実は昨夜から福島県に来ております。2度ほど泊めていただいたゲストハウス郡山さん。
1000006788
こちらを拠点に2泊し、これから安達太良山に登って参ります。今日が智恵子のソウルマウンテン・安達太良山の第72回山開きなもので。

その智恵子関連で報道等を2件。

まず一昨日の地方紙『福島民報』さん一面コラム。

あぶくま抄 偉大な女性芸術家

「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」。米国の女性美術史家リンダ・ノックリンの論文タイトルだ。1971(昭和46)年に発表された。半世紀を経た今も、この問いは社会に重く突き刺さったままだろう▼背景を探っている。美術教育や師弟制度が女性を排除してきた歴史がある。「偉大さ」「芸術」の基準が、男性の価値観によって作られてきたと喝破した。決して能力が劣っているわけでない。これまでの社会制度が足かせとなり、名を上げることが難しかった▼二本松市に生を受けた。「ほんとの空」の高村智恵子は洋画家でもある。女性解放を掲げた文芸雑誌「青鞜」創刊号の表紙を描いた。すっと背を伸ばした、異国風の淑女が描かれている。発起人平塚雷鳥の「元始、女性は太陽であった」という歴史的宣言を表現したとされる。夫の彫刻家光太郎との結婚では、妻の役割を求められた。芸術と「家」のはざまで精神の均衡を欠く▼今年は智恵子生誕140年の節目に当たる。生家近くの「智恵子の杜公園」を訪ねてみた。光沸く5月の大空が語りかけてくる。「日本には偉大な女性芸術家がいた」のだと。苦しみの果てに、美を見つけた。4c388e03-s

智恵子が手がけた明治44年(1911)の『青鞜』創刊号表紙絵について言及されています。元神奈川県立近代美術館長・水沢勉氏により、智恵子オリジナルではなく、ヨーゼフ・エンゲルハルトというオーストリアの画家が、明治37年(1904)のセントルイス万博のために制作した寄木細工「Merlinsage」を模写したものと判明しています(おそらく執筆された方はご存じないのでしょう)が、そうであっても「青鞜」の文字や全体の装幀などには智恵子の芸術性が見てとれますが。

そしてその後の紙絵など、ある意味哀しい作品源ですが「日本には偉大な女性芸術家がいた」と言うにふさわしいと思われます。

もう1件、『朝日新聞』さん。今月9日、福島版の記事で、4月23日(木)から開催されている「令和8年度 高村智恵子生誕祭」についてです。

「智恵子抄」の高村智恵子生誕140年、故郷で催し 居室の特別公開

 詩人や彫刻家として活躍した高村光太郎の妻で、光太郎による追憶の詩「智恵子抄」で知られる福島県二本松市出身の洋画家・高村智恵子の生誕140年を祝う催しが、同市油井の市智恵子記念館で開かれている。5月24日まで。
 催しの期間中は、普段公開されていない智恵子の生家2階の居室が見学できる。居室では智恵子自作の小物入れが特別公開されているほか、記念館には夫の光太郎に見せるためだけにつくった紙絵の実物も展示されている。
 智恵子の生家の酒蔵でつくられていた清酒「花霞(はながすみ)」の振る舞い(数量限定)も行われる。生家2階の公開は5月24日までの土日と20日。紙絵の実物展示は10日まで。入館料は高校生以上410円、小中学生210円。問い合わせは智恵子記念館(0243・22・6151)へ。
001
000
002
こちらには明日、足を運ぶつもりでおります。

皆様もぜひどうぞ。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 14 『光太郎のうた』現代教養文庫

昭和37年(1962)10月15日 社会思想社 高村光太郎著 伊藤信吉編
PXL_20260502_024159236.MP PXL_20260502_024207710 PXL_20260502_024226977
目次
 刃物を研ぐ人――造型詩篇――
  五月のアトリエ 鉄を愛す 金 鯰 首の座 刃物を研ぐ人 蝉を彫る 美しき落葉
  十和田湖の裸像に与う
  触覚の世界 芸術の純粋性 裸体の美 蝉の木彫 人の首
 失はれたるモナ・リザ――『道程』前期――
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 寂寥 泥七宝 父の顔 食後の酒
  パンの会のころ
 秋の祈――『道程』後期――
  道程 秋の祈 冬が来る 冬が来た 晴れゆく空 落葉を浴びて立つ 火星が出てゐる
  母をおもふ 或る墓碑銘 さういう友 或る筆記通話
  冬の美 ホヰツトマンのこと 母の愛
 花のひらくやうに
  五月の土壌 わが家 花のひらくやうに 小娘 丸善工場の女工達 手紙に添へて
  クリスマスの夜 雨にうたるるカテドラル
  新茶のころ イタチのいる家 音楽のこと ノートルダム
 レモン哀歌
  郊外の人に 樹下の二人 あどけない話 風にのる智恵子 山麓の二人
  千鳥と遊ぶ智恵子 レモン哀歌 梅酒 裸形
  その人と為り 智恵子のこと 生きている面影
 ぼろぼろな駝鳥――猛獣篇――
  白熊 象の銀行 雷獣 ぼろぼろな駝鳥 潮を吹く鯨
  智恵子の切抜絵
 もう一つの自転するもの
  激動するもの 上州湯桧曽風景 機械、否、然り もう一つの自転するもの
  上州川古「さくさん」風景
  詩における自己表現 奥利根の旅 詩作の立場 私の常用卓 手
 山小屋の四季
  山口部落 クロツグミ 別天地 山のともだち 女医になつた少女 山の少女
  山からの贈物
  山小屋で 畑作り
 雪白く積めり
  雪白く積めり 月にぬれた手 典型
  みちのく便り 東京のアトリエにて
 彫刻家としての生い立ち
 美術関係の著作
 交遊の輪
 「智恵子抄」の成立ち
 ぼろぼろな駝鳥 
 智恵子夫人の切抜絵
 高村光太郎の詩の世界
 高村光太郎年譜

目次では各章、詩と散文を分けていますが、詩の合間に散文が挟まれています。また、一篇ごとに編者の伊藤信吉による解説や語注も付され、さらに画像も多用。表紙は九十九里浜の「千鳥と遊ぶ智恵子」碑で、建立当時の画像です。まだ碑と波打ち際の間に自動車道が通っていない頃でした。

平成14年(2002)に版元の社会思想社が廃業し、店頭から姿を消しましたが、それが実に惜しまれる一冊です。