昨日は都下多摩市の聖蹟桜ヶ丘に足を運んでおりました。今年の連翹忌の集いに際し、ご案内いただいた「多摩ファミリーシンガーズ演奏会 はじまりの場所から未来へ」拝聴のためでした。
まったく個人的なことになりますが、亡父がノンキャリアの国家公務員で本省勤務のない地方局回りだったため、半世紀以上前、近く(といっても数キロ離れていますが)に4年半ほど住んで居りました。しかし機会もなくそのあたりを再訪したことがこれまでありませんでした。そこで演奏会にお邪魔する前に、懐かしさに駆られてかつて住んでいたあたりを散策。
半世紀以上前にも流れていた小川。護岸工事が為されていましたが、暗渠にするわけでもなく健在。なんとカルガモの親子がすーいすい(笑)。
現在はがっつり住宅地になっていますが、自分が暮らしていた頃は田んぼが広がっていた一角でした。この川から水を引いていた用水路でザリガニやドジョウ、タニシなどを掴まえていた記憶があります。森にはミヤマクワガタなどもいました。
多摩川べりの住んでいた家を含め十数棟あった官舎はすべて無くなり、高層マンションになっていました。
1年間通った幼稚園と、3年生の途中まで在籍した小学校。小学校の方は自分が通学していた頃あった木造校舎は無くなっていましたが、幼稚園の方は当時の建物だったのでびっくりしました。
ちなみに小学校の校歌歌詞には「桜ヶ丘の聖蹟やー」という一節がありました。
というわけで聖蹟桜ヶ丘駅前の、関戸公民館さん。8階がコンサート会場でした。
まったく個人的なことになりますが、亡父がノンキャリアの国家公務員で本省勤務のない地方局回りだったため、半世紀以上前、近く(といっても数キロ離れていますが)に4年半ほど住んで居りました。しかし機会もなくそのあたりを再訪したことがこれまでありませんでした。そこで演奏会にお邪魔する前に、懐かしさに駆られてかつて住んでいたあたりを散策。
半世紀以上前にも流れていた小川。護岸工事が為されていましたが、暗渠にするわけでもなく健在。なんとカルガモの親子がすーいすい(笑)。
現在はがっつり住宅地になっていますが、自分が暮らしていた頃は田んぼが広がっていた一角でした。この川から水を引いていた用水路でザリガニやドジョウ、タニシなどを掴まえていた記憶があります。森にはミヤマクワガタなどもいました。
多摩川べりの住んでいた家を含め十数棟あった官舎はすべて無くなり、高層マンションになっていました。
1年間通った幼稚園と、3年生の途中まで在籍した小学校。小学校の方は自分が通学していた頃あった木造校舎は無くなっていましたが、幼稚園の方は当時の建物だったのでびっくりしました。
ちなみに小学校の校歌歌詞には「桜ヶ丘の聖蹟やー」という一節がありました。
というわけで聖蹟桜ヶ丘駅前の、関戸公民館さん。8階がコンサート会場でした。
ホール入り口にはNHKさんの「おかあさんといっしょ」でうたのおにいさんを務められた坂田おさむ氏からの花。今回、坂田氏作曲の楽曲も演奏されるということで。
このところ毎年、当会主催の連翹忌の集いにご参加下さっています。以前から他の連翹忌ご常連の藤原歌劇団・本宮寛子氏などと音楽繋がりで交流がおありだったそうですし、宮沢賢治作品を取り上げたりで、そちらのご関係も。
プログラムは2部構成。第一部は合唱。
プログラムは2部構成。第一部は合唱。
東日本大震災後の平成24年(2012)に初演された「ほんとの空」が演奏され、それを聴きたいがために伺った次第です。
作詞は福島郡山ご在住の後藤基宗子氏、作曲は髙山氏が「たま・みゆき」のペンネームで。
光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語をタイトルに、「阿多多羅山(安達太良山)」も謳い込まれています。髙山氏から頂いたCDで拝聴していたのですが、生の演奏は初めてでした。
合唱は、下は小学1年生から上はOG、賛助出演という方々の大人の皆さんまでで、曲によって人数が変わりましたが最大20数名(1曲だけ、客席からさらにOGの方々が10名ほどステージに上がって加わった曲もありましたが)。基本、女声合唱でした。「児童合唱」と謳われていますが、かなりのレベルでその意味では舌を巻かされました。
合間に髙山氏や大人の出演者の方によるMCで曲紹介など。飽きさせない工夫が為されていました。高野辰之作詞の「春の小川」が、元々の文語体から口語体に歌詞が改変されているというお話など「へー」という感じでした。
第二部はおなじみの昔話をミュージカル仕立てで。
光太郎の「日本詩歌の特質」は、この年の1月27日~30日にかけて『毎日新聞』に連載されたものです。
作詞は福島郡山ご在住の後藤基宗子氏、作曲は髙山氏が「たま・みゆき」のペンネームで。
光太郎詩「あどけない話」(昭和3年=1928)由来の「ほんとの空」の語をタイトルに、「阿多多羅山(安達太良山)」も謳い込まれています。髙山氏から頂いたCDで拝聴していたのですが、生の演奏は初めてでした。
合唱は、下は小学1年生から上はOG、賛助出演という方々の大人の皆さんまでで、曲によって人数が変わりましたが最大20数名(1曲だけ、客席からさらにOGの方々が10名ほどステージに上がって加わった曲もありましたが)。基本、女声合唱でした。「児童合唱」と謳われていますが、かなりのレベルでその意味では舌を巻かされました。
合間に髙山氏や大人の出演者の方によるMCで曲紹介など。飽きさせない工夫が為されていました。高野辰之作詞の「春の小川」が、元々の文語体から口語体に歌詞が改変されているというお話など「へー」という感じでした。
第二部はおなじみの昔話をミュージカル仕立てで。
それぞれの昔話をモチーフとした既存の童謡も歌われましたが、それ以外の部分は髙山氏の作曲だったのでしょう。
第一部では緊張気味だった子供たちも、第二部では実にのびのびと。楽しみながら演じているのが伝わってきて、好感が持てました。小学校高学年以上は代わる代わるソロで歌う場面もありましたが、その技倆もなかなかのものでした。
なんやかやで様々なジャンルのプロフェッショナルの演奏を日頃から聴き、最近は自分でもプロデュース的なこともやらせていただいていますが、久々に聴いた児童合唱、違った意味で心が洗われました。
アンコールも終わった終演後と、さらにホワイエで帰る聴衆を見送りつつ歌う団員の皆さん。
右画像の右端に髙山氏。少しお話をさせていただいて帰りました。
多摩ファミリーシンガーズさん、来年は50周年だそうで、一人の指導者が50年というのも実に稀なケースとのこと。ただ、少子化の影響は避けがたく、昔は120名とかの大所帯だったそうですが、現在は前述の通りOGや賛助という方を含めて20数名。それでもそれならそれでやりようはあるわけで、今後ともさらなるご活躍を祈念いたします。
幸い、キャパ250席ほどのホールはほぼ満席。出演者の関係者も少なくはないのでしょうが、それ以外の固定ファン的な感じの方々が多かったように思われました。
こうした小さな(というと失礼かも知れませんが)文化の灯り、消してはならないと思います。第一部では緊張気味だった子供たちも、第二部では実にのびのびと。楽しみながら演じているのが伝わってきて、好感が持てました。小学校高学年以上は代わる代わるソロで歌う場面もありましたが、その技倆もなかなかのものでした。
なんやかやで様々なジャンルのプロフェッショナルの演奏を日頃から聴き、最近は自分でもプロデュース的なこともやらせていただいていますが、久々に聴いた児童合唱、違った意味で心が洗われました。
アンコールも終わった終演後と、さらにホワイエで帰る聴衆を見送りつつ歌う団員の皆さん。
右画像の右端に髙山氏。少しお話をさせていただいて帰りました。
多摩ファミリーシンガーズさん、来年は50周年だそうで、一人の指導者が50年というのも実に稀なケースとのこと。ただ、少子化の影響は避けがたく、昔は120名とかの大所帯だったそうですが、現在は前述の通りOGや賛助という方を含めて20数名。それでもそれならそれでやりようはあるわけで、今後ともさらなるご活躍を祈念いたします。
幸い、キャパ250席ほどのホールはほぼ満席。出演者の関係者も少なくはないのでしょうが、それ以外の固定ファン的な感じの方々が多かったように思われました。
【高村光太郎書誌】
本人著作(部分)31 『日本の詩歌』毎日ライブラリー
昭和29年(1954)4月5日 毎日新聞社 高村光太郎編
目次
日本詩歌の特質 高村光太郎 日本の詩歌の系譜 吉田精一
光太郎編となっていますが、実際に編集実務を担ったのは版元の毎日新聞社図書編集部であることが「あとがき」によってわかります。目次
日本詩歌の特質 高村光太郎 日本の詩歌の系譜 吉田精一
現代詩概観 三好達治 近代短歌 木俣修
近代俳句 加藤楸邨 あとがき 毎日新聞社図書編集部
年表 索引
光太郎の「日本詩歌の特質」は、この年の1月27日~30日にかけて『毎日新聞』に連載されたものです。


















