フライヤーに光太郎作品をメインで使っていただきました。
期 日 : 2025年11月13日(木)~11月30日(日)
会 場 : 東京藝術大学大学美術館取手館 茨城県取手市小文間5000
時 間 : 10:00~17:00
休 館 : 11月17日(月)、18日(火)、25(火)
料 金 : 無料
東京藝術大学大学美術館取手館は、昨年で開館30周年を迎えました。さらに、未来の学生たちの作品を十分に保管できるスペースを持った取手収蔵棟が、令和6年(2024)に竣工いたしました。これを記念し、取手市と共催で「藝大取手コレクション展 2025」を開催いたします。
取手館ならびに取手収蔵棟には、約13,000件の作品が収蔵されています。その多くは明治から現代に至るまでの、本学で研鑽を積み卒業していった学生たちの作品です。一方で、明治時代に納入されたデッサン用の石膏像や古墳時代の埴輪といった、後進育成のために収集された教育資料もまた、取手における藝大コレクションの特色の一つです。
そこで、本展では「自画像:1925→2025」、「卒業・修了制作:学びの集大成」、「過去に学ぶ:未来へ繋ぐ教育資料」の3つのセクションから、当館収蔵品の粋と魅力をご紹介いたします。まもなく創立140周年を迎える本学の、長きにわたる学びと教育の結晶をご堪能ください。
光太郎の母校である上野の東京藝術大学さん、平成3年(1991)に茨城県取手市の郊外に取手キャンパスを開設、大学美術館さんの分館も作られ、昨年で30周年だそうです。それを記念しての展覧会で、収蔵品の一部が展示されます。
光太郎作品は、「卒業・修了制作:学びの集大成」のセクションで、明治35年(1902)、東京美術学校彫刻科の卒業制作として作られた「獅子吼」の石膏原型。これから型を取ってブロンズに鋳造したものが各地に存在しますが、その大元です。光太郎はこの形で卒業制作として提出しました。
昨今、ブロンズ彫刻の石膏原型に注目する展示がちょっとした流行りです。光太郎の親友だった碌山荻原守衛の個人美術館・信州安曇野の碌山美術館さんでは、平成30年(2018)に「彫刻家 荻原守衛 -石膏原型に彫刻の生命を観る-」という展示もなさいました。
石膏原型とブロンズ、結局は同じ形なのですが、型抜きや鋳造の過程などで、石膏原型にあった細かな部分がわからなくなってしまうこともあり、やはり石膏原型の方が作者の意図をよく表しているところがあります。
まぁ、それを言うと、石膏原型よりもその前の段階の粘土原型の方が、ということになりますが、粘土原型は通常、石膏に取る際に破壊されてしまいますので……。
「獅子吼」の石膏原型は、上野の大学美術館さんで開催された「東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」(平成29年=2017)の際に拝見しました。その時は石膏原型とブロンズとが並べて展示されていて、見比べられるようになっていました。
今回は石膏原型のみの出展ではないかと思われますが、経巻を擲って憤然とした表情で立つ日蓮の姿、生々しく表現されています。
また、取手市内には、光太郎の足跡があちこちに残されています。また、今回の会場に近い明星院さんという寺院そばの共同墓地には、光太郎が揮毫した墓石も残っていることを数年前に発見しました。
ぜひ足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
画家諸君。やはり現実を奥行で観察せよ。例へば、ラフワエルの画いた肖像を見よ。此の大家は一人の人物を正面から描出する時、胸を斜めに奥まらせる。さうやつて彼は第三伸張(デマンシヨン)の幻覚を与へる。
昨日のこの項でご紹介した「彫刻家諸君」で始まる一節を対を為す部分です。言っていることはほぼ同じです。
「第三伸張(デマンシヨン)」は、いわゆる「3D」ですね。「3D」の「D」は「dimensions」の「D」。「dimensions」に光太郎は「デマンシヨン」とルビを振り「第三伸張」と漢語に翻訳していますが、大正期に既に「3D」に近い語が使われていたというのは驚きでした。
光太郎の母校である上野の東京藝術大学さん、平成3年(1991)に茨城県取手市の郊外に取手キャンパスを開設、大学美術館さんの分館も作られ、昨年で30周年だそうです。それを記念しての展覧会で、収蔵品の一部が展示されます。
光太郎作品は、「卒業・修了制作:学びの集大成」のセクションで、明治35年(1902)、東京美術学校彫刻科の卒業制作として作られた「獅子吼」の石膏原型。これから型を取ってブロンズに鋳造したものが各地に存在しますが、その大元です。光太郎はこの形で卒業制作として提出しました。
昨今、ブロンズ彫刻の石膏原型に注目する展示がちょっとした流行りです。光太郎の親友だった碌山荻原守衛の個人美術館・信州安曇野の碌山美術館さんでは、平成30年(2018)に「彫刻家 荻原守衛 -石膏原型に彫刻の生命を観る-」という展示もなさいました。
石膏原型とブロンズ、結局は同じ形なのですが、型抜きや鋳造の過程などで、石膏原型にあった細かな部分がわからなくなってしまうこともあり、やはり石膏原型の方が作者の意図をよく表しているところがあります。
まぁ、それを言うと、石膏原型よりもその前の段階の粘土原型の方が、ということになりますが、粘土原型は通常、石膏に取る際に破壊されてしまいますので……。
「獅子吼」の石膏原型は、上野の大学美術館さんで開催された「東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」(平成29年=2017)の際に拝見しました。その時は石膏原型とブロンズとが並べて展示されていて、見比べられるようになっていました。

また、取手市内には、光太郎の足跡があちこちに残されています。また、今回の会場に近い明星院さんという寺院そばの共同墓地には、光太郎が揮毫した墓石も残っていることを数年前に発見しました。
ぜひ足をお運び下さい。
【折々のことば・光太郎】
画家諸君。やはり現実を奥行で観察せよ。例へば、ラフワエルの画いた肖像を見よ。此の大家は一人の人物を正面から描出する時、胸を斜めに奥まらせる。さうやつて彼は第三伸張(デマンシヨン)の幻覚を与へる。
光太郎訳 ロダン「若き芸術家達に(遺稿)」より
大正9年(1920)頃訳 光太郎38歳頃
昨日のこの項でご紹介した「彫刻家諸君」で始まる一節を対を為す部分です。言っていることはほぼ同じです。
「第三伸張(デマンシヨン)」は、いわゆる「3D」ですね。「3D」の「D」は「dimensions」の「D」。「dimensions」に光太郎は「デマンシヨン」とルビを振り「第三伸張」と漢語に翻訳していますが、大正期に既に「3D」に近い語が使われていたというのは驚きでした。
