昨日は妻と共に栃木県佐野市へ行っておりました。レポートいたします。

まず向かったのが東石美術館さん。
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11年前に訪れた際には前身の佐野東石美術館という名称で、殺風景なビルの一角でしたが、一昨年にリニューアル。東石美術館さんを含む複合施設「東石スカイテラス」として生まれ変わりました。その名の通り、屋上は芝生の広がるテラスとなっており、前庭はイベントスペースとしても使用可。テラスに上がる階段が観覧席にもなる造りです。

メイン施設は東石美術館さん。
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こちらでは「令和八年第一回企画展 雪あかりと春のきざし」が開催中です。
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目玉の出品物の一つとしてポスターに画像が使われている狛犬が、光太郎の父・光雲の作です。顔の部分だけを拡大した獅子頭タイプはこれまでも各地で拝見しましたが、狛犬像は初めてでした。ちなみになぜか作品名が「狗犬」となっているのですが。

特に撮影禁止などの表示が見当たらなかったので、撮らせていただきました。
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像高一尺ほど。阿形の宝珠、吽形の角、それから双方の眼や爪牙、そして首飾りに金彩が施されていますが、それ以外は素の木肌で木目を実に上手く生かした造り。見事でした。360度で見られず、光雲の銘も視認出来なかったのが残念でしたが(銘を見ると単独作か工房作かある程度判断出来ます)。

他に光雲の一番弟子・山崎朝雲や、やはり光雲の系譜に連なる円鍔勝三らの彫刻、光雲に学んだ板谷波山の葆光彩磁、横山大観のナイアガラと万里の長城を描いた双幅の大きな屏風、喜多川歌麿(そういえば栃木とも縁がありました)や安藤広重の浮世絵など。
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眼福でした。

リニューアルされたもののそれほど大きな館ではなく、ちょっと物足りないなぐらいの感じが逆に良いと思いました。「これでもか、これでもか」と並べられるとお腹が一杯になり、結局は各出品物の印象が残らないというケースも多いので。

また、通常入館料は1,000円のところ、2人で行くと800円に割引。さらに今回の半券を次回に提示すればまた800円で入館可と、どこまで良心的なんだ、と思いました。

続いて、御朱印コレクターの妻のリクエストで、車で数分の佐野厄除大師さんへ。関東圏ではテレビCMもよく眼にします。
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分骨と言う定、かの田中正造翁の墓もあり「へ~」でした。また、佐野は「天明鋳物」と呼ばれる鋳造の町としても知られ、梵鐘は地元産だそうで。

帰ってから気づいたのですが、境内には石川啄木の歌碑もあったそうです。やはり足尾銅山の鉱毒事件にまつわるもので、社会問題にも意識高い系だった啄木ならではの歌ですね。

さらに道の駅マニアでもある妻の指示で、郊外の道の駅どまんなかたぬまさん。
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これまでに行ったどの道の駅よりも混雑していました。土曜ということもあったでしょうし、我々同様に佐野厄除大師さんからの流れという方も少なくなかったかもしれません。

ちょうど昼時になる頃でしたので、こちらで名物の佐野ラーメン。
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自分はチャーシュー麺、妻は野菜ラーメン。専門店でのそれには及ばないのかもしれませんが、十分に美味でした。

というわけで、佐野レポートを終わります。東石美術館さんの狛犬展示は3月24日(火)まで。ぜひ足をお運び下さい。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)46 『山の四季』

昭和31年(1956)5月20日 中央公論社 高村光太郎著
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目次

 山の四季
  山の雪 山の人々 山の春 山の秋 花卷温泉 みちのく便り 七月一日 年越し
  雪解けず 開墾 早春の山の花 季節のきびしさ 淋しさ知らぬ孤独 夏の食事
  十二月十五日
 工房にて
  制作現況 人体について 工房にて 美と真実の生活 書についての漫談 書の深淵
  黄山谷について
 回想録
 あとがき

この年4月2日に光太郎が没し、それまで単行書に収録されていなかった詩文等を集めた追悼出版的なものが相次いで出されますが、その第一弾。雑誌『婦人之友』、『婦人公論』などに載った戦後(特に花巻郊外旧太田村時代のもの)の随筆をまとめたものです。クレジットがありませんが、編集は「あとがき」を書いた当会の祖・草野心平でした。