光太郎第二の故郷、岩手花巻の旧太田村ではかつて毎年5月15日に「高村祭」という催しがもたれていました。光太郎三回忌の年にあたる昭和33年(1958)に第一回が挙行され、その際には光太郎が7年間暮らした山小屋(高村山荘)を覆う形で建設された套屋のお披露目、敷地内にたてられた正式な光太郎詩碑の第1号、「雪白くつめり」詩碑の除幕が行われました。
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5月15日は、昭和20年(1945)、前月の空襲で駒込林町のアトリエ兼住居を失った光太郎が、宮沢家の誘いで疎開のために東京を発った日です。夜行列車で花巻に到着したのは翌日でしたが、きりもいいということもあったのでしょう、15日が「高村祭」ということになりました。

その後、「高村祭」は連綿と続けられました。当初は光太郎と直接交流のあった人々による回顧談的な講演、地元の山口小学校の児童による光太郎から贈られた楽器を使用しての音楽演奏などが行われていました。

その高村祭、令和元年(2019)の第62回をもって終了となってしまいました。翌年からはコロナ禍もありましたし、沈静化後も以前の形での開催はもはや難しい、との判断だったようです。

それに代わるというわけでもありませんが、「花巻 光太郎を知る会」さんという有志の市民団体が、「雪白くつめり」詩碑前にお集まりになり、かつての「高村祭」のように詩碑に献花(詩碑の地下には光太郎の遺髯が分骨のように埋められています)、光太郎詩の朗読などをなさっています。

昨日の様子。画像を送っていただきました。
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「高村祭」だった頃には市の協賛もあり、地元の皆さんの演芸大会的な要素もあったりで賑わっていました。何とかそれに近い形での復活を心から祈念いたしております。

花巻ついでに、「花巻 光太郎を知る会」さんと構成員がかぶるやつかの森LLCさんの活動。

まず厳冬期を除いて概ね月イチで、市内のワンデイシェフの大食堂さんで出店されている「こうたろうカフェ」。ワンデイシェフの大食堂さんがキッチンを貸し出す形で、さまざまな団体・個人がランチを作り、販売するというシステムです。

先月は28日(火)に出店されたそうで、その際の画像。
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「食の匠のバクロウおこわ」「コロコロチーズ入りミートローフ」「マカロニサラダ」「エッグボート」「クルミとゴボウの甘辛煮」「タラボの胡麻和え」「赤魚のお吸い物」「クレープシュゼットのオレンジバター」「コーヒー」。基本、光太郎が自炊していたメニューや使った食材などを参考にしたものです。

「食の匠のバクロウおこわ」とあるのは、令和6年度の「岩手県 食の匠」に認定された、やつかの森さんのメンバー・新渕和子さんが得意とする「ばくろう茸」を使用して作ったもの。花巻では正月などに振舞われるごちそうだそうです。

mit岩手めんこいテレビさんで毎週土曜日の18:30~19:00に「山・海・漬」という番組が放映されているそうです。番組説明欄には「岩手の魅力を満載した番組です。岩手の様々なジャンルと素材(ヒト、モノ、コト)を遊び心いっぱいに、新鮮パッケージ。話題のグルメや観光スポット、岩手にまつわる歴史・文化・伝統などを『山・海・漬』ならではの視点でご紹介。」とあります。
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まだ詳細情報が出ていませんが、来週、5月23日(土)の放映・#1324で「こうたろうカフェ」が取り上げられるそうです。ワンデイシェフの大食堂さんのオーナーさんの推薦だとのこと。確かに光太郎が自炊していたメニューや使った食材などを参考という点で、申し訳ありませんが他の一般の出店者さんとは一線を画す特徴的なコンセプトですので、テレビ的には扱いやすいでしょう。

上記の4月28日(火)にロケ隊が入られたそうです。
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視聴可能な地域の方、ぜひどうぞ。また、今日の放映(#1323 春の山菜・野菜バンザイ)オンエア後YoutUbeに予告動画が出るようです。そちらもご覧下さい。

「こうたろうカフェ」としての今月分ももうすぐで、5月20日(水)だそうです。メニューも予告されていて、以下の通りです。

・こうたろう春巻き ・帆立のドレッシングサラダ ・ワラビの辛子和え ・ウドとタコの味噌かけ ・ほうれんそうの白和え ・餃子とチンゲン菜のスープ ・雑穀ごはん ・旬の漬け物 ・よもぎ餅 ・コーヒー

もう1件、同じくやつかの森LLCさんがメニュー考案に当たられ、旧太田村の道の駅はなまき西南(愛称・賢治と光太郎の郷)さんのテナント・ミレットキッチン花(フラワー)さんで調理・販売されている豪華弁当「光太郎ランチ」。毎月15日に限定10食の販売です。

昨日販売分。
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2605弁当メニュー
「ホッケの塩焼き」「アスパラ入りちくわ天ぷら」「わらびのおひたし」「ウドの金平」「卵焼き」「筍ご飯」「白米ばっけ味噌のせ」「よもぎ団子」。

「ばっけ」はフキノトウ。光太郎が最も好んで使った食材の一つです。「こうたろうカフェ」でもそうですが、季節がら山菜系が多用されていてヘルシーな感じですね。

本日取り上げたもろもろ、永続的に続いて欲しいものと思っております。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 13 『高村光太郎詩集』角川文庫

昭和31年(1956)9月30日 角川書店 高村光太郎著
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目次
 Ⅰ
  序曲(一九二〇) 丸善工場の女工達(一九二〇) 米久の晩餐(一九二一)
  雨にうたるるカテドラル(一九二一) かがやく朝(一九二一)
  ラコッチィ マアチ(一九二一) 真夜中の洗濯(一九二二) 沙漠(一九二二)
  五月のアトリエ(一九二二) 落葉を浴びて立つ(一九二二) 冬の言葉(一九二二)
  送別(一九二二) 鉄を愛す(一九二三) 春駒(一九二三)
  
月曜日のスケルツォ(一九二四) 氷上技戯(一九二四) 偶作七(一九二四)
  
少年を見る(一九二五) 葱(一九二五) 無口な船長(一九二六) 冬の奴(一九二六)
  
火星が出てゐる(一九二七) 或る墓碑銘(一九二七) 母をおもふ(一九二七)
  
怒(一九二七) 冬の言葉(一九二七) 美を見るもの(一九二七)
  
花下仙人に遇ふ(一九二八) 当然事(一九二八) さういふ友(一九二八)
  
街上比興(一九二八) その詩(一九二八) 或る日(一九二九) 人生(一九二九)
  
ひとり酸素を奪つて(一九二九) 上州湯桧曽風景(一九二九)
  上州川古「さくさん」風景(一九二九) 触知(一九二九) 冬(一九二九)
  刃物を研ぐ人(一九三〇) 冷熱(一九三〇) 孤坐(一九三〇) 似顔(一九三一)
  のつぽの奴は黙つてゐる(一九三一) 蝉を彫る(一九三一)
  
美の監禁に手渡す者(一九三二) 晴天に酔ふ(一九三三) 首の座(一九三三)
  ばけもの屋敷(一九三五) もう一つの自転するもの(一九三六)
  
手紙に添へて(一九三八) へんな貧(一九三九) 最低にして最高の道(一九四〇)
  雪白く積めり(一九四六) 山林(一九四七) 「ブランデンブルグ」(一九四八)
  脱卻の歌(一九四八) 人体飢餓(一九四八) 東洋的新次元(一九四八)
  おれの詩(一九四九) 悪婦(一九四九) 山荒れる(一九五〇)
  
月にぬれた手(一九五〇) 鈍牛の言葉(一九五〇) 典型(一九五〇)
  女医になつた少女(一九五〇) 東北の秋(一九五〇) 大地うるはし(一九五一)
  十和田湖畔の裸像に与ふ(一九五三)
 Ⅱ
  清廉(一九二四) 傷をなめる獅子(一九二五) 狂奔する牛(一九二五)
  白熊(一九二五) 象の銀行(一九二六) 鯰(一九二六) 苛察(一九二六)
  雷獣(一九二六) マント狒狒(一九二六) 象(一九二六) 森のゴリラ(一九二六)
  北冥の魚(一九二六) 潮を吹く鯨(一九二六) 龍(一九二八)
  
ぼろぼろな駝鳥(一九二八) よしきり鮫(一九三七)
 Ⅲ
  クリスマスの夜(一九二二) 車中のロダン(一九二二) 後庭のロダン(一九二二)
  十大弟子(一九二六) 聖ジヤンヌ(一九二六)
  
ミシェル・オオクレエルを読む(一九二七) 旅に病んで(一九二八) 存在(一九二八)
  北島雪山(一九二九) 古事一則(一九二九) 耳で時報をきく夜(一九三〇)
  南極(一九三一) レオン・ドウベル(一九三二) 村山槐多(一九三五)
  荻原守衛(一九三六) 老耼、道を行く(一九三七) 団十郎像由来(一九三八)
  芋銭先生景慕の詩(一九三九) つゆの夜ふけに(一九三九)
  
銅像ミキイヰッツに寄す(一九三九) 人間拒否の上に立つ(一九五一)
 Ⅳ
  樹下の二人(一九二三) 夜の二人(一九二六)
  
あなたはだんだんきれいになる(一九二七) 同棲同類(一九二八)
  風にのる智恵子(一九三五) 千鳥と遊ぶ智恵子(一九三七)
  
値ひがたき智恵子(一九三七) 山麓の二人(一九三八) レモン哀歌(一九三九)
  亡き人に(一九三九) 梅酒(一九四〇) 荒涼たる帰宅(一九四一)
  若しも智恵子が(一九四九) 元素智恵子(一九五〇) メトロポオル(一九五〇)
  裸形(一九五〇) 案内(一九五〇) あの頃(一九五〇) 吹雪の夜の独白(一九五〇)
  噴霧的な夢(一九五〇) 
  暗愚小伝(一九四七)
   家 転調 反逆 蟄居 二律背反 炉辺
 解説 草野心平
 年譜

光太郎が没した昭和31年(1956)の出版(手持ちのものは昭和42年=1967の第25版です)。

この頃、光太郎追悼出版的にいろいろな書籍が出されましたが、当会の祖にして本書の編集にもあたった草野心平が髙村家の番頭よろしく窓口となり、生前の光太郎と関わりの深かった出版社に「おたくはこれ」と、割り振りをしました。中央公論社では随筆集『山の四季』と詩集『典型以後』、新潮社だと随筆集『アトリエにて』及び新潮文庫版『智恵子抄』、筑摩書房に彫刻写真集『高村光太郎』と翌年から出る『高村光太郎全集』、そして角川書店に本書。

オリジナル『智恵子抄』版元の龍星閣のみ、それらと関わりなく単独で画集『赤城画帖』を出版しました。