令和8年(2026)となりました。あけましておめでとうございます。
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これまで毎年、300通ほど送っていました年賀葉書ですが、今年は大幅に削減させていただきまして、最低限の枚数といたしました。こちらからは送っておらず、しかしいただいた方には返信いたします。

やはり郵便料金の大幅値上げが大きく、こちらから送って返答していただくにも心苦しいという判断です。苦渋の決断ですが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

さて、ここ数年、元日はこのネタで攻めておりますが、光太郎智恵子、光雲のからみで、区切りのいい周年がどうなっているかのご紹介。年齢は数え年です。

140年前 明治19年(1886) 光太郎4歳 
智恵子、そして 光太郎のすぐ下の弟妹・道利としづ(静子)の双子が誕生しました。

130年前 明治29年(1896) 光太郎14歳 
下谷高等小学校を卒業し、東京美術学校の予備校的な共立美術館に入学しました。
光雲が、上記画像にあります皇居前広場の「楠木正成像」木型制作の慰労金として東京美術学校から慰労金100円を受け取りました。

120年前 明治39年(1906) 光太郎24歳
東京美術学校西洋画科を中退し、3年半にわたる欧米留学に出ました。
最初に滞在したニューヨークで、親友となる碌山荻原守衛の知遇を得ました。

110年前 大正5年(1916) 光太郎34歳
阿蘭陀書房から訳書『ロダンの言葉』を刊行しました。

100年前 大正15年/昭和元年(1926) 光太郎44歳
片山敏彦、尾崎喜八、高田博厚らと「ロマン・ロラン友の会」を結成しました。
宮沢賢治と生涯最初で最後の出会いを果たしました。
光雲が東京美術学校を退職、同校初の名誉教授の称号を与えられました。

90年前 昭和11年(1936) 光太郎54歳
宮沢賢治詩碑第1号として花巻町に「雨ニモマケズ」後半を刻んだ碑が建立されました。碑の文字は光太郎の揮毫でした。

80年前 昭和21年(1946) 光太郎64歳
賢治実弟・宮沢清六と共に日本読書組合版『宮沢賢治文庫』編集をはじめました。
自らの半生と戦争責任を振り返る連作詩「暗愚小伝」を執筆し始めました。

70年前 昭和31年(1956) 光太郎74歳
4月2日、中野の中西利雄アトリエで、その生涯を閉じました。

というわけで、今年は光太郎没後70周年、智恵子生誕140周年です。いまのところあまり聞こえてこないのですが、それらを冠したイベント等が多く行われることを期待いたしております。

本年もこのブログをどうぞよろしくお願いいたします。

【高村光太郎書誌】

本人著作(全体)1 詩集『道程』

大正3年(1914)10月25日 抒情詩社 高村光太郎著

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目次
一九一〇年 失はれたるモナ・リザ 生けるもの 根付の国
一九一一年 画室の夜 熊の毛皮 人形町 甘栗 庭の小鳥 亡命者 鳩 食後の酒 寂寥
 声 風 新緑の毒素 頽廃者より 「河内屋与兵衛」 髪を洗ふ女 「心中宵庚申」 夏
 なまけもの 手 金秤 はかなごと めくり暦 地上のモナ・リザ 葛根湯 夜半 けもの
 あつき日 父の顔 泥七宝 ビフテキの皿
一九一二年 青い葉が出ても 赤鬚さん あをい雨 友の妻 ――に 夏の夜の食慾 
 或る夜のこころ
 おそれ 犬吠の太郎 さびしきみち カフエにて 梟の族 冬が来る
 カフエにて 或る宵 夜 狂者の詩 郊外の人に 冬の朝のめざめ カフエにて 師走十日
 戦闘
一九一三年 人に カフエにて 深夜の雪 人類の泉 山 よろこびを告ぐ 現実 冬が来た
 冬の詩 牛 僕等
一九一四年 道程 愛の嘆美 群集に 婚姻の栄誦 万物と共に踊る 瀕死の人に与ふ 晩餐
 五月の土壌 淫心 秋の祈

光太郎第一詩集にして、記念すべき最初の単独著書でもあります。元々はカバー付きで出版されましたが、手持ちのものはカバー欠です。

200部ほどが刷られ、さらにごく少部数の特装本も作られました。また、「新詩社版」という小型本も存在したようです。時代を突き抜けたこの詩集、後に口語自由詩の確立に大きく貢献したと評されますが、リアルタイムでの売れ行きはさっぱりで、初版残本を改装した「再版」が数回出されています。おそらく手持ちのものを含め、現在残っている初版の多くは、光太郎が友人知己に贈ったものが古書市場に出たと推定されます。

下って昭和に入り、「改訂版」「再訂版」等が出されますが、収録詩篇はかなり異なります。戦後には「復元版」「文庫版」が出て、漸く内容的には同じものが出されました。それらもあとでご紹介いたします。

四畳半の書庫が三方こんな状態でして、蔵書数がいったいどのくらいあるのか把握出来ていません。
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おおむね種別毎にリストアップしましたが、その文書ファイルも複数、総冊数はカウントしていません。

記録のためにもこのブログで、基本、1日1冊ずつご紹介して参ります(旅先からの投稿の場合はお休みします)。10年計画です(笑)。或いは10年では終わらないかも知れません。ま、その前に当方が死んだら「歩み尽きたらその日が終りだ」(光太郎詩「山林」昭和22年=1947)です(笑)。