何度か取引させていただいた小金井市の美術専門古書店・えびな書店さんから新しい在庫目録が届きました。
「一、新蒐品」のページには直接光太郎に関わる品はありませんでしたが、交流のあった人々の絵画作品や書作品、書簡、草稿なども多く、興味深く拝見しました。親友だった水野葉舟、柏亭・鶴三の石井兄弟、留学仲間の津田青楓や有島生馬、光太郎を敬愛していた少し年下の宮崎丈二・岸田劉生、姉貴分・与謝野晶子、智恵子の方でも平塚らいてうなどなど。
それら、他店と比較すると価格設定が明らかに良心的なのですが、さらに驚いたのが「二、精選在庫品」のページ。「開店44周年記念」というよくわからない理由で(笑)、全品2割引とのこと。
こちらには光太郎の書作品が3点出ていました。
左上が「源にかへるもの力あり」。元ネタは昭和17年(1942)作の翼賛詩「みなもとに帰るもの」の一節のアレンジです。右下で「太田村 やまぐちやまの 山かげに ひえをくらひて 蟬彫る吾は」。花巻郊外旧太田村の山小屋で隠棲中に詠んだ短歌が認(したた)められているマクリです。最後に左下はフランスのことわざ「盃と口とは遠し」を書いた戦前と思われる色紙。「源に……」と「盃と……」は令和3年(2021)9月、「太田村……」は同年12月の目録に初登場でした。
ちなみに一緒に画像が並んでいる小杉放庵(未醒)も光太郎とわずかながら交流がありました。
後の方のページには、色紙「詩とは不可避なり」、詩人の中野秀人に宛てた書簡(昭和2年=1927)、それから光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝だった豊周の作も。色紙は令和2年(2020)6月、中野宛書簡は同年(2020)10月に売りに出ていました。ちなみにそれぞれの際も2割引フェア中でした。

「二、精選在庫品」のページでは光太郎作品は5点のみですが、表紙には「在庫品全点2割引」とあります。上記以外にも「高村光太郎」で検索すると、以下の通り。
金に糸目をつけない生活ができていれば、すべて入手したいところですが(笑)。
「二、精選在庫品」にも光太郎智恵子と交流のあった人々の作品等がずらっと出ています。2割引フェアがいつまでかは明記されていませんが、余裕のある方、ぜひどうぞ。できればその後、各種展覧会等への貸与もやぶさかでないよ、という方に買われてほしいものですが。

それら、他店と比較すると価格設定が明らかに良心的なのですが、さらに驚いたのが「二、精選在庫品」のページ。「開店44周年記念」というよくわからない理由で(笑)、全品2割引とのこと。
こちらには光太郎の書作品が3点出ていました。
左上が「源にかへるもの力あり」。元ネタは昭和17年(1942)作の翼賛詩「みなもとに帰るもの」の一節のアレンジです。右下で「太田村 やまぐちやまの 山かげに ひえをくらひて 蟬彫る吾は」。花巻郊外旧太田村の山小屋で隠棲中に詠んだ短歌が認(したた)められているマクリです。最後に左下はフランスのことわざ「盃と口とは遠し」を書いた戦前と思われる色紙。「源に……」と「盃と……」は令和3年(2021)9月、「太田村……」は同年12月の目録に初登場でした。
ちなみに一緒に画像が並んでいる小杉放庵(未醒)も光太郎とわずかながら交流がありました。
後の方のページには、色紙「詩とは不可避なり」、詩人の中野秀人に宛てた書簡(昭和2年=1927)、それから光太郎実弟にして鋳金分野の人間国宝だった豊周の作も。色紙は令和2年(2020)6月、中野宛書簡は同年(2020)10月に売りに出ていました。ちなみにそれぞれの際も2割引フェア中でした。

「二、精選在庫品」のページでは光太郎作品は5点のみですが、表紙には「在庫品全点2割引」とあります。上記以外にも「高村光太郎」で検索すると、以下の通り。
金に糸目をつけない生活ができていれば、すべて入手したいところですが(笑)。
「二、精選在庫品」にも光太郎智恵子と交流のあった人々の作品等がずらっと出ています。2割引フェアがいつまでかは明記されていませんが、余裕のある方、ぜひどうぞ。できればその後、各種展覧会等への貸与もやぶさかでないよ、という方に買われてほしいものですが。
【高村光太郎書誌】
本人著作(全体)49 『詩集 典型以後』
昭和31年(1956)9月5日 中央公論社 高村光太郎著
目次 東北の秋 昭和二十五年十一月「婦人の友」
開拓に寄す 昭和二十五年十一月“岩手県開拓五周年祭”
大地うるはし 昭和二十六年一月「婦人公論」
人間拒否の上に立つ 昭和二十六年一月「心」
明瞭に見よ 昭和二十六年一月「出版ニュース」
船沈まず 昭和二十六年元旦「中部日本新聞」「西日本新聞」「北海道新聞」
智恵子と遊ぶ 昭和二十七年一月「新女苑」
山のともだち 昭和二十七年九月「婦人之友」
ばた屋 昭和二十七年十月「中央公論」
餓鬼 〃
報告 昭和二十八年一月「いづみ」
お正月に 昭和二十八年元旦「朝日新聞」
東京悲歌 昭和二十八年四月「心」
十和田湖畔の裸像に与ふ 昭和二十九年一月「婦人公論」
かんかんたる君子 昭和二十九年元旦「毎日新聞」
記者図 昭和二十九年一月十四日「新聞協会報」
弦楽四重奏 昭和二十九年三月「婦人之友」
新しい天の火 昭和三十年元旦「読売新聞」
開拓十周年 昭和三十年十月“岩手県開拓十周年”
追悼 昭和三十年十二月「婦人之友」
開びやく以来の新年 昭和三十一年元旦「中部日本新聞」「西日本新聞」「北海道新聞」
お正月の不思議 昭和三十一年元旦NHK第二放送「季節のしおり」
生命の大河 昭和三十一年元旦「読売新聞」
あとがき 高村豊周
題名の通り、昭和25年(1950)刊行の詩集『典型』の後に書かれた詩の集成です。この年4月に没した光太郎にはこれらをまとめて出版する意図は無かったと思われますが、「あとがき」を執筆した実弟・豊周、当会の祖・草野心平、そして版元の中央公論社の強い希望があったと思われます。
題名の通り、昭和25年(1950)刊行の詩集『典型』の後に書かれた詩の集成です。この年4月に没した光太郎にはこれらをまとめて出版する意図は無かったと思われますが、「あとがき」を執筆した実弟・豊周、当会の祖・草野心平、そして版元の中央公論社の強い希望があったと思われます。





