早いもので、大晦日となってしまいました。今年1年を振り返る最終日です。
10月2日(木)~11月16日(日)
福島県二本松市の智恵子生家/智恵子記念館さんで智恵子忌日「レモンの日」にちなむ「高村智恵子 レモン祭」が催され、生家二階部分の特別公開、生家ライトアップなど様々なコンテンツが用意されました。
10月4日(土)~12月7日(日)
広島県福山市のふくやま美術館さんで「東京藝術大学大学美術館名品展 美の殿堂への招待」が開催され、光太郎ブロンズ「獅子吼」、光太郎の父・光雲らの合作「綵観」、光太郎実弟・豊周の鋳金作品が展示されました。
10月5日(日)
岩手県花巻市の田舎laboさんで「第2回 レモンの日イベント」が行われ、近隣の菓子店等8店がレモンを使った洋菓子などの販売を行いました。
同日、当会から会報的な冊子『光太郎資料』第64集を刊行いたしました。
10月6日(月)
地上波NHK Eテレさんで「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」の初回放映がありました。出演は瀬戸康史さん、キムラ緑子さん、そして当方でした。再放送が10月15日(水)でした。
10月9日(木)
学研さんから岡部文都子氏企画編集『マンガで読む 偉人たちの恋文物語 日本編』が刊行されました。「高村光太郎 → 長沼智恵子 私があなたであなたが私だった夢を……」という項を含みます。
平成29年(2017)から、【折々のことば・光太郎】、【折々のことば・智恵子】として二人の「ことば」からこれは、と思う一節を取り上げてきましたが、本日で終了します。明日からはまた10年計画で他のコーナーを立ち上げます。
10月2日(木)~11月16日(日)
福島県二本松市の智恵子生家/智恵子記念館さんで智恵子忌日「レモンの日」にちなむ「高村智恵子 レモン祭」が催され、生家二階部分の特別公開、生家ライトアップなど様々なコンテンツが用意されました。
10月4日(土)~12月7日(日)
広島県福山市のふくやま美術館さんで「東京藝術大学大学美術館名品展 美の殿堂への招待」が開催され、光太郎ブロンズ「獅子吼」、光太郎の父・光雲らの合作「綵観」、光太郎実弟・豊周の鋳金作品が展示されました。
10月5日(日)
岩手県花巻市の田舎laboさんで「第2回 レモンの日イベント」が行われ、近隣の菓子店等8店がレモンを使った洋菓子などの販売を行いました。
同日、当会から会報的な冊子『光太郎資料』第64集を刊行いたしました。
10月6日(月)
地上波NHK Eテレさんで「グレーテルのかまど 高村光太郎のレモンコーヒー」の初回放映がありました。出演は瀬戸康史さん、キムラ緑子さん、そして当方でした。再放送が10月15日(水)でした。
10月9日(木)
学研さんから岡部文都子氏企画編集『マンガで読む 偉人たちの恋文物語 日本編』が刊行されました。「高村光太郎 → 長沼智恵子 私があなたであなたが私だった夢を……」という項を含みます。
10月10日(金)
思文閣出版部さんから松本和也氏著『印象派の超克 近代日本における西洋美術受容の言説史』が刊行されました。全ての章で光太郎に言及されています。
10月11日(土)~11月24日(月)
さいたま市の埼玉県立歴史と民俗の博物館さんで特別展「大名と菩提所」が開催され、光雲木彫「松平伊豆守信綱坐像」が展示されました。
10月11日(土)~2026年1月4日(日)
札幌市の本郷新記念札幌彫刻美術館さんで「札幌芸術の森開園40周年記念 彫刻三昧 札幌芸術の森美術館の名品50選」展が開催され、光太郎ブロンズ「薄命児男児頭部」が出品されました。
10月13日(月)
福島県で活動する音楽ユニット風信子さんがCD「風の旅人〜夕焼け空の色はふるさとの色〜」をリリースなさいました。「智恵子抄」オマージュの「本当の空を忘れないで (二本松)」という楽曲を含みます。
10月18日(土)
神奈川県逗子市の逗子文化プラザホールさんで「逗子アートフェスティバル」の一環としてのコンサート「余白露光2~テルミンと箏~」が開催されました。出演はテルミン奏者の大西ようこさん、箏曲奏者の元井美智子さんで、元井さん作曲の「智恵子抄」がプログラムに入れられました。
10月19日(日)
愛知県豊橋市の穂の国とよはし芸術劇場PLATさんで「第4回 前川健生テノールコンサート~あいのうた~」公演があり、別宮貞雄氏作曲の歌曲集「智恵子抄」が演奏されました。
同日、地上波日本テレビさんで「遠くへ行きたい ますだおかだ増田が福島へ 名湯に絶品ソースかつ丼!」の放映があり、「智恵子抄」に触れつつ安達太良山が取り上げられました。
10月25日(土)~2026年1月18日(日)
群馬県高崎市の群馬県立土屋文明記念文学館さんで「第127回企画展 愛の手紙-友人・師弟篇-」が開催され、光太郎から水野葉舟宛の書簡2通が展示されました。
11月1日(土)~2026年2月15日(日)
大阪市の国立国際美術館さんで「特別展 プラカードのために」が開催され、谷澤紗和子氏による智恵子紙絵等オマージュ作品「はいけいちえこさま」シリーズの全点が展示されました。
11月2日(日)
岡山市の岡山芸術創造劇場さんで「劇作家フェスティバル2025 げきじゃ!」の一環として平田オリザ氏脚本の演劇「日本文学盛衰史」公演がありました。光太郎も登場人物の一人でした。
11月15日(土)~12月21日(日)
石川県金沢市の石川県立美術館さん他で「令和6年能登半島地震・令和6年奥能登豪雨復興支援事業 ひと、能登、アート。」が開催され、光雲作の木彫「老猿」が展示されました。関連行事として講座「高村光雲の古仏復元事業」、「《老猿》の彫刻家が見た明治の美術界-高村光雲『幕末維新懐古談』を読む」が開催されました。
11月18日(火)
平凡社さんからアンソロジー『作家とお風呂』が刊行されました。光太郎詩「湯ぶねに一ぱい」が収められました。
11月20日(木)~11月24日(月)
福岡県久留米市の久留米市美術館さんで写真展「Fixtyle Portrait Fukoka 8th」が開催され、Yasuyuki Ibaraki氏が、「智恵子抄」オマージュの作品を出展なさいました。
11月21日(金)
三重県津市のブックハウスひびうたさんで、「日本の詩を読もうぜ 第8回 高村光太郎」が開催されました。「読書会」と言われるイベントでした。
11月21日(金)~11月23日(日)
新宿区の演劇倶楽部『座』サロンさんで、「壤晴彦・演技/朗読短期ワークショップ 11月『「ニュアンス』ってどうやって付けるの?」が開催され、「智恵子抄」が教材として取り上げられました。
11月22日(土)
佐賀市文化会館で開催された「第78回全日本合唱コンクール全国大会の大学職場一般部門」で、早稲田大学コール・フリューゲルさんが、自由曲に新実徳英氏作曲の「愛のうた -光太郎・智恵子-男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」から「レモン哀歌」を演奏され、金賞及び日本放送協会賞を受賞されました。
11月23日(日)
仙台市の八木山市民センターさんで「読書会アパート3号室 11月読書会『智恵子抄』」が開催されました。
同日、文京区のアカデミー向丘さんで「第68回高村光太郎研究会」が開催され、「智恵子へ寄せる想い」 吹木文音(中島宏美)氏(日本詩人クラブ・栃木県現代詩人会理事)、「雑司ヶ谷の季節――ヒューザン会、智恵子と読売新聞」 前田恭二氏(武蔵野美術大学教授)の2本の発表がありました。
さらに同日、石川県白山市の美川コミュニティセンターさんで「語りとチェロでつたえる~智恵子抄~」公演があり、朗読家・本田和氏による「智恵子抄」朗読が為されました。
やはり同日、TBSラジオさんで「朗読のヒロバ 第59回 高村光太郎「智恵子抄」」がオンエアされました。
11月24日(月)
栃木県鹿沼市で「《老猿》のふるさと探訪」が行われ、光雲作木彫「老猿」の材となったトチノキの子孫の見学会が催されました。11月29日(土)には児島大輔氏(東京国立博物館保存修復室長)による記念講演会も開催されました。
11月28日(金)~12月23日(火)
京都府長岡京市のArt Space癒心庵さんで「日本の工芸展」が開催され、光雲木彫「鯉」が展示されました。
11月29日(土)
鹿児島市のカクイックス交流センターさんで劇団風見鶏さんによる「朗読のつどい」が開催され、光太郎詩朗読が為されました。
11月29日(土)・30日(日)
静岡市のギャラリー青い麦さんで劇団静火第17回公演『売り言葉』が開催され、野田秀樹氏脚本の登場人物は智恵子だけの演劇「売り言葉」が上演されました。
同じ日程で青森市の渡辺源四郎商店しんまち本店さんにおいて「北のまほろば祭り3」の一環として演劇「智恵子と智恵子」公演がありました。「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」にまつわる内容でした。
11月30日(日)
12月7日(日)
地方紙『岩手日日』さんに東京国立近代美術館さんの主任研究員・成相肇氏による「高村光太郎「手」 和と洋、静と動 感じる彫刻」という記事が掲載されました。
12月10日(水)
文治堂書店さんからPR誌を兼ねた文芸同人誌『とんぼ』第21号が発行されました。当方の「連翹忌通信」が連載されています。
12月10日(水)~2026年1月12日(月)、12月18日(木)~2026年2月11日(水)
二本松市大山忠作美術館さんの改修工事に伴い、同館所蔵品の「移動美術館」がにほんまつ城報館さん、智恵子記念館さんで開催され、智恵子を描いた絵画等が展示されています。
12月12日(金)
東京都小金井市の小金井宮地楽器ホールさんで早稲田大学コール・フリューゲルさんの第70回定期演奏会が開催され、新実徳英氏作曲の「愛のうた -光太郎・智恵子-男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」から「レモン哀歌」が演奏されました。
12月13日(土)~2026年3月31日(火)
岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんで「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」が開催されています。
12月16日(火)
世界文化社さんから雑誌『Begin』2026年2月号が発売されました。ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美氏による「博ブツ観」という連載の第32回で「岩手県花巻市で発見 高村光太郎記念館 本革しおり Bookmark」という記事が掲載されました。
12月19日(金)
墨田区のすみだトリフォニーホールさんで「男声合唱団東京リーダーターフェル1925 創立100周年記念定期演奏会2025」が開催され、清水脩氏作曲の「或る夜のこころ」「智恵子抄巻末のうた六首」が演奏されました。
12月20日(土)
千代田区のワイム貸会議室 お茶の水さん及びZOOM使用のオンラインで「第19回 明星研究会シンポジウム 『明星』と美術~ 華麗にして心に響くカタチ」が開催されました。発表は森下明穂氏(与謝野晶子記念館・学芸員)の「與謝野晶子 美しい本の世界へ」、当方が「美術実作者としての高村光太郎」、そして明星研究会主宰にして歌人の松平盟子氏による「憧憬と戦略 ― 『明星』を彩った洋画家と晶子短歌」でした。
12月20日(土)~2026年2月8日(日)
石川県七尾市の七尾美術館さんで「冬季所蔵品展 私たち七尾美術館PR隊!」が開催され、光雲木彫「聖観音像」が展示されています。
12月21日(日)
大阪市のあいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールさんで木管四重奏団「クレモナ」さんの「モダンタンゴ・ラボラトリ第19回定期公演「ほんとうの空」」が開催され、光太郎詩「あどけない話」由来のオリジナル曲「ほんとうの空」が初演されました。
12月30日(火)
人文書院さんから小関素明氏著『「大東亜戦争」幻想化と「戦争責任」の精神史』が刊行されました。「第二章 表現者の幻覚と煩悶――「真の自己」の渇望と探究」中に「自我と美感の転相――高村光太郎」という項を含みます。年明けに詳しくご紹介いたします。
毎月のことで、その都度のご紹介はしませんでしたが、花巻市の道の駅はなまき西南(愛称・光太郎と賢治の郷)さん内のテナント・ミレットキッチン花(フラワー)さんで毎月15日に豪華弁当「光太郎ランチ」が販売され、同市のワンデイシェフの大食堂さんでは「こうたろうカフェ」としてのランチの販売が行われました。いずれも主に食を通じて光太郎顕彰に当たられている「やつかの森LLC」さんのメニュー考案、「こうたろうカフェ」では調理も担当なさいました。
というわけで、今年1年もさまざまな団体、個人の方々が、それぞれの分野で光太郎智恵子、光太郎の父・光雲や実弟・豊周を取り上げて下さいました。ありがとうございます。来年以降もよろしくお願いいたしますとともに、関係の皆様、そしてこのブログをお読み下さった方々にとって、よい新年となりますよう、衷心より祈念いたします。
【折々のことば・智恵子】
世の中の習慣なんて、どうせ人間のこさへたものでせう。それにしばられて一生涯自分の心を偽つて暮すのはつまらないことですわ。わたしの一生はわたしがきめればいいんですもの、たつた一度きりしかない生涯ですもの。
戦後になって書かれた津田の回想に書かれた智恵子の言葉です。したがって、智恵子が語ったそのとおりではないのかもしれませんが。
明治末のまだまだ閉塞感の充溢していた時代に、こういうことを言えた智恵子、素晴らしいと思います。おそらく光太郎も似たような考えだったでしょうし、その二人が出会い、結ばれたのはもはや必然だったような気がします。
10月11日(土)~11月24日(月)
さいたま市の埼玉県立歴史と民俗の博物館さんで特別展「大名と菩提所」が開催され、光雲木彫「松平伊豆守信綱坐像」が展示されました。
10月11日(土)~2026年1月4日(日)
札幌市の本郷新記念札幌彫刻美術館さんで「札幌芸術の森開園40周年記念 彫刻三昧 札幌芸術の森美術館の名品50選」展が開催され、光太郎ブロンズ「薄命児男児頭部」が出品されました。
10月13日(月)
福島県で活動する音楽ユニット風信子さんがCD「風の旅人〜夕焼け空の色はふるさとの色〜」をリリースなさいました。「智恵子抄」オマージュの「本当の空を忘れないで (二本松)」という楽曲を含みます。
10月18日(土)
神奈川県逗子市の逗子文化プラザホールさんで「逗子アートフェスティバル」の一環としてのコンサート「余白露光2~テルミンと箏~」が開催されました。出演はテルミン奏者の大西ようこさん、箏曲奏者の元井美智子さんで、元井さん作曲の「智恵子抄」がプログラムに入れられました。
10月19日(日)
愛知県豊橋市の穂の国とよはし芸術劇場PLATさんで「第4回 前川健生テノールコンサート~あいのうた~」公演があり、別宮貞雄氏作曲の歌曲集「智恵子抄」が演奏されました。
同日、地上波日本テレビさんで「遠くへ行きたい ますだおかだ増田が福島へ 名湯に絶品ソースかつ丼!」の放映があり、「智恵子抄」に触れつつ安達太良山が取り上げられました。
10月25日(土)~2026年1月18日(日)
群馬県高崎市の群馬県立土屋文明記念文学館さんで「第127回企画展 愛の手紙-友人・師弟篇-」が開催され、光太郎から水野葉舟宛の書簡2通が展示されました。
11月1日(土)~2026年2月15日(日)
大阪市の国立国際美術館さんで「特別展 プラカードのために」が開催され、谷澤紗和子氏による智恵子紙絵等オマージュ作品「はいけいちえこさま」シリーズの全点が展示されました。
11月2日(日)
岡山市の岡山芸術創造劇場さんで「劇作家フェスティバル2025 げきじゃ!」の一環として平田オリザ氏脚本の演劇「日本文学盛衰史」公演がありました。光太郎も登場人物の一人でした。
11月3日(月)
与謝野晶子研究の第一人者・逸見久美氏が亡くなりました。父君の翁久允は光太郎と交流があり、御自身の御著書でも光太郎に触れて下さっていました。
11月8日(土)
台東区の秋葉原ハンドレッド2さんで「四季の朗読会〜秋の部〜」が開催され、光太郎エッセイ「山の秋」が取り上げられました。
11月13日(木)~30日(日)
茨城県取手市の東京藝術大学大学美術館取手館さんで「取手収蔵棟竣工記念・取手館開館30周年記念 藝大取手コレクション展 2025」が開催され、光太郎彫刻「獅子吼」の石膏原型が展示されました。
11月14日(金)
光太郎に触れられた御著書が複数おありだった作家の嵐山光三郎氏が亡くなりました。
11月15日(土)・16日(日)
埼玉県熊谷市の中央公民館大ホールで「劇団ダウト第15回公演 れもん」が開催されました。平田俊子氏脚本で、光太郎智恵子だけの二人芝居でした。11月8日(土)
台東区の秋葉原ハンドレッド2さんで「四季の朗読会〜秋の部〜」が開催され、光太郎エッセイ「山の秋」が取り上げられました。
11月13日(木)~30日(日)
茨城県取手市の東京藝術大学大学美術館取手館さんで「取手収蔵棟竣工記念・取手館開館30周年記念 藝大取手コレクション展 2025」が開催され、光太郎彫刻「獅子吼」の石膏原型が展示されました。
11月14日(金)
光太郎に触れられた御著書が複数おありだった作家の嵐山光三郎氏が亡くなりました。
11月15日(土)・16日(日)
11月15日(土)~12月21日(日)
石川県金沢市の石川県立美術館さん他で「令和6年能登半島地震・令和6年奥能登豪雨復興支援事業 ひと、能登、アート。」が開催され、光雲作の木彫「老猿」が展示されました。関連行事として講座「高村光雲の古仏復元事業」、「《老猿》の彫刻家が見た明治の美術界-高村光雲『幕末維新懐古談』を読む」が開催されました。
11月18日(火)
平凡社さんからアンソロジー『作家とお風呂』が刊行されました。光太郎詩「湯ぶねに一ぱい」が収められました。
11月20日(木)~11月24日(月)
福岡県久留米市の久留米市美術館さんで写真展「Fixtyle Portrait Fukoka 8th」が開催され、Yasuyuki Ibaraki氏が、「智恵子抄」オマージュの作品を出展なさいました。
11月21日(金)
三重県津市のブックハウスひびうたさんで、「日本の詩を読もうぜ 第8回 高村光太郎」が開催されました。「読書会」と言われるイベントでした。
11月21日(金)~11月23日(日)
新宿区の演劇倶楽部『座』サロンさんで、「壤晴彦・演技/朗読短期ワークショップ 11月『「ニュアンス』ってどうやって付けるの?」が開催され、「智恵子抄」が教材として取り上げられました。
11月22日(土)
佐賀市文化会館で開催された「第78回全日本合唱コンクール全国大会の大学職場一般部門」で、早稲田大学コール・フリューゲルさんが、自由曲に新実徳英氏作曲の「愛のうた -光太郎・智恵子-男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」から「レモン哀歌」を演奏され、金賞及び日本放送協会賞を受賞されました。
11月23日(日)
仙台市の八木山市民センターさんで「読書会アパート3号室 11月読書会『智恵子抄』」が開催されました。
同日、文京区のアカデミー向丘さんで「第68回高村光太郎研究会」が開催され、「智恵子へ寄せる想い」 吹木文音(中島宏美)氏(日本詩人クラブ・栃木県現代詩人会理事)、「雑司ヶ谷の季節――ヒューザン会、智恵子と読売新聞」 前田恭二氏(武蔵野美術大学教授)の2本の発表がありました。
さらに同日、石川県白山市の美川コミュニティセンターさんで「語りとチェロでつたえる~智恵子抄~」公演があり、朗読家・本田和氏による「智恵子抄」朗読が為されました。
やはり同日、TBSラジオさんで「朗読のヒロバ 第59回 高村光太郎「智恵子抄」」がオンエアされました。
11月24日(月)
栃木県鹿沼市で「《老猿》のふるさと探訪」が行われ、光雲作木彫「老猿」の材となったトチノキの子孫の見学会が催されました。11月29日(土)には児島大輔氏(東京国立博物館保存修復室長)による記念講演会も開催されました。
11月28日(金)~12月23日(火)
京都府長岡京市のArt Space癒心庵さんで「日本の工芸展」が開催され、光雲木彫「鯉」が展示されました。
11月29日(土)
鹿児島市のカクイックス交流センターさんで劇団風見鶏さんによる「朗読のつどい」が開催され、光太郎詩朗読が為されました。
11月29日(土)・30日(日)
静岡市のギャラリー青い麦さんで劇団静火第17回公演『売り言葉』が開催され、野田秀樹氏脚本の登場人物は智恵子だけの演劇「売り言葉」が上演されました。
同じ日程で青森市の渡辺源四郎商店しんまち本店さんにおいて「北のまほろば祭り3」の一環として演劇「智恵子と智恵子」公演がありました。「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」にまつわる内容でした。
11月30日(日)
港区の赤坂区民センターさんで東京青森県人会さん主催の「 十和田湖の未来を語る東京フォーラム ~大町桂月と名勝価値の再発見~」が開催され、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」に関わる発表などが為されました。
平凡社さんからアンソロジー『パリと日本人 近代文学セレクション』が刊行されました。光太郎詩「雨にうたるるカテドラル」が収められました。12月7日(日)
地方紙『岩手日日』さんに東京国立近代美術館さんの主任研究員・成相肇氏による「高村光太郎「手」 和と洋、静と動 感じる彫刻」という記事が掲載されました。
12月10日(水)
文治堂書店さんからPR誌を兼ねた文芸同人誌『とんぼ』第21号が発行されました。当方の「連翹忌通信」が連載されています。
12月10日(水)~2026年1月12日(月)、12月18日(木)~2026年2月11日(水)
二本松市大山忠作美術館さんの改修工事に伴い、同館所蔵品の「移動美術館」がにほんまつ城報館さん、智恵子記念館さんで開催され、智恵子を描いた絵画等が展示されています。
12月12日(金)
東京都小金井市の小金井宮地楽器ホールさんで早稲田大学コール・フリューゲルさんの第70回定期演奏会が開催され、新実徳英氏作曲の「愛のうた -光太郎・智恵子-男声合唱とフルート、クラリネット、弦楽オーケストラのために」から「レモン哀歌」が演奏されました。
12月13日(土)~2026年3月31日(火)
岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんで「高村光太郎花巻疎開80年企画展 光太郎と賢治 宮沢賢治全集ができるまで」が開催されています。
12月16日(火)
世界文化社さんから雑誌『Begin』2026年2月号が発売されました。ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美氏による「博ブツ観」という連載の第32回で「岩手県花巻市で発見 高村光太郎記念館 本革しおり Bookmark」という記事が掲載されました。
12月19日(金)
墨田区のすみだトリフォニーホールさんで「男声合唱団東京リーダーターフェル1925 創立100周年記念定期演奏会2025」が開催され、清水脩氏作曲の「或る夜のこころ」「智恵子抄巻末のうた六首」が演奏されました。
12月20日(土)
千代田区のワイム貸会議室 お茶の水さん及びZOOM使用のオンラインで「第19回 明星研究会シンポジウム 『明星』と美術~ 華麗にして心に響くカタチ」が開催されました。発表は森下明穂氏(与謝野晶子記念館・学芸員)の「與謝野晶子 美しい本の世界へ」、当方が「美術実作者としての高村光太郎」、そして明星研究会主宰にして歌人の松平盟子氏による「憧憬と戦略 ― 『明星』を彩った洋画家と晶子短歌」でした。
12月20日(土)~2026年2月8日(日)
石川県七尾市の七尾美術館さんで「冬季所蔵品展 私たち七尾美術館PR隊!」が開催され、光雲木彫「聖観音像」が展示されています。
12月21日(日)
大阪市のあいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールさんで木管四重奏団「クレモナ」さんの「モダンタンゴ・ラボラトリ第19回定期公演「ほんとうの空」」が開催され、光太郎詩「あどけない話」由来のオリジナル曲「ほんとうの空」が初演されました。
12月30日(火)
人文書院さんから小関素明氏著『「大東亜戦争」幻想化と「戦争責任」の精神史』が刊行されました。「第二章 表現者の幻覚と煩悶――「真の自己」の渇望と探究」中に「自我と美感の転相――高村光太郎」という項を含みます。年明けに詳しくご紹介いたします。
毎月のことで、その都度のご紹介はしませんでしたが、花巻市の道の駅はなまき西南(愛称・光太郎と賢治の郷)さん内のテナント・ミレットキッチン花(フラワー)さんで毎月15日に豪華弁当「光太郎ランチ」が販売され、同市のワンデイシェフの大食堂さんでは「こうたろうカフェ」としてのランチの販売が行われました。いずれも主に食を通じて光太郎顕彰に当たられている「やつかの森LLC」さんのメニュー考案、「こうたろうカフェ」では調理も担当なさいました。
というわけで、今年1年もさまざまな団体、個人の方々が、それぞれの分野で光太郎智恵子、光太郎の父・光雲や実弟・豊周を取り上げて下さいました。ありがとうございます。来年以降もよろしくお願いいたしますとともに、関係の皆様、そしてこのブログをお読み下さった方々にとって、よい新年となりますよう、衷心より祈念いたします。
【折々のことば・智恵子】
世の中の習慣なんて、どうせ人間のこさへたものでせう。それにしばられて一生涯自分の心を偽つて暮すのはつまらないことですわ。わたしの一生はわたしがきめればいいんですもの、たつた一度きりしかない生涯ですもの。
津田青楓『漱石と十弟子』より 明治44年(1911)頃 智恵子26歳頃
戦後になって書かれた津田の回想に書かれた智恵子の言葉です。したがって、智恵子が語ったそのとおりではないのかもしれませんが。
明治末のまだまだ閉塞感の充溢していた時代に、こういうことを言えた智恵子、素晴らしいと思います。おそらく光太郎も似たような考えだったでしょうし、その二人が出会い、結ばれたのはもはや必然だったような気がします。
平成29年(2017)から、【折々のことば・光太郎】、【折々のことば・智恵子】として二人の「ことば」からこれは、と思う一節を取り上げてきましたが、本日で終了します。明日からはまた10年計画で他のコーナーを立ち上げます。
















































