紹介すべき事項の山積で後回しになっておりましたが、新刊書籍のご紹介も少しずつ。「エッセイ」と銘打っていますが、評論に近いものです。

詩旋律 詩の美 高畑耕治エッセイ集

発行日 : 2026年4月15日
著者等 : 高畑耕治
版 元 : 愛のうたの絵ほん
定 価 : 2,700円+税

「詩の美 高畑耕治エッセイ集」の第1冊目

「詩旋律」では、日本語の詩の美、詩の抒情は言葉の音楽、歌の調べによって生まれてきたこと、生まれることを、優れた作品と、歌論、詩論から浮き彫りにする。

第一章と第五章は、詩と詩作、文学、芸術についてのエッセイ。第二章は口語自由詩をめぐる中原中也、高村光太郎、萩原朔太郎の詩論をとらえなおす。第三章は和歌の調べ。万葉集、和泉式部、式子内親王、藤原定家、永福門院の、美しい心に響く歌の調べを聞きとり、藤原俊成の歌論にもふれる。第四章は俳句の調べ。松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶の句と種田山頭火の自由律俳句には、美しい音楽性が響いていることに耳を澄ませる。
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<目次>
 第一章 詩想
  詩を生むもの 詩が生まれでるふたつのかたち 詩を息づかせるもの なぜ言葉で
  詩だから伝えられるもの 詩のしらべ 詩と詩集についての覚え書 詩と若さ 詩の容姿
  詩って、ほんとはなんだろう 詩想『詩集 こころうた こころ絵ほん』
  詩想『詩集銀河、ふりしきる』 作品が生まれる、時 
 第二章 口語自由詩の韻律
  中原中也の「ゆたりゆたり」 高村光太郎、胸中から迸り出る言葉
  萩原朔太郎
   『月に吠える』序 「自由詩のリズムに就て」 
   『詩の原理』 詩語としての口語論 小倉百人一首の韻律美 『恋愛名歌集』
   歌の韻律美と口語自由詩
 第三章 和歌の調べ
  万葉集、好きな歌 藤原俊成『古来風躰抄』 和泉式部、あくがれる魂の歌
  式子内親王、言魂の韻律美 藤原定家の象徴詩 永福門院、調想不離の美
  伏見天皇宸翰「源氏物語抜書」散らし書きの花
 第四章 俳句の調べ
  書の美。松尾芭蕉と近現代文学者の直筆 変体仮名 俳句の調べ 松尾芭蕉の破調
  与謝蕪村、音の美 小林一茶。見据える目
 種田山頭火の自由律俳句
 第五章 詩想の木魂
  日本語のかそけさ 詩行中の意味のまとまり、息継ぎの間、句切り
  脚韻は詩であるための必須条件ではない 和歌の韻律 言葉の音楽性 詩の創作
  創作意思
 音数律論の偏狭さ 作品宇宙の必然 現代の詩の可能性について
  メロディーの翼
 現代詩の衰弱の主要因 中国詩との個性の違い
  寄物陳思、正述心緒の泉の清流
 日本語生来の資質と美の姿
  詩、定型詩の音数律と韻律のひみつ 
詩歌の韻律と朗読について
  無限諧音詩歌 日本語詩とフランス語詩、英語詩とドイツ語詩
  言葉の発音の変化 詩を愛す。 文語と短詩のこと 「日本詩の押韻」九鬼周造を再読して
  芸術、作品について 文語生まれの音感 現代短歌の文語表現について
  芸術作品の驚きとときめき 芸術家の言葉の棘を 現代短歌と現代詩
  詩と短歌の文語表現
 詩と、芸術表現について 降り注がれ、授けられた詩歌
  現代性と、花鳥風月
 小説と脚本と詩 文学、創作のこと 言葉の生命力
  詩と詩作について
 出典・参照文献

著者の高畑耕治氏、詩人だそうです。そこで実作者としての立場からの詩論、詩作の方法論といった内容が中心です。

興味深かったのは、ご自分がいわゆる「現代詩人」というくくりの埒外に居る、というスタンス。全体に古人へのリスペクトや敬愛に貫かれつつ、いわゆる「現代詩人」たちには容赦がありません。

例えば

言葉の象牙の塔をこねくりあげて、一般の読者にはわからないだろうと仲間うちで持ちあげあう人の知的な言葉の書き連ねを、私は詩とは思えず、いいと感じません。そのような奇抜性をてらい競う言葉遊びは、万葉集にも「無心所着歌(むしんしょじゃくか)」などとしてあったし、いつの時代にもあったけれどつまらないと思います。 (詩と詩集についての覚え書)

詩界(というものが意味あるものならば)、そこでは、現代詩の愛好家が偏狭な詩観、特権を押しつけて、詩を貧しくしていると、私は感じてきました。現代詩人どうしが与えあう仲間うちの賞の受賞作に、私が感動する詩はあまりありません。 (詩って、ほんとうはなんだろう)

私が現代詩より現代短歌に惹かれてしまうのはなぜか。現代詩が高学歴お勉強知識こそ優れているという世俗の常識エリート学歴崇拝社会に侵され、賢い頭で言葉の組み合わせの綾を弄び淫し自嘲しつつそれでも賢くて凄いだろと、高等遊民であると思い込んだ高みから普通の人、「大衆」を馬鹿だと見下げる傲慢さに閉じこもりカチコチに枯れてしまっていて、感情、想い、感性、感受性にこそ詩心(しごころ)が宿ること、美しい、ほんとうの、善くあれるかもしれない、希望、願い、心の響き、音楽、心の絵、色彩やどる詩歌、ポエムが詩であることを、忘れ気づけず衰えているからです。 (現代短歌と現代詩)

なるほど。

しかし、フォローも忘れていません。

ただし、現代詩というくくりは曖昧で、わたしが心から共感する詩を今、書かれている詩人はいらっしゃるので、集団としてすべていっしょくたにしてしまうのは愚かです。詩はあくまで一人きりの個性からの表現ですから。 (詩って、ほんとうはなんだろう)

ここまで含めれば、激しく同意します。

そして近代詩、万葉・古今・新古今などの秀歌、古典俳句などを例に、メインタイトルの「詩旋律」、特に音韻論を中心に論が展開されていきます(ただ、先達の評論家等が既に指摘している論考を抜き書きという部分が多いのですが)。また、関連する音楽や朗読についても言及されています。

近代では、萩原朔太郎を中心に、光太郎や中原中也、宮沢賢治などの作品が敬すべき対象として取り上げられています。光太郎に関しては「高村光太郎、胸中から迸り出る言葉」という項が設けられている他、他の箇所でも論じられています。

全編とにかく詩歌への愛が語られ、その情熱には頭が下がりました。

「ポエム」という語が、揶揄の意味合いで使われるようになって既に久しいと思われます。しかし、詩という形式でしか表せないものは確かにあるわけで、そうである限り「詩」というジャンルが生き延びていかねばならないと感じました。

というわけで、ぜひお買い求めを。

【高村光太郎書誌】

本人著作(部分)32 『天平彫刻』増補版 

昭和29年(1954)11月5日 生活百科刊行会 児島喜久雄編者代表
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目次
 天平彫刻について 上野直昭
 天平時代の仏像に対する断片的考察 木下杢太郎
 天平彫刻の技法について 高村光太郎
 天平彫刻私観 平櫛田中
 天平彫刻雑感 安田靱彦
 素材より見たる奈良彫刻の特性 野間清六
 天平仏像の構造法 新納忠之介
 奈良時代の鋳もの 香取秀真
 東大寺建立と天平の仏像 筒井英俊
 戒壇院四天王像に見る「格」に就て 丸尾彰三郎
 天平時代の彫刻と万葉集との関係 久松潜一
 天平の肖像彫刻 小林剛
 天平彫刻と写真 大口理夫
 天平彫刻と様式問題 児島喜久雄
 須菩提 廣津和郎
 新薬師寺本尊に関する問題 田中倉琅子
 図版解説
 図版目次
 原色版 三月堂 帝釈天図(安田靱彦氏画 明治四十一年写生)
 写真版 
  第一図 東大寺三月堂 不空羂索観音像
  第二・三図 東大寺三月堂 月光菩薩像
  第四図 東大寺三月堂 吉祥天像
  第五図 東大寺三月堂 不空羂索観音像宝冠化仏
  第六図 東大寺三月堂 金剛力士(東方)像
  第七図 東大寺三月堂 金剛力士(西方)像
  第八・九図 東大寺三月堂執金剛神像
  第十図 東大寺戒壇院 持国天像
  第十一図 東大寺戒壇院 増長天像
  第十二図 東大寺戒壇院 廣目天像
  第十三図 東大寺戒壇院 多聞天像
  第十四・十五図 新薬師寺伐折羅大将像
  第十六・十七図 興福寺 阿修羅像
  第十八図 興福寺 羅睺羅像
  第十九図 興福寺 須菩提像
  第二十図 興福寺 富樓那像
  第二十一図 法隆寺夢殿 行信僧都像
  第二十二・二十三図 唐招提寺開山堂 鑑真和上像
  第二十四・二十五図 聖林寺 十一面観音菩薩像
  第二十六・二十七図  東大寺大仏殿前燈籠扉音声菩薩像
  第二十八図 東大寺大仏蓮弁毛彫
  第二十九図 東大寺誕生釈迦仏像
  第三十図 薬師寺金堂 日光菩薩像
  第三十一図 薬師寺金堂 薬師如来像
  第三十二図 唐招提寺金堂 毘蘆舎那仏像

昭和19年(1944)の初版(小山書店)は、製本所が空襲されたため店頭に並ぶ前にほとんどが焼失してしまったそうです。戦後の昭和23年(1948)には同じ小山書店が復刊。さらに増補版と言うことで、版元を変えてこの版が出されました。おそらく、いわゆる「チャタレイ夫人裁判」のからみで小山書店が昭和25年(1950)に倒産したこととも無関係ではないでしょう。