岩手レポートの2回目です。

2月21日(土)、東北本線花巻駅前のなはんプラザさんで開催されたトークイベント「光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」に出演後、レンタカーを新花巻駅で返却し、東北新幹線で盛岡へ。当初、盛岡行きのつもりはなかったため、こうなりました。予定していれば盛岡までレンタカーで行っていました。

盛岡での目的地は鉈屋町のもりおか町家物語館さん。こちらで「岩手ゆかりの近代詩文書作品展」が開催され、光太郎詩の一節等を書かれた書が複数出ているという情報を直前に得たため、急遽向かった次第です。
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現地へは盛岡駅からタクシーで。行ってみるまで詳しく存じませんでしたが、鉈屋町一帯は古い街並みが残り、古民家をリノベーションした店舗なども多く、けっこう観光客の皆さんなどでにぎわっていました。余裕があればぜひ歩いてみたいところでしたが。

やがて到着。これも行ってみて気づいたのですが、複数の建物を使った複合施設でした。
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会場は「大正蔵」という大きな建物で、1階はショップやカフェ、2階がギャラリー。その2階です。
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30点あまりが並んでいます。
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「岩手ゆかり」ということで、石川啄木、宮沢賢治、新渡戸稲造など。

そして我らが光太郎。「岩手出身」とされてしまうと対象外ですが「ゆかり」としていただいているのでありがたいところです。
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言わずと知れた「道程」(大正3年=1914)。
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俳句「熊出ると いふ峠路の あけびかな」。昨今、岩手でも熊の出没情報や痛ましい人身被害の報道などが聞かれますが、この句はまだ光太郎が花巻疎開前の昭和17年(1942)、上州湯ノ小屋温泉で詠まれたもので、若い友人で共に詩人の風間光作、西山勇太郎との旅路の最中でした。この際には宝川温泉さんにも宿泊しています。
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「牛」(大正2年=1913)の一節。冒頭の「牛」一字が実にいい感じですね。
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冬を愛した光太郎の真骨頂、詩「冬の言葉」(昭和2年=1927)から。
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同じく「冬が来た」(大正2年=1913)から。
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左は詩「岩手の人」のよく引用される一節。右が『智恵子抄』中の絶唱「レモン哀歌」(昭和14年=1939)全文。

今回で4回目ということで、一昨年の第2回の際には光太郎がらみの報道も為されました。今後も継続されていくことを祈念いたします。

再びタクシーで盛岡駅に戻り、また花巻を通過して帰りました。以上、岩手レポートを終わります。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)53 『ロダンの言葉』 

昭和34年(1959)7月25日 新潮社(新潮文庫) 高村光太郎訳著
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目次
 凡例
 ロダンの芸術(ユージエヌ カリエール)
 ロダン手記
  ヹヌス 中世期芸術への入門―原則 フランスの自然 ランスの本寺 夜の本寺
  本寺別記 断片 手紙
 ジユヂト クラデル筆録
 ポール グゼル筆録
  肉づけ 芸術に於ける神秘 芸術に於ける動静 断片
 カミーユ モークレール筆録
 フレデリク ロートン筆録
  古代芸術の教訓(一) 古代芸術の教訓(二) 断片
 ロダンの手帳(クラデル編)
  昔の仕事場と今日の学校 構造と肉付け 古代芸術の伝統的法則
 解説 尾崎喜八

大正5年(1916)に阿蘭陀書房から出た初版に準ずる内容です。新たに収められた解説は光太郎と交流の深かった尾崎喜八でした。

手持ちのものは昭和39年(1964)6月30日の第4刷です。