光太郎の父・光雲関連で2件。
まずは雑誌の最新号です。
まずは雑誌の最新号です。
発行日 : 2026年3月25日(水)
版 元 : 新潮社
定 価 : 1,700円(税込)
昨年、東京と京都で開催された「西洋絵画、どこから見るか?」展をご記憶ですか。内容は、サブタイトルに「ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館VS国立西洋美術館」とある通り。両館のコレクションはルーヴルやプラド程の規模ではないものの、それぞれ強いジャンルがあり、優れた作品にも事欠かない。互いの長所を組合せ、独自の切口で見せる同展のあまりの面白さに、同じことを東博と西美でやってみたい!と思ったのが、特集「比べてわかる日本美術と西洋美術 対話するコレクション 東京国立博物館×国立西洋美術館」の出発点です。美術史家の山下裕二氏と宮下規久朗氏がセレクトした東博・西美の作品を肖像・風景・聖像などのジャンルや「巧い」「かわいい」「ほのぼの」などのキーワードでペアリングしました。スリリングな二十番の絵合わせにより、作品を見る解像度がグーっとアップすること受け合い。そう、“比べてわかる”は伊達ではないのです。
一番 忘れられない肖像画
【特集】東京国立博物館×国立西洋美術館 対話するコレクション 比べてわかる日本美術と西洋美術
案内役 [東軍]山下裕二 [西軍]宮下規久朗
昨年、東京と京都で開催された「西洋絵画、どこから見るか?」展をご記憶ですか。内容は、サブタイトルに「ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館VS国立西洋美術館」とある通り。両館のコレクションはルーヴルやプラド程の規模ではないものの、それぞれ強いジャンルがあり、優れた作品にも事欠かない。互いの長所を組合せ、独自の切口で見せる同展のあまりの面白さに、同じことを東博と西美でやってみたい!と思ったのが、特集「比べてわかる日本美術と西洋美術 対話するコレクション 東京国立博物館×国立西洋美術館」の出発点です。美術史家の山下裕二氏と宮下規久朗氏がセレクトした東博・西美の作品を肖像・風景・聖像などのジャンルや「巧い」「かわいい」「ほのぼの」などのキーワードでペアリングしました。スリリングな二十番の絵合わせにより、作品を見る解像度がグーっとアップすること受け合い。そう、“比べてわかる”は伊達ではないのです。
一番 忘れられない肖像画
[東博]《一休和尚像》×[西美]フォンターナ《アントニエッタ・ゴンザレスの肖像》
二番 近代彫刻の横綱たち
[東博]高村光雲《老猿》×[西美]ロダン《カレーの市民》
三番 驚異の工芸品
[東博]濤川惣助《七宝富嶽図額》×[西美]橋本コレクションの指輪
四番 版画のビジュアル・ショック
[東博]東洲斎写楽 第一期連作大首絵×[西美]カロ《戦争の悲惨(大)》
五番 狂気と美
[東博]上村松園《焔》×[西美]スーティン《心を病む女》
六番 空間を創出する風景画
[東博]長谷川等伯《松林図屏風》×[西美]モネ《睡蓮》
七番 その巧さに舌を巻く
[東博]林十江《鰻図》×[西美]ブーグロー《小川のほとり》
八番 かわいくてキュンキュンしちゃう
[西美]クラーナハ《ホロフェルネスの首を持つユディト》×[東博]《埴輪 踊る人々》
九番 その渋さがたまらない
[東博]伝周文《竹斎読書図》×[西美]シャヴァンヌ《貧しき漁夫》
十番 やんごとなき聖像
[西美]カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》×[東博]《普賢菩薩像》
十一番 美麗本
[西美]内藤コレクションの中世写本×[東博]《古今和歌集(元永本)》
十二番 謎に満ちている
[東博]《菩薩立像》×[西美]フェルメール(に帰属)《聖プラクセディス》
十三番 ほのぼの、しみじみ
[東博]久隅守景《納涼図屏風》×ゴーガン《海辺に立つブルターニュの少女たち》
十四番 パノラミックな群像劇
[東博]岩佐又兵衛《洛中洛外図屏風》×[西美]ルカ・ジョルダーノ《マギの礼拝》
十五番 動物へのまなざし
[東博]伝毛松《猿図軸》×[西美]クールベ《罠にかかった狐》
十六番 リアリズムの行き着くところ
[西美]バスケニス《楽器のある静物》×[東博]速水御舟《京の舞妓》
十七番 あの世からうらめしや
[東博]葛飾北斎 木版連作「百物語」×
[西美]フュースリ《グイド・カンティの亡霊に出会うテオドーレ》
[西美]フュースリ《グイド・カンティの亡霊に出会うテオドーレ》
十八番 もっと評価されるべき
[東博]渡辺省亭《赤坂離宮花鳥図画帳下絵》×
[西美]ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖トマス》
[西美]ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖トマス》
十九番 さすが東博、さすが西美 近年の新収蔵品
[東博]李公麟《五馬図巻》×[西美]スルバラン《聖ドミニクス》
二十番 選者交代! 好きなんです
[西美]カぺ《自画像》×[東博]李氏《瀟湘臥遊図巻》
東京国立博物館 本館のコレクション展エリアMAP
国立西洋美術館 常設展エリアMAP
70ページほどで組まれた特集は、共に上野にある東京国立博物館さんと国立西洋美術館さんが舞台。それぞれの収蔵品から、20のテーマで東西の名品を紹介しつつ、「比べてわかる日本美術と西洋美術」ということで、共に美術史がご専門の、明治学院大学さん山下裕二教授、神戸大学の宮下規久朗教授のお二人が熱いトークを繰り広げるというコンセプトです。作品の選択もお二人と思われますが、それで勝負をして何勝何敗、というわけではありません。
光雲に関しては「二番 近代彫刻の横綱たち」で東京国立博物館さん所蔵の「老猿」。対するは国立西洋美術館さん前庭に立つロダンの「カレーの市民」。
山下教授と言えば、光太郎嫌いで有名です。昔は光太郎芸術を好意的に紹介して下さっていたのですが、教授が推し進めている明治期のいわゆる「超絶技巧」系を光太郎が腐していると知るや、方向転換なさったのではないかと思われます。
例えば「自在置物」。江戸期の甲冑師の流れを汲む職人たちの手によって作られた金属工芸で、動物の模型を写実的に作るのみならず、体節・関節の部分を本物のように動かすことが可能な造りになっています。下記はやはりトーハクさん所蔵のもの。
以前にも書きましたが、光太郎、こうした「自在置物」をこう評しています。談話筆記「炉辺雑感」(昭和28年=1953)から。
世間にはよく実物そつくり創ろうとする人がいる。ことに金でつくつたのなんかには、実に巧みに本物と似せてつくられているものがある。例えば、エビやカニの場合だつたらその足が動くようにできている。しかし、そういうものはいかに本物そつくりにできていても本物をへだゝること遙かに遠い。本物を創る為には本物にとらわれてはいけない。本物にとらわれて、本物に似せようとすると、本当の造型にはならないで、おもちやになつてしまう。
「おもちゃ」は言い過ぎだろ、と思うのですが、「具象」をどう進めるかという点での光太郎のスタンスがよく表されています。
当方は「自在置物」のような超絶技巧を頭から否定するわけではありません。その複雑な機構を可能ならしめる技術には舌を巻くばかりですし、そうした技術の継承は成されるべきと思います。しかし、光太郎の言うように、それを「芸術」としていいものかというと、首をかしげざるを得ません。
作者が自身のフィルターを通さずただ見たものを見たままに表現するだけでは、「本物そっくりだ」で終わりです。その作品を通して作者が何を訴えたいのか、そういうものが見えてこなければ「芸術」とは言えますまい。やはり超絶技巧系の彩色牙彫など、まさにそんな感じだと思います。ひところちょっとしたブームになってさまざまなメディア等に取り上げられたり、企画展の目玉となったりしましたが、最近は飽きられてきたようで、あまり聞きません。
もっとも、超絶技巧系の作者たち(特に「自在置物」など)は、自らの作を「芸術」とは捉えていなかったように思われます。また、逆に技巧を伴わない稚拙な作品を「芸術」と呼べるか、ということにもなります。
光太郎、「書」を論じる中で、そのあたりにも言及しています。やはり基本的な技巧はしっかり身につけておくべきであると言うのが立脚点です。昭和14年(1939)の「書について」という散文から。
書はもとより造形的のものであるから、その根本原理として造型芸術共通の公理を持つ。比例均衡の制約。筆触の生理的心理的統整。布置構造のメカニズム。感覚的意識伝達としての知性的デフオルマシヨン。すべてさういふものが基礎となつてその上に美が成り立つ。さういふものを無視しては書が存在し得ない。
ところが、時折、こまごまとした技巧に囚われない、我流だけれどもいい書に出会うことがあるとします。
生れたままの自然発生的な書といふものにもいろいろあつて、生れながらに筆硯的感覚を多分に持つてゐる人のは、或る点まで立派に書格を保有し、無邪気で、自然で、いい加減な習字先生のよりも遙に優れたものとなる。(略)いつの間にか、性格まる出しの、まねてまねられない、或は奇逸の、或は平明清澄の妙域に進み入り、ことに老年にでもなると、おのづから一種の気品が備はつて来て、欲も得もない佳い字を書くやうになる。
後半部分、まるで相田みつをの書ですね。しかし、それを手放しで褒めるかというとそうではありません。
さういふ佳品を目にするのはたのしいものであるが、さればといって、此を伝統の骨格を持ち、鍛冶の效をつんで厳然とした規格の地盤に根を張つた逸品の前に持ち出すと、やつぱり免れ難い弱さがあり、浅さがあり、何となく見劣りのするものである。
このくだりを読むと、書家の方々が相田みつをの書を書と認めない理由がうなずけるような気がします。
そしてこうも。
人工から起つたものは何処までも人工の道を究めつくすのが本当であり、それには人工累積の美を突破しなければならないのである。生れながらに筆硯的感覚を持つてゐる人のですらさうであるから、もともとさういふ性来を持たない者の強引の書となると多くは俗臭に堕する傾がある。意地ばかりで出来た字、神経ばかりで出来た字、或は又逆に無神経ばかりで出来た字、ぐうたらばかりで出来た字が生れる。
「感性」頼りではだめ、ということですね。
ところが「技巧」ばかりでもいけないわけで、ちゃんとその点も押さえて「なまじつか習つた能筆風な無性格の書」「うまいけれどもつまらない」と、「技巧」だけのものも否定しています。
「感性」と「技巧」、結局は優れた「感性」を以て「人工累積の美を突破しなければならないのである」というところに尽きるかと思います。突破するためにはそれらをしっかり身につけた上で、ということにもなります。10代の少年のうちに写実の技法をほぼ究めてしまい、その上でキュビスムを編み出したピカソなどが良い例でしょう。
そういう見方でいわゆる「超絶技巧」の作品群を捉えたいものです。もっとも、さまざまな分野のものを「超絶技巧」とひとくくりにするのもどうかと思われますが。中には光太郎曰くの「人工累積の美を突破」したといえるものもあれば、「技巧」だけの「本物の影のようなもの」もあるわけで。
長くなりました。急ぎます。
光雲の木彫が出る展示、仙台で来月始まります。
総展示作品は140点以上
光雲作品は「聖観世音菩薩」昭和3年(1928)。当方、令和6年(2024)に拝見して参りました。光雲晩年の作で、見事な造りです。
しかし光太郎にかかると……
父の作品には大したものはなかつた。すべて職人的、仏師屋的で、又江戸的であつた。楠公は五月人形のやうであり、「南洲」は置物のやうであり、数多い観音、阿弥陀の類にはどれにも柔媚の俗気がただよつてゐた。
やはりちょっと言い過ぎ感がありますね。山下教授、こういう言も光太郎を嫌う一因なのでしょうか。
続く部分では「老猿」についても容赦なく……
大きな栃の木で作つた「老猿」も部分の肉合ひなどに彫刻的面白味がないではないが、大体の着想なり、表現形式なりがあまり幼稚なので高くは買へない。
もっとも、光雲にしてみれば、「自分は「芸術家」などではない」という感覚だったのかも知れませんが。
引用文は昭和29年(1954)の「父との関係」からのものですが、同じ文章の中で光雲の若い頃の作は褒めています。
むしろ丁稚奉公時代に作つた「犬の首」の木彫習作とか、宮内省蔵の「ちやぼ」とか、皇后職にある筈の「狆」とかいふものが、いちばんいい。それには青年の純粋な、真剣な意気込が感じられ、又自然の美にめざめた者の驚きとその美へのひたむきな肉迫とが見てとれる。これは時代的にも意義がある。
なかなか親子関係というものは難しいものですね……。
閑話休題、島川さんのコレクション展、ぜひ足をお運び下さい。
高村光太郎 1902-1907
光太郎、そして姉貴分の与謝野晶子の、主に『明星』に載った短歌を集めたものです。前年に出た詩集『道程』版元の抒情詩社の内藤鋠策が、光太郎の才能に惚れ込み、実入りにしてやろうと編みました。すでに『みだれ髪』で名を成していた晶子と一冊にすれば売れるだろうという意図だったそうです。
70ページほどで組まれた特集は、共に上野にある東京国立博物館さんと国立西洋美術館さんが舞台。それぞれの収蔵品から、20のテーマで東西の名品を紹介しつつ、「比べてわかる日本美術と西洋美術」ということで、共に美術史がご専門の、明治学院大学さん山下裕二教授、神戸大学の宮下規久朗教授のお二人が熱いトークを繰り広げるというコンセプトです。作品の選択もお二人と思われますが、それで勝負をして何勝何敗、というわけではありません。
光雲に関しては「二番 近代彫刻の横綱たち」で東京国立博物館さん所蔵の「老猿」。対するは国立西洋美術館さん前庭に立つロダンの「カレーの市民」。
山下教授と言えば、光太郎嫌いで有名です。昔は光太郎芸術を好意的に紹介して下さっていたのですが、教授が推し進めている明治期のいわゆる「超絶技巧」系を光太郎が腐していると知るや、方向転換なさったのではないかと思われます。
例えば「自在置物」。江戸期の甲冑師の流れを汲む職人たちの手によって作られた金属工芸で、動物の模型を写実的に作るのみならず、体節・関節の部分を本物のように動かすことが可能な造りになっています。下記はやはりトーハクさん所蔵のもの。

世間にはよく実物そつくり創ろうとする人がいる。ことに金でつくつたのなんかには、実に巧みに本物と似せてつくられているものがある。例えば、エビやカニの場合だつたらその足が動くようにできている。しかし、そういうものはいかに本物そつくりにできていても本物をへだゝること遙かに遠い。本物を創る為には本物にとらわれてはいけない。本物にとらわれて、本物に似せようとすると、本当の造型にはならないで、おもちやになつてしまう。
「おもちゃ」は言い過ぎだろ、と思うのですが、「具象」をどう進めるかという点での光太郎のスタンスがよく表されています。
その前後にはこういう言も。
蟬のあの脚を木でこしらえるのは、実に大変な仕事だ。芸術は一つの創造だから、事実ありのまゝの模写じやいけない。細いものを細く創つたんじや駄目。蟬の羽根は非常に薄いが、あれをそのまゝ薄く創つたんじや変なものになつてしまう。決して薄くなんて見えない。厚く見える。思いきつて厚く創ると却つて薄く見える。これが芸術というものである。
彫刻は、蟬なら蟬を創るにしても一遍蟬から離れて、別の立場に立つて創らなければならない。そうすることによつて、はじめて蟬が模写にもおもちやにもならず、本当の蟬となることができる。人間の顔でも、その人を生写しにするというのでは彫刻にならない。たゞその人らしいものはできる。その人らしいもの、その人の影法師みたいなものはできるが、その人はできない。本物の影のようなもの、泡みたいなものを掴んでこれが彫刻だと喜んでいる人も少くないが、僕らはそんなものは彫刻と思えない。彫刻は、本当に出来れば、その人以上にその人となる。蟬以上に蟬、石以上に石となる。実物そつくりというわけじやないが、実物以上に実物となる。――これが造形芸術の奥の手である。
当方は「自在置物」のような超絶技巧を頭から否定するわけではありません。その複雑な機構を可能ならしめる技術には舌を巻くばかりですし、そうした技術の継承は成されるべきと思います。しかし、光太郎の言うように、それを「芸術」としていいものかというと、首をかしげざるを得ません。
作者が自身のフィルターを通さずただ見たものを見たままに表現するだけでは、「本物そっくりだ」で終わりです。その作品を通して作者が何を訴えたいのか、そういうものが見えてこなければ「芸術」とは言えますまい。やはり超絶技巧系の彩色牙彫など、まさにそんな感じだと思います。ひところちょっとしたブームになってさまざまなメディア等に取り上げられたり、企画展の目玉となったりしましたが、最近は飽きられてきたようで、あまり聞きません。
もっとも、超絶技巧系の作者たち(特に「自在置物」など)は、自らの作を「芸術」とは捉えていなかったように思われます。また、逆に技巧を伴わない稚拙な作品を「芸術」と呼べるか、ということにもなります。
光太郎、「書」を論じる中で、そのあたりにも言及しています。やはり基本的な技巧はしっかり身につけておくべきであると言うのが立脚点です。昭和14年(1939)の「書について」という散文から。
書はもとより造形的のものであるから、その根本原理として造型芸術共通の公理を持つ。比例均衡の制約。筆触の生理的心理的統整。布置構造のメカニズム。感覚的意識伝達としての知性的デフオルマシヨン。すべてさういふものが基礎となつてその上に美が成り立つ。さういふものを無視しては書が存在し得ない。
ところが、時折、こまごまとした技巧に囚われない、我流だけれどもいい書に出会うことがあるとします。
生れたままの自然発生的な書といふものにもいろいろあつて、生れながらに筆硯的感覚を多分に持つてゐる人のは、或る点まで立派に書格を保有し、無邪気で、自然で、いい加減な習字先生のよりも遙に優れたものとなる。(略)いつの間にか、性格まる出しの、まねてまねられない、或は奇逸の、或は平明清澄の妙域に進み入り、ことに老年にでもなると、おのづから一種の気品が備はつて来て、欲も得もない佳い字を書くやうになる。
後半部分、まるで相田みつをの書ですね。しかし、それを手放しで褒めるかというとそうではありません。
さういふ佳品を目にするのはたのしいものであるが、さればといって、此を伝統の骨格を持ち、鍛冶の效をつんで厳然とした規格の地盤に根を張つた逸品の前に持ち出すと、やつぱり免れ難い弱さがあり、浅さがあり、何となく見劣りのするものである。
このくだりを読むと、書家の方々が相田みつをの書を書と認めない理由がうなずけるような気がします。
そしてこうも。
人工から起つたものは何処までも人工の道を究めつくすのが本当であり、それには人工累積の美を突破しなければならないのである。生れながらに筆硯的感覚を持つてゐる人のですらさうであるから、もともとさういふ性来を持たない者の強引の書となると多くは俗臭に堕する傾がある。意地ばかりで出来た字、神経ばかりで出来た字、或は又逆に無神経ばかりで出来た字、ぐうたらばかりで出来た字が生れる。
「感性」頼りではだめ、ということですね。
ところが「技巧」ばかりでもいけないわけで、ちゃんとその点も押さえて「なまじつか習つた能筆風な無性格の書」「うまいけれどもつまらない」と、「技巧」だけのものも否定しています。
「感性」と「技巧」、結局は優れた「感性」を以て「人工累積の美を突破しなければならないのである」というところに尽きるかと思います。突破するためにはそれらをしっかり身につけた上で、ということにもなります。10代の少年のうちに写実の技法をほぼ究めてしまい、その上でキュビスムを編み出したピカソなどが良い例でしょう。
そういう見方でいわゆる「超絶技巧」の作品群を捉えたいものです。もっとも、さまざまな分野のものを「超絶技巧」とひとくくりにするのもどうかと思われますが。中には光太郎曰くの「人工累積の美を突破」したといえるものもあれば、「技巧」だけの「本物の影のようなもの」もあるわけで。
長くなりました。急ぎます。
光雲の木彫が出る展示、仙台で来月始まります。
期 日 : 2026年4月6日(月)~10月8日(木)
会 場 : 島川美術館 宮城県仙台市青葉区本町2-14-24
時 間 : 11:00~15:00
休 館 : 毎週金・土・日 祝祭日
料 金 : 一般 1,000円(800円) 高校生 800円(300円) 小・中学生 300円(100円)
( )内20名以上団体料金
( )内20名以上団体料金
総展示作品は140点以上
メイン展示作品
横山大観《霊峰不二》1939年 山川賀壽雄《朝(はじまり)》2017年
川合玉堂《山村晩煙図》 葛西四雄《風景》
森本草介《ひざまずくヌード》2007年 高村光雲《聖観世音菩薩》1928年
森本純《夏みかん》 森本草介《ジャーマンアイリス》1978年
その他展示作品
加山又造「しだれ桜」 岸田劉生「麗子像」
小磯良平「踊り子」 佐伯祐三「キュラソーの瓶のある静物」
小磯良平「踊り子」 佐伯祐三「キュラソーの瓶のある静物」
杉山寧「嵤」 田中一村「黄昏」
中島千波「紅牡丹」「白牡丹」 速水御舟「芙蓉」
東山魁夷「春静」 平山郁夫「流沙浄土変」
森本草介「POSE」 カシニョール「海に面したバルコニー」
ユトリロ「サントセシル ラヴァールズ」 マリーローランサン「チェロと女」
他
光雲作品は「聖観世音菩薩」昭和3年(1928)。当方、令和6年(2024)に拝見して参りました。光雲晩年の作で、見事な造りです。しかし光太郎にかかると……
父の作品には大したものはなかつた。すべて職人的、仏師屋的で、又江戸的であつた。楠公は五月人形のやうであり、「南洲」は置物のやうであり、数多い観音、阿弥陀の類にはどれにも柔媚の俗気がただよつてゐた。
やはりちょっと言い過ぎ感がありますね。山下教授、こういう言も光太郎を嫌う一因なのでしょうか。
続く部分では「老猿」についても容赦なく……
大きな栃の木で作つた「老猿」も部分の肉合ひなどに彫刻的面白味がないではないが、大体の着想なり、表現形式なりがあまり幼稚なので高くは買へない。
もっとも、光雲にしてみれば、「自分は「芸術家」などではない」という感覚だったのかも知れませんが。
引用文は昭和29年(1954)の「父との関係」からのものですが、同じ文章の中で光雲の若い頃の作は褒めています。
むしろ丁稚奉公時代に作つた「犬の首」の木彫習作とか、宮内省蔵の「ちやぼ」とか、皇后職にある筈の「狆」とかいふものが、いちばんいい。それには青年の純粋な、真剣な意気込が感じられ、又自然の美にめざめた者の驚きとその美へのひたむきな肉迫とが見てとれる。これは時代的にも意義がある。
なかなか親子関係というものは難しいものですね……。
閑話休題、島川さんのコレクション展、ぜひ足をお運び下さい。
【高村光太郎書誌】
本人著作(部分)2 『高村光太郎 与謝野晶子』傑作歌選別輯
大正4年(1915)12月5日 抒情詩社 高村光太郎/与謝野晶子著 内藤鋠策編
目次高村光太郎 1902-1907
第一
第二
第三
第四
与謝野晶子 1901-1913
光太郎、そして姉貴分の与謝野晶子の、主に『明星』に載った短歌を集めたものです。前年に出た詩集『道程』版元の抒情詩社の内藤鋠策が、光太郎の才能に惚れ込み、実入りにしてやろうと編みました。すでに『みだれ髪』で名を成していた晶子と一冊にすれば売れるだろうという意図だったそうです。







