昨日は久々に上京、銀座の王子ホールさんで開催された「朝岡真木子歌曲コンサート第9回@王子ホール」を拝聴して参りました。
され、令和4年(2022)には楽譜集に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲、「人に」「あどけない話」がプログラムに入っていまして、ご招待にあずかった次第です。
アンコールまで含めて30曲余り、すべて朝岡氏の作曲です。これだけ精力的に歌曲を作曲、さらに発表なさっている例は稀有なのではないかと思います。「朝岡真木子歌曲コンサート」と銘打つ形はほぼこの時期の定期演奏会的な感じでもう9回を重ね、来年は第10回記念とすでに予告されています。それ以外の特別な演奏会もいろいろ手がけられていますし。
さらに特筆すべきは、全曲、ご自身でピアノ伴奏を弾かれていること。寡聞にして存じませんが、こういう例もあまりないのではないでしょうか。オーケストラ系で作曲者が指揮をするというケースは昔からよくありますが。ちなみに光太郎は、自身の「ラコッツィ行進曲」の初演でタクトを振ったベルリオーズを描いた長詩「ラコツチイ マアチ」(大正10年=1921)を書いています。
歌い手さんは総勢7名の方々。
「智恵子抄」を歌われたのは、ソプラノの前澤悦子氏。朝岡氏作曲のコンサートご常連ですが、「智恵子抄」を歌われたのは初めてかと存じます(違ったらすみません)。伸びやかな歌声で、美しくも哀しい「智恵子抄」の世界を存分に表現されていました。
それから、昨年、清水邦子氏とのお二人を花巻にご案内した黒川京子氏もご出演。今回は歌われつつMCもなさり、さらに終演後にうかがったところによると、全体の構成もなさったそうで。清水氏はご出演されませんでしたが、客席にいらっしゃいました。ちなみに黒川氏、清水氏、4月2日(木)の連翹忌の集いにご参加予定です。朝岡氏ははずせない用事がおありだそうで……。
全30曲あまり、詩も曲もバリエーションに富み、飽きさせません。歌詞として古いものは、「智恵子抄」の二曲と、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。少し新しく、立原道造、茨木のり子。また、モチーフとして古いもので、光太郎と同年の明治16年(1883)に生まれた新版画の川瀬巴水作品からインスパイアを受けて、林望氏が書かれた連作詩「夕暮れ巴水」。朝岡氏、昨年には東京オペラシティさんで「秋に寄せる音楽のパレット 朝岡真木子の世界~新作「夕暮れ巴水」の郷愁~斉藤京子の歌とともに」という演奏会もなさっています。それが初演だったのでしょう。
余談ですが、今、このブログを書いているPCのある自宅兼事務所の執務室には、巴水の複製が一枚、壁にかかっています(後はトイレにも(笑))。
朝岡氏、林氏以外の現代詩人の方々ともご昵懇で、その皆さんの詩に曲を付けられています。そのうち、何人かの詩人さんたちも客席にいらっしゃり、終演後に紹介されていました。星乃ミミナ氏、岡崎カズヱ氏、柏木隆雄氏など。これもこの演奏会での恒例ですが。
その終演後の、全出演者の皆さん。左からお二人目が朝岡氏、二人置いて「智恵子抄」を歌われた前澤氏、右からお二人目が黒川氏です。
関係の方々の今後のさらなるご活躍を願って已みません。
目次
油画科
白秋の実弟・北原鉄雄のアルスから出された『アルス大美術講座』。初め、光太郎を含む当時の錚々たる美術家に執筆を依頼、大正14年(1925)5月から翌年2月まで全10巻で刊行されました。その後すぐに科目ごとに組替えされたり、合本になったりして何度も再刊されました。
光太郎の「彫塑総論」は20ページほど。なぜか8月29日刊行の第4巻にも重複して収められたようです。
手持ちのものは、組替え再刊による合本(大正15年=1926 5月31日)。
それから昭和5年(1930)7月8日の組替え再刊。巻号が第5巻に変更されています。
され、令和4年(2022)には楽譜集に収録、令和5年(2023)にメゾソプラノの清水邦子氏の歌唱でCD(ライナーノートを書かせていただきました)もリリースされた組曲『智恵子抄』から抜粋で2曲、「人に」「あどけない話」がプログラムに入っていまして、ご招待にあずかった次第です。
アンコールまで含めて30曲余り、すべて朝岡氏の作曲です。これだけ精力的に歌曲を作曲、さらに発表なさっている例は稀有なのではないかと思います。「朝岡真木子歌曲コンサート」と銘打つ形はほぼこの時期の定期演奏会的な感じでもう9回を重ね、来年は第10回記念とすでに予告されています。それ以外の特別な演奏会もいろいろ手がけられていますし。
さらに特筆すべきは、全曲、ご自身でピアノ伴奏を弾かれていること。寡聞にして存じませんが、こういう例もあまりないのではないでしょうか。オーケストラ系で作曲者が指揮をするというケースは昔からよくありますが。ちなみに光太郎は、自身の「ラコッツィ行進曲」の初演でタクトを振ったベルリオーズを描いた長詩「ラコツチイ マアチ」(大正10年=1921)を書いています。
歌い手さんは総勢7名の方々。
「智恵子抄」を歌われたのは、ソプラノの前澤悦子氏。朝岡氏作曲のコンサートご常連ですが、「智恵子抄」を歌われたのは初めてかと存じます(違ったらすみません)。伸びやかな歌声で、美しくも哀しい「智恵子抄」の世界を存分に表現されていました。
それから、昨年、清水邦子氏とのお二人を花巻にご案内した黒川京子氏もご出演。今回は歌われつつMCもなさり、さらに終演後にうかがったところによると、全体の構成もなさったそうで。清水氏はご出演されませんでしたが、客席にいらっしゃいました。ちなみに黒川氏、清水氏、4月2日(木)の連翹忌の集いにご参加予定です。朝岡氏ははずせない用事がおありだそうで……。
全30曲あまり、詩も曲もバリエーションに富み、飽きさせません。歌詞として古いものは、「智恵子抄」の二曲と、光太郎の姉貴分・与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」(明治37年=1904)。少し新しく、立原道造、茨木のり子。また、モチーフとして古いもので、光太郎と同年の明治16年(1883)に生まれた新版画の川瀬巴水作品からインスパイアを受けて、林望氏が書かれた連作詩「夕暮れ巴水」。朝岡氏、昨年には東京オペラシティさんで「秋に寄せる音楽のパレット 朝岡真木子の世界~新作「夕暮れ巴水」の郷愁~斉藤京子の歌とともに」という演奏会もなさっています。それが初演だったのでしょう。
余談ですが、今、このブログを書いているPCのある自宅兼事務所の執務室には、巴水の複製が一枚、壁にかかっています(後はトイレにも(笑))。
朝岡氏、林氏以外の現代詩人の方々ともご昵懇で、その皆さんの詩に曲を付けられています。そのうち、何人かの詩人さんたちも客席にいらっしゃり、終演後に紹介されていました。星乃ミミナ氏、岡崎カズヱ氏、柏木隆雄氏など。これもこの演奏会での恒例ですが。
その終演後の、全出演者の皆さん。左からお二人目が朝岡氏、二人置いて「智恵子抄」を歌われた前澤氏、右からお二人目が黒川氏です。
関係の方々の今後のさらなるご活躍を願って已みません。
【高村光太郎書誌】
本人著作(部分)3 『アルス大美術講座』第3巻
大正14年(1925)7月31日 アルス 北原鉄雄編
目次
油画科
風景画法 鍋井克之 パステル画法 矢崎千代二
東洋画科
東洋画科
人物画法 土田麦僊
彫塑科
彫塑総論 高村光太郎 塑造 藤川勇造 鋳銅 藤井浩祐
美術図案 恩地孝四郎
工芸美術 畑正吉
日本美術史(古代) 藤懸静也
新興美術解説 一氏義良
名作解説 木村荘八
技法沿革史
壁画及びフレスコ 寺崎武男 初学者のための手引 編輯部
美術家のグループとその生活 編輯部
美術家のグループとその生活 編輯部
白秋の実弟・北原鉄雄のアルスから出された『アルス大美術講座』。初め、光太郎を含む当時の錚々たる美術家に執筆を依頼、大正14年(1925)5月から翌年2月まで全10巻で刊行されました。その後すぐに科目ごとに組替えされたり、合本になったりして何度も再刊されました。
光太郎の「彫塑総論」は20ページほど。なぜか8月29日刊行の第4巻にも重複して収められたようです。
手持ちのものは、組替え再刊による合本(大正15年=1926 5月31日)。
それから昭和5年(1930)7月8日の組替え再刊。巻号が第5巻に変更されています。














