古書市場でしか入手出来ませんが、お勧めです。手持ちのものは図書館廃棄本で昭和53年(1978)の第32刷です。
文庫判ですがハードカバーの愛蔵版も存在したようです。
何というわけでもないのですが、自家用車ではなく電車で行ってみました。同じ千葉県内でも千葉駅までは1時間ちょっとかかります。
自宅兼事務所最寄りのJR成田線佐原駅にて。
こういうのが田舎のいいところです(笑)。
千葉駅から徒歩10数分、千葉市文化センターさん。
14:30開演でした。

お父さまの代からのコアなファンの方々がいらっしゃるようで、チケットはSOLD OUT、100席ちょっとのキャパはほぼ満席でした。
第一部は「羽衣伝説」。日本全国に、というか世界中に類似の神話や伝説があるものですが、千葉市にも羽衣伝説があり、千葉市内には「羽衣公園」も設置されています。他の地域のそれと大きく異なるのは、実在の武将が主人公という点。千葉氏の祖・平常将(つねまさ)が、類型通りに羽衣を隠した天女と結ばれ、子を成し、しかし天女は天に還っていくというストーリーです。一部地域の羽衣伝説同様、星にかかわる部分を持ち、千葉市の妙見本宮千葉神社さんとの関連があります。当方、民俗学などにも興味関心が高いので、興味深いところです。
その伝説を基にした「歌物語」ということで、全体にはもの悲しいメロディーで統一。潮見さんの歌と語り、伴奏でピアノがTATOOさん、尺八の大河内淳矢さん、そして市川慎さんは通常の箏と十七絃箏の二張を行き来しつつ。和と洋のリミックスと申しましょうか、それが違和感なく展開されていました。天に還っていく天女。ある意味、智恵子も想起されるなぁ、と思いつつ拝聴しました。
休憩を挟んで第二部。「智恵子抄」に入る前に、「智恵子抄」以外の光太郎詩篇を朗読するというのが潮見さんのルーティンでして、昨日は「生けるもの」(明治43年=1910)と「道程」(大正3年=1914)でした。
そして「智恵子抄」。こちらの拝聴は今回で5度目となりましたが、何度聴いてもいいものです。とにかく高岡良樹氏の作曲になるメロディーラインがダイナミックかつ美しいだけでなく「歌物語」の名に相応しくドラマチックです。
40分程の中にしっかりと「起承転結」が込められています。「起」が「樹下の二人」(大正12年=1923)。「あれが阿多多羅山/あの光るのが阿武隈川」で始まる、まだ平穏な幸福に満ちていた光太郎智恵子が智恵子の故郷・福島二本松を訪れての場面。
ちなみに潮見さん、5月20日(水)の智恵子誕生日に二本松の智恵子生家/智恵子記念館さんに行かれたそうです。当方の二本松逍遥とは3日違いでした(笑)。下は潮見さんフェイスブック投稿から。
「樹下の二人」に謳われている大正9年(1920)の光太郎智恵子揃っての二本松行は、智恵子の父・長沼今朝吉の三回忌法要のためでした。智恵子実家の長沼酒造は智恵子弟の啓助が継ぎましたが、この頃から業績は傾き始め、「あどけない話」で「東京に空が無い」と智恵子が呟いた昭和3年(1928)にはもはやどうしようもない状況、翌年には完全に破産します。そういう意味でも「樹下の二人」が「起」、「あどけない話」が「承」と言えるでしょう。
「転」に当たるのが「千鳥と遊ぶ智恵子」/「風にのる智恵子」(昭和12年=1937/昭和10年=1935)。よく似た2篇を一つの楽曲に。心を病んで千葉九十九里浜で療養していた昭和9年(1934)の智恵子の姿で、切迫感を煽るが如く不安な旋律。しかし、限りなく美しいメロディーです。高岡氏はかつて九十九里で「歌物語 智恵子抄」公演をなさったそうですが、地元の方々にはどのように聞こえたか、興味深いところです。
夢幻界を彷徨(さまよ)う智恵子の姿を謳う「値ひがたき智恵子」(昭和12年=1937)、「山麓の二人」(昭和13年=1938)と続きます。「山麓の二人」のみ、時系列とは異なる配置(九十九里に智恵子が移る前年の昭和8年=1933の裏磐梯が舞台)になっていますが、それはそれで良いと思われます。
そして「結」。「レモン哀歌」(昭和14年=1939)、「亡き人に」(同)。「起」の「樹下の二人」で奏でられたメロディーが再び用いられ、いわば変奏曲の形を取って終わりますが、この辺りが「羽衣伝説」の天に還っていく天女を想起させ、残される千葉常将と光太郎の姿がオーバーラップしました。
アンコールとして潮見さんオリジナル曲「海」。
終演後。
少しお話しさせていただき、帰途に就きました。
関係の方々のますますのご活躍、そして「歌物語 智恵子」次の機会のあることを祈念いたします。
【高村光太郎書誌】
選集等(単独) 23 『高村光太郎詩集』旺文社文庫
昭和44年(1969)3月1日 旺文社 高村光太郎著 北川太一編
目次 『道程』
失はれたるモナ・リザ 根付の国 声 廃頽者より 父の顔 泥七宝(抄) 友の妻
人に 涙 おそれ さびしきみち 或る宵 郊外の人に 人類の泉 よろこびを告ぐ
冬が来た 牛 道程 秋の祈 雨にうたるるカテドラル 米久の晩餐 クリスマスの夜
鉄を愛す とげとげなエピグラム(抄)
『猛獣篇』とその時代
清廉 白熊 傷をなめる獅子 鯰 象の銀行 苛察 ぼろぼろな駝鳥 象 森のゴリラ
氷上戯技 車中のロダン 火星が出てゐる 冬の奴 花下仙人に遇ふ 母をおもふ
冬の言葉 当然事 さういふ友 上州湯桧曽風景 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人
冬の言葉 当然事 さういふ友 上州湯桧曽風景 孤独が何で珍らしい 刃物を研ぐ人
耳で時報をきく夜 レオン ドウベル もう一つの自転するもの ばけもの屋敷 荻原守衛
堅冰いたる 手紙に添へて 孤坐 つゆの夜ふけに お化け屋敷の夜
銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 蝉を彫る 独居自炊 美しき落葉
銅像ミキイヰツツに寄す へんな貧 蝉を彫る 独居自炊 美しき落葉
『智恵子抄』
樹下の二人 あなたはだんだんきれいになる あどけない話 同棲同類
美の監禁に手渡す者 人生遠視 山麓の二人 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
美の監禁に手渡す者 人生遠視 山麓の二人 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子
値ひがたき智恵子 レモン哀歌 荒涼たる帰宅 梅酒 松庵寺 元素智恵子
メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
『典型』
雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 人体飢餓 月にぬれた手 山荒れる 典型
クチバミ 大地うるはし 十和田湖畔の裸像に与ふ 弦楽四重奏 生命の大河
高村光太郎の生涯――「暗愚小伝」をたどつて―― 北川太一
「ぼろぼろな駝鳥」について 尾崎喜八
読書案内――より深く知るために――
年譜
あとがき 北川太一
当会顧問であらせられた故・北川太一先生の編集・解説。一篇ごとに語注と解説が付され、各章冒頭にも解説。ちょっと調べたいという時には現在でも最も役に立つものの一つです。
残念ながら旺文社さんは文庫事業から撤退し、基本的には古書市場でしか入手出来ませんが、お勧めです。手持ちのものは図書館廃棄本で昭和53年(1978)の第32刷です。
文庫判ですがハードカバーの愛蔵版も存在したようです。










