信州松本平地区から演劇公演の情報です。
松本市と安曇野市の高校5校の演劇部さんによる競演。そのうち松本深志高校さんが「智恵子の深呼吸」という演目です。
登場人物は光太郎智恵子の二人のみ。脚本はやはり地元で演劇部顧問をなさっている郷原玲氏という方だそうです。
松本深志高校さんといえば、旧開智学校の流れを汲む伝統校。松本市に隣接する安曇野市には光太郎の親友だった碌山荻原守衛を顕彰し、当方もさんざんお世話になっている碌山美術館さんがあり、光太郎ブロンズが複数常設展示されている他、企画展でもたびたび光太郎智恵子関連を取り上げて下さっています。明治43年(1910)に守衛が早世した際には、光太郎も安曇野に足を運びました。
その安曇野で光太郎智恵子の演劇ということで、喜びに堪えません。
ご興味おありの方、ぜひどうぞ。
標題になっている連作詩「智恵子抄その後」は、この年1月の雑誌『新女苑』に発表されたもので、他に智恵子に直接関わるものは詩「もしも智恵子が」(昭和24年=1949)、詩「噴霧的な夢」(昭和23年=1948)、散文「智恵子の遺作展」(昭和25年=1950)のみ。「智恵子抄」を舞踊にした藤間節子のリサイタルのパンフレットに寄せた「村にて」(昭和24年=1949)、「再び村にて」(昭和25年=1950)に智恵子の名が出て来ますが、メインではありません。
そういった意味では若干の羊頭狗肉感があるものです。
手持ちのものは昭和32年(1957)の版ですが、その時点で既に第18刷。翌年に刊行された新版『智恵子抄』とセットでよく売れていたようです。
期 日 : 2026年2月15日(日)
会 場 : 安曇野市豊科公民館ホール 長野県安曇野市豊科4289番地1
時 間 : 10:00~14:20
料 金 : 無料
さあ、青春ドラマシアターの季節がやってきました。高校生たちの熱く充実した芝居を思う存分にお楽しみください。そして今年も、松本地区2高校演劇部が参加します。これは例年以上に盛り上がること間違いなし! こんな近くで高校生の芝居をまとめて観られる機会はありません。ぜひ、お越しいただき、高校演劇のパワーを感じてください。
参加予定(出演順)
◎豊科高校 10:15~10:45 「さいのはな」
◎豊科高校 10:15~10:45 「さいのはな」
◎南安曇農業高校 11:00~11:30 「サヨナラは雨の日・・・」
◎松本県ヶ丘高校 11:45~12:05 「私には、言えない。」
◎松本深志高校 13:00~13:35 「智恵子の深呼吸」
◎穂高商業高校 13:50~14:20 「豚がいれば良かった教室」


松本深志高校さんといえば、旧開智学校の流れを汲む伝統校。松本市に隣接する安曇野市には光太郎の親友だった碌山荻原守衛を顕彰し、当方もさんざんお世話になっている碌山美術館さんがあり、光太郎ブロンズが複数常設展示されている他、企画展でもたびたび光太郎智恵子関連を取り上げて下さっています。明治43年(1910)に守衛が早世した際には、光太郎も安曇野に足を運びました。
その安曇野で光太郎智恵子の演劇ということで、喜びに堪えません。
ご興味おありの方、ぜひどうぞ。
【高村光太郎書誌】
本人著作(全体)36 『智恵子抄その後』
昭和25年(1950)11月15日 龍星閣 高村光太郎著
目次
智恵子抄その後
函には「詩集」と冠されていますが大半は散文で、言わば「詩文集」というべきものです。オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)の版元・龍星閣が昭和19年(1944)に戦争の激化に伴い休業を余儀なくされましたが、この年、再開。その記念出版的な意味合いもありました。
目次
智恵子抄その後
元素智恵子 メトロポオル 裸形 案内 あの頃 吹雪の夜の独白
太田村山口にて
年越し 雪解けず 開墾 早春の山の花 田植急調子 もしも智恵子が
季節のきびしさ 七月一日 山の少女 噴霧的な夢 ある夫人への返事 信親と鳴瀧
智恵子の遺作展 村にて 再び村にて 女医になつた少女 夏の食事 九月三十日
あとがき
函には「詩集」と冠されていますが大半は散文で、言わば「詩文集」というべきものです。オリジナル『智恵子抄』(昭和16年=1941)の版元・龍星閣が昭和19年(1944)に戦争の激化に伴い休業を余儀なくされましたが、この年、再開。その記念出版的な意味合いもありました。
標題になっている連作詩「智恵子抄その後」は、この年1月の雑誌『新女苑』に発表されたもので、他に智恵子に直接関わるものは詩「もしも智恵子が」(昭和24年=1949)、詩「噴霧的な夢」(昭和23年=1948)、散文「智恵子の遺作展」(昭和25年=1950)のみ。「智恵子抄」を舞踊にした藤間節子のリサイタルのパンフレットに寄せた「村にて」(昭和24年=1949)、「再び村にて」(昭和25年=1950)に智恵子の名が出て来ますが、メインではありません。
そういった意味では若干の羊頭狗肉感があるものです。
手持ちのものは昭和32年(1957)の版ですが、その時点で既に第18刷。翌年に刊行された新版『智恵子抄』とセットでよく売れていたようです。



