5月17日(日)、智恵子ソウルマウンテンの安達太良山で、第72回山開きに参加したのち、奥岳登山口から愛車で下山しました。

中腹にある岳温泉さんの日帰り入浴・岳の湯さんに立ち寄り、汗を流しました。登山口にも奥岳の湯さんという入浴施設がありますが、そちらは激混みのようでしたので。
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山頂付近の源泉から引かれてくる湯は、ここの湯口の温度で49°とかなり熱めです。入浴後、マッサージチェアで横たわり、仮眠。完全には疲れや筋肉痛が取れませんが、ある程度シャキッとはできました。

続いて温泉街から少し離れたチーズケーキ工房&カフェ風花さんへ。
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3月にもお邪魔しましたが、その際同様、2月に発売された新商品「ほんとの空サイダー」をゲット。下界に降りれば道の駅安達智恵子の里さん、東北自動車道の安達太良SAでも販売しているという情報を得ていましたが、日程的にその2箇所に行けるかどうか、それから売り切れているかもしれないという懸念がありましたので、確実に手に入るところで。

元々の予定では、間に合えば午後3時から二本松駅前の市民交流センターで、シャンソン系歌手のモンデンモモさんによるコンサート「モモの智恵子抄」拝聴、翌日に旧安達町の智恵子生家/智恵子記念館さん拝観というつもりでいました。このままで行けばコンサート開演に間に合いますし、その前に生家/記念館さんも廻れると思い、翌日は帰るだけとして、生家/記念館さんへ。
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智恵子生誕祭期間中の日曜ということで、通常は立ち入り禁止にしている生家二階部分(智恵子の居室、光太郎が宿泊した部屋を含みます)の公開が行われていました。
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白い折り鶴は、1年前の生誕祭で来場の人々が折った折り鶴です。当方も1羽折りました。昨秋のレモン祭で初めて展示されましたが、捨てるに捨てられないという感じなのでしょうか。

奥には智恵子手製と伝わる小物入れ。通常時は裏手の記念館で展示されているものですが、こちらに移されています。
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一階の座敷は、地元の上川崎和紙を使っての紙絵制作ワークショップ会場となっていました。
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担当の方が、出来上がっているポストカードを一枚、無料で下さいました。智恵子紙絵がモチーフです。ありがたし。
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縁側では、やはり上川崎和紙の小物、地元の銘菓などを販売中。
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ほんとの空サイダーも売られていました。「やられた」という感じでした(笑)。

こちらでは菓子処まつもとさんの「ねこどらレモン」、星野屋菓子店さんの「智恵子のふるさと音頭」、道の駅安達智恵子の里さんのドリップコーヒー(智恵子パッケージ)をゲット。
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その後、敷地内の智恵子記念館さんへ。

ロビーでは生家二階に展示してあった小物入れ関連。
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残念ながら、紙絵の実物展示の期間は終了していました。

3時近くになりましたので、コンサート会場へ。

この日、旧安達町の智恵子史跡等をめぐる「智恵子を偲ぶ鎮魂の集い」をなさっていた「智恵子のまち夢くらぶ~高村智恵子顕彰会~」の皆さん、智恵子も所属していた太平洋画会の後身・太平洋美術会の坂本富江さん、それから二本松市長・三保恵一氏などのお姿も。下画像は三保市長とモモさんです。
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コンサートは2部構成。第一部が光太郎詩にモモさんがオリジナルの曲を付けて歌う「智恵子飛ぶ」。第二部はシャンソンのスタンダードナンバーを中心とした「高村光太郎とパリ」。
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色々とっ散らかっているのは演出上の関係です。休憩を挟みつつも3時間近い長丁場でした。

モモさん、来年以降は二本松を拠点に市民ミュージカル「智恵子抄」をやるという構想だそうです。光太郎智恵子の世界を地元で広めるには良い機会でしょう。

そんなこんなで福島行2日目が終わり、宿に戻ってコンビニ弁当の夕食を摂って就寝。翌朝、千葉に帰りました。以上、二本松レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 16 『高村光太郎詩集』銀河選書

昭和39年(1964)4月20日 大和書房 高村光太郎著 藤島宇内編
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目次
 道程時代 一九〇七-一九一四
  失われたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国 亡命者 失走 寂寥 声 新緑の毒素
  廃頽者より なまけもの 泥七宝(一) 夜半 父の顔 泥七宝(二) あおい雨
  泥七宝(三) 友の妻 人に 或る夜のこころ 涙 おそれ 泥七宝(四) 犬吠の太郎
  さびしきみち カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ 戦闘
  人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 冬の詩 牛 僕等 現実 道程 愛の嘆美
  晩餐 淫心
 道程以後・智恵子抄以前 一九一六-一九二五
  無為の白日 小娘 丸善工場の女工達 雨にうたるるカテドラル ラコッチイ・マアチ
  米久の晩餐 五月のアトリエ 樹下の二人 鉄を愛す 清廉 白熊 首狩
  傷をなめる獅子 狂奔する牛 車中のロダン 後庭のロダン
 智恵子抄・猛獣篇時代 一九二六-一九四一
  金 十大弟子 鯰 象の銀行 苛察 夜の二人 雷獣 火星が出ている
  あなたはだんだんきれいになる 花下仙人に遇う 詩人 母をおもう 北東の風、雨
  平和時代 或る墓碑銘 ぼろぼろな駝鳥 彼は語る 竜 あどけない話 あの音
  同棲同類 その詩 上州湯桧曽風景 のっぽの奴は黙っている 似顔
  美の監禁に手渡す者 もう一つの自転するもの 人生遠視 風にのる智恵子
  ばけもの屋敷 村山槐多 荻原守衛 堅冰いたる マント狒狒 象 千鳥と遊ぶ智恵子
  値いがたき智恵子 秋風辞 未曾有の時 団十郎像由来 地理の書 群長訓練
  レモン哀歌 芋銭先生景慕の詩 つゆの夜ふけに 君等に与ふ 亡き人に
  お化け屋敷の夜 梅酒 荒涼たる帰宅
 大東亜戦争時代一九四一-一九四五
  大詔渙発 十二月八日 鮮明な冬 彼等を撃つ 沈思せよ蒋先生 夜を寝ざりし暁に書く
  民国の民と兵とに与う 山本元帥国葬 フイリッピン共和国独立 四人の学生
  最大の誇に起つ 満三年 琉球決戦
 智恵子抄その後 一九四五-一九五一
  一億の号泣 雪白く積めり 田植急調子 
  暗愚小伝
   家
    土下座 ちょんまげ 郡司大尉 日清戦争 御前彫刻 建艦費 楠公銅像
   転調 
    彫刻一途 パリ
   反逆
    親不孝 デカダン
   蟄居
    美に生きる おそろしい空虚
   二律背反
    協力会議 真珠湾の日 ロマン ロラン 暗愚 終戦
   炉辺
    報告(智恵子に) 山林
  暗愚小伝断片
   (死はいつでも) わが詩を読みて人死に就けり
  蒋先生に慙謝す 脱卻の歌 人体飢餓 東洋的新次元 噴霧的な夢 もしも智恵子が
  女医になった少女
  智恵子抄その後
   元素智恵子 メトロポル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
  鈍牛の言葉 山荒れる 一九五〇年 典型 人間拒否の上に立つ 船沈ます
  智恵子と遊ぶ
 東京における晩年 一九五二-一九五五
  餓鬼 報告 十和田湖畔の裸像に与ふ かんかんたる君子 生命の大河
 解説 藤島宇内

晩年の光太郎に親炙し、身の回りの世話なども焼いてくれた藤島宇内の編集です。奥付には記載がありませんが、函にその旨。概ね編年体、新仮名遣いです。戦後20年近く経ち、そろそろタブーも解けた感じで、翼賛詩もある程度含まれています。

横長の変わった版型で、角背の麻布装上製本。この後、通常の縦長並製のものも出されました。