地方紙『岩手日報』さん、昨日の記事から。

書で迫る高村光太郎 県高校教員展 盛岡

 県高校教員書道展(県高校教育研究会書道部主催)は12日まで、盛岡市盛岡駅西通のキオクシアアイーナで開かれている。墨痕鮮やかな力作が来場者の目を引きつける。
 書道教育に携わる28人の約80点を展示。「高村光太郎に寄せて」の共通テーマに沿って詩文をつづったり、好きな言葉や思いなどをしたためたりして、内容も形式も自由で個性が光る作品が並ぶ。
 事務局を務める盛岡市立の伊藤聖子教諭(43)は「教員の研さんの場であり、訪れる方との交流の機会にもなっている。好きな作品を見つけ、書を身近に感じて欲しい」と願う。
 午前9時~午後5時(最終日は同4時)。各日先着10人に色紙などのプレゼントがある。入場無料。
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この書道展についてはまったく存じませんでした。会場のキオクシアアイーナさんのサイトには先月の時点で予告が出ていましたが、「岩手県高等学校で書道を教えている教員による、地域交流を目的とした楽しい書作展です。」というだけで「高村光太郎」の文字が入っていませんで……。

調べたところ、テレビ岩手さんのローカルワイド「5きげんテレビ」でもちらっと紹介されていました。こちらでも「県内の高校で書道を教えている教員たちのバラエティ豊かな作品が並ぶ教員書道展。毎日先着10名様に今年の干支「午」にちなんだ作品のプレゼントもあります。もしかしたら知っている先生の作品もあるかもしれませんよ。」ということで、光太郎の名が出ていませんでした。
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会期は3日間だけで今日までだそうです。もう少し長くてもいいような気がしますね。それならば光太郎がらみの作品だけでも、花巻の高村光太郎記念館さんか、道の駅はなまき西南さんあたりに巡回して下さるとありがたいのですが……。記事に添えられた写真では、左から2点目の幅が光太郎の書論「黄山谷について」(昭和30年=1955)の一節です。曰く「何よりも黄山谷の書は内にこもつた中心からの気魄に満ちてゐて、しかもそれが変な見てくれになつてゐない。強引さがない」。黄山谷(黄庭堅)は中国北宋時代の書家で、自身も独自の書を残した光太郎がことに愛した一人です。

ちなみに花巻高村光太郎記念館さんでは、現在、花巻南高校さんで芸術書道を選択なさった生徒さんたちの光太郎詩文の書が展示されています。先月伺った際、ちょうどその展示が始まるところでした。同校サイトでも紹介されています。
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光太郎自身は自らを「書家」と定義したことはありませんが、独特の優れた書を多く残し、またその書論も同時代では抜きんでた炯眼によって書かれたものでした。今後とも光太郎と書について、掘りさげられた企画が為されることを切に望みます。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)12 『ロダン』 アルス美術叢書普及版

昭和3年(1928)4月4日 アルス 高村光太郎著
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目次
 一、一個の全球
 二、親ゆづり
 三、善い姉さんと腹の出た家と
 四、始まり
 五、実地修行
 六、修道院
 七、下働きと仕立女工
 八、総決算と新時代
 九、苦境と愉楽と
 十、振出しへ返る事
 十一、自己の道
 十二、「歩む人」と「地獄の門」と
 十三、胸像群
 十四、記念像群及「バルザツク」の彫刻的意義
 十五、一九〇〇年以後
 十六、晩年、死、死
 十七、「小さい花子」

昨日ご紹介した、前年刊行の通常版と本文の紙型は同一で、ハードカバーではなくペーパーバックとして出されたものです。