埼玉県東松山市。元教育長の故・田口弘氏が戦時中から戦後にかけて光太郎と交流があり、昭和40年(1965)の連翹忌の集いで同じく光太郎と親しかった彫刻家・高田博厚と出会って意気投合、同市での高田個展の開催をお膳立てなさったた他、東武東上線高坂駅前から西に伸びる通りに高田の彫刻32体を配した「高坂彫刻プロムナード」建設にも尽力されました。
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32体には光太郎胸像(昭和34年=1959)も含まれています。
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他に肖像彫刻としては、海外だとポール・シニャック、タゴール、マハトマ・ガンジー、国内では棟方志功、新渡戸稲造、宮沢賢治、高橋元吉など。

その「高坂彫刻プロムナード」についての講座が開かれます。

文化芸術講座「高坂彫刻プロムナード」

期 日 : 2026年5月19日(火)
会 場 : 大岡市民活動センター 埼玉県東松山市大谷3400-10
時 間 : 10:30~12:00
料 金 : 無料
講 師 : 生涯学習課職員
対 象 : 市内在住・在勤・在学の人
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対象が「市内在住・在勤・在学の人」ということで、限られてしまうのですが、とりあえず。

同市は高田との結びつきで、毎年秋には「高田博厚展」を開催、それからシニア市民対象で様々な活動を行っているきらめき市民大学さんでの授業の一環で、毎年当方が一回講師を依頼され、光太郎、高田、そして田口氏の結びつきやプロムナード等についてお話をさせていただいています。

そういう関係で鎌倉にあった高田のアトリエ閉鎖に伴い、そちらにあった作品や遺品が同市に寄贈されたりもしました。

また、市内の新宿小学校さんにはこれも田口氏のお骨折りで光太郎筆跡「正直親切」を刻んだ碑も立っています。光太郎の母校・荒川区立第一日暮里小学校さんにも同じ碑が設置されているため、今後、光太郎がらみでの同区との交流なども視野に入れているそうです。

今後とも、彫刻の街として発展して行っていただきたいものです。

【高村光太郎書誌】

選集等(単独) 11 『高村光太郎詩集』

昭和28年(1953)6月25日 新潮社 伊藤信吉編
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目次
 道程
  失はれたるモナ・リザ 根付の国 食後の酒 寂寥 新緑の毒素 廃頽者より
  地上のモナ・リザ 泥七宝(七章) 犬吠の太郎 さびしきみち 夜 冬が来た 冬の詩
  牛 道程 群集に 秋の祈
 『道程』以後 晴れゆく空
  小娘 無為の白日 丸善工場の女工達 米久の晩餐 雨にうたるるカテドラル
  ラコツチイマアチ クリスマスの夜 冬の送別 沙漠 落葉を浴びて立つ
 火星が出てゐる
  象の銀行 白熊 苛察 冬の奴 冬の言葉 火星が出てゐる 何をまだ指してゐるのだ
  彼は語る 花下仙人に遇ふ ぼろぼろな駝鳥 当然事 あの音 焼けない心臓
  或る筆記通話 上州湯桧曽風景 上州川古「さくさん」風景 冬 似顔
  非ヨオロツパ的なる 化けもの屋敷 もう一つの自転するもの つゆの夜ふけに
  最低にして最高の道 人間拒否の上に立つ
 刃物を研ぐ人
  鉄を愛す 葱 車中のロダン 後庭のロダン 鯰 偶作 刃物を研ぐ人 孤坐 蝉を彫る
  首の座 村山槐多 荻原守衛
 智恵子抄
  或る夜のこころ 郊外の人に 冬の朝のめざめ 樹下の二人 狂奔する牛 夜の二人
  同棲同類 あどけない話 風にのる智恵子 千鳥と遊ぶ智恵子 値ひがたき智恵子
  山麓の二人 レモン哀歌 亡き人に 梅酒 荒涼たる帰宅 元素智恵子 メトロポオル
  裸形 案内 若しも智恵子が
 典型
  雪白く積めり 「ブランデンブルグ」 人体飢餓 山荒れる 月にぬれた手 鈍牛の言葉
  典型 山菜ミヅ 山口部落 クロツグミ クチバミ 山のともだち
 暗愚小伝
  彫刻一途 パリ 親不孝 デカダン 美に生きる おそろしい空虚 ロマン ロラン
  暗愚 報告 山林
 高村光太郎の詩業について 伊藤信吉

四六判、並製。同じく伊藤信吉によって編まれた新潮文庫版の『高村光太郎詩集』(昭和25年=1950)と似たような編集方針です。