新刊です。

昭和の夢は夜ひらく

発行日 : 2025年10月20日
著者等 : 五木寛之
版 元 : 新潮社
定 価 : 960円+税

戦前・戦中・戦後──。流れゆく時代の片隅で、私は何を見てきたか。『週刊新潮』人気連載から厳選、追憶の36話。

昭和百年とはいうけれど、歴史として語られる数々の出来事と、戦前、戦中、戦後にかけて自身が経験してきた事々は、重なるようでいてどこか重ならない。戦争と引揚げの記憶、貧しかった青春時代、かつての文壇での交友や歌謡曲の世界、そして逝きし人びとの声──連載十二年に及ぶ「週刊新潮」の人気エッセイから三十六話を厳選、忘れ得ぬ時代の原記憶が鮮やかによみがえる。
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目次
 はじめに
 流されゆく日々
  流れゆく時代のなかで/ボタ山に紅テントが立った時代/ラジオと共に六十年/
  黒と白のブルース/一日見ぬ間の桜かな
 昭和百年とはいうけれど
  昭和百年の原記憶/ぬるめの風呂につかりながら/昭和時代の片隅で/
  昭和残影あれこれ/『昭和百年』はどう語られるか
 忘れ得ぬ記憶
  虫のいろいろ/シベリア抑留者の光と闇/七十数年前の難民として/
  時は流れる 時計が見える/戦後は遠くなりにけり/思い出のなかの昭和残影
 歌は世につれ、世は歌につれ
  高村光太郎の国民歌/昭和歌謡の罪と罰/昭和の夢は夜ひらく/
  時代の歌と、歌の時代/昭和は踊る時代だった
 文壇つかずはなれず
  文壇バーとガールズ・バー/おい、泣くなよ奥野/文士劇のあった時代/
  原稿用紙と私/あの日の雨はまだ降っている/ハラスメント天国
 忘れ得ぬ人の面影
  内田裕也という人の片影/平岩弓枝さんのこと/上海ガーデン・ブリッジ/
  八代亜紀と冠二郎/残る桜も散る桜
 私の昭和時代
  昭和二十年代の正月/わが青春に悔あり/野球がだんだん遠くなる/私がなくしたモノ

解説文にある通り、『週刊新潮』さんに連載のエッセイ「生きぬくヒント!」からのセレクションです。

「歌は世につれ、世は歌につれ」中の「高村光太郎の国民歌」は、令和2年(2020)の3月12日号に掲載されました。昭和15年(1940)に光太郎が作詞し、飯田信夫が作曲、徳山璉(たまき)の歌唱でそこそこヒットした「歩くうた」に関する内容です。

平成30年(2018)の同じ連載で「潜伏する人びとの世界」と題し、天草地方の潜伏キリシタン、九州や東北の隠し念仏/隠れ念仏などを扱った回でも光太郎に触れて下さっていましたが、残念ながら本書では採録されていませんでした。

昭和7年(1932)のお生まれで、「昭和」時代の大半を経験されている五木氏だけに、多岐に亘るその昭和史の証言は貴重なものだな、と思いつつ拝読いたしました。昭和100年ということで、タイムリーですね。

作詞家でもあらせられた氏ですので、音楽関連の内容も多く、「歌は世につれ、世は歌につれ」と一章まるまる歌謡の話に割かれていますし、他の章でも内田裕也さん、八代亜紀さんなどに触れられています。

もちろん文壇系の話題も。川端康成、野坂昭如、寺山修司、立松和平、安岡章太郎、吉行淳之介などに触れられています。そうかと思えば考古学者の大塚初重など全く畑違いと思われる人々の思い出も。

ぜひお買い求め下さい。

【折々のことば・光太郎】

私は民衆の言葉を使ふ。思想は明瞭であつて、容易く呑みこまる可きものですから。私は大多数の人に会得して貰ひたい。学者風の言葉や見慣れない文句は審美学専門の学者達に譲ります。


光太郎訳 ロダン「ロダンの手帳 クラデル編」より
大正5年(1916)頃訳 光太郎34歳頃

万人にわかりやすい言葉で語り、書く。大切なことだと思います。五木氏の文章など、まさにそんな感じですが。