1月17日(土)にも上京したのですが、昨日も2件の展覧会を観て回りました。レポートいたします。

まず、渋谷区原宿で写真展「UNBOUND#2」を拝見して参りました。おそらく若手中心と思われる56名の写真家さんたちによる合同展です。
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現地に行ってから気づいたのですが、会場のMIL galleryさん、MIL 2ndさん、いわゆるキャットストリートに面していました。
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昨年11月、福岡で開催されたポートレート展「Fixtyle Portrait Fukoka 8th」に、「智恵子抄」オマージュの作品で参加されたYasuyuki Ibaraki氏という方が、同一の作品を出品なさるということで参上した次第です。
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昨年の福岡での展示と同一の作品もあれば、そうでないものも含まれ、いずれにしても確かに「智恵子抄」の世界観と感じました。「レモン哀歌」(昭和14年=1939)全文が掲げられていましたが、それ以外に智恵子の心の病が顕在化してからの「人生遠視」(同10年=1935)、「山麓の二人」(同13年=1938)あたりからのインスパイアかな、と。勝手な感想ですが。
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他の出品作家の方々の作品も一通り拝見。バリエーションに富んでいて、見飽きることがありませんでした。
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予想より多くの方で賑わっていて最初は意外に感じましたが、56名もの方々の作品が展示されているということで、出品作家の皆さんのお知り合いという風体の方が目につき(高級そうなカメラを首からぶら下げた方など)そういうことか、と納得。書道や絵画の公募展もこんな感じだっけというわけで。

会期が短かったのが残念でしたが、いたしかたありますまい。

出品作家の皆さんの今後のさらなるご活躍を祈念いたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)26 『詩集 記録』

昭和19年(1944)3月20日 龍星閣 高村光太郎著
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目次
 序篇
  白熊 象の銀行 北東の風、雨 のんきな会話 非欧米的なる 秋風をおもふ
  未曾有の時 新しき御慶 紀元二千六百年 重大なる新年 新年に与ふ 危急の日に
 主篇
  大詔渙発 彼等を撃つ 夜を寝ざりし暁に書く 特別攻撃隊の方々に
  或る講演会で読んだ言葉 独居自炊 帝都初空襲 戦歿報道戦士にささぐ
  民国の民と兵とに与ふ 真珠港特別攻撃隊 感激をかくさず 神とともにあり 新天地
  覆滅彼にあり われらの道 戦に清めらる 決戦の年に志を述ぶ 殄滅せんのみ
  紀元節を迎ふ 「撃ちてし止まむ」 あそこで斃れた友に 海軍魂を詠ず 軍人精神
  突端に立つ 厳然たる海軍記念日 五月二十九日のこと 山本元帥国葬
  報道の士をたたふ
 われらの死生 ビルマ独立 友来る おん魂来りうけよ 勤労報国
  粛然たる天兵 
救世観音を刻む人 フイリッピン共和国独立 四人の学生 全学徒起つ
  戦に徹す
 断じてかへさず 激戦未だ終らず 大決戦の日に入る
  第五次ブーゲンビル島沖航空戦
 十二月八日三度来る

『大いなる日に』(昭和17年=1942)、『をぢさんの詩』(同18年=1943)に続く三冊目の翼賛詩集です。

「序篇」は太平洋戦争開戦前の作品群。かつて帝国主義や人種差別を告発するものとして発表した連作詩「猛獣篇」に含まれる大正14年(1925)の「白熊」と同15年(1926)の「象の銀行」(ともに米国留学中の体験に基づく内容です)が、単にアメリカを批判しているということからここに収められるという光太郎自身による韜晦が行われています。

ちなみに「象の銀行」は永らく初出発表誌が不明でしたが、ソウルで発行されていた『朝鮮芸術雑誌 朝』の創刊号(大正15年5月 朝鮮芸術社)と判明しました。

「主篇」は太平洋戦争開戦後のもの。

全ての詩篇に新たに書き起こした前書きが附され、その時々の光太郎の心境がよくわかります。
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奥付では3月20日発行となっていますが、「天皇陛下」を「天皇下陛」とする切腹ものの誤植が見つかり、シールを貼っての訂正のため、実際に店頭に並んだのは5月頃だったようです。